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いつか野に咲く花になる日まで




 たぶん、きっかけなんてとても些細なもので、気がついたらとても好きだった。


 遠くで揺れる、尾のような長い銀髪をこっそり眼で追う。動きに合わせて揺れる長い髪が、まるで銀色のリボンのようだ、とぼんやり思った。
フリオニールは、クラウドを相手に手合わせをしている。こうやって俺がその姿を眼で追っていることなど、気づくはずもない。
 気付かれても、いけない。
アイツを見つめるのは遠くから、気づかれない場所から、と決めている。傍にいる時は出来得る限り素気なく、無駄口も叩かない。幸い、元来無口で無愛想な俺は、誰にそういう態度を取ったところで「スコールはこういうヤツだから」で済ませてもらえた。
だって、近くで見つめたらきっと、気づかれてしまう。
「無表情で何を考えているのか判らない」筈の自分は、心を許した仲間たちにとっては「眼は口ほどに物を言う」らしい。ならば、こんな風に抑えきれない気持ちなど、近くで見つめたらすぐさま伝わってしまうに違いない。だから、気づかれないように、覚られないように、遠くにいる時だけ、と決めた。
「伝えないのかい?」
以前、セシルにそう言われたことがある。フリオニールに覚られないことだけを考えて神経を使った所為なのか、それとも温和で仲間皆に気を配るセシルの性質故なのかは判らないが、セシルにはいつの間にか自分の気持ちを知られていた。
「…同性だぞ」
短く返した俺にアイツは柔らかく笑って「それをどう取るか決めるのは相手だよ」と言った。「フリオニールはそれで態度が変わるような人じゃないよ」とも。
黙って首を振った俺に、深追いすることなく「どうするかはスコールの決めることだから、僕はもう何も言わないけど」と引き下がったセシルは、言葉通り、以来その話題を俺に振ったことはない。ただ時々、気遣うような眼で俺を見るだけだ。
 セシルの言うように、仮に俺が想いを伝えたとして、フリオニールは同性だからと言って俺を蔑んだり避けたりはしないだろう。きっと、真摯に考え答えてくれる。俺も、それだけが理由だったら、気持ちに決着をつけるためにも、アイツに伝えたかもしれない。けれど。
 自分と、アイツとでは、決定的に違うものがある。
正確に言うならば、自分と、フリオニールを含め仲間たちの間には、見えない一線がある。
 俺には、アイツと、アイツらと、同じ夢は見られない。
のばらの咲く平和な世界を作るのが夢だと言ったフリオニール。それはいつしか仲間の夢になった。戦いのない、花の咲き乱れる平和な世界。それをこの世界に、そしてそれぞれを待つ本来の世界に実現すること。
迷いのない眼で、希望に満ちた表情で、決意を滲ませた声で、その夢を語るアイツに、俺は何も言えない。
 何故なら、俺は、傭兵、だから。
傭兵の生きる世界と、平和な世界は対極に位置する。平和な世界に傭兵など必要ないからだ。軍人ならば、兵士ならば、平和な世界に存在し得る。属した組織を守る為の牽制の力として存在が許されるだろう。
けれど金で雇われてただ任務遂行の為に主義も主張もなく戦う傭兵は。
戦うのに大義も正義も必要としない傭兵は、戦いの中でしか生きられない。
傭兵として生きる道を選んだのは自分。今更、それ以外の道を生きる自分の姿など想像することもできない俺は、フリオニールの夢を壊す存在にしかなれないと、自分自身が誰よりもよく解っているから、ただ遠くから見つめることしかできない。
 皮肉なものだ、と思う。
照れくさそうに、それでも強い眸で夢を語るフリオニールが印象的で、キラキラと輝いて見えて、その姿にいつの間にか惹かれていたのに、自分はその輝きを曇らす存在にしかならないなんて。
「争いは、なくならないかもしれない」
フリオニールがそんなことを言ったことがある。確か野営の見張りに就いていた時のことだと思う。無表情を装い無言を貫く俺に、何故突然そんなことをアイツが言い出したのかは解らない。もしかしたら、一度としてアイツの夢への賛同の言葉を口にしたことのない自分に対し、アイツも何か思うところがあったのかもしれない。それは決して自分がアイツに抱くような想いとは重ならないけれど。
「それでも、花を散らさない為に、花を見る人の笑顔を守るために、俺は全力を尽くそうと思うんだ。たとえ力及ばず花が散らされたとしても、何度だって植える。育ててみせる。それを見てくれる人たちの為に」
そうか、と答えることしか出来なかった。フリオニールならば言葉通り、全力を傾けて生きていくのだろうと思った。その姿はきっと、キラキラと輝いて、眩しいくらい心に焼きつくのだ。
 その姿を、見ていられたらいいのに。
アイツに、想い返されたいなどと思ってはいない。ただ、アイツの見る夢を、自分も見られたらいいのに。
アイツの望む世界を、同じように望める自分だったらよかったのに。
 ほんやりとした思考の淵から現実へと意識を戻せば、相変わらず続く手合わせの中で、銀色の長い髪が光を弾きながら揺れている。
 俺に望めるのは。
俺は無意識に胸のペンダントを握った。何より強い、自らの目指すもの。戦い続ける自分が望む強さ。
 俺がアイツの為に願えるものは、アイツの夢の実現。アイツの世界が花で咲き乱れるよう祈ること。そして、できれば。
全ての争いを、この身に引き受ける事ができればいい。無理な願いだと解ってはいるけれど、本当にそう思うのだ。
争いがなくならないというのなら、アイツの世界で起こる争いまで、俺の世界で引き受けられればいい。
戦い続ける道を往くと決めた自分が、遠い世界で、アイツの夢の実現の手助けになれたのなら。
剣を振るい、硝煙の匂いを纏い、荒れた大地や瓦礫の中に立ち、時には草花を踏み躙るかもしれない自分から流れる血が、汗が、遠い世界でフリオニールが慈しむ花の中のたった一輪の糧になれたなら。
きっと、伝えることのないこの想いも、報われる。
そう、信じるくらいは、いいだろう?
 視界に揺れる銀色のリボンに触れたいなんて望まない。アイツに想われたいなんて望まない。戦い続ける覚悟ならとっくに出来てる。だから。
傍にいてはアイツの夢を壊す存在にしかなれない俺も、遠くでなら、アイツの夢の糧になれると、信じていたい。


 いつか、野に咲く花になれると。