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midnight lovers




 「ァ・・・」
背を木に預けたオスカーの口から切なげな声が洩れた。
アリオスが紅く熟れた胸の飾りに軽く歯を立てると、オスカーの躰がビクンと跳ねる。
「・・ンンッ」
「あんまり派手に声あげるなよ・・・。大して離れてないんだからな」
アリオスが突起を口に含んだままそう告げると、それもまたたまらない刺激となってオスカーを襲った。
「ア・・リオス・・ッ」
必死な、それでいて強請るな甘さを帯びた声に促されて、アリオスが蜜を滴らせたオスカーのモノを乱暴に扱いてやると、オスカーは洩れそうになる嬌声を唇を噛み締めて堪える。
 深夜の森。
近くには王立派遣軍の仮設の兵営がある。大きな声をあげれば、見張りの衛兵にすぐに気づかれてしまうだろう。
 そんな危険を冒してまで抱き合わなくてもいい。
頭ではそうわかっていたが、心は止まらなかった。心に引き摺られるように、躰も互いの体温を欲した。
 まさか、こんな場所で出逢うなんて思ってもいなかったから。
 
 
 
 
 
 その惑星で起こった暴動は、沈静化するのに時間を要した。
王立派遣軍が暴動の沈静の為の活動を展開したが、完全に暴徒と化した民衆は派遣軍にまで危害を加える有様で、これはサクリアの調整でしか事態は解決しないのではないかと思われた。
 その切迫した事態が急展開を見せたのは、乱れたサクリアの状態の視察を兼ねて直接派遣軍の指揮を取る為に、オスカーがこの惑星に降り立った前日のことだった。
「・・解決した?」
「はい・・・。ああ、もちろんサクリアの調整による抜本的な解決は必要ですが、暴動自体は沈静化致しました」
駐屯地ではないこの惑星での活動の為に仮設された派遣軍の本営で、オスカーは現地の指揮を取っていた連隊長からそう報告を受けた。
「あれほど梃子摺っていたのに、何か策を練ったのか?」
「いえ、それが・・・」
言い淀む連隊長にオスカーが訝しげな視線を送ると、彼は意を決したように答える。
「お恥ずかしい限りではございますが・・・。実は、たった一人の傭兵の手によって事態は解決されたのです」
「傭兵?」
 治安維持の為に活動する王立派遣軍が傭兵を雇うなど聞いたことがない。別に傭兵を雇ったこと自体は咎めることでもないが、たった一人の傭兵の力で片がつく事態に、一個連隊が派遣され、尚且つ成果を上げられなかったというのは問題である。
そう考えているのが伝わったのだろう、連隊長は慌てて言い募った。
「兵士たちはよくやりました。その傭兵というのが、その、何か我々には理解し得ない力を持っているようなのです」
 そんな得体の知れない者を傭兵として雇い入れるのはやはり問題なのではないだろうか、とは思うが、宇宙は広く、例えば占いに長けた火龍族のように、そういった特殊能力を持つ人種がいる可能性も十二分にあったので大して気にも留めなかった。
「・・・まあいい。その傭兵というのには、明日俺が直接会おう。なんにせよ、彼が事態の解決に貢献した以上、派遣軍を代表して礼をしなくてはならないからな」
オスカーがそう言うと、連隊長ははっ、と敬礼した。
 
 
 
 
 
 「なあ、いきなりどうしたんだ?」
あてがわれた兵営の一室で、アリオスは同室の兵士に尋ねた。
先ほどから、兵営全体がやけに活気付いている。暴動が鎮まった今、戦闘準備体勢に入った、というわけでもなさそうだった。
「ああ、総司令官閣下がいらしたんだよ」
「総司令官?」
鸚鵡返しに訊き返すと、兵士は頷いて見せた。
「王立派遣軍の総司令官閣下さ。お姿を拝見できるなんて滅多にないことなんだ」
「総司令官だろ?姿見せなくてそれで務まるのか?」
軍の最高責任者が滅多に姿を見せないなど、組織として健全とは言い難い。
「ああ、あんたは知らないのか。王立派遣軍はこの宇宙を治める女王陛下の軍隊だから、そこらの国家の軍隊とは違うんだ。王立派遣軍総司令官ってのは、炎の守護聖様が就かれる地位なんだよ」
「炎の、守護聖・・・」
「ああ、俺たちが、軍神と崇める方さ。さっき、こちらに到着なさったんだ。だからみんな浮き足だってるんだよ」
「へぇ・・・」
アリオスはとりあえず、納得したように頷いた。
「じゃあアンタもその総司令官閣下の顔見に行くのか」
「そんなことできるわけないじゃないか。守護聖様だぞ?この宇宙を支えてらっしゃる方なんだぞ?俺みたいな軍曹がそんな間近でお顔を拝見するなんて無理だよ。遠くからお姿を拝見するだけさ。それでも、派遣軍全体で大きな式典でもない限りは滅多にない機会なんだ」
「ふーん・・・」
 守護聖というものが、一般人にとっていかに遠く神にも近しい存在なのか、アリオスは初めて理解した。なまじ間近で接したことがあるだけに、どうも実感は湧かないのだが。
 今こうやって興奮気味に総司令官について語る兵士に、自分はその総司令官閣下を抱いたことがある、などと告げたら一体どうなるのだろうか。本気にされないのは勿論だが、下手すれば不敬罪、なんて言葉を持ち出してこられかねないだろうとアリオスは思った。
「あ、でも、あんたはもしかしたらお声をかけて頂けるかもしれないぞ!なんてったって、あんたは今回の暴動鎮圧の英雄だからな」
 いいなあ・・・、と羨望の眼差しを向ける兵士に、アリオスはとりあえず、適当に笑って頷いておいた。
 
