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魔女っ子理論113~126

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 2年という月日が長いか短いかと言えば、10代から20代前半の集団である10人には長いものだと言える。2年弱の間コールドスリープで眠りに就いていたスコールと、まるまる2年間の存在の空白があるティーダはほぼ変わりがないのだが、他の仲間たちは多かれ少なかれ変化が見られた。当然、外見でも内面でも、年若い者程その変化は顕著だ。
「ほんっと、悔しい…」
再会してから事ある毎にジタンの口から洩れる言葉がこれだ。それに対して得意げな様子なのがオニオン。
2年前、僅かながらジタンの方が勝っていた身長は、2年経って逆転し、僅かにオニオンの方が高い。
ジタンも伸びていないわけではないし、まだまだ成長期のはずだが、ジタンの世界の人々は全体的に小柄なのでこれ以上はあまり望めないかもしれない。
「まだまだ伸びるからねっ」
背が伸びたと言っても、まだまだ他の年長の仲間たちとは勝負にならない。2年前の時点で21歳と仲間内ではライトに次ぐ(ライトの記憶がなかった為正確な年齢は判らなかったが、誰もがライトが最年長だと信じて疑っていない)年長者だったクラウドが、遅くきた成長期とでも言うべきかこの2年で身長を伸ばしてしまったのは、少年にとって大きな誤算だったが、15歳のオニオンは言葉通りまだ成長期の真っ只中だと思っていいだろうし、年長の仲間たちと肩を並べられるくらい大きくなる可能性は充分ある。
「ナリばっかりデカくなっても中身がガキのまんまじゃ意味ねーんだぞ~」
「そういうの負け惜しみって言うんだよ。自分の方がガキなんじゃない?」
「その生意気な口調はほんっと変わってねー!」
ジタンとオニオンのこんな遣り取りもすっかり定番と化していて仲間たちの苦笑を誘う。
 そんないつもと変わらぬ遣り取りをしながら、その日3度目の空間変異をやり過ごした。辿り着いたのは、見たことがあるようなないような洞窟。
洞窟というエリアは厄介で、他の地形のようにパッと見て判別できる特徴が中々ないことの方が多い。暫く歩いてみて漸く誰の世界の断片なのか判明する、ということもしばしばである。
今回も、そうして暫く歩を進めた後だった。
「…水の、洞窟だ…」
呟いたのは、オニオンだった。


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 その場に落ちる沈黙。苦笑いを浮かべている者2名、海より深い溜息を吐く者1名。残り7名は…たぶん、近くで待っていることだろう。
「フリオとバッツには近寄らないようにしてたのに…」
「ははは…、これでもお前のこと助けたんだぞ~?」
「まあ、ほら、今回は、お前の番だぞ?な?」
バッツとフリオニールが少年を宥める。
 オニオンの世界の水の洞窟という場所を写し取った断片であるらしいエリアで、祭壇らしき場所まで来た時だった。毎度の事ながら突如として現れたイミテーションの相手をして混戦になった。洞窟の中と言っても開けた場所だったのでティナを安全圏へと下がらせ残りの全員が戦闘状態に入ったのだが、混戦の中、イミテーションの放った矢がオニオンの背へと真っ直ぐに向かったのだ。それに気づいたのが偶々近くで戦っていたフリオニールとバッツであり、バッツがオニオンの体を引っ張り、転げそうになったところをフリオニールがうまく受け止めた結果、そのまま異空間にいってきます、という状態に陥ったのだった。
「よかったじゃないか、ビリはスコールに決定だ!」
バッツがそう笑えば、ああきっと後でそれを本人にも言ってスコールの纏う空気が氷点下と化すんだろうなあ、と想像しつつもとりあえず目の前の少年を不機嫌オーラを宥める為にフリオニールも頷く。
「それはそうだけど…」
対するオニオンの歯切れは悪い。考えてみれば、このエリアに入った時からずっと、オニオンはどことなく暗い空気を漂わせていた。本人はいつも通りであろうとしているのだろうが、仲間たちには判ってしまうものだ。それは最早、勘に近いレベルの話だったが。
「心の蟠り…。何か、心当たりがあるんじゃないか?」
フリオニールの問い掛けに、オニオンは曖昧な表情をした。
 心の蟠り。そして、この水の洞窟。もう逢えない、でも逢いたい人。
心当たりはある。けれど、思い出すのはつらい。忘れたいわけではないし、忘れたわけでもない。でも、敢えて思い描きもしないようにしていた。酷い、と自分を詰りながら。
思い詰めた顔をしたオニオンの視線の先で、髪の長い少女の姿が暗闇に浮かんだ。
「エリア…」


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 そんなに長い時間を共に過ごしたわけではなかった。寧ろ出逢いから別れまでの時間は本当にあっという間と言ってよかった。
兄弟のような孤児4人でウルの村周辺を駆け回る日々から、風のクリスタルに啓示を受けて広い世界へと出て行った旅は、時に厳しい戦いを強いられることもあったけれど概ね幼い少年たちの好奇心と冒険心を擽るものだった。それでも、旅の中には出逢いと別れがあるのは当たり前で、そしてその別れが、永遠の別れであることだってないわけではない。
 自分よりも、少しだけ年上だった少女。水の巫女という役目を負った、エリアという名の少女。
彼女は水のクリスタルに光が戻ったことを見届け、自分たちに水のクリスタルの称号を授け、そして自分たちを庇って逝ってしまった。
エリアと出逢う前にデッシュとの別れは経験していたが、デッシュはきっと生きていると信じていられたし、実際彼は元気に生きていた。けれど、エリアは、オニオンの眼の前で、その命を止めてしまった。握った手が力を失って重みを増した、その瞬間の感覚を少年は今も克明に記憶している。初めて経験した、身近な人の死。
「ちゃんと…クリスタルの力は戻ったんだ。闇の氾濫だって止めた。エリアの想いはちゃんと果たしたんだよ」
オニオンはどこか必死に自分にだけ見えるエリアの幻に向かってそう言い募る。そこに声を掛けたのは、フリオニールだ。
「オニオン、たぶんそれは違う」
「え?」
振り返ったオニオンに、今度はバッツが助言する。
「託されたものを果たしたとか、そうやって自分の心を誤魔化してないか?フリオが怒ったみたいに、お前にも、ずっと表に出せてない何かがあるんじゃないか?」
「そんなの…」
オニオンには思い当たらない。フリオニールのように、大切な者を遺して託すだけ託して逝ってしまったことへの怒りを感じているわけではないし、バッツのように確かめたいことがあるわけでもない。エリアには水の巫女としての使命があり、彼女はそれを全うし、平和への祈りだけを自分たちに託して逝ってしまったのだ。怒りも疑問も感じない。
あるとすれば、言っても詮無い子供っぽい感傷、だろうか。
「もう、子供じゃないんだし…」
「関係ないだろ、ネギ。大人だろうと子供だろうと、楽しいもんは楽しいし、悲しいもんは悲しいんだ」
「感じる心に大人も子供もないんだぞ。ただ、大人になると誤魔化しが上手くなるだけだ」
素直な感情に従ってみろとオニオンから見れば確実に大人である2人の仲間は口を揃える。
 自分の感情に素直に従う。それは、先を急ぐ冒険の旅だからとあの日置き去りにした感情に、出口を作ってやることだ。平和を取り戻した後も、口にしても仕方ないからと、そしてもう子供じゃないんだからと、心の奥にしまったままだった1番素直な想い。
 暗闇に浮かぶ、長い髪の少女の幻影。じっと自分を見つめて微笑んでいる彼女を真っ直ぐに見る。
オニオンの鮮やかな翠の眸に、大粒の涙が浮かんだのはすぐだった。
「…な、んで…」
しゃくり上げながら、ほろほろと涙の粒を零しながら、少年は叫んだ。
「なんで、死んじゃったんだよ…っ!!」


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 エリアは自ら死を選んだわけではない。死にたかったわけでもない。不意打ちの攻撃から自分たちを庇い、結果としてそれが致命傷になったというだけだ。だからこんな風に言うのは間違っていると知っている。もっと言えば、不意打ちの攻撃に気付けなかった自分たちの未熟さを責めるべきなのだと解っている。
けれど、その人が逝ってしまった、という事実に対する感情は、そういった道理とは別次元で、それは一言でいえば、悲しい、ただそれだけに尽きた。
「もっと話したかったのに…」
止まらない涙をゴシゴシと拭うオニオンの背を、フリオニールがポンポンと落ち着かせるように叩く。バッツの手が、オニオンの頭を撫でる。優しい大人の手に促されて、少年の涙は益々止まらなくなる。
それでもようやくオニオンが落ち着いた頃、幻影の白い手がそっと少年の頬を拭った。
顔を上げれば、そこにはエリアが優しく微笑んでいる。
『もう、大丈夫?』
 声は聞こえない。唇の動きだけでそう伝えてきた彼女に、オニオンは恥ずかしそうに笑いながらコクンと頷いて返した。
「…ごめんね、君のこと、ちゃんと悲しまないでいて」
ゆっくりと首を振る彼女に、オニオンは言う。
「もう、思い出すのがツライなんて思ったりしない。悲しいけど、悲しいなって気持ちを噛み締めて、ちゃんとエリアのこと思い出すよ」
 思い出して、悲しくなって、どうしようもなくなったら素直に泣こう。それが、死者を悼むということなのだから。
オニオンがまだ潤む眸でそう言った時、頭上に現れたクリスタルが眩い輝きを放った。


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「ネギ、どうしたッスか、その顔!」
暗闇が砕けるように晴れ、オニオン達の姿が見えると、まず最初にティーダが驚いて声を上げた。
他の面々も、一体何があったのかと少年を凝視している。赤くなった目許や鼻の頭など、明らかに大泣きしました、という顔なのだから当然だ。
「ちょっとね」
「ちょっとねって…」
ジタンが状況を知っているであろうフリオニールとバッツを見るが、2人も「ちょっとな」と肩を竦めてみせただけだった。
「無事に楔を打てたなら、それでいいだろう」
何があったのか聞き出したくてウズウズしているジタンとティーダを、クラウドが苦笑交じりに牽制する。
「えー、でもネギが泣くなんて何あったか知りたいじゃないッスか」
「そうそ、この小生意気なネギが泣くなんてさ~」
「小生意気ってなんだよっ」
すぐさま喰ってかかるオニオンにティナが近づいた。
「なんだか、すっきりした顔してる」
ティナの言葉に、オニオンは照れたように笑って頷く。
「…うん」
その背後ではジタンとティーダがわざとらしくひそひそ話を装いながらも聞こえるように喋っている。
「ほーんと、オニオンくんたらティナの前だけ態度違いすぎじゃゴザイマセン?」
「しかたないですわよ、オニオンくんはオ・ト・シ・ゴ・ロなんですもの」
無論、そんな会話を放っておけるオニオンではない。
「ちょっと、聞こえよがしに適当なこと言わないでよね!」
脱兎の如く、という表現がぴったりの早業でジタンとティーダが逃げるとオニオンもそれを追いかける、
それを微笑ましく見ている仲間たちの中で、また爆弾を落とそうとするものが1人。
「そういやさ、これで競そ…んぐっ」
競争はスコールがビリな、と言おうとしたバッツの口は有無を言わさずフリオニールの手で塞がれた。
「んんんー!んんーっ!」と全く意味のある言語として伝わってこないバッツの呻き声を無視し、フリオニールはバッツをそのまま無理矢理引き摺りながら歩き出す。
「さ、次へ移動しようか!」
なんだか乾いた笑いを発しながらバッツを引き摺っていくフリオニールの後を、仲間たちは一部首を傾げながら歩き出した。


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 10人の大所帯だから、移動は自然といくつかのグルーブに分かれることになる。だいたいバッツ・ジタン・ティーダあたりが先頭を行き、フリオニールとオニオン、スコールなどはかなりの頻度で先頭組に引っ張りこまれている。その後ろからティナやクラウド、セシルが続き、ライトが殿を務めることが多い。
この時もお騒がせトリオプラス巻き込まれ組が先頭を行き、ライトと、偶々クラウドが最後尾を固め、その間をティナとセシルが歩いていた。
「だけど、ちょっと怖くもあるし興味深くもあるね」
セシルがそう言うと、ティナが首を傾げてセシルを見る。
「何が?」
「楔を打つ為に、僕が乗り越えなきゃいけない心の蟠りはなんなんだろう、てね」
既に6人が楔を打ち、残るはライト、クラウド、スコール、そしてセシルの4人。順番を予測することはできないが、残り4人ともなれば「そろそろ自分の番か」と感じることも多くなる。
「全然思い当たったりはしないの?」
「いいや、逆かな。色々心当たりがあって1つに絞れないんだ」
穏やかな口調と言葉の内容が合致せず、ティナはきょとんとセシルを見上げた。
「1つに、絞れない…?」
「うん。皆の話を聞いてると、なんだかどれも心当たりがあって…。自分の中でどれが1番大きいのかさっぱり判らないよ」
苦笑するセシルの様子はやはり穏やかで、ティナがきっとセシルならすぐにでも心の壁を乗り越えることが出来るのだろうと思った時、空気が揺れて空間変異が起こった。
目の前に現れたのは、どこかの山、だろうか。ひんやりとした空気と静寂が辺りを包む、どこか厳かな雰囲気を湛えた景色だった。
「ここは…」
セシルが立ち止まる。なんとなく釣られてティナも足を止めた。
「試練の山だ…」
「あ…」
セシルの呟きと、思わず、と言った様子のティナの声はほぼ同時。ティナにどうしたと訊こうとして、セシルも異変に気づいた。
 だいぶ先を行っていた先頭組は勿論、ほんの少し後ろを歩いていたライトとクラウドの姿も見えない。
「タイミングよく僕の順番が回ってきたってこと、だね」
懐かしそうに周りの景色を見ながら、セシルがほんの少しだけ表情を固くしてそう言った。


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気づけば暗闇が2人を取り囲んでいた。この暗闇を晴らすには、セシルが自らの心の蟠りを解かさなくてはならない。
 逝ってしまった人への伝えられなかった想い、過去と向き合い現在を見つめる覚悟、自らの存在の肯定。
仲間たちの話を聞くと、セシルにはそのどれもに心当たりがあった。
 亡きバロン王か、それとも父クルーヤに対する想い。
 敵に騙され犯してしまった、ミシディアやミストでの罪。
 月の民と青き星の民との混血である自分の出生。
どれも可能性がありそうで、その反面、それが今更自らの心の蟠りとなるだろうかという疑問もある。どれも、2年前、青き星を護る戦いの中で否応なしに向き合い乗り越えてきたものだからだ。思うところはあるが、改めて蟠りと言えるほどのものかと問われると首を傾げざるを得ない。
けれど、何を突きつけられても向き合うつもりでセシルが暗闇を見つめていると、背後から声がした。
『セシル』
驚いて振り向いた。その様子に、隣りにいるティナが何事かとセシルが振り向いた方向を見るが、何か気配を感じるだけで何も見えなかった。今そこに、セシルが向き合うべき何かがあるのだ。そう覚りティナは1歩後ろに下がった。
セシルはティナの動きに気づくこともなく、ただ呆然と暗闇の中に現れた相手を凝視している。
 自分の心の蟠りとは何なのだろうと思っていた。
心当たりはあり過ぎて、けれどそのどれも予測の決定打に欠けて、不謹慎だが少しだけ楽しみにしていた。それは心理ゲームをするような感覚だったかもしれない。
けれど、こうしてそれを突きつけられて理解する。きっと自分はまた知らず罪を犯したのだ。
知らぬ他人から見たら些細な、罪とは呼べないものかもしれない。しかし、自分が長い間ずっと知らぬ間に犯し、今もまた重ねられたそれは、人1人の人生を滅茶苦茶にしてしまった。
誰よりも誇り高く強い騎士であろうとし、またそうなれた筈の男の人生を、陰へと突き落としてしまった。
自分が知らず犯し続けてきた、甘え、という名の罪。
 暗闇の中、闇に溶け込みそうでありながら一線を画す濃紺の鎧。背中に真っ直ぐ流れる1房の金色の髪。口許しか露にならない竜を模った兜。
セシルは呆然としたままその名を呼んだ。
「カイン…」


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 幼い頃からいつも自分を支えてくれた大切な幼馴染。いつだってセシルの最大の理解者だったカイン。
強く誇り高い親友の姿は、いつだって自分の憧れだった。何も持たない自分はいつだって彼に引っ張られ、支えられ、道を歩んできたのだ。
『…よく言う』
嘲笑うように幻影のカインは言った。
『お前はすべてを手中にしながら、何も持たないフリをしていただけだろう?俺がどれだけお前を嫉ましく思ったか知りもせず』
「そんなこと…」
『お前は最初からすべてを持っていたのに持っていないフリをして、差し出されたそれを今度は思わせぶりに拒むんだ』
「違う!」
『俺がどんなに望んでも手に入れられないものを、お前はあっさりと俺の眼の前で拒むフリをする。そうやって俺を嘲っていたか?』
「そんなこと思ったことない!」
半ば顔色を失せさせながらセシルは叫んだ。
『どうだかな…。セシル、お前はいつだって俺を都合のいいように扱ってきたんじゃないか?俺にだったら何したって許されるとでも思ったか?』
「そんなわけないだろう!?」
『だが、現に今だってお前は俺のことなど忘れていただろう。お前はいつだってそうだ。あの、ミストの大地震の時も、お前は瓦礫に埋もれた俺を捜そうとはしなかった』
「あれは…リディアがいたし…」
幼い少女を早く安全で温かな場所で休ませてやらなくてはならなかったのだ。苦しい二者択一だった。あの場で訓練を積み鍛えられた軍人であるカインより、セシルが知らず母親を奪ってしまった幼いリディアを優先したのは当然の判断だっただろう。しかし、仕方なかったのだと、そうセシルが断言できないのは。
『あの時から…俺はずっと闇の中を彷徨い続けている』
あの時、カインを捜し出していれば、彼はきっと今もバロンで誇り高き竜騎士団の隊長としてセシルの傍にいてくれただろう。それが、幼い頃から誇り高く威風堂々とした騎士として生きることを自らの道と決めて生きてきた彼の、本来あるべき姿だ。
「セシル…」
そっと、ティナの手がセシルの腕に触れた。その存在を今思い出したかのようにセシルがぼんやりと視線を向ければ、ティナの心配そうな眼とぶつかる。
「セシル、顔色が凄く悪いわ…」
セシルの見えているものの気配しか感じ取れないティナには、セシルが口にした言葉しか聞こえない。だから状況は全く解らなかったが、どんどん顔を青褪めさせていくセシルに、思わず声を掛けたのだった。
自分に何かができるとは思わないけれど、自分が楔を打つ手助けをしてくれたセシルに、今度は何か少しでも自分が役立てるなら、とティナは口を開く。
「あのね、セシルが嫌でなければ、わたしに話してみない?」


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下から覗き込むように言うティナに、やがてセシルは1つ大きく息を吐いて自分を落ち着けると、ぎこちなく頷いた。
 セシルとローザとカイン。幼馴染の3人。1番年上のカインはいつも2人の面倒を見てくれたこと。やがて成長とともにセシルとローザが想い合うようになったこと。実はカインもローザを想っていたこと。カインが黙って自らの想いを押し殺し、2人のフォローをし続けてくれたこと。そして青き星を護る戦いと、その中で起きたカインの洗脳と裏切りの顛末。
「戦いが終わって…、皆で喜び合って、気づいた時にはもうカインは姿を消していたよ…」
誰より誇り高い竜騎士は、自らを許さず本来彼が手にしていたはずのものを捨てて姿を消した。
「いつもいつも、本当に小さな子供の頃から、僕はカインに頼りっぱなしだった。そうだよ、いつも無意識に、カインだったら解ってくれる、許してくれるって思ってたんだ…」
今回の件にしても、今までの無意識の甘えの積み重ねが確実にカインの人生を闇へと突き落とす一端を担ったというのに、そんなことに思い至りもしなかった。2年前、カインの押し殺していた心を知った時、彼が人知れず旅立ってしまったことに気づいた時、あれほど自分の甘えを悔い責めたのに、また繰り返してしまった。
「ねぇ、でもセシル、今あなたの前にこうして、そのカインさんの幻が現れるのは、セシルがずっと心の奥でカインさんのことを気にしていたからでしょう?」
ティナが言葉を確かめるようにおずおずと言う。
「普段意識してなくても、心の奥で、1番大きな場所を占めてたから、だから今ここで試されているんだと思うの。皆、そうやって心の奥で意識しないようにしていたものを突きつけられて、それを乗り越えた…。だから、セシルが自分を責めることないと思う」
「ティナ…」
 確かに、仲間たちの話を聞けば、皆普段意識せずにいた、けれどずっと心の奥底にあった蟠りを解消することで楔を打った。ならば、セシルに突きつけられたものが、無意識の甘えという罪であったことも納得はいく。しかし、状況に納得がいくことと、自分を責めずにいられるかということは全くの別問題だ。
表情の険しさが取れないセシルの様子に、ティナは暫く逡巡し、やがて意を決して口を開く。
「わたしは、カインさんを知らないから、こんなことわたしが言うの、差し出がましいのかもしれないけど…」
「…」
黙って続きを促すセシルに、ティナは強い確信を持って言った。
「セシルに聞いた通りの人なら、カインさんは、セシルのことを責めたりなんて絶対してないと思うの。誇り高くて強くて優しいその人は、他人を責めたりしない。自分を責め続けているから、セシルの前からいなくなってしまったんでしょう?」


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ティナの言葉は、セシルの心に劇的な効果を齎した。
 ああ、そうだった。カインはこんな風に他人を責めたりする人ではなかった。彼が責めるのはいつだって自身だった。カインは自分の身の上に起こったすべての出来事の責任を、他者ではなく自身に求める人だった。
セシルは目の前の幻影を見つめる。これは。
「お前が現れたのは、僕の願望だったんだ…」
 お前の所為なのだと、いっそ糾弾してくれたらいいと思っていた。そうしたら、言い訳することだって、謝ることだって出来るのに。
 謝って、縋って、どうか僕たちの傍に、バロンへと帰ってきてくれと頼むことが出来るのに、と。
「それも結局僕の甘えだな…」
セシルは苦笑いと共にそう呟いた。
「でも、カインが『お前の所為だ』なんて言って僕を責めてくれるような人だったらよかったのにって、思うよ。そうしたら、お前があんなに傷つくことはなかったのに」
言いながら、しかしセシルは解りすぎる程よく解っている。親友は、そんなことが出来ない人なのだ。他者を責めるには、彼はあまりに強く、誇り高く、そして何よりも優しい。
そんな彼を親友と呼べることを、自分がどれだけ誇らしく思ってきたか。
「不思議ね」
ティナにそう言われてセシルは眼を瞬かせる。
「何がだい?」
「セシル、いつも『君』って言うのに、カインさんには『お前』なのね」
「…ああ」
言われて気づいた、というようにセシルは頷いた。
「なんだろう…。カインは、特別だから」
 そう、特別なのだ。孤児で国王が養父という境遇も相俟って、他人の顔色を窺う傾向の強かったセシルが意識せずに甘えてしまうほどに。きっと、セシルが無意識に行っていたそれを、カインは理解していたのだろう。そしてずっとその甘えを受け止め続けてくれたのだ。
 セシルは幻影の親友の姿に微笑んだ。自分が何を乗り越えるべきなのか、何を覚悟するべきなのか、解った。
「そうだな、ずっとお前に頼りっぱなしだったから…。もうしゃんとしないと駄目だったね。帰ってきて欲しいって願っていてはいけなかった。お前の帰りを、待っていられる自分になるよ。お前がいつか自分を許した時に、帰ろうと思える国で在り続ける為に僕は僕に出来る事をしよう」
竜騎士の兜から覗く口許が、微かに引き上げられた。兜に隠れていても判る。あれは、カインが自分に対してよく見せていた、親しい者にしか見せない表情。
「お前はお前の気持ちに従って、納得のいくまでそうしていればいい。帰ってきて欲しいとは言わないから。でも、忘れないでくれ。お前が帰る場所はバロンだよ。バロンは僕と…ローザが守るから」
言葉を紡ぐセシルの胸の前にクリスタルが現れる。
「それから時々無事かなって心配するくらいは許してくれ。それと…帰ってきたら、僕はきっとまたお前に頼るから、覚悟しておけよ、カイン」
 それは何も言わずに姿を消した罰だ、とセシルが冗談めいた口調で言った時、クリスタルが眩い光を放った。


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クリスタルの光が暗闇を打ち払っていく。光が収まればそこには仲間たちが待っていた。
「楔を打ったようだな」
ライトがそう言って迎えてくれる。セシルが頷いて返すとライトは空に眼を遣った。
「残るは、3つか」
その言葉に、まだ楔を打っていないクラウドとスコールも頷く。ティーダとジタンが楔を打った場に居合わせたライトはまだ想像がつくが、2人はいつも待っている側だったので楔を打つその場の具体的な想像ができない。一体何が待ち受けているのだろうと、漠然とした不安はあった。
 一方ライトは全く別の類の危惧を抱いている。
楔を打つ毎に動きに統制が取れていくイミテーションの大群は、楔を6つ打った段階でも手強い敵になっていた。たった10人、戦闘力のないティナを除けば9人で、下手すれば数百単位の敵に組織的な動きをされれば掃討に梃子摺って当然だ。今回セシルが7つ目の楔を打ちこんだことで、イミテーションはより統制され戦略的な動きをするようになるだろう。それだけではない。まだ楔を打っていない、つまりこれから異空間へと隔離されるはずのメンバーが、自分はともかく、クラウドとスコールだということも大きな問題だった。
今まで異空間に隔離される時は、必ず複数で隔離されている。ただの偶然なのかもしれないが、話を聞く限り心の蟠りを解く手助けをその時共に隔離された仲間がしているのは間違いない。しかも、不思議なことに隔離される組み合わせは今のところ固定だ。これをすべて偶然だと片づけるのは些か無理があるだろう。コスモスの意思なのか、それとも何か別の力が働いているのかは判らないが、異空間に隔離される時は必ず固定の組み合わせで複数人隔離されるという法則があるのだと考えておいたほうがいい。そう考えると、今まで一度も隔離経験のない2人が組み合わされるということになる。つまり、これから起こる楔を打つ3回の内の2回、仲間内の最大の戦力であるクラウドとスコールが同時に異空間へと隔離されてしまうということだ。
もし、2人が異空間へと隔離されている間にイミテーションの大群に襲われたりすれば、一段と動きが統制され強くなった敵の大群を相手に、こちらは最大戦力を欠いた7名で応じることになる。何事もなければそれでいいが、その時の為に対応を考えていたほうがいい。とはいえ、今の段階で取り得る対策など、ライトには1つしか浮かばない。
その対策を伝える為、ライトは仲間の輪に向かい歩いて行った。


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「セシル」
ティーダやオニオンに楔を打った状況を訊かれていたらしいセシルにライトが声を掛けると、彼はすぐにそちらへと向き直って「なんだい?」と話を聞く態勢になった。
これは他の仲間たちにも言えることで、ライトが話し掛けると皆それを最優先にする。ライトが仲間を纏めるリーダーだと誰もが認めている上、彼が無駄話をしないタイプだと知っているからだ。皆で火を囲んで食事をしながらの雑談中ならばともかく、わざわざ仲間たちが会話を交わしている最中に話し掛けてくるのであれば、それは話しておかねばならないとライトが判断したからなのだと皆解っているのだ。
「今後イミテーションと戦闘になった場合の指揮を君に頼みたい」
「え?」
「敵は更に手強くなっていく。我らも連携し戦術を念頭に戦っていかなくてはならなくなるだろう」
 今までははっきりとした指揮や戦術は存在せず、個々の力量に頼っていた部分が大きかった。しかし、今後クラウドとスコールを欠いた状態で戦闘に陥った時にはこちらも組織的に動く必要があるとライトは判断したのだ。
「それは解るけど、僕たちのリーダーはライトだよ。貴方が指示をした方がいいんじゃない?」
「いや、集団を指揮した経験がある君の方が適任だろう」
「でもそれを言ったらスコールの方が…」
 確かにセシルは元々軍人で飛空挺団を率いていたが、飛空挺団は敵の射程距離よりも遠くから一斉攻撃が出来るセシルの世界では唯一の軍隊だった。因ってあまり戦略や戦術を必要としない集団だったのだ。戦術的な指揮という点では、バラムガーデン指揮官の地位にあったスコールの方が余程慣れている。実際、スコールが戦いながらバッツやジタンに指示を出す光景は2年前にもよく見られた。
だが、ライトは首を振って今後の戦闘に予測される事態、即ちクラウドとスコールを欠いた状況での戦闘になる可能性を説いた。
「君の指揮で統一しておいた方が何かと都合がいいと思うのだ。頼まれて貰えるだろうか」
「確かに一理あるね…。わかったよ。次の戦闘からは、僕は出来るだけ後ろで全体を把握するよう努める」
「頼む」
 無論、2人を欠いた状態で敵と遭遇しないのが一番なのだが、そうも言っていられないだろう。
ライトの予測は然程時間を開けずに現実となった。


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 相変わらず移動を続ける日々。その日最初の空間変異で辿り着いたのは、長閑な様子の集落だった。
花畑が広がり、丘を吹き抜ける風が気持ちいい。この場所に見覚えがあったのは、スコール。
「…ウィンヒル」
「ここが…」
仲間たちは興味深げにその景色を見回した。
 ここがスコールが生まれた土地。そしてスコールの世界の始祖の魔女ハインの血脈を護り続けてきた場所。
スコールもただ黙って景色を眺めている。2年前、この場所が自分の生まれ故郷だと知らないまま訪れたきりだった場所だ。自分の産みの親が誰だか知った後、せめて墓参りくらいはしようと思ったものの時間が出来ないままコールドスリープに入ってしまった為結局訪れることはできなかった。そして元の世界に還ることのできないスコールには、これから先、訪れる日が来るのかも判らない場所だった。
「なんかホントに長閑なところだね」
村の真ん中を走る道を歩きながらオニオンが言った。ハインを崇めて暮らした人々の集落というからもっと神秘的な雰囲気を想像していたのだ。
「そりゃ、1000年以上前の話なんだから、今は普通になってるさ」
ジタンがそう返す。スコールは無言のままだ。やがてその視線が道の向こうにある一軒の家に止まった。
 あれは…。
スコールの思考がそこへ集中しかけたのと、周囲に突如として不穏な気配が溢れたのは同時。
「イミテーションだ!」
ティナを除く9人が瞬時に武器を構える。何処から現れるのは知らないが、完全に包囲されていた。まずはこの包囲網に穴を空けるべきだろう。ザッと見回して1番層の薄い部分を見つけ出し、切り込みを入れるべくスコールが踏み出せば、おそらく同じ目的だろうクラウドが隣りにきた。一瞬視線を交わしタイミングを合わせて目の前のイミテーションの一群を蹴散らそうとしたその時、急に強い浮遊感に包まれる。
「なんだ…?」
一瞬にして仲間の姿も、大量のイミテーションの影も形もすべて消えていた。
 これは、あれか。
スコールがそう内心で呟いた時、それを音声にして確認される。
「お前が楔を打つ番、ということらしいな、スコール」
隣りにいたクラウドも強制的に隔離されたのだろう。
「……」
思わず舌打ちしたくなった。自分たち2人が抜けては、あの大量のイミテーションの相手は相当苦労するはずだ。仲間たちは歴戦の戦士でありよもや負けを喫することはないだろうが、苦戦はするかもしれない。自分1人が隔離されてクラウドが残っていてくれたら、戦力的にはだいぶ楽だっただろうに。
「…早く、戻らないと」
これから何を突きつけられるのか見当もつかないが、とにかく早くせねば、とスコールは辺りを覆う暗闇を睨んだ。


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暫くは何の動きもなかった。何も聞こえないし、何も見えない。
自分ではどうしようもないとはいえ、今こうしている間も仲間たちはイミテーションの大群を相手にしているのだと思うと気が急く。
いっそのこと、強力な魔法でもぶつければこの暗闇は晴れないだろうか、とやや乱暴なことをスコールが考えていると、同じように暗闇を見つめていたクラウドが口を開いた。
「心の蟠り、か。あんたは心当たりあるのか?」
「…べつに」
常套句で返された答えにクラウドが苦笑する。
「それは、イエスかノーかどっちだ?」
「…アンタはどうなんだ」
質問に答えず質問で返してきたスコールに、クラウドはやれやれ、といった様子で肩を竦めて見せた。
「あるような、ないような、かな」
「…似たようなものだ」
素っ気無くそう言ったスコールに、クラウドも納得したように頷く。他の仲間たちにも言えることだが、平穏とは言い難い日々を生きてきたから、思うところがないはずがない。否、自分たちだけではない。仮に戦闘とは無縁の、一見平穏に生活を営んでいる一般市民が同じ状況に置かれれば、やはりその人なりの蟠りが具現化するのだろう。
「このまま待っていても埒が明かな…」
明かないな、とクラウドが言いかけた時だった。暗闇を見つめていたスコールの眼が驚いたように瞠られる。クラウドも視線をそちらへと向けるが、クラウドの眼にはただ暗闇が広がるだけだった。今までの例からも、幻影は楔を打つ者にしか見えないらしいから、スコールの眼には何がしか見えているのだろう。
 スコールは眼前に映し出される光景を瞬きすら忘れて見つめていた。
ウィンヒルの1件の家。ドアの前で向き合う男女。
その2人を、スコールは知っている。かつてエルオーネの力で飛ばされた先で、スコールは男の意識の中から、女の姿を見ていた。
「ラグナとレイン…」
かつて見た時には思いもよらなかった、実の両親の姿がそこにあった。

魔女っ子理論99~112

99


クリスタルの光が暗闇の空間を打ち破ると、そこには仲間たちが彼らの帰りを待っていた。
3人が異空間にいる間、モーグリに助けられて森林火災を凌いだらしい。その辺りは過去の自分の経験と一緒なのだと、バッツは言った。
光が何もない空間に突き刺さり、また1つ楔が打ち込まれたことを感じる。
「ちぇっ、バッツに先越された~!」
ジタンが言葉だけは悔しそうに、しかし顔を笑ってそう言った。
「ま、当然の勝利ってやつだ!」
バッツも笑いながら胸を張る。
「…で、ティナは一体…?」
フリオニールが困惑した表情でセシルに尋ねると、セシルは諦めたように笑った。
「ほら、ティナの趣味って『モーグリをふかふかすること』だろう?」
「…ああ」
納得したようにフリオニールも頷く。
 火災を凌がせてもらったモーグリの住処は、ティナから見ればふかふかパラダイスだったのだ。
モーグリを抱き締めて離さないティナは至極幸せそうなので、まあいいか、と仲間たちは思う。「クポー!クポポー!」とモーグリが助けを求めているような気がしなくもないが、彼らはそれを無視することにする。
結局、ティナがモーグリを解放したのはそれから優に30分は経過してからだった。
 あちこち移動する日々を再開した10人だが、幾らも経たないうちにティーダがそれを口にした。
「気の所為…かもしれないけどさ、なんだかイミテーションが強くなってる気がしないッスか?」
イミテーションの襲撃を防ぎきって一息ついたところだった。
「あ、やっぱりそう思う?」
ジタンもその意見に賛同する。他の仲間たちも互いを見回しながら同じ事を感じていたことを確認した。
「1体ずつの強さも多少上がってはいるが、それより…」
スコールの言葉の後を、クラウドが引き継ぐ。
「イミテーションの動きが少しずつ統率されてきているな」
なまじ異常発生ともいうべき数の多さで襲ってくる相手故に1体ずつの強さの向上が大したことなくとも、統率された動きを取られると厄介だ。
「何か原因があるのだろうか…」
ライトが思案顔で腕を組んだ。


100


「原因があるとすれば…考えられることは1つだけだと思う」
セシルが仲間を見回して言う。
「楔、か」
短く答えたライトに、セシルは頷いて続けた。
「1つ目の楔…フリオニールの時の後にも、イミテーションの動きが少し変わったような気はしてたんだ。たぶん、皆も感じてたんじゃないかな?でもまだ本当に些細な変化だったから気のせいかと思っていた」
「今回バッツが2つ目の楔を打ったことで更に変化した…」
「それでもまだ『気のせいかも』って思える程度だけどな」
フリオニールとバッツの言葉を聞きつつ、ライトが厳しい表情になる。
「しかし、逆にこれから楔を打つ毎に気を引き締めていかねばなるまい。数で勝るイミテーションに統率された動きを取られれば、少人数の我々には不利になる」
歴戦の戦士である彼らとイミテーションの戦闘力に圧倒的な差があるからと言って油断してはいけない。スコールの世界で話を聞いた時、シドが言っていたではないか。絶対的な数の優位は時に圧倒的な能力差をも覆す、と。
その言葉に全員が頷き、彼らは再び歩き始めたが、ティナの表情が冴えない。目聡くそれに気づいたオニオンが声を掛けると、彼女は弱々しく微笑んだ。
「わたし、役に立てなくて…」
「その分僕が戦うって言ったじゃないか。ティナがいなきゃ楔は打てないんだから、そんなに落ち込むことなんかないよ」
「でも…」
このまま楔を打つ毎にイミテーションが強くなれば、仲間たちに掛かる負担は大きくなる。数が多い相手なら尚更、魔法による広範囲の攻撃が有効に違いないのに。
「気にするな」
立ち止まった2人を追い越しながら、スコールがそう言い置いていく。
「適材適所、というやつだ。俺達に任せておけばいい」
クラウドもそうティナに言う。
 クラウドの言う「俺達」とは、ティナを除く9人ではなく、恐らくクラウド本人と、そしてスコールのことだ。
2年前と違い制限の外されたこの異世界では、彼らは彼ら本来の戦い方が出来るとコスモスは言った。そうして実際イミテーションとの戦闘をこなしてみて、仲間たちが最も驚いたのはクラウドとスコールのオールマイティーな戦闘力だった。2人は物理攻撃も魔法攻撃も、召喚さえ自在に扱う。数々のジョブをマスターしてきたオニオンとバッツもそれに準じる力を持ってはいるが、ジョブチェンジを必要とする彼らと違い、2人はいつどんな戦闘になっても対応できるのだ。2年前の戦いでも、彼らは接近戦を得意とする物理攻撃型に見えて実は器用に魔法攻撃も使ってはいたが、まさかここまでとは思っていなかった、というのが仲間たちの感想だった。
スコールについては、彼が魔女の力を有していることは皆承知しているから、まだ予測できなくもなかった(それでも本人曰く今までの戦闘で見せた程度のことは魔女の力を継承する以前から出来たのだという)が、クラウドの戦闘力は完全に予想外だった。彼らの世界の法則故にこういったオールマイティーな戦い方ができるらしいが、ともかく、とてつもなく頼りになる戦闘力であることは間違いない。
「俺達は皆必要があるからここに喚ばれた仲間だ。楔を打つ、それが至上命題で、後のことは出来るヤツがこなせばいいだけの話だ。出来ないからといって劣るわけでも、出来るからといって優れているわけでもない」
クラウドの言葉にオニオンも「そうだよ!」と力強く同意を示し、やがてティナはぎこちなく頷いた。
「ありがとう」
出来ないものは出来ないのだから、せめて割り切って考えて仲間たちに余計な気を遣わせないようにしなくては。ティナがそう決意していると、空間が変異するとき特有の不可思議な空気の歪みが彼らを襲う。
「ここは…モブリズだわ」
現れた景色は、ティナがよく知る場所だった。


101


 モブリズはティナが今も住んでいる小さな村だ。彼女はそこで親を亡くした子供たちの面倒を見ながら「ティナママ」と呼ばれて暮らしている。それは大き過ぎる力を持って生まれてそれに振り回されたティナが見つけ出した幸せの形だ。
 見知った景色の中を歩くティナの足取りは軽い。自然と、見知らぬ景色の中を慎重な足取りで、もしくは興味津々であちこち見まわしながら歩く仲間の先頭を行くことになり、そして次第に1人突出してしまっていた。
「ティナ、あまり皆と離れないほうがいい」
気づいたセシルがティナの傍まで来てそう声を掛けると、ごめんなさい、と言って振り返ったティナの表情が固まる。
「どうしたんだい?…!」
セシルもティナに問いかけようとして異変に気づいた。暗闇が、いつの間にか彼らを取り囲んでいたのだ。ほんの10歩程の距離しか離れていないはずの仲間たちの姿は全く見えず、声も聞こえない。
「これは…ティナが楔を打つ番、ということかな」
セシルが落ち着いた様子でそう判断する。フリオニールとバッツの例を聞く限り、そう判断して間違いないだろう。
「…一体、何があるのかな」
ティナが不安そうに言った。心の蟠りを消すことで楔を打つとは言っても、具体的にどうすればいいのかはそれぞれだ。
『ティナ』
暗闇から急に掛けられた声にティナは驚いて振り向いた。そこにいたのは本当のモブリズの村でティナの帰りを待っているはずの…。
「ディーン、カタリーナ」
モブリズの孤児達の最年長、ティナにとっては子供というより弟、妹のように思っているまだ若い夫婦の2人の姿がそこにあった。ティナの眼にははっきりとその場にいるように見えるのだが、すぐ隣りにいるセシルには朧げな気配を感じ取れるのみだ。
カタリーナの腕の中には、未だ幼い子供がすやすやと寝息を立てている。ティナの世界の地図を変えてしまったほど大きく深い傷痕を残した戦いの最後に、希望の象徴のように生まれた2人の子供だ。
ティナはいつものように、その幼い子を抱き締めようと手を伸ばす。
『ティナ、この子に、触れていい手なの?』
「え…?」
カタリーナはティナから子供を護るように確りと腕に抱き、そのカタリーナを護るようにディーンが肩を抱いてティナを見据えていた。
意味が解らない、と首を傾げるティナに、暗闇に浮かぶ若い夫婦はこう言った。
『無垢なこの子を抱き締めるには、ティナの手は赤く汚れてるんじゃないの?』


