99
クリスタルの光が暗闇の空間を打ち破ると、そこには仲間たちが彼らの帰りを待っていた。
3人が異空間にいる間、モーグリに助けられて森林火災を凌いだらしい。その辺りは過去の自分の経験と一緒なのだと、バッツは言った。
光が何もない空間に突き刺さり、また1つ楔が打ち込まれたことを感じる。
「ちぇっ、バッツに先越された~!」
ジタンが言葉だけは悔しそうに、しかし顔を笑ってそう言った。
「ま、当然の勝利ってやつだ!」
バッツも笑いながら胸を張る。
「…で、ティナは一体…?」
フリオニールが困惑した表情でセシルに尋ねると、セシルは諦めたように笑った。
「ほら、ティナの趣味って『モーグリをふかふかすること』だろう?」
「…ああ」
納得したようにフリオニールも頷く。
火災を凌がせてもらったモーグリの住処は、ティナから見ればふかふかパラダイスだったのだ。
モーグリを抱き締めて離さないティナは至極幸せそうなので、まあいいか、と仲間たちは思う。「クポー!クポポー!」とモーグリが助けを求めているような気がしなくもないが、彼らはそれを無視することにする。
結局、ティナがモーグリを解放したのはそれから優に30分は経過してからだった。
あちこち移動する日々を再開した10人だが、幾らも経たないうちにティーダがそれを口にした。
「気の所為…かもしれないけどさ、なんだかイミテーションが強くなってる気がしないッスか?」
イミテーションの襲撃を防ぎきって一息ついたところだった。
「あ、やっぱりそう思う?」
ジタンもその意見に賛同する。他の仲間たちも互いを見回しながら同じ事を感じていたことを確認した。
「1体ずつの強さも多少上がってはいるが、それより…」
スコールの言葉の後を、クラウドが引き継ぐ。
「イミテーションの動きが少しずつ統率されてきているな」
なまじ異常発生ともいうべき数の多さで襲ってくる相手故に1体ずつの強さの向上が大したことなくとも、統率された動きを取られると厄介だ。
「何か原因があるのだろうか…」
ライトが思案顔で腕を組んだ。
100
「原因があるとすれば…考えられることは1つだけだと思う」
セシルが仲間を見回して言う。
「楔、か」
短く答えたライトに、セシルは頷いて続けた。
「1つ目の楔…フリオニールの時の後にも、イミテーションの動きが少し変わったような気はしてたんだ。たぶん、皆も感じてたんじゃないかな?でもまだ本当に些細な変化だったから気のせいかと思っていた」
「今回バッツが2つ目の楔を打ったことで更に変化した…」
「それでもまだ『気のせいかも』って思える程度だけどな」
フリオニールとバッツの言葉を聞きつつ、ライトが厳しい表情になる。
「しかし、逆にこれから楔を打つ毎に気を引き締めていかねばなるまい。数で勝るイミテーションに統率された動きを取られれば、少人数の我々には不利になる」
歴戦の戦士である彼らとイミテーションの戦闘力に圧倒的な差があるからと言って油断してはいけない。スコールの世界で話を聞いた時、シドが言っていたではないか。絶対的な数の優位は時に圧倒的な能力差をも覆す、と。
その言葉に全員が頷き、彼らは再び歩き始めたが、ティナの表情が冴えない。目聡くそれに気づいたオニオンが声を掛けると、彼女は弱々しく微笑んだ。
「わたし、役に立てなくて…」
「その分僕が戦うって言ったじゃないか。ティナがいなきゃ楔は打てないんだから、そんなに落ち込むことなんかないよ」
「でも…」
このまま楔を打つ毎にイミテーションが強くなれば、仲間たちに掛かる負担は大きくなる。数が多い相手なら尚更、魔法による広範囲の攻撃が有効に違いないのに。
「気にするな」
立ち止まった2人を追い越しながら、スコールがそう言い置いていく。
「適材適所、というやつだ。俺達に任せておけばいい」
クラウドもそうティナに言う。
クラウドの言う「俺達」とは、ティナを除く9人ではなく、恐らくクラウド本人と、そしてスコールのことだ。
2年前と違い制限の外されたこの異世界では、彼らは彼ら本来の戦い方が出来るとコスモスは言った。そうして実際イミテーションとの戦闘をこなしてみて、仲間たちが最も驚いたのはクラウドとスコールのオールマイティーな戦闘力だった。2人は物理攻撃も魔法攻撃も、召喚さえ自在に扱う。数々のジョブをマスターしてきたオニオンとバッツもそれに準じる力を持ってはいるが、ジョブチェンジを必要とする彼らと違い、2人はいつどんな戦闘になっても対応できるのだ。2年前の戦いでも、彼らは接近戦を得意とする物理攻撃型に見えて実は器用に魔法攻撃も使ってはいたが、まさかここまでとは思っていなかった、というのが仲間たちの感想だった。
