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魔女っ子理論141~155

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「ティーダのせいだろ」
「いーや、ジタンのが先だった」
互いにそう言って譲らないジタンとティーダが、全く以って仲のよろしいことで、とでも言いたくなるような見事なタイミングで同時にライトを見上げる。
「ライトもそう思うよなっ」
「……私には2人同時だったように見えたが」
冷静な返答に、2人は「うーん、そうかなあ」と言いつつも、「ま、いっか」と話を切り上げることにしたらしい。
 この世界は様々な世界を写し取った断片の寄せ集まり。今まで歩いてきた限り、集落そのものを写し取っているところもあれば、洞窟や山、森林の一部を写し取った場所や建造物の内部を写し取った場所もあり、そこには特段一貫した法則性は見受けられない。ただ、どのエリアにも共通しているのは、デジョントラップ、と呼ばれるものが存在しているということだ。
2年前に、戦いを繰り広げた際には厄介だったデジョントラップだが、今回のように基本的には探索するだけの場合には大した支障はない。そこにデジョントラップがあることを認識して、注意して歩けばいいだけの話だからだ。それなのに。
何をそんなに盛り上がっていたのか、話しながら歩いていたジタンとティーダが物の見事にデジョントラップに仲良く足を突っ込んだのだ。反射的に何か掴まるものを求めて手を伸ばした結果、近くにいたライトが巻き添えになった。
掴まるにしても、せめて腕に掴まってくれれば持ちこたえられたのではないかとライトは思うのだが、2人が咄嗟に掴んだのはライトの腕でも足でもなく、身に纏っていたマントだった。後ろからマントを思い切り引っ張られたライトがそのまま2人と一緒にデジョントラップへと吸い込まれたのは不可抗力だったと言えるだろう。
「あー、でもさ、ちょうどよかったんじゃね?」
片方は小柄なジタンとはいえ、マントに2人もぶら下がられた重みを思い出して知らず眉間に1本皺を寄せたライトを見て、ジタンが話題を変える。
「最後はライトの番ってことだったんだし」
 通常、デジョントラップに吸い込まれると、同じエリア内の別のデジョントラップから吐き出される。ライト達3人も同様に吸い込まれたと思ったらすぐさま外へと吐き出されたのだが、通常と違うことといえば、吐き出された先が自分たちの周りだけが僅かに仄明るいだけの暗闇だったということだ。
最後の楔を打つときが来た、ということなのだろう。
「このエリアって、ライト、知ってるとこなんスよね?」
「ああ」
今は暗闇に覆われて見えないが、先程まで歩いていたそこは、とある城の中の一部だった。
ティーダの質問にライトはゆっくりと頷いて答える。
「ここは、コーネリア城だ」


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「それってさ、ライトの想い出深いとこなワケ?」
ジタンが訊くと、ライトは首を振る。
「想い出深いというより、私は今ここに世話になっている」
「城仕えの騎士ってこと?」
「…そうとも言えない」
 自分の今の身分を尤も的確に表現するならば、それはコーネリアの食客、というのが正しいのだろうとライトは言った。
「ショッカク?」
耳慣れない単語にティーダが鸚鵡返しにすれば、ライトは暫く悩んだ後で、居候だと思っておけばいい、と説明する。
城仕えの騎士とは違い、王の命令を受ける立場でもなければ、給金を得ているわけでもない。勿論請われれば力を貸すが、ライトと後3人の仲間たちはあくまでも国王の客人として2年前からコーネリアに滞在していた。
「へぇ、城暮らしっての、オレには全然想像できないッスけど、なんか凄そう」
城というものに縁がなかったティーダはそう言い、その後に、でも、と続ける。
「故郷とか、帰んなくても大丈夫なんスか?」
「…わからない」
「え?」
ジタンも不思議そうにライトを見上げた。
「私が…いや、我々が何処で生まれどう育ち、どうやってコーネリアへと辿り着いたのか…誰も覚えていないのだ」
2年前、ライトは3人の仲間と共に、それぞれ輝きの消えたクリスタルを手にコーネリアへと辿り着いた。しかし4人全員の記憶は失われ、自分たちが何者であるのかも判らなかった。
「光の戦士…その伝説の戦士こそ自分たちだと告げられ、我等は戦った。時の鎖を断ち切る為に」
4人の戦士の活躍で、世界は2000年のループを打ち破り、正しい姿へと戻った。同時に、人々の中からは戦いの記憶は失われた。
しかし、不思議なことに人々の中に「光の戦士」というものの記憶だけは伝承として残っていて、だからこそライト達は戦いを終えて帰還した後、コーネリアの食客として迎え入れられたのだ。
「えぇと、じゃあ、2年前に此処でライトの記憶がなかったのは…」
「もともと記憶を失っていたからだ」
「じゃあ、今は…」
「2000年を経た戦いの記憶は我等4人だけが持っているが、コーネリアへと辿り着く前の記憶は今も甦ってはいない。私の名も…元の世界でも同じように呼ばれている」
ライト、ルース、リヒト、ルミエール、と4人の戦士たちは元の世界のいくつかの言語で「光」を指す言葉で呼ばれているのだとライトは付け足した。
以前本当の名前の話になった時に敢えてそれを言わなかったのは、ライトが本来の世界に還って記憶を取り戻したに違いないと仲間たちが思っているのが解っていたからだ。そこでわざわざ記憶を失ったままであることを告げて余計な気を遣わせる必要はないと判断したからだった。
「でもさ、仲間もいて、皆がライトのこと受け入れてるんだろ?だったらその、コーネリアってとこを故郷だと思うってのもアリだと思うぜ?」
ジタンがそういえば、そうッスよ、とティーダも頷く。
だがライトはふと暗闇を仰いで言った。
「だが…、偶に私は本当にここにいていいのだろうかと思うのだ」
「ライト…」
それは、どんな時にも揺らがずに仲間たちを導いてきたライトが初めて見せた揺らぎだった。


