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0214

 
 
 
 
 
 一緒にチョコレートを作ろう。
ある朝子供たちにそう言われたスコールは、無言のまま相手   マリンとデンゼルの顔を交互に見遣り、たっぷり20秒は経過してからこう答えた。
「…何故」
「バレンタインだもん」
「………意味が解らない」
スコールが頭を振って溜息を吐く様に、マリンとデンゼルは顔を見合わせ、そしてマリンが可愛らしく「ひど~い」と唇を尖らせる。
 …どっちがひどい。
スコールは内心でそう思いながらも、目線でデンゼルに説明を求めた。
「スコールが教えてくれたじゃないか、バレンタイン」
「それと俺が一緒にチョコレートを作ることがどう繋がる」
そう返しながらスコールは数日前の出来事を思い出す。
 自らの生まれ育った世界に居られない状況に追い込まれた自分が、元の世界の仲間たちや異世界で出逢った仲間たちの想いを享けて本来ならば足を踏み入れる筈のなかったクラウドの世界へとやってきてから、1年近く経つ。その間、スコールが最も多くの時間を共に過ごした相手は間違いなく、今目の前で自分を見て笑っている子供2人だ。彼らは、想像もつかない別の世界からやってきたスコールの話に興味津々で、事ある毎にスコールの世界の話を聴きたがった。同じ家で生活しているから時間も取り易く、寝る前の一時、デンゼルとマリンがスコールの部屋へと訪れて話を強請るのが習慣化している。そうして、先日もスコールは本来の自分の世界の風習について話をせがまれたのだった。
2月のイベント事は何かと尋ねられて、スコールはバレンタインデーというものを彼らに教えた。
 だが俺はちゃんと言った筈だ…!
スコールは心の中で強く主張する。
バレンタインデーは女性が好きな男性にチョコレートを贈るイベントだ、と教えたのだ。
「だって、お世話になった人にあげたりもするんだろ?」
「だから、ないしょでティファとクラウドにわたしたちで作ってあげようよ」
マリンとデンゼルにそう言い募られ、スコールは返答に詰まった。確かに言った記憶はある。じゃあスコールも女の子から貰ったりしたの?という質問を躱す際に、最近では友達や世話になった相手へ贈ることも多いようだ、と付け足した。そして、今の自分の立場が子供たち同様、ティファとクラウドの世話になっている身だというのも覆しようのない事実。
「…別にチョコレートを作らなくてもいいんじゃないのか」
チョコレートを贈ればいいのであって、わざわざ手作りする必要などないのだ。しかも、しっかりしているとは言え未だキッチンに立たせるのに躊躇してしまう年齢のマリンとデンゼルに、菓子作りなど当然したことも興味を持ったこともない自分の3人で作るなんて、無謀だとしか思えない。
「だって贈り物なら手作りのほうがティファもクラウドもきっと喜んでくれるよ」
「…得体の知れない失敗作を食べさせられる方が嫌だろう」
マリンの主張に対してスコールは言い切る。失敗するなんて決まってないよ、という抗議は無視だ。
「それに、スコールが教えてくれたみたいな綺麗なチョコレートなんてここじゃ売ってないんだ」
「…」
しかし続いたデンゼルの説得にはスコールも返しようがなかった。
 3年前に起きたというジェノバ戦役により大都市ミッドガルが崩壊した後、そこに寄り添うような形で造られたこのエッジの街は、未だ復興の途上にある街だ。日常生活品はかなり流通するようになったものの、嗜好品、特に贈答用などの贅沢品の類を手に入れるのは難しい。食品分類上のただのチョコレートを手に入れることはできても、綺麗に形作られた、スコールが子供たちに話したような贈り物としてのチョコレートは流通していないだろう。
「難しいのつくろうなんて思ってないよ。ちょっとだけ、贈り物っぽいものをつくれたらいいの。ね?」
子供たちは、それぞれの両手で苦い顔をしたままのスコールの手を握る。右手をマリンに、左手をデンゼルに取られたスコールは、暫くして大きな溜息を吐くと渋々と頷いたのだった。
 
 
 
 
 
