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魔女っ子理論15~28

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こちらへ、と案内された場所に鎮座している機体を、9人は呆然と見上げていた。
「2年前、エスタという国から任務成功報酬の一部として寄贈されたものなんですよ」
シドがにこにこと説明してくれるが、その言葉が耳に届いている者は殆どいない。
「これは…飛空挺か…?」
クラウドの問いに、キスティスが「ええ」と頷く。
「今は空路高速移動艇として使ってるわ。本来は宇宙船だけれども」
「え、これ宇宙行けちゃうのか!?」
ティーダが驚いたように言う。クラウドやティーダの世界よりも更にこの世界の文明は進んでいるらしい。その後ろで首を傾げている面々は、この飛空挺が「とんでもなく凄い」ということは判っても、「どれくらい凄い」のかは解らないでいる。殆どの者には宇宙、という概念がないのだから当たり前だ。
「魔導船みたいなものなのかな…?」
一応、宇宙というものの概念を持ち、実際月まで行ったことのある(何せ本人も月の民とのハーフだ)セシルでも、正直ピンときていない様子。
 シュン、と電子音がして飛空挺ラグナロクの扉が開く。「さあ、乗って下さい」というシドの言葉に嬉々として乗り込んでいく仲間を尻目に、浮かない顔をしている者が1名。
「クラウド?どうしたんだ?」
フリオニールが気づいて声を掛けた。異世界の仲間の中では、ライト・スコールと並んでポーカーフェイスの3巨頭を成していたクラウドの表情が、はっきりと憂鬱そうだ。しかも心なしか青褪めて見える。
「…苦手なんだ」
「何が??」
「……………乗り物」
「は!?」
思わず訊き返したフリオニールに悪気はない。
「物凄く、乗り物酔いし易い体質なんだ」
「え、だって、おまえ、あのバイクとかいうの、凄い速さで乗り回してたじゃないか!」
「自分で運転して酔うヤツなんて殆どいない」
そういうものなのか…としか、乗り物酔いの経験がないフリオニールには答えようがないが、だからと言ってここで留守番というわけにもいくまい。
「…別に、乗らないとは言ってない」
クラウドの言葉にフリオニールが安堵した。しかし「だが」と続けられたクラウドの科白に身構える。
「これが動き出したら、俺は使い物にならない。ガイド役はティーダに頑張ってもらってくれ」
それはそれでなんとなく不安を感じるんだよなあ、とフリオニールは溜息を零した。


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ラグナロクが動き出した途端、本当に見事な程青くなって蹲ったクラウドを、笑っていいのか心配すればいいのか、微妙な表情で見守る仲間たち。クラウドにとって救いだったのは、機体も大きく大気圏突入のGにも耐えるラグナロクは離陸してしまえば航行時の安定感もかなりのもので、比較的揺れが小さかったことだろう。
 離陸してすぐ、操縦席に座るゼルにシドが北進路で行くよう指示を出した。
「トラビアに寄って行きましょう」
「セルフィのところへ?」
キスティスの問いにシドが頷く。
「こうして、スコールが『遠い世界の仲間』と呼んだ人たちと出逢うことが出来たのです。セルフィとアーヴァインも呼んであげなくては後で怒られてしまいますよ」
クレイマー夫妻が微笑んで頷きあうと、ゼルが「じゃあ、ガルバディアにも寄ってくのか」と口にする。
「トラビアから石の家に飛んで、そこからガルバディアを経由してエスタに行きましょう」
「ちょっと訊いてもいいですか?」
オニオンが疑問を投げかけた。
「今この飛空挺はその、リノアさんとサイファーさんって人を迎えに行ってるんですよね?で、ついでにセルフィさん?とアーヴァインさん?を乗せて、それでバラムに帰るんじゃないですか?」
エスタに行く、というのは初耳だ。エスタというのがどういう場所だかよく解らないが、そういえばこのラグナロクはエスタから寄贈されたと言っていたから、バラムガーデンと友好的な関係を保っている国なのだろうとは察せられる。
「スコールは、エスタにいます」
その言葉に、9人(安定航行のおかげでなんとか立ち上がれる程度に復活したクラウドも含む)の表情に安堵が浮かんだ。どうなることかと思ったが、無事スコールと再会できそうだ。
「私たちは、貴方たちが答えを出してくれるのではないかと期待しているのです」
イデアが穏やかな、けれど憂いを帯びた顔で言う。
「さっきもそんなことを言っていたな。一体どういうことだ?」
