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若く青い日々




 恋愛感情に性的欲求が含まれるのは当たり前で、寧ろそれがないならちょっと色濃い友情とか親愛ということで止めておけばいい。況して同性に対する愛情なんて言ったら相手に性的欲求を感じるかどうかが相手との関係どころか自分の人生の分かれ目で、詰まる所恋人、というポジションに収まるからには当然そういった行為に及びたいと思うのは自然の摂理なのだ。
そんな屁理屈じみたことをぐるぐる考えて、クラウドはこっそり溜息を吐く。
 俺も十代のガキだったら逆にマシだったかもな。
なまじそれなりに大人だと自覚がある分、勢いでがっつくような真似も出来ない。
シリアスチックなポーカーフェイスの下で、こんな非常に情けなくも切羽詰まった葛藤が渦巻いていることなど、しげしげとクラウドのバスターソードを眺めている恋人は全く気付いていないだろう。
 この世界に引き寄せられた断片の一つ、というよりコスモスが戦士たちの為に意図的に引き寄せたのだろう古びた館の2階奥の一室は、クラウドに割り当てられた部屋だ。さして広くもない部屋に調度品はベッドとライティングデスク、出入り口脇のドアの向こうは簡易だがシャワー設備がある。さながらビジネスホテルのような部屋だが、余計な装飾のないシンプルな造りをクラウドは気に入っていた。
今、その部屋にはデスク備え付けの椅子に座るクラウドと、ベッドに腰掛け一心不乱にバスターソードを見ているスコールがいる。寡黙な二人の、傍から見るとただ睨めっこでもしているかのようにしか見えない駆け引きと、大いなる勘違いその他の紆余曲折を経て一応クラウドの恋人、と呼べる関係になった相手だ。実は結構な武器マニアであるスコールを部屋に誘うのは簡単で、マテリア穴という不思議な構造を持つクラウドの剣をちらつかせば彼はあっさりと頷いた。…恋人を自室に誘うのに何故武器をちらつかせなければならないのかは甚だ疑問だったが、この際結果オーライということでいいだろう。問題はこの後なのだ。
「クラウド」
呼ばれて顔を上げれば、武器観察に満足したらしいスコールがこちらにバスターソードを差し出していた。
「満足したか?」
立ち上がって問いながら愛剣を受け取り、静かに壁に立て掛ける。大した広さもない部屋だから、椅子から立ち上がって壁に剣を立て掛け、ベッドに腰掛けるスコールの傍に寄るのに2歩あれば足りた。
「ああ、ありが…」
スコールの言葉が途中で途切れる。クラウドが何も言わずに抱き締めたからだ。途端にビクッとスコールの体に緊張が走ったことを知るのは、抱き締めた側であるクラウドには造作もないことだった。寧ろそれに気づかずにいられればこのまま行為に雪崩れ込むことも出来ようというものなのに。
 このまま雪崩れ込んだらまるで俺が悪者みたいだ。
クラウドは心の中で溜息と共に独りごちた。
 恋人というポジションを確保して、そうして知ったのは、スコールがとにかく他人との接触に慣れていない、ということだった。最初は何か嫌な思いでもさせたのかと思ったが、どうやらそういうことでもないらしい。本人の記憶も曖昧だからはっきりしたことは判らないが、かなり幼い頃から他人を寄せ付けずに生きてきたらしいスコールは、寧ろ接触恐怖症なのではないかと思うほどスキンシップに過剰な反応を示してしまうのだ。これはもう、慣れの問題以外の何物でもないのだから慣らしていくしかない。実際、初めて抱き締めた時に比べたら反応もだいぶ小さくなっているし、なんだかんだでキスまでは出来るようにはなっているのだが。
 俺はどちらかと言えば淡白な方だと思うんだが、な。
そんなクラウドの自己評価も間違いではないのだが、とはいえクラウドだってまだ21の若者なのだ。いくら大人の自覚だなんだといってもまだまだ若い。正直、好きな相手を前にずっとお預けを食らうのにも限界がある。それは誰にも責められる事ではないだろう。だいたい、その対象であるスコールにしたって、こちらは17と、クラウドよりも更に若く、あけっぴろげに言ってしまえば、そういう行為に最も興味があるお年頃、のはずなのだ。本来はもっと、暇さえあれば抱き合ってしまうような、そんな状態であってもおかしくはないはず。
そんなことを思っても現状が変わるわけではないのだが、忍耐を強いられている分、少しは自分を肯定したいクラウドだった。
 傷つけたいわけじゃ、ない。
