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魔女っ子理論1~14

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DFFED後、それぞれが本来あるべき世界に戻ってから2年ほどの月日が流れた頃。
平和な生活を営んでいたコスモスの戦士たちの許で、ある日突然、本来の世界に還った後いつの間にか消えたと思われていたクリスタルが輝き始める。
「あの世界が自分を呼んでいる。何か自分を必要とする事態に陥っている」と確信した彼らは、クリスタルの輝きに身を委ねる。眩い光がおさまって、目を開ければそこは懐かしい異世界・秩序の聖域・・・。
もう二度と逢うことの叶わないと思っていた懐かしい仲間たちの姿に、彼らは再会を喜ぶが、そこにいてしかるべき仲間の姿がないことを疑問に思う。
その場に姿があるのは、ライト・フリオニール・オニオン・セシル・バッツ・ティナ・ジタンの7名。
7名は相変わらず突然の空間変異を繰り返す世界を巡り、残るクラウド・スコール・ティーダの姿を捜すが見当たらない。最後に辿りついた夢の終わりで立ち止まり、自分たちがここに喚ばれて、彼らが喚ばれない道理がないと考えたライト達は1つの推測をする。彼らはこちらに来られない事情があるのではないか、と。
しかし7名が揃った段階で何も起こらなかったことを考えると、10名全員が揃わなければ再びこの世界に喚ばれた意味は解らないのではないかという結論に達した彼らは、残る3名を迎えに行き、こちらに来られない事情があるのなら手助けしようと決意する。
けれど「どうやって?」と頭を捻った彼らの前に、突然見知らぬ少年が現れた。
「キミたちの力を貸して欲しいんだ」と少年は言う。
「僕たちの力だけじゃ、ダメかもしれない。僕たちの力は殆どなくなってしまったから。だけど、キミたちの力を借りれば、上手くいくと思う」
「上手くいくって、一体何が?」
警戒しつつもオニオンが問うと、少年は答えた。
「ティーダを、戻したいんだ」
戻したい。その表現に首を傾げる7人。だがライトが1歩進み出る。
「それで、彼の助けになるのだな?」
「うん」
その言葉に、彼らは頷きあう。それこそこちらの望むところだ。
「ありがとう。それじゃあ、行くよ」
少年の手が掲げられる。それに呼応するようにクリスタルが輝き始め、辺りを光が包む。
光が消えたとき、彼らは不思議な光が漂う場所に立っていた---



謎の少年に導かれるまま、見知らぬ世界へやってきた7名は、ゆらゆらと揺れる光が、夢の終わりに漂っていたものと同じであることに気づく。
「これって、ティーダの世界ってことでいいんだよな?」
バッツの問いに、恐らく、と頷く仲間たち。気づけばあの謎の少年の姿も見えない。どうすればいいのか、と戸惑っていると、どこかから声が聞こえてきた。
とりあえず声のする方へと行けば、何か大きな機械と対峙する者たちの姿が。向こうからこちらは見えないようだが、真ん中に立つ少女の言葉ははっきりと彼らの耳にも届く。
「いるはずの人たちがいない。一緒に喜びたかった人がいないの」
その言葉に、彼らは直感的に悟る。今、この世界に、ティーダはいないのだ、と。
彼らは、その場で、見知らぬ者達の戦いを見届ける。
戦いが終わり、彼女たちが何処かへと帰っていくのを見守っていると、謎の少年が姿を現した。
「ティーダは、僕らの長すぎる夢を終わらせるために頑張ってくれたんだ」
そういって、少年はこの世界に起きたことを掻い摘んで説明する。ティーダや、あのジェクトまでもが夢の存在であったという事実、ティーダが2年前、消滅する直前に異世界に喚ばれたことを聞き、彼らは当時のことに思いを馳せる。消えると知りながらいつも明るかったティーダの強さに驚嘆しながら。
「僕たちは、ティーダをあの子のところへ戻してあげたい」
「それってさ、つまり、アイツを召喚するってこと?」
ジタンが恐る恐る尋ねると、少年は頷いた。
「召喚って言っていいのか判らないけど、僕たちがもう一度ティーダの夢を見て、キミたちの力を借りて現実に連れて行く。僕たちの力はもう殆ど残ってないから、彼をずっと現実に留めることはできないんだ。でも、キミたちの持ってるそのクリスタルの力なら、ティーダを現実にすることができると思う」
「私たちは、どうすればいいの?」
「祈って欲しい。ティーダを戻したいって。還ってこいって呼びかけて欲しい」
7人はしっかりと頷くと、それぞれのクリスタルを胸に掲げる。光を放ち始めるクリスタル・・・。
「還って来い」
「ブリッツボール、教えてくれるんだろ?」
「じっとしてるなんて、ティーダらしくないと思うけど」
「君を、待ってる人がいるよ」
「おれ達だって、お前に会いたいよ!」
「聞こえてる?皆、待ってるの」
「レディを待たせちゃエースじゃないぜ?」
呼びかけに呼応するようにどんどん強くなるクリスタルの光。やがてそれが弾けて辺りが白く包まれる。
彼らの耳には「ありがとう」という少年の声が届いていた。



抜けるような青い空。その色を映す青い海。
ライト達7人は眩しい太陽の光の下に立っていた。彼らの眼に映るのは、あの少女と、そして彼らのよく知る仲間の姿。
「ティーダ!!」
駆け出したのはバッツとジタン、遅れてオニオンとフリオニールとティナ。その後をゆっくりライトとセシルが歩いていく。
「みんな…。みんなの声が聴こえたの、夢じゃなかったっスね!」
「おうよ、こっの、手間かけやがって~!」
バッツとジタンにタックルされて砂浜に転び、起き上がれば今度はオニオンにタックルされ。
「うわ、ネギっスか!?なんかデッカくなってる!」
「キミが暢気に寝てる間に、僕はちゃんと成長してるんだよ」
「生意気なトコは変わってないっス!」
一通り再会を喜びあったコスモスの戦士たちは、不思議そうに自分たちを見守っているユウナや他の仲間たちとも自己紹介を済ませ、この世界でティーダの知らない2年間に起こったことをティーダと共に聞く。そして彼らが再び異世界に喚ばれたことや、謎の少年に導かれてこの世界に来た事を話した。
「そっか。じゃあ、行かなきゃなんないっスね」
言葉と共に、ティーダは大切な相手を振り返る。
「行くんだね」
「今度はちゃんと帰ってくるからさ!ちゃんと、指笛鳴らすから。だから、待っててくれる…っスか?」
「もちろん!…私も、どうしても待てなくなったら、指笛鳴らすっス!」
「そしたら今度は絶対、ユウナんとこに駆けつけるから」
「駆けつけさせるから任せとけ!」
後ろでバッツが胸を叩くと、ユウナが笑って頷く。
「今度は、さよならじゃなくていいんだね。行ってらっしゃい、でいいんだよね」
「うん。行ってくるっス」
それぞれのクリスタルが輝き始める。ティーダの手にも、スフィアの形をしたクリスタルが現れ輝きだした。
いってらっしゃい、と手を振るユウナに、いってきます、と手を振り返すティーダ。
溢れる光の中にその姿が溶け込んでゆき。
次の瞬間、8人は異世界に戻っていた。



8人は次の行動を思案する。
「クラウドとスコール、どっちかのとこに行ければいいわけだが…」
フリオニールの言葉に、ティーダが疑問を挟んだ。
「オレのとこに来たときはどんなカンジだったんスか?」
状況を知らないティーダにフリオニールが説明すると、もしかして、とティーダが呟く。
「夢の終わりは、オレの世界の断片で、幻光虫も飛んでたから、祈り子の力が届いたってことじゃないかな」
「つまり、彼らの世界の断片に行けばなんとかなる、と?」
「となると、星の体内と、アルティミシア城か?」
かつて何度も戦いを繰り広げた2つの場所を思い浮かべ、彼らは思案する。
「確か、星の体内は、ライフストリーム、とかってクラウドが言ってた覚えがあるよ」
オニオンがそう言えば、そうね、とティナも頷いた。
「クラウドの世界…星を巡る、星の力そのものだって」
「幻光虫と似たようなもん、っスかね」
「アルティミシア城には、それっぽいもんないよな」
「スコールも、あの場所自体には特になんの拘りもなかったっぽいよな」
スコールと共に行動する機会の多かったバッツとジタンが、記憶を辿る。
「とりあえず、星の体内に行ってみるってことでいいんじゃないかな?」
セシルがそう提案すれば、ライトも頷いた。闇雲に動くより可能性の高いほうに賭けた方が懸命だという判断だ。
8人は星の体内までやってくる。
「ティーダの時は、どうしようかと思ってたらあの少年が現れたんだよな」
「今回も上手くいくといいけど…」
そう話していると、ライフストリームの動きがふっと、変わる。
「お願い、してもいいかな」
聴こえてきたのは、女性の声。8人は声の主の姿を捜すがどこにも見当たらない。
「クラウドの、お手伝い、してくれる?」
「お手伝いってなんだか可愛い響きね」
ティナがそう言うと、他の7人も苦笑する。
「いや~、それが結構バイオレンス?あいつも全然吹っ切ってないし」
突然、男性の声も聴こえてくる。
「我らで、手助けできることなのだな?」
ライトが見えない声の主に問い掛けると、姿は見えないまま、ふっと笑う気配だけがした。
「あんた達なら十分だ。…頼むよ」
その声に彼らは頷く。仲間を助けるのは当然だと。
「お願い、ね」
声と共に、ライフストリームが彼らの体を包んでいく。空間変異のときに感じるものより数倍強い浮遊感。
それが治まった時、彼らは灰色の空の下、見知らぬ大地に立っていた。



