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魔女っ子理論57~70

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その光は、長いトンネルの向こうの出口のようにも見えたし、暗い海から見える灯台の灯のようにも見えた。そこにリノアが求める人たちがいるのかなんて判らなかったけれど、力の限界が近づきつつあった彼女には、その光を信じてみるしか道はなかった。
「とにかく届いて!って祈ったの」
そう言いながらリノアがしたジェスチャーはさながら釣り人のようだ。
「…なんで、釣り?」
バッツの言葉は皆の疑問だ。
「だって気分は釣りだったんだもん。遠いポイント目掛けて釣り糸をポーンて投げて、引っ掛かった!って思ったらもうひたすら巻くの。とにかくこの道を通ってきて!って糸で引っ張り上げるカンジ」
 オレたち釣られたんスね…、とティーダが呟く。
「でも、なんだろ?網みたいなもの、感じたの」
「網?」
「ほら、釣りって、お魚釣り上げる時に、最後網で掬ったりするでしょ?あんな風に、引っ張るわたしの力を支えて向こうから押してくれる力があって、それでなんとか最後まで引っ張れたの」
 9人には解る。恐らくそれは自分たちの持つクリスタルの力だ。
これであの白い羽根がリノアの力であり、彼女の願い通りに自分たちはこの世界へとやってきたことがはっきりした。
 過去への接続を経由して、よくぞ現在の自分たちに辿り着いたものだと思うが、それは時間圧縮世界を通していたことがこの時ばかりは幸いしたのかもしれない。現在過去未来が混ざり合った世界からの接続だったが故に、現在にいるリノアが過去を経由して現在の9人にアクセスできたのだろう。勿論、そこにリノアの強い想いと、逆にスコールを含めた10人を必要としている現在の異世界の状況も作用したのだろうが。
「これで、全部聴いて貰ったことになるね」
リノアが部屋にいる全員を見回して言う。
聞き役だった9人も、話し手だった者たちも皆が頷いた。
それを確認して、リノアは息を整えて、自らが呼び寄せた9人を見つめる。
 遠い世界に住む、自分たちと同じようにスコールを大事に思ってくれる人たちに、ここへ来て欲しかった。
ここへ来て、すべてを聴いて知って欲しかった。
スコールが抱えねばならなかった様々なものを。彼を取り巻く状況を。身動きの取れない自分たちの想いを。
そしてすべてを知って貰った上で、彼らにこう尋ねたかった。
「あなたたちは、どうしますか?」


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その言葉はとても曖昧なようでいて、しかし実は限定された2択の質問だ。その場にいる誰もがその意味を正確に理解していた。
 スコールを、目覚めさせるか、否か。あなたたちは、どうしますか。
そして、これは質問の形を取った確認でもあった。何故なら。
「訊かれるまでもなく、最初から答えは決まっている」
ライトの言葉は9人の仲間たち全員の想いだ。
「我々は、スコールを迎えにきた。彼が異世界に来られない事情があるのならその状況を打破する手伝いをする為に」
 状況を打破する為に彼らができること。
スコールが醒めない眠りに就いているというのなら。彼を取り巻く世界の柵故に彼の周りの人々が身動きがとれずにいるというのなら。
「スコールには、目覚めてもらう」
たとえこの世界がスコールにとって茨の檻なのだとしても、やはり彼は1度目覚めるべきだとライトは言った。
「少なくとも、今、彼は必要とされていて、彼にしか為し得ないことがあるのだから」
ライトの言葉を黙って聞いていたリノアの顔に、安堵の笑顔が浮かぶ。
 待っていた。ずっとずっと、待っていたのだ。
スコールは、目覚めるべきだと言ってくれる人が現れるのを。
目覚めて欲しい。そう思いながら、この世界の状況を理解しているが為にどうしても躊躇してしまう自分たちの代わりに、迷いなく「目覚めるべきだ」と言って貰いたかった。
話を聞いただけでは想像もできない、此処ではない世界に生きる人たち。彼らに助けを求めよう、彼らならばスコールを助けられるかもしれない。そう思いついた時からずっと期待していた。その反面、不安もあった。すべてを聴いて事情を理解した彼らが、自分たちと同じようにスコールのあの穏やかな眠りを妨げることに躊躇してしまったら、と。
けれど今、この見慣れない格好の人たちは、誰1人として迷うことなく選んでくれた。スコールは、目覚めるべきだ、と。
 だから、わたしも、選ぶよ、スコール。
リノアは心の中で語りかける。
 スコールがわたしを自由にする為に選んだみたいに、わたしも、スコールを自由にする為に選ぶよ。
「1つ、お願いがあるの」
リノアは9人の顔を1人1人じっと見つめて口を開く。
「なんだ?」
言葉の続きを促され、リノアは精一杯の笑顔を作って言った。
「スコールを連れて行って、そこであなたたちがやらなきゃいけないことを済ませて、皆それぞれ帰る時になったら、どんな手段を使っても、スコールを、此処には帰さないで」
後ろで「リノア…!」と仲間たちが彼女を呼んでも、リノアは9人を見つめたまま動かなかった。
 ねぇ、スコール。昔、スコールがわたしを助け出してくれたみたいに、わたしも、スコールに生きて欲しいの。
 スコールが大好きで、誰よりもあなたに幸せになって欲しいから、わたしは選ぶよ。
心臓がドクドクと脈打っている。ともすれば声まで震えそうになるのを必死で抑えてリノアは頼んだ。
「魔女なんて誰も知らない世界に、スコールを連れて行って」
 たとえそれが、2度とスコールに逢えない道だとしても。


