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A Day In The Life -25th.-




 いつも夢は幸せな風景から始まる。
大切なものに出逢えたと、愛しいものが出来たと、その歓びに溢れていた頃の風景。
 レヴィアス、と夢の中で振り返った少女が呼んだ。
その面差しは、驚くほどアンジェリークに似ている。
屈託なく笑う彼女の名前は、エリス。記憶の奥底に沈めたはずの名前。
 あの頃は、彼女の名前を呼ぶと、とても穏やかな気持ちになれた。
 彼女に名前を呼ばれると、生まれてきたことを感謝できた。
愛情の希薄な環境に育った自分に、愛しい、という想いを、彼女が教えてくれた。
エリスは時には強引なほど強い意志で以て自分の心に真正面から入り込み、快活に笑い、そして、いつだって優しかった。
 貴方の眸が大好きよ。だってほら、こんなに綺麗な色をしてる。
奇異の目で見られていた色違いの眸を、「好きだ」と言ったのは彼女が初めてだった。
 呪われた眸だと思っていた。すべての不幸の元凶のようにさえ感じていた。
その色を、綺麗だと言った彼女。その言葉で、どれだけ視界が開けただろう。
エリスの言葉はいつも、胸に刺さった無数の杭を一本一本抜くように、心の中に染みていった。
 貴方は言葉が不器用ね。
 それにすぐに照れて誤魔化すから、冷たい人みたいに見えるわね。
 だけど私は知ってるわ。貴方が優しい人だって。
 貴方の手が暖かいって、私は知ってるわ。
 世界中で他に誰も気づかなくても、私は知ってるってこと、忘れないでね。
 でもきっと、他の誰かも気づいてくれるから。貴方の眸がこんなに綺麗だってこと。
 私の手は小さくて、貴方を抱き締めてあげられないけど。
 その眸の美しさに気づいて、抱き締めてくれる人は絶対、どこかにいるから。
彼女を抱き締めて、そうして生きていくのだと思っていた。
孤独な日々は終わりを告げ、二人で歩むのだと思った。
 けれど、すぐにその風景は一転する。
浮かぶのは、哀しそうな眸の彼女。
じっとこちらを見るその眸から、一粒の涙が零れ落ちた。
 ゴメンね、と唇の動きが語りかける。
手を伸ばしても、触れられない。深く暗い溝が二人の間に横たわっている。
 レヴィアス、と呼ぶ声はもう聴こえない。
 エリス、と呼ぶ声はもう、届かない。
ただ、哀しげな彼女の眸がじっとこちらを見つめているだけだ。
 どんなに時間が経っても。
 どんなに忘れようとしても。

 「・・リオス!アリオス!」
 揺り起こす手と、何度も呼ばれる名前。
深く暗い記憶の海に沈んでいた意識が急激に覚醒する。
目を開けて、飛び込んできたのは・・・。
「エリス・・・」
「アリオス?」
「あ・・いや、アンジェか。寝てたのか、オレは」
「うん・・。大丈夫?魘されてたけど」
その言葉が、妙に心に引っ掛かる。
 精密検査の結果、脳に異常は見られずアリオスは退院を許可された。昨夜一度アパルトメントに戻ったアンジェリークが、今朝また訪れたのだった。
「ねえ、アリオス」
アンジェリークが幾分強張った表情で話し掛ける。
「なんだ?」
「あのね・・エリスさんて、誰?」
「・・・っ!」
「あ、あの、魘されて、呼んでたから・・・。どんな夢だったのか、よければ教えて欲しいなって、思っただけなの・・」
「・・・すまねぇ」
 それは、教えられない、という意味の謝罪。
アンジェリークは慌てたように手を振り、それを遮った。
「あ、いいの。話したくないなら。ただちょっと気になっただけだし」
 ほんとに、気にしないで。
そう言ってアンジェリークは退院の手続きしてくるね、と病室を出て行く。
それを見送って、アリオスは溜息をつくと髪をクシャクシャとかき回した。
神経がささくれ立っているような、そんな僅かな苛立ちを感じる。
 アンジェリークの言葉が妙に引っ掛かったのは何故なのか。
そう考えて、アリオスは一つの事実に思い当たった。
 夢を見て、「魘されていた」と起こされたのも、夢の内容を訊かれたのも、初めてだったのだ。
 何でもない他人でも、目の前で魘されていたら、その夢の内容が気になるのは当たり前だ。それが、ある程度以上の好意を感じている相手だったら尚更だろう。
アンジェリークの言葉は尤もで、「魘されていた」と起こすのも当たり前だと思う。
当たり前だと思うのに、心はざわざわと苛立つ。
 今までも何度も夢は見た。一人の時は飛び起きたりもした。
けれど、この二年の間、一人で飛び起きたことも、「魘されていた」と起こされたこともなかった。
 オスカーが、何も訊かず、そ知らぬ顔で起こしてくれていたから。
一度や二度ではない。何度も目の前で悪夢に魘される自分を見ていて、気に、ならないはずがなかったのに。
それでも、オスカーは気にしているという素振りは絶対に見せなかった。
そうしてくれることに、自覚しながら甘えていた。オスカーならば、訊かずに放っておいてくれると、そう思って。
 それは、どんなに難しいことだったのだろう。
今更ながら、考える。
 エリスを失って夢を見るようになった。それからはずっと独りだった。誰かの前で眠ったりすることなどなかったのだ、オスカーと出逢うまで。アリオスが夢に魘される、その場に居合わせたことがあるのは、オスカーだけだった。だから、比較しようもなかったのだ。今こうやって、アンジェリークに言われるまで。
 何も訊かずにいるということが、どれほど難しいのかを。



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