記事一覧

魔女っ子理論113~126

113


 2年という月日が長いか短いかと言えば、10代から20代前半の集団である10人には長いものだと言える。2年弱の間コールドスリープで眠りに就いていたスコールと、まるまる2年間の存在の空白があるティーダはほぼ変わりがないのだが、他の仲間たちは多かれ少なかれ変化が見られた。当然、外見でも内面でも、年若い者程その変化は顕著だ。
「ほんっと、悔しい…」
再会してから事ある毎にジタンの口から洩れる言葉がこれだ。それに対して得意げな様子なのがオニオン。
2年前、僅かながらジタンの方が勝っていた身長は、2年経って逆転し、僅かにオニオンの方が高い。
ジタンも伸びていないわけではないし、まだまだ成長期のはずだが、ジタンの世界の人々は全体的に小柄なのでこれ以上はあまり望めないかもしれない。
「まだまだ伸びるからねっ」
背が伸びたと言っても、まだまだ他の年長の仲間たちとは勝負にならない。2年前の時点で21歳と仲間内ではライトに次ぐ(ライトの記憶がなかった為正確な年齢は判らなかったが、誰もがライトが最年長だと信じて疑っていない)年長者だったクラウドが、遅くきた成長期とでも言うべきかこの2年で身長を伸ばしてしまったのは、少年にとって大きな誤算だったが、15歳のオニオンは言葉通りまだ成長期の真っ只中だと思っていいだろうし、年長の仲間たちと肩を並べられるくらい大きくなる可能性は充分ある。
「ナリばっかりデカくなっても中身がガキのまんまじゃ意味ねーんだぞ~」
「そういうの負け惜しみって言うんだよ。自分の方がガキなんじゃない?」
「その生意気な口調はほんっと変わってねー!」
ジタンとオニオンのこんな遣り取りもすっかり定番と化していて仲間たちの苦笑を誘う。
 そんないつもと変わらぬ遣り取りをしながら、その日3度目の空間変異をやり過ごした。辿り着いたのは、見たことがあるようなないような洞窟。
洞窟というエリアは厄介で、他の地形のようにパッと見て判別できる特徴が中々ないことの方が多い。暫く歩いてみて漸く誰の世界の断片なのか判明する、ということもしばしばである。
今回も、そうして暫く歩を進めた後だった。
「…水の、洞窟だ…」
呟いたのは、オニオンだった。


114


 その場に落ちる沈黙。苦笑いを浮かべている者2名、海より深い溜息を吐く者1名。残り7名は…たぶん、近くで待っていることだろう。
「フリオとバッツには近寄らないようにしてたのに…」
「ははは…、これでもお前のこと助けたんだぞ~?」
「まあ、ほら、今回は、お前の番だぞ?な?」
バッツとフリオニールが少年を宥める。
 オニオンの世界の水の洞窟という場所を写し取った断片であるらしいエリアで、祭壇らしき場所まで来た時だった。毎度の事ながら突如として現れたイミテーションの相手をして混戦になった。洞窟の中と言っても開けた場所だったのでティナを安全圏へと下がらせ残りの全員が戦闘状態に入ったのだが、混戦の中、イミテーションの放った矢がオニオンの背へと真っ直ぐに向かったのだ。それに気づいたのが偶々近くで戦っていたフリオニールとバッツであり、バッツがオニオンの体を引っ張り、転げそうになったところをフリオニールがうまく受け止めた結果、そのまま異空間にいってきます、という状態に陥ったのだった。
「よかったじゃないか、ビリはスコールに決定だ!」
バッツがそう笑えば、ああきっと後でそれを本人にも言ってスコールの纏う空気が氷点下と化すんだろうなあ、と想像しつつもとりあえず目の前の少年を不機嫌オーラを宥める為にフリオニールも頷く。
「それはそうだけど…」
対するオニオンの歯切れは悪い。考えてみれば、このエリアに入った時からずっと、オニオンはどことなく暗い空気を漂わせていた。本人はいつも通りであろうとしているのだろうが、仲間たちには判ってしまうものだ。それは最早、勘に近いレベルの話だったが。
「心の蟠り…。何か、心当たりがあるんじゃないか?」
フリオニールの問い掛けに、オニオンは曖昧な表情をした。
 心の蟠り。そして、この水の洞窟。もう逢えない、でも逢いたい人。
心当たりはある。けれど、思い出すのはつらい。忘れたいわけではないし、忘れたわけでもない。でも、敢えて思い描きもしないようにしていた。酷い、と自分を詰りながら。
思い詰めた顔をしたオニオンの視線の先で、髪の長い少女の姿が暗闇に浮かんだ。
「エリア…」


