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魔女っ子理論43~56

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「私がイデアと出逢い結婚した頃から、私達の生活が激変したことは先程の話の通りです。私はなんとか彼女を助けられないものかと、魔女に関する情報を集めました。結果としてイデアを助けることは叶いませんでしたが、その過程で私は魔女という存在についての1つの仮説に辿り着いたんですよ」
シドは穏やかな口調でそう語り始めた。
「最初に話した始祖の魔女ハインの伝説を思い出して下さい。人間に負けそうになり、ハインは人に半身を渡した。けれど実はハインに残った半身の力の方が大きくハインは人々の前から姿を眩ましてしまった。では、ハインが人に渡した半身とは何なんでしょう?」
シドはぐるりと9人を見回す。その姿はまさに学園長だ。
「魔女の力…だろ?」
授業で指された生徒のように答えたのはジタン。
「そう、魔女の力です。ですが、魔女の力とは一体何を指すのでしょう?強大な魔力でしょうか。確かにそれもあるでしょう。でもそれだけではないんじゃないかと私は思ったんです。ハインは自分が眠っている間に増え続け力をつけた人間を滅ぼそうとして失敗しました。そして負けたハインは仕方なく人々に自らの半身を分け与えた。決して自発的でも好意でも善意でもありません。素直にただ強大な力を分け与えたとは思えないと思いませんか?ハインは人を憎々しいものだと思っていた。どうにかして人の世に禍の種を巻いてやろうと思った。ハインはただ力を分けようだなんて思わなかった。ハインが人間に分け与えた半身の力は、一見するととても魅力的な、けれど呪いに満ちたものだったんじゃないでしょうか」
「呪い…?」
ティナが鸚鵡返しに口にして首を傾げる。
「そうです。私はね、ハインが人に与えた半身の力は、魔力と、不老不死の力じゃないかと思ってるんですよ」


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「不老不死の力…」
シドは両手を組んだ姿勢で続ける。
「魔女は…ああ、ここで言う『魔女』というのは、イデアやリノア、アルティミシアまで含めた歴代の『ハインの半身の力を継承した女性』のことですが、魔女の力を持ったまま死ねない。これも先程の話にありましたね?しかしここで誤解しないで欲しいんですが、魔女は死なないのではなく、死ねないだけだ、ということです」
その言葉にクエッションマークが浮かんだ表情で唸ったのはティーダだ。
「どう違うんスか…?」
「魔女は不老不死の存在ではない、ということです。考えても見てください。歴史上、悪しき魔女がその力を振るった例はいくつもあるんです。魔女が不老不死ならば、今もずっとその支配が続いているはずでしょう。19年前封印されたアデルが後継者を探して女児誘拐を繰り返していた理由は?子供たちに負けたアルティミシアが瀕死の状態でイデアに力を継承したのは何故ですか?」
魔女が不老不死ならば、後継者を探す必要などない。自らが君臨し続ければいい話だ。アルティミシアにしても、不老不死であれば力の継承などせずに傷を癒せばいいではないか。
「答えは簡単です。彼女たちは元々ただの人で、人の体と寿命しか持っていないからです。勿論、魔女になることで一般人よりは強靭になることはできるでしょう。彼女たちの使う魔法は我々が使える疑似魔法などとは比べ物にならない威力を持ってますからね。けれど根本的なことは変わりません。魔女といえど老いるし、致命傷があれば死ぬのです。ただ問題なのは、魔女の力自体には不老不死…まあ、これも絶対ではありませんが、少なくともただの人から見たら不老不死に思えるだけの力がある、ということです」
人の体と寿命しか持たない彼女たちは老いと死という生命の摂理からは逃れられない。しかし不老不死の力を身に宿しているが故に、その力に新たな器を見つけてやるまで無理矢理に生命を繋がれるのだ。そう、あの時間圧縮世界を彷徨った末イデアの前に現れたアルティミシアのように。本来なら疾うに事切れているはずの体を引き摺って、力を継承するために痛みと苦しみを味わい続けることになる。
「呪いと言うに相応しいと思いませんか?」
シドが溜息をつきながら言った。
 強大な魔力は一見魅力的だ。しかし、人に与えられたその力が結局この世界に何を齎しただろう。力に取り憑かれた魔女による支配は人々に恐怖を植え付け、その恐怖は罪のない魔女への迫害となり、迫害は魔女の世界への憎悪となって悪しき魔女を生み出す。どれが始まりとも終わりとも言えない悲劇の繰り返しだ。しかも、その元凶である魔女の力は衰えることも消え去ることもなく、そして1つの状態を永続させずに人々の間に継承を余儀なくして愚かな悲劇を繰り返させる。
それはまさしく始祖の魔女ハインの人に対する呪いだろう。


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「話を進めましょうか。ハインが世界に残した半身の力について考えた私は、次の疑問にぶつかりました。では、ハインに残った半身の力とは何なのだろう、とね」
人に与えた半身の力が魔力と不老不死の力だとすれば、ハインに残った半身の力とは何か。しかも伝承を信じるならばハインに残った力は人に渡した半身の力よりも強かったという。
「それはね、『器』なんじゃないかと思ったんです」
「器?」
「始祖の魔女ハインは不老不死だったと言われています。そしてハインはその魔力と不老不死の力を人に渡して呪いとした。何故不老不死の力が呪いとなり得たんでしょうか。それは、先程言ったように人の体がその力に対応しきれないからです。逆に言えば、ハインは不老不死の力に対応できる、身に宿る魔力を最大限発揮できる体…そのとてつもない大きな力を留めておける『器』を持っていたんじゃないでしょうか」
シドはそこで一息吐くと、どんな物事にも言えることですが、と続ける。
「汎用と専用では専用の方が明らかに効果が高いものです。例えば同じ楽器を鳴らしても、普通の部屋で鳴らすのと、専用の音楽ホールで鳴らすのでは音の響き方が違いますね。同じナイフを使っても、素人が使うのと戦闘訓練を受けた兵士が使うのでは、切れ味が違います。先程のジャンクションの話にしてもそうです。ジャンクション専用領域を持ったスコールと、他のSeeDでは同じG.F.をジャンクションしても威力が違う。同じことが、魔女の力にも言えるのではないかと私は考えたんですよ。そう考えれば、ハインに残った半身の力の方が大きかった、というのも頷けます。仮に魔力を均等に分けたとしても、本来『器』ではない人が揮う力と、『器』を持つハインが揮う力では差が出て当然だった…。魔女の力は、力そのものだけでなく、その力が宿る体…『器』の役割も大きいのです」
「器の役割、か…」
ハインが人の世に掛けた呪いも、魔女の力に見合った器がなければ真の威力を発揮できずに持て余すしかないことを見越して掛けたものだ。
「勿論、これらは全て私の推測でしかありませんが、この考え方でいけば、ハインの半身の力の継承者が女性限定であることも説明できます。男性よりも女性の方が力の器として適していた、もしくは男性の体には仮初の宿主になれるだけのキャパシティがなかった、ということでしょう。もし魔女の力が力そのものだけに意味があり、器である宿主の体の役割などないのだとしたら、男性の継承者がいてもおかしくないはずですからね」
「でも、スコールは魔女の力を継承したんでしょう?」
オニオンの疑問は尤もだ。その理由を解明するはずのシドの仮説だが、今まで聞いた時点では、スコールが魔女の力を継承できない理由にはなっても、継承できる理由にはなり得ない。
「そうです。大丈夫、ちゃんと説明しますよ。次の疑問に移りましょう」
オニオンに向かって頷いた後、シドは右手の人差し指を立てて次の話題を提示する。
「人に半身の力を渡して姿を眩ましたハインは、一体その後どうしたのでしょうか?」


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ハインは半身を人に分け与え、しかし実はハインに残った半身の方が力が大きく、ハインは人の手から逃れ姿を眩ました。伝承が残るのはそこまでで、それ以降のハインの動向を伝える話はない。
「どこかに隠れてるんじゃないのか?」
「姿を消してから千年以上の時が流れているのに?そんなにも長い間、しかも、技術文明が進歩し世界中人が行けない場所はなくなったどころか宇宙にまで出て行く技術を持ち、地下に通信ケーブルを張り巡らせている現代に於いてまで、世界のどこかに姿を隠している、というのはちょっと非現実的ですね」
「それもそうだよなぁ…」
フリオニールとバッツが顔を見合わせて唸る。なんだか授業を受けている気分だ。
「私の仮説はこうです。始祖の魔女ハインは、疾うの昔に死んでいる」
シドはそこで言葉を区切った。
「繰り返しになりますが、ハインは人に不老不死の力を渡しました。けれど、その力に耐え得る器を持たない人は、不老不死になることはなく、力の継承を余儀なくされた。逆にハインの場合はこういうことが起こります。ハインは不老不死になれる器を持っていた。しかし、その器を生かす力を人に渡してしまったが故に、ハインの命は有限になった」
「待って下さい。それでは、ハインは自分の死を覚悟してまで世界に呪いを掛けたということですか?」
セシルが驚いたように問う。それに対し、シドは「そうですね」とあっさり肯定した。
「話としては珍しいことではありません。寓話などにもよくあるでしょう?自分の命や魂を代償に悪魔と契約、といった類の話が。同じことですよ」
「そこまで人間が憎かったのかしら…」
「恐らく最も大きな理由は、ハインが人に負けたからです。魔女の力は人から見ればとてつもなく強大ですが、絶対ではありません。子供たちがアルティミシアを倒したように。19年前、レウァール大統領たちがクーデターを成功させアデルを封印したように、ね。ハインの力は私たちの知る魔女を遥かに凌駕するものだったはずですが、それでも魔女には持ち得ない力によって負けたんです」
「魔女には持ち得ない力?」
「数の力です。絶対的な数の優位は時に圧倒的な能力差をも覆すものなんですよ。当時の人々がどうやってハインを追い詰めたのかは判りませんが、数の優位性を常に保ち続けるよう知恵を絞ったはずです。魔女として完全な力を持っていた時ですら人に負けたハインは、魔力の半分を渡してしまえばリベンジを図ることが更に難しいことくらい解っていたでしょう。ならば、せめて人に安穏とした繁栄など与えてやるものかと呪いを掛けた…。数で負けたハインが、自分の眷属を作って対抗しようとした、という考え方もありますが、姿を隠して以降、2度と歴史に現れない、複数の魔女が手を組んだといった記録もないことから、ほぼ可能性はゼロだと思っていいでしょうね」
そう言ってシドは冷めたコーヒーを1口啜った。


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シドは「こんなにたくさん話すことなんて滅多にないから喉が乾きますねぇ」と言って笑った後、さて、と再び話に戻る姿勢になった。
「ハインが命を代償に呪いを掛けたと言っても、勿論すぐに死んだわけではありません。無限、もしくは無限に近い時間を与えられていた寿命が、先が見える程度の有限になった、人並みになったという話ですからね。ハインはその身を隠し寿命が尽きるその時まで生きたはずです。ではいったいどこで?どうやって?」
強大な魔力は保っていても、時と共に衰えていく体を抱え、それまでのように人の手が届かない場所で身を隠して生きるのは無理がある、とシドは言う。
「私はね、ハインは人の中に紛れたんだと思うんですよ」
「人の、中…?」
「少数ではあっても、ハインを支持…というより崇拝する人々がいたはずです。思い出して下さい。ハインは世界を創り人を創った始祖の魔女なんですよ?たまたまこの世界では『魔女』という呼び方になりましたが、まるっきり神と言っていい存在です。恐らくハインが人を創った当初、人々はハインを神として崇めていたことでしょう。ですが、ハインが長い眠りに就き、人口が増えていくに従いハインの存在は伝承の登場人物にしか過ぎなくなり、相対的にハインを崇める人々は少数派となってしまった…。宗教と言って差し支えないでしょう。ハインが目覚めた時、ハインは単なる1宗教の神にされてしまっていたのです。ハインにしてみれば怒り心頭といったところだったでしょうね。まあそれはさておき、有限の命となったハインは、自分を崇拝する一派に匿われ、彼らが形成する集落の中で敬われ、崇められて生きたんだと考えています。ハイン1人でどこか人の手の届かない場所で生きるよりも、そちらの方が合理的です」
自分を崇拝する人々に囲まれたハインの暮らしはそれこそ上げ膳据え膳だったはず、と付け加えたシドは、更に続ける。
「自分を崇め献身的に世話をする人々は、ハインの眼には非常に好ましく映ったと思います。世界の大多数の人に対する憎悪の分、余計に好ましく感じたでしょうね。何故ならその少数の人々こそが、本来ハインが創った『人』の姿なんですから。そしてハインは、世界に呪いとして半身を分けたのとは逆に、もう一方の半身を自分を崇める少数の人々に残してやろうと考えたんじゃないかと思うんですよ」
伝承を見る限り、元々ハインは自分が疲れたから代わりに働く人を創って自分は寝てしまえ、だとか、起きたら人が増えすぎていたから数の抑制の為に子供を殺してしまえ、だとか、非常に感情的・短絡的に考えるタイプだ。自分の思い通りにならない大多数の人間への憎しみと相俟って、自分が想定した本来人の在るべき姿を実践するその少数の人々に、大きく情を動かされるのは必至だっただろう。
そこまで説明したシドは「ではここで問題です」と9人を見回した。
「ハインに残った半身が、人に与えた半身…不老不死の力の対となる器だと言いましたが、その器とは具体的に言うと何でしょう?」
そう言うシドの表情はまるっきりクイズ番組の司会者のそれだ。残念ながら解答者である9人のうちクラウドとティーダを除く7人にはクイズ番組という物自体が解らないのでそんな連想をしようがないが、それでもシドが妙に愉しそうなのは見て取った。
ちなみに、「はいはい、オレ解るぜ~」と観客席からフライングで答えようとしたラグナは、有無を言わさずウォードの手で口を塞がれた。
「器ってそりゃ、体、だろ?」
ジタンが答えれば、「もっと具体的にですよ」とシドが返す。暫く首を捻っていた9人だが、やがてふと思い当たった、というようにクラウドが顔を上げた。
「血…血脈か」
「ほぼ正解ですね」
シドは軽く拍手するジェスチャーをすると、こう続ける。
「もっと具体的に言うならば、器とはハインの遺伝子…DNAです」


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バッツが口を開く。
「…いでんし?でぃーえぬえー?…って、何だ?」
最後の「何だ?」は顔を完全にクラウドに向けての問い掛けだ。
 お前達、解らない言葉は何でもかんでも俺に訊けばいいと思ってるだろう。
クラウドが内心で溜息を吐いていることなど露知らず…恐らく知っていても気にしなかっただろうが、仲間8人の視線がクラウドに突き刺さる。
「DNAはデオキシリボ核酸の略で…ああ、化学的なことは訊くなよ、俺だって知らない。生物の遺伝情報を担う物質だ。遺伝子とも呼ばれている。正確にはDNAと遺伝子では微妙な定義の差があるらしいが、どんな差かなんて知らないし、今の仮説でも気にしなくていいんだろう?」
「そうですね。必要ありません」
「とにかく、細胞…と言って解るか?あらゆる生物を構成しているものだが、その中に含まれている、生物を構築する根本的な情報を持った因子のことだと思っておけばいい。親と顔が似たり、血縁者と同じ体質になったりするのはその遺伝情報の所為だ」
「おれ達もみんな持ってるってことか?」
「ああ。髪の色、肌の色、眼の色、そういうものも全部DNAが情報を持っていて、それで決まる」
クラウドの言葉に、いまいちビンときていない様子で自分の手や足を見ていた彼らだが、とりあえず納得したらしい。「で?」とシドに続きを促した。
「ハインは半身の力を自分を崇拝する人々に残してやることにした…。遺伝子を残す…つまりは子を生すということです。人々の中から最も優れた者を選んだのか、それとも、ロマンチックに考えるならば、有限の命となって情緒的にも人に近づいたハインが自らの周りで世話を焼いてくれる男性と恋に落ちたのかもしれません。どちらにせよ、ハインは身篭り、出産した…。恐らく、その血脈を絶やさぬよう、厳命したと思います。折角残した遺伝子が、途中で消滅しては意味がないですからね」
「どうして?」
「ハインの遺伝子は器だからです。器に湛える力がなくては意味がない。ハインが人に渡した半身…不老不死の力は、人から人へと継承されていくものです。継承を繰り返していく内に、いつかハインの遺伝子を持つ者に辿り着くまで、血脈を絶やしてはならない…。かといって、憎き人にその力が渡るのは避けたい。ハインはこう厳命したんじゃないでしょうか。決して血脈を絶やしてはならない。決してその血脈を外に出してはならない、とね」
そこまで言うと、シドは自分の胸のポケットから、幾重にも折り畳まれた古い紙を取り出した。
「ここまでの仮説を立てた私は、ではハインの遺伝子を持つ人々が暮らすのは何処なのだろうと考えました」
言いながら、丁寧に紙を広げる。それは結構な大きさの地図だった。
「私の推測では、それは、ガルバディア南部です」
そう言ってシドは、地図の中のガルバディア南部地域を指差した。


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その地図は随分使い込まれたものだった。あちこちに印とメモが書き込まれている。
「ハインの遺伝子を持つ人々が住む場所…。それを見つけられたら妻を救えるかもしれない。そう考えた私はその場所を特定することに夢中になりました。…結局、妻が姿を消すまでに特定することは叶わなかったんですがね」
1人で、しかも孤児院の運営やガーデンの設立準備などと並行しての作業ではなかなかスピードも上がらない。結局イデアを救うという目的は果たせなかったものの、シドはガーデン設立後も学園長としての仕事の傍ら情報の収集と解析、考察を進めたのだという。
「地図の印は魔女に関する記録や伝承が残っている場所です。印の色が青いものほど現代に近く、赤いものほど時代の古い伝承を表しています。だいたい100年単位、赤色の濃いものだと200年から300年単位くらいだと思ってください。魔女の名前が判っているものは名も書いてあります。時期と内容から考えて同じ事象を伝えていると思われるものには同じ番号を振ってあります。見てください。赤いものほど狭い範囲に集まっているでしょう」
言われてみれば確かに、赤色の濃い印は狭い範囲に集中し、青いものほど放射状に世界各地に広がっている。
「ハインが人に負けた頃、人々の多くが暮らしていたのは、この濃い赤色が集まっている地域、今のドールの西部辺りだったんでしょう。神聖ドール帝国があったことからも、この辺りが古くから栄えていたことが窺い知れます。人口の増加と共に人々は新たな土地へと移り住んでいき、魔女もまた世界各地へと散っていった…。現代にもアデルとイデアが同時期に存在したことからも、ハインの力を継承した女性は複数いたことは確実ですしね。番号や名前を見ると判りますが、青い印ほど広範囲に同じ記録が残っています。青い印の場所すべてに魔女がいたわけではなく、情報の伝達スピードが速くなってあちこちに記録が残っているんでしょう。しかしこのガルバディア南部地域を見てください。おかしいと思いませんか?」
シドが指差す場所に視線が集中する。ガルバディア南部の中でも特に小さな範囲が、ぽっかりと穴が開いたようだ。印がついていないわけではない。ただ他の地域に比べると。
「…濃い赤と濃い青の印ばっかりだね」
オニオンが指摘すると、シドはそうです、と頷いた。
「印は赤から青へと概ね放射状に広がっているのに、ここだけ中間の魔女の記録が殆どないんです。あるのはハインの頃の伝承か、近年のものばかりです」
それは、この地域に住む人々が部外者を殆ど受け入れずに生きてきた証拠だ。1つの血脈を、外へ流出させずに繋いでいこうと思えば集団を出て行く者を出さないのは勿論、部外者も出来る限り排除するしかない。近年の魔女の記録が残るのは、より広範囲に情報を配信するツールが出来た為と、長い時間を経て排他的に暮らす意味が見失われつつあったからだろう。
「この地域の中に、きっとハインを崇拝した人々の集落がある。私はそう確信し、そしてそれはここだと思ったんです」
シドの指がとある地名を指し示す。
「…ウィンヒル?」
「記録ではガルバディア建国以前からある古い村で、花の栽培生産が主な産業の小さな集落です。幹線道路からも外れた地域なので、今でもあまり人の出入りはありません」
「貴方が、ここだと思う理由は?」
「1つは、地形です」
「地形~?」
そんなものが理由になるのか、とティーダが目を丸くした。
「ウィンヒルはその名の通り、集落が小高い丘を中心に形成されています。丘というのは、古来から宗教都市になり易い場所です。丘の上に神殿や宗教的建造物を建てることが多い。人には崇める存在を高い所に祀る習性があるんですよ。山が神聖視されるのもその為です。勿論神殿などは山などにも建てられますが、その場合は集落を形成することはあまりないですね。人が住むには環境が厳しいですから。人々が生活し、尚且つ人々よりも高い位置に崇める存在の場所を作る。丘という地形はそれに適しています。このガルバディア南部地域はどちらかというと平坦な地形が多く、宗教的集落を作るに適した丘陵地帯はほぼここだけです」
そういえばガガゼト山は霊峰だったなあ、とか、クリスタルも高いとこに祀られていたっけ、など各々納得できるものがあったらしい。シドの説明に同意を示すと、シドは「それともう1つ」と言った。
「もう1つ、ウィンヒルがハインの末裔の集落だと考える根拠。それは、地名です」
「地名も理由になるのか?」
「場合によってはね。この地名をよく見てください。簡単なアナグラムですよ。アナグラムと呼ぶのも憚られるほどの」
「…アナグラムって、何?」
「文字の順番を入れ替えると別の意味が出てくる言葉遊びの1種だ」
「ふぅん…」
9人の視線が地図上の“Winhill”という文字に集まる。
「まず、ウィンヒルが丘という地理的特徴を指しているのは明白ですから、1単語になってしまっているスペルをこう分けられますね」
シドが地図の地名の横に“Win Hill”と書き入れた。
「うんうん、それで?」
「後は簡単な話です。頭文字を入れ替えてみます」
書いた文字の下に、頭文字を入れ替えて、シドが更に書き足す。
「これって…」
書き足された文字。それが意味するもの。
「“Hin Will”……ハインの意志、です」


