扉をノックすると「入れ」と静かな声がする。素早い身のこなしで室内に入ると、フリオニールは部屋の主に向かい敬礼した。
最初はぎこちなかった敬礼も、だいぶ様になってきた、とフリオニールは思う。
国民の義務として兵役に就いてから早2年。最初は「服に着られている」雰囲気だった軍服もすっかり板についてきた。そして兵役の終わるその日を、日常へと帰るその日を指折り数えていた当初と違い、今は。
「これは、なんだ?」
部屋の主の厳しい声は予測済みだ。部屋の主である年若い中尉はフリオニールのいる小隊の指揮官で、そして。
「志願書です」
フリオニールの簡潔な答えに、相手の眉間に皺が寄った。士官学校時代に派手な喧嘩をやらかして付いたという傷の所為で普段から厳しい表情に見えるその秀麗な貌が、更に厳しくなる。
「何故こんなものを…」
「もうすぐ兵役義務は満了します。俺は、軍に残ることにしました」
「何馬鹿なこと言ってるんだ。最近の国境のきな臭い噂はアンタだって知ってるだろう。軍に残れば本当に戦場に出る可能性が高いんだぞ」
「それでも、おまえの傍にいたい」
相手の眼が驚きに見開かれた。
二等兵が中尉にこんな物言いをしたら普通は懲罰は免れない。けれど。
「だから軍に留まる。そう、決めたんだよ、スコール」
恋人にならば許される。
スコール・レオンハート中尉。士官学校首席卒業のエリート中のエリートで、任官後もその前評判を覆さない優秀さで軍上層部の期待も高い。このまま行けば史上最速の昇進スピードを記録するのではないかと噂されている。一見すると冷たいエリート然とした様子の、けれど本当は繊細で不器用な優しさを持つ、フリオニールの上官にして、大切な恋人だ。彼に恋をして、彼に想いを受け入れて貰って、彼に想い返されて、あれほど待ち遠しかった兵役義務の終わりが、故郷で待つ日常が、憂鬱なものへと変わった。
「フリオニール…」
もうすぐ兵役期間が終わる。フリオニールはここを去り、職業軍人であるスコールはここに残る。離れることを回避するには、スコールが軍を退役するかフリオニールが軍に志願するしかないのだ。しかし国境の緊迫感が高まる中、将来有望な幹部候補の退役を軍上層部が易々と容認することはないだろう。だったら道は1つしかない。
「…花を育てたいって言ってたじゃないか」
「基地でだって育てられるさ」
既に決断した表情で語るフリオニールの言葉に、スコールが俯いた。
「…駄目だ」
「スコール…」
やはり恋人の説得こそが最難関か、とフリオニールが考えていると、椅子から立ち上がったスコールが目の前に立つ。
「アンタのことを考えたら、そう言わなきゃならないって解ってるのに…、言えない」
その科白が耳に届いた瞬間、フリオニールは反射的に目の前の体を強く抱きしめていた。
「いいんだ。スコール、傍にいさせてくれれば」
「フリオニール・・・」
おずおずとスコールの手がフリオニールの背へ回される。その感触を愛おしく感じながらフリオニールは改めて決意した。
たとえ最前線へと送り出されることになったとしても、其処がスコールの傍ならばそれでいい。
ただその想いだけで心を満たして、フリオニールは恋人を抱き締める腕に力を込めた。