115


 そんなに長い時間を共に過ごしたわけではなかった。寧ろ出逢いから別れまでの時間は本当にあっという間と言ってよかった。
兄弟のような孤児4人でウルの村周辺を駆け回る日々から、風のクリスタルに啓示を受けて広い世界へと出て行った旅は、時に厳しい戦いを強いられることもあったけれど概ね幼い少年たちの好奇心と冒険心を擽るものだった。それでも、旅の中には出逢いと別れがあるのは当たり前で、そしてその別れが、永遠の別れであることだってないわけではない。
 自分よりも、少しだけ年上だった少女。水の巫女という役目を負った、エリアという名の少女。
彼女は水のクリスタルに光が戻ったことを見届け、自分たちに水のクリスタルの称号を授け、そして自分たちを庇って逝ってしまった。
エリアと出逢う前にデッシュとの別れは経験していたが、デッシュはきっと生きていると信じていられたし、実際彼は元気に生きていた。けれど、エリアは、オニオンの眼の前で、その命を止めてしまった。握った手が力を失って重みを増した、その瞬間の感覚を少年は今も克明に記憶している。初めて経験した、身近な人の死。
「ちゃんと…クリスタルの力は戻ったんだ。闇の氾濫だって止めた。エリアの想いはちゃんと果たしたんだよ」
オニオンはどこか必死に自分にだけ見えるエリアの幻に向かってそう言い募る。そこに声を掛けたのは、フリオニールだ。
「オニオン、たぶんそれは違う」
「え?」
振り返ったオニオンに、今度はバッツが助言する。
「託されたものを果たしたとか、そうやって自分の心を誤魔化してないか?フリオが怒ったみたいに、お前にも、ずっと表に出せてない何かがあるんじゃないか?」
「そんなの…」
オニオンには思い当たらない。フリオニールのように、大切な者を遺して託すだけ託して逝ってしまったことへの怒りを感じているわけではないし、バッツのように確かめたいことがあるわけでもない。エリアには水の巫女としての使命があり、彼女はそれを全うし、平和への祈りだけを自分たちに託して逝ってしまったのだ。怒りも疑問も感じない。
あるとすれば、言っても詮無い子供っぽい感傷、だろうか。
「もう、子供じゃないんだし…」
「関係ないだろ、ネギ。大人だろうと子供だろうと、楽しいもんは楽しいし、悲しいもんは悲しいんだ」
「感じる心に大人も子供もないんだぞ。ただ、大人になると誤魔化しが上手くなるだけだ」
素直な感情に従ってみろとオニオンから見れば確実に大人である2人の仲間は口を揃える。
 自分の感情に素直に従う。それは、先を急ぐ冒険の旅だからとあの日置き去りにした感情に、出口を作ってやることだ。平和を取り戻した後も、口にしても仕方ないからと、そしてもう子供じゃないんだからと、心の奥にしまったままだった1番素直な想い。
 暗闇に浮かぶ、長い髪の少女の幻影。じっと自分を見つめて微笑んでいる彼女を真っ直ぐに見る。
オニオンの鮮やかな翠の眸に、大粒の涙が浮かんだのはすぐだった。
「…な、んで…」
しゃくり上げながら、ほろほろと涙の粒を零しながら、少年は叫んだ。
「なんで、死んじゃったんだよ…っ!!」


