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魔女っ子理論127~140

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『じゃあ、行ってくるな。ダイジョーブだって!エルはエスタだって判ってんだしさ、な?』
『あの子…泣いてないといいんだけど・・・』
『ささっとエスタ行って、エルを助けて、エルをこんな目に合わせたヤツらはぶん殴って帰ってくるから!』
 スコールの眼に映る2人はそんな会話を交わす。その話の内容から、これはエルオーネがエスタの女の子狩りによって誘拐された後、ラグナたちが救出に向かう時のことだと判る。それはつまり、ラグナとレインの、永遠の別れの時。
 まるでちょっとした旅行にでも行くような気負いのなさで出掛けて行った男は、途中何故か映画出演などもしながらエスタを目指し、漸く潜入したそこでエルオーネを救う為革命派と協力し、エルオーネを救い出した後は力を貸してくれた人達への恩返しの為にエルオーネだけをウィンヒルへと送って自分はそこでクーデターに参加して気づいたら英雄になり、そしてレインの許へと帰ることはなかった。帰りたいと、帰ろうと、ずっと思っていたにも関わらず、だ。
『帰ってきたら…その、けけけけけ結婚式、ああ、あげ、挙げよう、な』
『もう、噛みすぎなんだから。帰ってきたら、結婚式をして、それからエルも正式に養女にしましょう。一気に妻子持ちよ』
『レイン・レウァールとエルオーネ・レウァールか!美人の奥さんと娘って、俺めちゃくちゃ幸せもんだな!』
『…だから、早く、無事で帰ってきて』
俯いたレインに、ラグナが恐る恐る手を伸ばす。そっとその体を抱き締めた時、時間が止まった。
「…なん、だ…?」
じっと目の前の光景を見つめていたスコールが思わず疑問を声に出したのと、スコールの耳に何者かが囁きかけたのは同時だった。
『このままラグナを行かせてもいいの?』
反射的に振り返るが、そこには訝しげにこちらを見るクラウドがいるだけだ。
「どうした?」
「声が…聞こえなかったか?」
スコールの問いに、クラウドは首を振る。
「いや、俺には聞こえなかった」
「そうか…」
そのスコールの耳に、再びは声は問い掛けた。
『今ならば、変えられる』
その声は、どこかで聞いたことがあるような、けれど全く知らない他人のような。
『さあ、スコール。今ならば、お前は選べるのです』
「何を言っている?」
『今ならば、過去を変えられる』
その言葉に、スコールが再び驚きに瞠られた。


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「過去を…変えられる…?」
『エルオーネがお前をラグナの意識へと飛ばしたのは過去を変える為だった…。しかしそれは叶わなかった。当然です。意識を接続しても接続した相手の思考に影響は与えられない。何よりお前自身が、過去を変えるという目的を知らず、自分が接続した相手の行動が自分の人生にどんな影響を及ぼすものか知らなかったのだから』
「それが今なら可能だとでも言うのか。馬鹿馬鹿しい」
スコールは吐き捨てるように言い放つ。そんなことが、どうしたら可能になると言うのだ。ここは異世界の、更に隔離された異空間で、今見たものは幻影に過ぎないのだ。
『お前が見たもの、これは幻影ではなく、過去の景色。お前は今、過去の誰かの意識ではなく、過去の時間そのものにジャンクションしているのです』
「なんだと?」
『お前ならば、いえ、スコール、お前にだけ可能なのです。時を操る魔女の力…。完全な魔女の力を持つお前だからこそ』
「…魔女の、力…」
スコールの呟きに、クラウドの眉根が訝しげに寄せられた。クラウドにはスコールに何が見えていて何を聞いているのか解らないが、ここでスコールの口から「魔女の力」などと言う言葉が洩れてくるのはあまり楽観できる状況ではないだろう。
『お前が望めば、過去を変えられる。お前はそれだけの力を持っているのです。ラグナをこの時レインの許に留めておくことができる』
「どうやって…」
無意識にそう尋ねていた。
『レインはこの時自分がお前を身篭っていることを知らなかった…。子が宿っていることを知ればラグナを行かせたりはしなかったでしょう。ラグナも、自分の子を身篭っているレインを置いていったりはしない。お前がほんの少し力を使って時に影響を及ぼせば、簡単に過去は変わるのです』
 ここでレインが自身が妊娠していることを知れば、そしてそれをラグナに告げて引き止めれば、スコールの人生は劇的に変わる。
きっと2人は明るく幸せな家庭を築くだろう。スコールはその中で愛されて守られて、この長閑な村ですくすくと育つのだ。ひとりぼっちだと泣くこともない。性格はたぶん今とは正反対。表情豊かな、よく笑いよく喋る、活発な少年になるのかもしれない。誰にも頼ってはいけないのだと頑なに決意する事もない。ガーデンに入ることもないだろう。戦いとは無縁の、穏やかな日々。ガーデン指揮官として他人の命を預かることも、伝説のSeeDとして祭り上げられることも、勿論魔女として畏怖されることも、人とは違う時間を生きなくてはならなくなることもない。
 それは、欲しくて欲しくてどうしようもなかった、同時にどうしても得られなかったもの。
「スコール」
呆然とした様子のスコールの肩を、クラウドが強い力で掴んだ。


