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望まない者




 時間を見つけると、誰もいないところへ行くのが癖になっていた。
仲間たちはまた女性のもとへ行ったのだろうと思っていたし、実際自分もそうであるかのように振舞った。
 けれど、本当は。
できるだけ人の気配の感じない場所を探し、ただそこでじっと躰を休める。気候の穏やかな土地であれば、一晩そこで過ごしたことすらあった。



「まーた、ナンパ~?」
宿から出て行こうするオスカーに擦れ違ったオリヴィエが呆れた声をかける。
「こう殺伐とした日々が続くとな。美しいレディたちの笑顔で癒して貰わんとやっていけないだろう?」
口の端を吊り上げて、尤もらしく言ってみせれば、オリヴィエは手をひらひら振って溜息をついた。
「あーわかったわかった。ったく、アンタらしいってゆーか…。アンジェが心配するからちゃんと明日の朝食には帰ってきなさいよ」
「わかってるさ。この俺がお嬢ちゃんを悲しませるようなこと、するわけがないだろう?」
にやりと笑うとオスカーはそのまま外へ出て行く。だが、宿を出てオスカーが目指したのは街の中心部ではなく、外れに広がる森だった。
 遊歩道を外れて森の中に分け入ると、太い根を張った大木の元へ座り込む。
 いいようのない疲労が、オスカーの全身を包んでいた。
仲間たちには明かせない疲労。明かしたところで悪戯に彼らに罪悪感を持たせてしまうだけだとわかっている。
 皇帝と名乗る者がこの宇宙に攻め込み、聖地を陥落させてからずっと、この宇宙は貪欲に強さを求め続けていた。
 人々は皇帝の支配から脱したいと望み、その為の強さを求め。
 共に旅をしている仲間たちもまた、無意識のうちに強大な皇帝の力に対抗し得る強さを求めている。
そしてその望みはすべて、この世界で唯一、強さを与えることができるオスカーに向かってくるのだ。
 望まれるならば、自分はそれに応え続ける。
それはオスカーが守護聖になる以前から自らに課していた命題。
期待に応えること。それだけが自分の存在意義なのだと幼い頃から思っていた。自分自身にそれ以上の価値があると、期待したことなどなかった。
誰もが羨むほど、恵まれた環境に生を享けたから。生活環境も、外見も、能力も、人より劣るところを探すことの方が難しかった。けれど、オスカーの最大の不幸は、その事実を、オスカー自身が誰よりも理解していたことだったのかもしれない。
 自分は、優れているのではなく、恵まれているのだ、と。
だからこそ、期待には絶対に応えた。恵まれた環境に生まれたが故に、周囲が当たり前のように要求してくるすべてに自分も当然のように応えた。無論、自分にはそれが出来るという自信もあったが、努力は決して怠らなかった。その姿は絶対に人には見せなかったけれど。
 だから今も、自分は知られぬようにそっと、自らのサクリアで周囲を支える。
けれど、状況は厳しい。いつ終わるかもわからない連日の戦闘。オスカーはその最前線を担っている。それだけでも疲労は濃くなるというのに、戦いながらも無意識のうちに強さを望む仲間たちの望みを受け止め、そっとわからぬ程度にサクリアを送る。その繰り返し。
 至近距離で望みを受け止めるというのは、決して易いことではない。更に、サクリアの流れに敏感な他の守護聖たちにそれとわからぬよう送るのも、かなりの注意を要する。
当然、オスカーは他の仲間とは比べものにならないほど疲労し、それを少しでも癒す為、こうして誰もいない場所を探して休むのだ。戦闘中程ではないものの、仲間たちの近くにいればどうしても、強さを求める無意識の声を感じ取ってしまうから。



