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Dawn Valley 9 -Especially persons to him 2.-




 相変わらずスコールの顔を見つめてぼうっと座りこんでいると、またドアの開く気配を感じる。
(…そういや、棺を移動させにくるって言ってたっけ…。)
ぼんやりとそんなことを考えながら、思考とは裏腹にその場から離れようとしない自分の体に苦笑する。
 だが、開いたドアから入ってきた靴音に、ラグナは目を伏せた。
ゆっくりとした靴音は、ドアからたいして離れていない位置で止まる。
「…それ以上は、近づかないでくれ。」
彼がそれ以上こちらに近づくことなどしないと解っていながら、ラグナは敢えてそう口にした。
靴音の主は何も言わない。
「……微笑ってただろ。見たことないくらい綺麗にさ。」
誰が、とも、いつ、とも言わない。それでも、彼には通じるはず。
「ああ。」
思った通り、彼には通じた。
そのことに安堵しながら、考えてみれば、とラグナは1人で低く小さく笑った。
考えてみれば、通じるも何も彼と自分の間で話題になるべき人物は1人しかいないのだから、解らないほうがおかしい。
「それなら、いいんだ。」
ラグナがそう言うと、彼は初めて自分から口を開いた。
「…俺は、あんたに許しを乞うつもりはない。」
凛としたその声と、その言葉を聞いた時、心の底からほっとした自分にラグナは苦笑した。
(…ほっとしてどうするんだよ。普通、怒るんじゃないのか?)
自分自身にそう問い掛けても、やはり自分を包むのは安堵だった。
 自分の息子を殺した男のセリフに。
 安堵している父親なんて、悲しいほどに滑稽で。
 けれど、もし、彼から許しを乞われたときの怒りは。
 きっと、自分の持てるすべての力を使って、彼を追い込み傷つけるだろう。
 彼が許しを乞うということは。
 即ち、自分の息子の時間を止めたことを、後悔しているということ。
 彼が下した判断が。彼が起こした行動が。
 過ちであったと認めること。
 この場に眠る息子の決意を。決断を。
 否定するということ。
 静かに決断して、その結果に満足して逝った息子の人生を。
 何の意味もなかったことにするということ。
「……。」
けれど、息子を殺された父親が、許しを乞わないという犯人に対して「それでいい」と言うのも何かおかしな気がして。結局、何も言葉が浮かばずに、ラグナは沈黙を守った。
 しばらくの静寂の後。
彼は何も言わずに踵を返し、部屋を出ていこうとする。
それを音と気配で感じながら、ラグナはポツリと言った。
「…ありがとう。」
ドアの手前で彼は、振りかえることなく立ち止まった。
「スコールを。…息子のこと、理解してくれて。望みを叶えてやってくれて、ありがとう。」
何も言わずに彼は出ていった。
「スコール…。彼は、もうすぐおまえのとこへ行くよ。」
眠るスコールにそっと話し掛ける。
 それは、予感ではなく、確信。
だからこそ、彼は棺の中で眠るスコールを見ようともしなかった。
まるで、抜け殻になど用はないのだと言うように。
「抜け殻に用があるのは、俺たちか…。」
ラグナは立ちあがった。彼が出ていったのを合図にして、係の人間が棺を移動させに来るだろう。儀式を始めるために。
 抜け殻を必要とする儀式。
 儀式を必要とする残された人々。
滑稽だとは思っても、それが下らないとは思わない。
今日の儀式に参加する者たちの大部分にとって、それは単なる形式に過ぎないけれど。
ラグナ自身を含めて、スコールの死に耐え難い喪失感を抱いている者たちにとって、これはやはり重要な儀式なのだ。
意識を喪失感に侵されて、自身の日常に向き合うことを忘れている自分たちを、日常へと戻すための儀式。
儀式というのは、それを行う者に次の行動のきっかけを与えるものなのだと、知った。
 自分は生きている。やらなければいけない仕事もある。
わかっていながらそれでも、ぼんやりと立ち止まっている自分を日常へ還すために。
ラグナは部屋の外へと歩き出した。