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 時の輪廻に関する記憶を失くしたはずの人々は、それでもライト達を光の戦士だと信じて疑わず好意的に受け入れてくれている。コーネリアに辿り着くまでの記憶を一切持たない彼らに、帰る場所が判らないのならずっとコーネリアに居ればいいと言ってくれた。彼らは口を揃えてこう言う。「あなた方が伝説の光の戦士であり、私たちは貴方達に救われた。何故だか知らないけれど、それは確かなのだと判るのだ」と。
そうして2年、ライトはコーネリアで過ごしてきた。何もせずにただ好意に甘えるのは性に合わないから、騎士の訓練などは率先して引き受けた。そうしている内に友人や知り合いも増え、恐らく自分はコーネリアでの生活に馴染んでいると言っていいのだろうとライトは思う。穏やかな日々に不満はない。若い騎士たちを鍛えその成長を見守る役目は遣り甲斐があるし、膨大な蔵書数を誇る城の図書室は一度足を踏み入れたら寝食を忘れるほど魅力的だ。
けれど、ふとした瞬間首を擡げる疑問を、ライトは打ち消すことができないでいる。
「私の使命は果たした。最早使命を持たない私は去るべきなのではないだろうか…」
 記憶を失ったのはただ使命を果たす駒となる為だったのではないか。そして使命を果たして尚、記憶が失われたままなのは役目を果たした駒は歴史の狭間へと消え去るべきだからなのではないか。光の戦士という役割を全うした以上、自分が何者かも判らないような己個人の存在は要らないのではないだろうか。
「んなわけねーだろ!」
明らかな怒りを滲ませて語気を強めたのはジタンだ。
「ジタンの言うとおりッス」
続いて言ったティーダの様子も怒気を孕んでいる。
ライトは眼を瞬かせた。彼らは何故こんなにも怒っているのだろう。
「ライトは命懸けで使命を果たしたんだろ。そしたらその後は自由でいいじゃないか。役目果たしたらそれで終わりなのか?生きるってそんなことじゃないだろ。与えられた命を無駄にしないことだろ」
「使命の為だけに生きるって、じゃあ、今ライトのこと慕ってる人達はどうするんだよ?ライトが使命を果たしたからってだけで慕ってるわけじゃないッスよ。ライトの性格とか考え方とか態度とか、そーゆーのが好きなんだ。ライトはオレたちが、ただ同じ使命を持ってるからってだけでアンタを慕ってるって言うのかよ」
ジタンとティーダ2人揃って睨みつけられて、ライトは漸く思い至る。これは、もしかして。
「君たちは…私の為に怒っているのか?」
その問いに、2人の声がシンクロした。
「当たり前だろ!バカライト!」


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 バカ、だなんて初めて言われた。ライトは滅多に見せない驚きの表情を浮かべる。
「アンタがオレに言ったんじゃないか。オレの命に何1つ恥じるべきところはないって。オレはテラの民の器として造られた。それがオレの使命だ。だけどテラの民はもういない。オレの使命はもうない。だったらオレはいなくなるべきだってアンタは言うのかよ」
ジタンがライトを睨みつけて言った。
「オレの使命はシンを倒すこと。その為に現実に喚ばれて、その後ホントに消えたッスよ。でも、ライトだって、オレに戻って来いって祈ってくれたんじゃなかったんスか?祈ってくれた皆の想いを信じればいいんじゃなかったのか?アンタの想いを信じられないなら、やっぱりオレは消えるんスか」
ティーダは涙目でそう訊く。
 ああ、自分はとんでもない間違いを犯そうとしていたのだ。
驚きに丸くしていた眼を1度伏せ、ライトはゆっくりと2人を見た。
「使命を担う自分」の他に記憶を持たないから、使命を果たすことだけが自分の在る意味のように感じていたけれど、それは自分だけでなく、他者の尊厳さえ貶める愚かな思考だったのだと悟る。同じように使命を果たしたはずの彼らはこんなにも魅力的で、彼らがいなくなるべき存在だなんて到底思えない。そして、「使命を担う自分」だけだと考えていた自身の存在もまた、それだけではないのだと彼らは言ってくれる。
「記憶が戻んなくても、それが全部じゃないだろ。オレ達と一緒にここで戦った記憶も、この2年間の記憶も、またこうやって一緒にいられる記憶も、ライトはちゃんと持ってる」
「ちゃんと、オレ達が好きな…たぶんそのコーネリアの人達も好きなライトのことも、認めて欲しいッス」
「…私は、あそこにいてもいいのか」
「いてくんなきゃこっちが困る」
「ライトだって、元の世界戻った後、オレのこと『どっか消えるって言ってたけどどうなっただろう』なんて考えたくないだろ?」
「・・・確かに」
大切な仲間だ、元の世界の仲間に囲まれて元気に過ごしていると思いたいに決まっている。
「アンタが仲間に対して想うことは、仲間がアンタに対して想うことなんだ」
「オレたちを仲間だと想ってくれるなら、そこんとこ忘れないで欲しいッス」
2人の言葉が、ライトの心に温かく宿る。2人を、そして待っていてくれる7人を、仲間だと想うのなら、彼らが慕ってくれる自分自身を認めなければならない。
本当の名も思い出せないけれど、彼らが呼んでくれることこそが重要なのだと言ったのは他ならぬライト自身だ。
仲間たちが、コーネリアの人々が、自分をライトと呼びそこに居てもいいのだと言ってくれるならば、それで充分なのだ。
「…ジタン、ティーダ。ありがとう」
言葉と共にクリスタルが現れ光を放つ。
滅多に見られないライトの笑顔は、それはそれは眩しかったとジタンとティーダは後で仲間たちにそう言った。