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「ハインの意志…」
フリオニールが呟いた。
「念を押すようですが、今お話ししたことはすべて、私か立てた仮説に過ぎません。これが絶対に正しいとも言えません。このアナグラムにしても、私の邪推に過ぎない可能性だって勿論あります。ただ、この説で考えれば、スコールが魔女の力を継承できた理由も説明がつく、ということです」
「じゃあ、スコールはその、ハインの末裔ってことか?」
ジタンが確認すれば、シドはゆっくり頷いて見せる。
「この説に沿って考えれば、そういうことになりますね。人が魔女の力を継承するには、女性でないと適性がありませんでしたが、ハインの遺伝子を持っていれば、性別の問題はなくなる…。そして1つだけ確実なのは、スコールがウィンヒルの生まれである、ということです」
かつて、シドが魔女に関する記録を集める為に立ち寄ったウィンヒルで、幼いエルオーネと、生まれたばかりで母を失ったスコールに出逢い、石の家へと連れてきたのだという。ウィンヒルの住人たちは渋ったが、住人の平均年齢が高く、どの家にも幼い子供を引き取って育てられるような余裕がなかったので仕方なかったのだ。
「…今の話から考えると」
セシルが口元に手を当て慎重に言葉を紡ぎ出す。
「スコールは、昔分かたれた魔女の半身の力を両方持っていることになりますね」
「それって…」
ティナが不安げな顔でシドを見た。
「そうです。スコールは、始祖の魔女ハイン以来の、完全なる魔女の力を持っているのです」
完全なる魔女の力。その言葉が指し示すものは、歴代の魔女を遥かに凌駕する魔力と、そして。
「不老不死…ということか」
厳しい表情でライトが言った。
「…はい。人の寿命から見れば限りなくそれに近いのは確かです」
「本当の意味での不老不死ではない、と?」
「これも推測でしかありませんけれどね。元々ハインが本当に不老不死かどうかも立証しようがない話ですから。ただ、最初にハインの半身の力を継承した女性はそれなりの人数がいたはずなんです。そうでなければその力を巡ってすぐに争いが起こることは明白ですから、人々はハインに複数の女性に力を分け与えるよう強制したでしょう。この地図の印も、赤いものほど内容が重ならないものが多いんですよ。けれど、時代を下って青い印になると先程も言ったように広範囲に渡って重複する内容の割合が多くなってくる。ここから、世界に存在する魔女の数が減っていることが察せられます。現代に至っては、魔女はリノア1人になりました。リノアがイデアとアデル2人の力を継承したように、1人の女性が複数の魔女から力を継承した例も、長い歴史の中には存在したでしょうが、全部が全部そう考えるのは些か乱暴ですね。となると、どうして魔女の数が減っていったのか。それは、長い年月を経て、仮初の宿主の継承を繰り返す内に魔女の力が衰え消滅していった例もあるからではないかと思うんですよ」
「だが、それは人の場合だけ、ということも考えられるんじゃないか?」
「確かに。しかし、ポイントは、スコールは確かにハインの遺伝子を受け継いでいますが、それは人間との混血を何代も繰り返してきた後だ、ということです。つまり、スコールはどちらの半身の力も持っていますが、それは2つともそれぞれ形は違えど長い年月を掛けて人の中で継承を繰り返されてきた為にオリジナルに比べれば劣化が生じていると考えられます。先程完全なる魔女の力、と言いましたが、正確には、ハインの力には及ばないでしょう。それでもとてつもないことは疑いようがありませんが」
シドの説明に納得しかけた9人だが、その横からイデアが「それでも」と口を開いた。
「魔女の力はいつか衰え、あの子にも死が訪れる日はやってくるでしょう。けれど、それがただの人から見れば永遠にも等しく遠い未来なことは確かなのです」
自分は若く衰えないまま、周りの大切な人たちは皆老いて死んでいく。誰も、同じ時間の流れを共有できない。それは想像もできない孤独だ。
「それが、あの子が眠りに就いた理由の1つであり、私たちがあの子の目覚めを躊躇する理由です」
 そうだ、あの魔女記念館で、眠る彼の前で、シドも言っていたではないか。
この世界が、スコールにとって決して優しいものではないことを、彼に痛みを強い続けることを自分達は知っているから、と。


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「スコールが目を醒ましたのは結局、事件から3日も経ってからだったわ。私たちは、スコールが魔女の力を継承していないことを願っていたけど…やっぱり、ダメだった」
キスティスが当時の様子を話し始める。
 スコールも、当然自分の身に起きた現象は自覚していた。彼は取り乱した様子もなく、静かにシドの仮説を聴いていたという。その後の確認実験の際も淡々としていた。
「確認実験って?」
「本当にスコールが魔女…しかも、ハイン以来の強力な魔女の力を有しているか、不老不死に近しい存在になってしまったのか、確かめたの。まあ、比較実験でしかないけど」
魔力の強弱は、基礎的な魔法を放てばすぐに知れる。元々、魔女のみが使える本物の魔法と技術を習得すれば誰でも使える疑似魔法とでは威力に歴然とした差があったが、スコールが放つ魔法は更にその上をいく威力だった。ファイアを放てば疑似魔法のファイガ以上の炎が上がり、ケアルを使えば疑似魔法のケアルガ以上の回復効果があった。更にスコールは、疑似魔法のファイアやケアル程度にその威力を自分でコントロールすることもできた。
「それから、スコールの体の異常な回復力」
「それはどうやって確かめたんだ?」
その質問に、キスティスが信じられない、とでも言うように首を振って答える。
「わざと怪我をしたのよ。ナイフを握り締めてね。掌がザックリ」
「そんなこと…」
「誤解しないでほしいんだけど、私たちはそんなこと頼んでないわよ?不老不死の件については、推測だけで確かめようとも確かめられるとも私たちは思ってなかった…。だけど、スコールが自分で、ね。当然と言えば当然だったわ、不老不死の件を誰よりも確かめたかったのはスコール本人だもの。魔法を使わずに手当てして、普通なら全治2週間、傷痕も残るような怪我が、翌日には綺麗さっぱり跡形もなくなってたわ」
普通の人間とは比べ物にならないスピードで体内の新陳代謝が行われているのだろうと思われたが、実際のところはよく解らないという。不老不死という現象が魔女の力という科学とは別次元とも言うべきものによって引き起こされている以上、はっきりとした分析は不可能だったのだ。
 スコールは魔女の力を継承した。それが確定的となり、バラムガーデンは慎重に対応を検討することとなった。とりあえずその事実を知っているのはクレイマー夫妻とキスティス、ゼル、保健医であるカドワキ、そしてリノアの6名のみ。同じバラムガーデン内にはいても名目上軟禁状態にあるサイファーにも知らせなかったし、その頃既にトラビアガーデンへ転校していたセルフィやガルバディアガーデンに戻っていたアーヴァインにも連絡はしなかったのだという。サイファーと同じく軟禁されているはずのイデアが知らされていたのは、事が魔女に関する事象だったからだ。人生の大部分を魔女として過ごしてきたイデアは魔女を知る上で貴重な存在だった。
「万が一通信が傍受でもされていて情報が洩れたら大変だし、かといって、事件があってすぐに共に戦った仲間を呼び寄せたりしたら、何か由々しき事態が起こっていますと勘繰って下さいと言ってるようなものでしょ」
真実を知る6名はこの件に関して絶対に情報を洩らさないことを誓い、当面表向きは今までと変わらずに過ごすことに決めた。
幸い魔女の力の継承は傍目で判るものではないし、スコールが魔力をコントロールできることも大きい。それに伝説のSeeDたるスコールが直接戦闘に参加するほどの事態はそうそう起こるものではなく、当分はそれで誤魔化せるはずだった。スコールがガーデンを卒業するまでに、何か具体的な策を考えようという話になったのだ。
「『魔女を抑えられる伝説のSeeD』への信頼でとりあえず安定している世界情勢だもの。伝説のSeeDが魔女、しかもハインの再来とも言える完全な魔女の力を得たなんて知られたら、世間は恐慌状態になる。…それだけじゃない、スコールに、畏怖や敵意、害意が集中してしまうことになる。それはどうしても回避したかったの」


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 偽らざる正直な気持ちを白状すれば、彼らは…特にキスティス、ゼル、リノアは世界情勢がどうなろうと構わなかった。ただ、スコールにこれ以上重い枷を背負わせたくないだけだった。スコールはもう充分重いものを背負ってくれている。これ以上の世間の勝手な感情の波に、スコールを晒したくない。彼に与えられた長い時間をどうにかする方法は皆目見当もつかないけれど、無責任な世界の敵意から彼を護ることはできるはず。
「だけど、そうはならなかった…」
「アイツが魔女の力を持ってて、魔女記念館に封印されてるって、今じゃ世界中が知ってんだ」
「どうして!?」
どこから、誰が情報を洩らしたのか。スコールの周囲の誰かが、彼を裏切り陥れたのかと、9人は気色ばんだが、彼らは黙って首を振った。シドが困ったような笑みを浮かべて言う。
「スコールなんです」
「え?」
「魔女記念館でお話ししましたね。スコールは自らの意思で眠りに就いた、と。止めなかったのかと君たちは訊いた。止められなかったと私は答えました。スコールは、私たちに知られないよう秘密裏に、オダイン博士に直接コンタクトして封印…永続的コールドスリープの手筈を整えたんです。それだけじゃない。マスコミにも情報を流した…。わざわざ彼らの前で、その凄まじい魔力の一端を披露して見せました」
当然、世間は騒然となった。魔女に対する切り札であるはずの伝説のSeeDが、その魔女の力を継承した。それは、世界に比類ない、誰1人として太刀打ちできない絶対の存在が誕生したことに他ならない。
「その上でスコールは、自身が魔女記念館に封印されるところを、全世界に中継配信させたのです」
シドたちにはもう止められないところまで一気に事態は進んだのだ。世界中が騒然となりスコールの動向を固唾を呑んで見守っている状況で、スコールを無理にでも止めればバラムガーデンは世界から攻撃されることになっただろう。いや、それでも彼らは構わないと思ったのだ。けれど、そんな事態に陥ればスコールが矢面に立って彼らを守ることは簡単に予想できた。彼の力があればそれは造作もないことだが、結局それはスコールに対する畏怖を更に煽り、スコールにとってこの世界は針の筵でしかなくなるだろう。
「私たちは、あの子が眠りに就くのを見守ることしかできなかった…」
恐らく、当時そうやって見ていることしかできなかった彼らこそ、最も遣り切れない想いを抱えているのだろう。
「しかし、なんでスコールは自分からそんな真似をしたんだ…?」
フリオニールの疑問の答えは、新たな声で返された。
「それは、わたしの為なんだ」


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全員の視線が一斉に声のした方向…隣りの部屋への扉に向けられる。そこにはリノアと、もう1人の女性…あれが噂のスコールの「お姉ちゃん」エルオーネだろう…が立っていた。
「おハロー、みんな久し振りだね~」
リノアが仲間たちに向かって手を振る。セルフィがすぐに駆け寄った。
「2人とも、もう平気なん?」
「うん、ちょっと頑張り過ぎて疲れただけだから」
「何したんよ?」
「ん、それは後で説明するよ」
リノアはそう言うと、笑顔で9人のところまでやってきた。口許に人差し指を当て、しばらく考え込んだ後、徐にライトを指差す。
「…ライト、さん?」
「…?ああ、そうだが」
「やっぱり!スコールが言ってた通り!ええっと、じゃあ・・・あなたがティナさん。それと、オニオンくん?それから…ジタンくんと…バッツさん。セシルさんにフリオニールさんとティーダくん、クラウドさん!」
リノアは9人の名を次々と言い当てていった。彼女の科白から察するに、スコールから異世界の仲間について話を聞いていたのだろう。
「はんちょ、うちらには殆ど教えてくれへんかったのに~」
「まあまあ。リノアに聴かせてって強請られてスコールが断るわけないよ」
セルフィとアーヴァインの会話から、スコールがリノアに対しては甘かったのだと知る。「あいつそんなキャラだったっけ?」と彼らは内心で思いつつ、口では別の言葉を投げかけた。
「よく判ったなぁ」
「話を聞いた時はよく解らなかったんだけど…。スコールが見れば判るって言ってた意味が解った!」
ホントに見れば判るんだね!と嬉しそうなリノアに、あいつは一体何を言ったんだろう、という疑問が首を擡げる。代表して口を開いたのはセシルだ。
「彼は、なんて言ってたんだい?」
「セシルさんは…『白くて、ふわふわしてる』かな」
「くくくっ!な、なんか解る、かも…!はいはい!他は?他はなんて言ってた?」
ジタンが笑いを堪えながら先を促す。リノアも素直に教えてくれた。
「…『しっぽ。イメージは小猿』『落ち着きがない。童顔』『紅一点。ふかふか』『ティナの隣りにいる子供』『純朴な田舎者みたいなイメージ』『日焼け。痛んだ金髪』『ツンツン頭。…チョコボ』…」
「スコールひでぇっ!!」
他人の評価は的を射ていて非常に面白いのだが、自分に対するあまりの言葉に「アイツ、とりあえず1回シメる」と思った彼らに罪はない。だが妙に殺気立った空気は次のリノアの言葉で消し飛んだ。
「それから…『眩しい奴』」
「…!!」
爆笑している8人(珍しくクラウドまではっきり笑っている)と憮然としている1人。
「ス、スコール、アイツ無口無表情な癖して、裏じゃそんな面白いこと考えてたんだな…」
笑い過ぎて腹が痛ぇ、とヒィヒィ言いながらジタンが言えば、言葉もなくコクコクと頷く仲間たち。
「あの、スコールはちゃんと言ってました。ライトさんはいつも迷わなくて強くて何があっても動じずに皆を導いてくれるリーダーで、フリオニールさんは大きな夢を持っててそれに向かって真っ直ぐ進んでいける人だって」
リノアの言葉に笑いを止めて彼らは彼女を見た。
「オニオンくんはまだ子供なのに凄くしっかりしてて頭もいいし、セシルさんは優しいけど弱いわけじゃない芯のしっかりしてる人。バッツさんは子供みたいに屈託がなくてどんな厳しい出来事も前向きに受け止められる人だし、ティナさんは辛いことや悲しいことを1つ1つ乗り越えて強くなろうと一生懸命な人」
 それは、無口なスコールが決して本人たちには語らなかった仲間への想いだ。
「クラウドさんは迷って悩んでも答えを出すことを諦めないし、ジタンくんは誰かの為に躊躇うことなく行動できる人。ティーダくんはいつも皆を明るく励ましてくれる強い人だって」
リノアはこの話をしてくれた時のスコールの表情を思い出す。
照れくさそうに話してくれたけれど、その表情は誇らしげだった。「素敵な人たちなんだね」と言ったリノアに、彼は時々見せてくれるようになった穏やかな微笑みで頷いてこう言った。
「『出逢えてよかった、大切な仲間だ』って」


54


その言葉に、口数が少なくあまり自分の心の内を口にしなかったスコールの、確かな想いを感じ取って9人は黙った。
ややあって、口を開いたのはライトだ。
「先程君は…」
それはリノアに向けられた言葉だった。
「はい?」
「先程君は、スコールがわざわざ自分が魔女の力を継承したことを世界に知らしめて眠りに就いたのは、自分の為だと言っていたが」
「ああ、えっと、わたしの為、は、ちょっと調子に乗って言ってみました~ってカンジなんですけど。わたしたちの為、って言うのが正しいのかな」
リノアが「己惚れましたスミマセン」と冗談めかして言うのを、サイファーが遮った。
「違ぇよ」
全員の視線が今度はサイファーに向けられたが、サイファーはそれを気にした様子もなく、真っ直ぐリノアを見て言葉を続ける。
「スコールのヤツがあんな真似したのは、間違いなくお前の為だ。オレやイデアのことは、ついでに過ぎねぇ。あの馬鹿は、ただお前を自由にしてやりたかったんだよ」
「サイファー…」
 シド達はスコールが魔女の力を継承したことを最重要機密事項とし、表向きはそれまでと変わらない状態を維持することに決めた。それはつまり、魔女の力を失ったリノアが、魔女として生活を続けるということだ。自由に行動することも儘ならず、不当に命を狙われる日々を送らねばならないということに他ならない。
スコールが魔女の力を継承したことを公表するということは、即ちリノアが一般人へと戻ったことを、どこへ行こうと何をしようと誰に気兼ねすることない自由と、謂れのない害意に怯える必要のない安全を手に入れたことを世間に知らしめることでもあったのだ。
 たった1人でいつまで続くのか判らない長い時間を生きることに絶望を感じてもいたはずだ。けれど、スコールがあんな間髪入れずに行動を起こしたのは、やはりリノアの為だったのだろう。スコールが早く事実を公表すれば、その分リノアが狙われる危険が減るのだから。
「うん…ありがと」
リノアがこくりと頷いた。
 サイファーは「ついで」だと言ったが、スコールは自身が人身御供のように眠りに就く代わりに、彼の力を誇示することで出来る事は躊躇せずに行っていった。イデアとサイファーについて、恩赦を要求したのだ。おかげで、現在イデアもサイファーも、バラムガーデンでの軟禁を解かれている。イデアはガーデンの創立者にして学園長の妻なので、恩赦後も変わらずバラムガーデンで生活しているが、サイファーは恩赦後、正式にガーデンを退学し、フィッシャーマンズ・ホライズンに一応の生活ベースを置いていた。尤も、当然のようにサイファーについていった風神と雷神に留守を任せてあちこち放浪していることも多い。恩赦されたとはいえ、個人的に彼を恨み命を狙う者もいるが、サイファー程の力があれば、自分1人の身を守るくらいならば問題なかった。
命を脅かされる危険もなくなって自由を取り戻したリノアは、ティンバーに戻って独立に向けてのガルバディアとのパイプ役となり、ほんの2ヶ月ほど前に、ティンバーは正式にガルバディアからの領土返還を受けて独立を果たしたところだった。


55


「私達からお話しすることは以上です」
シドがそう言った。そしてその視線がリノアとエルオーネに向けられる。
「それで、君たちは一体を何をしていたんですか?彼らがここに来たことと関係があるんじゃないですか?」
そうだ、そんなに疲れ果てる程の何を2人でしていたのか。
9人は思い出した。彼らを異世界からこの世界へと導いた白い羽根。元々、それに心当たりがあるからリノアに連絡を、という話だったのだ。
「私はリノアに頼まれて、接続してたの。普通の接続より難しくて凄く集中力が要ったからちょっと疲れちゃって」
エルオーネがそう答えると、「接続って誰にだ?」とゼルが訊いた。
「2年前のスコール」
「スコール~?」
「そう」
接続先であるスコールが現在コールドスリープで仮死状態にある為、普通の接続よりも難しかったのだという。しかも、目的はスコールの意識を知ることではなかったから余計に。
話はこうだ。
 2ヶ月前、ティンバーが独立を果たしてから、それまで忙しく動いていたリノアにぽっかり時間ができた。スコールが眠りに就いてから約1年半。ティンバー独立へ向けてのガルバディアとの交渉に没頭することで深く考えないようにしていた事が再び頭を占めるようになった。つまり、スコールを、ずっとこのままにしていていいのだろうか、と。
リノア自身の気持ちでいえば、スコールに目覚めて欲しい。スコールの声を聴きたいし、スコールの体温を感じたい。けれど、スコールにとって目覚めることはただ傷つくことではないのだろうかという不安は拭えない。世界中がスコールのことを知っているのだ。ただ存在するだけで畏怖の視線で見られることを想像すればスコールの選択は理解できる。かつて自分も同じように封印されることを選んだリノアだからこそ、スコールの気持ちは誰よりも理解できるのだ。自分のときは、他でもないスコールが助け出してくれた。「魔女でもいい」と言って抱き締めてくれた。リノアだってそう思っている。スコールがそこに居てくれれば、スコールが魔女の力を持っていたって何の問題もない。しかし、自分のときと決定的に違うのは、スコールが持つのは完全な魔女の力で、彼には途方もなく永い時間が与えられてしまっているということだった。
どんなに想っても、自分はスコールを置いて逝かなくてはいけない。老いていく自分の姿を見て、若いままのスコールに時間の流れの違いをこれでもかと思い知らせてしまうことになる。そしてスコールをたった1人で世界に残していかなくてはならないのだ。彼の力に勝手に怯えて悪意を振りまく世界に、あの寂しがり屋で繊細なスコールをたった1人で!
それを考えたら、スコールを目覚めさせることにはどうしても躊躇してしまう。でも、本当にこのままでいいの?とリノアの中で疑問符は消えない。
「でもね、思いついたの」
スコールが話してくれた異世界の存在。スコールが時間圧縮世界を彷徨ったまま終わったはずだろうこの世界の歴史を捻じ曲げてくれた異次元の力。
スコールと同じ世界に生きるリノアには導き出せない解決策を、違う世界の人たちならば導き出せるのではないか、と。