もう1度だけ、冷たい息子の頬に触れて。


to Dawn Valley 10. -World.2.-


Dawn Valley 8 -Especially persons to him 1.-




 棺は、白い花に囲まれていた。
白い花に囲まれて眠る彼の姿は、とても静かで。
音を立ててはいけないような気がして、ラグナはそっと細心の注意を払って身を屈めた。
 そっと触れる、この世でたった1人、自分と同じ血を持っていた少年の頬。
遠い記憶の向こうにありながら、まだ鮮明に思い出せる女性の面影を持つ彼の頬。
「……冷たい、な。」
当たり前のことだと頭ではわかっているつもりでも、実際触れて見ると、何故冷たいのか一瞬わからなくなる。
 今、自分の前に横たわるのは、ただの抜け殻なのだ。もう、同じ世界に生きてはいない。
「……。」
1つ、大きく息をつくと、ラグナはスコールの頬に触れていた手を戻し、棺のすぐ傍に座りこんだ。
 もう、ずっとこうしている。
報せを聞いて駆けつけてから、まる3日以上。自分に何ができるわけでもないことは十分わかっていたけれど、それでも、傍にいたかった。
 シューッ、と僅かな空気音を立てて背後のドアが開く。コツコツと、小さな足音。
「…もうすぐ、始めます、って…。」
「……そっか。ありがと。」
スコールの死を過去の出来事にする為の、残された者が自分自身の生活に戻る為の儀式の始まりを伝えに来た少女に、ラグナは僅かに頷いた。
「私も、スコールにお別れの挨拶してもいいですか?」
「ああ、もちろん。…リノア。」
スコールにとって大切な存在であった、そして、ラグナ自身にとっても懐かしい思い出を甦らせてくれる面影を持った彼女に場所を空ける。
 バラム・ガーデンに来てから、ずっとスコールの棺の傍から離れなかったラグナはリノアとも大して顔を合わせていない。
しかし、少なくとも顔を合わせた数回の間に、リノアが殊更悲しそうな表情を見せたことはなかった。周囲の人々が悲嘆に暮れている中で、一種異常とも言えるほど、リノアは淡々としていた。その様子に眉を顰める者がいた程だ。
 ラグナはリノアのその態度に特に気分を害したりはしなかった。淡々としたリノアの様子は意外ではあったが、淡々としているからといって、必ずしもそれが死者を悼む気持ちがないこととイコールではないことを、ラグナはわかっていた。
「…スコール、満足そう、…ですよね。」
独り言のようにぽつっと吐き出されたリノアのセリフは数瞬の間をおいてラグナの意識に届いた。
「そうだな…。」
 きっと、彼は満足しているのだ。…自分の終わり方に。
「スコールが、満足してるんなら、それでいいんです。」
静かに眠るスコールの顔から視線を逸らさずに、リノアが言う。
「スコールが死んで、たくさんの人が悲しいって言うけど、ホントにスコールがいなくなったことを悲しんでる人なんて、数えられるくらいしかいない。みんな、スコールが死んだことが悲しいんじゃなくて、伝説のSeeDがいなくなったことを怖がってるだけ。何かあったときに、自分たちとは関係ないところで戦ってくれる便利な英雄を惜しんでるだけ。…スコールは、世界の為に生きてたわけじゃない。」
相変わらずラグナの方に視線を移すことなく、リノアは続けた。
恐らく、ラグナが聞いていてもいなくても構わないのだろう。
「スコールは、世界の為に戦おうとしたわけでも、生きようとしたわけでもない。なのに、知らない間に、スコールはいっぱい荷物持たされてて。でも、スコールはそれを全部放り出せた。放りだして、自分で、自分の終わり方を決めた。だから、すごく、満足そう。私も、それが嬉しい…。スコールが、自分自身のためにすべてを捨てて、それで満足してるなら、それでいい。この先世界がどうなったって、もう、どうでも。」
 スコールは、自分が一番欲しいと思ったものを最後に掴み取った。それが、リノアにとっての救いだった。他人の為に動いて死ぬなんて、そんな不幸な死に方、リノアには許せない。自分の大切な相手には、本人の納得のいく死に方をして欲しい。
「…そうだな。」
ラグナは一言だけ、相槌をうった。
 リノアは一度、覗き込むように身を乗り出し、冷たいスコールの頬に触れると、勢いよく振り返ってラグナに微笑みかけた。
「…じゃあ、私、先に行ってます。もうすぐ、係の人が棺を移動させに来ますから、ラグナさんも早く来て下さいね。」
「わかった。」
そう言うラグナに1つ頷くと、リノアは入ってきた時と同じように、小さな足音をたてて、出ていった。
 残ったラグナは、先程と同じように棺の傍に座りこむ。
ふ、と今リノアが出ていった方向に目を遣る。
 最後にリノアがスコールの顔を覗きこんだとき。
影になってリノアの表情は見えなかったが、ラグナは見たのだった。



 リノアの頬からスコールの頬へと落ちた滴が光を反射する瞬間を。


to Dawn Valley 9 -Especially persons to him 2.-


Dawn Valley 7 -His friends 3.-




~Fujin.~

 …いつからだっけ。
あたしたちと、あんたがつるむようになったのって。
あたしと雷神は、ガーデンに入った頃からずっと一緒で。
あんたと会ったのは、たぶん、13、4歳の頃だったと思うけど、もう思い出せないんだ。
ヘンだね。
あたしは、GFが嫌いでジャンクションなんてしてなかったから、記憶をなくしてしまうなんてこと、あるはずないのにね。
あんたと一緒にいることがあんまり自然で、いつからかなんて、どうでもいいことだったから、忘れちゃったのかもね。
 時々、不思議に思うんだ。
あんたと、あたしと雷神と。どんなとこが、うまく合ったんだろうね。
タイプがバラバラなのは一目瞭然だし、でも、3人が3人とも、他人に合わせようとするような殊勝な性格は持ち合わせちゃいない。
 でも、ウマは合った。
あんたの命令は、何故だか素直に聞けた。
あんたのやる事にはたいてい共感できたし、だからあんたに命令される内容も、あたしにとっては当然のことだった。
 まわりのヤツらはみんな、あたしたちをあんたの手下だと思ってたけど、そうじゃない。
 あたしたちはあんたの仲間だった。
それをあたしたちもわかってたし、あんたもわかってた。
だから、あたしたちが、ただ1度だけあんたに逆らった後だって、あたしたちは当たり前のように3人でいることができた。
他のヤツらにはわかりっこなかったけどね。
 …いや、ひとりだけ、それをわかってるヤツがいた。
あたしたちよりも、あんたに近かったヤツ。
悔しいけど、あたしたちには踏み込むことを許されなかった領域に、ただ1人存在することを許されたヤツ。
 それが、スコール。
 ねえ、あんたはスコールのこと、手に入れた?
あんたが欲しくて仕方なかったものを、いつだって涼しい顔して手に入れてたスコールを、あんたは手に入れることができた?
 あんたはいつだってスコールのものだったのに、あんたはスコールを完全に自分のものにすることができなくてもがいてた。
 スコールが完全に自分のものにならないのは、スコールの所為でも、あんた自身の所為でもないってわかってたからこそ、あんたは必死にもがいてた。
 もがいてもがいて…。それで、出てきた結論が、これ。
いいよ、別に。
 あんたがいなくなったからって、どうすればいいかわからなくなるような、あたしたちじゃない。
 あんたがいなくたって、あたしたちは変わらない。変わりたくない。
 あんたのことを止めはしない。
だから、最後に命令して欲しい。
あんたの命令は絶対だから。