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 それは、光のネットのようだった。
ライト達3人が暗闇を打ち破ると、そこにはいつも通り仲間たちが彼らを待っていた。そこまでは変わらない。だが、そこからが今までと違っていた。
 クリスタルから放たれた光が消えない。
やがて、どこからともなく9つの光が走ってきた。10人には感覚的に解る。これは、彼らが楔を打ったそれぞれの場所からの光だ。
徒に空間変異を繰り返すこの世界が、実際にはどういった形状をしているのか彼らにはさっぱり見当もつかないのだが、今現在の状況を察するならば、彼らが楔を打ったエリアがこの世界の外周に位置しているのだろう。そうしてそこから、他の楔の場所へと光の線が走って、大きなネットを被せるようにこの世界を覆っている。そう、まさに、この世界を繋ぎとめるネットだ。
「これで、この世界がバラバラになるの止められたのかな」
セシルが光を見上げて言う。
「…たぶんな」
クラウドが頷いた。
今までにない安定感のようなものを感じる。それは、この世界に調和と秩序の女神の力がしっかりと根付いた証なのだろう。
「ここがバラバラにならないってことは…」
バッツの言葉の続きを、ジタンが奪う。
「オレたちの世界に衝突もしないってことだ」
「オレらの世界は無事ってことッスね」
ティーダが笑い、フリオニールも笑みを浮かべた。
「守れたんだな、俺たちの力で」
「…任務完了、だな」
スコールが彼らしい言葉で表現すれば、ライトは胸に手を当て言う。
「コスモス…、貴女の願いは確かに果たした」
「よかったね」
オニオンが隣りのティナに微笑みかけ、ティナもそれに同意する。10本の楔を打った、それは今ここにいる10人の仲間1人1人が各々の心の中の壁を乗り越えたということなのだから。
「そうね。それにしても…本当に、きれい」
空を見上げてうっとりと呟くティナの言葉に、もう1度全員が空を見上げた。
 眩い光が交差する空。
やがて光が消えるまで、彼らはずっとそれを眺めていた。


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「あとはイミテーションの製造元をどうにかするだけか~」
焚火を囲んでの夕食が終わると、大きく伸びをしながらジタンが言った。世界の拡散は止めた。あとは、あの大量増殖したイミテーションの大元を破壊すれば、この世界は一定の秩序を保った状態になるだろう。
「製造元ってどこなんスかね~?」
ティーダものんびりとした口調で言うと、一緒に焚火を囲んでいたティナとオニオンもどこなんだろうね、と顔を見合わせる。
「見当はついている」
そんな答えが返ってきて、彼らが首を向ければ、少し離れた場所でガンブレードの手入れをしているスコールがチラと4人を一瞥した。
「そーなん?」
「…気づいてなかったのか?」
「全然」
寧ろ仲間にスコールやライト、セシルにクラウドといった、言わなくとも色々考えてくれるタイプがいるおかげで気づこうとしていなかった、という方が正しい気もするが、とりあえずジタンとティーダが代表して首を振る。
「考えればすぐ判る。イミテーションは2年前の戦いでカオス陣営が造り出して戦いに投入した戦力だ」
手は淀みなくガンブレードの部品を組み上げながら、スコールは説明してくれた。
「つまりイミテーションは、2年前、大いなる意思とやらが限定していた行動範囲の中で製造されたということになる」
「あ、そっか」
オニオンが納得した、と頷く。
「今まで通ったところにそれらしきものはなかったもんね」
ランダムな空間変異に運を任せて移動してきたから、当然見知ったエリアを何度も通る事もあった。だが、2年前に散々戦いを繰り広げた10のエリアにはそれらしきものは見当たらなかった。
「そうなれば、自ずと見当はつく」
スコールが組み上げたガンブレードを一振りして具合を確かめながら言った。
 空間変異で辿り着くエリアはランダムで法則性は見当たらない、というのが基本だったが、1つだけ例外があった。
どんなに空間変異を繰り返しても、絶対に現れないエリアがあるのだ。
「…確かに、イミテーションの製造元としてはうってつけなカンジ?」
ジタンが肩を竦めて言う。ティーダもうんうんと頷いている。言われて見ればそれ以上の場所などないように思えた。
2年前、混沌の神が支配していた領域。
「混沌の果て…。恐らく、イミテーションの出所はそこだ」


