記事一覧

DISSIDIA FINAL FANTASY

獅子総受け思考。なんだかんだで兵士獅子がメインになってきました。
 
我が家のDFF設定
 
 
あなたについておもうこと [20090208]
 コスモスメンバーに仲間についてインタビューしてみました。
 
傘がない [20090208]
 兵士獅子 というかクララ→スー
 
今は小さな僕の手だけど [20090212]
 少年+獅子 スーのガンブレに興味津々なネギ
 
無自覚な愛を君に。 [20090221]
 勇者→獅子 全く以って自覚のないライトさんの告白 こんなこと言われたら惚れてまうやろー!(笑)
 
若く青い日々 [20090308]
 兵士獅子 頑張れワカゾー!的クラスコ初めて物語。
 
異文化交流ノススメ [20090413]
 コスモスALL 魔導船100戦ミッションクリア記念リク 掛け算要素がほぼなくなりました…orz
 
Go WEST [20090518]
 盗賊獅子 中華(?)パロ pixivで見た美麗絵に萌えまくって書いちゃいました(汗)
 
大人の事情と子供の事情 [20090601]
 幻想獅子 父性に飢えてるスーと息子と同い年の男の子に本気になりそうで内心悩む親父(笑)
 
いつか野に咲く花になる日まで [20090614]
 義士←獅子 スーの片想いモノローグ。纏まりないです。意味不明だ…orz
 
spineus cunae [20090628]
 魔女獅子 ミッションコンプ記念フリリクの1シーンSSです。これでアルスコって言えるんだろうか(汗)
 
無自覚な爆弾 [20090705]
 勇者獅子 ミッションコンプ記念リクSSです。「無自覚な愛を君に」の続きな感じ。
 
白く染まる熱 [20091123]
 勇者獅子 日記に載せた短文。文字通りヤマなしイミなしオチなし、です。
 
Last Christmas [20091224]
 義士獅子 Xmas×Squall投稿作品。イチャラブを目指したつもり…。
 
READY GO!! [20101225]
 盗賊+獅子 フリリク「ジタン&スコールのイミテーション討伐共同戦線」
 
Geranium [20101225]
 義士獅子 フリリク「フリオニール×スコール 軍パロ設定でシリアス・ラブラブ」
 
Darlin' Darlin' [20101225]
 兵士獅子 フリリク「見てるこっちが恥ずかしくなるくらいのクラスコ」
 
Timing [20101225]
 兵士獅子 フリリク「『若く青い日々』の成立までのお話」
 
Winter has come! [20101225]
 兵士獅子 フリリク「楽しいゲレンデ生活」
 
Priority [20101225]
 盗賊獅子 フリリク「9→8で、9が8のことを気になり出したきっかけのお話」
 
healing time [20101225]
 獅子+少女 フリリク「仲良し、ほのぼのなティナとスコ、そしてそんな二人を眺めるその他の人たち」
 
HEAT [20101225]
 兵士獅子 フリリク「クラウド×スコールで、夏の夜のお話」
 
 
 
魔女っ子理論シリーズ
 捏造過多のED後話
 
魔女っ子理論 [20090627-20100220]
 コスモスALL+α 日記にて連載した長編粗筋(笑)詳しい注意書きは中にあります。
 
0214 [20120214]
 スー+クララ+α 魔女っ子理論の1年後。そこはかとなくクラティ+スコリノ
 
その日に感謝と祝福を [20120823]
 クラスコ 魔女っ子から数十~百年後。短いですがスーはぴば!でも魔女っ子設定なので薄暗い…。
 
 
 
それはもう引き返せない渦 [20090321-]
 兵士獅子で英雄獅子要素ありのシリアス連載(?) スーもクララも乙女思考(笑)
 
[20090321]
 英雄獅子 ただヤッテルだけ(汗)そのわりにあんまりエロくない…orz
 
2 [20090427]
 兵士+英雄 スーもいますが気絶したままなので(汗)
 
 
 
汝の日常を愛せよ
 今の所CP色ナシの現代パロ
 
風呂上がりに1杯のビール [20090811]
 兵士+獅子 クララ誕生日おめでとー!SS
 
他人の不幸は時と場所を選ばない [20090823]
 獅子+兵士 スー誕生日おめでとー!…の割りに不憫な待遇でゴメン(笑)
 
本来年末年始ってのは厳かに迎えるものなんだ [20091231]
 獅子+勇者 大晦日と言ったら除夜の鐘。なんてことはない年越しSS
 
七夕に晴れてることなんてまずない [20110707]
 17歳s 期末試験前の1コマ。17歳sと言ってもスーは名前だけ。
 
祭りの本番はあっという間 [20091101]
 013コスモスALL 同人誌からの再録。学園祭ネタ。書きたかったのはライトとスーの遣り取り(笑)

その日に感謝と祝福を

 
 
 
 
 
 朝、いつものように目覚めたスコールは、いつものように顔を洗い、着替え、コーヒーメーカーをセットする。起き抜けに食べられないのはスコールだけでなく、同居人たるクラウドも一緒で、だからまずはゆっくりコーヒーを飲むのが長年の習慣だ。どちらも目覚めのいいタイプではないが、クラウドがベッドから起き上がるのに時間を要するタイプなのに対して、スコールはとりあえず起きるものの暫くは思考が鈍るタイプだ。だからコーヒーメーカーをセットするのは大抵の場合スコールで、今日もその例に漏れなかった。
季節は夏で、既に高い位置に昇った太陽の光が容赦なく部屋の中まで入ってくる。カーテンを引いて少しだけ光を遮ると、キッチンの棚から自分とクラウドのものと、2つのコーヒーカップを手に取る。それは、今やほぼ無意識で行っていると言ってもいい程、スコールの中で何の変哲もない、いつも通りの動きであり、いつも通りの時間だった。
 そんな、いつもと何1つ変わらないはずの時間が変わったのは、スコールがカップにコーヒーを注ぎ終えた時だ。
いつものように起きだしてきたクラウドの気配は背後に感じていた。いつもならば朝の挨拶と共に伸びてきた手がコーヒーが注がれた自分のカップを取っていく。だから今日もそのつもりでいたスコールの背に、ふわりと低い体温が重なった。
「…ありがとう」
後ろから抱きしめてきたクラウドの声が告げたのは、感謝の言葉。そのあとぎゅっと抱きしめられて、スコールはああ、と壁に掛けられたカレンダーを見遣る。
 そうだ、今日は8月23日だった。
ほんの2週間ほど前には、今と逆の立場でスコールもクラウドに感謝の言葉を告げたのに、今日になったら日付のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。
 8月23日。それは遠い遠い昔、自分が生まれた日。
クラウドにとっても、スコールにとっても、自分の誕生日などというものは、決して嬉しいものではないし、できれば意識したくないものだった。迎えたその日が何度目の誕生日なのか、それを考えることは、世界の時の流れから隔絶されてしまった自分を改めて認識することに他ならない。
それならば、その日を普段と変わらない1日として過ごせばいいものを、そうしないのは、今はもういない人たちの厳命があるからだ。
かつて共に戦い、暮らしたクラウドの仲間たち。別の世界から来たスコールのことも、当たり前のように受け容れてくれた彼らは、毎年必ず2人の誕生日を祝ってくれた。1人、2人と時の流れに従ってライフストリームへと還っていっても、絶対に2人の誕生日には祝いのメッセージが届けられた。そして最後まで誕生日を祝ってくれたマリンも、もう次は無理だろうという時になって、彼女は2人に厳命したのだ。誕生日はちゃんと祝わなくてはダメ、と。それから、これは皆の遺言だ、と。
 
 
 忘れないで欲しい。2人がどんなに苦しい想いをしなくてはならないとしても、それでも生まれてきてくれたから、私たちは貴方たちに出逢えたのだということを。皆、クラウドとスコールに出逢えて嬉しかったんだということを。この世に生まれてきた素晴らしい日を、なかったことにしないで欲しい。
 
 
 だから今年も、2人は互いの誕生日を忘れない。けれど世界から隔絶されてしまった痛みが解るからこそ、「おめでとう」と言うのはやはり苦しくて、同時に同じ痛みを分かち合える相手が居てくれることに大きな喜びと安堵を覚えるからこそ、2人の間では誕生日は祝福ではなく感謝の言葉を贈る日になった。
「ありがとう」
もう1度、そう囁いたクラウドの腕が益々力を込めて抱きしめてくる。
季節は夏で、カーテン越しでも陽射しは強く、部屋の温度は鰻上りだ。おまけに手許にはカップに注がれたコーヒーが香りと共に湯気を立ち上らせている。いくらクラウドの体温が低めでも背中から抱きしめられてじんわりと汗ばんでくるのは止められない。しかしスコールはそのままの体勢で動こうとはしなかった。
 もしも1人だったら、きっと自分は誕生日を忘れることすらできなかっただろう。その日付が来ることを毎年恐れて、蹲って怯えて、震えてその日を過ごしたに違いない。この日をいつもと同じように迎え、過ごしていられるのは、この日を素晴らしい日だと言ってくれた人たちがいて、なによりこうして抱き締めてくれる腕があるからだ。
 だから毎年、こうして誕生日を迎える度に思うのだ。思い上がりでなければ、2週間前のクラウドも、同じように思ったはず。
 
 
 
自らの誕生日をこうして迎えさせてくる彼に、祝福を、と。
 
 
 
 

0214

 
 
 
 
