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風呂上がりに1杯のビール




 夏真っ盛り。暑いわ蒸してるわ、蒸し暑いわ暑いわで、要はとにかく暑い日々。
幸いなのは、今が休みの真っ只中で、宿題を見て見ぬ振りしている小・中・高までと違い、前期試験とレポートの提出を終えた大学生はどれだけだらだらしていようが一向に問題ないということだ。
コンビニで買ってきた弁当で夕食を済ませ、たまにはいいかもしれない、と風呂に湯を張ってみた。
暑い季節に熱い風呂に浸かってどっと汗をかいて、水でさっと流す。なんともいえない爽快感に、毎日は面倒だが週1くらいなら風呂を沸かすことにしようか、なんて考えていると、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
 時計を見れば午後10時。
誰だこんな時間に人様の家を訪ねてくるとは。勧誘だったら問答無用で警察に通報してやる。人をチョコボ呼ばわりする悪友だったら有無を言わさず3発ほどぶん殴った後に布団で簀巻きにしてベランダから吊り下げてやる。
そんなことを考えながら、大した広さもない部屋を横切り、玄関のドアを開ければ、そこに立っていたのは、4つ年下の隣人。
「スコール…?どうかしたのか?」
こいつから訪ねてくるとは珍しい。そう思って問い掛けると「別に」と相変わらず可愛げのない答えが返ってきた。
「これ、アンタにやる」
グイッと突き出された手にぶら下がっているのはコンビニのレジ袋。中を見れば、数本の缶ビール。思わず眉がひくりと動いた。
 これは、発泡酒でも第3でも第4でもない、正真正銘のビール!しかも、このパッケージは、プ、プレミアムピール…!!
苦学生とは言わないが、生活費を仕送りに頼らない貧乏学生の身には手が出せないそれに、ふらふらと手を伸ばしそうになるのを寸でで止める。
 未成年がコンビニでビール、と思うが、コイツの見た目じゃ身分証の提示を求められることもなかったのだろうと納得した。
しかし、何故突然スコールはビールをくれようなどと思ったのだ。
全く見当がつかずにいると、それを察したのだろうスコールがえらく不機嫌そうにビニール袋を手に押し付けてきた。
「自分の誕生日くらい、憶えておけ…!」
そのまま、脱兎の勢いで自室に戻っていったスコールの姿を見送って、バタン!と大きな音を立ててスコールの部屋のドアが閉まる音で、漸く合点がいく。
「…そういえば誕生日だったか、俺」
手の中のプレミアムビールを見る。
 あの他人に無関心な態度を取りたがるスコールが、わざわざプレゼントを持ってきてくれるなんて。
…プレゼントがビール、という辺りがロマンも色気もないが、現実主義のスコールらしい。確かにコレほど確実に相手が喜ぶと判っているプレゼントもないだろう。
とりあえず、風呂上りの1杯を、窓を開けたベランダで愉しむとしよう。
 風呂上りに夜風に吹かれてプレミアムビールを1杯。これ以上の幸せがこの世にあるか?いや、ない。
「あー、美味い」という心の底からの呟きは、同じく窓を開けている隣人の耳にも届く事だろう。
 
ありがとう、スコール。お前のおかげで、今年はいい誕生日になったよ。




無自覚な爆弾




 気づけば独りでふらりと何処かへ消えてしまっていたスコールが、最近はあまり姿を眩まさない。
皆無とはいかないが、頻度はかなり下がった。どういった心境の変化か、と観察してみると、姿を眩まさない、というだけで、仲間の輪から外れて離れていることに変わりはないと気付く。
それでも偶に本当に何処かへ出て行ってしまうこともまだあって、けれどそんな時はスコールがリーダーであるライトにだけ、一言声を掛けて行くということにも気付いた。スコールはライトを苦手に思っている節があったから、これは大層な進歩だ。
一体どんな心境の変化があったのだろう。本人に訊いても絶対に答えてくれないだろうと踏んで、事情を知る可能性が高い人物、つまりはスコールが声を掛けていく相手であるライトに尋ねてみた。
「彼は私の頼みを聞いてくれた、それだけのことだ」
案の定、あっさりと返ってきた答え。しかし、簡潔過ぎて事情はさっぱり掴めない。
「スコールに、何を頼んだんだい?」
「あまり、目の届かない処には行かないようにと」
それは団体行動に於いて極々当たり前の要請だったが、あのスコールがよくもあっさりその頼みを聞き入れたものだと感心する。そのままを口にすれば、ライトは不思議そうな顔をした。
「特に、嫌がる様子もなかったが?」
「うん、だからそれが珍しいなって思って。参考までに訊くけど、一体なんて言って彼を納得させたんだい?」
「君の姿が見えないと私が落ち着かないので、どうか私の為に私の目の届く処にいて欲しいと」
思わずまじまじと見つめてしまう。
「…そう、言ったの?」
「ああ。何かおかしなことを言っただろうか?」
おかしくはないが、それは普通に聞けば殆ど告白と同義だ。言ったライトは全く理解していないようだが、言われたスコールはさぞかし戸惑ったことだろう。今はこの場にいないスコールにこっそり同情する。
「そんな風に言われたら、さすがの彼も無碍にはできないだろうね」
というより、誰だって戸惑うだろう。そんな告白紛いの頼み方をされたら。
そう思って、少し自覚を促そうとしての言葉だったのだが。
「私は私の正直な気持ちを言っただけなのだが…」
その言葉に引っ掛かった。これはもしかしてもしかするんじゃないか。
「スコールの姿が見えないと落ち着かない?」
「彼の強さは承知しているのだが…。知らぬうちに傷を負うのではないかと、な。私の目の届く処にいてくれれば、彼の盾になることだって出来るだろう?」
「ねぇ、ライト、それって…」
そう言い掛けたところで、ライトの視線が動いた。それに倣って同じ方向を見れば、近辺のイミテーションの掃討に行っていたスコール達が帰ってきたところだった。共に掃討に赴いていたバッツとジタンがしきりにスコールに向かって何か言っているようだが、スコールは聞く耳を持っていないようだ。
 無言のままライトが動く。一緒について行けば、バッツとジタンもこちらに気づいて声を掛けてきた。
「もう、あんた達からも言ってくれよ」
「どうしたんだい?」
問い掛ければ、スコールがあからさまに面倒そうに顔を逸らす。これは自分に分が悪いと思っているときの態度だ。
「スコール、怪我してんのに、ケアルもポーションも要らないって聞かなくてさ!」
その言葉に真っ先にライトが反応した。やはりこの反応は。
「怪我を負ったのか?」
「…大した傷じゃない」
「でも血ぃ出てんじゃん!」
スコールの言葉に被せるようにジタンが言えば、ライトの眉が寄る。
スコールが僅かに左手を隠すような動きをしたのは見逃さなかったので「左手?」と訊けば観念したように左手を出してきた。黒革のグローブを外せば掌から血が流れている。
「グローブ越しだから表面が切れただけだ」
確かに深い傷ではないようだが、逆手とはいえ掌が切れていては色々不便だろうと、バッツとジタンが回復させようとするのを、断固拒否してきたというわけか。仲間の手を煩わせるのが嫌いなスコールらしい。
「掌の傷って大した事なくても痛いだろ?大人しく回復しようぜ?」
「ケアルやポーションを使う程の傷じゃない。…舐めとけば治る」
「またそんなこと言って!」
舐めとけば治る。それはよく使う慣用表現で、決してスコールも自分の傷を舐めようなんて思っていなかったはずだ。しかし。
「…そうか」
そう低く呟いたライトのとった行動に、全員動きが止まった。
スコールの左手を取ったライトが、その傷を舐めたのだ。
「…アンタ!」
珍しく狼狽えた様子を隠さずスコールが声を荒げると、しっかりとその左手を掴んだままのライトが全く頓着していない様子で顔を上げる。
「私は君に傷を負って欲しくない。無理な願いと承知している。だが、君に傷が残るのは耐えられない」
「…っ」
ああ、もうこれは間違いない、と確信する。
「……自分で手当てするっ」
顔を紅く染めたスコールがライトの手を振り解いてコテージに駆け込んでしまうのは当然として。
「なあなあ、セシル」
バッツとジタンが突いてくる。
「どう聞いても、どう見ても、告白としか思えないんだけどさ」
「うん、僕もそう思うよ」
苦笑しながら答えれば、バッツとジタン、二人が「だよなあ」と同時に呆れたような溜息を吐いた。
「…私は、彼を怒らせるようなことを言っただろうか?」
相変わらず不思議そうなライトに、いや、と首を振る。
そしてとりあえず、今後もこの無自覚さに振り回されるだろうスコールに、深く同情したのだった。