スコールについては、彼が魔女の力を有していることは皆承知しているから、まだ予測できなくもなかった(それでも本人曰く今までの戦闘で見せた程度のことは魔女の力を継承する以前から出来たのだという)が、クラウドの戦闘力は完全に予想外だった。彼らの世界の法則故にこういったオールマイティーな戦い方ができるらしいが、ともかく、とてつもなく頼りになる戦闘力であることは間違いない。
「俺達は皆必要があるからここに喚ばれた仲間だ。楔を打つ、それが至上命題で、後のことは出来るヤツがこなせばいいだけの話だ。出来ないからといって劣るわけでも、出来るからといって優れているわけでもない」
クラウドの言葉にオニオンも「そうだよ!」と力強く同意を示し、やがてティナはぎこちなく頷いた。
「ありがとう」
出来ないものは出来ないのだから、せめて割り切って考えて仲間たちに余計な気を遣わせないようにしなくては。ティナがそう決意していると、空間が変異するとき特有の不可思議な空気の歪みが彼らを襲う。
「ここは…モブリズだわ」
現れた景色は、ティナがよく知る場所だった。
101
モブリズはティナが今も住んでいる小さな村だ。彼女はそこで親を亡くした子供たちの面倒を見ながら「ティナママ」と呼ばれて暮らしている。それは大き過ぎる力を持って生まれてそれに振り回されたティナが見つけ出した幸せの形だ。
見知った景色の中を歩くティナの足取りは軽い。自然と、見知らぬ景色の中を慎重な足取りで、もしくは興味津々であちこち見まわしながら歩く仲間の先頭を行くことになり、そして次第に1人突出してしまっていた。
「ティナ、あまり皆と離れないほうがいい」
気づいたセシルがティナの傍まで来てそう声を掛けると、ごめんなさい、と言って振り返ったティナの表情が固まる。
「どうしたんだい?…!」
セシルもティナに問いかけようとして異変に気づいた。暗闇が、いつの間にか彼らを取り囲んでいたのだ。ほんの10歩程の距離しか離れていないはずの仲間たちの姿は全く見えず、声も聞こえない。
「これは…ティナが楔を打つ番、ということかな」
セシルが落ち着いた様子でそう判断する。フリオニールとバッツの例を聞く限り、そう判断して間違いないだろう。
「…一体、何があるのかな」
ティナが不安そうに言った。心の蟠りを消すことで楔を打つとは言っても、具体的にどうすればいいのかはそれぞれだ。
『ティナ』
暗闇から急に掛けられた声にティナは驚いて振り向いた。そこにいたのは本当のモブリズの村でティナの帰りを待っているはずの…。
「ディーン、カタリーナ」
モブリズの孤児達の最年長、ティナにとっては子供というより弟、妹のように思っているまだ若い夫婦の2人の姿がそこにあった。ティナの眼にははっきりとその場にいるように見えるのだが、すぐ隣りにいるセシルには朧げな気配を感じ取れるのみだ。
カタリーナの腕の中には、未だ幼い子供がすやすやと寝息を立てている。ティナの世界の地図を変えてしまったほど大きく深い傷痕を残した戦いの最後に、希望の象徴のように生まれた2人の子供だ。
ティナはいつものように、その幼い子を抱き締めようと手を伸ばす。
『ティナ、この子に、触れていい手なの?』
「え…?」
カタリーナはティナから子供を護るように確りと腕に抱き、そのカタリーナを護るようにディーンが肩を抱いてティナを見据えていた。
意味が解らない、と首を傾げるティナに、暗闇に浮かぶ若い夫婦はこう言った。
『無垢なこの子を抱き締めるには、ティナの手は赤く汚れてるんじゃないの?』
102
「ティナ?」
瞬時に蒼褪めたティナの顔色に、セシルが慌てて声を掛ける。セシルへと顔を向けた彼女は哀れなほど震えていた。
「どうしたんだい?しっかりするんだ。…なにがあった?」
両肩に手を置き、セシルがティナの顔を覗き込むと、わなわなと唇を震わせながらティナが懸命に言葉を紡ぐ。
「わたし…わたしの、手…」
「手?」
「あか、く…、汚れて、る…」
言いながら、ああその通りだ、とティナは思った。汚れのない無垢な命を抱き締めるには、自分の手は赤く汚れている。知られてしまったのだ、と絶望感に打ちのめされそうになる。
記憶のないまま、操られるままに自我もなく力を振るい、たくさんの人を傷つけた過去。事情を知った者は皆、ティナのことを責めたりはしなかった。ティナもまた、この力で護れるものがあるのなら、と戦い抜いた。けれど、だからと言って過去に自分が殺めた人達が戻ってくるわけではない。それは重々承知していて、忘れてはいけない罪だと自分を戒めてきたつもりだったけれど。
「子供たちに…モブリズの皆に、知られたくなかったの」
子供たちはトランスして異形の姿になって戦うティナを知っている。それでも「ティナママ」だと認めてくれた。しかし、ティナが過去に犯した罪については何も知らないのだ。知られたくなかった。知られてしまえば拒絶されるに違いないと思った。そう、この異空間に現れたディーンとカタリーナのように。