「おまえたちは、変わるな」って、命令して。


~Raijin.~

 サイファー。
聞こえてるかぁ?
あの世ってのが、ほんとにあるんだったら、聞こえてるかもだもんよ。
でもあの世がなければ、聞こえてないもんよ。
…まあ、それを確かめる方法は、俺にはないもんよ…。
 俺たち、サイファーの仲間だもんよ。
だから、ちょっと寂しいもんよ。
俺たち、サイファーの手下だったら、「置いてかないでくれ」って頼めるもんよ。
でも、俺たち、サイファーの仲間だから…。
サイファーの決めたこと、見守らなきゃだもんよ…。
 サイファーの決めたこと、間違ってたら俺たちはそう言うもんよ。
それが、仲間だと思うもんよ。
けど、サイファーが最後に決めたことは、俺たちが「間違ってる」とか言えるようなもんではないもんよ…。
 だから、見守るもんよ。
俺たちは、サイファーの仲間だから、サイファーの決めたことを見守るもんよ。
サイファーがいなくなったあと、サイファーがきっと気にしただろうことを見守ってくつもりだもんよ。
 安心していいもんよ、サイファー。

俺たちは、サイファーの、頼れる仲間だもんよ。


to Dawn Valley 8 -Especially persons to him 1.-


Dawn Valley 6. -Renoa 2.-




 ・・バカだな。
そう言ったら、怒る?
責めてるんじゃ、ないんだよ。
だって、責められるべきなのは、きっと、私たちの方だもん。
私たちが、きみたちを、追い詰めた。
 海が、いつのまにか満ち潮になるみたいに。
いのまにか、岸へと帰る道を閉ざされて、立つ場所さえどんどん波に奪われて。
空を翔ける翼なんて持ってないから。だから。
 沈んでいくしか道はなくなってたんだね。
暗くて遠い世界へ行くしか方法はなくなってた。
 サイファー。
あなたは不器用で、優しくて、いつだってやることは極端だったけど、いつだって一生懸命だったね。
 おかしいくらい、悪ぶって。でもすっごく純粋な人だと思ったんだ、初めて会ったとき。
わざと乱暴なことしたりするけど、でも、優しくて、大好きだったんだよ。
 出会った始めは淡い恋愛感情だったけど…。
お兄ちゃんみたい…。そう。お兄ちゃんみたいに思ってた。きっと、サイファーも私のこと手のかかる妹みたいに思ってたんだろうね。
だから、あの時、ティンバーまで助けにきてくれた。
 すっごく嬉しかったんだあ、私。
だってね、あの時、そのちょっと前にスコールから手痛い批判を頂いちゃってね。
ほら、サイファーだってよぉく知ってるでしょ?スコールの容赦のない言い方。
あれでガツンと言われちゃってさ…。実はすっごく落ちこんでたんだ。
 でも、あそこにサイファーが来てくれて…。私のこと、心配して来てくれて…。
ああ、私のこと本気に心配してくれる人がいるんだなって…、そう思ったの。
それがすっごく嬉しくてね。
 すべてが終わって、あなたがガーデンに戻った後も、あなたはやっぱりあなたのままだったね。
「おまえは危なっかしいから、オレが今度こそ“魔女の騎士”になってやるよ」なんて言ってくれたりして。
ホントは、私の“魔女の騎士”はスコールのはずだったのに、自分がスコールを取っちゃったから。
 だから、そんなことを冗談めかして言ってくれたね。
 でも、知ってるんだ。
あの言葉が本気だったこと。
あなたの言葉は、いつも本気だった。
冗談のように言っても、それが冗談であったことなんてなかった。
 もし、魔女であるせいで、私が攻撃の対象になることがあったら。
きっと、あなたは本気で守ってくれるつもりだったね。
 サイファーのその気持ち、すっごく嬉しかった。
 あのね、スコールは、私に、この世界で生きていってもいいんだって、言ってくれたの。
誰がどんなに咎めたって、この世界に留まっていいんだって言ってくれたの。
 あなたは、誰が私を責めたって、守るって言ってくれた。
ほんとにほんとに、嬉しかったの。
きっと、一生、私を支えてくれる言葉たちなの。
 だから、もういいよ。
もう、私の“魔女の騎士”をしなくていいよ。
 私をこの世界に戻してくれた、大切な人が、あなたを待ってるから。
あなたのすべてをわかってくれる人が…。スコールが、あなたを、待ってるから。
 行ってあげて。ね?
スコール、独りぼっちになるの、すごく怖がるから。きっと、今、ちょっと不安になってると思うんだ。
 私は、あなたを忘れないから。
姿が見えなくなっても、あなたの言葉を大切にして生きていくから。
 だから、サイファーの、一番大切な人のところへ、ね?

