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本来年末年始ってのは厳かに迎えるものなんだ




 冬休みは夏休みに比べて短いながらも、この街に残る人の数は夏よりも少ない。帰りたくない事情を抱えている者すら帰らないわけにはいかない事情があったりするのが年末年始だ。1年の終わり、若しくは初めくらい、という心理が働くのかもしれない。
だからこの大晦日にこの街に残っているのは、よっぽど頑なに帰りたくない意志を貫いているか、帰る場所がないかのどちらかだ。
 人通りのない閑散とした道路を歩きながら、スコールは白い息を吐き出した。住人の殆どが出払ってしまった寂しい街で、それでも24時間営業をしてくれるコンビニエンスストアには頭が下がる。まあ、ショッピングセンターが閉まっている以上、数少ないながらもここに残っている住人たちが挙って利用する事を考えたら掻きいれ時なのかもしれないが。
 誰とも擦れ違う事もない道では、スコールの持つビニール袋の中で缶が擦れる音が必要以上に大きく響く。その音が少し耳障りだ、なんて思っていたから、後ろから掛けられた声に反応が遅れた。
「…え?」
多少間抜けた返事になったのは致し方ない。閑散としたこの時期、大晦日の夜に道で知り合いに声を掛けられるなんて事態、まるっきり想定していないのだ。
しかも、声を掛けてきた相手がこれまた想定外も甚だしい。
「アンタ…帰ってなかったのか」
夜だというのに何故か眩しいその男は、立ち止まったスコールの傍までゆったりと歩いてくると「君こそ」と返してきた。
「俺は別に帰るところもないからな」
「そうか…。それはすまないことを訊いた」
こういう時に家族はどうしただとか追及することもなくあっさり引き下がって謝るのがライトという男で、その点は非常に付き合い易い相手ではあるのだが。
「では、折角だから共に行こう」
「…は?」
こちらの事情を詮索しない代わりに、こちらの事情を全く考慮しないのもライトという男だった。
「行くって、何処にだ」
「来れば判る」
そりゃそうだろう、と内心ツッコミを入れつつ、スコールはライトに引き摺られるように歩き出す。別段予定があるわけでもなし、まあ構わないか、とスコールは納得することにした。
「アンタ…確かコーネリア出身だろう?帰らなくてよかったのか?」
「今年は休み明けに論文を提出せねばならなくてな。ここからコーネリアは往復で丸2日以上かかってしまうのでやめておくことにしたのだ」
高校生のスコールと違い、院生のライトは2月に入れば長期の春休みに入る。帰るのはそこにすることにした、と言いながらライトが連れてきたのは、大学の天文学部が管理する観測塔。
何を観測するのだとスコールが思えば、ライトは観測塔には入らず、その脇の駐車場へと入り足を止める。
「もう、始まっている」
「…何が?」
「聴こえるだろう?」
言われてみれば、確かに何処かからボーン、ボーンと何かを打つ音がしていた。
「『除夜の鐘』というものだそうだ」
 大晦日の夜、日付が変わる前に107回、日付が変わった後に1回、計108回寺院の鐘を突き、1年の穢れや煩悩を払い新たな年の息災を祈るのだという。
この学園都市のある地域に伝わる風習らしいが、この街自体には寺院は存在しないので知らない者も多いのだ。観測塔は街の外れにあって周りに何もないので、近くの山村にある寺院の鐘の音が聞こえてくるのだとライトは言った。
「心の落ち着く、いい音だ」
ライトの隣りに立って、スコールも耳を鐘の音に集中させる。金属質でありながら低く鈍いその音は、不思議な程耳に心地よかった。
「来年も、心豊かな年になるといい」
「…そうだな」
そうして2人は、じっと穢れを払う神聖な音に耳を傾け続けた。
 
 
 
「ここからならばご来迎も拝めるのだ」
「………いやちょっと待て、アンタこの場で後何時間立ち尽くす気だ!?」
 
 
 
冬休み明け、年末年始はどうだったと訊かれて「足が棒になった」とスコールは答えたと言う。