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 スコールに、永い時を独りで生きろ、というのはとても酷なことなのかもしれない。
それでも生きて欲しい、と思うのはきっと自分の我儘だとリノアは解っている。けれど、少なくとも魔女なんてものが知られていない、誰もスコールのことを知らない世界でならば、彼はたくさんの出逢いと別れを繰り返しながらでも、人々の中に雑じって生きていけるはずなのだ。
「わかった」
1分にも1時間にも感じる沈黙の後、そう答えたのは、クラウドだった。
「あいつは、俺が連れて行く」
「え、クラウド…」
 2年前、異世界から還る時は皆クリスタルの力によって半ば強制的にそれぞれの世界に還された。それを考えれば、今度だっていざ異世界で為すべきことが終わって、スコールを本来の世界に還さないなんてことが簡単に出来るのか誰にも判らない。それを懸念したセシルがクラウドに何か言いたげにするが、クラウドは解っている、という風に頷いた。
「俺だって別に具体的な手段を思いついてるわけじゃない。だがスコールを此処に還せば、結局あいつはまた眠りに就くしかなくなるんじゃないか?」
顔も名前も知れ渡っているこの世界で、スコールが静かに生きていける場所なんてないのだ。それを解っているからリノアは「スコールを帰すな」と頼んでいるのだから。
「…そうだな。きっとクリスタルだって1回くらい俺達の望みをきいてくれるよな」
フリオニールも頷く。それを皮切りに次々と頷く仲間たち。彼らだって、大切な仲間をみすみす傷つくと判っている世界に還したくはないのだ。
「それに、クラウドの世界が1番スコールが溶け込み易いカンジがするよね」
オニオンの言葉に仲間たちも同意する。これほど技術の進んだ世界に生きていたスコールが馴染めそうな技術レベルを有しているのはクラウドの世界しかない。
「あんたの願いは、俺達が絶対に叶える」
クラウドがリノアに向かってそう告げると、リノアがこくん、と大きく頷いた。声を出すと泣き出してしまいそうだった。
「それに…」
クラウドが僅かに言い淀む。まだ何かあるのか?と全員がクラウドを注視すると、視線をふっと逸らしたクラウドが、もう1度リノアを真っ直ぐに見る。
「いつまで、とは言えないが、俺なら、普通よりも永く、一緒にいてやれるはずだ」
その科白に、全員が驚きを隠さずに彼を見つめた。


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「どういうこと…?」
ティナがまじまじとクラウドを見つめて呟いた。
「俺も、普通の人間よりは永く生きることになるということだ。それがどれくらいの長さなのかは判らないがな」
たったそれだけの言葉では仲間たちが納得しないのはクラウドも承知していたのだろう。軽く溜息を吐くと、掻い摘んで説明する。
 クラウドの世界で星を巡るライフストリーム。魔晄と呼ばれるそれをエネルギーとして使う技術によって世界的企業になった神羅カンパニー。その神羅の私設兵・ソルジャー。星の災厄と呼ばれるジェノバ。一般に魔晄を浴びて驚異的な力を得るとされるソルジャーが、実は同時にジェノバ細胞も植え付けられること。ソルジャーの眸の変色は魔晄を浴びた影響だが、ソルジャーの驚異的な身体能力はジェノバ細胞によって齎されたものであること。クラウドはソルジャーに憧れる一般兵であったこと。そして、7年前のニブルヘイムの事件。クラウドは人体実験の被験者としてジェノバ細胞を植え付けられ多量の魔晄エネルギーを浴びたこと。
「人体実験…」
初めて聞いたクラウドの過去に、仲間たちも絶句する。
「ジェノバ細胞によって、人体にどれだけの影響があるのか、正確なところは誰も判らないが、老化のスピードが極端に緩まるのはたぶん間違いない。実際、ジェノバ細胞を宿した為に30年くらい前から外見の変わっていない人に会ったこともあるしな」
そこまで言って、深刻な表情で自分を見つめる仲間たちの様子にクラウドは苦笑した。これが判っていたから、あまり話したくなかったのだ。これでは、人体実験後の5年に渡り自分が廃人と化していたことや、救い出してくれた親友の記憶を自分のものと思い込んで過ごしたこと、ライフストリームの中に落ちて再び廃人と化したことなど、とてもではないが話せやしない。まあ、そこまで話す必要もないだろうと、クラウドは話をそこで切り上げて、視線を仲間からリノアへと移した。
「そんなわけだ。俺だけじゃない。俺の世界の仲間には、何百年と生きる種族もいる。スコールを、そう簡単に独りにはしな、い、さ」
語尾が不自然に途切れたのは、目の前のリノアが、とうとう堪え切れずに大粒の涙を零したからだ。
「よかっ…た、スコール、独りぼっちになら、なくって、い、いんだ、ね…」
ひっく、と子供のようにしゃくり上げるリノアに、傍まで近づいてきたエルオーネの腕が伸びる。
 スコールを独りにしてしまうことへの不安。遣り切れなさ。それでも生きて欲しいと思う心。
それはリノアだけでなく皆が持っているものだったから、その葛藤を経て、動くことを選んだリノアを、エルオーネはありったけの労わりと親愛で以って抱き締めた。この2年近い間止まっていたものを動かしてくれたのは、異世界から来たという9人だが、それは動こうと決めたリノアがいたからだ。
「うわー、クラウドが女の子泣かした~」
「なっ」
「レディ泣かせるなんていただけないぜ、クラウド」
「お前らな…」
その正面では、バッツとジタンに茶化されてクラウドが頭を抱えている。まさか、泣き出されるとは思わなかった。けれど、彼女がどれ程の想いで自分たちにスコールを託そうとしているのか、充分すぎる程伝わった。それはクラウドだけにではなく、今こうしてクラウドを茶化しているバッツとジタンにも、それを笑って見ている仲間たちにも。
クラウドは、ふと内心で思った。
 スコール、お前はこんなにも、愛されてるんだな。