 
 一緒にチョコレートを作ろう。
ある朝子供たちにそう言われたスコールは、無言のまま相手   マリンとデンゼルの顔を交互に見遣り、たっぷり20秒は経過してからこう答えた。
「…何故」
「バレンタインだもん」
「………意味が解らない」
スコールが頭を振って溜息を吐く様に、マリンとデンゼルは顔を見合わせ、そしてマリンが可愛らしく「ひど~い」と唇を尖らせる。
 …どっちがひどい。
スコールは内心でそう思いながらも、目線でデンゼルに説明を求めた。
「スコールが教えてくれたじゃないか、バレンタイン」
「それと俺が一緒にチョコレートを作ることがどう繋がる」
そう返しながらスコールは数日前の出来事を思い出す。
 自らの生まれ育った世界に居られない状況に追い込まれた自分が、元の世界の仲間たちや異世界で出逢った仲間たちの想いを享けて本来ならば足を踏み入れる筈のなかったクラウドの世界へとやってきてから、1年近く経つ。その間、スコールが最も多くの時間を共に過ごした相手は間違いなく、今目の前で自分を見て笑っている子供2人だ。彼らは、想像もつかない別の世界からやってきたスコールの話に興味津々で、事ある毎にスコールの世界の話を聴きたがった。同じ家で生活しているから時間も取り易く、寝る前の一時、デンゼルとマリンがスコールの部屋へと訪れて話を強請るのが習慣化している。そうして、先日もスコールは本来の自分の世界の風習について話をせがまれたのだった。
2月のイベント事は何かと尋ねられて、スコールはバレンタインデーというものを彼らに教えた。
 だが俺はちゃんと言った筈だ…!
スコールは心の中で強く主張する。
バレンタインデーは女性が好きな男性にチョコレートを贈るイベントだ、と教えたのだ。
「だって、お世話になった人にあげたりもするんだろ?」
「だから、ないしょでティファとクラウドにわたしたちで作ってあげようよ」
マリンとデンゼルにそう言い募られ、スコールは返答に詰まった。確かに言った記憶はある。じゃあスコールも女の子から貰ったりしたの?という質問を躱す際に、最近では友達や世話になった相手へ贈ることも多いようだ、と付け足した。そして、今の自分の立場が子供たち同様、ティファとクラウドの世話になっている身だというのも覆しようのない事実。
「…別にチョコレートを作らなくてもいいんじゃないのか」
チョコレートを贈ればいいのであって、わざわざ手作りする必要などないのだ。しかも、しっかりしているとは言え未だキッチンに立たせるのに躊躇してしまう年齢のマリンとデンゼルに、菓子作りなど当然したことも興味を持ったこともない自分の3人で作るなんて、無謀だとしか思えない。
「だって贈り物なら手作りのほうがティファもクラウドもきっと喜んでくれるよ」
「…得体の知れない失敗作を食べさせられる方が嫌だろう」
マリンの主張に対してスコールは言い切る。失敗するなんて決まってないよ、という抗議は無視だ。
「それに、スコールが教えてくれたみたいな綺麗なチョコレートなんてここじゃ売ってないんだ」
「…」
しかし続いたデンゼルの説得にはスコールも返しようがなかった。
 3年前に起きたというジェノバ戦役により大都市ミッドガルが崩壊した後、そこに寄り添うような形で造られたこのエッジの街は、未だ復興の途上にある街だ。日常生活品はかなり流通するようになったものの、嗜好品、特に贈答用などの贅沢品の類を手に入れるのは難しい。食品分類上のただのチョコレートを手に入れることはできても、綺麗に形作られた、スコールが子供たちに話したような贈り物としてのチョコレートは流通していないだろう。
「難しいのつくろうなんて思ってないよ。ちょっとだけ、贈り物っぽいものをつくれたらいいの。ね?」
子供たちは、それぞれの両手で苦い顔をしたままのスコールの手を握る。右手をマリンに、左手をデンゼルに取られたスコールは、暫くして大きな溜息を吐くと渋々と頷いたのだった。
 
 
 
 
 
 スコールの人格形成に於いて大きな影響があったものの1つに、彼が一流の傭兵となるべく教育を受けた、ということがある。1度依頼を受ければ、任務遂行の為にベストを尽くす。任務であればそこに疑問は挟まない。
 これは、任務だ。
そう割り切ったスコールの行動は迅速かつ的確だった。するべきことを明確にして、必要なものを確認する。
スコールが慣れ親しんだ本来の世界であれば、インターネットですぐに色々検索できたものだったが、今はネット環境が整っていない。インターネットというもの自体はこの世界でも既存のものだが、復興途上の現在、少なくとも一般市民が気軽に活用できる環境にはないのだ。
マリンがどこからか探してきた菓子作りのレシピ本をパラパラと捲りながら、何を作るのか決める。できるだけ工程が少なく簡単そうで材料が調達できそうな、尚且つそれなりに見栄えのするレシピをピックアップし、必要な材料の買い出しをマリンとデンゼルに任せた。その間にスコールは、キッチンの中から製菓に必要な道具を探し出して準備し、レシビを紙に書き写す。本の状態よりも参照し易くする為でもあり、レシピを頭の中に叩き込む為でもある。任務である以上失敗は許されないのだ、スコールの中では。
幸いなことに、今日は朝早くからクラウドはデリバリーサービスの仕事が入っており、配達先が遠方だと言っていたから夕刻まで帰らないだろう。ティファが営む酒場セブンス・ヘヴンは不定休だが、ちょうど今日を休みにすることにしていた。彼女も食材や消耗品など諸々の買い出しに出ている。荷物が大量になるから帰りにクラウドに拾ってもらうと昨夜話していたので、こちらも夕刻までは戻ってこない。サプライズのプレゼントにしたいという子供たちの希望を叶える為にはクラウドとティファ、2人の不在が必要だったわけだが、そこに労することなく済ませられたのは大きい。もしどちらかがいれば、出掛けてもらう口実を探すのに苦労したことだろう。
 材料の買い出しに出ていたマリンとデンゼルが帰ってくると、3人は早速チョコレート作りに取り掛かった。
とはいえ、火やナイフを扱うのは基本的にスコールで、子供たちにはその他の作業を割り当てる。
製菓用のチョコレートなど手に入らないので市販の板チョコを使っての簡単なレシピだが、慣れない作業に3人とも真剣極まりない表情だ。
チョコレートを冷やし固めている間に、ラッピング用のカップやリボンを用意した。
「クラウドもティファも、喜んでくれるかなあ?」
「上手く作れてるから大丈夫だよ」
 …おまえ達からなら、何をやっても喜ぶだろう。
マリンとデンゼルの会話に心の中でスコールは答える。実際、もし仮にチョコレートの原型を全く留めないような失敗作が出来たとしても、子供たちが彼らの為に作ったのだと言えば、ティファもクラウドも「美味しい」と言って食べるに違いないのだ。
 ラッピングに至るまで手作りの、多少の歪さはあるものの贈り物として充分認識できるだろうチョコレート菓子が出来上がったのは、レシピに書かれた所要時間の目安の優に倍以上の時間が経ってからだった。
 
 
 
 
 
「ただいま…、あら?」
扉を開けた途端に鼻腔を擽る甘い香りにティファは帰宅の挨拶もそこそこに首を傾げた。続いて、大きな荷物を抱えて入ってきたクラウドも鼻をひくつかせて怪訝な顔をしている。
「おかえりなさい!」
階段をパタパタと降りてきたマリンとデンゼルに、クラウドが尋ねた。
「この匂い…なんだ?」
「こっち来て!」
満面の笑みでそう言うマリンに、ティファとクラウドは顔を見合わせ、とりあえず手にした荷物を置くと店の奥のプライベートスペースへと入る。普段、ダイニングとして利用しているその部屋のテーブルに置かれていたのは、可愛らしいラッピングが施された2つの箱だった。
「ピンクのがティファにで、ブルーのがクラウドにだよ。…中身は変わらないけど」
デンゼルに促されて2人はそれぞれにと渡された箱をそっと開ける。中にあったのは、チョコレートコーティングされた苺やハート型のチョコレート。どれも一目で手作りだと判るものばかりだ。
「今日はバレンタインデーなんだよ」
「バレンタイン…?」
 それってヴィンセントのこと?と真面目な顔で聞き返すティファに、違う違う、と子供たちが手を振る。
「女の子が好きな男の子にチョコあげる日…なんだけど、友達やお世話になってる人にあげたりもするんだって」
「スコールに教えてもらったんだ」
「スコールに…」
つまり、スコールの生まれ育った世界にある風習ということなのだと漸く合点がいった彼らは、改めて渡されたチョコレートを見た。
「クラウドとティファに、いっつもありがとうっていうわたしたちの気持ち」
マリンの言葉に、クラウドとティファはそれぞれチョコレートを1つ摘むと口へと入れる。
「美味い」
クラウドがそう言えば、子供たちは嬉しそうに笑った。
 
 
 
 
 