さよなら。私の“魔女の騎士”


to Dawn Valley 7 -His friends 3.-


Dawn Valley 5. -World 1.-




 バラムガーデンから全世界に向けてその訃報が発せられた時、それを瞬時に理解できた者は皆無だったと言っていいだろう。
みな一様に、耳を、目を疑い、次いで信じられないと首を振り「タチの悪い冗談だ」と眉をひそめた。
 訃報は至って簡潔だった。
「当ガーデンに在籍中のSeeD、スコール・レオンハートが逝去致しました。」
たったそれだけの文章。
その簡潔さ故に、最初その訃報は静かすぎる程の冷静さを以って受け入れられた。
だが、その訃報を知った人々の中で「スコール・レオンハート」という名と「伝説のSeeD」という称号が一致した瞬間、その冷静さは疑いを経て驚愕と悲嘆へと変わったのである。
 バラムガーデンが誇る、伝説のSeeD。
 未来の魔女の野望から世界を救った英雄。
この世界で彼に敵う者などいないと、そう思われていた。彼が死ぬ要因があるとしたら病気や不慮の事故なのだと誰もが思っていた。だからこそ、翌日報じられた事件の内容に人々は更に驚いた。
 バラムガーデン内で起きた殺人事件。被害者はスコール・レオンハート。
加害者はクラスメート、サイファー・アルマシー。
 一種の治外法権が見とめられているガーデン内の事件には警察の介入もなく、バラムガーデン自体が沈黙を守り通した為、人々が知ることができたのは、被害者と加害者の名前だけだった。
 何故?2人の間に何があったのか?
様々な憶測と噂が飛び交い、マスメディアはこの事件を大きく扱った。
 訃報が発せられた翌日には各国の政府から「伝説のSeeD」の死を悼む声明文が発表される。

『悪意に満ちた強大な力を持った魔女の手から、我々と我々の世界を救ったスコール・レオンハートという英雄の死に、我々は心からの哀悼の意を表する。彼の死は我々にとって大きな喪失であるが、その喪失感に打ちひしがれることなく、我々は彼の功績を無駄にすることのないよう、平和な世界を築いていくことを、ここに誓う。』

各国とも似た様な内容の声明文を発表する中、一国だけ、全く異なる声明文を発表した国があった。東の科学大国・エスタである。

『スコール・レオンハートという、まだ20歳にも満たない少年の死に私は深い悲しみを禁じえない。今はただ、彼ができるだけ安らかな眠りに就いていることを心から願う。   
エスタ大統領 ラグナ・レウァール』

 エスタ大統領はこの声明文を発表するとすぐ、バラムガーデンに赴き、英雄の遺体の傍から離れようとしなかった。
 他国とは異質な、個人的感情に満ちた声明文と、一国の代表者としては度を越した大統領の行動に、人々は始め疑問の声を投げ掛けたが、エスタの政府広報機関からエスタ大統領ラグナ・レウァールと「伝説のSeeD」スコール・レオンハートが実の親子であったことが発表されると、マスコミは恰好の話題に飛びつき、人々の関心もまた、殺人事件からエスタ大統領の過去へと移っていったのである。
 そして、英雄の葬儀当日。事件は新たな展開を迎える。


to Dawn Valley 6. -Renoa 2.-


Dawn Valley 4. -His freinds 2.-




~Selphie.~

 なんで?なんでなん?
わからへんよ、あたしには。
もっと、他に方法なかったん?
だって、この世界には、まだまだ楽しいこと、ぎょうさんあるんやで?
うちらが知らへんこと、いっぱいいっぱい、あったんよ?
 なのに。
それ、全部捨ててしもたのは、なぜ?
全部。ほんまに、全部、捨ててしもたね。
あたしには、でけへんな、そんなこと。
 …ほんまはね。
ほんまは、あたしだって、わかってん。
「その他全部」と引き換えに、たった1つの「何か」を手に入れたってことぐらい。
あたしにだって、わかってるんよ。
せやけど、納得でけへん。
たった1つの「何か」のために「その他全部」を諦めてしまうなんて、絶対、納得いかへんよ。
ひとは、「何か」を含めた「全部」を手に入れるために、努力するんやで。
努力、せなあかんねんて…。
 ……知ってる。
はんちょにとって、その「何か」が、「その他全部」に勝るものだったって、知ってるん…。
 こんなあたし見たら、「いつものセルフィらしくないな」って笑う?
せやけど、悲しいんやもん…。
なんで、こんな早く結論出したん?
もっと、いっぱい考えて、努力して、楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも、たくさんたくさん経験して、幸せ感じたり、傷ついたりしたあとでも、よかったんちゃうの?
……何を訊いても、もう、遅いんやね。

 悲しくて、淋しくて、まだ、許せないとこもあるけど、今、あたしにできるのは、ちゃんと、「セルフィらしい」って言ってもらえるよな、笑顔で送ってあげることだけなんだって、知ってる。


 だから、はんちょ、セルフィのとびっきりの笑顔、憶えといたって。



~Irvine.~

 とうとう、こんなことになっちゃったかあ。
正直な感想だよ。
きみたちはいっつも不安定で、危なっかしくて。
互いに望んでるのは同じことなのに。
同じだって、お互いわかってるのに。
なのに、すごく不器用で。
もっともっと、素直になればよかったのに。
もっともっと素直になって、愛し合って、傷つけあって、癒しあえばよかったんだよ。
 愛情って、ワガママなんだよ?
相手を傷つけないなんてこと、絶対に無理なんだ。
傷つけて、癒す。その繰り返しなんだよ。
 なのに。
きみたちは、それをわかっていながら、怖がった。
愛情でつけた傷は愛情で癒せることを、愛情でしか癒せないことを知りながら、それでも互いに傷つけることを怖がった。
 ……そして、愛情に追い詰められた。
追い詰められて、どうしようもなくなって、選んだ結果が、これなんだ。
 もう、これしか、方法がなかったんでしょ?
きみたちは、あまりにも互いが大切で、自分の愛情に耐えられなくなった。
ぶつけ合うはずの愛情を、ぶつけることができずに、耐え続けて、耐え切れなくなって、初めてぶつけあったら、こうなったんだね。
 …ほんと、不器用すぎて、おかしくなるくらい。
でも、そんなだからこそ、きみは、僕達にとって、とても大切な、愛すべき存在だったんだ。