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 年若い者達がイミテーションの製造場所について話していた頃、その場に居なかった5人の年長者は、テントの中にいた。
彼らも今後について話し合っている。ただし、イミテーションの製造場所のことではなく、それを破壊した後の話だ。
「コスモスの頼みは、あくまでこの世界の拡散を止めることだった。イミテーションの掃討については何も言われていない。つまり、僕たちはこの世界での使命を果たしたと言っていいんだと思う」
セシルの言葉に同意を示し、ライトが続ける。
「だが今のところクリスタルが我らをそれぞれの世界へと送り出そうとする気配はない。…2年前とは違う、と考えていいのだろうか」
「そうだといいよな」
バッツが真面目に言った。
「俺たちに還る場所の選択もできるといいんだが…」
フリオニールがそう話す横で、クラウドも口許に手を当てて考え込んでいる。
 彼らはイミテーションを掃討し製造源を破壊することに関しては何も不安を抱いていなかった。恐らく混沌の果てに製造源があるだろうことは彼らも推測していたし、戦力的な不安は皆無と言っていい。
彼らが問題視していたのは、そして敢えて年長者だけで話し合っているのは、それがこの世界からの帰還について、もっと具体的に言うならば、スコールを彼の世界へ還さない方法についてだったからだ。
本人を交えて話しては、スコールを傷つけることになる可能性も皆無ではない。一応本人も納得したしおくびにも出さないが、元の世界への未練がないはずがないのだ。ここから還るその瞬間まで、出来るだけスコールの意識をそこから逸らしておいてやりたい。それが仲間たちの想いであり、しかしスコール1人を除いて話し合うわけにもいかないから、ここは年長者だけで、ということになったのだった。
「とりあえず、自分から還ろうとする、っていうのはどうだ?」
バッツがそう提案する。
 2年前、この世界から還るときには、クリスタルの力によって言わば強制送還されたような状態だった。別れの挨拶も満足にできないまま彼らはそれぞれの世界へと還ったのだ。
だから今度は自ら還ろうという意志を見せてはどうだろう、とバッツは言うのだ。
「確かに、2年前に比べてクリスタルは俺達自身と結びつきが強くなっている…。俺達の意志が反映される可能性は充分あるか…」
クラウドの言葉にライトやセシルも頷いた。2年前にはコスモスの遺した力、という印象の強かったクリスタルだが、今回再びこの異世界へと彼らが来て、そして各々の心の蟠りを昇華してクリスタルの力を強めたことで、彼らの意思によるコントロールがある程度可能になった、という実感は全員が抱いていた。
「問題は…」
フリオニールが呟く。
「そうなると、自分から別れを言い出さなきゃならないってことか」
その科白に仲間たちが顔を見合わせた。
還りたくないわけではないが、別れるのも辛い。それを切り出すのは勇気が要るだろう。
「イミテーションを掃討し、製造源を破壊したら、速やかにこの世界を去る」
ライトが強い口調で言い切った。
「予めそう決めておこう。下手に躊躇って2年前のようにクリスタルの力で強制的に還ることになっては元も子もない。我々は、約束したのだから」
5人の脳裏に、眸を潤ませながら気丈に「スコールをここへは還さないで」と彼らに頼んだリノアの姿が浮かぶ。あの約束は絶対だ。反故にするわけにはいかない。
「そうだね」
セシルがそう言い、フリオニール、バッツ、クラウドもしっかりと頷いた。
仲間たちの別れの時はすぐそこまで来ているのだった。


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「う、わ…」
オニオンの口から零れた驚嘆の声は、仲間全員の声でもあった。
その視界を埋めるのは、今までの比ではない大量のイミテーションの群れと、そして。
「カオスのイミテーションってアリかよ…」
「2年ぶりに見てもやっぱりデカイなあ」
「…あれだけは量産できなかった、ということか」
混沌の果ての玉座に座しているのは、混沌の神を模したイミテーションだった。イミテーション特有の金属のような質感で巨大な尾が揺れる様は異様というかシュールというか、見る者の意見が分かれそうな光景だ。
「イミテーションは所詮模造品。たとえカオスであろうと、2年前本物を倒した俺たちが恐れる相手じゃない」
フリオニールの言葉に全員が同意する。
「最後の一暴れ、行くッスよ~!」
ティーダの言葉が合図となって、イミテーションを掃討すべく彼らは動き出した。
 まずは強力な全体魔法を使えるオニオンとバッツ、クラウド、スコールがイミテーションの数を減らし、そこを掻い潜って襲ってくる敵をライト、フリオニール、セシル、ジタン、ティーダの5人で確実に仕留めていく。戦闘力のないティナは後方から全体を見て敵の動きに注意する役目を負った。
混沌の果て、というエリアの狭さが10人には有利に働く。大量の軍勢で組織的な動きをするから手強くなっていたイミテーションだが、この手狭な空間では、その数自体が足枷となって烏合の衆にしかなっていない。
「みんな!カオスの玉座の後ろからイミテーションが出てきてるわ!」
無尽蔵に戦場に投入されるイミテーションだが、さすがに倒され減らされるスピードと造り出されるスピードでは減る方が早い。イミテーションで埋め尽くされて地面も見えなかった一帯も、ようやく彼らの記憶の中にあるこのエリアの姿に近づいてきた。そして、そこでようやく、玉座にいたカオスのイミテーションが動き出す。
「クラウド!スコール!君達はカオスのイミテーションを!」
「わかった」
「了解」
セシルの指示に2人は走る。イミテーションとはいえ、さすがに混沌の神の模倣は今までとは段違いの強さだ。それでも、彼ら2人にとって苦戦を強いられるほどではない。
「ジタン、ティーダ、オニオン。悪いけど、そこを通り抜けてイミテーションの出所、潰してきてくれるかい」
「任せとけって」
俊敏で機動力の高い3人に、クラウド、スコールがカオスのイミテーションと戦いを繰り広げる直ぐ傍を潜り抜けるよう頼んだセシルは、最後にライトとフリオニール、バッツを振り返った。
「僕らはここにいる残りを片付けよう」
「ああ」
 戦闘は危なげなく進む。10人の中にあるのは、これで最後なのだという想いだ。2年前にも経験した想い。2年経ってこうして予想外に再会は叶ったが、たぶん3度目はないだろう。
だから、すべての戦闘が終了した時、彼らの表情は達成感や安堵と共に寂寥にも彩られていた。