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 肩を掴まれ振り返ったスコールの顔は半ば青褪めているといってもよかった。その様子に表情を険しくさせながらクラウドは口を開く。
「教えろ。今お前には何が見えていて何を聞いている!?」
「ラグナとレインが見えて…。過去を…」
「過去?」
「過去を、変えられると…。俺の…魔女の、力で」
 それはまた、随分大きく来られたものだ。
クラウドは内心で舌打ちした。スコールの眸が戸惑いに揺れている。当然だ、自分だって同じ立場になったらたぶん、平静でなんていられない。けれどとりあえず今、自分はスコールを支えてやらねばならないのだとクラウドは自らの気を引き締めた。
「スコール」
もう1度、今度は静かに名を呼んでスコールの意識を向けさせると、クラウドは真っ直ぐ視線をぶつけて問い掛ける。
「あんたは、俺達が要らないか?」
「え?」
 スコールがどんな道を歩んでどんな傷を抱えどんな重荷を背負って生きねばならないか知っていて、その上でこんな言葉を投げかけるのは酷だと解っている。それでも、スコールが過去の積み重ねである今を肯定しなければ、恐らく楔は打てないのだと推測して、クラウドはそう言った。
「お前がここで過去を変えたとして、その先にどんな『今』があるのか、考えてみるといい」
「今…」
 幸せに育つはずの自分。石の家に引き取られないということは、サイファーやキスティス、ゼルにアーヴァイン、セルフィと出逢うこともない。クレイマー夫妻も然りだ。SeeDにならなければ、リノアと出逢うこともない。何の力も持たない自分が、この異世界に召喚されることもない。今真剣な眼差しで自分を見つめるクラウドや、イミテーションの大群を相手に戦っているだろう他の仲間たちと出逢うこともなかった。大切な人達に出逢わない自分。そんな自分の姿を、想像することは難しい。
それだけではない。ここで過去を変えたとして、想像する世界の範囲をもっと広げてみる。ラグナがウィンヒルに残ったら、エスタに誘拐されたエルオーネを誰が助けるのだ?キロスとウォードに頼むのだろうか。ラグナのカリスマ性があったからこそ実現したエスタのクーデターは?石の家の子供たちは皆ガーデンに進むだろう。自分が平穏に暮らしても、彼らがアルティミシアと戦う未来は変わらない。リノアはどうなる?きっとずっと魔女のままだ。彼女を守る騎士は?
「…駄目、だ…」
スコールは呟く。大切な人達の、誰1人として幸せな未来を想像できない。自分が今まで苦しんで傷ついて、それでも護ろうとしたものが、何1つ護れない。
「…クラウド」
声に凛とした張りが戻ったことを感じ取ってクラウドはスコールの肩を掴んでいた手を外し距離を取った。
「なんだ?」
「…すまなかった」
「別に」
相手の常套句で気にするなと返してやれば、スコールは多少憮然とした様子でクラウドを一瞥するが、それ以上は何も言わず、彼にだけ見える景色を睨みつける。
「過去を変える必要はない」
『本当に?その重荷を、お前は背負い続けていくというのですか?』
スコールはゆっくりと息を吸い、そして言った。
「…それが、俺の運命なら」
その瞬間、スコールの胸の前にクリスタルが現れた。クリスタルの強い光が、暗闇へと突き刺さり、スコールにだけ見えるラグナとレインの姿を薄れさせていく。
 大切な人達に出逢えたことをよかったと思っている。数々の出逢いをなかったことにしたくはない。たとえもう会うことが叶わなくても、仲間たちが、リノアが、危険に晒されることなく生きていける道を自分は選びたい。けれど、1つだけ心残りがある。
 ラグナを傍に残してやれなくて、アンタを独りにさせて、ごめん。
心の中で、独りでラグナを待ち、自分を産んで死んでいった母へと謝罪した。貴女が命と引き換えに産んでくれた息子でありながら、貴女の幸せを選んでやれなくてすまないと。
消えていく過去の景色の中で、レインがこちらを見て笑って首を振った。幻だと解っている。それでも、最初で最後の、レインがスコールを見た瞬間だ。
「……」
その時スコールの頬に流れた1筋の滴を、クラウドは見ない振りすることにした。