 任務完了、か。
階段の途中に佇んでスコールは内心でそう呟いた。マリンとデンゼルにもいくつか食べさせたし、自分自身でも1つは味見をしたのでその点での心配はしていなかったが、やはりプレゼントを贈った相手の反応を確認しないと任務を完遂したとは言えないだろうと思って降りてきたのだ。だが階段を完全に降り切ることはせず、階下の声が聞こえたところで立ち止まった。
 全く知らないこの世界へとやってきて1年。
この世界にもだいぶ慣れたし、共に暮らす彼らにもだいぶ慣れたと思う。けれどやはりどこか馴染みきれない瞬間がある。それはたとえば今のように、彼ら4人が揃っている時だ。
彼らに血縁はないし、マリンとデンゼルの親と言うにはクラウドもティファも若過ぎる。それでも彼ら4人が穏やかに寛いでいる様子は擬似家族として完璧な姿に見えた。そしてその光景を見る度に、自分がここで共に暮らしていていいものなのかとスコールは思ってしまうのだ。
気付かれないようにそっと自室に戻ると、ベッドに寝転がった。
 どこか部屋を探そう。
もう1人で暮らしてもいい頃合なのではないかと思う。モンスター退治などの需要もあるし、そうでなくとも復興途上のこの街は建築現場なども多く、選り好みしなければ職には困らないだろう。いつまでもクラウド達に甘えていないで、自立しなくてはいけない。大抵のことは自力でこなせる自信もある。
 早速明日にでも部屋と仕事を探しに行ってみようとスコールが考えていると、部屋の扉がノックされた。
「いいか?」
ノックした割にスコールの返事も待たずに扉を開けたのはクラウドで、それに対して上体を起こし掛けた態勢でスコールが睨んでみても何処吹く風だ。
「何か用か?」
「用というか…礼を言いに」
「礼?」
「チョコレート。スコールも一緒に作ってくれたんだろう?」
「…別に」
相変わらず無愛想な返答にクラウドは苦笑いするしかない。マリンとデンゼルが、スコールが指示を出してくれたから初めてだったけれど上手くいったのだと言っていた。聞いた時にはスコールと菓子作りという言葉が全く結びつかず意外だったが   勿論、マリンとデンゼルに頼まれて断れなかったのだということは解っている   子供たちと3人でチョコレートと格闘している姿を想像すると何とも微笑ましい気分になる。
だが、チョコレートを貰った自分たちの前に、スコールが姿を見せることなく自室に引き返したことが気になった。
 古くないのにどうにも軋む階段や各部屋の扉は、スコール本人がどんなに気を使ったところで完全に物音を消すことはできない。彼が階段の途中まで降りてきたことにも、そしてそのまま引き返してしまったことにも、クラウドは気付いていた。それはティファも同じくで、マリンとデンゼルにチョコレート作りの顛末を聞きながら自分を見た彼女の視線に促されて、クラウドはスコールの部屋へと来たのだった。
 スコールが自分たちに遠慮していることは明白で、この世界に慣れ始めた頃からこの家を出ようと考えていることは解っていた。最初に、この世界に不慣れであることを理由に一緒に住むことに決めたのはクラウドで、スコールはそれだけが理由だと思っているのだろうが、寧ろクラウドにとってそれは口実に近いものだ。
 あの子、口下手だし、1人で頑張ろうとしちゃうし、実際1人で大抵のことこなせちゃうし。
スコールの世界で、スコールの姉代わりの女性に言われた言葉を覚えている。だからまずは、スコールを1人にしないことにした。正直に言えばスコールは反発するに違いないから、「この世界に不慣れなうちは」と理由をつけた。だがその理由の効力もそろそろ切れ掛かってきた頃なので、今後どう言って彼を納得させようかと考えていた矢先、今日の出来事があったのだ。
これはいい、と瞬時に思った。恐らくそう考えたのはティファも一緒だろう。
「来年も、楽しみにしてる」
「え?」
何を言われたのか解らない、という顔をしてスコールはクラウドを見る。
「マリンとデンゼルが、来年もお前と一緒に作ってくれると言っていた」
 そんな話は聞いていない。
スコールがそう思っても、もう遅い。
「それから、スコールの世界のイベントを、色々やってみるんだそうだ」
 それはクラウドが子供たちにそう促したわけではなく、マリンとデンゼルが自発的に言い出したものだ。子供たちも彼らなりに、スコールが遠からず出て行こうとすると感じ取っているのだろう。特にマリンはそういう機微に聡い子供だった。
「そういうわけだ。よろしく頼むな」
「…」
言葉と共に、クラウドはスコールの髪をくしゃっと撫でた。決定事項として言い渡されるとスコールが弱いことも承知済みだ。
 クラウドの手を払い除けて乱れた髪を直しながら、スコールは考える。擬似家族としてあれほど完璧な形を持つ彼らにとって自分は余分な存在でしかないはずなのに、彼らは自分にここにいろと言ってくれる。それに、甘えてしまってもいいのだろうか。
 もー!頼って!甘えて!スコールは頑張りすぎ!
胸の奥で、もう逢えない大切な人の声がした。
その声に推されて、スコールは口を開く。
「来年は…もっとちゃんとしたのを作る」
まさかそんな決意表明が返ってくるとは予想していなかったクラウドが驚きに眼を丸くした後ろで、こっそり廊下で様子を伺っていたティファと子供たちが、やった!と顔を見合わせて笑った。
 
 
 
 
 

祭りの本番はあっという間

 
 
 

 十一月某日。快晴。
早朝から駆けずり回るドタバタとした足音や、笑い声や怒鳴り声が混然一体となってその場を包んでいる。
どこからか美味そうな匂いも漂ってきた。
そんな中、「本部」と看板の掛けられた教室だけはシンと鎮まり返り、ピンと張り詰めた緊張の糸が目に見えるような様子を保っている。そこにいる顔ぶれは年齢にもばらつきがあり、制服私服入り混じっているが共通しているのは左上腕につけられた「本部・全学連」と書かれた腕章だ。
「この日の為に入念な準備をしてきた…。滞りなく今日を終える為に、皆の力を貸してくれ」
教壇に立った人物の、なんだかエラク物々しい言葉に、その場に集う全員が真剣な表情で頷くと、教室を出ていく。残ったのは数人。そのうちの一人が時計を見上げ、先程の言葉の主にこう告げた。
「時間だ」
「一斉放送を」
頷いた一人が携帯電話でどこかに指示を飛ばす。すぐさま、敷地内にピンポンパンポーン、とお馴染みのチャイムが響き渡った。
するとあちこちから湧き上がる歓声と拍手の中、放送はこうアナウンスする。
『ただいまより、ディシディア学園合同学園祭、開場します』
 
 
 
 ディシディア学園都市。
幼稚園から大学院に至るまで教育機関が集まり、学生・教員その他関係者が住む一大学園都市であるここは、首都から電車で三時間近く掛かる距離があり、周辺は田舎の田園風景の中にあって突如として大きな建物が出現する言わば陸の孤島だ。ショッヒングセンターや映画館などの娯楽施設もあるこの都市の中だけで関係者の日常生活は完結しており、勿論、非関係者がわざわざこの辺境の地へと来ることも普段はまずない。
だが、そんな陸の孤島にも、年に一度だけ一般客が押し寄せる日がある。それが、合同学園祭だ。
通常、ディシディア学園では幼稚園・小学校・中学・高校・大学と別個にイベントを開催するが、学園祭だけは合同で開催される。一般客が来る為個別開催では面倒が多いからだ。毎年十一月最初の週末に開催され、土曜は関係者のみの内覧会や生徒の家族も都市の就業者であることが殆どの幼稚園・小学校の発表会の類が行われる。一般客が入るのは日曜のみで、この日がメインだと言っていい。学生たちも年に一度のお祭りに心血を注いでいる。
その学園祭の実行委員会として運営の中心を担うのが、全校学生会連合だ。学生会、というのは所謂生徒会で、中学・高校・大学に存在している。合同学園祭開催にあたり、学生会も合同で実行委員会として組織されるのだ。例年、大学学生会会長が全学連会長として働くことが多いが、今年はその優秀さとカリスマ性で高校学生会会長が全学連会長になった、と話題になった。
 メインの出入り口となる大学正門から模擬店の並ぶ広場までアプローチは花で飾られ、広場中央にも見事な花のモニュメントが出現している。
「見事なものだな…」
「あ、ライト。中々いい出来だろう?」
モニュメントを見上げて感心した様子の青年に、近づいてきた人物が声を掛けた。
「これは君の作か?フリオニール」
「園芸部の力作だ」
「…その園芸部の正規部員は君だけだったような気がするのだが…」
 本来部員数が足りずに正規部活動とは認可されない筈の園芸部だが、中学時代からひたすらコツコツ地道に学園敷地内の花壇の手入れをし続けるフリオニールの姿が高校時代に学園新聞に取り上げられ、署名運動が起こって特別に正規部活動として園芸部が認められたという経緯は学園内では結構有名な話だ。フリオニールが大学へ進学するとそのまま園芸部も大学の正規部活動として認可された。当のフリオニールは署名してくれるなら園芸部に入ってくれればいいのに、と至極尤もな感想を抱いていたことを多くの学生は知らない。
「正規部員は俺だけでも、手伝ってくれるヤツはいるよ」
「そうか」
「ライトは、今日はどこか目的が?」
フリオニールは三つ年上の知り合いにそう尋ねる。
今年大学院に進学したこの知り合いは、サークルに入ったりもしていないから学園祭は気楽に楽しめる身分だったはずだ。
「今年は例年にも増して大規模イベントがあるようだからな。恙無く運営されているか気になって見て回ろうかと…」
「…もう運営側から解放されたんだからもうちょっと気楽にしてもいいと思うぞ…」
学園祭を楽しもうという意思がないらしいライトにフリオニールが苦笑する。
「気になるものは仕方があるまい」とフリオニールに軽く挨拶してお祭り騒ぎの人ごみの中へと歩き去っていくライトの背中は、ピンと張って眩しい。
 その、あまりに威厳に満ち溢れた様子から入学したての大学一年時より大学学生会会長に選出され丸四年采配を振るい、勿論全学連でも会長を務め続けた彼を、学生たちはプレジデント・オブ・ライト、光の会長と呼ぶ。大学院へと進学して学生会からは引退しても、光の会長は健在ということか。
「これは凄いプレッシャーだろうなあ」
フリオニールが呟いたところへ、まだ開場して間もないというのに既に模擬店の焼きそばやホットドッグを胸に抱えた友人が近づいて来た。
「フリオ、なんか食う?」
「いや…。バッツ、買い込み過ぎじゃないか?」
「このキャベツ焼きはボコたちにやろうと思ってさ」
学科は違うが一般教養科目の講義で一緒になることが多く仲良くなったバッツは、獣医学科飼育のチョコボをこよなく愛する男だ。
「今ライトとすれ違ったけど、あいつは1人で回るのか?」
「…恙無く学園祭が運営されているか気になるから見て回るんだそうだ」
「もうさ、光の会長、全学連の終身名誉会長とかでよくね?」
 折角のお祭りなのに、よくやるよなあ。
ホットドッグを頬張りながら言うバッツにフリオニールも頷いて、それにしても、とバッツを見た。
「今そんなに食べたら昼飯入らないだろ」
「昼飯食ってる時間ないじゃん」
「…なんでだ?」
バッツは驚いた様子を隠さず言った。
「え、フリオ、忘れてたのかよ。ブリッツのチケット、ティーダがわざわざ取ってくれただろ」
「……あ」
そうだ、学園祭のイベントの中でもメインの一つに数えられているブリッツボールの親善試合。競争率の高いそのチケットを、「見に来いよな」と同じ寮生でブリッツボールチームのエースであるティーダがわざわざ取ってくれたのだった。今朝まで掛かった花のモニュメントの仕上げに集中していてすっかり忘れていた。チケットは財布に入っているから問題ない。ここでバッツに会ってよかった。
「バッツ」
「ん?」
「焼きそば、くれ」
試合が始まれば白熱して食べている余裕などないだろう。
「ほいよ」
フリオニールに気前よく焼きそばのパックを渡してバッツは笑った。
 おれっていい友達だ、と。
 