「知らず犯した罪を責められるのは…それで拒絶されるのは、とても怖いね」
セシルが穏やかな声でそう言う。その声があまりに穏やかで、つられるようにティナの震えも徐々に治まっていく。
「だけど、1番大事なのは自分の気持ち、じゃないかな」
「自分の、気持ち…?」
「君が慈しんでいる子供たちに、君の過去の罪を知られて拒絶されたら、君はもう子供たちを愛せないかい?」
「そんなことあるわけないわ!」
拒絶されて然るべき罪を犯したのは自分なのだ。たとえ以前のように子供たちと暮せなくなったとしても、子供たちを護るためならどんなことだってするだろう。
「だったら、それでいいじゃない」
セシルが微笑んで言った。
「責められても、嫌われても、愛せるのなら、護りたいと思うなら、それでいいんだよ、ティナ。その気持ちに従って行動すれば、きっと伝わるよ」
蔑みの眼で見られても、自分は子供たちを護る。その気持ちだけをしっかりと持ち続けることが大切なのだ。そう諭してくれるセシルは、同じような恐れを抱いたことがあるのかもしれない、とティナは思った。思えば2年前、ティナが抱えていた制御できない力に呑み込まれるのではないかという不安を不思議なほど的確に理解してくれたのもセシルだった。
「…ありがとう、セシル」
「いいや。僕にも覚えがあるんだ。それだけだよ」
ああやはりセシルも同じような経験があるのだ、とティナは思い、そして暗闇の中に見えるまだ若い家族へと向き直る。
「わたしの手は赤く汚れてる。それでも、その汚れた手でも、あなたたちを護れるのなら、わたしはなんだってする」
ティナの毅然とした決意に満ちた言葉に、ディーンとカタリーナの視線が和らいだ。
「帰ったら、皆に話すわ。聞いて欲しいの」
ティナがそう言うと、暗闇の中に幻が消えていく。同時に、ティナの前に現れたクリスタルが燦然と輝きだした。
103
暗闇がガラスのように砕け、モブリズの景色が戻ってくる。すかさず駆け寄ってきたオニオンにティナは安心させるように笑った。
「…わたしにも、楔、打てた」
「当たり前だよ!ティナなら大丈夫に決まってるじゃないか!」
即答された言葉に、ありがとう、と頷く。元の世界へ帰ったらモブリズの子供たちに自らの過去を告白する、それは決意をしても怖い事に変わりはないけれど、こうやって「ティナなら大丈夫に決まってる」と信じてくれる仲間たちがいることが、きっと自分に勇気をくれるだろう。
「これで3つ目か~」
ティーダが両手を頭の後ろで組みながら呟いた。この世界の時間経過は判りづらく、自分たちの感覚的なものに頼るところが大きいのだが、その感覚で言えば、楔を打つべく移動を始めてかれこれ2週間強から3週間弱といったところ。その間に3つの楔を打ったから、単純にこのペースでいけるのならあと1ヵ月半程度掛かる計算になる。
「このまま上手くいけばいいがな」
「うん?なんか心配事あるッスか?」
クラウドの言葉にティーダが疑問を返すと、忘れてるのか、と呆れられる。
「1つは楔を打つ毎にイミテーションの動きに統率が出てきて駆逐するのに時間を掛かること」
「ああ、うん、それは解ってるけど…。1つ?ってことは他にもあんのか?」
「イミテーションがどこかで造り出され続けてる以上、その根本を絶たなくてはならないだろう」
「あ、そっか」
10の楔を打って異世界の拡散を止めたら後は放っておくというわけにもいかないだろう。イミテーションが無限に増え続けたところで、この世界に固有の住人はいないのだから問題ないといえばそうなのだが、増え続けたイミテーションがもしかしたらこの世界に悪影響を及ぼし、また彼らの本来の世界へと影響を与える事態に陥らないという保証もどこにもないのだ。
「じゃあ、あと7つの楔打って、そんでもってイミテーションの巣も壊して、まだしばらく掛かりそうってことだな!」
「なんだよ、ティーダ、嬉しそうじゃん」
ジタンがティーダにそういえば、ティーダは困ったように笑う。
「嬉しいっていうか…いや、やっぱりちょっとだけ嬉しいのかな」
元の世界に還りたいって思うけど、でも、もうちょっと皆と一緒にいたいとも思うんだ。
ティーダの言葉に全員の足が止まった。
104
当たり前の話だが、彼らはそれぞれ別々の世界の住人で、それぞれに還るべき場所がある。
2年前はクリスタルの力によって存在をどうにか繋いでいるような状況で、カオスを倒した後は有無を言わせず強制送還されたと言っても過言ではなかったから、別れが寂しいだとか考える余裕は殆どなかった。そして、異世界で苦楽を共にした仲間たちとは2度と逢えないと思っていた。