ライトの問いに、イデアが口を開きかけたその時、ラグナロクが垂直降下した。
「トラビア到着だぜ!」
ゼルの言葉と共にハッチが開けられ、シドに「行きましょう」と促され外に出る。
バラムの温暖な気候と対照的な、ひんやりとした空気の中に出ると、そこには外に跳ねた髪型が特徴的な少女と、テンガロンハットを被った青年がにこやかに手を振って立っていた。


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「なんでアーヴィンがいるんだよ?」
「あれ、久々に会った幼馴染への第一声がそれって酷くない?僕はガルバディアガーデンとトラビアガーデンの交流目的留学生のリーダー役、ていうのは建前で、セフィの手伝いに来たんだよ~」
デリング大統領による独裁軍事国家だったガルバディアがデリングの死後、民主国家としての本来の姿を取り戻しつつあるのに付随して、ガルバディアガーデンもバラム、トラビア両ガーデンとの交流を少しずつ図ってきていた。特に、2年前の戦争の際にガルバディアによって相当な被害を受けたトラビアガーデンへは短期留学生団を送り、復興活動に従事することで相互理解と信頼の回復に努めている。
2年前の魔女戦争後、トラビアガーデンの復興の為にセルフィはバラムガーデンから再びトラビアガーデンへと転校していた。(つまり彼女は現在SeeDではない)
「学園長とママ先生まで来はるなんて、どないしたん~?」
「ママ先生」というのがイデアを指しているらしいことは解るが、何故そんな呼び方なのだろう?と9人は思うが、とりあえず口には出さない。
「あなたたちを迎えに来たのよ」
優しい笑顔でイデアが答え、シドは9人に向かって2人を紹介する。
「彼らが、アーヴァイン・キニアス君とセルフィ・ティルミットさん。2人とも、スコールの友人です」
「この人たちは?」
セルフィとアーヴァインがライト達を見て顔いっぱいに疑問符を浮かべているが、答えを言われる前に自分で答えに辿り着いたらしい。
「もしかして、はんちょが仲間って言ってた人たち?」
 「はんちょ」というのはもしかしてスコールのことか?え、あのスコールを「はんちょ」と呼ぶのか!?アイツそんなキャラだったっけ?と、9人各々表現は違えど要約するとそんな感想を抱いている事など露知らず、アーヴァインとセルフィは9人の傍まで寄って、握手してまわる。
「あのスコールがあっさり『仲間だ』って言ってたから、どんな人たちなんだろうって、ずっと思ってたんだよ。スコールは詳しいこと教えてくれなかったしさ。ただ『もう会えない』って聞いてたから、会えて嬉しいよ」
2人はライト達全員と握手し終えると、「でも迎えにきたって?」とキスティスとゼルの方を振り返った。
それに対しキスティスとゼルは、ほんの僅かに表情を固くしてただ頷く。
「これから、石の家にいるリノアとサイファーを迎えに行くんですよ」
「石の家?なんでそんなとこにリノアとサイファーが?」
「それは我々も聞いていないので解らないんですが…。とにかく2人を拾って、それでエスタに行きましょう」
シドの言葉にアーヴァインとセルフィの表情も改まる。
「答えを出す、その時が来たのでしょう」
イデアの声に、2人はライト達をじっと見つめた。


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再びラグナロクに乗り込んだ9人+6人の大所帯。今は「ラグナロクの操縦ならこのセフィちゃんにお任せ~!」というセルフィが操縦席に座っている。
石の家へと向かう間に、キスティスとゼルが、合流した2人に今までの経緯を語って聞かせた。
「ほんとに、異世界ってあるんだねぇ」
アーヴァインが心底感心したように言う。この世界にだってG.F.や魔法といった超常現象的なものは存在するが、それらの力もある程度は科学的な解明がなされていて、その力を利用する技術も開発されている。不思議なものを不思議なものとしてそのまま受けて入れてしまうファンタジーな世界は、想像の産物でしかなかった。
「しかも、それがこんなにたくさんあるなんてねぇ」
ファンタジー小説やSF映画を見たって、異世界なんて大抵1つしか出てこない。
「異世界っていうより、実は違う恒星系の惑星とか、違う銀河系の星とか、そう考えればいいのかな」
ああ、そう考えた方がしっくり来るかも、とキスティスなども頷く。「異世界」と言ってしまうとファンタジーだが、この宇宙に存在する数多の星のどれか、と言えば、割とすんなり馴染める気がする。
そんなことを話していると、セルフィが「そろそろセントラだよ~」と声を上げた。