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5分もするとリノアは息を落ち着け、「ごめんね」と笑った。
それを合図のように、「よーし」と言ったのはラグナだ。
「んじゃ、スコールを起こすとすっか~」
「…ラグナ君」
ラグナが固まった肩を解しながら明るい調子で言うのを、キロスが呼び止める。だがラグナはそれには反応せず、リノアに「だいじょぶか?」と声を掛けて頷かれている。
「記念館の連中に指示出さないとな~」
「ラグナ君!」
「わーってるよ!」
強い調子で呼び止めたキロスに、ラグナも強い調子で返した。
「お前の言いたいことは解ってるよ。…スコールは今のままの状態にするべきだって、オレの立場なら言わなきゃいけないってんだろ」
その科白に、全員の表情が曇る。
 スコールの存在は、彼と直接関わりのない世界の大多数の人々にとって脅威でしかない。スコールが魔女記念館という専用施設で、常時監視された状態で眠りに就くことで世界は安寧を得ているのだ。ならば、その施設を管理し、また国際社会での発言力も大きい大国エスタの大統領であるラグナは、当然その安寧の維持を求められる。彼らが今から起こそうとしている行動は、魔女の脅威をこの世界そのものから取り除くことになるのだが、スコールは異世界へと行ってこの世界には帰ってきません、と言ったところでとてもではないが信用されるわけもない。スコールを目覚めさせれば国際社会で大きな問題となり、管理責任者であるラグナが責められるのは必至だ。エスタが魔女を隠したと認識され、戦争だって起こりかねない。
大統領という立場にある以上、ラグナはそう易々とスコールを目覚めさせることに同意などしてはならないはずなのだ。
「…責められるのは覚悟してるさ。会見で土下座でもなんでもする。辞任もする。元々大統領なんてガラじゃねぇし。街歩いたら罵倒されて石投げられたって、殴りかかられたって、文句なんて言わないからさ」
ラグナはキロスに向かって言い募った。
「オレはスコールに生きて欲しいんだよ。今までアイツにばっか色んなもん背負わせちまったけど、もう、解放してやってもいいじゃねーか。アイツに何か投げつけられるんなら、全部オレが盾になってやりたいんだよ」
そしてラグナは、彼らしくもなく、俯いてポツリと零した。
「今まで何にもしてやれなかったけど、1回くらい、父親らしいことさせてくれよ…」


