視線を感じる。振り向けば目が合う。すぐに目を逸らされる。けれどまた視線を感じる。
これを人に尋ねたならば、9割の人はこう答える。即ち「それは相手が君のことを好きか、気になっている」のだと。
そんなわけで、クラウドがスコールのことを気にするようになったのは致し方ない。たとえ実際にはスコールの興味はクラウドの巨大な剣及びそれを無造作に扱うクラウドの体躯に置かれていて、目が合うとすぐ逸らすのは偏にスコールの対人スキル不足故で、それでもまた見ていたのはスコールが結構な武器マニアである所為であったのだとしても、それは仕方ないのだ。
ただ、普通ならば勘違いの恋で終わる筈のそれは終わらなかった。
見つめられると鼓動が速くなる。
ただの武器への興味でクラウドを見ていた筈のスコールがそんな状態に陥ったのは、単にスコールの恋愛経験の乏しさと、後はクラウドの整った容貌故といったところだろうか。要は美形に熱心に見つめ返されて、武器への興味で見ていた筈の自分の行動を自分で勘違いして恋愛感情に摩り替えてしまったのだ。恐らくこれを誰かに相談でもしていれば冷静に指摘して貰えただろうが、当事者2人の表情の乏しさも手伝って誰かに察知される事もなく事態は進行した。どちらか一方の片恋ならば勘違いの悲喜劇だが、運よく、或いは運悪く、それは双方向に矢印が向く立派な恋愛の様相を呈したのだった。…それもまた悲喜劇と呼べる類のものだと第3者なら言うかもしれない。
兎にも角にも、そんな誤解・勘違い・思い込み 身も蓋もないが他に言い様のない でめでたく互いにハートの矢印が向き合った2人だが、それを互いが知るまでには暫く時間が掛かった。
理由は明白。
2人揃ってコミュニケーションに不器用というか、奥ゆかしいというか、詰まるところ消極的で受動的なタイプだからだ。切っ掛けがあればそれなりに動けるものの、自分がその切っ掛けを作るのは苦手という2人なので、膠着状態が長く続いた。互いの視線だけで互いの感情を探る日々。さながら戦場で対峙しているかのように全身で互いの機微を感じ取ろうとするその様は、知らない者が見たら間違いなく2人は仲が悪いのだと誤解しただろう。仮に事情を知る者が見てもきっとこう言って呆れる。恋の駆け引きとはこんなに殺伐とした雰囲気でするものではない、と。
永遠に膠着状態のまま時間だけが経過して、そのまま別々の世界へと還っていくことになるかと思われた2人だが、そうはならなかった。何れ訪れる避けられない別れを考えて、敢えてここは動かないという選択肢も彼らの中にはあったし、2人の性格を考えればその選択肢を選ぶ可能性も充分あったが、出逢いの奇跡と限られた時間を思った時、動くことを2人は選んだのだ。有体に言うと、行動した結果の後悔と行動しなかった後悔なら行動する方を選ぶ、ということだった。
切っ掛けを作ったのはクラウド。さすがにそこは年長者と言うべきか、若しくはスコールよりは若干コミュニケーション能力が高かったと言うべきか。その頃にはもう、如何に対人スキルが低く殊に恋愛沙汰に鈍感な2人と言えど、9割以上の確率で互いの好意の矢印が向かい合っている事は覚っていたから、後は本当にタイミングだけだったのだ。
尤も、そのタイミングも他者から見ると「何故そこで?」と疑問符だらけになること請け合いだったが。
「俺の恋人になってくれ」
その言葉は、メテオレインと共に戦場に紡がれた。イミテーションにはメテオレイン、スコールには愛の告白。器用と言えば器用だが、もっと時と場所を選べばいいと、きっとメテオレインに倒れたイミテーションでさえ思ったに違いない。だが幸いにも、クラウドの告白の相手であるスコールはそういったことを気にするタイプではなかった。というよりも、1度好きになってしまったら恋は盲目、あばたもえくぼ、を地で行くタイプだった。
イミテーションを倒して、2人きりになったそこで僅かな頷きで返された答えに、クラウドの顔にも笑みが浮かぶ。
この直後から、スコールの極度のスキンシップへの不慣れさにクラウドが四苦八苦する日々が始まるのである。