クラウドが自分に忍耐を強いる唯一にして至上の理由はそれだ。元々スコールは違う世界で生きていた、出逢えたことが奇跡のような相手なのだ。しかも彼を手に入れた最も幸福と言えるこの時間すら、いつどこで途切れるかも判らない。もしかしたら明日突然、自分が、もしくは相手が、この世界から消えてしまう可能性だってないわけではないのだ。このまま、彼と一つに繋がる歓びを分かち合えないまま離れてしまったとしたら、それはきっとさぞかし後ろ髪を引かれる思いをするに違いないが、ここで無理に行為に及んで彼を傷つけたまま別れたら、その後悔は計り知れないものになるだろう。その確信が、クラウドに性急な行動を起こすことを止めさせている。
 抱き締めてキス出来るってことだけで満足すべきなんだろうな。
いつどうなるか判らない現状で得た大切な存在だからこそ、できないことに焦るよりも今できることに幸福を噛みしめるべきなのだということを、クラウドはちゃんと理解していた。出来れば先に進みたいというのが偽らざる本音ではあるが。
 抱き締めていた体を少し離して、代わりに片手をスコールの頬に添えた。またもピクッとスコールに緊張が走る。普段は冷静な光を宿している眸がどこか不安げな色を覗かせているが、彼は何も言わない。触れられることに慣れよう、とスコールも思ってくれているのが伝わって、クラウドの顔に知らず僅かな笑みが浮かんだ。
「…好きだ」
至近距離だからこそ伝わるような本当に小さな声で囁いて、そっとキスをする。まだ唇を合わせるだけの軽いキスしかできないけれど、それは十分幸せな感触だった。その幸せを堪能して、クラウドはそっと体を離そうとした…のだが。
「…スコール?」
しがみつくようにクラウドの腕を掴んだスコールの手が、離れない。いつもならば、そっと抱き締めて軽いキスを交わして、そうして離れるクラウドに、スコールの体から緊張が抜けるのを少し寂しい思いで見るのに。
「どうしたんだ?」
イレギュラーな展開に内心戸惑いつつもクラウドがそう問えば、スコールの方も戸惑った様子を見せつつぼそっと呟く。寧ろ呟きにもなっていない程の音量で、口が微かに動いたから辛うじて何か呟いたのだと判る程だ。
「…スコール?」
もう一度名前を呼んで促せば、眼を逸らした彼が今度はもう少しはっきりとした声を出した。
「構わない、と言ったんだ」
伏せた目元に朱が差しているのを半ば呆然と見つめながら、クラウドはそのセリフを頭の中で反芻する。
 構わないって何が?…何って…アレか?え?アレでいいのか!?えぇぇ!?
こういう時に感情が表に出ない性質なのは得なもので、傍目にはクールな様子を崩さずにいながら、頭の中は予想外の展開に思考停止寸前。心の中で「1・2・3」と数えて何とか自分を落ち着かせたクラウドは、自分の解釈に間違いがないか確かめるべく、逸らされた視線を追ってもう一度眼を合わせた。
「スコール?あんた何言ってるか解ってる…か?」
不躾といえば不躾な問いだが、ここで下手に勘違いして気拙い思いをするよりはマシだ。そう判断したからこその言葉だったが、言われた方はやはりカチンと来たらしい。
「俺を子供扱いしてないか?」
戸惑いがちだった視線に一瞬力が戻る。怒っているというより拗ねているような口調が歳相応な印象で、スコールにしては珍しいと苦笑しつつ、クラウドは「いや」と首を振った。
「そうじゃないが、互いに違うことを思ってたら拙いだろう」
しかも勘違いして事を進めた場合、どちらかといえば傷つくのはスコールの方だ。だがそこでスコールが口を開く。
「アンタが!」
自分でも予想外に強い口調だったのだろう、スコールは僅かに驚いたように口を閉じた後、意を決したように言葉を続けた。
「アンタが、俺を気遣ってくれてるのは理解してる。なんて言うか…その、我慢、してくれてるのも」
「解ってるなら話は早い。変な話だが、今更、だぞ?焦ることなんてないし、無理もして欲しくない」
「そうじゃない」
ぎゅ、と掴まれたままの腕に力を込められた。こんなに長くスコールから触れられているのも珍しいな、とぼんやり思いつつクラウドが視線で続きを促せば、耳まで仄かに赤く染めたスコールは視線をあちこちに彷徨わせながら早口で続ける。
「俺だって、アンタに触れたいと思ってるんだ」
「………」
 それはつまり、スコールにも人並みの性欲はあるということか。