 
 
 バッツが大量のキャベツ焼きを抱えて意気揚々と獣医学科棟のチョコボファームへの道を歩いていると、進行方向から見知った顔がやってくるのが見える。
「あれ、ティナ、どうしたんだ?」
フリオニールの園芸部の手伝いで知り合ったティナは高校三年。家庭部に所属する彼女は今頃模擬店の喫茶室で大忙しのはずなのだが。
「下拵えで出た端物をエサに使ってもらおうと思って持ってきた帰りなの」
「お、サンキュ。ボコ達も今日はエサがいっぱいで喜んでるな」
「今日はたくさん働くんだものね」
獣医学科が学園祭で行うチョコボ乗り体験イベントは、子供を中心に毎年大人気の企画だ。チョコボを飼育している施設は少なく、その頭の良さと愛くるしさに魅せられた子供が、この体験を機にディシディア学園大学獣医学科を目指す、という例もある。
「ティナはこれから喫茶室か?」
「うん。あと一時間くらいは。その後はブリッツを見に行くわ」
「大丈夫なのか?お昼時って掻き入れ時だろ?」
「ティーダがチケットをくれたって言ったら、それは見に行けってわたしのシフトを調整してくれたの。わたしは夕方と片付け担当」
プラチナチケットとも言うべきブリッツボールのチケットを、学園が誇るエース自ら渡してくれたと言ったら皆が融通を利かせてくれたのだ。
「そっか。よかったな~」
「バッツは?」
「おれもボコたちに差し入れ」
キャベツ焼きの山を見てティナも納得したように頷いた。
「バッツも試合見に行くんでしょう?」
「おう、あんな試合のチケット取れるなんて普通じゃありえないもんな!」
「ジタンがくやしがってた」
「あー、あいつ、演劇部のリハがあるから見られないんだっけ」
ブリッツボールの親善試合が終わると、今度は大講堂でもう一つのメインイベントである演劇部の公演がある。演劇部所属の友人の名をティナが出すと、バッツも残念だよなあ、と同意する。
「でも、ティーダも演劇部は見られないってくやしがってたから仕方ないよね」
試合で体力を消耗する上、試合後の軽いミーティングなどもあるティーダもまた、試合終了後間もなく始まる演劇部公演は見られないのだ。
「ちなみに、演劇部のチケットは?」
演劇部の公演も人気が高く、特に今年は客演を招いての公演なので競争率は跳ね上がった。
「ジタンがくれたわ」
「おれも」
 こういう時にはコネって有り難い、と二人は笑った。
 
 
 
 ブリッツボールは非常に人気のあるスポーツだが、なにしろ設備が特殊で設置にも維持にも他のスポーツの倍以上の金額を要する。それ故にブリッツボールはプロリーグとアマリーグしか存在しない。他のスポーツのように学校単位でチームなどできないからだ。ディシディア学園ブリッツボール部も中学から大学院までの混合チームである。
そのディシディアブリッツボール部は現在アマリーグ三連覇中の強豪チームで、毎年学園祭ではプロチームを招聘しての親善試合を行っている。今年はプロリーグ王者にして最も人気のあるザナルカンドエイブスを招聘したからその観戦チケットはネットオークションで定価の三十倍の値がついたという。
 ブリッツスタジアムの地下、選手控え室を覗き込んだティナは目的の人物を見つけてにっこり笑った。
「ティーダ、今大丈夫?」
「ティナじゃないっスか。ミーティングも終わったし、へーき。なんかあった?」
 ブリッツボールチームのエース、ティーダは高校二年。一学年下で校内では接点がないが、ティナがよく手伝いをしている園芸部のフリオニールと同じ寮生で仲が良いということで知り合った相手だ。
「試合前じゃ食べないかもしれないけど…差し入れ、持って来たの」
はい、とティナが手渡したタッパーを受け取り、中を見たティーダの顔がパッと輝く。
「これ、家庭部のビーフシチューじゃないっスか!」
 ビーフシチューは家庭部が毎年出している喫茶室の中でも圧倒的人気を誇るメニューで、毎年開場と同時に在校生が食券の買占めに走る為一般客に出回ることはまずない幻のメニューだ。当然、朝からミーティングやウォーミングアップで時間が取られるブリッツボール部のティーダも噂に聞くだけで食べられたことはない。
「皆が、持って行っていいって言ってくれたの」
「うわ、マジ嬉しいっス。これを食べられる日がくると思わなかったぁ」
感涙に咽び泣きそうな様子でティーダが言うと、ティナも良かった、と微笑んだ。
「チケットくれたお礼に、と思って。試合、頑張ってね」
「任せといてくれよ。あのオヤジには絶対勝つ!」
ティーダの並々ならぬ意気込みは当然で、親善試合の対戦相手であるザナルカンドエイブスのエースにして最も人気のあるスタープレイヤーであるところのジェクトは、ティーダの父だ。ブリッツのスタープレイヤー、ジェクトの息子がアマリーグトップチームのエースだという話はブリッツファンには有名で、滅多に見られない親子対決に、益々チケットの価値が上がったのは言うまでもない。
「応援してるね」
「ありがと、ティナ。これ、有り難くいただくっス!」
満面の笑みのティーダに釣られるようにティナも笑みを浮かべて、もう一度「頑張ってね」と言うと彼女は控え室を後にした。
 
 
 
 学園祭運営本部があるのは大学の工学部棟で、ここは救護室や拾遺物保管所など、事務的な用途に使われているスペースの為一般客が殆ど入ってくることなく静かなものだ。廊下をパタパタと忙しなく行き来していた高校生が、擦れ違ったライトに会釈する。今年は運営側とは関係がなくなったはずのライトなのだが、光の会長と呼ばれた彼がこの場にいることに誰も違和感を抱いていないのだ。
 本部と書かれた看板を一瞥して、ライトは教室の扉に手を掛ける。中を見て、ほんの少しだけ眼を見開いた。
「君はひとりなのか」
広い教室はガランとしていて、そこには高校の制服を纏った少年が一人窓際に立っているだけだった。何故か共通の知人が多いので互いに見知った顔だ。
「本部に実行委員が揃っている必要はないだろう」
「しかし有事の際に迅速に対応できねば本部の意味がないのではないか?」
ライトも昨年までは学園祭当日は本部に殆ど詰めていたが、一人ではなく、他にも全学連のメンバーが数人待機していたものだ。
「各エリアに支部スペースを作って待機させている。携帯があれば即時性も確保できるし情報の共有もできる」
 高校学生会会長が選ばれたと話題になった今年の全学連会長であるスコールは、真っ直ぐライトを見つめ返してそう言った。二人の視線がバチバチと音を立ててぶつかるようだ。それは剣呑と言っても過言ではない雰囲気だった。
「だが、現場の判断では手に負えない案件もあるだろう。トラブルが重なることだって有り得る。負担を分ける相手を置いておくべきではないか?」
ライトがそう言えば、スコールは一度眼を伏せた後、再び鋭い視線でライトを見据える。
「此処まで上がってくるようなトラブルは俺が俺の権限で以て対処する。去年までのやり方がどうであろうと、俺は俺の道を貫くだけだ」
それに対してライトもまた強い視線でスコールを見た。
「出来るのか。君ひとりの力で」
 第三者がその場にいれば間違いなく、なんで学園祭の運営方法くらいでこんな決闘みたいな空気になってるのか、と頭を抱えるに違いない光景がそこに展開されたのだった。
 
 
 
 控え室に帰ってくるなり、ティーダはベンチに倒れこんだ。
「あー…メッチャくやしい!」
 ディシディアブリッツボール部とザナルカンドエイブスの親善試合は僅差でザナルカンドエイブスに軍配が上がった。さすがはプロ王者としか言いようがないが、そこに僅差で喰らいついたディシディアブリッツボール部もアマ王者の面目躍如と言ったところで、両チームは互いの健闘を称え合い、白熱した試合展開に観客も歓声に沸いた。学園祭のメインイベントとしてはこれ以上ないと言っていいのだが。
「あんのオヤジ、次会ったら叩きのめす!」
試合前のセレモニーに始まり、試合後のインタビューに至るまで繰り広げられた親子喧嘩に両チームメンバーも観客も盛り上がったが、終始父であるジェクトにからかわれ続けたティーダ一人だけは不機嫌極まりない。
「荒れてるね、ティーダ」
ベンチに寝そべったティーダを覗き込むように掛けられた声に、ティーダは頭に被っていたタオルを外す。そこには、年上の友人がこちらに向かって穏やかに笑い掛けていた。
「セシル、来てくれたんだ」
「勿論だよ」
 大学進学と共に寮から学生向けマンションへと移ったセシルは、寮生時代には三つ年下のティーダの家庭教師役を務めてくれた相手だ。ティーダが中学での成績をそこそこに保っていられたのは偏にセシルが根気よく優しく時には泣きそうな程厳しく教えてくれたからに他ならない。
「フリオとかは?」
「きみが不機嫌だろうから、触らぬ神に祟りなしだって。大講堂に行っちゃったよ」
「うわ、ひでぇ。友達甲斐ないぞー!のばらー!」
力の抜けた声でこの場に姿を見せなかったフリオニールへの文句を言った後、ティーダは勢いよくベンチの上に起き上がった。
「いい試合だったよ。ジェクトさんに負けたのはくやしいだろうけど、よく頑張ったと思うな」
 アマチュアがプロに肉迫するということの凄さを、もっと誇ってもいいと思うよ、とセシルが宥めてくれて、ティーダはようやくムシャクシャする心を落ち着ける。
「サンキュ、セシル」
「どういたしまして」
「セシルも演劇部見に行くんだろ?時間、大丈夫っスか?」
控え室の壁に掛かった時計を見てティーダが問えば、セシルもそちらを見た。
「そろそろ行かないと、かな」
開演まではまだ余裕があるが、ジタンの控え室にも顔を出すつもりだから、そろそろ行かないとまずいだろう。その言葉にティーダも頷く。
「オレはこの後ミーティングだから行けないけど、がんばれってジタンに言っといて」
「オーケイ。伝えておくよ」
もう一度ありがとな、と言うティーダに、セシルも笑って頷いて出て行った。
 