 ひどく優しい手が、自分の髪に触れている。
その感触にオスカーは目を覚ました。どうやら、いつのまにか眠りに落ちていたらしい。
と、すぐ傍に跪いていた影が声を発した。
「お目覚めか?」
最近、聞き慣れた声だった。
「…アリオス」
何故ここに、という無言の問いに気づいたのだろう、アリオスは肩を竦めた。
「別に。偶然だぜ?歩いてたら森の中に緋いもんが見えたから、気になってな」
アンタの髪だったんだな、とアリオスは笑い、オスカーもそれに合わせて僅かに笑ってみせた。そういえば、この銀髪の男も宿にいないことの方が多いヤツだった、と。
 木に凭れていた背を起こす。残念だが、こうして見つかってしまった以上、ここに長居するわけにもいかない。
「意外と柔らかいんだな」
立ち上がろうとしたところで唐突に声をかけられ、その意味が掴めずにオスカーはアリオスを見返した。
「アンタの髪。硬そうだと思ってたんだが、結構柔らかいんだと思ってさ」
言いながら、アリオスは手を伸ばし、緋い髪に指を差し入れる。
その感触を思いの外心地よく感じることに驚き、次いでその理由に思い当たる。
 この男は、自分に何も望む必要がないのだと。
アリオスは、強い。オスカーが初めて完全に互角に戦えると思った男だ。共に戦闘の最前線を担っているが、アリオスからはただの一度も強さへの望みを感じたことはなかった。
望まずとも、この男は既に十分な強さを持っているのだ。だから、こうして傍にいても、オスカーの神経を波立たせることもない。
「眠りたいんじゃないのか?」
自分の考えの淵に沈んでいたオスカーは、その声に我に返る。と、どこか艶を滲ませた翡翠の双眸がじっとこちらを見ていた。
「疲れてんだろ、アンタ。ここじゃさすがに夜中は冷えて眠れないぜ?」
「俺が、疲れてる、だと?」
確かに、疲労は限界に近かったが、そんな素振りを見せたことはなかったはずだ。なのにアリオスは確信に満ちた口調で断定した。
「戦闘訓練を受けてるアンタは人一倍気配に敏感で眠りも浅い。それが疲れてるんじゃなきゃ、さっきオレが触れるまで目ぇ覚まさないわけないだろ」
言われてみればその通りだった。軍人であるヴィクトールはともかくとして、他の人間なら気づかなかっただろうが、同じように戦闘のプロであるアリオスには簡単にわかることだろう。
「眠らせてやろうか?」
一層深くなる艶。意味を計りかねて凝視すると、アリオスはククッと笑って立ち上がった。
「抱いてやるよ」
「なっ…」
予想だにしなかったセリフに言葉を失うオスカーに、アリオスは更に笑みを深くした。
「こんなトコで休んでるってのは、疲れてるのに誰かが近くにいると眠れないってことなんだろ。つまり、精神が疲れてる程躰の方が疲れてないからだ。だったら、躰の方を疲れさせて無理矢理眠っちまえばいい」
「……それが、なんでお前と寝ることにつながるんだ」
「手っ取り早いだろ。アンタが女のトコにでも行くってんなら別にそれでいいが、そんな目的の為だけに女抱くにはアンタはフェミニスト過ぎる」
必要なのは、オスカーが相手を気遣う余裕をなくすほどの行為。それには、抱く側よりも抱かれる側の方がいい。
 理屈としてはわからないこともないが、納得するには男としての矜持が許さない。
けれど、次に紡がれたアリオスの言葉が、オスカーにその手を取らせた。
「オレは、別にアンタに何も望んじゃいないぜ。アンタはただ快楽を追えばいい」
望まれることに疲れたオスカーを、まるで見抜いているかのような、その科白。
どうする?と差し出された手。
オスカーは一度目を閉じ、そしてゆっくりとその手を取った。



 連れて来られたのは、酒場の二階にある宿だった。本来の宿というよりも酒場で酔い潰れた客を収容する為に