 
 
 
 
 深夜、見張り兵の他は兵営全体が眠りについている時間。
本営の一室で眠りに就いていたオスカーは、急に現れた気配に咄嗟に飛び起きた。
「・・・アリオス」
「よう」
目の前に立っているのは、紛れもなくアリオスだった。突然現れたことに驚きはしない。その魔導の力のおかげで、アリオスはいつだって突然現れるのだから。
 だが、こんな所に現れるとはさすがに思っていなかった。
「お前、なんでここに・・・」
「炎の守護聖様が来たって騒がしかったんでな」
部屋の外には衛兵が立っている。自然、二人は声を顰めて話した。
「ヘンだな・・・」
急にオスカーはクスクスと笑い出す。それをアリオスは訝しげに見遣った。
「何が?」
「いや・・・。こんな時にお前と会うなんてヘンな気分だと思ってな」
 守護聖としての職務の為に来た惑星で、まるで逢瀬の約束でも交わしていたかのようにアリオスと逢うことになるとは。
 そんなに頻繁ではないが、普段、二人が会うのはオスカーが聖地を抜け出した時か、そうでなければアリオスが急にオスカーの寝室に現れた時のどちらかだ。オスカーにとっては私的な場所で逢っているという印象が強い。
 だが、ここは守護聖、そして総司令官として訪れた王立派遣軍の兵営であり、部屋の外には衛兵が立っているという公的な場所だ。就寝中だったとはいえ、アリオスに守護聖としての顔を覗かれたような、そんなくすぐったさがあった。
「来いよ。」
そんなオスカーに、アリオスが手を差し出す。
「だが・・・」
オスカーは躊躇った。やはり、ここが公的な空間である以上、いつもと同じというわけにはいかないのだ。
 暴動は沈静化したとはいえ、いつ何が起きるかわからない。何か問題が発生すればすぐさまこの部屋へ人が来るはずで、もしそうなった場合に総司令官が部屋を抜け出していて指示を仰げませんでした、では話にならない。
そんなオスカーの腕を、アリオスは無理矢理掴んだ。
「アリオス・・っ!」
「抱きてぇんだよ」
「・・・」
あまりにストレートな言葉にオスカーはアリオスを凝視する。
 次の瞬間、部屋から二人の姿は掻き消えた。
 
 
 
 
 
 噛み締めすぎてうっすら血の滲んだ唇が痛ましくて、アリオスはそっとくちづけた。
舌先で擽るように、噛み締めた唇を綻ばせる。
「く・・ッン・・ッ」
「あんまり噛み締めんなよ。んな紅い唇じゃ、明日ヘンに思われるぜ?」
「無茶、言う・・な・・ッ」
 声を出すな、唇を噛み締めるな、では一体どうしろというのだ。
だいたい、声を上げさせている張本人にそんなことを言われる筋合いはない、とオスカーは霞みかける頭で考えた。
そんなことを思う間にも、アリオスの手に煽られて、オスカーの熱は高まるばかりだというのに。
 本当は兵営からもっと離れた場所で抱き合えばいいのだが、もしも何か問題が発生した時の為、兵営の動きがわかる場所でなければ絶対に嫌だと、オスカーが頑なに主張したのだった。
「一度イッとけよ」
そんなストレートなセリフとともに、より強く扱かれて、オスカーはアリオスの手の中に精を放った。
「・・・!」
堪え切れなかった嬌声は、アリオスの唇に吸い取られて。
 深く唇を合わせながら、アリオスは蜜を纏った指で、オスカーの秘部に触れた。円を描くようになぞり、やがて一本の指を内へと忍ばせる。くちゅ、という濡れた音が性感を煽った。
「は・・っぁ」
目許をうっすら朱に染めたオスカーの貌が、夜目にも美しい。
 それを見るアリオスの中にあるのは、明らかな優越感。
すぐ近くには、派遣軍の兵士たちが大勢眠る兵営がある。彼らが軍神と仰ぎ、遠目であっても一目その姿を拝めるというだけで浮き足だっている、その相手が、今自らの腕の中で甘い嬌声をあげている。彼らが崇める守護聖という神にも等しい存在を、こうやって自分の手で乱すことへの優越感だった。
 今まで、オスカーと会うときは、彼が守護聖である、ということをあまり意識したことがなかった。そんな神聖な存在だと思うには、彼があまりに人間臭いからだ。尤もこれはオスカーだけに限ったことではないが。
「ンン・・・ッ!」
次第に中を抉る指の本数を増やしていくと、オスカーがかぶりを振った。
 昼間、炎の守護聖が来ている、と聞いた時、何故だか無性に抱きたくなった。
オスカーの許へ行って姿を見たら、その衝動は更に強くなった。
 守護聖という貌を見せるオスカーを抱いて、自分だけが知っている貌に変えたいと、そう思ったのかもしれない。
自分でも気づかないうちに、随分と執着していたようだ、とアリオスは苦笑し、目の前に曝け出された首筋を強く吸った。
「アリ・・オ、ス・・」
甘い声で切れ切れに呼ばれる。その声に誘われて、アリオスは指を抜くと、自身でオスカーを貫いた。
 再び唇を合わせて、あげられた悲鳴にも似た喘ぎを押し込める。
オスカーが少し落ち着いたのを見計らって、激しく突き上げた。
「・・ン・・・ッ!」
「・・っ」
絶え間なく洩れそうになる声を、オスカーは目の前のアリオスの肩に噛み付くことで堪える。一瞬走った痛みにアリオスは眉を顰めたが、オスカーを離そうとはしなかった。
 ガクガクと躰を揺さ振るように突き上げられ。
オスカーが一際強くアリオスの肩に噛み痕を残すと、アリオスもまた、オスカーの内部に熱い欲望を迸らせたのだった。
 