spineus cunae





 フロアの中央に大きく陣取る螺旋階段の所為で、満月の光は不思議な形に拡散して内部を照らす。
シン、と静まり返った城内にゆらゆらと揺れる影。それがこの常夜の城の変わらぬ光景だ。
時が流れていないような錯覚さえ覚えるこの空間こそが、魔女の居城だった。
常ならば、魔女が一人静かに佇むこの城に、今は魔女の他にもう一つの影がある。
 白いファーがついた黒革の服、胸元に光る銀の獅子。
調和の神に召喚された、魔女を屠る者・・・スコール・レオンハート。
しかし、本来魔女を鋭く見据えている筈の双眸の焦点は合わず、その表情は虚ろだ。自分の足で立っていることの方が不思議に思えるくらい、その姿は頼りなかった。
「やっと…手に入れた」
長い爪で肌を傷つけないよう、繊細な動きで以て魔女・アルティミシアの手がスコールの顔に触れる。長い前髪をかきあげ、額に走る傷痕をなぞり、目許に揺れる睫の淡い影を辿り、未だ青年になりきらない頬を撫ぜ、小さな息を零す薄い唇を擽って、その手は顎を通り首へと当てられた。ほんの僅かな力を込めて喉に当てられた指先に、息苦しさからスコールの眼が微かに眇められるがそれだけだ。表情は虚ろなまま、魔女の手を止めようなどとは微塵も考えていないことが見て取れる。
「おまえはもう、私のもの」
アルティミシアの指はスコールの喉から鎖骨の窪みへと滑り、胸元の獅子のペンダントで止まった。
「私の邪魔をする者を、その牙で噛み殺す獅子」
言葉と共に、アルティミシアの唇がスコールの喉元に寄せられる。先程指先で触れた場所をなぞるように紅い唇が辿っていく。ひくり、とスコールの喉が震える様子を感じ取り、魔女の唇が弧を描いた。
アルティミシアの手がスコールの両肩を軽く押すと、それだけで力を失ったように獅子は床に座り込む。低い位置に来た彼の頬を、両手でそっと包むと魔女は体を屈めてその耳元で囁いた。まるで愛の言葉のように。
「伝説のSeeDは、もういない」
再びひくり、とスコールの体が跳ねる。その様子に、魔女の眼に剣呑な光が宿った。額を合わせ、至近距離で見つめながら口を開く。
「魔女に刃向かう伝説のSeeDは、もう、世界のどこにも、いない」
「伝説の…SeeD…」
初めてスコールの口から音が洩れた。自分が何を言っているのかも解らない様子で、まるで幼子のようにたどたどしく。
「もう…いない…」
アルティミシアの顔にはっきりと笑みが浮かぶ。
「そう。いい子ね、スコール」
まるで母のような優しい声音。けれどその眸に宿る光は猛禽のよう。
「今のおまえは、魔女の騎士」
「魔女の…騎士…。俺は…魔女の…」
「魔女を守る、騎士」
耳元で、頭の中に直接吹き込むように何度も囁く。
 おまえは魔女の騎士。魔女を守る者。魔女の為に生きる獅子。
 おまえの腕は魔女に仇為す愚か者を葬る剣。おまえの命は魔女に降る矢を防ぐ盾。
 おまえの眼に映るのは私だけ。おまえの声が紡ぐのは私の名。おまえの耳に届くのは私の声。
「さあ、眼を閉じて…。愛し子よ」
頬を包む両手の親指が、スコールの目蓋をそっと下ろした。
「おまえの世界は閉じられた。光のない、暗闇の中に、一人ぼっちで立たねばならない、おまえは可哀想な子…」
「…ひと、り…ぼっち…」
たどたどしい声に怯えが混ざる。アルティミシアの笑みはますます深くなる。
「でも大丈夫。ほら、私がいるでしょう?」
怯える獅子の額の傷に口付けて、魔女は謳う。
「暗闇の中に、私がいることを感じるでしょう?何も見えなくても、私の姿だけは思い描けるでしょう?私の声だけは、聴こえるでしょう?」
「……感、じる…」
「そう。私だけがおまえの拠り所。私だけが、おまえの感じ取れるもの。ね?寂しくないでしょう?」
「寂しく、ない…」
「さあ、立ち上がりなさい。私のスコール」
頬から手を離し、首筋から顎にかけてを撫で上げるようにして促す。スコールは魔法に掛かったかのようにフラフラと立ち上がった。
「ちょうどいいわ」
アルティミシアが、スコールの胸に寄り添うように体を預ければ、彼の腕がさも当然のように魔女の腰を抱く。
「近くに、コスモスの駒が来ている」
 それは先日まで確かにスコールの仲間だった者たち。けれど今はもう。
「眼を開けて、スコール。そして、私の邪魔をするあの者どもを、斬り捨てていらっしゃい」
愉悦を滲ませた声に促され、スコールの眼がゆっくりと開けられた。
魔女から体を離し、しっかりとした足取りで歩いていくスコールの右腕に、ガンブレードが握られる。
「行っていらっしゃい。私の騎士」
アルティミシアの声を背に、城の外へと向かうスコール。
 