 眼下に広がる荒涼とした景色。
「石の家はセントラの端だから、もうちょっとで着くぜ」
ゼルが9人に向かってそう告げると、ジタンが「ほい」と手を挙げる。
「気になってたんだけどさ。『石の家』っての、何?」
その質問に答えたのはシドだった。
「石の家は、昔、私たちが営んでいた孤児院です」
こんな殺風景で荒れた土地で孤児院?と9人は思う。それについても後で訊く機会があるかもしれない。何しろ、この世界のスコールの仲間たちときたら、意味ありげな言葉だけを与えて、今のところ殆ど手の内を明かしていないのだ。
どうも、そう簡単にスコールと再会は出来なさそうだ、とこの頃には彼らも悟っていた。
そんな彼らに、キスティスが続けた。
「私と、ゼルとアーヴァインとセルフィと。今から合流するサイファーと。そして、スコールは、小さい頃、石の家で育った幼馴染なの」
「学園長…パパ先生とママ先生は、僕たちの親代わりだったんだ」
アーヴァインの科白と同タイミングで、ラグナロクはセントラの大地へと着陸したのだった。


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荒涼とした大地に降り立つと、そこかしこに崩れた、元は壁や柱らしきものがある。石の家はその中にポツンと立っていた。上空から見たときも、周囲に居住区があるようには見えなかったし、こんな場所でよく孤児院など営んでいられたものだとライト達は感心する。
そんなことは気にした様子もなく、軽く駆け出すセルフィとゼル。アーヴァインやキスティスも目を細めて壁を見上げている。彼らにとっては、ここが故郷なのだ。スコールも、ここで幼少期を過ごしたのだという。
あのスコールの幼少期はどんなものだったのだろう。
 きっと鬼ごっこに誘われても「俺はいい」とか言って一人で本読んだりしてたんだぜ!
というのはバッツの想像だが、異世界の仲間共通の想像でもある。彼らには、まさかあのスコールに対し、どんなに幼くとも一人称が「僕」だとか、更に「おねぇちゃん」連呼で後を付いて歩いていたとか、すぐに泣くだとか、そんな想像などできようはずもないのだ。
そんなことを思いながら歩いていると、石の家の入り口に立つ、背の高い青年の姿に気づく。
「遅いんだよ」
「いきなり迎えに来いなんて呼びつけて、もっと殊勝な態度取れないの?」
キスティスの言葉に、あれが「サイファー」なのだと認識した。
「ああ?言っとくが俺だって被害者だぜ。文句があるならリノアに言え」
「リノアは?」
「奥にいる」
その言葉に、中に入っていこうとする団体を、サイファーが止めた。
「で、迎えを頼んだだけで、なんでこんなツアー客引き連れてんだよ?」
誰だこいつら、と半ば睨むようにライト達を見るサイファーに、条件反射のように視線をぶつけてしまう。「喧嘩上等」と空に浮かんで見えた、とはアーヴァインの弁である。基本的に、この場にいる者たちの殆どが、戦いを重ねて状況を打破してきた武闘派であることを忘れてはいけない。
だが、その空気もキスティスがサイファーに近づいてパン、と頭を叩いたことであっさりと打ち破られた。
「いい加減、誰にでも喧嘩腰になるの止めなさいって言ってるでしょう、バカサイファー」
「彼らは、スコールの、もう1つの仲間、です」
続いてイデアがサイファーにそう言えば、サイファーは9人を値踏みするように見る。そのサイファーの額に、まるでスコールと対のような傷痕があることに彼らは気づいた。
「それにしてもサイファー、何故リノアとここへ?」
シドがにこにこと割って入った。それに対してサイファーは「知らん」と素っ気無い。
「リノアが急に俺のとこに来て、石の家まで行くから護衛代わりについて来いって引っ張ってきやがったんだよ」
行きはエスタの高速飛空挺で送ってもらったという。
「じゃあ何で帰りもそうしなかったんだよ?」
ゼルの疑問もサイファーは「煩ェ、チキン野郎」と一蹴する。無論そこでまた「喧嘩上等」の文字が見えたが、「まあまあ」とシドが抑えた。
「そういう手筈だったのかもしれねぇけどな。肝心のリノアが起きねぇんだから仕方ないだろ」
辛うじて、リノアがエスタ製の電波増幅簡易アンテナを持ち込んでいたから、なんとか携帯電話が使えたのだ。そうでなければ、普通なら電波の届かないこの場所で、待ちぼうけを食わされるしか道はないところだった。
「リノアが起きないって、そりゃまたどうして?」
アーヴァインがそう口を開いたところで、さっさと奥まで行っていたセルフィが戻ってきた。
「リノアが向こうで熟睡してて全っ然起きないんだけど~?」
シドが全員を見回す。
