「なんだかスコールがピリピリしてる」と言いだしたのは、場の空気は読まないが人の機微には意外と敏いティーダだった。話題の主であるスコール本人はセシルと共に近辺の哨戒を兼ねて水を汲みに行っており不在だ。
「スコールが不機嫌そうなのはいつものことじゃないか?」
「…フリオってば、さらっと酷いこと言うなあ」
枯れ枝を集めて火を起こしていたフリオニールとオニオンがそう返せば、ティーダが「うーん、なんか不機嫌ってのとも違うカンジがするんだけどなあ」と唸る。
「あー、解る解る!不機嫌とは違うよな。なんかこう、逆毛たてた猫みたい?」
「猫って、バッツ、オマエもひでぇよ」
テントの設営をしていた手を止めてバッツとジタンも会話に参戦すると、それを切っ掛けに結局その場にいた全員が会話に参加することとなった。
「…でも、スコール、いつも通りだったわ。別に怒ったりもしていなかったし」
ティナが首を傾げてそう言えば、「そうなんスよね」とティーダも首を捻る。
「怒ってるんじゃないよな。背中に飛び乗っても振り落とされなかったし」
「…それは怒ってなくても止めてやれ、ジタン」
ジタンの呟きに、気の毒そうにフリオニールが苦笑した。
「怒ってないけどピリピリしてるなら、何か気に掛かることでもあるのかもしれないよ」
一番年下ながら、常識的な思考回路の持ち主であるオニオンの言葉に、ふむ、と顎に手を当てて考え込んだのは自他ともに認めるメンバーの統率役、ライトだ。戦いの連続が日常と化している今、ほんの僅かな気の迷いが命取りになることもある。仲間に何か気掛かりがあるというのなら、それを解決する手助けをするべきだ、と真面目な彼は極自然にそう考えているのだろう。
「でも別に最近何か変わった事もないっスよね…?」
ティーダが丁度隣りに立っていたクラウドに同意を求めると、クラウドも「ああ」とあっさり同意を示し、その上で「だが」と続ける。
「ここで俺達が勝手な推測を立てていても仕方ないだろう。何か気に掛かることがあったとしても、本人が何も言わないなら放っておけば自分で解決するさ」
特にスコールは他人の干渉を極度に嫌うタイプだ。下手に藪を突けば蛇が出ること間違いない。どちらかといえば同じ部類に入るだろうクラウドの、そう考えての言葉だったのだが。
「えー、スコールが自分から言ってくることなんてあるか~?」
「無理。絶対ない。微妙に眼で訴えてくる可能性はあるけど」
藪を突いて蛇を出すことを恐れない、というよりも蛇が出てきても全く気にしないタイプが仲間内にはいるのだった。しかも彼らは件の獅子にやたらと構いたがる、という性質を持っている。
「やっぱここはスコールに直接訊くのが一番ッスね!」
バッツ・ジタン・ティーダの物怖じしない3人組が頷きあう。
「…大丈夫かしら」
「気にしない方がいいよ、ティナ」
不安げなティナにオニオンが声を掛けた。
どうせ蛇に咬まれるのはバッツ達なのだから放っておけばいい。スコールもむやみやたらとヒステリックに怒るタイプではないし、藪を突いた被害が自分たちにまで及ぶことはないだろう。
「あいつら、あの調子でこの間まとめてフェイテッドサークルで弾き飛ばされてなかったか…?」
フリオニールが苦笑いしながら呟く。問答無用でブレイブではなくヒットポイントを削る辺り、スコールも容赦がないなと思ったものだが、後でそれを本人に告げれば、「ブレイブ奪った上でヒットポイントを削るブラスティングゾーンにしないだけ、配慮している」と不機嫌そうに答えられて納得した。
悪意のないお節介に燃える連中を止めることは不可能だと悟ったのか、クラウドが無言で肩を竦めると、背後から声が掛かる。
