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A Day In The Life -30th.-




 「・・・わからぬ男だ」
「本当に・・・」
クラヴィスの言葉にリュミエールがしみじみと頷いた。
「オマエら、素直にオレに言えねぇのか」
アリオスが据わった目つきで二人を見る。
 ベイカーストリートのリュミエールの家にアリオスはいた。
「珍しく朝から訪ねていらしたかと思えば、有無を言わさず、二階に上がって眠りに就いてしまうんですから、あなたは」
「ちょっと朝まで飲んでたんでな」
 飲んでいた場所から比較的近かったことと、ここならば昼間でも暗闇が用意されていることもあって、アリオスはここを宿代わりにすることにしたのだ。オスカーと違ってアリオスは別にここを毛嫌いしているわけでもない。リュミエールは相手にしにくいし、クラヴィスも得体が知れなくて多少薄気味悪く感じないでもないが、それも許容範囲のうちに収まる程度だ。
「・・・だからといってここに来るような人ではないと思っていましたが」
「まあな」
アリオスは肩を竦めて頷いた。
 ここならば、罷り間違ってもオスカーに会うことは絶対にないという確信があったからだった。
「くだらぬ・・」
クラヴィスが水晶球を見つめたまま言うのを苦笑して聞き流す。
本当に非科学的だと思うが、この男にはアリオスが何故ここにいるのかわかっているのだろう。
「オスカーと、何かあったのですか」
リュミエールがそう尋ねるのを聞いて、そういえばコイツはオスカーの友人だったんだな、と思い出した。
 オリヴィエといい、リュミエールといい、あの男はなんだかんだ言っても友人に恵まれている。
本人は友人、と言われればムキになって否定するのだろうが。
「あったな・・・。もうすぐ決着つけてやるが」
「そうですか・・」
それ以上深く訊いてこないのはありがたかった。
 アンジェリークと別れの挨拶を済ませたにも関わらず、アリオスがアパルトメントを出たのには理由がある。
 確かめたかったのだ。自分と、彼との距離を。
あの男のポーカーフェイスは、生半可なものではないとアリオスは熟知している。
どんなに心が軋んで悲鳴をあげても、あの男は造作もなく微笑んで見せるから。
 色素の薄い氷のような眸は、奥まで見通せるようでいて、その実すべてを反射する鏡のようなものだ。相手に合わせて自分を見せる。本当の心はその奥に隠したまま。
 だが、そのポーカーフェイスの奥の心が、アリオスにはわかったはずだ。
それを、確かめたかった。まだ自分が、オスカーのその僅かなシグナルを感じ取れるのかどうかを。感じ取れる距離に、自分がいるのかどうかを。
 自分を真正面から見返した氷色の眸は、相変わらず底を見せようとしなかった。
けれど、「まだ間に合う」と言った時の、一瞬の眸の揺れをアリオスは見逃さなかった。
 そう、まだ間に合う。
それはアンジェリークにではなく、オスカーの気持ちに。
自分の気持ちを何も言うことなく、すべてを終わらせようとしているあの男の手を、離すわけにはいかないのだ。
 もしオスカーが、自分に愛想を尽かして離れていくと言うのなら、それは仕方ないと思っている。
この二年間、甘え続けたのはアリオスの方だ。アンジェリークと出逢ってからのこの二週間、彼の方を見ようとしていなかったのは自分。だから、オスカーが自分から離れるというのなら、それを止める権利はないのだと、アリオスは承知している。
 だが、オスカーは何も言っていないのだ、自分の本心を。
終わりにするというのが本心ならばそれでいい。それが、本心ならば。
 何も言わずに離れていけると思うなよ、オスカー。
心の中で呼びかけて、アリオスは軽く唇を噛んだ。
 わざわざ部屋を出てきたのは、オスカーの心を揺さぶる為。
酷なことをしているようだが、そうでもしなければオスカーの限界点を越えることは出来ない。
生半可なことでは崩れない、オスカーの中の壁を越えられるのは自分だけだという自負もある。
 何も訊かないことで、アリオスを受け容れていたオスカーを。
今度は、すべて吐き出させることで受け止めてやりたいと、そう思った。
 そうして、もう一度、自分を受け容れて欲しい。
誰にも話さないと、話すことなど有り得ないと、そう決めていた過去の傷も、オスカーには話そうとアリオスは決意していた。オスカーが、訊きたいと言ってくれたのならば、ではあるが。
「何を考えていらっしゃるのか存じませんが・・・。どうも今夜は出て行くつもりがないようですね」
リュミエールが困ったように笑った。
「明日には帰るぜ。起きてるときには陰気で仕方ねぇが、寝心地だけはいいからな、この部屋」
 何せ真っ暗になる。さりげなくいい酒も揃っている。
「クラヴィスさんにご迷惑を・・・」
「構わぬ・・・」
ぼそっとクラヴィスが言った。静かにしていさえすれば、クラヴィスにとっては部屋に誰かいようといまいとどうでもいいのだろう。
「悪いな」
アリオスが軽くそう言うと、クラヴィスがフッと笑う。
「思ってもいないことを・・・。ふむ、どうやら長らくお前にかかっていた霧は晴れたということか」
 どうやら自分には霧がかかっていたらしい、とアリオスは肩を竦めた。
確かに霧の中を手探りで歩くような日々だったのかもしれない。
 だが、今はもう霧は晴れた。
行くべき方向を見誤ることはない。
その道を、独りで行くのか、隣りに相棒がいるのかは・・。
 オマエが決めることじゃない。
アリオスは自分自身に向かってそう告げた。



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