初めて見る景色。全体的にグレーがかった街並み。見たこともない造りの建物。
各々の暮らしてきた世界とは全く違うその景色に、思わず呆然と辺りを見回すライト達(除ティーダ)
クラウドに会う為に街の中で情報を集めようという結論に達したとき、街の中央にバハムートに似たモンスターが現れる。逃げ惑う街の人々を襲うモンスターを蹴散らしながら、バハムートらしきものの近くに辿りついた彼らは、そこで戦うクラウドとその仲間らしき者達の姿を発見した。
バハムート震を倒したクラウドは、そのまま、バイクに乗ってガダージュを追い掛けてしまう。果たしてこれ以上どうすればクラウドの手助けが出来るのか考える彼らに、再び声が呼びかける。
次の瞬間、彼らはまるで星の体内…つまりはライフストリームの中に立っていた。目の前でにこにこと笑いかけてくる長い茶色い髪の女性と、彼らの記憶にあるクラウドの服と同じものを来た黒髪の青年。
「クラウド、頑張ってる、よ」
そう言う彼女の後方に、激しい戦いを繰り広げるクラウドの姿が透けて見える。
「あいつが自分で吹っ切んなきゃいけないことなんだ」
「だから、見守って、ね?」
その言葉に、ただじっと、どんな些細な動きすらも見逃さないように、クラウドの戦いを見守る8人。
決着がついたと思われた直後、銃弾に倒れたクラウドの姿に、全員息を呑む。
「大丈夫、助けるよ」
黒髪の青年が言う。
「お手伝い、お願い」
「僕らはどうすればいいの?」
オニオンの問いに、彼女は微笑む。
「祈って」
青年は笑う。
「こんなとこ来てる場合じゃないだろ、て尻引っ叩いて帰してやってくれ」
その言葉に彼らは頷いた。
「それくらいならお安い御用だっ」
バッツ・ジタン・ティーダの声が重なった。
彼らの手の中で輝き始めるクリスタル。
「君は此処で終わるような者ではないだろう」
「まだ夢を叶えてないじゃないか」
「悩んでばかりじゃ進めないよって、前にも言ったじゃない」
「答え、君はもう見つけてるんじゃないかな」
「だーかーらー、迷う前に動けって!」
「たくさんの花が咲いてる世界、見よう?」
「待っててくれる人たち、いるんだろ?」
「バビューンと帰るっス!」
仲間たちの言葉に、彼と彼女が微笑んだ。
そしてクリスタルの光が溢れてライフストリームと混ざり合い…。
それは大きな波のように世界を覆った。



ミッドガルの教会に集まる人々。星痕症候群が治ったことを喜ぶ人々の中心にいるクラウドを、微笑んで見つめている2人と8人。
「お手伝い、ありがとう」
「これから色々あんだろうけど、あいつのこと、よろしく頼むわ」
慈しむような表情でクラウドの方を見遣った彼と彼女が消えていく。2人の気配を感じ取ったらしいクラウドが此方を見て、そのまま驚きに眼を見開いた。
近寄ってくるクラウドに「よっ!」と声を掛ける仲間たち。
「…声を聴いた気はしていたが…」
そう言うクラウドと、何事かと寄って来た、この世界でのクラウドの仲間たちにも事情を説明する8人。
「…解った」
クラウドが短く答えると、その手をきゅっと握る小さな手。
「クラウド、またどこか行っちゃうの?」
見上げてくるマリンの頭に手を置き、クラウドは「ああ」と答える。
「…帰ってくるよね?」
「帰ってこないなんて言わせないから」
クラウドが答えるより早く、ティファが言った。その後ろで「うんうん」と頷いているユフィとナナキ。
「ああ。大丈夫、ちゃんと帰ってくる」
微笑んで答えたクラウドに、マリンが安心したように手を放す。クラウドが異世界の仲間たちを見た。
「行くか」
その様子に、バッツが呟く。
「…なんか、クラウド、落ち着いたな~」
「つーか、ちょっとデカくなったよな?」
ティーダが首を捻る。
「20歳過ぎても伸びるヤツは伸びるってことか。よし!」
ガッツポーズを取るジタン。
「では行こうか」
ジタンのガッツポーズは無視してライトが言う。彼らの手に光るクリスタル。
クラウドの手にも、マテリアのようなクリスタルが現れ輝き始める。後ろでユフィが「マテリア!」と叫んでいるが、シドの手で口を塞がれる。
手を振るティファにクラウドが振り返り小さく頷いたとき、光が弾けた。
次の瞬間、9人は異世界の大地に立っていた---。



異世界へと戻ってきた9人は迷いなくアルティミシア城へとやってくる。
この場にいない最後の仲間・スコールを迎えに行かねばならない。
「でもここは、その幻光虫?とか、ライフストリーム?とか、そういうのは全くないが、大丈夫なのか?」
フリオニールの疑問は尤もで、夢の終わりも星の体内も、本来の世界と同じエネルギーがあったからこそ、あんなに簡単に接続することが出来たのだろうという推測は誰もが持っていた。
「ティーダの時もクラウドの時も、向こうから呼んでくれたからね」
「今回もそれを待つしかないってことか」
ただ、その呼んでくれる相手の力が、この場に届くのかどうか不安が残る。
「クリスタルが連れていってくれたりしないかな?」
ティナの言葉に、オニオンが首を振った。
「解らないけど…僕たちのクリスタルはスコールの世界を知らないから」
あちらから呼びかけ、導いてくれる力があれば、クリスタルの力はそれを助け彼らを向こうへと運んでくれるのだろう、と続ければ、「そっか、そうだよね」とティナは頷く。
自分たちではどうしようもない状況に、ただその場に佇むしかできない9人。
「待ってる間にスコールが自分でこっち来たりして」
「そしたら全部解決だよな~」
「こっちが行っても、何しに来た、とか不機嫌そうに言われたりして!」
「うわ、ありえる!」
バッツやジタンの軽口に、その場が和んだとき、クラウドがふと上空を見た。
「あれは…」
その言葉に、全員がクラウドの視線の先を見る。月明かりの天井からひらひらと落ちてくる白いもの。
「…白い、羽根?」
たった一枚の羽根がひらひらと彼らのところへ舞い落ちてくる。
「そういえばさ、2年前、皆が還るとき、スコールのとこに白い羽根が落ちてきて、スコール、それを持ってた」
オニオンが思い出したように言うと、全員が顔を見合わせる。
「この羽根が、導いてくれるということか」
ライトの呟きに、ティーダが同意しつつも首を捻った。
「でも、1枚だけって、頼りなくないっスか?」
「やはり、ここにはスコールの世界と繋がるようなエネルギーがないから、だろうな」
「その分、俺達が祈ればいいんじゃないか」
フリオニールが全員を見回す。それしかないと、全員が頷いた。
それぞれがクリスタルを手に祈る。輝きだすクリスタル。
この輝きが、あの羽根の導くところへ連れて行ってくれるように。
9人の想いが1つになった時、再び羽根がふわふわと舞い上がった。
そしてまた光の洪水。
それが止んだとき、彼らは海辺に立っていた。



