「ァ・・・」
背を木に預けたオスカーの口から切なげな声が洩れた。
アリオスが紅く熟れた胸の飾りに軽く歯を立てると、オスカーの躰がビクンと跳ねる。
「・・ンンッ」
「あんまり派手に声あげるなよ・・・。大して離れてないんだからな」
アリオスが突起を口に含んだままそう告げると、それもまたたまらない刺激となってオスカーを襲った。
「ア・・リオス・・ッ」
必死な、それでいて強請るな甘さを帯びた声に促されて、アリオスが蜜を滴らせたオスカーのモノを乱暴に扱いてやると、オスカーは洩れそうになる嬌声を唇を噛み締めて堪える。
深夜の森。
近くには王立派遣軍の仮設の兵営がある。大きな声をあげれば、見張りの衛兵にすぐに気づかれてしまうだろう。
そんな危険を冒してまで抱き合わなくてもいい。
頭ではそうわかっていたが、心は止まらなかった。心に引き摺られるように、躰も互いの体温を欲した。
まさか、こんな場所で出逢うなんて思ってもいなかったから。
その惑星で起こった暴動は、沈静化するのに時間を要した。
王立派遣軍が暴動の沈静の為の活動を展開したが、完全に暴徒と化した民衆は派遣軍にまで危害を加える有様で、これはサクリアの調整でしか事態は解決しないのではないかと思われた。
その切迫した事態が急展開を見せたのは、乱れたサクリアの状態の視察を兼ねて直接派遣軍の指揮を取る為に、オスカーがこの惑星に降り立った前日のことだった。
「・・解決した?」
「はい・・・。ああ、もちろんサクリアの調整による抜本的な解決は必要ですが、暴動自体は沈静化致しました」
駐屯地ではないこの惑星での活動の為に仮設された派遣軍の本営で、オスカーは現地の指揮を取っていた連隊長からそう報告を受けた。
「あれほど梃子摺っていたのに、何か策を練ったのか?」
「いえ、それが・・・」
言い淀む連隊長にオスカーが訝しげな視線を送ると、彼は意を決したように答える。
「お恥ずかしい限りではございますが・・・。実は、たった一人の傭兵の手によって事態は解決されたのです」
「傭兵?」
治安維持の為に活動する王立派遣軍が傭兵を雇うなど聞いたことがない。別に傭兵を雇ったこと自体は咎めることでもないが、たった一人の傭兵の力で片がつく事態に、一個連隊が派遣され、尚且つ成果を上げられなかったというのは問題である。
そう考えているのが伝わったのだろう、連隊長は慌てて言い募った。
「兵士たちはよくやりました。その傭兵というのが、その、何か我々には理解し得ない力を持っているようなのです」
そんな得体の知れない者を傭兵として雇い入れるのはやはり問題なのではないだろうか、とは思うが、宇宙は広く、例えば占いに長けた火龍族のように、そういった特殊能力を持つ人種がいる可能性も十二分にあったので大して気にも留めなかった。
「・・・まあいい。その傭兵というのには、明日俺が直接会おう。なんにせよ、彼が事態の解決に貢献した以上、派遣軍を代表して礼をしなくてはならないからな」
オスカーがそう言うと、連隊長ははっ、と敬礼した。
「なあ、いきなりどうしたんだ?」
あてがわれた兵営の一室で、アリオスは同室の兵士に尋ねた。
先ほどから、兵営全体がやけに活気付いている。暴動が鎮まった今、戦闘準備体勢に入った、というわけでもなさそうだった。
「ああ、総司令官閣下がいらしたんだよ」
「総司令官?」
鸚鵡返しに訊き返すと、兵士は頷いて見せた。
「王立派遣軍の総司令官閣下さ。お姿を拝見できるなんて滅多にないことなんだ」
「総司令官だろ?姿見せなくてそれで務まるのか?」
軍の最高責任者が滅多に姿を見せないなど、組織として健全とは言い難い。
「ああ、あんたは知らないのか。王立派遣軍はこの宇宙を治める女王陛下の軍隊だから、そこらの国家の軍隊とは違うんだ。王立派遣軍総司令官ってのは、炎の守護聖様が就かれる地位なんだよ」
「炎の、守護聖・・・」
「ああ、俺たちが、軍神と崇める方さ。さっき、こちらに到着なさったんだ。だからみんな浮き足だってるんだよ」
「へぇ・・・」
アリオスはとりあえず、納得したように頷いた。
「じゃあアンタもその総司令官閣下の顔見に行くのか」
「そんなことできるわけないじゃないか。守護聖様だぞ?この宇宙を支えてらっしゃる方なんだぞ?俺みたいな軍曹がそんな間近でお顔を拝見するなんて無理だよ。遠くからお姿を拝見するだけさ。それでも、派遣軍全体で大きな式典でもない限りは滅多にない機会なんだ」
「ふーん・・・」
守護聖というものが、一般人にとっていかに遠く神にも近しい存在なのか、アリオスは初めて理解した。なまじ間近で接したことがあるだけに、どうも実感は湧かないのだが。
今こうやって興奮気味に総司令官について語る兵士に、自分はその総司令官閣下を抱いたことがある、などと告げたら一体どうなるのだろうか。本気にされないのは勿論だが、下手すれば不敬罪、なんて言葉を持ち出してこられかねないだろうとアリオスは思った。
「あ、でも、あんたはもしかしたらお声をかけて頂けるかもしれないぞ!なんてったって、あんたは今回の暴動鎮圧の英雄だからな」
いいなあ・・・、と羨望の眼差しを向ける兵士に、アリオスはとりあえず、適当に笑って頷いておいた。
深夜、見張り兵の他は兵営全体が眠りについている時間。
本営の一室で眠りに就いていたオスカーは、急に現れた気配に咄嗟に飛び起きた。
「・・・アリオス」
「よう」
目の前に立っているのは、紛れもなくアリオスだった。突然現れたことに驚きはしない。その魔導の力のおかげで、アリオスはいつだって突然現れるのだから。
だが、こんな所に現れるとはさすがに思っていなかった。
「お前、なんでここに・・・」
「炎の守護聖様が来たって騒がしかったんでな」
部屋の外には衛兵が立っている。自然、二人は声を顰めて話した。
「ヘンだな・・・」
急にオスカーはクスクスと笑い出す。それをアリオスは訝しげに見遣った。
「何が?」
「いや・・・。こんな時にお前と会うなんてヘンな気分だと思ってな」
守護聖としての職務の為に来た惑星で、まるで逢瀬の約束でも交わしていたかのようにアリオスと逢うことになるとは。
そんなに頻繁ではないが、普段、二人が会うのはオスカーが聖地を抜け出した時か、そうでなければアリオスが急にオスカーの寝室に現れた時のどちらかだ。オスカーにとっては私的な場所で逢っているという印象が強い。
だが、ここは守護聖、そして総司令官として訪れた王立派遣軍の兵営であり、部屋の外には衛兵が立っているという公的な場所だ。就寝中だったとはいえ、アリオスに守護聖としての顔を覗かれたような、そんなくすぐったさがあった。
「来いよ。」
そんなオスカーに、アリオスが手を差し出す。
「だが・・・」
オスカーは躊躇った。やはり、ここが公的な空間である以上、いつもと同じというわけにはいかないのだ。
暴動は沈静化したとはいえ、いつ何が起きるかわからない。何か問題が発生すればすぐさまこの部屋へ人が来るはずで、もしそうなった場合に総司令官が部屋を抜け出していて指示を仰げませんでした、では話にならない。
そんなオスカーの腕を、アリオスは無理矢理掴んだ。
「アリオス・・っ!」
「抱きてぇんだよ」
「・・・」
あまりにストレートな言葉にオスカーはアリオスを凝視する。
次の瞬間、部屋から二人の姿は掻き消えた。
噛み締めすぎてうっすら血の滲んだ唇が痛ましくて、アリオスはそっとくちづけた。
舌先で擽るように、噛み締めた唇を綻ばせる。
「く・・ッン・・ッ」
「あんまり噛み締めんなよ。んな紅い唇じゃ、明日ヘンに思われるぜ?」
「無茶、言う・・な・・ッ」
声を出すな、唇を噛み締めるな、では一体どうしろというのだ。
だいたい、声を上げさせている張本人にそんなことを言われる筋合いはない、とオスカーは霞みかける頭で考えた。
そんなことを思う間にも、アリオスの手に煽られて、オスカーの熱は高まるばかりだというのに。
本当は兵営からもっと離れた場所で抱き合えばいいのだが、もしも何か問題が発生した時の為、兵営の動きがわかる場所でなければ絶対に嫌だと、オスカーが頑なに主張したのだった。
「一度イッとけよ」
そんなストレートなセリフとともに、より強く扱かれて、オスカーはアリオスの手の中に精を放った。
「・・・!」
堪え切れなかった嬌声は、アリオスの唇に吸い取られて。
深く唇を合わせながら、アリオスは蜜を纏った指で、オスカーの秘部に触れた。円を描くようになぞり、やがて一本の指を内へと忍ばせる。くちゅ、という濡れた音が性感を煽った。
「は・・っぁ」
目許をうっすら朱に染めたオスカーの貌が、夜目にも美しい。
それを見るアリオスの中にあるのは、明らかな優越感。
すぐ近くには、派遣軍の兵士たちが大勢眠る兵営がある。彼らが軍神と仰ぎ、遠目であっても一目その姿を拝めるというだけで浮き足だっている、その相手が、今自らの腕の中で甘い嬌声をあげている。彼らが崇める守護聖という神にも等しい存在を、こうやって自分の手で乱すことへの優越感だった。
今まで、オスカーと会うときは、彼が守護聖である、ということをあまり意識したことがなかった。そんな神聖な存在だと思うには、彼があまりに人間臭いからだ。尤もこれはオスカーだけに限ったことではないが。
「ンン・・・ッ!」
次第に中を抉る指の本数を増やしていくと、オスカーがかぶりを振った。
昼間、炎の守護聖が来ている、と聞いた時、何故だか無性に抱きたくなった。
