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「先程も言ったように、魔女は魔女の力を持ったまま死ねません。瀕死の魔女は、力を継承する相手を探していました。その魔女がどうやってその場に現れたのかは解りませんでしたが、彼女に再び何処かへ移動するほどの力が残っていないことはすぐに知れました。このままでは、愛しい子供たち…当時孤児院にいた、キスティスとセルフィのどちらかに力が継承されてしまう、そう考えた私は、その魔女の力を継承することにしました」
「魔女がさらに魔女の力を継承した、ということか」
クラウドの確認に、そうです、とイデアは頷いた。
「少年は私に言いました。『ガーデンはSeeDを育てる。SeeDは魔女を倒す』と。私は彼に帰るべき場所へ帰るよう言い、彼は私にSeeD式敬礼をして去っていった…。私は、ガーデンを創り、SeeDを育てようと決めました。遠くない未来、欲望に支配された魔女が現れるその時の為に」
「ちょっと待ってくれ」
フリオニールが口を挟んだ。
「ガーデンを貴女が創ったのか?でも、貴女のところに現れたのはSeeDだったんだろう?」
誰が聞いても矛盾に気づくだろう。ガーデンで育ったSeeDに出逢ってガーデンを創立するなんて有り得ない話だ。
「その通りです。普通ならば有り得ない。けれど、私が出逢ったのは未来のSeeDだったのです。そして私に力を継承したのは、遠い遠い未来の魔女・アルティミシア」
「アルティミシア…!!」
あの魔女の力を、目の前のイデアが継承したというのか。9人が驚きを顕わにすると、その様子に逆に驚いたようにセルフィが口を開いた。
「キミたち、アルティミシアのこと知ってるんだ??」
「アルティミシアも異世界に召喚されていた…。オレ達の敵だったがな」
クラウドの答えに「じゃあ、はんちょもまたそこでアルティミシアと戦ったんだ…」とセルフィが呟く。
「話を続けましょう。私たちはガーデンの設立に奔走し、それが叶ったのが14年前。その頃にはキスティス、アーヴァイン、ゼル、セルフィは里親に引き取られて石の家を後にしていましたが、石の家に残っていたサイファーとスコールは、ガーデン設立と同時に入学したのです。そして私はガーデンの運営を夫に任せ、エルオーネを乗せた船に移りました。そこでも、子供たちを育てていましたが、数年で船を降り、身を隠すことにしました」
「何故…?」
「私の意識への、アルティミシアの侵食が激しくなってきたからです」
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「1つ、訊きたいんですけど」
オニオンが手を挙げた。
「魔女の力って、継承した相手の意識が残るものなんですか?」
その問いに、いいえ、とイデアは首を振った。
「魔女の力とは、始祖の魔女ハインが人に分けた半身の力。本来なら力を持たぬはずの人を仮初の宿主として受け継がれていくものです。魔女が強大な力を持つと言っても所詮は仮初の宿主。宿を提供している間だけ、その力を使えるに過ぎません。魔女の力そのものに与えられる影響など極々僅かなのです。アルティミシアが私の意識に侵食してきたのは、私が彼女の力を継承したからではありません」
溜息を吐くイデアの姿は、やはりあのアルティミシアからは程遠い。
「普通であれば、魔女は力を継承してしまえば、ただの人に戻ります。ただの人に、他人の、しかも強大な魔力を持った魔女の意識を侵食できるような力などありません。しかしアルティミシアは遠い未来の魔女。私が彼女の力を継承しても、魔女の力を持った彼女は今この時より遥か先の未来に存在しています。私の意識を侵食したのは、未来のアルティミシアなのです」
「うあー、頭ぐるぐるする…」
ティーダが呟いた。
「つまり…本来ならば、一方向の矢印の連続だったはずの魔女の力の継承に、アルティミシアから貴女という逆方向の矢印が挟まれた、ということですね?」
セシルの確認に頷いたイデアは、ちら、と背後にある隣室への扉を振り返る。
「先程、エルオーネには魔女とは違う特殊な力がある、と言いました。あの子の力は、人の意識を過去に送り込める、というものです」
「過去に…?」
「アデルがエスタを支配した当時、アデルは自らの後継者を捜す為に世界各地で女児誘拐を行いました。エルオーネもそうやってエスタに連れ去られ、そこで、その不思議な能力が発見されたのです。オダイン博士…擬似魔法やジャンクション技術を確立させた天才科学者ですが、彼はエルオーネに興味を示し、熱心にその力を研究した結果、アルティミシアの時代にはエルオーネの力をある程度まで再現した機械が完成していました。アルティミシアは『ジャンクションマシーン・エルオーネ』と名づけられたそれを使い、過去に自らの意識を送り込んだのです。より確実に過去へと意識を送る力…エルオーネ本人を手に入れる為に」
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イデアの話は続く。