「こんなところで立ち話もなんです。全員揃ったことですし、エスタに向かいましょう。サイファー、君はリノアを連れてきてください」
 ようやく、現在スコールがいるというエスタへ行くことになったのだった。


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コクピットのモニターで、何やら何処かと通信していたシドが暫くして振り返り、「皆でぞろぞろ行くこともないでしょう」と言った。
「そうね」と答えたのはイデアで、未だ眠り続けるリノアを除いて、クレイマー夫妻の子供とも言うべき彼らは皆一様に無言のまま。それを気に留めた様子はなく、シドが続ける。
「私が彼らを案内しましょう。私たちを降ろして、先に行っていてください。誰か、スコールに会いたい人がいるなら一緒に行きましょう」
子供たちは微妙な表情をした。ああまただ、と9人は思う。彼らは何かとてつもなく重大なことを自分たちに告げていない。
 エスタという国に、今から降り立つ場所にスコールがいる。彼らからはそれだけしか教えられていない。けれど、今までの彼らの態度、言葉から朧気ながら9人は察している。スコールは今、簡単に再会を喜べる状況ではないのだろうと。
「いい加減、教えて貰えないだろうか」
口火を切ったのはライトだった。
「我らに何を隠しているのかを」
その言葉に、残りの8人も頷く。彼らには彼らの思惑があるのだろうが、スコールは自分たちにとってもかけがえのない仲間だ。彼が今、何かしら困難な状況にいるのだということは、最初から予測していたし、だからこそ、手助けをするつもりでこの世界へやってきたのだ。
「君達の気持ちは解っています。私たちも、君達がここへ来てくれたことに、希望を感じているんですよ」
シドは穏やかな声で答えた。
「君達には全てを話します。長い話になりますが」
ただ、とシドは続ける。
「それは、とにかく1度、スコールに会ってからにしましょう」


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シドと9人を降ろし、ラグナロクは再び空へと舞い戻っていった。後で合流するが、ここからは車で送って貰えるから大丈夫なのだとシドは言った。
周りは荒地。市街地からは随分離れた場所で、そこが普通の施設ではないことはすぐ知れた。
入り口はバラムガーデンの時のように出入りが管理されていて、しかしガーデンと違うのは、そこに立っているのが武装した兵士だということだ。
ゲートで何やら話していたシドが振り返り「行きましょう」と9人を促す。
「スコール、こんなとこにいて寂しくないのかな」
ティナの呟きに、2年前と同じように隣りを歩いていたオニオンが答える。
「ここで何かしなきゃいけない事情があるんだろうし」
「そうだよね…」
そう言いながら入っていくそのゲートに掲げられたプレートには、彼らには読めないこの世界の文字でこう書いてあることを、彼らは知らない。
そこにはこう書かれている。エスタ国立魔女記念館、と。
物々しく警備されたエントランスを抜けると、様々な機器が設置され技術者らしき人々が立ち働く研究所のような雰囲気になった。シドはそこを抜け、ガラス張りの長い廊下へと進む。
建物の中央に何かしら大きな装置があって、そこに向かっているらしいことはすぐに判った。
「本当に、スコールのやつ一体ここで何してるんだろうな?」
バッツがそうジタンに話を振ったときだった。突き当たりの重厚なゲートの前で立ち止まったシドが彼らに振り向いた。
「この先に、スコールはいます」
彼らは頷く。果たして、あの無愛想なスコールの、再会の第一声はどんなものだろう。1番確率が高いのは「何しに来た」だろうか。彼の手助けの為に来たのだと言えば、「足手纏いはいらない」とでも返すだろうか。彼らはそんな想像をしながら、その重厚な扉が開くのを見守った。
機械音と共にロックが解除され、金属製の扉が左右へと開かれていく。中から、冷たい空気が流れてくる。
扉の向こうにある、大きな装置。その全貌が目に入ってきた時、9人の眼は一様に驚愕に見開かれた。
彼らが求める、最後の仲間は確かにそこにいた。
大きな装置の、その透明なケースの中で、確かにスコールが、眼を閉じて静かに眠っていた。


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口許に両手を当て息を呑むティナ。驚きに眼を瞠ったまま瞬きすら忘れて目の前の光景を見るオニオン。
他の面々も反応は似たり寄ったりだ。だって、誰もこんな再会、予想していなかった…!