作られた設備らしい。ここならば階下が騒がしくて声をあげても部屋の外には洩れる心配はない。
 部屋へ入ると性急な動作でベッドに抑えつけられた。
「意外に乱暴だな」
「少しくらい乱暴な方がいいだろ?」
アリオスは皮肉気に笑うとオスカーに顔を寄せた。至近距離で翡翠の視線と氷碧の視線が絡む。
「なんでお前と、とは思うが、とりあえず相手がアップでも耐えられる顔だってのは、救いかもな」
オスカーがそう言うとアリオスはクッと笑う。
「ヘンなこと言うヤツだな」
「そうか?…んっ」
続けようとした言葉はアリオスの唇に吸い取られた。啄むようなキスを繰り返し、次第に深いキスへと変わっていく。
やがてするりと忍び込んできたアリオスの舌が口腔を思うままに蹂躙すると、オスカーもそれに応える。お互いを奪い尽くすような濃厚なキスになった。
何度もキスを繰り返しながら、アリオスの手は器用にオスカーの肌を露わにしてゆく。
指先が胸の先端を掠めるとオスカーの躰がビクッと跳ねた。その反応に気を良くして、アリオスはオスカーの首筋に軽く歯をたてる。
「は…ぁっ」
「なかなか、感度良好、か?」
耳の後ろを舌で嬲って囁くと、潤み始めた眸がそれでもきつい視線を向けてくる。余計なことを言うな、と文句を言おうとした声は、かりっと引っ掻くように胸の突起を弄る指の所為で喘ぎに取って代わられた。
「ぁ…っんんっ」
唇を噛んで喘ぎを殺そうとするオスカーに、アリオスが苦笑する。
「声、殺すなよ。アンタは感じるままにしてていいんだ」
宥めるようなキスを送る。舌先で何度も唇を擽り、解かせてゆく。
そうしてオスカーが噛み締めていた唇を解いたそのタイミングを逃さずに、アリオスの手が既に勃ちあがっていたオスカー自身を包んだ。
「ひ、あぁっ!」
緩急をつけて扱いてやれば、オスカーは面白いように反応する。
「や、んぁっ、ア…リオスっ」
たまらない、といった態で自分の名前を呼ぶオスカーに、アリオスもまた欲が高まってくるのを感じていた。
「そのまま素直にしてな」
蜜を滴らせたオスカーの欲望を、巧みな指先で更に高めてやる。同時に舌先で胸を責めてやると、目元を紅潮させたオスカーが縋るような視線をアリオスに向ける。その視線に気づきながらもアリオスは指の動きを早めた。
「アリ、オス・・・っ、も…っ」
「感じるままでいいって言ったろ?ちゃんと、言ってみろよ。望むようにしてやる」
軽く胸に歯をたてて促せば、観念したようにオスカーが懇願した。
「も・・・っ、イか、せて・・・くれっ」
「了解」
「ぁああっ!」
一際強く扱いてやると、アリオスの手に白濁した精を放ち、オスカーは脱力する。
大きく胸で息をし、濃厚な艶を漂わせるオスカーを見遣りながら、アリオスは投げたされたオスカーの片足を自分の肩に担いだ。
「アリオス…?…ぁっ」
怪訝そうな問いかけはそのまま喘ぎとも悲鳴ともつかない声に変わる。
オスカーから放たれたもので濡れたアリオスの指が、オスカーの秘部に触れたのだ。
初めての感覚に困惑するオスカーの視線を受けて、アリオスが笑う。
「力抜いてな」
その声がひどく優しく感じられて、オスカーは素直に躰から力を抜いた。
滑りを伴った指が、つぷり、と穿たれる。違和感は拭いようもないが、痛みはない。
その間もアリオスは、オスカーを安心させるかのように頬や首筋、鎖骨の上に軽いキスを落としていく。
「は・・んっ、ぃつっ・・・くっ」
指が二本になり、中を解しながら蠢き始めると、さすがに痛みを覚えて躰が強張る。
けれど、痛みを口にするのは悪い気がしてオスカーが声を飲み込もうとすると、柔らかく唇を塞がれた。
「ありのままでいいって言ったはずだぜ?」