 
その双眸は、不思議な事に魔女に似た金色の煌きを宿していた。



いつか野に咲く花になる日まで




 たぶん、きっかけなんてとても些細なもので、気がついたらとても好きだった。


 遠くで揺れる、尾のような長い銀髪をこっそり眼で追う。動きに合わせて揺れる長い髪が、まるで銀色のリボンのようだ、とぼんやり思った。
フリオニールは、クラウドを相手に手合わせをしている。こうやって俺がその姿を眼で追っていることなど、気づくはずもない。
 気付かれても、いけない。
アイツを見つめるのは遠くから、気づかれない場所から、と決めている。傍にいる時は出来得る限り素気なく、無駄口も叩かない。幸い、元来無口で無愛想な俺は、誰にそういう態度を取ったところで「スコールはこういうヤツだから」で済ませてもらえた。
だって、近くで見つめたらきっと、気づかれてしまう。
「無表情で何を考えているのか判らない」筈の自分は、心を許した仲間たちにとっては「眼は口ほどに物を言う」らしい。ならば、こんな風に抑えきれない気持ちなど、近くで見つめたらすぐさま伝わってしまうに違いない。だから、気づかれないように、覚られないように、遠くにいる時だけ、と決めた。
「伝えないのかい?」
以前、セシルにそう言われたことがある。フリオニールに覚られないことだけを考えて神経を使った所為なのか、それとも温和で仲間皆に気を配るセシルの性質故なのかは判らないが、セシルにはいつの間にか自分の気持ちを知られていた。
「…同性だぞ」
短く返した俺にアイツは柔らかく笑って「それをどう取るか決めるのは相手だよ」と言った。「フリオニールはそれで態度が変わるような人じゃないよ」とも。
黙って首を振った俺に、深追いすることなく「どうするかはスコールの決めることだから、僕はもう何も言わないけど」と引き下がったセシルは、言葉通り、以来その話題を俺に振ったことはない。ただ時々、気遣うような眼で俺を見るだけだ。
 セシルの言うように、仮に俺が想いを伝えたとして、フリオニールは同性だからと言って俺を蔑んだり避けたりはしないだろう。きっと、真摯に考え答えてくれる。俺も、それだけが理由だったら、気持ちに決着をつけるためにも、アイツに伝えたかもしれない。けれど。
 自分と、アイツとでは、決定的に違うものがある。
正確に言うならば、自分と、フリオニールを含め仲間たちの間には、見えない一線がある。
 俺には、アイツと、アイツらと、同じ夢は見られない。
のばらの咲く平和な世界を作るのが夢だと言ったフリオニール。それはいつしか仲間の夢になった。戦いのない、花の咲き乱れる平和な世界。それをこの世界に、そしてそれぞれを待つ本来の世界に実現すること。
迷いのない眼で、希望に満ちた表情で、決意を滲ませた声で、その夢を語るアイツに、俺は何も言えない。
 何故なら、俺は、傭兵、だから。
傭兵の生きる世界と、平和な世界は対極に位置する。平和な世界に傭兵など必要ないからだ。軍人ならば、兵士ならば、平和な世界に存在し得る。属した組織を守る為の牽制の力として存在が許されるだろう。
けれど金で雇われてただ任務遂行の為に主義も主張もなく戦う傭兵は。
戦うのに大義も正義も必要としない傭兵は、戦いの中でしか生きられない。
傭兵として生きる道を選んだのは自分。今更、それ以外の道を生きる自分の姿など想像することもできない俺は、フリオニールの夢を壊す存在にしかなれないと、自分自身が誰よりもよく解っているから、ただ遠くから見つめることしかできない。
 皮肉なものだ、と思う。
照れくさそうに、それでも強い眸で夢を語るフリオニールが印象的で、キラキラと輝いて見えて、その姿にいつの間にか惹かれていたのに、自分はその輝きを曇らす存在にしかならないなんて。
「争いは、なくならないかもしれない」
フリオニールがそんなことを言ったことがある。確か野営の見張りに就いていた時のことだと思う。無表情を装い無言を貫く俺に、何故突然そんなことをアイツが言い出したのかは解らない。もしかしたら、一度としてアイツの夢への賛同の言葉を口にしたことのない自分に対し、アイツも何か思うところがあったのかもしれない。それは決して自分がアイツに抱くような想いとは重ならないけれど。
「それでも、花を散らさない為に、花を見る人の笑顔を守るために、俺は全力を尽くそうと思うんだ。たとえ力及ばず花が散らされたとしても、何度だって植える。育ててみせる。それを見てくれる人たちの為に」
そうか、と答えることしか出来なかった。フリオニールならば言葉通り、全力を傾けて生きていくのだろうと思った。その姿はきっと、キラキラと輝いて、眩しいくらい心に焼きつくのだ。
 その姿を、見ていられたらいいのに。
アイツに、想い返されたいなどと思ってはいない。ただ、アイツの見る夢を、自分も見られたらいいのに。
アイツの望む世界を、同じように望める自分だったらよかったのに。
 ほんやりとした思考の淵から現実へと意識を戻せば、相変わらず続く手合わせの中で、銀色の長い髪が光を弾きながら揺れている。
 俺に望めるのは。
俺は無意識に胸のペンダントを握った。何より強い、自らの目指すもの。戦い続ける自分が望む強さ。
 俺がアイツの為に願えるものは、アイツの夢の実現。アイツの世界が花で咲き乱れるよう祈ること。そして、できれば。
全ての争いを、この身に引き受ける事ができればいい。無理な願いだと解ってはいるけれど、本当にそう思うのだ。
争いがなくならないというのなら、アイツの世界で起こる争いまで、俺の世界で引き受けられればいい。
戦い続ける道を往くと決めた自分が、遠い世界で、アイツの夢の実現の手助けになれたのなら。
剣を振るい、硝煙の匂いを纏い、荒れた大地や瓦礫の中に立ち、時には草花を踏み躙るかもしれない自分から流れる血が、汗が、遠い世界でフリオニールが慈しむ花の中のたった一輪の糧になれたなら。
きっと、伝えることのないこの想いも、報われる。
そう、信じるくらいは、いいだろう?
 視界に揺れる銀色のリボンに触れたいなんて望まない。アイツに想われたいなんて望まない。戦い続ける覚悟ならとっくに出来てる。だから。
傍にいてはアイツの夢を壊す存在にしかなれない俺も、遠くでなら、アイツの夢の糧になれると、信じていたい。