102


「ティナ?」
瞬時に蒼褪めたティナの顔色に、セシルが慌てて声を掛ける。セシルへと顔を向けた彼女は哀れなほど震えていた。
「どうしたんだい?しっかりするんだ。…なにがあった?」
両肩に手を置き、セシルがティナの顔を覗き込むと、わなわなと唇を震わせながらティナが懸命に言葉を紡ぐ。
「わたし…わたしの、手…」
「手?」
「あか、く…、汚れて、る…」
 言いながら、ああその通りだ、とティナは思った。汚れのない無垢な命を抱き締めるには、自分の手は赤く汚れている。知られてしまったのだ、と絶望感に打ちのめされそうになる。
 記憶のないまま、操られるままに自我もなく力を振るい、たくさんの人を傷つけた過去。事情を知った者は皆、ティナのことを責めたりはしなかった。ティナもまた、この力で護れるものがあるのなら、と戦い抜いた。けれど、だからと言って過去に自分が殺めた人達が戻ってくるわけではない。それは重々承知していて、忘れてはいけない罪だと自分を戒めてきたつもりだったけれど。
「子供たちに…モブリズの皆に、知られたくなかったの」
 子供たちはトランスして異形の姿になって戦うティナを知っている。それでも「ティナママ」だと認めてくれた。しかし、ティナが過去に犯した罪については何も知らないのだ。知られたくなかった。知られてしまえば拒絶されるに違いないと思った。そう、この異空間に現れたディーンとカタリーナのように。
「知らず犯した罪を責められるのは…それで拒絶されるのは、とても怖いね」
セシルが穏やかな声でそう言う。その声があまりに穏やかで、つられるようにティナの震えも徐々に治まっていく。
「だけど、1番大事なのは自分の気持ち、じゃないかな」
「自分の、気持ち…?」
「君が慈しんでいる子供たちに、君の過去の罪を知られて拒絶されたら、君はもう子供たちを愛せないかい?」
「そんなことあるわけないわ!」
拒絶されて然るべき罪を犯したのは自分なのだ。たとえ以前のように子供たちと暮せなくなったとしても、子供たちを護るためならどんなことだってするだろう。
「だったら、それでいいじゃない」
セシルが微笑んで言った。
「責められても、嫌われても、愛せるのなら、護りたいと思うなら、それでいいんだよ、ティナ。その気持ちに従って行動すれば、きっと伝わるよ」
蔑みの眼で見られても、自分は子供たちを護る。その気持ちだけをしっかりと持ち続けることが大切なのだ。そう諭してくれるセシルは、同じような恐れを抱いたことがあるのかもしれない、とティナは思った。思えば2年前、ティナが抱えていた制御できない力に呑み込まれるのではないかという不安を不思議なほど的確に理解してくれたのもセシルだった。
「…ありがとう、セシル」
「いいや。僕にも覚えがあるんだ。それだけだよ」
ああやはりセシルも同じような経験があるのだ、とティナは思い、そして暗闇の中に見えるまだ若い家族へと向き直る。
「わたしの手は赤く汚れてる。それでも、その汚れた手でも、あなたたちを護れるのなら、わたしはなんだってする」
ティナの毅然とした決意に満ちた言葉に、ディーンとカタリーナの視線が和らいだ。
「帰ったら、皆に話すわ。聞いて欲しいの」
ティナがそう言うと、暗闇の中に幻が消えていく。同時に、ティナの前に現れたクリスタルが燦然と輝きだした。


103


 暗闇がガラスのように砕け、モブリズの景色が戻ってくる。すかさず駆け寄ってきたオニオンにティナは安心させるように笑った。
「…わたしにも、楔、打てた」
「当たり前だよ!ティナなら大丈夫に決まってるじゃないか!」
即答された言葉に、ありがとう、と頷く。元の世界へ帰ったらモブリズの子供たちに自らの過去を告白する、それは決意をしても怖い事に変わりはないけれど、こうやって「ティナなら大丈夫に決まってる」と信じてくれる仲間たちがいることが、きっと自分に勇気をくれるだろう。
「これで3つ目か~」
ティーダが両手を頭の後ろで組みながら呟いた。この世界の時間経過は判りづらく、自分たちの感覚的なものに頼るところが大きいのだが、その感覚で言えば、楔を打つべく移動を始めてかれこれ2週間強から3週間弱といったところ。その間に3つの楔を打ったから、単純にこのペースでいけるのならあと1ヵ月半程度掛かる計算になる。
「このまま上手くいけばいいがな」
「うん?なんか心配事あるッスか?」
クラウドの言葉にティーダが疑問を返すと、忘れてるのか、と呆れられる。
「1つは楔を打つ毎にイミテーションの動きに統率が出てきて駆逐するのに時間を掛かること」
「ああ、うん、それは解ってるけど…。1つ?ってことは他にもあんのか?」
「イミテーションがどこかで造り出され続けてる以上、その根本を絶たなくてはならないだろう」
「あ、そっか」
10の楔を打って異世界の拡散を止めたら後は放っておくというわけにもいかないだろう。イミテーションが無限に増え続けたところで、この世界に固有の住人はいないのだから問題ないといえばそうなのだが、増え続けたイミテーションがもしかしたらこの世界に悪影響を及ぼし、また彼らの本来の世界へと影響を与える事態に陥らないという保証もどこにもないのだ。
「じゃあ、あと7つの楔打って、そんでもってイミテーションの巣も壊して、まだしばらく掛かりそうってことだな!」
「なんだよ、ティーダ、嬉しそうじゃん」
ジタンがティーダにそういえば、ティーダは困ったように笑う。
「嬉しいっていうか…いや、やっぱりちょっとだけ嬉しいのかな」
 元の世界に還りたいって思うけど、でも、もうちょっと皆と一緒にいたいとも思うんだ。
ティーダの言葉に全員の足が止まった。


104


 当たり前の話だが、彼らはそれぞれ別々の世界の住人で、それぞれに還るべき場所がある。
2年前はクリスタルの力によって存在をどうにか繋いでいるような状況で、カオスを倒した後は有無を言わせず強制送還されたと言っても過言ではなかったから、別れが寂しいだとか考える余裕は殆どなかった。そして、異世界で苦楽を共にした仲間たちとは2度と逢えないと思っていた。
それがこうして再び出逢い、賑やかに旅をしている。それは奇跡のようであり、2年前と違ってゆとりがある分、別離の時を思うと言いようのない寂しさが彼らを襲うのだ。
「…たくさん、話そうぜ」
バッツがそう言った。
「前はさ、あんまり此処に来る前のこととか話さなかっただろ?どんな世界でどんなことをしてどんな友達がいて、ってさ」
 2年前には元の世界に関する記憶の鮮明さに相当なバラつきがあった為、本来の世界に関する話題は誰もが避けていた節がある。記憶を鮮明に持っている者にしても、あまり語りたくない事情を持っている場合があったのも事実。
「今度はさ、話そうぜ。元の世界に還っても、ああ、あいつは今こんなことしてるんだろうなあ、とか細かく想像できるくらいにさ」
 想うことで、繋がりは途切れないのだと信じているから。
「さんせー!」
ティーダも明るく頷いた。
「そうそ、いい加減ネギの本名とか教えろよな!」
ジタンがオニオンにヘッドロックを掛けながら言うと、オニオンは心底嫌そうな顔をする。
「嫌だよ、教えない」
「なんでそんな嫌がるんだよ」
「なんでだっていいじゃない。ね、ライトもそう思うでしょう?」
話を振られたライトもまた、2年前は記憶喪失の為便宜上「ライト」と呼ばれていたから、今では本当の名を教えてくれてもいいはずなのだが。
「ライトの名も教えてくれないの?」
ティナが寂しそうに尋ねた。なんだか距離をおかれているようで寂しいと思うのは当然だ。
「君たちが呼んでくれる名もまた、私の名だ。本当の名だとか、そんな風に区別して考えていないのだ。君たちが呼んでくれることに意味があるのであって、名前そのものには何の意味もない」
仲間たちが呼んでくれる限り、ライトの名はライトであるし、オニオンの名はオニオンなのだ、これからもずっと。
「まあ、今更違う名前で呼ぶのも違和感あるよね」
セシルが言えば、ジタンやティーダも「それはそうなんだよなぁ」と納得する。
「いいじゃないか。俺たちだけの呼び名があるんだと思えば」
それだって絆だ、とフリオニールがそう言うと、ティナも「そうね」と微笑んだ。バッツも頷いているし、一言も口を挟もうとしないクラウドとスコールは元より本人がそれでいいと言うのならいいと思っている口だろう。
「ライトとネギはライトとネギってことで!」
ジタンがそう纏めると、彼らは再び歩き出した。


105


 幻想的な光が飛び交う景色。幻光虫と呼ばれるそれは、2年前散々戦った夢の終わりと呼ばれるエリアにも飛んでいたが、ここはもっとたくさんの数が飛び交っている。
「グアドサラム、ッスね…」
 異界への入口と言われる場所なのだとティーダが説明した。
「オレたちが呼ばれたとこよりも幻想的だな」
ジタンの言葉に、ライトが頷く。
「オレのとこじゃ、ここに来れば死んだ人たちに逢えるって言われてたんだ」
「ホントに逢えるのか?」
「逢えた気になる、ってだけ。逢いにきた人の想いに反応して幻光虫が姿を映し出すんだ」
「ふぅん、で、やっぱこれはティーダの出番ってことなんじゃねーの?」
「…だよなあ」
幻想的な景色の中に立っているのはティーダとジタン、そしてライトの3人だけ。他の仲間たちがどうしているかは知らない。
 そう、知らないのだ。
「楔打つためにどっか異空間に閉じ込められるってのは確かみたいだけど、閉じ込められ方はバラエティ豊富みたいッスね」
ティーダが多少顔を引き攣らせながら言った。
 いつもの如く空間変異が起こったまでは特に変わりはなかった。けれど偶々先頭を歩いていたティーダが1歩踏み出せば、そこにあるはずの地面の感触はなく。
うわ、と短い声を上げて落ちそうになったティーダの右腕に、すかさずジタンのしっぽが巻きつき、けれど一緒に重力に任せて引っ張られそうになったジタンの左腕をライトが掴み。
しかし空間変異を抜けたライトの足場も頼りになるものではなく、あえなく3人は遥か下方へと落下…したと思ったら、いつまで経っても落下の衝撃はなく。
恐る恐る(ライトは至って平静にずっと目を開けていたらしいが)目を開ければ、そこにはゆらゆらと幻光虫が淡い光を発して飛び交っていた、というわけだ。
「今までの例から考えると、他の者達はこの異空間の外で待っていると考えていいだろう。あまり心配することはないな」
ライトがそう判断すると2人も頷いて同意を示す。仮にイミテーションに襲われても、主戦力とも言うべきクラウドとスコールは外にいるのだから大丈夫だろう。今は、この閉じられた空間から脱出すること、即ち、ティーダのクリスタルで楔を打つことだけに集中するべきだった。
「心の蟠り、かぁ」
 浮かばないんだけどなあ、とティーダは首を捻った。


106


 フリオニールとバッツは「自分に何かを託して逝った相手への気持ちの整理」だったと言っていた。ティナは「過去の罪と向き合う決意」だと。
しかしティーダには、特に思い当たるものがない。父への屈折した愛情は、図らずも2年前この異世界へと親子揃って召喚されたことで昇華された。一部の者達に非難された1000年続いたスピラの死の螺旋を止めたことも罪だなんて思ってはいない。
考え込むティーダの視界の隅で幻光虫が飛び交う。
 幻光虫、異界を飛び交う不思議なエネルギー。人の想いを映し出す依り代。そして、ティーダを形作るもの。
「…オレ、ちゃんと生きてるんだよな」
飛び交う幻光虫を見ている内に零れ出た呟き。自分の声が耳に届いて初めて、ティーダは自分が無意識に抱えていた不安に気づいた。
 本当は祈り子が見続けた夢である自分。2年前、消滅したはずの存在。こうして奇跡的に現実世界へと再び来られたけれど、それは本当にずっと続いていくものなのだろうか。普通の人として時間を過ごしていけるのだろうか。ユウナを、また泣かせたりせずに済むのだろうか。
1度考えてしまえば先の見えない不安に心が支配されそうだ。
「ティーダッ!」
「へっ!?どわっ」
思考の淵に意識を沈めていたティーダは声と同時に自らにタックルを仕掛けてきた体にまんまと倒される。
突然タックルを仕掛けたジタンは得意気に笑って見せた。
「なんなんスか、いきなり…」
「生きてなきゃタックルなんか出来ないだろ」
「え?」
立ち上がったジタンは、尻餅をついたままのティーダを見下ろして偉そうに腕を組んでみせる。
目を丸くしたティーダの前に、ライトの手が差し出された。
「君は確かに今我々の前に存在している。だからこそ、こうして君を助け起こすこともできるのだから」
それは、ティーダの呟きに対する2人の答えだ。
「だいたいさ、オレ達がクリスタルに祈って呼び戻したんだぜ?そう簡単に消えられて堪るかっての」
「祈り子、だったか?君を呼び戻したいと我々に頼んできた子供は、クリスタルの力を利用すれば大丈夫だと言っていた。それに」
「それに?」
「君が自身の存在を不安に思っては、君を彼女のところに戻したいと、次元を超えたこの異世界にまで我々の助力を願いにきた彼の気持ちを無碍にしてしまうのではないか?」
「それと、オマエに戻って来いって祈ったオレ達の気持ちもな」
 信じろ、と彼らは言う。自分の存在を、ではない。自分に戻ってきて欲しい、生きて欲しいと祈った人達の気持ちを信じろと。
知らず、ティーダの顔に笑みが浮かぶ。
 自分は確かに生きている。この先も生きていける。ただそう考えるのは難しいけれど、自分に戻って来いと呼び掛けてくれた仲間たちの気持ちを信じることなら容易い。
 そうだ、こんなにも心の強い仲間たちが、ただ自分の帰還を願い、女神が遺した力の欠片であるクリスタルの力を使ってくれたのだ。これ程までに心強い支えがあるだろうか。
「そうだよな。みんなのクリスタルの力貰ったんだから、大丈夫ッスよね」
ティーダの手が差し出されたライトの手を掴む。
同時に、ティーダの頭上に現れたクリスタルが真っ直ぐな光を放った。


107


 クリスタルの光が突き刺さったところから、パリンと音がして靄が晴れるように周りの景色が鮮明になっていく。
話に聞いていた今までの例と違って暗闇に閉ざされていなかったから判らなかったが、広がっていると思っていた景色はスクリーンに映されていたようなものだったらしい。
外では仲間たちが安堵の表情で3人を迎えた。先の3人の例と違い空間変異直後に姿が見えなくなった為、楔を打つ為に隔離されたのか、それとも何か新たな問題が起こったのか判断しかねていたのだと言う。
「ただいまっ」
「うわっ」
 ティーダがまず1番近くにいたバッツに抱きついた。突然のことにバッツが驚いている内にティーダは次の標的、フリオニールに抱きつく。傍目には体当たりしているようにしか見えなかったが、本人はあくまで抱きついているつもりだ。
フリオニールも唖然としている間に、ティーダは今度はセシルにも抱きつき、更にオニオンの頭を抱え込んで撫で回して怒られ、ティナにはさすがに抱きつけないと思ったのか握手し、クラウドにも抱きつき、ここまでくれば当然次が予測できるスコールには、抱きつこうとしたところを避けられ、「じゃあ、はい!」と手を差し出して渋々握手させることに成功した。
「一体なんなんだ…」
楔を打つ場面に居合わせたライトとジタンにはティーダの心情が解っているので(というよりも、スキンシップでティーダが今ここに存在していることを伝えたのは2人のほうだ)突然の抱きつき攻撃を見ても驚きはしないが、状況が判らぬまま突然体当たりを食らわされた方にしてみれば頭の中にクエスチョンマークがいくつも並んで当然だった。
「なんつーか、その、皆大好きってことッスよ!」
「なんだよ、それ…」
オニオンが呆れたように言うが、ティーダの晴れやかな笑顔を見ていると、まあ好きだって言われてるんだからいいよね、という気分になるから不思議だ。
「なんだかよくわからないけど…ま、いっか」
 いいのかそれで!?とスコールが無言のツッコミを入れていたことには気づかず、バッツがあっさりと受け入れてしまうと、ティーダが言う。
「じゃあ、次目指して出発!」
「今回みたいに空間変異してそのまま、ってこともあるって判ったから、心して行ったほうがいいね」
セシルの言葉に全員が頷いて、彼らは歩を進めだした。


108


 たくさん話そう、そう決めた彼らだったから、移動の合間や食事の時間、就寝前の一時など、彼らは本当によく話した。尤も、元来無口な性質の者と饒舌な性質の者がいるから、均等に、というわけではなかったが、話題はほぼ均等と言ってよかった。彼らは各々本来の世界で幾多の危機や困難を乗り越えてきた者たちだから、話題には事欠かない。
それぞれの近況の話になったとき、仲間たちに衝撃が走ったのはセシルの身分についてだ。
「王様~!?」
「うーん、なんだか成り行きでそういうことになっちゃって、ね」
「王位は成り行きでつけるものじゃないだろう…」
珍しく声に出してツッコミを入れたのはスコールだ。成り行きで大国の大統領になった男を実の父に持つスコールだが、世襲の王位に成り行きで就くのは大統領以上の至難の技だ。
詳しく話を聞けば、セシルが王位に就いた経緯もなるほど、と思えるのだが、それにしても仲間に一国の王がいるというのも不思議だな、などとスコールが思っていると、何故か後ろからツンツン、と突かれる。何事かとスコールが振り返ればティーダが諦めた様子で首を振っていた。
「そーゆー感覚、通じないッス」
「は?」
「お前の疑問も尤もだしそれが普通の感覚だと思うが、あいつらにそれは通用しない」
いつの間にかクラウドも傍に来ていて悟ったように言う。
「……」
意味不明だ、と思ったことが伝わったのだろうか、2人は示し合わせたように同じタイミングで溜息を吐いた。
「あいつらには、王だの王女だのが知り合いにいるのは当たり前なんだ」
「ブンカの違いっつーことで納得しといた方がイイッスよ」
なんだかよく判らないが、2人がこうも疲れた表情で言うのだからそういうことにしておいた方がいいのだろうと、スコールは曖昧に頷く。王族と知り合うのが当たり前の世界?と頭の中は疑問符だらけだったが。
 そんな話をしながら歩いていると、空気が歪むのを感じた。空間変異の前兆だ。
空間変異の感覚はいつも不思議で、瞬時に景色が切り替わったようにも見えるし、どこか異次元のトンネルを抜けたようにも感じる。
今回もそうして抜けた先に広がる景色に反応を示したのはジタンだった。


109


 パッと見には石造りの長閑で小さな村に見えるその景色は、ブラン・バルというのだとジタンが言った。
他のエリアにも言えることだが、今まさに生活が営まれているように見える景色でも、住人の姿はない。
今までの例から、楔を打つには必ずどこか異空間へと隔離されるのは確かだが、そのタイミングはバラバラで予測しようがないので、どのエリアでも隅々まで見て回るようにしていた10人は、建物1つ1つの扉を開き中まで見て回っている。
「なんか、今にも人が出てきてもよさそうなのにな~」
ティーダが家の中を見回しながら呟く。ここがジタンの世界の断片である以上、ジタンが隅々まで見て回らなければ反応があるかどうか判らないのだが、折角だし、と仲間たちは複数班に分かれて探索している。主目的は食材探しだ。こういう集落を形成しているエリアは、普段よりも豪華な食材が手に入り易いので密かに気合が入っている者も数名。
「この食いモンとか、腐らないのかな」
ジタンはテーブルの上のレモンを取ってお手玉のように遊ぶ。かつて捜し求めた、そしてあまり馴染みのない「故郷」の景色に、ここで自分のクリスタルが反応するのではないかと思っていたのだが、何も変わらない。どうやら自分の出番はまだ後らしいな、と思っていると、同じようにテーブルの上の食材を腕に抱えたライト(なんだか妙にインパクトのある絵面だと、実は仲間たち全員が思っている)が2人を見て口を開いた。
「ここではないようだな」
「そーみたいッスね」
「では、行こう」
豪華…といっても高級という意味ではないが、野営の食料としては充分すぎる程の食材が手に入ったから、きっとフリオニールとバッツが張り切って腕を振るうべく気合を入れているだろう。ジタンも頭の中でレシピを考え始めている。メニューが多く作れるから、オニオンとスコールも腕を振るうかもしれない。
 仲間たちの中で料理が出来る者と出来ない者はハッキリしていて、彼ら5人は出来る者だ。2年前、愛の食卓、と呼ばれたアイテム群を装備できた実力は確かだった。まさか装備品の選定基準に料理の才能が含まれるとは思えないが、コスモスの戦士たちを見る限り、結果として愛の食卓装備が出来る者イコール料理が出来る者、という法則が成り立っているのは事実である。
調理が当番制だったのは2年前のほんの僅かな時期のみで、全員の身体的及び精神的被害を食い止める為にも、調理は出来る者がする、出来ない者は片付けやテントの設営、水汲み等をこなす、ということにいつの間にか落ち着いた。
「何が食えるか楽しみだな」
ジタンがそう言いながら、外へ出ようと扉に手を掛ける。が、鍵など掛かっていなかったはずの扉は押しても引いても一向に開く気配を見せない。
「…え?」
その様子に、ライトとティーダも扉を開けようと試みるが、扉は軋みさえしない。
「えーと、これはあれッスかね…」
「もしかして…」
「どうやら、知らぬうちに閉じ込められたようだな」
前にティーダが言ったように、閉じ込められ方はバラエティ豊富、ということらしい。


110


 心の蟠りを吐き出して心の整理をすることが心の強さ延いてはクリスタルの力になり、楔を打つことに繋がる。そして、このブラン・バルの景色を見た時から、ジタンの中ではもしかして、という思いがあった。
もし、ここで自分が楔を打つのだとしたら、自分の心の中にある蟠りというのは、きっと。
「…心当たりがある、という顔だな」
ライトがジタンを真っ直ぐに見据えて言う。こういう時のライトは誤魔化しを許してくれないと知っているからジタンは素直に頷いた。
「我らに話して助けになるのならば聞こう。君が話したくないと思うならば聞かない。方法はそれぞれだ。君が乗り越えねばならない壁であることに変わりない」
「ったく、相変わらずキビシイなあ」
苦笑いして俯く。話すことは、少しだけ怖い。話さないでずっと抱えているのも、やっぱり怖い。ジタンの逡巡を示すようにしっぽが揺れた。
 たくさん、話そう。
ふと、そんな言葉が脳裏を過る。ああ、そうだ、たくさん話そう。近いうちに別れてしまう仲間たちだから、遠く離れても克明に思い描けるように互いのことをたくさん知ろう、知って貰おう。自分もその言葉に賛同したではないか。
 オレたちのことを記憶している誰かがいる限り、その記憶と生命は永遠につながっていく…それが生きるってことだ!
それは2年前、確かに自分が口にした言葉。
「…そうだな」
知ってもらって、憶えてもらって、想ってもらう。だったら、怖いなんて言ってはいられない。
「ここはさ、オレの故郷の景色なんだ」
ライトとティーダがジタンを見つめている。
「オレはここで…造られた」
「造られた…?」
 どんな命もいつかは老いて死に逝くもの。そんな当たり前の摂理を受け入れられなかった身勝手な星と身勝手な生命が、身勝手な欲望の為に造った言わば生きた器。道具。
「ジェノム、って言うんだけどさ」
普通の人のように、否、人だけではない、他の動物のように、生命の営みの中で自然に生まれ出でたものではないジェノム。役割を果たす為だけに造り出された存在。
 2年前、助け出した他のジェノム達は、少しずつ自我を芽生えさせている。自分も、ジタン・トライバルという名のアイデンティティをきちっと持っている。ジェノムだって生きている確固とした命なのだ。
そうは思っているけれど、生まれたのではなく造られた、という事実が、心のどこかで引っ掛かっていた。
それは、コンプレックスという言葉が近いだろう。
「…オレ、いい言葉知ってるッスよ」
ティーダがニンマリと笑った。ジタンが訝しげに見遣れば、彼はジタンを見下ろして胸を張る。そのポーズは、ティーダが楔を打ったときにジタンがしたポーズを真似ているのだろう。
「それがどーした!」
「え?」
思わぬ言葉に、ジタンの眼がまん丸に見開かれた。


111


「人と出会って友達になんのに、一々そいつがどんな風に生まれたとか気にしないッスよ。そりゃ、なんか血が青いとか言われたらちょっとびっくりするけど、それだって1回見たらもう気になんないし」
 それに、とティーダは続ける。
「生まれたヤツと造られたヤツにそんなに差があるんスか?ジタンが普通の人間に生まれてたら、しっぽはないかもしんないけど、他に違いなんかないだろ。ジェノムとして造られたんじゃなかったんだったら、フェミニストじゃなかった?人間に生まれてたら、例えばオレが崖から落ちそうになってても助けてくれない?」
「そんなわけないだろ!」
「じゃあいいじゃん。ジェノムだろうと人間だろうと、ジタンはジタンってことで」
ティーダに断言されると、なんだかそれでいいような気分になってくる。ムードメーカーの真価発揮だ。
「そのジェノムとやらであろうと、人であろうと、他の種族であろうと、私には変わらないように見えるが」
ライトも静かにそう言った。
「誰もが、種の存続という役割を担ってこの世に存在するのではないか?あらゆる生物が、種族保存の本能によって、次代の命を創りだすことになんら変わりはないだろう?」
 それが本能という無意識の営みの中で生みだされたか、意識的に造りだされたか、の違いだ。
「確かに、他の星をそこに生きる生命を一掃して乗っ取り存続を図るというやり方は賛同できるものではないが、ジタン、種の存続という役割の為に与えられた君の生命に、恥じることなど何1つないと私は思う」
力強い言葉に、心の奥にずっと鎮座していた重石が取れたような気がした。
 ただ役割の為に造りだされた、という事実になんとも言い難いコンプレックスを感じていたけれど、すべての生命はみな同じように役割を背負って生まれるのだ。そう、言ってみれば、この世界へと出てくる道が少し違っていただけのこと。普通は土が剥き出しの凸凹道だが、偶々自分は石造りの整備された道を通ってきた、という程度の。
「…ティーダ」
「なんスか?」
「オレも、さっきの言葉、ちゃんと覚えたぜ」
 今の自分を形成するのは、今まで生きてきた時間、経験、記憶、周囲の人々が自分にくれた親愛の情、自分が彼らに持つ想いだ。それらが今の自分の形となり、そしてこれから先の自分を形作る。
きっとただの人として生まれていても、自分はタンタラスの一員で、ダガーやビビたちに出会い、旅をし、クジャが自分を目の仇にすることはなかったかもしれないけれど、たとえ兄弟と呼ぶべき間柄ではなくたってやっぱりクジャを助けただろうし、この異世界に喚ばれてバッツやティーダと馬鹿騒ぎをしてスコールに溜息を吐かれたりしただろう。勿論、もっと違う人生になったかもしれないが、ジタンはたくさんの大切な人達に出逢えた今を、とても有り難いものだと思っている。
だから。自分が他人のどんな思惑の上で、どんな風にこの世に生を享けたのだとしても。
「それがどうした!」
これからは、そう言って笑い飛ばしてやる。
ジタンが、彼らしい自信に満ちた表情でそう言った時。
輝くクリスタルが扉に向かって真っ直ぐ光を放った。


112


 押しても引いてもビクともしなかった扉があっさりと開く。外では仲間たちが思い思いの様子で彼らが出てくるのを待っていた。
「やっぱり、閉じ込められてたんだな」
クラウドがそう声を掛け、ライトが頷く。
「楔打ってます!とか看板でも出てくりゃいいのにな」
食材を山のように抱えたバッツが言えば、それはさすがに無理だろうがと苦笑いしつつもフリオニールが同意を示した。
「分かれて探索してる最中だったから、誰も状況がわからなくてな。1件1件まわって、ここだけ開かなかったから多分ここだろうと踏んで待ってたんだ」
「でも、もしかしたら何か別の異常事態に陥ったのかもしれないし、あともう少し待って戻ってこないようならどうにかして踏み込もうって話してたんだよ」
セシルの言葉に、踏みこまれなくてよかったッスね~とティーダが笑う。可能かどうかはともかく、あの狭い空間に一気に踏み込まれたら衝突事故は意外と悲惨なレベルになりそうだ。
「これで5つ、半分だね」
「ネギ~、ヤバイんじゃないのかぁ?ビリになっちまうぞ~」
「煩いな!大丈夫だよ、ビリになんてならないから」
「だってあと残ってんの、ネギとスコールだけだぜ?」
「スコールがビリになればいいだけの話でしょ!」
「………」
 競争に参加すると承諾した憶えはないだとか、自分の努力でどうこうなるものでないだろうだとか、人を無理矢理参加させるなら全員参加にすべきだろうだとか、色々と思うところはあれど、今の一番率直な気持ちを言うならば、勝手にビリにされるとムカツク、というのがスコールの心の声だが、一応は沈黙を保ったままだ。
「まあ、とにかく、無事でよかった」
無言でいても機嫌の悪いオーラというものは判る人には判るもので、フリオニールが多少引き攣った笑顔で話題を変える。
「今夜の食事は豪華になりそうだな」
「あー、なんか腹減ってきた…」
今日の移動は此処までにして、休むことにする。今日のメシ何ッスか?とフリオニールの持つ食材を覗き込みながら訊くティーダを先頭に、彼らは休息の準備へと取り掛かり始めた。
ジタンがふと、振り返ってシンと静まった街並みを見上げる。
「ジタン、何やってんだよ~?」
前方からバッツに呼ばれて、ジタンは大きく頷くと、自分も料理を手伝うべく、仲間たちのもとへと歩き出したのだった。

魔女っ子理論85~98

85


「世界を、止める…?」
ティナが鸚鵡返しに問えば、コスモスは深く頷いた。
「それは、ここへきて新たな空間が現れたことと関係しているのか?」
「新しく出現したのではありません」
「…?」
「元々この世界にあった空間なのです」
 コスモスの説明によればこうだ。
この世界は元々様々な世界の断片の寄せ集まり。2年前の戦いの当時も、本当は10人が歩き回った空間の他にも様々なエリアが存在していたのだと言う。しかし、此処を実験場とした大いなる意思の力で制限が加えられていたのだ。限られた数の駒を動かすのに、あまりに広すぎるフィールドでは無駄が多い、ということらしい。既に過去の話とは言え駒扱いされるのは気分がよくないがそれは流すとして、つまり新たな空間が現れたと思ったのは、実際は新たな空間が出現したのではなく、制限が解除されて自分たちの行動範囲が広がったということなのだろう。10人が揃うまでは2年前と変わらなかったのは、コスモスが外部から働きかけてランダムな空間変異を起こり難くしていたことと、彼ら自身が新たな空間の存在など疑わず空間変異の際に目的地を定めて動いていたからなのだとコスモスは言った。
「それで、世界を止めて欲しいとは?」
「断片の寄せ集まりに過ぎないこの世界がそれでも一定の状態を保っていたのは、ここを実験場とした大いなる意思の力に依るもの。しかしあなたたちが時の鎖を断ち切って実験は終わりを告げ、大いなる意思はこの世界を放棄しました。制御する力を失ったこの世界は膨張し拡散しようとしているのです」
 ただバラバラになるのであれば大した問題ではない。しかしこのままでは、吸引力を失った断片は次元の狭間を漂流し、次元の境界へと衝突してしまう。それによって引き起こされる事態は。
「衝突された次元…こことは違う世界、本来のあなたたちの世界に異変が起こってしまいます」


86


「異変?」
「天変地異といったものなのか、それとも次元の捻じれが生じてしまうのか…異変の種類は様々。何が起こるとは言えません。確かなのは、何かしら異変が起こってしまう、ということだけなのです」
「それを阻止するには、この世界がバラバラになることを止めるしかないというわけか」
「でも、バラバラになる世界を止めるなんてどうやるのさ?」
オニオンの問いは尤もで、自分たちの世界に異変が起こるというならそれを止めるべく動くのは吝かではないが、具体的にどう動けばいいのかが皆目見当もつかない。
「貴女には、どうにかできるんじゃないのか?」
コスモスに向かってフリオニールが尋ねる。だがコスモスは静かに首を振った。
「蘇ったとはいえ、私は1度死してその世界から退場した身。もうそこへと戻ることは叶いません。こうして外部から働きかけるのが精いっぱいなのです」
こうやってあなたたちに語り掛けられる時間も長くはありません、とコスモスは続ける。
「でも、コスモスにもできないこと、私たちにできるの…?」
不安げなティナに、コスモスは確りと頷いた。
「あなたたちには、クリスタルがあります」
「…あ」
ティーダが何か思いついた、というように声を発する。仲間たちの視線がティーダに集中した。
「クリスタルはコスモスの力の欠片なんだよな?だったら、これ、コスモスに還したら、コスモスどうにか出来るんじゃないっスか?」
そういえばそうだ、と仲間たちの顔にも納得の表情が広がる。しかしコスモスはこれにも首を振った。
「確かに、クリスタルは元は私の力の欠片。けれど、それはあなたたちの想いに反応して生まれたものでもあるのです。それはもう、私の一部には戻りません」
だからこそ再びあなたたちを喚んだの、と調和の女神は言った。


87


 クリスタルはコスモスの力の欠片が召喚された戦士たち10人の想いに反応して具現化したもの。2年前、コスモスの死により消えかけた彼らを存えさせたのも、ただコスモスの遺した力のおかげなのではなく、云わばそれを大きく育てた彼ら自身の想いの強さがあってこそなのだと言う。
「イミテーションが出たのも、何か関係あんのか?」
「それは、文字通り主を失った駒。制御する者が消えた後も、徒に造り出され続けているのです」
イミテーションも湧いて出るわけではなく、どこかで造り出された存在だから、そのどこか、を見つけ出して止めればいい。言葉にすると簡単そうな話だが、何の手掛かりもないのだから骨の折れる仕事だ。
「それで、クリスタルの力でこの世界を止められるのは確かなのか?」
「絶対、とは言えません」
 それもあなたたちに懸かっています、とコスモスは言った。
彼らの手許にある10のクリスタル。その力でこの世界の10箇所に楔を打って下さい、と女神は続ける。クリスタルに宿る女神の力、調和と秩序を司るその力が、無秩序に拡散しようとしているこの世界を一定の状態に保ち、他の次元への衝突を防ぐだろう、と。
しかしその10箇所が何処なのかは判らない。そして本当にクリスタルがそれだけの力を発揮できるのかも判らない。すべてはクリスタルを託された彼ら10人の心の強さに影響される。
「難しいお願いだと解っているけれど、この世界と、あなたたちの世界を救えるとしたらあなたたちしかいないの」
光のスクリーンが不自然に揺れる。あまり時間がないというのは本当のようだった。
「待って、コスモス」
ティナがコスモスに駆け寄るように仲間たちの前に出る。胸に手を当て、言いあぐねるように視線を彷徨わせた後、必死な様子でこう訴えた。
「わたし……わたし、もう戦えないの」


88


「どういうことなの?ティナ」
やはりと言うべきか、ティナの言葉に最も速く反応を示したのはオニオン。
「わたし、もう魔導は使えないの」
 ティナの世界では魔導の根源となる力が失われ、魔法を扱える者はもういないのだという。魔力に優れ、その力で以て2年前の戦いを乗り切ったティナだが、魔法を使えなければ戦力にはなれない。
「ほんとは2年前にもその状態だったはずなんだけど、あの時は何故か魔法が使えて…。でも、今は何も感じないの。これじゃ、みんなの足手纏いになる…」
「そんなことないよ!」
オニオンがティナの傍で胸を張った。
「コスモスは、この世界を止める為に僕達を喚んだんだ。戦うためじゃないよ。イミテーションの相手ならティナの分も僕がするから大丈夫。言ったでしょ、僕が守る、って」
2年前の言葉を持ち出すオニオンに、ティナの表情も少し解れる。あの時はティナよりも小さく、見下ろしていたはずの少年はこの2年の間に成長し、今ではほんの少しだけ見上げなくては目線が合わない。
「ネギだけじゃないぜ」
レディを守るのは男の本分だろ、とジタンも胸を叩いた。
「ありがとう」
ティナが微笑んで頷くと、今度は素朴な疑問をバッツが口にする。
「でも、なんで2年前は魔法使えたんだろうな?」
隣りに立っていたフリオニールも「何故だろうな?」と首を傾げた。
「それも、大いなる意思の制御に依るもの」
 実験にはコスモスとカオスの戦力を均等にすることが必要だったため、この世界独自のシステムを構築して「駒」の能力に制限を加えたのだ。彼らが本来の世界にいる時に出来たことが出来なかったり、逆に出来なかったことが出来たりしたのはその所為だったのだという。
「今のこの世界には制限がありません。あなたたちは、本来のあなたたちの戦い方が出来るはず」
そこまで言うと、コスモスの姿が急激に薄れる。
「コスモス!」
「…頼ってばかりでごめんなさい。どうか…お願いね」
消えかけた光のスクリーンから最後に聞こえたのは、コスモスのそんな言葉だった。


89


光が消え、クリスタルがそれぞれの手に収まると仲間たちは焚き火を囲んで次の行動を話し合う。
「手掛かりは何もなし…。ま、クリスタルを探せって言われたときとおんなじだと思えばいいよな!」
当てのない旅が得意、と言ってのける生粋の旅人であるバッツの言葉は前向きで明るい。
「1人1箇所ずつ楔を打ち込むか…。てことは…」
「……」
嫌な予感がする、とスコールが眉間に皺を寄せたが、それに気づかず、ジタンはバッツに向かって言い放つ。
「どっちが先に楔を打ち込むか競争だな!」
「おーし、今度もおれが勝つ!」
「何言ってんだよバッツ、クリスタル見つけたのはオレの方が先だろ!」
「いいや、おれの方が早かったね」
「……(少しは成長したらどうなんだ…。それとも変わらないことが美徳だとでも言うのか?)」
額に手を当てて溜息を吐いたスコールを尻目に、ティーダも手を挙げた。
「オレも競争参加するッス!」
「お、新たなライバル登場だ」
「全然変わんないよね、3人とも。ちょっとは大人になったら?」
「なんだよネギ、お前も参加するか~?」
「嫌だよ、そんな子供っぽい競争」
「とかなんとか言って、実はビリになんのが嫌なんだろ~?」
「なっ!馬鹿言わないでよ、負けるわけないだろ!」
「じゃ、ネギも参加な」
「いいよ、後で泣き見てもしらないからね!」
「お前たち、遊びじゃないんだから…」
「真剣だぜ、オレたちは。な?バッツ」
「そ。真剣に楽しむのが旅の基本だ」
「のばらも参加するッスよ!」
「ええ!?俺もか!?…というより、のばらって呼ぶな!」
頭を抱えそうな様子で溜息を連発しているスコールの横で、あっという間に競争参加者は5人に膨れ上がる。
「楽しそうでいいね」
セシルとティナは微笑ましくその様子を見ているし、クラウドと、意外なことにライトもこの騒ぎを止めようとは思っていないらしい。スコールも同じ境地でいられればよかったのだが、残念ながら、彼にはそういかない事情があった。事の発端がバッツとジタンである以上。
「勿論、スコールも参加するよな!」
 ほら、来た。
「…いや、俺は…」
「絶対負けないからな~!」
こういう場合問答無用で巻き込まれるのだ。2年前に何度も経験したそれが、やっぱり繰り返されるのか、とスコールはもう1度最大級の溜息を吐いたのだった。


90


一通り騒ぎが落ち着いたところで、ライトは腕を組んで改めて思案する。これから自分たちはどう行動すべきだろう。
「1つだけ決まってるのは、目的地を定めて歩かない、ってことだよね」
そうセシルが言う。
 制限が解除されたこの世界がどれ程の広さを持っているのかは判らないが、とにかく歩き回らなくては楔を打つ場所、というものも判らないだろう。その場所へ行けば自ずとクリスタルが反応するものなのかどうかも定かではないが、そこに辿り着けばどうにかなるのだと信じて往くしかない。
「問題は、分かれて動くか全員で動くか、だな」
クラウドの言葉にライトも頷いた。
 2年前、クリスタルを求めてこの世界を歩いた際は、カオス側との総力戦に敗れ散り散りに飛ばされたところからのスタートだったから必然的に複数のグループに分かれての行動になったが、今回は選択権は自分たちにある。10箇所に楔を打ち込む、とすれば分かれて行動した方が効率的か。しかし。
「全員で行動しよう」
ライトはそう決断する。
 フリオニール達の話からすると、イミテーションは数だけ多く1体1体の力は大したことないようだが、それがすべてかどうか現時点では判らない。ティナのように最早戦闘力を持たない者もいるし、不測の事態に備え互いにフォローできるよう纏まって行動すべきだろう。分かれて行動するのは暫く世界を歩いてみて危険はないと判断できてからでもいいはずだ。
「了解ッス」
ライトの決断に仲間たちは同意を示す。
「おっしゃ、じゃあ食事の準備しようぜ」
ジタンが意地でも放すまいと死守してきた食材を指差した。
「しっかり食べて、寝て、明日から動き出すってことでいいよな」
バッツの言葉に、全員頷いたのだった。