青い空、青い海。穏やかな波打ち際。少し離れた向こうには白い壁の美しい街並みが見える。
「…なんか、スコールの世界っぽくない」
オニオンの言葉に盛大に頷くバッツ・ジタン・ティーダ。
「スコールの雰囲気からするとさ、クラウドの世界みたいなカンジの方が驚かないよなあ」
「個人のイメージで勝手に世界を想像するほうがおかしいだろう」
クラウドが尤もな意見を述べるが、そういう本人も内心では「意外だ」と思っているのだから始末に負えない。
「とりあえず、ここからどうするか、だな」
「スコールの世界に来さえすれば、すぐにどうにかなると思ってたんだけどな」
ティーダの時も、クラウドの時も、然程時間が経たないうちにすぐに状況に変化が生じたので、今回も、と単純に考えていたのだが、どうもここでは勝手が違うようだった。
「とにかくスコールに会う為の手がかりを探さなきゃならないな」
「その前に、まず最初に確認しなきゃいけないんじゃないかな」
セシルの言葉に首を傾げる一同。
「ここが本当に、スコールの世界なのかどうか、をね」
「……あ」
根本的なことに思い至っていなかったことに気づく8人。あの頼りない羽根1枚の導きで、本当に来るべき場所に来られたのかを確認するべきだった。
「お、釣りの爺さん発見!ちょっと訊いてくるっス!」
こういうときフットワークの軽いティーダが真っ先に駆け出していった。
人見知りも物怖じもしないティーダはこういう時には適任で、しばらく釣り人と話して帰ってくる。
「ここ、バラムってとこだって。バラムフィッシュが美味いらしいっス」
「そんなグルメ情報まで聞いてきてどうする」
クラウドが思わずツッコミを入れた。
「バラム…。スコールは元の世界の記憶殆ど憶えてなかったから、あんまりそういう話しなかったんだよな」
「私、覚えてるよ」
ティナが小さく手を挙げる。
「初めて会った時、皆自己紹介したでしょ。あのとき」
その言葉に、フリオニールも「そうだ」と続けた。
「そうだ、確かあいつの挨拶は…『スコール・レオンハート。バラムガーデンのSeeD…傭兵だ』って」
「じゃ、やっぱりここはスコールの世界なんだ!」
オニオンの顔がパッと輝く。
「行き先も決まってよかったね」
セシルも微笑む。
「そのバラムガーデンってとこに行けばスコールに会えるんだな!」
バッツの科白に、全員が頷いた。



バラムガーデンというところが、スコールの在籍する組織であり、戦闘に関する知識や技術を学ぶ傭兵養成機関だ、ということは以前スコールに聞いて知っていた。2年前に共に過ごした間、スコールは自身の本来の世界に関する記憶を殆ど忘れていた(自分の名すら判らないライトという存在の所為であまり目立たなかったが、実は記憶喪失の度合いはそのライトに次ぐ酷さだとだいぶ後になって判明したのだ)から、逆に言えば、9人がこの世界について持っている情報はたったそれだけしかない。
白い壁の眩しい街並みがこの大陸の中心地であるバラムの街で、バラムガーデンは9人が最初に降り立った浜辺を挟んで反対方向の、すこし内陸に入ったところにあると、釣り人に教えてもらった。普通なら車を使う距離だが、歩いていけないこともない、と。
「車って、荷馬車のことか?」
歩きながら極々真面目な顔で訊いたフリオニールの問いに、「荷馬車…じゃないっスね」とティーダが苦笑いして、自分では上手く説明できないとクラウドを見た。話を振られたクラウドも考えあぐねていたが、やがて口を開く。
「俺の世界に来たとき、俺がバイクに乗ってるのは見たんだろう?」
「ああ、あのすっごい速い乗り物!」
興味を持っていたのだろう、オニオンが反応した。
「俺のバイクは特殊だが…。普通は前輪と後輪の二輪のものをバイクと言う。車というのは、同じような仕組みを持った四輪の乗り物で、多人数の移動に適している」
「へぇ、そういう乗り物があるんだ」
そんな話をしながら、言われたままに歩いていると、やがて前方に大きな建物が見えてくる。大きな円形のそれこそが、彼らの目指すバラムガーデンなのだろう。
漸くスコールと再会できる、その思って敷地に入ろうするが、門は開かない。
「あんたら、ガーデン関係者じゃないなあ?カードリーダーにIDカードを通さんと門は開かんよ」
守衛の老人に言われ考え込むクラウド。ティーダはIDカードやカードリーダーというものがどういうものなのかを仲間たちに説明するのに必死だ。
「ここにいる知り合いに会いに来たんだが、話を通してもらえないだろうか」
「そりゃ構わんよ。生徒にここまで来てもらって身元を証明できれば来賓として入れるぞい」
老人の言葉にほっとした。何しろ、部外者どころか、この世界の住人ですらない自分達では、自力で身分証明など到底無理な話だ。
端末を弄っていた老人が「その知り合いの名は?」と尋ねてくる。
特に何の気構えもなく、クラウドはその名を口にした。
「スコール・レオンハート、だ」
「なんだって?」
老人が驚いた顔で彼らを見る。
その理由に全く見当がつかず、彼らは互いに顔を見合わせた。


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「お前さん、今、スコール・レオンハート、と言ったかね?」
老人の確認の言葉にクラウドは頷く。
「あんたらは彼の知り合いかい?」
「ああ。2年前、特殊な状況で知り合ったんで、バラムガーデンのSeeDだ、ということしか聞いていない。こちらにも色々事情があって、あいつに会わねばならないんだが…。いないのか?」
クラウドの言葉を暫く反芻していたらしい老人は、厳しい表情のまま手許の端末でどこかに連絡を取り始めた。特殊な状況、という言葉に疑問を持たれるかと身構えていたクラウドはほっと息を吐く。おそらく、仲間たちの格好がここではプラスに働いたのだろうと冷静に判断する。何しろ仲間たちの格好ときたら、2年前と違って鎧姿ではないし武器を携えてはいないものの、この世界では明らかに異質なのだ。舞台衣装のまま出歩いているか、もしくはどこか僻地の民族衣装なのだと思われるのが関の山だろう。今回は恐らく後者だと判断されて、特殊な状況即ち世間の情報から取り残された辺境で出逢った少数民族くらいに思われたに違いない。
そのクラウドの後方で、小声で交わされる会話。
「なんか、あのじいさん、スコールの名前言った途端顔険しくなったよな?」
「あれだ、実はスコールは数々の悪行を重ねた問題児だったり」
「数々の悪行ってなんなのさ?」
「そりゃ、あれっスよ、真夜中に窓ガラス壊してまわったり、盗んだバイクで走り出したり」
「…お前たち、それを本人の前でも言ってみたらどうだ?」
「そんなことしたら、確実にヒールクラッシュであの世逝きになるだろ!」
そんな緊張感の欠片もない会話を続けていると、老人が「とりあえず来てくれ」と言っているのが聞こえる。
「どうやらここまで来てくれるみたいだね」
「やっと会えるね」
「時間が掛かったな」
9人はそこに無口で無愛想な仲間が現れることを疑っていなかった。
だが、暫くして低いモーター音を響かせて、不思議なボードに乗ってそこにやってきたのは。
「アンタたちが、スコールの知り合いって連中か?」
トサカのような金髪に、顔のタトゥーが印象的な、彼らの全く知らない人物だった。


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トサカ頭の青年は、9人をしげしげと眺めている。
「男8人と女の子1人…。合ってるか」
何やらぶつぶつと呟くと、近寄ってきた。
「ええとよ、なんつったらいいんだ…?スコールと、一緒に任務を果たしたってのはアンタら?」
問い掛けている本人もよく解っていないらしいのに、問われたほうが瞬時に理解できるわけもなく、彼らは互いに顔を見合わせる。しばらく視線の意思疎通が行われた後、今この場では外国人ツアー客を連れた通訳のような立場で仲間の代表者扱いをされているクラウドが口を開いた。
「俺達は任務とは思っていなかったが、スコールは確かに任務、という表現をよく使っていたな」
それに頷いた青年は「じゃあ」と続ける。
「アンタらがスコールと会ったのって、『ここより遥かに遠い世界』?」
その問いに彼らは確信する。この青年はスコールから2年前の出来事を断片的にでも聞いているのだろう。
「ああ、そうだ」
「…わかった。とりあえず、中に入ってくれよ。爺さん、門開けてやってくれ!」
「ほいよ!」
トサカ頭の青年の案内で建物内へと入る9人。明らかに異質な衣装の彼らにあちこちから好奇の視線が投げられるが、それはお互い様で、彼らは彼らで何から何まで初めて見る光景に興味津々でキョロキョロ見回している。普段どちらかというと嗜め役に回る事の多いフリオニールまであちこち物珍しそうに見ているし、落ち着いた様子は崩さないライトすら、キョロキョロしたりはしないものの興味深げだ。
エレベーターに乗るときも「バブイルの次元エレベーター」だの「ルフェイン人の叡智」だの、なんだか壮大な話になって大盛り上がりだった。この世界の文明レベルに元々ついていけるが故に、その盛り上がりに入りきれないティーダが逆に悔しがるほどに。
エレベーターが3階に着くと、トサカ頭の青年に促されてとある部屋の前に立つ。
青年が横のパネルを押してシュッと開いたドアの先に立っていたのは、金髪の美女と、40代と思しき壮年の男性だった。


