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七夕に晴れてることなんてまずない

 
 
 
「7月7日が晴れない確率100%」
どんよりと曇った空を背景にしてそよぐ笹の葉を見ながら呟いたのはティーダ。
「マジ?100パー?」
それに反応したのは同じクラスのヴァンで、2人は教室の窓際で仲良く同じ姿勢でグラウンドを眺めていた。
「んー、オレがここ来て七夕を知ってからだから、今年で5年目ッスかね?」
「なんだよ、100パーとか言う程じゃねぇじゃん」
「でも、セシルもフリオもバッツもそう言ってたッス」
「3人同い年だろ。オレらプラス3年しかデータないだろ」
そんな遣り取りの間にも2人の姿勢は変わらず、つまらなさそうに窓の外を見ている。曇っている分気温は低いが、冷房が抑えられた教室ではじんわりと生温かい空気が広がっていた。
 ここに来て知った、とティーダが言うとおり、七夕、という年中行事をこの学園に入学して知る者は多い。誇張ではなくこの土地の裏側ともいえる地域からやってくることも珍しくはないこの学園都市に於いては、この地域に根差した習慣が多くの学生にとって未知のものであったケースが多いのだ。高校からこの学園都市にやってきたヴァンもまた、七夕を知らなかった1人だった。
「ティーダ、おまえ、短冊何書いた?」
「…早く夏休みになりますように」
「あと10日もすりゃなるだろ」
「その10日を飛び越えたいんだって」
「晴れても叶わねーよ」
「そういう自分は何て書いたんスか」
「…期末試験がなくなりますように」
「人のこと言えないだろソレ」
 つまりは来週に迫った期末試験に多大な不安を抱いている2人は相変わらずつまらなさそうに同時に溜息を吐いた。本当に、何故1学期が終わるからといって試験をしなくてはならないのか理解できない。ティーダが定期試験の度に泣き着くセシルにも、今回ばかりは厄介なレポートの提出期限が迫っているとかで、済まなさそうに家庭教師役を断られてしまった。ならば、フリオニールでもバッツでもクラウドでも、と思ったら、その厄介なレポートとやらは、彼ら全員が選択している一般教養の必修科目なんだそうで、こればっかりは単位を落とすわけにもいかないと全員に首を振られてしまった。これはもう、ヤマを張るしかない。暗記科目はそれに賭けるとして、そうでないものはもう、追試と補講を予定に組み込むべきか。
そう覚悟を決めて、ティーダが隣りのヴァンに暗記科目のヤマを張る相談を持ち掛けようとしたその時、クスクスと背後で笑い声がした。
「なーに笑ってるんスか、ユウナ」
長引いたホームルームが漸く終わったらしい隣りのクラスのユウナがそこに立っていた。可愛くて優しくて芯の強い、ティーダ自慢の彼女は、だって、と笑う。
「後ろから見たらまったく同じ姿勢だったよ?」
相似形のように同じ姿勢で、同じタイミングで溜息なんて吐いているから可笑しかったのだ。
「そりゃ溜息吐きたくなるっての。…ユウナは期末なんて楽勝だろ」
ヴァンが恨めしげに言えば、ユウナはちゃんと勉強してるから当たり前ッス、と何故かティーダが答える。
オマエに訊いてねー!とヴァンが返して2人がふざけ出すのを、はい、とユウナが止めた。
「わたしも苦手な科目、あるよ?だからね、週末は一緒に勉強しよう?」
 図書館の学習室を予約しました、とユウナが敬礼もどきのポーズを取る。
大学院生から小学生まで、この学園に通う全ての学生が利用できる大図書館には、ガラス張りだが各々独立した定員6名程の学習室が幾つかあって、予約することができるのだ。寮の自室などではつい他のものに気を逸らしがちな2人には、こういう場所でないと駄目だという妥当且つ現実的な判断だろう。
「ユウナが勉強教えてくれんの?」
「違います。ちゃんと助っ人を手配しました!」
またも敬礼ポーズで答えるユウナに、助っ人?とティーダとヴァンが顔を見合わせた。
「スコール、来てくれるって」
「マジッスか!」
学年首席の登場に2人の顔が輝く。確かに眉目秀麗・文武両道・短所といえばその社交性の無さだけ、と評される超優等生のスコールならば、期末試験なんて余裕でこなせる類のものだろう。ティーダやヴァンが頼んでもにべも無く断られただろうが、さすがにユウナに頼まれては断りきれなかったか。
「おっしゃ、これで追試と補講は免れたも同然!」
ヴァンのガッツポーズに、ティーダもうんうんと頷いた。視界の隅でグラウンドに飾られた笹が揺れる。
 晴れることの無い七夕では短冊に書いた願い事は叶えて貰えなかったが、天は2人を見捨てなかった。
そこで思い出して、ティーダはユウナにこう訊いた。
「ユウナは短冊になんて書いたッスか?」
その問い掛けに、ユウナはにっこりと笑う。
その答えを聞いて、ティーダとヴァンは七夕の認識を改める事にした。
 前言撤回。晴れない七夕でも、短冊の願い事は叶えて貰えるらしい。
 
 
 “みんなが笑顔で夏休みを迎えられますように。”