「エルオーネの力には、1つの制限があります。それは、エルオーネの知っている人間の意識を知っている相手の過去にしか送れないということです。アルティミシアが使った機械がどれ程の能力を備えているのかは判りようもありませんが、エルオーネを捜す程ですから、彼女の持つ力の完全再現には至っていないのでしょう。普通であれば、遠い未来のアルティミシアが、この時代に意識を飛ばすなんて不可能だったはず。けれど彼女は魔女でした。知り合いでもなんでもない、しかし魔女という最大の共通項を持つ相手に意識を飛ばすことが可能だったのです」
「それが貴女だった…」
「当時、アデルはエスタ政府の管理下で厳重に封印され外部からの接触を断たれていましたから、アルティミシアが私に接触してきたのは当然でした。日増しに強くなるアルティミシアからの意識侵食に、私はエルオーネの情報を渡さない為、1つの決断をしたのです」
イデアの隣りに座るシドや、壁に寄り掛かって話を聞いている彼らの子供たちの表情が曇った。
「私は自分の意識を閉ざし、アルティミシアに私の体を明け渡しました」
「え、それって…」
思わず、と言った様子でティナが反応すると、イデアは彼女に向かって頷く。
「そうです。アルティミシアは私の体を使い、彼女の目的達成の足掛かりとしてこの時代の世界の征服に乗り出すことは目に見えていました。しかし遅かれ早かれ、アルティミシアが私の意識を侵食し尽くすのは必至ならば、せめてエルオーネの情報は渡さずに、私は子供たちに命運を託したのです。欲望に支配された魔女を倒す為に、ガーデンを創り、SeeDを育てたのですから。…それにこれも、定められた運命の1つだと知っていたから」
「運命?」
その問い掛けに、イデアは寂しげに微笑んだだけで直接答えようとはしなかった。
「そして2年前、子供たちの物語が大きく動き出したのです」
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9人は聴く。2年前、スコールが駆け抜けた日々の話を。
スコールが成績優秀でありながら、その他人に無関心な態度と、サイファーに吹っ掛けられる喧嘩を律儀に買ってみせるが故に問題児扱いされていたこと。(額の傷の話もそこで知った。「まったく、2人揃って負けず嫌いも程々にしなさいよね」とキスティスが呆れたようにサイファーの耳を引っ張り、「2年も前の話で今更説教すんじゃねぇよ」とサイファーが不貞腐れた)
SeeDに無事合格したスコールが、就任パーティーでリノアとダンスを踊ったこと。
(どう考えても余分な話だったが、セルフィの「はんちょ、カッコよかったよ~!最初はぎこちなかったのに、あっという間にダンスマスターしてもうてん」というセリフに「あのスコールが…?ダンスを踊る…?」と密かに9人に衝撃が走った)
スコールを班長とするゼル、セルフィの新米SeeD3人の初任務でティンバーへ向かったこと。その道中、急激な眠気に襲われ、彼らが過去のラグナ達の意識に接続されたこと。
(「いやぁ、あん時はホントに驚いたぜ~!頭がザワザワってしたら、バババッてすげー技使えて、敵がヒューンスパッドーンってなっちまってよ」とラグナが言ったが、具体的なことは全く解らなかった)
ティンバーで、リノアに再会し、彼女の属するレジスタンス「森のフクロウ」の支援をすることになったこと。レジスタンスがたてた軍事独裁国家ガルバティアのデリング大統領誘拐計画。失敗に終わったこと。サイファーが処刑されたと思われたこと。
(「いきなり『過去形にされるのはごめんだからな!』っつって飛び出していったんだぜ、スコールのヤツ。アイツ、ギリギリまで頭ん中で考えて、限界超えると突然行動すっから、こっちは訳わかんねぇことになるんだよなぁ」とゼルがボヤくと、「…不言実行ということか」と真面目にライトが呟いて「それ絶対使い方間違ってると思うっス…」とよりによってティーダに突っ込まれていた)
魔女イデアの暗殺作戦。それが失敗に終わった事。彼らが収容所に連行された事。そこからの脱出。バラムガーデンに帰還するも、学園長派と理事長派に分かれての学園紛争が起こっていたこと。
(「短期間でガーデンを設立・運営するのに十分な資金を持った出資者だったんですけどね…。ガーデン設立時にはこちらも事を急いでましたし、人格面まで考慮して出資者を探している余裕がなくてねぇ」とシドが笑って言ったが、収容所からなんとか脱出して帰還した途端、学園長派として戦う羽目になったスコール達はそれどころではなかっただろう、と容易に想像できた)
スコールがバラムガーデンの指揮官に任命されたこと。フィッシャーマンズ・ホライズンでの駅長の説得。トラビア・ガーデンで、アーヴァインにより、彼らは昔の記憶を取り戻し、倒すべき相手が大好きだった「まませんせい」であると思い出したこと。G.F.による記憶障害をはっきりと知ったこと。それでも戦う道を選んだこと。
