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A Day In The Life -2st.-




 昨日に比べると大分湿度が低く、過ごし易い陽気である。
 私立探偵だか何でも屋だか、当人たちの間でも決着がついていないらしい二人が動き出したのは、昼過ぎからだった。
 アンジェリークが行ったというルートを一つ一つ辿り、目ぼしい場所に見当をつけ、捜す。地道な作業だが、探し物が探し物だけに最も確実な方法と言えた。当然、使用した交通機関には遺失物として届けられていないか確認済みである。
「で、あのガキがその日最後に行ったのが、ここなわけか・・」
心底嫌そうにアリオスが言った。
 ロンドン中心部から少し離れたチェルシーの一角、スローンスクエアからキングスロード沿いに五〇メートル程歩いた所に、一件の店がある。ヴィヴィアン・ウェストウッドに代表されるパンクファッションが生まれた街に相応しく、ここも店の外観からして、かなりの弾け方だった。
「どう見たって、あのガキの服の趣味とはかけ離れてるじゃねぇか」
「物珍しかったんだろ」
打ちっ放しのコンクリートにショッキングピンクのペンキで"cominciando di sogno"と書かれた店の看板を眺めながら、二人はどうでもいい会話を続けた。
「コレ、なんて意味だったか覚えてるか」
「イタリア語で夢の始まり、とか言ってた気がするがな」
「・・・悪夢の始まりじゃねぇか」
「悪夢だろうと、夢は夢だから間違っちゃいないんだろ」
 いつまでも店の前に立っていても仕方ないのだが、入るのを躊躇しているのには訳がある。何度か来た事はある店なので、決してその派手な外観の所為で嫌がっているわけではない。否、嫌と言えば嫌であるが、この際それは大した問題ではないのだ。外観よりも更に派手なこの店のオーナーを、二人はよく知っていたのである。
 どちらが先に足を踏み入れるか、互いに譲り合っていると、中から勢いよく扉が開けられた。ガラスの扉である。店の前で不毛な譲り合いをする二人の姿など、最初からこの店の主人の目に入っていたのだ。勿論、それは二人も承知のことではあったのだが。
「ったく、デカイ図体の男が二人揃って店の前に立ち塞がんないでくれるっ!?営業妨害で訴えるわよっ!?」
 北欧フィンランドの出身だという、元々は淡い金色の筈の長い髪は一部がピンクに染められている。言葉遣いも外見も女性のようだが、正真正銘男性である。
「オマエのそのカッコの方を、精神的苦痛で訴えたいくらいだ、オレは・・・」
アリオスがぼそっと口にする。それに苦笑しながらオスカーが声をかけた。
「よう、オリヴィエ。相変わらず見事な極楽鳥っぷりだな」
「ふん、アンタたちも相変わらずみたいじゃない~?」
オリヴィエと呼ばれた店の主は、人の悪い笑みを浮かべて答えた。オリヴィエ・ヴァールルースというのが、彼の名前である。
 元々はオスカーとオリヴィエが友人だったのだ。同年齢で、後から聞けば同じ大学に通っていたらしい彼らは、だが大学のキャンパスではなく深夜のクラブで知り合った。何しろ互いに目立つ容姿の持ち主であったから、時折顔を出すクラブでも互いの噂は聞き及んでいて、偶然出逢った時には、誰に言われずともすぐに噂の人物であるとわかったという。
お互い非常に癖のあるキャラクターながら、気が合うことはすぐに知れてそこから腐れ縁とも言うべき付き合いが続いている。
「ま、入ってよ。お茶くらいなら出してあげるよ~ん」
 アンタ達に酒なんて出したら飲み尽くされるから絶対出してやらないけどね。
そう言いながら、店の奥へと消えていくオリヴィエの後に、二人は続いた。
 
 
 