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 ほんの僅かでも、現状を打破できる可能性があるならそれに賭けたい。
スコールが「出逢えてよかった」と言ったその人たちに、どうにかしてここに来て欲しい。リノアはその為に行動することにした。元々、思い立ったら即行動するのがリノアだ。彼女はすぐにエスタのエルオーネのところまで行き、協力を仰いだのだった。
「びっくりしたわ。リノアったら、私のとこに来て、いきなり『2年前のスコールのところに繋いで!』なんだもの。久しぶり、って挨拶もなかったんだから」
エルオーネが笑って言うと、リノアが「ごめんね」と笑う。その姿は微笑ましい姉妹のようだ。
 エルオーネに事情を話すと、リノアはエスタの高速移動艇を借り(そう簡単に借りられるものではないのだが、そこはコネを有効活用した)サイファーを強引に引っ張りだして石の家へと向かった。
「接続するだけならどこでもよかったんじゃないのかい?」
アーヴァインが疑問を挟むが、リノアは首を振る。
「スコールの意識を知りたくて接続するんじゃないもん。異世界に接続したかったの。2年前のスコールしか異世界に繋がる瞬間を知らないからスコールを通していっただけ。あの時スコールが帰ってきてくれた場所の方が繋がり易いと思ったんだ」
 エルオーネの力でリノアの意識は2年前のスコールに接続された。スコールが現在仮死状態な上、接続しようとしているのは時間圧縮世界を彷徨っている最中だったため、この接続は相当梃子摺った。エルオーネ曰く「ゆらゆら不規則に揺れてる半透明のビン目掛けてコインを投げ入れるようなもの」だったという。
通常の接続に比べるとかなりの時間を掛けてなんとか2年前のスコールに接続できた後は、今度はリノアが限界まで集中力を高める番だった。スコールの意識から、異世界の力が干渉してくる瞬間を見逃さず、意識を異世界へと繋げたのだ。
「よくそんなことできたな」
「だってわたし、元魔女だし」
魔女の力を身に宿していた名残で、リノアには僅かながらではあるが純粋な魔力があった。魔法を放てるほどの力ではないが、その力を掻き集めて意識を異世界に繋ぎ続けたのだという。アルティミシアが時間圧縮魔法を発動したことからも、魔女の魔力には時空間に影響を及ぼせる力があるのか、若しくは、錯綜する時間と空間の中で自身の存在を保っていられるだけの力があるのだろう。
「だからもう、今は空っぽになっちゃったよ」
正真正銘極々フツーの一般人でーす、とリノアは笑い、話を続けた。時間圧縮世界を経由して意識を繋いでいた所為か、はたまた過去への接続から更に異世界への接続というイチかバチかのイレギュラーな大技を使っていた所為か、異世界の様子は殆ど見えなかったという。
「暗闇の中で感覚だけ追ってるので精一杯だったの。時間と空間がぐにゃぐにゃってなってるのは感じるんだけど、そこから弾き飛ばされないように必死にしがみついてるカンジ。折角だからスコールがどんなだったのか見たかったのに~」
心底口惜しそうに言ったリノアを見て、9人はなんとなく、天真爛漫な彼女にスコールは振り回されていたんだろうな、と想像がついた。
「それで、何にも見えないし聞こえないし、時間は進んでるのか戻ってるのか判らないし、場所も同じところにいるのかあちこち移動してるのか判らないし、わたしは元魔女ってだけでそんなに凄い力があるわけでもないから、いつまでもずっとその状態でいられないし、しかもちょっとだけ残ってた力もこの1回で使い切りそうだし、ていうことはもう2度とこんな接続はできないってことだし、どうしよう~!?って凄く焦ったの」
 スコールに知られたら絶対怒られるね、とリノアがこの世界の仲間たちに向かって付け足した科白は、間違いない、と深い頷きで返される。
「だけど、その時、ようやくちっちゃな光を感じたんだ」

魔女っ子理論29~42

29


「先程も言ったように、魔女は魔女の力を持ったまま死ねません。瀕死の魔女は、力を継承する相手を探していました。その魔女がどうやってその場に現れたのかは解りませんでしたが、彼女に再び何処かへ移動するほどの力が残っていないことはすぐに知れました。このままでは、愛しい子供たち…当時孤児院にいた、キスティスとセルフィのどちらかに力が継承されてしまう、そう考えた私は、その魔女の力を継承することにしました」
「魔女がさらに魔女の力を継承した、ということか」
クラウドの確認に、そうです、とイデアは頷いた。
「少年は私に言いました。『ガーデンはSeeDを育てる。SeeDは魔女を倒す』と。私は彼に帰るべき場所へ帰るよう言い、彼は私にSeeD式敬礼をして去っていった…。私は、ガーデンを創り、SeeDを育てようと決めました。遠くない未来、欲望に支配された魔女が現れるその時の為に」
「ちょっと待ってくれ」
フリオニールが口を挟んだ。
「ガーデンを貴女が創ったのか?でも、貴女のところに現れたのはSeeDだったんだろう?」
誰が聞いても矛盾に気づくだろう。ガーデンで育ったSeeDに出逢ってガーデンを創立するなんて有り得ない話だ。
「その通りです。普通ならば有り得ない。けれど、私が出逢ったのは未来のSeeDだったのです。そして私に力を継承したのは、遠い遠い未来の魔女・アルティミシア」
「アルティミシア…!!」
あの魔女の力を、目の前のイデアが継承したというのか。9人が驚きを顕わにすると、その様子に逆に驚いたようにセルフィが口を開いた。
「キミたち、アルティミシアのこと知ってるんだ??」
「アルティミシアも異世界に召喚されていた…。オレ達の敵だったがな」
クラウドの答えに「じゃあ、はんちょもまたそこでアルティミシアと戦ったんだ…」とセルフィが呟く。
「話を続けましょう。私たちはガーデンの設立に奔走し、それが叶ったのが14年前。その頃にはキスティス、アーヴァイン、ゼル、セルフィは里親に引き取られて石の家を後にしていましたが、石の家に残っていたサイファーとスコールは、ガーデン設立と同時に入学したのです。そして私はガーデンの運営を夫に任せ、エルオーネを乗せた船に移りました。そこでも、子供たちを育てていましたが、数年で船を降り、身を隠すことにしました」
「何故…?」
「私の意識への、アルティミシアの侵食が激しくなってきたからです」


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「1つ、訊きたいんですけど」
オニオンが手を挙げた。
「魔女の力って、継承した相手の意識が残るものなんですか?」
その問いに、いいえ、とイデアは首を振った。
「魔女の力とは、始祖の魔女ハインが人に分けた半身の力。本来なら力を持たぬはずの人を仮初の宿主として受け継がれていくものです。魔女が強大な力を持つと言っても所詮は仮初の宿主。宿を提供している間だけ、その力を使えるに過ぎません。魔女の力そのものに与えられる影響など極々僅かなのです。アルティミシアが私の意識に侵食してきたのは、私が彼女の力を継承したからではありません」
溜息を吐くイデアの姿は、やはりあのアルティミシアからは程遠い。
「普通であれば、魔女は力を継承してしまえば、ただの人に戻ります。ただの人に、他人の、しかも強大な魔力を持った魔女の意識を侵食できるような力などありません。しかしアルティミシアは遠い未来の魔女。私が彼女の力を継承しても、魔女の力を持った彼女は今この時より遥か先の未来に存在しています。私の意識を侵食したのは、未来のアルティミシアなのです」
「うあー、頭ぐるぐるする…」
ティーダが呟いた。
「つまり…本来ならば、一方向の矢印の連続だったはずの魔女の力の継承に、アルティミシアから貴女という逆方向の矢印が挟まれた、ということですね?」
セシルの確認に頷いたイデアは、ちら、と背後にある隣室への扉を振り返る。
「先程、エルオーネには魔女とは違う特殊な力がある、と言いました。あの子の力は、人の意識を過去に送り込める、というものです」
「過去に…?」
「アデルがエスタを支配した当時、アデルは自らの後継者を捜す為に世界各地で女児誘拐を行いました。エルオーネもそうやってエスタに連れ去られ、そこで、その不思議な能力が発見されたのです。オダイン博士…擬似魔法やジャンクション技術を確立させた天才科学者ですが、彼はエルオーネに興味を示し、熱心にその力を研究した結果、アルティミシアの時代にはエルオーネの力をある程度まで再現した機械が完成していました。アルティミシアは『ジャンクションマシーン・エルオーネ』と名づけられたそれを使い、過去に自らの意識を送り込んだのです。より確実に過去へと意識を送る力…エルオーネ本人を手に入れる為に」


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イデアの話は続く。
「エルオーネの力には、1つの制限があります。それは、エルオーネの知っている人間の意識を知っている相手の過去にしか送れないということです。アルティミシアが使った機械がどれ程の能力を備えているのかは判りようもありませんが、エルオーネを捜す程ですから、彼女の持つ力の完全再現には至っていないのでしょう。普通であれば、遠い未来のアルティミシアが、この時代に意識を飛ばすなんて不可能だったはず。けれど彼女は魔女でした。知り合いでもなんでもない、しかし魔女という最大の共通項を持つ相手に意識を飛ばすことが可能だったのです」
「それが貴女だった…」
「当時、アデルはエスタ政府の管理下で厳重に封印され外部からの接触を断たれていましたから、アルティミシアが私に接触してきたのは当然でした。日増しに強くなるアルティミシアからの意識侵食に、私はエルオーネの情報を渡さない為、1つの決断をしたのです」
イデアの隣りに座るシドや、壁に寄り掛かって話を聞いている彼らの子供たちの表情が曇った。
「私は自分の意識を閉ざし、アルティミシアに私の体を明け渡しました」
「え、それって…」
思わず、と言った様子でティナが反応すると、イデアは彼女に向かって頷く。
「そうです。アルティミシアは私の体を使い、彼女の目的達成の足掛かりとしてこの時代の世界の征服に乗り出すことは目に見えていました。しかし遅かれ早かれ、アルティミシアが私の意識を侵食し尽くすのは必至ならば、せめてエルオーネの情報は渡さずに、私は子供たちに命運を託したのです。欲望に支配された魔女を倒す為に、ガーデンを創り、SeeDを育てたのですから。…それにこれも、定められた運命の1つだと知っていたから」
「運命?」
その問い掛けに、イデアは寂しげに微笑んだだけで直接答えようとはしなかった。
「そして2年前、子供たちの物語が大きく動き出したのです」


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9人は聴く。2年前、スコールが駆け抜けた日々の話を。
 スコールが成績優秀でありながら、その他人に無関心な態度と、サイファーに吹っ掛けられる喧嘩を律儀に買ってみせるが故に問題児扱いされていたこと。(額の傷の話もそこで知った。「まったく、2人揃って負けず嫌いも程々にしなさいよね」とキスティスが呆れたようにサイファーの耳を引っ張り、「2年も前の話で今更説教すんじゃねぇよ」とサイファーが不貞腐れた)
SeeDに無事合格したスコールが、就任パーティーでリノアとダンスを踊ったこと。
(どう考えても余分な話だったが、セルフィの「はんちょ、カッコよかったよ~!最初はぎこちなかったのに、あっという間にダンスマスターしてもうてん」というセリフに「あのスコールが…?ダンスを踊る…?」と密かに9人に衝撃が走った)
スコールを班長とするゼル、セルフィの新米SeeD3人の初任務でティンバーへ向かったこと。その道中、急激な眠気に襲われ、彼らが過去のラグナ達の意識に接続されたこと。
(「いやぁ、あん時はホントに驚いたぜ~!頭がザワザワってしたら、バババッてすげー技使えて、敵がヒューンスパッドーンってなっちまってよ」とラグナが言ったが、具体的なことは全く解らなかった)
ティンバーで、リノアに再会し、彼女の属するレジスタンス「森のフクロウ」の支援をすることになったこと。レジスタンスがたてた軍事独裁国家ガルバティアのデリング大統領誘拐計画。失敗に終わったこと。サイファーが処刑されたと思われたこと。
(「いきなり『過去形にされるのはごめんだからな!』っつって飛び出していったんだぜ、スコールのヤツ。アイツ、ギリギリまで頭ん中で考えて、限界超えると突然行動すっから、こっちは訳わかんねぇことになるんだよなぁ」とゼルがボヤくと、「…不言実行ということか」と真面目にライトが呟いて「それ絶対使い方間違ってると思うっス…」とよりによってティーダに突っ込まれていた)
魔女イデアの暗殺作戦。それが失敗に終わった事。彼らが収容所に連行された事。そこからの脱出。バラムガーデンに帰還するも、学園長派と理事長派に分かれての学園紛争が起こっていたこと。
(「短期間でガーデンを設立・運営するのに十分な資金を持った出資者だったんですけどね…。ガーデン設立時にはこちらも事を急いでましたし、人格面まで考慮して出資者を探している余裕がなくてねぇ」とシドが笑って言ったが、収容所からなんとか脱出して帰還した途端、学園長派として戦う羽目になったスコール達はそれどころではなかっただろう、と容易に想像できた)
スコールがバラムガーデンの指揮官に任命されたこと。フィッシャーマンズ・ホライズンでの駅長の説得。トラビア・ガーデンで、アーヴァインにより、彼らは昔の記憶を取り戻し、倒すべき相手が大好きだった「まませんせい」であると思い出したこと。G.F.による記憶障害をはっきりと知ったこと。それでも戦う道を選んだこと。
(「だって、G.F.の力がなかったら魔女に対抗なんてできないからね~」とアーヴァインが軽い調子で言ったが、それしか道はなかったのだということは9人にも理解できた)
魔女イデアの支配下に置かれたガルバディアガーデンが攻撃を仕掛けてきて、ガーデン同士の戦闘になったこと。ガルバディアガーデンに乗り込んで、魔女との直接対決になったこと。ギリギリではあったが、魔女イデアに打ち勝った事。
そして。
その戦いでリノアがイデアから魔女の力を継承してしまったこと。


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当初リノアが魔女の力を継承したとは判らなかったこと。彼女は意識を失ったまま目覚めなかったからだ。イデアが魔女の力を失い、代わりに自我を取り戻したことで、恐らくリノアに力が継承されたのではないかという推測はできたが、確定はしていなかった。
スコールが、エルオーネに会う為に彼女を連れてエスタを目指したこと。目的は、エルオーネの力で意識を失う前のリノアに「接続」して貰い何が起きたのか知ることだった。
ガーデンを飛び出したスコールを、仲間たちが先回りして合流したこと。
エスタに辿りついたものの、エルオーネがルナサイドベースに行ってしまっていたこと。スコールもそれを追ったこと。スコール達が宇宙に行っている間に、リノアに接続したアルティミシアの命令を受けたサイファーにより、海中に沈んでいたルナティックパンドラがティアーズポイントに引き上げられたこと。それによって月からのモンスター降下現象「月の涙」が起こったこと。
宇宙ステーションで、リノアがアルティミシアに操られ、アデル・セメタリーの封印を解いてしまったこと。封印を解く為にリノアが宇宙空間に放り出されたこと。それを助けにスコールも命の危険を顧みずに宇宙へと飛び出したこと。
アデル・セメタリー打ち上げの際のブースターとして使用され、その後回収不能となっていた飛空挺ラグナロクが月の涙の影響で地球の外周軌道上にまで引き寄せられ、2人はそれを手に入れ、地上まで戻ってきたこと。
地上帰還後、やはり推測通り魔女となっていたリノアが、魔女記念館での封印を受け入れたこと。それをスコールが止めずに行かせてしまったこと。仲間の言葉で自分の感情に素直に従うことを決意したスコールが、封印されかかっていたリノアを助け出したこと。
エスタ大統領ラグナからの正式なバラムガーデンへの魔女アルティミシア討伐依頼。
そして、「愛と勇気、友情の大作戦」
アルティミシアの時間圧縮魔法発動によって、現在過去未来の境がなくなった世界でアルティミシアと対峙したこと。
 これらの話を、この部屋に集う人々が代わる代わる口を開いて9人に聴かせた。
何しろ、今この部屋にいる者たちは皆、2年前の戦いに、それぞれの立場から関わった当事者たちだったから、同時期に起こった話なども、互いに補完することが出来る。魔女イデアの、そしてアルティミシアの騎士としてスコール達とは敵対したというサイファーはさすがに自ら進んで口を開こうとはしなかったが、キスティスに「そうでしょ?」と無理矢理話を振られて口を開かされていた。…会って然程時間が経ったわけではないが、なんとなく、この2人の関係性を理解した9人である。
「元々、アルティミシアがこの時代に接続してきたのは、エルオーネを手に入れる為と、もう1つ、目的がありました」
イデアはそう言った。
「それは、『伝説のSeeD』を殺すこと」
「伝説のSeeD…?」
「本当に魔女を倒す力を持ったSeeDです。アルティミシアの時代にまで『伝説のSeeD』という呼び名で語り継がれていたのでしょう。強大な魔力を持った魔女をも倒す力の持ち主…。彼女はそれを、時間圧縮発動の際の障害になると考え抹殺しようとした。…そんなこと、できるはずもないのに」
「できるはずもない?」
イデアの言葉に違和感を覚えてジタンが訊き返せば、イデアは静かに頷いてみせる。
「最後の戦いで最も難しいのは、魔女を倒すことではなく、その後時間圧縮された世界で、本来の自分たちの戻るべき場所に帰ってくることでした。自らの帰るべき場所、大切な人の顔、それらを強く思い浮かべ道標としなくては帰ってこられません。この子達はなんとか帰ってきました。けれどスコールは…最後の最後で、G.F.使用による記憶障害が出てしまった…。時間圧縮世界という時間と空間の概念が滅茶苦茶な世界にいたことも影響したのでしょう。あの子は、帰るべき時代も、帰るべき場所も、解っているのに上手く思い浮かべられなくなってしまったのです」
「そんな…」
「上手く思い出せない記憶の中で、恐らくスコールは、子供の頃の強い記憶…あの子のトラウマとなった記憶を思い出した…。大好きな『おねえちゃん』がいなくなって捜し歩いた頃の記憶です。スコールは、自分が子供の頃の、石の家にやってきた。そのスコールの通った道を辿って、力を継承する相手を探す瀕死のアルティミシアもやってきた…」
「待ってくれ、それじゃ…」
「そうです。15年前、私にガーデンとSeeDの存在を教えた少年。それはその時から見れば未来のスコール。スコールこそが、アルティミシアという『魔女を倒した伝説のSeeD』なのです」


34


そうだ、アルティミシアに「伝説のSeeD」の抹殺などできるはずもない。スコールはアルティミシアを倒したからこそ「伝説のSeeD」と呼ばれ、そして、アルティミシアが「伝説のSeeD」という存在を知っているということは、アルティミシアが倒された何よりの証拠なのだから。
「それじゃ、まるでこの世界は…」
バッツが上手い言葉が見つからない、といった様子で言いあぐねる。
「ええ。アルティミシアの時代が、100年先か200年先か500年先か、或いはもっと遠い未来なのかは定かではありませんが、15年前から、そのアルティミシアの時代まで、この世界の時間は円を描いている、と言っていいでしょう。アルティミシアを倒したところで、現在から彼女の時代までの世界は救えてもその先の未来には続かない…」
それは、あの異世界の戦いの繰り返しともまた違う、けれど似たような絶望感を齎すものだ。
「でも、今は違います」
「え?」
「はっきり断言できるわけではありません。けれど、恐らくこの先の世界に、魔女のアルティミシアは生まれないでしょう」
「なんでっスか?」
ティーダの問いに、イデアは微笑む。
「15年前の石の家で、私はスコールにどうやって帰るかわかっているかと訊きました。あの子もそれに頷きました。けれど、記憶障害は時間圧縮世界を彷徨うことで加速し、あの子は、思い浮かべはできなくとも解っていた筈の大切な人や場所すら、とうとう解らなくなってしまった…。呼びかけることもできなくなったのだと言っていました。私たちは、本来のこの世界の歴史では、どの時代にも行くことができずにスコールは亡くなるはずだったのではないかと思っています」
イデアは9人の顔をじっと見据えてそう言った。
「だが、眠っているとは言え、スコールは現にこの世界に戻ってきている。それに、さっきあんたは魔女のアルティミシアも生まれないだろうと言った。それは、本来の歴史を捻じ曲げる事象が発生したということか?」
クラウドの冷静な問い掛けに、イデアはもう1度頷く。
「本来だったら、時間圧縮世界を何も解らないまま、何も思い出せないまま彷徨って力尽きるはずだったスコールに、この世界の法則の影響を受けない、全く次元の違う力が働きかけたのです」
 あの子はその力に喚ばれて行ったのです、とイデアが続ければ、弾かれたように9人が反応を示した。
「あの子は、異世界へと喚ばれ、そこで貴方たちと出逢ったのです」


35


 異世界に召喚された時、と言っても実はあの世界は何度も繰り返す閉ざされた時間の中にあったようだから、正確には彼らの記憶にある異世界での始まり、と言うべきかもしれない。ともかく、その始まりの段階で、召喚の副作用なのか召喚者である神の意図的なものなのかは判らないが、彼ら全員に記憶の欠落がみられた。それでも、元の世界で非常に因縁深い相手が共に召喚されていたセシル・クラウド・ジタン・ティーダや、大事な相棒の羽根を持っていたバッツは、割とすぐに、ほぼ100%に近い記憶を取り戻すことができた。オニオンもしばらくしてジョブチェンジをする内にだいたいの記憶は取り戻した。フリオニールは大まかな記憶は取り戻したし、ティナは色々記憶の混同があったものの、ある程度は思い出していた。そんな中、名前すら判らなくなっていたライトに次いで記憶喪失の度合が高かったのがスコールだった。だが、それも当然の話だったのだと今ならば解る。彼は異世界召喚以前に記憶を失くしていたのだから。
「道理で殆ど憶えてないわけだ…」
フリオニールの呟きに、オニオンが「でも」と答えた。
「スコール、思い出したって言ってた。約束があるって。待っててくれる人がいるって」
「え、そんなんいつ聞いたんだよ、ネギ」
「コスモスが消えた後だよ。もうちょっと聞かせてって言ったけど、ダメだって。『みんなにも内緒だからな』って言われちゃったし」
自分にだけ内緒話をして貰えたことが嬉しかったのか、オニオンが得意気に言う。
「スコールはG.F.をジャンクションしたまま異世界へと行ったはずですが、そちらの世界では色々と制限があったのでしょう?状態としてはジャンクションが無効化されたような状態にあったようです。それが幸いして、あの子にとって最も大切な記憶を取り戻すことができた…。尤も、こちらの世界に戻ればまた時間圧縮世界でしたし、ジャンクションも効力を発揮しますから、かなりあやふやな状態になったようですが、あの子を助けたいという、リノアの…魔女の強い想いもあって、なんとかスコールはここへ戻ってくることができたのです」