 スコールの人格形成に於いて大きな影響があったものの1つに、彼が一流の傭兵となるべく教育を受けた、ということがある。1度依頼を受ければ、任務遂行の為にベストを尽くす。任務であればそこに疑問は挟まない。
 これは、任務だ。
そう割り切ったスコールの行動は迅速かつ的確だった。するべきことを明確にして、必要なものを確認する。
スコールが慣れ親しんだ本来の世界であれば、インターネットですぐに色々検索できたものだったが、今はネット環境が整っていない。インターネットというもの自体はこの世界でも既存のものだが、復興途上の現在、少なくとも一般市民が気軽に活用できる環境にはないのだ。
マリンがどこからか探してきた菓子作りのレシピ本をパラパラと捲りながら、何を作るのか決める。できるだけ工程が少なく簡単そうで材料が調達できそうな、尚且つそれなりに見栄えのするレシピをピックアップし、必要な材料の買い出しをマリンとデンゼルに任せた。その間にスコールは、キッチンの中から製菓に必要な道具を探し出して準備し、レシビを紙に書き写す。本の状態よりも参照し易くする為でもあり、レシピを頭の中に叩き込む為でもある。任務である以上失敗は許されないのだ、スコールの中では。
幸いなことに、今日は朝早くからクラウドはデリバリーサービスの仕事が入っており、配達先が遠方だと言っていたから夕刻まで帰らないだろう。ティファが営む酒場セブンス・ヘヴンは不定休だが、ちょうど今日を休みにすることにしていた。彼女も食材や消耗品など諸々の買い出しに出ている。荷物が大量になるから帰りにクラウドに拾ってもらうと昨夜話していたので、こちらも夕刻までは戻ってこない。サプライズのプレゼントにしたいという子供たちの希望を叶える為にはクラウドとティファ、2人の不在が必要だったわけだが、そこに労することなく済ませられたのは大きい。もしどちらかがいれば、出掛けてもらう口実を探すのに苦労したことだろう。
 材料の買い出しに出ていたマリンとデンゼルが帰ってくると、3人は早速チョコレート作りに取り掛かった。
とはいえ、火やナイフを扱うのは基本的にスコールで、子供たちにはその他の作業を割り当てる。
製菓用のチョコレートなど手に入らないので市販の板チョコを使っての簡単なレシピだが、慣れない作業に3人とも真剣極まりない表情だ。
チョコレートを冷やし固めている間に、ラッピング用のカップやリボンを用意した。
「クラウドもティファも、喜んでくれるかなあ?」
「上手く作れてるから大丈夫だよ」
 …おまえ達からなら、何をやっても喜ぶだろう。
マリンとデンゼルの会話に心の中でスコールは答える。実際、もし仮にチョコレートの原型を全く留めないような失敗作が出来たとしても、子供たちが彼らの為に作ったのだと言えば、ティファもクラウドも「美味しい」と言って食べるに違いないのだ。
 ラッピングに至るまで手作りの、多少の歪さはあるものの贈り物として充分認識できるだろうチョコレート菓子が出来上がったのは、レシピに書かれた所要時間の目安の優に倍以上の時間が経ってからだった。
 
 
 
 
 
「ただいま…、あら?」
扉を開けた途端に鼻腔を擽る甘い香りにティファは帰宅の挨拶もそこそこに首を傾げた。続いて、大きな荷物を抱えて入ってきたクラウドも鼻をひくつかせて怪訝な顔をしている。
「おかえりなさい!」
階段をパタパタと降りてきたマリンとデンゼルに、クラウドが尋ねた。
「この匂い…なんだ?」
「こっち来て!」
満面の笑みでそう言うマリンに、ティファとクラウドは顔を見合わせ、とりあえず手にした荷物を置くと店の奥のプライベートスペースへと入る。普段、ダイニングとして利用しているその部屋のテーブルに置かれていたのは、可愛らしいラッピングが施された2つの箱だった。
「ピンクのがティファにで、ブルーのがクラウドにだよ。…中身は変わらないけど」
デンゼルに促されて2人はそれぞれにと渡された箱をそっと開ける。中にあったのは、チョコレートコーティングされた苺やハート型のチョコレート。どれも一目で手作りだと判るものばかりだ。
「今日はバレンタインデーなんだよ」
「バレンタイン…?」
 それってヴィンセントのこと?と真面目な顔で聞き返すティファに、違う違う、と子供たちが手を振る。
「女の子が好きな男の子にチョコあげる日…なんだけど、友達やお世話になってる人にあげたりもするんだって」
「スコールに教えてもらったんだ」
「スコールに…」
つまり、スコールの生まれ育った世界にある風習ということなのだと漸く合点がいった彼らは、改めて渡されたチョコレートを見た。
「クラウドとティファに、いっつもありがとうっていうわたしたちの気持ち」
マリンの言葉に、クラウドとティファはそれぞれチョコレートを1つ摘むと口へと入れる。
「美味い」
クラウドがそう言えば、子供たちは嬉しそうに笑った。
 
 
 
 
 