91


 翌日から、ひたすら移動する日々が始まった。最初は、まだ完全には自在に体を動かす感覚を取り戻していないスコールを慮ってゆっくりと、まるで散歩のように。スコールが完全に復調してからは、主に一部の者たちがピクニックで走り回るが如く。
目的地を定めず動けば、お馴染みの空間変異は次々と2年前には全く知ることのなかった場所へと10人を連れて行った。そこは、全員が全く心当たりのない場所であることもあったが、大概の場合、誰かの世界の断片であることの方が多かった。
1度、クラウドの世界の断片であるらしい、ゴールドソーサーと呼ばれる屋内型遊戯施設に出た時などは、遊園地、というものを初めて見た連中が黙っているわけもなく、バッツやジタンは本来の目的などそっちのけで遊び出し、オニオンもティナの手を引っ張ってあちこち回り、いつもは手綱を握る側であるはずのフリオニールやセシルまで目を輝かせていた。元々遊園地を知っているはずのティーダも一緒になってはしゃぎまわっていたとか、さりげなくクラウドがスノーボードゲームから離れなかったとか、何故かライトが延々と観覧車に乗り続けていたとか、「俺は子供の引率係か」とスコールが眉間にそれはそれは深い皺を寄せる光景が展開された。
 イミテーションと遭遇することも数回あったが、数だけは辟易するほど多いものの、特に危なげなく撃退することができるレベルのものばかりで、概ね彼らの道中は安泰と言っていい。後は早く1つ目の楔を打つ場所が判明することを願うばかりだ。何しろ、クリスタルの力を育てる、その力で楔を打つ、と言っても具体的に一体何をすればいいのかさっぱり判らないのだ。とにかく1つ目の楔を打たない限りは効果的な具体策も採りようがない。
そろそろ何かしら次の展開が起こって欲しいと思い始めていた頃だった。
 その日3度目の空間変異。
彼らの目の前に現れたのは、どこかの洞窟らしき景色。ここは自分の知っている場所ではないな、と仲間たちが首を振る中、
「雪原の洞窟だ…」
呟いたのはフリオニールだった。


92


「ここはフリオニールの世界の断片なんだね」
「ああ…」
フリオニールは辺りを見回しながら頷いた。記憶の中にある景色とそっくりそのままというわけではないが、それはこの世界のどの空間にも言えることで、この世界に集まっているのは飽く迄も元の世界を写し取った断片に過ぎない、ということなのだろう。
「とりあえずここも歩き回ってみようぜ」
ジタンがさっさと歩き出す。仲間たちもそれぞれのペースで歩き出すが、洞窟という地形の都合上、縦に長い隊列になるのは致し方ない。敵に襲われた時のことを考えると、望ましくない隊列だが、そういう時に限って敵というのは現れるものなのだ。
「また、たくさん来ちゃったなあ」
のんびりと言いながらも油断なく剣を構えたセシルの後ろで、同じく剣を手にしたライトが指示を飛ばす。
「走れっ」
狭い洞窟内で一方からイミテーションの大群に襲われても、全員が応戦することはできない。精々3・4人がいいところで、後の者は敵とは反対方向に走って少しでも広いスペースを確保するしかないのだ。
「走るのはいいけど、のばら~、この先行き止まりだったりしないっすよね!?」
「だからのばらって呼ぶなよ…。記憶通りなら行き止まりじゃないはずだが…」
「だが?」
「大階段だったと思う…」
「うわぁっ」
フリオニールの言葉と、そのフリオニールを振り返りながら先頭を走っていたティーダがその大階段で足を踏み外したのはほぼ同時。
「平気か!?」
「よっと。こんくらい平気ッスよ」
それでもプロスポーツ選手の身体能力は伊達ではないのか、うまく着地を決めたティーダが勢いに任せて階段を降りていく。フリオニールは立ち止まって体を壁に寄せ、仲間たちの方を見た。その横をクラウドが駆け降りる。
「さあ、こっちだ!」
ティナとオニオンがフリオニールの横を通り過ぎ、続いてバッツとジタン。イミテーションの相手の為に残ったセシル、ライト、スコールの3人が心配だが、彼らの強さならばまず問題ないだろう。幅の狭く長い洞窟に密集するイミテーション相手ならば、特にスコールのブラスティングゾーンが凄まじく効果的に違いない。
そう考えてフリオニールも階段を駆け降りる。が、後数段で降りきる、というところで背後で突然大きな音が響いて驚いて振り返った。
「どっから出てきたんだよ、あんなもん」
ジタンが驚いたというよりは唖然とした様子で呟く。それもそのはずで、どう見たって先刻までは何もなかったはずの空間から、階段の幅ギリギリの丸い大岩が出現し、彼ら目掛けて転がり落ちてくるのだ。
だが、それ自体は階段を降り切ってしまっていれば容易に避けられるもので、誰も不安など抱いていなかったのに。
「フリオ!」
後数段を残して背後を、迫り来る大岩を振り返ったまま、何故かフリオニールが動かない。
「ヨーゼフ…」
フリオニールの口から洩れた呟きは誰にも聴こえなかった。
「何ボーッとしてんのっ!?」
大岩がフリオニールを押し潰す寸前、オニオンが彼の背に飛びつくように引き倒した。そのオニオンの腕を掴み、バッツが2人を階段脇の道へと自身も倒れこむように引っ張る。
「フリオ!ネギ!バッツ!!」
大岩が壁に激突する凄まじい音と、ティーダの叫びと、ティナの悲鳴が同時に響いた。


93


「では、岩を砕いた時には既に彼らの姿はなくなっていたのだな?」
ライトが確認の為に聞いた話を反芻する。
「ああ。確かに3人は岩の向こう側に避けた。間一髪だったが間に合っていたのは確かだ」
クラウドが頷きながらそう返した。
 イミテーションを片付けて先に行かせた仲間と合流すべくライト、セシル、スコールの3人が大階段を降りてきたとき、そこにいたのはクラウド、ティーダ、ティナ、ジタンの4人だった。そして何かあったのかと事情を尋ねて今に至る。
「岩で道が塞がれてたって声くらいは聞こえるし、何も言わずにヤツらがどっか行っちまうなんてありえないよな」
ジタンが両腕を組んで首を捻る横で、セシルやティナも困惑気味に頷いた。
「とりあえずは、ここで様子を見てみるしかないんじゃないのか?」
そう言ったのはスコールで、それに全員が同意して、彼らがいたはずの方向を見遣った。
 一方で、その行方不明3人組はといえば。
「どうすればいいんだよ…?」
「おれに訊かれてもなあ…」
オニオンとバッツが小声で互いを突きあう。2人の前には、未だ呆然とした様子のフリオニール。
迫り来る大岩を前に何故か動かないフリオニールを咄嗟に2人の連携で助けたまではよかったのだ。岩が階段を縦線とするT字路の壁に突き当たり派手な轟音を立てるのも、その向こうから微かにティーダが自分たちの名を呼んだのも聞こえた。なのに、土埃が漸く治まって立ち上がり辺りを見回した彼らの目には、あるべき景色が映らなかった。
「なあネギ、異世界喚ばれて更に異世界飛ばされるって、アリ?」
「…ナシ、って言いたいけど、空間変異のレアバージョンみたいなものかもしれないよ」
「それにしたって、いつもと違いすぎないか?」
そうなのだ、彼らがいるのは、酷く暗い空間だった。何処に光源があるのか判らないが辛うじて互いの姿は見えている。しかし、見える範囲には何もなく、物音1つ聞こえない。
「とにかく、出来る事からやってみたほうがいいと思うんだ。…フリオに、しゃんとして貰わなきゃ」
オニオンの視線がフリオニールへと向けられる。バッツも同感、と頷いてフリオニールに近づいた。
「…フリオニール~?聞こえてるかー?おーい?のばら~?」
フリオニールの顔の前でひらひらと手を振りつつ声を掛け続けること数十秒。漸くフリオニールの視線がバッツに合う。
「バッツ……オニオンも、どうした?」
「それはこっちのセリフ!そっちこそどうしたって言うのさ?僕とバッツが助けに入らなかったらフリオは大岩に押し潰されてたんだよ?」
オニオンに言われて思い出したらしい、フリオニールがすまん、と俯く。
「まあ、無事だったからいいってことで!な?」
バッツが明るくフォローを入れ、それから少しだけ表情を改めた。
「でも、ほんとにいきなりどうしたんだ?さっきまでおまえ普通だっただろ?」
その問いに、バッツの後ろでオニオンもうんうんと頷いている。フリオニールは答えあぐねていたようだが、やがてこう言った。
「見たことある、シーンだったんだ」


94


 フリオニールの世界で、彼が経験した戦い。その道中、雪原の洞窟で倒した敵の最後の足掻きで発動した大岩の仕掛け。それを食い止め、フリオニール達を逃がし、彼らに娘を頼むと言い残して死んだ仲間がいた。
「ヨーゼフっていう、頑固そうな男で、義理堅くて、娘のネリーのことを可愛がってて…」
フリオニールの言葉に力はない。当時のことを思い出せばそれも当然だ。
「まるっきり、あの時の光景と一緒で…。ヘンだな。岩が迫ってるのに、ヨーゼフの姿が見えた気がしたんだ」
そうしたら、迫ってくるはずの岩が止まって見えたのだとフリオニールは言った。
「自分にもっと力があればって、後悔してるの?」
「そのときのこと吹っ切れてないのか?」
オニオンとバッツが問う。仲間の死、というものに、彼らも思うところがあるのだろう。
「そうじゃない。そうじゃないんだ。ヨーゼフだけじゃなくて、旅の途中で俺達を先に行かせる為に死んだ奴らは他にもいて…。でも、あいつらに託された想いは果たした。それに、だからこそ俺は夢を持った」
「のばらの咲く世界?」
「ああ。あいつらがどんなに崇高な想いでその身を犠牲にしたんだとしても、ネリーのように哀しみを抱えていかなきゃいけない人がいる。そんなことが2度と起きないように、平和な世界を作りたい」
 それは、フリオニールが仲間の犠牲という事実を受け止め乗り越えたからこそ持てた夢。
「でも…、あ、ゴメン、気を悪くしないで欲しいんだけど…」
オニオンが言い難そうに前置きする。
「構わないさ、言ってくれ」
「うん。…でも、ここでそうやって幻を見たっていうのはさ、フリオの中にまだ何か蟠りがあるってことなんじゃないかと思うんだ」
「その蟠りを消したら、それが本当に乗り越えた事になる、ってことか」
「推測だけど、ね」
オニオンが珍しく自信なさそうに言った。2年経っても生意気そうな言動は相変わらずだが、決して無神経ではないオニオンは、フリオニールの心の傷とも言うべき過去の出来事に言及することに躊躇いがあるのだろう。
「蟠り…」
フリオニールは考え込む。自身では乗り越えたと思っていた仲間の犠牲。
彼らに託された想いを受け止め、そしてその念願を果たして世界は平和になった。そして2度とあんなことが繰り返されないよう、生き残った人々が笑顔で日々を送れるよう、今もフリオニールは努力している。きっと、ヨーゼフも、それだけではない、あの旅の途中で散っていった、スコット王子やシドや、ミンウにリチャードたちも、今の世界を見て、そしてフリオニールの夢を知って、喜んでいるはずだ。
なのに、一体どんな蟠りがあるというのだろう。自身の心のことなのに、フリオニールには見当がつかない。
「言いたいこととか、ないのか?」
バッツがそう助言をくれる。
「言いたいこと…」
「…そういう時ってさ、大抵突然だったりするだろ?そんなことになるなんて考えてもなくて、だけど突然仲間がいなくなる」
そう言うバッツにも、同じような経験があるのかもしれない、とフリオニールは思った。バッツの眼に真剣で哀惜に満ちた色が浮かんでいたからだ。
 彼らに言いたいこと。それはなんだろう。
皇帝を倒し、世界は平和になったこと?
彼らが愛した人達は皆、元気に暮らしていること?
そうじゃない。そんなことはきっと言わなくとも彼らには伝わっているはずだ。
そんなことではなくて、彼らに言えなくて、けれど1番言いたかったことは…。
「…ばかやろう」
無意識に、ポロリと言葉が出た。オニオンとバッツが訝しげにフリオニールを見る。
「格好つけて、後は頼むと勝手に言いたいことだけ言って、後に残された者がどんな想いをするのか解ってないわけじゃないだろうに、都合よく無視して。ふざけるなっ!」
段々とトーンの上がっていく声は、最後には怒鳴り声に近かった。普段そこまで声を荒げることをしないフリオニールには珍しいと言っていい。
「俺は、許さないからなっ!」
 そうだ、こう言いたかった。勿論、彼らの犠牲で今の自分があるのは承知していて、感謝もしている。彼らの犠牲がなくては、皇帝を倒すことは為し得なかった。そう、自分を納得させていたけれど。
「自分の1番大切な人達を哀しませたお前たちを、英雄だなんて、思ってやらんからな!」
 本当は、打倒皇帝の立役者と人々が賞賛してくれた自分などよりも、彼らの方が遥かに英雄と呼ぶに相応しいと思っているが、フリオニールは敢えてそう言った。
 その時、フリオニールの前に出現したクリスタルが眩い光を放った。


95


「なんでクリスタルが…」
突然のクリスタルの出現に驚く3人。しかし、眩く輝いているのは紛れもなくフリオニールのクリスタルだ。
「クリスタルは、僕たちの心の強さに影響される…」
オニオンが呟く。
「それって僕たちの心の動きにクリスタルが反応するってことだよね」
「じゃあ、これはフリオの心に反応してるってことか?」
「わかんないけど…。でも、フリオが無意識にずっと溜め込んでた想いを吐き出す事で、なんて言うんだろ、心の中が整理できたらその分、クリスタルも綺麗になるんじゃないかな」
「自分の心ん中を掃除すると、クリスタルも磨かれるってことか」
バッツの表現にオニオンが頷いた。2人の会話を聞きながら、フリオニールはその眩い光を食い入るように見つめている。
 ずっと、尊い犠牲を払ってくれた仲間たちに対して、責めるような事を考えてはいけないと、無意識に思っていたのかもしれない。彼らの行動で哀しむ人達がいる、そんな人がもう2度と生まれないようにと夢を抱いたことで、乗り越えたつもりでいたけれど、それだけじゃいけなかったのだ。ちゃんと怒ってやるべきだったのだ。いつの間にか犠牲を払ってくれた彼らを神聖視していたのかもしれない。でもそうではないのだ。だって彼らは大切な仲間だ。ちゃんと自分の想いを伝えるべきだったのだ。たとえ、彼らの姿が見えなくても。
「俺は、お前たちのしたことを、そう簡単に許してはやらんからな。…いつか、お前たちに再び逢えた暁には、まず説教してやるから覚悟しとけよ。それから…」
 光の向こうに、懐かしい仲間たちの姿が見える。彼らは「覚悟しておく」というように苦笑いしていた。たとえそれが自分の眼に映る幻だとしても構わない。きっと伝わっていると、何故か信じられるのだ。
「それから、それでもやっぱり、お前たちを仲間と呼べることを、誇りに思うよ」
まるでその言葉が合図だったかのように、クリスタルから一条の光が伸びた。光は矢のように真っ直ぐに暗闇へと突き刺さる。
パリン、とガラスが割れるような音を彼らは確かに聞いた。バラバラと暗闇の世界が崩れていくのが判る。
「フリオニール!バッツ!オニオン!」
暗闇の壁が崩れたそこでは、この異世界の仲間たちが驚いた様子でこちらを見ていた。


96


クリスタルの光は真っ直ぐに、一見何もないただの空間に突き刺さり、やがて消える。
だが10人には漠然とその光こそが楔なのだと感じ取ることができた。
一体何が起こったのかと説明を求められ、起こった出来事と彼らの推測を仲間たちに話す3人。
「心の蟠りを解消することが楔を打つことに繋がる、か…」
「俺の場合はそうだった、というだけだから、全員が当て嵌まるのかは判らないぞ」
フリオニールの言葉に、全員が唸ってしまう。1つ目の楔が打てれば、具体的な行動指針も出来るかと思っていたのだが、どうもそうはいかないようだった。
「やっぱり、あちこち移動するしかないんスかね~?」
「それしかねぇよなぁ、やっぱり。…て、あれ?」
「どうした?ジタン」
何か疑問を感じたらしいジタンにクラウドが声を掛ける。と、ジタンはビシッとフリオニールを指差した。
「俺がどうかしたか?」
突然指差されて訳が判らないフリオニールが驚き気味に訊くと、ジタンが大きく頷く。
「てことは、フリオが1番乗りで勝ちってことだ」
「あ、ほんとだ」
「なんだよ、乗り気じゃない振りして勝ち掻っ攫うとかずるいっスよ」
「お前たちな…」
フリオニールが苦笑いしながら歩く後ろで、今度は俺が勝つ云々とまた賑やかな会話が始まる。
 結局歩き回るしか打開策はないようだが、フリオニールの件でとりあえずは、楔を打つべき場所に出れば何かしら起こるのだろうという推測だけは立てられた。本当は競争も何も、ランダムに起こる空間変異で出た場所次第なのだから、全くの運でしか勝敗は決まらないのだが、そんなことはバッツたちも承知の上でじゃれているのだろう。
 それからまた暫くは、無作為にあちこちを移動する日々が続いた。
その日、最初の空間変異でやってきたのは、広大な森だった。
「…ムーアの大森林だ」
そう言ったのはバッツで、一行は彼に案内されるまま、森の中心部までやってくる。
「エクスデスってさ、ここの木だったんだぜ」
バッツはそう言うと懐かしそうに辺りを見回した。


97


「…で、なんでまたこうなっちゃうわけ?」
オニオンがうんざりしたように言う。
「運が悪かった…から、か、な…」
フリオニールがははは、と乾いた笑いを浮かべる。
「今度はおれの番ってことなのかなあ」
バッツは他人事のように呟く。
 何処に光源があるのか判らない薄ぼんやりとした空間には憶えがある。フリオニールが楔を打った時と同じだ。…暗闇に取り残された面子まで。
「僕、しばらくはフリオとバッツには近づかないことにするよ」
オニオンが恨めしそうに言った。
 ムーアの大森林を写し取った世界で、バッツが彼の世界の思い出を語っていると、突然火の手が上がったのだ。導火線を辿るように10人目掛けて迫った炎を左右に分かれ避けた結果、気づいたらバッツとフリオニールとオニオンは何だか見覚えのある暗闇に居たというわけだ。
「しかし今回はどうすればいいか何となく見当はついてるんだし、な?」
フリオニールが宥めるように言うと、オニオンの視線がバッツへと移る。
「いや、て言われても、おれの蟠りなんて別にないぜ?」
「ないと思っててもきっとあるんだよ。ていうか、なくても作って、さっさとこっから出してよ」
「オニオン、お前無茶ことを言うな…」
フリオニールが苦笑いする横で、バッツは懸命に考えこんでいる。
「俺のときみたいに…誰かに何か言いたかったこととか、ないのか?」
「うーん…」
あるといえばあるし、ないといえばない。かつて過ごした戦いの日々の記憶を思い返しながらバッツは首を捻った。
 フリオニールと同じように、バッツにも、自分たちに後を託して逝ってしまった者たちがいる。けれど、フリオニールと違いバッツは、とっくに彼らの行動に対する怒りは言葉にしたし、消化もした。それに、ガラフにゼザにケルガー、彼らは道半ばにして斃れたというよりは、人生の終盤に於いて彼ら自身が自らの最期の在り方を選択した結果だという印象を持っていた。
「言いたい事……聞きたいこと?」
そうだ、自分が言いたいのではなく、聞きたい相手ならいた。
「おやじ…」
「え?」
フリオニールとオニオンが聞き返す。
「おれ、おやじに会いたいんだ」
バッツはそう言った。


98


 バッツの物心がついた頃には既に頻繁に旅に出ていた父親。母親が亡くなってからは、バッツも一緒に旅してまわった。旅の心得も、野宿に必要な知識も、剣の扱いも、すべて父であるドルガンから教わったものだ。たった2人で世界中を長年に渡り旅するのだ、普通の家庭の父と息子よりも、遥かに多くのことを話したと思う。けれど、父が何故旅して廻るのか、教えてもらうことはなかった。何故旅をしようと思ったのかと訊いたことなら何度かあるけれど、父は具体的なことは何も答えてくれなかった。
父であるドルガンが、ガラフ達の仲間であり暁の4戦士と呼ばれる内の1人だったのだと聞いた時の驚きと言ったらなかった。
「おやじ、どう思ってたんだろうって、訊きたかったんだ」
 世界を旅して廻れ、と言い残して死んだドルガンは、息子であるバッツに後を託すつもりでいたのだろう。しかしだったら何故、もっと具体的に教えてくれなかったのだろう。知っていたら、絶対に何かが出来たなどと己惚れるつもりはないが、もっと犠牲を少なくできた可能性も否定できない。火・水・風・土の4つのクリスタルがある意味を理解していれば、エクスデスの封印が解かれずに済ませられたかもしれない。そうすれば、命を落とさずに済んだ人たちがいる。
「なんで、言ってくれなかったんだよ?頼んだぞって、言ってくれたら、おれ…」
バッツは言う。いつの間にか、何もなかったはずの空間に父親の姿が見えているのだ。それはバッツの思い込みによる幻のようでいて、そうではない。絶対に、バッツが1番会いたいと思った相手はここにいる。何故だどうしてだと訊かれても答えられないが、ここはそういう空間なのだ、と感じる。
けれど、ドルガンは黙ったままだ。ただすまなそうにバッツを見るだけで言葉を発しようとはしない。
 やはり、答えてはくれないのか。
本来の世界とは違う世界にエクスデスを封印したことに責任を感じ、自ら故郷に戻る道を諦め封印を見守ることを自らの責務とした父が何故、はっきりと自分に託すことなく逝ってしまったのか。
それはバッツの中でずっと燻っていた疑問だったのに。父の想いを自分はちゃんと受け止めてやれたのだろうかと、気になっていた。
「少しだけ、想像できる気がするよ」
オニオンが言う。
「俺もだ」
フリオニールも頷く。
フリオニールもオニオンも、孤児で実の親の顔を知らないが、血縁がないことなど感じないくらい彼らを慈しんでくれた養い親がいる。彼らの表情や眼差しを思い返したら、きっとバッツの父親だって同じだろうと想像できた。
「子供にさ、重荷を背負わせたくないって、親だったら皆思うんじゃないかな」
オニオンは育ての親であるトパパやニーナの顔を思い浮かべる。「わしらのことは気にせずに、お前の進みたいと思う道を選びなさい」と、そう言ってくれた育て親。
「バッツの親父さんも、複雑だったんじゃないか?」
フリオニールもそう言った。世界を思えば息子に後を託し責務を負わせるしかない。しかし1人の親として、自らの子供として生まれ着いてしまったが故に本人には何の責任もないはずの重荷を背負わせて子供の人生の選択幅を狭めてしまうのはあまりにも心苦しい。
2つの想いに揺れた結果が「世界を旅して廻れ」だったのだろう。何事もなければそのまま自由に生きて欲しいと、そう願っていたのではないか。
「そう…なのかな。おれは、おやじの想いを、ちゃんと受け止められたか?」
バッツの言葉に、暗闇に浮かんで見える父が顔を綻ばせた。
 当たり前だ、バッツ。息子が己の残してしまった荷物を引継ぎ、果たせなかった大義を果たしてくれた。親としてこんなに嬉しいことはない。
ドルガンの声が、バッツの胸に響く。
「そっか。だったら、いいんだ」
穏やかな声でバッツがそう言ったとき、胸の前に現れたクリスタルが眩い輝きを放った。

魔女っ子理論71~84

71


眠るスコールの体を、ライトが両腕に抱え上げる。10人揃って異世界へと戻る時が来たのだ。
「コールドスリープですから、筋力の衰えなどはないですが、2年近く眠ったままでしたからすぐには機敏に動くことはできません。少し慣らしてあげてください」
「承知した」
ライトが頷くと、シドは視線をスコールへと落とした。
「私はいつだって君にたくさんのものを背負わせてきました。…何も知らない君に、運命だと言ってね。許してほしいとは言いません。ただ、君の幸せを願っています。君はもう、伝説のSeeDでも魔女でもない。君が背負うべきものは、世界ではなく、君を愛する人たちの想いだけですよ」
「お行きなさい、運命の子。あなたの運命の外へと。そして、どうか幸せになってね、私の愛しい子。『まませんせい』と呼んで私の手を握った小さな男の子の幸せをずっと祈っています」
シドに寄り添ったイデアが優しい声で言う。クレイマー夫妻の次にスコールの前に立ったのはゼル。
「オマエに頼りっぱなしだったし、後は任せとけよ。この物知りゼル様でも知らねぇモンたくさん見てこいよな!んで、いつか…いつか、オレの墓の前で報告でもしてくれよ」
最後は涙声で不明瞭になったゼルを押しのけて、セルフィが立つ。
「はんちょに言うといて。ウチらのこと、全然思い出さんでもかまへんよって。ウチらのこと気に掛けんといてくれた方がええねん。はんちょに、幸せになってほしいんやから」
そのセルフィの肩を抱いて、アーヴァインも言う。
「君が僕らを思い浮かべなくたって、僕らはちゃんと君を憶えてるから大丈夫。…迷った時はいつだって君の声を思い出すんだ。『アーヴァイン・キニアス!』って、叱られたあの声を思い出すんだよ。これからもずっとね」
「あなたはずっと手の掛かる弟みたいで、手の掛かる教え子で…。一足早いけど、ガーデン卒業ね。…悩んたり迷ったりしたら、ずっと自分で抱えてないで、吐き出しなさいよ?それこそ、壁にでも話すとこからでもいいわ。言葉にしなさい。先生からの最後のアドバイスよ」
キスティスが、時折声を震わせながら、それでも気丈な様子でそう言うと、壁際に立っていたサイファーを「ちょっと、あなたも何か言うことないの?」と引っ張ってきた。そのサイファーは、眠るスコールの顔を不機嫌そうに見ると、すぐに背を向ける。
「…余計な荷物なんざ、もう持つなと、そのバカに言っとけ」
再び壁際に戻ってしまったサイファーに、キスティスが「…もう」と溜息を吐く。
「ラグナ君のことは心配しなくていい。彼は基本的にどんな環境でも生きていける男だ。腐れ縁の我々が野垂れ死にだけはしないよう見張っておくよ」
「………」
「『毒を食らわば皿までと言うからな』とウォードも言っている」
「おまえらな…」
キロスとウォードの言葉に情けない顔をしたラグナは、暫しの逡巡の後、眠るスコールの手を軽く握った。
「ずっとおまえに言いたかったことがあるんだ。…おまえは、オレの大事な大事な、自慢の息子だよ。生まれてきてくれて、ありがとう、スコール」
「私の後をずっとついてた小さなスコール。私の大切な弟。私がいなくても、本当にあなたはたくさんのことを1人で出来るようになったね。…でも、忘れないでね。スコールは1人ぼっちじゃないわ」
エルオーネも、1度軽くスコールの手に触れてそう言う。
 最後に、リノアが彼らの前に歩み出た。彼女はライトの隣りに立っていたフリオニールに、黒いケースを渡す。その独特の形から、それがガンブレードだと判る。
「スコールに伝えて。約束、忘れないから。どんなに時間が経ったって、わたしは絶対に待ってるから、だから。いつか、スコールがスコールの時間を終える時が来たら、ちゃんと逢えるから。スコールは、スコールの時間を生きて、って。待ち合わせ場所、忘れないでねって」
「君達の想いは、必ず伝えよう」
ライトが力強く応えると、リノアも泣き笑いの表情で頷く。そして、1歩下がった。それが合図だった。
 9人の前に現れたクリスタルが眩く輝き始める。眠るスコールの許にも、10個目のクリスタルが現れた。
眩い光の中、眩しそうに眼を細めながら、それでも最後の瞬間までスコールの姿を眼に焼き付けようとしている彼らの姿。それもまた、白く弾ける光の中で見えなくなる。
最後に聞こえたのは、甘く切ない彼女の声。
「また逢おうね。…さよなら、スコール」


72


光の収束と共に、彼らの視界に入ってきた景色は秩序の聖域だった。
とりあえずスコールの体を休ませる場所が必要だと、彼らは勝手知ったる手際の良さでテントの設営をする。
「相変わらず、テントとかどっからともなく手に入るのが不思議だよなあ」
「ホントだよなあ」
そんなことを言いつつ設営を終えると、スコールの体を横たえる。この間ずっと平然と彼を抱えていたライトの腕力は既に人間の域を超えている、と密かにジタンやオニオンが思っていたのは秘密だ。
作業が終われば手持無沙汰な9人は、なんとはなしにスコールを囲んで彼を見つめている。こんなに凝視されていては、さぞかしスコールが目覚めた時に驚くだろう。尤も、スコールにとっては目覚めること自体が本人の想定外なので、簡単に状況を把握できないかもしれない。
「スコール、なんて言うかな?」
「やっぱり、『どうして』とかじゃないか?」
「いきなり『俺に構うな』なんて言われたりしたらオレらどーするよ?」
「さすがにスコールもそこまでは言わないだろー」
そんな会話を交わしながら、スコールの目覚めを待つ。
 やがて、スコールの瞼がヒクリ、と動いた。ほんの一瞬の、僅かな動きだったが彼を凝視していた9人がそれを見逃すはずもない。彼らの顔に歓喜と、そしてこれからスコールに伝えねばならないことを考えた時に感じる不安が入り混じった表情が浮かぶ。
そんな複雑な空気の中、ゆっくりと、スコールの瞼が持ち上がった。眼が光に中々慣れないのだろう、何度も何度も瞬きを繰り返し、ようやく視線を周囲の景色に合わせた次の瞬間、その眼が驚きにこれ以上ないと言う程丸く見開かれた。
「おはよう、スコール」
覗き込んだティナがにっこり笑う。
「な…、ん、で…」
約2年ぶりに動かす喉はうまく動かず掠れた声をようやく搾り出した。
「無理しないで、スコール。久しぶりに動くんだから」
セシルが柔らかい調子で言うと、そこで急速に脳が活動し始めたのだろう、スコールは飛び跳ねるように起き上がろうとして、思うとおりに体を操れず上半身のバランスを崩して倒れこみ、背後にいたフリオニールに支えられる。
「スコール!」
フリオニールがスコールの体をもう1度横たえようとするが、スコールは逆にそのフリオニールの腕を掴むとそれを支えに乗り出すようにして掠れた声で叫んだ。
「どうして俺はここにいる!?…リノアはっ!?他のヤツらは!?」


73


 スコールの言葉と、そして射抜くような視線に、彼らは一瞬黙り込んだ。怯んだわけではない。ただ、あの物静かなスコールがここまで激昂したことで、彼が彼の大切な人たちをどれほど強い想いを以て護ろうとしていたのかを感じ取ったのだ。約2年ぶりに目覚めて、殆ど状況も把握出来てはいない状態で、それでも真っ先にリノアや他の仲間たちの状況を案じる言葉が出てくる。それはスコールが眠りに就くその瞬間まで、彼らのことを案じていたからだろう。
 一瞬の間に、スコールは2年前異世界へと喚ばれた時のように抗えない力で無理矢理ここへと来た可能性に思い当たったのだろう。「アンタたちに訊いても、わからないか…」とまだ掠れ気味の声で言った。
「いいや、スコール。我々は君の世界へと赴き、君の仲間たちと出会い、そして彼らに君を託されてここにいる」
ライトが真っ直ぐにスコールを見据えて口を開く。
「…説明してくれ」
 ある日クリスタルが輝いてこの異世界へと再び喚ばれたこと。そこにはクラウド、スコール、ティーダの3名の姿が欠けていたこと。こちらへ来れない事情があるなら手助けしようと決めたこと。クリスタルと、それぞれの世界で彼らの助けを求めていた者たちの力を借りて、まずティーダを、次いでクラウドを、最後にスコールを迎えに行ったこと。バラムガーデンからエスタへと行き、そこでスコールの抱えた事情をすべて聞いたこと。スコールの不在を誤魔化す措置は取られていること。
「だったら…さっさとこっちでの任務を終わらせて還らないと」
スコールはそう言う。「任務」という表現がスコールらしくて懐かしい、と仲間たちは思いつつ、彼に最も重要な事項を告げた。
「スコール。この世界で僕たちが為すべきことが終わっても、君を元の世界には還せないんだ」
「それが、君の世界の仲間たちとの約束であり、我々も含めた全員の総意だ」
「…どういうことだ?」
訝しげに仲間を見回すスコールに、仲間たちは、リノアやラグナたちがスコールに生きて欲しい、その一心で下した決断を伝える。
「何を馬鹿なことを…」
「馬鹿なことじゃないッスよ!スコールが自由に生きてけないって判ってるトコに、還すなんて絶対嫌だ」
「そんなこと、お前たちに関係ないだろう!?」
「ないわけないだろ!おまえが犠牲になるって判ってる世界に、黙って還らせるわけないじゃないか。おれたち仲間なんだぞ」
「俺の世界の事情を聞いたというなら、解るだろう。もし俺が消えていることが発覚したら、戦争だって起きかねないんだ。そうなれば真っ先にエスタと、バラムガーデンが…アイツらが攻撃対象になるんだ」
「だからって、スコールが全部背負って眠んなきゃいけないなんてオカシイよ」
「別に俺はそれで構わないんだ。放っておいてくれ」
「それは、あんたのエゴだ」
「…っ」
クラウドの冷静な指摘に、スコールが言葉に詰った。
「君が自分の時間や自由を捨ててでも彼女たちを護りたいと思ったように、彼女たちも危ない橋を渡ってでも君を自由にしたかったんだよ」
セシルが諭すように続ける。
「それに、俺達は彼女と約束した。お前をあの世界には還さない、と。約束は守る為にするものだろ」
フリオニールもスコールの上体を支えてやりながらキッパリとした口調で言った。
「しかし…」
まだ納得しない様子のスコールに、ティナが告げる。
「リノアさんが、あなたに、生きて欲しいって、言ってたよ」
その言葉に、スコールの眼が僅かに瞠られた。


74


「リノアが…?」
「リノアちゃんはオマエを自由にしたくて、オレたちをオマエの世界に呼んだんだ。オレたちなら、オマエをSeeDとか魔女とか関係ない処へ連れていけるんじゃないかって」
ジタンの言葉にスコールは黙る。恐らく心の中では目まぐるしいスピードで様々な想いが去来しているのだろう。
「スコールに伝えてって頼まれたメッセージ、全部ちゃんと伝えるから、聴いて?」
ティナが優しく言うと、スコールの視線が彼女を捉えた。沈黙は肯定だと受け取り、仲間たちは代わる代わる預かったメッセージを口にする。完璧にとはいかないが、できるだけ、一言一句に至るまで正確に伝わるように。
託されたメッセージの、言葉の隅々にまでスコールを案じる者達の想いが込められていると感じたから、その想いがちゃんと、スコールに伝わるように。
 スコールは黙って聴いていた。シドの言葉、イデアの言葉、ゼルやキスティス、セルフィ、アーヴァインの言葉。サイファーの言葉を伝えたときは、僅かに驚いた様子を見せる。キロスとウォードの言葉、そして、ラグナとエルオーネ、リノアの言葉。
「おれ達の気持ちだっておんなじだ。スコールに、生きて欲しい」
すべての言葉を聴き終えても、スコールは黙ったままだった。自力で上体を起こしているものの、眠り続けた体はまだ辛いだろうにじっと俯いたまま反応を示さない。
仲間たちも、今この場でこれ以上スコールに掛けるべき言葉を持っていない。
痛いほどの沈黙の後、俯いたままのスコールがぽつっと言った。
「…1人にしてくれ」
彼らは、無言で顔を見合わせ、そしてライトが1つ静かに頷く。すぐに心の整理をしろというのは土台無理な話だ。10人が揃っても特に異変が起こった様子もない今ならば、スコールの心と体を落ち着かせる時間を取っても構わないだろう。
「僕たちは外にいるから」
セシルがスコールにそう声を掛けてテントを出て行く。他の仲間たちもそれに従った。
 要望通り1人きりになったテントの中で、スコールは思う通りの機敏な動きをしてくれない自らの片足を抱え、膝に額を押し当てる。
「今更、だ…」
スコールの口から、途方に暮れたような呟きが洩れた。


75


 仲間たちは言う。スコールがリノアを自由にしたかったように、リノアもスコールを自由にしたかったのだと。スコールが大切な人たちに平穏な生活を送って欲しかったように、大切な人たちもまたスコールに平穏な生活を送って欲しかったのだと。
スコールが眠りに就いた直後から、彼らは悩み、迷い、ずっと答えを出せずにいた。スコールを世界の畏怖から護る術が見つけられずに、どうすることもできずにいた。そんな彼らの希望の光が、異世界の仲間たちだったのだと。魔女もSeeDも知られていない世界でならば、スコールは自由に生きていけるはず。生きて欲しい、生きて幸せになってほしい、それだけを願ってスコールを託したのだと。
「そんなの…無理だ」
スコールの呟きは力ない。
 本来の世界の仲間たちも、この異世界の仲間たちも、スコールがすべてを背負って犠牲になるなんて駄目だと言う。スコールが仲間を護りたいように、自分たちもスコールを護りたいのだと言う。けれど、スコールは知っている。自分の行動は、皆にそんな風に思って貰えるようなことじゃない。あれは、逃避、だ。
 自分が魔女の力を継承したと知った時、確かに真っ先に考えたのは、これでリノアを自由にしてやれる、ということだった。けれどそれだけではない。完全な魔女の力。永遠にも感じる永い時を刻む命。それが自分の中に宿っていると確信して感じたのは、言い知れない恐怖だ。
 俺はまた、1人ぼっちになるのか?
そう考えたときの、奈落へと落とされたような絶望感。無理だ、と瞬時に思った。
 リノアを、仲間たちを、老いて生命を全うしていく彼らを、本来同じように時を刻むはずだった自分が見送って、そして1人取り残される。畏怖の視線に晒されて、1人きりで生きていく。
そんな結末の見えている道を、それでも歩んでいけるほど自分は強くない。
幼い頃の喪失感から、頑なに他人を拒絶して生きてきた自分に、もう1度人の温もりを教えてくれた大切な人たち。このまま生きていけば、あの喪失感をまた味わうことになる。
 駄目だ。あんなの、もう耐えられないんだ。俺はそんなに強くないんだよ…!
あの喪失感をもう1度味わうくらいなら、醒めない眠りの中で何も感じずにいる方が遥かにマシだ。そうすれば、畏怖の視線に晒される事なく世界の平穏も保て、大切な人たちの安全も護れる。スコールにとって眠りに就くという選択は、これ以上ないほどの、ベストな選択だったのだ。
 けれど、仲間たちは生きろという。自分が眠ることで、リノアたちはずっと迷っていたという。
エゴだと言われて言い返せなかった。解っていたからだ。自分の行動は、確かにリノアたちの身を護れたはずだが、彼らはそんなこと望んでいなかったのだと最初から知っていたからだ。
 結局、俺は自分が傷つきたくないだけ、か。
スコールは投げ出していた片足も引き寄せて、両膝の間に顔を埋める。
 強くなったと思っていた。仲間を得て、彼らを信じ、彼らに信じてもらう強さを得て。だから2年前のこの異世界でも、仲間を信じて独りで往く道を選べた。でもそれは、離れていても、確かに同じ時間に仲間が存在していたからだった。
 皆が消えて…。想いだけ抱えて生きてくなんて真似、俺には無理だ。
元の世界に戻らなければ、畏怖の視線に晒されることはないだろう。1箇所に留まらなければ怪しまれることもない。でも、それだけだ。そうやって彷徨っている間に、リノアも、ラグナも、サイファーやキスティス達も、そしてこの異世界の仲間たちも、皆知らないうちに命を終えて、ただ1人残されるのだ。
 もっと、強かったらよかった。仲間たちの想いに応えられるだけの、強さがあればよかったのに。
スコールがそう思って拳を握り締めた時、突然テントの入り口が開けられる。
「邪魔するぞ」
そう言って入ってきたのは、クラウドだった。


76


スコールが弾かれたように顔を上げれば、クラウドは遠慮なく傍まで来て座り込んだ。クラウドはどちらかというと思慮深く物静かで、こんな風に「1人にしてくれ」と言っているスコールの処に来るタイプではないと記憶しているから、その行動にスコールは驚く。
「お前に、言い忘れていたことがあった」
「言い忘れたこと…?」
まだ何かあるのかと警戒するスコールの様子に苦笑いしてクラウドは頷いた。
「スコールを元の世界には還さないと言ったが…」
「…」
「何処に連れて行くのかは言ってなかっただろう?」
そういえばそうだった、とスコールは思い出す。元の世界には還さない、それが元の世界とこの異世界双方の仲間たちの総意だと告げられはしたが、では自分はどこで生きろと言われているのだろう。まさかこの異世界を彷徨い歩けというわけでもないだろうし、スコールには行く当てなんてないのだ。
「あんたは俺の世界に連れて行く」
「…クラウドの?」
「ああ。あんたのところ程じゃないが、俺の世界も比較的技術の発達した世界だ。1番馴染み易いだろうと皆納得している」
そう言われて、スコールは2年前に異世界の仲間たちとの会話に苦労したことを思い出した。多くの記憶を失っていた自分だが、それでも知識として持っていたスコールにとって極々当たり前のものが仲間の多くには未知のものだったのだ。そんな中で、クラウドとティーダとは、そういう苦労を殆ど感じずに会話が出来た。その時にも、恐らく元の世界の文明レベルが近いんだろうな、と思った憶えがある。
「それと、最後までとは言えないが、俺はあんたの時間に付き合ってやれる」
「…え?」
意味を把握し兼ねたのだろう、キョトンと眼を見開いたスコールの表情が幼くて、クラウドは少し笑う。考えてみれば2年近くコールドスリープで眠っていた彼は、17歳のままなのだ。多少の幼さが残っていても当然だった。
「俺も、普通の枠からは食み出た事情があるということだ」
クラウドは、仲間たちにしたのと同じ説明をスコールにもする。スコールを自分の世界に連れて行き、永い時間を共有するうちに、いつかはもっと詳しい事情を話すこともあるかもしれないが、今のところは掻い摘んで話せば充分だろう。
「簡単にはあんたを独りになんてしないから、安心しろ」
そう言って、クラウドはポン、とスコールの頭に手を置いた。