オスカーの許へ行って姿を見たら、その衝動は更に強くなった。
守護聖という貌を見せるオスカーを抱いて、自分だけが知っている貌に変えたいと、そう思ったのかもしれない。
自分でも気づかないうちに、随分と執着していたようだ、とアリオスは苦笑し、目の前に曝け出された首筋を強く吸った。
「アリ・・オ、ス・・」
甘い声で切れ切れに呼ばれる。その声に誘われて、アリオスは指を抜くと、自身でオスカーを貫いた。
再び唇を合わせて、あげられた悲鳴にも似た喘ぎを押し込める。
オスカーが少し落ち着いたのを見計らって、激しく突き上げた。
「・・ン・・・ッ!」
「・・っ」
絶え間なく洩れそうになる声を、オスカーは目の前のアリオスの肩に噛み付くことで堪える。一瞬走った痛みにアリオスは眉を顰めたが、オスカーを離そうとはしなかった。
ガクガクと躰を揺さ振るように突き上げられ。
オスカーが一際強くアリオスの肩に噛み痕を残すと、アリオスもまた、オスカーの内部に熱い欲望を迸らせたのだった。
アリオスがつけた鬱血の痕は、ギリギリのところで正装の襟に隠れた。
それでも気になって、時々首筋に触れてしまう。
「何か、お加減が悪いのですか?」
事ある毎に首に触れる総司令官の様子に、脇に控えた連隊長が不安そうに尋ねてきた。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
安心させるように笑って見せて、オスカーは正面に向き直る。
この惑星の不安定なサクリアの状態は既に昨日の段階で把握してあった。
今日はこれから暴動沈静化の立役者だという傭兵に会って報奨金を渡したあと、駐留兵の前で激励の言葉を述べたらすぐに聖地へ戻ることになっている。
アリオスの姿は、オスカーが気づいた時には既に消えていた。
強い快感に意識を失った自分を本営に戻し、躰を清めてくれたらしい。
あの男でもそんな心遣いをするのだな、と思うと妙に可笑しかった。
「閣下」
「ああ、わかった」
謁見の準備が整ったことを告げる連隊長にオスカーは軽く頷くと、司令部の隣りに急遽設けられた謁見室へと足を向けた。
「総司令官閣下がお見えだ」
自分をここまで案内してきた兵士が幾分緊張した声で告げるのに、アリオスはおざなりに頷いて応えた。
兵士たちの敬礼に迎えられ、上座に立った人物は、アリオスを見ると軽く目を見張る。
だが、次の瞬間、総司令官は意味ありげに眸を眇めると、自分の首筋を人差し指で軽くトントン、と叩いて見せた。
こんなところに痕を残すな、と言いたいのだろう。
「今回の暴動沈静化にあたって、我が派遣軍が随分世話になったらしいな。軍を代表して礼を言う」
私的な感情など一切匂わせない言葉とともに、手渡された報奨金。
「・・・別に。行きがかり上、手を貸してやっただけだ」
それを受け取りながらアリオスは、いかにも組織に属さない傭兵らしくそっけなく言葉を返してみせる。
だが、口の端を片方だけ持ち上げるような、そんな皮肉気な笑みを浮かべて相手を見ると、自分の右肩を軽く竦めて見せた。
オマエがつけた噛み痕がまだ少し痛むのだからお互い様だ、と伝わっただろう。
「それほどの腕なら、派遣軍でも相当の地位を用意できるんだがな」
「生憎、オレは組織に組み込まれる気なんかねぇんだ」
「そうか・・・」
白々しい会話を長く続けるのも面倒だ。アリオスはくるりと総司令官に背を向ける。
「貰うモン貰ったらオレは用済みだ。とっとと消えることにするぜ」
「待て」
意外なことに、総司令官はアリオスを引き止めた。訝しげに振り返ると彼はじっとこちらを見つめていた。
「まだ聞いていなかった。お前の名は?」
悪戯でも仕掛けているかのように、楽しげな声だった。
それに、アリオスもニヤリと笑って返す。
「名乗るほどのもんじゃねぇよ、総司令官閣下」
少なくとも、守護聖様、とか、総司令官、とかいう輩に名乗る気はなかった。
その答えに彼も苦笑する。
「俺はオスカー。・・・次に逢ったときにはお前の名も教えてくれ、傭兵」
次に逢うときは、またいつものように人間臭い一個人として逢うだろうから。
「次に逢ったとき、な」
アリオスは軽くそう言うと、謁見室を出て行き。
そうして、不思議な力を持った傭兵は、忽然と兵営から姿を消したのだった。
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midnight lovers
百億の笑顔に隠されたたった1つの涙の雫
普段の飄々とした態度からすると意外な程、カティスはなかなか情熱的な抱き方をする。
荒い息を吐き出しながら隣りに身を横たえる男を見てオスカーはぼんやりと思った。
尤も、普段の態度そのままに淡白に抱かれるのは御免なので、決してカティスの抱き方に不満があるわけではない。男性としての自尊心やらモラルを訴える理性やら、一応の柵となんとか折り合いをつけてこの男に抱かれることを選んだ以上、相手にもそれなりにわかり易い形で自分を求めて欲しい、と思っても罰は当たらないだろう。
にも関わらず情事後の気怠さの中、オスカーがそんなことを思ったのは、やはり単純に普段の態度との落差故、といったところか。
「なんだ…?」
焦点が合っているのかどうかわからない眸でじっと見つめられていることに気づいたカティスが少し掠れた声で問い掛ける。その声にも、常にはない男臭さのようなものが漂っていて無性に可笑しかった。
「いや…。あんたって、ベッドの上だと人格変わるタイプだったんだなあ、ってさ。今更ながらに思ってただけだ。」
普段のカティスはあまりにも飄々としているから。
だから、こんな落差がとてつもなく新鮮に感じるのだろう。
「意外か?」
少し笑って返された科白に、オスカーは軽く頷いてみせた。
「普段のイメージとは全然違うって、自分でも思わないか?」
「じゃあ訊くが、お前さんから見た普段の俺は、一体どういうイメージなのかな?」
冗談めかした口調で投げられた質問に、少し考え込む。隣りから伸ばされた指先が、汗で湿った自分の髪をかきあげる心地よさに僅かに眸を眇めながら。
「笑顔、だな。」
「笑顔?」
暫くして出された答えに、カティスが首を傾げた。鸚鵡返しに訊き返すことで説明を求める。
「ああ。あんた、いっつも笑ってる気がするぜ?」
聖地に来て間もない頃は、薄気味悪く思ったほどだ。カティスはいつも笑顔でいるような気がする。快活な笑いの時もあれば、穏やかな微笑の時もある。困ったような苦笑いの時もあるけれど、笑顔の他を思い浮かべるのは難しい。
「あまり褒め言葉にも聞こえんな。それじゃまるっきり悩みのない脳天気な男みたいじゃないか。」
そう言いながらもやはり笑顔のままのカティスに、オスカーも笑う。
「脳天気というよりも、楽天家、ってイメージだな。でもそうか、あんたでも悩むことはあるんだな。」
本気なわけではないが、あまりイメージが湧かないのも事実だ。
「おいおい、そりゃ随分と酷い言い草だな。」
「あんたが深刻そうな顔しないんだから仕方ないだろ。」
そうだな、と苦笑しながらカティスは鼻の頭を掻いた。
「ガキの頃の話だが。自分がこうやって守護聖になるなんて思いもしなかった頃だ。聖地なんてものも知らない程小さな頃だが、好きな歌があってな。」
少し懐かしむ表情を視界の端に捉えながら、オスカーは何気ない顔で話を聞く。カティスの思い出話を聴くのは初めてだった。
「苦しい事も悲しい事もあるだろう。それでも挫けない。泣くよりも笑おう。そんな歌だった。その歌に、子供だった俺はいたく感じ入って、幼心に思ったわけだ。どんな時も泣くよりも笑おう、ってな。」
尤も、子供の時分に思っていたよりも遥かに人生ってのは厳しいもんだがな、と天井を見つめながらカティスは続ける。
その横顔すら、僅かに口許が笑みを刻んでいて。
オスカーは身を起こし、カティスの躰を跨ぐように正面から顔を見た。
「どうした?」
笑みを残したままの問いかけには答えず、オスカーはカティスの頬にそっと手を当てた。
「泣くよりも、笑おう、って?」
「ああ。その方が前向きだろう?」
剣を握る癖に細い指先が頬を撫でるのに任せ、カティスは穏やかに笑う。
「どんなに、苦しくても?」
「ああ。」
馬乗りになったまま、顔を近づけて問う。カティスは笑顔のままだ。
「悲しくても?」
「ああ。」
吐息が触れるほど、近づく。
オスカーが今まで見てきたカティスの笑顔の中にも、そうやって涙を隠した笑顔があったのだろうか。
そう考えると、ツキン、と胸の奥が痛んだ。
「おいおい、お前さんがそんな切ない顔しなくともいいだろう?」
「うるさい。」
冗談めかして笑う男の唇に、噛み付くように口づける。
そのまま何度も深く唇を合わせ、躰を反転させたカティスが今までとは逆にオスカーの上に馬乗りになった時には既に、折角整った息も再び荒くなっていた。
「お前さんにしちゃ随分荒っぽい誘い方だな?」
「あんたにムード作っても仕方ないだろ。」
それもそうか、とカティスは笑った。
その首に腕を伸ばしながらオスカーは思う。
自分だけには辛い顔も、悲しい顔も見せて欲しい。
そんな言葉を言う気はない。
恋人と呼べる関係にあろうと、この男のポリシーに口を出す気はないからだ。
だから代わりに、オスカーは言った。
「あんたの笑顔、好きだぜ、カティス。」
たとえそれが、涙を隠した笑顔であったとしても。
Searching for...