 いつか、野に咲く花になれると。



大人の事情と子供の事情




 この世界は様々な世界の断片を繋ぎ合せた寄せ集めの世界なので、歩いていたらいきなり全く違う景色に出くわす、というのは日常茶飯事だ。月の渓谷を歩いていたら突然星の体内に出て真っ逆さまに落ちたとか、次元城の足場が消えて落ちると思ったらガレキの塔のビーカーの中に出たとか、そういった話は枚挙に暇がない。空間の変異のタイミングはまさしく神のみぞ知る、と言ったところだが、どの場所に出るのかは比較的自らの意思も反映される傾向があるらしい、とは興味本位にあちこち歩き回って実験してみたというバッツの見解だ。行き先を何も考えていないと自分に最も因縁が深い場所に出易いらしい、というのはバッツと一緒になって実験したジタンの意見で、どんなに思っても混沌の果てに出る確率はゼロ、逆に秩序の聖域は百パーセントでこれは調和と混沌、どちらの神に召喚されたかで真逆の結果になるのではないかと言ったのは、やはり一緒になって歩き回ったティーダだった。
話を聞いた時にはなんて物好きな、と思ったものだったが、彼らが自らの足で実験した結果は中々正確で、こうして独りで歩くのに役立っている。
今も、秩序の聖域を出て幾らも歩かないうちに願った通りの場所に出た。
 打ち捨てられて崩れたスタジアムのようなこの場所が、何故夢の終わり、と呼ばれるのかスコールは知らない。元の世界でのこの場所の記憶を持っているらしいティーダが、いつもの快活な彼とは程遠い曖昧な表情で「夢の終わりは、夢の終わり、ッスよ」と呟いて以来、誰もそのことについて訊ねることはしなかったからだ。元の世界での記憶を殆ど持っていない自分には理解し得ない複雑な思いがあるのだろうと、スコールも気に留めなかった。
「なんだぁ?まぁた来たのか」
けれど、今になって気に掛かる。この場所は、この男にとっても夢の終わりなのだろうかと。
「…アンタこそ、またいるんだな」
 ジェクト。ティーダの実父にして混沌の神の陣営に身を置く敵。なのに闇の気配を微塵も感じさせない男。
単独行動を好むスコールが、空間の変異で偶々この場所に飛ばされた時出逢ったのが始まりで、仲間の実験によりある程度自分の意思で行動できることが判って以来、この場所に来ると度々ジェクトに会うようになった。何か思い入れがあるのか、座ってじっと景色を眺めていることが多い。息子のティーダがどちらかと言うとこの場所を避けたがるのと対照的だ。一度そう言ったら、「あいつぁ、まだまだガキだからな」と男は苦く笑った。
「ん?んなとこに突っ立ってねぇで兄ちゃんも座れや」
ポン、と隣りを叩かれてここに座れと促される。敵である筈の男は出逢った当初からこの調子で、警戒を露わにするスコールの様子など一向に気にしていないようだった。それに素直に従ってしまう自分も大概おかしい、と思いながら毎回男の隣りに腰掛けてしまうのは何故だろう。
「ティーダは、相変わらずだ」
ジェクトとの共通点なんて何もなくて、何を話せばいいのか皆目見当もつかない。元々口下手で無口なスコールに気の利いた会話などできるはずもなく、かといって態々ここまで訪れていながら何も言わないのも憚られて、結局毎回スコールはジェクトにとって最大の関心事項にしてスコールが与えられる唯一の情報を伝えている。
「兄ちゃんも毎回律儀だねぇ」
ジェクトも毎回苦笑しながらその報告を聞くが、その声に隠しきれない安堵の色があることくらい、スコールは承知している。
「気にしているくせによく言う」
「ま、否定はしねぇけどよ」
こういう時に大らかに肯定してしまえるのが、男の余裕であり、話していて心地よいと感じる部分だ。多少のことではびくともしない安心感。大抵のことは笑って受け止めてしまえる度量。押し付けがましさなどなく、極々自然にそういったものを感じさせるジェクトの傍は、スコールにとって居心地のいい場所だった。
「でもま、こんな別嬪さんが通ってくるってだけでも十分だぜぇ?」
遠慮なく髪を掻き回されても、嬉しくはないが不思議と怒りは湧かない。同じことを、仲間の誰かにされようものなら即座にガンブレードを突き付けるところだ。
「やめろ」
止めなければいつまでも頭を撫でられそうで、スコールはジェクトの腕を掴む。筋肉が隆々とした腕は決して小さい方ではないスコールの手でも余りある太さだ。自らの太いとは言い難い腕と比べてスコールがなんとなく憮然とした面持ちになれば、それに気づいたジェクトが笑う。
「兄ちゃん、細ぇからなあ。うちのガキと比べても細ぇだろ」
思っていてもそれを言うな、ということを平気で口にするジェクトを見ると、血は争えない、という言葉を実感する。この親にしてあの息子あり、と思うと同時に、どこか頭の奥がツキン、と痛んだ。
ジェクトといると時々感じる痛みだ。思い出せない記憶の向こうから、何かが主張してくる。
「アンタといると…」
思わず口をついて出た呟きに、ジェクトが「ん?」とスコールの顔を見た。
「…たぶん、アンタは俺の知ってる誰かに似てるんだと思う」
 思い出せない元の世界の記憶の中にいる、誰か。
要らないことをうっかり口に出すところ、闇の気配を微塵も感じさせないところ、なにより大抵のことを笑って受け止められるところ。ジェクトに似た誰かが、自分の記憶の中にいる。
「なんだぁ?ジェクト様はその誰かさんの身代わりってことかい。寂しいねぇ」
「…あ、いや…、…すまない」
自分が誰かの身代わりだと言われて良い気持ちになる者などいない。不用意に口に出してしまった言葉の持つ意味に気づいてスコールが目を伏せれば、「気にすんな」とジェクトが苦笑する。
「身代わりくれぇで丁度いいって。じゃないとヤバイからなあ」
「え?」
繋がりが理解できない科白に、スコールが思わず顔を上げれば、隣りに座ってるジェクトの大きな手がすっぽりと顔を包むように頬に添えられた。
「兄ちゃん、顔ちっちぇえなあ」
間近で覗き込むように言われて、その近さに驚く。鋭いわけでもなく、かと言って冗談めかしているわけでもなく、どこか苦さを湛えた視線から目を逸らせないでいると、ふっと笑われた。
「こんな美人に熱心に会いに来られちゃ、本気になっちまいそうだろ」
掠れたような低い声で囁かれて、ほんの一瞬距離がゼロになる。見た目のイメージ通り高い体温を伴った、少し肉厚のジェクトの唇が自分のそれと触れ合ったのだと理解するのに数秒必要だった。
「おいおい、固まってねぇで突き飛ばすとか殴りかかるとか何かあんだろぉ?」
胸に抱え込まれ、ポンポンと頭を叩かれる。あまりに見事に固まってしまったスコールの様子に苦笑いしているようだ。まるで子供をあやすような仕草に、体に入っていた力が抜けた。
「…殴られたいような言い方だな」
そう言い返せば、「だから、本気になっちまうとヤバイっつってんだろうが」と呆れたように笑われる。その間も、スコールをあやすような仕草は止まらない。
 子供扱いされている、と思うのに、それを嫌だと感じない。この腕の温かさに言い様のない安堵を感じる。さっき触れた唇も。
「…別に、嫌じゃなかった」
あやすような動きが、その言葉で止まる。
「ったく、参ったねぇ」
腕の中に軽く抱き締めていた華奢な体を解放して、ジェクトはガシガシと頭を掻いた。
 本気になったら拙いも何も、こんな無防備に受け入れられたら、逆に手を出し難い。いくら大人びているとはいえ、自分の息子と同い年の少年に「嫌ではない」と言われて「はいそうですか」と先に進める程、ジェクトは若くないのだ。豪放で自分勝手な性格だと言われても、それなりの年月を歩んできた大人としての自覚がある。
「兄ちゃん、警戒心強ぇのに、なんだってオレに懐いちまったかね」
まるで野良猫か何かのような言われ様にスコールの眉間に皺が寄った。その様子に、そういや獅子も猫科か、などと思いながらジェクトはもう一度スコールの髪を乱暴に掻き回す。
 牙を見せてあまり無防備に懐くと危険だ、と警戒を促したつもりだったのに、寧ろその牙を折られてしまった感が否めない。とりあえずは当面、この若獅子に噛み付いてしまう心配はなくなった、と安堵すべきなのだろうか。
「俺が懐いたんじゃない…」
言いながらスコールが自分の髪を搔き回すジェクトの手を掴んだ。自分の胸の前辺りまでその手を下ろしてくると、空いたもう一方の手も添えて、両手でぎゅっとジェクトの大きな手を握る。
「アンタのこの手が、懐かせたんだ」
遠慮なく触れてくるこの大きく温かい手が、ちっぽけな自分の警戒心を溶かしてしまったに違いない。たとえ思い出せない誰かの記憶が作用しているにしても、今のスコールが安堵し受け入れているのはジェクトの手であることに変わりはないのだから。
「兄ちゃん、そりゃ殺し文句だ」
苦笑しながらジェクトは握られていない方の手を顎に遣る。自分の所為だと言われてしまうとは思わなかった。
 目の前の獅子と称される少年を改めて見る。
額に大きく走る傷痕すら欠点にはなり得ない美しい顔と、鍛えてはいるものの華奢な体つき。同い年のはずの息子に比べて遥かに大人びた雰囲気。
これが、もっと男らしい厳つい容姿だったり、息子のような快活で子供じみた雰囲気を持っていたりすれば、父親代わりを演じるだけで済む話だったのに。
とりあえず、折られてしまった牙がまた鋭く伸びるまではこの奇妙な逢瀬を続けてもいい。けれど、牙が伸びたその時には。
「二度も止まれる程枯れてねぇぞ、ジェクト様は」
つい口に出した呟きに、何を言っているんだ、という顔でスコールがこちらを見た。だからあまり無防備になるな、と思いながら、ジェクトは今一度、スコールの髪をくしゃくしゃにしてやる。
「大人ってのは切ねぇな、って話だよ」




Go WEST




 初めて見た時はよく出来た人形なのだと思った。
屋敷の隅の部屋にぽつんと腰掛けたそれは、朱赤の綺麗な衣装を着けた人形なのだと。
額に走る大きな傷痕に、傷物だから表に飾っておかないのだと勝手に思い込んだ。
 それが人形なのではなく自分と同じ生きた人であると知ったのは、二度目に見た時。
もっと近くでよく見たくて、こっそり忍び入ったその部屋で、間近に見たそれは確かに呼吸をしていた。しかも綺麗な少女人形かと思っていたら、それは男だったと知って驚いた。
けれど色々話しかけても、彼は何も答えてくれなかった。
 それから毎日、彼に会いに来ている。
「オレはさ、ここよりずーっと西の方で生まれたんだ。ここからだとすっげぇ遠いとこ」
答えてくれない彼に、たくさんの話を聞かせる。
「髪の色とかこっちじゃ珍しいだろ?オレの生まれたとこだとしっぽも別に珍しいって程じゃないんだ。…で、道端で飢えかけてたのを拾われて、絹の道を遥々東まで運ばれて売っ払われたんだ」
 こちらでは滅多に見ない髪と瞳の色やしっぽの珍しさに、面白いと劇団の座長に買われて以来、一座の看板役者としてあちこちを回っているのだ。人身売買の商品なんて、悲惨な運命を辿ることの方が多いのに、自分は随分幸運だった。座長も劇団の仲間も、皆家族のように暖かい。
「ここじゃシャオイェンて呼ばれてるけど、ホントの名前はジタン。ジ・タ・ン。解る?」
今はもう誰にも呼ばれなくなった名前を告げてみる。今の境遇に不満があるわけではないけれど、異邦人故の寂寥は、常にジタンの中にあった。
「なぁ、ユゥファン」
いつもただじっとジタンの話を聞いているだけの彼の名は、屋敷の小間使いが教えてくれた。
「あのさ、あの…」
ジタンは口篭る。
「オレ…もうすぐ次の土地に行かなきゃならないんだ」
この一ヶ月程の間、この屋敷の主に気に入られて滞在し興行してきたが、そろそろ次の土地へと赴かねばならない。
「だからその…。ユゥファンに笑って欲しい…て、いや、なんでもない!ゴメン!」
ジタンは慌てて立ち上がると、脱兎の如くその場から駆け出した。
その後姿を、彼が少しだけ緩めた視線で追っていたことなど気づかずに。