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 まさかこんなに早く予想が現実になるとは。
セシルはイミテーションを斬り捨てながら、ざっと辺りを見回した。自分たちを囲むイミテーションの大群。1番層が薄い部分を狙ってクラウドとスコールが攻撃を仕掛けようとしたその時、2人の姿が忽然と消えた。
考えるまでもなく、2人は楔を打つために異空間へと隔離されたのだろう。ライトが危惧していた通りの展開になってしまったというわけだ。
「フリオニール!」
セシルは少し離れた場所で応戦しているフリオニールを呼ぶ。敵を払いながらもフリオニールが此方に意識を傾けたのを確認して、セシルは指示を出した。
「君のところから見て2時の方向が1番層が薄いんだ。弓でそこを集中的に頼む!ジタン!フリオニールの周囲をフォローしてあげてくれ。フリオニールの弓で押し出したら、ティーダとライトがそこを突き崩して外に!ジタンとフリオニールも続いて外へ出て、今度は相手を固めて欲しい」
「リョーカイ!」
指示を受けた者たちが頷くと、セシルは更に指示を飛ばす。
「ティナは僕の傍にいて、敵の動きを見ていてくれるかい?ライト達が敵を1つに固めたら教えて」
「わかったわ」
「オニオンとバッツは魔法の準備を!全体を攻撃できて威力が高ければいい。魔法の選択は任せるよ」
「任せとけっ」
セシル自身は、ジョブチェンジと魔法の詠唱の準備へと入るオニオンとバッツ、そして戦闘力のないティナを護るべく剣を振るう。
イミテーションの大群の真っ只中では、フリオニールが開けた風穴を広げるべくライトとティーダが突き進み、その後にフリオニールとジタンが続いて今度は外からイミテーションを囲い込み始めていた。
「セシル!」
ティナが呼ぶと、手近な敵を斬りながらセシルは魔法の準備をしている2人に合図する。
「オニオン!バッツ!」
それに頷いて、2人は息を合わせて魔法を放った。
「メテオ~ッ!」
「フレア~ッ!」
何しろ数が多いからこれで全滅というわけにはいかないが、数が激減すれば後はもう取るに足らない敵だ。決着はすぐに着いた。
「…なんとかなったかな」
セシルはほっと息を吐く。隊を指揮した経験は確かにあるし、軍事ということに限定しなければ国王である以上人を動かすことに慣れてもいるが、それが性に合っているかといわれたら絶対に違うと言い切れるセシルだ。後ろで控えているというのがどうにも居た堪れない。
「パラディンって、前へ出て『庇う』のが特性なんだけどなあ」
セシルがそんなことをぼやいていると、何もなかった空間から眩い光が溢れ出し、光の中に、消えた2人の姿が見えた。


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「皆無事か?」
クラウドが尋ねると仲間たちが思い思いの様子で頷いて返す。自分たちが仲間内の最大戦力であるという自覚があるクラウドはそれに胸を撫で下ろした。
「そっちは……スコールか」
楔を打ったのはどちらだと訊こうとして、バッツは自分で答えを導き出す。訊くまでもなかった。いつものスコールらしくなく、どこか放心したような雰囲気を纏っているからだ。
「うーん、何があったのかすっげぇ聞きたい」
「今はそっとしておいてやれ。少し経てば落ち着いて話してくれるさ」
ウズウズしているバッツの肩をポンと叩いてクラウドが宥める。決して本気で今すぐ話を聞こうとは思っていないバッツも、それに軽く笑って同意を示すと、今度はクラウドに質問した。
「で?クラウドはどうなんだ?」
「どうって?」
「楔打つとこに居合わせるの、初めてだろ?もう残ってるのはライトとおまえの2人だけだし、次はクラウドかも知れないだろ。なんか参考になった?」
その問いにクラウドは暫く考え込んでいたが、やがて首を振る。
「無理だな」
「なんだよ、頼りないなあ」
「スコールに期待するしかないな。今までのパターンでいけば、今度はあいつが俺を助けてくれるだろう」
「『俺は自分だけの力で楔を打つ!』とか…言うわけないよな、クラウドが」
バッツがふざけて言えば、クラウドも僅かに笑いながら頷いて、それからふと表情を改めた。
「俺1人では、絶対に無理だ…。誘惑に勝てると思えない」
「誘惑?え、ほんとに一体どうやってスコールは楔打ったんだ?」
バッツが不思議そうに尋ねるが、クラウドはそれには何も答えず歩き出す。
 過去を変える、それは今抱える苦しみを根本から排除してしまうということだ。それはとてつもなく甘美な誘惑だろう。寧ろスコールはよくその誘惑に打ち勝ったものだと感心した。たぶん、スコールには護りたいものがあって、自分1人の幸せよりもそちらに天秤が傾いたのだ。だから楔を打てた。
自分にも同じ事が出来るだろうか、と考えるが、心の蟠りとして何を突きつけられるのか判らないのだから、今から深刻に考えても仕方ない。
とりあえず、今はこの後質問攻めに遭うに違いないスコールのフォローでも考えておいたほうが余程建設的だとクラウドは頭を切り替えたのだった。