「…な、んだよ、これ…」
最初に動いたのはティーダだった。
「なんなんだよ、これっ!?オッサン、説明しろよっ!」
シドに今にも掴みかからんばかりの勢いのティーダを、我に返ったように慌ててフリオニールとセシルが止めた。ティーダに先を越されたおかげで、辛うじて冷静さを保っている様子のバッツとジタンも、本当ならティーダと同じようにシドを問い詰めたいところなのだろう。
「死んでるわけじゃ、ないんだな?」
一番後ろから上げられた声に、全員の視線が集中する。それを気にする素振りも見せず、ゆっくりと巨大なケースに近づき、手を触れたクラウドがシドを振り返った。
「これは、コールドスリープの装置か」
「そうです。スコールは、もう2年近く前から、ここで醒めない眠りに就いています」
コールドスリープって何だ?と首を傾げる仲間に、クラウドが簡単に説明する。
「人工的に低体温の仮死状態にして……いや、詳しいことを言っても仕方ないか。語弊はあるが、人為的に冬眠しているようなものだ」
仲間たちは冬眠、の言葉にスコールが死んでいないことを納得した。
「でも、いつ目覚めるの…?」
ティナが眠るスコールの顔を見上げて言う。全員が、つられた様に彼を見上げた。
 あんな穏やかな表情のスコールを、初めて見たかもしれない。穏やか過ぎて、まるで死に顔のようで、今すぐ揺さぶって起こさないと不安になる。
「ちょっとやそっとじゃ起きないって言うなら、フライパンで叩いてもいいよ」
セシルの科白でギョッとした様子のフリオニールとティーダが「フライパンはちょっと…」と言うのは無視して、ライトがシドに向き直った。
「醒めない眠り、と貴方は言った。それは、スコールに目覚める意思がないということか?」
そして、とライトは続ける。
「貴方達に、彼を目覚めさせる意思もない、ということだろうか」


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ライトの問い掛けに、シドは大きく息を吐いた。
「1つめの質問の答えはイエス、です。スコールは、自らの意思で眠りに就きました」
「止めなかったのか?」
クラウドが問う。
「正確に言うならば、止められなかった、ということです。知っていれば止めたでしょう。それを彼もよく理解していたからこそ、スコールは私達に気づかれないよう手配して、私達が気づいた時には止められない状況になっていました」
 スコールの優秀さが、あの時ばかりは私たちには不利に働いたのです、とシドは語った。
「そして2つ目の質問の答えは、イエスでもノーでもありません」
眠るスコールの姿を見上げ、シドは言う。
「私達はずっと、その答えを出せずにいるのです」
その言葉に、聞き覚えがあった。
イデアが意味深長に口にしていた「答えを出してくれるのではないかと期待している」という言葉。
「何故、答えを出せないんですか。何故、僕たちなら答えを出せると考えるんですか」
セシルの問いは、仲間たち皆の疑問。
「君達ならば答えが出せると期待する理由。それは君達が、彼の力を必要としていて、そして君達が、この世界の住人ではないからです」
逆に言えば、ライト達9人には、スコールを眠らせておく理由がないからだ。
「私達が答えを出せないのは…」
シドは言葉を切り、再びスコールを見上げた。
「見てください。とても、穏やかな顔をしていると思いませんか?」
そして続ける。
「スコールを、この穏やかな眠りから引き戻すというのは、私達のエゴに過ぎないのではないかと、そう思えてならないからです」
視線を下げ、自嘲するように僅かに笑った後、シドは9人を見回した。
「私達は、この世界が彼にとって決して優しいものではないことを、彼に痛みを強い続けることを、知っているからです」


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軍用車を降りると、そこに広がる光景に9人は立ち竦んだ。
ラグナロクを見た時も驚いたが、この街の景色はその上を行く驚きだ。
自然物など影も形も見えない街。自らの足で踏みしめる大地はなく、街中に張り巡らされたプレートリフターが自分の足を動かさずとも目的地まで運んでくれる。
「長い話になりますから」とシドに促され、一旦、スコールの眠る魔女記念館を後にした彼らは、街の中心部らしき場所に建つ立派な建物に案内された。やはりここにも武装した兵士が警備として配置されている。