それがこうして再び出逢い、賑やかに旅をしている。それは奇跡のようであり、2年前と違ってゆとりがある分、別離の時を思うと言いようのない寂しさが彼らを襲うのだ。
「…たくさん、話そうぜ」
バッツがそう言った。
「前はさ、あんまり此処に来る前のこととか話さなかっただろ?どんな世界でどんなことをしてどんな友達がいて、ってさ」
2年前には元の世界に関する記憶の鮮明さに相当なバラつきがあった為、本来の世界に関する話題は誰もが避けていた節がある。記憶を鮮明に持っている者にしても、あまり語りたくない事情を持っている場合があったのも事実。
「今度はさ、話そうぜ。元の世界に還っても、ああ、あいつは今こんなことしてるんだろうなあ、とか細かく想像できるくらいにさ」
想うことで、繋がりは途切れないのだと信じているから。
「さんせー!」
ティーダも明るく頷いた。
「そうそ、いい加減ネギの本名とか教えろよな!」
ジタンがオニオンにヘッドロックを掛けながら言うと、オニオンは心底嫌そうな顔をする。
「嫌だよ、教えない」
「なんでそんな嫌がるんだよ」
「なんでだっていいじゃない。ね、ライトもそう思うでしょう?」
話を振られたライトもまた、2年前は記憶喪失の為便宜上「ライト」と呼ばれていたから、今では本当の名を教えてくれてもいいはずなのだが。
「ライトの名も教えてくれないの?」
ティナが寂しそうに尋ねた。なんだか距離をおかれているようで寂しいと思うのは当然だ。
「君たちが呼んでくれる名もまた、私の名だ。本当の名だとか、そんな風に区別して考えていないのだ。君たちが呼んでくれることに意味があるのであって、名前そのものには何の意味もない」
仲間たちが呼んでくれる限り、ライトの名はライトであるし、オニオンの名はオニオンなのだ、これからもずっと。
「まあ、今更違う名前で呼ぶのも違和感あるよね」
セシルが言えば、ジタンやティーダも「それはそうなんだよなぁ」と納得する。
「いいじゃないか。俺たちだけの呼び名があるんだと思えば」
それだって絆だ、とフリオニールがそう言うと、ティナも「そうね」と微笑んだ。バッツも頷いているし、一言も口を挟もうとしないクラウドとスコールは元より本人がそれでいいと言うのならいいと思っている口だろう。
「ライトとネギはライトとネギってことで!」
ジタンがそう纏めると、彼らは再び歩き出した。
105
幻想的な光が飛び交う景色。幻光虫と呼ばれるそれは、2年前散々戦った夢の終わりと呼ばれるエリアにも飛んでいたが、ここはもっとたくさんの数が飛び交っている。
「グアドサラム、ッスね…」
異界への入口と言われる場所なのだとティーダが説明した。
「オレたちが呼ばれたとこよりも幻想的だな」
ジタンの言葉に、ライトが頷く。
「オレのとこじゃ、ここに来れば死んだ人たちに逢えるって言われてたんだ」
「ホントに逢えるのか?」
「逢えた気になる、ってだけ。逢いにきた人の想いに反応して幻光虫が姿を映し出すんだ」
「ふぅん、で、やっぱこれはティーダの出番ってことなんじゃねーの?」
「…だよなあ」
幻想的な景色の中に立っているのはティーダとジタン、そしてライトの3人だけ。他の仲間たちがどうしているかは知らない。
そう、知らないのだ。
「楔打つためにどっか異空間に閉じ込められるってのは確かみたいだけど、閉じ込められ方はバラエティ豊富みたいッスね」
ティーダが多少顔を引き攣らせながら言った。
いつもの如く空間変異が起こったまでは特に変わりはなかった。けれど偶々先頭を歩いていたティーダが1歩踏み出せば、そこにあるはずの地面の感触はなく。
うわ、と短い声を上げて落ちそうになったティーダの右腕に、すかさずジタンのしっぽが巻きつき、けれど一緒に重力に任せて引っ張られそうになったジタンの左腕をライトが掴み。
しかし空間変異を抜けたライトの足場も頼りになるものではなく、あえなく3人は遥か下方へと落下…したと思ったら、いつまで経っても落下の衝撃はなく。
恐る恐る(ライトは至って平静にずっと目を開けていたらしいが)目を開ければ、そこにはゆらゆらと幻光虫が淡い光を発して飛び交っていた、というわけだ。
「今までの例から考えると、他の者達はこの異空間の外で待っていると考えていいだろう。あまり心配することはないな」
ライトがそう判断すると2人も頷いて同意を示す。仮にイミテーションに襲われても、主戦力とも言うべきクラウドとスコールは外にいるのだから大丈夫だろう。今は、この閉じられた空間から脱出すること、即ち、ティーダのクリスタルで楔を打つことだけに集中するべきだった。
「心の蟠り、かぁ」
浮かばないんだけどなあ、とティーダは首を捻った。
106
フリオニールとバッツは「自分に何かを託して逝った相手への気持ちの整理」だったと言っていた。ティナは「過去の罪と向き合う決意」だと。