36


リノアが、彼らの待ち合わせ場所と決めた石の家の裏の花畑でスコールを発見したとき、彼は息をしていなかったという。その言葉に今更の話とはいえ9人全員の顔がさっと強張るが、けれどすぐに息を吹き返したのだと聞いて力が抜ける。
「スコールは、私たちのところへ無事に帰ってきてくれました。G.F.の影響で忘れた記憶も全て思い出して」
やはりそれは、異世界へと召喚され、忘れたはずの大切な約束を自力で思い出したことが切っ掛けとなったのだろう。スコールは、あの石の家で過ごした頃からそれまでの、埋もれてしまっていた記憶を取り戻していたのだという。
「それが、スコールが常時ジャンクションを許可されている理由です」
イデアがそう言うと、後を引き継いでキスティスが説明してくれる。
「人間は脳の容量の30%程度しか使用できていない、と言われているわ。残りの70%は眠ったままだとね。世の中で天才、と呼ばれる人は、普通の人よりも使用できている量が多いんだという説もある。もしかしたら、魔女の力も、その普通は眠っている70%の中に隠されているのかもしれない、という見解もある程よ。ジャンクションは脳の記憶野を使い、その神経ネットワークをG.F.と繋げることで彼らの力を使えるようになるって、さっき説明したでしょ?記憶自体は失くしていなくても、それを思い出す為に繋がっている『線』が失われるから忘れてしまう。症状が進めば、記憶野は完全にG.F.の為の領域となって全てを忘れることになる。時間圧縮世界でスコールがそうなったようにね。けれど、スコールはG.F.をジャンクションしたまま、全ての記憶を思い出した。それはつまり、ジャンクションに使っている領域とは別に、脳の中に、それまでの記憶野の代わりに新たな記憶野が形成されたということだわ。眠ったままだった70%の内の一部が覚醒したというのが私達の見解よ。逆に言えば、スコールはジャクション専用の、G.F.の為の領域を持っているということになる」
「G.F.を使っても、もうスコールは記憶を失わない、ということか」
ライトの呟きに、キスティスが「ええ」と頷いた。
「それだけじゃないわ。ジャンクションの専用領域ができたことで、スコールのジャンクション効率は他と比べ物にならないほど大きく上がったの。同じG.F.をジャンクションしても、スコールが使えば、そのG.F.の最大限の力を発揮できるわ」
ジャンクションの効果は、ただG.F.を直接使役することだけではない。G.F.をジャンクションしてそこに魔法をセットすることで、本人の身体的能力を跳ね上げることもできる。その点でも、スコールの能力値は格段に向上したのだという。
「本当に、誰が見ても最強だった。『伝説のSeeD』という呼び名に相応しく、ね」
キスティスが、言葉と裏腹に、やりきれない、と言った風に首を振った。


37


「オレ達はさ、世界を救おうとか、そんなデカい規模のこと考えて戦ったわけじゃないんだ」
ゼルの言葉が部屋に響いた。
「なんか気づいたら、話の中心部みたいなとこに来ちまってたって言うかさ、戦わなかったら自分の身近な人たちが危険になる、自分たちの命だって危ない。だったら戦うしかねーだろ!って、そんな感じだった」
「でも、全部終わってみたら、ウチら、すごい英雄扱いされたんよ」
セルフィの科白に、「なんでそんなに知られてるの?」と訊いたのはオニオンだ。
「ガルバディアが大々的に魔女と手を組んだ事を発表してたし、ずっと沈黙を守ってきたエスタも国際社会に出てきた。エスタはアデルによって引き起こされた戦争責任問題とかそのアデルがどうなったとか、17年間の電波障害の理由なんかも世界に向けて説明しなきゃならなかったし、ガルバディアだって、ママ先生…魔女イデアに乗っ取られた後の顛末を説明しなきゃならない。だけど、操られてたママ先生を助けるには、操っていたアルティミシアの話まで明らかにしなきゃならなかったんだよ」
アーヴァインが溜息を吐いてそう答える。
「その結果、バラムガーデンのSeeDには賞賛の嵐。特に、アルティミシアがママ先生を通して額に傷のあるガンブレード使い…『伝説のSeeD』を探してた話が、あの時支配下にあったガルバディアから洩れて、スコールは完全に英雄扱いされたの」
キスティスもそう続けた。
戦争が終わり、電波障害もなくなったことで、マスメディアの動きが活発化したこともある。スコールの名や姿は世界中に配信されたのだ。
整った容姿の、まだ17歳になったばかりだという少年が世界を救った英雄である。それは如何にも人々が熱狂的に受け入れそうな話題ではないか。
「スコールも、その名声を最大限利用したんだ」
その言葉は9人にとって意外という他に言いようがなかった。あのスコールが、己の名声を最大限利用?
そういったものを誰よりも煩わしく思い嫌がるタイプではなかったか。
「…あの馬鹿は、ほっときゃいいもんまで何とかしようと抱え込んだんだよ」
苦々しい表情で口を開いたのは、サイファーだった。


38


戦いが終わった後、時間を置かず国際会議が開かれた。各国の首脳が一同に会する中、スコールもまたバラムガーデン指揮官としてその会議には出席したという。バラムガーデンがバラム国内にあって治外法権に近い扱いを受けていることや、アルティミシアとの戦いでは最前線で戦いの中心を担った点、それに伴う発言力の大きさから鑑みて、それは当然のこととして受け止められた。
突如として沈黙したきり、国際社会に対して何の説明責任も賠償責任も果たしていなかったエスタの問題や、ガルバディアの戦争責任問題、ガルバディアが対エスタを想定して軍備拡大を進める中侵略・併合されたティンバーの独立問題など、議題は山のようにあったが、最も議論が紛糾したのは、ガルバディアを手駒として世界征服に乗り出した魔女、イデア・クレイマーと、魔女の命令の下、ガルバディア軍及びガルバディアガーデンを実際に指揮しトラビア、バラム両ガーデンへの攻撃やルナティックパンドラのティアーズポイントへの移動による月の涙誘発を行ったサイファー・アルマシー、そしてこの時代に唯一人の魔女となったリノア・ハーティリーの処遇についてだった。
元々魔女になった事実が公にされていたわけではなかったリノアだが、イデアの身の安全を確保する為にはアルティミシアの存在とその野望を明かさねばならず、すると今度はアルティミシアを打倒する為に取った作戦を説明せねばならなかった。イデアとアデルの力を継承した魔女の情報は明かさずにいよう、とラグナは言ったのだが、そうすれば「エスタが魔女を隠している」と余計な疑いを招くことになり、新たな戦争の火種となりかねない。結局、リノアが魔女であるという情報は公開されることとなったのだ。勿論、彼女がアルティミシアとの最終決戦に臨んだ英雄の1人であるという事実も沿えて。
「操られてたイデア…ママ先生や、魔女になっちまったってだけで別に世界に対する敵対行為をしたわけでもないリノアの安全や自由を確保するだけでも相当骨が折れるってのによ、あの野郎、俺のことまでどうにかしようとしやがった」
 別に助けてくれなんて頼んだ覚えもねぇのによ、と忌々しげにサイファーは言う。実際、イデアのように意識を乗っ取られていたわけでもないサイファーは、極刑に処せられてもおかしくはない立場だった。だがサイファーは意地を張って我武者羅に突き進んだあの日々を、自らの青さに苦笑いはしても後悔はしていなかったし、どれ程厳しい処罰が下されたところでみっともなく弁明をするつもりもなかった。…素直に捕まってやる気もさらさらなかったが。


39


「いやあ、あん時のスコールは凄かったぜ―」とラグナは語る。エスタ大統領として当然会議に出席していたラグナは、その時のスコールを間近で見て知っているのだ。
スコールは自分が「伝説のSeeD」として英雄視されていることも、その発言力・影響力の大きさも承知の上で、それを最大限に利用する道を選んだ。彼の身近な人たちの安全と自由を確保するにはその道しか選べなかった、と言ってもいい。
何の証拠もないアルティミシアという未来の魔女の存在に懐疑的な意見もあったが、スコールの「では、我々が命懸けで戦った事実を否定するということですね?」という言葉に封じられた。民衆から熱狂的な支持を受けている伝説のSeeDの言葉を真っ向から否定すれば、それはそのまま民衆の反感として跳ね返ってくるからだ。
 イデアとサイファーの扱いについても、ガルバディアのデリング前大統領が魔女の力を利用しようと積極的にイデアを招き入れた点や、イデアが連れてきたサイファーにガルバディア軍及びガーデンの指揮権を与えたことを認めていた点、イデアがいなくなった後も、従わないという選択も簡単に出来ただろうにサイファーの命令を受け入れてた点を根拠に、イデアとサイファーだけに厳罰を処そうとする論調と対峙し(サイファーに関しては多少脚色して、彼もアルティミシアの精神支配を完全ではないにしても受けていた、ということにした)リノアに関してはなんの罪もない魔女をただ魔女だというだけで迫害した結果起こった歴史上の幾つもの惨劇を例に、彼女に対して封印という非人道的な処置を施そうという主張を一蹴した。
あの無口なスコールがよくもこれ程雄弁に、とラグナなどは心密かにポカンと見守っていたと言うが、無論、これらスコールの主張には高度な科学技術を持つ大国エスタの大統領であるラグナも賛同したし、リノアの件については、ガルバディア暫定政府代表として出席していたフューリー・カーウェイ大佐も同調した。
イデアとサイファーの処遇については、ガルバディアは最後まで渋っていたが、結局は折れた。
 元々超一流の傭兵ブランドであるSeeDを抱えるバラムガーデンは、どの国にとっても敵には回したくない相手であり、今はそこに更に「伝説のSeeD」という戦闘力が群を抜いているだけでなく世間の圧倒的支持を受ける存在がいて、その彼本人が主張が受け入れられなければ実力行使も厭わない様子で発言すれば、既に戦いで疲弊した国々に対抗できる手段などなかったのだ。
 結果、イデア・クレイマーとサイファー・アルマシーはバラムガーデンに軟禁、リノア・ハーティリーもバラムガーデンにて保護・外出時にはSeeDの同行を必要とするということで落ち着いた。スコールはリノアの完全な自由を求めていたが、独立に向けて継続的話し合いの場を持つことで合意したガルバディア・ティンバーの情勢を慮ると、カーウェイ大佐の娘にしてティンバーレジスタンスのメンバーであるリノアがティンバーもしくはガルバディアに帰ることは政治的不安を齎し軍事衝突の火種になりかねないことや、彼女を自由にすることで、いつ誰が魔女の力を狙うとも限らないことからガーデンの保護下に置かれることとなったのだ。


40


伝説のSeeDの影響力を利用して、イデアとサイファー、そしてリノアの安全を確保したまでは良かったが、今度は別の問題が浮上した。否、それは遅かれ早かれ顕在化する問題だったのだろう。実際、当事者であるスコールは覚悟を決めていたようだった。
 伝説のSeeDと呼ばれはしても、所詮並はずれて戦闘に長けているだけの17歳の少年に過ぎない。
口で簡単に丸め込めるだろう、そう考えていた各国上層部はこの会議で認識を改めることになった。スコール・レオンハートは頭も切れる、懐柔するのは容易ではない、と。これを機に、スコール自身を危険視する声もでてきた。
暫くはバラムガーデン指揮官として、SeeDとして存在していればいい。だが、ガーデンの卒業は20歳。その後の彼はどうするのだ。あらゆる組織が様々な交渉を仕掛けてくるだろう。驚異的な戦闘力と明晰な頭脳、更に圧倒的な知名度と支持を得ているスコールは、どの組織から見ても手中にしておきたい存在であり、同時に他組織の元に行かれた場合とてつもない脅威となる存在だ。魔女を倒した伝説のSeeDには、最早魔女と同等の力があると考えていい。つまり、たった1人で世界を揺るがす力を持っている。
それは概ね正しい評価だった。元々ジャンクションを駆使するが故に圧倒的な戦闘力を誇っていたSeeDの中でも、更にジャンクション効率が高くG.F.の力を最大限発揮できるスコールを抑えられるとすれば、それは魔女でしか有り得なかっただろう。そこに加えての知名度と支持。スコールの一言で、世界をまた戦乱の渦に巻き込むことも、逆に闘争の火種を消すことも可能なのだ。影響力の大きさで言えば、魔女以上の存在と言えた。
「結局私達は、スコールに世界を背負わせてしまいました」
大きすぎる力は危険視され、秘密裏にスコール自身の命まで狙われるようになったのだと言う。
「そんな…」
9人は絶句する。
 彼らも、各々の世界で、その命運を託されて戦った者たちだ。だが戦いを終えた後の状況の差に愕然とするしかない。命懸けで戦って、世界を守って、なのに終わった後には危険だと命を狙われるなんて。
「リノアのことも、バラムガーデンで保護ということに落ち着いたものの、魔女を敵視する過激派グループは彼女を狙っていましたし、あの子達が安らげるのは本当にガーデンの中にいる間だけになってしまったのです」
いっそのこと、ずっとガーデンの奥に引き篭もっていられたら気も楽だったのに、そうすれば「何かよからぬことを企んでいるのではないか」と疑われる。イデアとサイファーの軟禁、リノアの保護はバラムガーデンと伝説のSeeDの力への畏怖と信用によって成り立ったものだったから、スコールはガーデン指揮官として表舞台に立つことで、バラムガーデン監視下ならば大丈夫だという信頼を得続けなければならなかったし、リノアも時折外出して姿を見せることで世界に対して害意のないことをアピールしなければならなかったのだ。
「けれど、それから3ヶ月も経たないうちに、事件は起こってしまいました」


41


 リノア・ハーティリーの外出時にはSeeDの同行を必要とする。
それはリノアの身の安全を確保する意味と、万が一にも魔女が暴走しないようSeeDが抑制の役割を果たすと世間にアピールする意味の2つがあった。同行者はランク21以上のSeeDであれば誰でもよかったが、実際はそれはスコールだけの役目だった。世間的なアピールにはスコールが同行するのが1番だという面もあるにはあるが、ガーデン側としてはそんなことよりも、たとえ衆人環視の状況であったとしても、せめて2人にデートらしいことをさせてあげたい、という思いからだ。
どこに行っても何をしても周囲の注目を集める状況は相当居心地の悪いものだったに違いないが、それでも2人で外出できることをリノアは喜んでいたし、スコールも、そのリノアの喜ぶ様子に顔が綻んでいたという。傍から見ると相変わらずの無表情に見えたが、そこはスコール研究家を自認するキスティスを筆頭に付き合いの長い仲間たちから見れば一目瞭然だった。
 完全な平穏とは程遠くても、このまま彼らをそっとしておいてくれればいい。
周囲がそう願っていた矢先、それは起きたのだ。
「簡単に言えば、自爆テロってヤツだ」
「自爆テロ…?」
ラグナが珍しくも苦々しい表情でそう言うと、馴染みのない言葉に首を傾げた面々が、クラウドを見る。
「テロというのは、自らの主義主張の為に破壊・暴力行為を行うことで、中でも自爆テロというのは…テロの実行犯自らが爆発物を持って標的に近づき爆発させるものを言う」
「それって、犯人も死んじゃうってことか?」
「ああ。代わりに、標的の行動に臨機応変に対応できて至近距離で爆発させられる為成功率が高い」
「信じられない…」
それはバラムの街の外れで起こった。一般人に被害はなく、精々美しかった白壁の一部が焼け焦げたくらいで済んだのは、偏にスコールが不穏な気配に気づき警戒して人のいる場所から離れたからだ。
普通であれば、SeeDに勝てる者だってまずいない。況してそれが伝説のSeeDのスコールと魔女のリノアを葬ろうというのであれば尚更だ。だが、さすがにスコールも、まさか相手が自分達に向かって突進しながら爆薬に火をつけるとは思っていなかったのだ。
「犯人は即死。犯行声明も出なかったので、あれがスコールを狙ったものなのかリノアを狙ったものなのか、或いは2人を狙ったものなのか、今でも判らないままです」
「それで、2人は?」
「爆風で飛ばされた衝撃で気を失いはしたものの、軽い怪我程度で済みました」
スコールがその反射神経で以て飛び退りながら咄嗟にダブルプロテスをかけたおかげで、その程度で済んだのだ。
「けれど、軽い怪我程度で、脳波にも異常がないはずのスコールが、何故だか中々目を醒まさなかった…。同じ状況のリノアはすぐに意識を取り戻したのに」
彼らは1度病院へと運ばれて検査を受けて無事を確認後、意識の回復を待たずにガーデンへと運ばれた。一般の病院では事件を聞きつけたマスコミが煩いからだ。ガーデンに戻ってすぐにリノアが意識を取り戻した。彼女はしばらくぼんやりした後、はっとしたように起き上がり、隣りのベッドで眠っているスコールを見たという。キスティスやゼルが声を掛けても彼女は何も答えず、スコールの傍に行くと、ただ黙ってその手を握っていた。事件がショックだったのだろうと、周囲もそっとしておいたが、次第に、目覚めないスコールを心配し始めた頃、リノアがぽつりと声を洩らしたのだ。
「…わたし、魔女じゃなくなっちゃった」と。


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それは彼らにとって予想もしていない事態だった。
「初めは、リノアの魔女の力が消滅したのかと思ったわ。でも、創世から今までずっと受け継がれてきたものが、ここでいきなり消滅する確率なんて限りなく低いじゃない。魔女の力は消滅したんじゃなくて、リノアから誰かに継承されたんだと考える方が自然よね」
キスティスの言葉に、セルフィが「消えてくれたら、めっちゃよかったんやけど」と付け加える。
「でも継承はいつ?誰に?と考えたら、答えは1つしかありませんでした。我々は、その数ヶ月前にも同じような光景を見ていましたから」
 魔女だった者から力が失われ、その時彼女の最も近くにいた者が意識を失ったまま目覚めない。以前は、力を失ったのはイデアで、目覚めなかったのがリノアだった。今回はリノアから力が失われ、そして近くにいたスコールが目を覚まさない…。
「それじゃ…」
「スコールは、魔女の力を継承したのです」
一瞬の沈黙がその場に降りた。ややあって口を開いたのはライトだ。
「今まで聞いていた話では、魔女は女性だけに受け継がれる能力ではなかったか?」
女性にしか継承されてこなかったからこそ「魔女」という呼び名が定着したはずで、その魔女を愛し守る者が「騎士」と呼ばれたはずだ。ここへ来て突然その法則が崩れる理由が解らない。
「そうです。今まで魔女はずっと女性でした。歴代の魔女が皆判明しているわけではありませんから、絶対とは言い切れませんが、ほぼ間違いないと言っていいでしょう。しかしそれは、仮初の宿主の話です」
シドの言葉に、9人が眉を潜めた。
「仮初の宿主?」
そういえば、先刻のイデアの話でも、「魔女は所詮仮初の宿主」と言っていた。仮初がいるということは、本物もいるということだ。
シドは姿勢を正すと、9人を見回して口を開く。
「これからお話しするのは、魔女に関して判っているいくつかの事実から、私が立てた仮説に過ぎません。仮説を立証する手段もありません。しかし現状を見る限り、私達はこれが限りなく真実に近いものだろうと考えています。そのことを承知の上で、聴いてください」
その言葉に、9人は顔を見合わせ、そして代表するように、ライトが静かに頷いた。

魔女っ子理論15~28

15


こちらへ、と案内された場所に鎮座している機体を、9人は呆然と見上げていた。
「2年前、エスタという国から任務成功報酬の一部として寄贈されたものなんですよ」
シドがにこにこと説明してくれるが、その言葉が耳に届いている者は殆どいない。
「これは…飛空挺か…?」
クラウドの問いに、キスティスが「ええ」と頷く。
「今は空路高速移動艇として使ってるわ。本来は宇宙船だけれども」
「え、これ宇宙行けちゃうのか!?」
ティーダが驚いたように言う。クラウドやティーダの世界よりも更にこの世界の文明は進んでいるらしい。その後ろで首を傾げている面々は、この飛空挺が「とんでもなく凄い」ということは判っても、「どれくらい凄い」のかは解らないでいる。殆どの者には宇宙、という概念がないのだから当たり前だ。
「魔導船みたいなものなのかな…?」
一応、宇宙というものの概念を持ち、実際月まで行ったことのある(何せ本人も月の民とのハーフだ)セシルでも、正直ピンときていない様子。
 シュン、と電子音がして飛空挺ラグナロクの扉が開く。「さあ、乗って下さい」というシドの言葉に嬉々として乗り込んでいく仲間を尻目に、浮かない顔をしている者が1名。
「クラウド?どうしたんだ?」
フリオニールが気づいて声を掛けた。異世界の仲間の中では、ライト・スコールと並んでポーカーフェイスの3巨頭を成していたクラウドの表情が、はっきりと憂鬱そうだ。しかも心なしか青褪めて見える。
「…苦手なんだ」
「何が??」
「……………乗り物」
「は!?」
思わず訊き返したフリオニールに悪気はない。
「物凄く、乗り物酔いし易い体質なんだ」
「え、だって、おまえ、あのバイクとかいうの、凄い速さで乗り回してたじゃないか!」
「自分で運転して酔うヤツなんて殆どいない」
そういうものなのか…としか、乗り物酔いの経験がないフリオニールには答えようがないが、だからと言ってここで留守番というわけにもいくまい。
「…別に、乗らないとは言ってない」
クラウドの言葉にフリオニールが安堵した。しかし「だが」と続けられたクラウドの科白に身構える。
「これが動き出したら、俺は使い物にならない。ガイド役はティーダに頑張ってもらってくれ」
それはそれでなんとなく不安を感じるんだよなあ、とフリオニールは溜息を零した。


