愛されてると思ったことなんてなかった。
記憶の中の男はいつも、ティーダをからかい、嫌なことしか言わなかった。
家にいることの方が稀で、そしてたまに家にいれば大好きな母親を独占していた。
嫌い、大嫌い。
何度言っただろう。男はその度に苦笑いして肩を竦めていた。
…今にして思えば、その顔にはいつだって、不器用な男の後悔が浮かんでいたのに。
「…バカだ、あんた」
オレもバカだけど。
淡い光を放ち今は何も映さないスフィアを前にしてティーダは呟く。
息子に見せてやりてぇ。
そう言って旅の先々で記録されたスフィアには、男の不器用な愛情が溢れていた。
自分の知らなかった、「父親」の顔をした男。
「……バカだ」
そんなに愛してくれていたのなら、それを見せてくれればよかったのに。
言葉がなくても、ただ、その大きな手で頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれればよかった。
その掌で。温もりで伝わることだってたくさんあるのに。
そんなこともわからないなんて、なんて不器用な男なんだろう。
けれど。
記憶の中の自分に構う男の眸にはいつだって、暖かい愛情が滲んでいた。
言葉も温もりもなくても。視線だけで感じられることだってあるのに。
そんなことも気づかないなんて、なんて自分は鈍いんだろう。
「…ホント、バカだ」
なにもかもが、もう遅い。
男は世界の脅威と成り果て、自分はそれを倒す旅の途中にある。
次に顔を合わせる時、それは永遠の別離に他ならない。
それでも。
「………会いに、行く」
たとえ、男がもう父の記憶を失くしていたとしても。
自分を見ても、何も思い出せなくなっていたとしても。
男は、他の誰でもない、息子である自分に殺されることを望んだから。
「待ってろよ、親父」
殺し合いでしかなくても。それでも、そんな残酷な方法でも伝えられることはある。
アンタの、息子でよかった、と。