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傘がない




 簡素な野営の設備は外部の音を隠さない。
ゆっくりと浮上した意識で捉えた雨音に、スコールは眠りが醒めた理由を知った。
音と気配を殺して起き上がれば、仲間の穏やかな寝息が空間を満たしている。正確な時間は判らないが、恐らく就寝してからまだ2時間程度しか経っていないだろう。戦闘が続く毎日に、きちんと睡眠を摂ることは必要不可欠だ。このままもう一度眠りに就けたらいいのに、と思いながらもそれが不可能であることを知っているスコールは、そっと天幕の外へと抜け出した。
天幕から20メートル程離れた位置、雨を凌げる場所に火が見える。今夜の番をしているライトとセシルはそこにいるのだろう。スコールたちが天幕に入る前には、すぐ近くで火を起こしていたが、今夜の寝床となったこの場所は一方からしか進入できない地形だからそちらの警戒さえしていれば、この程度離れていても問題はないと踏んで雨が凌げる場所に移動したというところか。スコールは離れた位置にいる彼らに気づかれないように彼らとは反対方向に歩き出した。
彼らに見つかれば早く寝た方がいいだとか、色々お節介を焼かれるに違いない。
 そんなこと、言われなくとも解っている。
眠りたくとも眠れないのだ。ただ雨が降っている、それだけのことで。
眠って雨が止むまで過ごせたらどんなに楽だろうと思うのに。
降り続く雨にしとどに濡れながら、天幕から離れた岩場までやってきたスコールは、迫り出した岩の陰になって雨を避けられる場所を見つけると、そこで片膝を抱えて蹲った。
 自分でも、よく解らない。
ただ雨が降ると酷く不安になる。この世界に自分だけになってしまったような孤独感。なのに他人の傍にいると独りにならなくてはいけないと感じる焦燥感。
この世界に来る前の記憶は酷く曖昧で、はっきり憶えていることと言ったら自分がSeeDと呼ばれる傭兵であること、それに伴う戦闘知識、そして魔女が倒すべき相手であること、それくらいだ。後は折に触れ思い出した断片的な記憶ばかりで、一体自分がどうしてこんなにも雨を厭うのか、さっぱり見当もつかない。孤独感と焦燥感に心をもみくちゃにされながら、ただただ雨が止むのを待つだけ。
 もっと強くならなくては。雨ぐらいで心がこんなに乱れるなんて、自分の弱さに吐き気がする。
半ば強引に自分自身を叱咤してみても瞬時にこの現状が変えられるはずもなく、スコールがぎゅっと拳を握り締めた時だった。
「俺も雨を凌ぎたいんだが、隣り、いいか?」
驚いて振り仰いだ先で、作り物じみた真っ青な双眸と視線がぶつかる。
真っ青な眼の男・クラウドは問いかけたくせにスコールの了承を待たずに隣りに腰を下ろした。
「…なんで来た」
スコールがそう言えば、クラウドはちらともこちらを見ずに口を開く。
「俺が何処に行こうと、俺の自由だろう」
にべもない返答に、それ以上問い詰めるのも躊躇われた。きっと、普段の自分に対する仲間たちもこんな気持ちなのかと思ったが、それも今はどうでもよかった。
 隣りに感じる体温にどこか安堵している自分が心底腹立たしい。こんなことでは駄目だと朧げな記憶の奥底で誰かが叫ぶ。独りにならなければ。独りでいられる自分でいなければ、と自分を責めたてる幼い声が脳裏に響いた。解らない。雨が降ると聞こえるこの幼い声は一体誰だ?
内側からスコールを責める幼い声は尚も続ける。
 独りでいなくては、誰かといては、いつか置いていかれてしまうから…!
心の内で反響する声に思わず 頭 ( かぶり ) を振った時。
「…なに、を」
隣りから伸びてきた腕にぐいっと頭を抱え込まれて呆然と呟く。
「隣りにいるのにまるっきり存在を無視されるのはムカつくからな」
不機嫌そうに答えたクラウドが、スコールの頭と言わず肩から抱き寄せた。
「クラウド、離せっ」
抱き込まれる形になったスコールは抵抗するが、如何せん、あの大剣を振り回すクラウド相手の腕力勝負では圧倒的に分が悪い。
「濡れて体が冷えた。寒いんだから大人しくしてろ」
さも当然のように言い放ったクラウドに対し、濡れたのもあんたの自由じゃないのか、と思うスコールだったが、体勢の悪さも手伝ってスコールがどう身動ぎしようとびくともしない腕にやがて抵抗を諦めた。
 クラウドの胸に押し付けられる形になった耳に、規則正しい鼓動が伝わってくる。
体温よりもはっきりと他人の存在を感じさせるそれは、何故だかあのどうしようもない焦燥感を刺激することもなく、ただ純粋な安心感をスコールに与えた。
眼を閉じて、トクン、トクン、と小さいけれど確かな音を追うことに集中していると、耳障りな雨音が意識の外へと遠のいていく。それと一緒にあれ程自分を苛んだ孤独感と焦燥感も消えていき、そして。
「…眠った、か」
腕に掛かる重みが増したことに気づいたクラウドは、そっと自らの胸に抱えた相手の顔を覗き込んだ。
幾分か歳相応の幼さを取り戻した寝顔に先刻までの険しさはなく、小さな寝息も落ち着いていることを確かめて、安堵の息を吐く。
「素直に心配もできない相手ってのは厄介だな…」
傍にいて、抱き締めることで救えるのなら幾らでもそうするというのに、救いを求めながら救いを拒む矛盾を抱えたこの獅子には、素直に手を差し伸べることも容易ではない。何を恐れているのかは知らないが、僅かでもその恐れの一片を見せてくれたらきっと、彼をそこから救いあげることができるのに。
とはいえ、ひとりで全てを解決することを是とするスコールにとっては、それがとても難しいことなのだと、正直なところその辺りは似た者同士だと自覚しているクラウドは理解しているし、責める気もない。
今はこうやって、腕の中に彼を抱いていられることに満足するべきだと思っている。
「アンタに好きだと言える日がくるのは、いつなんだろうな」
いつか、スコールが他人の好意を受け止められるようになるその時を思いながら、クラウドも眸を閉じた。