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 ラグナの洩らした言葉に、9人に衝撃が走る。
「父、親…?」
呆然と呟いたのはフリオニール。
 この、陽気で明るく若々しいフレンドリーな大統領が、あの、静かで落ち着いていて年上に見られがちで警戒心が強いスコールの、父親だというのか。
「に、似てねぇ…」
思わず口に出したのはジタン。
外見も性格も、何1つとして親子関係を連想させるものがない。
「スコールはレイン…お母さん似だから」
横からにっこり笑って小声で教えてくれたのはエルオーネだ。
 ガルバディアの兵士だったラグナは任務中に崖から転落、ウィンヒルの近くに流れ着きレインという女性に保護され、両親と死別しレインに引き取られていたエルオーネと3人で家族のように暮らしていたのだという。ラグナとレインは結婚の約束までしたが、その後エスタによるエルオーネ誘拐事件が発生。エルオーネを助け出すべくラグナはウィンヒルを後にした。エルオーネは救出後ウィンヒルへと帰したが、ラグナ自身はエルオーネ救出の際に世話になった人々に恩返しをすべくクーデターに協力。一段落ついたらウィンヒルに帰ろう帰ろうと思っている内に、気づけば国民の英雄となり大統領に祀り上げられてしまったのだ。自分に息子が生まれたことも、レインが産後の衰弱が激しく亡くなったことも、エルオーネ共々生後間もない息子が石の家に引き取られたことも知らないままに。
「スコールはそれ知ってたのか?」
「知ってるわ。どうにか過去を変えたくて…。ラグナおじさんにレインのところに帰って欲しくてスコールをラグナおじさんに接続したんだもの」
結果として過去を変えることは不可能だったが、おかげでスコールはラグナの抱えていた事情や想いを知った。接続していた時は、まさか接続相手が自分の父親だとは考えもしなかっただろうが、様々な事象を繋ぎ合せて考えれば、すぐに自分の生物学上の父親がラグナであることには思い当たる。
 ラグナの事情も想いも接続によって経験してきたから理解できる。だからラグナを責めても憎んでも怨んでもいない。けれど自分は17年間親なんていないと思って生きてきたし、ラグナにしても自分の息子の存在を知らずに生きてきたのだろう。今更親子だと言われても、どうしていいのか判らない。
それがスコールがこっそりエルオーネに語ってくれた気持ちだった。戦後のゴタゴタもあり、結局2人は親子の名乗りを上げていない。スコールはラグナが父親だと知っているし、ラグナはスコールが息子だと知っている。そして互いが互いに事実を知っていることを知っている、という微妙な関係のまま、スコールが眠りに就いてしまったのだ。
「だからラグナおじさん、明るくしてるけど、スコールに全部背負わせなきゃならなかったことを凄く気にしてるんだと思う…」
心配そうにラグナとキロスを振り返ったエルオーネが、小声でそう呟いた。


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「何か誤解しているようだが」
エルオーネの視線の先で、キロスが口を開く。
「別に私は、スコール君を目覚めさせることに反対などしていない」
その言葉に弾かれたようにラグナが顔を上げた。
「寧ろ、ラグナ君が自分の立場を弁えた意見に思い至っていたことに、感動しているよ。君もようやく歳相応の分別が身に着いたのかと…」
「…いやキロス、おまえそれはひど…」
「……」
「ウォードも、今初めてラグナ君が大統領に見えた、と言ってるじゃないか」
「ウォードもひど…」
 本当は、ラグナがそこに触れずにスコールを目覚めさせようとするなら、苦言を呈するつもりではあったのだ、キロスは。ラグナは実際にそのことに思い至らない程見た目通りのお調子者ではないが、敢えて気づかない振りをして押し切ってしまおうとする可能性は高い。とはいえ、苦言を呈するだけで止めるつもりは最初からなかった。キロスとウォードはラグナの親友であり、親友の手助けとしてエスタ大統領補佐官として働いているに過ぎない。いつだって優先順位はエスタという国の安泰よりもラグナ個人の幸せの方が高いのだ。
「やっぱおまえたちはオレの大親友だぜ~!」
ラグナがキロスとウォードに抱きついてバシバシと叩く。つい先刻までのシリアスな様子はどこへ行った、と見ている者の大半が内心でツッコミを入れたのは言うまでもない。
「しかしラグナ君、今すぐにスコール君を目覚めさせるというのは待ちたまえ」
「なんでだよ?」
「君の悲壮な覚悟は結構だが、争いの芽を未然に刈り取る努力はするべきだろう」
「んなこと言ったって…」
事前に説明したところで理解が得られる類の話ではないのに、どうすればいいと言うのか。
「何も、理解を得る必要はない」
キロスはあっさりと言った。
「要は、世界を欺けばいい。スコール君は眠りに就いていると、世界中が信じていれば現状は維持できる。永久に、というのは無理かも知れないけれどね。まあ、何十年と経って魔女への畏怖や興味が薄れた後なら、魔女の抹殺に成功した、なんて話をでっちあげてもどうにかなるだろうね」