しかしティーダには、特に思い当たるものがない。父への屈折した愛情は、図らずも2年前この異世界へと親子揃って召喚されたことで昇華された。一部の者達に非難された1000年続いたスピラの死の螺旋を止めたことも罪だなんて思ってはいない。
考え込むティーダの視界の隅で幻光虫が飛び交う。
幻光虫、異界を飛び交う不思議なエネルギー。人の想いを映し出す依り代。そして、ティーダを形作るもの。
「…オレ、ちゃんと生きてるんだよな」
飛び交う幻光虫を見ている内に零れ出た呟き。自分の声が耳に届いて初めて、ティーダは自分が無意識に抱えていた不安に気づいた。
本当は祈り子が見続けた夢である自分。2年前、消滅したはずの存在。こうして奇跡的に現実世界へと再び来られたけれど、それは本当にずっと続いていくものなのだろうか。普通の人として時間を過ごしていけるのだろうか。ユウナを、また泣かせたりせずに済むのだろうか。
1度考えてしまえば先の見えない不安に心が支配されそうだ。
「ティーダッ!」
「へっ!?どわっ」
思考の淵に意識を沈めていたティーダは声と同時に自らにタックルを仕掛けてきた体にまんまと倒される。
突然タックルを仕掛けたジタンは得意気に笑って見せた。
「なんなんスか、いきなり…」
「生きてなきゃタックルなんか出来ないだろ」
「え?」
立ち上がったジタンは、尻餅をついたままのティーダを見下ろして偉そうに腕を組んでみせる。
目を丸くしたティーダの前に、ライトの手が差し出された。
「君は確かに今我々の前に存在している。だからこそ、こうして君を助け起こすこともできるのだから」
それは、ティーダの呟きに対する2人の答えだ。
「だいたいさ、オレ達がクリスタルに祈って呼び戻したんだぜ?そう簡単に消えられて堪るかっての」
「祈り子、だったか?君を呼び戻したいと我々に頼んできた子供は、クリスタルの力を利用すれば大丈夫だと言っていた。それに」
「それに?」
「君が自身の存在を不安に思っては、君を彼女のところに戻したいと、次元を超えたこの異世界にまで我々の助力を願いにきた彼の気持ちを無碍にしてしまうのではないか?」
「それと、オマエに戻って来いって祈ったオレ達の気持ちもな」
信じろ、と彼らは言う。自分の存在を、ではない。自分に戻ってきて欲しい、生きて欲しいと祈った人達の気持ちを信じろと。
知らず、ティーダの顔に笑みが浮かぶ。
自分は確かに生きている。この先も生きていける。ただそう考えるのは難しいけれど、自分に戻って来いと呼び掛けてくれた仲間たちの気持ちを信じることなら容易い。
そうだ、こんなにも心の強い仲間たちが、ただ自分の帰還を願い、女神が遺した力の欠片であるクリスタルの力を使ってくれたのだ。これ程までに心強い支えがあるだろうか。
「そうだよな。みんなのクリスタルの力貰ったんだから、大丈夫ッスよね」
ティーダの手が差し出されたライトの手を掴む。
同時に、ティーダの頭上に現れたクリスタルが真っ直ぐな光を放った。
107
クリスタルの光が突き刺さったところから、パリンと音がして靄が晴れるように周りの景色が鮮明になっていく。
話に聞いていた今までの例と違って暗闇に閉ざされていなかったから判らなかったが、広がっていると思っていた景色はスクリーンに映されていたようなものだったらしい。
外では仲間たちが安堵の表情で3人を迎えた。先の3人の例と違い空間変異直後に姿が見えなくなった為、楔を打つ為に隔離されたのか、それとも何か新たな問題が起こったのか判断しかねていたのだと言う。
「ただいまっ」
「うわっ」
ティーダがまず1番近くにいたバッツに抱きついた。突然のことにバッツが驚いている内にティーダは次の標的、フリオニールに抱きつく。傍目には体当たりしているようにしか見えなかったが、本人はあくまで抱きついているつもりだ。
フリオニールも唖然としている間に、ティーダは今度はセシルにも抱きつき、更にオニオンの頭を抱え込んで撫で回して怒られ、ティナにはさすがに抱きつけないと思ったのか握手し、クラウドにも抱きつき、ここまでくれば当然次が予測できるスコールには、抱きつこうとしたところを避けられ、「じゃあ、はい!」と手を差し出して渋々握手させることに成功した。
「一体なんなんだ…」
楔を打つ場面に居合わせたライトとジタンにはティーダの心情が解っているので(というよりも、スキンシップでティーダが今ここに存在していることを伝えたのは2人のほうだ)突然の抱きつき攻撃を見ても驚きはしないが、状況が判らぬまま突然体当たりを食らわされた方にしてみれば頭の中にクエスチョンマークがいくつも並んで当然だった。
「なんつーか、その、皆大好きってことッスよ!」