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 いいもん見つけた、と何かを体の後ろに隠しながら言ったのはバッツとジタンにティーダという賑やかなトリオで、その日の野営の準備を進めていた面々は何事かと顔を見合わせた。
「いいものって?」
オニオンが訊くと、彼らは隠し持っていたものを差し出す。
「ジャーン!酒!」
どこかの世界の集落を写し取った断片であるエリアでは豊富な食材が手に入るが、酒まで見つかったのは初めてだ。
「へぇ…。そんなものまで転がってるんだな…」
「今夜は酒盛りな!」
「お酒なんて…」
「ネギはまだ駄目か。ん?ジタンとティーダは?」
一緒に嬉々として酒瓶を運んできた2人がまだ10代であることを思い出してバッツが訊くと、2人は問題なし、と酒瓶を抱え込んだ。
「劇団育ちをなめんなよ?ガキの頃から鍛えられてるっての」
「優勝したらビール掛けがお約束ッス」
ホントは成人してないんだけどね、とティーダが言うと、成人、という言葉にフリオニールが首を傾げる。
「ティーダのところにはそういう制度があるのか?」
「え?フリオんとこにはないんスか?」
逆に驚いてティーダが訊き返した。
「特に制度はないな…。働き手になったら大人だと認められる」
僕のとこもそうだよ、とオニオンが言う。
「僕のところは国によって違うけど…だいたいは、働き手になったらか、貴族階級だと成人の儀式をしたら、かな」
「あー、おれのとこもそうだな」
セシルに続いてバッツがそう言い、ティナも頷いている。オレもオレも、とジタンも頷くから、どうやら自分は少数派らしいとティーダは目を丸くした。スピラはどうなのか聞いたことがないが、ザナルカンドでは成人は制度化されていたのだが。
「じゃあ、お酒と煙草はハタチから!ってのないんスね」
そこへ折よく薪と水を調達しに行っていたライト、クラウド、スコールの無口なトリオが帰ってきた。食材調達に行って食材と共に酒を持ち帰った3人が、さぞかし賑やかだったのだろうと想像できるのと対照的に、こちらのトリオはきっとそれはそれは静かに黙々と作業をこなしてきたのだろうと容易に想像がつく組み合わせだ。
「ライトんとこ…はやっぱりなさそうだなぁ」
「何がだ?」
「ティーダの世界は、成人って制度化されてるんだって」
「…確かに私の世界ではそのような制度は聞いたことがないな」
予想通りのライトの答えに、やっぱりな、と頷くとティーダが残る2人へと話題を振る。クラウドとスコールの世界はザナルカンドに近いのできっと、自分の仲間だろうと期待して。
「酒や煙草の規制は特になかった気がするが…選挙権は18からだったな」
クラウドに続き、スコールも、何故そんなことを訊くのか、と言わんばかりの様子だが答えてくれる。
「国によって成人年齢は違うが、バラムは15だ」
「え、じゃあスコール成人なんだ…」
片や2年間現実から存在が消えていた者、片やほぼ2年間コールドスリープに就いていた者、互いに年齢を重ねていない17歳同士、仲良く未成年組だろうというティーダの期待は残念ながら外れたらしい。
「だからSeeD試験受験資格は15歳からだ」
いくら精鋭だろうと、未成年者を傭兵として派遣したのでは世間からの非難は免れない。因ってバラムで成人として認められる15歳になってSeeD試験受験資格が与えられるのだと言う。
「よし、じゃあスコールも心置きなく飲もうぜ~」
バッツとジタンがガシッとスコールの両腕をキープした。「逃・が・さ・な・い♪」とその表情が語っている。ハッキリと顔を引き攣らせるスコールに、それを見る仲間たち全員が心の中で哀悼の意を表した後、いつも以上に賑やかな夕食の準備へと突入していった。


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 こじんまりとした集落を写し取ったエリアに移動した時、声を上げたのはフリオニール、バッツ、ジタン、ティーダの4名だった。
「ここは…」
「あー、ここだよ!」
「そうそ、ここだ」
「ここッスね」
4人見事に「ここ」の斉唱と相成ったわけだが、事情が分からない他の面々は首を傾げるばかりだ。
「ここがどうかしたの?」
「スコールのところからこの世界に戻ってきて、食材探しに行った時、『知らない場所に出た』って言っただろ?それがここだったんだ」
フリオニールの答えに彼らは思い出す。そういえば、4人が知らない場所に出てそこでイミテーションに襲われたと言って帰ってきた、それがこの異世界の異変をはっきりと認識する切っ掛けだった。
「食材死守して帰ってきたんだよね」
オニオンが呆れ半分に言うと、大事なことだろ、とバッツが胸を張る。
「あそこの1番小さい家に入ったら食いモン見つけて…」
「小さくて悪かったな」
「いや別に悪くはないけど…って、え?」
被さるように言われた科白にうっかり返し掛けて、ジタンが驚いたように声の主を見た。そこには、苦笑いしつつも憮然とした様子を隠さないクラウドがいる。
「クラウド?えーと、ここって…」
「ここは俺の故郷で、その『1番小さい家』が俺の家だな」
わざわざ「1番小さい」を強調して言うクラウドに、ジタンがハハハ、と笑って返した。
「なんていうか、前にクラウドの世界に行った時に見た街とはだいぶ雰囲気違うんだな」
「…あそこは都会だったからな。俺はニブルヘイム…この小さな村で育って、都会に憧れて出て行ったクチだ」
村を見回しながらクラウドは言い、視線を仲間たちに戻そうとした瞬間だった。
不穏な空気が一気にその場に漂い、その空気を裏切ることなくイミテーションの大群が湧き出てくる。クラウドは咄嗟に剣を出し、先手を取るべく手近な敵の群れを一掃した。すると、そこに空いたスペースを広げるべく、スコールが素早い動きでクラウドの隣りへと飛び込みガンブレードを振るう。ガンブレードという特殊な武器特有の、火薬による爆発音が響いたとき、突然視界が暗くなった。
「厄介な時に…っ」
思わず舌打ちが洩れる。
「今度はアンタの番らしいな」
溜息を吐きながらガンブレードを一振りして仕舞ったスコールが、そう口にした。