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「そりゃまあ確かにそうできりゃ万々歳だけどよ、どうやりゃいいんだよ?」
「……」
「少しは考えろ、とウォードも言ってるだろう」
「だーっ、オレがそーゆーのニガテなの知ってんだろ〜?」
心底呆れたように溜息を吐いて、しかしそれもそうだと思ったらしいキロスが説明する。
「昔の応用だよ、ラグナ君」
「応用〜?なんかしたっけか、オレたち」
再び大きな溜息を吐いたキロスが「19年前」と言った。
「アデルを封印するときに使った手を、よもや忘れたとは言わないだろうね?ラグナ君」
「あー、いや、随分古い話だからちょっと、思い出すのに時間がかかっただけだって!アレだろアレ!…エルのホロゴースト?」
「ホ・ロ・グ・ラ・ム。どこの怪しい影の上位モンスターかね」
 いや寧ろアンタらのそのボケとツッコミはどこから引っ張ってきたネタだ、と周りで見ていた全員が更にツッコミを入れたところで「おお、そうだった!」とラグナが手をポンと打つ。
「スコール君の立体ホログラムを作り、それを投影するんだよ。至近距離で見ればすぐに見破られるシロモノだが、魔女記念館は許可なく立ち入ることはできないから問題ない。アデルを誘き寄せる時に使ったから、あそこには元から投影設備も整っているしね。スコール君の様子はコールドスリープケースの正面からの定点観測映像が常時ネット配信されているが、配信回線の切り替えは造作もなくできるはずだ。エルオーネの時は本人がいない状態で2D映像を元にホログラムを作ったからかなり稚拙だったが、スコール君の場合は、ケース内を360度周回カメラで監視しているのでかなり精巧に出来るだろうし、ホログラム作成にも大した時間を要さないだろう」
キロスが部屋にいる全員に向かってそう説明した。
「記念館のスタッフから情報が洩れる可能性は?」
キスティスがそう尋ねるが、キロスは「安心しなさい」と微笑む。
「記念館のスタッフは、19年前のクーデターの際に我々と一緒に動いた、このエスタ国内で最も信頼できると言っていいメンバーばかりなんだよ」
大切な息子が眠りに就いている場所を任せるのは、せめて気心の知れた信頼できるスタッフにしたいというラグナの想いからだった。
「よーし、じゃ、名づけて『そろそろ起きて顔洗いなさい』大作戦開始といこうか!」
ラグナが高らかに宣言する。
 最早、その微妙なネーミングにツッコミを入れる者はいなかった。


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 至急準備に取り掛かるが、徹夜作業でも1晩はかかるだろう。もう時間も遅いし君達は今晩はゆっくり休むといい。
キロスはそう言って彼らに部屋を用意してくれた。大統領公邸にこんなに民間人(しかも一部は異世界からきたという得体の知れなさだ)を気軽に泊めていいのかと、クラウドなどは思ったが、ここの主であるラグナの「遠慮なく泊まってけよ〜」の一言であっさり泊まることになった。仲間たちもその辺に関しては見事な程に屈託がない。
「前に、『お姫様のベッドで寝ちゃお』って泊まったことあったなあ」
「ああ、僕は『王様のベッドで寝ちゃお』だったかな」
「お前たち凄いな…。王女は知り合いだが、さすがにそれはないなあ」
常識人だと思っていたオニオン、セシルとフリオニールの会話に頭を抱えるクラウドの横では、ライトにバッツ、ジタンとティナと話していたはずのティーダがげっそりとした様子で似合わぬ溜息を吐いている。
「クラウド〜皆おかしいっス…。フツー王様とか王女様なんて知り合いにならないよな…。城ってそんな簡単に泊まれるもんなんスか…?」
「俺に訊くな…。俺の世界に城なんてない」
「オレも…」
つまり仲間たちは一国の最高権力者の住居に泊まる、ということに何の疑問も抱いていないのだった。
 ユフィはあれでもウータイの統治者の娘だが…こいつらの話している規模と違う気がする…。
 リュックはアルベド族の族長の娘だけど…たぶんレベル違うっスよね…。
クラウドとティーダはそれぞれ内心でそんなことを考えながら、割り当てられた部屋へと入る。華美ではないながらも高級感溢れる室内に眩暈がしそうだ。
ちなみに部屋割りはライトとセシル、フリオニールとティーダ、バッツとジタン、クラウドとオニオンになった。女性であるティナは当然1人部屋を割り当てられている。
「うわ、ねぇクラウド、これは何?」
「…たぶん通信パネルだろう」
「へぇ…」
興味津々といった様子でオニオンが部屋を見回していると、来客を知らせるブザーがなり、ドアのロックを解除すればそこからジタンが顔を出した。
「夜遅いけど、腹減っただろうから何か軽いもの食べながら、話さないかってリノアちゃんからのお誘いだ。オレたちの知ってるスコールのこと聴きたいんだってさ」
その言葉にオニオンが反応する。
「お腹空いたなって思ってたんだ」
そう言ってジタンについて部屋を出て行こうとしてクラウドを振り返った。
「クラウドは?」
「後から行く」
「わかった。そう言っておくね」
ジタンとオニオンが廊下へと消えると、クラウドはベッドへと腰を下ろし、一息つく。然程腹は減っていないが、喉が乾いたな、と部屋を見回したとき、急激な睡魔が襲ってきた。
「…な、んだ…?」
あまりに突然なそれは到底自然な睡眠欲とは思えなかったが、強力なそれに抗うことができず、クラウドの上体はベッドへと倒れこんだのだった。