オスカーは無人と化した街を走り回っていた。
一軒一軒扉を開け、中を確認し、その度に落胆の溜息が口を突く。
そして、落胆の溜息を吐いている自分に気づいて決まり悪そうに笑うのだ。
「何をガッカリしてるんだ、俺は…。いない方がいいじゃないか」
軽く首を振り、また走り出す。
無人と化したはずの、アルカディアを。
エレミアの育成は、間に合わなかった。
誰の所為でもない。アンジェリークは最後まで懸命に努力したし、勿論、それは守護聖や協力者たちにも言えることだった。
ただ、ラ・ガの力は予想以上に強く。
そしてエルダの力は予測以上に衰弱が激しかった。
それだけのことだ。
守護聖が、女王のサクリアを触媒とせずとも自らのサクリアの持つ力を充分に発揮できていればまた、状況も変わっていただろうが、それは考えても仕方のないこと。
消滅が免れないとわかった時点で、直ちにアルカディアの住民たちの移住計画が練られた。女王の力と王立研究院の技術によって一時的に次元回廊を創りだし、それにより全住民を金色の髪の女王の宇宙へと移動させる。言葉にすれば簡単だが、女王の力が次元の狭間の収縮とラ・ガの力の抑制に割かれ、新宇宙の女王であるアンジェリークの力もギリギリまでエレミアの育成に注がれている状態では、予行など出来るわけもなく。それ故に、計画を実行する為に綿密な打ち合わせを繰り返し、最終的に計画はアルカディアの消滅が翌日に迫るという日に実行に移された。
まず、王立研究院の者や協力者たち、守護聖の一部の者が各々先導となり、アルカディアの民を少人数のグループに分けて金色の髪の女王の宇宙へと移動させた後、それを見届けてアンジェリークとレイチェルを新宇宙へと帰す。最後に金髪の女王アンジェリークとロザリア、ジュリアス、クラヴィス、そして護衛の意味も兼ねて残ったオスカーが彼らの宇宙へと戻る。そういう予定だった。
そしてその予定が狂ったのは、最後の瞬間。
いない…。
リュミエールによって先導されたアルカディアの民の最後のグループが次元回廊の光の中に消えた時、オスカーの心に焦りが生まれた。
いないのだ。脱出を果たしたアルカディアの民の中に、いなくてはならないはずの男が。
事前にアルカディアの住民のリストをチェックした時、その中にその男の名前がないことには何の疑問も抱かなかった。転生を果たした男が一切の記憶を失っていることを承知していたからだ。以前の名とは違ってしまっていても不思議はない。
だが、やはりいないのだ。
彼が。アリオスが。
アリオスがアルカディアにいると知ったのは、偶然だった。
土の曜日、何気なく足を向けた約束の地にアリオスがいた。初めは驚愕し、次いでアリオスの記憶が失われていることを知り密かに安堵した。
苦く、切ない、それでいて背徳故の甘さを持った記憶は、自分だけの胸に納めておけばいい。オスカーはそう思っていたから。
あの旅の途中。
アリオスが皇帝だと気づきながら、それでもその手を離せずに関係を持ち続けた。
互いに、二度と触れてはいけないと思いながら、けれど触れずにいられなかった温もり。
その記憶は、転生を果たしたアリオスが持っているべきものではない。そう思った。
以前のように黒い力に操られているわけではないと、すぐにわかったから。あの一件の所為で転生の過程が歪められたことは確かだが、今なら、全くの別人としての新たな生き方ができるはず。
だからこそ、記憶のないアリオスに、オスカーは初めて出逢ったかのような態度を取った。
レヴィアスという本来の名は勿論、アリオスという名も教えなかった。必要以上の会話も避けた。自分の名も、名乗らなかった。
忘れているのなら、忘れたままの方がいい。思い出しても、必ず別れるときが来るのだから。この地を去る前に、最後にちらっと姿を確認できれば、それでいい。
どこか切なく疼く胸の痛みを抱えたまま、オスカーはそう言い聞かせてきたのだ。
この、アルカディア最後の日まで。
だが、移住するはずのアルカディアの民の中にアリオスはいなかった。
ならば、アリオスはまだこの土地にいるということになる。明日、消滅するとわかっているこの土地に。
女王たちと共に次元回廊へと足を踏み入れながら、オスカーは背筋に冷たい汗が流れていくのを自覚した。
しかし、明日消え去るとわかっている土地にわざわざ残る物好きもいないはずだ。きっと、自分が人々の群れの中に見落としたのだろう。
頭を過る嫌な考えを打ち消すようにオスカーは思う。
だが。
だが、もしもアリオスが、この土地の運命を知らずにいたとしたら…?
この土地の人々とあまり交流もなかったようだったし、情報が耳に入り易い、人の多い所へもほとんど行っていないようだった。もし、人の多い所へ出入りしていれば、オスカーの他にも誰かがアリオスを見つけ報告があって然るべきだろう。
それに、やはり次元回廊を通る人々の中にアリオスはいなかった。最後に姿を確認したいと、そう思っていたオスカーが、さり気無く、けれど全神経を集中させてその姿を捜したにも関わらず、見つけられなかったのだ。万が一、オスカーが見逃していたとしても、あの目立つ男が誰の目にも留まらないなどということがあるはずがない。
やはり、アリオスはアルカディアにいる。
そう思った時、オスカーの躰は考えるより先に動いていた。
「オスカー!?」
光の中、閉じようとする次元回廊の扉からひらりと飛び出たオスカーに、ジュリアスが慌てて呼び掛ける。
「申し訳ありません。…でも、俺はまだ行けない」
驚きに目を見開く女王たちに向かって頭を下げる。
「オスカーッ!!」
悲鳴にも似た響きでオスカーを呼ぶ女王の姿が強い光に薄れていく。
閉じかかった次元回廊を急に開くなど、女王の力を以てしても無理な話だった。
突然の出来事に為す術のないまま。
炎の守護聖をアルカディアに残し、次元回廊は光の中に消えた。
「守護聖失格、だな、これじゃ…」
それを見届けてオスカーは自嘲気味に呟く。
自分でも、こんな衝動的な行動を取るだなんて思ってもみなかった。
けれど、仕方がない。抑制しようとする理性を撥ね退けて、心が、躰が、訴えているのだから。
あの男に。アリオスに逢いたい、と。
「後悔するのは趣味じゃないからな」
感情の赴くまま、オスカーはアルカディアの街に向けて走り出した。
強い圧迫感を感じるのは、気のせいではないのだろう。
次元の狭間の収縮を抑えていた女王が去り、収縮のスピードは速まっている。このままいけば、明日を待たずしてアルカディアは消滅するに違いない。
「ったく、何処行ったって言うんだ、あいつは…!」
走り回って乱れた呼吸を整えながら、オスカーは苛々と唇を噛んだ。
街だけでなく、日向の丘や約束の地、エレミアまで捜して回ったにも関わらず、そこに人影を見つけることはできなかった。
「もう、いないのか…?」
もしかしたら、何らかの方法でアリオスはアルカディアを脱出したのかも知れない。
「それならいい…」
どこかで生きていてくれるのなら。
新しい生を全うしてくれるのなら、それでいいと思った。
「お前は、充分苦しんだんだからな…」
記憶を持たないのは、不安だろうとは思うけれど。
それでも、レヴィアスでも、アリオスでもない、全くの別人として新たな道を歩くには丁度いい。
そして。
あの旅の間、二人だけが持っていた秘めやかな記憶は。
自分一人で抱えていく。
「いない相手を捜し回って死ぬ俺は、歴代守護聖一の大馬鹿者だな」
オスカーは殊更軽い口調でそう呟いた。
恐らく、聖地からの助けは間に合わないだろうと思う。
次元の狭間から聖地に向けて次元回廊を開くことはできても、その逆は難しいはずだ。回廊を開く先の座標が不安定で容易には特定できないのだから。
「ここが最後か」
足を止めたオスカーの目の前には、銀の大樹があった。
ざっと辺りを見回してみるが、人影はない。
オスカーはその根元に腰を下ろすと、片膝を抱えるような体勢で俯いた。
「さすがに、ちょっと疲れた…」
呟きながら目を閉じる。うっかりすると眠りの淵に引き摺り込まれそうだ。
それも、いいかもしれない。眠っている間に宇宙の藻屑となるのも。
そんなことを思ううちに、もしかしたら、本当に眠っていたのかもしれない。
気配に聡いはずのオスカーが、近づいてくる気配にも、草を踏みしめる足音にさえ、暫く気づかなかったのだから。
「何してるんだ、アンタ」
その声に、オスカーの全神経は急激に覚醒した。反射的に顔を上げれば、じっとこちらを見下ろす色違いの眸。
捜していた。見つからないことに落胆しながら、反面見つからないことを祈っていたその相手が、アリオスが、そこに立っていた。
「確か…前に一度会ったよな」
その科白で、アリオスの記憶が失われたままであることが窺い知れる。何を言えばいいのか咄嗟に判断がつきかねて、オスカーはただ目の前の男を見つめた。
「一体どうなってんだ、ここは。住民は皆消えちまうし、異常な圧迫感はあるし。…アンタ、何か知って…、っ?」
尋ねようとした言葉が不自然に途切れた。
オスカーが、くっくっと小さく笑い始めたからだ。
「なんだよ、イカレちまったか?」
呆れたような、困ったような声には答えず、オスカーは片手で自らの顔を覆った。
自分は、何をしようとしていたのだろう。
逢いたいと。衝動に突き動かされるまま、守護聖としての責任を棄て、生命の危険すら顧みずに動いて。
けれど、自分にはこの男に掛ける言葉も、してやれることも、何一つないのだ。
アリオス、と名を呼ぶことさえできない。
ただ、消えゆく大陸と運命を共にするだけ。
「これじゃ…態のいい無理心中だ…」
小さく呟いた言葉は、記憶を失くした男の耳にも届いたようだった。
「…おい」
「なんだ?」
苦い笑みを浮かべたままオスカーが見返せば、男は真剣な表情でオスカーを見つめている。
「アンタ…。オレを知ってるな…?」
金と翠の眸が、相手のどんな些細な反応も見逃すまいとしていた。
「前に一度会ったと、さっきお前自身が言ってたじゃないか」
「そうじゃない」