116


 エリアは自ら死を選んだわけではない。死にたかったわけでもない。不意打ちの攻撃から自分たちを庇い、結果としてそれが致命傷になったというだけだ。だからこんな風に言うのは間違っていると知っている。もっと言えば、不意打ちの攻撃に気付けなかった自分たちの未熟さを責めるべきなのだと解っている。
けれど、その人が逝ってしまった、という事実に対する感情は、そういった道理とは別次元で、それは一言でいえば、悲しい、ただそれだけに尽きた。
「もっと話したかったのに…」
止まらない涙をゴシゴシと拭うオニオンの背を、フリオニールがポンポンと落ち着かせるように叩く。バッツの手が、オニオンの頭を撫でる。優しい大人の手に促されて、少年の涙は益々止まらなくなる。
それでもようやくオニオンが落ち着いた頃、幻影の白い手がそっと少年の頬を拭った。
顔を上げれば、そこにはエリアが優しく微笑んでいる。
『もう、大丈夫?』
 声は聞こえない。唇の動きだけでそう伝えてきた彼女に、オニオンは恥ずかしそうに笑いながらコクンと頷いて返した。
「…ごめんね、君のこと、ちゃんと悲しまないでいて」
ゆっくりと首を振る彼女に、オニオンは言う。
「もう、思い出すのがツライなんて思ったりしない。悲しいけど、悲しいなって気持ちを噛み締めて、ちゃんとエリアのこと思い出すよ」
 思い出して、悲しくなって、どうしようもなくなったら素直に泣こう。それが、死者を悼むということなのだから。
オニオンがまだ潤む眸でそう言った時、頭上に現れたクリスタルが眩い輝きを放った。


117


「ネギ、どうしたッスか、その顔!」
暗闇が砕けるように晴れ、オニオン達の姿が見えると、まず最初にティーダが驚いて声を上げた。
他の面々も、一体何があったのかと少年を凝視している。赤くなった目許や鼻の頭など、明らかに大泣きしました、という顔なのだから当然だ。
「ちょっとね」
「ちょっとねって…」
ジタンが状況を知っているであろうフリオニールとバッツを見るが、2人も「ちょっとな」と肩を竦めてみせただけだった。
「無事に楔を打てたなら、それでいいだろう」
何があったのか聞き出したくてウズウズしているジタンとティーダを、クラウドが苦笑交じりに牽制する。
「えー、でもネギが泣くなんて何あったか知りたいじゃないッスか」
「そうそ、この小生意気なネギが泣くなんてさ~」
「小生意気ってなんだよっ」
すぐさま喰ってかかるオニオンにティナが近づいた。
「なんだか、すっきりした顔してる」
ティナの言葉に、オニオンは照れたように笑って頷く。
「…うん」
その背後ではジタンとティーダがわざとらしくひそひそ話を装いながらも聞こえるように喋っている。
「ほーんと、オニオンくんたらティナの前だけ態度違いすぎじゃゴザイマセン?」
「しかたないですわよ、オニオンくんはオ・ト・シ・ゴ・ロなんですもの」
無論、そんな会話を放っておけるオニオンではない。
「ちょっと、聞こえよがしに適当なこと言わないでよね!」
脱兎の如く、という表現がぴったりの早業でジタンとティーダが逃げるとオニオンもそれを追いかける、
それを微笑ましく見ている仲間たちの中で、また爆弾を落とそうとするものが1人。
「そういやさ、これで競そ…んぐっ」
競争はスコールがビリな、と言おうとしたバッツの口は有無を言わさずフリオニールの手で塞がれた。
「んんんー!んんーっ!」と全く意味のある言語として伝わってこないバッツの呻き声を無視し、フリオニールはバッツをそのまま無理矢理引き摺りながら歩き出す。
「さ、次へ移動しようか!」
なんだか乾いた笑いを発しながらバッツを引き摺っていくフリオニールの後を、仲間たちは一部首を傾げながら歩き出した。


118


 10人の大所帯だから、移動は自然といくつかのグルーブに分かれることになる。だいたいバッツ・ジタン・ティーダあたりが先頭を行き、フリオニールとオニオン、スコールなどはかなりの頻度で先頭組に引っ張りこまれている。その後ろからティナやクラウド、セシルが続き、ライトが殿を務めることが多い。
この時もお騒がせトリオプラス巻き込まれ組が先頭を行き、ライトと、偶々クラウドが最後尾を固め、その間をティナとセシルが歩いていた。
「だけど、ちょっと怖くもあるし興味深くもあるね」
セシルがそう言うと、ティナが首を傾げてセシルを見る。
「何が?」
「楔を打つ為に、僕が乗り越えなきゃいけない心の蟠りはなんなんだろう、てね」
既に6人が楔を打ち、残るはライト、クラウド、スコール、そしてセシルの4人。順番を予測することはできないが、残り4人ともなれば「そろそろ自分の番か」と感じることも多くなる。
「全然思い当たったりはしないの?」
「いいや、逆かな。色々心当たりがあって1つに絞れないんだ」
穏やかな口調と言葉の内容が合致せず、ティナはきょとんとセシルを見上げた。
「1つに、絞れない…?」
「うん。皆の話を聞いてると、なんだかどれも心当たりがあって…。自分の中でどれが1番大きいのかさっぱり判らないよ」
苦笑するセシルの様子はやはり穏やかで、ティナがきっとセシルならすぐにでも心の壁を乗り越えることが出来るのだろうと思った時、空気が揺れて空間変異が起こった。
目の前に現れたのは、どこかの山、だろうか。ひんやりとした空気と静寂が辺りを包む、どこか厳かな雰囲気を湛えた景色だった。
「ここは…」
セシルが立ち止まる。なんとなく釣られてティナも足を止めた。
「試練の山だ…」
「あ…」
セシルの呟きと、思わず、と言った様子のティナの声はほぼ同時。ティナにどうしたと訊こうとして、セシルも異変に気づいた。
 だいぶ先を行っていた先頭組は勿論、ほんの少し後ろを歩いていたライトとクラウドの姿も見えない。
「タイミングよく僕の順番が回ってきたってこと、だね」
懐かしそうに周りの景色を見ながら、セシルがほんの少しだけ表情を固くしてそう言った。