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 照明が落ちたような薄暗い視界の中、クラウドの眼に映る故郷の景色に変化はない。
クラウドにとってニブルヘイムは故郷であると同時に、ただの郷愁だけには収まらない複雑な想いを喚起させる土地だ。楔を打つ為の舞台がニブルヘイムになったのは、クラウドの中ではある程度予測済みの状況だった。
 ここで一体何が突きつけられるのか。
否、何をつきつられるかは問題ではない。問題は、自分がそれを乗り越えられるか、なのだ。
 ああ、そうじゃない。
クラウドは心の中で、否定の言葉を呟く。乗り越えられるか、でもなかった。乗り越えなくてはならないのだ。自分にそう言い聞かせておくことは、気休めでも心を強く保つ助けにはなるだろう。少なくとも、出来るだろうかと不安がるよりは、きっと。
「…大丈夫」
自分に言い聞かせる為の言葉は無意識に音になった。それを聞いたスコールが怪訝そうにこちらを見る。
「何がだ?」
「いや、…あいつらは大丈夫だろうか、とな」
自分に言い聞かせていた、というのもなんだか気恥ずかしく、クラウドはそう誤魔化した。スコールの方はその返答を特に不思議には思わなかったらしい、軽く頷いてみせる。
「多少梃子摺ってもアイツらなら切り抜けるだろう」
それに、そうだな、と返そうとして、クラウドは低い音を耳に捉えた。瞬時に音の方向へと視線を向ける。村の入り口の方向だ。クラウドの動きに、スコールもそちらへと眼を向けるが、視覚にも聴覚にも何も変化はない。クラウドだけに感じられる変化、それは即ち、楔を打つために心の強さを試される時が来たということなのだろう。
 音は段々近づいている。低く唸るようなそれは車のエンジン音だと判った。普通の車よりも重く大きいこれはトラックだろうか。
その時、村の中でも大きな家から、少女が出てきた。それを視界に入れた途端、クラウドの心臓が大きく跳ね上がる。
「…あ…」
思わず声が洩れた。
 知っている。その少女のことはよく知っている。憧れの幼馴染。共に旅した仲間であり、本来の自分を取り戻す助けになってくれた人であり、今も自分の帰りを待ってくれている人だ。
「ティファ…」
目の前の彼女の姿は現在よりもだいぶ幼い。16歳の姿だ。14歳でニブルヘイムを出たクラウドだが、この頃のティファの姿は知っている。この頃に実際会ったことがあるからだ。
 ティファがこの頃ということは、まさか、このエンジン音の正体は。
クラウドがそう考えるのと、村の入り口に1台のトラックが現れたのは同時だった。
エンジンを止めたトラックから、複数の人間が降りてくる。クラウドは食い入るようにその姿を見つめた。
 マスクを被り顔の見えない神羅一般兵。黒髪に大剣を背負った男、長い長い刀を持つ背の高い銀髪の男。
「そんな…」
声が震えた。
そこに見えるのは過去の自分。そして。
「ザックス…セフィロス…」
亡くした親友と、嘗て憧れた英雄の姿だった。