 ……あれ?ヘンだな。なんか、視界がぼやけるや。
やだなあ、カッコ悪いよね。こんな姿見たら、きみはまた呆れちゃうね。
「しっかりしろ!アーヴァイン・キニアス!」
耳の奥で、きみの声が聞こえるよ。大丈夫、僕は大丈夫。
最後の餞は、僕らしく、ね。

一発、空に吸いこまれていく銃弾が、きみへの餞だよ。


to Dawn Valley 5. -World 1.-


Dawn Valley 3. -His freinds 1.-




~Zell.~

 ったく、大馬鹿野郎だよっ!おまえはっっ!!
なんで、そうなっちまうんだよ。
もっと、ほかに、なかったのかよ!?
 どうせ、たいして考えてなかったんだろ。
おまえ、考えてるようで考えてなかったもんな。
どうでもいいことばっかり気にして、1番肝心なことになると思考能力低下するようなヤツだったよ。
悲観的な思考が得意でよ。
…ほんと、どうしようもねえヤツだよ。
いっかい、針が振り切れちまうと、もう他のことなんか考えらんなくなるんだもんな。
残されたヤツが、どんな気持ちになるかなんて考え、頭ん中掠めもしなかったんだろ?
 …それとも、もう、考えたくなかったのか?
他のことなんか考えたくなくて、気にしてたくなくて、選んだ結果だったのか?
 俺たち、おまえの、重荷だったのか…?
なんか、すげー、悲しいな。
 俺たち、けっこう、いい仲間だったよな?そうだよな?
そう、信じてていいんだよな?
 …頼むよ。なんか、言ってくれよ。
なあ、痛くなかったのか?苦しくなかったのか?
後悔とか、未練とか、なかったのか?
゛死゛って、そんなに、静かに迎えられるものなのか?
なあ、教えてくれよ。
…心配なんだよ。不安なんだよ。
おまえが。
納得して逝けたのかどうかが。

 …俺は、おまえの、仲間、だから。

~Quistis.~

 …しょうがないわね。
ほんとに、手のかかる生徒なんだから。
でも、特別な恩情措置で、何も、訊かないでいてあげる。
言いたくないでしょ?知られたくないでしょ?
私は、部外者だから。
すべては、あなたたちだけが知っていればいいことなんでしょう?
 無口で、自分のことを他人に伝えるのが苦手なあなただったから。
きっと、訊いても、うまく説明することなんて出来ないでしょうしね。
…よく、わかってるでしょ?
伊達に、研究家を自負してるわけじゃないのよ?
だから、ほんとは、だいたいの察しはついてるの。
確認する術もないし、確認する気もないけど。
 ああ、でも。
これだけは、確信してる。
 これは、決して、あなたたちが憎みあって、蔑みあった結果じゃないってこと。
 これは、あなたたちなりの、納得済みの、結論なんだってこと。
 間違ってないでしょ?
もし、それが間違いだったとしたら、とても、哀しいから。
そんなの、誰にとっても、納得できないじゃない。哀しいじゃない。
 だから、祈ってる。
 もしも。
もしも、命が終わってもなお、感じたり、考えたり、想ったりすることができるのなら。

 どうか、あなたが。
自分で選んだ結末を、たとえ一瞬でも、後悔することなどないように―――――――――。



to Dawn Valley 4. -His freinds 2.-


Dawn Valley 2. -Renoa 1.-




 わたしね。
知ってたよ。
 キミたちのこと。
だって、切なかったもん、見てるだけで。
 視線が絡むと、いっつも、ふ、と光がきつくなるの。
まるで、ぴん、と張り詰めた糸みたいに。
2人とも。
 ヘンだよね。おかしいよね。
視線が柔らかくなるのが普通だよね。
なのに。
キミたちは、いっつも、視線がきつくなってた。
きつくて、でも、脆くて、儚くて。
 だから、いつか、きっと。
こんなことになるんじゃないかな、って。
そんな風に、思ってた。
2人とも、不器用なんだもん。
コントロール、とか、バランスを保つ、とか。
そんなことできるような人じゃなかったね。
 
…ホント、不器用なんだからなあ、もう。

 ねえ、スコール。
あなたは、わたしを、愛してくれたね。
サイファーのことを想うのとは別のところで、あなたは、確かにわたしを愛してくれてたね。
 最初は、手のかかる、遊び半分なクライアント、ぐらいにしか思ってなかったんでしょ?
そうだよね、あなたと比べたら、わたしはほんとに子供じみてたよね。
初めて会ったとき、一緒に踊ったね。
ダンスは、わたしのほうがうまかったのかな。
 ……あのね。
あのね、スコール。
 わかってたよ、わたし。
あなたが、わたしに、僅かな罪悪感を感じてたこと。
バカだなあ。すごい、マジメなトコがあったもんね、スコール。
 いいのに。
わたしは、知ってて、わかってて。
 それでも。
それでも、あなたのことが好きだったんだよ?
サイファーのことを想わずにいられないあなたのことが、好きだったの。
 気になんてしなくて、よかったのに。
 あの、宇宙で。
あなたは、命の危険を顧みずに、わたしを、助けてくれた。
封印されようとしていたわたしに、そんな必要はないって、言ってくれた。
この世界に留まることを、許してくれた。
 それだけで、よかったの。
それだけで、わたしは、生きていけるの。
 あなたが、わたしを愛してくれた。
それだけで、生きていけるんだよ。
 だから、もう、余計なことは考えなくていいよ。
少なくとも、わたしのことは、気にしないでいいよ。
 大丈夫だから。