119


気づけば暗闇が2人を取り囲んでいた。この暗闇を晴らすには、セシルが自らの心の蟠りを解かさなくてはならない。
 逝ってしまった人への伝えられなかった想い、過去と向き合い現在を見つめる覚悟、自らの存在の肯定。
仲間たちの話を聞くと、セシルにはそのどれもに心当たりがあった。
 亡きバロン王か、それとも父クルーヤに対する想い。
 敵に騙され犯してしまった、ミシディアやミストでの罪。
 月の民と青き星の民との混血である自分の出生。
どれも可能性がありそうで、その反面、それが今更自らの心の蟠りとなるだろうかという疑問もある。どれも、2年前、青き星を護る戦いの中で否応なしに向き合い乗り越えてきたものだからだ。思うところはあるが、改めて蟠りと言えるほどのものかと問われると首を傾げざるを得ない。
けれど、何を突きつけられても向き合うつもりでセシルが暗闇を見つめていると、背後から声がした。
『セシル』
驚いて振り向いた。その様子に、隣りにいるティナが何事かとセシルが振り向いた方向を見るが、何か気配を感じるだけで何も見えなかった。今そこに、セシルが向き合うべき何かがあるのだ。そう覚りティナは1歩後ろに下がった。
セシルはティナの動きに気づくこともなく、ただ呆然と暗闇の中に現れた相手を凝視している。
 自分の心の蟠りとは何なのだろうと思っていた。
心当たりはあり過ぎて、けれどそのどれも予測の決定打に欠けて、不謹慎だが少しだけ楽しみにしていた。それは心理ゲームをするような感覚だったかもしれない。
けれど、こうしてそれを突きつけられて理解する。きっと自分はまた知らず罪を犯したのだ。
知らぬ他人から見たら些細な、罪とは呼べないものかもしれない。しかし、自分が長い間ずっと知らぬ間に犯し、今もまた重ねられたそれは、人1人の人生を滅茶苦茶にしてしまった。
誰よりも誇り高く強い騎士であろうとし、またそうなれた筈の男の人生を、陰へと突き落としてしまった。
自分が知らず犯し続けてきた、甘え、という名の罪。
 暗闇の中、闇に溶け込みそうでありながら一線を画す濃紺の鎧。背中に真っ直ぐ流れる1房の金色の髪。口許しか露にならない竜を模った兜。
セシルは呆然としたままその名を呼んだ。
「カイン…」