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「彼らが、スコールのお知り合いという方々ですね?」
壮年の男性の言葉は彼らをここまで連れてきたトサカ頭の青年に対するものだ。
「そうだ…じゃない、そうです、学園長。たぶん、前にスコールが言ってた遠い世界の仲間、ってヤツ」
その言葉に学園長と呼ばれた男性は頷くと、彼らに座るよう勧める。
「あなたたちの話を聞かせてもらいたいんですが、いいですね?」
確認の言葉にライトが頷いた。
「構わない」
「ありがとう。申し遅れましたね。私はこのバラムガーデン学園長のシド・クレイマーといいます」
「SeeD兼教官のキスティス・トゥリープです」
「あ、オレはSeeDのゼル・ディン!よろしくな!」
「やだ、ゼル、貴方正門からここまで案内してくるのに名乗りもしなかったの?」
「いやだってよ、なんか色んなもん見て盛り上がってるから名乗りづらくてさ…」
ゼルが頭を搔きながら答えると、「色んなもん見て盛り上がって」いた自覚のある彼らも苦笑いするしかない。
とりあえず、シドに促されて応接用のソファに9人が腰を下ろし(と言っても実際ソファに座れたのはライト・クラウド・セシルの3名のみで後は、デスクチェアやどこかから持ってきた折り畳み椅子で何とか数を賄った)、その向かいのソファにシドが腰掛け、左右の一人掛けソファにキスティスとゼルがそれぞれ落ち着いたとき、奥の部屋から黒髪の女性がコーヒーを持ってやってきた。彼女は全員にコーヒーを配ると、シドの隣りに腰を下ろした。
「妻のイデアです。さあ、準備は整いました。私達は、2年前、スコールが何かとても特殊な体験をし、彼はそこで9人の仲間を得た。それだけしか知りません。あなたたちの知っている事を、最初から教えて貰いたいのです」
シドの科白に、ソファに座ったライト・クラウド・セシルは視線を交して頷く。
 この3名がソファに座ったのにはちゃんと彼らの中で理由があり、仲間たちのリーダーであるライト、恐らくこの世界の事情を一番理解できるであろうクラウド、そして仲間内で最もこういった状況説明を上手くこなせるだろうセシルとなったのだ。
その説明役のセシルが、クレイマー夫妻とゼル、キスティスの顔を順に見ながら口を開いた。
「始まりは、2年前、スコールを含め僕たち10名がとある場所に喚ばれたところからです」


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穏やかな語り口調でセシルは順を追って話す。
彼ら全員が、それぞれ全く接点のない世界の住人であること。2年前、更にそれらの世界とは空間も時間も異なる、異次元とも言うべき異世界に召喚され、調和の神コスモスと混沌の神カオスの戦いに身を投じ、それがその閉じられた世界で繰り返されてきたらしいこと。最後の戦いで彼らはコスモスの戦士として戦いの輪廻を断ち切り、それぞれの世界へと還ったこと。もう2度と逢えないと思っていた彼らだったが、今になって突然、再び異世界へと喚ばれたこと。しかし、全員喚ばれただろうに、姿を見せない仲間がいたこと。恐らく、全員が揃わないと再び喚ばれた理由が判明しないだろうと推測されたこと。状況を打破するため、仲間を迎えに行こうと考えたこと。
「…解りました。見たところ、スコールが最後、ということですね?」
シドの言葉に、セシルが頷いた。
「こんなことが本当にあるのね…」
キスティスが頭の中を整理するように呟く。それに「そうね」と相槌を打って、今まで黙って聞いていたイデアが彼らを見回す。
「1つ、訊いてもいいかしら?」
「何か?」
「その、異世界から、こちらへは、そのクリスタル?だったかしら、その力で簡単に来られるものなの?」
「いいえ。今回のように自分たちの知らない世界へと来るためには、僕たちを導いてくれる力がないとたぶん無理です」
セシルの答えに、イデアとシド、キスティス、ゼルが顔を見合わせた。
「じゃあ、貴方達をここへ導いた存在がいるっていうこと?」
キスティスが問えば、「今回はすげー頼りなかったっスけどね」と彼女の近くに座っていたティーダが答えた。
「頼りない?」
「白い羽根1枚きりだったから」
「羽根ェ?それが連れてきてくれるなんて、よく信じられたな」
ゼルが驚いたように言うと、困ったようにティナが微笑む。
「2年前、あそこから還るとき、スコールが白い羽根持ってたから」
その言葉に、シド達が反応した。
「2年前、還ってくるときにも持っていたんですね?」
確認のセリフに、「はい」とティナが答えれば、シドがキスティスを見て口を開く。
「キスティス。至急、リノアに連絡を取って下さい」


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シドの言葉に即座に「はい」と答えたキスティスが携帯電話を取り出した。
だが、彼女が操作するよりも早く、着信音が響きだす。
一瞬忌々しそうにディスプレイを眺めたキスティスは、渋々といった様子を隠さず通話ボタンを押した。
「はい。今取り込み中だから後に…って、ちょっと、なに」
部屋にいる全員がキスティスに注目している。尤も、この世界の文明に慣れない面々は、彼女が持っている小さな物体への興味で、だったが。
「なんでこんなノイズだらけなの?え?…エスタ?聞こえないってば!」
自分を注視する視線に、少し気拙そうな顔をしつつ、キスティスはノイズだらけの音声をなんとか拾っていた。
「はぁ!?迎えに来いって、貴方何処にいるのよ?…石の家!?なんでそんなとこに…え?待って、何でそんなとこにあの子が…って、ちょっと待ちなさいってば!サイファー!」
最後は叫ぶように声を荒げたキスティスが、呆然と自分の手の中の電話を見る。そうして1つ大きく溜息を吐くと、シドに向き直った。
「図らずも、ですが、リノアと連絡がつきました」
「リノアと?今の電話はサイファーからでしょう?」
その問いに疲れたように頷くと、「私にもさっぱり」と言って続ける。
「リノアと一緒に、石の家にいるんだそうです。行きは送ってもらったけれど、帰りの足がないから迎えをよこせ、と。…あんの、バカサイファー!」
最後のセリフは彼女の個人的な叫びだろう。まあまあ、と宥めたシドが今度はゼルの方を向いた。
「ゼル、すみませんが、ラグナロクの発進準備をお願いします」
「了解っ」
ゼルが勢いよく学園長室を飛び出していくと、シドは改めて9人に向き直った。
「スコールは、今、ここにはいません。あなた達を導いた力というのには、推測ですが心当たりがあります。ちょっと、場所を移しましょう」
「…わかった」
シドの言葉にライトが代表して答える。どの道、勝手の判らないこの世界で、スコールと再会する為には彼らの手を借りねばならないのだ。彼らに従うことに異論はなかった。
「学園長…」
不安げな様子のキスティスが声を掛けると、答えたのはシドではなく、イデアだった。彼女はキスティスの傍まで近寄ると、優しく肩を叩く。
「私たちも行きましょう。もしかしたら、彼らが、私たちがこの2年弱の間ずっと出せずにいた答えをだしてくれるのかもしれません」

魔女っ子理論

DFF発売以前から、密かに「クラスコってよくね?」と思っていた管理人が、「違う世界の住人であるクラウドとスコールをどうにかカップリングにする為にはどうしたらいいか」と考えた末に思いついたのが、この「魔女っ子理論」です。
簡単に言うと、
・別世界の住人
・クラウドにはジェノバ細胞がある為長寿(たぶん)
この2つの壁をクリアしてクラスコがくっつく土台を整える為の設定です。
元々考えていた設定に、より自然な(?)設定にするには丁度いい、とDFFの設定を追加したため、クラスコにはなんら関係のないエピソードも入りましたけど(^^ゞ
そして、普通に書いたら絶対書けない→でも折角考えたからどんなカンジなのかくらいはお披露目したい、ということで、日記にて粗筋連載となりました。
えらく長いですが!心理描写やら要らん小ネタやら色々入ってますが!
粗筋です。←ここ重要

・一部(最初の方)箇条書き
・本来もっと細かく書くべきシーンも端折って纏めてる
・会話文の連続
・土台を整える設定話なので健全。この段階でクラスコは恋愛感情ナシ
・公式カップリング準拠(特にスコリノはガッツリ)

以上の点を踏まえた上で、お読みくださいませ。

1~14 15~28 29~42 43~56 57~70 71~84
85~98 99~112 113~126 126~140 141~155
 
 
 