16


ラグナロクが動き出した途端、本当に見事な程青くなって蹲ったクラウドを、笑っていいのか心配すればいいのか、微妙な表情で見守る仲間たち。クラウドにとって救いだったのは、機体も大きく大気圏突入のGにも耐えるラグナロクは離陸してしまえば航行時の安定感もかなりのもので、比較的揺れが小さかったことだろう。
 離陸してすぐ、操縦席に座るゼルにシドが北進路で行くよう指示を出した。
「トラビアに寄って行きましょう」
「セルフィのところへ?」
キスティスの問いにシドが頷く。
「こうして、スコールが『遠い世界の仲間』と呼んだ人たちと出逢うことが出来たのです。セルフィとアーヴァインも呼んであげなくては後で怒られてしまいますよ」
クレイマー夫妻が微笑んで頷きあうと、ゼルが「じゃあ、ガルバディアにも寄ってくのか」と口にする。
「トラビアから石の家に飛んで、そこからガルバディアを経由してエスタに行きましょう」
「ちょっと訊いてもいいですか?」
オニオンが疑問を投げかけた。
「今この飛空挺はその、リノアさんとサイファーさんって人を迎えに行ってるんですよね?で、ついでにセルフィさん?とアーヴァインさん?を乗せて、それでバラムに帰るんじゃないですか?」
エスタに行く、というのは初耳だ。エスタというのがどういう場所だかよく解らないが、そういえばこのラグナロクはエスタから寄贈されたと言っていたから、バラムガーデンと友好的な関係を保っている国なのだろうとは察せられる。
「スコールは、エスタにいます」
その言葉に、9人(安定航行のおかげでなんとか立ち上がれる程度に復活したクラウドも含む)の表情に安堵が浮かんだ。どうなることかと思ったが、無事スコールと再会できそうだ。
「私たちは、貴方たちが答えを出してくれるのではないかと期待しているのです」
イデアが穏やかな、けれど憂いを帯びた顔で言う。
「さっきもそんなことを言っていたな。一体どういうことだ?」
ライトの問いに、イデアが口を開きかけたその時、ラグナロクが垂直降下した。
「トラビア到着だぜ!」
ゼルの言葉と共にハッチが開けられ、シドに「行きましょう」と促され外に出る。
バラムの温暖な気候と対照的な、ひんやりとした空気の中に出ると、そこには外に跳ねた髪型が特徴的な少女と、テンガロンハットを被った青年がにこやかに手を振って立っていた。


17


「なんでアーヴィンがいるんだよ?」
「あれ、久々に会った幼馴染への第一声がそれって酷くない?僕はガルバディアガーデンとトラビアガーデンの交流目的留学生のリーダー役、ていうのは建前で、セフィの手伝いに来たんだよ~」
デリング大統領による独裁軍事国家だったガルバディアがデリングの死後、民主国家としての本来の姿を取り戻しつつあるのに付随して、ガルバディアガーデンもバラム、トラビア両ガーデンとの交流を少しずつ図ってきていた。特に、2年前の戦争の際にガルバディアによって相当な被害を受けたトラビアガーデンへは短期留学生団を送り、復興活動に従事することで相互理解と信頼の回復に努めている。
2年前の魔女戦争後、トラビアガーデンの復興の為にセルフィはバラムガーデンから再びトラビアガーデンへと転校していた。(つまり彼女は現在SeeDではない)
「学園長とママ先生まで来はるなんて、どないしたん~?」
「ママ先生」というのがイデアを指しているらしいことは解るが、何故そんな呼び方なのだろう?と9人は思うが、とりあえず口には出さない。
「あなたたちを迎えに来たのよ」
優しい笑顔でイデアが答え、シドは9人に向かって2人を紹介する。
「彼らが、アーヴァイン・キニアス君とセルフィ・ティルミットさん。2人とも、スコールの友人です」
「この人たちは?」
セルフィとアーヴァインがライト達を見て顔いっぱいに疑問符を浮かべているが、答えを言われる前に自分で答えに辿り着いたらしい。
「もしかして、はんちょが仲間って言ってた人たち?」
 「はんちょ」というのはもしかしてスコールのことか?え、あのスコールを「はんちょ」と呼ぶのか!?アイツそんなキャラだったっけ?と、9人各々表現は違えど要約するとそんな感想を抱いている事など露知らず、アーヴァインとセルフィは9人の傍まで寄って、握手してまわる。
「あのスコールがあっさり『仲間だ』って言ってたから、どんな人たちなんだろうって、ずっと思ってたんだよ。スコールは詳しいこと教えてくれなかったしさ。ただ『もう会えない』って聞いてたから、会えて嬉しいよ」
2人はライト達全員と握手し終えると、「でも迎えにきたって?」とキスティスとゼルの方を振り返った。
それに対しキスティスとゼルは、ほんの僅かに表情を固くしてただ頷く。
「これから、石の家にいるリノアとサイファーを迎えに行くんですよ」
「石の家?なんでそんなとこにリノアとサイファーが?」
「それは我々も聞いていないので解らないんですが…。とにかく2人を拾って、それでエスタに行きましょう」
シドの言葉にアーヴァインとセルフィの表情も改まる。
「答えを出す、その時が来たのでしょう」
イデアの声に、2人はライト達をじっと見つめた。


18


再びラグナロクに乗り込んだ9人+6人の大所帯。今は「ラグナロクの操縦ならこのセフィちゃんにお任せ~!」というセルフィが操縦席に座っている。
石の家へと向かう間に、キスティスとゼルが、合流した2人に今までの経緯を語って聞かせた。
「ほんとに、異世界ってあるんだねぇ」
アーヴァインが心底感心したように言う。この世界にだってG.F.や魔法といった超常現象的なものは存在するが、それらの力もある程度は科学的な解明がなされていて、その力を利用する技術も開発されている。不思議なものを不思議なものとしてそのまま受けて入れてしまうファンタジーな世界は、想像の産物でしかなかった。
「しかも、それがこんなにたくさんあるなんてねぇ」
ファンタジー小説やSF映画を見たって、異世界なんて大抵1つしか出てこない。
「異世界っていうより、実は違う恒星系の惑星とか、違う銀河系の星とか、そう考えればいいのかな」
ああ、そう考えた方がしっくり来るかも、とキスティスなども頷く。「異世界」と言ってしまうとファンタジーだが、この宇宙に存在する数多の星のどれか、と言えば、割とすんなり馴染める気がする。
そんなことを話していると、セルフィが「そろそろセントラだよ~」と声を上げた。
 眼下に広がる荒涼とした景色。
「石の家はセントラの端だから、もうちょっとで着くぜ」
ゼルが9人に向かってそう告げると、ジタンが「ほい」と手を挙げる。
「気になってたんだけどさ。『石の家』っての、何?」
その質問に答えたのはシドだった。
「石の家は、昔、私たちが営んでいた孤児院です」
こんな殺風景で荒れた土地で孤児院?と9人は思う。それについても後で訊く機会があるかもしれない。何しろ、この世界のスコールの仲間たちときたら、意味ありげな言葉だけを与えて、今のところ殆ど手の内を明かしていないのだ。
どうも、そう簡単にスコールと再会は出来なさそうだ、とこの頃には彼らも悟っていた。
そんな彼らに、キスティスが続けた。
「私と、ゼルとアーヴァインとセルフィと。今から合流するサイファーと。そして、スコールは、小さい頃、石の家で育った幼馴染なの」
「学園長…パパ先生とママ先生は、僕たちの親代わりだったんだ」
アーヴァインの科白と同タイミングで、ラグナロクはセントラの大地へと着陸したのだった。


19


荒涼とした大地に降り立つと、そこかしこに崩れた、元は壁や柱らしきものがある。石の家はその中にポツンと立っていた。上空から見たときも、周囲に居住区があるようには見えなかったし、こんな場所でよく孤児院など営んでいられたものだとライト達は感心する。
そんなことは気にした様子もなく、軽く駆け出すセルフィとゼル。アーヴァインやキスティスも目を細めて壁を見上げている。彼らにとっては、ここが故郷なのだ。スコールも、ここで幼少期を過ごしたのだという。
あのスコールの幼少期はどんなものだったのだろう。
 きっと鬼ごっこに誘われても「俺はいい」とか言って一人で本読んだりしてたんだぜ!
というのはバッツの想像だが、異世界の仲間共通の想像でもある。彼らには、まさかあのスコールに対し、どんなに幼くとも一人称が「僕」だとか、更に「おねぇちゃん」連呼で後を付いて歩いていたとか、すぐに泣くだとか、そんな想像などできようはずもないのだ。
そんなことを思いながら歩いていると、石の家の入り口に立つ、背の高い青年の姿に気づく。
「遅いんだよ」
「いきなり迎えに来いなんて呼びつけて、もっと殊勝な態度取れないの?」
キスティスの言葉に、あれが「サイファー」なのだと認識した。
「ああ?言っとくが俺だって被害者だぜ。文句があるならリノアに言え」
「リノアは?」
「奥にいる」
その言葉に、中に入っていこうとする団体を、サイファーが止めた。
「で、迎えを頼んだだけで、なんでこんなツアー客引き連れてんだよ?」
誰だこいつら、と半ば睨むようにライト達を見るサイファーに、条件反射のように視線をぶつけてしまう。「喧嘩上等」と空に浮かんで見えた、とはアーヴァインの弁である。基本的に、この場にいる者たちの殆どが、戦いを重ねて状況を打破してきた武闘派であることを忘れてはいけない。
だが、その空気もキスティスがサイファーに近づいてパン、と頭を叩いたことであっさりと打ち破られた。
「いい加減、誰にでも喧嘩腰になるの止めなさいって言ってるでしょう、バカサイファー」
「彼らは、スコールの、もう1つの仲間、です」
続いてイデアがサイファーにそう言えば、サイファーは9人を値踏みするように見る。そのサイファーの額に、まるでスコールと対のような傷痕があることに彼らは気づいた。
「それにしてもサイファー、何故リノアとここへ?」
シドがにこにこと割って入った。それに対してサイファーは「知らん」と素っ気無い。
「リノアが急に俺のとこに来て、石の家まで行くから護衛代わりについて来いって引っ張ってきやがったんだよ」
行きはエスタの高速飛空挺で送ってもらったという。
「じゃあ何で帰りもそうしなかったんだよ?」
ゼルの疑問もサイファーは「煩ェ、チキン野郎」と一蹴する。無論そこでまた「喧嘩上等」の文字が見えたが、「まあまあ」とシドが抑えた。
「そういう手筈だったのかもしれねぇけどな。肝心のリノアが起きねぇんだから仕方ないだろ」
辛うじて、リノアがエスタ製の電波増幅簡易アンテナを持ち込んでいたから、なんとか携帯電話が使えたのだ。そうでなければ、普通なら電波の届かないこの場所で、待ちぼうけを食わされるしか道はないところだった。
「リノアが起きないって、そりゃまたどうして?」
アーヴァインがそう口を開いたところで、さっさと奥まで行っていたセルフィが戻ってきた。
「リノアが向こうで熟睡してて全っ然起きないんだけど~?」
シドが全員を見回す。
「こんなところで立ち話もなんです。全員揃ったことですし、エスタに向かいましょう。サイファー、君はリノアを連れてきてください」
 ようやく、現在スコールがいるというエスタへ行くことになったのだった。


20


コクピットのモニターで、何やら何処かと通信していたシドが暫くして振り返り、「皆でぞろぞろ行くこともないでしょう」と言った。
「そうね」と答えたのはイデアで、未だ眠り続けるリノアを除いて、クレイマー夫妻の子供とも言うべき彼らは皆一様に無言のまま。それを気に留めた様子はなく、シドが続ける。
「私が彼らを案内しましょう。私たちを降ろして、先に行っていてください。誰か、スコールに会いたい人がいるなら一緒に行きましょう」
子供たちは微妙な表情をした。ああまただ、と9人は思う。彼らは何かとてつもなく重大なことを自分たちに告げていない。
 エスタという国に、今から降り立つ場所にスコールがいる。彼らからはそれだけしか教えられていない。けれど、今までの彼らの態度、言葉から朧気ながら9人は察している。スコールは今、簡単に再会を喜べる状況ではないのだろうと。
「いい加減、教えて貰えないだろうか」
口火を切ったのはライトだった。
「我らに何を隠しているのかを」
その言葉に、残りの8人も頷く。彼らには彼らの思惑があるのだろうが、スコールは自分たちにとってもかけがえのない仲間だ。彼が今、何かしら困難な状況にいるのだということは、最初から予測していたし、だからこそ、手助けをするつもりでこの世界へやってきたのだ。
「君達の気持ちは解っています。私たちも、君達がここへ来てくれたことに、希望を感じているんですよ」
シドは穏やかな声で答えた。
「君達には全てを話します。長い話になりますが」
ただ、とシドは続ける。
「それは、とにかく1度、スコールに会ってからにしましょう」


21


シドと9人を降ろし、ラグナロクは再び空へと舞い戻っていった。後で合流するが、ここからは車で送って貰えるから大丈夫なのだとシドは言った。
周りは荒地。市街地からは随分離れた場所で、そこが普通の施設ではないことはすぐ知れた。
入り口はバラムガーデンの時のように出入りが管理されていて、しかしガーデンと違うのは、そこに立っているのが武装した兵士だということだ。
ゲートで何やら話していたシドが振り返り「行きましょう」と9人を促す。
「スコール、こんなとこにいて寂しくないのかな」
ティナの呟きに、2年前と同じように隣りを歩いていたオニオンが答える。
「ここで何かしなきゃいけない事情があるんだろうし」
「そうだよね…」
そう言いながら入っていくそのゲートに掲げられたプレートには、彼らには読めないこの世界の文字でこう書いてあることを、彼らは知らない。
そこにはこう書かれている。エスタ国立魔女記念館、と。
物々しく警備されたエントランスを抜けると、様々な機器が設置され技術者らしき人々が立ち働く研究所のような雰囲気になった。シドはそこを抜け、ガラス張りの長い廊下へと進む。
建物の中央に何かしら大きな装置があって、そこに向かっているらしいことはすぐに判った。
「本当に、スコールのやつ一体ここで何してるんだろうな?」
バッツがそうジタンに話を振ったときだった。突き当たりの重厚なゲートの前で立ち止まったシドが彼らに振り向いた。
「この先に、スコールはいます」
彼らは頷く。果たして、あの無愛想なスコールの、再会の第一声はどんなものだろう。1番確率が高いのは「何しに来た」だろうか。彼の手助けの為に来たのだと言えば、「足手纏いはいらない」とでも返すだろうか。彼らはそんな想像をしながら、その重厚な扉が開くのを見守った。
機械音と共にロックが解除され、金属製の扉が左右へと開かれていく。中から、冷たい空気が流れてくる。
扉の向こうにある、大きな装置。その全貌が目に入ってきた時、9人の眼は一様に驚愕に見開かれた。
彼らが求める、最後の仲間は確かにそこにいた。
大きな装置の、その透明なケースの中で、確かにスコールが、眼を閉じて静かに眠っていた。


22


口許に両手を当て息を呑むティナ。驚きに眼を瞠ったまま瞬きすら忘れて目の前の光景を見るオニオン。
他の面々も反応は似たり寄ったりだ。だって、誰もこんな再会、予想していなかった…!
「…な、んだよ、これ…」
最初に動いたのはティーダだった。
「なんなんだよ、これっ!?オッサン、説明しろよっ!」
シドに今にも掴みかからんばかりの勢いのティーダを、我に返ったように慌ててフリオニールとセシルが止めた。ティーダに先を越されたおかげで、辛うじて冷静さを保っている様子のバッツとジタンも、本当ならティーダと同じようにシドを問い詰めたいところなのだろう。
「死んでるわけじゃ、ないんだな?」
一番後ろから上げられた声に、全員の視線が集中する。それを気にする素振りも見せず、ゆっくりと巨大なケースに近づき、手を触れたクラウドがシドを振り返った。
「これは、コールドスリープの装置か」
「そうです。スコールは、もう2年近く前から、ここで醒めない眠りに就いています」
コールドスリープって何だ?と首を傾げる仲間に、クラウドが簡単に説明する。
「人工的に低体温の仮死状態にして……いや、詳しいことを言っても仕方ないか。語弊はあるが、人為的に冬眠しているようなものだ」
仲間たちは冬眠、の言葉にスコールが死んでいないことを納得した。
「でも、いつ目覚めるの…?」
ティナが眠るスコールの顔を見上げて言う。全員が、つられた様に彼を見上げた。
 あんな穏やかな表情のスコールを、初めて見たかもしれない。穏やか過ぎて、まるで死に顔のようで、今すぐ揺さぶって起こさないと不安になる。
「ちょっとやそっとじゃ起きないって言うなら、フライパンで叩いてもいいよ」
セシルの科白でギョッとした様子のフリオニールとティーダが「フライパンはちょっと…」と言うのは無視して、ライトがシドに向き直った。
「醒めない眠り、と貴方は言った。それは、スコールに目覚める意思がないということか?」
そして、とライトは続ける。
「貴方達に、彼を目覚めさせる意思もない、ということだろうか」


23


ライトの問い掛けに、シドは大きく息を吐いた。
「1つめの質問の答えはイエス、です。スコールは、自らの意思で眠りに就きました」
「止めなかったのか?」
クラウドが問う。
「正確に言うならば、止められなかった、ということです。知っていれば止めたでしょう。それを彼もよく理解していたからこそ、スコールは私達に気づかれないよう手配して、私達が気づいた時には止められない状況になっていました」
 スコールの優秀さが、あの時ばかりは私たちには不利に働いたのです、とシドは語った。
「そして2つ目の質問の答えは、イエスでもノーでもありません」
眠るスコールの姿を見上げ、シドは言う。
「私達はずっと、その答えを出せずにいるのです」
その言葉に、聞き覚えがあった。
イデアが意味深長に口にしていた「答えを出してくれるのではないかと期待している」という言葉。
「何故、答えを出せないんですか。何故、僕たちなら答えを出せると考えるんですか」
セシルの問いは、仲間たち皆の疑問。
「君達ならば答えが出せると期待する理由。それは君達が、彼の力を必要としていて、そして君達が、この世界の住人ではないからです」
逆に言えば、ライト達9人には、スコールを眠らせておく理由がないからだ。
「私達が答えを出せないのは…」
シドは言葉を切り、再びスコールを見上げた。
「見てください。とても、穏やかな顔をしていると思いませんか?」
そして続ける。
「スコールを、この穏やかな眠りから引き戻すというのは、私達のエゴに過ぎないのではないかと、そう思えてならないからです」
視線を下げ、自嘲するように僅かに笑った後、シドは9人を見回した。
「私達は、この世界が彼にとって決して優しいものではないことを、彼に痛みを強い続けることを、知っているからです」


24


軍用車を降りると、そこに広がる光景に9人は立ち竦んだ。
ラグナロクを見た時も驚いたが、この街の景色はその上を行く驚きだ。
自然物など影も形も見えない街。自らの足で踏みしめる大地はなく、街中に張り巡らされたプレートリフターが自分の足を動かさずとも目的地まで運んでくれる。
「長い話になりますから」とシドに促され、一旦、スコールの眠る魔女記念館を後にした彼らは、街の中心部らしき場所に建つ立派な建物に案内された。やはりここにも武装した兵士が警備として配置されている。
「話すんのに、こんな物々しいとこでしなきゃなんないのか?」
バッツの疑問は尤もで、多少雰囲気に呑まれた様子のオニオンなどもこくこくと頷いている。
「ここならば機密性が保障されています」
シドの答えは簡単で、けれどそれは新たな疑問を浮かび上がらせた。
「機密性が重要視される話なのか…?」
一体、何を話されると言うのだろう。自分たちはただ、スコールの身に何が起こったのかを聞きたいだけなのに。
だがシドはそんな彼らを振り返り、宥めるように笑う。
「経緯はこの後お話ししますが、スコールは、とても有名なんです」
「有名?」
「ええ。恐らく、この世界で老若男女問わず知らぬ者がいないと言って過言ではないほどに」
「そんなに…」
ティナの驚きの声に、「ですから」とシドは続けた。
「スコールのことは誰もが知っている。逆に、知られている情報の他は、洩らしたくないんですよ」
さあこちらです、とシドがとある1室の前で止まる。
 これから、この世界と、自分たちの大切な仲間に纏わる、長い長い話が始まろうとしていた。


25


何やら横のパネルを操作すると自動で開く扉(さすがに慣れてきた)の向こうには、先に着いていたイデア達が思い思いの位置で待っていた。部屋は広く、これだけの人数がいても座る場所に困るということはなさそうだ。
そして、9人にとっては新手とも言うべき、見知らぬ人物が3人程増えていた。
「おー!待ってたぞ、どっか遠いとこから来たお客さんたち!」
なんだかエラク明るく迎え入れられて、今までのシリアスな空気は何処へ行った?とポカンとしてしまう。
「もうちょっと威厳のある出迎え方ができないのかね、ラグナくん」
「………」
「そうか、そうだな。今更彼には無理か」
ラフな格好の長髪と、浅黒い肌と、スバ抜けて大柄な男性の3人組。
「ほら、お客人たちが呆然と見ているじゃないか」
「初対面の相手すら参らせるオレのミリキってヤツだ!」
「………」
「『呆れて物も言えない、とはこういうことか』とウォードが言っている」
どうすればいいのだろう、と部屋を見回せば、シドもイデアもキスティスもゼルもアーヴァインもセルフィも、あのサイファーまで、微笑ましいと思っているような諦めているような、なんとも言えない表情で黙っている。
「つーか、アンタたち、誰ッスか?」
よくぞ言ったティーダ、と部屋にいる者の大部分が内心で賞賛した。物怖じしないのか空気が読めないのか、この際どちらでもいい。
「よくぞ訊いてくれた若者よ!オレは…ムグッ」
「君に話させると脱線して長くなる。彼はラグナ。私はキロス、こちらはウォード。ウォードは昔の怪我が原因で話せないんだが、意思の疎通は十分出来るので気にしないで欲しい」
浅黒い肌のキロスがそう言うと、口を塞いでいた手を外したラグナがプハーッと大袈裟に深呼吸する。
「キロス、オマエな、親友に向かってその態度はどうなんだ」
「ああ、君が歳相応の態度というものを身に着けたら、私も親友相応の態度というものを考える事にするよ、ラグナ君」
「…で、そのアンタらがここにいる理由は?」
これはもう、空気に呑まれずどんどん食い込んでいかないと脱線し続けるとこの短時間で察したジタンが問えば、やはり口を開こうとするラグナを遮ってキロスが答えてくれた。
「理由も何も、ここは我々の職場であり、ラグナ君の住居でもあるからね」
ここが職場?この物々しく警備された場所が住居?と驚く9人に、シドが言った。
「ここは、エスタ大統領公邸です。その人は、エスタ大統領ラグナ・レウァール氏」
「なっ…」
シドの科白に反応したのは、クラウドだけだった。他の8名は。
「…大統領って、何?」
ティナの言葉が全てを物語る。8人は一斉にクラウドを見た。
「大統領とは、その国の最高権力者のことだ」
「王様みたいなもの?」
「ああ。世襲ではないが」
「じゃあもしかしなくてもこの人…」
オニオンの言葉に、今度は視線が一斉に一方向に動く。
「偉い人なんだ…?」
そこには「偉い人でーす」と頭を搔く、全く偉くなさそうなラグナの姿があった。


