願い事って、叶わないと知ってても願ってしまうものなのかな。
空が高い。
遺跡の街で寝転がって見る夜空は、高くて広くて、蒼くて。
星がたくさん見えて、月がすごく大きくて綺麗だ。
オレの知ってたこの街で見る夜空は、イルミネーションで霞んで、月も星も見えなかった。
でもそれがオレにとっては自然で、好きだった。色んな光、音、思い思いのカッコしたヤツら。雑多で、静かな場所なんてないエネルギーに満ちた街だった。
こんな、ひっそりと寂しい遺跡になっちまうなんて誰が思っただろう。
さっき、夢を見た。
懐かしいこの街の、自分の家に帰った。
・・・夢、なんだって。
オレって存在も全部、夢なんだって。千年前のスピラに存在したザナルカンドの人たちが、祈り子になって見続けてる夢。
オレの記憶も、なにもかも。
・・・んな話、あるかよ。
オレは、生きてるのに。
こうやって、寝転がって空を見て、風を感じて、草を掴んで。
夢だなんて、片付けられてたまるかよ。
でもなんか、すごく不安なんだ。自分が何者なのかわからなくなった気がして。
まだユウナを死なせずに済む方法も考えついてないってのに、こんなんじゃ余計頭ン中グチャグチャになっちまう。
お願いだ、これ以上オレを混乱させないでくれ。そんなに許容量ないんだ。知らない世界に飛ばされて、訳わかんないままバケモノと戦って、シンはオヤジだって言われて、シン倒すにはユウナが死ななきゃいけないって知って。今度はオレが祈り子の夢だなんて言われても、オレには何がなんだかわかんないよ。
スピラの人たちは、本当によく祈る。
オレの知ってるザナルカンドじゃ、宗教とか、なかったから。
オレには最初スピラの人たちのその感覚がよくわからなかったけど。
今になってようやく少しわかった気がする。
目の前に突きつけられたものがあまりにも残酷で、強大で。自分に何ができるのかわかんなくなるから。
だから、祈るんだ。
オレは、スピラの民じゃないから、同じように祈りはしないけど。
でも思えばスピラに来てからずっと、オレは何かを願ってた。
帰りたい、とか。
シンを倒したい、とか。
ここ最近はずっと、ユウナを助けたいって。
どれも、どうすればいいのかわかんないものばっかりだ。どうやったら、ユウナを死なせずにシンを倒してザナルカンドに帰れるのか。考えても考えても、全然いい方法が浮かばない。このままじゃ、明日にはユウナは最後の祈り子のところで究極召喚を手に入れちまう。こんなとこでウダウダしてる場合じゃないってのに、オレは夢だとか言われて・・・。
見上げた空にはデカい月が浮かんでる。気づかなかったけど、きっと、オレのザナルカンドにも浮かんでた月。
なあ、お願いだ。これ以上訳わかんないのはやめてくれ。ユウナを助ける方法を思いつかせてくれ。それと・・・。
それと、もし本当にオレが祈り子の夢だっていうんなら。
頼むよ。
オレを、消さないでくれ・・・。
アーロンは、寝転んで月を眺めている少年の姿を見ていた。
少年の姿に、かつての親友の姿を思い出す。ジェクトもまた、ああやって悩んでいた。自分があやふやな存在であること、家族の許に帰れそうにないこと、守ってきたブラスカを死なせなければならないこと・・・。
因果は、巡るのか。
究極召喚の道を選んだ男の娘は今また悲壮な決意を以って同じ道を辿ろうとし。
究極召喚獣となることを選んだ男の息子もまた、ガードとして同じ壁にぶつかっている。
そして、十年前、目の前の悲劇に何も出来なかった自分もまた、十年前と同じ光景を見ている。
因果は巡り、死の螺旋は途切れることなく、悲劇は繰り返されるのか。
アーロンは、寝転ぶティーダの姿が視界に入る位置で近くの木に寄りかかると、前方に広がる遺跡の街を見遣った。
共に旅した男の言っていた故郷。千年前に滅んだ街の風景を嬉々として語る男の言葉をアーロンは信じていなかった。死人となって自らが迷い込むまでは。
ジェクトが語っていた通り、煌びやかで華やかで喧騒に満ちた街。シンの脅威に晒され続けたスピラには存在し得なかった屈託のない空気。その空気に触れて初めて、アーロンはジェクトがどれほどの想いを抱いていたのかを知った。帰りたいと願い続け、帰れないと諦めた場所。
そこで、男に託された少年と出会った。弱々しく涙腺の緩い頼りない子供。それでも、身勝手な父親への精一杯の意地で強く在ろうとしていた少年。
「ふん�・�・�・。」
酒瓶を煽りながらアーロンは視線を寝転んだままのティーダに戻した。
何をしているのか、まるで幼子がするように手を空に伸ばしたり引っ込めたりしている。