77


普段のスコールであれば、すぐさまクラウドの手を払い退けただろうに、彼は俯いたきりクラウドの手を退けようとしなかった。たぶん、様々な葛藤がスコールの中で渦巻いているのだろう。
柔らかい髪をくしゃっと撫でて、クラウドは手を離す。それでもスコールが顔を上げる様子がないから、まさかとは思うが泣いているのではあるまいな、と顔を覗き込んでみるが、さすがに泣いてはいなかった。
 こいつがまさか泣いてるかも、なんて前は絶対に思わなかっただろうにな。
クラウドは心の中で呟いて苦笑する。エルオーネの力に依ってスコールの過去を垣間見たおかげで、スコールの印象が変わったことは否めない。本人に知れたらタダじゃ済まない気がするが。
そんなことを思っていると、俯いたままのスコールからポツリと声が洩れた。
「アンタは…」
「ん?」
「アンタは、なんとも思わなかったのか?」
何を?とクラウドは訊こうとして思い当たる。スコールが訊きたいのは「人より永く生きなければならないことが怖くないのか」ということだろう。
「そうだな…」
訊かれて考えてみる。どうだろう。怖いと思っていただろうか。
「…考えた事なかったな」
「…は?」
予想外の答えだったのだろう、思わず、と言った様子でスコールが顔を上げた。
「そんなところまで考えている余裕が俺にはなかった」
 人より永い時間を生きる、それについて考えた事がないわけではない。けれど、クラウドにはそれ以前に越えなければならない壁があって、そちらの方に意識が集中しがちだったのだ。未来を考えるよりも過去に囚われていた。寧ろ人より永い時間は、過去の罪に対する罰なのだと意識するまでもなく捉えていた。
「許されたい、俺はそればかり考えていたからな」
苦笑いと共に吐き出された言葉に、スコールの眸が不思議そうに瞬いた。


78


「俺を助けて死んだヤツがいる。俺がもう少し強ければ死なせずに済んだかもしれない人もいる。俺が弱かった所為で引き起こしてしまった災厄もある。ずっと俺は、それを許されたいと思っていた」
「許されたい…」
「戦う理由を探してたのも、理由もなく戦ったらまた、何か取り返しのつかないことになるんじゃないかと怖かったからだった」
クラウドの言葉にスコールは2年前を思い出す。物理攻撃魔法攻撃共にバランスの取れた羨ましく感じる程の戦闘力を有しながら、意味のない戦いをしたくないと、戦う理由を模索していたクラウド。互いに無口な性質であるし、クリスタルを手にする道程でも別行動だったのでそんなに言葉を交わした記憶はないのだが、それでも1度、何かの話の折に触れ、戦う理由を訊かれたことがあった。あの時、自分は何と答えたのだったか。
「あの時は、お前が羨ましかったな」
クラウドはそう言う。特に羨望に値するような回答をした憶えがないスコールは首を傾げるしかない。
「俺が…?」
「他の連中は皆それぞれの戦う理由を答えてくれたが、あんただけだ。『理由なんて必要ない』と言い切ったのは」
それは、スコールが傭兵だったからだ。戦うことが仕事な人間に戦う理由なんて必要なかった。それが生きる術なのだから。他の道など模索している余裕がないのだから迷うことなどない。今から思えば、当時記憶を失くしていても、もしくは記憶を失くしていたからこそ、「SeeDは何故と問う勿れ」と教え込まれた精神が息づいていたのかもしれない。
「別に…羨ましがることなんかじゃないだろう。俺は考えようとしてなかっただけだ」
立ち止まって考えて迷って悩んで、それでも先へと進んでいける程自分は強くないだけだ。スコールはそう思っている。悩んで迷っても歩みを止めなかったクラウドのことを、自分が羨ましく思うことはあっても、その逆など有り得ないはずだ。
「だが、あんたは確かに強かった。真っ先に敵に突っ込んで、仲間の為に戦況を切り開く。迷いなくそう出来る姿が羨ましいと思ったよ」
そうじゃない。自分はそれしか出来ないからそうしただけだ。それをクラウドが過大評価しているだけなのだとスコールは思う。なんだか居た堪れなくて、俯きがちに無理矢理話を戻す。
「そんなことはいいから…。それで、アンタは許されたのか?」
それに対してクラウドは、両腕を後ろについて、テントの頂点を見上げながら答えた。
「さあ…判らないな」


79


 判らない、そう言う割りに穏やかで晴れ晴れとした様子のクラウドをスコールは訝しむ。スコールには理解し難い態度だ。けれど、自分の記憶しているクラウドの姿よりも、今の方が間違いなく余裕があって安定していることははっきり判る。
「ずっと許されたい、でも許されることじゃない。そんな風に考えていたが…。そうじゃないんだと、解ったんだ」
「そうじゃ、ない…?」
「ああ。許すのも許さないのも、自分だった」
「自分?」
「たぶん最初から、あいつらは許すとも許さないとも思ってはいなかったんだ。…それを罪だとか償いだとか考えていたのは俺の勝手で、あいつらにとっては、許すとかそんな話じゃなかった」
 許されたい、そればかりを考えて生きてきたけれど、クラウドを許すのは、許せるのは、クラウド自身でしかなかった。クラウドが許されたいと思い続ける限り、許されることはない。本当はいつだって、周りの人々はクラウドのことを気に掛け、受け入れてくれていたのに、そこから眼を背けて勝手に罪を背負って勝手に償おうとしていた。
「だから周りの時間から取り残されて生きるのも、償いなんだと思い込んでいたんだ。深く考えなかった。…まあ俺の場合、仲間に長寿の種族がいることもあるかもしれないが」
 もう1つ、同じように罪だの償いだの言って30年近く棺桶で眠り続けるという芸当をやってのけた仲間もいた所為もあるかもしれない、とクラウドは思うが、そこまでは口にしないでおく。
「今までは、それが償いだと思ってたから、全部仕方ないことなんだと思っていた。改めて考えたら、俺だって、怖いよ」
クラウドが視線をスコールへと戻してそう言った。穏やかな口調で、しかし眸は真剣そのもので。スコールも思わずまじまじと見つめ返してしまう。
「だが、俺は1人じゃないともう知ってる」
「……」
「俺の世界では、命はすべて、ライフストリームへと還って星を巡っていく。俺も、いつになるかは判らないが、いつかはそこへ還る日が来る。どんなに先の話でも、必ずその日は来て、その時には、きっとまた仲間に逢える。そう思えるから生きていける。あんただってそうだ。彼女は言ってた。『絶対に逢える』と。『だから待ち合わせ場所を忘れるな』と。どんなに長い道だって、進んでいった先に必ずゴールはあると思えば、進んでいける。眼に見えなくても、声が聴こえなくても、託された想いを忘れなければ、それは、1人ぼっちじゃない」
あれほどまでにスコールのことを想い、幸せになって欲しいと願っていた人達の想いは、きっとこの先いつだって彼を支えてくれるに違いない。スコールが本当に「1人ぼっち」になる時が来るとしたら、それは彼が託された温かい想いを忘れてしまった時だ。
「それに、俺がこの先の永い時間を生きていけると思うのは…」
そこで言葉を区切り、クラウドは珍しくからかうような表情を見せる。
「スコールに、俺の時間を付き合ってもらうと決めてるからな」
 問答無用だ、覚悟しておけ。
クラウドがそう付け加えれば、スコールは眼を丸く見開いた後そっぽを向いた。暫くして、可愛げのない答えが返ってくる。
「……覚悟するのは、アンタの方だ」


80


 焚き火を囲んでいたセシルが、クラウドが戻ってきたことに気づいて声を掛けた。
「スコールは?落ち着いたかい?」
「ああ。今はまた少し眠っている」
開けられた場所に腰を下ろし、クラウドが答えると、「また?」とオニオンが眼を丸くする。
「2年近く仮死状態でいたところを、いきなり動こうとしたからな。精神的にも色々あって急激に体力を消耗したんだろう」
クラウドの言葉に、納得したようにオニオンが頷いた。その横から、お疲れ様、とティナがマグカップを差し出してくれる。
「それで、彼は納得したのだな?」
ライトの確認に、マグカップに口をつけながらクラウドは頷いて返した。
「そうか。…よかった」
「完璧に、ではないかもしれないがな。とりあえず現段階では元の世界には還らない…還れないことを受け容れたってところだろう。これから先、また思い詰めることがあるかもしれないが……それはその時またフォローしていくさ」
「なんだか、不思議だね」
笑いながらセシルが口を開く。何がだ、と視線で問えば、セシルは更に笑みを深めて答えた。
「クラウドが、そんなに親身になって面倒見るなんて」
「言えてるかも」
オニオンとティナも笑う。口は挟まないが僅かに口角の上がったライトも同意を示しているのだろう。こういう時に更に茶々を入れそうな面子…バッツにジタン、ティーダはフリオニールも一緒に食材探しに行っているのが救いだろうか。
確かにクラウドは目に見えて判り易い親切さというものとは程遠いタイプだ。仲間を気遣いフォローもするが、それはもっとさりげなくて、先頭に立って行動するようなことはまずなかった。
「…身元引受人、だから、な」
クラウドはその一言で済ませる。
 スコールが彼の世界の仲間たちにどれ程愛されているかを目の当たりにした上で、スコールのことは引き受けると約束した。その責任は重いと思っている。それに。
「1人でなんでもできるようになる」と泣いていた子供。「いつか仲間のいる居心地のいい世界から引き離される時が来る」と諦めていた少年。
あの脆さを、今もスコールは抱えたままなのだろうと思うから。
仲間を得て、強くなったかもしれない。2年前を思い返しても、確かにスコールは強かった。迷い悩み続けていた自分よりも、スコールの方が余程安定していたと思う。けれど、あの脆さを抱えたまま、仲間を得て、孤高の道を貫く強さを持ったスコールは、きっと今度は仲間の為だけに自分のすべてを簡単に捨ててしまう。迷わずコールドスリープという道を選んだのも、その表れなのだろう。大切な人がいなくなる喪失感をトラウマとして抱えているから、相手を失う前に自分が消えようとしてしまう。それは、クラウドが抱えていたものと、似ているようで全く違うベクトルのものだ。
それを知った今、クラウドの中にあるのは、庇護欲、と言うのが1番近いのかもしれない。スコール本人に知られたら、有無を言わさずガンブレードを振り翳されそうだと思うが仕方ない。エルオーネも、スコールのあの脆さを心配したからこそクラウドを過去に接続したのだろうし、たぶん、彼女の思惑通りだろう、護ってやりたい、とクラウドに思わせることに成功した。それを嵌められた、とは思わない。
きっと、永い時間を生きていくにはちょうどいい重さだ。
「保護者、みたいなものだろう?」
 今じゃ6歳差だしな、と言葉を足せば、セシルが「そうだね、ちょっと歳の離れた兄弟みたいなものかもね」と笑った。


81


 焚き火を囲んでの談笑を遮ったのは、食材探しに行っていた面々だった。
「大変ッス!!」
1番足が速いという理由で伝令代わりに全力疾走させられたのだろう、ティーダが両手を膝についてゼイゼイと荒い息を繰り返す。
「なにがあった?」
「ティーダ、ケガしてる!」
ライトの質問とオニオンの悲鳴に似た声が重なった。
「あ、大したケガじゃないから、手当てするだけで大丈夫ッスよ、ネギ」
 それにのばらたちもケガしてるから、とティーダはまだ整いきらない息で言う。その言葉に、クラウドとセシルが腰を浮かせる。
「全員怪我したのかい?」
まさか4人で仲良く纏めて転んだわけでもないだろうと、セシルが尋ねれば、コクコクと頷いたティーダは漸く呼吸を落ち着かせて改めて口を開いた。
「イミテーションが出たんだ!」
「イミテーションッ!?」
オニオンとティナが思わず声を上げる。
「それに…あ、3人も帰ってきた」
ティーダが指差す方向を見れば、ティーダと同じように、所々に血を滲ませたフリオニール、バッツ、ジタンの3人の姿。ティーダの言うとおり大した怪我ではないようで安堵する。何しろ彼らは、血を滲ませていてもしっかり探した食材を手に帰ってきたのだから。
「それに、なんだ?」
ライトがティーダに言葉の続きを促す。そうそう、とティーダは視線をライトに戻した。
「今まで見たことない場所に出たっス」
その言葉に、セシルとクラウドが顔を見合わせる。彼らのところまで辿り着いたバッツがそのまま会話に加わった。
「食い物探してフラフラしてたら、いきなり全然知らないトコに出たからびっくりしてさ。そしたら今度はイミテーションが出てくるし、びっくりどころじゃないって」
バッツに半歩遅れて焚き火のところまで戻ってきたジタンとフリオニールもそれに同意を示す。
「順を追って説明してくれ」
ライトの要請に、フリオニールが頷いて腰を下ろした。


82


 フリオニールが順を追って説明する。
今彼らがいるのは秩序の聖域と呼ばれるエリア。フリオニールたちはそこから特に目的地を決めずに歩き出した。
2年前の経験から、空間変異による移動先は自分たちの意思である程度コントロールが利くことが判っていたから、特に気負いもなく歩いていたのだという。実際1度目の空間変異では見知った次元城に出たのだ。次元城は実は雑草のように見えて食べられる類の草があちこちに生えていたり、何処から現れるのか突然塀の影から野兎が走り出してきたりするので、彼らは有り難く食料を調達していた。
やがて空間に歪みが生じ、再び変異の兆しが見えた時も、彼らは見知った場所に出ることを疑っていなかった。
「だが、歪みが収まって見えたのは、全く見たこともない景色だった」
それも、今まで見知っていた場所とは違い、家が建ち並んでいて集落のようだったが、少なくとも4人には見覚えのない場所だった。
「家の中も、生活がそのまま残されている様子だったが、人は誰もいなかったよ」
「おかげで結構豪華な食材が手に入ったぜ」
「…大丈夫なの?」
「んー、ジタンは盗賊だしな~」
「あ、バッツ、人をコソ泥みたいに言うなよな!オレよりお前の方がテーブルの上に手を伸ばしたの早かっただろ!」
「おれよりティーダの方が早かったって!」
「え、オレとバッツは一緒くらいッスよ。それより、1番最初にあそこの食べ物貰ってくって手を出したのは…」
「……」
「……」
「…い、いいじゃないか、人はいなかったんだし」
微妙な沈黙がその場を支配した後、気を取り直してセシルが「それで?」と話の続きを促す。
「あ、ああ、それでとりあえず、1度戻った方がいいだろうって話をしてたら、突然イミテーションが現れたんだ」
現れたイミテーションは大した強さではなかったが、如何せん、湧いて出たように数が多かった。そして、手にした食材を意地でも放すまいと頑張った結果、4人は体のあちこちに小さな傷を拵え血を滲ませて帰って来る事になったのだという。
「……お前達の食材への執着はよく解った…」
額を抑えながら、呆れた様子でクラウドが言った。


83


「問題は…かつて歩き尽くしたと言っていいこの世界で何故突然新たな空間が現れたのか、カオスの軍勢がいない今、何故イミテーションが存在するのか」
ライトが腕を組み思案する。ここへ来て発覚した異変は、確実に自分たちが再び此処へと喚ばれた理由に繋がるはず。
そこへ他にも問題があることを指摘する声。
「新たな空間が1つだけなのか…、そこが俺達全員に全く関係のない場所なのか、それも確かめた方がいいだろう」
「スコール!」
テントの中で眠っていたはずのスコールが、彼らの傍まで来ていた。
「体、大丈夫なの?」
ティナが心配そうに問うと、スコールは頷いて返す。ゆっくりと焚き火を囲むその輪の中に腰を下ろす様子からすると、まだ完全な復調とは言い難いようだが、体を動かす感覚はだいぶ戻ってきたのだろう。
「確かに、フリオ達が見たその場所が、僕らに心当たりのある場所かもしれないよね」
オニオンが呟き、セシルやクラウドも同意を示した。ただ問題は、名も知らぬその空間へ、もう1度自分たちの意思で以って辿り着けるのか、だ。
「ここに喚ばれたってことは、オレ達に何かして欲しい事があるってことだよな」
「だが、何をして欲しいのか…」
推測するにはあまりにも情報が少なすぎる。10人が揃えば次の展望が開けるのではないかと思っていたが、そう簡単ではないようだ。
「いや…俺達10人が全員この世界に来た事で確かに変化は起こった」
「最初にクラウドとスコール、ティーダの3人がいなくて僕たち7人だけがここに来たとき、3人を探して歩き回ったけど、あの時点ではそんな見知らぬ空間には行き当たらなかった」
「ねえ」
考え込む仲間たちを見回して、ティナが提案する。
「クリスタルに訊いてみたらどうかな?」
元々クリスタルが輝いたことで自分たちは再びこの世界へと喚ばれたのだ。きっとクリスタルが次の行動の指針を示してくれる。それは安易な考えのようでいて、1番真実に近いのではないか。
「…そうだな」
ライトがその提案を首肯した。他の仲間たちにも異論はなかった。
 それぞれの手に、クリスタルが光る。
彼ら自らの手の内で輝くクリスタルを高く掲げた。
その輝きが新たな道を指し示してくれることを祈って。


84


 輝く10のクリスタル。その輝きは1つに纏まり、天へと真っ直ぐに伸びる。それは、宙に浮かんだ光のスクリーンのようだ。
やがてその光のスクリーンが人影を映し出す。段々と鮮明になるそこに現れた人物は。
「…コスモス!」
驚嘆と共に名を紡がれた調和の女神は、10人の戦士たちを見て微笑んだ。
「どうして…」
2年前の戦いで、自ら「完全なる死」を迎えることで戦いの輪廻を断ち切る道を切り開いたはずのその人が、こうして彼らの前に姿を現した。それに驚かない者などいるわけがない。
「あなたたちが時の輪廻を断ち切り、カオスが果てのない悲しみの鎖から解き放たれ眠りに就いた…。そして私は現世に蘇りました…。大いなる意思の手に依って」
「大いなる意思…」
「この世界は大いなる意思の実験場でした…。戦いの輪廻も大いなる意思に依って仕組まれたもの。私もカオスもまた、実験の駒に過ぎません」
その言葉に、10人の驚きは深くなるばかりだ。2年前の戦いのすべてを自分たちは把握しているわけではない。寧ろ知らないことの方が多かった。辛うじて、コスモスとカオス、どちらかの仮初の死を合図に時を巻き戻し戦いを繰り返していたらしいことだけは知っていたが、それも記憶にあるわけではなく文字通り知っているだけだ。
「私は蘇り、調和と秩序を保ち未来を見守る為に新たな場所へと旅立ちました」
「じゃあ、コスモスは今この世界にいないってことか?」
「そう。今はこうしてクリスタルの力を通してあなたたちの前に姿を現しています」
「俺達を再び此処へ喚んだのは、その大いなる意思とやらか?」
クラウドが剣呑な様子で尋ねると、コスモスはいいえ、と首を振った。
「あなたたちを喚んだのは、私です」
彼女は10人の顔を1人1人見つめてから、口を開く。
「あなたたちに、この世界を止めて欲しいのです」

魔女っ子理論57~70

57


その光は、長いトンネルの向こうの出口のようにも見えたし、暗い海から見える灯台の灯のようにも見えた。そこにリノアが求める人たちがいるのかなんて判らなかったけれど、力の限界が近づきつつあった彼女には、その光を信じてみるしか道はなかった。
「とにかく届いて!って祈ったの」
そう言いながらリノアがしたジェスチャーはさながら釣り人のようだ。
「…なんで、釣り?」
バッツの言葉は皆の疑問だ。
「だって気分は釣りだったんだもん。遠いポイント目掛けて釣り糸をポーンて投げて、引っ掛かった!って思ったらもうひたすら巻くの。とにかくこの道を通ってきて!って糸で引っ張り上げるカンジ」
 オレたち釣られたんスね…、とティーダが呟く。
「でも、なんだろ?網みたいなもの、感じたの」
「網?」
「ほら、釣りって、お魚釣り上げる時に、最後網で掬ったりするでしょ?あんな風に、引っ張るわたしの力を支えて向こうから押してくれる力があって、それでなんとか最後まで引っ張れたの」
 9人には解る。恐らくそれは自分たちの持つクリスタルの力だ。
これであの白い羽根がリノアの力であり、彼女の願い通りに自分たちはこの世界へとやってきたことがはっきりした。
 過去への接続を経由して、よくぞ現在の自分たちに辿り着いたものだと思うが、それは時間圧縮世界を通していたことがこの時ばかりは幸いしたのかもしれない。現在過去未来が混ざり合った世界からの接続だったが故に、現在にいるリノアが過去を経由して現在の9人にアクセスできたのだろう。勿論、そこにリノアの強い想いと、逆にスコールを含めた10人を必要としている現在の異世界の状況も作用したのだろうが。
「これで、全部聴いて貰ったことになるね」
リノアが部屋にいる全員を見回して言う。
聞き役だった9人も、話し手だった者たちも皆が頷いた。
それを確認して、リノアは息を整えて、自らが呼び寄せた9人を見つめる。
 遠い世界に住む、自分たちと同じようにスコールを大事に思ってくれる人たちに、ここへ来て欲しかった。
ここへ来て、すべてを聴いて知って欲しかった。
スコールが抱えねばならなかった様々なものを。彼を取り巻く状況を。身動きの取れない自分たちの想いを。
そしてすべてを知って貰った上で、彼らにこう尋ねたかった。
「あなたたちは、どうしますか?」


58


その言葉はとても曖昧なようでいて、しかし実は限定された2択の質問だ。その場にいる誰もがその意味を正確に理解していた。
 スコールを、目覚めさせるか、否か。あなたたちは、どうしますか。
そして、これは質問の形を取った確認でもあった。何故なら。
「訊かれるまでもなく、最初から答えは決まっている」
ライトの言葉は9人の仲間たち全員の想いだ。
「我々は、スコールを迎えにきた。彼が異世界に来られない事情があるのならその状況を打破する手伝いをする為に」
 状況を打破する為に彼らができること。
スコールが醒めない眠りに就いているというのなら。彼を取り巻く世界の柵故に彼の周りの人々が身動きがとれずにいるというのなら。
「スコールには、目覚めてもらう」
たとえこの世界がスコールにとって茨の檻なのだとしても、やはり彼は1度目覚めるべきだとライトは言った。
「少なくとも、今、彼は必要とされていて、彼にしか為し得ないことがあるのだから」
ライトの言葉を黙って聞いていたリノアの顔に、安堵の笑顔が浮かぶ。
 待っていた。ずっとずっと、待っていたのだ。
スコールは、目覚めるべきだと言ってくれる人が現れるのを。
目覚めて欲しい。そう思いながら、この世界の状況を理解しているが為にどうしても躊躇してしまう自分たちの代わりに、迷いなく「目覚めるべきだ」と言って貰いたかった。
話を聞いただけでは想像もできない、此処ではない世界に生きる人たち。彼らに助けを求めよう、彼らならばスコールを助けられるかもしれない。そう思いついた時からずっと期待していた。その反面、不安もあった。すべてを聴いて事情を理解した彼らが、自分たちと同じようにスコールのあの穏やかな眠りを妨げることに躊躇してしまったら、と。
けれど今、この見慣れない格好の人たちは、誰1人として迷うことなく選んでくれた。スコールは、目覚めるべきだ、と。
 だから、わたしも、選ぶよ、スコール。
リノアは心の中で語りかける。
 スコールがわたしを自由にする為に選んだみたいに、わたしも、スコールを自由にする為に選ぶよ。
「1つ、お願いがあるの」
リノアは9人の顔を1人1人じっと見つめて口を開く。
「なんだ?」
言葉の続きを促され、リノアは精一杯の笑顔を作って言った。
「スコールを連れて行って、そこであなたたちがやらなきゃいけないことを済ませて、皆それぞれ帰る時になったら、どんな手段を使っても、スコールを、此処には帰さないで」
後ろで「リノア…!」と仲間たちが彼女を呼んでも、リノアは9人を見つめたまま動かなかった。
 ねぇ、スコール。昔、スコールがわたしを助け出してくれたみたいに、わたしも、スコールに生きて欲しいの。
 スコールが大好きで、誰よりもあなたに幸せになって欲しいから、わたしは選ぶよ。
心臓がドクドクと脈打っている。ともすれば声まで震えそうになるのを必死で抑えてリノアは頼んだ。
「魔女なんて誰も知らない世界に、スコールを連れて行って」
 たとえそれが、2度とスコールに逢えない道だとしても。


59


 スコールに、永い時を独りで生きろ、というのはとても酷なことなのかもしれない。
それでも生きて欲しい、と思うのはきっと自分の我儘だとリノアは解っている。けれど、少なくとも魔女なんてものが知られていない、誰もスコールのことを知らない世界でならば、彼はたくさんの出逢いと別れを繰り返しながらでも、人々の中に雑じって生きていけるはずなのだ。
「わかった」
1分にも1時間にも感じる沈黙の後、そう答えたのは、クラウドだった。
「あいつは、俺が連れて行く」
「え、クラウド…」
 2年前、異世界から還る時は皆クリスタルの力によって半ば強制的にそれぞれの世界に還された。それを考えれば、今度だっていざ異世界で為すべきことが終わって、スコールを本来の世界に還さないなんてことが簡単に出来るのか誰にも判らない。それを懸念したセシルがクラウドに何か言いたげにするが、クラウドは解っている、という風に頷いた。
「俺だって別に具体的な手段を思いついてるわけじゃない。だがスコールを此処に還せば、結局あいつはまた眠りに就くしかなくなるんじゃないか?」
顔も名前も知れ渡っているこの世界で、スコールが静かに生きていける場所なんてないのだ。それを解っているからリノアは「スコールを帰すな」と頼んでいるのだから。
「…そうだな。きっとクリスタルだって1回くらい俺達の望みをきいてくれるよな」
フリオニールも頷く。それを皮切りに次々と頷く仲間たち。彼らだって、大切な仲間をみすみす傷つくと判っている世界に還したくはないのだ。
「それに、クラウドの世界が1番スコールが溶け込み易いカンジがするよね」
オニオンの言葉に仲間たちも同意する。これほど技術の進んだ世界に生きていたスコールが馴染めそうな技術レベルを有しているのはクラウドの世界しかない。
「あんたの願いは、俺達が絶対に叶える」
クラウドがリノアに向かってそう告げると、リノアがこくん、と大きく頷いた。声を出すと泣き出してしまいそうだった。
「それに…」
クラウドが僅かに言い淀む。まだ何かあるのか?と全員がクラウドを注視すると、視線をふっと逸らしたクラウドが、もう1度リノアを真っ直ぐに見る。
「いつまで、とは言えないが、俺なら、普通よりも永く、一緒にいてやれるはずだ」
その科白に、全員が驚きを隠さずに彼を見つめた。


60


「どういうこと…?」
ティナがまじまじとクラウドを見つめて呟いた。
「俺も、普通の人間よりは永く生きることになるということだ。それがどれくらいの長さなのかは判らないがな」
たったそれだけの言葉では仲間たちが納得しないのはクラウドも承知していたのだろう。軽く溜息を吐くと、掻い摘んで説明する。
 クラウドの世界で星を巡るライフストリーム。魔晄と呼ばれるそれをエネルギーとして使う技術によって世界的企業になった神羅カンパニー。その神羅の私設兵・ソルジャー。星の災厄と呼ばれるジェノバ。一般に魔晄を浴びて驚異的な力を得るとされるソルジャーが、実は同時にジェノバ細胞も植え付けられること。ソルジャーの眸の変色は魔晄を浴びた影響だが、ソルジャーの驚異的な身体能力はジェノバ細胞によって齎されたものであること。クラウドはソルジャーに憧れる一般兵であったこと。そして、7年前のニブルヘイムの事件。クラウドは人体実験の被験者としてジェノバ細胞を植え付けられ多量の魔晄エネルギーを浴びたこと。
「人体実験…」
初めて聞いたクラウドの過去に、仲間たちも絶句する。
「ジェノバ細胞によって、人体にどれだけの影響があるのか、正確なところは誰も判らないが、老化のスピードが極端に緩まるのはたぶん間違いない。実際、ジェノバ細胞を宿した為に30年くらい前から外見の変わっていない人に会ったこともあるしな」
そこまで言って、深刻な表情で自分を見つめる仲間たちの様子にクラウドは苦笑した。これが判っていたから、あまり話したくなかったのだ。これでは、人体実験後の5年に渡り自分が廃人と化していたことや、救い出してくれた親友の記憶を自分のものと思い込んで過ごしたこと、ライフストリームの中に落ちて再び廃人と化したことなど、とてもではないが話せやしない。まあ、そこまで話す必要もないだろうと、クラウドは話をそこで切り上げて、視線を仲間からリノアへと移した。
「そんなわけだ。俺だけじゃない。俺の世界の仲間には、何百年と生きる種族もいる。スコールを、そう簡単に独りにはしな、い、さ」
語尾が不自然に途切れたのは、目の前のリノアが、とうとう堪え切れずに大粒の涙を零したからだ。
「よかっ…た、スコール、独りぼっちになら、なくって、い、いんだ、ね…」
ひっく、と子供のようにしゃくり上げるリノアに、傍まで近づいてきたエルオーネの腕が伸びる。
 スコールを独りにしてしまうことへの不安。遣り切れなさ。それでも生きて欲しいと思う心。
それはリノアだけでなく皆が持っているものだったから、その葛藤を経て、動くことを選んだリノアを、エルオーネはありったけの労わりと親愛で以って抱き締めた。この2年近い間止まっていたものを動かしてくれたのは、異世界から来たという9人だが、それは動こうと決めたリノアがいたからだ。
「うわー、クラウドが女の子泣かした~」
「なっ」
「レディ泣かせるなんていただけないぜ、クラウド」
「お前らな…」
その正面では、バッツとジタンに茶化されてクラウドが頭を抱えている。まさか、泣き出されるとは思わなかった。けれど、彼女がどれ程の想いで自分たちにスコールを託そうとしているのか、充分すぎる程伝わった。それはクラウドだけにではなく、今こうしてクラウドを茶化しているバッツとジタンにも、それを笑って見ている仲間たちにも。
クラウドは、ふと内心で思った。
 スコール、お前はこんなにも、愛されてるんだな。


61


5分もするとリノアは息を落ち着け、「ごめんね」と笑った。
それを合図のように、「よーし」と言ったのはラグナだ。
「んじゃ、スコールを起こすとすっか~」
「…ラグナ君」
ラグナが固まった肩を解しながら明るい調子で言うのを、キロスが呼び止める。だがラグナはそれには反応せず、リノアに「だいじょぶか?」と声を掛けて頷かれている。
「記念館の連中に指示出さないとな~」
「ラグナ君!」
「わーってるよ!」
強い調子で呼び止めたキロスに、ラグナも強い調子で返した。
「お前の言いたいことは解ってるよ。…スコールは今のままの状態にするべきだって、オレの立場なら言わなきゃいけないってんだろ」
その科白に、全員の表情が曇る。
 スコールの存在は、彼と直接関わりのない世界の大多数の人々にとって脅威でしかない。スコールが魔女記念館という専用施設で、常時監視された状態で眠りに就くことで世界は安寧を得ているのだ。ならば、その施設を管理し、また国際社会での発言力も大きい大国エスタの大統領であるラグナは、当然その安寧の維持を求められる。彼らが今から起こそうとしている行動は、魔女の脅威をこの世界そのものから取り除くことになるのだが、スコールは異世界へと行ってこの世界には帰ってきません、と言ったところでとてもではないが信用されるわけもない。スコールを目覚めさせれば国際社会で大きな問題となり、管理責任者であるラグナが責められるのは必至だ。エスタが魔女を隠したと認識され、戦争だって起こりかねない。
大統領という立場にある以上、ラグナはそう易々とスコールを目覚めさせることに同意などしてはならないはずなのだ。
「…責められるのは覚悟してるさ。会見で土下座でもなんでもする。辞任もする。元々大統領なんてガラじゃねぇし。街歩いたら罵倒されて石投げられたって、殴りかかられたって、文句なんて言わないからさ」
ラグナはキロスに向かって言い募った。
「オレはスコールに生きて欲しいんだよ。今までアイツにばっか色んなもん背負わせちまったけど、もう、解放してやってもいいじゃねーか。アイツに何か投げつけられるんなら、全部オレが盾になってやりたいんだよ」
そしてラグナは、彼らしくもなく、俯いてポツリと零した。
「今まで何にもしてやれなかったけど、1回くらい、父親らしいことさせてくれよ…」


62


 ラグナの洩らした言葉に、9人に衝撃が走る。
「父、親…?」
呆然と呟いたのはフリオニール。
 この、陽気で明るく若々しいフレンドリーな大統領が、あの、静かで落ち着いていて年上に見られがちで警戒心が強いスコールの、父親だというのか。
「に、似てねぇ…」
思わず口に出したのはジタン。
外見も性格も、何1つとして親子関係を連想させるものがない。
「スコールはレイン…お母さん似だから」
横からにっこり笑って小声で教えてくれたのはエルオーネだ。
 ガルバディアの兵士だったラグナは任務中に崖から転落、ウィンヒルの近くに流れ着きレインという女性に保護され、両親と死別しレインに引き取られていたエルオーネと3人で家族のように暮らしていたのだという。ラグナとレインは結婚の約束までしたが、その後エスタによるエルオーネ誘拐事件が発生。エルオーネを助け出すべくラグナはウィンヒルを後にした。エルオーネは救出後ウィンヒルへと帰したが、ラグナ自身はエルオーネ救出の際に世話になった人々に恩返しをすべくクーデターに協力。一段落ついたらウィンヒルに帰ろう帰ろうと思っている内に、気づけば国民の英雄となり大統領に祀り上げられてしまったのだ。自分に息子が生まれたことも、レインが産後の衰弱が激しく亡くなったことも、エルオーネ共々生後間もない息子が石の家に引き取られたことも知らないままに。
「スコールはそれ知ってたのか?」
「知ってるわ。どうにか過去を変えたくて…。ラグナおじさんにレインのところに帰って欲しくてスコールをラグナおじさんに接続したんだもの」
結果として過去を変えることは不可能だったが、おかげでスコールはラグナの抱えていた事情や想いを知った。接続していた時は、まさか接続相手が自分の父親だとは考えもしなかっただろうが、様々な事象を繋ぎ合せて考えれば、すぐに自分の生物学上の父親がラグナであることには思い当たる。
 ラグナの事情も想いも接続によって経験してきたから理解できる。だからラグナを責めても憎んでも怨んでもいない。けれど自分は17年間親なんていないと思って生きてきたし、ラグナにしても自分の息子の存在を知らずに生きてきたのだろう。今更親子だと言われても、どうしていいのか判らない。
それがスコールがこっそりエルオーネに語ってくれた気持ちだった。戦後のゴタゴタもあり、結局2人は親子の名乗りを上げていない。スコールはラグナが父親だと知っているし、ラグナはスコールが息子だと知っている。そして互いが互いに事実を知っていることを知っている、という微妙な関係のまま、スコールが眠りに就いてしまったのだ。
「だからラグナおじさん、明るくしてるけど、スコールに全部背負わせなきゃならなかったことを凄く気にしてるんだと思う…」
心配そうにラグナとキロスを振り返ったエルオーネが、小声でそう呟いた。


63


「何か誤解しているようだが」
エルオーネの視線の先で、キロスが口を開く。
「別に私は、スコール君を目覚めさせることに反対などしていない」
その言葉に弾かれたようにラグナが顔を上げた。
「寧ろ、ラグナ君が自分の立場を弁えた意見に思い至っていたことに、感動しているよ。君もようやく歳相応の分別が身に着いたのかと…」
「…いやキロス、おまえそれはひど…」
「……」
「ウォードも、今初めてラグナ君が大統領に見えた、と言ってるじゃないか」
「ウォードもひど…」
 本当は、ラグナがそこに触れずにスコールを目覚めさせようとするなら、苦言を呈するつもりではあったのだ、キロスは。ラグナは実際にそのことに思い至らない程見た目通りのお調子者ではないが、敢えて気づかない振りをして押し切ってしまおうとする可能性は高い。とはいえ、苦言を呈するだけで止めるつもりは最初からなかった。キロスとウォードはラグナの親友であり、親友の手助けとしてエスタ大統領補佐官として働いているに過ぎない。いつだって優先順位はエスタという国の安泰よりもラグナ個人の幸せの方が高いのだ。
「やっぱおまえたちはオレの大親友だぜ~!」
ラグナがキロスとウォードに抱きついてバシバシと叩く。つい先刻までのシリアスな様子はどこへ行った、と見ている者の大半が内心でツッコミを入れたのは言うまでもない。
「しかしラグナ君、今すぐにスコール君を目覚めさせるというのは待ちたまえ」
「なんでだよ?」
「君の悲壮な覚悟は結構だが、争いの芽を未然に刈り取る努力はするべきだろう」
「んなこと言ったって…」
事前に説明したところで理解が得られる類の話ではないのに、どうすればいいと言うのか。
「何も、理解を得る必要はない」
キロスはあっさりと言った。
「要は、世界を欺けばいい。スコール君は眠りに就いていると、世界中が信じていれば現状は維持できる。永久に、というのは無理かも知れないけれどね。まあ、何十年と経って魔女への畏怖や興味が薄れた後なら、魔女の抹殺に成功した、なんて話をでっちあげてもどうにかなるだろうね」


64


「そりゃまあ確かにそうできりゃ万々歳だけどよ、どうやりゃいいんだよ?」
「……」
「少しは考えろ、とウォードも言ってるだろう」
「だーっ、オレがそーゆーのニガテなの知ってんだろ〜?」
心底呆れたように溜息を吐いて、しかしそれもそうだと思ったらしいキロスが説明する。
「昔の応用だよ、ラグナ君」
「応用〜?なんかしたっけか、オレたち」
再び大きな溜息を吐いたキロスが「19年前」と言った。
「アデルを封印するときに使った手を、よもや忘れたとは言わないだろうね?ラグナ君」
「あー、いや、随分古い話だからちょっと、思い出すのに時間がかかっただけだって!アレだろアレ!…エルのホロゴースト?」
「ホ・ロ・グ・ラ・ム。どこの怪しい影の上位モンスターかね」
 いや寧ろアンタらのそのボケとツッコミはどこから引っ張ってきたネタだ、と周りで見ていた全員が更にツッコミを入れたところで「おお、そうだった!」とラグナが手をポンと打つ。
「スコール君の立体ホログラムを作り、それを投影するんだよ。至近距離で見ればすぐに見破られるシロモノだが、魔女記念館は許可なく立ち入ることはできないから問題ない。アデルを誘き寄せる時に使ったから、あそこには元から投影設備も整っているしね。スコール君の様子はコールドスリープケースの正面からの定点観測映像が常時ネット配信されているが、配信回線の切り替えは造作もなくできるはずだ。エルオーネの時は本人がいない状態で2D映像を元にホログラムを作ったからかなり稚拙だったが、スコール君の場合は、ケース内を360度周回カメラで監視しているのでかなり精巧に出来るだろうし、ホログラム作成にも大した時間を要さないだろう」
キロスが部屋にいる全員に向かってそう説明した。
「記念館のスタッフから情報が洩れる可能性は?」
キスティスがそう尋ねるが、キロスは「安心しなさい」と微笑む。
「記念館のスタッフは、19年前のクーデターの際に我々と一緒に動いた、このエスタ国内で最も信頼できると言っていいメンバーばかりなんだよ」
大切な息子が眠りに就いている場所を任せるのは、せめて気心の知れた信頼できるスタッフにしたいというラグナの想いからだった。
「よーし、じゃ、名づけて『そろそろ起きて顔洗いなさい』大作戦開始といこうか!」
ラグナが高らかに宣言する。
 最早、その微妙なネーミングにツッコミを入れる者はいなかった。


65


 至急準備に取り掛かるが、徹夜作業でも1晩はかかるだろう。もう時間も遅いし君達は今晩はゆっくり休むといい。
キロスはそう言って彼らに部屋を用意してくれた。大統領公邸にこんなに民間人(しかも一部は異世界からきたという得体の知れなさだ)を気軽に泊めていいのかと、クラウドなどは思ったが、ここの主であるラグナの「遠慮なく泊まってけよ〜」の一言であっさり泊まることになった。仲間たちもその辺に関しては見事な程に屈託がない。
「前に、『お姫様のベッドで寝ちゃお』って泊まったことあったなあ」
「ああ、僕は『王様のベッドで寝ちゃお』だったかな」
「お前たち凄いな…。王女は知り合いだが、さすがにそれはないなあ」
常識人だと思っていたオニオン、セシルとフリオニールの会話に頭を抱えるクラウドの横では、ライトにバッツ、ジタンとティナと話していたはずのティーダがげっそりとした様子で似合わぬ溜息を吐いている。
「クラウド〜皆おかしいっス…。フツー王様とか王女様なんて知り合いにならないよな…。城ってそんな簡単に泊まれるもんなんスか…?」
「俺に訊くな…。俺の世界に城なんてない」
「オレも…」
つまり仲間たちは一国の最高権力者の住居に泊まる、ということに何の疑問も抱いていないのだった。
 ユフィはあれでもウータイの統治者の娘だが…こいつらの話している規模と違う気がする…。
 リュックはアルベド族の族長の娘だけど…たぶんレベル違うっスよね…。
クラウドとティーダはそれぞれ内心でそんなことを考えながら、割り当てられた部屋へと入る。華美ではないながらも高級感溢れる室内に眩暈がしそうだ。
ちなみに部屋割りはライトとセシル、フリオニールとティーダ、バッツとジタン、クラウドとオニオンになった。女性であるティナは当然1人部屋を割り当てられている。
「うわ、ねぇクラウド、これは何?」
「…たぶん通信パネルだろう」
「へぇ…」
興味津々といった様子でオニオンが部屋を見回していると、来客を知らせるブザーがなり、ドアのロックを解除すればそこからジタンが顔を出した。
「夜遅いけど、腹減っただろうから何か軽いもの食べながら、話さないかってリノアちゃんからのお誘いだ。オレたちの知ってるスコールのこと聴きたいんだってさ」
その言葉にオニオンが反応する。
「お腹空いたなって思ってたんだ」
そう言ってジタンについて部屋を出て行こうとしてクラウドを振り返った。
「クラウドは?」
「後から行く」
「わかった。そう言っておくね」
ジタンとオニオンが廊下へと消えると、クラウドはベッドへと腰を下ろし、一息つく。然程腹は減っていないが、喉が乾いたな、と部屋を見回したとき、急激な睡魔が襲ってきた。
「…な、んだ…?」
あまりに突然なそれは到底自然な睡眠欲とは思えなかったが、強力なそれに抗うことができず、クラウドの上体はベッドへと倒れこんだのだった。