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「あー、やっぱ海は気持ちいいッス!クラウドとスコールは初めてだよな。ここがオレの住む世界!」
ティーダが大きく伸びをしながら言う。
「ティーダにピッタリなところだな」
クラウドが穏やかに感想を述べた。その言葉に、ティーダは嬉しそうに笑う。
眩しく照りつける太陽、光を反射する白い砂浜、透き通る青い海。
穏やかな波打ち際、ビサイドの浜辺に10人は立っていた。
 話はほんの僅かばかり前に遡る。
イミテーションの掃討を完了した彼らは円陣を組むように混沌の果てに立った。
別れ難くズルズルと此処に居座っても仕方ない、イミテーションの掃討が完了したらすぐに帰還することにしよう。その決定に異を唱える者はいなかったから、彼らはそれぞれの手にクリスタルを握っている。
だが、別れの挨拶を口にするのは中々難しかった。暫くの沈黙の後、やはりここは自分が口火を切らねばならないだろうとライトが口を開き掛けたところで、自らのクリスタルを見つめていたティーダがバッと顔を上げた。
「見送り、来ないッスか」
「は?」
意味が判らず訊き返す仲間たちに、ティーダはいいことを思いついた、とでも言うように大きく頷いて見せる。
「うん、そうだ、見送りに来いよ!」
1人で納得しているティーダに、他の仲間たちがついていけないでいると、はいはいみんな手ぇ繋いで~、とティーダはどんどん話を進めてしまう。
「おいおい、ちょっと待てってティーダ!」
「いいじゃないッスか。これでみんなが見送りに来れたら、自分以外のヤツも連れてけるってことになるんだから」
クリスタルがその持ち主しか還らせてくれない、となれば何か別の手段を考えなくてはならないことになる。確かに全員が一斉にこの異世界から帰還してはむざむざとスコールを元の世界へと還してしまう危険性は拭えない。ティーダの言う事は理に適っていた。
「じゃ、やってみるぞ~」
言葉と共にティーダのクリスタルが輝き出し、そして今に至るのだ。
「とりあえず、自分のクリスタルの力で他人も連れて行けることが確認できたんだからよかったよね」
セシルがライトに言うと、ライトも安堵を隠さずに頷いて見せた。仲間たちの気掛かりは最早それだけだったのだから、その確認が出来たことは大きい。突飛にも思える提案をしてくれたティーダにライトは感謝していた。
そのライトの視線の先で、ティーダは背後を振り返り、そして仲間たちの方へと向き直ると泣きたいのか笑いたいのか曖昧な表情で口を開いた。
「ホントは、色んなトコ見て欲しいんだけど、そう言ってられないよな」


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 お別れ、ッスね。
ティーダの言葉を聞いたかのように、ティーダを除く9人のクリスタルが輝き出す。すると、ティーダがクラウドに自分のクリスタルをポン、と手渡した。
「ティーダ?」
「もうオレには必要ないと思うから、持っててよ。それはオレの世界を知ってる。上手くしたらまた来られるかもしんないし。逃げたくなったら逃げちゃえ」
そして、数歩後ずさって仲間たちの顔を見渡したティーダは、最後にこう言った。
「みんな元気でな!顔暗いッスよ!こんな時こそ笑顔の練習!」
その科白と、光が溢れるのはほぼ同時だった。
「…あいつ、強いなあ」
光が収まれば、そこは見知った異世界の秩序の聖域で、けれどもうそこには9人しかいない。それを見とめてバッツが呟いた。
「ねえ、僕も見送って欲しいんだけど」
そこへそう言ったのはオニオンだ。言葉は希望の形を取っていたが、その手に握られたクリスタルは既に輝き始めている。
「いいよね」
強気な科白を吐いているわりに、オニオンの眸は不安を隠せない。
「しぃっかりお見送りしてやるぜ~」
ジタンが笑いながら肩を竦め、他の仲間たちもそれぞれに微苦笑で頷く。オニオンのクリスタルの光が辺りを包むと、次の瞬間、彼らは見慣れない地に立っていた。
「懐かしいなあ」
そんなに長い間留守にしたわけではないのに、不思議な程懐かしく感じる景色を見回してオニオンは頷く。そして自分の背後に見える城を指差した。
「元々いたのはもっとちっちゃいウルって村なんだけど、今はあのサスーン城で色々勉強させて貰ってるんだ」
誇らしげにそう語り、そしてすぐに寂しさを隠せない様子でオニオンは続ける。
「いろんなこと学んで、それで、いつか僕は物語を書きたいんだ」
「すてきね」
ティナがすぐさま反応して言えば、少年ははにかんで見せた。
「みんなのお話だよ。神様に喚ばれた10人が一緒に旅して戦うお話だ。ここでもうお別れだけど、みんなのことを、形にして残したいんだ」
オニオンの言葉を切っ掛けに、「見送り」役の8人のクリスタルが輝き始める。少年は自分の持つクリスタルを暫く見つめると、スコールに近づき、はい、と渡した。
「…オニオン」
「僕のも渡しておくよ。もしもこれでいつかまた此処へ来られたら、僕の書いた物語、読んでね」
黙って頷いたスコールに、満足気に笑ったオニオンの前で、輝きが溢れ出す。
「みんな、大好きだよ!」
8人の耳に最後に届いたのは、そんな科白だった。