120


 幼い頃からいつも自分を支えてくれた大切な幼馴染。いつだってセシルの最大の理解者だったカイン。
強く誇り高い親友の姿は、いつだって自分の憧れだった。何も持たない自分はいつだって彼に引っ張られ、支えられ、道を歩んできたのだ。
『…よく言う』
嘲笑うように幻影のカインは言った。
『お前はすべてを手中にしながら、何も持たないフリをしていただけだろう?俺がどれだけお前を嫉ましく思ったか知りもせず』
「そんなこと…」
『お前は最初からすべてを持っていたのに持っていないフリをして、差し出されたそれを今度は思わせぶりに拒むんだ』
「違う!」
『俺がどんなに望んでも手に入れられないものを、お前はあっさりと俺の眼の前で拒むフリをする。そうやって俺を嘲っていたか?』
「そんなこと思ったことない!」
半ば顔色を失せさせながらセシルは叫んだ。
『どうだかな…。セシル、お前はいつだって俺を都合のいいように扱ってきたんじゃないか?俺にだったら何したって許されるとでも思ったか?』
「そんなわけないだろう!?」
『だが、現に今だってお前は俺のことなど忘れていただろう。お前はいつだってそうだ。あの、ミストの大地震の時も、お前は瓦礫に埋もれた俺を捜そうとはしなかった』
「あれは…リディアがいたし…」
幼い少女を早く安全で温かな場所で休ませてやらなくてはならなかったのだ。苦しい二者択一だった。あの場で訓練を積み鍛えられた軍人であるカインより、セシルが知らず母親を奪ってしまった幼いリディアを優先したのは当然の判断だっただろう。しかし、仕方なかったのだと、そうセシルが断言できないのは。
『あの時から…俺はずっと闇の中を彷徨い続けている』
あの時、カインを捜し出していれば、彼はきっと今もバロンで誇り高き竜騎士団の隊長としてセシルの傍にいてくれただろう。それが、幼い頃から誇り高く威風堂々とした騎士として生きることを自らの道と決めて生きてきた彼の、本来あるべき姿だ。
「セシル…」
そっと、ティナの手がセシルの腕に触れた。その存在を今思い出したかのようにセシルがぼんやりと視線を向ければ、ティナの心配そうな眼とぶつかる。
「セシル、顔色が凄く悪いわ…」
セシルの見えているものの気配しか感じ取れないティナには、セシルが口にした言葉しか聞こえない。だから状況は全く解らなかったが、どんどん顔を青褪めさせていくセシルに、思わず声を掛けたのだった。
自分に何かができるとは思わないけれど、自分が楔を打つ手助けをしてくれたセシルに、今度は何か少しでも自分が役立てるなら、とティナは口を開く。
「あのね、セシルが嫌でなければ、わたしに話してみない?」


121


下から覗き込むように言うティナに、やがてセシルは1つ大きく息を吐いて自分を落ち着けると、ぎこちなく頷いた。
 セシルとローザとカイン。幼馴染の3人。1番年上のカインはいつも2人の面倒を見てくれたこと。やがて成長とともにセシルとローザが想い合うようになったこと。実はカインもローザを想っていたこと。カインが黙って自らの想いを押し殺し、2人のフォローをし続けてくれたこと。そして青き星を護る戦いと、その中で起きたカインの洗脳と裏切りの顛末。
「戦いが終わって…、皆で喜び合って、気づいた時にはもうカインは姿を消していたよ…」
誰より誇り高い竜騎士は、自らを許さず本来彼が手にしていたはずのものを捨てて姿を消した。
「いつもいつも、本当に小さな子供の頃から、僕はカインに頼りっぱなしだった。そうだよ、いつも無意識に、カインだったら解ってくれる、許してくれるって思ってたんだ…」
今回の件にしても、今までの無意識の甘えの積み重ねが確実にカインの人生を闇へと突き落とす一端を担ったというのに、そんなことに思い至りもしなかった。2年前、カインの押し殺していた心を知った時、彼が人知れず旅立ってしまったことに気づいた時、あれほど自分の甘えを悔い責めたのに、また繰り返してしまった。
「ねぇ、でもセシル、今あなたの前にこうして、そのカインさんの幻が現れるのは、セシルがずっと心の奥でカインさんのことを気にしていたからでしょう?」
ティナが言葉を確かめるようにおずおずと言う。
「普段意識してなくても、心の奥で、1番大きな場所を占めてたから、だから今ここで試されているんだと思うの。皆、そうやって心の奥で意識しないようにしていたものを突きつけられて、それを乗り越えた…。だから、セシルが自分を責めることないと思う」
「ティナ…」
 確かに、仲間たちの話を聞けば、皆普段意識せずにいた、けれどずっと心の奥底にあった蟠りを解消することで楔を打った。ならば、セシルに突きつけられたものが、無意識の甘えという罪であったことも納得はいく。しかし、状況に納得がいくことと、自分を責めずにいられるかということは全くの別問題だ。
表情の険しさが取れないセシルの様子に、ティナは暫く逡巡し、やがて意を決して口を開く。
「わたしは、カインさんを知らないから、こんなことわたしが言うの、差し出がましいのかもしれないけど…」
「…」
黙って続きを促すセシルに、ティナは強い確信を持って言った。
「セシルに聞いた通りの人なら、カインさんは、セシルのことを責めたりなんて絶対してないと思うの。誇り高くて強くて優しいその人は、他人を責めたりしない。自分を責め続けているから、セシルの前からいなくなってしまったんでしょう?」