 
 
 
 
 アリオスがつけた鬱血の痕は、ギリギリのところで正装の襟に隠れた。
それでも気になって、時々首筋に触れてしまう。
「何か、お加減が悪いのですか?」
事ある毎に首に触れる総司令官の様子に、脇に控えた連隊長が不安そうに尋ねてきた。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
安心させるように笑って見せて、オスカーは正面に向き直る。
 この惑星の不安定なサクリアの状態は既に昨日の段階で把握してあった。
今日はこれから暴動沈静化の立役者だという傭兵に会って報奨金を渡したあと、駐留兵の前で激励の言葉を述べたらすぐに聖地へ戻ることになっている。
 アリオスの姿は、オスカーが気づいた時には既に消えていた。
強い快感に意識を失った自分を本営に戻し、躰を清めてくれたらしい。
あの男でもそんな心遣いをするのだな、と思うと妙に可笑しかった。
「閣下」
「ああ、わかった」
謁見の準備が整ったことを告げる連隊長にオスカーは軽く頷くと、司令部の隣りに急遽設けられた謁見室へと足を向けた。
 
 
 
 
 
 「総司令官閣下がお見えだ」
自分をここまで案内してきた兵士が幾分緊張した声で告げるのに、アリオスはおざなりに頷いて応えた。
 兵士たちの敬礼に迎えられ、上座に立った人物は、アリオスを見ると軽く目を見張る。
だが、次の瞬間、総司令官は意味ありげに眸を眇めると、自分の首筋を人差し指で軽くトントン、と叩いて見せた。
 こんなところに痕を残すな、と言いたいのだろう。
「今回の暴動沈静化にあたって、我が派遣軍が随分世話になったらしいな。軍を代表して礼を言う」
私的な感情など一切匂わせない言葉とともに、手渡された報奨金。
「・・・別に。行きがかり上、手を貸してやっただけだ」
それを受け取りながらアリオスは、いかにも組織に属さない傭兵らしくそっけなく言葉を返してみせる。
 だが、口の端を片方だけ持ち上げるような、そんな皮肉気な笑みを浮かべて相手を見ると、自分の右肩を軽く竦めて見せた。
 オマエがつけた噛み痕がまだ少し痛むのだからお互い様だ、と伝わっただろう。
「それほどの腕なら、派遣軍でも相当の地位を用意できるんだがな」
「生憎、オレは組織に組み込まれる気なんかねぇんだ」
「そうか・・・」
白々しい会話を長く続けるのも面倒だ。アリオスはくるりと総司令官に背を向ける。
「貰うモン貰ったらオレは用済みだ。とっとと消えることにするぜ」
「待て」
意外なことに、総司令官はアリオスを引き止めた。訝しげに振り返ると彼はじっとこちらを見つめていた。
「まだ聞いていなかった。お前の名は?」
 悪戯でも仕掛けているかのように、楽しげな声だった。
それに、アリオスもニヤリと笑って返す。
「名乗るほどのもんじゃねぇよ、総司令官閣下」
少なくとも、守護聖様、とか、総司令官、とかいう輩に名乗る気はなかった。
その答えに彼も苦笑する。
「俺はオスカー。・・・次に逢ったときにはお前の名も教えてくれ、傭兵」
次に逢うときは、またいつものように人間臭い一個人として逢うだろうから。
「次に逢ったとき、な」
アリオスは軽くそう言うと、謁見室を出て行き。
そうして、不思議な力を持った傭兵は、忽然と兵営から姿を消したのだった。