 ねえ?スコール…。



to Dawn Valley 3. -His freinds 1.-


Dawn Valley 1. -Laguna 1.-




 おまえは、幸せだったんだな…?
だって、ほら、ここで眠るおまえの顔は、こんなにも安らかで美しい。
 俺は。俺たちは。
おまえを失ったことを悲しんでも、時間をとめられてしまったおまえ自身を悲しみ、哀れむ必要はないんだな?
 そう、なんだな…?
俺は、おまえを失ってしまった俺自身を悲しむだけでいいんだな…。
 おまえは。幸せなんだな、スコール…。


 俺たちは、そんなに多くの時間を過ごしたわけじゃなかった。
本当は、出会えたのだって、奇跡的だった。
まあ、それも、ある意味では必要に迫られてのことだったし、そんな状況だったから、満足に話せるようになったのは、出会いからしばらく経ってからだった。

「スコールはね、ラグナおじちゃんと、レインの、子供なんだよ。」

 エルオーネが、嬉しそうに言ったセリフ。
初めてスコールの姿を見たとき、ほんとは飛びついて、頭くしゃくしゃに撫でてやりたかったさ。
 レインによく似てた。
俺はおまえの父親なんだ、って。レインが、おまえの母親なんだ、って。
何よりもまず、そう言いたかった。
でも、そんなこと言っていられる状況でもなかったし、何より、俺は実の息子を17年も放っておいた男だから。
父親なんて、そんな図々しいこと言っていい立場じゃなくて。
 でも、レインのことは知っていて欲しくて。
 俺が、レインのことを本気で好きだったことを知っていて欲しくて。

 俺は、おまえのことを、知らなかったけれど。
でも、レインを。おまえの母親を。
本気で愛してた。
 結果的に、俺はレインを一人で逝かせてしまったけれど。
本気で、守ろうと思っていた。
 おまえに、決して幸せとは呼べない道を歩かせてしまったけれど。
でも、俺は、おまえを愛してるんだ。
 おまえにとって、俺は最低な男で、父親だなんて思えないだろうけど。
俺は、おまえの父親として。この世でたった1人、血を分けた息子を。
本気で愛し、守ろうと思った人の血を受け継いだおまえを。
 愛しいと、思ってるんだ。

そう、伝えたくて。

 戦いが終わって、ようやく時間を作って、スコールに伝えにいった。
緊張で足攣りっぱなしで死にそうな思いだったけどな。
話そうと思ってたこととは全然関係ないことばっかりペラペラとしゃべっちまって、スコールに冷たい視線送られたっけ。
 結局、言えたのは、レインがおまえの母親なんだってのと、俺はレインを本気で愛してたってことだけだった。
つまり、それは、俺がスコールの父親だってことなんだが、どうしても、父親なんだ、とは言えなかった。
 スコールは、一言だけ、「わかってる。」そう、言ってくれた。
レインによく似た顔で。レインによく似た言い方で。
まるで、レインが許してくれたみたいで。
 1人で逝かせてしまったことを。
 辛い、寂しい思いをさせたことを。
 ガラにもなく目頭が熱くなって、息子の前でそんなみっともない姿見せらんないから、余計に饒舌になって、更にスコールに呆れられたな。
 おまえ、俺をなんだと思ってたんだ?スコール。
父親、じゃないだろう?
別に友人だったわけでもない。仲間だったわけでもない。
クライアント?そうだったのかもな。
 でも、クライアント、の一言じゃ済ませない程度には、俺に親近感を持ってくれてたよな。
それは俺の思いあがりか?
 なあ、スコール。
俺、おまえに訊きたいことが山ほどあるんだぞ?
 もっと、時間をかけて。
おまえと話して、少しずつ、訊きたかったことがあるんだ。
話したいことが、まだまだあるんだ。
 いつか、俺はおまえの父親なんだ、って言いたかったんだ。
 いつか…、おまえに、「父さん」って呼んで欲しかったんだ。
おまえ、無口で何も言わなかったけど、察しはいいから知ってたんだろ?
 俺が、そう望んでたことを、さ。
知ってて、少しずつ、時間を作ってくれてたんだよな。
 おまえは無口で。俺は饒舌で。
全然似てない親子だけど。
思ってることを半分も伝えられないトコは、似てたのかもな。
 なあ、スコール。
今なら、言える気がするんだよ。
 俺が、おまえの、父親なんだ、って。
やっぱり足は攣っちまいそうだけど、それでも。今なら。
 聞いてくれるか?