「なんだよ、それ…」
オニオンが呆れたように言うが、ティーダの晴れやかな笑顔を見ていると、まあ好きだって言われてるんだからいいよね、という気分になるから不思議だ。
「なんだかよくわからないけど…ま、いっか」
いいのかそれで!?とスコールが無言のツッコミを入れていたことには気づかず、バッツがあっさりと受け入れてしまうと、ティーダが言う。
「じゃあ、次目指して出発!」
「今回みたいに空間変異してそのまま、ってこともあるって判ったから、心して行ったほうがいいね」
セシルの言葉に全員が頷いて、彼らは歩を進めだした。
108
たくさん話そう、そう決めた彼らだったから、移動の合間や食事の時間、就寝前の一時など、彼らは本当によく話した。尤も、元来無口な性質の者と饒舌な性質の者がいるから、均等に、というわけではなかったが、話題はほぼ均等と言ってよかった。彼らは各々本来の世界で幾多の危機や困難を乗り越えてきた者たちだから、話題には事欠かない。
それぞれの近況の話になったとき、仲間たちに衝撃が走ったのはセシルの身分についてだ。
「王様~!?」
「うーん、なんだか成り行きでそういうことになっちゃって、ね」
「王位は成り行きでつけるものじゃないだろう…」
珍しく声に出してツッコミを入れたのはスコールだ。成り行きで大国の大統領になった男を実の父に持つスコールだが、世襲の王位に成り行きで就くのは大統領以上の至難の技だ。
詳しく話を聞けば、セシルが王位に就いた経緯もなるほど、と思えるのだが、それにしても仲間に一国の王がいるというのも不思議だな、などとスコールが思っていると、何故か後ろからツンツン、と突かれる。何事かとスコールが振り返ればティーダが諦めた様子で首を振っていた。
「そーゆー感覚、通じないッス」
「は?」
「お前の疑問も尤もだしそれが普通の感覚だと思うが、あいつらにそれは通用しない」
いつの間にかクラウドも傍に来ていて悟ったように言う。
「……」
意味不明だ、と思ったことが伝わったのだろうか、2人は示し合わせたように同じタイミングで溜息を吐いた。
「あいつらには、王だの王女だのが知り合いにいるのは当たり前なんだ」
「ブンカの違いっつーことで納得しといた方がイイッスよ」
なんだかよく判らないが、2人がこうも疲れた表情で言うのだからそういうことにしておいた方がいいのだろうと、スコールは曖昧に頷く。王族と知り合うのが当たり前の世界?と頭の中は疑問符だらけだったが。
そんな話をしながら歩いていると、空気が歪むのを感じた。空間変異の前兆だ。
空間変異の感覚はいつも不思議で、瞬時に景色が切り替わったようにも見えるし、どこか異次元のトンネルを抜けたようにも感じる。
今回もそうして抜けた先に広がる景色に反応を示したのはジタンだった。
109
パッと見には石造りの長閑で小さな村に見えるその景色は、ブラン・バルというのだとジタンが言った。
他のエリアにも言えることだが、今まさに生活が営まれているように見える景色でも、住人の姿はない。
今までの例から、楔を打つには必ずどこか異空間へと隔離されるのは確かだが、そのタイミングはバラバラで予測しようがないので、どのエリアでも隅々まで見て回るようにしていた10人は、建物1つ1つの扉を開き中まで見て回っている。
「なんか、今にも人が出てきてもよさそうなのにな~」
ティーダが家の中を見回しながら呟く。ここがジタンの世界の断片である以上、ジタンが隅々まで見て回らなければ反応があるかどうか判らないのだが、折角だし、と仲間たちは複数班に分かれて探索している。主目的は食材探しだ。こういう集落を形成しているエリアは、普段よりも豪華な食材が手に入り易いので密かに気合が入っている者も数名。
「この食いモンとか、腐らないのかな」
ジタンはテーブルの上のレモンを取ってお手玉のように遊ぶ。かつて捜し求めた、そしてあまり馴染みのない「故郷」の景色に、ここで自分のクリスタルが反応するのではないかと思っていたのだが、何も変わらない。どうやら自分の出番はまだ後らしいな、と思っていると、同じようにテーブルの上の食材を腕に抱えたライト(なんだか妙にインパクトのある絵面だと、実は仲間たち全員が思っている)が2人を見て口を開いた。
「ここではないようだな」
「そーみたいッスね」
「では、行こう」
豪華…といっても高級という意味ではないが、野営の食料としては充分すぎる程の食材が手に入ったから、きっとフリオニールとバッツが張り切って腕を振るうべく気合を入れているだろう。ジタンも頭の中でレシピを考え始めている。メニューが多く作れるから、オニオンとスコールも腕を振るうかもしれない。
