その日の寝床が決まると、簡素だが和やかな食事が始まり、それが終われば各自思い思いに過ごすのが自然な流れになっている。大概の場合、バッツとジタンとティーダのお騒がせトリオが何かしら騒動を巻き起こし、ティナがにこにことそれを見守る。騒動の犠牲者は日替わりだ。今日はフリオニールとクラウドが捕まっていた。セシルと、珍しくライトも、賑やかな笑い声と一部悲鳴の渦を見ている。
残る一人は、とオニオンは首を巡らせた。
案の定、残る一人の仲間であるスコールは、騒ぎの余波を受けない距離を保って自らの愛剣の手入れをしていた。
食事が済んでから就寝するまでの時間は、今のように騒いでいる場合を除き、皆武器の手入れをしていることが多いが、特にスコールは、その特殊で複雑な構造の武器故なのか、入念に手入れしている姿をよく見る。
チャンスかも。
オニオンは内心大きく頷いた。壁に凭れて座り、無造作に長い脚を片方投げ出した姿勢で武器の手入れをするスコールの傍まで歩く。近づいてきた少年に、スコールも顔を上げた。
「…どうした?」
普段はティナの傍にいるか、お騒がせトリオとじゃれているかのどちらかなことが多いオニオンが自分のところまで来るというのが心底珍しいと思っているのだろう、いつもは無表情なスコールがさも不思議そうに尋ねる。それに背中を押されて、オニオンは口を開いた。
「あのさ、お願いがあるんだ」
「なんだ?」
オニオンにお願いされるようなことなど何も思いつかないスコールがそう返せば、少年はそれ、とスコールの愛剣を指差す。
「ガンブレードか?」
「うん。その武器、持たせてもらってもいい…?」
期待と不安の入り混じった目で見つめられて、スコールは自らの手の中にある剣に視線を落とした。
数秒の沈黙。
「あ、ダメならいいんだ、全然!」
その沈黙を拒否と受け取った少年が焦り気味に言い募って踵を返そうとすると、寡黙な青年の手がカチャン、と音をたててシリンダーを戻し、そのままグイ、と持ち手を少年に突き出す。
「別に構わない」
その言葉に、オニオンの表情がぱっと輝いた。どうやら相当興味津々だったらしい、とスコールは察する。
「ありがとう!」
素直な感謝の言葉とともにオニオンはスコールの前に座り込み、慎重にガンブレードを受け取った。
思っていたよりも軽い。
通常の剣にはない機構が組み込まれているから、クラウドのバスターソード並みとは言わないが、自分の持っている剣などよりは遥かに重いのだろうと思っていた。だが実際こうして手にしたガンブレードは、通常の剣と殆ど変わらないか、下手をすれば軽いくらいだ。
「もっと重いと思ってた」
「…素材の耐久性と軽量化が追求されてるからな」
「そういう研究とかもあるんだね、スコールの世界は」
具体的な想像はできないが、恐らく、町の腕のいい鍛冶屋が丹精込めて作り上げた剣だとか、禁断の地に封印されていた剣だとか、そういう、自分の世界では当たり前だった感覚とは全く違う方向性で作られているものなのだろうという推測はできた。
斬りつけるというより実際は叩きつけることでダメージを与える両刃の剣と違い、軽い分限界まで鋭く研がれた片刃は綺麗に磨かれ、鏡のよう、とまではいかないまでも、じっと見入る自分の顔が映っている。
しばらくその刃に見入った後、徐にオニオンは顔を上げる。
「あれ、スコールってよくクラウドと手合わせしてるよね?これだと凄く切れ味は良さそうだけど、クラウドのバスターソード相手じゃ力負けしちゃわないの?」
格下の相手なら斬りつけて一瞬で勝負が決まるだろうが、実力が均衡するほど、互いの攻撃を互いの剣で防ぐ場面が増えてくる。そうなった時、耐久性が追求されているというから刃毀れの心配はないのかもしれないが、この軽い剣ではあの重量のある大剣と渡り合うのは不可能に思えた。
「重量で力負けする分を、火薬の爆発力で補うんだ」
「ああ!そっか」
ガンブレードの最大の特徴を失念していたことに気づき、オニオンは得心した様子で今度は視線をその複雑な機構に移す。銃、というもの自体が少年には縁のない武器で物珍しいのだが、剣と銃を合体させたこのガンブレードは、銃が普通に存在する世界に於いても幻と言われるほど珍しいのだそうだ。銃器を見慣れている仲間も、こんな武器は見たことがないと言っていた。