反論を許さず、アリオスは自らの唇でオスカーの唇を塞ぎ続ける。お互いの吐息すら貪るようなキスをしていると、オスカーの躰が大きく反り返った。穿たれた指がある一点を突いたからだった。
「ここか…」
「やめっ・・・あっ、んんっっ」
集中してそこを責めるとオスカーが激しく頭を振った。生理的な涙が零れる。普段の姿からはおよそ想像もつかないその扇情的な媚態にアリオスは知らず息を呑んだ。
「そろそろ、いいか…」
指を抜き、代わりに怒張した自身をあてがう。びくっとオスカーの躰が震えた。
「少し、我慢しろよ」
「・・・・っ!!」
一気に躰を進めると、声にもならない悲鳴があがった。慣らしたとはいえ、指とは比べものにならない質量が躰の中を埋め尽くす感覚に言い様のない恐れすら感じる。ひゅっと、喉の奥が鳴るような苦しげな呼吸が続いた。
「力、抜けるか?」
そっと、問い掛けるとオスカーが首を振った。初めて感じる異物感と痛みで自分では躰の強張りをどうしようもないのだ。
「ゆっくりでいい・・・。呼吸を整えるんだ」
まるで、子供をあやすかのような優しい響きに促され、ゆっくりとした呼吸を繰り返す。
そうして、呼吸が落ち着きを取り戻したと思った瞬間、アリオスの手が痛みに萎えかけたオスカー自身に愛撫を加えた。
「ぁんんっっ」
呼吸を整えることに集中して無防備だった所為で、今までよりも一際高い声を上げたオスカーは、自分の発した声の甘さに思わず手で口を塞いだ。それを見てアリオスが笑う。
愛撫の手はそのままに、もう片方の手で声を押し殺そうとするオスカーの手を外した。
「声殺すなって言ったろ?」
「そ、んなこと言われ、てもっ・・・ゃんっ」
潤みきった瞳がそれでも抗議の視線を投げかけてくる。それが酷く相手をそそっていることにオスカーは気づきようもない。
とにかく、すべてが初めての経験なのだから。
「聴きたいんだよ、オレが。アンタの声は色っぽくていい」
「な・・・っ、ひぁっ」
それこそ猛然と抗議しようとしたその言葉は結局悲鳴ともつかない喘ぎに取って代わられた。それまで愛撫の手を加えるだけで自身は動こうとしなかったアリオスが急に腰を使ったからである。
「バ、カっ急に動くな・・・っっ」
痛みこそ、さっきまでに比べれば随分緩和されてはいるが、逆に如実に自分の内部の動きを感じてしまって恥ずかしいことこの上ない。
「動かなかったら、気持ちよくねぇだろうが」
「ぁああっ」
感じる一点を抉るように衝かれて一瞬視界がスパークする。女性を相手にしたのでは経験しようもない強烈な快感にそれまでどうにか保っていた理性が奪われてゆく。
「ア、 リオ、ス・・・っ、アリオス・・・・っっ」
支えるものの何も無い、ひどく心許ない気持ちになって目の前の男の名前を繰り返し呼んだ。それだけが、確かなものに思えて。
「何度も言ったろ?ありのままでいいんだって」
口づけの合間に囁かれた声に促され、オスカーは自分を抑える努力を捨てた。
今まで頑なにシーツを握り締めていた手を解き、初めて、アリオスの躰に両腕を回す。
 今この瞬間は、望みの声は何も聴こえない。望まれたところで自分には応えようも無い。
それがとても心地よくて。
 何も考えずにただ躰の感覚だけを追う。自分の内部に収められたアリオスの欲望だけを感じる。
「オス、カー・・・」
オスカーを呼ぶアリオスの声にも快感が滲む。その声の艶に無意識にオスカーの内部の締め付けがきつくなった。
それはそのまま、二人に強烈な快感として跳ね返る。
「ぁぁあああっ!」
「・・・くっ」
聴いた者誰もが思わず反応してしまいそうな甘い声をあげて達し、次いでアリオスもまた、自分の中に欲望を吐き出すのを感じながらオスカーの意識は遠のいていった。


 この旅が始まって以来、初めて訪れた安らかな眠りの中へと。