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spineus cunae





 フロアの中央に大きく陣取る螺旋階段の所為で、満月の光は不思議な形に拡散して内部を照らす。
シン、と静まり返った城内にゆらゆらと揺れる影。それがこの常夜の城の変わらぬ光景だ。
時が流れていないような錯覚さえ覚えるこの空間こそが、魔女の居城だった。
常ならば、魔女が一人静かに佇むこの城に、今は魔女の他にもう一つの影がある。
 白いファーがついた黒革の服、胸元に光る銀の獅子。
調和の神に召喚された、魔女を屠る者・・・スコール・レオンハート。
しかし、本来魔女を鋭く見据えている筈の双眸の焦点は合わず、その表情は虚ろだ。自分の足で立っていることの方が不思議に思えるくらい、その姿は頼りなかった。
「やっと…手に入れた」
長い爪で肌を傷つけないよう、繊細な動きで以て魔女・アルティミシアの手がスコールの顔に触れる。長い前髪をかきあげ、額に走る傷痕をなぞり、目許に揺れる睫の淡い影を辿り、未だ青年になりきらない頬を撫ぜ、小さな息を零す薄い唇を擽って、その手は顎を通り首へと当てられた。ほんの僅かな力を込めて喉に当てられた指先に、息苦しさからスコールの眼が微かに眇められるがそれだけだ。表情は虚ろなまま、魔女の手を止めようなどとは微塵も考えていないことが見て取れる。
「おまえはもう、私のもの」
アルティミシアの指はスコールの喉から鎖骨の窪みへと滑り、胸元の獅子のペンダントで止まった。
「私の邪魔をする者を、その牙で噛み殺す獅子」
言葉と共に、アルティミシアの唇がスコールの喉元に寄せられる。先程指先で触れた場所をなぞるように紅い唇が辿っていく。ひくり、とスコールの喉が震える様子を感じ取り、魔女の唇が弧を描いた。
アルティミシアの手がスコールの両肩を軽く押すと、それだけで力を失ったように獅子は床に座り込む。低い位置に来た彼の頬を、両手でそっと包むと魔女は体を屈めてその耳元で囁いた。まるで愛の言葉のように。
「伝説のSeeDは、もういない」
再びひくり、とスコールの体が跳ねる。その様子に、魔女の眼に剣呑な光が宿った。額を合わせ、至近距離で見つめながら口を開く。
「魔女に刃向かう伝説のSeeDは、もう、世界のどこにも、いない」
「伝説の…SeeD…」
初めてスコールの口から音が洩れた。自分が何を言っているのかも解らない様子で、まるで幼子のようにたどたどしく。
「もう…いない…」
アルティミシアの顔にはっきりと笑みが浮かぶ。
「そう。いい子ね、スコール」
まるで母のような優しい声音。けれどその眸に宿る光は猛禽のよう。
「今のおまえは、魔女の騎士」
「魔女の…騎士…。俺は…魔女の…」
「魔女を守る、騎士」
耳元で、頭の中に直接吹き込むように何度も囁く。
 おまえは魔女の騎士。魔女を守る者。魔女の為に生きる獅子。
 おまえの腕は魔女に仇為す愚か者を葬る剣。おまえの命は魔女に降る矢を防ぐ盾。
 おまえの眼に映るのは私だけ。おまえの声が紡ぐのは私の名。おまえの耳に届くのは私の声。
「さあ、眼を閉じて…。愛し子よ」
頬を包む両手の親指が、スコールの目蓋をそっと下ろした。
「おまえの世界は閉じられた。光のない、暗闇の中に、一人ぼっちで立たねばならない、おまえは可哀想な子…」
「…ひと、り…ぼっち…」
たどたどしい声に怯えが混ざる。アルティミシアの笑みはますます深くなる。
「でも大丈夫。ほら、私がいるでしょう?」
怯える獅子の額の傷に口付けて、魔女は謳う。
「暗闇の中に、私がいることを感じるでしょう?何も見えなくても、私の姿だけは思い描けるでしょう?私の声だけは、聴こえるでしょう?」
「……感、じる…」
「そう。私だけがおまえの拠り所。私だけが、おまえの感じ取れるもの。ね?寂しくないでしょう?」
「寂しく、ない…」
「さあ、立ち上がりなさい。私のスコール」
頬から手を離し、首筋から顎にかけてを撫で上げるようにして促す。スコールは魔法に掛かったかのようにフラフラと立ち上がった。
「ちょうどいいわ」
アルティミシアが、スコールの胸に寄り添うように体を預ければ、彼の腕がさも当然のように魔女の腰を抱く。
「近くに、コスモスの駒が来ている」
 それは先日まで確かにスコールの仲間だった者たち。けれど今はもう。
「眼を開けて、スコール。そして、私の邪魔をするあの者どもを、斬り捨てていらっしゃい」
愉悦を滲ませた声に促され、スコールの眼がゆっくりと開けられた。
魔女から体を離し、しっかりとした足取りで歩いていくスコールの右腕に、ガンブレードが握られる。
「行っていらっしゃい。私の騎士」
アルティミシアの声を背に、城の外へと向かうスコール。
 
 
その双眸は、不思議な事に魔女に似た金色の煌きを宿していた。