122


ティナの言葉は、セシルの心に劇的な効果を齎した。
 ああ、そうだった。カインはこんな風に他人を責めたりする人ではなかった。彼が責めるのはいつだって自身だった。カインは自分の身の上に起こったすべての出来事の責任を、他者ではなく自身に求める人だった。
セシルは目の前の幻影を見つめる。これは。
「お前が現れたのは、僕の願望だったんだ…」
 お前の所為なのだと、いっそ糾弾してくれたらいいと思っていた。そうしたら、言い訳することだって、謝ることだって出来るのに。
 謝って、縋って、どうか僕たちの傍に、バロンへと帰ってきてくれと頼むことが出来るのに、と。
「それも結局僕の甘えだな…」
セシルは苦笑いと共にそう呟いた。
「でも、カインが『お前の所為だ』なんて言って僕を責めてくれるような人だったらよかったのにって、思うよ。そうしたら、お前があんなに傷つくことはなかったのに」
言いながら、しかしセシルは解りすぎる程よく解っている。親友は、そんなことが出来ない人なのだ。他者を責めるには、彼はあまりに強く、誇り高く、そして何よりも優しい。
そんな彼を親友と呼べることを、自分がどれだけ誇らしく思ってきたか。
「不思議ね」
ティナにそう言われてセシルは眼を瞬かせる。
「何がだい?」
「セシル、いつも『君』って言うのに、カインさんには『お前』なのね」
「…ああ」
言われて気づいた、というようにセシルは頷いた。
「なんだろう…。カインは、特別だから」
 そう、特別なのだ。孤児で国王が養父という境遇も相俟って、他人の顔色を窺う傾向の強かったセシルが意識せずに甘えてしまうほどに。きっと、セシルが無意識に行っていたそれを、カインは理解していたのだろう。そしてずっとその甘えを受け止め続けてくれたのだ。
 セシルは幻影の親友の姿に微笑んだ。自分が何を乗り越えるべきなのか、何を覚悟するべきなのか、解った。
「そうだな、ずっとお前に頼りっぱなしだったから…。もうしゃんとしないと駄目だったね。帰ってきて欲しいって願っていてはいけなかった。お前の帰りを、待っていられる自分になるよ。お前がいつか自分を許した時に、帰ろうと思える国で在り続ける為に僕は僕に出来る事をしよう」
竜騎士の兜から覗く口許が、微かに引き上げられた。兜に隠れていても判る。あれは、カインが自分に対してよく見せていた、親しい者にしか見せない表情。
「お前はお前の気持ちに従って、納得のいくまでそうしていればいい。帰ってきて欲しいとは言わないから。でも、忘れないでくれ。お前が帰る場所はバロンだよ。バロンは僕と…ローザが守るから」
言葉を紡ぐセシルの胸の前にクリスタルが現れる。
「それから時々無事かなって心配するくらいは許してくれ。それと…帰ってきたら、僕はきっとまたお前に頼るから、覚悟しておけよ、カイン」
 それは何も言わずに姿を消した罰だ、とセシルが冗談めいた口調で言った時、クリスタルが眩い光を放った。


