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Dawn Valley 8 -Especially persons to him 1.-




 棺は、白い花に囲まれていた。
白い花に囲まれて眠る彼の姿は、とても静かで。
音を立ててはいけないような気がして、ラグナはそっと細心の注意を払って身を屈めた。
 そっと触れる、この世でたった1人、自分と同じ血を持っていた少年の頬。
遠い記憶の向こうにありながら、まだ鮮明に思い出せる女性の面影を持つ彼の頬。
「……冷たい、な。」
当たり前のことだと頭ではわかっているつもりでも、実際触れて見ると、何故冷たいのか一瞬わからなくなる。
 今、自分の前に横たわるのは、ただの抜け殻なのだ。もう、同じ世界に生きてはいない。
「……。」
1つ、大きく息をつくと、ラグナはスコールの頬に触れていた手を戻し、棺のすぐ傍に座りこんだ。
 もう、ずっとこうしている。
報せを聞いて駆けつけてから、まる3日以上。自分に何ができるわけでもないことは十分わかっていたけれど、それでも、傍にいたかった。
 シューッ、と僅かな空気音を立てて背後のドアが開く。コツコツと、小さな足音。
「…もうすぐ、始めます、って…。」
「……そっか。ありがと。」
スコールの死を過去の出来事にする為の、残された者が自分自身の生活に戻る為の儀式の始まりを伝えに来た少女に、ラグナは僅かに頷いた。
「私も、スコールにお別れの挨拶してもいいですか?」
「ああ、もちろん。…リノア。」
スコールにとって大切な存在であった、そして、ラグナ自身にとっても懐かしい思い出を甦らせてくれる面影を持った彼女に場所を空ける。
 バラム・ガーデンに来てから、ずっとスコールの棺の傍から離れなかったラグナはリノアとも大して顔を合わせていない。
しかし、少なくとも顔を合わせた数回の間に、リノアが殊更悲しそうな表情を見せたことはなかった。周囲の人々が悲嘆に暮れている中で、一種異常とも言えるほど、リノアは淡々としていた。その様子に眉を顰める者がいた程だ。
 ラグナはリノアのその態度に特に気分を害したりはしなかった。淡々としたリノアの様子は意外ではあったが、淡々としているからといって、必ずしもそれが死者を悼む気持ちがないこととイコールではないことを、ラグナはわかっていた。
「…スコール、満足そう、…ですよね。」
独り言のようにぽつっと吐き出されたリノアのセリフは数瞬の間をおいてラグナの意識に届いた。
「そうだな…。」
 きっと、彼は満足しているのだ。…自分の終わり方に。
「スコールが、満足してるんなら、それでいいんです。」
静かに眠るスコールの顔から視線を逸らさずに、リノアが言う。
「スコールが死んで、たくさんの人が悲しいって言うけど、ホントにスコールがいなくなったことを悲しんでる人なんて、数えられるくらいしかいない。みんな、スコールが死んだことが悲しいんじゃなくて、伝説のSeeDがいなくなったことを怖がってるだけ。何かあったときに、自分たちとは関係ないところで戦ってくれる便利な英雄を惜しんでるだけ。…スコールは、世界の為に生きてたわけじゃない。」
相変わらずラグナの方に視線を移すことなく、リノアは続けた。
恐らく、ラグナが聞いていてもいなくても構わないのだろう。
「スコールは、世界の為に戦おうとしたわけでも、生きようとしたわけでもない。なのに、知らない間に、スコールはいっぱい荷物持たされてて。でも、スコールはそれを全部放り出せた。放りだして、自分で、自分の終わり方を決めた。だから、すごく、満足そう。私も、それが嬉しい…。スコールが、自分自身のためにすべてを捨てて、それで満足してるなら、それでいい。この先世界がどうなったって、もう、どうでも。」
 スコールは、自分が一番欲しいと思ったものを最後に掴み取った。それが、リノアにとっての救いだった。他人の為に動いて死ぬなんて、そんな不幸な死に方、リノアには許せない。自分の大切な相手には、本人の納得のいく死に方をして欲しい。
「…そうだな。」
ラグナは一言だけ、相槌をうった。
 リノアは一度、覗き込むように身を乗り出し、冷たいスコールの頬に触れると、勢いよく振り返ってラグナに微笑みかけた。
「…じゃあ、私、先に行ってます。もうすぐ、係の人が棺を移動させに来ますから、ラグナさんも早く来て下さいね。」
「わかった。」
そう言うラグナに1つ頷くと、リノアは入ってきた時と同じように、小さな足音をたてて、出ていった。
 残ったラグナは、先程と同じように棺の傍に座りこむ。
ふ、と今リノアが出ていった方向に目を遣る。
 最後にリノアがスコールの顔を覗きこんだとき。
影になってリノアの表情は見えなかったが、ラグナは見たのだった。



 リノアの頬からスコールの頬へと落ちた滴が光を反射する瞬間を。


to Dawn Valley 9 -Especially persons to him 2.-