「話すんのに、こんな物々しいとこでしなきゃなんないのか?」
バッツの疑問は尤もで、多少雰囲気に呑まれた様子のオニオンなどもこくこくと頷いている。
「ここならば機密性が保障されています」
シドの答えは簡単で、けれどそれは新たな疑問を浮かび上がらせた。
「機密性が重要視される話なのか…?」
一体、何を話されると言うのだろう。自分たちはただ、スコールの身に何が起こったのかを聞きたいだけなのに。
だがシドはそんな彼らを振り返り、宥めるように笑う。
「経緯はこの後お話ししますが、スコールは、とても有名なんです」
「有名?」
「ええ。恐らく、この世界で老若男女問わず知らぬ者がいないと言って過言ではないほどに」
「そんなに…」
ティナの驚きの声に、「ですから」とシドは続けた。
「スコールのことは誰もが知っている。逆に、知られている情報の他は、洩らしたくないんですよ」
さあこちらです、とシドがとある1室の前で止まる。
 これから、この世界と、自分たちの大切な仲間に纏わる、長い長い話が始まろうとしていた。


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何やら横のパネルを操作すると自動で開く扉(さすがに慣れてきた)の向こうには、先に着いていたイデア達が思い思いの位置で待っていた。部屋は広く、これだけの人数がいても座る場所に困るということはなさそうだ。
そして、9人にとっては新手とも言うべき、見知らぬ人物が3人程増えていた。
「おー!待ってたぞ、どっか遠いとこから来たお客さんたち!」
なんだかエラク明るく迎え入れられて、今までのシリアスな空気は何処へ行った?とポカンとしてしまう。
「もうちょっと威厳のある出迎え方ができないのかね、ラグナくん」
「………」
「そうか、そうだな。今更彼には無理か」
ラフな格好の長髪と、浅黒い肌と、スバ抜けて大柄な男性の3人組。
「ほら、お客人たちが呆然と見ているじゃないか」
「初対面の相手すら参らせるオレのミリキってヤツだ!」
「………」
「『呆れて物も言えない、とはこういうことか』とウォードが言っている」
どうすればいいのだろう、と部屋を見回せば、シドもイデアもキスティスもゼルもアーヴァインもセルフィも、あのサイファーまで、微笑ましいと思っているような諦めているような、なんとも言えない表情で黙っている。
「つーか、アンタたち、誰ッスか?」
よくぞ言ったティーダ、と部屋にいる者の大部分が内心で賞賛した。物怖じしないのか空気が読めないのか、この際どちらでもいい。
「よくぞ訊いてくれた若者よ!オレは…ムグッ」
「君に話させると脱線して長くなる。彼はラグナ。私はキロス、こちらはウォード。ウォードは昔の怪我が原因で話せないんだが、意思の疎通は十分出来るので気にしないで欲しい」
浅黒い肌のキロスがそう言うと、口を塞いでいた手を外したラグナがプハーッと大袈裟に深呼吸する。
「キロス、オマエな、親友に向かってその態度はどうなんだ」
「ああ、君が歳相応の態度というものを身に着けたら、私も親友相応の態度というものを考える事にするよ、ラグナ君」
「…で、そのアンタらがここにいる理由は?」
これはもう、空気に呑まれずどんどん食い込んでいかないと脱線し続けるとこの短時間で察したジタンが問えば、やはり口を開こうとするラグナを遮ってキロスが答えてくれた。
「理由も何も、ここは我々の職場であり、ラグナ君の住居でもあるからね」
ここが職場?この物々しく警備された場所が住居?と驚く9人に、シドが言った。
「ここは、エスタ大統領公邸です。その人は、エスタ大統領ラグナ・レウァール氏」
「なっ…」
シドの科白に反応したのは、クラウドだけだった。他の8名は。
「…大統領って、何?」
ティナの言葉が全てを物語る。8人は一斉にクラウドを見た。
「大統領とは、その国の最高権力者のことだ」
「王様みたいなもの?」
「ああ。世襲ではないが」
「じゃあもしかしなくてもこの人…」
オニオンの言葉に、今度は視線が一斉に一方向に動く。
「偉い人なんだ…?」
そこには「偉い人でーす」と頭を搔く、全く偉くなさそうなラグナの姿があった。


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「まあ確かに機密性という意味では安心かもしれないが…」
クラウドが納得出来たような出来ないような、半端な口調で呟く。