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 …波の音が聴こえる。
クラウドの意識はそれで覚醒した。
 俺はさっきまでスコールの世界で…エスタ大統領公邸の部屋にいたはず…。夢、か…?
『おねえちゃん……。エルおねえちゃん……』
 なんだ…?
酷く近い距離から聞こえてきた子供の声に驚く。そして気づいた。
 なんでこんな視線の位置が低いんだ?
『まませんせい!おねえちゃん、いないよ!おねえちゃん、どこ!?』
また至近距離で聞こえる声。
「まませんせい」「エルおねえちゃん」その表現には聞き覚えがある、と気づいた。
(おねえちゃん……どこいったの?ぼくのこときらいになったの?)
 これは…。
今度は声ではなく、子供の思考が直接流れ込んできてクラウドは悟る。
 幼い頃のスコール…。
自分は今、幼少期のスコールの中にいて、そこから世界を見ているらしい。
 あんた、こんなに泣き虫だったのか…。
成長したスコールの姿から想像もできない様子に少しだけ笑う。だが、自分だって子供の頃はひ弱で情けない子供だった。
そう思っていると、ザッと、クラウドの思考にノイズが走る。ラジオのチャンネルを合わせているようなノイズの後、見える世界は今度は雨が降っていた。
『……おねえちゃん』
また声がする。幼いままの声と低いままの視線に、先程の景色から大して時間は経っていないのだと判る。
『ぼく……ひとりぼっちだよ。でも……がんばってるんだよ。おねえちゃんいなくても、だいじょうぶだよ』
 そう、自分に言い聞かせてたのか、スコール。
クラウドは雨の中必死に言い募る子供の声を聴きながら、そう語り掛けた。
『なんでもひとりでできるようになるよ』
その言葉に、ああ、とクラウドは納得する。
 他人に干渉するのもされるのも極端に嫌っていたスコール。仲間を信頼しているのに、中々近づこうとしなかった彼の原点が見えた。なんでも1人でできるようになる。こんな幼い子供が寂しさの裏返しからそんな決意をして、そうしてその言葉を実現すべくスコールは生きてきたのだろう。人と馴れ合わない、頼らない、期待しない。自分のことはすべて自分1人の力でこなす。そうなるべく努力して、そうできるようになったのだ。根本にある寂しさを抱えたままで。
 あんたは本当に、がんばったんだな。
クラウドがそう思った時、またノイズが走った。


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暫くノイズが走った後、場面は今までとは全く違う空間になった。少し離れた場所からバンドの演奏が聞こえる。視線の位置も高い。そして、その視線の先には、先程知り合ったリノアがいる。
 2年前、か…?
聞いた話から考えると、タイミングとしてはそこしかないだろう、とクラウドは判断した。
『スコール、ガーデンの指揮をとることになったよね。きっと、とっても大変なんだよね』
リノアの言葉で、これはスコールがバラムガーデン指揮官に任命された直後の出来事なのだと判る。
(……プレッシャーかける気か)
スコールの思考が伝わって、クラウドは苦笑いした。
 俺も大概人のことは言えないが、あんたも人の言葉を穿ちすぎだろう。
『辛いこととかグチ言っちゃいたいときとか、いろんなことが起こると思うの。でも、スコールは全部1人で抱えて、ムスッ〜て黙りこんじゃって悩むにちがいないって話してたの』
 …言えてる。
クラウドがこっそりリノアの言葉に同意していると、スコールの思考が伝わってくる。
(みんなで俺のことを?)
自分の知らないところで他人の話題になる、それが不愉快なのか気になるのか、スコールの心が漣のように揺れたのを感じた。
『みんなスコールのマネが上手なんだよ。わたしもできるんだから。眉毛の間にシワ寄せて、こうやって……』
 上手い。
クラウドは再びこっそりリノアに賛辞を送る。
『俺は帰るぞ』
不機嫌そうなスコールの声が近くで響いて、そういえばこの時まだこの2人は恋人同士ではないんだな、と気づいた。
『ちがう!ごめん!みんなで話してたのは……ええと。スコールが考えてること、1人で答えを出せそうにないこと……。なんでもいいの!そう、なんでもいいの。なんでもいいから、もっとわたしたちに話してってこと。わたしたちで役に立てることがあったら頼ってね、相談してねってこと。そうしてくれたら、わたしたちだって今まで以上にがんばるのにって、キスティスたちと話したの』
リノアの言葉は、どうもこの時にはまだ彼らと距離を置いていたらしいスコールをそれでも心底心配しての言葉だとクラウドには解る。それはたぶん、あの異世界でバッツやジタンたちが事ある毎にスコールに絡んでは邪険に扱われていた光景に近い。
 1人でなんでもできることと、仲間を頼らないことは、決して同じじゃないぞ。
無駄だとは思いつつもスコールにそう語りかけてみる。クラウドだって、そういう境地に辿り着けたのは最近の話なので人にとやかく言える立場にはないと解ってはいるのだが。
だが、伝わってきたスコールの思考に、掛ける言葉を失う。
(他人に頼ると……、いつかつらい思いをするんだ。いつまでも一緒にいられるわけじゃないんだ。自分を信じてくれる仲間がいて、信頼できる大人がいて……。それはとっても居心地のいい世界だけど、それに慣れると大変なんだ。ある日居心地のいい世界から引き離されて誰もいなくなって……)
 そうだな、それは生きてればきっとどこかで経験することだが、あんたはそれをあまりにも幼い時に経験させられたんだな。
クラウドは雨の中泣いていた子供の彼を思い出す。
(知ってるか?それはとってもさびしくて……。それはとってもつらくて……。いつかそういう時が来ちゃうんだ。立ち直るの、大変なんだぞ。だったら……。だったら最初から1人がいい。仲間なんて……いなくていい。ちがうか?)
 違うと、はっきり言えるよスコール。でもお前はそうやって必死に自分に言い聞かせて、そうやって自分を守ってたんだ。自分の弱さを自覚してるから、2度もその喪失感に耐えられないと知っていたから。
クラウドがそう思った時、意識をすっと引き上げられるのを感じた。そのまま暗転。
次に視界が開けたとき、そこはスコールの意識ではなく、現実世界で。
窓から光が射し込み、隣りのベッドを見ればオニオンがぐっすり眠っていた。