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「ネギのヤツ、最後の最後だけエライ素直になりやがって~」
「いっつも生意気なことしか言わなかったくせになあ」
ジタンが少しだけ寂しそうに笑い、フリオニールも苦笑いしながら同意する。
「…あの」
遠慮がちに発せられた声に、全員が声の主を見遣ると、ティナがそっと手を挙げていた。
「わたしも、見送ってもらってもいいかな?」
「勿論、レディを送り届けるのは男の義務だぜ」
「…送り狼って表現があったな」
ジタンが胸に手を当て恭しく一礼する横で、スコールが言う。
「オレが送り狼なんかになるわけないだろ」
「珍しいね、スコールがそんな冗談言うなんて」
ジタンの抗議に被さるようにセシルが言うと、スコールは手に持ったものを軽く掲げて見せた。それはオニオンから託されたクリスタルだ。
「ナイトがいないから、代わりに、な」
「それじゃあ、いくね」
ティナが言葉とともに彼女のクリスタルが輝きだす。視界がほんの一瞬白く染まると、もう次の瞬間には今までとは違う景色が広がっていた。
「モブリズ、だっけ?」
「うん」
異世界にもここを模したエリアがあったので全員がなんとなく見覚えのある景色だ。同時に、やはりあの異世界の断片はあくまで断片なのだと実感する。それは本物が、切り取られた景色ではなく広がる風景の一部だからなのかもしれないし、そこで生活する人の気配が感じられるからなのかもしれない。
「ティナママ~!」
目敏く「ママ」の帰還に気付いた子供たちが手を振ってくる。走り寄ってこないのは「ママ」が「知らないお客さん」と話しているので邪魔してはいけないと思っているからだろう。
振り返って子供たちに手を振り返したティナは、仲間たちに向き直るとこう言った。
「ここで、あの子たちが育っていくのを見守るわ。あの子たちが、みんなみたいに強くて優しい人になれるように」
そして、自分のクリスタルをクラウドがティーダのクリスタルを抱える腕の隙間に差し込むように置く。
「わたしのも、預けるね」
「ティナ」
「これがこの先も役に立つのかわからないけど…。わたしが幸せを祈ってるってこと、思い出して欲しいから」
慈愛に満ちた「ママ」の表情でティナが言うと、7人のクリスタルの輝きが彼らを包んだ。
 光が収まれば、そこはまた異世界。
「もうちょっと、時間欲しい気もするけどな」
「それで別れ難くなっては仕方ないだろう」
「妙に湿っぽく別れるよりいいさ」
バッツがぼやき、ライトが生真面目に諌め、フリオニールが宥める。
「なあ、オレのトコも見に来いよ」
尻尾を自在に揺らめかせて、ジタンがそう言った。


152


 ジタンのクリスタルの光に導かれてやってきた先の景色は。
「う…」
振動に瞬時に反応するクラウドの三半規管の繊細さを心配すればいいのか笑っていいのか、以前スコールの世界で飛空挺ラグナロクに乗った時以来の下らなくも答えのない疑問に仲間たちは曖昧な表情で様子を見るしかない。寧ろこれでよく、あの星の体内のようなエリアで戦えていたものだと場違いな感心が仲間の心を占めていることを本人は知らないだろう。
「わりぃ、移動中みたいだ」
ジタンも苦笑いしながら頭を掻いた。
「ここは…?」
「ここがオレの家。劇団タンタラス自慢の移動劇場艇さ」
 ま、盗賊団のアジトでもあるんだけどな。でも最近は劇団が本業だから。
そう付け足したジタンは芝居さながらに一礼してみせる。
 見に来いと言った割にここでは世界の様子が判らないが、ここがジタンの家だというならばそれはそれで感慨深い。確かに劇場艇という特殊さからか、ただの空路移動の手段としての飛空挺に比べてだいぶ造りに違いがあるように見えた。
「オレはここで家族みたいな仲間と一緒に笑って、怒って、芝居して、あちこち回ってく。待っててくれるレディがいるから、還る場所は決まってる」
そうして、誰かに記憶を繋いでいく。
「お前らの記憶も、繋いでくよ。ネギは物語書くって言ってたから、オレは芝居にしようかな」
「なんかジタンが凄くカッコいい芝居になったりしてな」
バッツがそう茶化す。ジタンを除く6人のクリスタルが輝き出した。
「当たり前!・・・ってウソウソ、みんなカッコいい芝居だぜ?」
言いながらジタンはスコールに自分のクリスタルを差し出す。
「オレのも、な。たぶん、バッツの幸運のお守りより効果あるぜ?」
「…そうかもな」
悪戯っぽく片目を瞑って見せたジタンにスコールがほんの微かに口許を緩めて言えば、ひどいなあ、とバッツがぼやいた。
光の中で最後に見えたのは、ジタンが親指を立ててポーズを決め、グッドラック、と言う姿だった。
「…ちっちゃいけど男前なんだよなあ、あいつ」
なんか最後凄いカッコよかったぞ、というバッツの呟きに、「ちっちゃい」は言及しないでおいてやれ、とスコールが内心思っていると、フリオニールが口を開く。
「花を見に来ないか」
その誘い文句は、2年前、世界を花で満たして平和な世界を築きたいという夢を抱いていたフリオニールらしい言葉だ。
「いいね」
セシルがすぐに同意を示し、乗り物酔いから復活したクラウドも頷いて見せた。勿論、他の3人にも異論はない。
ほっとしたように顔を綻ばせたフリオニールが手を翳すと、彼のクリスタルが光り始める。
「…うわぁ」
光が収まった途端、彼らの眼に飛び込んできたのは、可憐な花々が咲き乱れる景色だ。
「大したものだ…」
ライトも感心したように言うと、フリオニールは照れくさそうに笑った。
「これ、フリオニールが植えたのかい?」
「俺だけじゃない。仲間や村の皆が手伝ってくれた」
植えられているのはどれも比較的素朴なものばかりだが、勿論、2年前フリオニールを支える象徴でもあったのばらもたくさん植えられている。
「ようやく、この辺りはここまでになったけど、この世界にはまだまだ戦いで滅茶苦茶になった姿のままのところも多い。俺は、これからそういうところを回って花を植えていこうと思ってる」
決意に満ちた表情で、フリオニールはそう語った。