(「だって、G.F.の力がなかったら魔女に対抗なんてできないからね~」とアーヴァインが軽い調子で言ったが、それしか道はなかったのだということは9人にも理解できた)
魔女イデアの支配下に置かれたガルバディアガーデンが攻撃を仕掛けてきて、ガーデン同士の戦闘になったこと。ガルバディアガーデンに乗り込んで、魔女との直接対決になったこと。ギリギリではあったが、魔女イデアに打ち勝った事。
そして。
その戦いでリノアがイデアから魔女の力を継承してしまったこと。
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当初リノアが魔女の力を継承したとは判らなかったこと。彼女は意識を失ったまま目覚めなかったからだ。イデアが魔女の力を失い、代わりに自我を取り戻したことで、恐らくリノアに力が継承されたのではないかという推測はできたが、確定はしていなかった。
スコールが、エルオーネに会う為に彼女を連れてエスタを目指したこと。目的は、エルオーネの力で意識を失う前のリノアに「接続」して貰い何が起きたのか知ることだった。
ガーデンを飛び出したスコールを、仲間たちが先回りして合流したこと。
エスタに辿りついたものの、エルオーネがルナサイドベースに行ってしまっていたこと。スコールもそれを追ったこと。スコール達が宇宙に行っている間に、リノアに接続したアルティミシアの命令を受けたサイファーにより、海中に沈んでいたルナティックパンドラがティアーズポイントに引き上げられたこと。それによって月からのモンスター降下現象「月の涙」が起こったこと。
宇宙ステーションで、リノアがアルティミシアに操られ、アデル・セメタリーの封印を解いてしまったこと。封印を解く為にリノアが宇宙空間に放り出されたこと。それを助けにスコールも命の危険を顧みずに宇宙へと飛び出したこと。
アデル・セメタリー打ち上げの際のブースターとして使用され、その後回収不能となっていた飛空挺ラグナロクが月の涙の影響で地球の外周軌道上にまで引き寄せられ、2人はそれを手に入れ、地上まで戻ってきたこと。
地上帰還後、やはり推測通り魔女となっていたリノアが、魔女記念館での封印を受け入れたこと。それをスコールが止めずに行かせてしまったこと。仲間の言葉で自分の感情に素直に従うことを決意したスコールが、封印されかかっていたリノアを助け出したこと。
エスタ大統領ラグナからの正式なバラムガーデンへの魔女アルティミシア討伐依頼。
そして、「愛と勇気、友情の大作戦」
アルティミシアの時間圧縮魔法発動によって、現在過去未来の境がなくなった世界でアルティミシアと対峙したこと。
これらの話を、この部屋に集う人々が代わる代わる口を開いて9人に聴かせた。
何しろ、今この部屋にいる者たちは皆、2年前の戦いに、それぞれの立場から関わった当事者たちだったから、同時期に起こった話なども、互いに補完することが出来る。魔女イデアの、そしてアルティミシアの騎士としてスコール達とは敵対したというサイファーはさすがに自ら進んで口を開こうとはしなかったが、キスティスに「そうでしょ?」と無理矢理話を振られて口を開かされていた。…会って然程時間が経ったわけではないが、なんとなく、この2人の関係性を理解した9人である。
「元々、アルティミシアがこの時代に接続してきたのは、エルオーネを手に入れる為と、もう1つ、目的がありました」
イデアはそう言った。
「それは、『伝説のSeeD』を殺すこと」
「伝説のSeeD…?」
「本当に魔女を倒す力を持ったSeeDです。アルティミシアの時代にまで『伝説のSeeD』という呼び名で語り継がれていたのでしょう。強大な魔力を持った魔女をも倒す力の持ち主…。彼女はそれを、時間圧縮発動の際の障害になると考え抹殺しようとした。…そんなこと、できるはずもないのに」
「できるはずもない?」
イデアの言葉に違和感を覚えてジタンが訊き返せば、イデアは静かに頷いてみせる。
「最後の戦いで最も難しいのは、魔女を倒すことではなく、その後時間圧縮された世界で、本来の自分たちの戻るべき場所に帰ってくることでした。自らの帰るべき場所、大切な人の顔、それらを強く思い浮かべ道標としなくては帰ってこられません。この子達はなんとか帰ってきました。けれどスコールは…最後の最後で、G.F.使用による記憶障害が出てしまった…。時間圧縮世界という時間と空間の概念が滅茶苦茶な世界にいたことも影響したのでしょう。あの子は、帰るべき時代も、帰るべき場所も、解っているのに上手く思い浮かべられなくなってしまったのです」
「そんな…」
「上手く思い出せない記憶の中で、恐らくスコールは、子供の頃の強い記憶…あの子のトラウマとなった記憶を思い出した…。大好きな『おねえちゃん』がいなくなって捜し歩いた頃の記憶です。スコールは、自分が子供の頃の、石の家にやってきた。そのスコールの通った道を辿って、力を継承する相手を探す瀕死のアルティミシアもやってきた…」
