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A Day In The Life -13th.-




 元々「私立探偵」であったものが「何でも屋」になるにはそれなりの過程がある。
ソーホーの何でも屋にしても、最初から雑多な依頼を受けていたわけではないのだ。
元はボディーガードであったり、そういった「私立探偵」という言葉から想像し易いハードボイルドなイメージの依頼をこなしていた。何せ喧嘩の強さでも彼らに敵う者を見つけるのは、このロンドン中を探しても難しいだろう、というレベルであったので。
 そのハードボイルドな「私立探偵」がお嬢ちゃんのささやかな依頼までこなす「何でも屋」になったのは、偏に赤毛の女性賛美主義者の所為だ、と相棒の銀髪の男は思う。
 学園祭でダンスパーティーがあるという依頼人の娘に、ダンスを教えてやったり、ついでだから、とエスコートしてやったり。風邪をひいてしまって、というマダムに「熱で潤んだ貴女の眸は美しいですが、そんな貴女に無理をさせるなんて、神が許しても俺は許せません。どうぞなんなりとお申し付けください」と家事を引き受けてやったり。なまじ器用で大抵のことはこなせるものだから性質が悪い。アリオスが呆れて放っておいているうちに、気づけば「私立探偵」は「何でも屋」へと変わってしまっていたのである。
 本当に、無駄な程器用な男なのだ、オスカーは。
「どうだ、美味いだろ。ホワイトソースとミートソースからちゃんと作ったからな」
カネロニのグラタンを前に、オスカーが満足そうに言った。
「ホントに、こういうことにはとことん凝るね、キミは」
「嫌なら食わなくていいんだぜ?」
「別に嫌だなんて言ってないだろう?曲解するのは止めて欲しいね」
「・・・その前に、なんでオマエがここにいるんだ。」
カネロニをフォークで突き刺しながらのアリオスの問い掛けである。
 普段なら住人二人しかいないはずのダイニングでの夕食だが、今日はもう一人夕食を共にしている人物がいる。
「さっき、オスカーに招待されたのさ。ソースを作りすぎたから食べに来いってね」
 二つ隣りの部屋に住むセイランだった。詩人、画家として高い評価を受けているらしいが、芸術というもの自体に基本的に興味のない二人は、彼の作品がどれほどの高値で取り引きされているのか知らない。こんな古びたアパルトメントではなく大貴族並みの邸宅で暮らすことも可能だという話だが、そういった贅沢には何の興味も持たない人物である。
「ああ、それとも、折角の二人きりの食事を僕に邪魔されては迷惑だったかい?アリオス」
「いいや、まったく」
 勘の鋭いセイランには、二人の関係はバレている。
オリヴィエといい、リュミエールといい、クラヴィスといい、このセイランといい。
 なんで、嫌なタイプだけに知られるんだか。
そんな感想を持っている二人だが、そう言った勘が鋭いからこそ嫌なタイプなのだ、ということに気づいていない。
「美味しいけど、ちょっと塩味が濃くないかい?」
「バレたか。実は、ホワイトソース作るときに塩の塊が入っちまってな」
「確信犯の癖して、よく『美味いだろ』なんて自信たっぷりに訊けるね、キミも」
「煩いな。塩味濃いけど美味いって自分だって言ったじゃないか」
 嫌なタイプ、と言いつつも、オスカーはセイランと比較的仲がいい。軽いテンポで物を言い合える相手とは、なんだかんだ言って気が合うオスカーだ。
「だいたいな、こいつだったら、そんな塩加減なんて、絶対気づかないぜ」
オスカーがアリオスを指して断言する。
 どうでもいいが、フォークで人を指すのはよせ。
アリオスは無言で自分に向かうフォークをオスカーの方へ押し戻した。
「別に、塩加減くらいわかる」
人を味音痴のように言うな、とアリオスがカネロニを口に放り入れながら憮然と呟いた。
「塩が多少濃くても、食える味ならなんでもいいんだよ、オレは」
 食事に基本的に拘りのない男だということは承知していたが、時間をかけて作った料理を目の前にして、こうまでハッキリ言われるとオスカーの目が据わるのは仕方ない。
「なんだ、ヤキモチかい」
剣呑な雰囲気がテーブルを支配しつつある中、思いもかけない言葉で結論付けたのは、セイランだった。
「はぁ?」
思わず訊き返す声が揃った。今までの会話のどこからヤキモチなどという言葉が出てくるのか。
 だがセイランは、グラタン皿の中のカネロニを綺麗に食べるとフォークを置き、ナフキンで口を拭ってから立ち上がった。
「だって、僕がお邪魔してるから不機嫌なんだろう?アリオスは」
「何言ってやがる」
即答するとセイランが笑った。
「自覚ないのかい。キミは二人だけのテリトリーの中に僕が入ってきたから不機嫌なのさ。しかも、オスカーに誘われて来た僕がね。それで僕じゃなくて無意識にオスカーに突っかかるなんて、可愛いトコあるね、キミも」
 それじゃ、ご馳走様。
アリオスに反論するタイミングを与えずにセイランは出て行ってしまう。
残されたのは、微妙に口をぱくぱくさせているアリオスと、その様子を横目で窺うオスカー。
 そういえば、とオスカーは思う。
アリオスはリビング以外の部屋に他人を入れるのを嫌っていたような気がする。応接間を兼ねているリビングには時々人が来ることはあったが、それすらもあまり快く思ってはいない気配があった。本人に訊けば「んなことねぇ」と答えるだろうが。
 それが、テリトリー意識だったとは。
二人の居住空間に、他人を踏み込ませたくない、という意識。
そして、そのテリトリーの中でオスカーが他人と親しげにしている様子に不機嫌になったというのか。
「なんだよ」
バツが悪そうに、カネロニをフォークでメッタ刺しにしているアリオスが問うと、オスカーが意味ありげに笑って首を振った。
「いいや。とっとと食べろよな」
綺麗に食べ終えた自分の皿とセイランの皿をキッチンへと運ぶ。
その背中に不機嫌そうな声がかかった。
「言っとくけどな、セイランの言ったことを真に受けるなよ」
それでは、図星だと言っているようなものだと思うのだが。
「そうだな、お前は多少の塩加減なんて気にしないんだよな」
振り向かずに答えると、「そーだよ」と自棄になったように言うのが可笑しくて、オスカーは笑った。




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