あいしてる




「えぇと、スコール…?」
フリオニールは戸惑い気味に目の前の相手に声を掛けた。
「なんだ?」
対するスコールは極々当たり前にそう返してきて、そうすると何か用があったわけでもないフリオニールは慌てて「なんでもない」と手を振るしかない。
「…ヘンなヤツだな」
スコールは追及するでもなくそう言って首を傾げた。
 やっぱり、おかしい。
フリオニールはそう思う。何がおかしいって、スコールに決まっている。
用もなく声を掛けられて、それを追及もしなければ、機嫌を損ねもしないなんて。
 なんというか仮にも恋人に対してこんな評価を下すのもどうかとは思うのだが、スコールは間違いなく気難しいタイプだ。普段は無表情というより不機嫌そうだし、二人きりの時はそれに拍車が掛かる。本当に不機嫌なわけではなくて、未だ恋人と二人きりという空間での身の置き方が掴めずに戸惑っているだけなのだと理解するまではフリオニールも相当焦ったものだった。
だが今のスコールは一体どうしたことだろう。
いつもは硬く引き結ばれている唇は錯覚でなければ花のように綻んでいるし、普段は凛と怜悧な視線も今は柔らかく潤んでさえいるように見える。
 絶対に、おかしい。
フリニールはそう確信して、もう一度意を決してスコールに声を掛けた。
「スコール…何かあったのか?」
「…何もないが?」
不思議そうにそう答えて、それからスコールは恋人が酷く怪訝そうに自分を窺っている理由に気づいたらしい。
「本当に、何もないんだ。ただ…」
「ただ?」
「なんだか、すごく幸せな気持ちなんだ」
 理由など判らない。ただ気づいたらとても幸せで満ち足りた気持ちになっていたのだとスコールは言う。
「アンタがここにいて、俺がここにいて、それだけのことが嬉しい」
そう口にするスコールの様子が本当に幸せに満ちていて、フリオニールはあれこれ考えることを止めた。
 中々笑ってくれない恋人が、今こんなも幸せそうに微笑んでくれるのに、あれこれ考えることなんて何もない。
「スコール」
「なんだ?」
「傍に行っても?」
そう尋ねればスコールが両手を伸ばしてくれるから、フリオニールは迷わずその体を抱き締める。
 恋愛沙汰に不慣れな者同士、いつもはこうして触れ合うのにももっと戸惑いや気恥ずかしさが付き纏うのに、今は素直に行動に移せる。気づけば、自分にも幸せな気持ちが伝染しているのかもしれないとフリオニールは思った。
スコールが言ったとおり、理由などなく、ただこの空間が幸せで、この時間が愛しい。
 暫くそうして抱き合っていると、くいくい、と後ろ髪を引っ張られた。
それだけで、何を求められているのかが不思議なくらいよく解る。
フリオニールは一旦体を離すと、間近にあるスコールの眼を覗き込むようにして言った。
「…あいしてる」
言葉をそのまま贈るように、唇を重ねる。
 
 
今ここに満ちる幸せと、それを形作るすべてのものを。
あいしてる、あいしてる、あいしてる。



本来年末年始ってのは厳かに迎えるものなんだ




 冬休みは夏休みに比べて短いながらも、この街に残る人の数は夏よりも少ない。帰りたくない事情を抱えている者すら帰らないわけにはいかない事情があったりするのが年末年始だ。1年の終わり、若しくは初めくらい、という心理が働くのかもしれない。
だからこの大晦日にこの街に残っているのは、よっぽど頑なに帰りたくない意志を貫いているか、帰る場所がないかのどちらかだ。
 人通りのない閑散とした道路を歩きながら、スコールは白い息を吐き出した。住人の殆どが出払ってしまった寂しい街で、それでも24時間営業をしてくれるコンビニエンスストアには頭が下がる。まあ、ショッピングセンターが閉まっている以上、数少ないながらもここに残っている住人たちが挙って利用する事を考えたら掻きいれ時なのかもしれないが。
 誰とも擦れ違う事もない道では、スコールの持つビニール袋の中で缶が擦れる音が必要以上に大きく響く。その音が少し耳障りだ、なんて思っていたから、後ろから掛けられた声に反応が遅れた。
「…え?」
多少間抜けた返事になったのは致し方ない。閑散としたこの時期、大晦日の夜に道で知り合いに声を掛けられるなんて事態、まるっきり想定していないのだ。
しかも、声を掛けてきた相手がこれまた想定外も甚だしい。
「アンタ…帰ってなかったのか」
夜だというのに何故か眩しいその男は、立ち止まったスコールの傍までゆったりと歩いてくると「君こそ」と返してきた。
「俺は別に帰るところもないからな」
「そうか…。それはすまないことを訊いた」
こういう時に家族はどうしただとか追及することもなくあっさり引き下がって謝るのがライトという男で、その点は非常に付き合い易い相手ではあるのだが。
「では、折角だから共に行こう」
「…は?」
こちらの事情を詮索しない代わりに、こちらの事情を全く考慮しないのもライトという男だった。
「行くって、何処にだ」
「来れば判る」
そりゃそうだろう、と内心ツッコミを入れつつ、スコールはライトに引き摺られるように歩き出す。別段予定があるわけでもなし、まあ構わないか、とスコールは納得することにした。
「アンタ…確かコーネリア出身だろう?帰らなくてよかったのか?」
「今年は休み明けに論文を提出せねばならなくてな。ここからコーネリアは往復で丸2日以上かかってしまうのでやめておくことにしたのだ」
高校生のスコールと違い、院生のライトは2月に入れば長期の春休みに入る。帰るのはそこにすることにした、と言いながらライトが連れてきたのは、大学の天文学部が管理する観測塔。
何を観測するのだとスコールが思えば、ライトは観測塔には入らず、その脇の駐車場へと入り足を止める。
「もう、始まっている」
「…何が?」
「聴こえるだろう?」
言われてみれば、確かに何処かからボーン、ボーンと何かを打つ音がしていた。
「『除夜の鐘』というものだそうだ」
 大晦日の夜、日付が変わる前に107回、日付が変わった後に1回、計108回寺院の鐘を突き、1年の穢れや煩悩を払い新たな年の息災を祈るのだという。
この学園都市のある地域に伝わる風習らしいが、この街自体には寺院は存在しないので知らない者も多いのだ。観測塔は街の外れにあって周りに何もないので、近くの山村にある寺院の鐘の音が聞こえてくるのだとライトは言った。
「心の落ち着く、いい音だ」
ライトの隣りに立って、スコールも耳を鐘の音に集中させる。金属質でありながら低く鈍いその音は、不思議な程耳に心地よかった。
「来年も、心豊かな年になるといい」
「…そうだな」
そうして2人は、じっと穢れを払う神聖な音に耳を傾け続けた。
 
 
 
「ここからならばご来迎も拝めるのだ」
「………いやちょっと待て、アンタこの場で後何時間立ち尽くす気だ!?」
 
 
 
冬休み明け、年末年始はどうだったと訊かれて「足が棒になった」とスコールは答えたと言う。


Last Christmas




 クリスマスだ、とはしゃぎ出したのはティーダだった。
クリスマス、というものが何だか解らない仲間たちに、「白い髭の太っ腹なじーちゃんが世界中の子供たちにプレゼント配ってくれる日ッス」という説明になっているんだかなってないんだか微妙な回答をし、「クリスマスの前日がクリスマス・イブ!友達とパーティーしたり、家族でご馳走食べたり、あとはなんと言っても恋人同士でイチャイチャするッス!」と付け足し、更に「今日はイブだから、皆でパーティーしよう!」と言い放った。
 そもそもの切っ掛けは、スコールの腕時計だ。
この異世界に於いて時間や日付の概念はないに等しく、つい先刻まで十時を差していた時計が一瞬目を離した隙に何故か八時半を差していた、なんてことも珍しくなく、時計はこの世界では全く役に立たない。それでも、元の世界の記憶が殆どなくても身に着いた習慣は消えず、レザージャケットの袖を少し捲くり左腕に嵌めた腕時計を見てしまうことが時々あった。
偶々スコールが腕時計を見た時に傍にティーダがいて、そして偶々、スコールの腕時計のカレンダーが十二月二十四日を示していた。それが切っ掛けだった。
 ティーダの提案に予想通りというか、バッツとジタンが嬉々として食いつき、なし崩しにパーティーになった。勿論、飾り付けもご馳走もこんな世界では用意などできないが、いつもより食材を多く使って料理の種類を増やすくらいはできる。「メリー・クリスマス」と乾杯すればそれだけでちょっとしたパーティー気分になれるのだ。
いつも以上に賑やかな夕食を終え、後片付けとテントの設営も済ませたところで、ティーダに「イブの夜っつったら、恋人たちのイチャラブタイム!」と力任せに背中を押され、四つあるテントの内の一つへと勢いで突っ込んだら、そこにいたのは驚いてこちらを見るフリオニールだった。
 そして状況は今に至る。
隣りに座って、落ち着かない様子のフリオニールにこっそり溜息を吐いた。
「…フリオニール」
「な、なんだ…?」
「落ち着け」
 恋人、と呼べる関係になったのはつい最近で互いにまだ多分に照れがある。そんな時にこんなシチュエーションを提供されても戸惑うだけだ。だいたい、薄々気づいてはいたが、やはり仲間たちに知られていたか、というのもどうにも気恥ずかしい。
イブの夜に二人きりのテント。そのお膳立ての意味が解らないほど鈍くもないが、それこそ心の準備というヤツが必要なのだ。
「…すまん」
自分の挙動不審振りを顧みたのか、フリオニールが隣りに項垂れた。その様子が可笑しくてスコールが微かに笑うと、フリオニールはハッとスコールの方を見て、それからその浅黒い肌を真っ赤にする。
「おまえ、反則だ…」
「…なにが?」
「滅多に笑ってくれないのに、こんなときに笑うなんて…」
フリオニールはそう言うと、顔を赤らめたままスコールの向かいへと移動した。彼の右手を手に取り、いつも嵌めている黒いグローブを外すと色白の手が現れる。浅黒い肌のフリオニールの手に包まれていると、スコールの手の白さが際立って見えた。
「クリスマスって俺のところにはなかったから初めて知ったが、その…恋人同士が盛り上がる日、なんだろ?スコールと、そういう日を過ごせて、本当によかったと思うんだ」
 戦いの連続の殺伐とした世界で、心の底から愛しいと思える相手と出逢えたこと、その相手からも想って貰えること、周囲の人達がそれを祝福してくれていること、すべてが奇跡的で、すべてに感謝したい。
真剣な眸でそう告げるフリオニールに、自然とスコールも真っ直ぐに彼を見つめて口を開いた。
「俺も、アンタとクリスマスが過ごせてよかった…」
 デタラメな動きをする時計が偶々指し示した日付であっても、雪も降らなければツリーもケーキもプレゼントもなくても、自分たちにとって今夜は間違いなくクリスマス・イブで、そしてきっと一番想い出に残るクリスマスになる。
刻一刻とカオスとの戦いが近づいている今を考えれば、たぶん、もう一度クリスマスを共に過ごせはしないだろう。勝っても負けても、その先にあるのは別れだ。
「スコール…」
俯いてしまったスコールの頬にフリオニールの手が添えられる。
その手に促されるように顔を上げたスコールがその眼をそっと伏せたら、後は無言だった。
 