一国の政治中枢ともなれば、出入りする人物の身元チェックや、盗聴防止などの対策も万全を期して施されているに違いないし、既に知れ渡っている情報の他は一切洩らしたくないと言うのならば、確かにここはうってつけなのかもしれない。それが納得している半分。しかし、この場に国家元首が同席する必要があるのだろうか、というのが納得できない半分。
「スコールがいるあの施設は、エスタ国立の施設です」
不思議なほど落ち着きのある声音でイデアがそう教えてくれる。彼女は「それに」と続けた。
「これからお話しすることを聞いた上で、あなたたちが出す答えは、この世界に大きな影響を齎すことになります」
「だから、一応施設のカンリシャ?としてオレも同席するってわけだ!」
ラグナがそう言うと、そういえば、とシドが部屋を見回す。
「リノアは?」
「よほど疲れているらしくて、まだ起きないの。エルオーネがついて隣りの部屋で休ませているわ」
「エルオーネが?」
「なーんか、エルも1枚噛んでるらしいんだわ」
黙って遣り取りを聞いている9人の頭にまた新たな名前が記憶される。「エルオーネ」という人物も、何か関わりがあるらしい。
「エルオーネは起きているが、彼女も疲れた様子でね。リノアを看ているというよりは、一緒に休んでいる」
キロスの説明に頷くと、「彼女たちが回復したら、2人が何をしようとしたのか説明してもらうとして、先に話を始めましょう」とシドが立ったままの9人に座るよう促した。
9人に話を聞く準備が整った事を見届けると、イデアが口を開く。
「何処からお話しするか…とても難しいのだけれど、そうね、まずは…あなたたちに、この世界について知って貰わなくてはなりません」
そうして彼女は、この世界の成り立ちを話し始めたのだった。


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イデアの静かな声が部屋に響く。
 世界を創ったとされる魔女ハインの伝説。
ずっと受け継がれてきた魔女の力。
この世界で本当の魔法を扱えるのは魔女のみであること。時には魔女が自らの欲望のままに力を振るい、人々を支配した時代もあったこと。それ故、魔女は畏れ忌まれる存在となったこと。そうして、力による支配を望まない多くの魔女がその力を隠し人目から逃れるように生きたこと。
魔法という強大な力を使える者が魔女のみであったが故に、この世界は科学技術が発達したこと。ガーディアンフォースと呼ばれる精神エネルギー体の存在。
近年、疑似魔法が開発され、G.F.のジャンクション技術が確立されたこと。しかしジャンクションには代償を払わねばならないこと。その為ジャンクションを許可しているのはバラムガーデンのみであり、だからこそ、バラムガーデンのSeeDは驚異的な戦闘力を誇り他の追随を許さない傭兵のブランドとなったこと。
「代償、とは?」
ライトが問う。
「記憶、です」
「記憶?」
首を傾げたのはジタン。それに対し、クレイマー夫妻の後ろに控えるように立っていたキスティスが口を開いた。
「ジャンクションは、精神エネルギー体であるガーディアンフォースを自分の精神、つまりは脳にいわば接続する技術のこと。そしてその際に使うのが、脳の記憶野なの。記憶を繋げている神経ネットワークをG.F.に繋げることで彼らの力を自分のものとして使えるようになる。けれど、代わりに繋いでいた『線』を失った記憶は存在していたことすら忘れてしまう…」
「そんな…」
「実際、オレ達、石の家で育った事も、皆幼馴染だってことも、覚えちゃいなかったんだ」
「『線』が切れてしまっているだけで、記憶そのものを失くしたわけじゃないから、切欠があれば思い出せるのよ。でも、普通は自分が記憶を失くしている、という事実にも気づかないから」
石の家の子供たちの場合は、ジャンクション未使用だったアーヴァインによって、大事な記憶は思い出せたのだという。それでも、思い出す切欠のない、個々の様々な思い出は今も忘れられたままなのだろうし、記憶を失ったという自覚もないままだ。もしそこにどんなに美しい思い出があったとしても、自力でそれを取り戻す術はないのだ。
「2年前の魔女戦争終結後は、バラムガーデンもジャンクションは必要を認めた場合のみの許可制となりました。もっとも、スコールだけは常時ジャンクションが許されていましたが」
「スコールだけ?」
シドの説明に9人全員が反応した。記憶を失くすと判っているそれを、何故スコールだけは許されたのだ?