66


 …波の音が聴こえる。
クラウドの意識はそれで覚醒した。
 俺はさっきまでスコールの世界で…エスタ大統領公邸の部屋にいたはず…。夢、か…?
『おねえちゃん……。エルおねえちゃん……』
 なんだ…?
酷く近い距離から聞こえてきた子供の声に驚く。そして気づいた。
 なんでこんな視線の位置が低いんだ?
『まませんせい!おねえちゃん、いないよ!おねえちゃん、どこ!?』
また至近距離で聞こえる声。
「まませんせい」「エルおねえちゃん」その表現には聞き覚えがある、と気づいた。
(おねえちゃん……どこいったの?ぼくのこときらいになったの?)
 これは…。
今度は声ではなく、子供の思考が直接流れ込んできてクラウドは悟る。
 幼い頃のスコール…。
自分は今、幼少期のスコールの中にいて、そこから世界を見ているらしい。
 あんた、こんなに泣き虫だったのか…。
成長したスコールの姿から想像もできない様子に少しだけ笑う。だが、自分だって子供の頃はひ弱で情けない子供だった。
そう思っていると、ザッと、クラウドの思考にノイズが走る。ラジオのチャンネルを合わせているようなノイズの後、見える世界は今度は雨が降っていた。
『……おねえちゃん』
また声がする。幼いままの声と低いままの視線に、先程の景色から大して時間は経っていないのだと判る。
『ぼく……ひとりぼっちだよ。でも……がんばってるんだよ。おねえちゃんいなくても、だいじょうぶだよ』
 そう、自分に言い聞かせてたのか、スコール。
クラウドは雨の中必死に言い募る子供の声を聴きながら、そう語り掛けた。
『なんでもひとりでできるようになるよ』
その言葉に、ああ、とクラウドは納得する。
 他人に干渉するのもされるのも極端に嫌っていたスコール。仲間を信頼しているのに、中々近づこうとしなかった彼の原点が見えた。なんでも1人でできるようになる。こんな幼い子供が寂しさの裏返しからそんな決意をして、そうしてその言葉を実現すべくスコールは生きてきたのだろう。人と馴れ合わない、頼らない、期待しない。自分のことはすべて自分1人の力でこなす。そうなるべく努力して、そうできるようになったのだ。根本にある寂しさを抱えたままで。
 あんたは本当に、がんばったんだな。
クラウドがそう思った時、またノイズが走った。


67


暫くノイズが走った後、場面は今までとは全く違う空間になった。少し離れた場所からバンドの演奏が聞こえる。視線の位置も高い。そして、その視線の先には、先程知り合ったリノアがいる。
 2年前、か…?
聞いた話から考えると、タイミングとしてはそこしかないだろう、とクラウドは判断した。
『スコール、ガーデンの指揮をとることになったよね。きっと、とっても大変なんだよね』
リノアの言葉で、これはスコールがバラムガーデン指揮官に任命された直後の出来事なのだと判る。
(……プレッシャーかける気か)
スコールの思考が伝わって、クラウドは苦笑いした。
 俺も大概人のことは言えないが、あんたも人の言葉を穿ちすぎだろう。
『辛いこととかグチ言っちゃいたいときとか、いろんなことが起こると思うの。でも、スコールは全部1人で抱えて、ムスッ〜て黙りこんじゃって悩むにちがいないって話してたの』
 …言えてる。
クラウドがこっそりリノアの言葉に同意していると、スコールの思考が伝わってくる。
(みんなで俺のことを?)
自分の知らないところで他人の話題になる、それが不愉快なのか気になるのか、スコールの心が漣のように揺れたのを感じた。
『みんなスコールのマネが上手なんだよ。わたしもできるんだから。眉毛の間にシワ寄せて、こうやって……』
 上手い。
クラウドは再びこっそりリノアに賛辞を送る。
『俺は帰るぞ』
不機嫌そうなスコールの声が近くで響いて、そういえばこの時まだこの2人は恋人同士ではないんだな、と気づいた。
『ちがう!ごめん!みんなで話してたのは……ええと。スコールが考えてること、1人で答えを出せそうにないこと……。なんでもいいの!そう、なんでもいいの。なんでもいいから、もっとわたしたちに話してってこと。わたしたちで役に立てることがあったら頼ってね、相談してねってこと。そうしてくれたら、わたしたちだって今まで以上にがんばるのにって、キスティスたちと話したの』
リノアの言葉は、どうもこの時にはまだ彼らと距離を置いていたらしいスコールをそれでも心底心配しての言葉だとクラウドには解る。それはたぶん、あの異世界でバッツやジタンたちが事ある毎にスコールに絡んでは邪険に扱われていた光景に近い。
 1人でなんでもできることと、仲間を頼らないことは、決して同じじゃないぞ。
無駄だとは思いつつもスコールにそう語りかけてみる。クラウドだって、そういう境地に辿り着けたのは最近の話なので人にとやかく言える立場にはないと解ってはいるのだが。
だが、伝わってきたスコールの思考に、掛ける言葉を失う。
(他人に頼ると……、いつかつらい思いをするんだ。いつまでも一緒にいられるわけじゃないんだ。自分を信じてくれる仲間がいて、信頼できる大人がいて……。それはとっても居心地のいい世界だけど、それに慣れると大変なんだ。ある日居心地のいい世界から引き離されて誰もいなくなって……)
 そうだな、それは生きてればきっとどこかで経験することだが、あんたはそれをあまりにも幼い時に経験させられたんだな。
クラウドは雨の中泣いていた子供の彼を思い出す。
(知ってるか?それはとってもさびしくて……。それはとってもつらくて……。いつかそういう時が来ちゃうんだ。立ち直るの、大変なんだぞ。だったら……。だったら最初から1人がいい。仲間なんて……いなくていい。ちがうか?)
 違うと、はっきり言えるよスコール。でもお前はそうやって必死に自分に言い聞かせて、そうやって自分を守ってたんだ。自分の弱さを自覚してるから、2度もその喪失感に耐えられないと知っていたから。
クラウドがそう思った時、意識をすっと引き上げられるのを感じた。そのまま暗転。
次に視界が開けたとき、そこはスコールの意識ではなく、現実世界で。
窓から光が射し込み、隣りのベッドを見ればオニオンがぐっすり眠っていた。


68


昨日倒れこんだ姿勢のまま、シーツに潜らずに寝てしまったことに気づいて苦笑する。
折角の高そうなベッドなのに、勿体ないことをした。
不自然に固まった体を解していると、隣りのベッドのオニオンが目を覚ます。
「あ、おはよう」
「ああ。おはよう」
「昨日、クラウドいつまで経っても来ないから1度様子見に来たんだ。そしたらぐっすり眠ってて、ちゃんとベッドに入って寝た方がいいよって起こそうとしたんだけど、まるっきり反応なくて…」
「いや、気にしなくていい。済まなかったな」
オニオンに謝辞を言って身支度を整える。2人揃って部屋を出ると同じように部屋を出てきたバッツとジタンに出会った。連れだって食堂に行けば、仲間たちが揃っている。部屋を見回すと、隅でコーヒーを淹れているエルオーネの姿が目に入った。
「…おはよう。よく眠れた?」
クラウドが近づくと、エルオーネがにっこり笑ってそう声を掛けてくる。それに対して軽く頷いて返すと、彼女は声を落とした。
「突然、ごめんなさい。びっくりしたでしょ?」
「やっぱり、あれはあんたの力なんだな」
「スコールのこと、知っておいて欲しかったの。あの子、口下手だし、1人で頑張ろうとしちゃうし、実際1人で大抵のことこなせちゃうし。大人への頼り方とか解らなくて無理すると思うから」
エルオーネの心配も尤もだと、覗き見た過去の様子を思い返して頷く。
 信頼できる仲間たちと戦いの日々を駆け抜け、だいぶ改善はされたのだろうが、幼い頃から呪文の様に自らに言い聞かせてきた言葉の呪縛はそう簡単には抜けないだろう。
「まあ、あいつの気持ちも解らないでもない。気に掛けておくよ」
「あら、クラウドさんも結構1人で抱えちゃうタイプなの?」
「いや…。俺は1人じゃないと、つい最近そう思えるようになった」
穏やかな様子でそう言ったクラウドに、エルオーネも安心したように笑う。だが次の瞬間、笑みを消して、真剣な顔になる。
「スコールのこと、よろしくお願いします」
エルオーネがそう言ってクラウドに頭を下げた時、食堂に入ってきたキロスが全員に向かって声を掛けた。
「準備が整ったよ」
「んじゃ、スコール起こしに行くッス!」
頬張っていたスクランブルエッグを飲み込んで、ティーダが元気よく立ち上がる。
その言葉に、全員がしっかりと頷いたのだった。


69


 キロスは車を用意し、9人とエルオーネを再び魔女記念館へと運んでくれた。他の連中は皆、今朝早く既にそちらへと移動したのだという。
「誘ってくれてもいいのに」
昨晩のお喋りでだいぶ打ち解けたらしいオニオンがそう呟くと、エルオーネが優しい笑みで答える。
「ごめんなさいね。…でも、みんな、お別れの時間が欲しいんだと思うわ」
その言葉にオニオンが配慮が足らなかったとシュンとしてしまう。そうだ、9人にとって待ち侘びたスコールとの再会は、この世界で彼を愛する者達にとっての永遠の別れに他ならないのだ。声も聴けないし触れられもしないけれど姿を見ることは出来ていた今までとは違う。もう2度と逢えない本当の別れ。異世界で為すべきことが終わっても、スコールは此処へは帰って来ない。仮にそれぞれの世界を行き来できたとしても、少なくともこの世界の仲間たちが生きているうちには、帰ってくることはないだろう。スコールが消えた後の彼らの平穏な生活を守る為には、魔女の記憶が風化するまではスコールは此処へと戻ってきてはいけないのだ。
 切ない沈黙を乗せたまま彼らが魔女記念館に到着すると、中ではスタッフが忙しそうに動き回っていた。中の1人が入ってきた自分たちに気づき、キロスに向かって状況を報告する。
「配信回線のダミー映像回線への切り替え、コールドスリープケースの回収、ホログラム投影開始、配信通常回線への再切り替え、すべて滞りなく完了したよ。今は向こうでコールドスリープの解除に入っている」
「解った。急な徹夜仕事を頼んで済まなかったな」
「いいさいいさ。こっちも、これで何の罪もない子の監視をしなくてよくなるんだ。気分が晴れ晴れしてるよ」
スタッフは笑いながら手を振り、仕事へと戻っていく。それを見送って、彼らは指し示された奥の部屋へと入った。
「…スコール」
その呟きは誰のものだったか。
視線の先に、スコールが静かに横たわっている。周りを複雑そうな機械に囲まれ、何本ものチューブが彼の体に繋がっていた。壁際には彼の仲間たちがその様子をたった一瞬たりとも見逃さないとでも言うようにじっと凝視している。スコールの傍に立っているのはリノアと、ラグナだ。9人と一緒に入ってきたエルオーネがラグナの隣りへと立つ。
 9人は部屋の中に入ったところで立ち止まった。これ以上は、近づいてはいけない。示し合わせたわけでもなく、9人全員がそう感じている。ここから先は、スコールと、スコールの幸せを願って永遠の別れを選択した彼らの、神聖な空間だった。


70


 室内は痛いほどの静寂に包まれていた。聞こえるのは、スコールの体に繋がれた機械が発する音だけだ。
息さえ潜めて、室内にいる全員が微動だにせず眠るスコールを見つめている。
永遠にも思える静寂が、突然ピコン、という新たな機械音で破られた。立ち働いていたスタッフの1人がモニターとスコールの様子を確認する。
「32.4度。鼓動、自発呼吸確認」
言葉と共に、スタッフ数人がスコールの体からいくつかのチューブを取り外した。それでもスコールを見つめている彼らは誰1人として身動ぎもしない。暫くすると再びスタッフがスコールとモニターを確認する。
「36.0度。脳波、脈拍、血圧異常なし。コールドスリープ解除を確認しました」
スタッフが周囲の機器を手早く片づけていく。彼らが一礼して出ていくと、何故かその場の緊張が更に高まったのを誰もが感じた。
その緊張感の中、動いたのは…リノアだ。
彼女は恐る恐る、という表現がまさにぴったりの慎重な動作でそっとスコールに手を伸ばす。スコールの体に触れるまでの、そのリノアの指先を、全員が固唾を飲んで見守った。
「…あったかい」
羽のように軽く、スコールの腕に触れたリノアの声が静まり返った部屋に響く。
「あったかいよ、スコール…」
それは、その様子を見つめる者たちに向けての言葉だったのか、それともスコールに向けての言葉だったのか判らないが、リノアの科白に、全員が詰めていた息を知らず吐き出した。
 静かに上下する胸の動きが、スコールが今ここで確かに生きていることを教えてくれる。彼らは再び無言になり、暫くじっと、その様子を見つめていた。確かに同じ時間を、同じ場所で刻んでいるスコールの姿を、その眼に焼きつけるように。
やがて、リノアが9人の方へと振り向いた。
「スコールの目が醒める前に、連れて行ってください」
予想外の依頼に9人は驚きを隠さずに彼女を見返すが、リノアだけでなく、この世界の住人たちもまた、リノアと同じように決意を秘めた眼で9人を見ていた。恐らく、9人がここへと来る前に、既に彼らの中で決まっていたのだろう。
「いいのか?」
その質問に答えたのは、比較的9人に近い位置に立っていたキスティスだった。
「スコール研究家を自認する私の予想では、目覚めてからじゃ、スコールは此処から出て行くことを中々承諾しないわね」
この場にいる全員がスコールをこの世界へと帰らせる気のないことを伏せたとしても、スコールは此処を離れることをそう簡単には承諾しないだろう。世界中の畏怖を引き受けることで世界の安定を支えてきたスコールは、自身の立場の重さをよく理解している。それ故に、もしも自分の不在が世界に洩れた時に彼の大切な人たちに向かうだろう敵意を考えずにはいられないはずだ。
「わたしたちも、ね。話したいこといっぱいあるけど、話したら離れたくなくなっちゃうかもしれないし」
 だから、行って。
リノアの言葉は紛れもない本心なのだろう。本当は、離れたくなんてない。
「…解った」
彼らの心中を察した9人は、ただしっかりと頷いた。

魔女っ子理論43~56

43


「私がイデアと出逢い結婚した頃から、私達の生活が激変したことは先程の話の通りです。私はなんとか彼女を助けられないものかと、魔女に関する情報を集めました。結果としてイデアを助けることは叶いませんでしたが、その過程で私は魔女という存在についての1つの仮説に辿り着いたんですよ」
シドは穏やかな口調でそう語り始めた。
「最初に話した始祖の魔女ハインの伝説を思い出して下さい。人間に負けそうになり、ハインは人に半身を渡した。けれど実はハインに残った半身の力の方が大きくハインは人々の前から姿を眩ましてしまった。では、ハインが人に渡した半身とは何なんでしょう?」
シドはぐるりと9人を見回す。その姿はまさに学園長だ。
「魔女の力…だろ?」
授業で指された生徒のように答えたのはジタン。
「そう、魔女の力です。ですが、魔女の力とは一体何を指すのでしょう?強大な魔力でしょうか。確かにそれもあるでしょう。でもそれだけではないんじゃないかと私は思ったんです。ハインは自分が眠っている間に増え続け力をつけた人間を滅ぼそうとして失敗しました。そして負けたハインは仕方なく人々に自らの半身を分け与えた。決して自発的でも好意でも善意でもありません。素直にただ強大な力を分け与えたとは思えないと思いませんか?ハインは人を憎々しいものだと思っていた。どうにかして人の世に禍の種を巻いてやろうと思った。ハインはただ力を分けようだなんて思わなかった。ハインが人間に分け与えた半身の力は、一見するととても魅力的な、けれど呪いに満ちたものだったんじゃないでしょうか」
「呪い…?」
ティナが鸚鵡返しに口にして首を傾げる。
「そうです。私はね、ハインが人に与えた半身の力は、魔力と、不老不死の力じゃないかと思ってるんですよ」


44


「不老不死の力…」
シドは両手を組んだ姿勢で続ける。
「魔女は…ああ、ここで言う『魔女』というのは、イデアやリノア、アルティミシアまで含めた歴代の『ハインの半身の力を継承した女性』のことですが、魔女の力を持ったまま死ねない。これも先程の話にありましたね?しかしここで誤解しないで欲しいんですが、魔女は死なないのではなく、死ねないだけだ、ということです」
その言葉にクエッションマークが浮かんだ表情で唸ったのはティーダだ。
「どう違うんスか…?」
「魔女は不老不死の存在ではない、ということです。考えても見てください。歴史上、悪しき魔女がその力を振るった例はいくつもあるんです。魔女が不老不死ならば、今もずっとその支配が続いているはずでしょう。19年前封印されたアデルが後継者を探して女児誘拐を繰り返していた理由は?子供たちに負けたアルティミシアが瀕死の状態でイデアに力を継承したのは何故ですか?」
魔女が不老不死ならば、後継者を探す必要などない。自らが君臨し続ければいい話だ。アルティミシアにしても、不老不死であれば力の継承などせずに傷を癒せばいいではないか。
「答えは簡単です。彼女たちは元々ただの人で、人の体と寿命しか持っていないからです。勿論、魔女になることで一般人よりは強靭になることはできるでしょう。彼女たちの使う魔法は我々が使える疑似魔法などとは比べ物にならない威力を持ってますからね。けれど根本的なことは変わりません。魔女といえど老いるし、致命傷があれば死ぬのです。ただ問題なのは、魔女の力自体には不老不死…まあ、これも絶対ではありませんが、少なくともただの人から見たら不老不死に思えるだけの力がある、ということです」
人の体と寿命しか持たない彼女たちは老いと死という生命の摂理からは逃れられない。しかし不老不死の力を身に宿しているが故に、その力に新たな器を見つけてやるまで無理矢理に生命を繋がれるのだ。そう、あの時間圧縮世界を彷徨った末イデアの前に現れたアルティミシアのように。本来なら疾うに事切れているはずの体を引き摺って、力を継承するために痛みと苦しみを味わい続けることになる。
「呪いと言うに相応しいと思いませんか?」
シドが溜息をつきながら言った。
 強大な魔力は一見魅力的だ。しかし、人に与えられたその力が結局この世界に何を齎しただろう。力に取り憑かれた魔女による支配は人々に恐怖を植え付け、その恐怖は罪のない魔女への迫害となり、迫害は魔女の世界への憎悪となって悪しき魔女を生み出す。どれが始まりとも終わりとも言えない悲劇の繰り返しだ。しかも、その元凶である魔女の力は衰えることも消え去ることもなく、そして1つの状態を永続させずに人々の間に継承を余儀なくして愚かな悲劇を繰り返させる。
それはまさしく始祖の魔女ハインの人に対する呪いだろう。


45


「話を進めましょうか。ハインが世界に残した半身の力について考えた私は、次の疑問にぶつかりました。では、ハインに残った半身の力とは何なのだろう、とね」
人に与えた半身の力が魔力と不老不死の力だとすれば、ハインに残った半身の力とは何か。しかも伝承を信じるならばハインに残った力は人に渡した半身の力よりも強かったという。
「それはね、『器』なんじゃないかと思ったんです」
「器?」
「始祖の魔女ハインは不老不死だったと言われています。そしてハインはその魔力と不老不死の力を人に渡して呪いとした。何故不老不死の力が呪いとなり得たんでしょうか。それは、先程言ったように人の体がその力に対応しきれないからです。逆に言えば、ハインは不老不死の力に対応できる、身に宿る魔力を最大限発揮できる体…そのとてつもない大きな力を留めておける『器』を持っていたんじゃないでしょうか」
シドはそこで一息吐くと、どんな物事にも言えることですが、と続ける。
「汎用と専用では専用の方が明らかに効果が高いものです。例えば同じ楽器を鳴らしても、普通の部屋で鳴らすのと、専用の音楽ホールで鳴らすのでは音の響き方が違いますね。同じナイフを使っても、素人が使うのと戦闘訓練を受けた兵士が使うのでは、切れ味が違います。先程のジャンクションの話にしてもそうです。ジャンクション専用領域を持ったスコールと、他のSeeDでは同じG.F.をジャンクションしても威力が違う。同じことが、魔女の力にも言えるのではないかと私は考えたんですよ。そう考えれば、ハインに残った半身の力の方が大きかった、というのも頷けます。仮に魔力を均等に分けたとしても、本来『器』ではない人が揮う力と、『器』を持つハインが揮う力では差が出て当然だった…。魔女の力は、力そのものだけでなく、その力が宿る体…『器』の役割も大きいのです」
「器の役割、か…」
ハインが人の世に掛けた呪いも、魔女の力に見合った器がなければ真の威力を発揮できずに持て余すしかないことを見越して掛けたものだ。
「勿論、これらは全て私の推測でしかありませんが、この考え方でいけば、ハインの半身の力の継承者が女性限定であることも説明できます。男性よりも女性の方が力の器として適していた、もしくは男性の体には仮初の宿主になれるだけのキャパシティがなかった、ということでしょう。もし魔女の力が力そのものだけに意味があり、器である宿主の体の役割などないのだとしたら、男性の継承者がいてもおかしくないはずですからね」
「でも、スコールは魔女の力を継承したんでしょう?」
オニオンの疑問は尤もだ。その理由を解明するはずのシドの仮説だが、今まで聞いた時点では、スコールが魔女の力を継承できない理由にはなっても、継承できる理由にはなり得ない。
「そうです。大丈夫、ちゃんと説明しますよ。次の疑問に移りましょう」
オニオンに向かって頷いた後、シドは右手の人差し指を立てて次の話題を提示する。
「人に半身の力を渡して姿を眩ましたハインは、一体その後どうしたのでしょうか?」


46


ハインは半身を人に分け与え、しかし実はハインに残った半身の方が力が大きく、ハインは人の手から逃れ姿を眩ました。伝承が残るのはそこまでで、それ以降のハインの動向を伝える話はない。
「どこかに隠れてるんじゃないのか?」
「姿を消してから千年以上の時が流れているのに?そんなにも長い間、しかも、技術文明が進歩し世界中人が行けない場所はなくなったどころか宇宙にまで出て行く技術を持ち、地下に通信ケーブルを張り巡らせている現代に於いてまで、世界のどこかに姿を隠している、というのはちょっと非現実的ですね」
「それもそうだよなぁ…」
フリオニールとバッツが顔を見合わせて唸る。なんだか授業を受けている気分だ。
「私の仮説はこうです。始祖の魔女ハインは、疾うの昔に死んでいる」
シドはそこで言葉を区切った。
「繰り返しになりますが、ハインは人に不老不死の力を渡しました。けれど、その力に耐え得る器を持たない人は、不老不死になることはなく、力の継承を余儀なくされた。逆にハインの場合はこういうことが起こります。ハインは不老不死になれる器を持っていた。しかし、その器を生かす力を人に渡してしまったが故に、ハインの命は有限になった」
「待って下さい。それでは、ハインは自分の死を覚悟してまで世界に呪いを掛けたということですか?」
セシルが驚いたように問う。それに対し、シドは「そうですね」とあっさり肯定した。
「話としては珍しいことではありません。寓話などにもよくあるでしょう?自分の命や魂を代償に悪魔と契約、といった類の話が。同じことですよ」
「そこまで人間が憎かったのかしら…」
「恐らく最も大きな理由は、ハインが人に負けたからです。魔女の力は人から見ればとてつもなく強大ですが、絶対ではありません。子供たちがアルティミシアを倒したように。19年前、レウァール大統領たちがクーデターを成功させアデルを封印したように、ね。ハインの力は私たちの知る魔女を遥かに凌駕するものだったはずですが、それでも魔女には持ち得ない力によって負けたんです」
「魔女には持ち得ない力?」
「数の力です。絶対的な数の優位は時に圧倒的な能力差をも覆すものなんですよ。当時の人々がどうやってハインを追い詰めたのかは判りませんが、数の優位性を常に保ち続けるよう知恵を絞ったはずです。魔女として完全な力を持っていた時ですら人に負けたハインは、魔力の半分を渡してしまえばリベンジを図ることが更に難しいことくらい解っていたでしょう。ならば、せめて人に安穏とした繁栄など与えてやるものかと呪いを掛けた…。数で負けたハインが、自分の眷属を作って対抗しようとした、という考え方もありますが、姿を隠して以降、2度と歴史に現れない、複数の魔女が手を組んだといった記録もないことから、ほぼ可能性はゼロだと思っていいでしょうね」
そう言ってシドは冷めたコーヒーを1口啜った。


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シドは「こんなにたくさん話すことなんて滅多にないから喉が乾きますねぇ」と言って笑った後、さて、と再び話に戻る姿勢になった。
「ハインが命を代償に呪いを掛けたと言っても、勿論すぐに死んだわけではありません。無限、もしくは無限に近い時間を与えられていた寿命が、先が見える程度の有限になった、人並みになったという話ですからね。ハインはその身を隠し寿命が尽きるその時まで生きたはずです。ではいったいどこで?どうやって?」
強大な魔力は保っていても、時と共に衰えていく体を抱え、それまでのように人の手が届かない場所で身を隠して生きるのは無理がある、とシドは言う。
「私はね、ハインは人の中に紛れたんだと思うんですよ」
「人の、中…?」
「少数ではあっても、ハインを支持…というより崇拝する人々がいたはずです。思い出して下さい。ハインは世界を創り人を創った始祖の魔女なんですよ?たまたまこの世界では『魔女』という呼び方になりましたが、まるっきり神と言っていい存在です。恐らくハインが人を創った当初、人々はハインを神として崇めていたことでしょう。ですが、ハインが長い眠りに就き、人口が増えていくに従いハインの存在は伝承の登場人物にしか過ぎなくなり、相対的にハインを崇める人々は少数派となってしまった…。宗教と言って差し支えないでしょう。ハインが目覚めた時、ハインは単なる1宗教の神にされてしまっていたのです。ハインにしてみれば怒り心頭といったところだったでしょうね。まあそれはさておき、有限の命となったハインは、自分を崇拝する一派に匿われ、彼らが形成する集落の中で敬われ、崇められて生きたんだと考えています。ハイン1人でどこか人の手の届かない場所で生きるよりも、そちらの方が合理的です」
自分を崇拝する人々に囲まれたハインの暮らしはそれこそ上げ膳据え膳だったはず、と付け加えたシドは、更に続ける。
「自分を崇め献身的に世話をする人々は、ハインの眼には非常に好ましく映ったと思います。世界の大多数の人に対する憎悪の分、余計に好ましく感じたでしょうね。何故ならその少数の人々こそが、本来ハインが創った『人』の姿なんですから。そしてハインは、世界に呪いとして半身を分けたのとは逆に、もう一方の半身を自分を崇める少数の人々に残してやろうと考えたんじゃないかと思うんですよ」
伝承を見る限り、元々ハインは自分が疲れたから代わりに働く人を創って自分は寝てしまえ、だとか、起きたら人が増えすぎていたから数の抑制の為に子供を殺してしまえ、だとか、非常に感情的・短絡的に考えるタイプだ。自分の思い通りにならない大多数の人間への憎しみと相俟って、自分が想定した本来人の在るべき姿を実践するその少数の人々に、大きく情を動かされるのは必至だっただろう。
そこまで説明したシドは「ではここで問題です」と9人を見回した。
「ハインに残った半身が、人に与えた半身…不老不死の力の対となる器だと言いましたが、その器とは具体的に言うと何でしょう?」
そう言うシドの表情はまるっきりクイズ番組の司会者のそれだ。残念ながら解答者である9人のうちクラウドとティーダを除く7人にはクイズ番組という物自体が解らないのでそんな連想をしようがないが、それでもシドが妙に愉しそうなのは見て取った。
ちなみに、「はいはい、オレ解るぜ~」と観客席からフライングで答えようとしたラグナは、有無を言わさずウォードの手で口を塞がれた。
「器ってそりゃ、体、だろ?」
ジタンが答えれば、「もっと具体的にですよ」とシドが返す。暫く首を捻っていた9人だが、やがてふと思い当たった、というようにクラウドが顔を上げた。
「血…血脈か」
「ほぼ正解ですね」
シドは軽く拍手するジェスチャーをすると、こう続ける。
「もっと具体的に言うならば、器とはハインの遺伝子…DNAです」


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バッツが口を開く。
「…いでんし?でぃーえぬえー?…って、何だ?」
最後の「何だ?」は顔を完全にクラウドに向けての問い掛けだ。
 お前達、解らない言葉は何でもかんでも俺に訊けばいいと思ってるだろう。
クラウドが内心で溜息を吐いていることなど露知らず…恐らく知っていても気にしなかっただろうが、仲間8人の視線がクラウドに突き刺さる。
「DNAはデオキシリボ核酸の略で…ああ、化学的なことは訊くなよ、俺だって知らない。生物の遺伝情報を担う物質だ。遺伝子とも呼ばれている。正確にはDNAと遺伝子では微妙な定義の差があるらしいが、どんな差かなんて知らないし、今の仮説でも気にしなくていいんだろう?」
「そうですね。必要ありません」
「とにかく、細胞…と言って解るか?あらゆる生物を構成しているものだが、その中に含まれている、生物を構築する根本的な情報を持った因子のことだと思っておけばいい。親と顔が似たり、血縁者と同じ体質になったりするのはその遺伝情報の所為だ」
「おれ達もみんな持ってるってことか?」
「ああ。髪の色、肌の色、眼の色、そういうものも全部DNAが情報を持っていて、それで決まる」
クラウドの言葉に、いまいちビンときていない様子で自分の手や足を見ていた彼らだが、とりあえず納得したらしい。「で?」とシドに続きを促した。
「ハインは半身の力を自分を崇拝する人々に残してやることにした…。遺伝子を残す…つまりは子を生すということです。人々の中から最も優れた者を選んだのか、それとも、ロマンチックに考えるならば、有限の命となって情緒的にも人に近づいたハインが自らの周りで世話を焼いてくれる男性と恋に落ちたのかもしれません。どちらにせよ、ハインは身篭り、出産した…。恐らく、その血脈を絶やさぬよう、厳命したと思います。折角残した遺伝子が、途中で消滅しては意味がないですからね」
「どうして?」
「ハインの遺伝子は器だからです。器に湛える力がなくては意味がない。ハインが人に渡した半身…不老不死の力は、人から人へと継承されていくものです。継承を繰り返していく内に、いつかハインの遺伝子を持つ者に辿り着くまで、血脈を絶やしてはならない…。かといって、憎き人にその力が渡るのは避けたい。ハインはこう厳命したんじゃないでしょうか。決して血脈を絶やしてはならない。決してその血脈を外に出してはならない、とね」
そこまで言うと、シドは自分の胸のポケットから、幾重にも折り畳まれた古い紙を取り出した。
「ここまでの仮説を立てた私は、ではハインの遺伝子を持つ人々が暮らすのは何処なのだろうと考えました」
言いながら、丁寧に紙を広げる。それは結構な大きさの地図だった。
「私の推測では、それは、ガルバディア南部です」
そう言ってシドは、地図の中のガルバディア南部地域を指差した。


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その地図は随分使い込まれたものだった。あちこちに印とメモが書き込まれている。
「ハインの遺伝子を持つ人々が住む場所…。それを見つけられたら妻を救えるかもしれない。そう考えた私はその場所を特定することに夢中になりました。…結局、妻が姿を消すまでに特定することは叶わなかったんですがね」
1人で、しかも孤児院の運営やガーデンの設立準備などと並行しての作業ではなかなかスピードも上がらない。結局イデアを救うという目的は果たせなかったものの、シドはガーデン設立後も学園長としての仕事の傍ら情報の収集と解析、考察を進めたのだという。
「地図の印は魔女に関する記録や伝承が残っている場所です。印の色が青いものほど現代に近く、赤いものほど時代の古い伝承を表しています。だいたい100年単位、赤色の濃いものだと200年から300年単位くらいだと思ってください。魔女の名前が判っているものは名も書いてあります。時期と内容から考えて同じ事象を伝えていると思われるものには同じ番号を振ってあります。見てください。赤いものほど狭い範囲に集まっているでしょう」
言われてみれば確かに、赤色の濃い印は狭い範囲に集中し、青いものほど放射状に世界各地に広がっている。
「ハインが人に負けた頃、人々の多くが暮らしていたのは、この濃い赤色が集まっている地域、今のドールの西部辺りだったんでしょう。神聖ドール帝国があったことからも、この辺りが古くから栄えていたことが窺い知れます。人口の増加と共に人々は新たな土地へと移り住んでいき、魔女もまた世界各地へと散っていった…。現代にもアデルとイデアが同時期に存在したことからも、ハインの力を継承した女性は複数いたことは確実ですしね。番号や名前を見ると判りますが、青い印ほど広範囲に同じ記録が残っています。青い印の場所すべてに魔女がいたわけではなく、情報の伝達スピードが速くなってあちこちに記録が残っているんでしょう。しかしこのガルバディア南部地域を見てください。おかしいと思いませんか?」
シドが指差す場所に視線が集中する。ガルバディア南部の中でも特に小さな範囲が、ぽっかりと穴が開いたようだ。印がついていないわけではない。ただ他の地域に比べると。
「…濃い赤と濃い青の印ばっかりだね」
オニオンが指摘すると、シドはそうです、と頷いた。
「印は赤から青へと概ね放射状に広がっているのに、ここだけ中間の魔女の記録が殆どないんです。あるのはハインの頃の伝承か、近年のものばかりです」
それは、この地域に住む人々が部外者を殆ど受け入れずに生きてきた証拠だ。1つの血脈を、外へ流出させずに繋いでいこうと思えば集団を出て行く者を出さないのは勿論、部外者も出来る限り排除するしかない。近年の魔女の記録が残るのは、より広範囲に情報を配信するツールが出来た為と、長い時間を経て排他的に暮らす意味が見失われつつあったからだろう。
「この地域の中に、きっとハインを崇拝した人々の集落がある。私はそう確信し、そしてそれはここだと思ったんです」
シドの指がとある地名を指し示す。
「…ウィンヒル?」
「記録ではガルバディア建国以前からある古い村で、花の栽培生産が主な産業の小さな集落です。幹線道路からも外れた地域なので、今でもあまり人の出入りはありません」
「貴方が、ここだと思う理由は?」
「1つは、地形です」
「地形~?」
そんなものが理由になるのか、とティーダが目を丸くした。
「ウィンヒルはその名の通り、集落が小高い丘を中心に形成されています。丘というのは、古来から宗教都市になり易い場所です。丘の上に神殿や宗教的建造物を建てることが多い。人には崇める存在を高い所に祀る習性があるんですよ。山が神聖視されるのもその為です。勿論神殿などは山などにも建てられますが、その場合は集落を形成することはあまりないですね。人が住むには環境が厳しいですから。人々が生活し、尚且つ人々よりも高い位置に崇める存在の場所を作る。丘という地形はそれに適しています。このガルバディア南部地域はどちらかというと平坦な地形が多く、宗教的集落を作るに適した丘陵地帯はほぼここだけです」
そういえばガガゼト山は霊峰だったなあ、とか、クリスタルも高いとこに祀られていたっけ、など各々納得できるものがあったらしい。シドの説明に同意を示すと、シドは「それともう1つ」と言った。
「もう1つ、ウィンヒルがハインの末裔の集落だと考える根拠。それは、地名です」
「地名も理由になるのか?」
「場合によってはね。この地名をよく見てください。簡単なアナグラムですよ。アナグラムと呼ぶのも憚られるほどの」
「…アナグラムって、何?」
「文字の順番を入れ替えると別の意味が出てくる言葉遊びの1種だ」
「ふぅん…」
9人の視線が地図上の“Winhill”という文字に集まる。
「まず、ウィンヒルが丘という地理的特徴を指しているのは明白ですから、1単語になってしまっているスペルをこう分けられますね」
シドが地図の地名の横に“Win Hill”と書き入れた。
「うんうん、それで?」
「後は簡単な話です。頭文字を入れ替えてみます」
書いた文字の下に、頭文字を入れ替えて、シドが更に書き足す。
「これって…」
書き足された文字。それが意味するもの。
「“Hin Will”……ハインの意志、です」


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「ハインの意志…」
フリオニールが呟いた。
「念を押すようですが、今お話ししたことはすべて、私か立てた仮説に過ぎません。これが絶対に正しいとも言えません。このアナグラムにしても、私の邪推に過ぎない可能性だって勿論あります。ただ、この説で考えれば、スコールが魔女の力を継承できた理由も説明がつく、ということです」
「じゃあ、スコールはその、ハインの末裔ってことか?」
ジタンが確認すれば、シドはゆっくり頷いて見せる。
「この説に沿って考えれば、そういうことになりますね。人が魔女の力を継承するには、女性でないと適性がありませんでしたが、ハインの遺伝子を持っていれば、性別の問題はなくなる…。そして1つだけ確実なのは、スコールがウィンヒルの生まれである、ということです」
かつて、シドが魔女に関する記録を集める為に立ち寄ったウィンヒルで、幼いエルオーネと、生まれたばかりで母を失ったスコールに出逢い、石の家へと連れてきたのだという。ウィンヒルの住人たちは渋ったが、住人の平均年齢が高く、どの家にも幼い子供を引き取って育てられるような余裕がなかったので仕方なかったのだ。
「…今の話から考えると」
セシルが口元に手を当て慎重に言葉を紡ぎ出す。
「スコールは、昔分かたれた魔女の半身の力を両方持っていることになりますね」
「それって…」
ティナが不安げな顔でシドを見た。
「そうです。スコールは、始祖の魔女ハイン以来の、完全なる魔女の力を持っているのです」
完全なる魔女の力。その言葉が指し示すものは、歴代の魔女を遥かに凌駕する魔力と、そして。
「不老不死…ということか」
厳しい表情でライトが言った。
「…はい。人の寿命から見れば限りなくそれに近いのは確かです」
「本当の意味での不老不死ではない、と?」
「これも推測でしかありませんけれどね。元々ハインが本当に不老不死かどうかも立証しようがない話ですから。ただ、最初にハインの半身の力を継承した女性はそれなりの人数がいたはずなんです。そうでなければその力を巡ってすぐに争いが起こることは明白ですから、人々はハインに複数の女性に力を分け与えるよう強制したでしょう。この地図の印も、赤いものほど内容が重ならないものが多いんですよ。けれど、時代を下って青い印になると先程も言ったように広範囲に渡って重複する内容の割合が多くなってくる。ここから、世界に存在する魔女の数が減っていることが察せられます。現代に至っては、魔女はリノア1人になりました。リノアがイデアとアデル2人の力を継承したように、1人の女性が複数の魔女から力を継承した例も、長い歴史の中には存在したでしょうが、全部が全部そう考えるのは些か乱暴ですね。となると、どうして魔女の数が減っていったのか。それは、長い年月を経て、仮初の宿主の継承を繰り返す内に魔女の力が衰え消滅していった例もあるからではないかと思うんですよ」
「だが、それは人の場合だけ、ということも考えられるんじゃないか?」
「確かに。しかし、ポイントは、スコールは確かにハインの遺伝子を受け継いでいますが、それは人間との混血を何代も繰り返してきた後だ、ということです。つまり、スコールはどちらの半身の力も持っていますが、それは2つともそれぞれ形は違えど長い年月を掛けて人の中で継承を繰り返されてきた為にオリジナルに比べれば劣化が生じていると考えられます。先程完全なる魔女の力、と言いましたが、正確には、ハインの力には及ばないでしょう。それでもとてつもないことは疑いようがありませんが」
シドの説明に納得しかけた9人だが、その横からイデアが「それでも」と口を開いた。
「魔女の力はいつか衰え、あの子にも死が訪れる日はやってくるでしょう。けれど、それがただの人から見れば永遠にも等しく遠い未来なことは確かなのです」
自分は若く衰えないまま、周りの大切な人たちは皆老いて死んでいく。誰も、同じ時間の流れを共有できない。それは想像もできない孤独だ。
「それが、あの子が眠りに就いた理由の1つであり、私たちがあの子の目覚めを躊躇する理由です」
 そうだ、あの魔女記念館で、眠る彼の前で、シドも言っていたではないか。
この世界が、スコールにとって決して優しいものではないことを、彼に痛みを強い続けることを自分達は知っているから、と。