「どうしたんだい、皆集まって」
そこには、水を湛えた容器を抱えたセシルとスコールが立っていた。いいところに帰って来た、とすかさず駆け寄るお騒がせトリオに、スコールが警戒を露わにする。防衛本能というものだろう。
「スコール!おれたち仲間だろ?」
「仲間の悩みは自分の悩みってね」
「気掛かりがあるなら相談乗るっス!」
「………は?」
打ち合わせでもしたかのような見事な連携で言われたセリフに、スコールが「何を言い出すんだコイツらは」と言わんばかりの表情を見せた。
「…何の話だい?」
その様子を見ながら、セシルが尋ねてくる。それに答えたのはオニオンだ。
「最近スコールの様子がピリピリしてるってティーダが言い出してさ。何か気になることでもあるんじゃないかって話になったんだ」
「ああ、そういうこと」
納得した様子のセシルの向こうで、藪を突く作業は続いている。
「…別に、何もない」
「遠慮すんなって!」
「してない」
「悪いようにはしないぜ?」
「もう充分悪い」
「全部話して楽になっちゃえよ!」
「…俺は犯罪者か」
最早藪を突くというより刈り取りそうな様子に、それを見ているフリオニールやオニオンの顔に冷や汗が浮かんだ。どう見てもこれは蛇が出てくることは避けられない。しかもこれでは確実に広範囲に被害が及ぶ大蛇が出てくる。
「スコールが口に出してツッコミを入れるようになったって、凄い進歩だよね」
のほほんと笑ってそんなことを言うセシルの横で、クラウドは無表情に成り行きを傍観中だ。ティナは冷や汗を流すフリオニールとオニオン、にこにこと微笑んでいるセシル、無表情のクラウドを順に見て、現状がどれくらい緊迫しているのか測りかねている様子。
そして今一人、無言でこの光景を見ていたライトが無言のまま動いた。
無駄な程威厳のある足取りでゆっくりと、スコールの真正面に立つ。何事かと、スコールと、彼を囲んだ藪刈り取り隊もライトに視線を移した。
そうだ、蛇が出てくる前にそこの刈り取り隊を止めてくれ…!
フリオニールとオニオンが頼もしいリーダーの背に向かって必死の念を送ったその時、ライトが重々しく口を開く。
「言いたいことがあるなら聞こう」
「………」
少し離れた位置からでも、スコールの米神がひくっと引き攣ったのが見て取れた。
か、刈り取るどころか焼き払った~っっ!!
フリオニール、心の中で絶叫。
な、なんでお説教口調なの!?まさかあれで相談に乗ってるつもり…なの?
オニオン、いつもは頼れるリーダーの、あまりの相談スキルの低さに絶句。
「ああ、これは噂のオリジナルのエンドオブハートが見られるかな」
「オリジナル?」
この状況にも全く動じていないセシルの呟きに、ティナが首を傾げた。
「うん、元々あの技は最大25回斬りつけて真っ二つにした後、止めに落下でダメージを与える技なんだって」
「凄い技なのね」
というより寧ろえげつない…。
無言のままクラウドがそう内心でツッコミを入れているが、本人に言えば「アンタの超究武神覇斬だって十分えげつない」と返されること必至である。
なんか、ヤバくないか?
藪突き隊改め藪刈り取り隊その1・バッツも流石に今のライトの発言がスコールのEXゲージを満タンにしたことに気づいたようだ。
スコールの米神ピクピクいってるぜ…。あ、口許も引き攣ってる…。
藪刈取り隊その2・ジタンはスコールがEXバースト寸前の様子なのを見て1歩後ずさる。
す、凄い勢いでフォースがスコールんとこ集まってる!あれじゃバーストしてもゲージ下がんないッスよ!