26


「まあ確かに機密性という意味では安心かもしれないが…」
クラウドが納得出来たような出来ないような、半端な口調で呟く。
一国の政治中枢ともなれば、出入りする人物の身元チェックや、盗聴防止などの対策も万全を期して施されているに違いないし、既に知れ渡っている情報の他は一切洩らしたくないと言うのならば、確かにここはうってつけなのかもしれない。それが納得している半分。しかし、この場に国家元首が同席する必要があるのだろうか、というのが納得できない半分。
「スコールがいるあの施設は、エスタ国立の施設です」
不思議なほど落ち着きのある声音でイデアがそう教えてくれる。彼女は「それに」と続けた。
「これからお話しすることを聞いた上で、あなたたちが出す答えは、この世界に大きな影響を齎すことになります」
「だから、一応施設のカンリシャ?としてオレも同席するってわけだ!」
ラグナがそう言うと、そういえば、とシドが部屋を見回す。
「リノアは?」
「よほど疲れているらしくて、まだ起きないの。エルオーネがついて隣りの部屋で休ませているわ」
「エルオーネが?」
「なーんか、エルも1枚噛んでるらしいんだわ」
黙って遣り取りを聞いている9人の頭にまた新たな名前が記憶される。「エルオーネ」という人物も、何か関わりがあるらしい。
「エルオーネは起きているが、彼女も疲れた様子でね。リノアを看ているというよりは、一緒に休んでいる」
キロスの説明に頷くと、「彼女たちが回復したら、2人が何をしようとしたのか説明してもらうとして、先に話を始めましょう」とシドが立ったままの9人に座るよう促した。
9人に話を聞く準備が整った事を見届けると、イデアが口を開く。
「何処からお話しするか…とても難しいのだけれど、そうね、まずは…あなたたちに、この世界について知って貰わなくてはなりません」
そうして彼女は、この世界の成り立ちを話し始めたのだった。


27


イデアの静かな声が部屋に響く。
 世界を創ったとされる魔女ハインの伝説。
ずっと受け継がれてきた魔女の力。
この世界で本当の魔法を扱えるのは魔女のみであること。時には魔女が自らの欲望のままに力を振るい、人々を支配した時代もあったこと。それ故、魔女は畏れ忌まれる存在となったこと。そうして、力による支配を望まない多くの魔女がその力を隠し人目から逃れるように生きたこと。
魔法という強大な力を使える者が魔女のみであったが故に、この世界は科学技術が発達したこと。ガーディアンフォースと呼ばれる精神エネルギー体の存在。
近年、疑似魔法が開発され、G.F.のジャンクション技術が確立されたこと。しかしジャンクションには代償を払わねばならないこと。その為ジャンクションを許可しているのはバラムガーデンのみであり、だからこそ、バラムガーデンのSeeDは驚異的な戦闘力を誇り他の追随を許さない傭兵のブランドとなったこと。
「代償、とは?」
ライトが問う。
「記憶、です」
「記憶?」
首を傾げたのはジタン。それに対し、クレイマー夫妻の後ろに控えるように立っていたキスティスが口を開いた。
「ジャンクションは、精神エネルギー体であるガーディアンフォースを自分の精神、つまりは脳にいわば接続する技術のこと。そしてその際に使うのが、脳の記憶野なの。記憶を繋げている神経ネットワークをG.F.に繋げることで彼らの力を自分のものとして使えるようになる。けれど、代わりに繋いでいた『線』を失った記憶は存在していたことすら忘れてしまう…」
「そんな…」
「実際、オレ達、石の家で育った事も、皆幼馴染だってことも、覚えちゃいなかったんだ」
「『線』が切れてしまっているだけで、記憶そのものを失くしたわけじゃないから、切欠があれば思い出せるのよ。でも、普通は自分が記憶を失くしている、という事実にも気づかないから」
石の家の子供たちの場合は、ジャンクション未使用だったアーヴァインによって、大事な記憶は思い出せたのだという。それでも、思い出す切欠のない、個々の様々な思い出は今も忘れられたままなのだろうし、記憶を失ったという自覚もないままだ。もしそこにどんなに美しい思い出があったとしても、自力でそれを取り戻す術はないのだ。
「2年前の魔女戦争終結後は、バラムガーデンもジャンクションは必要を認めた場合のみの許可制となりました。もっとも、スコールだけは常時ジャンクションが許されていましたが」
「スコールだけ?」
シドの説明に9人全員が反応した。記憶を失くすと判っているそれを、何故スコールだけは許されたのだ?
「スコールは1度、すべての記憶を失ったからです」


28


すべての記憶を失った   。
何故そんなことに?と視線で促せば、シドがこう答えた。
「それは、これからお話しする中で解ります」
そうして、再びイデアが話し始める。
「少し、私のこともお話ししなければいけません…。私は、子供の頃から魔女でした」
「え?」
9人に動揺が走った。魔女、そう聞いて彼らの脳裏に浮かぶのは、あの異世界で対峙した時を操る魔女・アルティミシアの姿。魔女の時の呪縛に苦戦した思い出は全員が持っているものだ。
「私の母も魔女でした。私は、母が亡くなる際に魔女の力を継承したのです。魔女は、魔女の力を持ったまま死ねませんから」
イデアは続ける。
「母は魔女であることを隠してはいませんでしたし、私も同様に振る舞いました。幸い、魔女を怖れたり、逆に利用しようとする人間は周囲にはいませんでした。私は極々普通の生活を送り、幸せな少女時代を経てこの人と出逢ったのです」
クレイマー夫妻が軽く目を合わせて微笑みあう。
「けれど、結婚してすぐに状況は激変しました。魔女アデルが、その力でエスタを支配し、世界侵略を開始したのです」
魔女の持つ強大な魔力とエスタの先進科学技術の併せ技で進められる侵略は、驚異的なスピードで世界を戦争へと巻き込んでいった。
「アデルの登場で、暫くの間歴史の中に忘れられていた魔女への畏怖が人々の間に甦りました。私たちには、それまでのような普通の人としての暮らしが難しくなってしまった。人目を避けるようにあちこちへ移り、そうしてあの石の家へと辿り着いたのです。私たちはそこで、各地を彷徨った間に出逢った身寄りのない子供たちを育てることにしました」
居住空間としては不便極まりなく見えたあの石の家で孤児院を営んでいた理由がここで判った。
「今から19年程前、戦争はある時突然終結しました。私たちには何があったのか知る由もありませんでしたが、エスタが突然兵を引き上げ一切の外交を絶って沈黙したのです」
「エスタで反アデル派のクーデターが成功したんだよ。アデルを封印して一切の外部接続を遮断する為に、人や物や情報の出入りも基本的にできなくなっちまった。クーデターは成功したものの、国内情勢が安定するまでに4、5年かかったぜ~」
ラグナが他人事のように語るが、その国内情勢の安定の為に奔走したのが他ならぬ大統領であるラグナなのだ。
「当時、石の家で育てた子供たちの中に、エルオーネもいました。あの子は他の子供たちよりも少し年上で、姉のような存在でした。そして魔女とは違う、特殊な能力を持っていました。その能力をエスタに狙われていたのです」
「クーデター成功後も、アデル派の連中が地下に潜って色々好ましくない事をやっていてね。エルオーネのことも執拗に狙ったらしい」
キロスが補足する。そういった不穏分子の掃討が完了するまで5年近く掛かった。
「別ルートで、エルオーネの力を更に研究したがったオダイン博士も彼女を血眼になって捜していたしね」
「私たちはエルオーネを守る為、彼女の為に船を用意し、秘密裏にあの子をそちらへ移しました。事情も解らぬまま、本当の姉のように慕っていたエルオーネを突然失ったスコールにはとても可哀想なことをしたと思います」
「スコールはそのエルオーネって人のこと、そんなに慕ってたのか?」
成長した姿しか知らない9人には想像し辛い、意外な言葉にバッツが呟く。
「エルオーネは実の両親を失ってスコールの母親に引き取られていたんです。スコールが生まれた瞬間にも立ち会ったと言っていましたし、本当の姉弟と言ってもおかしくはない関係なのですよ」
逆に、実の姉と言ってもいいほどの相手を幼いときに突然失った経験が、スコールの人格形成に大きな影響を及ぼしたことは間違いありません。
イデアはぽつりとそう零すと、意識を切り替えるように9人を見回した。
「あれは…15年ほど前、エルオーネを船へと乗せてまだ間もない頃。『おねえちゃんを捜す』と言って飛び出したスコールを追った私の前に、1人の少年と、瀕死の魔女が現れたのです」

魔女っ子理論1~14

1


DFFED後、それぞれが本来あるべき世界に戻ってから2年ほどの月日が流れた頃。
平和な生活を営んでいたコスモスの戦士たちの許で、ある日突然、本来の世界に還った後いつの間にか消えたと思われていたクリスタルが輝き始める。
「あの世界が自分を呼んでいる。何か自分を必要とする事態に陥っている」と確信した彼らは、クリスタルの輝きに身を委ねる。眩い光がおさまって、目を開ければそこは懐かしい異世界・秩序の聖域・・・。
もう二度と逢うことの叶わないと思っていた懐かしい仲間たちの姿に、彼らは再会を喜ぶが、そこにいてしかるべき仲間の姿がないことを疑問に思う。
その場に姿があるのは、ライト・フリオニール・オニオン・セシル・バッツ・ティナ・ジタンの7名。
7名は相変わらず突然の空間変異を繰り返す世界を巡り、残るクラウド・スコール・ティーダの姿を捜すが見当たらない。最後に辿りついた夢の終わりで立ち止まり、自分たちがここに喚ばれて、彼らが喚ばれない道理がないと考えたライト達は1つの推測をする。彼らはこちらに来られない事情があるのではないか、と。
しかし7名が揃った段階で何も起こらなかったことを考えると、10名全員が揃わなければ再びこの世界に喚ばれた意味は解らないのではないかという結論に達した彼らは、残る3名を迎えに行き、こちらに来られない事情があるのなら手助けしようと決意する。
けれど「どうやって?」と頭を捻った彼らの前に、突然見知らぬ少年が現れた。
「キミたちの力を貸して欲しいんだ」と少年は言う。
「僕たちの力だけじゃ、ダメかもしれない。僕たちの力は殆どなくなってしまったから。だけど、キミたちの力を借りれば、上手くいくと思う」
「上手くいくって、一体何が?」
警戒しつつもオニオンが問うと、少年は答えた。
「ティーダを、戻したいんだ」
戻したい。その表現に首を傾げる7人。だがライトが1歩進み出る。
「それで、彼の助けになるのだな?」
「うん」
その言葉に、彼らは頷きあう。それこそこちらの望むところだ。
「ありがとう。それじゃあ、行くよ」
少年の手が掲げられる。それに呼応するようにクリスタルが輝き始め、辺りを光が包む。
光が消えたとき、彼らは不思議な光が漂う場所に立っていた---



謎の少年に導かれるまま、見知らぬ世界へやってきた7名は、ゆらゆらと揺れる光が、夢の終わりに漂っていたものと同じであることに気づく。
「これって、ティーダの世界ってことでいいんだよな?」
バッツの問いに、恐らく、と頷く仲間たち。気づけばあの謎の少年の姿も見えない。どうすればいいのか、と戸惑っていると、どこかから声が聞こえてきた。
とりあえず声のする方へと行けば、何か大きな機械と対峙する者たちの姿が。向こうからこちらは見えないようだが、真ん中に立つ少女の言葉ははっきりと彼らの耳にも届く。
「いるはずの人たちがいない。一緒に喜びたかった人がいないの」
その言葉に、彼らは直感的に悟る。今、この世界に、ティーダはいないのだ、と。
彼らは、その場で、見知らぬ者達の戦いを見届ける。
戦いが終わり、彼女たちが何処かへと帰っていくのを見守っていると、謎の少年が姿を現した。
「ティーダは、僕らの長すぎる夢を終わらせるために頑張ってくれたんだ」
そういって、少年はこの世界に起きたことを掻い摘んで説明する。ティーダや、あのジェクトまでもが夢の存在であったという事実、ティーダが2年前、消滅する直前に異世界に喚ばれたことを聞き、彼らは当時のことに思いを馳せる。消えると知りながらいつも明るかったティーダの強さに驚嘆しながら。
「僕たちは、ティーダをあの子のところへ戻してあげたい」
「それってさ、つまり、アイツを召喚するってこと?」
ジタンが恐る恐る尋ねると、少年は頷いた。
「召喚って言っていいのか判らないけど、僕たちがもう一度ティーダの夢を見て、キミたちの力を借りて現実に連れて行く。僕たちの力はもう殆ど残ってないから、彼をずっと現実に留めることはできないんだ。でも、キミたちの持ってるそのクリスタルの力なら、ティーダを現実にすることができると思う」
「私たちは、どうすればいいの?」
「祈って欲しい。ティーダを戻したいって。還ってこいって呼びかけて欲しい」
7人はしっかりと頷くと、それぞれのクリスタルを胸に掲げる。光を放ち始めるクリスタル・・・。
「還って来い」
「ブリッツボール、教えてくれるんだろ?」
「じっとしてるなんて、ティーダらしくないと思うけど」
「君を、待ってる人がいるよ」
「おれ達だって、お前に会いたいよ!」
「聞こえてる?皆、待ってるの」
「レディを待たせちゃエースじゃないぜ?」
呼びかけに呼応するようにどんどん強くなるクリスタルの光。やがてそれが弾けて辺りが白く包まれる。
彼らの耳には「ありがとう」という少年の声が届いていた。



抜けるような青い空。その色を映す青い海。
ライト達7人は眩しい太陽の光の下に立っていた。彼らの眼に映るのは、あの少女と、そして彼らのよく知る仲間の姿。
「ティーダ!!」
駆け出したのはバッツとジタン、遅れてオニオンとフリオニールとティナ。その後をゆっくりライトとセシルが歩いていく。
「みんな…。みんなの声が聴こえたの、夢じゃなかったっスね!」
「おうよ、こっの、手間かけやがって~!」
バッツとジタンにタックルされて砂浜に転び、起き上がれば今度はオニオンにタックルされ。
「うわ、ネギっスか!?なんかデッカくなってる!」
「キミが暢気に寝てる間に、僕はちゃんと成長してるんだよ」
「生意気なトコは変わってないっス!」
一通り再会を喜びあったコスモスの戦士たちは、不思議そうに自分たちを見守っているユウナや他の仲間たちとも自己紹介を済ませ、この世界でティーダの知らない2年間に起こったことをティーダと共に聞く。そして彼らが再び異世界に喚ばれたことや、謎の少年に導かれてこの世界に来た事を話した。
「そっか。じゃあ、行かなきゃなんないっスね」
言葉と共に、ティーダは大切な相手を振り返る。
「行くんだね」
「今度はちゃんと帰ってくるからさ!ちゃんと、指笛鳴らすから。だから、待っててくれる…っスか?」
「もちろん!…私も、どうしても待てなくなったら、指笛鳴らすっス!」
「そしたら今度は絶対、ユウナんとこに駆けつけるから」
「駆けつけさせるから任せとけ!」
後ろでバッツが胸を叩くと、ユウナが笑って頷く。
「今度は、さよならじゃなくていいんだね。行ってらっしゃい、でいいんだよね」
「うん。行ってくるっス」
それぞれのクリスタルが輝き始める。ティーダの手にも、スフィアの形をしたクリスタルが現れ輝きだした。
いってらっしゃい、と手を振るユウナに、いってきます、と手を振り返すティーダ。
溢れる光の中にその姿が溶け込んでゆき。
次の瞬間、8人は異世界に戻っていた。



8人は次の行動を思案する。
「クラウドとスコール、どっちかのとこに行ければいいわけだが…」
フリオニールの言葉に、ティーダが疑問を挟んだ。
「オレのとこに来たときはどんなカンジだったんスか?」
状況を知らないティーダにフリオニールが説明すると、もしかして、とティーダが呟く。
「夢の終わりは、オレの世界の断片で、幻光虫も飛んでたから、祈り子の力が届いたってことじゃないかな」
「つまり、彼らの世界の断片に行けばなんとかなる、と?」
「となると、星の体内と、アルティミシア城か?」
かつて何度も戦いを繰り広げた2つの場所を思い浮かべ、彼らは思案する。
「確か、星の体内は、ライフストリーム、とかってクラウドが言ってた覚えがあるよ」
オニオンがそう言えば、そうね、とティナも頷いた。
「クラウドの世界…星を巡る、星の力そのものだって」
「幻光虫と似たようなもん、っスかね」
「アルティミシア城には、それっぽいもんないよな」
「スコールも、あの場所自体には特になんの拘りもなかったっぽいよな」
スコールと共に行動する機会の多かったバッツとジタンが、記憶を辿る。
「とりあえず、星の体内に行ってみるってことでいいんじゃないかな?」
セシルがそう提案すれば、ライトも頷いた。闇雲に動くより可能性の高いほうに賭けた方が懸命だという判断だ。
8人は星の体内までやってくる。
「ティーダの時は、どうしようかと思ってたらあの少年が現れたんだよな」
「今回も上手くいくといいけど…」
そう話していると、ライフストリームの動きがふっと、変わる。
「お願い、してもいいかな」
聴こえてきたのは、女性の声。8人は声の主の姿を捜すがどこにも見当たらない。
「クラウドの、お手伝い、してくれる?」
「お手伝いってなんだか可愛い響きね」
ティナがそう言うと、他の7人も苦笑する。
「いや~、それが結構バイオレンス?あいつも全然吹っ切ってないし」
突然、男性の声も聴こえてくる。
「我らで、手助けできることなのだな?」
ライトが見えない声の主に問い掛けると、姿は見えないまま、ふっと笑う気配だけがした。
「あんた達なら十分だ。…頼むよ」
その声に彼らは頷く。仲間を助けるのは当然だと。
「お願い、ね」
声と共に、ライフストリームが彼らの体を包んでいく。空間変異のときに感じるものより数倍強い浮遊感。
それが治まった時、彼らは灰色の空の下、見知らぬ大地に立っていた。



初めて見る景色。全体的にグレーがかった街並み。見たこともない造りの建物。
各々の暮らしてきた世界とは全く違うその景色に、思わず呆然と辺りを見回すライト達(除ティーダ)
クラウドに会う為に街の中で情報を集めようという結論に達したとき、街の中央にバハムートに似たモンスターが現れる。逃げ惑う街の人々を襲うモンスターを蹴散らしながら、バハムートらしきものの近くに辿りついた彼らは、そこで戦うクラウドとその仲間らしき者達の姿を発見した。
バハムート震を倒したクラウドは、そのまま、バイクに乗ってガダージュを追い掛けてしまう。果たしてこれ以上どうすればクラウドの手助けが出来るのか考える彼らに、再び声が呼びかける。
次の瞬間、彼らはまるで星の体内…つまりはライフストリームの中に立っていた。目の前でにこにこと笑いかけてくる長い茶色い髪の女性と、彼らの記憶にあるクラウドの服と同じものを来た黒髪の青年。
「クラウド、頑張ってる、よ」
そう言う彼女の後方に、激しい戦いを繰り広げるクラウドの姿が透けて見える。
「あいつが自分で吹っ切んなきゃいけないことなんだ」
「だから、見守って、ね?」
その言葉に、ただじっと、どんな些細な動きすらも見逃さないように、クラウドの戦いを見守る8人。
決着がついたと思われた直後、銃弾に倒れたクラウドの姿に、全員息を呑む。
「大丈夫、助けるよ」
黒髪の青年が言う。
「お手伝い、お願い」
「僕らはどうすればいいの?」
オニオンの問いに、彼女は微笑む。
「祈って」
青年は笑う。
「こんなとこ来てる場合じゃないだろ、て尻引っ叩いて帰してやってくれ」
その言葉に彼らは頷いた。
「それくらいならお安い御用だっ」
バッツ・ジタン・ティーダの声が重なった。
彼らの手の中で輝き始めるクリスタル。
「君は此処で終わるような者ではないだろう」
「まだ夢を叶えてないじゃないか」
「悩んでばかりじゃ進めないよって、前にも言ったじゃない」
「答え、君はもう見つけてるんじゃないかな」
「だーかーらー、迷う前に動けって!」
「たくさんの花が咲いてる世界、見よう?」
「待っててくれる人たち、いるんだろ?」
「バビューンと帰るっス!」
仲間たちの言葉に、彼と彼女が微笑んだ。
そしてクリスタルの光が溢れてライフストリームと混ざり合い…。
それは大きな波のように世界を覆った。