さり気無く視線を外しながら返された、はぐらかすようなオスカーの答えに、男の眸が僅かに眇められる。
失くした記憶。曖昧な景色。自分の名前すら思い出せない。けれど。
瞼の奥に鮮烈に残っている、色彩がある。
「その髪の色も、眼の色も。綺麗だと…アンタに似合ってると、昔、オレは確かに思った」
「…っ!」
オスカーの眼が見開かれる。
「この前会った時も…。何故か懐かしい気がした」
男は跪き、オスカーと視線を合わせた。
「失くした記憶の中で、オレはオマエを知ってる。オマエもオレを知ってるはずだ。答えろよ。…オレは、誰なんだ?」
拒否も、偽りも許さない強い視線。
その視線に晒されて、オスカーの心の内を駆け巡るのは、葛藤と、そしてそれを上回る歓喜だった。
「言えよ、オレの名前を」
自分の内を巡る歓びに、オスカーは自分が今までどれだけ自分自身に我慢を強いていたのかを知った。
本当は、約束の地で姿を見たその瞬間から、呼びたくてたまらなかったのに。
「…アリ、オス」
丁寧に、甘ささえ乗せて紡がれたその音に、アリオスの中の何かが反応する。
「アリオス…。それが、オレの名前…。オレの…」
憶えている。頭よりも躰が。
自分の名を呼ぶ、この声を。この声で紡がれただけで、信じられない程甘く響いた自分の名前。
そして、まるで封印が解かれたように、溢れ出す記憶。
洪水のように、それは自分の中の空虚を満たしていく。幸せなものよりも、悲しく、苦しいもののほうが多いけれど。
それでも、決して手放したくない記憶。
取り戻した記憶が引き連れてきた感情の命じるままに、アリオスはじっと様子を窺っているオスカーを抱き締めた。
一瞬驚いたように身じろいだオスカーもまた、アリオスの躰に腕をまわす。
永らく欠けていたものがようやく戻ったような、そんな満ち足りた気持ちのままに、そうして暫く互いの体温を感じながら、時間が過ぎていった。
どれくらいそうしていただろうか。
突然、ドン、と大きな力が大地を震わせる。
「…そういや、なんなんだ、コレは」
名残惜しそうに躰を離してアリオスが言った。
状況を全く知らないアリオスに、オスカーは手短にアルカディアの状態を説明すると最後にぽつりと口にする。
「もうすぐ、次元の狭間が消滅する。この土地も、…この土地にいる、俺たちも」
ようやく、アリオス、と呼べるようになったのに。
それとも、最後にもう一度、抱き締められただけでも、幸せなのだと思うべきなのか。
「待てよ。アンタにしちゃ諦め良すぎだぜ?」
「アリオス?」
オスカーが訝しげに見遣ると、アリオスは何度か手を握ったり開いたりを繰り返して、何かを確かめるように頷いた。
「魔導が、使える」
「なんだって…!?」
取り戻した記憶が鍵となったのか、アリオスの躰には魔導の力までもが蘇っていた。
確かに、魔導の力であれば次元移動も可能だろう。ましてアリオスは元々が強大な魔導の力の持ち主なのだから。
「確かにお前のその力なら次元移動できるだろうが・・・。急激に収縮しているここじゃ、さすがに、何か突破口がないと無理だ」
そして、その突破口が見つからない。
オスカーの言葉に、アリオスが「ちっ」と舌打ちした時だった。
二人の背後にそびえたつ銀の大樹が光り輝いた。
「…なっ!?」
予測外の出来事に二人が振り向いたその先に、光り輝く銀の大樹に重なるように見える人影。
「…エルダ」
オスカーが呆然とその名を口にした。
「誰だ、それは」
状況を呑みこめないアリオスの問いに、オスカーが簡潔に説明する。彼こそが女王や守護聖、協力者たちを呼び寄せた、この地に封印されし者だ、と。
エルダは口を動かしながら二人を指差し、次いで中空を指差した。
「おい、コイツは何言ってるんだ?」
「エルダの声はお嬢ちゃんにしか聴こえないんだ。…?…お嬢ちゃん……もしかして?」
「なんだよ?」
何か思いついたようなオスカーの声に、アリオスが先を促す。
エルダの声を聴くことができたのは、新宇宙の女王、アンジェリークのみ。そして、今朝顔を会わせた時に彼女が言っていた言葉を思い出す。
「もしかして、本当に、時空移動するのか…?」
アンジェリークはエルダの夢を見たと言っていた。育成は間に合わなかったとはいえ、だいぶ力を蓄えることができた。その力を使って少し先の未来へとアルカディアを移動させ、そこで完全に封印を解くとエルダは言った、と。
「コイツがこのアルカディアを時空移動させるついでに、オレたちが次元移動する突破口を開いてくれるって言うのか…?」
アリオスの問い掛けに、エルダは静かに頷いた。
「エルダ、お前の力、本当にそこまでもつのか…?」
時空移動は多大な負担となるはず。そこへ更に、二人だけを別に移動させる道を開くとなれば、その負担は計り知れない。封印が完全には解けていない状態のエルダに果たしてそれが可能なのだろうか。
懸念を示したオスカーを、エルダは静かに指差し、次いで自分を指差した。
「俺がお前に?…そうか、サクリアか!」
強さを司る炎のサクリアでエルダの力を補填してやることで、負荷を軽くしようというのだろう。
この突破口さえ出来れば、後は魔導の力で還るべき宇宙へと戻ることができるはず。
未来へと繋がる道は、できた。
オスカーは、隣りに立つ男を見て言った。
「…戻ろう」
アリオスがニヤリと笑って返す。
「戻ったら、責められるかもしれないぜ?守護聖さんは」
「……いいさ」
逢いたかったのだ。名を呼びたかった。そして、抱き締め、抱き締められたかった。
それが叶った今、どんな叱責も批難も甘んじて受ける。
「ま、オマエの周りのヤツらが何を言おうと、いざとなればオマエを攫ってでも、二度と離してやらねぇよ」
まるで、オスカーの心を見透かしたように。
力強く告げられた言葉は、オスカーの心を暖かく満たす。
「…言ってろ」
照れ隠しのような科白を投げつけて。
オスカーはエルダにサクリアを送るべく、精神を集中する為に目を閉じた。
アルカディアが光の中に包まれた後。
次元の狭間は虚無へと還った。
アイノコトバ
誰かを腕に抱いて誕生日を迎えたことなら何度もあったが、誰かの腕に抱かれて誕生日を迎えたのは初めてだった。
白檀の香りが漂う闇の褥。
思いの外力強い腕が肩に回され、オスカーはクラヴィスの胸に頭を預けるようにしてぼんやりと過去のこの日を思い返す。
去年までは柔らかな女性の躰を抱きとめていたはずが、今年はこうして抱きとめられている事実が、なんともいえない苦笑いを浮かべさせた。
「何を笑っている…」
ふいにかけられた声にオスカーは身を起こしてクラヴィスの顔を見た。
「起きてらしたんですか。眠ってるものだと思ってましたよ。」
闇に溶けて黒く見える紫紺の瞳が、思いの外冴えた光を放っているのに驚いてオスカーがじっと見つめれば、クラヴィスは手を伸ばし、夜目に鮮やかな緋色の髪を梳いた。ひんやりと体温の低い指先が繰り返す動作に気持ち良さそうに目を眇める様は、さながら猫科の動物のようで。
「猫でも飼い慣らしているような気分だ」
素直に口に出せば赤毛の猫は嫣然と微笑い、顔を近づけて飼い主の唇をぺロッと舐めた。
「猫なんて、可愛らしいものに例えられるとは心外ですね。」
顔を寄せたまま紡がれた囁きは、背筋に震えが走るほど抗い難い艶を含んでいて。
誘われるままに深く口づける。
快楽に従順なオスカーはクラヴィスの手が与える刺激を貪欲に受け取り、二人の間に熱を生み出す。
まるで冷めることを知らないかのようにそれは高まってゆく。
求められるまま、求めるまま、濃密な空気が辺りを支配した。
「ァ…、ッ」
オスカーは自ら腰を落としてクラヴィスの欲望を身の内に飲み込んでゆく。クラヴィスの手が熱く滾る自身を煽り、更なる快感を得ようと淫らに腰を揺らす。
「ク、ラヴィ…、ぁあっ」
闇の褥に、緋色の髪が舞った。
「誕生日プレゼント、下さいますか?」
未だ色濃く艶の漂う空気の中、オスカーが悪戯でも仕掛けるかのような声で言った。
「無理難題でなければ、な。」
対するクラヴィスの声も悪戯に応対する程度の軽さだ。
「では、プレゼントとして、約束して下さい」
「…?」
意外な言葉に軽く眉を上げ続きを促せば、オスカーは酷く無邪気な笑顔を浮かべた。
「『愛してる』とか『好きだ』とか。そんなセリフは絶対に吐かないと約束して下さい。」
普通は逆な気もするが、元々愛の言葉などとはあまり縁のないクラヴィスだ。あっさりと頷いてみせる。
「いいだろう」
「ありがとうございます」
言葉など、いらない。ただ黙って受け止めてくれる腕があればいい。言葉で縛り付けなくとも、その眼差し一つでオスカーはクラヴィスから離れられないのだ。クラヴィスの口から陳腐な愛の言葉など聴きたくなかった。
「代わりに…」
「??」
今度はオスカーが首を傾げる番だった。
「私の心をおまえにやろう」
まるで、何か土産でも渡すかのような気軽さで口にされたセリフは、その軽さ故にクラヴィスらしい気がして。
オスカーはくすくすと肩を揺らして笑った。
「食えない人だな」
陳腐な愛の言葉など口にしないと約束した直後にこんなセリフを吐いてみせる。
「別に愛の言葉ではなかろう?」
「そうですね。そういうことにしておきましょう」
オスカーは笑いを収めて至近距離でクラヴィスを見つめた。
「では、あなたの心、確かに俺が頂きましたよ」
その言葉が響き終わらないうちに、今宵何度目かわからない口づけが交わされた。
霜降ル月ノ或ル日ノ話。
「よう」
まるで、散歩の途中で偶然ばったり出くわしたかのように。
無造作に、気負いもなく。その男は突然、炎の執務室に現れた。
「なっ、な、なななっ、なななな・・・っ」
常識の範疇を遥かに超えた突飛な登場方法に、挨拶された側は言うべき科白もまともな言葉にならず、口をぱくぱく開けてしまう。
さすがにびっくりした。というか、状況が把握できない。
そういえば、以前にもこんな風に現れたことがあった、などと思い出す余裕も当然、ない。
だがしかし。目の前の男は、自分の登場方法にかなりの難があったことなどお構いなく、平然と、デカイ態度でのたまった。
「頼むから、わかる言葉をしゃべってくれ」
