記事一覧

A Day In The Life -23th.-




 襲い掛かってくる敵を正確な射撃で次々に倒していくと、"Congratulation!!"の文字が浮かび上がってくる。ゴーグルを外すと、見物客から拍手が起こった。
「アリオス、凄い!」
銃型のコントローラーを置くと、横でアンジェリークが嬉しそうに言った。
「ランキングトップよ。全然ミスしないんだもの」
 ここはピカデリーサーカスのすぐ近くにあるファンランドというアミューズメントパークである。パーク、というよりもセンター、と言う方がいいのかもしれない。トロカデロというビルの三階から七階を占める巨大ゲームセンターだった。
 アリオスはヴァーチャルシューティングゲームをプレイしていたのだ。
アリオスはゲームというものにあまり興味はない。同じゲーム、というならカードやビリヤード、ダーツといった駆け引きの要素のあるゲームの方が好きだったが、アンジェリークがここに行って見たい、という気持ちは理解できるので、素直に連れてきてやったのだった。十代の少女にとって、これほど規模の大きいアミューズメントパークはやはり魅力的なのだろう。
 興味はない、と言っても、プレイさせればアリオスは大抵のゲームはなんなくクリアした。今のように、得点ランキングのトップになることも珍しくない。
「腹減ったな」
並んで歩きながら、アリオスがぼそっと言った。
「そうね。もうそろそろ夕飯の時間ね・・」
同じビルの中に、飲食店も多く入っているので食べる場所には困らない。
「一昨日の。ポトフ、美味しかったね」
「ああ・・。アイツはあれが趣味みたいなもんだからな。こないだのアレだって、昼前からずっとキッチンにいたんだぜ?信じらんねぇヤツ」
「でも、凄く美味しかったじゃない。あんなに美味しいポトフ、私初めて食べたもの。どこかのシェフが作ったって言われたって、みんな信じるわ」
リフトで飲食店フロアに移動しながら、そんな会話をする。
「でも凄いな、私なんてお菓子作りは得意だけど、料理はまだ全然・・・。アリオスには絶対食べさせられないな」
「別に食える味なら何でもいいんだがな、オレは。」
 オスカーの料理への凝り方はアリオスにとって完全に理解の範疇を越えている。
それで一体、何度不毛な言い争いをしたことだろう。尤も、料理ほどではないにしても、オスカーはファブリックやリネンにも拘っていたから、そんな小さな言い争いはしょっちゅうだった。
 けれど最近は、そんな会話もあまり交わしていない。
どちらかがいる時はどちらかが出かけている。一日全く会わないということはなかったが、一緒にいる時間は極端に減った。偶然なのか故意なのか。恐らくは故意なのだろうと、アリオスにもわかっている。
 そういえば、最近はまともに顔を見た記憶がない。
鮮烈な印象を残す、色素の薄い眸を真正面から見つめたのはいつが最後だっただろう。
「ダメよ、そんなこと言っちゃ。アリオスは、言葉がぶっきらぼうなんだわ。本当は優しいのに」
 あなたは、言葉が不器用すぎね。本当は優しいのに。
ふとした瞬間に、目の前のアンジェリークに、懐かしい面影が重なる。
「エリス・・・」
「え?」
思わず呟いた名前は、アンジェリークにははっきりとは届かなかったようだった。
「いや、なんでもねぇよ」
「ならいいけど・・」
 何故こんなにも似ているのだろう。
まるで、過去を知っているのではないかと疑いたくなるほど、アンジェリークは時々アリオスにとってひどく懐かしいセリフを口にした。
そうして、アリオスの心の中にするりと入ってくるのだ。
「・・・レヴィアス」
「レヴィ、アス?」
「ああ」
「その名前が、どうかしたの?」
「オレの名前だ」
「え・・・」
 目的のフロアでリフトを降りながら、アンジェリークが首を傾げる。
「レヴィアスってのが、オレのホントの名前なんだよ。戸籍上、アリオスって名前のヤツはどこにもいない」
アリオスという名は、ロンドンに来た時に名乗った、いわば通称だった。
「レヴィアス・・」
 その響きが、信じられない程懐かしかった。
 あなたが好きよ、レヴィアス。
かつて自分にそう言った女と、同じ響きで呼ぶ声。
「どっちの名前で呼べば・・?」
「アリオス、でかまわねぇよ。ただ、教えたかっただけだ」
「うん。ありがとう、教えてくれて」
アンジェリークが嬉しそうに笑った。大切なことを教えて貰ったと。
その表情が、ますます記憶と重なってアリオスは目を眇めた。

 エスカレーターの前で、どのレストランにしようかと、アンジェリークが話していた時だった。
階下からエスカレーターで上がってきた家族連れと擦れ違い様、はしゃいで駆け出した子供がアンジェリークの足にぶつかった。
「きゃっ!」
突然足元に衝撃を受けたアンジェリークの躰が、あろうことか無人の下りエスカレーターの方向に倒れる。
「おいっ!」
腕を掴んで引き戻そうにも、アンジェリークの躰は既に半分以上投げ出されていて叶わない。咄嗟にアリオスは、自分の躰ごとエスカレーターに乗り出し、アンジェリークの躰を抱え込んだ。
アミューズメントビルの長く幅の広いエスカレーターでは、途中で引っ掛かって止まることもなく、二人の躰は一気に階下まで転がり落ちた。
「アリオス!!」
ドスン、と平らな床に投げ出されたのを感じて、抱え込まれた腕から抜け出したアンジェリークが、アリオスを見て蒼白になって叫ぶ。
「しっかりして!アリオス!」
 頭を打ったのか、朦朧とする意識の中、遠くで誰かが呼んでいる気がした。
アンジェリークは無事だったのだと、それだけを思うと、急激に視界がブラックアウトしていく。
 暗闇に沈んでいく視界の中で、脳裏に浮かんだのは誰だったのか。
 音にならない声で、名前を呼んだ相手は誰だったのか。
それを認識しないまま、アリオスの意識は途切れた。



01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 31.5