ミッドガルの教会に集まる人々。星痕症候群が治ったことを喜ぶ人々の中心にいるクラウドを、微笑んで見つめている2人と8人。
「お手伝い、ありがとう」
「これから色々あんだろうけど、あいつのこと、よろしく頼むわ」
慈しむような表情でクラウドの方を見遣った彼と彼女が消えていく。2人の気配を感じ取ったらしいクラウドが此方を見て、そのまま驚きに眼を見開いた。
近寄ってくるクラウドに「よっ!」と声を掛ける仲間たち。
「…声を聴いた気はしていたが…」
そう言うクラウドと、何事かと寄って来た、この世界でのクラウドの仲間たちにも事情を説明する8人。
「…解った」
クラウドが短く答えると、その手をきゅっと握る小さな手。
「クラウド、またどこか行っちゃうの?」
見上げてくるマリンの頭に手を置き、クラウドは「ああ」と答える。
「…帰ってくるよね?」
「帰ってこないなんて言わせないから」
クラウドが答えるより早く、ティファが言った。その後ろで「うんうん」と頷いているユフィとナナキ。
「ああ。大丈夫、ちゃんと帰ってくる」
微笑んで答えたクラウドに、マリンが安心したように手を放す。クラウドが異世界の仲間たちを見た。
「行くか」
その様子に、バッツが呟く。
「…なんか、クラウド、落ち着いたな~」
「つーか、ちょっとデカくなったよな?」
ティーダが首を捻る。
「20歳過ぎても伸びるヤツは伸びるってことか。よし!」
ガッツポーズを取るジタン。
「では行こうか」
ジタンのガッツポーズは無視してライトが言う。彼らの手に光るクリスタル。
クラウドの手にも、マテリアのようなクリスタルが現れ輝き始める。後ろでユフィが「マテリア!」と叫んでいるが、シドの手で口を塞がれる。
手を振るティファにクラウドが振り返り小さく頷いたとき、光が弾けた。
次の瞬間、9人は異世界の大地に立っていた---。



異世界へと戻ってきた9人は迷いなくアルティミシア城へとやってくる。
この場にいない最後の仲間・スコールを迎えに行かねばならない。
「でもここは、その幻光虫?とか、ライフストリーム?とか、そういうのは全くないが、大丈夫なのか?」
フリオニールの疑問は尤もで、夢の終わりも星の体内も、本来の世界と同じエネルギーがあったからこそ、あんなに簡単に接続することが出来たのだろうという推測は誰もが持っていた。
「ティーダの時もクラウドの時も、向こうから呼んでくれたからね」
「今回もそれを待つしかないってことか」
ただ、その呼んでくれる相手の力が、この場に届くのかどうか不安が残る。
「クリスタルが連れていってくれたりしないかな?」
ティナの言葉に、オニオンが首を振った。
「解らないけど…僕たちのクリスタルはスコールの世界を知らないから」
あちらから呼びかけ、導いてくれる力があれば、クリスタルの力はそれを助け彼らを向こうへと運んでくれるのだろう、と続ければ、「そっか、そうだよね」とティナは頷く。
自分たちではどうしようもない状況に、ただその場に佇むしかできない9人。
「待ってる間にスコールが自分でこっち来たりして」
「そしたら全部解決だよな~」
「こっちが行っても、何しに来た、とか不機嫌そうに言われたりして!」
「うわ、ありえる!」
バッツやジタンの軽口に、その場が和んだとき、クラウドがふと上空を見た。
「あれは…」
その言葉に、全員がクラウドの視線の先を見る。月明かりの天井からひらひらと落ちてくる白いもの。
「…白い、羽根?」
たった一枚の羽根がひらひらと彼らのところへ舞い落ちてくる。
「そういえばさ、2年前、皆が還るとき、スコールのとこに白い羽根が落ちてきて、スコール、それを持ってた」
オニオンが思い出したように言うと、全員が顔を見合わせる。
「この羽根が、導いてくれるということか」
ライトの呟きに、ティーダが同意しつつも首を捻った。
「でも、1枚だけって、頼りなくないっスか?」
「やはり、ここにはスコールの世界と繋がるようなエネルギーがないから、だろうな」
「その分、俺達が祈ればいいんじゃないか」
フリオニールが全員を見回す。それしかないと、全員が頷いた。
それぞれがクリスタルを手に祈る。輝きだすクリスタル。
この輝きが、あの羽根の導くところへ連れて行ってくれるように。
9人の想いが1つになった時、再び羽根がふわふわと舞い上がった。
そしてまた光の洪水。
それが止んだとき、彼らは海辺に立っていた。



青い空、青い海。穏やかな波打ち際。少し離れた向こうには白い壁の美しい街並みが見える。
「…なんか、スコールの世界っぽくない」
オニオンの言葉に盛大に頷くバッツ・ジタン・ティーダ。
「スコールの雰囲気からするとさ、クラウドの世界みたいなカンジの方が驚かないよなあ」
「個人のイメージで勝手に世界を想像するほうがおかしいだろう」
クラウドが尤もな意見を述べるが、そういう本人も内心では「意外だ」と思っているのだから始末に負えない。
「とりあえず、ここからどうするか、だな」
「スコールの世界に来さえすれば、すぐにどうにかなると思ってたんだけどな」
ティーダの時も、クラウドの時も、然程時間が経たないうちにすぐに状況に変化が生じたので、今回も、と単純に考えていたのだが、どうもここでは勝手が違うようだった。
「とにかくスコールに会う為の手がかりを探さなきゃならないな」
「その前に、まず最初に確認しなきゃいけないんじゃないかな」
セシルの言葉に首を傾げる一同。
「ここが本当に、スコールの世界なのかどうか、をね」
「……あ」
根本的なことに思い至っていなかったことに気づく8人。あの頼りない羽根1枚の導きで、本当に来るべき場所に来られたのかを確認するべきだった。
「お、釣りの爺さん発見!ちょっと訊いてくるっス!」
こういうときフットワークの軽いティーダが真っ先に駆け出していった。
人見知りも物怖じもしないティーダはこういう時には適任で、しばらく釣り人と話して帰ってくる。
「ここ、バラムってとこだって。バラムフィッシュが美味いらしいっス」
「そんなグルメ情報まで聞いてきてどうする」
クラウドが思わずツッコミを入れた。
「バラム…。スコールは元の世界の記憶殆ど憶えてなかったから、あんまりそういう話しなかったんだよな」
「私、覚えてるよ」
ティナが小さく手を挙げる。
「初めて会った時、皆自己紹介したでしょ。あのとき」
その言葉に、フリオニールも「そうだ」と続けた。
「そうだ、確かあいつの挨拶は…『スコール・レオンハート。バラムガーデンのSeeD…傭兵だ』って」
「じゃ、やっぱりここはスコールの世界なんだ!」
オニオンの顔がパッと輝く。
「行き先も決まってよかったね」
セシルも微笑む。
「そのバラムガーデンってとこに行けばスコールに会えるんだな!」
バッツの科白に、全員が頷いた。



バラムガーデンというところが、スコールの在籍する組織であり、戦闘に関する知識や技術を学ぶ傭兵養成機関だ、ということは以前スコールに聞いて知っていた。2年前に共に過ごした間、スコールは自身の本来の世界に関する記憶を殆ど忘れていた(自分の名すら判らないライトという存在の所為であまり目立たなかったが、実は記憶喪失の度合いはそのライトに次ぐ酷さだとだいぶ後になって判明したのだ)から、逆に言えば、9人がこの世界について持っている情報はたったそれだけしかない。
白い壁の眩しい街並みがこの大陸の中心地であるバラムの街で、バラムガーデンは9人が最初に降り立った浜辺を挟んで反対方向の、すこし内陸に入ったところにあると、釣り人に教えてもらった。普通なら車を使う距離だが、歩いていけないこともない、と。
「車って、荷馬車のことか?」
歩きながら極々真面目な顔で訊いたフリオニールの問いに、「荷馬車…じゃないっスね」とティーダが苦笑いして、自分では上手く説明できないとクラウドを見た。話を振られたクラウドも考えあぐねていたが、やがて口を開く。
「俺の世界に来たとき、俺がバイクに乗ってるのは見たんだろう?」
「ああ、あのすっごい速い乗り物!」
興味を持っていたのだろう、オニオンが反応した。
「俺のバイクは特殊だが…。普通は前輪と後輪の二輪のものをバイクと言う。車というのは、同じような仕組みを持った四輪の乗り物で、多人数の移動に適している」
「へぇ、そういう乗り物があるんだ」
そんな話をしながら、言われたままに歩いていると、やがて前方に大きな建物が見えてくる。大きな円形のそれこそが、彼らの目指すバラムガーデンなのだろう。
漸くスコールと再会できる、その思って敷地に入ろうするが、門は開かない。
「あんたら、ガーデン関係者じゃないなあ?カードリーダーにIDカードを通さんと門は開かんよ」
守衛の老人に言われ考え込むクラウド。ティーダはIDカードやカードリーダーというものがどういうものなのかを仲間たちに説明するのに必死だ。
「ここにいる知り合いに会いに来たんだが、話を通してもらえないだろうか」
「そりゃ構わんよ。生徒にここまで来てもらって身元を証明できれば来賓として入れるぞい」
老人の言葉にほっとした。何しろ、部外者どころか、この世界の住人ですらない自分達では、自力で身分証明など到底無理な話だ。
端末を弄っていた老人が「その知り合いの名は?」と尋ねてくる。
特に何の気構えもなく、クラウドはその名を口にした。
「スコール・レオンハート、だ」
「なんだって?」
老人が驚いた顔で彼らを見る。
その理由に全く見当がつかず、彼らは互いに顔を見合わせた。


10


「お前さん、今、スコール・レオンハート、と言ったかね?」
老人の確認の言葉にクラウドは頷く。
「あんたらは彼の知り合いかい?」
「ああ。2年前、特殊な状況で知り合ったんで、バラムガーデンのSeeDだ、ということしか聞いていない。こちらにも色々事情があって、あいつに会わねばならないんだが…。いないのか?」
クラウドの言葉を暫く反芻していたらしい老人は、厳しい表情のまま手許の端末でどこかに連絡を取り始めた。特殊な状況、という言葉に疑問を持たれるかと身構えていたクラウドはほっと息を吐く。おそらく、仲間たちの格好がここではプラスに働いたのだろうと冷静に判断する。何しろ仲間たちの格好ときたら、2年前と違って鎧姿ではないし武器を携えてはいないものの、この世界では明らかに異質なのだ。舞台衣装のまま出歩いているか、もしくはどこか僻地の民族衣装なのだと思われるのが関の山だろう。今回は恐らく後者だと判断されて、特殊な状況即ち世間の情報から取り残された辺境で出逢った少数民族くらいに思われたに違いない。
そのクラウドの後方で、小声で交わされる会話。
「なんか、あのじいさん、スコールの名前言った途端顔険しくなったよな?」
「あれだ、実はスコールは数々の悪行を重ねた問題児だったり」
「数々の悪行ってなんなのさ?」
「そりゃ、あれっスよ、真夜中に窓ガラス壊してまわったり、盗んだバイクで走り出したり」
「…お前たち、それを本人の前でも言ってみたらどうだ?」
「そんなことしたら、確実にヒールクラッシュであの世逝きになるだろ!」
そんな緊張感の欠片もない会話を続けていると、老人が「とりあえず来てくれ」と言っているのが聞こえる。
「どうやらここまで来てくれるみたいだね」
「やっと会えるね」
「時間が掛かったな」
9人はそこに無口で無愛想な仲間が現れることを疑っていなかった。
だが、暫くして低いモーター音を響かせて、不思議なボードに乗ってそこにやってきたのは。
「アンタたちが、スコールの知り合いって連中か?」
トサカのような金髪に、顔のタトゥーが印象的な、彼らの全く知らない人物だった。


11


トサカ頭の青年は、9人をしげしげと眺めている。
「男8人と女の子1人…。合ってるか」
何やらぶつぶつと呟くと、近寄ってきた。
「ええとよ、なんつったらいいんだ…?スコールと、一緒に任務を果たしたってのはアンタら?」
問い掛けている本人もよく解っていないらしいのに、問われたほうが瞬時に理解できるわけもなく、彼らは互いに顔を見合わせる。しばらく視線の意思疎通が行われた後、今この場では外国人ツアー客を連れた通訳のような立場で仲間の代表者扱いをされているクラウドが口を開いた。
「俺達は任務とは思っていなかったが、スコールは確かに任務、という表現をよく使っていたな」
それに頷いた青年は「じゃあ」と続ける。
「アンタらがスコールと会ったのって、『ここより遥かに遠い世界』?」
その問いに彼らは確信する。この青年はスコールから2年前の出来事を断片的にでも聞いているのだろう。
「ああ、そうだ」
「…わかった。とりあえず、中に入ってくれよ。爺さん、門開けてやってくれ!」
「ほいよ!」
トサカ頭の青年の案内で建物内へと入る9人。明らかに異質な衣装の彼らにあちこちから好奇の視線が投げられるが、それはお互い様で、彼らは彼らで何から何まで初めて見る光景に興味津々でキョロキョロ見回している。普段どちらかというと嗜め役に回る事の多いフリオニールまであちこち物珍しそうに見ているし、落ち着いた様子は崩さないライトすら、キョロキョロしたりはしないものの興味深げだ。
エレベーターに乗るときも「バブイルの次元エレベーター」だの「ルフェイン人の叡智」だの、なんだか壮大な話になって大盛り上がりだった。この世界の文明レベルに元々ついていけるが故に、その盛り上がりに入りきれないティーダが逆に悔しがるほどに。
エレベーターが3階に着くと、トサカ頭の青年に促されてとある部屋の前に立つ。
青年が横のパネルを押してシュッと開いたドアの先に立っていたのは、金髪の美女と、40代と思しき壮年の男性だった。


12


「彼らが、スコールのお知り合いという方々ですね?」
壮年の男性の言葉は彼らをここまで連れてきたトサカ頭の青年に対するものだ。
「そうだ…じゃない、そうです、学園長。たぶん、前にスコールが言ってた遠い世界の仲間、ってヤツ」
その言葉に学園長と呼ばれた男性は頷くと、彼らに座るよう勧める。
「あなたたちの話を聞かせてもらいたいんですが、いいですね?」
確認の言葉にライトが頷いた。
「構わない」
「ありがとう。申し遅れましたね。私はこのバラムガーデン学園長のシド・クレイマーといいます」
「SeeD兼教官のキスティス・トゥリープです」
「あ、オレはSeeDのゼル・ディン!よろしくな!」
「やだ、ゼル、貴方正門からここまで案内してくるのに名乗りもしなかったの?」
「いやだってよ、なんか色んなもん見て盛り上がってるから名乗りづらくてさ…」
ゼルが頭を搔きながら答えると、「色んなもん見て盛り上がって」いた自覚のある彼らも苦笑いするしかない。
とりあえず、シドに促されて応接用のソファに9人が腰を下ろし(と言っても実際ソファに座れたのはライト・クラウド・セシルの3名のみで後は、デスクチェアやどこかから持ってきた折り畳み椅子で何とか数を賄った)、その向かいのソファにシドが腰掛け、左右の一人掛けソファにキスティスとゼルがそれぞれ落ち着いたとき、奥の部屋から黒髪の女性がコーヒーを持ってやってきた。彼女は全員にコーヒーを配ると、シドの隣りに腰を下ろした。
「妻のイデアです。さあ、準備は整いました。私達は、2年前、スコールが何かとても特殊な体験をし、彼はそこで9人の仲間を得た。それだけしか知りません。あなたたちの知っている事を、最初から教えて貰いたいのです」
シドの科白に、ソファに座ったライト・クラウド・セシルは視線を交して頷く。
 この3名がソファに座ったのにはちゃんと彼らの中で理由があり、仲間たちのリーダーであるライト、恐らくこの世界の事情を一番理解できるであろうクラウド、そして仲間内で最もこういった状況説明を上手くこなせるだろうセシルとなったのだ。
その説明役のセシルが、クレイマー夫妻とゼル、キスティスの顔を順に見ながら口を開いた。
「始まりは、2年前、スコールを含め僕たち10名がとある場所に喚ばれたところからです」


13


穏やかな語り口調でセシルは順を追って話す。
彼ら全員が、それぞれ全く接点のない世界の住人であること。2年前、更にそれらの世界とは空間も時間も異なる、異次元とも言うべき異世界に召喚され、調和の神コスモスと混沌の神カオスの戦いに身を投じ、それがその閉じられた世界で繰り返されてきたらしいこと。最後の戦いで彼らはコスモスの戦士として戦いの輪廻を断ち切り、それぞれの世界へと還ったこと。もう2度と逢えないと思っていた彼らだったが、今になって突然、再び異世界へと喚ばれたこと。しかし、全員喚ばれただろうに、姿を見せない仲間がいたこと。恐らく、全員が揃わないと再び喚ばれた理由が判明しないだろうと推測されたこと。状況を打破するため、仲間を迎えに行こうと考えたこと。
「…解りました。見たところ、スコールが最後、ということですね?」
シドの言葉に、セシルが頷いた。
「こんなことが本当にあるのね…」
キスティスが頭の中を整理するように呟く。それに「そうね」と相槌を打って、今まで黙って聞いていたイデアが彼らを見回す。
「1つ、訊いてもいいかしら?」
「何か?」
「その、異世界から、こちらへは、そのクリスタル?だったかしら、その力で簡単に来られるものなの?」
「いいえ。今回のように自分たちの知らない世界へと来るためには、僕たちを導いてくれる力がないとたぶん無理です」
セシルの答えに、イデアとシド、キスティス、ゼルが顔を見合わせた。
「じゃあ、貴方達をここへ導いた存在がいるっていうこと?」
キスティスが問えば、「今回はすげー頼りなかったっスけどね」と彼女の近くに座っていたティーダが答えた。
「頼りない?」
「白い羽根1枚きりだったから」
「羽根ェ?それが連れてきてくれるなんて、よく信じられたな」
ゼルが驚いたように言うと、困ったようにティナが微笑む。
「2年前、あそこから還るとき、スコールが白い羽根持ってたから」
その言葉に、シド達が反応した。
「2年前、還ってくるときにも持っていたんですね?」
確認のセリフに、「はい」とティナが答えれば、シドがキスティスを見て口を開く。
「キスティス。至急、リノアに連絡を取って下さい」


14


シドの言葉に即座に「はい」と答えたキスティスが携帯電話を取り出した。
だが、彼女が操作するよりも早く、着信音が響きだす。
一瞬忌々しそうにディスプレイを眺めたキスティスは、渋々といった様子を隠さず通話ボタンを押した。
「はい。今取り込み中だから後に…って、ちょっと、なに」
部屋にいる全員がキスティスに注目している。尤も、この世界の文明に慣れない面々は、彼女が持っている小さな物体への興味で、だったが。
「なんでこんなノイズだらけなの?え?…エスタ?聞こえないってば!」
自分を注視する視線に、少し気拙そうな顔をしつつ、キスティスはノイズだらけの音声をなんとか拾っていた。
「はぁ!?迎えに来いって、貴方何処にいるのよ?…石の家!?なんでそんなとこに…え?待って、何でそんなとこにあの子が…って、ちょっと待ちなさいってば!サイファー!」
最後は叫ぶように声を荒げたキスティスが、呆然と自分の手の中の電話を見る。そうして1つ大きく溜息を吐くと、シドに向き直った。
「図らずも、ですが、リノアと連絡がつきました」
「リノアと?今の電話はサイファーからでしょう?」
その問いに疲れたように頷くと、「私にもさっぱり」と言って続ける。
「リノアと一緒に、石の家にいるんだそうです。行きは送ってもらったけれど、帰りの足がないから迎えをよこせ、と。…あんの、バカサイファー!」
最後のセリフは彼女の個人的な叫びだろう。まあまあ、と宥めたシドが今度はゼルの方を向いた。
「ゼル、すみませんが、ラグナロクの発進準備をお願いします」
「了解っ」
ゼルが勢いよく学園長室を飛び出していくと、シドは改めて9人に向き直った。
「スコールは、今、ここにはいません。あなた達を導いた力というのには、推測ですが心当たりがあります。ちょっと、場所を移しましょう」
「…わかった」
シドの言葉にライトが代表して答える。どの道、勝手の判らないこの世界で、スコールと再会する為には彼らの手を借りねばならないのだ。彼らに従うことに異論はなかった。
「学園長…」
不安げな様子のキスティスが声を掛けると、答えたのはシドではなく、イデアだった。彼女はキスティスの傍まで近寄ると、優しく肩を叩く。
「私たちも行きましょう。もしかしたら、彼らが、私たちがこの2年弱の間ずっと出せずにいた答えをだしてくれるのかもしれません」

魔女っ子理論

DFF発売以前から、密かに「クラスコってよくね?」と思っていた管理人が、「違う世界の住人であるクラウドとスコールをどうにかカップリングにする為にはどうしたらいいか」と考えた末に思いついたのが、この「魔女っ子理論」です。
簡単に言うと、
・別世界の住人
・クラウドにはジェノバ細胞がある為長寿(たぶん)
この2つの壁をクリアしてクラスコがくっつく土台を整える為の設定です。
元々考えていた設定に、より自然な(?)設定にするには丁度いい、とDFFの設定を追加したため、クラスコにはなんら関係のないエピソードも入りましたけど(^^ゞ
そして、普通に書いたら絶対書けない→でも折角考えたからどんなカンジなのかくらいはお披露目したい、ということで、日記にて粗筋連載となりました。
えらく長いですが!心理描写やら要らん小ネタやら色々入ってますが!
粗筋です。←ここ重要

・一部(最初の方)箇条書き
・本来もっと細かく書くべきシーンも端折って纏めてる
・会話文の連続
・土台を整える設定話なので健全。この段階でクラスコは恋愛感情ナシ
・公式カップリング準拠(特にスコリノはガッツリ)

以上の点を踏まえた上で、お読みくださいませ。

1~14 15~28 29~42 43~56 57~70 71~84
85~98 99~112 113~126 126~140 141~155
 
 
 

