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無自覚な愛を君に。




 スコールの第一印象は実はあまり覚えていない、と言ったら失礼だろうか。
各々が違う世界から召喚された仲間たちが一堂に会したときのことを思い返しながら、ライトはそう思った。
明るく賑やかで人懐こい面々の印象が強烈で、たった一言名乗っただけのスコールには精々「寡黙なのだな」程度の印象しか持ち得なかったのは致し方ない。
その後、一度カオス側との総力戦に敗れて散り散りになるまでの短い間行動を共にしたが、その時の印象も、驕った表現だと承知で言えば、「手がかからない」だった。自然とコスモスに召喚されたメンバーを纏める役割を担ったライトにとって、目の前のことに邁進しがちなフリオニール、バッツ、ジタン、ティーダといったメンバーや、あるゆる面で不安定に見えるティナ、子供の側面を隠しきれないオニオンなどに比べて、戦場での心構えができているセシル、クラウド、スコールは正直気を配る必要を感じなかったし、またそうする余裕もなかったのだ。
そうして、ライトの中で初めてスコール・レオンハートという青年を単独で思い描いたのは、クリスタルを求める旅の途上、魔女と邂逅したときだ。「仲間を信じず孤立している者」と言われて、真っ先に彼の姿が脳裏に浮かんだ。今となっては魔女の戯言に揺らいだ自分の不明を恥じるばかりだが、共に行動している間も必要最低限の会話しか交わさず仲間と距離を置く姿勢に、そういう危惧を僅かでも抱いていたのも事実だった。そしてその危惧は他ならぬスコール自身によって払拭されることとなる。
 おそらく、きっかけはそれだ。
剣の手入れをしながら、ライトはそう思った。
自分が仲間を信じていないのではないかと疑ったスコールこそが、きっと誰よりも仲間の力を評価し、信じていた。その上で敢えて一人で往く道を貫く覚悟を決めていた彼は、まさに孤高の獅子と呼ぶに相応しく、ライトは同志を疑った己を恥じるとともに、初めて「仲間」という括りを越えてスコールという青年に興味を持ったのだった。
 興味を持つということは、その対象をよく見るようになるということで、そうやってよく見ていれば、自ずと解ってくることも多い。
それぞれがクリスタルを手にし全員で行動するようになった今も、スコールは仲間の輪から外れて行きがちだ。クリスタルを手にして全員が集合するまでの道中で行き掛かり上共に旅したバッツやジタンにはだいぶ懐かれたようだが、独りを好む傾向は変わっていないらしい。
 あれは、彼が不器用で優しいからだ。
剣を鞘に収め、今もまた独りで仲間の輪から離れたところにいるスコールを見てそう思う。
 結局のところスコールは、他の仲間たち同様、目の前で苦しんでいたり困っている相手を見過ごすことが出来ない類の人間なのだ。もしかしたら人の分の荷物を限界まで背負いこんでしまうという点では仲間内でも群を抜いているのかもしれない。「自分は出来る限りのことをした」と割り切れないからどこまでも他人の重荷を背負い込んでしまうし、逆に自分の荷物を他人に持たせることも極端に嫌うのだろう。彼の他者を突き放すような物言いも態度も、独りになりたがるのも、すべては他人の荷物を持たない為、そして何より、自分の荷物を持たせない為の予防線なのだとライトは理解している。
 そんなことを考えていると、視界にその姿を収めていたスコールが急に動いた。華奢な背中を眼で追えば、その背は角を曲がり、今夜の休息地と決めた廃墟の外へと消えてしまう。ああまったく、と内心で溜息を零してライトは立ち上がった。
 実際、スコールが独りで静かに過ごすことを好む性質なのも間違いない。それはライトにも言える性質であるが、ライトの場合、他人が賑やかにはしゃいでいるのを見ているのは割合好きなほうだ。自分がその輪の中に入って同じように騒げるとは到底思えないが、仲間の楽しそうな笑顔を見ているのはライトにとっても楽しいことだった。だがスコールは喧噪に疲れを感じるらしく――それは時折バッツたちに無理矢理輪の中に引きずり込まれている所為もあるのかもしれないが――こうしてふらりと独りで出て行ってしまうことがよくある。スコールの戦闘力は承知しているし、状況判断・戦力分析といったことに関しても、専門機関で体系的理論的に知識を学び戦闘を生業としているというだけあって仲間内で最も信頼できるといっていいのだが、だからといって単独行動が危険だということに変わりはない。スコールならば無茶はしないだろうと思いつつも、ジタンから以前彼が平然とガーランドとアルティミシア二人を同時に相手しようとしていた等と聞いてしまえば安穏としていることもできず、気づけばスコールの居場所を把握しておく癖がついていた。
 困った癖がついたものだ。
ゆったりとした足取りでスコールが消えた方へと歩きながらライトは自分自身に対する苦笑を隠せない。なんだか彼の姿を確認できないと落ち着かなくなってしまった。こんな癖が本人に知られたら「俺を侮っているのか」と怒らせてしまいそうだ、と思うのだが、これは信頼とは別のものなのだ、としか言いようがない。信頼はしている。それは絶対だ。だが、できることならスコールに傷ついて欲しくないと思うのだ。手が届く範囲にいてくれたら、自分が代わって攻撃を受け止めることもできるのだから。
 ……それは仲間、だからなのか。
ふと自分の感情の動きに疑問が生じる。今まで気にも留めていなかった。仲間のことを気に掛けるのは当然なのだと思っていた。だが、仲間とは支えあうものだ。こうも一方的に護りたいと思うものだろうか。仮にスコールではなく、他の仲間が独りになりたがっても、自分は同じことを考えるのだろうか。
 廃墟を出れば、思いの外近くにスコールは腰掛けていた。闇の中では漆黒に見える髪の奥でブルーグレイの眸がちら、とこちらを見るが、何も言わない。
「騒がしいのが苦手なのは解るが、あまり、独りにならない方がいい」
いつもならば離れた位置で彼の居場所を確認するだけだから、当然会話もない。だが今回は存外に距離が近く、互いに沈黙を苦痛と感じるタイプではないにしても、何も言葉を掛けないのも不自然だ。そう思って声を掛けてみたものの、口をついて出てきた言葉は自分でも説教じみているな、と思うものだった。当然、言われた側であるスコールもそう感じたのだろう。
「……べつに」
返ってきた言葉は彼お得意の素っ気無いものだった。
それが「べつに騒がしいのは嫌いじゃない」という意味なのか「べつに独りでも大丈夫だ」という意味なのかは判らなかった(恐らくは後者だろう)が、彼の機嫌を無駄に損ねたことは確かだろう。わざわざ出向かれて説教されれば当然だ。
 ああ我ながら度し難い、とライトは内心で自嘲する。自分がスコールに言いたいのは、きっともっと違うことなのだ。「独りにならないほうがいい」のは確かだが、それは彼を信頼していないからではなく。
「君の姿が見えないと私が落ち着かない」
弾かれたようにこちらを見るスコールの表情が素直に驚きを示している。それ程驚くことを言っただろうか、と思いつつ、ライトはその先のセリフを口に乗せた。
「どうか、私の為に、私の目が届く処にいて欲しい」
 切れ長の眼を驚きに丸くして、スコールは暫くこちらを凝視していたが、やがてふい、と顔を背ける。晒された横顔が僅かに赤く染まっているように見えるのは気のせいだろうか。
「……………善処、する」
暫しの沈黙の後でやっと返ってきた言葉に、自分がどれ程大胆な告白をしたのか自覚していない勇者は「ありがとう」と微笑んだのだった。