 
 
「ん…、ぁっ」
体内で蠢くフリオニールの節くれだった指の動きに合わせて、スコールの口から声が洩れる。初めのうちに感じた痛みはもう殆どない。互いにこういったことは不得手で、スコールの方はなんとなく知識として同性同士の体の繋げ方は知っていたものの、フリオニールにそういう知識が豊富だとは到底思えず、だからひっそりとかなりの痛みを覚悟していたのだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「も、いい、から…っ」
存分に解され、散々中の感じる部分を擦られてスコールが限界を訴えるとフリオニールが心配そうに言う。
「でも、よく慣らさないとスコールがツライって…」
 どう見てもそのテの知識が殆どなさそうなフリオニールに、教えを施した仲間がいるらしい。たぶん、受け入れる側に負担が大きいからとにかくよく慣らすようにとでも教えたのだろう。けれど経験がないフリオニールには、どこまでいけばよく慣らしたことになるのか判らないのだ。
結果として、スコールは「これ以上されたら気が狂う」と思うほど焦らされることになった。
「へ、いきだ、から…、んんんっ」
 アンタが欲しい、と切れ切れに伝えられると、フリオニールは自身にグンと熱が集まることを感じる。今までだって、自身には大した愛撫は加えられていないのに、スコールの媚態を眼にしているだけでそこは大きく熱を持っていた。
 長く形のいい足を片方自分の肩へと引っ掛けて、フリオニールは自身をスコールの内へとゆっくり沈めていく。指とは違う質量にスコールの体が反り返るが、彼は痛いとも嫌だとも言わなかった。
すべてを収めきると、柔らかい肉がフリオニールを刺激する。耐えられずにフリオニールが腰を動かせば、絡みつくように受け入れてくれる。
「ん、ぁ…あ、あ…くっ、ん…っ」
声を抑えようと自分の手の甲を口許に押し当てる様がいじらしく、フリオニールはその手を掴んでどけさせると、代わりにキスでその声を吸い取った。
本当は聴いていたいけれど、こんな簡素なテントでは防音も何もあったものではない。
仲間たちは解っていて、少し距離を開けてテントを設営してそっとしておいてくれているが、万が一にも声が届いてしまったら、互いに気恥ずかしいに決まっているし、スコールは相当な照れ屋だから、盛大に拗ねられそうだ。
 合わさった唇の隙間からくぐもった声が洩れ出る。行き場をなくしたスコールの手が縋るものを求めて彷徨うから、フリオニールはその手に自分の手を重ねてぎゅっと握り締めた。白いスコールの指と浅黒いフリオニールの指が絡み合う。このままどこもかしこも混ざり合って離れられなくなってしまえたらいいのに。
 どんどん募る想いに突き動かされるように二人の間で生まれる熱は昂り、やがて真っ白に爆ぜた。
 
 
 
 抱き締めてくれる手が優しくて、なんだか胸がいっぱいになった。
スコールはそっと、自分を抱き締めたまま眠りに就いたフリオニールの寝顔を見つめる。
 フリオニールの世界にはクリスマスなんて習慣はなかったと言っていたから、きっとこれがフリオニールにとっての唯一のクリスマスの記憶になるだろう。
スコールの世界にはクリスマスという習慣は存在しているが、自分が今までその日をどう過ごしてきたのか記憶はない。けれどこの先、元の世界へと戻っても、クリスマスを誰かと過ごすことはないだろう。クリスマスという言葉から想い出すのは、ずっと、フリオニール唯一人だ。それはいつか別れなければならない恋人への、ほんのささやかな想いの証だ。
 メリー・クリスマス、フリオニール。
声に出さずにそう呼び掛けて、スコールは彼の腕の中でそっと目を閉じた。



白く染まる熱




 自分と彼の体が繋がっている、と思うと不思議な気がした。
自分を組み敷く逞しい腕の持ち主は、いつもと同じように涼しい顔をしているようで、そうじゃない。彼の顎から自分の胸へとポタッと落ちる汗の滴がそれを物語っている。
 ライトはなにもかもが眩しい。
ぼんやりとそう思った。硬質な肌の色も、怜悧な髪の色も、自分と見つめあう眸の色さえ、どこもかしこも色素が薄くて眩しくて綺麗だった。手を伸ばして、ライトの二の腕から掌までをなぞる。掌まで辿り着いた自分の手は、その大きな手にぎゅっと握り取られた。こうしてピタリと合わせていても、決して彼の白さと混じり合えない自分の色。
「どうした?」
問う声には、いつもと同じ落ち着きと、いつもにはない熱があって、ああこれは自分だけが知っているものだな、なんて優越感に少しだけ浸ってみる。本当は、そんな余裕ないのだけれど。
「…ラ、イト」
「辛くないか?」
真顔でそんなことを聞いてくる男が可笑しい。
 辛くないか?辛いに決まってる。アンタだって辛いだろう?
「も…いい、から…痛くない、から」
握られた手をぎゅっと握り返して、空いている手を相手の首に回して、動いてくれと強請る。
そうしないと、いつまでだってこの男は自分の体を気遣って動こうとしないのだ。初めてこうして抱き合った時など、慣れない痛みに強張りが解けない自分を見て、あろうことか自分の中から出て行ってしまったくらいなのだ。ちょっと痛いくらい、いくらだって我慢するというのに!
「ん…、ぁっ」
自分の中を抉る熱に、自然と声が洩れる。自分と決して混じらない色を持つ、この眩しくて綺麗な男の、それでもコイツも確かにただの人なのだと思わせてくれる欲の塊が、自分の中にあることが嬉しい、なんてちょっと異常かもしれない。
「スコール…」
少しだけ掠れ気味の声。その声で呼ばれると、余計感じるのだと彼は知っているだろうか。
「あ、あ、ん、ああっ」
 どこもかしこも白くて眩しくて綺麗なライト。こんなにピタリと体を合わせても、決して混じり合わない自分の色。
口づけを強請りながら、体の中に注ぎ込まれる熱に、内側から彼と同じ色に染まったらいいのに、と思った。