「スコールは1度、すべての記憶を失ったからです」


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すべての記憶を失った   。
何故そんなことに?と視線で促せば、シドがこう答えた。
「それは、これからお話しする中で解ります」
そうして、再びイデアが話し始める。
「少し、私のこともお話ししなければいけません…。私は、子供の頃から魔女でした」
「え?」
9人に動揺が走った。魔女、そう聞いて彼らの脳裏に浮かぶのは、あの異世界で対峙した時を操る魔女・アルティミシアの姿。魔女の時の呪縛に苦戦した思い出は全員が持っているものだ。
「私の母も魔女でした。私は、母が亡くなる際に魔女の力を継承したのです。魔女は、魔女の力を持ったまま死ねませんから」
イデアは続ける。
「母は魔女であることを隠してはいませんでしたし、私も同様に振る舞いました。幸い、魔女を怖れたり、逆に利用しようとする人間は周囲にはいませんでした。私は極々普通の生活を送り、幸せな少女時代を経てこの人と出逢ったのです」
クレイマー夫妻が軽く目を合わせて微笑みあう。
「けれど、結婚してすぐに状況は激変しました。魔女アデルが、その力でエスタを支配し、世界侵略を開始したのです」
魔女の持つ強大な魔力とエスタの先進科学技術の併せ技で進められる侵略は、驚異的なスピードで世界を戦争へと巻き込んでいった。
「アデルの登場で、暫くの間歴史の中に忘れられていた魔女への畏怖が人々の間に甦りました。私たちには、それまでのような普通の人としての暮らしが難しくなってしまった。人目を避けるようにあちこちへ移り、そうしてあの石の家へと辿り着いたのです。私たちはそこで、各地を彷徨った間に出逢った身寄りのない子供たちを育てることにしました」
居住空間としては不便極まりなく見えたあの石の家で孤児院を営んでいた理由がここで判った。
「今から19年程前、戦争はある時突然終結しました。私たちには何があったのか知る由もありませんでしたが、エスタが突然兵を引き上げ一切の外交を絶って沈黙したのです」
「エスタで反アデル派のクーデターが成功したんだよ。アデルを封印して一切の外部接続を遮断する為に、人や物や情報の出入りも基本的にできなくなっちまった。クーデターは成功したものの、国内情勢が安定するまでに4、5年かかったぜ~」
ラグナが他人事のように語るが、その国内情勢の安定の為に奔走したのが他ならぬ大統領であるラグナなのだ。
「当時、石の家で育てた子供たちの中に、エルオーネもいました。あの子は他の子供たちよりも少し年上で、姉のような存在でした。そして魔女とは違う、特殊な能力を持っていました。その能力をエスタに狙われていたのです」
「クーデター成功後も、アデル派の連中が地下に潜って色々好ましくない事をやっていてね。エルオーネのことも執拗に狙ったらしい」
キロスが補足する。そういった不穏分子の掃討が完了するまで5年近く掛かった。
「別ルートで、エルオーネの力を更に研究したがったオダイン博士も彼女を血眼になって捜していたしね」
「私たちはエルオーネを守る為、彼女の為に船を用意し、秘密裏にあの子をそちらへ移しました。事情も解らぬまま、本当の姉のように慕っていたエルオーネを突然失ったスコールにはとても可哀想なことをしたと思います」
「スコールはそのエルオーネって人のこと、そんなに慕ってたのか?」
成長した姿しか知らない9人には想像し辛い、意外な言葉にバッツが呟く。
「エルオーネは実の両親を失ってスコールの母親に引き取られていたんです。スコールが生まれた瞬間にも立ち会ったと言っていましたし、本当の姉弟と言ってもおかしくはない関係なのですよ」
逆に、実の姉と言ってもいいほどの相手を幼いときに突然失った経験が、スコールの人格形成に大きな影響を及ぼしたことは間違いありません。
イデアはぽつりとそう零すと、意識を切り替えるように9人を見回した。
「あれは…15年ほど前、エルオーネを船へと乗せてまだ間もない頃。『おねえちゃんを捜す』と言って飛び出したスコールを追った私の前に、1人の少年と、瀕死の魔女が現れたのです」