 
 
 大講堂にあるいくつかの出入り口のうち、関係者口と張り紙が貼られたそこへセシルが近づいていくと、全学連の腕章をつけた学生に止められた。今年の演劇部の公演はジドールのオペラハウスで歌姫と名高いマリアを客演に迎えている為警備も厳しくなっているのだ。これは楽屋に顔を出すのは無理かな、と思いつつセシルが学生証を見せて用件を伝えると、存外あっさりと通される。
「ジタン、いるかい?」
楽屋の入り口で顔だけ覗かせれば、既に衣装を纏った年下の知り合いが芝居掛かった一礼をして迎えてくれた。
「これはこれはセシル殿。ご機嫌麗しゅう」
「あはは、そんな衣装を着て言われると、ちょっとどこかに迷い込んだみたいな気になるね」
「全然本気に聞こえないんだけど?」
セシルが笑うと、冗談めかして拗ねてみせる。演劇部の看板役者のジタンは高校一年で、セシルはバッツ経由で知り合った。バッツとジタンが知り合った経緯は知らないが、二人とも恐ろしく学園内に顔が広いから、幾らでも接点はあったのだろう。
「フリオとバッツとクラウドもさっき来てくれたぜ」
「ああ、三人とも触らぬ神に祟りなし、でティーダのところには顔出さなかったからね」
「負けたんだって?すげぇ接戦だったって聞いたけど」
 あー見たかったなぁ、とジタンが言えば、ティーダも演劇部見たがってたよ、とセシルが伝える。
 全国大会上位常連のディシディア学園中学高校演劇部の公演は、美術や音楽に大学芸術学部の学生の協力を得て行われることもありレベルが高いと評判だ。中でも高校一年にして主役を張るジタンの演技力はどこぞのプロダクションからスカウトが来ただとか、まことしやかに囁かれている程だった。
「それにしても客演にあのマリアだなんてよく来てくれたね」
「前に、カジノ船ブラックジャックの観劇イベントに招待された時にさ、マリアもいたんだよ。で、レディに優しいオレはすっかり気に入られて連絡先教えて貰ってたってわけ」
「抜け目ないねぇ」
「レディに優しくするのは世界のジョーシキ!」
胸を張るジタンに、はいはいと頷いたセシルは不思議そうに首を傾げる。
「だけどそのわりにここまであっさり通してもらえたけど、平気なのかい?」
「ああ、マリアの楽屋はこっちの通路からは舞台通らないと行けないんだ。関係者口で全学連が警備に立ってるのはカモフラージュだよ。不審者とか熱狂的なファンがいるとも限らないからって運営本部からそういう指示が出たんだ」
 外部から有名人を客演として迎えるにあたり、今年は運営本部である全学連ともかなりの協議を重ねたのだ。
「今年はブリッツも凄かったし、全学連も大変だろうね」
「来場者数も記録更新確実だって話だぜ」
そうだろうね、と相槌を打ったセシルは手許の腕時計に視線を落とし、そろそろお暇するよ、と口にした。
「楽しみに観させて貰うから」
「ああ。力作だから、期待しててくれよな」
親指を立てて自信満々に言うと、ジタンはセシルが楽屋を後にするの見送った。
 
 
 
 衣装を脱いでメイクを落とすと達成感がじわじわとジタンの中に広がっていく。
鳴りやまない拍手の中カーテンコールをするときの興奮。客席の顔が皆笑顔であることを確認したときの満足感。あれは一度経験したら病み付きになる。
演劇部の年間予定の中にいくつか大きなイベントはあるが、規模や予算の点からも最も力を入れているのがこの学園祭公演だ。それをやり遂げた達成感は何とも言えない。
 制服に着替えたジタンが伸びをしていると、楽屋のドアを開けて中学の制服を纏った少年が顔を覗かせた。
「あ、お疲れ様。ジタン、外出られる?」
「よっ、ネギ。どうした?」
 ネギ、と呼ばれた少年の左上腕には全学連の腕章がつけられている。今年中学に入学した彼は一年ながら中学学生会のメンバーなのだ。オニオン、という名からジタンなどからネギと呼ばれている。ちなみに、玉葱だとかタマだとか色々呼ばれることには本人も慣れているというか諦めているので反応しないが、変な名前、と言うと烈火の如く怒るので禁句だ。なんでも、オニオンを含め小型機墜落事故で奇跡的に助かったものの孤児となった四人の赤ん坊を最初に引き取って里親探しに奔走してくれた人物がつけた名前らしく、他の三人にもそれぞれポテト、ラディッシュ、キャロットと野菜の名がついているのだという。野菜のチョイスは「煮物料理に必須」というよく解らない基準でされたものらしい。
彼は男子寮女子寮共同で行われる入寮オリエンテーションの際にティナと仲良くなり、そこからジタンも知り合いになった。
「マリアさんがお帰りになるよ。挨拶するでしょ?」
全学連のメンバーとして、オニオンはマリア用の出入り口や通路の巡回その他諸々を担当していたのだ。
「後夜祭までいりゃいいのになあ」
「そこまでこっちの仕事増やさないでよ」
げんなりした様子でオニオンが言うところを見ると、やはり有名人が来たことで小さなトラブルは頻発していたらしい。
「で、ネギが持ち場離れて大丈夫なんだろうな?」
「通用口の前まで車をつけてあるよ」
「マジ?よく車通れたな」
ジタンが驚いたように言った。
ついでに言えば敷地内は車両乗り入れ禁止のはずだが、特例ということか。
「遠回りだけど駐車場から大学農学部菜園と小学校校舎の脇を抜けてくると入れるんだよ。あの辺りは立ち入り禁止区域にしてあるから」
「おお、用意周到~」
「僕の独断じゃなくて会長の指示」
「さすがスコール」
口笛を吹いて称賛すると、オニオンがそれはいいから早く、とジタンを促す。
「早くしないとマリアさん帰っちゃうよ」
「レディを待たせちゃまずいな。ネギはこれで仕事終わりなのか?」
「本部に腕章返却したら自由時間」
 大学学生会と高校学生会のメンバーはほぼ終日拘束されるが、中学学生会メンバーは早めに担当業務が切り上げられ自由時間が与えられているのだ。
「じゃあ急ぐとすっか」
「うわ、いきなり駆けださないでよ!」
狭い通路を器用に駆けていくジタンの後を追って、オニオンも駆けだした。
 
 
 
 模擬店と客でごった返す道をオニオンは小走りで擦り抜けていく。学園の敷地の大部分を使って開催される学園祭だから移動も一苦労だ。大講堂は高校校舎に近いところで、運営本部のある大学工学部棟は大学の敷地の中でも端の方だから、移動には大学の敷地をほぼ横切らなくてはならない。
 時間ないのにな。
オニオンは真っ直ぐには進めない状況に焦りながら思う。本部に腕章を返却したら取って返して高校校舎内の家庭部の喫茶室へ行くのだ。今ならティナがいるはず。折角彼女が「食べに来てね」と幻のビーフシチューの食券をくれたのに、喫茶室のラストオーダーまでもう時間がない。この混雑の中、本部へ行って帰ってきたら間に合うかどうか。
「…ニオン、オニオン」
人混みの中から名を呼ばれた気がしてオニオンが振り返ると、そこにはティナを経由して知り合ったフリオニールを更に経由しての知り合い、クラウドが立っていた。
「ああ、クラウド、えっと、あのごめん、僕急いでるんだ」
そう言って踵を返そうとするオニオンをクラウドが止める。
「待て。全学連の仕事は終わったのか?」
「うん、だから本部に腕章返しに行くんだよ。ほんとに急いでるんだ、いい?」
半ば苛々とした様子を隠さないオニオンに苦笑いしながら、だから待て、とクラウドは再び言うと右手を差し出した。
「…なに?」
「腕章、本部に返すだけでいいんだろう?ついでだ。返しといてやる」
「え?」
「拾遺物担当に知り合いがいてな。この辺の支部スペースに届けられたものを纏めて運んで来いと扱き使われてる最中なんだ」
言われてみれば確かにクラウドは片手に紙袋をいくつか持っている。拾遺物保管所は本部と同じ大学工学部棟にあるから、まさしくついで、なのだろう。
「いいの?」
「腕章返すくらいなら、な」
「じゃあ…お願いします」
オニオンが左腕の腕章を外し、それをクラウドの手に渡す。
「確かに返しておく。急いでるんだろ?行け」
「うん、ありがとう!」
嬉しさを隠さずに駆けていくオニオンを見送って、クラウドは荷物を抱え直した。扱き使われていると言っても、この労働は後夜祭の缶ビール一本に化ける約束である。
この程度の労働がビールに化けるのであれば安いものだ。
既に意識を半分程冷えたビールに飛ばしながら、クラウドは西日の中を歩き出した。
 
 
 