藪刈り取り隊その3・ティーダも最早大技を繰り出さない限り解除されることのないスコールのEXゲージに顔を引き攣らせた。
その時、全員の視線を一身に集めたスコールの口が開く。
「…言いたいこと、だと?」
そのあまりに険しい低音は、さながら地獄から響いているかのようだった、と後にフリオニールは語った。
「全部話せ、だって?」
ぐるっと仲間を見回した視線の冷たさは、シヴァすら凍らせるに違いないレベルだった、とオニオンはその時のことを述懐する。
「言って、お前たちに理解できるのか?プライバシーなんて概念持ってないだろう。だいたい何かと言えば、好き嫌いが多いだの何だの、蛙なんて食えるか、ゲテモノ食いだろう。そんなものじゃなくてもサプリメントで十分対応できるんだ。チョコボだの飛竜だの、そんなものがほいほいそこらにいるか。よっぽど未開の地に行くんでもなかったらチョコボを交通手段になんて使う必要ないんだ、鉄道網が敷かれてるんだし車もあるんだからな。草を通じて会話?テレパシー?モーグリに手紙を託す?一体どういう原理だ。確実性はあるのか。そんなもの使った事あるわけないだろ、通信回線を使えばいいんだからな!」
立て板に水とばかりに次から次とスコールの口から出てくる言葉に全員呆然自失。
スコールってこんなに長くたくさん喋れたんだ…。
一部の者たちがそんな場違いな感想を抱いていると、言いたい事は言ったのか、スコールが動いた。いよいよ大技発動か、と今一つ状況を把握仕切れていないライトとティナを除く全員が身構えたが、スコールは未だ抱えたままだった水を湛えた容器を些か乱暴にその場に置くと、くるっと踵を返す。
「…放っておいてくれ」
憮然と言い放つと、スコールはそのままキャンプの外へと足早に去っていってしまった。
待て、と誰も止められなかったのはキラキラ輝く満タンのEXゲージの所為。ここで止めたら、確実にEXバーストして振り向き様のブラスティングゾーンから連続剣へと続き噂のオリジナルエンドオブハートが炸裂する。
結局、スコールの姿が見えなくなってからきっかり100数えて漸く彼らは生きた彫像と化していた体を動かせるようになった。
「…水、溢さないように置いてく辺りがスコールって律儀な性格してるよな」
ジタンが足元の容器を見ながら苦笑する。スコールがこれを持っていてくれて助かった。手ぶらだったら確実にすぐさまガンブレードに手が掛けられていたに違いない。水など放り出すという選択肢もあるだろうに、これから食事の準備をするのに必要な水を、ぶちまけてしまうのは気が引けたのだろう。
すると、スコールの去った方向を見つめていたライトがそちらに向かって歩き出す。
「ライト、どうするんだ?」
それに直ぐに反応したフリオニールが声を掛けた。
「放っておいてくれとは言われたが、現在の我々の状況ではそういうわけにもいくまい」
探してくる、とライトが再び歩き出そうとすれば、「待て」と制止の声が飛んでくる。
「クラウド?」
訝しげに名を呼べば、ライトを制止したクラウドは愛用の大剣を肩に担ぎながら歩き出した。
「俺が行く」
「…しかし」
「その方がいいと思うよ」
逡巡するライトにセシルが声を掛ける。セシルがクラウドに向かって「頼んだよ」と言うと、クラウドも頷いて返した。
そうしてクラウドの姿も彼らの視界から消えるのを見送った後、バッツが首を傾げる。
「なんでクラウドの方がいいんだ?」
「たぶん、彼が適任だよ。ティーダでも平気かもしれないけど…でもクラウドの方がいいだろうね」
セシルが苦笑いしながら答えれば、ティーダも「オレッスか?」と不思議そうに尋ねた。
「セシル、君は何か心当たりがあるのか?」
ライトが腑に落ちない表情でセシルを見る。単独行動を取りたがるスコールのことを、日頃から気に掛けているライトであるから、クラウドの方が適任と言われて内心複雑なのだろう。
「僕の推測だけどね。さっきのスコールの言葉、皆理解できた?」
セシルがそう言いながら仲間を見回せば、そういえば、と殆どの者が首を振る。頷いたのはティーダだけだ。
「僕もよく解らなかった。つまりね、そういうこと」
「…なんか、解ったかも」
子供ながらに聡いオニオンが呟く。
「どういうことだ?」
「僕たち、皆違う世界から来たじゃない。魔法の種類とか使い方とかそういうことも勿論だけど、日常の生活習慣とか文化とかも皆違ってるでしょ?」