ご丁寧にも、片手で自分の額を押さえ、片手でこちらに向かってひらひらと手を振るジェスチャーつき。
そのあまりの言い草に、部屋の主はTPOなどすっかり忘れて絶叫した。
「おまえの所為だろうがーーっっ!!」
壁も扉も分厚く防音効果バッチリの執務室でよかった。そうでなければ確実に大騒ぎになったに違いない。
何もない空間に突然姿を現すなどという、マジシャン顔負けの離れ業をやってのけた男は、ある意味、本物の「魔術師」だった。なにせ、「魔導」という、通常この宇宙には存在し得ない力を有しているのだから。
その魔術師は、応接用のソファで我が物顔で寛ぎ、優雅にコーヒーなんぞ飲んでいる。
「おまえ、自分がどーゆー立場で、ここがどこで、更に俺がどーゆー立場なのか、わかってるんだろうな・・・?」
執務机に肘をつき、呆れた溜息で部屋の主であるオスカーが問えば、不法侵入者はカップをテーブルに置いてすらすらと答えてみせた。
「オレは元侵略者で恩赦済みの前科1犯、ここは聖地で、アンタは炎の守護聖様、だろ」
「・・・その前科1犯が、よりによってこの聖地の警備を任されてる俺のところへ一体何の用だ、アリオス」
そう、アリオス。本人が言った通り、かつてはこの宇宙を侵略し、聖地を陥落させ、女王を幽閉した男。
姿を偽り、仲間と信じた者たちを裏切った男。そして転生を果たした今、一概に仲間とも言い切れない微妙な位置にいる男である。少なくとも、かつて女王試験に協力した者たちのように、時々この聖地を訪れて歓談するような、そんな間柄ではないことは確かだ。
オスカーは、この男と親しくないわけではなかった。どちらかというと、いや、まず間違いなく、仲間内の誰よりも、オスカーはアリオスと親しかったと言っていい。ぶっちゃけた話、幾度か躰を重ねたこともある仲である。そこに恋愛感情が伴ったか、と問われれば、その答えは未だオスカーの中では出されていないのだが。
「目が醒めたらな、カレンダーが目に入った」
「・・・は?」
それが、オスカーの問いの答えとどう繋がるのか、唐突にアリオスは切り出した。
「オマエ、白き極光の惑星で寝た時のこと憶えてるか?」
「・・・・・・はぁぁ??」
更に強引な話題転換である。「寝た時のこと」などと言われて照れも焦りもしないあたり、さすがオスカーといった観もあるが、しかしこの脈絡不明な話の流れにはついていけないようだ。
「『万が一にも、次にお前が誕生日を迎える時に一緒にいたら、しょうがないから祝ってやる』って言っただろ、オマエ」
「・・・言った・・・か・・・?」
手を口元に当てて、はたと考える。言われてみれば、そんなことを言ったような気もする。別に大して意味のある言葉ではなかった。所謂寝物語、情事後のピロートークに過ぎなかったのだから。たまたま、誕生日の話になっただけだ。話の前後も覚えていない。誕生日なんて祝ってもらった記憶などないとアリオスが言うから、軽い気持ちでオスカーは「祝ってやる」と言ったのだ。それから然程時間を空けず、アリオスはオスカーの前に皇帝として姿を現すこととなったので、当然、そんな話はうやむやに立ち消えた。
「言ったさ。で、約束を果たして貰おうかと思ってな」
アリオスにしても、そんな約束の範疇にも数えられないような会話を、後生大事に憶えていたわけではない。
はっきりいえば、綺麗さっぱり忘れていた。けれど、偶然目にしたカレンダーが忘れ去っていた自分の誕生日を示しているのに気づいたとき、ふ、と緋い髪の男と交わした会話を思い出したのだった。
顔を見たい、声を聴きたい、とそう思った。
「約束を果たすって言ったってなあ・・・。『ハッピーバースデー』とでも言って欲しいのか?お前が?」
記念日とかそういったものには露程の興味も示さない男だったと思うから、オスカーは意外そうな顔を隠さず言った。
「随分と意外そうだな」
当たり前である。
この男が、記憶の隅に追いやられていたような、そんな会話の為にわざわざあんな突飛な方法でやって来るなんて、思いもよらないではないか。
「まあ、オマエににこやかに『おめでとう』なんて言われたいわけじゃねぇから安心しな。別に大してめでたいことだとも思わねぇしな」
誕生日も、遠く小さな約束も。きっかけにはなったが、結局は口実に過ぎない。
「じゃあ、何して欲しいって言うんだ」
「キス、しようぜ」
なんでもないことのように、さらりと言った。
「・・・」
躰を重ねたことは何度もあったが、キスを交わしたことはなかった。そこに甘い感情があったわけではない。
けれど、何もなかったわけでもない。二人にとって、お互いは最も近くて遠い存在だった。共通する部分の多い二人はお互いが最大の理解者であり、そうでありながら辿ってきた道と選択は正反対だった。お互いに思うところは多分にあったが、それには触れずに築いた関係だったと言っていい。言外にそれを証明するかのように、抱き合いながらもキスはしなかった。
「・・・アリオス」
アイスブルーの視線が、問い掛ける。
今まで適当に誤魔化していた感情の答えを、求めていくつもりなのか、と。
「なあ、キスしようぜ、オスカー」
それがアリオスの返答だった。
アリオスの中でだって、答えなどまだ出ていない。これが恋愛感情なのかなんて、訊かれても今は答えようが無い。
けれど、放っておいたその答えを、探してみてもいいと思っている。
「なあ・・・」
執務机に片手をついて促せば、オスカーはふう、と溜息をつき。
「・・・いいだろう」
迷いを断ち切るように軽く首を振った後、口元に笑みさえ刻んでそう答えた。
アリオスの手がオスカーの頬に添えられる。
唇が触れる寸前、オスカーが笑った。
「まあ、しょうがないからとりあえず言っといてやるよ。『誕生日おめでとう』」
アリオスもまた、口の端を持ち上げ見慣れた笑みを見せる。
「一応、『サンキュ』と答えておくぜ」
そうして、初めて交わした始まりのキスは。
思いの外、甘く、優しかった。
望まない者
時間を見つけると、誰もいないところへ行くのが癖になっていた。
仲間たちはまた女性のもとへ行ったのだろうと思っていたし、実際自分もそうであるかのように振舞った。
けれど、本当は。
できるだけ人の気配の感じない場所を探し、ただそこでじっと躰を休める。気候の穏やかな土地であれば、一晩そこで過ごしたことすらあった。
「まーた、ナンパ~?」
宿から出て行こうするオスカーに擦れ違ったオリヴィエが呆れた声をかける。
「こう殺伐とした日々が続くとな。美しいレディたちの笑顔で癒して貰わんとやっていけないだろう?」
口の端を吊り上げて、尤もらしく言ってみせれば、オリヴィエは手をひらひら振って溜息をついた。
「あーわかったわかった。ったく、アンタらしいってゆーか…。アンジェが心配するからちゃんと明日の朝食には帰ってきなさいよ」
「わかってるさ。この俺がお嬢ちゃんを悲しませるようなこと、するわけがないだろう?」
にやりと笑うとオスカーはそのまま外へ出て行く。だが、宿を出てオスカーが目指したのは街の中心部ではなく、外れに広がる森だった。
遊歩道を外れて森の中に分け入ると、太い根を張った大木の元へ座り込む。
いいようのない疲労が、オスカーの全身を包んでいた。
仲間たちには明かせない疲労。明かしたところで悪戯に彼らに罪悪感を持たせてしまうだけだとわかっている。
皇帝と名乗る者がこの宇宙に攻め込み、聖地を陥落させてからずっと、この宇宙は貪欲に強さを求め続けていた。
人々は皇帝の支配から脱したいと望み、その為の強さを求め。
共に旅をしている仲間たちもまた、無意識のうちに強大な皇帝の力に対抗し得る強さを求めている。
そしてその望みはすべて、この世界で唯一、強さを与えることができるオスカーに向かってくるのだ。
望まれるならば、自分はそれに応え続ける。
それはオスカーが守護聖になる以前から自らに課していた命題。
期待に応えること。それだけが自分の存在意義なのだと幼い頃から思っていた。自分自身にそれ以上の価値があると、期待したことなどなかった。
誰もが羨むほど、恵まれた環境に生を享けたから。生活環境も、外見も、能力も、人より劣るところを探すことの方が難しかった。けれど、オスカーの最大の不幸は、その事実を、オスカー自身が誰よりも理解していたことだったのかもしれない。
自分は、優れているのではなく、恵まれているのだ、と。
だからこそ、期待には絶対に応えた。恵まれた環境に生まれたが故に、周囲が当たり前のように要求してくるすべてに自分も当然のように応えた。無論、自分にはそれが出来るという自信もあったが、努力は決して怠らなかった。その姿は絶対に人には見せなかったけれど。
だから今も、自分は知られぬようにそっと、自らのサクリアで周囲を支える。
けれど、状況は厳しい。いつ終わるかもわからない連日の戦闘。オスカーはその最前線を担っている。それだけでも疲労は濃くなるというのに、戦いながらも無意識のうちに強さを望む仲間たちの望みを受け止め、そっとわからぬ程度にサクリアを送る。その繰り返し。
至近距離で望みを受け止めるというのは、決して易いことではない。更に、サクリアの流れに敏感な他の守護聖たちにそれとわからぬよう送るのも、かなりの注意を要する。
当然、オスカーは他の仲間とは比べものにならないほど疲労し、それを少しでも癒す為、こうして誰もいない場所を探して休むのだ。戦闘中程ではないものの、仲間たちの近くにいればどうしても、強さを求める無意識の声を感じ取ってしまうから。
ひどく優しい手が、自分の髪に触れている。
その感触にオスカーは目を覚ました。どうやら、いつのまにか眠りに落ちていたらしい。
と、すぐ傍に跪いていた影が声を発した。
「お目覚めか?」
最近、聞き慣れた声だった。
「…アリオス」
何故ここに、という無言の問いに気づいたのだろう、アリオスは肩を竦めた。
「別に。偶然だぜ?歩いてたら森の中に緋いもんが見えたから、気になってな」
アンタの髪だったんだな、とアリオスは笑い、オスカーもそれに合わせて僅かに笑ってみせた。そういえば、この銀髪の男も宿にいないことの方が多いヤツだった、と。