 拾遺物保管所で運んできた物の整理を、更にビール一本追加を餌に手伝わされた後、オニオンから預かった腕章を手にクラウドが運営本部の扉を開けると、中にいたスコールがこちらを見た。
「なんでアンタが…」
「オニオンの腕章を預かってきたんだが。お前、一人なのか?」
 確か昼間にも同じ事を訊かれた、とスコールの眉間に皺が一本増える。まさか昼間に光の会長とスコールの間にそんな遣り取りがあったことなど知る由もないクラウドは、機嫌を損ねるような質問でもないだろうと首を傾げつつ腕章を手渡した。
「無事に終わりそうで良かったな」
「ああ」
 大学生のクラウドと、高校からの編入組で高校二年のスコールでは学園内での接点は皆無だが、マンションの隣人であるクラウドは、ここ最近のスコールの帰りが高校生にしては随分遅かったことを知っている。学園祭を円滑に運営・実施する為にあちこちと打ち合わせを重ねてきたのだろう。
「お前、今日一日ずっと本部詰めだったのか?」
「ああ」
「一人で?」
「…まあ、だいたいは」
「昼飯は?ちゃんと食えたのか?」
「……」
ほぼ一人で本部詰めだったのなら食事も儘ならないだろうと思ってクラウドが訊けば、案の定ばつが悪そうに視線を逸らされた。
 高校生なんて、いくら食べても腹が減る年頃だろうに、どうもスコールは食に興味を殆ど示さないのだ。確か低血圧で起きてから暫く経たないと胃が食べ物を受け付けないと話していた憶えがあるから、下手すると朝食だってまともに食べていないのかもしれない。
 クラウドは手近な椅子に腰を下ろすと携帯電話を弄り始める。
「…何故ここに居座る」
スコールが訝しげにこちらを見るが、それには答えずクラウドは逆に質問した。
「後夜祭は基本的に有志が運営するから全学連は精々撤収の指示出すくらいで仕事はなかったはずだな?」
「…ああ。本祭が閉場して一般客が学園内に残ってないことを確認するまでがこっちの管轄だが、それが?」
しかしクラウドはスコールの問いには答えようとせず、相変わらず視線は携帯電話の画面へと向いている。その態度にスコールが文句の一つも口にしようすると、タイミング悪くスコールの携帯電話がメールの着信を知らせた。
スコールは届いた内容を確認し、全学連のメーリングリストを使ってメンバー全員に指示を出す。
メールを送り終えたスコールが顔を上げた時、閉場を告げるチャイムが学園内に鳴り響いた。
 
 
 
 嵐のような一日だった、とスコールは思う。
朝から言葉通りの本部詰めで一歩たりとも外へ出なかったのに、どっと疲れた気がする。
 メインのイベント会場や各エリアに運営支部スペースを設け、全学連のメンバーを少人数チームに分けて配置する。各チームには大学・高校・中学学生会メンバーをほぼ均等に割り振った上で大学学生会メンバーをチームリーダーにしてある程度の権限を委譲し、現場で迅速に対応できる体制を整えた。その意図は概ね功を奏し、スムーズな運営が出来た方だと思う。
だが、全国的人気のブリッツチームの招聘や、有名な歌姫の客演といった例年よりも大規模なイベントがあったこともあり、トラブルの数も例年以上でスコールも日中は頻繁に対応に追われることとなった。正直、もう少しのんびり出来ると考えていたのだが。
 元々学生会自体入る気なんてなかったのに、気づいたら推薦されて何故自分がと思っているうちに会長に就任させられていた。全学連にしても、例年は大学学生会会長が会長になるのが暗黙の了解だと話に聞いていたのに、どうしてだか自分を除くメンバー全員の賛成で以って異例の会長にさせられたときは、これは実は自分に対する嫌がらせなんじゃなかろうかとスコールは真剣に疑ったものだ。
 挙句に眩しいヤツには絡まれる。
昼間の遣り取りを思い出してスコールは溜息を吐いた。
相手の性格からして、本人にそんなつもりがないことはスコールも理解しているのだが、スコールから見れば「絡まれた」としか言いようがない、と思っている。
 しかしとりあえず大仕事は終わったのだ。まだ明日以降会計報告の作成など事務処理は残っているが、そんなものは淡々と進めていけるものだから大した苦ではない。これでやっと日常生活が戻ってくる。後夜祭で盛り上がる高校校舎前の広場の隅で、スコールが疲れを吐き出すようにもう一度息を吐いた時。
「スコール」
背後から掛けられた声に、思わず更に溜息を吐きそうになった。
 今度は何だ。
そう思いつつ振り返れば、そこには今さっき思い出していた眩しいヤツ、光の会長ことライトが立っている。
「…随分な荷物だな」
振り返ったスコールの腕に抱えられているものを見て、ライトが感心したように口を開いた。
「これはクラウドが…ああ、いや、バッツか?アイツらが食べろって無理矢理渡していったんだ」
「なるほど」
 結局一般客の退出確認が終わり運営本部が一旦解散するまで本部に居座ったクラウドに、有無を言わさず後夜祭会場まで連れて来られたスコールは、そこで待ち受けていたらしいバッツにホットドッグやクレープや、とにかく手当たり次第閉場間際でもまだ買うことのできた模擬店の食料とお茶のペップボトルを渡されたのだ。どうもクラウドがメールでバッツに食料を確保するよう依頼していたらしい。その二人は「ビールが呼んでいる」と何処かへ行ってしまった。
「食べるにも限度ってものがあるだろ…」
どう考えても処理しきれない量の食料を見て眉を寄せると、伸びてきた手がホットドッグを取った。
「一つ頂こう」
威風堂々としたライトがホットドッグに噛りつく図というのは中々見られるものではないな、と思いながらスコールもクレープに食いついた。なんだかんだ言って腹は減っているのだ。クラウドやバッツの心遣いは有り難かった。
「しかし彼らは何故君にこんなに食べ物を?」
「…俺が昼飯を食べ損ねたからだ」
 昼間の遣り取りがあった以上、ライト相手にトラブル対応に追われていて食事の時間も取れなかったと言うのは癪に障らないでもなかったが、ここで下手に嘘を吐いて誤魔化すのも意地を張っているようで子供っぽいだけだ。出来得る限り素っ気無く簡潔に答えたスコールに、ライトは特に変わった様子もなく、そうか、と返した。
あまりにライトが反応を示さないものだから、スコールの方がつい要らぬ付け足しまで口にしてしまう。
「もっと余裕があるつもりだったんだ」
そこで初めてライトが反応した。
「何故だ?」
「え?」
 何故って、何が?ああ、「何故余裕があるつもりだったのか」ってことか?見通しが甘いとでも説教したいのか。
頭の中で色々邪推して、しかし実際予想よりも余裕がなくなったのだし見通しが甘いと言われても仕方ないと諦めてスコールは口を開く。
「支部にメンバーを分けてある程度の権限も渡してたからな。大抵のことは彼らなら充分対処できる。俺のところまで持ち込まれるトラブルは正直少ないと考えていた」
 さあ、見通しが甘いと嘲笑いたいなら嘲笑え、と半ば自棄気味にスコールがライトを見ると、予想に反してライトは穏やかな表情でスコールを見つめていた。
「私は、君を誤解していたようだ」
「…?」
 誤解?何が?とスコールの頭の中で疑問符が渦巻く。
「君が本部に一人で詰めていたのは、君が同じ全学連のメンバーの力を評価していないからだと思っていた。だが、逆だったのだな。君は彼らの力を信頼していたからこそ、本部には自分一人が保険として詰めていれば大丈夫だと判断したのだな」
「他人を評価なんて出来るほど俺が何かできるわけじゃない」
あっさりと、何を当たり前のことを言っているんだと言いたげな様子でスコールが答えれば、ライトは緩く笑って目を伏せた。
「そうだな。当たり前だったな」
そう言って、食べかけのホットドッグにまた齧り付く。スコールも同じように食べかけのクレープを消化することに専念した。
 無言の二人の背後で、後夜祭恒例の花火が上がった。素人が扱える市販のものだが、会場は盛り上がる。
 
 
 
年に一度の祭りが、無事に終わろうとしていた。
 
 
 

七夕に晴れてることなんてまずない

 
 