153


 フリオニールの決意を聞き届けた、とでも言うように、5人のクリスタルが光り出す。
フリオニールは既に3つのクリスタルを抱えるクラウドの両腕に、自分のクリスタルを乗せた。
「夢があるから戦える。たとえ吹き飛ばされても、踏み荒らされても、俺は何度だって花を植えるよ」
「お前ならできるさ」
フリオニールはしっかりと頷き数歩退くと、光の中に飲み込まれていく仲間たちを見送った。
「皆、元気で」
そんな言葉を耳に捉えて、光が収まればそこにはもう5人の姿しかない。ほんの1時間前にはここに10人いたのに、もう半分になってしまった。
「1人、また1人と姿を消していき…」
「…そこで何故ホラーにする」
バッツの言葉にスコールが突っ込む。するとバッツは笑って自らのクリスタルを天に翳した。
「ボコに会いに来るだろ?」
 誘いでも希望でも命令でもない、それは既に来ることを前提とした確認だ。屈託がないというか謙虚さがないというか、コイツの場合はどちらもか、とスコールが思っている間に視界は草原へと変わる。そして。
「クエ~ッ!!」
「うわっ」
仲間たちの目の前で、バッツに見事なチョコボキックが決まった。
「イテテテ…。勢いつけすきだよ、ボコ」
「クェ~」
「でも、会いたかったぞ、ボコ~ッ」
「クェックェッ」
ヒシと抱きしめあう(相手はチョコボなので正確にはバッツが一方的に抱きついているだけだが、雰囲気から察するとこうなる)1人と1羽。
「…あれって会話が成り立ってるってことなんだろうね」
「…たぶんな」
見守る仲間たちも、あれが「幸運のお守り」の提供元か、と興味深い。お守りを持ち歩いていた経験のあるスコールなどは特に。
 俺はあれと間違われていたのか、と寝惚けたバッツに散々「ボコ~」と懐かれた経験のあるクラウドは別の意味で感慨深いようだったが。
「こいつがおれの相棒のボコ。おれとずっと旅して、これからもあちこち旅する妻子持ちだ」
「クエッ」
挨拶するようにボコが鳴く。
「こいつと旅して、それで、おれもみんなのこと、話すよ。おれ、吟遊詩人もマスターしてるしな」
バッツは朗らかにそう言って、自らのクリスタルをスコールの腕の中へと押し込んだ。
「幸運のお守り、持ってけよ」
「アンタの相棒じゃなかったか?」
「そりゃあの世界ではな。でも、おれには本物のボコがいるから大丈夫」
そうして、光に包まれて消えていく仲間に向かって、バッツは言う。
「おまえたちと旅ができて、楽しかったよ」
 光が収束すれば、そこは何も変わらない秩序の聖域で、けれど4人になった今、ここはこれほど広かっただろうかと彼らはなんとなく辺りを見回した。
「いつも賑やかに僕らを引っ張ってくれた皆がいないから、なんだか物凄く静かだよね」
穏やかに笑ってそう感想を述べたのはセシルで、彼はそのまま穏やかに続けた。
「じゃあ、そろそろ僕も見送ってもらってもいいかな」