「待ってくれ、それじゃ…」
「そうです。15年前、私にガーデンとSeeDの存在を教えた少年。それはその時から見れば未来のスコール。スコールこそが、アルティミシアという『魔女を倒した伝説のSeeD』なのです」
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そうだ、アルティミシアに「伝説のSeeD」の抹殺などできるはずもない。スコールはアルティミシアを倒したからこそ「伝説のSeeD」と呼ばれ、そして、アルティミシアが「伝説のSeeD」という存在を知っているということは、アルティミシアが倒された何よりの証拠なのだから。
「それじゃ、まるでこの世界は…」
バッツが上手い言葉が見つからない、といった様子で言いあぐねる。
「ええ。アルティミシアの時代が、100年先か200年先か500年先か、或いはもっと遠い未来なのかは定かではありませんが、15年前から、そのアルティミシアの時代まで、この世界の時間は円を描いている、と言っていいでしょう。アルティミシアを倒したところで、現在から彼女の時代までの世界は救えてもその先の未来には続かない…」
それは、あの異世界の戦いの繰り返しともまた違う、けれど似たような絶望感を齎すものだ。
「でも、今は違います」
「え?」
「はっきり断言できるわけではありません。けれど、恐らくこの先の世界に、魔女のアルティミシアは生まれないでしょう」
「なんでっスか?」
ティーダの問いに、イデアは微笑む。
「15年前の石の家で、私はスコールにどうやって帰るかわかっているかと訊きました。あの子もそれに頷きました。けれど、記憶障害は時間圧縮世界を彷徨うことで加速し、あの子は、思い浮かべはできなくとも解っていた筈の大切な人や場所すら、とうとう解らなくなってしまった…。呼びかけることもできなくなったのだと言っていました。私たちは、本来のこの世界の歴史では、どの時代にも行くことができずにスコールは亡くなるはずだったのではないかと思っています」
イデアは9人の顔をじっと見据えてそう言った。
「だが、眠っているとは言え、スコールは現にこの世界に戻ってきている。それに、さっきあんたは魔女のアルティミシアも生まれないだろうと言った。それは、本来の歴史を捻じ曲げる事象が発生したということか?」
クラウドの冷静な問い掛けに、イデアはもう1度頷く。
「本来だったら、時間圧縮世界を何も解らないまま、何も思い出せないまま彷徨って力尽きるはずだったスコールに、この世界の法則の影響を受けない、全く次元の違う力が働きかけたのです」
あの子はその力に喚ばれて行ったのです、とイデアが続ければ、弾かれたように9人が反応を示した。
「あの子は、異世界へと喚ばれ、そこで貴方たちと出逢ったのです」
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異世界に召喚された時、と言っても実はあの世界は何度も繰り返す閉ざされた時間の中にあったようだから、正確には彼らの記憶にある異世界での始まり、と言うべきかもしれない。ともかく、その始まりの段階で、召喚の副作用なのか召喚者である神の意図的なものなのかは判らないが、彼ら全員に記憶の欠落がみられた。それでも、元の世界で非常に因縁深い相手が共に召喚されていたセシル・クラウド・ジタン・ティーダや、大事な相棒の羽根を持っていたバッツは、割とすぐに、ほぼ100%に近い記憶を取り戻すことができた。オニオンもしばらくしてジョブチェンジをする内にだいたいの記憶は取り戻した。フリオニールは大まかな記憶は取り戻したし、ティナは色々記憶の混同があったものの、ある程度は思い出していた。そんな中、名前すら判らなくなっていたライトに次いで記憶喪失の度合が高かったのがスコールだった。だが、それも当然の話だったのだと今ならば解る。彼は異世界召喚以前に記憶を失くしていたのだから。
「道理で殆ど憶えてないわけだ…」
フリオニールの呟きに、オニオンが「でも」と答えた。
「スコール、思い出したって言ってた。約束があるって。待っててくれる人がいるって」
「え、そんなんいつ聞いたんだよ、ネギ」
「コスモスが消えた後だよ。もうちょっと聞かせてって言ったけど、ダメだって。『みんなにも内緒だからな』って言われちゃったし」
自分にだけ内緒話をして貰えたことが嬉しかったのか、オニオンが得意気に言う。
「スコールはG.F.をジャンクションしたまま異世界へと行ったはずですが、そちらの世界では色々と制限があったのでしょう?状態としてはジャンクションが無効化されたような状態にあったようです。それが幸いして、あの子にとって最も大切な記憶を取り戻すことができた…。尤も、こちらの世界に戻ればまた時間圧縮世界でしたし、ジャンクションも効力を発揮しますから、かなりあやふやな状態になったようですが、あの子を助けたいという、リノアの…魔女の強い想いもあって、なんとかスコールはここへ戻ってくることができたのです」