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 驚きに眼を見開いたクラウドの口から零れた3人の名前。最初の2人は知らないが、3人目の名前にスコールは眉を寄せた。セフィロス。2年前この異世界でスコールも何度か戦った相手。クラウドの宿敵の名がここで出てくるとは穏やかではない。とはいえ、スコールには何が見えているか判らないし、自分にできることなど殆どないことも理解している。ただじっと注意深くクラウドの様子を伺っているしかないだろう。
 そのスコールの視線の先で、クラウドは違和感に僅かに眼を眇めた。おかしい。目の前に広がるのは確かに過去の景色だが、先程まで動いていたものが、何故か突然静止画のように止まってしまっている。
 どういうことだ…?
口には出さずに戸惑っていると、隣りに音もなく何かが現れる気配がした。だが気配だけで実際に誰かの姿が見えるわけではない。
『このまま時を進めていいのですか?』
まるで耳元で囁くように謎の気配はそう訊いてきた。
「…どういう意味だ」
クラウドは冷静さを失わないよう努めながらそう返す。謎の声が届いていないスコールは多少訝しげだが、何か得体の知れない気配がクラウドの傍にいることだけは辛うじて感じ取れるので黙っている。
『そのままの意味ですよ。このまま時を進めれば何が起こるか、お前はよく知っているでしょう?』
声はいっそ愉しげにそう告げる。それに神経を逆撫でされるような不快感を覚えて、クラウドは意識的にゆっくりと呼吸した。
「知ってるさ。…だからと言って、今更ここで過去を思い出すことから逃げる程弱くはないつもりだ」
キッパリと告げるクラウドに、しかし声は漣のような笑い声を立てる。
『ただ過去を思い出す、そんなつまらない事を言っているのではありません。今、お前は大きなチャンスを目の前にしているのですよ』
「チャンス?」
『今お前が見ているものは、過去の幻影ではなく過去そのもの。そしてお前は今その過去に手を加えるチャンスを手にしているのです』
「そんなことが…」
『できるわけないと思いますか?そう、普通ならばできない。けれど、忘れたのですか?今お前と共にこの場にいるのが何者なのかを』
その言葉に、反射的にクラウドは振り返った。その先には、突然のクラウドの行動に驚いてこちらを凝視するスコールがいる。
『今この場で自身の持つ力がどのような影響を齎しているか、この子は解っていません。それでも今スコールが、時を操る完全な力を持つ魔女がこの場に共にいることで、お前は過去への干渉という大きなチャンスを手にしているのですよ』


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 過去への干渉。それはつまり「自分の望む未来へ繋がるように過去を変える」ということだ。スコールが楔を打つ場面に居合わせたときから、もし自分にもそんな可能性が提示されたら、と考えていた。それが現実となったということか。
『何を迷うことがあるのです』
声はクラウドに突きつける。クラウドが先日バッツに語った通り、まさしく誘惑ともいうべき、今とは違う未来の姿を。
『ここで過去を変えた先を考えてごらんなさい』
 このニブルヘイムの任務の最中、セフィロスは自身の出生の秘密を知り、壊れた。暴走したセフィロスは村を焼き払い、クラウドやティファの親は死に、ザックスとクラウドも瀕死の重傷を負って宝条の実験体になった。その後も、セフィロスの狂気により引き起こされた多くの悲劇は、つい最近、この異世界へと再びやってくる直前にまで及ぶ。
 では、任務の為ニブルヘイムへとやってきたセフィロスを、このままニブルヘイムの中へと立ち入らせなかったら?
理由は何でもいい。行方不明になっていたニブル魔晄炉の職員が違う場所で発見されたのでも、探していたジェネシスがニブルヘイムではなくどこが全く違う場所に現れたのでも、何かセフィロス程の実力者でなければ相手にできないほどのモンスターがミッドガルを襲っているのでも、とにかくセフィロスに踵を返させる事態が発生すればいいのだ。ニブルヘイムでの任務をザックスに任せ、セフィロスはこのまま此処を立ち去る。ザックスがここでの異変を調査し、魔晄炉に巣食うモンスターを掃討すれば、ニブルヘイムのような田舎にセフィロスが派遣されることはもうないだろう。それは、セフィロスが自身の出生を知らずに生きるということに繋がる。
 もしセフィロスが自身の出生を知らないままでいたら。
きっとセフィロスは今もクラウドが憧れた英雄で、ニブルヘイムは焼き払われることもなく、クラウドの母もティファの父も健在なのだろう。自分はソルジャーになれない神羅一般兵のままだろうが、忌わしい人体実験の被験者になることも、魔晄漬けで廃人寸前になることもない。何より、自分を助けてザックスが命を落とすことも、ない。エアリスが殺されることも、ない。
メテオは発動せず、多くの人々が犠牲になることも、その後2年に渡り星痕症候群という奇病に苦しむこともない。
 クラウドの足からガクッと力が抜け、地面へと膝をつく。クラウド、とスコールに呼び掛けられるがそれに答えることはできなかった。
『迷うことなんてないではありませんか。お前には解っているでしょう?』
ねっとりと包むような声に抗えず、クラウドは思わず瞼を閉ざす。
『ここで過去を変えれば、数々の悲劇が消えることを。お前だけではなく、多くの者の幸福へと繋がることを』