木に凭れていた背を起こす。残念だが、こうして見つかってしまった以上、ここに長居するわけにもいかない。
「意外と柔らかいんだな」
立ち上がろうとしたところで唐突に声をかけられ、その意味が掴めずにオスカーはアリオスを見返した。
「アンタの髪。硬そうだと思ってたんだが、結構柔らかいんだと思ってさ」
言いながら、アリオスは手を伸ばし、緋い髪に指を差し入れる。
その感触を思いの外心地よく感じることに驚き、次いでその理由に思い当たる。
この男は、自分に何も望む必要がないのだと。
アリオスは、強い。オスカーが初めて完全に互角に戦えると思った男だ。共に戦闘の最前線を担っているが、アリオスからはただの一度も強さへの望みを感じたことはなかった。
望まずとも、この男は既に十分な強さを持っているのだ。だから、こうして傍にいても、オスカーの神経を波立たせることもない。
「眠りたいんじゃないのか?」
自分の考えの淵に沈んでいたオスカーは、その声に我に返る。と、どこか艶を滲ませた翡翠の双眸がじっとこちらを見ていた。
「疲れてんだろ、アンタ。ここじゃさすがに夜中は冷えて眠れないぜ?」
「俺が、疲れてる、だと?」
確かに、疲労は限界に近かったが、そんな素振りを見せたことはなかったはずだ。なのにアリオスは確信に満ちた口調で断定した。
「戦闘訓練を受けてるアンタは人一倍気配に敏感で眠りも浅い。それが疲れてるんじゃなきゃ、さっきオレが触れるまで目ぇ覚まさないわけないだろ」
言われてみればその通りだった。軍人であるヴィクトールはともかくとして、他の人間なら気づかなかっただろうが、同じように戦闘のプロであるアリオスには簡単にわかることだろう。
「眠らせてやろうか?」
一層深くなる艶。意味を計りかねて凝視すると、アリオスはククッと笑って立ち上がった。
「抱いてやるよ」
「なっ…」
予想だにしなかったセリフに言葉を失うオスカーに、アリオスは更に笑みを深くした。
「こんなトコで休んでるってのは、疲れてるのに誰かが近くにいると眠れないってことなんだろ。つまり、精神が疲れてる程躰の方が疲れてないからだ。だったら、躰の方を疲れさせて無理矢理眠っちまえばいい」
「……それが、なんでお前と寝ることにつながるんだ」
「手っ取り早いだろ。アンタが女のトコにでも行くってんなら別にそれでいいが、そんな目的の為だけに女抱くにはアンタはフェミニスト過ぎる」
必要なのは、オスカーが相手を気遣う余裕をなくすほどの行為。それには、抱く側よりも抱かれる側の方がいい。
理屈としてはわからないこともないが、納得するには男としての矜持が許さない。
けれど、次に紡がれたアリオスの言葉が、オスカーにその手を取らせた。
「オレは、別にアンタに何も望んじゃいないぜ。アンタはただ快楽を追えばいい」
望まれることに疲れたオスカーを、まるで見抜いているかのような、その科白。
どうする?と差し出された手。
オスカーは一度目を閉じ、そしてゆっくりとその手を取った。
連れて来られたのは、酒場の二階にある宿だった。本来の宿というよりも酒場で酔い潰れた客を収容する為に
作られた設備らしい。ここならば階下が騒がしくて声をあげても部屋の外には洩れる心配はない。
部屋へ入ると性急な動作でベッドに抑えつけられた。
「意外に乱暴だな」
「少しくらい乱暴な方がいいだろ?」
アリオスは皮肉気に笑うとオスカーに顔を寄せた。至近距離で翡翠の視線と氷碧の視線が絡む。
「なんでお前と、とは思うが、とりあえず相手がアップでも耐えられる顔だってのは、救いかもな」
オスカーがそう言うとアリオスはクッと笑う。
「ヘンなこと言うヤツだな」
「そうか?…んっ」
続けようとした言葉はアリオスの唇に吸い取られた。啄むようなキスを繰り返し、次第に深いキスへと変わっていく。
やがてするりと忍び込んできたアリオスの舌が口腔を思うままに蹂躙すると、オスカーもそれに応える。お互いを奪い尽くすような濃厚なキスになった。
何度もキスを繰り返しながら、アリオスの手は器用にオスカーの肌を露わにしてゆく。
指先が胸の先端を掠めるとオスカーの躰がビクッと跳ねた。その反応に気を良くして、アリオスはオスカーの首筋に軽く歯をたてる。
「は…ぁっ」
「なかなか、感度良好、か?」
耳の後ろを舌で嬲って囁くと、潤み始めた眸がそれでもきつい視線を向けてくる。余計なことを言うな、と文句を言おうとした声は、かりっと引っ掻くように胸の突起を弄る指の所為で喘ぎに取って代わられた。
「ぁ…っんんっ」
唇を噛んで喘ぎを殺そうとするオスカーに、アリオスが苦笑する。
「声、殺すなよ。アンタは感じるままにしてていいんだ」
宥めるようなキスを送る。舌先で何度も唇を擽り、解かせてゆく。
そうしてオスカーが噛み締めていた唇を解いたそのタイミングを逃さずに、アリオスの手が既に勃ちあがっていたオスカー自身を包んだ。
「ひ、あぁっ!」
緩急をつけて扱いてやれば、オスカーは面白いように反応する。
「や、んぁっ、ア…リオスっ」
たまらない、といった態で自分の名前を呼ぶオスカーに、アリオスもまた欲が高まってくるのを感じていた。
「そのまま素直にしてな」
蜜を滴らせたオスカーの欲望を、巧みな指先で更に高めてやる。同時に舌先で胸を責めてやると、目元を紅潮させたオスカーが縋るような視線をアリオスに向ける。その視線に気づきながらもアリオスは指の動きを早めた。
「アリ、オス・・・っ、も…っ」
「感じるままでいいって言ったろ?ちゃんと、言ってみろよ。望むようにしてやる」
軽く胸に歯をたてて促せば、観念したようにオスカーが懇願した。
「も・・・っ、イか、せて・・・くれっ」
「了解」
「ぁああっ!」
一際強く扱いてやると、アリオスの手に白濁した精を放ち、オスカーは脱力する。
大きく胸で息をし、濃厚な艶を漂わせるオスカーを見遣りながら、アリオスは投げたされたオスカーの片足を自分の肩に担いだ。
「アリオス…?…ぁっ」
怪訝そうな問いかけはそのまま喘ぎとも悲鳴ともつかない声に変わる。
オスカーから放たれたもので濡れたアリオスの指が、オスカーの秘部に触れたのだ。
初めての感覚に困惑するオスカーの視線を受けて、アリオスが笑う。
「力抜いてな」
その声がひどく優しく感じられて、オスカーは素直に躰から力を抜いた。
滑りを伴った指が、つぷり、と穿たれる。違和感は拭いようもないが、痛みはない。
その間もアリオスは、オスカーを安心させるかのように頬や首筋、鎖骨の上に軽いキスを落としていく。
「は・・んっ、ぃつっ・・・くっ」
指が二本になり、中を解しながら蠢き始めると、さすがに痛みを覚えて躰が強張る。
けれど、痛みを口にするのは悪い気がしてオスカーが声を飲み込もうとすると、柔らかく唇を塞がれた。
「ありのままでいいって言ったはずだぜ?」
反論を許さず、アリオスは自らの唇でオスカーの唇を塞ぎ続ける。お互いの吐息すら貪るようなキスをしていると、オスカーの躰が大きく反り返った。穿たれた指がある一点を突いたからだった。
「ここか…」
「やめっ・・・あっ、んんっっ」
集中してそこを責めるとオスカーが激しく頭を振った。生理的な涙が零れる。普段の姿からはおよそ想像もつかないその扇情的な媚態にアリオスは知らず息を呑んだ。
「そろそろ、いいか…」
指を抜き、代わりに怒張した自身をあてがう。びくっとオスカーの躰が震えた。
「少し、我慢しろよ」
「・・・・っ!!」
一気に躰を進めると、声にもならない悲鳴があがった。慣らしたとはいえ、指とは比べものにならない質量が躰の中を埋め尽くす感覚に言い様のない恐れすら感じる。ひゅっと、喉の奥が鳴るような苦しげな呼吸が続いた。
「力、抜けるか?」
そっと、問い掛けるとオスカーが首を振った。初めて感じる異物感と痛みで自分では躰の強張りをどうしようもないのだ。
「ゆっくりでいい・・・。呼吸を整えるんだ」
まるで、子供をあやすかのような優しい響きに促され、ゆっくりとした呼吸を繰り返す。
そうして、呼吸が落ち着きを取り戻したと思った瞬間、アリオスの手が痛みに萎えかけたオスカー自身に愛撫を加えた。
「ぁんんっっ」
呼吸を整えることに集中して無防備だった所為で、今までよりも一際高い声を上げたオスカーは、自分の発した声の甘さに思わず手で口を塞いだ。それを見てアリオスが笑う。
愛撫の手はそのままに、もう片方の手で声を押し殺そうとするオスカーの手を外した。
「声殺すなって言ったろ?」
「そ、んなこと言われ、てもっ・・・ゃんっ」
潤みきった瞳がそれでも抗議の視線を投げかけてくる。それが酷く相手をそそっていることにオスカーは気づきようもない。
とにかく、すべてが初めての経験なのだから。
「聴きたいんだよ、オレが。アンタの声は色っぽくていい」
「な・・・っ、ひぁっ」
それこそ猛然と抗議しようとしたその言葉は結局悲鳴ともつかない喘ぎに取って代わられた。それまで愛撫の手を加えるだけで自身は動こうとしなかったアリオスが急に腰を使ったからである。
「バ、カっ急に動くな・・・っっ」
痛みこそ、さっきまでに比べれば随分緩和されてはいるが、逆に如実に自分の内部の動きを感じてしまって恥ずかしいことこの上ない。
「動かなかったら、気持ちよくねぇだろうが」
「ぁああっ」
感じる一点を抉るように衝かれて一瞬視界がスパークする。女性を相手にしたのでは経験しようもない強烈な快感にそれまでどうにか保っていた理性が奪われてゆく。
「ア、 リオ、ス・・・っ、アリオス・・・・っっ」
支えるものの何も無い、ひどく心許ない気持ちになって目の前の男の名前を繰り返し呼んだ。それだけが、確かなものに思えて。
「何度も言ったろ?ありのままでいいんだって」
口づけの合間に囁かれた声に促され、オスカーは自分を抑える努力を捨てた。
今まで頑なにシーツを握り締めていた手を解き、初めて、アリオスの躰に両腕を回す。
今この瞬間は、望みの声は何も聴こえない。望まれたところで自分には応えようも無い。
それがとても心地よくて。