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リノアが、彼らの待ち合わせ場所と決めた石の家の裏の花畑でスコールを発見したとき、彼は息をしていなかったという。その言葉に今更の話とはいえ9人全員の顔がさっと強張るが、けれどすぐに息を吹き返したのだと聞いて力が抜ける。
「スコールは、私たちのところへ無事に帰ってきてくれました。G.F.の影響で忘れた記憶も全て思い出して」
やはりそれは、異世界へと召喚され、忘れたはずの大切な約束を自力で思い出したことが切っ掛けとなったのだろう。スコールは、あの石の家で過ごした頃からそれまでの、埋もれてしまっていた記憶を取り戻していたのだという。
「それが、スコールが常時ジャンクションを許可されている理由です」
イデアがそう言うと、後を引き継いでキスティスが説明してくれる。
「人間は脳の容量の30%程度しか使用できていない、と言われているわ。残りの70%は眠ったままだとね。世の中で天才、と呼ばれる人は、普通の人よりも使用できている量が多いんだという説もある。もしかしたら、魔女の力も、その普通は眠っている70%の中に隠されているのかもしれない、という見解もある程よ。ジャンクションは脳の記憶野を使い、その神経ネットワークをG.F.と繋げることで彼らの力を使えるようになるって、さっき説明したでしょ?記憶自体は失くしていなくても、それを思い出す為に繋がっている『線』が失われるから忘れてしまう。症状が進めば、記憶野は完全にG.F.の為の領域となって全てを忘れることになる。時間圧縮世界でスコールがそうなったようにね。けれど、スコールはG.F.をジャンクションしたまま、全ての記憶を思い出した。それはつまり、ジャンクションに使っている領域とは別に、脳の中に、それまでの記憶野の代わりに新たな記憶野が形成されたということだわ。眠ったままだった70%の内の一部が覚醒したというのが私達の見解よ。逆に言えば、スコールはジャクション専用の、G.F.の為の領域を持っているということになる」
「G.F.を使っても、もうスコールは記憶を失わない、ということか」
ライトの呟きに、キスティスが「ええ」と頷いた。
「それだけじゃないわ。ジャンクションの専用領域ができたことで、スコールのジャンクション効率は他と比べ物にならないほど大きく上がったの。同じG.F.をジャンクションしても、スコールが使えば、そのG.F.の最大限の力を発揮できるわ」
ジャンクションの効果は、ただG.F.を直接使役することだけではない。G.F.をジャンクションしてそこに魔法をセットすることで、本人の身体的能力を跳ね上げることもできる。その点でも、スコールの能力値は格段に向上したのだという。
「本当に、誰が見ても最強だった。『伝説のSeeD』という呼び名に相応しく、ね」
キスティスが、言葉と裏腹に、やりきれない、と言った風に首を振った。
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「オレ達はさ、世界を救おうとか、そんなデカい規模のこと考えて戦ったわけじゃないんだ」
ゼルの言葉が部屋に響いた。
「なんか気づいたら、話の中心部みたいなとこに来ちまってたって言うかさ、戦わなかったら自分の身近な人たちが危険になる、自分たちの命だって危ない。だったら戦うしかねーだろ!って、そんな感じだった」
「でも、全部終わってみたら、ウチら、すごい英雄扱いされたんよ」
セルフィの科白に、「なんでそんなに知られてるの?」と訊いたのはオニオンだ。
「ガルバディアが大々的に魔女と手を組んだ事を発表してたし、ずっと沈黙を守ってきたエスタも国際社会に出てきた。エスタはアデルによって引き起こされた戦争責任問題とかそのアデルがどうなったとか、17年間の電波障害の理由なんかも世界に向けて説明しなきゃならなかったし、ガルバディアだって、ママ先生…魔女イデアに乗っ取られた後の顛末を説明しなきゃならない。だけど、操られてたママ先生を助けるには、操っていたアルティミシアの話まで明らかにしなきゃならなかったんだよ」
アーヴァインが溜息を吐いてそう答える。
「その結果、バラムガーデンのSeeDには賞賛の嵐。特に、アルティミシアがママ先生を通して額に傷のあるガンブレード使い…『伝説のSeeD』を探してた話が、あの時支配下にあったガルバディアから洩れて、スコールは完全に英雄扱いされたの」
キスティスもそう続けた。
戦争が終わり、電波障害もなくなったことで、マスメディアの動きが活発化したこともある。スコールの名や姿は世界中に配信されたのだ。
整った容姿の、まだ17歳になったばかりだという少年が世界を救った英雄である。それは如何にも人々が熱狂的に受け入れそうな話題ではないか。
「スコールも、その名声を最大限利用したんだ」
その言葉は9人にとって意外という他に言いようがなかった。あのスコールが、己の名声を最大限利用?