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 過去を変える、クラウドよりも前にそのチャンスを提示されたスコールは、それを自らの意思で退け現在を選んだ。それは、そのチャンスを掴むことによって自分の幸福は手に入れられても、自分の大切な人達の幸福や安寧には繋がらなかったからだ。自分が護りたいものが、傷ついても護ってきたものが、護れないからだった。自分自身と大切な人達、両者を天秤に掛けた時、大切な人達の方に天秤が傾いた、だからスコールは自身の運命を受け入れ、クリスタルが楔を打てるだけの心の強さを手に入れた。
しかし今、クラウドには同じようなプロセスを踏むことができない。同じように過去を変える、という誘惑でも、クラウドに示された未来はスコールとは正反対だからだ。クラウドに示された未来ならば、護りたくて護れなかったものが護れる。失いたくなくて失ったものを失わずに済む。
2年前の一連の戦いの中で、その後の星痕症候群の蔓延で、為す術もなく失われた命の数を思えば、今ここで過去を変えることこそ正しいことなのではないかとすら思えてくる。
 記憶の奥にある、母の顔、ザックスの陽気な笑顔、エアリスの微笑。かつて憧れた、英雄の姿。
思い出の中にしかないそれらが、現実になるとしたら?
 火に包まれる村、雨の中力をなくして投げ出されたザックスの腕、胸を刺し貫かれたエアリスの姿、狂気に満ちたセフィロスの顔、星痕に苦しみ死に逝く人々の苦悶の表情。
忘れたくても忘れることのできないそれらを、なかったことにできるとしたら?
「おい」
地面にガクリと膝を着いたまま身じろぎもしないクラウドの横に、スコールが片膝を着いた。
「何が起こっている…?」
真剣な眼でそう尋ねるスコールに、クラウドは辛うじて苦い笑みを見せる。
 先日バッツに語った通り、スコールが頼みの綱だ。
楔を打つには、自らのクリスタルの力を強くするには、この状況を脱しなければならない。この誘惑に屈してはならない。クラウドはそれを忘れたわけではなかった。だがそれでも、自らの力で退けるには、眼前に提示されたそれは想像した以上に自分の心を惹きつけた。手を伸ばせば掴み取れる今とは違う幸福な未来に背を向けるなんて、自分にはできない。今こうして、ギリギリ踏みとどまっているだけで精一杯なのだ。きっと自分を信じて待っている異世界の仲間たちに知られたら、そのあまりの弱さに愛想を尽かされるだろうけれど。
スコールも当然、楔を打つためにはクラウドがこの、過去への干渉という誘惑に打ち勝つことが必要だと理解している。スコールならば、きっと冷静に、論理的に、自分の弱さを突きつけて諭してくれることだろう。
それに、過去への干渉がスコールの魔女の力によって可能になっているのなら、スコールがそれを自覚することで干渉自体が不可能になるかもしれない。
他力本願でも、今自分にはそれくらいしかこのあまりにも幸福な未来を諦める術は思いつかないのだ。
クラウドはぎこちなく苦い笑みを浮かべたまま、口を開く。
「お前と同じ、だ。過去を、変えられるんだそうだ…」


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 クラウドが語る言葉を、スコールはじっと聞いていた。自らがこの場に共にいることで、クラウドの過去への干渉が可能になっているという話には思うところのある様子だったが沈黙を保ったままだった。
自らの過去に起きたことと、ここで過去に干渉することで得られる未来図を力ない声で話した後、クラウドはスコールの言葉を待った。なんなら殴り飛ばしてくれたって構わない、そう思いながら。
「…俺がアンタを無理矢理思い留まらせても、楔は打てないと思う」
だがスコールから洩れたのはそんな言葉だった。ああやはり、と思う。楔を打つには心の強さが影響する。自分自身で現在を選び取らなくてはクリスタルは輝かないのだろう。
けれど自分にそれができるのか、と再びクラウドは自問する。母を、ザックスを、エアリスを、セフィロスを、命を落とした多くの人々を、諦めることなんてできるのか。自分の幸福だけなら諦めもつく。しかし現在を選ぶということは、彼らの幸福を奪い取るということにはならないのか。
「クラウド」
答えの出せない問い掛けを心の中で続けるクラウドに、スコールが声を掛ける。のろのろと顔を向けるクラウドに、スコールはこう言った。
「構わないんじゃないか」
「…なに?」
耳を疑う科白に驚いて眼を見開くクラウドに対して、スコールは至って静かに冷静な声音で続ける。
「多くの人の命が救われる未来。護れなかったものが護れる未来。迷うことなんてないんじゃないか」
「だが…」
「楔は全部で10本。もう8本は打てている。あの眩しいヤツも無事打てるとして9本。元々楔を打つことでこの世界に調和と秩序を齎し拡散を食い止めるのが目的だ。10本中9本打てばかなり効果はあるだろう」
第一、過去が変化した時点で現在のクラウドは消える。コスモスに召喚された戦士は9名になり9つの楔で世界を支えられるのかもしれない。
「アンタが自分と、周囲の人達と、自分の世界の幸福を選び取ったって、誰にも責められないさ」
そこでスコールが、珍しくも微かに笑う。
「過去を変えたら、俺もアンタのことを忘れるのかどうか判らないが…、どちらにせよ、アンタが欠けた分くらい俺が働いてやる」
その言葉は、クラウドに稲妻のような衝撃を齎した。


