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無自覚な爆弾




 気づけば独りでふらりと何処かへ消えてしまっていたスコールが、最近はあまり姿を眩まさない。
皆無とはいかないが、頻度はかなり下がった。どういった心境の変化か、と観察してみると、姿を眩まさない、というだけで、仲間の輪から外れて離れていることに変わりはないと気付く。
それでも偶に本当に何処かへ出て行ってしまうこともまだあって、けれどそんな時はスコールがリーダーであるライトにだけ、一言声を掛けて行くということにも気付いた。スコールはライトを苦手に思っている節があったから、これは大層な進歩だ。
一体どんな心境の変化があったのだろう。本人に訊いても絶対に答えてくれないだろうと踏んで、事情を知る可能性が高い人物、つまりはスコールが声を掛けていく相手であるライトに尋ねてみた。
「彼は私の頼みを聞いてくれた、それだけのことだ」
案の定、あっさりと返ってきた答え。しかし、簡潔過ぎて事情はさっぱり掴めない。
「スコールに、何を頼んだんだい?」
「あまり、目の届かない処には行かないようにと」
それは団体行動に於いて極々当たり前の要請だったが、あのスコールがよくもあっさりその頼みを聞き入れたものだと感心する。そのままを口にすれば、ライトは不思議そうな顔をした。
「特に、嫌がる様子もなかったが?」
「うん、だからそれが珍しいなって思って。参考までに訊くけど、一体なんて言って彼を納得させたんだい?」
「君の姿が見えないと私が落ち着かないので、どうか私の為に私の目の届く処にいて欲しいと」
思わずまじまじと見つめてしまう。
「…そう、言ったの?」
「ああ。何かおかしなことを言っただろうか?」
おかしくはないが、それは普通に聞けば殆ど告白と同義だ。言ったライトは全く理解していないようだが、言われたスコールはさぞかし戸惑ったことだろう。今はこの場にいないスコールにこっそり同情する。
「そんな風に言われたら、さすがの彼も無碍にはできないだろうね」
というより、誰だって戸惑うだろう。そんな告白紛いの頼み方をされたら。
そう思って、少し自覚を促そうとしての言葉だったのだが。
「私は私の正直な気持ちを言っただけなのだが…」
その言葉に引っ掛かった。これはもしかしてもしかするんじゃないか。
「スコールの姿が見えないと落ち着かない?」
「彼の強さは承知しているのだが…。知らぬうちに傷を負うのではないかと、な。私の目の届く処にいてくれれば、彼の盾になることだって出来るだろう?」
「ねぇ、ライト、それって…」
そう言い掛けたところで、ライトの視線が動いた。それに倣って同じ方向を見れば、近辺のイミテーションの掃討に行っていたスコール達が帰ってきたところだった。共に掃討に赴いていたバッツとジタンがしきりにスコールに向かって何か言っているようだが、スコールは聞く耳を持っていないようだ。
 無言のままライトが動く。一緒について行けば、バッツとジタンもこちらに気づいて声を掛けてきた。
「もう、あんた達からも言ってくれよ」
「どうしたんだい?」
問い掛ければ、スコールがあからさまに面倒そうに顔を逸らす。これは自分に分が悪いと思っているときの態度だ。
「スコール、怪我してんのに、ケアルもポーションも要らないって聞かなくてさ!」
その言葉に真っ先にライトが反応した。やはりこの反応は。
「怪我を負ったのか?」
「…大した傷じゃない」
「でも血ぃ出てんじゃん!」
スコールの言葉に被せるようにジタンが言えば、ライトの眉が寄る。
スコールが僅かに左手を隠すような動きをしたのは見逃さなかったので「左手?」と訊けば観念したように左手を出してきた。黒革のグローブを外せば掌から血が流れている。
「グローブ越しだから表面が切れただけだ」
確かに深い傷ではないようだが、逆手とはいえ掌が切れていては色々不便だろうと、バッツとジタンが回復させようとするのを、断固拒否してきたというわけか。仲間の手を煩わせるのが嫌いなスコールらしい。
「掌の傷って大した事なくても痛いだろ?大人しく回復しようぜ?」
「ケアルやポーションを使う程の傷じゃない。…舐めとけば治る」
「またそんなこと言って!」
舐めとけば治る。それはよく使う慣用表現で、決してスコールも自分の傷を舐めようなんて思っていなかったはずだ。しかし。
「…そうか」
そう低く呟いたライトのとった行動に、全員動きが止まった。
スコールの左手を取ったライトが、その傷を舐めたのだ。
「…アンタ!」
珍しく狼狽えた様子を隠さずスコールが声を荒げると、しっかりとその左手を掴んだままのライトが全く頓着していない様子で顔を上げる。
「私は君に傷を負って欲しくない。無理な願いと承知している。だが、君に傷が残るのは耐えられない」
「…っ」
ああ、もうこれは間違いない、と確信する。
「……自分で手当てするっ」
顔を紅く染めたスコールがライトの手を振り解いてコテージに駆け込んでしまうのは当然として。
「なあなあ、セシル」
バッツとジタンが突いてくる。
「どう聞いても、どう見ても、告白としか思えないんだけどさ」
「うん、僕もそう思うよ」
苦笑しながら答えれば、バッツとジタン、二人が「だよなあ」と同時に呆れたような溜息を吐いた。
「…私は、彼を怒らせるようなことを言っただろうか?」
相変わらず不思議そうなライトに、いや、と首を振る。
そしてとりあえず、今後もこの無自覚さに振り回されるだろうスコールに、深く同情したのだった。