そういったものを誰よりも煩わしく思い嫌がるタイプではなかったか。
「…あの馬鹿は、ほっときゃいいもんまで何とかしようと抱え込んだんだよ」
苦々しい表情で口を開いたのは、サイファーだった。
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戦いが終わった後、時間を置かず国際会議が開かれた。各国の首脳が一同に会する中、スコールもまたバラムガーデン指揮官としてその会議には出席したという。バラムガーデンがバラム国内にあって治外法権に近い扱いを受けていることや、アルティミシアとの戦いでは最前線で戦いの中心を担った点、それに伴う発言力の大きさから鑑みて、それは当然のこととして受け止められた。
突如として沈黙したきり、国際社会に対して何の説明責任も賠償責任も果たしていなかったエスタの問題や、ガルバディアの戦争責任問題、ガルバディアが対エスタを想定して軍備拡大を進める中侵略・併合されたティンバーの独立問題など、議題は山のようにあったが、最も議論が紛糾したのは、ガルバディアを手駒として世界征服に乗り出した魔女、イデア・クレイマーと、魔女の命令の下、ガルバディア軍及びガルバディアガーデンを実際に指揮しトラビア、バラム両ガーデンへの攻撃やルナティックパンドラのティアーズポイントへの移動による月の涙誘発を行ったサイファー・アルマシー、そしてこの時代に唯一人の魔女となったリノア・ハーティリーの処遇についてだった。
元々魔女になった事実が公にされていたわけではなかったリノアだが、イデアの身の安全を確保する為にはアルティミシアの存在とその野望を明かさねばならず、すると今度はアルティミシアを打倒する為に取った作戦を説明せねばならなかった。イデアとアデルの力を継承した魔女の情報は明かさずにいよう、とラグナは言ったのだが、そうすれば「エスタが魔女を隠している」と余計な疑いを招くことになり、新たな戦争の火種となりかねない。結局、リノアが魔女であるという情報は公開されることとなったのだ。勿論、彼女がアルティミシアとの最終決戦に臨んだ英雄の1人であるという事実も沿えて。
「操られてたイデア…ママ先生や、魔女になっちまったってだけで別に世界に対する敵対行為をしたわけでもないリノアの安全や自由を確保するだけでも相当骨が折れるってのによ、あの野郎、俺のことまでどうにかしようとしやがった」
別に助けてくれなんて頼んだ覚えもねぇのによ、と忌々しげにサイファーは言う。実際、イデアのように意識を乗っ取られていたわけでもないサイファーは、極刑に処せられてもおかしくはない立場だった。だがサイファーは意地を張って我武者羅に突き進んだあの日々を、自らの青さに苦笑いはしても後悔はしていなかったし、どれ程厳しい処罰が下されたところでみっともなく弁明をするつもりもなかった。…素直に捕まってやる気もさらさらなかったが。
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「いやあ、あん時のスコールは凄かったぜ―」とラグナは語る。エスタ大統領として当然会議に出席していたラグナは、その時のスコールを間近で見て知っているのだ。
スコールは自分が「伝説のSeeD」として英雄視されていることも、その発言力・影響力の大きさも承知の上で、それを最大限に利用する道を選んだ。彼の身近な人たちの安全と自由を確保するにはその道しか選べなかった、と言ってもいい。
何の証拠もないアルティミシアという未来の魔女の存在に懐疑的な意見もあったが、スコールの「では、我々が命懸けで戦った事実を否定するということですね?」という言葉に封じられた。民衆から熱狂的な支持を受けている伝説のSeeDの言葉を真っ向から否定すれば、それはそのまま民衆の反感として跳ね返ってくるからだ。
イデアとサイファーの扱いについても、ガルバディアのデリング前大統領が魔女の力を利用しようと積極的にイデアを招き入れた点や、イデアが連れてきたサイファーにガルバディア軍及びガーデンの指揮権を与えたことを認めていた点、イデアがいなくなった後も、従わないという選択も簡単に出来ただろうにサイファーの命令を受け入れてた点を根拠に、イデアとサイファーだけに厳罰を処そうとする論調と対峙し(サイファーに関しては多少脚色して、彼もアルティミシアの精神支配を完全ではないにしても受けていた、ということにした)リノアに関してはなんの罪もない魔女をただ魔女だというだけで迫害した結果起こった歴史上の幾つもの惨劇を例に、彼女に対して封印という非人道的な処置を施そうという主張を一蹴した。
あの無口なスコールがよくもこれ程雄弁に、とラグナなどは心密かにポカンと見守っていたと言うが、無論、これらスコールの主張には高度な科学技術を持つ大国エスタの大統領であるラグナも賛同したし、リノアの件については、ガルバディア暫定政府代表として出席していたフューリー・カーウェイ大佐も同調した。
イデアとサイファーの処遇については、ガルバディアは最後まで渋っていたが、結局は折れた。