51


「スコールが目を醒ましたのは結局、事件から3日も経ってからだったわ。私たちは、スコールが魔女の力を継承していないことを願っていたけど…やっぱり、ダメだった」
キスティスが当時の様子を話し始める。
 スコールも、当然自分の身に起きた現象は自覚していた。彼は取り乱した様子もなく、静かにシドの仮説を聴いていたという。その後の確認実験の際も淡々としていた。
「確認実験って?」
「本当にスコールが魔女…しかも、ハイン以来の強力な魔女の力を有しているか、不老不死に近しい存在になってしまったのか、確かめたの。まあ、比較実験でしかないけど」
魔力の強弱は、基礎的な魔法を放てばすぐに知れる。元々、魔女のみが使える本物の魔法と技術を習得すれば誰でも使える疑似魔法とでは威力に歴然とした差があったが、スコールが放つ魔法は更にその上をいく威力だった。ファイアを放てば疑似魔法のファイガ以上の炎が上がり、ケアルを使えば疑似魔法のケアルガ以上の回復効果があった。更にスコールは、疑似魔法のファイアやケアル程度にその威力を自分でコントロールすることもできた。
「それから、スコールの体の異常な回復力」
「それはどうやって確かめたんだ?」
その質問に、キスティスが信じられない、とでも言うように首を振って答える。
「わざと怪我をしたのよ。ナイフを握り締めてね。掌がザックリ」
「そんなこと…」
「誤解しないでほしいんだけど、私たちはそんなこと頼んでないわよ?不老不死の件については、推測だけで確かめようとも確かめられるとも私たちは思ってなかった…。だけど、スコールが自分で、ね。当然と言えば当然だったわ、不老不死の件を誰よりも確かめたかったのはスコール本人だもの。魔法を使わずに手当てして、普通なら全治2週間、傷痕も残るような怪我が、翌日には綺麗さっぱり跡形もなくなってたわ」
普通の人間とは比べ物にならないスピードで体内の新陳代謝が行われているのだろうと思われたが、実際のところはよく解らないという。不老不死という現象が魔女の力という科学とは別次元とも言うべきものによって引き起こされている以上、はっきりとした分析は不可能だったのだ。
 スコールは魔女の力を継承した。それが確定的となり、バラムガーデンは慎重に対応を検討することとなった。とりあえずその事実を知っているのはクレイマー夫妻とキスティス、ゼル、保健医であるカドワキ、そしてリノアの6名のみ。同じバラムガーデン内にはいても名目上軟禁状態にあるサイファーにも知らせなかったし、その頃既にトラビアガーデンへ転校していたセルフィやガルバディアガーデンに戻っていたアーヴァインにも連絡はしなかったのだという。サイファーと同じく軟禁されているはずのイデアが知らされていたのは、事が魔女に関する事象だったからだ。人生の大部分を魔女として過ごしてきたイデアは魔女を知る上で貴重な存在だった。
「万が一通信が傍受でもされていて情報が洩れたら大変だし、かといって、事件があってすぐに共に戦った仲間を呼び寄せたりしたら、何か由々しき事態が起こっていますと勘繰って下さいと言ってるようなものでしょ」
真実を知る6名はこの件に関して絶対に情報を洩らさないことを誓い、当面表向きは今までと変わらずに過ごすことに決めた。
幸い魔女の力の継承は傍目で判るものではないし、スコールが魔力をコントロールできることも大きい。それに伝説のSeeDたるスコールが直接戦闘に参加するほどの事態はそうそう起こるものではなく、当分はそれで誤魔化せるはずだった。スコールがガーデンを卒業するまでに、何か具体的な策を考えようという話になったのだ。
「『魔女を抑えられる伝説のSeeD』への信頼でとりあえず安定している世界情勢だもの。伝説のSeeDが魔女、しかもハインの再来とも言える完全な魔女の力を得たなんて知られたら、世間は恐慌状態になる。…それだけじゃない、スコールに、畏怖や敵意、害意が集中してしまうことになる。それはどうしても回避したかったの」


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 偽らざる正直な気持ちを白状すれば、彼らは…特にキスティス、ゼル、リノアは世界情勢がどうなろうと構わなかった。ただ、スコールにこれ以上重い枷を背負わせたくないだけだった。スコールはもう充分重いものを背負ってくれている。これ以上の世間の勝手な感情の波に、スコールを晒したくない。彼に与えられた長い時間をどうにかする方法は皆目見当もつかないけれど、無責任な世界の敵意から彼を護ることはできるはず。
「だけど、そうはならなかった…」
「アイツが魔女の力を持ってて、魔女記念館に封印されてるって、今じゃ世界中が知ってんだ」
「どうして!?」
どこから、誰が情報を洩らしたのか。スコールの周囲の誰かが、彼を裏切り陥れたのかと、9人は気色ばんだが、彼らは黙って首を振った。シドが困ったような笑みを浮かべて言う。
「スコールなんです」
「え?」
「魔女記念館でお話ししましたね。スコールは自らの意思で眠りに就いた、と。止めなかったのかと君たちは訊いた。止められなかったと私は答えました。スコールは、私たちに知られないよう秘密裏に、オダイン博士に直接コンタクトして封印…永続的コールドスリープの手筈を整えたんです。それだけじゃない。マスコミにも情報を流した…。わざわざ彼らの前で、その凄まじい魔力の一端を披露して見せました」
当然、世間は騒然となった。魔女に対する切り札であるはずの伝説のSeeDが、その魔女の力を継承した。それは、世界に比類ない、誰1人として太刀打ちできない絶対の存在が誕生したことに他ならない。
「その上でスコールは、自身が魔女記念館に封印されるところを、全世界に中継配信させたのです」
シドたちにはもう止められないところまで一気に事態は進んだのだ。世界中が騒然となりスコールの動向を固唾を呑んで見守っている状況で、スコールを無理にでも止めればバラムガーデンは世界から攻撃されることになっただろう。いや、それでも彼らは構わないと思ったのだ。けれど、そんな事態に陥ればスコールが矢面に立って彼らを守ることは簡単に予想できた。彼の力があればそれは造作もないことだが、結局それはスコールに対する畏怖を更に煽り、スコールにとってこの世界は針の筵でしかなくなるだろう。
「私たちは、あの子が眠りに就くのを見守ることしかできなかった…」
恐らく、当時そうやって見ていることしかできなかった彼らこそ、最も遣り切れない想いを抱えているのだろう。
「しかし、なんでスコールは自分からそんな真似をしたんだ…?」
フリオニールの疑問の答えは、新たな声で返された。
「それは、わたしの為なんだ」


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全員の視線が一斉に声のした方向…隣りの部屋への扉に向けられる。そこにはリノアと、もう1人の女性…あれが噂のスコールの「お姉ちゃん」エルオーネだろう…が立っていた。
「おハロー、みんな久し振りだね~」
リノアが仲間たちに向かって手を振る。セルフィがすぐに駆け寄った。
「2人とも、もう平気なん?」
「うん、ちょっと頑張り過ぎて疲れただけだから」
「何したんよ?」
「ん、それは後で説明するよ」
リノアはそう言うと、笑顔で9人のところまでやってきた。口許に人差し指を当て、しばらく考え込んだ後、徐にライトを指差す。
「…ライト、さん?」
「…?ああ、そうだが」
「やっぱり!スコールが言ってた通り!ええっと、じゃあ・・・あなたがティナさん。それと、オニオンくん?それから…ジタンくんと…バッツさん。セシルさんにフリオニールさんとティーダくん、クラウドさん!」
リノアは9人の名を次々と言い当てていった。彼女の科白から察するに、スコールから異世界の仲間について話を聞いていたのだろう。
「はんちょ、うちらには殆ど教えてくれへんかったのに~」
「まあまあ。リノアに聴かせてって強請られてスコールが断るわけないよ」
セルフィとアーヴァインの会話から、スコールがリノアに対しては甘かったのだと知る。「あいつそんなキャラだったっけ?」と彼らは内心で思いつつ、口では別の言葉を投げかけた。
「よく判ったなぁ」
「話を聞いた時はよく解らなかったんだけど…。スコールが見れば判るって言ってた意味が解った!」
ホントに見れば判るんだね!と嬉しそうなリノアに、あいつは一体何を言ったんだろう、という疑問が首を擡げる。代表して口を開いたのはセシルだ。
「彼は、なんて言ってたんだい?」
「セシルさんは…『白くて、ふわふわしてる』かな」
「くくくっ!な、なんか解る、かも…!はいはい!他は?他はなんて言ってた?」
ジタンが笑いを堪えながら先を促す。リノアも素直に教えてくれた。
「…『しっぽ。イメージは小猿』『落ち着きがない。童顔』『紅一点。ふかふか』『ティナの隣りにいる子供』『純朴な田舎者みたいなイメージ』『日焼け。痛んだ金髪』『ツンツン頭。…チョコボ』…」
「スコールひでぇっ!!」
他人の評価は的を射ていて非常に面白いのだが、自分に対するあまりの言葉に「アイツ、とりあえず1回シメる」と思った彼らに罪はない。だが妙に殺気立った空気は次のリノアの言葉で消し飛んだ。
「それから…『眩しい奴』」
「…!!」
爆笑している8人(珍しくクラウドまではっきり笑っている)と憮然としている1人。
「ス、スコール、アイツ無口無表情な癖して、裏じゃそんな面白いこと考えてたんだな…」
笑い過ぎて腹が痛ぇ、とヒィヒィ言いながらジタンが言えば、言葉もなくコクコクと頷く仲間たち。
「あの、スコールはちゃんと言ってました。ライトさんはいつも迷わなくて強くて何があっても動じずに皆を導いてくれるリーダーで、フリオニールさんは大きな夢を持っててそれに向かって真っ直ぐ進んでいける人だって」
リノアの言葉に笑いを止めて彼らは彼女を見た。
「オニオンくんはまだ子供なのに凄くしっかりしてて頭もいいし、セシルさんは優しいけど弱いわけじゃない芯のしっかりしてる人。バッツさんは子供みたいに屈託がなくてどんな厳しい出来事も前向きに受け止められる人だし、ティナさんは辛いことや悲しいことを1つ1つ乗り越えて強くなろうと一生懸命な人」
 それは、無口なスコールが決して本人たちには語らなかった仲間への想いだ。
「クラウドさんは迷って悩んでも答えを出すことを諦めないし、ジタンくんは誰かの為に躊躇うことなく行動できる人。ティーダくんはいつも皆を明るく励ましてくれる強い人だって」
リノアはこの話をしてくれた時のスコールの表情を思い出す。
照れくさそうに話してくれたけれど、その表情は誇らしげだった。「素敵な人たちなんだね」と言ったリノアに、彼は時々見せてくれるようになった穏やかな微笑みで頷いてこう言った。
「『出逢えてよかった、大切な仲間だ』って」


54


その言葉に、口数が少なくあまり自分の心の内を口にしなかったスコールの、確かな想いを感じ取って9人は黙った。
ややあって、口を開いたのはライトだ。
「先程君は…」
それはリノアに向けられた言葉だった。
「はい?」
「先程君は、スコールがわざわざ自分が魔女の力を継承したことを世界に知らしめて眠りに就いたのは、自分の為だと言っていたが」
「ああ、えっと、わたしの為、は、ちょっと調子に乗って言ってみました~ってカンジなんですけど。わたしたちの為、って言うのが正しいのかな」
リノアが「己惚れましたスミマセン」と冗談めかして言うのを、サイファーが遮った。
「違ぇよ」
全員の視線が今度はサイファーに向けられたが、サイファーはそれを気にした様子もなく、真っ直ぐリノアを見て言葉を続ける。
「スコールのヤツがあんな真似したのは、間違いなくお前の為だ。オレやイデアのことは、ついでに過ぎねぇ。あの馬鹿は、ただお前を自由にしてやりたかったんだよ」
「サイファー…」
 シド達はスコールが魔女の力を継承したことを最重要機密事項とし、表向きはそれまでと変わらない状態を維持することに決めた。それはつまり、魔女の力を失ったリノアが、魔女として生活を続けるということだ。自由に行動することも儘ならず、不当に命を狙われる日々を送らねばならないということに他ならない。
スコールが魔女の力を継承したことを公表するということは、即ちリノアが一般人へと戻ったことを、どこへ行こうと何をしようと誰に気兼ねすることない自由と、謂れのない害意に怯える必要のない安全を手に入れたことを世間に知らしめることでもあったのだ。
 たった1人でいつまで続くのか判らない長い時間を生きることに絶望を感じてもいたはずだ。けれど、スコールがあんな間髪入れずに行動を起こしたのは、やはりリノアの為だったのだろう。スコールが早く事実を公表すれば、その分リノアが狙われる危険が減るのだから。
「うん…ありがと」
リノアがこくりと頷いた。
 サイファーは「ついで」だと言ったが、スコールは自身が人身御供のように眠りに就く代わりに、彼の力を誇示することで出来る事は躊躇せずに行っていった。イデアとサイファーについて、恩赦を要求したのだ。おかげで、現在イデアもサイファーも、バラムガーデンでの軟禁を解かれている。イデアはガーデンの創立者にして学園長の妻なので、恩赦後も変わらずバラムガーデンで生活しているが、サイファーは恩赦後、正式にガーデンを退学し、フィッシャーマンズ・ホライズンに一応の生活ベースを置いていた。尤も、当然のようにサイファーについていった風神と雷神に留守を任せてあちこち放浪していることも多い。恩赦されたとはいえ、個人的に彼を恨み命を狙う者もいるが、サイファー程の力があれば、自分1人の身を守るくらいならば問題なかった。
命を脅かされる危険もなくなって自由を取り戻したリノアは、ティンバーに戻って独立に向けてのガルバディアとのパイプ役となり、ほんの2ヶ月ほど前に、ティンバーは正式にガルバディアからの領土返還を受けて独立を果たしたところだった。


55


「私達からお話しすることは以上です」
シドがそう言った。そしてその視線がリノアとエルオーネに向けられる。
「それで、君たちは一体を何をしていたんですか?彼らがここに来たことと関係があるんじゃないですか?」
そうだ、そんなに疲れ果てる程の何を2人でしていたのか。
9人は思い出した。彼らを異世界からこの世界へと導いた白い羽根。元々、それに心当たりがあるからリノアに連絡を、という話だったのだ。
「私はリノアに頼まれて、接続してたの。普通の接続より難しくて凄く集中力が要ったからちょっと疲れちゃって」
エルオーネがそう答えると、「接続って誰にだ?」とゼルが訊いた。
「2年前のスコール」
「スコール~?」
「そう」
接続先であるスコールが現在コールドスリープで仮死状態にある為、普通の接続よりも難しかったのだという。しかも、目的はスコールの意識を知ることではなかったから余計に。
話はこうだ。
 2ヶ月前、ティンバーが独立を果たしてから、それまで忙しく動いていたリノアにぽっかり時間ができた。スコールが眠りに就いてから約1年半。ティンバー独立へ向けてのガルバディアとの交渉に没頭することで深く考えないようにしていた事が再び頭を占めるようになった。つまり、スコールを、ずっとこのままにしていていいのだろうか、と。
リノア自身の気持ちでいえば、スコールに目覚めて欲しい。スコールの声を聴きたいし、スコールの体温を感じたい。けれど、スコールにとって目覚めることはただ傷つくことではないのだろうかという不安は拭えない。世界中がスコールのことを知っているのだ。ただ存在するだけで畏怖の視線で見られることを想像すればスコールの選択は理解できる。かつて自分も同じように封印されることを選んだリノアだからこそ、スコールの気持ちは誰よりも理解できるのだ。自分のときは、他でもないスコールが助け出してくれた。「魔女でもいい」と言って抱き締めてくれた。リノアだってそう思っている。スコールがそこに居てくれれば、スコールが魔女の力を持っていたって何の問題もない。しかし、自分のときと決定的に違うのは、スコールが持つのは完全な魔女の力で、彼には途方もなく永い時間が与えられてしまっているということだった。
どんなに想っても、自分はスコールを置いて逝かなくてはいけない。老いていく自分の姿を見て、若いままのスコールに時間の流れの違いをこれでもかと思い知らせてしまうことになる。そしてスコールをたった1人で世界に残していかなくてはならないのだ。彼の力に勝手に怯えて悪意を振りまく世界に、あの寂しがり屋で繊細なスコールをたった1人で!
それを考えたら、スコールを目覚めさせることにはどうしても躊躇してしまう。でも、本当にこのままでいいの?とリノアの中で疑問符は消えない。
「でもね、思いついたの」
スコールが話してくれた異世界の存在。スコールが時間圧縮世界を彷徨ったまま終わったはずだろうこの世界の歴史を捻じ曲げてくれた異次元の力。
スコールと同じ世界に生きるリノアには導き出せない解決策を、違う世界の人たちならば導き出せるのではないか、と。


56


 ほんの僅かでも、現状を打破できる可能性があるならそれに賭けたい。
スコールが「出逢えてよかった」と言ったその人たちに、どうにかしてここに来て欲しい。リノアはその為に行動することにした。元々、思い立ったら即行動するのがリノアだ。彼女はすぐにエスタのエルオーネのところまで行き、協力を仰いだのだった。
「びっくりしたわ。リノアったら、私のとこに来て、いきなり『2年前のスコールのところに繋いで!』なんだもの。久しぶり、って挨拶もなかったんだから」
エルオーネが笑って言うと、リノアが「ごめんね」と笑う。その姿は微笑ましい姉妹のようだ。
 エルオーネに事情を話すと、リノアはエスタの高速移動艇を借り(そう簡単に借りられるものではないのだが、そこはコネを有効活用した)サイファーを強引に引っ張りだして石の家へと向かった。
「接続するだけならどこでもよかったんじゃないのかい?」
アーヴァインが疑問を挟むが、リノアは首を振る。
「スコールの意識を知りたくて接続するんじゃないもん。異世界に接続したかったの。2年前のスコールしか異世界に繋がる瞬間を知らないからスコールを通していっただけ。あの時スコールが帰ってきてくれた場所の方が繋がり易いと思ったんだ」
 エルオーネの力でリノアの意識は2年前のスコールに接続された。スコールが現在仮死状態な上、接続しようとしているのは時間圧縮世界を彷徨っている最中だったため、この接続は相当梃子摺った。エルオーネ曰く「ゆらゆら不規則に揺れてる半透明のビン目掛けてコインを投げ入れるようなもの」だったという。
通常の接続に比べるとかなりの時間を掛けてなんとか2年前のスコールに接続できた後は、今度はリノアが限界まで集中力を高める番だった。スコールの意識から、異世界の力が干渉してくる瞬間を見逃さず、意識を異世界へと繋げたのだ。
「よくそんなことできたな」
「だってわたし、元魔女だし」
魔女の力を身に宿していた名残で、リノアには僅かながらではあるが純粋な魔力があった。魔法を放てるほどの力ではないが、その力を掻き集めて意識を異世界に繋ぎ続けたのだという。アルティミシアが時間圧縮魔法を発動したことからも、魔女の魔力には時空間に影響を及ぼせる力があるのか、若しくは、錯綜する時間と空間の中で自身の存在を保っていられるだけの力があるのだろう。
「だからもう、今は空っぽになっちゃったよ」
正真正銘極々フツーの一般人でーす、とリノアは笑い、話を続けた。時間圧縮世界を経由して意識を繋いでいた所為か、はたまた過去への接続から更に異世界への接続というイチかバチかのイレギュラーな大技を使っていた所為か、異世界の様子は殆ど見えなかったという。
「暗闇の中で感覚だけ追ってるので精一杯だったの。時間と空間がぐにゃぐにゃってなってるのは感じるんだけど、そこから弾き飛ばされないように必死にしがみついてるカンジ。折角だからスコールがどんなだったのか見たかったのに~」
心底口惜しそうに言ったリノアを見て、9人はなんとなく、天真爛漫な彼女にスコールは振り回されていたんだろうな、と想像がついた。
「それで、何にも見えないし聞こえないし、時間は進んでるのか戻ってるのか判らないし、場所も同じところにいるのかあちこち移動してるのか判らないし、わたしは元魔女ってだけでそんなに凄い力があるわけでもないから、いつまでもずっとその状態でいられないし、しかもちょっとだけ残ってた力もこの1回で使い切りそうだし、ていうことはもう2度とこんな接続はできないってことだし、どうしよう~!?って凄く焦ったの」
 スコールに知られたら絶対怒られるね、とリノアがこの世界の仲間たちに向かって付け足した科白は、間違いない、と深い頷きで返される。
「だけど、その時、ようやくちっちゃな光を感じたんだ」

魔女っ子理論29~42

29


「先程も言ったように、魔女は魔女の力を持ったまま死ねません。瀕死の魔女は、力を継承する相手を探していました。その魔女がどうやってその場に現れたのかは解りませんでしたが、彼女に再び何処かへ移動するほどの力が残っていないことはすぐに知れました。このままでは、愛しい子供たち…当時孤児院にいた、キスティスとセルフィのどちらかに力が継承されてしまう、そう考えた私は、その魔女の力を継承することにしました」
「魔女がさらに魔女の力を継承した、ということか」
クラウドの確認に、そうです、とイデアは頷いた。
「少年は私に言いました。『ガーデンはSeeDを育てる。SeeDは魔女を倒す』と。私は彼に帰るべき場所へ帰るよう言い、彼は私にSeeD式敬礼をして去っていった…。私は、ガーデンを創り、SeeDを育てようと決めました。遠くない未来、欲望に支配された魔女が現れるその時の為に」
「ちょっと待ってくれ」
フリオニールが口を挟んだ。
「ガーデンを貴女が創ったのか?でも、貴女のところに現れたのはSeeDだったんだろう?」
誰が聞いても矛盾に気づくだろう。ガーデンで育ったSeeDに出逢ってガーデンを創立するなんて有り得ない話だ。
「その通りです。普通ならば有り得ない。けれど、私が出逢ったのは未来のSeeDだったのです。そして私に力を継承したのは、遠い遠い未来の魔女・アルティミシア」
「アルティミシア…!!」
あの魔女の力を、目の前のイデアが継承したというのか。9人が驚きを顕わにすると、その様子に逆に驚いたようにセルフィが口を開いた。
「キミたち、アルティミシアのこと知ってるんだ??」
「アルティミシアも異世界に召喚されていた…。オレ達の敵だったがな」
クラウドの答えに「じゃあ、はんちょもまたそこでアルティミシアと戦ったんだ…」とセルフィが呟く。
「話を続けましょう。私たちはガーデンの設立に奔走し、それが叶ったのが14年前。その頃にはキスティス、アーヴァイン、ゼル、セルフィは里親に引き取られて石の家を後にしていましたが、石の家に残っていたサイファーとスコールは、ガーデン設立と同時に入学したのです。そして私はガーデンの運営を夫に任せ、エルオーネを乗せた船に移りました。そこでも、子供たちを育てていましたが、数年で船を降り、身を隠すことにしました」
「何故…?」
「私の意識への、アルティミシアの侵食が激しくなってきたからです」


30


「1つ、訊きたいんですけど」
オニオンが手を挙げた。
「魔女の力って、継承した相手の意識が残るものなんですか?」
その問いに、いいえ、とイデアは首を振った。
「魔女の力とは、始祖の魔女ハインが人に分けた半身の力。本来なら力を持たぬはずの人を仮初の宿主として受け継がれていくものです。魔女が強大な力を持つと言っても所詮は仮初の宿主。宿を提供している間だけ、その力を使えるに過ぎません。魔女の力そのものに与えられる影響など極々僅かなのです。アルティミシアが私の意識に侵食してきたのは、私が彼女の力を継承したからではありません」
溜息を吐くイデアの姿は、やはりあのアルティミシアからは程遠い。
「普通であれば、魔女は力を継承してしまえば、ただの人に戻ります。ただの人に、他人の、しかも強大な魔力を持った魔女の意識を侵食できるような力などありません。しかしアルティミシアは遠い未来の魔女。私が彼女の力を継承しても、魔女の力を持った彼女は今この時より遥か先の未来に存在しています。私の意識を侵食したのは、未来のアルティミシアなのです」
「うあー、頭ぐるぐるする…」
ティーダが呟いた。
「つまり…本来ならば、一方向の矢印の連続だったはずの魔女の力の継承に、アルティミシアから貴女という逆方向の矢印が挟まれた、ということですね?」
セシルの確認に頷いたイデアは、ちら、と背後にある隣室への扉を振り返る。
「先程、エルオーネには魔女とは違う特殊な力がある、と言いました。あの子の力は、人の意識を過去に送り込める、というものです」
「過去に…?」
「アデルがエスタを支配した当時、アデルは自らの後継者を捜す為に世界各地で女児誘拐を行いました。エルオーネもそうやってエスタに連れ去られ、そこで、その不思議な能力が発見されたのです。オダイン博士…擬似魔法やジャンクション技術を確立させた天才科学者ですが、彼はエルオーネに興味を示し、熱心にその力を研究した結果、アルティミシアの時代にはエルオーネの力をある程度まで再現した機械が完成していました。アルティミシアは『ジャンクションマシーン・エルオーネ』と名づけられたそれを使い、過去に自らの意識を送り込んだのです。より確実に過去へと意識を送る力…エルオーネ本人を手に入れる為に」


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イデアの話は続く。
「エルオーネの力には、1つの制限があります。それは、エルオーネの知っている人間の意識を知っている相手の過去にしか送れないということです。アルティミシアが使った機械がどれ程の能力を備えているのかは判りようもありませんが、エルオーネを捜す程ですから、彼女の持つ力の完全再現には至っていないのでしょう。普通であれば、遠い未来のアルティミシアが、この時代に意識を飛ばすなんて不可能だったはず。けれど彼女は魔女でした。知り合いでもなんでもない、しかし魔女という最大の共通項を持つ相手に意識を飛ばすことが可能だったのです」
「それが貴女だった…」
「当時、アデルはエスタ政府の管理下で厳重に封印され外部からの接触を断たれていましたから、アルティミシアが私に接触してきたのは当然でした。日増しに強くなるアルティミシアからの意識侵食に、私はエルオーネの情報を渡さない為、1つの決断をしたのです」
イデアの隣りに座るシドや、壁に寄り掛かって話を聞いている彼らの子供たちの表情が曇った。
「私は自分の意識を閉ざし、アルティミシアに私の体を明け渡しました」
「え、それって…」
思わず、と言った様子でティナが反応すると、イデアは彼女に向かって頷く。
「そうです。アルティミシアは私の体を使い、彼女の目的達成の足掛かりとしてこの時代の世界の征服に乗り出すことは目に見えていました。しかし遅かれ早かれ、アルティミシアが私の意識を侵食し尽くすのは必至ならば、せめてエルオーネの情報は渡さずに、私は子供たちに命運を託したのです。欲望に支配された魔女を倒す為に、ガーデンを創り、SeeDを育てたのですから。…それにこれも、定められた運命の1つだと知っていたから」
「運命?」
その問い掛けに、イデアは寂しげに微笑んだだけで直接答えようとはしなかった。
「そして2年前、子供たちの物語が大きく動き出したのです」


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9人は聴く。2年前、スコールが駆け抜けた日々の話を。
 スコールが成績優秀でありながら、その他人に無関心な態度と、サイファーに吹っ掛けられる喧嘩を律儀に買ってみせるが故に問題児扱いされていたこと。(額の傷の話もそこで知った。「まったく、2人揃って負けず嫌いも程々にしなさいよね」とキスティスが呆れたようにサイファーの耳を引っ張り、「2年も前の話で今更説教すんじゃねぇよ」とサイファーが不貞腐れた)
SeeDに無事合格したスコールが、就任パーティーでリノアとダンスを踊ったこと。
(どう考えても余分な話だったが、セルフィの「はんちょ、カッコよかったよ~!最初はぎこちなかったのに、あっという間にダンスマスターしてもうてん」というセリフに「あのスコールが…?ダンスを踊る…?」と密かに9人に衝撃が走った)
スコールを班長とするゼル、セルフィの新米SeeD3人の初任務でティンバーへ向かったこと。その道中、急激な眠気に襲われ、彼らが過去のラグナ達の意識に接続されたこと。
(「いやぁ、あん時はホントに驚いたぜ~!頭がザワザワってしたら、バババッてすげー技使えて、敵がヒューンスパッドーンってなっちまってよ」とラグナが言ったが、具体的なことは全く解らなかった)
ティンバーで、リノアに再会し、彼女の属するレジスタンス「森のフクロウ」の支援をすることになったこと。レジスタンスがたてた軍事独裁国家ガルバティアのデリング大統領誘拐計画。失敗に終わったこと。サイファーが処刑されたと思われたこと。
(「いきなり『過去形にされるのはごめんだからな!』っつって飛び出していったんだぜ、スコールのヤツ。アイツ、ギリギリまで頭ん中で考えて、限界超えると突然行動すっから、こっちは訳わかんねぇことになるんだよなぁ」とゼルがボヤくと、「…不言実行ということか」と真面目にライトが呟いて「それ絶対使い方間違ってると思うっス…」とよりによってティーダに突っ込まれていた)
魔女イデアの暗殺作戦。それが失敗に終わった事。彼らが収容所に連行された事。そこからの脱出。バラムガーデンに帰還するも、学園長派と理事長派に分かれての学園紛争が起こっていたこと。
(「短期間でガーデンを設立・運営するのに十分な資金を持った出資者だったんですけどね…。ガーデン設立時にはこちらも事を急いでましたし、人格面まで考慮して出資者を探している余裕がなくてねぇ」とシドが笑って言ったが、収容所からなんとか脱出して帰還した途端、学園長派として戦う羽目になったスコール達はそれどころではなかっただろう、と容易に想像できた)
スコールがバラムガーデンの指揮官に任命されたこと。フィッシャーマンズ・ホライズンでの駅長の説得。トラビア・ガーデンで、アーヴァインにより、彼らは昔の記憶を取り戻し、倒すべき相手が大好きだった「まませんせい」であると思い出したこと。G.F.による記憶障害をはっきりと知ったこと。それでも戦う道を選んだこと。
(「だって、G.F.の力がなかったら魔女に対抗なんてできないからね~」とアーヴァインが軽い調子で言ったが、それしか道はなかったのだということは9人にも理解できた)
魔女イデアの支配下に置かれたガルバディアガーデンが攻撃を仕掛けてきて、ガーデン同士の戦闘になったこと。ガルバディアガーデンに乗り込んで、魔女との直接対決になったこと。ギリギリではあったが、魔女イデアに打ち勝った事。
そして。
その戦いでリノアがイデアから魔女の力を継承してしまったこと。


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当初リノアが魔女の力を継承したとは判らなかったこと。彼女は意識を失ったまま目覚めなかったからだ。イデアが魔女の力を失い、代わりに自我を取り戻したことで、恐らくリノアに力が継承されたのではないかという推測はできたが、確定はしていなかった。
スコールが、エルオーネに会う為に彼女を連れてエスタを目指したこと。目的は、エルオーネの力で意識を失う前のリノアに「接続」して貰い何が起きたのか知ることだった。
ガーデンを飛び出したスコールを、仲間たちが先回りして合流したこと。
エスタに辿りついたものの、エルオーネがルナサイドベースに行ってしまっていたこと。スコールもそれを追ったこと。スコール達が宇宙に行っている間に、リノアに接続したアルティミシアの命令を受けたサイファーにより、海中に沈んでいたルナティックパンドラがティアーズポイントに引き上げられたこと。それによって月からのモンスター降下現象「月の涙」が起こったこと。
宇宙ステーションで、リノアがアルティミシアに操られ、アデル・セメタリーの封印を解いてしまったこと。封印を解く為にリノアが宇宙空間に放り出されたこと。それを助けにスコールも命の危険を顧みずに宇宙へと飛び出したこと。
アデル・セメタリー打ち上げの際のブースターとして使用され、その後回収不能となっていた飛空挺ラグナロクが月の涙の影響で地球の外周軌道上にまで引き寄せられ、2人はそれを手に入れ、地上まで戻ってきたこと。
地上帰還後、やはり推測通り魔女となっていたリノアが、魔女記念館での封印を受け入れたこと。それをスコールが止めずに行かせてしまったこと。仲間の言葉で自分の感情に素直に従うことを決意したスコールが、封印されかかっていたリノアを助け出したこと。
エスタ大統領ラグナからの正式なバラムガーデンへの魔女アルティミシア討伐依頼。
そして、「愛と勇気、友情の大作戦」
アルティミシアの時間圧縮魔法発動によって、現在過去未来の境がなくなった世界でアルティミシアと対峙したこと。
 これらの話を、この部屋に集う人々が代わる代わる口を開いて9人に聴かせた。
何しろ、今この部屋にいる者たちは皆、2年前の戦いに、それぞれの立場から関わった当事者たちだったから、同時期に起こった話なども、互いに補完することが出来る。魔女イデアの、そしてアルティミシアの騎士としてスコール達とは敵対したというサイファーはさすがに自ら進んで口を開こうとはしなかったが、キスティスに「そうでしょ?」と無理矢理話を振られて口を開かされていた。…会って然程時間が経ったわけではないが、なんとなく、この2人の関係性を理解した9人である。
「元々、アルティミシアがこの時代に接続してきたのは、エルオーネを手に入れる為と、もう1つ、目的がありました」
イデアはそう言った。
「それは、『伝説のSeeD』を殺すこと」
「伝説のSeeD…?」
「本当に魔女を倒す力を持ったSeeDです。アルティミシアの時代にまで『伝説のSeeD』という呼び名で語り継がれていたのでしょう。強大な魔力を持った魔女をも倒す力の持ち主…。彼女はそれを、時間圧縮発動の際の障害になると考え抹殺しようとした。…そんなこと、できるはずもないのに」
「できるはずもない?」
イデアの言葉に違和感を覚えてジタンが訊き返せば、イデアは静かに頷いてみせる。
「最後の戦いで最も難しいのは、魔女を倒すことではなく、その後時間圧縮された世界で、本来の自分たちの戻るべき場所に帰ってくることでした。自らの帰るべき場所、大切な人の顔、それらを強く思い浮かべ道標としなくては帰ってこられません。この子達はなんとか帰ってきました。けれどスコールは…最後の最後で、G.F.使用による記憶障害が出てしまった…。時間圧縮世界という時間と空間の概念が滅茶苦茶な世界にいたことも影響したのでしょう。あの子は、帰るべき時代も、帰るべき場所も、解っているのに上手く思い浮かべられなくなってしまったのです」
「そんな…」
「上手く思い出せない記憶の中で、恐らくスコールは、子供の頃の強い記憶…あの子のトラウマとなった記憶を思い出した…。大好きな『おねえちゃん』がいなくなって捜し歩いた頃の記憶です。スコールは、自分が子供の頃の、石の家にやってきた。そのスコールの通った道を辿って、力を継承する相手を探す瀕死のアルティミシアもやってきた…」
「待ってくれ、それじゃ…」
「そうです。15年前、私にガーデンとSeeDの存在を教えた少年。それはその時から見れば未来のスコール。スコールこそが、アルティミシアという『魔女を倒した伝説のSeeD』なのです」


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そうだ、アルティミシアに「伝説のSeeD」の抹殺などできるはずもない。スコールはアルティミシアを倒したからこそ「伝説のSeeD」と呼ばれ、そして、アルティミシアが「伝説のSeeD」という存在を知っているということは、アルティミシアが倒された何よりの証拠なのだから。
「それじゃ、まるでこの世界は…」
バッツが上手い言葉が見つからない、といった様子で言いあぐねる。
「ええ。アルティミシアの時代が、100年先か200年先か500年先か、或いはもっと遠い未来なのかは定かではありませんが、15年前から、そのアルティミシアの時代まで、この世界の時間は円を描いている、と言っていいでしょう。アルティミシアを倒したところで、現在から彼女の時代までの世界は救えてもその先の未来には続かない…」
それは、あの異世界の戦いの繰り返しともまた違う、けれど似たような絶望感を齎すものだ。
「でも、今は違います」
「え?」
「はっきり断言できるわけではありません。けれど、恐らくこの先の世界に、魔女のアルティミシアは生まれないでしょう」
「なんでっスか?」
ティーダの問いに、イデアは微笑む。
「15年前の石の家で、私はスコールにどうやって帰るかわかっているかと訊きました。あの子もそれに頷きました。けれど、記憶障害は時間圧縮世界を彷徨うことで加速し、あの子は、思い浮かべはできなくとも解っていた筈の大切な人や場所すら、とうとう解らなくなってしまった…。呼びかけることもできなくなったのだと言っていました。私たちは、本来のこの世界の歴史では、どの時代にも行くことができずにスコールは亡くなるはずだったのではないかと思っています」
イデアは9人の顔をじっと見据えてそう言った。
「だが、眠っているとは言え、スコールは現にこの世界に戻ってきている。それに、さっきあんたは魔女のアルティミシアも生まれないだろうと言った。それは、本来の歴史を捻じ曲げる事象が発生したということか?」
クラウドの冷静な問い掛けに、イデアはもう1度頷く。
「本来だったら、時間圧縮世界を何も解らないまま、何も思い出せないまま彷徨って力尽きるはずだったスコールに、この世界の法則の影響を受けない、全く次元の違う力が働きかけたのです」
 あの子はその力に喚ばれて行ったのです、とイデアが続ければ、弾かれたように9人が反応を示した。
「あの子は、異世界へと喚ばれ、そこで貴方たちと出逢ったのです」


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 異世界に召喚された時、と言っても実はあの世界は何度も繰り返す閉ざされた時間の中にあったようだから、正確には彼らの記憶にある異世界での始まり、と言うべきかもしれない。ともかく、その始まりの段階で、召喚の副作用なのか召喚者である神の意図的なものなのかは判らないが、彼ら全員に記憶の欠落がみられた。それでも、元の世界で非常に因縁深い相手が共に召喚されていたセシル・クラウド・ジタン・ティーダや、大事な相棒の羽根を持っていたバッツは、割とすぐに、ほぼ100%に近い記憶を取り戻すことができた。オニオンもしばらくしてジョブチェンジをする内にだいたいの記憶は取り戻した。フリオニールは大まかな記憶は取り戻したし、ティナは色々記憶の混同があったものの、ある程度は思い出していた。そんな中、名前すら判らなくなっていたライトに次いで記憶喪失の度合が高かったのがスコールだった。だが、それも当然の話だったのだと今ならば解る。彼は異世界召喚以前に記憶を失くしていたのだから。
「道理で殆ど憶えてないわけだ…」
フリオニールの呟きに、オニオンが「でも」と答えた。
「スコール、思い出したって言ってた。約束があるって。待っててくれる人がいるって」
「え、そんなんいつ聞いたんだよ、ネギ」
「コスモスが消えた後だよ。もうちょっと聞かせてって言ったけど、ダメだって。『みんなにも内緒だからな』って言われちゃったし」
自分にだけ内緒話をして貰えたことが嬉しかったのか、オニオンが得意気に言う。
「スコールはG.F.をジャンクションしたまま異世界へと行ったはずですが、そちらの世界では色々と制限があったのでしょう?状態としてはジャンクションが無効化されたような状態にあったようです。それが幸いして、あの子にとって最も大切な記憶を取り戻すことができた…。尤も、こちらの世界に戻ればまた時間圧縮世界でしたし、ジャンクションも効力を発揮しますから、かなりあやふやな状態になったようですが、あの子を助けたいという、リノアの…魔女の強い想いもあって、なんとかスコールはここへ戻ってくることができたのです」


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リノアが、彼らの待ち合わせ場所と決めた石の家の裏の花畑でスコールを発見したとき、彼は息をしていなかったという。その言葉に今更の話とはいえ9人全員の顔がさっと強張るが、けれどすぐに息を吹き返したのだと聞いて力が抜ける。
「スコールは、私たちのところへ無事に帰ってきてくれました。G.F.の影響で忘れた記憶も全て思い出して」
やはりそれは、異世界へと召喚され、忘れたはずの大切な約束を自力で思い出したことが切っ掛けとなったのだろう。スコールは、あの石の家で過ごした頃からそれまでの、埋もれてしまっていた記憶を取り戻していたのだという。
「それが、スコールが常時ジャンクションを許可されている理由です」
イデアがそう言うと、後を引き継いでキスティスが説明してくれる。
「人間は脳の容量の30%程度しか使用できていない、と言われているわ。残りの70%は眠ったままだとね。世の中で天才、と呼ばれる人は、普通の人よりも使用できている量が多いんだという説もある。もしかしたら、魔女の力も、その普通は眠っている70%の中に隠されているのかもしれない、という見解もある程よ。ジャンクションは脳の記憶野を使い、その神経ネットワークをG.F.と繋げることで彼らの力を使えるようになるって、さっき説明したでしょ?記憶自体は失くしていなくても、それを思い出す為に繋がっている『線』が失われるから忘れてしまう。症状が進めば、記憶野は完全にG.F.の為の領域となって全てを忘れることになる。時間圧縮世界でスコールがそうなったようにね。けれど、スコールはG.F.をジャンクションしたまま、全ての記憶を思い出した。それはつまり、ジャンクションに使っている領域とは別に、脳の中に、それまでの記憶野の代わりに新たな記憶野が形成されたということだわ。眠ったままだった70%の内の一部が覚醒したというのが私達の見解よ。逆に言えば、スコールはジャクション専用の、G.F.の為の領域を持っているということになる」
「G.F.を使っても、もうスコールは記憶を失わない、ということか」
ライトの呟きに、キスティスが「ええ」と頷いた。
「それだけじゃないわ。ジャンクションの専用領域ができたことで、スコールのジャンクション効率は他と比べ物にならないほど大きく上がったの。同じG.F.をジャンクションしても、スコールが使えば、そのG.F.の最大限の力を発揮できるわ」
ジャンクションの効果は、ただG.F.を直接使役することだけではない。G.F.をジャンクションしてそこに魔法をセットすることで、本人の身体的能力を跳ね上げることもできる。その点でも、スコールの能力値は格段に向上したのだという。
「本当に、誰が見ても最強だった。『伝説のSeeD』という呼び名に相応しく、ね」
キスティスが、言葉と裏腹に、やりきれない、と言った風に首を振った。