そこで、「ああ」とフリオニールも納得したようにポンと手を叩いた。
「たぶん、スコールの世界は僕たちの中でもかなり文明が進んでるんだと思うんだ。だから僕らには当たり前のことでも、スコールにとっては過去の文明の名残みたいなことが多々あるんだと思う。そうだろう?ティーダ」
セシルがそう問い掛けると、ティーダが「まあそうッスね」と頷く。
「スコールは過去の文明や文化の知識として知っているから僕らの会話を理解できるけど、僕らは未知の先進文明が前提の話をされても理解できないよね。だから、彼は僕らと話すときは、その辺りのことに気を遣いながら話してるんだと思うよ。それでクラウドかティーダって言ったんだ。話をちょっと聞いた限りでは文明レベルが近そうだったから」
スコールも、クラウドやティーダ相手だったら一々相手の知識を気にして話す必要がないから気が楽だろうという判断だったわけだ。
「でも、それを言ったらクラウドとティーダもってことになんないか?」
「あ、オレは平気。こういう状況、慣れてるッス!」
ジタンの尤もな疑問に、話が通じない状況なら体験済みのティーダがそう言うと、「ああ、それは」とセシルが困ったように笑う。
「だって、君たちスコールによく構ってるじゃないか。この間も蛙くらい食べられなきゃ野戦の時はどうするんだとかからかってただろう?3人の中だとスコールが圧倒的にそういうことを気にする機会が多かったんだよ。勿論、独りになりたいっていうのもあるだろうしね」
だから、ティーダよりもクラウドの方が適任だって言ったんだよ。彼は静かだから。
セシルがそう続けると、スコールを構い倒している自覚はあるらしいトリオは互いに顔を見合わせ、「へへっ」と頭を掻いたのだった。
わざと足音を立てて近づくと、手頃な岩に片膝を立てて腰掛けていたスコールはクラウドを見てほっとしたように息を吐いた。
「…アンタか」
「不満か?」
「いや、選び得る選択肢の中じゃ一番いい」
放っておいてくれと言い置いて出てきたものの、自分たちの現状を顧みれば放っておいては貰えないだろうことはスコールも承知していた。そうして、探しにくるだろう仲間の候補を考えたとき、クラウドがベストなのは疑いようがなかった。
「アンタは煩くないからな」
何故か自分に懐いてくる賑やかな彼らを嫌いなわけではないが、独りでいる時間が長かったスコールは長時間ずっと周囲が騒がしいという状況に息が詰まりそうになることがあるのだ。その点、クラウドは傍にいても不必要に話しかけてくる事もないので気楽だった。
「俺なら、サプリメントも車も鉄道も通信も理解できるしな」
クラウドは珍しくも冗談めいた口調でそう言うと、スコールの隣りに腰を下ろす。
「アレは…。反省してる」
そう言いながらスコールは気拙げに視線を逸らした。
生きてきた世界が違うのだから、文明レベルが違うのだって当然のことで、文明レベルが違えば自ずと日常会話は噛み合わなくなる。それでもコミュニケーションを成立させようと思えば、その差を把握している側が配慮するしかないが、その苛立ちを彼らにぶつけるのはフェアではないと思っている。だから言うつもりなどなかったのに。
「構わないだろう。仲間なんだ、片方が一方的に我慢する必要はない」
「…そうか」
本人は意識していないのだろうが、肯定の言葉に僅かに安堵したような様子を見せるスコールに、クラウドは微かな笑みを洩らした。一見冷たい孤高の獅子だが、一度彼のテリトリーに入ってしまえば彼は周囲の人間に対してとても真面目で律儀で優しい。そんな様子だからストレスが溜まってしまうのに。
「戻ったほうがいいか?」
スコールがクラウドを見てそう尋ねる。それに対しクラウドは軽く首を振った。
「気にしなくていい。もう少し、静かなほうがいいだろ?」
そう言ってやれば、スコールは迷いつつもこくりと頷く。
それきり、互いに黙ってしまった二人の間を、心地のいい静寂が流れていった。
数時間後。
キャンプに戻ったスコールに、「スコール~!ごめんな~!」と全力で懐きにいったお騒がせトリオが実はまだ発動していなかったEXバーストを見事に発動させ、通常版エンドオブハートで吹っ飛ばされた。
「学習しなよ…」と一番年下の少年が呆れたように呟いたという。