何も考えずにただ躰の感覚だけを追う。自分の内部に収められたアリオスの欲望だけを感じる。
「オス、カー・・・」
オスカーを呼ぶアリオスの声にも快感が滲む。その声の艶に無意識にオスカーの内部の締め付けがきつくなった。
それはそのまま、二人に強烈な快感として跳ね返る。
「ぁぁあああっ!」
「・・・くっ」
聴いた者誰もが思わず反応してしまいそうな甘い声をあげて達し、次いでアリオスもまた、自分の中に欲望を吐き出すのを感じながらオスカーの意識は遠のいていった。
この旅が始まって以来、初めて訪れた安らかな眠りの中へと。
Love of the Same Race
「アンタってさぁ…」
綺麗に色の塗られたオリヴィエの爪が引っ掻くようにオスカーの緋い髪を掬い上げる。
話し掛ける口調だが応えはない。代わりに聞こえる規則正しい呼吸。
裸のまま、シーツに包まって眠るオスカーと、その脇に腰掛けてその様を眺めているオリヴィエ。
一見して情事の後だとわかる気だるい空気が二人を取り巻いている。
「アンタって…」
もう一度、同じ科白をオリヴィエは繰り返した。オスカーの眠りを妨げないよう、細心の注意を払いながら。
オリヴィエは、情事の後のこの時間が気に入っている。眠りが浅く、人の気配に敏感なオスカーが唯一寝顔を見せる時間だからだ。鋭い氷碧の双眸が隠れただけで、随分印象が柔らかく感じるその寝顔を見ることができるのは自分だけの特権だと思っているし、実際その通りだろう。
けれど、恋人ではない。
強いて言うなら、悪友95%、情人5%といったところだろうか。二人でいても情事に縺れ込むことはあまりなかった。
情事に至るのは大抵、どちらかが、精神的に弱っている時だった。
互いに本音を人前に曝すことのない二人だからこそ、何も言わずに互いを甘えさせることができたのかもしれない。
そして今夜は、オスカーの方が弱っていた。
原因など、知らない。それを訊くのはルール違反だ。ただ、オスカーが愛されたがっていたから、愛した。
それは決して恋愛感情の甘さではないけれど、確かに愛と呼べる優しさを持っている。
「アンタって、自分が思ってる程強くないんだよ…?」
さらさらと緋い髪を掬い上げ、次いで、オリヴィエの指は意外に長い深紅の睫をくすぐった。
「…確かに、強いことは強い、けどね…」
ぼんやりと呟きながら、指先は再びオスカーの髪を梳き始める。
「でも、それはアンタの思ってるような強さじゃないって、気づいてないでしょ」
面と向かってなんて、絶対に言わない。言ったところでこの男は一笑に付すだろう。
だいたい、そんなことを言うような間柄でもないし、それ以前に、そんなことを誰かに言うなんて、自分のキャラクターじゃない。
だが、こうやって、独り言のように眠る相手に話し掛けるくらいなら、自分の許容範囲だろう。
「アンタは、自分が傷つかないと思ってるようだけどね…」
優しい指先は緋い髪を擽る動きを止めない。
「アンタは傷つかないんじゃない…。傷が、視えてないだけさ」
いっそのこと、痛みも感じないくらい鈍感なら、それはそれで幸せだっただろうに。
「痛みを、感じるくせに、傷が視えないから放ってるだけ」
鉄壁の精神。並大抵の事では傷つかない心。そんなものを持っているかのように振舞う男の姿に、オリヴィエは何度呆れた溜息を零したことだろう。
「いつか、無視できない程大きな傷を負うといいさ。その方がきっとアンタには幸せだよ、鈍感男」
指先が、離れる。代わりに、パサッと静かに乾いた音をたてて、オリヴィエは眠る男の隣りに横になった。
小さな欠伸をして目を閉じる。
「ま、その時までは、こうやっててあげてもいいけどね」
眠りの使者
カタン、と小さな音がして、カティスは窓を見た。
「やれやれ…」
窓の外に立つ人物を認めると、鍵を開けてやる。
「散々飲んで、それでも平気で2階のベランダまで上がって来れるお前さんの運動神経には感心するがな」
カティスの言葉に窓から入ってきたオスカーは軽く肩を竦めると、クッションの程よく効いたソファにだらりと横になった。
「おいおい、いきなりその態度はないだろ」
「何かくれ」
態度を改める様子もなく、横になったままオスカーはそう要求する。
「ったく。態度のデカいヤツだな」
苦笑しつつ、カティスは部屋の一部を占領するワインラックへと足を向けた。
酒好きのカティスとオスカーが共に飲むのはよく見られる光景だ。
自身がワイン造りの名手であり、聖地一のワインコレクターでもあるカティスの邸をオスカーが訪れることも珍しくはない。
だが、こんな風に他所で散々飲んだ後に不法侵入してくるとなると話は別だ。滅多にあることではない。
…けれど、これが初めてというわけでもない。
炎のサクリアを大量に送った日。
炎のサクリアは他の8つのサクリアと微妙に性質を異にする。強さを司り、軍事延いては破壊・浄化・創造を象徴する炎のサクリアは、送ることよりも引き上げることの方が圧倒的に多い。そうやって、大規模な戦争が起こることを防ぐのだ。
だが、稀に炎のサクリアを送らなくてはならない場合もある。それも、大量に。
それが、惑星をリセットする時だ。それはウィルスの蔓延であったり、星自体の疲弊であったり、理由は様々だが、惑星上の全ての文明・生態系を一掃し、星の状態をリセットする時、破壊と浄化の力をもつ炎のサクリアが大量に注がれる。時には、惑星上に存在する生命すらもリセットの対象として。
自らの力が、全てを無に還す力であっても、オスカーがそれを否定したことはない。
ただ淡々と、自らの責務として炎のサクリアを惑星に注ぐ。けれど、そうやって惑星をリセットした日は、いつもこうやって、聖地を抜け出して飲み歩き、最後にカティスの所へやってくるのだ。
だから、カティスは眠らずに待っている。
必ず、オスカーが自分の所へ来るとわかっているからこそ、どんなに遅くなっても眠らずに、彼が来るのを待っている。
カーテンを開けて、部屋の明りが見えるように。
きっと、カティスの私室に明りが灯っていないと、オスカーはここまで来ようとはしないだろうから。
そして、とっておきのワインを用意しておくのだ。
「遅い」
1本のワインを片手に戻ると、オスカーは相変わらずソファに寝そべったまま文句を言った。
「悪い。そう、急ぐな」
大して気にした風でもなく、カティスはグラスにワインを注ぐ。
途端に広がる甘く芳醇な香り。
深紅の液体の入ったグラスを渡してやると、オスカーは目を閉じて香りを楽しみ、次いでゆっくりと口に含んだ。
あまりアルコールの強くない、甘口のワイン。
まろやかな口当たりは散々強い酒を飲んできた躰に、ひどく優しく感じられる。
「ん、美味い…」
目を閉じたまま満足そうに呟くと、オスカーは空になったグラスを差し出した。
「もっとくれ」
「はいはい」
苦笑しいしい、カティスはワインを注ぐ。そして、グラスを渡そうとして、止まる。
傍若無人な不法侵入者は、既にあえかな寝息をたてていた。
「…ったく。困ったヤツだな」
手にしたグラスとオスカーを見比べて、カティスはグラスの中身を飲み干すと、床に座りこんだ。そっと、緋い髪を梳いてやる。
「…出来過ぎってのも、問題だぞ」
強さを司る守護聖であるが故に、弱さを見せられないオスカー。
彼は炎の守護聖として申し分なく優秀だ。
誰もが彼に常に強く在ることを期待する。そしてその期待を裏切らないだけの強さが確かにオスカーにはある。
けれど、守護聖である前に人である以上、弱さも存在するのに。
自分にどんな苦痛を強いても、彼は期待に応え続ける。それがカティスには哀しく映って仕方がない。そして、何よりも愛しくて仕方がない。
だから、オスカーがこうやって少しだけ弱さを垣間見せる時を大切にしている。精一杯、甘やかしてやる。
「いつまでこうして、おまえを甘やかしてられるんだろうな…」
いつか必ず別れなくてはならない時がくる。それは明日かもしれないし、ずっと先のことかもしれない。
自分がいなくなったら、彼はどこで眠るのだろう。誰が、眠らせてやれるのだろう。
独りで、眠れない夜を過ごすのだろうか。
だからせめて。
ちら、とカティスはテーブルに置いたワインボトルを見て小さく笑った。
ヒュプノス。
主星からは遠い惑星の神話に登場する眠りの神の名前だ。
眠りを誘うワインに相応しかろうと名づけた。
ワイン造りの名手であるカティスが、ただ彼の為だけに作ったワイン。
カティスはそっとオスカーにくちづけ、目を閉じて呟いた。
「飲みきれないくらい、造って置いていってやるさ」
いつか、自分がいなくなっても。
誰も、彼の傍にいなかったとしても。
哀しいほど強く在り続ける彼に、優しい眠りが訪れるように。
Cry for the Moon
願い事って、叶わないと知ってても願ってしまうものなのかな。
空が高い。
遺跡の街で寝転がって見る夜空は、高くて広くて、蒼くて。
星がたくさん見えて、月がすごく大きくて綺麗だ。
オレの知ってたこの街で見る夜空は、イルミネーションで霞んで、月も星も見えなかった。
でもそれがオレにとっては自然で、好きだった。色んな光、音、思い思いのカッコしたヤツら。雑多で、静かな場所なんてないエネルギーに満ちた街だった。
こんな、ひっそりと寂しい遺跡になっちまうなんて誰が思っただろう。
さっき、夢を見た。
懐かしいこの街の、自分の家に帰った。
・・・夢、なんだって。
オレって存在も全部、夢なんだって。千年前のスピラに存在したザナルカンドの人たちが、祈り子になって見続けてる夢。
オレの記憶も、なにもかも。
・・・んな話、あるかよ。
オレは、生きてるのに。
こうやって、寝転がって空を見て、風を感じて、草を掴んで。
夢だなんて、片付けられてたまるかよ。
でもなんか、すごく不安なんだ。自分が何者なのかわからなくなった気がして。
まだユウナを死なせずに済む方法も考えついてないってのに、こんなんじゃ余計頭ン中グチャグチャになっちまう。