 なあ?スコール…。



to Dawn Vaaley 2.-Renoa 1.-


Something




 サヴィルロウの外れにあるギーブズアンドホークスは二〇〇年以上の歴史を誇るテイラーである。十九世紀半ばから数多くのテイラーが集まる通りとして有名なサヴィルロウの中でも老舗中の老舗と言っていいだろう。スーツだけでなく、シャツ、ネクタイ、傘など紳士用品ならばなんでも揃う。
 その日、オスカーは気に入ったシャツを二枚ほど包んでもらってその老舗テイラーを出た。まだ外は明るい。左腕に填めた銀のデザイナーズウォッチを見ると午後六時を示していた。緯度の高いロンドンはこの時期九時過ぎまで明るいが、ディナーに早過ぎるという時間でもない。ここからソーホーのアパルトメントまでオスカーの足だと二十分強といったところ。帰って夕飯を作れば丁度いい時間になるな、と計算してオスカーは足を右に向けた。
 卵を早く使っちまった方がいいなぁ。…卵尽くしでいくか。
冷蔵庫の中身を思い出しながら、どう考えても二十代前半の青年の思考とは思えない生活感たっぷりの独り言を心の内でぶつぶつと繰り返していると、ふと数メートル先の光景に足が止まった。
 一人の観光客らしき初老の男性がサヴィルロウ三番地に位置するビルの前でただじっとビルの屋上を見上げて立っている。その顔に浮かぶのは、静かな興奮。まるで彼の眼にだけ何か映っているかのように。否、確かに彼は何かを見ているのだ。
それはこの場所で比較的よく見られる光景だった。
 その観光客が何者で、何の為にそこを訪れ、そしてその眼に何を映しているのか。それを知っているオスカーは、しばらくして彼が次に起こすだろう行動が予測できていた。
果たして、予測どおりに彼はバッグからカメラを取り出し、そしてキョロキョロと辺りを見回す。だから、オスカーは止めていた足の動きを再開すると、自分から彼に近づきこう言ったのだった。
「May I help you?」

 …腹減ったな。
夜になるに連れて活気づくソーホーの街並みを見下ろすバルコニーで紫煙を燻らせながら、アリオスはそんなことを思った。遅めの朝食兼昼食を摂ったのが確か正午前だったから、そろそろ空の胃袋が盛大に自己主張し始めても仕方のない頃合である。
何か適当に腹の足しになるようなものはないかと考え、すぐに止めた。何の調理も必要とせずに食べられるものなど、この家のキッチンにあるはずがない。料理に執念を燃やす同居人のおかげで普段から平均レベル以上の食事が出てくる反面、その同居人がいないとまったく機能しないのがこの家のキッチンなのだった。
 そのキッチンの支配者たるオスカーは、昼過ぎに買いたいものがあると言って出掛けて行った。夕飯について特に言及していなかったから、そろそろ帰ってくる頃だろう。
律儀なことに、オスカーは自分一人が夜遅くまで出掛ける際は必ずアリオスの食事について言及していく。言及…というか、何か作り置いていく。何も言わなければ必ず帰ってきて料理し、二人で食事を摂るのだ。子供ではあるまいし、一人で食べるのが寂しいと言うわけでもない。別に何も言わずに遅くまで帰ってこなかった所でアリオスは適当にどこかパブに行って済ませればいいだけの話なのだが。
 面倒見がいいというよりは過保護という言葉がしっくりくる相棒に対する、完全に呆れ雑じりの揶揄も、「お前、一人だと酒しか飲まないじゃないか」という言葉で一刀両断されてしまった。全く以てその通りなので反論の仕様がなかったアリオスは、以来素直に従っている。相変わらず「ソーホーの何でも屋」の力関係は家事能力によって決定づけられているようだった。「胃袋握られてるって哀しいものだね」と二つ隣りの部屋に住む芸術家に可笑しそうに言われたことを思い出すと頭痛がしてくるアリオスである。
 ま、追々帰ってくるだろ。
煙を吐き出しながらそう思い、ふと眼下の通りにアリオスが眼を遣ると。
 …何してんだ?
帰ってくるも何も、キッチンの支配者はアパルトメントの下に立っていた。ただし一人ではなく、アリオスにはてんで見覚えのない初老の男と一緒である。オスカーはそこからソーホースクウェアを突っ切った先を指差し何か言っている。当然五階のバルコニーからでは何を言っているかなど解らないが、男の方が何度も頭を下げているところを見ると、どうやら道案内をしてやっているらしい。
やがて男が先程示された方向へ歩いていくのを見送って、オスカーが視線を感じた、とでも言うように頭上に顔を向けた。お互い視力はいいので五階分の高低差があっても顔の判別は容易につく。
煙草片手に見下ろしているアリオスの表情に空腹感が表れていたのか、眼下で相棒が「悪い」と片手を軽く挙げた。