 
「7月7日が晴れない確率100%」
どんよりと曇った空を背景にしてそよぐ笹の葉を見ながら呟いたのはティーダ。
「マジ?100パー?」
それに反応したのは同じクラスのヴァンで、2人は教室の窓際で仲良く同じ姿勢でグラウンドを眺めていた。
「んー、オレがここ来て七夕を知ってからだから、今年で5年目ッスかね?」
「なんだよ、100パーとか言う程じゃねぇじゃん」
「でも、セシルもフリオもバッツもそう言ってたッス」
「3人同い年だろ。オレらプラス3年しかデータないだろ」
そんな遣り取りの間にも2人の姿勢は変わらず、つまらなさそうに窓の外を見ている。曇っている分気温は低いが、冷房が抑えられた教室ではじんわりと生温かい空気が広がっていた。
 ここに来て知った、とティーダが言うとおり、七夕、という年中行事をこの学園に入学して知る者は多い。誇張ではなくこの土地の裏側ともいえる地域からやってくることも珍しくはないこの学園都市に於いては、この地域に根差した習慣が多くの学生にとって未知のものであったケースが多いのだ。高校からこの学園都市にやってきたヴァンもまた、七夕を知らなかった1人だった。
「ティーダ、おまえ、短冊何書いた?」
「…早く夏休みになりますように」
「あと10日もすりゃなるだろ」
「その10日を飛び越えたいんだって」
「晴れても叶わねーよ」
「そういう自分は何て書いたんスか」
「…期末試験がなくなりますように」
「人のこと言えないだろソレ」
 つまりは来週に迫った期末試験に多大な不安を抱いている2人は相変わらずつまらなさそうに同時に溜息を吐いた。本当に、何故1学期が終わるからといって試験をしなくてはならないのか理解できない。ティーダが定期試験の度に泣き着くセシルにも、今回ばかりは厄介なレポートの提出期限が迫っているとかで、済まなさそうに家庭教師役を断られてしまった。ならば、フリオニールでもバッツでもクラウドでも、と思ったら、その厄介なレポートとやらは、彼ら全員が選択している一般教養の必修科目なんだそうで、こればっかりは単位を落とすわけにもいかないと全員に首を振られてしまった。これはもう、ヤマを張るしかない。暗記科目はそれに賭けるとして、そうでないものはもう、追試と補講を予定に組み込むべきか。
そう覚悟を決めて、ティーダが隣りのヴァンに暗記科目のヤマを張る相談を持ち掛けようとしたその時、クスクスと背後で笑い声がした。
「なーに笑ってるんスか、ユウナ」
長引いたホームルームが漸く終わったらしい隣りのクラスのユウナがそこに立っていた。可愛くて優しくて芯の強い、ティーダ自慢の彼女は、だって、と笑う。
「後ろから見たらまったく同じ姿勢だったよ?」
相似形のように同じ姿勢で、同じタイミングで溜息なんて吐いているから可笑しかったのだ。
「そりゃ溜息吐きたくなるっての。…ユウナは期末なんて楽勝だろ」
ヴァンが恨めしげに言えば、ユウナはちゃんと勉強してるから当たり前ッス、と何故かティーダが答える。
オマエに訊いてねー!とヴァンが返して2人がふざけ出すのを、はい、とユウナが止めた。
「わたしも苦手な科目、あるよ?だからね、週末は一緒に勉強しよう?」
 図書館の学習室を予約しました、とユウナが敬礼もどきのポーズを取る。
大学院生から小学生まで、この学園に通う全ての学生が利用できる大図書館には、ガラス張りだが各々独立した定員6名程の学習室が幾つかあって、予約することができるのだ。寮の自室などではつい他のものに気を逸らしがちな2人には、こういう場所でないと駄目だという妥当且つ現実的な判断だろう。
「ユウナが勉強教えてくれんの?」
「違います。ちゃんと助っ人を手配しました!」
またも敬礼ポーズで答えるユウナに、助っ人?とティーダとヴァンが顔を見合わせた。
「スコール、来てくれるって」
「マジッスか!」
学年首席の登場に2人の顔が輝く。確かに眉目秀麗・文武両道・短所といえばその社交性の無さだけ、と評される超優等生のスコールならば、期末試験なんて余裕でこなせる類のものだろう。ティーダやヴァンが頼んでもにべも無く断られただろうが、さすがにユウナに頼まれては断りきれなかったか。
「おっしゃ、これで追試と補講は免れたも同然!」
ヴァンのガッツポーズに、ティーダもうんうんと頷いた。視界の隅でグラウンドに飾られた笹が揺れる。
 晴れることの無い七夕では短冊に書いた願い事は叶えて貰えなかったが、天は2人を見捨てなかった。
そこで思い出して、ティーダはユウナにこう訊いた。
「ユウナは短冊になんて書いたッスか?」
その問い掛けに、ユウナはにっこりと笑う。
その答えを聞いて、ティーダとヴァンは七夕の認識を改める事にした。
 前言撤回。晴れない七夕でも、短冊の願い事は叶えて貰えるらしい。
 
 
 “みんなが笑顔で夏休みを迎えられますように。”
 
 
 

HEAT





 夏は夜。
そう言ったのは誰だろう。とにかく夏は夜がいいのだそうだ。月が出ていたりなんかすると特にいいらしい。
となると、今夜辺りはうってつけ、ということになるのだろうか。
「…なに笑ってる」
「別に笑ってなんかいないさ」
「嘘つけ」
隣りを歩くスコールに不機嫌そうに指摘され、クラウドは肩を竦める。その間にも肌はじんわりと汗ばむ。
時間も季節も滅茶苦茶なこの世界は、ほんの数日前には雪がちらついたというのに唐突に夏へと変化したようだ。
頭上で光る月は変わらないはずなのに、冬の冴え冴えとした光が嘘のように、今は熱を持つように感じるのは錯覚か。
 イミテーションとの混戦の最中、空間変異に巻き込まれて2人仲良く飛ばされてきた。恐らく戦いは有耶無耶になっただろうし、他の仲間たちもどこかに飛ばされた可能性が高い。散り散りになったとは言え、皆こういうときはベースキャンプのある秩序の聖域を目指すことが暗黙の了解になっているから心配はしていない。次に空間変異が起きるのを待つだけだ。
「夏は夜がいいんだそうだ」
クラウドが言うと、スコールはチラ、と視線を遣し、またすぐに前を向いてしまう。足を止める様子はない。目的地なんてないのにいつまで歩くつもりだろう。
 確かに、いいな。
クラウドはそう思う。さすがに暑いのだろう、スコールは普段着ているジャケットを脱いでシャツ1枚になっている。テントやコテージでの就寝の際には見掛けるが、外ではあまり見慣れない格好は新鮮で、ちょっと得したような気分だ。
「スコール」
呼びかければやはり視線を遣すだけで返事はない。足を止めることもない。
クラウドは自らの足を止める。
「スコール」
もう1度名前を呼ぶと、数歩先でスコールが足を止めた。振り返った顔は、何がしたいんだアンタ、とありありと語っている。
クラウドは眼を細めた。
「おいで」
手を伸ばせば、スコールは呆れたといわんばかりに息を吐き、そしてその態度とは裏腹に素直にクラウドの腕に収まる。
密着した体から、微かに汗の匂いがした。
「暑いのにくっついて…馬鹿みたいだ」
「そうだな」
同意の言葉を返して、クラウドはスコールの華奢な背を抱く腕に力を込める。このまま離れずに汗ばんで、ドロドロに融けてしまおうか。
長く冷たい冬の夜に互いの体温を分け合って朝が来るのを待つのもいいが、暑く短い夏の夜を惜しむように抱きあうのもいいだろう。
「帰り、遅くなると心配されるかな」
「空間変異が起きなきゃどうしようもないだろ」
「なあスコール、抱いてもいいか」
「…訊くな馬鹿」
言いながら足を踏まれた。その癖抱きつく腕に力を込めてくるなんて中々に可愛らしい反応ではないか。
 夏は夜。
熱い空気に浮かされて、容赦なく照らす月に煽られて、短い時間を存分に愉しもう。



healing time





 1歩でもいい、踏み出してこい。
ティナに対してそう言ったのは確かに自分だが、それは戦いの場に於いての気構えのことを指していたつもりで、決してこんな意味ではなかったはずだ。
 …似たようなものなのか?いや、違うだろう、やっぱり。
心の中はお喋りな17歳、スコール・レオンハート。頭の中で考えていることのせめて10分の1でも声に出せば回避できる事態も多いのだが、そこで黙っているのがスコールだ。
「すごい、ふかふかね」
うっとりとした様子のティナに隣りを陣取られ、ジャケットのファーを弄られること早15分。
以前から物言いたげにスコールを見ていることが度々あったティナが決意した様子で近づいてきた時、そのあまりに真剣な様子にスコールは些か深刻な事態すら想像したというのに、ティナが熱意の籠った眼で見上げて言った科白は、スコールの服をふかふかさせてほしいの、だった。脱力して、その程度のことなら、と頷いたことを既にスコールは後悔している。いくらファーの手触りを楽しみたいと言っても、ほんの2、3回撫でれば充分じゃないのか、と思う自分の感覚が間違っているのだろうか。
「…ティナ」
「なに?」
「気に入ったなら、ジャケットは貸すから」
「ううん、そんな、いいの。脱いだらスコール、寒いでしょう?」
 アンタがそんなカッコで平気なんだから俺がジャケット脱いでも平気に決まってるだろ。
と口に出せたらどんなにいいか。だが仲間内の紅一点、その可憐な容姿と純真な性格で仲間の庇護欲を掻き立てるティナ相手にそんなことが言えるだろうか。いや、言えるわけがない。スコールに出来ることと言えば、うっかりするとティナの胸に肘が当たってしまいそうな腕の位置をさりげなく変えつつ大人しく座っていることだけだった。
いつもナイト宜しくティナの傍にいて、ジタンやバッツ辺りがティナにちょっかい出そうものなら容赦なくメテオを放つオニオンは、何故だか割り入ってくる気配も見せず、スコールならいいよ、という信頼溢れる言葉と共にティナの傍から離れてしまった。そんな信頼などこの際要らない、とスコールは思う。
「あのね、スコール」
「…なんだ」
「もう1つだけ、お願いしてもいいかな」
 まだ何かあるのか。
そう言いたいのを堪え、スコールは無言で続きを促した。ティナの夢見る瞳は潤んでキラキラと輝きながらスコールを見つめている。
「スコールの髪、触ってもいいかな?」
 俺に拒否権はあるのか。
スコールは間髪入れずにそんなことを思ったが、考えるまでもなくそんなものはないのだろうと解ってしまう自分を呪った。
 
 
 
「おお…!ティナがスコールの頭撫でてるッス!」
「よかったねティナ…!」
「さすがのスコールも大人しくしちゃって。可愛いなあ」
「おれも撫でたいなあ。ボコとどっちが手触りいいんだろ?」
「だからと言って俺を撫でるな、バッツ」
「だけどいいのか?こんな覗き見みたいな真似…」
「いいんだって。癒しだよ癒し。ティナは念願のスコールの服と髪撫でて癒されて、スコールは幸せそうなティナに癒されて、オレたちはその2人を見て和んで癒されるって、このカンペキな構図!なっ?ライト」
「時には力を抜くことも大切だ」
「ライトがそう言うならいいが…。あれ、スコールは癒されてるのか…?」