68


昨日倒れこんだ姿勢のまま、シーツに潜らずに寝てしまったことに気づいて苦笑する。
折角の高そうなベッドなのに、勿体ないことをした。
不自然に固まった体を解していると、隣りのベッドのオニオンが目を覚ます。
「あ、おはよう」
「ああ。おはよう」
「昨日、クラウドいつまで経っても来ないから1度様子見に来たんだ。そしたらぐっすり眠ってて、ちゃんとベッドに入って寝た方がいいよって起こそうとしたんだけど、まるっきり反応なくて…」
「いや、気にしなくていい。済まなかったな」
オニオンに謝辞を言って身支度を整える。2人揃って部屋を出ると同じように部屋を出てきたバッツとジタンに出会った。連れだって食堂に行けば、仲間たちが揃っている。部屋を見回すと、隅でコーヒーを淹れているエルオーネの姿が目に入った。
「…おはよう。よく眠れた?」
クラウドが近づくと、エルオーネがにっこり笑ってそう声を掛けてくる。それに対して軽く頷いて返すと、彼女は声を落とした。
「突然、ごめんなさい。びっくりしたでしょ?」
「やっぱり、あれはあんたの力なんだな」
「スコールのこと、知っておいて欲しかったの。あの子、口下手だし、1人で頑張ろうとしちゃうし、実際1人で大抵のことこなせちゃうし。大人への頼り方とか解らなくて無理すると思うから」
エルオーネの心配も尤もだと、覗き見た過去の様子を思い返して頷く。
 信頼できる仲間たちと戦いの日々を駆け抜け、だいぶ改善はされたのだろうが、幼い頃から呪文の様に自らに言い聞かせてきた言葉の呪縛はそう簡単には抜けないだろう。
「まあ、あいつの気持ちも解らないでもない。気に掛けておくよ」
「あら、クラウドさんも結構1人で抱えちゃうタイプなの?」
「いや…。俺は1人じゃないと、つい最近そう思えるようになった」
穏やかな様子でそう言ったクラウドに、エルオーネも安心したように笑う。だが次の瞬間、笑みを消して、真剣な顔になる。
「スコールのこと、よろしくお願いします」
エルオーネがそう言ってクラウドに頭を下げた時、食堂に入ってきたキロスが全員に向かって声を掛けた。
「準備が整ったよ」
「んじゃ、スコール起こしに行くッス!」
頬張っていたスクランブルエッグを飲み込んで、ティーダが元気よく立ち上がる。
その言葉に、全員がしっかりと頷いたのだった。