 部屋へ上がって荷物をソファの上に無造作に置くと、オスカーは寛ぐ事もせずキッチンに向かった。
 なんつーか…。いや、別にいいんだが。
空腹を抱えていたのだから歓迎すべき行動ではあるのだが、これではまるで子供に留守番させていた母親のようで、なんとなく釈然としないものをアリオスが感じていることになど気づくはずもなく、オスカーはてきぱきと調理に取り掛かる。
「悪いな、もう少し早く帰れるはずだったんだが」
 歩くペースを合わせてたんでちょっと時間が掛かっちまった。
片手鍋に水を張り、卵を六つその中に沈めてオスカーはそう説明した。
「オマエが野郎に親切にするなんて珍しいじゃねぇか」
その背中をなんとなく観察しながらアリオスがそう問うと、オスカーは特に否定もせずに肩を竦めて見せる。
「ま、タイミングがよかったってとこだ。旅行の目的が一目で解ったんでな」
「目的?」
「サヴィルロウで突っ立ってたんだよ」
手際よく微塵切りにした玉葱をフライパンで炒める動作を止めることなく、オスカーは一瞬アリオスの方を振り返ってそう言った。
「…ビートルズか」
合点がいった、という態でアリオスが呟く。
 サヴィルロウ三番地。今は持ち主も変わってしまったそのビルは、昔ビートルズの設立した会社、アップル・コープスがあった場所であり、ビートルズが屋上で“ゲットバック”のゲリラ演奏をした場所である。いわば伝説的な場所で、今でも訪れるファンは多い。
「ご名答。それで記念写真を撮って、MPLまでご案内差し上げたわけだ」
上機嫌でゆで卵の殻を向きながらオスカーが顎で先刻道案内した方向を指し示した。
 二人の住むこのアパルトメントのあるソーホースクウェアの、その一番地にはポール・マッカートニーのロンドンの事務所があるのだ。ビートルズのメンバーの中でもポールが一番好きだというその観光客が次はそこを訪ねるつもりだと言うので、どうせ近所だからと案内して来たということらしい。
「マッカートニーが一番好き、ねぇ」
特に何かを思ったわけではなく、ただふとアリオスの口をついた呟きを、耳聡い相棒は聞き逃さなかった。
「なんだ、お前はレノン派か?」
ボールの中で合挽肉と炒めた玉葱、パン粉と溶き卵を混ぜて練りながらオスカーは心底意外そうに訊ねる。
「レノンも何も、ビートルズにそんな大した思い入れなんかねぇよ」
どうでもいい所に引っ掛かるな、と言わんばかりの表情でアリオスがそう返すと、オスカーも「さもありなん」と頷いた。
「だろうな。ちなみに俺はマッカートニーの方が好きだぞ」
 ハロー・グッバイなんて結構好きだ。
ゆで卵を半分に切りながら鼻歌でメロディを辿る。
「訊いてねぇっての」
 元々ビートルズ世代とは程遠い年齢である。音楽史に残るグループだからある程度の曲を知っているに過ぎない。
「ま、確かにアンタはマッカートニーの方が好きそうだな」
フライパンの上で肉が焼ける音に混じって、アリオスがそんな感想を述べた。
 家事の達人であるこの相棒は、家事だけでなく恋愛のエキスパートをも標榜する男で、実際異常にモテる。人目を惹く容姿ながら他人を寄せ付けない雰囲気のアリオスに比べ、全世界の女性の恋人を自認するオスカーは人当たりもいいので当然と言えば当然なのかもしれなかった。
恋愛の駆け引きを心底愉しんでいるらしいこの男は、同じ愛でも哲学的な人類愛を謳うジョン・レノンよりも、恋愛を一種のエンターテイメントとして謳い上げるマッカートニーの方が嗜好に合うことは想像に難くない。
「しみじみ納得してないでフォークの一つも出そうくらいの気遣いはないのか、お前」
両手に皿を持ったオスカーが呆れた顔をしてダイニングテーブルに肘をついて腰掛けているアリオスを見ていた。
「オマエが何作ってるんだか知らねぇのにフォークがいるかなんてわからねぇだろ」
胃袋を握られている割には意外と強気な態度を崩さないのがアリオスという男である。
「…お前、案外屁理屈捏ねる男だな」
「そりゃ誰かの影響だろうな」
表情一つ変えずにアリオスはそう返した。
 ああ言えばこう言う。その見本の様な男と生活を共にしているのだ。多少なりとも影響を受けるのは必至というものだろう。
「…可愛気のないヤツ」
「へぇ、アンタがオレに可愛げを求めてたとは知らなかったぜ」
「誰がそんなもん求めるか」
憮然とした表情で答えたオスカーが皿をテーブルに置き、カトラリーを揃える。そうして、ふと思いついたのか、可愛げの欠片もない相棒に訊いてみた。
「レノン派でもマッカートニー派でもないお前が一番好きな歌は?」
「………」
 その沈黙はオスカーの予測どおりのもので。
別段、本気でアリオスがその問いに答えるとは思っていなかったオスカーは、大して気にした様子もなくテーブルに料理を並べることに意識を切り替える。オーブンからココット皿を取り出し、その出来に満足した時、疾うに完結したと思っていた遣り取りの答えが返って来た。
「…サムシング」
「え?」
 一瞬何のことかわからなかったが、それが先程の問いの答えであるとすぐに思い当たる。
「…ほぉ」
そしてなんでもないことのように相槌を打つと、オスカーはテーブルについた。
 サムシング。
ビートルズのメンバーの中で一番目立たなかったジョージ・ハリスンが作った愛の歌。
愛を哲学にまで高めたレノンと、愛をエンターテイメントに仕立て上げたマッカートニーの歌に彩られたビートルズのナンバーの中で大仰に謳い上げるわけでもなく、ただ「彼女の何気ない仕草で彼女とはもう離れられないと心から思う」と謳う珠玉のバラード。
 そのさり気ない愛の歌を一番好きだという相棒が、何気ない日常をこの男なりに大切に感じているのだろうことを感じ取ってオスカーはくすりと笑みを洩らした。
「よし、食うとするか」
「…なんだ、このメニュー」
「スコッチエッグとほうれん草のココットだ」
 別名・賞味期限が切れる前に卵を使い切ろう大作戦メニューである。
「………」
アリオスの口から隠す気もさらさらないらしい溜息が出た。
「文句があるなら食うな」
「…イタダキマス」
 結局胃袋を握られている方が弱いのもいつものことで。
半ば機械的にフォークを動かすアリオスと、その様子を勝ち誇った顔で見るオスカー。
 さりげない、けれど彼らが愛して止まない日常が、今日も続いている。