他人の不幸は時と場所を選ばない




 建物の外に出ると、太陽はだいぶ西に傾いていた。真夏といっても、あと1ヶ月もすると秋分だ。確実に日は短くなっている。
マンションまでの大して遠くもない道程を歩きながら溜息が出た。これは、仕方ない。昼過ぎからこっちの出来事を思い返す。もう1度溜息が出た。誰だって同じ状況になれば溜息の1つや2つ出るだろう。
 教育機関が集まりその関係者が生活するここは所謂学園都市、というやつで、幼稚園児から大学院生に至るまでの多くの学生や教職員らが暮らしている。親もこの都市で仕事に従事している場合を除き、中学までは完全な寮形態だが、高校以上になると学生向けのマンモス団地のようなマンションを借りることも可能で、スコールはそちらを選択したタイプだ。ここで暮らす人々の為に日常生活必需品を扱うショッピングセンターや映画館などの娯楽施設も一通り揃ってはいるが、逆に言うと、ここは地理的に隔絶された場所なので、基本的にこの学園都市内しか行動できる場所がない。今のような長期休暇に入れば、多くの者がこぞって帰省や旅行でここから飛び出していく。この時期ここに残っているのは、帰れないか帰りたくない事情がある者ばかりだ。だから、今日のようなことも、珍しくはない。
 2日ほど前から、おかしいな、とは思っていたのだ。自室の窓から斜め左方向に見える同じようなマンションのベランダ。微妙な角度の差で、右隣に住む大学生の部屋からは見えない位置だ。左隣からは見えるだろうが、夏休みに入って、スコールの部屋から左はどの部屋も主が帰省中だった。
布団が、ずっと干しっ放しだ。最初は取り込み忘れたのかと思った。次に、干したまま友人宅にでも遊びに行ってそのまま泊まりこんでるのかと思った。今日になってもそのままなのを見て、とうとう諦めて警察に電話した。案の定、部屋の主は自殺していた。
 通報者として警察で一応の事情聴取をされ、尤も、警察の方も慣れたもので、随分こちらを労わってくれたのだが、やはり気が重いものは重い。はぁ、と3度目の溜息が出た。
マンションに着いて、自分の部屋の前まで来ると、デニムのポケットから鍵を取り出す。ガチャガチャと音を立てて鍵穴に差し込むと、隣りの部屋のドアが前触れもなく開いた。
「おかえり」
言葉と共に顔を出したのは隣人のクラウドで、彼はひょいひょいとスコールを手招きすると自室に招き入れた。
「大変だったな」
 クラウドが出先から帰ってきたとき、向かいのマンションの前にパトカーが数台停まっていて、その光景はこの都市では偶に見掛けるものだったから「ああ、またか」と思っていたら、その中の1台に年下の隣人が乗っていくのを見つけた。状況を覚って、帰りを待っていたのだ。誰が見たって、楽しいものじゃないのは確かだから。
 ほら、と用意していたらしい冷たい麦茶を差し出され、素直に受け取った後、スコールは首を傾げた。
「アンタにしては随分気が利くな…」
そのセリフに、気分を害した様子もなく(というより、自分が元来気の利かないタイプだという自覚を持っている)クラウドは、「お前こそ、忘れてるのか?」と訊き返してきた。
「何を?」
「今日はあんたの誕生日だろ?人のは憶えてたくせに、自分のは忘れてたのか」
人にプレミアムビールを押し付けるように渡していったのは、ほんの2週間前の話なのに。
「あ…」
 忘れていたわけではない。今朝起きた時くらいまでは特に感慨はないものの自分の誕生日だということくらいは憶えていた。それが昼過ぎからのゴタゴタですっかり頭から抜け落ちていたのだ。
「・・・ま、偉そうに言ってもプレゼントは特にない。スマン」
貧乏学生に金銭的余裕がないのは勿論、スコールが喜びそうなものが思い浮かばなかったのだ。まさか未成年にビールというわけにもいくまい。
「何か要望があれば、出来る範囲で答えるが?」
向こう1週間のゴミ出しとか、金が掛からず体力で賄えることならプレミアムビールの礼も兼ねて応えようというつもりでクラウドが提案するとスコールは「いや、別にいい」と言い掛けて、それから僅かに逡巡した。
「なんだ?言ってみろよ」
「…今晩、泊めてもらってもいいか?」
「そんなことでいいのか?」
「ああ」
狭いワンルームマンションだが、一応ベッドの他に布団を敷ける程度のスペースはあるし、予備の布団も使える状態にある。「構わない」と言えば、スコールの顔にほっと安堵の色が広がった。
「この部屋からだと、見えないから」
「・・・あー、あれか」
本日の疲れの原因となった向かいのマンションの1室。さすがにあれが視界に入る位置で眠るのは気が滅入るのだろう。
「お疲れさん」と肩を叩いてやる。しかし、こんなことがプレゼント代わりで本当にいいのだろうかとクラウドは一瞬考えて、まあ本人がいいと言ってるんだからいいか、とあっさり納得することにした。
けれど、せめてものプレゼントだ。クラウドは心を込めて言ってやることにした。
 
「誕生日おめでとう、スコール」




風呂上がりに1杯のビール




 夏真っ盛り。暑いわ蒸してるわ、蒸し暑いわ暑いわで、要はとにかく暑い日々。
幸いなのは、今が休みの真っ只中で、宿題を見て見ぬ振りしている小・中・高までと違い、前期試験とレポートの提出を終えた大学生はどれだけだらだらしていようが一向に問題ないということだ。
コンビニで買ってきた弁当で夕食を済ませ、たまにはいいかもしれない、と風呂に湯を張ってみた。
暑い季節に熱い風呂に浸かってどっと汗をかいて、水でさっと流す。なんともいえない爽快感に、毎日は面倒だが週1くらいなら風呂を沸かすことにしようか、なんて考えていると、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
 時計を見れば午後10時。
誰だこんな時間に人様の家を訪ねてくるとは。勧誘だったら問答無用で警察に通報してやる。人をチョコボ呼ばわりする悪友だったら有無を言わさず3発ほどぶん殴った後に布団で簀巻きにしてベランダから吊り下げてやる。
そんなことを考えながら、大した広さもない部屋を横切り、玄関のドアを開ければ、そこに立っていたのは、4つ年下の隣人。
「スコール…?どうかしたのか?」
こいつから訪ねてくるとは珍しい。そう思って問い掛けると「別に」と相変わらず可愛げのない答えが返ってきた。
「これ、アンタにやる」
グイッと突き出された手にぶら下がっているのはコンビニのレジ袋。中を見れば、数本の缶ビール。思わず眉がひくりと動いた。
 これは、発泡酒でも第3でも第4でもない、正真正銘のビール!しかも、このパッケージは、プ、プレミアムピール…!!
苦学生とは言わないが、生活費を仕送りに頼らない貧乏学生の身には手が出せないそれに、ふらふらと手を伸ばしそうになるのを寸でで止める。
 未成年がコンビニでビール、と思うが、コイツの見た目じゃ身分証の提示を求められることもなかったのだろうと納得した。
しかし、何故突然スコールはビールをくれようなどと思ったのだ。
全く見当がつかずにいると、それを察したのだろうスコールがえらく不機嫌そうにビニール袋を手に押し付けてきた。
「自分の誕生日くらい、憶えておけ…!」
そのまま、脱兎の勢いで自室に戻っていったスコールの姿を見送って、バタン!と大きな音を立ててスコールの部屋のドアが閉まる音で、漸く合点がいく。
「…そういえば誕生日だったか、俺」
手の中のプレミアムビールを見る。
 あの他人に無関心な態度を取りたがるスコールが、わざわざプレゼントを持ってきてくれるなんて。
…プレゼントがビール、という辺りがロマンも色気もないが、現実主義のスコールらしい。確かにコレほど確実に相手が喜ぶと判っているプレゼントもないだろう。
とりあえず、風呂上りの1杯を、窓を開けたベランダで愉しむとしよう。
 風呂上りに夜風に吹かれてプレミアムビールを1杯。これ以上の幸せがこの世にあるか?いや、ない。
「あー、美味い」という心の底からの呟きは、同じく窓を開けている隣人の耳にも届く事だろう。
 
