記事一覧

それはもう引き返せない渦 1




「…ァ…ッ」
噛み締めた唇の奥で、引き攣れたような微かな声が洩れた。
 串刺しにされた右肩は痺れて疾うに腕全体が感覚など無くなっている。「急所は外した」という男の言葉通り、貫通した傷からの出血は早急に命を脅かすような勢いはなく、けれどこの場から逃れる力を奪うには十分だった。
「我慢などしても無駄だろう」
「ンンッ」
掛けられた言葉に、より一層強く唇を噛み締める。血が滲んで鋭い痛みが襲っても、男の思い通りになどなりたくなかった。
 くちゅ、と淫猥な音が聞こえる。男の長い指が後孔を犯す音だ。丹念に内壁を探る指の動きに、理性の糸が焼き切れそうになるのをスコールは必死に繋ぎ止めていた。
手荒な所業でこんな行為に及んだのだから、どうせならそのまま痛みで嬲ってくれた方が余程マシだった。なのに、男はスコールの肩をその長い刀で貫いて動きを封じた後は、撫でるように優しい手付きで快感だけを高めてくる。当然、その方が精神的に追い詰められると解っていてのことだろう。
「フン、いつまで持つか見るのも一興だが…。私は然程気が長い方ではないんでな」
言葉と共に、男の左手が首を押さえる。愉しげに眼を細めて、何の遠慮もなくその手に力が籠められた。
「…アァァッ」
苦しくなる呼吸に、噛み締めた唇が解け、本能的に口が開くのを見計らって、体内を探る指が生理的に耐え難い快感を齎す一点を刺激する。こうなってしまえば、もうスコールに抗う手段は残されていなかった。
「獣は獣らしく啼いていればいい」
もう止めることの出来ない嬌声を満足気に聞いて、銀髪の男・セフィロスがゆったりと笑う。
「ふ…ァ、な、ぜ…ッ」
 何故、どうして。
朦朧とする意識の中で渦巻くのはその言葉ばかり。今までだって何度か剣を交えたことはある。決定的な勝敗はついていなかったが、それはこの神々の闘争に召喚された者全員に言えること。こんな行為に及ばれるような個人的な因縁などなかったはずだ。
「何故、か。お前は、あの人形のお気に入り、だろう?」
「や…、あァァ…ッ」
抗えない快感に勃ちあがり、今にも吐精しそうに震えるスコールの昂ぶりの根元が指で戒められる。体内にどんどん蓄積される熱を吐き出せず、スコールは悶えた。
 あの人形。
その言葉がともすれば熱に浮かされて意味を成さなくなりそうな思考に引っ掛かる。この、神々の闘争自体には何の興味もなさそうな美しい男が、人形と呼び執着する相手。対してそのセフィロスをまさしく因縁の相手として追う男。そして、この不安定な世界でスコールに好きだと告げ、スコールもそれに応えた相手。
「クラ、ウ…ド…ッ」
思わず、といった態でスコールの口から零れた名に、セフィロスの翡翠色の眸が獲物を前にした肉食獣のように輝いた。
「あれは私の人形。お前があれのものだと言うのなら、お前もまた私のものだろう?」
「ふ、ざけるなっ」
スコールには到底理解できない、理解したくもない勝手な言い分に、反射的に眸に強い光が点る。だがそれも、今はセフィロスを愉しませるだけだった。
「あれも、人形のわりに趣味はいいようだ。確かにお前は美しい」
「ふ…ぁ…ッ」
乱暴な仕草で体内を掻き回して指が抜かれる。代わりに後孔に宛がわれた質量に、無意識に震えが走った。
「…や、め…っ、ァァァァッ」
容赦なく潜り込んでくる熱に目の奥がチカチカと点滅する。焦らす事もなく追い詰めるように前立腺を刺激されて、何も考えられなくなる。
「…あれに存分に可愛がってもらったか?私に絡みつくようだな」
「ちが…ッ、ンンンッ」
自らを犯す楔にいやらしく絡みつく内壁の動きを揶揄され、ぎゅっと目を瞑った。その拍子に生理的な涙が頬を伝う。
 どうして、こんなことになっているのだろう。何故、こんな屈辱的な行為を受けねばならないのか。
そして何より、何故自分の体はこんな行為に抗えない悦楽を感じているのだ。
 個人的には何の感情もないはずの、ただ敵でしかない男にいいように犯されて快楽を貪る自分の体の反応こそが、何よりスコールのプライドを傷つける。
 対人関係が苦手で独りでいることを好んで生きてきたスコールは、同性とセックスをした経験なんて当然クラウドが初めてで、そのどこかプライドを刺激される行為も、相手がクラウドだから許容できたのだ。クラウドはスコールの体と、なによりその心を気遣い、細心の注意を払って抱いた。そう、あれは犯されたのではなく愛されたのだと感じられる行為だったのに。
ただ乱暴に犯される行為に快感を得る自分が酷く浅ましく思えて、こんな自分をあれ程大切に愛してくれたクラウドに申し訳なくて、自由になる左手を力いっぱい地面に叩き付けた。
「あれが恋しいか?」
たくし上げられたシャツから覗く胸の飾りを指で摘まれて体が跳ねる。するとそれは体内を穿つ刺激になり、更に追い詰められることになる。
「ヒ…ッ、ンン、く…ぅっ」
塞き止められたまま吐き出せない熱はどんどん体内に溜まって荒れ狂う一方で、何も考えられなくなりつつあった。それでも、次にセフィロスから放たれた言葉に目を見開く。
「近くに光の波動を感じるな」
それは、仲間の誰かがこの近くに来ているということ。もしかしたら、独りでふらりと仲間たちの許を離れたまま戻らない自分を探しにきたのかもしれない。真っ先にスコールを探そうとするのは、きっと。
「これは、クラウドか。いいところに来たな」
「やめ…ッ」
助けが来た安堵よりも、今の自分を彼に見られてしまう恐怖にスコールは慄いた。その様が、セフィロスをより満足させるとも知らずに。
「や、ァッ…ん、ひぁ…ァァッ」
 ずちゅ、と後孔をセフィロスの欲望が出入りする音が響く。根元を戒められたままのスコールの昂ぶりも指でなぞるように刺激され、身も世もなくスコールは喘いだ。
 駄目だ。来るな。来ないでくれ、クラウド…ッ!
心の叫びは声にならず、そしてスコールの願いは届くことなく。
自分を犯す男の肩越しに見慣れた金髪が目に入ったのと、限界まで塞き止められていた熱が解放され体内にセフィロスの熱が注がれたのはほぼ同時だった。
「み、るなぁぁぁぁぁっ」
最早無駄だと知りながらそれでも叫ばずにはいられなかった。
「…スコ、ール…?」
呆然と自分の名を呼ぶクラウドの姿が視界に入ったのを最後に、スコールの意識は暗闇へと吸い込まれていく。
 俺は、これからアンタにどう向き合えばいい?
沈んでいく意識の中で最後に思ったのはそんなこと。

 答えには、辿りつけそうになかった。