Priority





 あ。
小さくそんな声が洩れてしまってジタンは慌てて口を噤んだ。音や気配に敏感な相手の眠りを妨げてしまったのではないかと息を潜めて伺うが、どうやら平気そうだった。
隣りで眠るスコールは、体をこちらに向けて眠っている。毛布からはみ出た指先が、喉の乾きに目が覚めて半身を起こしたジタンの指に触れたのは偶然だ。
ジタンは視線を落として自分とスコールの毛布の間に投げ出された手を見つめる。
 細い指だった。
いつもは黒いレザーグローブに覆われて見えないその指先は、ジタンが思っていたよりも華奢で、無論女性のものとは明らかに違うけれど、どこか心許ない気分にさせるものだった。体格が違うから当然ジタンの手よりスコールの手の方が大きいが、体格のわりに意外と大きく肉厚なジタンの手と、指が細く長く薄い掌のスコールの手では、どちらがより頼りない印象を与えるかと訊かれれば恐らくスコールの手の方だろう。剣を扱うその手の節々はしっかりしていて決してひ弱だとは言えないが、なんとなくもっと大きくて力強い手を想像していたジタンは、その細い指に何故だかひどく衝撃を受けた。
1度引っ込めた自分の指を、ジタンは再び慎重にスコールの指先に触れさせてみる。
 冷たい指先だった。
毛布からはみ出している所為だけではない、きっと元々の体温が低いのだろう。凍えたような指先はなんだかとても寂しく感じられて、ジタンは眉根を寄せた。
年相応な様子を見せることもあるし、不器用な性格であることも知っている。時には子供っぽいほど向きになることだってあるのも解っている。しかし決して頼りないなどと感じたことは1度もなかったスコールに、今まで感じたことのない脆さを感じてしまってジタンは戸惑う。ほんの少し、指先に触れただけだというのに。
 そんなことないそんなことない。
スコールは強くて頼れるヤツだ、とジタンは頭の中で唱え、喉が渇いて起きたのだから水を飲みに行こうと自分の手を引っ込めようとしたその時だった。
「え?」
離そうとした指先に、きゅ、と力が掛かった。驚いて見ればスコールの指先がジタンの指先を離したくないかのように少しだけ曲がっている。握るほどの力は込められていないけれど、確かに引き止める仕草。慌ててスコールの顔に視線を移すが、眸は閉じられたままだ。ジタンが見つめているその先で、寝息を吐き出していた唇が微かに動く。
 行かないで。
音にならないそれは夢の中で言ったのだろうか。耳に届かないそれを、ジタンは眼で読んだ。
心臓がドクン、と大きく跳ねて、それからキュウ、と締め付けられるように痛む。
 この痛みを知っている。知ってはいるがまさか、とも思う。
けれどとりあえずそんなことは意識の外へ置いておくことにした。物事には優先順位というものがあるとジタンは心得ている。
今まず自分がすべきことは、胸の痛みの正体を暴くことではない。
ジタンはスコールを起こさないようにそっと、しかし彼の夢の中へと届くようにと願いを込めて呟く。
「どこにも行かないさ」
そうして、ジタンはスコールの冷たい指先を優しく握り返した。



Winter has come!





 午前7時起床。勤務は午前8時半から午後5時。昼休憩は交代制で1時間。3食支給。部屋は従業員用だから狭いがツインベッドでシャワールーム付き。使用時間帯は限られているが大浴場に行けば源泉かけ流しの露天風呂にゆったり浸かることも可能だ。そして自由時間は滑り放題。
2年前から始めたこの冬季限定のバイトは今回で3シーズン目。時間は限られているとはいえスノボ三昧の生活で金も稼げるなんて、一石二鳥どころの話じゃない。最初のシーズンの終わり、是非来年もと言われて、2シーズン目からは時給が相場の倍になった。俺達は驚いてオーナーに訳を訊いたが、とにかくいいからうちで働いてくれと言われて頷いた。おかげでこの冬のバイト代だけで2人合わせて充分な額を稼げる。最初は何かヤバイ仕事でも回されるのかと警戒したが、ネットのゲレンデの口コミサイトを見て事情を知った。…「イケメン2人に会えるゲレンデの宿」って口コミが広がってシーズン一杯満員御礼らしい。それについては俺は何も見なかったフリを通している。スコールにも話してない。雇い主と従業員の利害が一致してるんだ、それが大人の対応ってもんだろう。オーナーの人格にも問題ないしな。俺のスノボ好きを知って、オーナーはリフト担当にしてくれたから昼休憩に入った途端滑りに行ける。営業終了後のナイターは偶にスコールも滑る。あいつもかなり滑れるが、俺ほど興味はないらしい。3日に1度くらいのペースだ。代わりと言っちゃなんだが、いつの間にか宿のフリースペースで恒例になってたカードゲームに興じてる。なんでも噂が噂を呼んで今じゃカードゲームマニア垂涎のプレイスポットらしい。ますます宿の人気が上がってオーナーはご満悦だろう。まあ、スコールはカードゲームに関しては目の色変えるからな。初めは半ば無理矢理引っ張ってきたバイトだから、それなりに楽しんでくれてるようでよかった。
 カーテン越しのぼんやりとした明かりが、隣りで眠ってるスコールの顔をうっすらと浮かび上がらせる。
半年ぶりに来たここにちょっとテンション上がって今日からバイトだってのに無理させたかもしれない。でもまあ、本気で嫌がってはなかったからこいつもここに来るのを結構楽しみにしてたのかも、というのは俺の希望か。
この半年弱の住み込みバイトのメリットはもう1つ。互いの生活リズムが合って、その上2人きりでいられることだ。2人で暮らしていても普段は互いの用事ですれ違うことも結構あるし、男2人の部屋は友人たちの溜まり場になり易い。やつらは気のいい連中だが遠慮がないからとんでもない時間に泊めてくれなんてやって来ることもしばしば。悪気がないのは解ってるし話してない俺達も悪いかもしれないが、一応恋人な俺達としては都合が悪い時もある。その点、ここは誰かに急に訪ねられることもない。バイト仲間とはそれなりに上手くやってるが、皆スキーやスノボ三昧の生活を満喫する為に来てるから夜なんてクタクタになってすぐ寝るようなタイプばっかりだ。…ほんと、いいバイトだ。
 目覚まし時計が7時を示す。ピッと音が鳴ると同時に止めるとスコールが僅かな声を上げてゆっくり瞼を持ちあげる。それを確認して、俺は窓辺に立った。
煙草の焦げ跡が残る厚手のカーテンを一気に左右に開く。昨日降った雪が視界を真っ白に染めて朝日を反射してる。眩しい。2,3日前だと積雪がちょっと危ぶまれてたが、いいタイミングで降ったな。絶好のシーズンスタートだろう。
さあ、冬が来た!



Timing





 視線を感じる。振り向けば目が合う。すぐに目を逸らされる。けれどまた視線を感じる。
これを人に尋ねたならば、9割の人はこう答える。即ち「それは相手が君のことを好きか、気になっている」のだと。
そんなわけで、クラウドがスコールのことを気にするようになったのは致し方ない。たとえ実際にはスコールの興味はクラウドの巨大な剣及びそれを無造作に扱うクラウドの体躯に置かれていて、目が合うとすぐ逸らすのは偏にスコールの対人スキル不足故で、それでもまた見ていたのはスコールが結構な武器マニアである所為であったのだとしても、それは仕方ないのだ。
ただ、普通ならば勘違いの恋で終わる筈のそれは終わらなかった。
 見つめられると鼓動が速くなる。
ただの武器への興味でクラウドを見ていた筈のスコールがそんな状態に陥ったのは、単にスコールの恋愛経験の乏しさと、後はクラウドの整った容貌故といったところだろうか。要は美形に熱心に見つめ返されて、武器への興味で見ていた筈の自分の行動を自分で勘違いして恋愛感情に摩り替えてしまったのだ。恐らくこれを誰かに相談でもしていれば冷静に指摘して貰えただろうが、当事者2人の表情の乏しさも手伝って誰かに察知される事もなく事態は進行した。どちらか一方の片恋ならば勘違いの悲喜劇だが、運よく、或いは運悪く、それは双方向に矢印が向く立派な恋愛の様相を呈したのだった。…それもまた悲喜劇と呼べる類のものだと第3者なら言うかもしれない。
兎にも角にも、そんな誤解・勘違い・思い込み   身も蓋もないが他に言い様のない   でめでたく互いにハートの矢印が向き合った2人だが、それを互いが知るまでには暫く時間が掛かった。
 理由は明白。
2人揃ってコミュニケーションに不器用というか、奥ゆかしいというか、詰まるところ消極的で受動的なタイプだからだ。切っ掛けがあればそれなりに動けるものの、自分がその切っ掛けを作るのは苦手という2人なので、膠着状態が長く続いた。互いの視線だけで互いの感情を探る日々。さながら戦場で対峙しているかのように全身で互いの機微を感じ取ろうとするその様は、知らない者が見たら間違いなく2人は仲が悪いのだと誤解しただろう。仮に事情を知る者が見てもきっとこう言って呆れる。恋の駆け引きとはこんなに殺伐とした雰囲気でするものではない、と。
 永遠に膠着状態のまま時間だけが経過して、そのまま別々の世界へと還っていくことになるかと思われた2人だが、そうはならなかった。何れ訪れる避けられない別れを考えて、敢えてここは動かないという選択肢も彼らの中にはあったし、2人の性格を考えればその選択肢を選ぶ可能性も充分あったが、出逢いの奇跡と限られた時間を思った時、動くことを2人は選んだのだ。有体に言うと、行動した結果の後悔と行動しなかった後悔なら行動する方を選ぶ、ということだった。
切っ掛けを作ったのはクラウド。さすがにそこは年長者と言うべきか、若しくはスコールよりは若干コミュニケーション能力が高かったと言うべきか。その頃にはもう、如何に対人スキルが低く殊に恋愛沙汰に鈍感な2人と言えど、9割以上の確率で互いの好意の矢印が向かい合っている事は覚っていたから、後は本当にタイミングだけだったのだ。
尤も、そのタイミングも他者から見ると「何故そこで?」と疑問符だらけになること請け合いだったが。
「俺の恋人になってくれ」
その言葉は、メテオレインと共に戦場に紡がれた。イミテーションにはメテオレイン、スコールには愛の告白。器用と言えば器用だが、もっと時と場所を選べばいいと、きっとメテオレインに倒れたイミテーションでさえ思ったに違いない。だが幸いにも、クラウドの告白の相手であるスコールはそういったことを気にするタイプではなかった。というよりも、1度好きになってしまったら恋は盲目、あばたもえくぼ、を地で行くタイプだった。
イミテーションを倒して、2人きりになったそこで僅かな頷きで返された答えに、クラウドの顔にも笑みが浮かぶ。
 
   この直後から、スコールの極度のスキンシップへの不慣れさにクラウドが四苦八苦する日々が始まるのである。