仲間たちの中で料理が出来る者と出来ない者はハッキリしていて、彼ら5人は出来る者だ。2年前、愛の食卓、と呼ばれたアイテム群を装備できた実力は確かだった。まさか装備品の選定基準に料理の才能が含まれるとは思えないが、コスモスの戦士たちを見る限り、結果として愛の食卓装備が出来る者イコール料理が出来る者、という法則が成り立っているのは事実である。
調理が当番制だったのは2年前のほんの僅かな時期のみで、全員の身体的及び精神的被害を食い止める為にも、調理は出来る者がする、出来ない者は片付けやテントの設営、水汲み等をこなす、ということにいつの間にか落ち着いた。
「何が食えるか楽しみだな」
ジタンがそう言いながら、外へ出ようと扉に手を掛ける。が、鍵など掛かっていなかったはずの扉は押しても引いても一向に開く気配を見せない。
「…え?」
その様子に、ライトとティーダも扉を開けようと試みるが、扉は軋みさえしない。
「えーと、これはあれッスかね…」
「もしかして…」
「どうやら、知らぬうちに閉じ込められたようだな」
前にティーダが言ったように、閉じ込められ方はバラエティ豊富、ということらしい。
110
心の蟠りを吐き出して心の整理をすることが心の強さ延いてはクリスタルの力になり、楔を打つことに繋がる。そして、このブラン・バルの景色を見た時から、ジタンの中ではもしかして、という思いがあった。
もし、ここで自分が楔を打つのだとしたら、自分の心の中にある蟠りというのは、きっと。
「…心当たりがある、という顔だな」
ライトがジタンを真っ直ぐに見据えて言う。こういう時のライトは誤魔化しを許してくれないと知っているからジタンは素直に頷いた。
「我らに話して助けになるのならば聞こう。君が話したくないと思うならば聞かない。方法はそれぞれだ。君が乗り越えねばならない壁であることに変わりない」
「ったく、相変わらずキビシイなあ」
苦笑いして俯く。話すことは、少しだけ怖い。話さないでずっと抱えているのも、やっぱり怖い。ジタンの逡巡を示すようにしっぽが揺れた。
たくさん、話そう。
ふと、そんな言葉が脳裏を過る。ああ、そうだ、たくさん話そう。近いうちに別れてしまう仲間たちだから、遠く離れても克明に思い描けるように互いのことをたくさん知ろう、知って貰おう。自分もその言葉に賛同したではないか。
オレたちのことを記憶している誰かがいる限り、その記憶と生命は永遠につながっていく…それが生きるってことだ!
それは2年前、確かに自分が口にした言葉。
「…そうだな」
知ってもらって、憶えてもらって、想ってもらう。だったら、怖いなんて言ってはいられない。
「ここはさ、オレの故郷の景色なんだ」
ライトとティーダがジタンを見つめている。
「オレはここで…造られた」
「造られた…?」
どんな命もいつかは老いて死に逝くもの。そんな当たり前の摂理を受け入れられなかった身勝手な星と身勝手な生命が、身勝手な欲望の為に造った言わば生きた器。道具。
「ジェノム、って言うんだけどさ」
普通の人のように、否、人だけではない、他の動物のように、生命の営みの中で自然に生まれ出でたものではないジェノム。役割を果たす為だけに造り出された存在。
2年前、助け出した他のジェノム達は、少しずつ自我を芽生えさせている。自分も、ジタン・トライバルという名のアイデンティティをきちっと持っている。ジェノムだって生きている確固とした命なのだ。
そうは思っているけれど、生まれたのではなく造られた、という事実が、心のどこかで引っ掛かっていた。
それは、コンプレックスという言葉が近いだろう。
「…オレ、いい言葉知ってるッスよ」
ティーダがニンマリと笑った。ジタンが訝しげに見遣れば、彼はジタンを見下ろして胸を張る。そのポーズは、ティーダが楔を打ったときにジタンがしたポーズを真似ているのだろう。
「それがどーした!」
「え?」
思わぬ言葉に、ジタンの眼がまん丸に見開かれた。
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「人と出会って友達になんのに、一々そいつがどんな風に生まれたとか気にしないッスよ。そりゃ、なんか血が青いとか言われたらちょっとびっくりするけど、それだって1回見たらもう気になんないし」
それに、とティーダは続ける。
「生まれたヤツと造られたヤツにそんなに差があるんスか?ジタンが普通の人間に生まれてたら、しっぽはないかもしんないけど、他に違いなんかないだろ。ジェノムとして造られたんじゃなかったんだったら、フェミニストじゃなかった?人間に生まれてたら、例えばオレが崖から落ちそうになってても助けてくれない?」
「そんなわけないだろ!」
「じゃあいいじゃん。ジェノムだろうと人間だろうと、ジタンはジタンってことで」