 彼の名を教えてくれた小間使いは、他にも彼のことをいくつか教えてくれた。
 この屋敷の主が、かつて旅した西の土地で出逢った娘との間に生まれたのが彼であること。だから彼の髪の色はこの土地ではそんなに目立たないけれど、瞳の色はジタンと同じようにこちらでは珍しい蒼色なのだ。
 主は娘が身篭ったのを知らず彼女を迎えに来ると約束して旅立ってしまったこと。
 娘は産後の肥立ちが悪く、彼を産んでまもなく死んでしまったこと。
 主が娘を迎えに行った時には、既に彼女はなくなり、産まれた子もどこかに引き取られ行方が分からなくなっていたこと。
 主が長年必死に探し、漸く彼を見つけ出して引き取ったこと。けれどその時には既に彼は殆ど話さないし笑いもしなくなっていたこと。
「笑って欲しい、なんて恥ずかしいよなぁ」
女の子に言うのならともかく、とジタンは頭を抱える。それでも気になって仕方ないのだ。もしかしたら、彼にも西の方の血が流れていると知ったから余計なのかもしれない。果てしなく長い絹の道をずっとずっと太陽の沈む方向へと向かっていった先にある、遥か遥か遠い故郷の地。ジタン、と口々に自分の名を呼ぶ友達。あんまり昔のことで、もう朧げにしか思い出せない懐かしい場所。西の土地で生まれ、長い間消息不明だったという彼ならば、自分のことをシャオイェンではなくジタンと呼ぶことが出来るのではないかと、期待しているのかもしれない。
「それだけじゃ、ないけどさ」
庭の砂利を爪先で蹴れば、カラカラと音を立てて小石が転がっていく。
 初めて見た時には人形だと勘違いしたほど綺麗な顔の彼。けれどそれは人形だと勘違いするほど表情に乏しいことを意味する。部屋でぽつんと腰掛けていた姿がとても寂しそうだと思った。何を話し掛けても答えてくれない彼に、「冷たいヤツ」だと腹を立てたこともあったけれど、それでもやっぱり寂しそうな姿が放っておけなかった。数日して、何も答えてくれない彼が実はそれでも話し掛けるジタンから視線を外さずにいてくれることに気づいたら、腹が立ったことなんて綺麗さっぱり忘れてしまった。ただ、彼に笑ってほしい。
 だって、皆ユゥファンのこと大事にしてるんだ。
ジタンは知っている。この屋敷の人たちは彼の父たる屋敷の主から始まって使用人に至るまで皆、彼のことを大切にしている。どうすれば彼が心を開いてくれるのかと真剣に考えている。実際、毎日彼に話し掛け続けるジタンに「お願い」「頑張って」「頼む」と声を掛けてくれた使用人も多かった。彼らの願いは唯一つ、感情を忘れてしまったかのような彼の笑顔が見たい、それだけだ。
 オレも、見たい。
それで世界の何が変わるというわけではないけれど、きっと自分と、彼を取り巻く人たちと、そして彼自身から見える世界は変わると思うから。
そうして、彼が今まで見てきた話も聴かせて貰えたらいいのに。
「お、シャオイェン、ここにいたのか」
庭で小石を蹴るジタンの姿を見つけて、劇団の仲間が廊下から声を掛けてきた。
「なんだぁ?…あれ、それ芝居道具だろ。どこ運んでんの?」
仲間が抱えた大きな荷物を不審に思ってそう言った。
「あー、なんか急に明後日出発することになったんだよ。お前も手伝ってくれ」
「明後日!?」
「次のとこの依頼主がさ、日程を三日程早めてくれないかって言ってきたとかなんとか…」
この土地での興行自体は終わっていて、屋敷の主の好意で次の土地での興行までの時間を過ごさせて貰っていただけだから、劇団としては日程が早まることは問題ない。問題があるのは、ジタンの心の内だけで。
「小道具とか衣装は明日荷馬車に積み込むからさ、荷造り、シャオイェンも手伝ってきてくれ」
「あ、ああ、解った…」
返事をしながら思う。移動する日は朝早くに出立するから、彼に会えるのは明日が最後。
彼は、笑ってくれるだろうか。




 翌日、ジタンの姿を認めると、彼はほんの僅かに首を傾げた。
ジタンが、彼が身に着けているもの程豪華ではないが、普段のジタンが着ている服よりも数段煌びやかな青い衣装を身に纏っていたからだ。
「結構似合うだろ?劇の衣装なんだ」
座長に頼んで仕舞うのを待ってもらったのだ。ジタンが笑顔を見せない屋敷の主の息子の許へ毎日通っていることを承知している気のいい座長は二つ返事で許可してくれた。
「考えてみたらさ、オレ、ずっとユゥファンのとこ来てたのに、本業、見て貰ってなかったなあって」
 だから見て貰おうと思ってさ、とジタンはクルッと一回転してみせる。
「ま、一人だし、道具もないし、音楽もないし、衣装もこれから見せるヤツのじゃないし、だからホントのとは違うけどさ」
 でも、真剣にやるから。
そう言って一度俯き、顔を上げたジタンの表情に、彼の眼が微かに瞠られた。そこにいるのは、一人の演者。
 背景も、小道具も、効果音も、音楽も何もない部屋の真ん中で、ジタンが右から左へとつつ、と駆ける。その仕草だけで、ああこれは若い娘なのだ、と思わせるジタンの力はさすが劇団の人気役者、と言うべきものだった。
「匆匆地私自離庵門」
若い娘に成り切ったジタンは高い声を作って言う。「私はこっそり尼僧院を抜け出した」と。
 彼の視線がじっと自分の一挙手一投足を追うのを感じる。そうだ、そうやって見ていて欲しい。今までで最高の演技を見せるから。
「到江辺覓船隻渡到臨安去把潘郎逐追尋」
まるで舞台に立っているかのように、演じることに没頭していきながら、ジタンは若い尼僧の恋心を表現した。
「来此已是秋江河下」
秋江、という名のこの作品は、若い尼僧と年老いた船頭のユーモラスな掛け合いの物語だ。恋しい男を追いかけてきた尼僧と、彼女を乗せる飄々とした船頭の遣り取りだけで話が進む比較的短い作品で、一人芝居で彼に見せるには丁度いいだろうと選んだものだった。
「喂、艄翁!」
やがてジタンはくるりと体の向きを変え、腰を軽く曲げてゆったり動く。見る者の眼に、ジタンの姿は若い娘から老齢の男へと変わった。ゆらゆらと揺れるような動きは、老人が船を漕いでいるからだ。
「哪裏在喊我啦?」
しわがれた声で大きくのんびりと問い掛ける。そこでジタンは再びくるりと体の向きを変え、まるで飛び跳ねるように体を上下に揺らして娘の逸る気持ちを表現した。高い声で船頭へと呼び掛ける。
「快快打舟来呀!」
ここでまた船頭となって呼び掛けに答える為向きを変えたところで、ジタンの動きが止まった。
 あ…。
次に言うべき科白も忘れ、ただ呆然と目の前に映る光景に見入ってしまう。そのジタンの様子に、彼も首を傾げている。
「?続きは…?」
初めて聞く声。そして、初めて見る、笑顔。
切れ長の眼を緩ませ、形のいい口許は軽く綻び、彼は確かに笑っていた。
「あ、ああ、えっと」
慌ててジタンは演技に戻る。演じながら、けれど心臓が早鐘のように煩くて自分で口にしている科白も耳に入ってこない。
 凄く、綺麗に笑うんだなぁ…。
人形のように整った顔立ちの彼だから、勿論微笑めばさぞや綺麗だろうとは思っていたけれど、実際に初めて見たその笑顔は想像していたものより遥かに綺麗で、うっかりするとぼうっといつまでも眺めてしまいそうだった。最後まで演じ切れた自分を褒めてやりたいくらいだ。
 演じ終えたジタンに待っていたのは、たった一人の観客の、静かな拍手。
「面白かった。凄いんだな…ジタンは」
その時の気持ちを、なんと表現したらいいのだろう。
 懐かしい、もう長く呼ばれることのなかった本当の名前。彼ならば呼べるかもしれない、と淡い期待を抱いていたそれを、彼は当たり前のように呼んでくれた。初めて聴く、落ち着いた声で。
「ちゃんと…オレの話、聴いててくれたんだ」
「…ああ」
「ずっと、応えてくれないなんて、ひでぇよ」
「…すまない」
泣き声混じりなのは仕方ない、とジタンは鼻を啜りながら軽く彼を睨む。彼は困ったように視線を逸らした。
「でも、いいや。やっと話してくれたし。ユゥファンが笑ってくれたらそれでいいや」
 そして懐かしい名を呼んでくれた、それだけで全てが報われたと思える。
「ユゥファン、じゃない」
「え?」
ジタンが戸惑えば、彼はまた微かに頬を緩めてあの綺麗な笑顔を見せてくれた。
「スコール、が俺の本当の名だ。オマエと同じように、西ではそう呼ばれていた」
「スコール…」
口に出して呟いてみる。何度も何度も。
「あまり…連呼しないでくれ」
「え?あ、ゴメン!」
恥ずかしそうに俯く彼に、ついつい自分が呪文のように彼の名を連呼していたことに気づいて慌てて謝った。
 スコール。
それでも心の中で何度も繰り返す。
「なあ、スコール」
身を乗り出し、ぎゅっとスコールの手を握った。初めて握ったその手は、ジタンよりも大きい。
「オレ…明日、次のとこ行くけど、でもまた絶対来るから。半年後か、一年後か判らないけど、絶対来るから、その時はオレにもスコールの話聴かせてくれよ」
 生まれた土地のこと、育った土地のこと、周りにいた人たちのこと、見てきたこと、聞いてきたこと、思ったこと。
スコールのことを、たくさん教えて欲しい。
「…解った」
少し冷たい彼の手が、ジタンの手を握り返してくれた。
「約束な!」
ぎゅっと握った手をぶんぶんと振る。
 次に会うときには、たくさんの話を聴こう。もっとたくさんの話をしよう。もっとたくさん笑って、もっとたくさん彼の笑顔を見よう。
そして。