あいしてる




「えぇと、スコール…?」
フリオニールは戸惑い気味に目の前の相手に声を掛けた。
「なんだ?」
対するスコールは極々当たり前にそう返してきて、そうすると何か用があったわけでもないフリオニールは慌てて「なんでもない」と手を振るしかない。
「…ヘンなヤツだな」
スコールは追及するでもなくそう言って首を傾げた。
 やっぱり、おかしい。
フリオニールはそう思う。何がおかしいって、スコールに決まっている。
用もなく声を掛けられて、それを追及もしなければ、機嫌を損ねもしないなんて。
 なんというか仮にも恋人に対してこんな評価を下すのもどうかとは思うのだが、スコールは間違いなく気難しいタイプだ。普段は無表情というより不機嫌そうだし、二人きりの時はそれに拍車が掛かる。本当に不機嫌なわけではなくて、未だ恋人と二人きりという空間での身の置き方が掴めずに戸惑っているだけなのだと理解するまではフリオニールも相当焦ったものだった。
だが今のスコールは一体どうしたことだろう。
いつもは硬く引き結ばれている唇は錯覚でなければ花のように綻んでいるし、普段は凛と怜悧な視線も今は柔らかく潤んでさえいるように見える。
 絶対に、おかしい。
フリニールはそう確信して、もう一度意を決してスコールに声を掛けた。
「スコール…何かあったのか?」
「…何もないが?」
不思議そうにそう答えて、それからスコールは恋人が酷く怪訝そうに自分を窺っている理由に気づいたらしい。
「本当に、何もないんだ。ただ…」
「ただ?」
「なんだか、すごく幸せな気持ちなんだ」
 理由など判らない。ただ気づいたらとても幸せで満ち足りた気持ちになっていたのだとスコールは言う。
「アンタがここにいて、俺がここにいて、それだけのことが嬉しい」
そう口にするスコールの様子が本当に幸せに満ちていて、フリオニールはあれこれ考えることを止めた。
 中々笑ってくれない恋人が、今こんなも幸せそうに微笑んでくれるのに、あれこれ考えることなんて何もない。
「スコール」
「なんだ?」
「傍に行っても?」
そう尋ねればスコールが両手を伸ばしてくれるから、フリオニールは迷わずその体を抱き締める。
 恋愛沙汰に不慣れな者同士、いつもはこうして触れ合うのにももっと戸惑いや気恥ずかしさが付き纏うのに、今は素直に行動に移せる。気づけば、自分にも幸せな気持ちが伝染しているのかもしれないとフリオニールは思った。
スコールが言ったとおり、理由などなく、ただこの空間が幸せで、この時間が愛しい。
 暫くそうして抱き合っていると、くいくい、と後ろ髪を引っ張られた。
それだけで、何を求められているのかが不思議なくらいよく解る。
フリオニールは一旦体を離すと、間近にあるスコールの眼を覗き込むようにして言った。
「…あいしてる」
言葉をそのまま贈るように、唇を重ねる。
 
 
今ここに満ちる幸せと、それを形作るすべてのものを。
あいしてる、あいしてる、あいしてる。



本来年末年始ってのは厳かに迎えるものなんだ




 冬休みは夏休みに比べて短いながらも、この街に残る人の数は夏よりも少ない。帰りたくない事情を抱えている者すら帰らないわけにはいかない事情があったりするのが年末年始だ。1年の終わり、若しくは初めくらい、という心理が働くのかもしれない。
だからこの大晦日にこの街に残っているのは、よっぽど頑なに帰りたくない意志を貫いているか、帰る場所がないかのどちらかだ。
 人通りのない閑散とした道路を歩きながら、スコールは白い息を吐き出した。住人の殆どが出払ってしまった寂しい街で、それでも24時間営業をしてくれるコンビニエンスストアには頭が下がる。まあ、ショッピングセンターが閉まっている以上、数少ないながらもここに残っている住人たちが挙って利用する事を考えたら掻きいれ時なのかもしれないが。
 誰とも擦れ違う事もない道では、スコールの持つビニール袋の中で缶が擦れる音が必要以上に大きく響く。その音が少し耳障りだ、なんて思っていたから、後ろから掛けられた声に反応が遅れた。
「…え?」
多少間抜けた返事になったのは致し方ない。閑散としたこの時期、大晦日の夜に道で知り合いに声を掛けられるなんて事態、まるっきり想定していないのだ。
しかも、声を掛けてきた相手がこれまた想定外も甚だしい。
「アンタ…帰ってなかったのか」
夜だというのに何故か眩しいその男は、立ち止まったスコールの傍までゆったりと歩いてくると「君こそ」と返してきた。
「俺は別に帰るところもないからな」
「そうか…。それはすまないことを訊いた」
こういう時に家族はどうしただとか追及することもなくあっさり引き下がって謝るのがライトという男で、その点は非常に付き合い易い相手ではあるのだが。
「では、折角だから共に行こう」
「…は?」
こちらの事情を詮索しない代わりに、こちらの事情を全く考慮しないのもライトという男だった。
「行くって、何処にだ」
「来れば判る」
そりゃそうだろう、と内心ツッコミを入れつつ、スコールはライトに引き摺られるように歩き出す。別段予定があるわけでもなし、まあ構わないか、とスコールは納得することにした。
「アンタ…確かコーネリア出身だろう?帰らなくてよかったのか?」
「今年は休み明けに論文を提出せねばならなくてな。ここからコーネリアは往復で丸2日以上かかってしまうのでやめておくことにしたのだ」
高校生のスコールと違い、院生のライトは2月に入れば長期の春休みに入る。帰るのはそこにすることにした、と言いながらライトが連れてきたのは、大学の天文学部が管理する観測塔。
何を観測するのだとスコールが思えば、ライトは観測塔には入らず、その脇の駐車場へと入り足を止める。
「もう、始まっている」
「…何が?」
「聴こえるだろう?」
言われてみれば、確かに何処かからボーン、ボーンと何かを打つ音がしていた。
「『除夜の鐘』というものだそうだ」
 大晦日の夜、日付が変わる前に107回、日付が変わった後に1回、計108回寺院の鐘を突き、1年の穢れや煩悩を払い新たな年の息災を祈るのだという。
この学園都市のある地域に伝わる風習らしいが、この街自体には寺院は存在しないので知らない者も多いのだ。観測塔は街の外れにあって周りに何もないので、近くの山村にある寺院の鐘の音が聞こえてくるのだとライトは言った。
「心の落ち着く、いい音だ」
ライトの隣りに立って、スコールも耳を鐘の音に集中させる。金属質でありながら低く鈍いその音は、不思議な程耳に心地よかった。
「来年も、心豊かな年になるといい」
「…そうだな」
そうして2人は、じっと穢れを払う神聖な音に耳を傾け続けた。
 
 
 
「ここからならばご来迎も拝めるのだ」
「………いやちょっと待て、アンタこの場で後何時間立ち尽くす気だ!?」
 
 
 
冬休み明け、年末年始はどうだったと訊かれて「足が棒になった」とスコールは答えたと言う。


Last Christmas




 クリスマスだ、とはしゃぎ出したのはティーダだった。
クリスマス、というものが何だか解らない仲間たちに、「白い髭の太っ腹なじーちゃんが世界中の子供たちにプレゼント配ってくれる日ッス」という説明になっているんだかなってないんだか微妙な回答をし、「クリスマスの前日がクリスマス・イブ!友達とパーティーしたり、家族でご馳走食べたり、あとはなんと言っても恋人同士でイチャイチャするッス!」と付け足し、更に「今日はイブだから、皆でパーティーしよう!」と言い放った。
 そもそもの切っ掛けは、スコールの腕時計だ。
この異世界に於いて時間や日付の概念はないに等しく、つい先刻まで十時を差していた時計が一瞬目を離した隙に何故か八時半を差していた、なんてことも珍しくなく、時計はこの世界では全く役に立たない。それでも、元の世界の記憶が殆どなくても身に着いた習慣は消えず、レザージャケットの袖を少し捲くり左腕に嵌めた腕時計を見てしまうことが時々あった。
偶々スコールが腕時計を見た時に傍にティーダがいて、そして偶々、スコールの腕時計のカレンダーが十二月二十四日を示していた。それが切っ掛けだった。
 ティーダの提案に予想通りというか、バッツとジタンが嬉々として食いつき、なし崩しにパーティーになった。勿論、飾り付けもご馳走もこんな世界では用意などできないが、いつもより食材を多く使って料理の種類を増やすくらいはできる。「メリー・クリスマス」と乾杯すればそれだけでちょっとしたパーティー気分になれるのだ。
いつも以上に賑やかな夕食を終え、後片付けとテントの設営も済ませたところで、ティーダに「イブの夜っつったら、恋人たちのイチャラブタイム!」と力任せに背中を押され、四つあるテントの内の一つへと勢いで突っ込んだら、そこにいたのは驚いてこちらを見るフリオニールだった。
 そして状況は今に至る。
隣りに座って、落ち着かない様子のフリオニールにこっそり溜息を吐いた。
「…フリオニール」
「な、なんだ…?」
「落ち着け」
 恋人、と呼べる関係になったのはつい最近で互いにまだ多分に照れがある。そんな時にこんなシチュエーションを提供されても戸惑うだけだ。だいたい、薄々気づいてはいたが、やはり仲間たちに知られていたか、というのもどうにも気恥ずかしい。
イブの夜に二人きりのテント。そのお膳立ての意味が解らないほど鈍くもないが、それこそ心の準備というヤツが必要なのだ。
「…すまん」
自分の挙動不審振りを顧みたのか、フリオニールが隣りに項垂れた。その様子が可笑しくてスコールが微かに笑うと、フリオニールはハッとスコールの方を見て、それからその浅黒い肌を真っ赤にする。
「おまえ、反則だ…」
「…なにが?」
「滅多に笑ってくれないのに、こんなときに笑うなんて…」
フリオニールはそう言うと、顔を赤らめたままスコールの向かいへと移動した。彼の右手を手に取り、いつも嵌めている黒いグローブを外すと色白の手が現れる。浅黒い肌のフリオニールの手に包まれていると、スコールの手の白さが際立って見えた。
「クリスマスって俺のところにはなかったから初めて知ったが、その…恋人同士が盛り上がる日、なんだろ?スコールと、そういう日を過ごせて、本当によかったと思うんだ」
 戦いの連続の殺伐とした世界で、心の底から愛しいと思える相手と出逢えたこと、その相手からも想って貰えること、周囲の人達がそれを祝福してくれていること、すべてが奇跡的で、すべてに感謝したい。
真剣な眸でそう告げるフリオニールに、自然とスコールも真っ直ぐに彼を見つめて口を開いた。
「俺も、アンタとクリスマスが過ごせてよかった…」
 デタラメな動きをする時計が偶々指し示した日付であっても、雪も降らなければツリーもケーキもプレゼントもなくても、自分たちにとって今夜は間違いなくクリスマス・イブで、そしてきっと一番想い出に残るクリスマスになる。
刻一刻とカオスとの戦いが近づいている今を考えれば、たぶん、もう一度クリスマスを共に過ごせはしないだろう。勝っても負けても、その先にあるのは別れだ。
「スコール…」
俯いてしまったスコールの頬にフリオニールの手が添えられる。
その手に促されるように顔を上げたスコールがその眼をそっと伏せたら、後は無言だった。
 
 
 
「ん…、ぁっ」
体内で蠢くフリオニールの節くれだった指の動きに合わせて、スコールの口から声が洩れる。初めのうちに感じた痛みはもう殆どない。互いにこういったことは不得手で、スコールの方はなんとなく知識として同性同士の体の繋げ方は知っていたものの、フリオニールにそういう知識が豊富だとは到底思えず、だからひっそりとかなりの痛みを覚悟していたのだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「も、いい、から…っ」
存分に解され、散々中の感じる部分を擦られてスコールが限界を訴えるとフリオニールが心配そうに言う。
「でも、よく慣らさないとスコールがツライって…」
 どう見てもそのテの知識が殆どなさそうなフリオニールに、教えを施した仲間がいるらしい。たぶん、受け入れる側に負担が大きいからとにかくよく慣らすようにとでも教えたのだろう。けれど経験がないフリオニールには、どこまでいけばよく慣らしたことになるのか判らないのだ。
結果として、スコールは「これ以上されたら気が狂う」と思うほど焦らされることになった。
「へ、いきだ、から…、んんんっ」
 アンタが欲しい、と切れ切れに伝えられると、フリオニールは自身にグンと熱が集まることを感じる。今までだって、自身には大した愛撫は加えられていないのに、スコールの媚態を眼にしているだけでそこは大きく熱を持っていた。
 長く形のいい足を片方自分の肩へと引っ掛けて、フリオニールは自身をスコールの内へとゆっくり沈めていく。指とは違う質量にスコールの体が反り返るが、彼は痛いとも嫌だとも言わなかった。
すべてを収めきると、柔らかい肉がフリオニールを刺激する。耐えられずにフリオニールが腰を動かせば、絡みつくように受け入れてくれる。
「ん、ぁ…あ、あ…くっ、ん…っ」
声を抑えようと自分の手の甲を口許に押し当てる様がいじらしく、フリオニールはその手を掴んでどけさせると、代わりにキスでその声を吸い取った。
本当は聴いていたいけれど、こんな簡素なテントでは防音も何もあったものではない。
仲間たちは解っていて、少し距離を開けてテントを設営してそっとしておいてくれているが、万が一にも声が届いてしまったら、互いに気恥ずかしいに決まっているし、スコールは相当な照れ屋だから、盛大に拗ねられそうだ。
 合わさった唇の隙間からくぐもった声が洩れ出る。行き場をなくしたスコールの手が縋るものを求めて彷徨うから、フリオニールはその手に自分の手を重ねてぎゅっと握り締めた。白いスコールの指と浅黒いフリオニールの指が絡み合う。このままどこもかしこも混ざり合って離れられなくなってしまえたらいいのに。
 どんどん募る想いに突き動かされるように二人の間で生まれる熱は昂り、やがて真っ白に爆ぜた。
 
 
 
 抱き締めてくれる手が優しくて、なんだか胸がいっぱいになった。
スコールはそっと、自分を抱き締めたまま眠りに就いたフリオニールの寝顔を見つめる。
 フリオニールの世界にはクリスマスなんて習慣はなかったと言っていたから、きっとこれがフリオニールにとっての唯一のクリスマスの記憶になるだろう。
スコールの世界にはクリスマスという習慣は存在しているが、自分が今までその日をどう過ごしてきたのか記憶はない。けれどこの先、元の世界へと戻っても、クリスマスを誰かと過ごすことはないだろう。クリスマスという言葉から想い出すのは、ずっと、フリオニール唯一人だ。それはいつか別れなければならない恋人への、ほんのささやかな想いの証だ。
 メリー・クリスマス、フリオニール。
声に出さずにそう呼び掛けて、スコールは彼の腕の中でそっと目を閉じた。



白く染まる熱




 自分と彼の体が繋がっている、と思うと不思議な気がした。
自分を組み敷く逞しい腕の持ち主は、いつもと同じように涼しい顔をしているようで、そうじゃない。彼の顎から自分の胸へとポタッと落ちる汗の滴がそれを物語っている。
 ライトはなにもかもが眩しい。
ぼんやりとそう思った。硬質な肌の色も、怜悧な髪の色も、自分と見つめあう眸の色さえ、どこもかしこも色素が薄くて眩しくて綺麗だった。手を伸ばして、ライトの二の腕から掌までをなぞる。掌まで辿り着いた自分の手は、その大きな手にぎゅっと握り取られた。こうしてピタリと合わせていても、決して彼の白さと混じり合えない自分の色。
「どうした?」
問う声には、いつもと同じ落ち着きと、いつもにはない熱があって、ああこれは自分だけが知っているものだな、なんて優越感に少しだけ浸ってみる。本当は、そんな余裕ないのだけれど。
「…ラ、イト」
「辛くないか?」
真顔でそんなことを聞いてくる男が可笑しい。
 辛くないか?辛いに決まってる。アンタだって辛いだろう?
「も…いい、から…痛くない、から」
握られた手をぎゅっと握り返して、空いている手を相手の首に回して、動いてくれと強請る。
そうしないと、いつまでだってこの男は自分の体を気遣って動こうとしないのだ。初めてこうして抱き合った時など、慣れない痛みに強張りが解けない自分を見て、あろうことか自分の中から出て行ってしまったくらいなのだ。ちょっと痛いくらい、いくらだって我慢するというのに!
「ん…、ぁっ」
自分の中を抉る熱に、自然と声が洩れる。自分と決して混じらない色を持つ、この眩しくて綺麗な男の、それでもコイツも確かにただの人なのだと思わせてくれる欲の塊が、自分の中にあることが嬉しい、なんてちょっと異常かもしれない。
「スコール…」
少しだけ掠れ気味の声。その声で呼ばれると、余計感じるのだと彼は知っているだろうか。
「あ、あ、ん、ああっ」
 どこもかしこも白くて眩しくて綺麗なライト。こんなにピタリと体を合わせても、決して混じり合わない自分の色。
口づけを強請りながら、体の中に注ぎ込まれる熱に、内側から彼と同じ色に染まったらいいのに、と思った。


他人の不幸は時と場所を選ばない




 建物の外に出ると、太陽はだいぶ西に傾いていた。真夏といっても、あと1ヶ月もすると秋分だ。確実に日は短くなっている。
マンションまでの大して遠くもない道程を歩きながら溜息が出た。これは、仕方ない。昼過ぎからこっちの出来事を思い返す。もう1度溜息が出た。誰だって同じ状況になれば溜息の1つや2つ出るだろう。
 教育機関が集まりその関係者が生活するここは所謂学園都市、というやつで、幼稚園児から大学院生に至るまでの多くの学生や教職員らが暮らしている。親もこの都市で仕事に従事している場合を除き、中学までは完全な寮形態だが、高校以上になると学生向けのマンモス団地のようなマンションを借りることも可能で、スコールはそちらを選択したタイプだ。ここで暮らす人々の為に日常生活必需品を扱うショッピングセンターや映画館などの娯楽施設も一通り揃ってはいるが、逆に言うと、ここは地理的に隔絶された場所なので、基本的にこの学園都市内しか行動できる場所がない。今のような長期休暇に入れば、多くの者がこぞって帰省や旅行でここから飛び出していく。この時期ここに残っているのは、帰れないか帰りたくない事情がある者ばかりだ。だから、今日のようなことも、珍しくはない。
 2日ほど前から、おかしいな、とは思っていたのだ。自室の窓から斜め左方向に見える同じようなマンションのベランダ。微妙な角度の差で、右隣に住む大学生の部屋からは見えない位置だ。左隣からは見えるだろうが、夏休みに入って、スコールの部屋から左はどの部屋も主が帰省中だった。
布団が、ずっと干しっ放しだ。最初は取り込み忘れたのかと思った。次に、干したまま友人宅にでも遊びに行ってそのまま泊まりこんでるのかと思った。今日になってもそのままなのを見て、とうとう諦めて警察に電話した。案の定、部屋の主は自殺していた。
 通報者として警察で一応の事情聴取をされ、尤も、警察の方も慣れたもので、随分こちらを労わってくれたのだが、やはり気が重いものは重い。はぁ、と3度目の溜息が出た。
マンションに着いて、自分の部屋の前まで来ると、デニムのポケットから鍵を取り出す。ガチャガチャと音を立てて鍵穴に差し込むと、隣りの部屋のドアが前触れもなく開いた。
「おかえり」
言葉と共に顔を出したのは隣人のクラウドで、彼はひょいひょいとスコールを手招きすると自室に招き入れた。
「大変だったな」
 クラウドが出先から帰ってきたとき、向かいのマンションの前にパトカーが数台停まっていて、その光景はこの都市では偶に見掛けるものだったから「ああ、またか」と思っていたら、その中の1台に年下の隣人が乗っていくのを見つけた。状況を覚って、帰りを待っていたのだ。誰が見たって、楽しいものじゃないのは確かだから。
 ほら、と用意していたらしい冷たい麦茶を差し出され、素直に受け取った後、スコールは首を傾げた。
「アンタにしては随分気が利くな…」
そのセリフに、気分を害した様子もなく(というより、自分が元来気の利かないタイプだという自覚を持っている)クラウドは、「お前こそ、忘れてるのか?」と訊き返してきた。
「何を?」
「今日はあんたの誕生日だろ?人のは憶えてたくせに、自分のは忘れてたのか」
人にプレミアムビールを押し付けるように渡していったのは、ほんの2週間前の話なのに。
「あ…」
 忘れていたわけではない。今朝起きた時くらいまでは特に感慨はないものの自分の誕生日だということくらいは憶えていた。それが昼過ぎからのゴタゴタですっかり頭から抜け落ちていたのだ。
「・・・ま、偉そうに言ってもプレゼントは特にない。スマン」
貧乏学生に金銭的余裕がないのは勿論、スコールが喜びそうなものが思い浮かばなかったのだ。まさか未成年にビールというわけにもいくまい。
「何か要望があれば、出来る範囲で答えるが?」
向こう1週間のゴミ出しとか、金が掛からず体力で賄えることならプレミアムビールの礼も兼ねて応えようというつもりでクラウドが提案するとスコールは「いや、別にいい」と言い掛けて、それから僅かに逡巡した。
「なんだ?言ってみろよ」
「…今晩、泊めてもらってもいいか?」
「そんなことでいいのか?」
「ああ」
狭いワンルームマンションだが、一応ベッドの他に布団を敷ける程度のスペースはあるし、予備の布団も使える状態にある。「構わない」と言えば、スコールの顔にほっと安堵の色が広がった。
「この部屋からだと、見えないから」
「・・・あー、あれか」
本日の疲れの原因となった向かいのマンションの1室。さすがにあれが視界に入る位置で眠るのは気が滅入るのだろう。
「お疲れさん」と肩を叩いてやる。しかし、こんなことがプレゼント代わりで本当にいいのだろうかとクラウドは一瞬考えて、まあ本人がいいと言ってるんだからいいか、とあっさり納得することにした。
けれど、せめてものプレゼントだ。クラウドは心を込めて言ってやることにした。
 
「誕生日おめでとう、スコール」