ティーダに断言されると、なんだかそれでいいような気分になってくる。ムードメーカーの真価発揮だ。
「そのジェノムとやらであろうと、人であろうと、他の種族であろうと、私には変わらないように見えるが」
ライトも静かにそう言った。
「誰もが、種の存続という役割を担ってこの世に存在するのではないか?あらゆる生物が、種族保存の本能によって、次代の命を創りだすことになんら変わりはないだろう?」
それが本能という無意識の営みの中で生みだされたか、意識的に造りだされたか、の違いだ。
「確かに、他の星をそこに生きる生命を一掃して乗っ取り存続を図るというやり方は賛同できるものではないが、ジタン、種の存続という役割の為に与えられた君の生命に、恥じることなど何1つないと私は思う」
力強い言葉に、心の奥にずっと鎮座していた重石が取れたような気がした。
ただ役割の為に造りだされた、という事実になんとも言い難いコンプレックスを感じていたけれど、すべての生命はみな同じように役割を背負って生まれるのだ。そう、言ってみれば、この世界へと出てくる道が少し違っていただけのこと。普通は土が剥き出しの凸凹道だが、偶々自分は石造りの整備された道を通ってきた、という程度の。
「…ティーダ」
「なんスか?」
「オレも、さっきの言葉、ちゃんと覚えたぜ」
今の自分を形成するのは、今まで生きてきた時間、経験、記憶、周囲の人々が自分にくれた親愛の情、自分が彼らに持つ想いだ。それらが今の自分の形となり、そしてこれから先の自分を形作る。
きっとただの人として生まれていても、自分はタンタラスの一員で、ダガーやビビたちに出会い、旅をし、クジャが自分を目の仇にすることはなかったかもしれないけれど、たとえ兄弟と呼ぶべき間柄ではなくたってやっぱりクジャを助けただろうし、この異世界に喚ばれてバッツやティーダと馬鹿騒ぎをしてスコールに溜息を吐かれたりしただろう。勿論、もっと違う人生になったかもしれないが、ジタンはたくさんの大切な人達に出逢えた今を、とても有り難いものだと思っている。
だから。自分が他人のどんな思惑の上で、どんな風にこの世に生を享けたのだとしても。
「それがどうした!」
これからは、そう言って笑い飛ばしてやる。
ジタンが、彼らしい自信に満ちた表情でそう言った時。
輝くクリスタルが扉に向かって真っ直ぐ光を放った。
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押しても引いてもビクともしなかった扉があっさりと開く。外では仲間たちが思い思いの様子で彼らが出てくるのを待っていた。
「やっぱり、閉じ込められてたんだな」
クラウドがそう声を掛け、ライトが頷く。
「楔打ってます!とか看板でも出てくりゃいいのにな」
食材を山のように抱えたバッツが言えば、それはさすがに無理だろうがと苦笑いしつつもフリオニールが同意を示した。
「分かれて探索してる最中だったから、誰も状況がわからなくてな。1件1件まわって、ここだけ開かなかったから多分ここだろうと踏んで待ってたんだ」
「でも、もしかしたら何か別の異常事態に陥ったのかもしれないし、あともう少し待って戻ってこないようならどうにかして踏み込もうって話してたんだよ」
セシルの言葉に、踏みこまれなくてよかったッスね~とティーダが笑う。可能かどうかはともかく、あの狭い空間に一気に踏み込まれたら衝突事故は意外と悲惨なレベルになりそうだ。
「これで5つ、半分だね」
「ネギ~、ヤバイんじゃないのかぁ?ビリになっちまうぞ~」
「煩いな!大丈夫だよ、ビリになんてならないから」
「だってあと残ってんの、ネギとスコールだけだぜ?」
「スコールがビリになればいいだけの話でしょ!」
「………」
競争に参加すると承諾した憶えはないだとか、自分の努力でどうこうなるものでないだろうだとか、人を無理矢理参加させるなら全員参加にすべきだろうだとか、色々と思うところはあれど、今の一番率直な気持ちを言うならば、勝手にビリにされるとムカツク、というのがスコールの心の声だが、一応は沈黙を保ったままだ。
「まあ、とにかく、無事でよかった」
無言でいても機嫌の悪いオーラというものは判る人には判るもので、フリオニールが多少引き攣った笑顔で話題を変える。
「今夜の食事は豪華になりそうだな」
「あー、なんか腹減ってきた…」
今日の移動は此処までにして、休むことにする。今日のメシ何ッスか?とフリオニールの持つ食材を覗き込みながら訊くティーダを先頭に、彼らは休息の準備へと取り掛かり始めた。
ジタンがふと、振り返ってシンと静まった街並みを見上げる。
「ジタン、何やってんだよ~?」
前方からバッツに呼ばれて、ジタンは大きく頷くと、自分も料理を手伝うべく、仲間たちのもとへと歩き出したのだった。