123


クリスタルの光が暗闇を打ち払っていく。光が収まればそこには仲間たちが待っていた。
「楔を打ったようだな」
ライトがそう言って迎えてくれる。セシルが頷いて返すとライトは空に眼を遣った。
「残るは、3つか」
その言葉に、まだ楔を打っていないクラウドとスコールも頷く。ティーダとジタンが楔を打った場に居合わせたライトはまだ想像がつくが、2人はいつも待っている側だったので楔を打つその場の具体的な想像ができない。一体何が待ち受けているのだろうと、漠然とした不安はあった。
 一方ライトは全く別の類の危惧を抱いている。
楔を打つ毎に動きに統制が取れていくイミテーションの大群は、楔を6つ打った段階でも手強い敵になっていた。たった10人、戦闘力のないティナを除けば9人で、下手すれば数百単位の敵に組織的な動きをされれば掃討に梃子摺って当然だ。今回セシルが7つ目の楔を打ちこんだことで、イミテーションはより統制され戦略的な動きをするようになるだろう。それだけではない。まだ楔を打っていない、つまりこれから異空間へと隔離されるはずのメンバーが、自分はともかく、クラウドとスコールだということも大きな問題だった。
今まで異空間に隔離される時は、必ず複数で隔離されている。ただの偶然なのかもしれないが、話を聞く限り心の蟠りを解く手助けをその時共に隔離された仲間がしているのは間違いない。しかも、不思議なことに隔離される組み合わせは今のところ固定だ。これをすべて偶然だと片づけるのは些か無理があるだろう。コスモスの意思なのか、それとも何か別の力が働いているのかは判らないが、異空間に隔離される時は必ず固定の組み合わせで複数人隔離されるという法則があるのだと考えておいたほうがいい。そう考えると、今まで一度も隔離経験のない2人が組み合わされるということになる。つまり、これから起こる楔を打つ3回の内の2回、仲間内の最大の戦力であるクラウドとスコールが同時に異空間へと隔離されてしまうということだ。
もし、2人が異空間へと隔離されている間にイミテーションの大群に襲われたりすれば、一段と動きが統制され強くなった敵の大群を相手に、こちらは最大戦力を欠いた7名で応じることになる。何事もなければそれでいいが、その時の為に対応を考えていたほうがいい。とはいえ、今の段階で取り得る対策など、ライトには1つしか浮かばない。
その対策を伝える為、ライトは仲間の輪に向かい歩いて行った。


124


「セシル」
ティーダやオニオンに楔を打った状況を訊かれていたらしいセシルにライトが声を掛けると、彼はすぐにそちらへと向き直って「なんだい?」と話を聞く態勢になった。
これは他の仲間たちにも言えることで、ライトが話し掛けると皆それを最優先にする。ライトが仲間を纏めるリーダーだと誰もが認めている上、彼が無駄話をしないタイプだと知っているからだ。皆で火を囲んで食事をしながらの雑談中ならばともかく、わざわざ仲間たちが会話を交わしている最中に話し掛けてくるのであれば、それは話しておかねばならないとライトが判断したからなのだと皆解っているのだ。
「今後イミテーションと戦闘になった場合の指揮を君に頼みたい」
「え?」
「敵は更に手強くなっていく。我らも連携し戦術を念頭に戦っていかなくてはならなくなるだろう」
 今までははっきりとした指揮や戦術は存在せず、個々の力量に頼っていた部分が大きかった。しかし、今後クラウドとスコールを欠いた状態で戦闘に陥った時にはこちらも組織的に動く必要があるとライトは判断したのだ。
「それは解るけど、僕たちのリーダーはライトだよ。貴方が指示をした方がいいんじゃない?」
「いや、集団を指揮した経験がある君の方が適任だろう」
「でもそれを言ったらスコールの方が…」
 確かにセシルは元々軍人で飛空挺団を率いていたが、飛空挺団は敵の射程距離よりも遠くから一斉攻撃が出来るセシルの世界では唯一の軍隊だった。因ってあまり戦略や戦術を必要としない集団だったのだ。戦術的な指揮という点では、バラムガーデン指揮官の地位にあったスコールの方が余程慣れている。実際、スコールが戦いながらバッツやジタンに指示を出す光景は2年前にもよく見られた。
だが、ライトは首を振って今後の戦闘に予測される事態、即ちクラウドとスコールを欠いた状況での戦闘になる可能性を説いた。
「君の指揮で統一しておいた方が何かと都合がいいと思うのだ。頼まれて貰えるだろうか」
「確かに一理あるね…。わかったよ。次の戦闘からは、僕は出来るだけ後ろで全体を把握するよう努める」
「頼む」
 無論、2人を欠いた状態で敵と遭遇しないのが一番なのだが、そうも言っていられないだろう。
ライトの予測は然程時間を開けずに現実となった。


