夏は夜。
そう言ったのは誰だろう。とにかく夏は夜がいいのだそうだ。月が出ていたりなんかすると特にいいらしい。
となると、今夜辺りはうってつけ、ということになるのだろうか。
「…なに笑ってる」
「別に笑ってなんかいないさ」
「嘘つけ」
隣りを歩くスコールに不機嫌そうに指摘され、クラウドは肩を竦める。その間にも肌はじんわりと汗ばむ。
時間も季節も滅茶苦茶なこの世界は、ほんの数日前には雪がちらついたというのに唐突に夏へと変化したようだ。
頭上で光る月は変わらないはずなのに、冬の冴え冴えとした光が嘘のように、今は熱を持つように感じるのは錯覚か。
イミテーションとの混戦の最中、空間変異に巻き込まれて2人仲良く飛ばされてきた。恐らく戦いは有耶無耶になっただろうし、他の仲間たちもどこかに飛ばされた可能性が高い。散り散りになったとは言え、皆こういうときはベースキャンプのある秩序の聖域を目指すことが暗黙の了解になっているから心配はしていない。次に空間変異が起きるのを待つだけだ。
「夏は夜がいいんだそうだ」
クラウドが言うと、スコールはチラ、と視線を遣し、またすぐに前を向いてしまう。足を止める様子はない。目的地なんてないのにいつまで歩くつもりだろう。
確かに、いいな。
クラウドはそう思う。さすがに暑いのだろう、スコールは普段着ているジャケットを脱いでシャツ1枚になっている。テントやコテージでの就寝の際には見掛けるが、外ではあまり見慣れない格好は新鮮で、ちょっと得したような気分だ。
「スコール」
呼びかければやはり視線を遣すだけで返事はない。足を止めることもない。
クラウドは自らの足を止める。
「スコール」
もう1度名前を呼ぶと、数歩先でスコールが足を止めた。振り返った顔は、何がしたいんだアンタ、とありありと語っている。
クラウドは眼を細めた。
「おいで」
手を伸ばせば、スコールは呆れたといわんばかりに息を吐き、そしてその態度とは裏腹に素直にクラウドの腕に収まる。
密着した体から、微かに汗の匂いがした。
「暑いのにくっついて…馬鹿みたいだ」
「そうだな」
同意の言葉を返して、クラウドはスコールの華奢な背を抱く腕に力を込める。このまま離れずに汗ばんで、ドロドロに融けてしまおうか。
長く冷たい冬の夜に互いの体温を分け合って朝が来るのを待つのもいいが、暑く短い夏の夜を惜しむように抱きあうのもいいだろう。
「帰り、遅くなると心配されるかな」
「空間変異が起きなきゃどうしようもないだろ」
「なあスコール、抱いてもいいか」
「…訊くな馬鹿」
言いながら足を踏まれた。その癖抱きつく腕に力を込めてくるなんて中々に可愛らしい反応ではないか。
夏は夜。
熱い空気に浮かされて、容赦なく照らす月に煽られて、短い時間を存分に愉しもう。