 アンジェリークからこの店の名前を聞いた時から予想していたことだが、やはり、彼女に「何でも屋」を教えたのはオリヴィエだった。
「だってさ、ピアスが落ちてなかったか、って尋ねてきてさ、なかったって言ったらもう、そりゃあ落ち込んじゃってさ。背景に雨雲背負ってんじゃないかってくらいなんだもん。放っておくのも可哀想じゃない~」
ティーカップをソーサーに戻しながら、オリヴィエが言う。
「だからさ、アンタたちのこと教えたわけよ。ここに何でも屋がいるから、頼んでみなって。きっとどーにかしてくれるよ~ってさ」
「何でも屋になった覚えはねぇよ」
オリヴィエとアリオスが顔を会わせると必ず、この遣り取りが行われる。
「いいじゃないの。結局オスカーに付き合って働かされてるんだしさ。面倒事は御免だ、とか言いながらアンタも弱いわよねぇ、アリオス」
毎回行われる不毛な遣り取りだが、毎回アリオスが押し黙って終わる。どだい、口でオリヴィエに勝てるわけがないのだ。
「ま、いい加減諦めるのね~相棒だか恋人だか、まあそのヘンは知らないけど、とにかくパートナーにオスカーを選んじゃったら、無理よ。このタラシが女の頼みを断れるわけないんだから」
 オスカーとアリオスが出逢ったときには既にオスカーの悪友という地位を確立していたオリヴィエは、二人の関係を知っている。はっきり言われたことも尋ねたこともないが、人の機微に聡いオリヴィエは、二人の間に流れる空気から彼らの関係を敏感に嗅ぎ取った。
常識から逸脱した二人の関係を知っても、だからと言って特に態度を変えるわけでもなく、精々からかいの種が増えた程度にしか思わない辺りが、オリヴィエの度量の広さであり、それ故に、会えば憎まれ口しか叩かないながらも彼らは良好な関係を続けている。
「おい、極楽鳥。誰がタラシだ、失礼なヤツだな。俺は女性の曇った顔を見たくないだけだぜ」
不本意な言われ様に眉を顰めてオスカーが訂正を入れた。
「はいはい、何とでも言ってな。・・・それで、どーなのよ?」
声のトーンを落とし、オリヴィエが尋ねる。
「どうも何も、あんな小さなモン、見つかるわけねぇだろうが」
 鬱陶し気に髪をかきあげてアリオスが言う。苛々していると髪をかきあげたり、くしゃくしゃとかきまわすのがアリオスの癖だった。
「どーすんのよ。アンタのことだからまた、『必ず二つ揃えて見せる』とか何とか約束しちゃってるんでしょ、アンジェちゃんに」
 オスカーの性格をしっかり把握しているオリヴィエの鋭い指摘だった。オリヴィエは、オスカーに何か策があるのだろうと、確信している。女性との約束を破り、その眸を曇らせてしまうなど、この男のプライドが許すはずが無いのだ。毎度、無茶な依頼や厄介事だと不機嫌そうにしながら、アリオスが渋々オスカーにつきあってやるのも、女性からの依頼に限ってはオスカーがそのプライドに賭けて絶対に成し遂げると知っているからである。
無論、先刻のオリヴィエの指摘通り、それだけではないのも事実だが。
「ん、まあな。見つけられなかった場合の手は打ってあるさ」
自信たっぷりに笑うオスカーを見て、オリヴィエの視線はアリオスへと移された。
その視線を受けて、アリオスもさあな、と首を振った。オスカーが打った手を、アリオスも聞いていないのだ。というより、最初から聞く気もなかった、という方が正しい。
 アリオスに言わせれば、どうしようもない依頼を受けたのはオスカーで、自分はそれにつきあってやっているに過ぎない。しかし、子供とは言え女からの依頼である以上、オスカーがどうにかするだろう。仮にどうにもならなかったとしても、それは自分の知ったことではない。
 そんな二人を交互に見比べて、オリヴィエが降参のジェスチャーをした。
「ま、アンタがそんだけ自信持ってるなら、なんとかなるんでしょ。・・・ちょっと、いつまでも寛いでないでくれる?用が済んだらさっさと帰んなさいよ、探偵さん」



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