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アイノコトバ

 
 
 
 誰かを腕に抱いて誕生日を迎えたことなら何度もあったが、誰かの腕に抱かれて誕生日を迎えたのは初めてだった。
 白檀の香りが漂う闇の褥。
思いの外力強い腕が肩に回され、オスカーはクラヴィスの胸に頭を預けるようにしてぼんやりと過去のこの日を思い返す。
去年までは柔らかな女性の躰を抱きとめていたはずが、今年はこうして抱きとめられている事実が、なんともいえない苦笑いを浮かべさせた。
「何を笑っている…」
ふいにかけられた声にオスカーは身を起こしてクラヴィスの顔を見た。
「起きてらしたんですか。眠ってるものだと思ってましたよ。」
闇に溶けて黒く見える紫紺の瞳が、思いの外冴えた光を放っているのに驚いてオスカーがじっと見つめれば、クラヴィスは手を伸ばし、夜目に鮮やかな緋色の髪を梳いた。ひんやりと体温の低い指先が繰り返す動作に気持ち良さそうに目を眇める様は、さながら猫科の動物のようで。
「猫でも飼い慣らしているような気分だ」
素直に口に出せば赤毛の猫は嫣然と微笑い、顔を近づけて飼い主の唇をぺロッと舐めた。
「猫なんて、可愛らしいものに例えられるとは心外ですね。」
顔を寄せたまま紡がれた囁きは、背筋に震えが走るほど抗い難い艶を含んでいて。
誘われるままに深く口づける。
 
 
 
 快楽に従順なオスカーはクラヴィスの手が与える刺激を貪欲に受け取り、二人の間に熱を生み出す。
まるで冷めることを知らないかのようにそれは高まってゆく。
求められるまま、求めるまま、濃密な空気が辺りを支配した。
「ァ…、ッ」
オスカーは自ら腰を落としてクラヴィスの欲望を身の内に飲み込んでゆく。クラヴィスの手が熱く滾る自身を煽り、更なる快感を得ようと淫らに腰を揺らす。
「ク、ラヴィ…、ぁあっ」
闇の褥に、緋色の髪が舞った。
 
 
 
「誕生日プレゼント、下さいますか?」
未だ色濃く艶の漂う空気の中、オスカーが悪戯でも仕掛けるかのような声で言った。
「無理難題でなければ、な。」
対するクラヴィスの声も悪戯に応対する程度の軽さだ。
「では、プレゼントとして、約束して下さい」
「…?」
意外な言葉に軽く眉を上げ続きを促せば、オスカーは酷く無邪気な笑顔を浮かべた。
「『愛してる』とか『好きだ』とか。そんなセリフは絶対に吐かないと約束して下さい。」
普通は逆な気もするが、元々愛の言葉などとはあまり縁のないクラヴィスだ。あっさりと頷いてみせる。
「いいだろう」
「ありがとうございます」
 言葉など、いらない。ただ黙って受け止めてくれる腕があればいい。言葉で縛り付けなくとも、その眼差し一つでオスカーはクラヴィスから離れられないのだ。クラヴィスの口から陳腐な愛の言葉など聴きたくなかった。
「代わりに…」
「??」
今度はオスカーが首を傾げる番だった。
「私の心をおまえにやろう」
まるで、何か土産でも渡すかのような気軽さで口にされたセリフは、その軽さ故にクラヴィスらしい気がして。
オスカーはくすくすと肩を揺らして笑った。
「食えない人だな」
陳腐な愛の言葉など口にしないと約束した直後にこんなセリフを吐いてみせる。
「別に愛の言葉ではなかろう?」
「そうですね。そういうことにしておきましょう」
オスカーは笑いを収めて至近距離でクラヴィスを見つめた。
「では、あなたの心、確かに俺が頂きましたよ」
その言葉が響き終わらないうちに、今宵何度目かわからない口づけが交わされた。