ありがとう、スコール。お前のおかげで、今年はいい誕生日になったよ。




無自覚な爆弾




 気づけば独りでふらりと何処かへ消えてしまっていたスコールが、最近はあまり姿を眩まさない。
皆無とはいかないが、頻度はかなり下がった。どういった心境の変化か、と観察してみると、姿を眩まさない、というだけで、仲間の輪から外れて離れていることに変わりはないと気付く。
それでも偶に本当に何処かへ出て行ってしまうこともまだあって、けれどそんな時はスコールがリーダーであるライトにだけ、一言声を掛けて行くということにも気付いた。スコールはライトを苦手に思っている節があったから、これは大層な進歩だ。
一体どんな心境の変化があったのだろう。本人に訊いても絶対に答えてくれないだろうと踏んで、事情を知る可能性が高い人物、つまりはスコールが声を掛けていく相手であるライトに尋ねてみた。
「彼は私の頼みを聞いてくれた、それだけのことだ」
案の定、あっさりと返ってきた答え。しかし、簡潔過ぎて事情はさっぱり掴めない。
「スコールに、何を頼んだんだい?」
「あまり、目の届かない処には行かないようにと」
それは団体行動に於いて極々当たり前の要請だったが、あのスコールがよくもあっさりその頼みを聞き入れたものだと感心する。そのままを口にすれば、ライトは不思議そうな顔をした。
「特に、嫌がる様子もなかったが?」
「うん、だからそれが珍しいなって思って。参考までに訊くけど、一体なんて言って彼を納得させたんだい?」
「君の姿が見えないと私が落ち着かないので、どうか私の為に私の目の届く処にいて欲しいと」
思わずまじまじと見つめてしまう。
「…そう、言ったの?」
「ああ。何かおかしなことを言っただろうか?」
おかしくはないが、それは普通に聞けば殆ど告白と同義だ。言ったライトは全く理解していないようだが、言われたスコールはさぞかし戸惑ったことだろう。今はこの場にいないスコールにこっそり同情する。
「そんな風に言われたら、さすがの彼も無碍にはできないだろうね」
というより、誰だって戸惑うだろう。そんな告白紛いの頼み方をされたら。
そう思って、少し自覚を促そうとしての言葉だったのだが。
「私は私の正直な気持ちを言っただけなのだが…」
その言葉に引っ掛かった。これはもしかしてもしかするんじゃないか。
「スコールの姿が見えないと落ち着かない?」
「彼の強さは承知しているのだが…。知らぬうちに傷を負うのではないかと、な。私の目の届く処にいてくれれば、彼の盾になることだって出来るだろう?」
「ねぇ、ライト、それって…」
そう言い掛けたところで、ライトの視線が動いた。それに倣って同じ方向を見れば、近辺のイミテーションの掃討に行っていたスコール達が帰ってきたところだった。共に掃討に赴いていたバッツとジタンがしきりにスコールに向かって何か言っているようだが、スコールは聞く耳を持っていないようだ。
 無言のままライトが動く。一緒について行けば、バッツとジタンもこちらに気づいて声を掛けてきた。
「もう、あんた達からも言ってくれよ」
「どうしたんだい?」
問い掛ければ、スコールがあからさまに面倒そうに顔を逸らす。これは自分に分が悪いと思っているときの態度だ。
「スコール、怪我してんのに、ケアルもポーションも要らないって聞かなくてさ!」
その言葉に真っ先にライトが反応した。やはりこの反応は。
「怪我を負ったのか?」
「…大した傷じゃない」
「でも血ぃ出てんじゃん!」
スコールの言葉に被せるようにジタンが言えば、ライトの眉が寄る。
スコールが僅かに左手を隠すような動きをしたのは見逃さなかったので「左手?」と訊けば観念したように左手を出してきた。黒革のグローブを外せば掌から血が流れている。
「グローブ越しだから表面が切れただけだ」
確かに深い傷ではないようだが、逆手とはいえ掌が切れていては色々不便だろうと、バッツとジタンが回復させようとするのを、断固拒否してきたというわけか。仲間の手を煩わせるのが嫌いなスコールらしい。
「掌の傷って大した事なくても痛いだろ?大人しく回復しようぜ?」
「ケアルやポーションを使う程の傷じゃない。…舐めとけば治る」
「またそんなこと言って!」
舐めとけば治る。それはよく使う慣用表現で、決してスコールも自分の傷を舐めようなんて思っていなかったはずだ。しかし。
「…そうか」
そう低く呟いたライトのとった行動に、全員動きが止まった。
スコールの左手を取ったライトが、その傷を舐めたのだ。
「…アンタ!」
珍しく狼狽えた様子を隠さずスコールが声を荒げると、しっかりとその左手を掴んだままのライトが全く頓着していない様子で顔を上げる。
「私は君に傷を負って欲しくない。無理な願いと承知している。だが、君に傷が残るのは耐えられない」
「…っ」
ああ、もうこれは間違いない、と確信する。
「……自分で手当てするっ」
顔を紅く染めたスコールがライトの手を振り解いてコテージに駆け込んでしまうのは当然として。
「なあなあ、セシル」
バッツとジタンが突いてくる。
「どう聞いても、どう見ても、告白としか思えないんだけどさ」
「うん、僕もそう思うよ」
苦笑しながら答えれば、バッツとジタン、二人が「だよなあ」と同時に呆れたような溜息を吐いた。
「…私は、彼を怒らせるようなことを言っただろうか?」
相変わらず不思議そうなライトに、いや、と首を振る。
そしてとりあえず、今後もこの無自覚さに振り回されるだろうスコールに、深く同情したのだった。



spineus cunae





 フロアの中央に大きく陣取る螺旋階段の所為で、満月の光は不思議な形に拡散して内部を照らす。
シン、と静まり返った城内にゆらゆらと揺れる影。それがこの常夜の城の変わらぬ光景だ。
時が流れていないような錯覚さえ覚えるこの空間こそが、魔女の居城だった。
常ならば、魔女が一人静かに佇むこの城に、今は魔女の他にもう一つの影がある。
 白いファーがついた黒革の服、胸元に光る銀の獅子。
調和の神に召喚された、魔女を屠る者・・・スコール・レオンハート。
しかし、本来魔女を鋭く見据えている筈の双眸の焦点は合わず、その表情は虚ろだ。自分の足で立っていることの方が不思議に思えるくらい、その姿は頼りなかった。
「やっと…手に入れた」
長い爪で肌を傷つけないよう、繊細な動きで以て魔女・アルティミシアの手がスコールの顔に触れる。長い前髪をかきあげ、額に走る傷痕をなぞり、目許に揺れる睫の淡い影を辿り、未だ青年になりきらない頬を撫ぜ、小さな息を零す薄い唇を擽って、その手は顎を通り首へと当てられた。ほんの僅かな力を込めて喉に当てられた指先に、息苦しさからスコールの眼が微かに眇められるがそれだけだ。表情は虚ろなまま、魔女の手を止めようなどとは微塵も考えていないことが見て取れる。
「おまえはもう、私のもの」
アルティミシアの指はスコールの喉から鎖骨の窪みへと滑り、胸元の獅子のペンダントで止まった。
「私の邪魔をする者を、その牙で噛み殺す獅子」
言葉と共に、アルティミシアの唇がスコールの喉元に寄せられる。先程指先で触れた場所をなぞるように紅い唇が辿っていく。ひくり、とスコールの喉が震える様子を感じ取り、魔女の唇が弧を描いた。
アルティミシアの手がスコールの両肩を軽く押すと、それだけで力を失ったように獅子は床に座り込む。低い位置に来た彼の頬を、両手でそっと包むと魔女は体を屈めてその耳元で囁いた。まるで愛の言葉のように。
「伝説のSeeDは、もういない」
再びひくり、とスコールの体が跳ねる。その様子に、魔女の眼に剣呑な光が宿った。額を合わせ、至近距離で見つめながら口を開く。
「魔女に刃向かう伝説のSeeDは、もう、世界のどこにも、いない」
「伝説の…SeeD…」
初めてスコールの口から音が洩れた。自分が何を言っているのかも解らない様子で、まるで幼子のようにたどたどしく。
「もう…いない…」
アルティミシアの顔にはっきりと笑みが浮かぶ。
「そう。いい子ね、スコール」
まるで母のような優しい声音。けれどその眸に宿る光は猛禽のよう。
「今のおまえは、魔女の騎士」
「魔女の…騎士…。俺は…魔女の…」
「魔女を守る、騎士」
耳元で、頭の中に直接吹き込むように何度も囁く。
 おまえは魔女の騎士。魔女を守る者。魔女の為に生きる獅子。
 おまえの腕は魔女に仇為す愚か者を葬る剣。おまえの命は魔女に降る矢を防ぐ盾。
 おまえの眼に映るのは私だけ。おまえの声が紡ぐのは私の名。おまえの耳に届くのは私の声。
「さあ、眼を閉じて…。愛し子よ」
頬を包む両手の親指が、スコールの目蓋をそっと下ろした。
「おまえの世界は閉じられた。光のない、暗闇の中に、一人ぼっちで立たねばならない、おまえは可哀想な子…」
「…ひと、り…ぼっち…」
たどたどしい声に怯えが混ざる。アルティミシアの笑みはますます深くなる。
「でも大丈夫。ほら、私がいるでしょう?」
怯える獅子の額の傷に口付けて、魔女は謳う。
「暗闇の中に、私がいることを感じるでしょう?何も見えなくても、私の姿だけは思い描けるでしょう?私の声だけは、聴こえるでしょう?」
「……感、じる…」
「そう。私だけがおまえの拠り所。私だけが、おまえの感じ取れるもの。ね?寂しくないでしょう?」
「寂しく、ない…」
「さあ、立ち上がりなさい。私のスコール」
頬から手を離し、首筋から顎にかけてを撫で上げるようにして促す。スコールは魔法に掛かったかのようにフラフラと立ち上がった。
「ちょうどいいわ」
アルティミシアが、スコールの胸に寄り添うように体を預ければ、彼の腕がさも当然のように魔女の腰を抱く。
「近くに、コスモスの駒が来ている」
 それは先日まで確かにスコールの仲間だった者たち。けれど今はもう。
「眼を開けて、スコール。そして、私の邪魔をするあの者どもを、斬り捨てていらっしゃい」
愉悦を滲ませた声に促され、スコールの眼がゆっくりと開けられた。
魔女から体を離し、しっかりとした足取りで歩いていくスコールの右腕に、ガンブレードが握られる。
「行っていらっしゃい。私の騎士」
アルティミシアの声を背に、城の外へと向かうスコール。
 
 
その双眸は、不思議な事に魔女に似た金色の煌きを宿していた。