この、弾を入れてるところ、カチャッと出してクルッと回すのがカッコいいんだよね。
そう思いながらオニオンがその動作を真似しようと試みるが、初めて銃に触れた素人に、そんな慣れた仕草が出来るはずもなく。
シリンダーを上手く振り出すことができずにあたふたしていると、伸びてきた手が慣れた仕草でシリンダーを振り出した。
「あ、ゴメン」
「銃に触るのは初めてか?」
「うん」
オニオンが素直に頷けば、スコールがガンブレードを指差しながら各部の名称と動きを教えてくれる。セリフの殆どが単語で構成されたような無愛想な説明だが、初心者に解るようにかなり基本的なところから説明してくれていることは少年にも伝わった。
スコールとこんなに話すの、初めてだ。
説明を真剣に聞きながら、オニオンはふと思う。
コスモスに召喚された仲間たち10人の中で、実は年下組にカテゴライズされるはずのスコールだが、その落ち着き加減と、本来年上組の筈のバッツがお騒がせトリオとして年下組にすっかり馴染んでしまっていることから、年上組に配されることが多い。更に、元々寡黙な上に単独行動を好む傾向があるせいで会話する機会が少なく、少年にとっては「なんとなく近寄り難い人物」という認識が定着してしまったのだ。ずっと興味のあったガンブレードを触らせてもらうのにも、タイミングを見計らって、勇気を振り絞らないとお願いできなかったくらいに。
でも、聞けばちゃんと話してくれるんだ。
今まで、話しかけてもまともに答えて貰えないのではないかと勝手に思い込んでいたけれど、そんなことはないのだ。聞けばきちんと丁寧に答えてくれる人なのだ、とオニオンの中で認識の訂正がなされる。あまり付き合いの長くないこの仲間たちの間では、寡黙なスコールが実は自分の好きなものに関してだけは比較的よく喋るという事実が知られていないのだった。
「…解ったか?」
「うん。ありがとう」
今度こそスコールの真似をしてシリンダーをしまう。カチャン、と小気味のいい音をたててシリンダーが元の位置に収まると、オニオンは最後の仕上げ、というつもりで立ち上がり、ガンブレードのグリップに手を掛けようとした。
「…あれ?」
中指・薬指・小指と親指でしっかりとグリップを握り、人差し指をトリガーに掛ける、はずなのだが。
「………」
座ったままのスコールも、丁度目線の高さが合うその右手を無言で凝視している。
暫しの沈黙がその場を支配した後、その静寂を破ったのは少年の情けなさそうな、それでいて悔しそうな声だった。
「あぁぁぁもーーーーっ!絶対大きくなってやる~っ!!」
グリップをしっかり握ればトリガーに指が届かず、トリガーに指を掛ければグリップを握れず。
未だ成長期を迎えていない少年の手にはガンブレードは大きかったのだ。
絶対大きくなる。ならないわけないんだ、なるに決まってる。とにかく好き嫌いはなくそう。
地団駄を踏みそうな様子でそんなことをぶつぶつと呟くオニオンの横で、ガンブレードの持ち主が立ち上がった。その身長差、優に25センチ以上。
僕だってこれくらい大きくなる予定なんだ、3年後くらいには!
自らの成長計画を練り始めた少年の手から、スコールが愛剣をそっと取り返す。それに気づいたオニオンが我に返って改めて礼を言おうと顔を上げた時。
「焦らなくともいずれ握れるようになるさ」
ぽん、と頭に置かれた大きな手と、微笑とも苦笑ともつかない表情とともにそんな言葉が降ってきた。
普段滅多にポーカーフェイスを崩さないスコールの、そんな柔らかな表情を見るのは初めてで、しかもこんな励ましの言葉をかけて貰えるとも思っていなくて、オニオンの心になんだかくすぐったい感情が湧きあがる。
「ありがとう、スコール」
満面の笑みでそう答えると、少年は未だ賑やかな騒動を展開している仲間たちのところへ駈け出した。
スコール、笑ったら凄くきれいなんだ。きっと皆知らないよね!
自分だけが知る秘密ができたような、何とも言えない昂揚感を覚えながら騒動の中心にダイブする。
これからしばらくの間、オニオンは「あのスコールの笑顔を見た人間」として仲間内限定で新たな伝説の称号を手にすることになるのだった。