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「オレ達はさ、世界を救おうとか、そんなデカい規模のこと考えて戦ったわけじゃないんだ」
ゼルの言葉が部屋に響いた。
「なんか気づいたら、話の中心部みたいなとこに来ちまってたって言うかさ、戦わなかったら自分の身近な人たちが危険になる、自分たちの命だって危ない。だったら戦うしかねーだろ!って、そんな感じだった」
「でも、全部終わってみたら、ウチら、すごい英雄扱いされたんよ」
セルフィの科白に、「なんでそんなに知られてるの?」と訊いたのはオニオンだ。
「ガルバディアが大々的に魔女と手を組んだ事を発表してたし、ずっと沈黙を守ってきたエスタも国際社会に出てきた。エスタはアデルによって引き起こされた戦争責任問題とかそのアデルがどうなったとか、17年間の電波障害の理由なんかも世界に向けて説明しなきゃならなかったし、ガルバディアだって、ママ先生…魔女イデアに乗っ取られた後の顛末を説明しなきゃならない。だけど、操られてたママ先生を助けるには、操っていたアルティミシアの話まで明らかにしなきゃならなかったんだよ」
アーヴァインが溜息を吐いてそう答える。
「その結果、バラムガーデンのSeeDには賞賛の嵐。特に、アルティミシアがママ先生を通して額に傷のあるガンブレード使い…『伝説のSeeD』を探してた話が、あの時支配下にあったガルバディアから洩れて、スコールは完全に英雄扱いされたの」
キスティスもそう続けた。
戦争が終わり、電波障害もなくなったことで、マスメディアの動きが活発化したこともある。スコールの名や姿は世界中に配信されたのだ。
整った容姿の、まだ17歳になったばかりだという少年が世界を救った英雄である。それは如何にも人々が熱狂的に受け入れそうな話題ではないか。
「スコールも、その名声を最大限利用したんだ」
その言葉は9人にとって意外という他に言いようがなかった。あのスコールが、己の名声を最大限利用?
そういったものを誰よりも煩わしく思い嫌がるタイプではなかったか。
「…あの馬鹿は、ほっときゃいいもんまで何とかしようと抱え込んだんだよ」
苦々しい表情で口を開いたのは、サイファーだった。


38


戦いが終わった後、時間を置かず国際会議が開かれた。各国の首脳が一同に会する中、スコールもまたバラムガーデン指揮官としてその会議には出席したという。バラムガーデンがバラム国内にあって治外法権に近い扱いを受けていることや、アルティミシアとの戦いでは最前線で戦いの中心を担った点、それに伴う発言力の大きさから鑑みて、それは当然のこととして受け止められた。
突如として沈黙したきり、国際社会に対して何の説明責任も賠償責任も果たしていなかったエスタの問題や、ガルバディアの戦争責任問題、ガルバディアが対エスタを想定して軍備拡大を進める中侵略・併合されたティンバーの独立問題など、議題は山のようにあったが、最も議論が紛糾したのは、ガルバディアを手駒として世界征服に乗り出した魔女、イデア・クレイマーと、魔女の命令の下、ガルバディア軍及びガルバディアガーデンを実際に指揮しトラビア、バラム両ガーデンへの攻撃やルナティックパンドラのティアーズポイントへの移動による月の涙誘発を行ったサイファー・アルマシー、そしてこの時代に唯一人の魔女となったリノア・ハーティリーの処遇についてだった。
元々魔女になった事実が公にされていたわけではなかったリノアだが、イデアの身の安全を確保する為にはアルティミシアの存在とその野望を明かさねばならず、すると今度はアルティミシアを打倒する為に取った作戦を説明せねばならなかった。イデアとアデルの力を継承した魔女の情報は明かさずにいよう、とラグナは言ったのだが、そうすれば「エスタが魔女を隠している」と余計な疑いを招くことになり、新たな戦争の火種となりかねない。結局、リノアが魔女であるという情報は公開されることとなったのだ。勿論、彼女がアルティミシアとの最終決戦に臨んだ英雄の1人であるという事実も沿えて。
「操られてたイデア…ママ先生や、魔女になっちまったってだけで別に世界に対する敵対行為をしたわけでもないリノアの安全や自由を確保するだけでも相当骨が折れるってのによ、あの野郎、俺のことまでどうにかしようとしやがった」
 別に助けてくれなんて頼んだ覚えもねぇのによ、と忌々しげにサイファーは言う。実際、イデアのように意識を乗っ取られていたわけでもないサイファーは、極刑に処せられてもおかしくはない立場だった。だがサイファーは意地を張って我武者羅に突き進んだあの日々を、自らの青さに苦笑いはしても後悔はしていなかったし、どれ程厳しい処罰が下されたところでみっともなく弁明をするつもりもなかった。…素直に捕まってやる気もさらさらなかったが。


39


「いやあ、あん時のスコールは凄かったぜ―」とラグナは語る。エスタ大統領として当然会議に出席していたラグナは、その時のスコールを間近で見て知っているのだ。
スコールは自分が「伝説のSeeD」として英雄視されていることも、その発言力・影響力の大きさも承知の上で、それを最大限に利用する道を選んだ。彼の身近な人たちの安全と自由を確保するにはその道しか選べなかった、と言ってもいい。
何の証拠もないアルティミシアという未来の魔女の存在に懐疑的な意見もあったが、スコールの「では、我々が命懸けで戦った事実を否定するということですね?」という言葉に封じられた。民衆から熱狂的な支持を受けている伝説のSeeDの言葉を真っ向から否定すれば、それはそのまま民衆の反感として跳ね返ってくるからだ。
 イデアとサイファーの扱いについても、ガルバディアのデリング前大統領が魔女の力を利用しようと積極的にイデアを招き入れた点や、イデアが連れてきたサイファーにガルバディア軍及びガーデンの指揮権を与えたことを認めていた点、イデアがいなくなった後も、従わないという選択も簡単に出来ただろうにサイファーの命令を受け入れてた点を根拠に、イデアとサイファーだけに厳罰を処そうとする論調と対峙し(サイファーに関しては多少脚色して、彼もアルティミシアの精神支配を完全ではないにしても受けていた、ということにした)リノアに関してはなんの罪もない魔女をただ魔女だというだけで迫害した結果起こった歴史上の幾つもの惨劇を例に、彼女に対して封印という非人道的な処置を施そうという主張を一蹴した。
あの無口なスコールがよくもこれ程雄弁に、とラグナなどは心密かにポカンと見守っていたと言うが、無論、これらスコールの主張には高度な科学技術を持つ大国エスタの大統領であるラグナも賛同したし、リノアの件については、ガルバディア暫定政府代表として出席していたフューリー・カーウェイ大佐も同調した。
イデアとサイファーの処遇については、ガルバディアは最後まで渋っていたが、結局は折れた。
 元々超一流の傭兵ブランドであるSeeDを抱えるバラムガーデンは、どの国にとっても敵には回したくない相手であり、今はそこに更に「伝説のSeeD」という戦闘力が群を抜いているだけでなく世間の圧倒的支持を受ける存在がいて、その彼本人が主張が受け入れられなければ実力行使も厭わない様子で発言すれば、既に戦いで疲弊した国々に対抗できる手段などなかったのだ。
 結果、イデア・クレイマーとサイファー・アルマシーはバラムガーデンに軟禁、リノア・ハーティリーもバラムガーデンにて保護・外出時にはSeeDの同行を必要とするということで落ち着いた。スコールはリノアの完全な自由を求めていたが、独立に向けて継続的話し合いの場を持つことで合意したガルバディア・ティンバーの情勢を慮ると、カーウェイ大佐の娘にしてティンバーレジスタンスのメンバーであるリノアがティンバーもしくはガルバディアに帰ることは政治的不安を齎し軍事衝突の火種になりかねないことや、彼女を自由にすることで、いつ誰が魔女の力を狙うとも限らないことからガーデンの保護下に置かれることとなったのだ。


40


伝説のSeeDの影響力を利用して、イデアとサイファー、そしてリノアの安全を確保したまでは良かったが、今度は別の問題が浮上した。否、それは遅かれ早かれ顕在化する問題だったのだろう。実際、当事者であるスコールは覚悟を決めていたようだった。
 伝説のSeeDと呼ばれはしても、所詮並はずれて戦闘に長けているだけの17歳の少年に過ぎない。
口で簡単に丸め込めるだろう、そう考えていた各国上層部はこの会議で認識を改めることになった。スコール・レオンハートは頭も切れる、懐柔するのは容易ではない、と。これを機に、スコール自身を危険視する声もでてきた。
暫くはバラムガーデン指揮官として、SeeDとして存在していればいい。だが、ガーデンの卒業は20歳。その後の彼はどうするのだ。あらゆる組織が様々な交渉を仕掛けてくるだろう。驚異的な戦闘力と明晰な頭脳、更に圧倒的な知名度と支持を得ているスコールは、どの組織から見ても手中にしておきたい存在であり、同時に他組織の元に行かれた場合とてつもない脅威となる存在だ。魔女を倒した伝説のSeeDには、最早魔女と同等の力があると考えていい。つまり、たった1人で世界を揺るがす力を持っている。
それは概ね正しい評価だった。元々ジャンクションを駆使するが故に圧倒的な戦闘力を誇っていたSeeDの中でも、更にジャンクション効率が高くG.F.の力を最大限発揮できるスコールを抑えられるとすれば、それは魔女でしか有り得なかっただろう。そこに加えての知名度と支持。スコールの一言で、世界をまた戦乱の渦に巻き込むことも、逆に闘争の火種を消すことも可能なのだ。影響力の大きさで言えば、魔女以上の存在と言えた。
「結局私達は、スコールに世界を背負わせてしまいました」
大きすぎる力は危険視され、秘密裏にスコール自身の命まで狙われるようになったのだと言う。
「そんな…」
9人は絶句する。
 彼らも、各々の世界で、その命運を託されて戦った者たちだ。だが戦いを終えた後の状況の差に愕然とするしかない。命懸けで戦って、世界を守って、なのに終わった後には危険だと命を狙われるなんて。
「リノアのことも、バラムガーデンで保護ということに落ち着いたものの、魔女を敵視する過激派グループは彼女を狙っていましたし、あの子達が安らげるのは本当にガーデンの中にいる間だけになってしまったのです」
いっそのこと、ずっとガーデンの奥に引き篭もっていられたら気も楽だったのに、そうすれば「何かよからぬことを企んでいるのではないか」と疑われる。イデアとサイファーの軟禁、リノアの保護はバラムガーデンと伝説のSeeDの力への畏怖と信用によって成り立ったものだったから、スコールはガーデン指揮官として表舞台に立つことで、バラムガーデン監視下ならば大丈夫だという信頼を得続けなければならなかったし、リノアも時折外出して姿を見せることで世界に対して害意のないことをアピールしなければならなかったのだ。
「けれど、それから3ヶ月も経たないうちに、事件は起こってしまいました」


41


 リノア・ハーティリーの外出時にはSeeDの同行を必要とする。
それはリノアの身の安全を確保する意味と、万が一にも魔女が暴走しないようSeeDが抑制の役割を果たすと世間にアピールする意味の2つがあった。同行者はランク21以上のSeeDであれば誰でもよかったが、実際はそれはスコールだけの役目だった。世間的なアピールにはスコールが同行するのが1番だという面もあるにはあるが、ガーデン側としてはそんなことよりも、たとえ衆人環視の状況であったとしても、せめて2人にデートらしいことをさせてあげたい、という思いからだ。
どこに行っても何をしても周囲の注目を集める状況は相当居心地の悪いものだったに違いないが、それでも2人で外出できることをリノアは喜んでいたし、スコールも、そのリノアの喜ぶ様子に顔が綻んでいたという。傍から見ると相変わらずの無表情に見えたが、そこはスコール研究家を自認するキスティスを筆頭に付き合いの長い仲間たちから見れば一目瞭然だった。
 完全な平穏とは程遠くても、このまま彼らをそっとしておいてくれればいい。
周囲がそう願っていた矢先、それは起きたのだ。
「簡単に言えば、自爆テロってヤツだ」
「自爆テロ…?」
ラグナが珍しくも苦々しい表情でそう言うと、馴染みのない言葉に首を傾げた面々が、クラウドを見る。
「テロというのは、自らの主義主張の為に破壊・暴力行為を行うことで、中でも自爆テロというのは…テロの実行犯自らが爆発物を持って標的に近づき爆発させるものを言う」
「それって、犯人も死んじゃうってことか?」
「ああ。代わりに、標的の行動に臨機応変に対応できて至近距離で爆発させられる為成功率が高い」
「信じられない…」
それはバラムの街の外れで起こった。一般人に被害はなく、精々美しかった白壁の一部が焼け焦げたくらいで済んだのは、偏にスコールが不穏な気配に気づき警戒して人のいる場所から離れたからだ。
普通であれば、SeeDに勝てる者だってまずいない。況してそれが伝説のSeeDのスコールと魔女のリノアを葬ろうというのであれば尚更だ。だが、さすがにスコールも、まさか相手が自分達に向かって突進しながら爆薬に火をつけるとは思っていなかったのだ。
「犯人は即死。犯行声明も出なかったので、あれがスコールを狙ったものなのかリノアを狙ったものなのか、或いは2人を狙ったものなのか、今でも判らないままです」
「それで、2人は?」
「爆風で飛ばされた衝撃で気を失いはしたものの、軽い怪我程度で済みました」
スコールがその反射神経で以て飛び退りながら咄嗟にダブルプロテスをかけたおかげで、その程度で済んだのだ。
「けれど、軽い怪我程度で、脳波にも異常がないはずのスコールが、何故だか中々目を醒まさなかった…。同じ状況のリノアはすぐに意識を取り戻したのに」
彼らは1度病院へと運ばれて検査を受けて無事を確認後、意識の回復を待たずにガーデンへと運ばれた。一般の病院では事件を聞きつけたマスコミが煩いからだ。ガーデンに戻ってすぐにリノアが意識を取り戻した。彼女はしばらくぼんやりした後、はっとしたように起き上がり、隣りのベッドで眠っているスコールを見たという。キスティスやゼルが声を掛けても彼女は何も答えず、スコールの傍に行くと、ただ黙ってその手を握っていた。事件がショックだったのだろうと、周囲もそっとしておいたが、次第に、目覚めないスコールを心配し始めた頃、リノアがぽつりと声を洩らしたのだ。
「…わたし、魔女じゃなくなっちゃった」と。


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それは彼らにとって予想もしていない事態だった。
「初めは、リノアの魔女の力が消滅したのかと思ったわ。でも、創世から今までずっと受け継がれてきたものが、ここでいきなり消滅する確率なんて限りなく低いじゃない。魔女の力は消滅したんじゃなくて、リノアから誰かに継承されたんだと考える方が自然よね」
キスティスの言葉に、セルフィが「消えてくれたら、めっちゃよかったんやけど」と付け加える。
「でも継承はいつ?誰に?と考えたら、答えは1つしかありませんでした。我々は、その数ヶ月前にも同じような光景を見ていましたから」
 魔女だった者から力が失われ、その時彼女の最も近くにいた者が意識を失ったまま目覚めない。以前は、力を失ったのはイデアで、目覚めなかったのがリノアだった。今回はリノアから力が失われ、そして近くにいたスコールが目を覚まさない…。
「それじゃ…」
「スコールは、魔女の力を継承したのです」
一瞬の沈黙がその場に降りた。ややあって口を開いたのはライトだ。
「今まで聞いていた話では、魔女は女性だけに受け継がれる能力ではなかったか?」
女性にしか継承されてこなかったからこそ「魔女」という呼び名が定着したはずで、その魔女を愛し守る者が「騎士」と呼ばれたはずだ。ここへ来て突然その法則が崩れる理由が解らない。
「そうです。今まで魔女はずっと女性でした。歴代の魔女が皆判明しているわけではありませんから、絶対とは言い切れませんが、ほぼ間違いないと言っていいでしょう。しかしそれは、仮初の宿主の話です」
シドの言葉に、9人が眉を潜めた。
「仮初の宿主?」
そういえば、先刻のイデアの話でも、「魔女は所詮仮初の宿主」と言っていた。仮初がいるということは、本物もいるということだ。
シドは姿勢を正すと、9人を見回して口を開く。
「これからお話しするのは、魔女に関して判っているいくつかの事実から、私が立てた仮説に過ぎません。仮説を立証する手段もありません。しかし現状を見る限り、私達はこれが限りなく真実に近いものだろうと考えています。そのことを承知の上で、聴いてください」
その言葉に、9人は顔を見合わせ、そして代表するように、ライトが静かに頷いた。

魔女っ子理論15~28

15


こちらへ、と案内された場所に鎮座している機体を、9人は呆然と見上げていた。
「2年前、エスタという国から任務成功報酬の一部として寄贈されたものなんですよ」
シドがにこにこと説明してくれるが、その言葉が耳に届いている者は殆どいない。
「これは…飛空挺か…?」
クラウドの問いに、キスティスが「ええ」と頷く。
「今は空路高速移動艇として使ってるわ。本来は宇宙船だけれども」
「え、これ宇宙行けちゃうのか!?」
ティーダが驚いたように言う。クラウドやティーダの世界よりも更にこの世界の文明は進んでいるらしい。その後ろで首を傾げている面々は、この飛空挺が「とんでもなく凄い」ということは判っても、「どれくらい凄い」のかは解らないでいる。殆どの者には宇宙、という概念がないのだから当たり前だ。
「魔導船みたいなものなのかな…?」
一応、宇宙というものの概念を持ち、実際月まで行ったことのある(何せ本人も月の民とのハーフだ)セシルでも、正直ピンときていない様子。
 シュン、と電子音がして飛空挺ラグナロクの扉が開く。「さあ、乗って下さい」というシドの言葉に嬉々として乗り込んでいく仲間を尻目に、浮かない顔をしている者が1名。
「クラウド?どうしたんだ?」
フリオニールが気づいて声を掛けた。異世界の仲間の中では、ライト・スコールと並んでポーカーフェイスの3巨頭を成していたクラウドの表情が、はっきりと憂鬱そうだ。しかも心なしか青褪めて見える。
「…苦手なんだ」
「何が??」
「……………乗り物」
「は!?」
思わず訊き返したフリオニールに悪気はない。
「物凄く、乗り物酔いし易い体質なんだ」
「え、だって、おまえ、あのバイクとかいうの、凄い速さで乗り回してたじゃないか!」
「自分で運転して酔うヤツなんて殆どいない」
そういうものなのか…としか、乗り物酔いの経験がないフリオニールには答えようがないが、だからと言ってここで留守番というわけにもいくまい。
「…別に、乗らないとは言ってない」
クラウドの言葉にフリオニールが安堵した。しかし「だが」と続けられたクラウドの科白に身構える。
「これが動き出したら、俺は使い物にならない。ガイド役はティーダに頑張ってもらってくれ」
それはそれでなんとなく不安を感じるんだよなあ、とフリオニールは溜息を零した。


16


ラグナロクが動き出した途端、本当に見事な程青くなって蹲ったクラウドを、笑っていいのか心配すればいいのか、微妙な表情で見守る仲間たち。クラウドにとって救いだったのは、機体も大きく大気圏突入のGにも耐えるラグナロクは離陸してしまえば航行時の安定感もかなりのもので、比較的揺れが小さかったことだろう。
 離陸してすぐ、操縦席に座るゼルにシドが北進路で行くよう指示を出した。
「トラビアに寄って行きましょう」
「セルフィのところへ?」
キスティスの問いにシドが頷く。
「こうして、スコールが『遠い世界の仲間』と呼んだ人たちと出逢うことが出来たのです。セルフィとアーヴァインも呼んであげなくては後で怒られてしまいますよ」
クレイマー夫妻が微笑んで頷きあうと、ゼルが「じゃあ、ガルバディアにも寄ってくのか」と口にする。
「トラビアから石の家に飛んで、そこからガルバディアを経由してエスタに行きましょう」
「ちょっと訊いてもいいですか?」
オニオンが疑問を投げかけた。
「今この飛空挺はその、リノアさんとサイファーさんって人を迎えに行ってるんですよね?で、ついでにセルフィさん?とアーヴァインさん?を乗せて、それでバラムに帰るんじゃないですか?」
エスタに行く、というのは初耳だ。エスタというのがどういう場所だかよく解らないが、そういえばこのラグナロクはエスタから寄贈されたと言っていたから、バラムガーデンと友好的な関係を保っている国なのだろうとは察せられる。
「スコールは、エスタにいます」
その言葉に、9人(安定航行のおかげでなんとか立ち上がれる程度に復活したクラウドも含む)の表情に安堵が浮かんだ。どうなることかと思ったが、無事スコールと再会できそうだ。
「私たちは、貴方たちが答えを出してくれるのではないかと期待しているのです」
イデアが穏やかな、けれど憂いを帯びた顔で言う。
「さっきもそんなことを言っていたな。一体どういうことだ?」
ライトの問いに、イデアが口を開きかけたその時、ラグナロクが垂直降下した。
「トラビア到着だぜ!」
ゼルの言葉と共にハッチが開けられ、シドに「行きましょう」と促され外に出る。
バラムの温暖な気候と対照的な、ひんやりとした空気の中に出ると、そこには外に跳ねた髪型が特徴的な少女と、テンガロンハットを被った青年がにこやかに手を振って立っていた。


17


「なんでアーヴィンがいるんだよ?」
「あれ、久々に会った幼馴染への第一声がそれって酷くない?僕はガルバディアガーデンとトラビアガーデンの交流目的留学生のリーダー役、ていうのは建前で、セフィの手伝いに来たんだよ~」
デリング大統領による独裁軍事国家だったガルバディアがデリングの死後、民主国家としての本来の姿を取り戻しつつあるのに付随して、ガルバディアガーデンもバラム、トラビア両ガーデンとの交流を少しずつ図ってきていた。特に、2年前の戦争の際にガルバディアによって相当な被害を受けたトラビアガーデンへは短期留学生団を送り、復興活動に従事することで相互理解と信頼の回復に努めている。
2年前の魔女戦争後、トラビアガーデンの復興の為にセルフィはバラムガーデンから再びトラビアガーデンへと転校していた。(つまり彼女は現在SeeDではない)
「学園長とママ先生まで来はるなんて、どないしたん~?」
「ママ先生」というのがイデアを指しているらしいことは解るが、何故そんな呼び方なのだろう?と9人は思うが、とりあえず口には出さない。
「あなたたちを迎えに来たのよ」
優しい笑顔でイデアが答え、シドは9人に向かって2人を紹介する。
「彼らが、アーヴァイン・キニアス君とセルフィ・ティルミットさん。2人とも、スコールの友人です」
「この人たちは?」
セルフィとアーヴァインがライト達を見て顔いっぱいに疑問符を浮かべているが、答えを言われる前に自分で答えに辿り着いたらしい。
「もしかして、はんちょが仲間って言ってた人たち?」
 「はんちょ」というのはもしかしてスコールのことか?え、あのスコールを「はんちょ」と呼ぶのか!?アイツそんなキャラだったっけ?と、9人各々表現は違えど要約するとそんな感想を抱いている事など露知らず、アーヴァインとセルフィは9人の傍まで寄って、握手してまわる。
「あのスコールがあっさり『仲間だ』って言ってたから、どんな人たちなんだろうって、ずっと思ってたんだよ。スコールは詳しいこと教えてくれなかったしさ。ただ『もう会えない』って聞いてたから、会えて嬉しいよ」
2人はライト達全員と握手し終えると、「でも迎えにきたって?」とキスティスとゼルの方を振り返った。
それに対しキスティスとゼルは、ほんの僅かに表情を固くしてただ頷く。
「これから、石の家にいるリノアとサイファーを迎えに行くんですよ」
「石の家?なんでそんなとこにリノアとサイファーが?」
「それは我々も聞いていないので解らないんですが…。とにかく2人を拾って、それでエスタに行きましょう」
シドの言葉にアーヴァインとセルフィの表情も改まる。
「答えを出す、その時が来たのでしょう」
イデアの声に、2人はライト達をじっと見つめた。


18


再びラグナロクに乗り込んだ9人+6人の大所帯。今は「ラグナロクの操縦ならこのセフィちゃんにお任せ~!」というセルフィが操縦席に座っている。
石の家へと向かう間に、キスティスとゼルが、合流した2人に今までの経緯を語って聞かせた。
「ほんとに、異世界ってあるんだねぇ」
アーヴァインが心底感心したように言う。この世界にだってG.F.や魔法といった超常現象的なものは存在するが、それらの力もある程度は科学的な解明がなされていて、その力を利用する技術も開発されている。不思議なものを不思議なものとしてそのまま受けて入れてしまうファンタジーな世界は、想像の産物でしかなかった。
「しかも、それがこんなにたくさんあるなんてねぇ」
ファンタジー小説やSF映画を見たって、異世界なんて大抵1つしか出てこない。
「異世界っていうより、実は違う恒星系の惑星とか、違う銀河系の星とか、そう考えればいいのかな」
ああ、そう考えた方がしっくり来るかも、とキスティスなども頷く。「異世界」と言ってしまうとファンタジーだが、この宇宙に存在する数多の星のどれか、と言えば、割とすんなり馴染める気がする。
そんなことを話していると、セルフィが「そろそろセントラだよ~」と声を上げた。
 眼下に広がる荒涼とした景色。
「石の家はセントラの端だから、もうちょっとで着くぜ」
ゼルが9人に向かってそう告げると、ジタンが「ほい」と手を挙げる。
「気になってたんだけどさ。『石の家』っての、何?」
その質問に答えたのはシドだった。
「石の家は、昔、私たちが営んでいた孤児院です」
こんな殺風景で荒れた土地で孤児院?と9人は思う。それについても後で訊く機会があるかもしれない。何しろ、この世界のスコールの仲間たちときたら、意味ありげな言葉だけを与えて、今のところ殆ど手の内を明かしていないのだ。
どうも、そう簡単にスコールと再会は出来なさそうだ、とこの頃には彼らも悟っていた。
そんな彼らに、キスティスが続けた。
「私と、ゼルとアーヴァインとセルフィと。今から合流するサイファーと。そして、スコールは、小さい頃、石の家で育った幼馴染なの」
「学園長…パパ先生とママ先生は、僕たちの親代わりだったんだ」
アーヴァインの科白と同タイミングで、ラグナロクはセントラの大地へと着陸したのだった。


19


荒涼とした大地に降り立つと、そこかしこに崩れた、元は壁や柱らしきものがある。石の家はその中にポツンと立っていた。上空から見たときも、周囲に居住区があるようには見えなかったし、こんな場所でよく孤児院など営んでいられたものだとライト達は感心する。
そんなことは気にした様子もなく、軽く駆け出すセルフィとゼル。アーヴァインやキスティスも目を細めて壁を見上げている。彼らにとっては、ここが故郷なのだ。スコールも、ここで幼少期を過ごしたのだという。
あのスコールの幼少期はどんなものだったのだろう。
 きっと鬼ごっこに誘われても「俺はいい」とか言って一人で本読んだりしてたんだぜ!
というのはバッツの想像だが、異世界の仲間共通の想像でもある。彼らには、まさかあのスコールに対し、どんなに幼くとも一人称が「僕」だとか、更に「おねぇちゃん」連呼で後を付いて歩いていたとか、すぐに泣くだとか、そんな想像などできようはずもないのだ。
そんなことを思いながら歩いていると、石の家の入り口に立つ、背の高い青年の姿に気づく。
「遅いんだよ」
「いきなり迎えに来いなんて呼びつけて、もっと殊勝な態度取れないの?」
キスティスの言葉に、あれが「サイファー」なのだと認識した。
「ああ?言っとくが俺だって被害者だぜ。文句があるならリノアに言え」
「リノアは?」
「奥にいる」
その言葉に、中に入っていこうとする団体を、サイファーが止めた。
「で、迎えを頼んだだけで、なんでこんなツアー客引き連れてんだよ?」
誰だこいつら、と半ば睨むようにライト達を見るサイファーに、条件反射のように視線をぶつけてしまう。「喧嘩上等」と空に浮かんで見えた、とはアーヴァインの弁である。基本的に、この場にいる者たちの殆どが、戦いを重ねて状況を打破してきた武闘派であることを忘れてはいけない。
だが、その空気もキスティスがサイファーに近づいてパン、と頭を叩いたことであっさりと打ち破られた。
「いい加減、誰にでも喧嘩腰になるの止めなさいって言ってるでしょう、バカサイファー」
「彼らは、スコールの、もう1つの仲間、です」
続いてイデアがサイファーにそう言えば、サイファーは9人を値踏みするように見る。そのサイファーの額に、まるでスコールと対のような傷痕があることに彼らは気づいた。
「それにしてもサイファー、何故リノアとここへ?」
シドがにこにこと割って入った。それに対してサイファーは「知らん」と素っ気無い。
「リノアが急に俺のとこに来て、石の家まで行くから護衛代わりについて来いって引っ張ってきやがったんだよ」
行きはエスタの高速飛空挺で送ってもらったという。
「じゃあ何で帰りもそうしなかったんだよ?」
ゼルの疑問もサイファーは「煩ェ、チキン野郎」と一蹴する。無論そこでまた「喧嘩上等」の文字が見えたが、「まあまあ」とシドが抑えた。
「そういう手筈だったのかもしれねぇけどな。肝心のリノアが起きねぇんだから仕方ないだろ」
辛うじて、リノアがエスタ製の電波増幅簡易アンテナを持ち込んでいたから、なんとか携帯電話が使えたのだ。そうでなければ、普通なら電波の届かないこの場所で、待ちぼうけを食わされるしか道はないところだった。
「リノアが起きないって、そりゃまたどうして?」
アーヴァインがそう口を開いたところで、さっさと奥まで行っていたセルフィが戻ってきた。
「リノアが向こうで熟睡してて全っ然起きないんだけど~?」
シドが全員を見回す。
「こんなところで立ち話もなんです。全員揃ったことですし、エスタに向かいましょう。サイファー、君はリノアを連れてきてください」
 ようやく、現在スコールがいるというエスタへ行くことになったのだった。


20


コクピットのモニターで、何やら何処かと通信していたシドが暫くして振り返り、「皆でぞろぞろ行くこともないでしょう」と言った。
「そうね」と答えたのはイデアで、未だ眠り続けるリノアを除いて、クレイマー夫妻の子供とも言うべき彼らは皆一様に無言のまま。それを気に留めた様子はなく、シドが続ける。
「私が彼らを案内しましょう。私たちを降ろして、先に行っていてください。誰か、スコールに会いたい人がいるなら一緒に行きましょう」
子供たちは微妙な表情をした。ああまただ、と9人は思う。彼らは何かとてつもなく重大なことを自分たちに告げていない。
 エスタという国に、今から降り立つ場所にスコールがいる。彼らからはそれだけしか教えられていない。けれど、今までの彼らの態度、言葉から朧気ながら9人は察している。スコールは今、簡単に再会を喜べる状況ではないのだろうと。
「いい加減、教えて貰えないだろうか」
口火を切ったのはライトだった。
「我らに何を隠しているのかを」
その言葉に、残りの8人も頷く。彼らには彼らの思惑があるのだろうが、スコールは自分たちにとってもかけがえのない仲間だ。彼が今、何かしら困難な状況にいるのだということは、最初から予測していたし、だからこそ、手助けをするつもりでこの世界へやってきたのだ。
「君達の気持ちは解っています。私たちも、君達がここへ来てくれたことに、希望を感じているんですよ」
シドは穏やかな声で答えた。
「君達には全てを話します。長い話になりますが」
ただ、とシドは続ける。
「それは、とにかく1度、スコールに会ってからにしましょう」


21


シドと9人を降ろし、ラグナロクは再び空へと舞い戻っていった。後で合流するが、ここからは車で送って貰えるから大丈夫なのだとシドは言った。
周りは荒地。市街地からは随分離れた場所で、そこが普通の施設ではないことはすぐ知れた。
入り口はバラムガーデンの時のように出入りが管理されていて、しかしガーデンと違うのは、そこに立っているのが武装した兵士だということだ。
ゲートで何やら話していたシドが振り返り「行きましょう」と9人を促す。
「スコール、こんなとこにいて寂しくないのかな」
ティナの呟きに、2年前と同じように隣りを歩いていたオニオンが答える。
「ここで何かしなきゃいけない事情があるんだろうし」
「そうだよね…」
そう言いながら入っていくそのゲートに掲げられたプレートには、彼らには読めないこの世界の文字でこう書いてあることを、彼らは知らない。
そこにはこう書かれている。エスタ国立魔女記念館、と。
物々しく警備されたエントランスを抜けると、様々な機器が設置され技術者らしき人々が立ち働く研究所のような雰囲気になった。シドはそこを抜け、ガラス張りの長い廊下へと進む。
建物の中央に何かしら大きな装置があって、そこに向かっているらしいことはすぐに判った。
「本当に、スコールのやつ一体ここで何してるんだろうな?」
バッツがそうジタンに話を振ったときだった。突き当たりの重厚なゲートの前で立ち止まったシドが彼らに振り向いた。
「この先に、スコールはいます」
彼らは頷く。果たして、あの無愛想なスコールの、再会の第一声はどんなものだろう。1番確率が高いのは「何しに来た」だろうか。彼の手助けの為に来たのだと言えば、「足手纏いはいらない」とでも返すだろうか。彼らはそんな想像をしながら、その重厚な扉が開くのを見守った。
機械音と共にロックが解除され、金属製の扉が左右へと開かれていく。中から、冷たい空気が流れてくる。
扉の向こうにある、大きな装置。その全貌が目に入ってきた時、9人の眼は一様に驚愕に見開かれた。
彼らが求める、最後の仲間は確かにそこにいた。
大きな装置の、その透明なケースの中で、確かにスコールが、眼を閉じて静かに眠っていた。


22


口許に両手を当て息を呑むティナ。驚きに眼を瞠ったまま瞬きすら忘れて目の前の光景を見るオニオン。
他の面々も反応は似たり寄ったりだ。だって、誰もこんな再会、予想していなかった…!
「…な、んだよ、これ…」
最初に動いたのはティーダだった。
「なんなんだよ、これっ!?オッサン、説明しろよっ!」
シドに今にも掴みかからんばかりの勢いのティーダを、我に返ったように慌ててフリオニールとセシルが止めた。ティーダに先を越されたおかげで、辛うじて冷静さを保っている様子のバッツとジタンも、本当ならティーダと同じようにシドを問い詰めたいところなのだろう。
「死んでるわけじゃ、ないんだな?」
一番後ろから上げられた声に、全員の視線が集中する。それを気にする素振りも見せず、ゆっくりと巨大なケースに近づき、手を触れたクラウドがシドを振り返った。
「これは、コールドスリープの装置か」
「そうです。スコールは、もう2年近く前から、ここで醒めない眠りに就いています」
コールドスリープって何だ?と首を傾げる仲間に、クラウドが簡単に説明する。
「人工的に低体温の仮死状態にして……いや、詳しいことを言っても仕方ないか。語弊はあるが、人為的に冬眠しているようなものだ」
仲間たちは冬眠、の言葉にスコールが死んでいないことを納得した。
「でも、いつ目覚めるの…?」
ティナが眠るスコールの顔を見上げて言う。全員が、つられた様に彼を見上げた。
 あんな穏やかな表情のスコールを、初めて見たかもしれない。穏やか過ぎて、まるで死に顔のようで、今すぐ揺さぶって起こさないと不安になる。
「ちょっとやそっとじゃ起きないって言うなら、フライパンで叩いてもいいよ」
セシルの科白でギョッとした様子のフリオニールとティーダが「フライパンはちょっと…」と言うのは無視して、ライトがシドに向き直った。
「醒めない眠り、と貴方は言った。それは、スコールに目覚める意思がないということか?」
そして、とライトは続ける。
「貴方達に、彼を目覚めさせる意思もない、ということだろうか」


23


ライトの問い掛けに、シドは大きく息を吐いた。
「1つめの質問の答えはイエス、です。スコールは、自らの意思で眠りに就きました」
「止めなかったのか?」
クラウドが問う。
「正確に言うならば、止められなかった、ということです。知っていれば止めたでしょう。それを彼もよく理解していたからこそ、スコールは私達に気づかれないよう手配して、私達が気づいた時には止められない状況になっていました」
 スコールの優秀さが、あの時ばかりは私たちには不利に働いたのです、とシドは語った。
「そして2つ目の質問の答えは、イエスでもノーでもありません」
眠るスコールの姿を見上げ、シドは言う。
「私達はずっと、その答えを出せずにいるのです」
その言葉に、聞き覚えがあった。
イデアが意味深長に口にしていた「答えを出してくれるのではないかと期待している」という言葉。
「何故、答えを出せないんですか。何故、僕たちなら答えを出せると考えるんですか」
セシルの問いは、仲間たち皆の疑問。
「君達ならば答えが出せると期待する理由。それは君達が、彼の力を必要としていて、そして君達が、この世界の住人ではないからです」
逆に言えば、ライト達9人には、スコールを眠らせておく理由がないからだ。
「私達が答えを出せないのは…」
シドは言葉を切り、再びスコールを見上げた。
「見てください。とても、穏やかな顔をしていると思いませんか?」
そして続ける。
「スコールを、この穏やかな眠りから引き戻すというのは、私達のエゴに過ぎないのではないかと、そう思えてならないからです」
視線を下げ、自嘲するように僅かに笑った後、シドは9人を見回した。
「私達は、この世界が彼にとって決して優しいものではないことを、彼に痛みを強い続けることを、知っているからです」


24


軍用車を降りると、そこに広がる光景に9人は立ち竦んだ。
ラグナロクを見た時も驚いたが、この街の景色はその上を行く驚きだ。
自然物など影も形も見えない街。自らの足で踏みしめる大地はなく、街中に張り巡らされたプレートリフターが自分の足を動かさずとも目的地まで運んでくれる。
「長い話になりますから」とシドに促され、一旦、スコールの眠る魔女記念館を後にした彼らは、街の中心部らしき場所に建つ立派な建物に案内された。やはりここにも武装した兵士が警備として配置されている。
「話すんのに、こんな物々しいとこでしなきゃなんないのか?」
バッツの疑問は尤もで、多少雰囲気に呑まれた様子のオニオンなどもこくこくと頷いている。
「ここならば機密性が保障されています」
シドの答えは簡単で、けれどそれは新たな疑問を浮かび上がらせた。
「機密性が重要視される話なのか…?」
一体、何を話されると言うのだろう。自分たちはただ、スコールの身に何が起こったのかを聞きたいだけなのに。
だがシドはそんな彼らを振り返り、宥めるように笑う。
「経緯はこの後お話ししますが、スコールは、とても有名なんです」
「有名?」
「ええ。恐らく、この世界で老若男女問わず知らぬ者がいないと言って過言ではないほどに」
「そんなに…」
ティナの驚きの声に、「ですから」とシドは続けた。
「スコールのことは誰もが知っている。逆に、知られている情報の他は、洩らしたくないんですよ」
さあこちらです、とシドがとある1室の前で止まる。
 これから、この世界と、自分たちの大切な仲間に纏わる、長い長い話が始まろうとしていた。


25


何やら横のパネルを操作すると自動で開く扉(さすがに慣れてきた)の向こうには、先に着いていたイデア達が思い思いの位置で待っていた。部屋は広く、これだけの人数がいても座る場所に困るということはなさそうだ。
そして、9人にとっては新手とも言うべき、見知らぬ人物が3人程増えていた。
「おー!待ってたぞ、どっか遠いとこから来たお客さんたち!」
なんだかエラク明るく迎え入れられて、今までのシリアスな空気は何処へ行った?とポカンとしてしまう。
「もうちょっと威厳のある出迎え方ができないのかね、ラグナくん」
「………」
「そうか、そうだな。今更彼には無理か」
ラフな格好の長髪と、浅黒い肌と、スバ抜けて大柄な男性の3人組。
「ほら、お客人たちが呆然と見ているじゃないか」
「初対面の相手すら参らせるオレのミリキってヤツだ!」
「………」
「『呆れて物も言えない、とはこういうことか』とウォードが言っている」
どうすればいいのだろう、と部屋を見回せば、シドもイデアもキスティスもゼルもアーヴァインもセルフィも、あのサイファーまで、微笑ましいと思っているような諦めているような、なんとも言えない表情で黙っている。
「つーか、アンタたち、誰ッスか?」
よくぞ言ったティーダ、と部屋にいる者の大部分が内心で賞賛した。物怖じしないのか空気が読めないのか、この際どちらでもいい。
「よくぞ訊いてくれた若者よ!オレは…ムグッ」
「君に話させると脱線して長くなる。彼はラグナ。私はキロス、こちらはウォード。ウォードは昔の怪我が原因で話せないんだが、意思の疎通は十分出来るので気にしないで欲しい」
浅黒い肌のキロスがそう言うと、口を塞いでいた手を外したラグナがプハーッと大袈裟に深呼吸する。
「キロス、オマエな、親友に向かってその態度はどうなんだ」
「ああ、君が歳相応の態度というものを身に着けたら、私も親友相応の態度というものを考える事にするよ、ラグナ君」
「…で、そのアンタらがここにいる理由は?」
これはもう、空気に呑まれずどんどん食い込んでいかないと脱線し続けるとこの短時間で察したジタンが問えば、やはり口を開こうとするラグナを遮ってキロスが答えてくれた。
「理由も何も、ここは我々の職場であり、ラグナ君の住居でもあるからね」
ここが職場?この物々しく警備された場所が住居?と驚く9人に、シドが言った。
「ここは、エスタ大統領公邸です。その人は、エスタ大統領ラグナ・レウァール氏」
「なっ…」
シドの科白に反応したのは、クラウドだけだった。他の8名は。
「…大統領って、何?」
ティナの言葉が全てを物語る。8人は一斉にクラウドを見た。
「大統領とは、その国の最高権力者のことだ」
「王様みたいなもの?」
「ああ。世襲ではないが」
「じゃあもしかしなくてもこの人…」
オニオンの言葉に、今度は視線が一斉に一方向に動く。
「偉い人なんだ…?」
そこには「偉い人でーす」と頭を搔く、全く偉くなさそうなラグナの姿があった。