125


 相変わらず移動を続ける日々。その日最初の空間変異で辿り着いたのは、長閑な様子の集落だった。
花畑が広がり、丘を吹き抜ける風が気持ちいい。この場所に見覚えがあったのは、スコール。
「…ウィンヒル」
「ここが…」
仲間たちは興味深げにその景色を見回した。
 ここがスコールが生まれた土地。そしてスコールの世界の始祖の魔女ハインの血脈を護り続けてきた場所。
スコールもただ黙って景色を眺めている。2年前、この場所が自分の生まれ故郷だと知らないまま訪れたきりだった場所だ。自分の産みの親が誰だか知った後、せめて墓参りくらいはしようと思ったものの時間が出来ないままコールドスリープに入ってしまった為結局訪れることはできなかった。そして元の世界に還ることのできないスコールには、これから先、訪れる日が来るのかも判らない場所だった。
「なんかホントに長閑なところだね」
村の真ん中を走る道を歩きながらオニオンが言った。ハインを崇めて暮らした人々の集落というからもっと神秘的な雰囲気を想像していたのだ。
「そりゃ、1000年以上前の話なんだから、今は普通になってるさ」
ジタンがそう返す。スコールは無言のままだ。やがてその視線が道の向こうにある一軒の家に止まった。
 あれは…。
スコールの思考がそこへ集中しかけたのと、周囲に突如として不穏な気配が溢れたのは同時。
「イミテーションだ!」
ティナを除く9人が瞬時に武器を構える。何処から現れるのは知らないが、完全に包囲されていた。まずはこの包囲網に穴を空けるべきだろう。ザッと見回して1番層の薄い部分を見つけ出し、切り込みを入れるべくスコールが踏み出せば、おそらく同じ目的だろうクラウドが隣りにきた。一瞬視線を交わしタイミングを合わせて目の前のイミテーションの一群を蹴散らそうとしたその時、急に強い浮遊感に包まれる。
「なんだ…?」
一瞬にして仲間の姿も、大量のイミテーションの影も形もすべて消えていた。
 これは、あれか。
スコールがそう内心で呟いた時、それを音声にして確認される。
「お前が楔を打つ番、ということらしいな、スコール」
隣りにいたクラウドも強制的に隔離されたのだろう。
「……」
思わず舌打ちしたくなった。自分たち2人が抜けては、あの大量のイミテーションの相手は相当苦労するはずだ。仲間たちは歴戦の戦士でありよもや負けを喫することはないだろうが、苦戦はするかもしれない。自分1人が隔離されてクラウドが残っていてくれたら、戦力的にはだいぶ楽だっただろうに。
「…早く、戻らないと」
これから何を突きつけられるのか見当もつかないが、とにかく早くせねば、とスコールは辺りを覆う暗闇を睨んだ。


126


暫くは何の動きもなかった。何も聞こえないし、何も見えない。
自分ではどうしようもないとはいえ、今こうしている間も仲間たちはイミテーションの大群を相手にしているのだと思うと気が急く。
いっそのこと、強力な魔法でもぶつければこの暗闇は晴れないだろうか、とやや乱暴なことをスコールが考えていると、同じように暗闇を見つめていたクラウドが口を開いた。
「心の蟠り、か。あんたは心当たりあるのか?」
「…べつに」
常套句で返された答えにクラウドが苦笑する。
「それは、イエスかノーかどっちだ?」
「…アンタはどうなんだ」
質問に答えず質問で返してきたスコールに、クラウドはやれやれ、といった様子で肩を竦めて見せた。
「あるような、ないような、かな」
「…似たようなものだ」
素っ気無くそう言ったスコールに、クラウドも納得したように頷く。他の仲間たちにも言えることだが、平穏とは言い難い日々を生きてきたから、思うところがないはずがない。否、自分たちだけではない。仮に戦闘とは無縁の、一見平穏に生活を営んでいる一般市民が同じ状況に置かれれば、やはりその人なりの蟠りが具現化するのだろう。
「このまま待っていても埒が明かな…」
明かないな、とクラウドが言いかけた時だった。暗闇を見つめていたスコールの眼が驚いたように瞠られる。クラウドも視線をそちらへと向けるが、クラウドの眼にはただ暗闇が広がるだけだった。今までの例からも、幻影は楔を打つ者にしか見えないらしいから、スコールの眼には何がしか見えているのだろう。
 スコールは眼前に映し出される光景を瞬きすら忘れて見つめていた。
ウィンヒルの1件の家。ドアの前で向き合う男女。
その2人を、スコールは知っている。かつてエルオーネの力で飛ばされた先で、スコールは男の意識の中から、女の姿を見ていた。
「ラグナとレイン…」
かつて見た時には思いもよらなかった、実の両親の姿がそこにあった。