154


 百聞は一見に如かず。表現に差はあれど似たような慣用表現は各々の世界にも存在して、今まさにその言葉がクラウドとスコールの脳裏に浮かんでいる。いま1人、ライトの表情は特に変わらないので判別不能だ。
「おかえりなさい、セシル」
「だ~」
「ただいま、ローザ。セオドア、いい子にしてたかい?」
 話は聞いていたが、ほんとに妻子持ちなんだな…。
美しい妻の胸に抱かれた、まだ音を発するだけで意味のある言葉を話すことまではできない幼い息子の顔を覗き込むセシルの姿に、話を聞いていただけでは感じなかった何とも言えない驚きというか感慨というか、そんなものを覚えて、彼らはついついその幸せな家族を凝視してしまう。
その視線を感じ取ったのか、セシルは顔を上げると柔らかく笑った。
「僕の、大切な家族だ。僕は家族と、そしてこの国の王としてこの国に暮らす人達を護って生きていく」
その柔和な笑顔とは対照的に、声は力強く決意に満ちている。アンバランスというか絶妙なバランスというか、ともかくこれがセシルの本質だと仲間たちは思う。
「この子がもう少し大きくなったら、皆の話を聴かせるよ。きっと眼を輝かせて喜ぶと思う」
そしてセシルもまた、自らのクリスタルをクラウドの腕の中へと置いた。
「護るものがある、護れるものがあるって、きっと大きな力になるよ」
「…ああ。俺もそう思う」
頷いて返したクラウドに、安堵したように微笑んでセシルは数歩下がる。眩い光の中へと消えていく3人の眼に、不思議そうにこちらを見つめる幼い赤ん坊の顔が映った。
「……」
 戻ってきた異世界で、暫くは沈黙がその場を支配する。最後に残ったのが寡黙な3人なのだから仕方ない。やがてライトが徐に口を開いた。
「では、私も行くとしよう」
「勿論、俺達が見送りに行っても構わないな?」
クラウドが尋ねれば、ライトは口許を緩める。
「頼めるだろうか」
「…アンタ1人を例外にしてどうする」
無愛想に答えたのはスコールで、この謹厳実直な光の戦士に対する半ば喧嘩腰のような物言いは最後まで変わらなかったな、と横で見ているクラウドと、言われた当事者であるライトは僅かに苦笑いした。
「そうか。ならば頼もう」
ライトのクリスタルが光を放ち、あっという間に景色が変わる。そこは、クラウドとスコールにも見覚えがあった。2年前、最後の戦いを終えて彼らが別れた場所だ。少し離れた場所に優美なシルエットの城が見える。あれが、コーネリア城なのだろう。
「2年前、あの異世界へと喚ばれて私は9人の仲間を得た。そして再びあの世界へと喚ばれ、仲間は…私に自分が在る意味を教えてくれた」
ライトは2人を見つめて言う。
「もう逢うことが叶わなくとも、私はこの世界で、私に出来る事をしながら、皆の息災を願っている」
 ティーダがブリッツボールで活躍し、ジタンが芝居で喝采を浴び、ティナが子供たちと笑い合い、バッツがボコと草原を渡り、セシルが家族に癒されながら立派に国を治め、オニオンが多くのことを学び、フリオニールが世界中に花を植える様子を思い描き、それを祈る。
「そして、既に還った者たちもみな、人よりも永い時を渡る君達を案じ、その道程に降り掛かる困難が1つでも少なくなることを祈っている」
タイムリミットを示すように2人のクリスタルが輝き始めた。ライトはスコールに歩み寄り、その腕の中に自らのクリスタルを置く。
クリスタルの光の中に消えていく2人に、ライトは最後にこう言った。
「忘れるな。光は君達と共にある」


155


 戻ってきた異世界は、音もなく静かだった。
2人は、それぞれの腕の中に抱える5つのクリスタルを見つめる。すると、クリスタルが急に輝き出し、彼らの両腕から頭上高くへ浮かんだ。
「なんだ…?」
中空に円形に並ぶ10のクリスタル。どんどん輝きを増すそれらは、やがて円の中心に集まり、そして光が弾けた。
「…っ」
あまりの眩しさに2人は手を翳し目を庇う。辺りを真っ白に包んだ光が収まると、宙に浮いていた10のクリスタルの姿はどこにもなかった。
「あれは…」
クラウドが右手を差し出す。そこへゆっくりと落ちてきたのは。
「これは、クリスタル、か?」
スコールもそれを見て言う。
今まで彼らが手にしていた、形も色もバラバラな、片手で持つにはギリギリな大きさだったそれらの代わりに、片手で包み込めてしまう程の小さな、けれどダイヤモンドのような輝きと透明さを持つ完全な両錘形のクリスタルがそこにあった。
 ちゃんと、こいつを連れていけそうだ。
クラウドは内心で、別れた仲間たちに語り掛ける。スコールを自分の世界へと連れて行って、もし今までの「見送り」のようにスコールだけが異世界に戻されてしまうような事態になったら、と密かに懸念していたのだが、どうやらその心配はなくなったようだ。クリスタルは1つになり、それはきっと、彼らに自分のクリスタルを託した仲間たちの意志の力も働いているのだろう。クリスタルはもう、スコールを彼本来の世界へと還す為の力ではなくなったのだ。
「行くぞ」
クラウドは短く言って、祈るように目を閉じた。呼応するように手の中のクリスタルが光り出す。
還るべき自らの世界を思い浮かべ、そして左手でスコールの手を掴んだ。ちゃんと約束通り彼を自分の世界へ連れて行く為に。
 光が収まるとそこは、クラウドにとっては見慣れた世界。エッジの街並みが見える。
クリスタルはクラウドの手の中で淡い光を放って姿を消した。完全に消えたわけではないと感覚的に解る。恐らく必要があれば、クラウド、スコール、どちらの想いにも呼応して姿を現すだろう。
 スコールは周囲の景色を不思議そうに見回している。初めて見るのだから当たり前だ。暫くして、ぽつりと呟く。
「ここが、アンタの生きる世界か…」
「違うな」
だがすぐさま否定の言葉を吐き出されてスコールが驚いてクラウドを見れば、クラウドは意外な程真剣な眼をしてスコールを見ていた。
「俺の世界じゃない。これからは、お前が生きる世界でもあるんだ」
 これからスコールはこの世界で永い時を生きていく。
リノアが、ラグナが、エルオーネが、クレイマー夫妻や幼馴染たちが、そして異世界で出逢った9人の仲間たちが、スコールに生きて欲しいと願ってくれたから。
クラウドが、永い時間につきあってくれると約束してくれたから。
あの異世界で、2人とも過去を変えないという選択をしたから。
いつか元の世界へと戻れる日が来るかもしれないが、それはずっと先の話であることは間違いない。
「………そうだな」
軽く目を閉じた後、そう吐き出したスコールに軽く頷いて、クラウドは微かに首を傾けて促す。
「行こう。俺の仲間を紹介する」
「ああ」
そうして、2人はエッジの街へと歩き出した。