 任務完了、か。
階段の途中に佇んでスコールは内心でそう呟いた。マリンとデンゼルにもいくつか食べさせたし、自分自身でも1つは味見をしたのでその点での心配はしていなかったが、やはりプレゼントを贈った相手の反応を確認しないと任務を完遂したとは言えないだろうと思って降りてきたのだ。だが階段を完全に降り切ることはせず、階下の声が聞こえたところで立ち止まった。
 全く知らないこの世界へとやってきて1年。
この世界にもだいぶ慣れたし、共に暮らす彼らにもだいぶ慣れたと思う。けれどやはりどこか馴染みきれない瞬間がある。それはたとえば今のように、彼ら4人が揃っている時だ。
彼らに血縁はないし、マリンとデンゼルの親と言うにはクラウドもティファも若過ぎる。それでも彼ら4人が穏やかに寛いでいる様子は擬似家族として完璧な姿に見えた。そしてその光景を見る度に、自分がここで共に暮らしていていいものなのかとスコールは思ってしまうのだ。
気付かれないようにそっと自室に戻ると、ベッドに寝転がった。
 どこか部屋を探そう。
もう1人で暮らしてもいい頃合なのではないかと思う。モンスター退治などの需要もあるし、そうでなくとも復興途上のこの街は建築現場なども多く、選り好みしなければ職には困らないだろう。いつまでもクラウド達に甘えていないで、自立しなくてはいけない。大抵のことは自力でこなせる自信もある。
 早速明日にでも部屋と仕事を探しに行ってみようとスコールが考えていると、部屋の扉がノックされた。
「いいか?」
ノックした割にスコールの返事も待たずに扉を開けたのはクラウドで、それに対して上体を起こし掛けた態勢でスコールが睨んでみても何処吹く風だ。
「何か用か?」
「用というか…礼を言いに」
「礼?」
「チョコレート。スコールも一緒に作ってくれたんだろう?」
「…別に」
相変わらず無愛想な返答にクラウドは苦笑いするしかない。マリンとデンゼルが、スコールが指示を出してくれたから初めてだったけれど上手くいったのだと言っていた。聞いた時にはスコールと菓子作りという言葉が全く結びつかず意外だったが   勿論、マリンとデンゼルに頼まれて断れなかったのだということは解っている   子供たちと3人でチョコレートと格闘している姿を想像すると何とも微笑ましい気分になる。
だが、チョコレートを貰った自分たちの前に、スコールが姿を見せることなく自室に引き返したことが気になった。
 古くないのにどうにも軋む階段や各部屋の扉は、スコール本人がどんなに気を使ったところで完全に物音を消すことはできない。彼が階段の途中まで降りてきたことにも、そしてそのまま引き返してしまったことにも、クラウドは気付いていた。それはティファも同じくで、マリンとデンゼルにチョコレート作りの顛末を聞きながら自分を見た彼女の視線に促されて、クラウドはスコールの部屋へと来たのだった。
 スコールが自分たちに遠慮していることは明白で、この世界に慣れ始めた頃からこの家を出ようと考えていることは解っていた。最初に、この世界に不慣れであることを理由に一緒に住むことに決めたのはクラウドで、スコールはそれだけが理由だと思っているのだろうが、寧ろクラウドにとってそれは口実に近いものだ。
 あの子、口下手だし、1人で頑張ろうとしちゃうし、実際1人で大抵のことこなせちゃうし。
スコールの世界で、スコールの姉代わりの女性に言われた言葉を覚えている。だからまずは、スコールを1人にしないことにした。正直に言えばスコールは反発するに違いないから、「この世界に不慣れなうちは」と理由をつけた。だがその理由の効力もそろそろ切れ掛かってきた頃なので、今後どう言って彼を納得させようかと考えていた矢先、今日の出来事があったのだ。
これはいい、と瞬時に思った。恐らくそう考えたのはティファも一緒だろう。
「来年も、楽しみにしてる」
「え?」
何を言われたのか解らない、という顔をしてスコールはクラウドを見る。
「マリンとデンゼルが、来年もお前と一緒に作ってくれると言っていた」
 そんな話は聞いていない。
スコールがそう思っても、もう遅い。
「それから、スコールの世界のイベントを、色々やってみるんだそうだ」
 それはクラウドが子供たちにそう促したわけではなく、マリンとデンゼルが自発的に言い出したものだ。子供たちも彼らなりに、スコールが遠からず出て行こうとすると感じ取っているのだろう。特にマリンはそういう機微に聡い子供だった。
「そういうわけだ。よろしく頼むな」
「…」
言葉と共に、クラウドはスコールの髪をくしゃっと撫でた。決定事項として言い渡されるとスコールが弱いことも承知済みだ。
 クラウドの手を払い除けて乱れた髪を直しながら、スコールは考える。擬似家族としてあれほど完璧な形を持つ彼らにとって自分は余分な存在でしかないはずなのに、彼らは自分にここにいろと言ってくれる。それに、甘えてしまってもいいのだろうか。
 もー!頼って!甘えて!スコールは頑張りすぎ!
胸の奥で、もう逢えない大切な人の声がした。
その声に推されて、スコールは口を開く。
「来年は…もっとちゃんとしたのを作る」
まさかそんな決意表明が返ってくるとは予想していなかったクラウドが驚きに眼を丸くした後ろで、こっそり廊下で様子を伺っていたティファと子供たちが、やった!と顔を見合わせて笑った。