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Dawn Valley 9 -Especially persons to him 2.-




 相変わらずスコールの顔を見つめてぼうっと座りこんでいると、またドアの開く気配を感じる。
(…そういや、棺を移動させにくるって言ってたっけ…。)
ぼんやりとそんなことを考えながら、思考とは裏腹にその場から離れようとしない自分の体に苦笑する。
 だが、開いたドアから入ってきた靴音に、ラグナは目を伏せた。
ゆっくりとした靴音は、ドアからたいして離れていない位置で止まる。
「…それ以上は、近づかないでくれ。」
彼がそれ以上こちらに近づくことなどしないと解っていながら、ラグナは敢えてそう口にした。
靴音の主は何も言わない。
「……微笑ってただろ。見たことないくらい綺麗にさ。」
誰が、とも、いつ、とも言わない。それでも、彼には通じるはず。
「ああ。」
思った通り、彼には通じた。
そのことに安堵しながら、考えてみれば、とラグナは1人で低く小さく笑った。
考えてみれば、通じるも何も彼と自分の間で話題になるべき人物は1人しかいないのだから、解らないほうがおかしい。
「それなら、いいんだ。」
ラグナがそう言うと、彼は初めて自分から口を開いた。
「…俺は、あんたに許しを乞うつもりはない。」
凛としたその声と、その言葉を聞いた時、心の底からほっとした自分にラグナは苦笑した。
(…ほっとしてどうするんだよ。普通、怒るんじゃないのか?)
自分自身にそう問い掛けても、やはり自分を包むのは安堵だった。
 自分の息子を殺した男のセリフに。
 安堵している父親なんて、悲しいほどに滑稽で。
 けれど、もし、彼から許しを乞われたときの怒りは。
 きっと、自分の持てるすべての力を使って、彼を追い込み傷つけるだろう。
 彼が許しを乞うということは。
 即ち、自分の息子の時間を止めたことを、後悔しているということ。
 彼が下した判断が。彼が起こした行動が。
 過ちであったと認めること。
 この場に眠る息子の決意を。決断を。
 否定するということ。
 静かに決断して、その結果に満足して逝った息子の人生を。
 何の意味もなかったことにするということ。
「……。」
けれど、息子を殺された父親が、許しを乞わないという犯人に対して「それでいい」と言うのも何かおかしな気がして。結局、何も言葉が浮かばずに、ラグナは沈黙を守った。
 しばらくの静寂の後。
彼は何も言わずに踵を返し、部屋を出ていこうとする。
それを音と気配で感じながら、ラグナはポツリと言った。
「…ありがとう。」
ドアの手前で彼は、振りかえることなく立ち止まった。
「スコールを。…息子のこと、理解してくれて。望みを叶えてやってくれて、ありがとう。」
何も言わずに彼は出ていった。
「スコール…。彼は、もうすぐおまえのとこへ行くよ。」
眠るスコールにそっと話し掛ける。
 それは、予感ではなく、確信。
だからこそ、彼は棺の中で眠るスコールを見ようともしなかった。
まるで、抜け殻になど用はないのだと言うように。
「抜け殻に用があるのは、俺たちか…。」
ラグナは立ちあがった。彼が出ていったのを合図にして、係の人間が棺を移動させに来るだろう。儀式を始めるために。
 抜け殻を必要とする儀式。
 儀式を必要とする残された人々。
滑稽だとは思っても、それが下らないとは思わない。
今日の儀式に参加する者たちの大部分にとって、それは単なる形式に過ぎないけれど。
ラグナ自身を含めて、スコールの死に耐え難い喪失感を抱いている者たちにとって、これはやはり重要な儀式なのだ。
意識を喪失感に侵されて、自身の日常に向き合うことを忘れている自分たちを、日常へと戻すための儀式。
儀式というのは、それを行う者に次の行動のきっかけを与えるものなのだと、知った。
 自分は生きている。やらなければいけない仕事もある。
わかっていながらそれでも、ぼんやりと立ち止まっている自分を日常へ還すために。
ラグナは部屋の外へと歩き出した。




もう1度だけ、冷たい息子の頬に触れて。


to Dawn Valley 10. -World.2.-