139


 あまりに魅力的な誘惑を前にして、大切なことを失念していた。
クラウドは何かを振り払うように頭を振る。
「途中下車はできない、か」
かつて自分が言った言葉を思い出す。危うく、守らなければならない約束を反故にしてしまうところだった。
 彼に生きて幸せになって欲しくて2度と逢えない道を選んだ彼の恋人。「よろしくお願いします」と頭を下げた彼の姉代わりの女性。「生きて欲しいんだ」と言った彼の父親。眠る彼の姿をその眼に焼きつけるように最後まで見つめていた彼の仲間たち。
自分は彼らに大切なものを託されたのだ。
 眠ったままで構わなかったと言った姿。永過ぎる時に怯え両膝を抱えて蹲っていたスコール。
自分が彼に約束したのではないか、「簡単に独りにはしないから覚悟しろ」と。
 本当に、俺は弱いな。
クラウドはそう思う。引き受けると約束したのに、簡単に独りにはしないと約束したのに、それを忘れて1度は乗り越えたはずのものにこうもまた心を揺さぶられるなんて。
勿論スコールだって約束を忘れているはずがないのに、ここでクラウドが過去を変えるということは、スコールが独りで永い時を歩いていかなくてはならなくなると解っているのに、それでもクラウドを止めようとしなかった彼は、一体どんな気持ちで笑って見せたのだろう。
 保護者失格、だな。
先程までとは違う苦笑がクラウドの顔に浮かぶ。膝を着いたその姿勢のまま、クラウドは傍らでじっとこちらを見つめているスコールの頭をグイと抱え込んだ。
「なっ」
驚いて絶句するスコールの頭に、自分の頭を軽く合わせ、クラウドは呟く。
「すまなかった…。ありがとう、目が醒めた」
そうして体を離し、クラウドは立ち上がって過去の景色を見据えた。
 ごめん、母さん。ごめん、ザックス。ごめん、エアリス。
心の中でそっと謝る。彼らだけではない。ティファ、仲間たち、世界中の人々にも。
 それから、セフィロス…、あんたにも。
憧れた英雄。このニブルヘイムで変貌するまで、セフィロスは間違いなく自分の憧れだった。強くて、話の分かる、どこか常識外れな、不器用だけれど優しい気遣いの出来る英雄だった。
 幸せな未来を選べなくて、ごめん。
それでも、守らなければならない約束がある。たくさんのものを護れずに、たくさんのものを失った自分でも、できることがある。失ってはならないものがある。
「俺は、今のままでいい」
『本当に?この先どれ程のものを自分が失うか解っていて、それでもいいと言うのですか?』
「…ああ。それでもまだ、守れるものがあるから」
言葉と共に、クラウドの前にクリスタルが現れ、真っ直ぐに光を放った。


140


 光に白く塗り潰されるように過去の景色が消えていく。
それを見つめるクラウドの胸には様々な思いが去来した。痛みや哀しみが胸を満たしても、それでも自分の選択は間違っていないのだと、そう思う。
 今の俺でも…、今の俺だから、できることがある。
あの悲惨な体験を経て、常人とは言えない肉体になった。人よりも永い時間を生きる運命を背負った。しかしだからこそ、眠りに就く他居場所のなかったスコールのことを、引き受けると言えたのだ。彼に生きて欲しいという彼の仲間たちの願いを叶える手助けになれた。生きることを諦めていたスコールが、生きて自分の道を歩く手伝いができる。
 弱い自分でも、誰かの助けになれる。
その事実が、クラウドの心に確かな強さをくれる。
「…本当に、よかったのか?」
戸惑いがちにそう訊いてくるスコールに、クラウドは頷いて返した。
「なんだ、俺がいなくなった方がよかったか?」
からかい混じりに言えば、スコールは機嫌を損ねたようにふいと横を向いてしまう。約束が反故になることには一言も言及せず責めないでくれた相手に対して失礼だったか、とクラウドは謝罪の言葉を口にした。
「すまない、質のいい冗談じゃなかったな」
「アンタに冗談のスキルなんて期待してないから別にいい」
それはまた随分な評価だ、と思うが、残念ながら自分でもそう思うのでクラウドは苦笑いして頷く。そして表情を改めて口を開いた。
「未練がないなんて言えるほど俺は強くないが…。今手にしてる大切なものを失うのは嫌だ、そう感じるから、これでいいんだと思う」
「大切なもの…」
「過去があって、現在の俺がいる。今の俺だから、コスモスに喚ばれてここにいる。ここに喚ばれたから、出逢えた仲間がいる。今の俺じゃなかったら出逢えなかった大切な仲間だ」
 勿論クラウドが今を選べたのはそれだけではなく、スコールや彼の世界の仲間との約束によるところも大きいのだが、それをスコールに伝えて彼の負い目にするのは本意ではない。
「…そうか」
納得したようにスコールが頷く。
「勿論、あんたのことも含めて、だぞ?」
再び冗談めいた口調でそうクラウドが言えば、スコールが珍しくもそれに合わせるように肩を竦めてこう言った。
「…興味ないね」
これは先達てスコールが楔を打った後に、すまなかったと言った彼の言葉を、別に、という彼の常套句で返した意趣返しなのだろう。
ここで意趣返しされるとは思わなかった、とクラウドが首を振った向こうで、仲間たちがお帰り、と手を振っていた。