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A Day In The Life -12th.-




 天気は快晴とはいかないが、雨が降る心配もなさそうな午後。
キュキュッと、滑り止めのついたシューズが芝を踏みしめる音と、スパーン、スパーン、とボールが弾かれる音が規則的に響く。
 リージェンツパークのテニスコートではプロ顔負けの試合が繰り広げられていた。その、レベルの高い白熱した試合に、すぐ近くのリージェンツ大学の学生や、クィーンメアリーズガーデンを散策にきた市民も思わず足を止める。
 白熱した試合を繰り広げているのは、何でも屋二人である。
 三セットマッチで現在は佳境の三セット、十二ゲーム目。既にフォーティーオールでタイブレークに縺れ込んでいるが、なかなか二点の差はつかない。いい加減、プレイヤーの息も上がりきっていた。
 一点リードしているアリオスが、渾身の力でスマッシュを放つ。
オスカーのラケットが、僅かのところでボールを逃した。これでようやくゲームセットだ。いつの間にか増えていた見物人の間から拍手が起こる。ウィンブルドンもかくや、という試合にブラボー、という声も上がったほどだ。
 だが、本人達にはそんな拍手に応える余裕もなく、コート脇のベンチまでくると力尽きたように座り込んだ。大きく胸が上下して、とにかく肺に空気を送り込もうと必死だ。
「凄かったです!やっぱりお二人に頼んで正解でした!」
二人にタオルを手渡しながら興奮したように喋るのは、ランドルフ・フォート、通称ランディである。リージェンツ大学の一年だが、ハイスクールの頃から、二人とは顔見知りだった。
 オスカーとアリオスが、健康的にテニスで汗を流すことになったのは、この日の朝、ランディが一人の友人を連れてきたことに因る。
「こんなに間近であんなに白熱した試合を見られるなんて思いませんでした。ありがとうございます」
 褐色の肌の少年が丁寧に頭を下げた。これがランディの連れて来た友人、である。
短期の留学生としてリージェンツ大学にやってきたティムカという少年は、なんでも小国とは言え、中央アジアに位置する国の皇太子なのだそうだ。短期留学の間、ランディの家にホームステイしているのだと言う。そういえば、ランディはサーの称号を持つ家柄だったな、と二人はすっかり忘れていたことを思い出した。
 そのティムカが自国へと帰る日も近い。そこでランディが何かやりたいことはないかと尋ねたところ、「テニスの試合を間近で見てみたい」と希望された。自国ではテニスはマイナーなスポーツで、ハイレベルな試合を見ることは叶わないのだという。そういえば、この短期留学の間、ティムカは様々なスポーツの観戦に行っていた。しかし、もう少し早く言ってくれればいいものを、ウィンブルドンが終わった直後のこの時期、大きな試合は望めない。大学のクラブ戦ならばあるかもしれないが、どうせならばもっと白熱した試合を見せてやりたい、とランディは考えた。
 そこで登場願ったのが、ソーホーの何でも屋、だったわけだ。
二人がテニスをしているところなどランディも見たことはなかったのだが、二人の身体能力と運動神経がとにかく人間離れして凄い、というよりも凄まじい、という域に達していることは承知していたし、スポーツやゲームでは何をやっても勝負がつかない、と以前オスカーが苦笑していたのを知っていたので、二人ならばきっと、ティムカを満足させられるような試合を繰り広げてくれるだろうと踏んだのだった。
「・・満足頂いて何よりだ・・」
スポーツドリンクをゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ後、まだゼーゼーと整わない息の中、なんとかオスカーが言った。
「ほんと凄いですよ、二人とも。プロのプレイヤーにだって今すぐなれるのに、勿体無いなあ・・・何でも屋だなんて」
 その何でも屋、に依頼しておいてよくも言う。
「・・何でも屋、じゃねぇっつーの」
整わない息の中、それでもアリオスが言うが、どう考えても何でも屋、としか言いようのない依頼でこれだけ真剣に試合しておきながら言っても、全く説得力のないセリフである。
「でも、本当に、こんなにハイレベルな試合を観戦できて感激しています。僕の国は競技人口も少ないテニス後進国ですし、あんな試合、二度と見られるかどうか・・・。ランディも、本当にありがとうございます」
 本国へ戻れば王位を継ぐことが決まっているティムカは、これから先、こんな風に気軽に外へと足を運ぶこともできなくなる。そんな悲哀を感じる言葉にランディが、ティムカの手を力いっぱい握り締めて言い募った。
「お礼なんていいよ。俺たち、友達じゃないか。いつだって、遊びに来てくれていいんだ。お忍びだっていいさ。俺がちゃんと護衛になるからさ!」
「ランディ・・・。ありがとう」
 緑豊かなリージェンツパークで、何故か突然夕日に染まる砂浜がバックに見えるような、そんな青春真っ只中な光景を目の前で繰り広げられて、ベンチに座った二人はスポーツドリンクを持つ手を止めたまま呆然と少年たちを見上げた。
「テニスの試合だって、いつだって、やってくれるよ!」
 勝手に約束するな・・・。
ランディの言葉に二人は思った。
 今回は、もうすぐ自国へ帰るティムカへの同情もあって引き受けてやったが、本来は本気でスポーツの試合を二人でするなど、御免被りたいのだ。理由は簡単、今の状態を見れば明らかだ。
 とにかく、体力を極限まで消耗するまで勝負がつかないのである。
こんなに互角なのもある意味奇跡だろうが、プロのプレイヤーではあるまいし、そこまでしてスポーツをする趣味はない。
 スポーツに限らず、ダーツやビリヤードをしても、勝負はなかなかつかないが、それはあくまで遊びであるし、ここまで体力を消耗することもないからいいのだが。
 今日はアパルトメントに帰ったら、そのまま睡眠をとることになるだろう。食欲すら湧かない。
「次に来た時は、一緒にロッククライミングしよう。楽しいんだ」
「僕にできるでしょうか?」
「大丈夫さ!難しいことなんてないから」
そんな二人の疲れきった様子に構うことなく、相変わらず夕日が背景のドラマは続いていて。
 オスカーとアリオスは、顔を見合わせて溜息をついた。



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