69


 キロスは車を用意し、9人とエルオーネを再び魔女記念館へと運んでくれた。他の連中は皆、今朝早く既にそちらへと移動したのだという。
「誘ってくれてもいいのに」
昨晩のお喋りでだいぶ打ち解けたらしいオニオンがそう呟くと、エルオーネが優しい笑みで答える。
「ごめんなさいね。…でも、みんな、お別れの時間が欲しいんだと思うわ」
その言葉にオニオンが配慮が足らなかったとシュンとしてしまう。そうだ、9人にとって待ち侘びたスコールとの再会は、この世界で彼を愛する者達にとっての永遠の別れに他ならないのだ。声も聴けないし触れられもしないけれど姿を見ることは出来ていた今までとは違う。もう2度と逢えない本当の別れ。異世界で為すべきことが終わっても、スコールは此処へは帰って来ない。仮にそれぞれの世界を行き来できたとしても、少なくともこの世界の仲間たちが生きているうちには、帰ってくることはないだろう。スコールが消えた後の彼らの平穏な生活を守る為には、魔女の記憶が風化するまではスコールは此処へと戻ってきてはいけないのだ。
 切ない沈黙を乗せたまま彼らが魔女記念館に到着すると、中ではスタッフが忙しそうに動き回っていた。中の1人が入ってきた自分たちに気づき、キロスに向かって状況を報告する。
「配信回線のダミー映像回線への切り替え、コールドスリープケースの回収、ホログラム投影開始、配信通常回線への再切り替え、すべて滞りなく完了したよ。今は向こうでコールドスリープの解除に入っている」
「解った。急な徹夜仕事を頼んで済まなかったな」
「いいさいいさ。こっちも、これで何の罪もない子の監視をしなくてよくなるんだ。気分が晴れ晴れしてるよ」
スタッフは笑いながら手を振り、仕事へと戻っていく。それを見送って、彼らは指し示された奥の部屋へと入った。
「…スコール」
その呟きは誰のものだったか。
視線の先に、スコールが静かに横たわっている。周りを複雑そうな機械に囲まれ、何本ものチューブが彼の体に繋がっていた。壁際には彼の仲間たちがその様子をたった一瞬たりとも見逃さないとでも言うようにじっと凝視している。スコールの傍に立っているのはリノアと、ラグナだ。9人と一緒に入ってきたエルオーネがラグナの隣りへと立つ。
 9人は部屋の中に入ったところで立ち止まった。これ以上は、近づいてはいけない。示し合わせたわけでもなく、9人全員がそう感じている。ここから先は、スコールと、スコールの幸せを願って永遠の別れを選択した彼らの、神聖な空間だった。


70


 室内は痛いほどの静寂に包まれていた。聞こえるのは、スコールの体に繋がれた機械が発する音だけだ。
息さえ潜めて、室内にいる全員が微動だにせず眠るスコールを見つめている。
永遠にも思える静寂が、突然ピコン、という新たな機械音で破られた。立ち働いていたスタッフの1人がモニターとスコールの様子を確認する。
「32.4度。鼓動、自発呼吸確認」
言葉と共に、スタッフ数人がスコールの体からいくつかのチューブを取り外した。それでもスコールを見つめている彼らは誰1人として身動ぎもしない。暫くすると再びスタッフがスコールとモニターを確認する。
「36.0度。脳波、脈拍、血圧異常なし。コールドスリープ解除を確認しました」
スタッフが周囲の機器を手早く片づけていく。彼らが一礼して出ていくと、何故かその場の緊張が更に高まったのを誰もが感じた。
その緊張感の中、動いたのは…リノアだ。
彼女は恐る恐る、という表現がまさにぴったりの慎重な動作でそっとスコールに手を伸ばす。スコールの体に触れるまでの、そのリノアの指先を、全員が固唾を飲んで見守った。
「…あったかい」
羽のように軽く、スコールの腕に触れたリノアの声が静まり返った部屋に響く。
「あったかいよ、スコール…」
それは、その様子を見つめる者たちに向けての言葉だったのか、それともスコールに向けての言葉だったのか判らないが、リノアの科白に、全員が詰めていた息を知らず吐き出した。
 静かに上下する胸の動きが、スコールが今ここで確かに生きていることを教えてくれる。彼らは再び無言になり、暫くじっと、その様子を見つめていた。確かに同じ時間を、同じ場所で刻んでいるスコールの姿を、その眼に焼きつけるように。
やがて、リノアが9人の方へと振り向いた。
「スコールの目が醒める前に、連れて行ってください」
予想外の依頼に9人は驚きを隠さずに彼女を見返すが、リノアだけでなく、この世界の住人たちもまた、リノアと同じように決意を秘めた眼で9人を見ていた。恐らく、9人がここへと来る前に、既に彼らの中で決まっていたのだろう。
「いいのか?」
その質問に答えたのは、比較的9人に近い位置に立っていたキスティスだった。
「スコール研究家を自認する私の予想では、目覚めてからじゃ、スコールは此処から出て行くことを中々承諾しないわね」
この場にいる全員がスコールをこの世界へと帰らせる気のないことを伏せたとしても、スコールは此処を離れることをそう簡単には承諾しないだろう。世界中の畏怖を引き受けることで世界の安定を支えてきたスコールは、自身の立場の重さをよく理解している。それ故に、もしも自分の不在が世界に洩れた時に彼の大切な人たちに向かうだろう敵意を考えずにはいられないはずだ。
「わたしたちも、ね。話したいこといっぱいあるけど、話したら離れたくなくなっちゃうかもしれないし」
 だから、行って。
リノアの言葉は紛れもない本心なのだろう。本当は、離れたくなんてない。
「…解った」
彼らの心中を察した9人は、ただしっかりと頷いた。