26


「まあ確かに機密性という意味では安心かもしれないが…」
クラウドが納得出来たような出来ないような、半端な口調で呟く。
一国の政治中枢ともなれば、出入りする人物の身元チェックや、盗聴防止などの対策も万全を期して施されているに違いないし、既に知れ渡っている情報の他は一切洩らしたくないと言うのならば、確かにここはうってつけなのかもしれない。それが納得している半分。しかし、この場に国家元首が同席する必要があるのだろうか、というのが納得できない半分。
「スコールがいるあの施設は、エスタ国立の施設です」
不思議なほど落ち着きのある声音でイデアがそう教えてくれる。彼女は「それに」と続けた。
「これからお話しすることを聞いた上で、あなたたちが出す答えは、この世界に大きな影響を齎すことになります」
「だから、一応施設のカンリシャ?としてオレも同席するってわけだ!」
ラグナがそう言うと、そういえば、とシドが部屋を見回す。
「リノアは?」
「よほど疲れているらしくて、まだ起きないの。エルオーネがついて隣りの部屋で休ませているわ」
「エルオーネが?」
「なーんか、エルも1枚噛んでるらしいんだわ」
黙って遣り取りを聞いている9人の頭にまた新たな名前が記憶される。「エルオーネ」という人物も、何か関わりがあるらしい。
「エルオーネは起きているが、彼女も疲れた様子でね。リノアを看ているというよりは、一緒に休んでいる」
キロスの説明に頷くと、「彼女たちが回復したら、2人が何をしようとしたのか説明してもらうとして、先に話を始めましょう」とシドが立ったままの9人に座るよう促した。
9人に話を聞く準備が整った事を見届けると、イデアが口を開く。
「何処からお話しするか…とても難しいのだけれど、そうね、まずは…あなたたちに、この世界について知って貰わなくてはなりません」
そうして彼女は、この世界の成り立ちを話し始めたのだった。


27


イデアの静かな声が部屋に響く。
 世界を創ったとされる魔女ハインの伝説。
ずっと受け継がれてきた魔女の力。
この世界で本当の魔法を扱えるのは魔女のみであること。時には魔女が自らの欲望のままに力を振るい、人々を支配した時代もあったこと。それ故、魔女は畏れ忌まれる存在となったこと。そうして、力による支配を望まない多くの魔女がその力を隠し人目から逃れるように生きたこと。
魔法という強大な力を使える者が魔女のみであったが故に、この世界は科学技術が発達したこと。ガーディアンフォースと呼ばれる精神エネルギー体の存在。
近年、疑似魔法が開発され、G.F.のジャンクション技術が確立されたこと。しかしジャンクションには代償を払わねばならないこと。その為ジャンクションを許可しているのはバラムガーデンのみであり、だからこそ、バラムガーデンのSeeDは驚異的な戦闘力を誇り他の追随を許さない傭兵のブランドとなったこと。
「代償、とは?」
ライトが問う。
「記憶、です」
「記憶?」
首を傾げたのはジタン。それに対し、クレイマー夫妻の後ろに控えるように立っていたキスティスが口を開いた。
「ジャンクションは、精神エネルギー体であるガーディアンフォースを自分の精神、つまりは脳にいわば接続する技術のこと。そしてその際に使うのが、脳の記憶野なの。記憶を繋げている神経ネットワークをG.F.に繋げることで彼らの力を自分のものとして使えるようになる。けれど、代わりに繋いでいた『線』を失った記憶は存在していたことすら忘れてしまう…」
「そんな…」
「実際、オレ達、石の家で育った事も、皆幼馴染だってことも、覚えちゃいなかったんだ」
「『線』が切れてしまっているだけで、記憶そのものを失くしたわけじゃないから、切欠があれば思い出せるのよ。でも、普通は自分が記憶を失くしている、という事実にも気づかないから」
石の家の子供たちの場合は、ジャンクション未使用だったアーヴァインによって、大事な記憶は思い出せたのだという。それでも、思い出す切欠のない、個々の様々な思い出は今も忘れられたままなのだろうし、記憶を失ったという自覚もないままだ。もしそこにどんなに美しい思い出があったとしても、自力でそれを取り戻す術はないのだ。
「2年前の魔女戦争終結後は、バラムガーデンもジャンクションは必要を認めた場合のみの許可制となりました。もっとも、スコールだけは常時ジャンクションが許されていましたが」
「スコールだけ?」
シドの説明に9人全員が反応した。記憶を失くすと判っているそれを、何故スコールだけは許されたのだ?
「スコールは1度、すべての記憶を失ったからです」


28


すべての記憶を失った   。
何故そんなことに?と視線で促せば、シドがこう答えた。
「それは、これからお話しする中で解ります」
そうして、再びイデアが話し始める。
「少し、私のこともお話ししなければいけません…。私は、子供の頃から魔女でした」
「え?」
9人に動揺が走った。魔女、そう聞いて彼らの脳裏に浮かぶのは、あの異世界で対峙した時を操る魔女・アルティミシアの姿。魔女の時の呪縛に苦戦した思い出は全員が持っているものだ。
「私の母も魔女でした。私は、母が亡くなる際に魔女の力を継承したのです。魔女は、魔女の力を持ったまま死ねませんから」
イデアは続ける。
「母は魔女であることを隠してはいませんでしたし、私も同様に振る舞いました。幸い、魔女を怖れたり、逆に利用しようとする人間は周囲にはいませんでした。私は極々普通の生活を送り、幸せな少女時代を経てこの人と出逢ったのです」
クレイマー夫妻が軽く目を合わせて微笑みあう。
「けれど、結婚してすぐに状況は激変しました。魔女アデルが、その力でエスタを支配し、世界侵略を開始したのです」
魔女の持つ強大な魔力とエスタの先進科学技術の併せ技で進められる侵略は、驚異的なスピードで世界を戦争へと巻き込んでいった。
「アデルの登場で、暫くの間歴史の中に忘れられていた魔女への畏怖が人々の間に甦りました。私たちには、それまでのような普通の人としての暮らしが難しくなってしまった。人目を避けるようにあちこちへ移り、そうしてあの石の家へと辿り着いたのです。私たちはそこで、各地を彷徨った間に出逢った身寄りのない子供たちを育てることにしました」
居住空間としては不便極まりなく見えたあの石の家で孤児院を営んでいた理由がここで判った。
「今から19年程前、戦争はある時突然終結しました。私たちには何があったのか知る由もありませんでしたが、エスタが突然兵を引き上げ一切の外交を絶って沈黙したのです」
「エスタで反アデル派のクーデターが成功したんだよ。アデルを封印して一切の外部接続を遮断する為に、人や物や情報の出入りも基本的にできなくなっちまった。クーデターは成功したものの、国内情勢が安定するまでに4、5年かかったぜ~」
ラグナが他人事のように語るが、その国内情勢の安定の為に奔走したのが他ならぬ大統領であるラグナなのだ。
「当時、石の家で育てた子供たちの中に、エルオーネもいました。あの子は他の子供たちよりも少し年上で、姉のような存在でした。そして魔女とは違う、特殊な能力を持っていました。その能力をエスタに狙われていたのです」
「クーデター成功後も、アデル派の連中が地下に潜って色々好ましくない事をやっていてね。エルオーネのことも執拗に狙ったらしい」
キロスが補足する。そういった不穏分子の掃討が完了するまで5年近く掛かった。
「別ルートで、エルオーネの力を更に研究したがったオダイン博士も彼女を血眼になって捜していたしね」
「私たちはエルオーネを守る為、彼女の為に船を用意し、秘密裏にあの子をそちらへ移しました。事情も解らぬまま、本当の姉のように慕っていたエルオーネを突然失ったスコールにはとても可哀想なことをしたと思います」
「スコールはそのエルオーネって人のこと、そんなに慕ってたのか?」
成長した姿しか知らない9人には想像し辛い、意外な言葉にバッツが呟く。
「エルオーネは実の両親を失ってスコールの母親に引き取られていたんです。スコールが生まれた瞬間にも立ち会ったと言っていましたし、本当の姉弟と言ってもおかしくはない関係なのですよ」
逆に、実の姉と言ってもいいほどの相手を幼いときに突然失った経験が、スコールの人格形成に大きな影響を及ぼしたことは間違いありません。
イデアはぽつりとそう零すと、意識を切り替えるように9人を見回した。
「あれは…15年ほど前、エルオーネを船へと乗せてまだ間もない頃。『おねえちゃんを捜す』と言って飛び出したスコールを追った私の前に、1人の少年と、瀕死の魔女が現れたのです」

魔女っ子理論1~14

1


DFFED後、それぞれが本来あるべき世界に戻ってから2年ほどの月日が流れた頃。
平和な生活を営んでいたコスモスの戦士たちの許で、ある日突然、本来の世界に還った後いつの間にか消えたと思われていたクリスタルが輝き始める。
「あの世界が自分を呼んでいる。何か自分を必要とする事態に陥っている」と確信した彼らは、クリスタルの輝きに身を委ねる。眩い光がおさまって、目を開ければそこは懐かしい異世界・秩序の聖域・・・。
もう二度と逢うことの叶わないと思っていた懐かしい仲間たちの姿に、彼らは再会を喜ぶが、そこにいてしかるべき仲間の姿がないことを疑問に思う。
その場に姿があるのは、ライト・フリオニール・オニオン・セシル・バッツ・ティナ・ジタンの7名。
7名は相変わらず突然の空間変異を繰り返す世界を巡り、残るクラウド・スコール・ティーダの姿を捜すが見当たらない。最後に辿りついた夢の終わりで立ち止まり、自分たちがここに喚ばれて、彼らが喚ばれない道理がないと考えたライト達は1つの推測をする。彼らはこちらに来られない事情があるのではないか、と。
しかし7名が揃った段階で何も起こらなかったことを考えると、10名全員が揃わなければ再びこの世界に喚ばれた意味は解らないのではないかという結論に達した彼らは、残る3名を迎えに行き、こちらに来られない事情があるのなら手助けしようと決意する。
けれど「どうやって?」と頭を捻った彼らの前に、突然見知らぬ少年が現れた。
「キミたちの力を貸して欲しいんだ」と少年は言う。
「僕たちの力だけじゃ、ダメかもしれない。僕たちの力は殆どなくなってしまったから。だけど、キミたちの力を借りれば、上手くいくと思う」
「上手くいくって、一体何が?」
警戒しつつもオニオンが問うと、少年は答えた。
「ティーダを、戻したいんだ」
戻したい。その表現に首を傾げる7人。だがライトが1歩進み出る。
「それで、彼の助けになるのだな?」
「うん」
その言葉に、彼らは頷きあう。それこそこちらの望むところだ。
「ありがとう。それじゃあ、行くよ」
少年の手が掲げられる。それに呼応するようにクリスタルが輝き始め、辺りを光が包む。
光が消えたとき、彼らは不思議な光が漂う場所に立っていた---



謎の少年に導かれるまま、見知らぬ世界へやってきた7名は、ゆらゆらと揺れる光が、夢の終わりに漂っていたものと同じであることに気づく。
「これって、ティーダの世界ってことでいいんだよな?」
バッツの問いに、恐らく、と頷く仲間たち。気づけばあの謎の少年の姿も見えない。どうすればいいのか、と戸惑っていると、どこかから声が聞こえてきた。
とりあえず声のする方へと行けば、何か大きな機械と対峙する者たちの姿が。向こうからこちらは見えないようだが、真ん中に立つ少女の言葉ははっきりと彼らの耳にも届く。
「いるはずの人たちがいない。一緒に喜びたかった人がいないの」
その言葉に、彼らは直感的に悟る。今、この世界に、ティーダはいないのだ、と。
彼らは、その場で、見知らぬ者達の戦いを見届ける。
戦いが終わり、彼女たちが何処かへと帰っていくのを見守っていると、謎の少年が姿を現した。
「ティーダは、僕らの長すぎる夢を終わらせるために頑張ってくれたんだ」
そういって、少年はこの世界に起きたことを掻い摘んで説明する。ティーダや、あのジェクトまでもが夢の存在であったという事実、ティーダが2年前、消滅する直前に異世界に喚ばれたことを聞き、彼らは当時のことに思いを馳せる。消えると知りながらいつも明るかったティーダの強さに驚嘆しながら。
「僕たちは、ティーダをあの子のところへ戻してあげたい」
「それってさ、つまり、アイツを召喚するってこと?」
ジタンが恐る恐る尋ねると、少年は頷いた。
「召喚って言っていいのか判らないけど、僕たちがもう一度ティーダの夢を見て、キミたちの力を借りて現実に連れて行く。僕たちの力はもう殆ど残ってないから、彼をずっと現実に留めることはできないんだ。でも、キミたちの持ってるそのクリスタルの力なら、ティーダを現実にすることができると思う」
「私たちは、どうすればいいの?」
「祈って欲しい。ティーダを戻したいって。還ってこいって呼びかけて欲しい」
7人はしっかりと頷くと、それぞれのクリスタルを胸に掲げる。光を放ち始めるクリスタル・・・。
「還って来い」
「ブリッツボール、教えてくれるんだろ?」
「じっとしてるなんて、ティーダらしくないと思うけど」
「君を、待ってる人がいるよ」
「おれ達だって、お前に会いたいよ!」
「聞こえてる?皆、待ってるの」
「レディを待たせちゃエースじゃないぜ?」
呼びかけに呼応するようにどんどん強くなるクリスタルの光。やがてそれが弾けて辺りが白く包まれる。
彼らの耳には「ありがとう」という少年の声が届いていた。



抜けるような青い空。その色を映す青い海。
ライト達7人は眩しい太陽の光の下に立っていた。彼らの眼に映るのは、あの少女と、そして彼らのよく知る仲間の姿。
「ティーダ!!」
駆け出したのはバッツとジタン、遅れてオニオンとフリオニールとティナ。その後をゆっくりライトとセシルが歩いていく。
「みんな…。みんなの声が聴こえたの、夢じゃなかったっスね!」
「おうよ、こっの、手間かけやがって~!」
バッツとジタンにタックルされて砂浜に転び、起き上がれば今度はオニオンにタックルされ。
「うわ、ネギっスか!?なんかデッカくなってる!」
「キミが暢気に寝てる間に、僕はちゃんと成長してるんだよ」
「生意気なトコは変わってないっス!」
一通り再会を喜びあったコスモスの戦士たちは、不思議そうに自分たちを見守っているユウナや他の仲間たちとも自己紹介を済ませ、この世界でティーダの知らない2年間に起こったことをティーダと共に聞く。そして彼らが再び異世界に喚ばれたことや、謎の少年に導かれてこの世界に来た事を話した。
「そっか。じゃあ、行かなきゃなんないっスね」
言葉と共に、ティーダは大切な相手を振り返る。
「行くんだね」
「今度はちゃんと帰ってくるからさ!ちゃんと、指笛鳴らすから。だから、待っててくれる…っスか?」
「もちろん!…私も、どうしても待てなくなったら、指笛鳴らすっス!」
「そしたら今度は絶対、ユウナんとこに駆けつけるから」
「駆けつけさせるから任せとけ!」
後ろでバッツが胸を叩くと、ユウナが笑って頷く。
「今度は、さよならじゃなくていいんだね。行ってらっしゃい、でいいんだよね」
「うん。行ってくるっス」
それぞれのクリスタルが輝き始める。ティーダの手にも、スフィアの形をしたクリスタルが現れ輝きだした。
いってらっしゃい、と手を振るユウナに、いってきます、と手を振り返すティーダ。
溢れる光の中にその姿が溶け込んでゆき。
次の瞬間、8人は異世界に戻っていた。



8人は次の行動を思案する。
「クラウドとスコール、どっちかのとこに行ければいいわけだが…」
フリオニールの言葉に、ティーダが疑問を挟んだ。
「オレのとこに来たときはどんなカンジだったんスか?」
状況を知らないティーダにフリオニールが説明すると、もしかして、とティーダが呟く。
「夢の終わりは、オレの世界の断片で、幻光虫も飛んでたから、祈り子の力が届いたってことじゃないかな」
「つまり、彼らの世界の断片に行けばなんとかなる、と?」
「となると、星の体内と、アルティミシア城か?」
かつて何度も戦いを繰り広げた2つの場所を思い浮かべ、彼らは思案する。
「確か、星の体内は、ライフストリーム、とかってクラウドが言ってた覚えがあるよ」
オニオンがそう言えば、そうね、とティナも頷いた。
「クラウドの世界…星を巡る、星の力そのものだって」
「幻光虫と似たようなもん、っスかね」
「アルティミシア城には、それっぽいもんないよな」
「スコールも、あの場所自体には特になんの拘りもなかったっぽいよな」
スコールと共に行動する機会の多かったバッツとジタンが、記憶を辿る。
「とりあえず、星の体内に行ってみるってことでいいんじゃないかな?」
セシルがそう提案すれば、ライトも頷いた。闇雲に動くより可能性の高いほうに賭けた方が懸命だという判断だ。
8人は星の体内までやってくる。
「ティーダの時は、どうしようかと思ってたらあの少年が現れたんだよな」
「今回も上手くいくといいけど…」
そう話していると、ライフストリームの動きがふっと、変わる。
「お願い、してもいいかな」
聴こえてきたのは、女性の声。8人は声の主の姿を捜すがどこにも見当たらない。
「クラウドの、お手伝い、してくれる?」
「お手伝いってなんだか可愛い響きね」
ティナがそう言うと、他の7人も苦笑する。
「いや~、それが結構バイオレンス?あいつも全然吹っ切ってないし」
突然、男性の声も聴こえてくる。
「我らで、手助けできることなのだな?」
ライトが見えない声の主に問い掛けると、姿は見えないまま、ふっと笑う気配だけがした。
「あんた達なら十分だ。…頼むよ」
その声に彼らは頷く。仲間を助けるのは当然だと。
「お願い、ね」
声と共に、ライフストリームが彼らの体を包んでいく。空間変異のときに感じるものより数倍強い浮遊感。
それが治まった時、彼らは灰色の空の下、見知らぬ大地に立っていた。



初めて見る景色。全体的にグレーがかった街並み。見たこともない造りの建物。
各々の暮らしてきた世界とは全く違うその景色に、思わず呆然と辺りを見回すライト達(除ティーダ)
クラウドに会う為に街の中で情報を集めようという結論に達したとき、街の中央にバハムートに似たモンスターが現れる。逃げ惑う街の人々を襲うモンスターを蹴散らしながら、バハムートらしきものの近くに辿りついた彼らは、そこで戦うクラウドとその仲間らしき者達の姿を発見した。
バハムート震を倒したクラウドは、そのまま、バイクに乗ってガダージュを追い掛けてしまう。果たしてこれ以上どうすればクラウドの手助けが出来るのか考える彼らに、再び声が呼びかける。
次の瞬間、彼らはまるで星の体内…つまりはライフストリームの中に立っていた。目の前でにこにこと笑いかけてくる長い茶色い髪の女性と、彼らの記憶にあるクラウドの服と同じものを来た黒髪の青年。
「クラウド、頑張ってる、よ」
そう言う彼女の後方に、激しい戦いを繰り広げるクラウドの姿が透けて見える。
「あいつが自分で吹っ切んなきゃいけないことなんだ」
「だから、見守って、ね?」
その言葉に、ただじっと、どんな些細な動きすらも見逃さないように、クラウドの戦いを見守る8人。
決着がついたと思われた直後、銃弾に倒れたクラウドの姿に、全員息を呑む。
「大丈夫、助けるよ」
黒髪の青年が言う。
「お手伝い、お願い」
「僕らはどうすればいいの?」
オニオンの問いに、彼女は微笑む。
「祈って」
青年は笑う。
「こんなとこ来てる場合じゃないだろ、て尻引っ叩いて帰してやってくれ」
その言葉に彼らは頷いた。
「それくらいならお安い御用だっ」
バッツ・ジタン・ティーダの声が重なった。
彼らの手の中で輝き始めるクリスタル。
「君は此処で終わるような者ではないだろう」
「まだ夢を叶えてないじゃないか」
「悩んでばかりじゃ進めないよって、前にも言ったじゃない」
「答え、君はもう見つけてるんじゃないかな」
「だーかーらー、迷う前に動けって!」
「たくさんの花が咲いてる世界、見よう?」
「待っててくれる人たち、いるんだろ?」
「バビューンと帰るっス!」
仲間たちの言葉に、彼と彼女が微笑んだ。
そしてクリスタルの光が溢れてライフストリームと混ざり合い…。
それは大きな波のように世界を覆った。



ミッドガルの教会に集まる人々。星痕症候群が治ったことを喜ぶ人々の中心にいるクラウドを、微笑んで見つめている2人と8人。
「お手伝い、ありがとう」
「これから色々あんだろうけど、あいつのこと、よろしく頼むわ」
慈しむような表情でクラウドの方を見遣った彼と彼女が消えていく。2人の気配を感じ取ったらしいクラウドが此方を見て、そのまま驚きに眼を見開いた。
近寄ってくるクラウドに「よっ!」と声を掛ける仲間たち。
「…声を聴いた気はしていたが…」
そう言うクラウドと、何事かと寄って来た、この世界でのクラウドの仲間たちにも事情を説明する8人。
「…解った」
クラウドが短く答えると、その手をきゅっと握る小さな手。
「クラウド、またどこか行っちゃうの?」
見上げてくるマリンの頭に手を置き、クラウドは「ああ」と答える。
「…帰ってくるよね?」
「帰ってこないなんて言わせないから」
クラウドが答えるより早く、ティファが言った。その後ろで「うんうん」と頷いているユフィとナナキ。
「ああ。大丈夫、ちゃんと帰ってくる」
微笑んで答えたクラウドに、マリンが安心したように手を放す。クラウドが異世界の仲間たちを見た。
「行くか」
その様子に、バッツが呟く。
「…なんか、クラウド、落ち着いたな~」
「つーか、ちょっとデカくなったよな?」
ティーダが首を捻る。
「20歳過ぎても伸びるヤツは伸びるってことか。よし!」
ガッツポーズを取るジタン。
「では行こうか」
ジタンのガッツポーズは無視してライトが言う。彼らの手に光るクリスタル。
クラウドの手にも、マテリアのようなクリスタルが現れ輝き始める。後ろでユフィが「マテリア!」と叫んでいるが、シドの手で口を塞がれる。
手を振るティファにクラウドが振り返り小さく頷いたとき、光が弾けた。
次の瞬間、9人は異世界の大地に立っていた---。



異世界へと戻ってきた9人は迷いなくアルティミシア城へとやってくる。
この場にいない最後の仲間・スコールを迎えに行かねばならない。
「でもここは、その幻光虫?とか、ライフストリーム?とか、そういうのは全くないが、大丈夫なのか?」
フリオニールの疑問は尤もで、夢の終わりも星の体内も、本来の世界と同じエネルギーがあったからこそ、あんなに簡単に接続することが出来たのだろうという推測は誰もが持っていた。
「ティーダの時もクラウドの時も、向こうから呼んでくれたからね」
「今回もそれを待つしかないってことか」
ただ、その呼んでくれる相手の力が、この場に届くのかどうか不安が残る。
「クリスタルが連れていってくれたりしないかな?」
ティナの言葉に、オニオンが首を振った。
「解らないけど…僕たちのクリスタルはスコールの世界を知らないから」
あちらから呼びかけ、導いてくれる力があれば、クリスタルの力はそれを助け彼らを向こうへと運んでくれるのだろう、と続ければ、「そっか、そうだよね」とティナは頷く。
自分たちではどうしようもない状況に、ただその場に佇むしかできない9人。
「待ってる間にスコールが自分でこっち来たりして」
「そしたら全部解決だよな~」
「こっちが行っても、何しに来た、とか不機嫌そうに言われたりして!」
「うわ、ありえる!」
バッツやジタンの軽口に、その場が和んだとき、クラウドがふと上空を見た。
「あれは…」
その言葉に、全員がクラウドの視線の先を見る。月明かりの天井からひらひらと落ちてくる白いもの。
「…白い、羽根?」
たった一枚の羽根がひらひらと彼らのところへ舞い落ちてくる。
「そういえばさ、2年前、皆が還るとき、スコールのとこに白い羽根が落ちてきて、スコール、それを持ってた」
オニオンが思い出したように言うと、全員が顔を見合わせる。
「この羽根が、導いてくれるということか」
ライトの呟きに、ティーダが同意しつつも首を捻った。
「でも、1枚だけって、頼りなくないっスか?」
「やはり、ここにはスコールの世界と繋がるようなエネルギーがないから、だろうな」
「その分、俺達が祈ればいいんじゃないか」
フリオニールが全員を見回す。それしかないと、全員が頷いた。
それぞれがクリスタルを手に祈る。輝きだすクリスタル。
この輝きが、あの羽根の導くところへ連れて行ってくれるように。
9人の想いが1つになった時、再び羽根がふわふわと舞い上がった。
そしてまた光の洪水。
それが止んだとき、彼らは海辺に立っていた。



青い空、青い海。穏やかな波打ち際。少し離れた向こうには白い壁の美しい街並みが見える。
「…なんか、スコールの世界っぽくない」
オニオンの言葉に盛大に頷くバッツ・ジタン・ティーダ。
「スコールの雰囲気からするとさ、クラウドの世界みたいなカンジの方が驚かないよなあ」
「個人のイメージで勝手に世界を想像するほうがおかしいだろう」
クラウドが尤もな意見を述べるが、そういう本人も内心では「意外だ」と思っているのだから始末に負えない。
「とりあえず、ここからどうするか、だな」
「スコールの世界に来さえすれば、すぐにどうにかなると思ってたんだけどな」
ティーダの時も、クラウドの時も、然程時間が経たないうちにすぐに状況に変化が生じたので、今回も、と単純に考えていたのだが、どうもここでは勝手が違うようだった。
「とにかくスコールに会う為の手がかりを探さなきゃならないな」
「その前に、まず最初に確認しなきゃいけないんじゃないかな」
セシルの言葉に首を傾げる一同。
「ここが本当に、スコールの世界なのかどうか、をね」
「……あ」
根本的なことに思い至っていなかったことに気づく8人。あの頼りない羽根1枚の導きで、本当に来るべき場所に来られたのかを確認するべきだった。
「お、釣りの爺さん発見!ちょっと訊いてくるっス!」
こういうときフットワークの軽いティーダが真っ先に駆け出していった。
人見知りも物怖じもしないティーダはこういう時には適任で、しばらく釣り人と話して帰ってくる。
「ここ、バラムってとこだって。バラムフィッシュが美味いらしいっス」
「そんなグルメ情報まで聞いてきてどうする」
クラウドが思わずツッコミを入れた。
「バラム…。スコールは元の世界の記憶殆ど憶えてなかったから、あんまりそういう話しなかったんだよな」
「私、覚えてるよ」
ティナが小さく手を挙げる。
「初めて会った時、皆自己紹介したでしょ。あのとき」
その言葉に、フリオニールも「そうだ」と続けた。
「そうだ、確かあいつの挨拶は…『スコール・レオンハート。バラムガーデンのSeeD…傭兵だ』って」
「じゃ、やっぱりここはスコールの世界なんだ!」
オニオンの顔がパッと輝く。
「行き先も決まってよかったね」
セシルも微笑む。
「そのバラムガーデンってとこに行けばスコールに会えるんだな!」
バッツの科白に、全員が頷いた。



バラムガーデンというところが、スコールの在籍する組織であり、戦闘に関する知識や技術を学ぶ傭兵養成機関だ、ということは以前スコールに聞いて知っていた。2年前に共に過ごした間、スコールは自身の本来の世界に関する記憶を殆ど忘れていた(自分の名すら判らないライトという存在の所為であまり目立たなかったが、実は記憶喪失の度合いはそのライトに次ぐ酷さだとだいぶ後になって判明したのだ)から、逆に言えば、9人がこの世界について持っている情報はたったそれだけしかない。
白い壁の眩しい街並みがこの大陸の中心地であるバラムの街で、バラムガーデンは9人が最初に降り立った浜辺を挟んで反対方向の、すこし内陸に入ったところにあると、釣り人に教えてもらった。普通なら車を使う距離だが、歩いていけないこともない、と。
「車って、荷馬車のことか?」
歩きながら極々真面目な顔で訊いたフリオニールの問いに、「荷馬車…じゃないっスね」とティーダが苦笑いして、自分では上手く説明できないとクラウドを見た。話を振られたクラウドも考えあぐねていたが、やがて口を開く。
「俺の世界に来たとき、俺がバイクに乗ってるのは見たんだろう?」
「ああ、あのすっごい速い乗り物!」
興味を持っていたのだろう、オニオンが反応した。
「俺のバイクは特殊だが…。普通は前輪と後輪の二輪のものをバイクと言う。車というのは、同じような仕組みを持った四輪の乗り物で、多人数の移動に適している」
「へぇ、そういう乗り物があるんだ」
そんな話をしながら、言われたままに歩いていると、やがて前方に大きな建物が見えてくる。大きな円形のそれこそが、彼らの目指すバラムガーデンなのだろう。
漸くスコールと再会できる、その思って敷地に入ろうするが、門は開かない。
「あんたら、ガーデン関係者じゃないなあ?カードリーダーにIDカードを通さんと門は開かんよ」
守衛の老人に言われ考え込むクラウド。ティーダはIDカードやカードリーダーというものがどういうものなのかを仲間たちに説明するのに必死だ。
「ここにいる知り合いに会いに来たんだが、話を通してもらえないだろうか」
「そりゃ構わんよ。生徒にここまで来てもらって身元を証明できれば来賓として入れるぞい」
老人の言葉にほっとした。何しろ、部外者どころか、この世界の住人ですらない自分達では、自力で身分証明など到底無理な話だ。
端末を弄っていた老人が「その知り合いの名は?」と尋ねてくる。
特に何の気構えもなく、クラウドはその名を口にした。
「スコール・レオンハート、だ」
「なんだって?」
老人が驚いた顔で彼らを見る。
その理由に全く見当がつかず、彼らは互いに顔を見合わせた。


10


「お前さん、今、スコール・レオンハート、と言ったかね?」
老人の確認の言葉にクラウドは頷く。
「あんたらは彼の知り合いかい?」
「ああ。2年前、特殊な状況で知り合ったんで、バラムガーデンのSeeDだ、ということしか聞いていない。こちらにも色々事情があって、あいつに会わねばならないんだが…。いないのか?」
クラウドの言葉を暫く反芻していたらしい老人は、厳しい表情のまま手許の端末でどこかに連絡を取り始めた。特殊な状況、という言葉に疑問を持たれるかと身構えていたクラウドはほっと息を吐く。おそらく、仲間たちの格好がここではプラスに働いたのだろうと冷静に判断する。何しろ仲間たちの格好ときたら、2年前と違って鎧姿ではないし武器を携えてはいないものの、この世界では明らかに異質なのだ。舞台衣装のまま出歩いているか、もしくはどこか僻地の民族衣装なのだと思われるのが関の山だろう。今回は恐らく後者だと判断されて、特殊な状況即ち世間の情報から取り残された辺境で出逢った少数民族くらいに思われたに違いない。
そのクラウドの後方で、小声で交わされる会話。
「なんか、あのじいさん、スコールの名前言った途端顔険しくなったよな?」
「あれだ、実はスコールは数々の悪行を重ねた問題児だったり」
「数々の悪行ってなんなのさ?」
「そりゃ、あれっスよ、真夜中に窓ガラス壊してまわったり、盗んだバイクで走り出したり」
「…お前たち、それを本人の前でも言ってみたらどうだ?」
「そんなことしたら、確実にヒールクラッシュであの世逝きになるだろ!」
そんな緊張感の欠片もない会話を続けていると、老人が「とりあえず来てくれ」と言っているのが聞こえる。
「どうやらここまで来てくれるみたいだね」
「やっと会えるね」
「時間が掛かったな」
9人はそこに無口で無愛想な仲間が現れることを疑っていなかった。
だが、暫くして低いモーター音を響かせて、不思議なボードに乗ってそこにやってきたのは。
「アンタたちが、スコールの知り合いって連中か?」
トサカのような金髪に、顔のタトゥーが印象的な、彼らの全く知らない人物だった。


11


トサカ頭の青年は、9人をしげしげと眺めている。
「男8人と女の子1人…。合ってるか」
何やらぶつぶつと呟くと、近寄ってきた。
「ええとよ、なんつったらいいんだ…?スコールと、一緒に任務を果たしたってのはアンタら?」
問い掛けている本人もよく解っていないらしいのに、問われたほうが瞬時に理解できるわけもなく、彼らは互いに顔を見合わせる。しばらく視線の意思疎通が行われた後、今この場では外国人ツアー客を連れた通訳のような立場で仲間の代表者扱いをされているクラウドが口を開いた。
「俺達は任務とは思っていなかったが、スコールは確かに任務、という表現をよく使っていたな」
それに頷いた青年は「じゃあ」と続ける。
「アンタらがスコールと会ったのって、『ここより遥かに遠い世界』?」
その問いに彼らは確信する。この青年はスコールから2年前の出来事を断片的にでも聞いているのだろう。
「ああ、そうだ」
「…わかった。とりあえず、中に入ってくれよ。爺さん、門開けてやってくれ!」
「ほいよ!」
トサカ頭の青年の案内で建物内へと入る9人。明らかに異質な衣装の彼らにあちこちから好奇の視線が投げられるが、それはお互い様で、彼らは彼らで何から何まで初めて見る光景に興味津々でキョロキョロ見回している。普段どちらかというと嗜め役に回る事の多いフリオニールまであちこち物珍しそうに見ているし、落ち着いた様子は崩さないライトすら、キョロキョロしたりはしないものの興味深げだ。
エレベーターに乗るときも「バブイルの次元エレベーター」だの「ルフェイン人の叡智」だの、なんだか壮大な話になって大盛り上がりだった。この世界の文明レベルに元々ついていけるが故に、その盛り上がりに入りきれないティーダが逆に悔しがるほどに。
エレベーターが3階に着くと、トサカ頭の青年に促されてとある部屋の前に立つ。
青年が横のパネルを押してシュッと開いたドアの先に立っていたのは、金髪の美女と、40代と思しき壮年の男性だった。


12


「彼らが、スコールのお知り合いという方々ですね?」
壮年の男性の言葉は彼らをここまで連れてきたトサカ頭の青年に対するものだ。
「そうだ…じゃない、そうです、学園長。たぶん、前にスコールが言ってた遠い世界の仲間、ってヤツ」
その言葉に学園長と呼ばれた男性は頷くと、彼らに座るよう勧める。
「あなたたちの話を聞かせてもらいたいんですが、いいですね?」
確認の言葉にライトが頷いた。
「構わない」
「ありがとう。申し遅れましたね。私はこのバラムガーデン学園長のシド・クレイマーといいます」
「SeeD兼教官のキスティス・トゥリープです」
「あ、オレはSeeDのゼル・ディン!よろしくな!」
「やだ、ゼル、貴方正門からここまで案内してくるのに名乗りもしなかったの?」
「いやだってよ、なんか色んなもん見て盛り上がってるから名乗りづらくてさ…」
ゼルが頭を搔きながら答えると、「色んなもん見て盛り上がって」いた自覚のある彼らも苦笑いするしかない。
とりあえず、シドに促されて応接用のソファに9人が腰を下ろし(と言っても実際ソファに座れたのはライト・クラウド・セシルの3名のみで後は、デスクチェアやどこかから持ってきた折り畳み椅子で何とか数を賄った)、その向かいのソファにシドが腰掛け、左右の一人掛けソファにキスティスとゼルがそれぞれ落ち着いたとき、奥の部屋から黒髪の女性がコーヒーを持ってやってきた。彼女は全員にコーヒーを配ると、シドの隣りに腰を下ろした。
「妻のイデアです。さあ、準備は整いました。私達は、2年前、スコールが何かとても特殊な体験をし、彼はそこで9人の仲間を得た。それだけしか知りません。あなたたちの知っている事を、最初から教えて貰いたいのです」
シドの科白に、ソファに座ったライト・クラウド・セシルは視線を交して頷く。
 この3名がソファに座ったのにはちゃんと彼らの中で理由があり、仲間たちのリーダーであるライト、恐らくこの世界の事情を一番理解できるであろうクラウド、そして仲間内で最もこういった状況説明を上手くこなせるだろうセシルとなったのだ。
その説明役のセシルが、クレイマー夫妻とゼル、キスティスの顔を順に見ながら口を開いた。
「始まりは、2年前、スコールを含め僕たち10名がとある場所に喚ばれたところからです」


13


穏やかな語り口調でセシルは順を追って話す。
彼ら全員が、それぞれ全く接点のない世界の住人であること。2年前、更にそれらの世界とは空間も時間も異なる、異次元とも言うべき異世界に召喚され、調和の神コスモスと混沌の神カオスの戦いに身を投じ、それがその閉じられた世界で繰り返されてきたらしいこと。最後の戦いで彼らはコスモスの戦士として戦いの輪廻を断ち切り、それぞれの世界へと還ったこと。もう2度と逢えないと思っていた彼らだったが、今になって突然、再び異世界へと喚ばれたこと。しかし、全員喚ばれただろうに、姿を見せない仲間がいたこと。恐らく、全員が揃わないと再び喚ばれた理由が判明しないだろうと推測されたこと。状況を打破するため、仲間を迎えに行こうと考えたこと。
「…解りました。見たところ、スコールが最後、ということですね?」
シドの言葉に、セシルが頷いた。
「こんなことが本当にあるのね…」
キスティスが頭の中を整理するように呟く。それに「そうね」と相槌を打って、今まで黙って聞いていたイデアが彼らを見回す。
「1つ、訊いてもいいかしら?」
「何か?」
「その、異世界から、こちらへは、そのクリスタル?だったかしら、その力で簡単に来られるものなの?」
「いいえ。今回のように自分たちの知らない世界へと来るためには、僕たちを導いてくれる力がないとたぶん無理です」
セシルの答えに、イデアとシド、キスティス、ゼルが顔を見合わせた。
「じゃあ、貴方達をここへ導いた存在がいるっていうこと?」
キスティスが問えば、「今回はすげー頼りなかったっスけどね」と彼女の近くに座っていたティーダが答えた。
「頼りない?」
「白い羽根1枚きりだったから」
「羽根ェ?それが連れてきてくれるなんて、よく信じられたな」
ゼルが驚いたように言うと、困ったようにティナが微笑む。
「2年前、あそこから還るとき、スコールが白い羽根持ってたから」
その言葉に、シド達が反応した。
「2年前、還ってくるときにも持っていたんですね?」
確認のセリフに、「はい」とティナが答えれば、シドがキスティスを見て口を開く。
「キスティス。至急、リノアに連絡を取って下さい」


14


シドの言葉に即座に「はい」と答えたキスティスが携帯電話を取り出した。
だが、彼女が操作するよりも早く、着信音が響きだす。
一瞬忌々しそうにディスプレイを眺めたキスティスは、渋々といった様子を隠さず通話ボタンを押した。
「はい。今取り込み中だから後に…って、ちょっと、なに」
部屋にいる全員がキスティスに注目している。尤も、この世界の文明に慣れない面々は、彼女が持っている小さな物体への興味で、だったが。
「なんでこんなノイズだらけなの?え?…エスタ?聞こえないってば!」
自分を注視する視線に、少し気拙そうな顔をしつつ、キスティスはノイズだらけの音声をなんとか拾っていた。
「はぁ!?迎えに来いって、貴方何処にいるのよ?…石の家!?なんでそんなとこに…え?待って、何でそんなとこにあの子が…って、ちょっと待ちなさいってば!サイファー!」
最後は叫ぶように声を荒げたキスティスが、呆然と自分の手の中の電話を見る。そうして1つ大きく溜息を吐くと、シドに向き直った。
「図らずも、ですが、リノアと連絡がつきました」
「リノアと?今の電話はサイファーからでしょう?」
その問いに疲れたように頷くと、「私にもさっぱり」と言って続ける。
「リノアと一緒に、石の家にいるんだそうです。行きは送ってもらったけれど、帰りの足がないから迎えをよこせ、と。…あんの、バカサイファー!」
最後のセリフは彼女の個人的な叫びだろう。まあまあ、と宥めたシドが今度はゼルの方を向いた。
「ゼル、すみませんが、ラグナロクの発進準備をお願いします」
「了解っ」
ゼルが勢いよく学園長室を飛び出していくと、シドは改めて9人に向き直った。
「スコールは、今、ここにはいません。あなた達を導いた力というのには、推測ですが心当たりがあります。ちょっと、場所を移しましょう」
「…わかった」
シドの言葉にライトが代表して答える。どの道、勝手の判らないこの世界で、スコールと再会する為には彼らの手を借りねばならないのだ。彼らに従うことに異論はなかった。
「学園長…」
不安げな様子のキスティスが声を掛けると、答えたのはシドではなく、イデアだった。彼女はキスティスの傍まで近寄ると、優しく肩を叩く。
「私たちも行きましょう。もしかしたら、彼らが、私たちがこの2年弱の間ずっと出せずにいた答えをだしてくれるのかもしれません」

魔女っ子理論

DFF発売以前から、密かに「クラスコってよくね?」と思っていた管理人が、「違う世界の住人であるクラウドとスコールをどうにかカップリングにする為にはどうしたらいいか」と考えた末に思いついたのが、この「魔女っ子理論」です。
簡単に言うと、
・別世界の住人
・クラウドにはジェノバ細胞がある為長寿(たぶん)
この2つの壁をクリアしてクラスコがくっつく土台を整える為の設定です。
元々考えていた設定に、より自然な(?)設定にするには丁度いい、とDFFの設定を追加したため、クラスコにはなんら関係のないエピソードも入りましたけど(^^ゞ
そして、普通に書いたら絶対書けない→でも折角考えたからどんなカンジなのかくらいはお披露目したい、ということで、日記にて粗筋連載となりました。
えらく長いですが!心理描写やら要らん小ネタやら色々入ってますが!
粗筋です。←ここ重要

・一部(最初の方)箇条書き
・本来もっと細かく書くべきシーンも端折って纏めてる
・会話文の連続
・土台を整える設定話なので健全。この段階でクラスコは恋愛感情ナシ
・公式カップリング準拠(特にスコリノはガッツリ)

以上の点を踏まえた上で、お読みくださいませ。

1~14 15~28 29~42 43~56 57~70 71~84
85~98 99~112 113~126 126~140 141~155