そしていつか、一緒にあの絹の道を西へと歩こう。遥か遥か遠い故郷の地を、彼と一緒に見に行こう。




それはもう引き返せない渦 2




 目の前が、真っ赤に染まった気がした。
クラウドの耳に届いたのは、悲痛なまでの叫び。一瞬、頭が目の前の状況を理解する事を拒否した。
数メートル先に揺れる長い銀髪は、確かに自分が追い、因縁を断ち切るべき男のもの。
では、その体越しに見えるのは?悲痛な叫びを発したのは?
「…スコ、ール…?」
それは確かに、この世界で出逢った大切な存在。
「いいところに来たな、クラウド」
銀髪の男から発せられる、心の底から愉快そうな声音に、不覚にも体に震えが走った。それは、目の前の光景から導き出される答えを認めたくない心の怯えだったのかもしれない。
「セフィロス…」
バスターソードに手を掛けながら、因縁深い相手の名を呼ぶ。呼ばれたセフィロスは、背後のクラウドの不穏な気配に気づいているだろうに、慌てる様子もなくゆっくりと身を起こした。ビリビリと電撃の如く目に見えるかのようなクラウドの殺気を泰然とその背に受けたまま身繕いするその姿には、今この場の支配者が自分であることを確信している余裕がある。
 男の向こうに倒れたままのスコールは気を失っているらしかった。
セフィロスの動きに合わせて揺れる長い髪やコートの向こうに見え隠れする力を失った体。乱雑に衣服を乱され剥き出しにされた胸や下肢を見れば、遠目にもそこで何が行われたのかを察するのは容易い。知らず、バスターソードを握る手に軋みそうな程力が込められる。背後のクラウドのそんな様子をまるで克明に見て取ったかのように、セフィロスが口を開いた。
「なかなかいい声で啼く獣だ。お前が仕込んだのか?」
「貴様…っ!」
怒りの衝動のまま、バスターソードを振りかぶり距離を縮めようとしたクラウドの動きは、振り返ったセフィロスが身の丈を越える長い愛刀を無造作に持った動きに止められる。
その鋭い白刃の輝きが捉えるのは、意識を失い力なく横たわるスコールの無防備に晒された首筋。刀を構えてすらいないセフィロスは、けれど確かにほんの僅かな腕の動きでクラウドの大切な者を奪い去れる位置にいた。
「くくっ、怒りの表情は人形にしては良く出来ているな」
「俺は、あんたの人形なんかじゃない」
「私の導きを享受するだけの存在が、大した口を利くものだ」
嘲笑にも見える表情を浮かべたセフィロスがほんの僅かに腕を引くと、鋭い刃が横たわるスコールの首にピタリと寄せられる。無造作でありながら薄皮一枚だけを切り裂く精緻な動きによって、白い首筋に、つ、と赤い一線が現れた。それでもスコールが目を覚ます気配は微塵もない。黒革のジャケットのおかげで目立たなかったが、よく見れば捲り上げられたシャツやジャケットのファーが赤く染まっている。右肩辺りに怪我を負っているようだった。傭兵という生業故に元来他人の気配、とりわけ殺気には瞬時に反応するスコールが凶器を急所に押し当てられて尚覚醒しないのは、その怪我に因る失血の所為なのだろう。
「そいつに触れるな」
愛用の大剣を構え直し、クラウドはいつでも跳躍できる姿勢を取る。スコールの怪我に気づいたおかげで、少しだけ普段の冷静さを取り戻すことができた。今は怒りの衝動に任せてセフィロスを倒すことよりも、一刻も早くスコールの状態を診ることの方が先決。その為にはいつでもスコールの命を奪える位置に立つセフィロスをそこから離さなければならない。怒りに任せたままでは、間合いとタイミングを読み違える。
「ほう…」
 自分と同じ人工的な青さを湛えた双眸に滾っていた怒りの焔が鎮まり、無機質にも見える冷静さを取り戻したことにセフィロスは驚嘆とも落胆ともとれる息を零した。つまらない。人形が紛い物の怒りに我を忘れる様を愉しむつもりだったというのに。
 明らかに興を削がれた様子のセフィロスに対し、クラウドは警戒を怠らない。元よりセフィロスは決着をつけるべき相手であって興味を満足させてやる意思などこちらには微塵もないのだ。しかも現状でセフィロスの興味を満たすということは、即ちスコールがその為に有用な駒であると実証するようなもの。これ以上、自分たちの因縁に彼を巻き込むわけにはいかない。
だがセフィロスにしても、クラウドが今自分の足元に横たわる若い獅子の為に必死になっていることは当然理解している。そう、敢えて言うならば、セフィロスが思っていた以上にクラウドにとってスコールが大切な存在であったという確認の場になっただけだ。ならばいずれこの獣は、人形により深い絶望を贈る道具となってくれるだろう。
「今日のところはここまでにしておこう。また会おう、クラウド」
 その時にはより深い絶望に嘆き狂う様を見せてくれ。
不穏な言葉を残し、闇に融けるようにセフィロスは姿を消していく。
完全に闇の気配が消えた事を感じると、バスターソードを握る手にどっと重みが増した気がした。それで自分が酷く緊張していたことを知る。知らず詰めていた息を吐き出すと愛剣をしまい、クラウドはスコールの元へと走った。
「…っ」
 固く閉ざされた瞼、青白い頬、噛み締めすぎて血の滲んだ唇。
気を失ってなお、苦悶に歪む表情を見て、クラウドの手にぐっと力が込められる。
 悔いるのは、後だ。
自身にそう言い聞かせ、クラウドはスコールのジャケットを慎重な動きで脱がせた。右の鎖骨の下辺りに刺し貫かれた傷が現れる。幸い骨に異常はなく、内臓や動脈も傷ついてはいないようだった。
「ケアル」
回復魔法を何回か唱えると、傷口はなんとか塞がる。とりあえずこれでこれ以上失血する恐れはなくなった。しかしクラウドに扱える初級回復魔法だけでは完全な回復には至らない。既に流れ出た血液が戻るわけでもなく、早くベースキャンプに戻って高位の回復魔法を使える仲間に頼むなり、ポーションを使うなりして傷の完全な治療と体力の回復を図らなくてはならないだろう。
 だが。
クラウドは乱れたスコールの衣服を申し訳程度に直してやりながら思案する。
 このままキャンプに戻れば、スコールの身に何が起こったのか仲間たちに知れることになる。スコールにとってそれは、ただでさえ傷つけられた矜持を更に傷つけることになるだろう。
キャンプに戻る前に、水場で陵辱の痕を流さなくてはならない。遠回りになるが仕方ない、とクラウドはスコールの体を抱え上げようとした。しかし、その動きが不意に止まる。
 グローブを嵌めた指でそっと青白い頬を撫でる。そこに微かに残っていたのは、涙の痕。
それは生理的な涙だったのかもしれない。普通に考えればきっとそうだ。スコールはそのプライドの高さ故に、こんな状況に屈して感情的な涙を流すことを決して自分に許しはしないはずだ。
けれどクラウドには、この涙の痕がスコールの心の痛みの表れに見えて仕方がない。そしてそれは、この場に現れたクラウドに放たれた悲痛な叫びと共に、クラウドを責める杭になる。
 自分がスコールを愛した所為で、彼を因縁の渦に巻き込んでしまった。
クラウドもスコールも、コスモスに召喚され、カオスに召喚された者と戦う為にこの世界に存在する戦士である以上、スコールがセフィロスと相見える機会は当然ある。実際何度か戦っていたはずだし、怪我を負ったことだってあった。だがそれはあくまでも相対する神に召喚された戦士として、に過ぎない。本音で言えば怪我などして欲しくないと思いはするが、それは互いに思うことであるし、それでスコールが戦場に赴くことを止めたりはしない。それは戦士としての彼を侮辱することに他ならないからだ。
しかし今回は明らかに状況が違う。セフィロスは相対する陣営の戦士としてスコールの元へ現れたのではなく、断ち切れない因縁を持つクラウドを揺さぶる為にスコールを襲ったのだ。クラウドがスコールを愛したから、ただ戦って傷つけるのではなく陵辱という形を取った。
誇り高く、そして繊細な彼の心に大きな傷跡を残した。ただ、クラウドを苦しめる為だけに。
「…すまない」
ぽつり、と零れた言葉は意識を失ったままのスコールに届くはずもなく。
もう一度青白い頬を撫で、乱れた前髪を払ってやると、クラウドはスコールの体を抱え上げ歩き出した。