元々超一流の傭兵ブランドであるSeeDを抱えるバラムガーデンは、どの国にとっても敵には回したくない相手であり、今はそこに更に「伝説のSeeD」という戦闘力が群を抜いているだけでなく世間の圧倒的支持を受ける存在がいて、その彼本人が主張が受け入れられなければ実力行使も厭わない様子で発言すれば、既に戦いで疲弊した国々に対抗できる手段などなかったのだ。
結果、イデア・クレイマーとサイファー・アルマシーはバラムガーデンに軟禁、リノア・ハーティリーもバラムガーデンにて保護・外出時にはSeeDの同行を必要とするということで落ち着いた。スコールはリノアの完全な自由を求めていたが、独立に向けて継続的話し合いの場を持つことで合意したガルバディア・ティンバーの情勢を慮ると、カーウェイ大佐の娘にしてティンバーレジスタンスのメンバーであるリノアがティンバーもしくはガルバディアに帰ることは政治的不安を齎し軍事衝突の火種になりかねないことや、彼女を自由にすることで、いつ誰が魔女の力を狙うとも限らないことからガーデンの保護下に置かれることとなったのだ。
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伝説のSeeDの影響力を利用して、イデアとサイファー、そしてリノアの安全を確保したまでは良かったが、今度は別の問題が浮上した。否、それは遅かれ早かれ顕在化する問題だったのだろう。実際、当事者であるスコールは覚悟を決めていたようだった。
伝説のSeeDと呼ばれはしても、所詮並はずれて戦闘に長けているだけの17歳の少年に過ぎない。
口で簡単に丸め込めるだろう、そう考えていた各国上層部はこの会議で認識を改めることになった。スコール・レオンハートは頭も切れる、懐柔するのは容易ではない、と。これを機に、スコール自身を危険視する声もでてきた。
暫くはバラムガーデン指揮官として、SeeDとして存在していればいい。だが、ガーデンの卒業は20歳。その後の彼はどうするのだ。あらゆる組織が様々な交渉を仕掛けてくるだろう。驚異的な戦闘力と明晰な頭脳、更に圧倒的な知名度と支持を得ているスコールは、どの組織から見ても手中にしておきたい存在であり、同時に他組織の元に行かれた場合とてつもない脅威となる存在だ。魔女を倒した伝説のSeeDには、最早魔女と同等の力があると考えていい。つまり、たった1人で世界を揺るがす力を持っている。
それは概ね正しい評価だった。元々ジャンクションを駆使するが故に圧倒的な戦闘力を誇っていたSeeDの中でも、更にジャンクション効率が高くG.F.の力を最大限発揮できるスコールを抑えられるとすれば、それは魔女でしか有り得なかっただろう。そこに加えての知名度と支持。スコールの一言で、世界をまた戦乱の渦に巻き込むことも、逆に闘争の火種を消すことも可能なのだ。影響力の大きさで言えば、魔女以上の存在と言えた。
「結局私達は、スコールに世界を背負わせてしまいました」
大きすぎる力は危険視され、秘密裏にスコール自身の命まで狙われるようになったのだと言う。
「そんな…」
9人は絶句する。
彼らも、各々の世界で、その命運を託されて戦った者たちだ。だが戦いを終えた後の状況の差に愕然とするしかない。命懸けで戦って、世界を守って、なのに終わった後には危険だと命を狙われるなんて。
「リノアのことも、バラムガーデンで保護ということに落ち着いたものの、魔女を敵視する過激派グループは彼女を狙っていましたし、あの子達が安らげるのは本当にガーデンの中にいる間だけになってしまったのです」
いっそのこと、ずっとガーデンの奥に引き篭もっていられたら気も楽だったのに、そうすれば「何かよからぬことを企んでいるのではないか」と疑われる。イデアとサイファーの軟禁、リノアの保護はバラムガーデンと伝説のSeeDの力への畏怖と信用によって成り立ったものだったから、スコールはガーデン指揮官として表舞台に立つことで、バラムガーデン監視下ならば大丈夫だという信頼を得続けなければならなかったし、リノアも時折外出して姿を見せることで世界に対して害意のないことをアピールしなければならなかったのだ。
「けれど、それから3ヶ月も経たないうちに、事件は起こってしまいました」
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リノア・ハーティリーの外出時にはSeeDの同行を必要とする。
それはリノアの身の安全を確保する意味と、万が一にも魔女が暴走しないようSeeDが抑制の役割を果たすと世間にアピールする意味の2つがあった。同行者はランク21以上のSeeDであれば誰でもよかったが、実際はそれはスコールだけの役目だった。世間的なアピールにはスコールが同行するのが1番だという面もあるにはあるが、ガーデン側としてはそんなことよりも、たとえ衆人環視の状況であったとしても、せめて2人にデートらしいことをさせてあげたい、という思いからだ。