お願いだ、これ以上オレを混乱させないでくれ。そんなに許容量ないんだ。知らない世界に飛ばされて、訳わかんないままバケモノと戦って、シンはオヤジだって言われて、シン倒すにはユウナが死ななきゃいけないって知って。今度はオレが祈り子の夢だなんて言われても、オレには何がなんだかわかんないよ。
スピラの人たちは、本当によく祈る。
オレの知ってるザナルカンドじゃ、宗教とか、なかったから。
オレには最初スピラの人たちのその感覚がよくわからなかったけど。
今になってようやく少しわかった気がする。
目の前に突きつけられたものがあまりにも残酷で、強大で。自分に何ができるのかわかんなくなるから。
だから、祈るんだ。
オレは、スピラの民じゃないから、同じように祈りはしないけど。
でも思えばスピラに来てからずっと、オレは何かを願ってた。
帰りたい、とか。
シンを倒したい、とか。
ここ最近はずっと、ユウナを助けたいって。
どれも、どうすればいいのかわかんないものばっかりだ。どうやったら、ユウナを死なせずにシンを倒してザナルカンドに帰れるのか。考えても考えても、全然いい方法が浮かばない。このままじゃ、明日にはユウナは最後の祈り子のところで究極召喚を手に入れちまう。こんなとこでウダウダしてる場合じゃないってのに、オレは夢だとか言われて・・・。
見上げた空にはデカい月が浮かんでる。気づかなかったけど、きっと、オレのザナルカンドにも浮かんでた月。
なあ、お願いだ。これ以上訳わかんないのはやめてくれ。ユウナを助ける方法を思いつかせてくれ。それと・・・。
それと、もし本当にオレが祈り子の夢だっていうんなら。
頼むよ。
オレを、消さないでくれ・・・。
アーロンは、寝転んで月を眺めている少年の姿を見ていた。
少年の姿に、かつての親友の姿を思い出す。ジェクトもまた、ああやって悩んでいた。自分があやふやな存在であること、家族の許に帰れそうにないこと、守ってきたブラスカを死なせなければならないこと・・・。
因果は、巡るのか。
究極召喚の道を選んだ男の娘は今また悲壮な決意を以って同じ道を辿ろうとし。
究極召喚獣となることを選んだ男の息子もまた、ガードとして同じ壁にぶつかっている。
そして、十年前、目の前の悲劇に何も出来なかった自分もまた、十年前と同じ光景を見ている。
因果は巡り、死の螺旋は途切れることなく、悲劇は繰り返されるのか。
アーロンは、寝転ぶティーダの姿が視界に入る位置で近くの木に寄りかかると、前方に広がる遺跡の街を見遣った。
共に旅した男の言っていた故郷。千年前に滅んだ街の風景を嬉々として語る男の言葉をアーロンは信じていなかった。死人となって自らが迷い込むまでは。
ジェクトが語っていた通り、煌びやかで華やかで喧騒に満ちた街。シンの脅威に晒され続けたスピラには存在し得なかった屈託のない空気。その空気に触れて初めて、アーロンはジェクトがどれほどの想いを抱いていたのかを知った。帰りたいと願い続け、帰れないと諦めた場所。
そこで、男に託された少年と出会った。弱々しく涙腺の緩い頼りない子供。それでも、身勝手な父親への精一杯の意地で強く在ろうとしていた少年。
「ふん�・�・�・。」
酒瓶を煽りながらアーロンは視線を寝転んだままのティーダに戻した。
何をしているのか、まるで幼子がするように手を空に伸ばしたり引っ込めたりしている。
その少年が今、この大陸の運命を変えるかもしれない。諦めの充満したこの土地で、そんなものの存在しない世界から来たが故に、諦めることを真っ向から拒否することのできるティーダは少しずつ、けれど確実に、諦めることに慣れた者たちに影響を与えている。それは勿論、ガードだけではなく、究極召喚を目指すユウナにも。
彼らが明日、死の螺旋に囚われた者を前にして、どんな決断を下すのか。
十年前と同じことを繰り返そうとするのか、それとも何か別の道を行くのか。
アーロンは彼らの選択をギリギリまで見守ってやるつもりでいる。けれど、彼らが死の螺旋の道を選ぶのなら、全力を以ってそれを阻止する。
ブラスカもジェクトも、アーロンに「頼む」と言ったのだ。誰よりも愛しい、けれど親として、成長を見守ることのできなかった子供を。それは決してスピラの死の螺旋の犠牲にする為ではなかったはずだ。
「ふん�・�・�・。」
面白くなさそうにアーロンは再び酒を煽った。
悲劇を全力で阻止する覚悟はできている。しかし、アーロンには予感めいた確信があった。
彼らは、螺旋を断ち切り、スピラに新たな時代をもたらすだろう。
夢の街から来たジェクトがシンであり、その息子であるティーダもまたザナルカンドからスピラへと導かれガードとなった。
彼らだからこそ、螺旋を断ち切れる。諦めを知っているスピラの者では為し得ないことを、諦めを否定できるティーダなら、為し得るだろう。
・・・だが、それにはティーダに辛い決断を強いることになるが。
「本当に生きている世界」を実感させてやって欲しいと、ジェクトが言っている気がしてアーロンはティーダを夢のザナルカンドから現実のスピラへと連れ出した。その選択が間違っていたとは思わない。ジェクトは確かにティーダがスピラに来ることを、ガードとしてシンとなった自分を倒すことを望んだ。けれど、果たしてそれはティーダにとって幸せなことだったのか。
その答えは、今、月に向かって手を伸ばしている少年だけしかわからない。
「埒もない�・�・�・。」
アーロンは空になった酒瓶を不機嫌そうに見つめると、頭上に輝く月を見上げた。
願いなどするだけ無駄だ。十年前、嫌というほど思い知った。けれど。
願っていてやりたいと思うのだ。
せめて、いずれ消えゆく少年が自分の物語に納得できるように、と。
いろんなことがあったなって、思い出す。
わけわかんないことだらけで、不安で。でも、ワッカにルールー、キマリ、リュック、それにユウナと出会って。アーロンにも再会して。一緒に旅して、戦って。
ザナルカンドとは全然違う風景。機械が禁じられてて不便で。
でも、気づいたらスピラのこと、好きになってた。
ここの人たちはみんな、一生懸命だ。ちょっとでも幸せになろうって。召喚士とガードを犠牲にして成り立つ世界だったから、余計に。犠牲を無駄にしないよう、頑張ってた。
「ザナルカンド、案内できなくて、ゴメンな。」
みんなを連れて行きたいって。案内したいってホントに思ってたんだ。全部終わればそうできるって思ってた。まさか、自分が消えちまうなんて、思ってなかったからさ。
ユウナが泣いてる。
ゴメンな。アーロン送るだけでもユウナにはツラかっただろうけど・・。オレのことも送って欲しい。
みんなと会えなくなるの、寂しいっス。これから新しい英雄にされて大変だろうユウナを支えてやれないの、悔しいっス。けど、オレの物語は、ここまでだから。
怖くないわけじゃない。生きてたいよ、みんなと一緒に。
でもさ、大丈夫。
アーロンがさ、待っててくれるって言ってたから。
とりあえず一人じゃないってちょっと安心、だろ。
あのオッサン、傍若無人だからさ、あんまり待たせるといなくなりそうだし。
そろそろ、行くよ。
・・・ゴメンな、ユウナ。
ユウナは強いから、きっとこれからも大丈夫だよ。新しいスピラを創っていける。
ありがとう、みんな。元気でな。
オレは勢いよく、飛空挺のデッキからダイブした。
スピラに来てから、オレはずっと何かを願ってた。
夜になって、みんな寝静まるといろんなことが頭ン中をグルグルして。
そんな時は外に出て、地面に寝転がって空を見てた。
澄んだ夜空にはデッカくて綺麗な月が出てて、星がたくさん見えて。
そんな月を見て、なんとなく、オレは願い事をしてた。
体がスーッと空気に溶けてくような感覚を味わいながら、思い返す。
スピラに来てしばらくはずっと、帰りたいって。
遺跡のザナルカンドに行ってからは、消えたくないって。
ああ、もうスピラの景色も視えなくなってきた・・・。
何度も何度も月に願い事して。
諦めたくなくて、認めたくなくて。
帰りたい。
消えたくない。
頑なに、願い続けてた。でも。
知ってた。
心のどっかで、オレはわかってたんだ。
月にする願い事は、叶うはずのない願いだって。
旅の終わり
愛されてると思ったことなんてなかった。
記憶の中の男はいつも、ティーダをからかい、嫌なことしか言わなかった。
家にいることの方が稀で、そしてたまに家にいれば大好きな母親を独占していた。
嫌い、大嫌い。
何度言っただろう。男はその度に苦笑いして肩を竦めていた。
…今にして思えば、その顔にはいつだって、不器用な男の後悔が浮かんでいたのに。
「…バカだ、あんた」
オレもバカだけど。
淡い光を放ち今は何も映さないスフィアを前にしてティーダは呟く。
息子に見せてやりてぇ。
そう言って旅の先々で記録されたスフィアには、男の不器用な愛情が溢れていた。
自分の知らなかった、「父親」の顔をした男。
「……バカだ」
そんなに愛してくれていたのなら、それを見せてくれればよかったのに。
言葉がなくても、ただ、その大きな手で頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれればよかった。
その掌で。温もりで伝わることだってたくさんあるのに。
そんなこともわからないなんて、なんて不器用な男なんだろう。
けれど。
記憶の中の自分に構う男の眸にはいつだって、暖かい愛情が滲んでいた。
言葉も温もりもなくても。視線だけで感じられることだってあるのに。
そんなことも気づかないなんて、なんて自分は鈍いんだろう。
「…ホント、バカだ」
なにもかもが、もう遅い。
男は世界の脅威と成り果て、自分はそれを倒す旅の途中にある。
次に顔を合わせる時、それは永遠の別離に他ならない。
それでも。
「………会いに、行く」
たとえ、男がもう父の記憶を失くしていたとしても。
自分を見ても、何も思い出せなくなっていたとしても。
男は、他の誰でもない、息子である自分に殺されることを望んだから。
「待ってろよ、親父」
殺し合いでしかなくても。それでも、そんな残酷な方法でも伝えられることはある。
アンタの、息子でよかった、と。