腕に掛かる力ない体の重み以上の重苦しさを、その胸の内に抱えながら。




異文化交流ノススメ




 「なんだかスコールがピリピリしてる」と言いだしたのは、場の空気は読まないが人の機微には意外と敏いティーダだった。話題の主であるスコール本人はセシルと共に近辺の哨戒を兼ねて水を汲みに行っており不在だ。
「スコールが不機嫌そうなのはいつものことじゃないか?」
「…フリオってば、さらっと酷いこと言うなあ」
枯れ枝を集めて火を起こしていたフリオニールとオニオンがそう返せば、ティーダが「うーん、なんか不機嫌ってのとも違うカンジがするんだけどなあ」と唸る。
「あー、解る解る!不機嫌とは違うよな。なんかこう、逆毛たてた猫みたい?」
「猫って、バッツ、オマエもひでぇよ」
テントの設営をしていた手を止めてバッツとジタンも会話に参戦すると、それを切っ掛けに結局その場にいた全員が会話に参加することとなった。
「…でも、スコール、いつも通りだったわ。別に怒ったりもしていなかったし」
ティナが首を傾げてそう言えば、「そうなんスよね」とティーダも首を捻る。
「怒ってるんじゃないよな。背中に飛び乗っても振り落とされなかったし」
「…それは怒ってなくても止めてやれ、ジタン」
ジタンの呟きに、気の毒そうにフリオニールが苦笑した。
「怒ってないけどピリピリしてるなら、何か気に掛かることでもあるのかもしれないよ」
一番年下ながら、常識的な思考回路の持ち主であるオニオンの言葉に、ふむ、と顎に手を当てて考え込んだのは自他ともに認めるメンバーの統率役、ライトだ。戦いの連続が日常と化している今、ほんの僅かな気の迷いが命取りになることもある。仲間に何か気掛かりがあるというのなら、それを解決する手助けをするべきだ、と真面目な彼は極自然にそう考えているのだろう。
「でも別に最近何か変わった事もないっスよね…?」
ティーダが丁度隣りに立っていたクラウドに同意を求めると、クラウドも「ああ」とあっさり同意を示し、その上で「だが」と続ける。
「ここで俺達が勝手な推測を立てていても仕方ないだろう。何か気に掛かることがあったとしても、本人が何も言わないなら放っておけば自分で解決するさ」
特にスコールは他人の干渉を極度に嫌うタイプだ。下手に藪を突けば蛇が出ること間違いない。どちらかといえば同じ部類に入るだろうクラウドの、そう考えての言葉だったのだが。
「えー、スコールが自分から言ってくることなんてあるか~?」
「無理。絶対ない。微妙に眼で訴えてくる可能性はあるけど」
藪を突いて蛇を出すことを恐れない、というよりも蛇が出てきても全く気にしないタイプが仲間内にはいるのだった。しかも彼らは件の獅子にやたらと構いたがる、という性質を持っている。
「やっぱここはスコールに直接訊くのが一番ッスね!」
バッツ・ジタン・ティーダの物怖じしない3人組が頷きあう。
「…大丈夫かしら」
「気にしない方がいいよ、ティナ」
不安げなティナにオニオンが声を掛けた。
どうせ蛇に咬まれるのはバッツ達なのだから放っておけばいい。スコールもむやみやたらとヒステリックに怒るタイプではないし、藪を突いた被害が自分たちにまで及ぶことはないだろう。
「あいつら、あの調子でこの間まとめてフェイテッドサークルで弾き飛ばされてなかったか…?」
フリオニールが苦笑いしながら呟く。問答無用でブレイブではなくヒットポイントを削る辺り、スコールも容赦がないなと思ったものだが、後でそれを本人に告げれば、「ブレイブ奪った上でヒットポイントを削るブラスティングゾーンにしないだけ、配慮している」と不機嫌そうに答えられて納得した。
 悪意のないお節介に燃える連中を止めることは不可能だと悟ったのか、クラウドが無言で肩を竦めると、背後から声が掛かる。
「どうしたんだい、皆集まって」
そこには、水を湛えた容器を抱えたセシルとスコールが立っていた。いいところに帰って来た、とすかさず駆け寄るお騒がせトリオに、スコールが警戒を露わにする。防衛本能というものだろう。
「スコール!おれたち仲間だろ?」
「仲間の悩みは自分の悩みってね」
「気掛かりがあるなら相談乗るっス!」
「………は?」
打ち合わせでもしたかのような見事な連携で言われたセリフに、スコールが「何を言い出すんだコイツらは」と言わんばかりの表情を見せた。
「…何の話だい?」
その様子を見ながら、セシルが尋ねてくる。それに答えたのはオニオンだ。
「最近スコールの様子がピリピリしてるってティーダが言い出してさ。何か気になることでもあるんじゃないかって話になったんだ」
「ああ、そういうこと」
納得した様子のセシルの向こうで、藪を突く作業は続いている。
「…別に、何もない」
「遠慮すんなって!」
「してない」
「悪いようにはしないぜ?」
「もう充分悪い」
「全部話して楽になっちゃえよ!」
「…俺は犯罪者か」
最早藪を突くというより刈り取りそうな様子に、それを見ているフリオニールやオニオンの顔に冷や汗が浮かんだ。どう見てもこれは蛇が出てくることは避けられない。しかもこれでは確実に広範囲に被害が及ぶ大蛇が出てくる。
「スコールが口に出してツッコミを入れるようになったって、凄い進歩だよね」
のほほんと笑ってそんなことを言うセシルの横で、クラウドは無表情に成り行きを傍観中だ。ティナは冷や汗を流すフリオニールとオニオン、にこにこと微笑んでいるセシル、無表情のクラウドを順に見て、現状がどれくらい緊迫しているのか測りかねている様子。
 そして今一人、無言でこの光景を見ていたライトが無言のまま動いた。
無駄な程威厳のある足取りでゆっくりと、スコールの真正面に立つ。何事かと、スコールと、彼を囲んだ藪刈り取り隊もライトに視線を移した。
 そうだ、蛇が出てくる前にそこの刈り取り隊を止めてくれ…!
フリオニールとオニオンが頼もしいリーダーの背に向かって必死の念を送ったその時、ライトが重々しく口を開く。
「言いたいことがあるなら聞こう」
「………」
少し離れた位置からでも、スコールの米神がひくっと引き攣ったのが見て取れた。
 か、刈り取るどころか焼き払った~っっ!!
フリオニール、心の中で絶叫。
 な、なんでお説教口調なの!?まさかあれで相談に乗ってるつもり…なの?
オニオン、いつもは頼れるリーダーの、あまりの相談スキルの低さに絶句。
「ああ、これは噂のオリジナルのエンドオブハートが見られるかな」
「オリジナル?」
この状況にも全く動じていないセシルの呟きに、ティナが首を傾げた。
「うん、元々あの技は最大25回斬りつけて真っ二つにした後、止めに落下でダメージを与える技なんだって」
「凄い技なのね」
 というより寧ろえげつない…。
無言のままクラウドがそう内心でツッコミを入れているが、本人に言えば「アンタの超究武神覇斬だって十分えげつない」と返されること必至である。
 なんか、ヤバくないか?
藪突き隊改め藪刈り取り隊その1・バッツも流石に今のライトの発言がスコールのEXゲージを満タンにしたことに気づいたようだ。
 スコールの米神ピクピクいってるぜ…。あ、口許も引き攣ってる…。
藪刈取り隊その2・ジタンはスコールがEXバースト寸前の様子なのを見て1歩後ずさる。
 す、凄い勢いでフォースがスコールんとこ集まってる!あれじゃバーストしてもゲージ下がんないッスよ!
藪刈り取り隊その3・ティーダも最早大技を繰り出さない限り解除されることのないスコールのEXゲージに顔を引き攣らせた。
 その時、全員の視線を一身に集めたスコールの口が開く。
「…言いたいこと、だと?」
そのあまりに険しい低音は、さながら地獄から響いているかのようだった、と後にフリオニールは語った。
「全部話せ、だって?」
ぐるっと仲間を見回した視線の冷たさは、シヴァすら凍らせるに違いないレベルだった、とオニオンはその時のことを述懐する。
「言って、お前たちに理解できるのか?プライバシーなんて概念持ってないだろう。だいたい何かと言えば、好き嫌いが多いだの何だの、蛙なんて食えるか、ゲテモノ食いだろう。そんなものじゃなくてもサプリメントで十分対応できるんだ。チョコボだの飛竜だの、そんなものがほいほいそこらにいるか。よっぽど未開の地に行くんでもなかったらチョコボを交通手段になんて使う必要ないんだ、鉄道網が敷かれてるんだし車もあるんだからな。草を通じて会話?テレパシー?モーグリに手紙を託す?一体どういう原理だ。確実性はあるのか。そんなもの使った事あるわけないだろ、通信回線を使えばいいんだからな!」
立て板に水とばかりに次から次とスコールの口から出てくる言葉に全員呆然自失。
 スコールってこんなに長くたくさん喋れたんだ…。
一部の者たちがそんな場違いな感想を抱いていると、言いたい事は言ったのか、スコールが動いた。いよいよ大技発動か、と今一つ状況を把握仕切れていないライトとティナを除く全員が身構えたが、スコールは未だ抱えたままだった水を湛えた容器を些か乱暴にその場に置くと、くるっと踵を返す。
「…放っておいてくれ」
憮然と言い放つと、スコールはそのままキャンプの外へと足早に去っていってしまった。
 待て、と誰も止められなかったのはキラキラ輝く満タンのEXゲージの所為。ここで止めたら、確実にEXバーストして振り向き様のブラスティングゾーンから連続剣へと続き噂のオリジナルエンドオブハートが炸裂する。
結局、スコールの姿が見えなくなってからきっかり100数えて漸く彼らは生きた彫像と化していた体を動かせるようになった。
「…水、溢さないように置いてく辺りがスコールって律儀な性格してるよな」
ジタンが足元の容器を見ながら苦笑する。スコールがこれを持っていてくれて助かった。手ぶらだったら確実にすぐさまガンブレードに手が掛けられていたに違いない。水など放り出すという選択肢もあるだろうに、これから食事の準備をするのに必要な水を、ぶちまけてしまうのは気が引けたのだろう。
すると、スコールの去った方向を見つめていたライトがそちらに向かって歩き出す。
「ライト、どうするんだ?」
それに直ぐに反応したフリオニールが声を掛けた。
「放っておいてくれとは言われたが、現在の我々の状況ではそういうわけにもいくまい」
 探してくる、とライトが再び歩き出そうとすれば、「待て」と制止の声が飛んでくる。
「クラウド?」
訝しげに名を呼べば、ライトを制止したクラウドは愛用の大剣を肩に担ぎながら歩き出した。
「俺が行く」
「…しかし」
「その方がいいと思うよ」
逡巡するライトにセシルが声を掛ける。セシルがクラウドに向かって「頼んだよ」と言うと、クラウドも頷いて返した。
そうしてクラウドの姿も彼らの視界から消えるのを見送った後、バッツが首を傾げる。
「なんでクラウドの方がいいんだ?」
「たぶん、彼が適任だよ。ティーダでも平気かもしれないけど…でもクラウドの方がいいだろうね」
セシルが苦笑いしながら答えれば、ティーダも「オレッスか?」と不思議そうに尋ねた。
「セシル、君は何か心当たりがあるのか?」
ライトが腑に落ちない表情でセシルを見る。単独行動を取りたがるスコールのことを、日頃から気に掛けているライトであるから、クラウドの方が適任と言われて内心複雑なのだろう。
「僕の推測だけどね。さっきのスコールの言葉、皆理解できた?」
セシルがそう言いながら仲間を見回せば、そういえば、と殆どの者が首を振る。頷いたのはティーダだけだ。
「僕もよく解らなかった。つまりね、そういうこと」
「…なんか、解ったかも」
子供ながらに聡いオニオンが呟く。
「どういうことだ?」
「僕たち、皆違う世界から来たじゃない。魔法の種類とか使い方とかそういうことも勿論だけど、日常の生活習慣とか文化とかも皆違ってるでしょ?」
そこで、「ああ」とフリオニールも納得したようにポンと手を叩いた。
「たぶん、スコールの世界は僕たちの中でもかなり文明が進んでるんだと思うんだ。だから僕らには当たり前のことでも、スコールにとっては過去の文明の名残みたいなことが多々あるんだと思う。そうだろう?ティーダ」
セシルがそう問い掛けると、ティーダが「まあそうッスね」と頷く。
「スコールは過去の文明や文化の知識として知っているから僕らの会話を理解できるけど、僕らは未知の先進文明が前提の話をされても理解できないよね。だから、彼は僕らと話すときは、その辺りのことに気を遣いながら話してるんだと思うよ。それでクラウドかティーダって言ったんだ。話をちょっと聞いた限りでは文明レベルが近そうだったから」
 スコールも、クラウドやティーダ相手だったら一々相手の知識を気にして話す必要がないから気が楽だろうという判断だったわけだ。
「でも、それを言ったらクラウドとティーダもってことになんないか?」
「あ、オレは平気。こういう状況、慣れてるッス!」
ジタンの尤もな疑問に、話が通じない状況なら体験済みのティーダがそう言うと、「ああ、それは」とセシルが困ったように笑う。
「だって、君たちスコールによく構ってるじゃないか。この間も蛙くらい食べられなきゃ野戦の時はどうするんだとかからかってただろう?3人の中だとスコールが圧倒的にそういうことを気にする機会が多かったんだよ。勿論、独りになりたいっていうのもあるだろうしね」
 だから、ティーダよりもクラウドの方が適任だって言ったんだよ。彼は静かだから。
セシルがそう続けると、スコールを構い倒している自覚はあるらしいトリオは互いに顔を見合わせ、「へへっ」と頭を掻いたのだった。