身も蓋もない表現ではあるが、それ以外表現できないのも事実。スコールも、17歳の健全な青少年だったということだ。スキンシップに慣れていないから、触れられればどうしても緊張してしまうが、欲求がないわけではない。スコールも、自分たちにはいつどんな事態が起きるかも判らないという危惧を感じているはずで、触れたい欲求と、触れられる緊張との間で、もしかしたら、クラウドよりもスコールの方がもどかしい思いを抱えていたのかもしれない。
 ああ、拙い。
クラウドは掴まれていない方の手で口許を押さえて天井を仰いだ。ここでもう一度「焦る必要はない」と諭した方がいいと頭では理解している。それが大人の態度だ。しかしクラウドも大人と言ったところで十分若い青年に過ぎないのだ。自分でそう在りたいと思う程には大人になりきれていなかった。
簡単に言ってしまえば、限界、なのである。そうして。
「クラウド?…ッ」
天を仰いでしまった恋人に、不思議そうに呼びかけたスコールへ返ってきたのは、これまでの優しい感触のキスとは似ても似つかない、噛み付くような荒々しいキスだった。
「…ふ…ッん…ッ」
薄く開いた唇から舌を差し入れ絡ませる。何度も何度も角度を変えて口づけた。我ながらがっつき過ぎだ、とクラウドは熱で霞んだような思考の隅でそう思うが、ブレーキをかける術は持ち合わせていない。スコールが慣れない様子ながらも応えてくれるから尚更だ。これでがっつかなかったら男じゃない、と自分を正当化してみる。
 正直なところ、夢中になっていてクラウドは自分がどんな手際の良さを発揮したのか曖昧にしか判らないのだが、二人の体がベッドに沈みこんだ時には彼らの服はベッドの下に落とされていた。途中でスコールの手が「お前も脱げ」と言う様に強くクラウドの服を引っ張ったので乱雑に脱ぎ捨てた記憶だけは確かだった。
「…以前から思っていたが、アンタ、ホントにいい体してるな」
上気した顔でクラウドを見上げながら呟いたスコールが、そっとクラウドの上腕や胸板に触れる。肌に触れる瞬間、少しだけ動きが止まるのは、まだ触れ合うことに慣れ切らない所為か。
「お前は華奢だな」
見下ろしたスコールの頬から首筋、鎖骨を撫でてクラウドが答える。
筋肉がついていないわけではないのだが、骨格自体が華奢なのだろう。二の腕の太さや胸板の厚さなど、クラウドとスコールでは歴然とした差があった。だが、戦士として、華奢だと言われればムッとするというもの。ほんの少し不機嫌そうに眼を眇めたスコールがぼそっと呟く。
「女装装備できる癖に」
「……………それは言うな」
「んんっ」
余計な事を言う暇を与えてはならないと悟ったクラウドが、唇を塞いだ。
 後はただ荒い息遣いと押し殺せない声が部屋に充満するだけ。
唇と手で丹念にスコールの体を愛撫する。初体験の時でもここまで夢中にはならなかったと後から思うほど、目の前の存在のことしか考えられなかった。慣れない行為に本能的な怯えが走るスコールが、それでも緊張にビクッと震える度にクラウドの腕や肩をぎゅっと掴んで受け入れようとするのに、クラウドの熱は更に煽られる。口下手な自分はきっと言葉に出して言う事はできないが、唯々、愛しいと思った。ようやく彼を抱ける喜びに我武者羅に進んでしまいそうになる自分をどうにか制御できたのは、その愛しさのおかげだ。ただでさえ受け入れる側に負担の大きい行為なのだ。逸る気持ちのまま進めたら徒にスコールを傷つけてしまう。慎重に、丁寧に、クラウドは恋人の体を慣らしていく。逆にスコールの方がもどかしさを覚えるほど。
「クラ…ウ、ド…ッ」
「…いい、か?」
言葉もなくガクガクと頷くスコールの後孔に、クラウドは怒張した自身を宛がう。一つに繋がる感覚に、深い悦楽の息が洩れた。
 そこから先は、思い返せば残念なことに、殆ど記憶に残っていない。ひたすら夢中で貪って、途切れ途切れに呼ばれる名前に熱は鎮まることを知らず、自分も何度も「スコール」と名を呼んだ。なんだかんだと、結局のところかなりがっついた、と思う。慣れない行為に疲れ果てたスコールが、気を失うように眠りに落ちてしまう程度には。
 若いんだな、俺も。
改めてそう感じて苦笑する。後始末を済ませ、汗を拭ってやったスコールの寝顔が穏やかなことを確認して、クラウドも目を閉じた。自分の腕の中で目覚めたスコールが、一体どんな顔をしてどんなセリフを口にするのか、それを楽しみにして。
 間違っても微笑んで「おはよう」なんて言わないんだろうな。
それはそれで見物だが、この年下の恋人にそんなスキルは端から期待していない。逆に自分がそうしてやったら、彼はどうするのだろうか、それも面白そうだ、と考えて、クラウドの意識も眠りの園へと落ちていったのだった。