どこに行っても何をしても周囲の注目を集める状況は相当居心地の悪いものだったに違いないが、それでも2人で外出できることをリノアは喜んでいたし、スコールも、そのリノアの喜ぶ様子に顔が綻んでいたという。傍から見ると相変わらずの無表情に見えたが、そこはスコール研究家を自認するキスティスを筆頭に付き合いの長い仲間たちから見れば一目瞭然だった。
完全な平穏とは程遠くても、このまま彼らをそっとしておいてくれればいい。
周囲がそう願っていた矢先、それは起きたのだ。
「簡単に言えば、自爆テロってヤツだ」
「自爆テロ…?」
ラグナが珍しくも苦々しい表情でそう言うと、馴染みのない言葉に首を傾げた面々が、クラウドを見る。
「テロというのは、自らの主義主張の為に破壊・暴力行為を行うことで、中でも自爆テロというのは…テロの実行犯自らが爆発物を持って標的に近づき爆発させるものを言う」
「それって、犯人も死んじゃうってことか?」
「ああ。代わりに、標的の行動に臨機応変に対応できて至近距離で爆発させられる為成功率が高い」
「信じられない…」
それはバラムの街の外れで起こった。一般人に被害はなく、精々美しかった白壁の一部が焼け焦げたくらいで済んだのは、偏にスコールが不穏な気配に気づき警戒して人のいる場所から離れたからだ。
普通であれば、SeeDに勝てる者だってまずいない。況してそれが伝説のSeeDのスコールと魔女のリノアを葬ろうというのであれば尚更だ。だが、さすがにスコールも、まさか相手が自分達に向かって突進しながら爆薬に火をつけるとは思っていなかったのだ。
「犯人は即死。犯行声明も出なかったので、あれがスコールを狙ったものなのかリノアを狙ったものなのか、或いは2人を狙ったものなのか、今でも判らないままです」
「それで、2人は?」
「爆風で飛ばされた衝撃で気を失いはしたものの、軽い怪我程度で済みました」
スコールがその反射神経で以て飛び退りながら咄嗟にダブルプロテスをかけたおかげで、その程度で済んだのだ。
「けれど、軽い怪我程度で、脳波にも異常がないはずのスコールが、何故だか中々目を醒まさなかった…。同じ状況のリノアはすぐに意識を取り戻したのに」
彼らは1度病院へと運ばれて検査を受けて無事を確認後、意識の回復を待たずにガーデンへと運ばれた。一般の病院では事件を聞きつけたマスコミが煩いからだ。ガーデンに戻ってすぐにリノアが意識を取り戻した。彼女はしばらくぼんやりした後、はっとしたように起き上がり、隣りのベッドで眠っているスコールを見たという。キスティスやゼルが声を掛けても彼女は何も答えず、スコールの傍に行くと、ただ黙ってその手を握っていた。事件がショックだったのだろうと、周囲もそっとしておいたが、次第に、目覚めないスコールを心配し始めた頃、リノアがぽつりと声を洩らしたのだ。
「…わたし、魔女じゃなくなっちゃった」と。
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それは彼らにとって予想もしていない事態だった。
「初めは、リノアの魔女の力が消滅したのかと思ったわ。でも、創世から今までずっと受け継がれてきたものが、ここでいきなり消滅する確率なんて限りなく低いじゃない。魔女の力は消滅したんじゃなくて、リノアから誰かに継承されたんだと考える方が自然よね」
キスティスの言葉に、セルフィが「消えてくれたら、めっちゃよかったんやけど」と付け加える。
「でも継承はいつ?誰に?と考えたら、答えは1つしかありませんでした。我々は、その数ヶ月前にも同じような光景を見ていましたから」
魔女だった者から力が失われ、その時彼女の最も近くにいた者が意識を失ったまま目覚めない。以前は、力を失ったのはイデアで、目覚めなかったのがリノアだった。今回はリノアから力が失われ、そして近くにいたスコールが目を覚まさない…。
「それじゃ…」
「スコールは、魔女の力を継承したのです」
一瞬の沈黙がその場に降りた。ややあって口を開いたのはライトだ。
「今まで聞いていた話では、魔女は女性だけに受け継がれる能力ではなかったか?」
女性にしか継承されてこなかったからこそ「魔女」という呼び名が定着したはずで、その魔女を愛し守る者が「騎士」と呼ばれたはずだ。ここへ来て突然その法則が崩れる理由が解らない。
「そうです。今まで魔女はずっと女性でした。歴代の魔女が皆判明しているわけではありませんから、絶対とは言い切れませんが、ほぼ間違いないと言っていいでしょう。しかしそれは、仮初の宿主の話です」
シドの言葉に、9人が眉を潜めた。
「仮初の宿主?」
そういえば、先刻のイデアの話でも、「魔女は所詮仮初の宿主」と言っていた。仮初がいるということは、本物もいるということだ。
シドは姿勢を正すと、9人を見回して口を開く。
「これからお話しするのは、魔女に関して判っているいくつかの事実から、私が立てた仮説に過ぎません。仮説を立証する手段もありません。しかし現状を見る限り、私達はこれが限りなく真実に近いものだろうと考えています。そのことを承知の上で、聴いてください」
その言葉に、9人は顔を見合わせ、そして代表するように、ライトが静かに頷いた。