その少年が今、この大陸の運命を変えるかもしれない。諦めの充満したこの土地で、そんなものの存在しない世界から来たが故に、諦めることを真っ向から拒否することのできるティーダは少しずつ、けれど確実に、諦めることに慣れた者たちに影響を与えている。それは勿論、ガードだけではなく、究極召喚を目指すユウナにも。
彼らが明日、死の螺旋に囚われた者を前にして、どんな決断を下すのか。
十年前と同じことを繰り返そうとするのか、それとも何か別の道を行くのか。
アーロンは彼らの選択をギリギリまで見守ってやるつもりでいる。けれど、彼らが死の螺旋の道を選ぶのなら、全力を以ってそれを阻止する。
ブラスカもジェクトも、アーロンに「頼む」と言ったのだ。誰よりも愛しい、けれど親として、成長を見守ることのできなかった子供を。それは決してスピラの死の螺旋の犠牲にする為ではなかったはずだ。
「ふん�・�・�・。」
面白くなさそうにアーロンは再び酒を煽った。
悲劇を全力で阻止する覚悟はできている。しかし、アーロンには予感めいた確信があった。
彼らは、螺旋を断ち切り、スピラに新たな時代をもたらすだろう。
夢の街から来たジェクトがシンであり、その息子であるティーダもまたザナルカンドからスピラへと導かれガードとなった。
彼らだからこそ、螺旋を断ち切れる。諦めを知っているスピラの者では為し得ないことを、諦めを否定できるティーダなら、為し得るだろう。
・・・だが、それにはティーダに辛い決断を強いることになるが。
「本当に生きている世界」を実感させてやって欲しいと、ジェクトが言っている気がしてアーロンはティーダを夢のザナルカンドから現実のスピラへと連れ出した。その選択が間違っていたとは思わない。ジェクトは確かにティーダがスピラに来ることを、ガードとしてシンとなった自分を倒すことを望んだ。けれど、果たしてそれはティーダにとって幸せなことだったのか。
その答えは、今、月に向かって手を伸ばしている少年だけしかわからない。
「埒もない�・�・�・。」
アーロンは空になった酒瓶を不機嫌そうに見つめると、頭上に輝く月を見上げた。
願いなどするだけ無駄だ。十年前、嫌というほど思い知った。けれど。
願っていてやりたいと思うのだ。
せめて、いずれ消えゆく少年が自分の物語に納得できるように、と。
いろんなことがあったなって、思い出す。
わけわかんないことだらけで、不安で。でも、ワッカにルールー、キマリ、リュック、それにユウナと出会って。アーロンにも再会して。一緒に旅して、戦って。
ザナルカンドとは全然違う風景。機械が禁じられてて不便で。
でも、気づいたらスピラのこと、好きになってた。
ここの人たちはみんな、一生懸命だ。ちょっとでも幸せになろうって。召喚士とガードを犠牲にして成り立つ世界だったから、余計に。犠牲を無駄にしないよう、頑張ってた。
「ザナルカンド、案内できなくて、ゴメンな。」
みんなを連れて行きたいって。案内したいってホントに思ってたんだ。全部終わればそうできるって思ってた。まさか、自分が消えちまうなんて、思ってなかったからさ。
ユウナが泣いてる。
ゴメンな。アーロン送るだけでもユウナにはツラかっただろうけど・・。オレのことも送って欲しい。
みんなと会えなくなるの、寂しいっス。これから新しい英雄にされて大変だろうユウナを支えてやれないの、悔しいっス。けど、オレの物語は、ここまでだから。
怖くないわけじゃない。生きてたいよ、みんなと一緒に。
でもさ、大丈夫。
アーロンがさ、待っててくれるって言ってたから。
とりあえず一人じゃないってちょっと安心、だろ。
あのオッサン、傍若無人だからさ、あんまり待たせるといなくなりそうだし。
そろそろ、行くよ。
・・・ゴメンな、ユウナ。
ユウナは強いから、きっとこれからも大丈夫だよ。新しいスピラを創っていける。
ありがとう、みんな。元気でな。
オレは勢いよく、飛空挺のデッキからダイブした。
スピラに来てから、オレはずっと何かを願ってた。
夜になって、みんな寝静まるといろんなことが頭ン中をグルグルして。
そんな時は外に出て、地面に寝転がって空を見てた。
澄んだ夜空にはデッカくて綺麗な月が出てて、星がたくさん見えて。
そんな月を見て、なんとなく、オレは願い事をしてた。
体がスーッと空気に溶けてくような感覚を味わいながら、思い返す。
スピラに来てしばらくはずっと、帰りたいって。
遺跡のザナルカンドに行ってからは、消えたくないって。
ああ、もうスピラの景色も視えなくなってきた・・・。
何度も何度も月に願い事して。
諦めたくなくて、認めたくなくて。
帰りたい。
消えたくない。
頑なに、願い続けてた。でも。
知ってた。
心のどっかで、オレはわかってたんだ。
月にする願い事は、叶うはずのない願いだって。