 わざと足音を立てて近づくと、手頃な岩に片膝を立てて腰掛けていたスコールはクラウドを見てほっとしたように息を吐いた。
「…アンタか」
「不満か?」
「いや、選び得る選択肢の中じゃ一番いい」
 放っておいてくれと言い置いて出てきたものの、自分たちの現状を顧みれば放っておいては貰えないだろうことはスコールも承知していた。そうして、探しにくるだろう仲間の候補を考えたとき、クラウドがベストなのは疑いようがなかった。
「アンタは煩くないからな」
 何故か自分に懐いてくる賑やかな彼らを嫌いなわけではないが、独りでいる時間が長かったスコールは長時間ずっと周囲が騒がしいという状況に息が詰まりそうになることがあるのだ。その点、クラウドは傍にいても不必要に話しかけてくる事もないので気楽だった。
「俺なら、サプリメントも車も鉄道も通信も理解できるしな」
クラウドは珍しくも冗談めいた口調でそう言うと、スコールの隣りに腰を下ろす。
「アレは…。反省してる」
そう言いながらスコールは気拙げに視線を逸らした。
 生きてきた世界が違うのだから、文明レベルが違うのだって当然のことで、文明レベルが違えば自ずと日常会話は噛み合わなくなる。それでもコミュニケーションを成立させようと思えば、その差を把握している側が配慮するしかないが、その苛立ちを彼らにぶつけるのはフェアではないと思っている。だから言うつもりなどなかったのに。
「構わないだろう。仲間なんだ、片方が一方的に我慢する必要はない」
「…そうか」
本人は意識していないのだろうが、肯定の言葉に僅かに安堵したような様子を見せるスコールに、クラウドは微かな笑みを洩らした。一見冷たい孤高の獅子だが、一度彼のテリトリーに入ってしまえば彼は周囲の人間に対してとても真面目で律儀で優しい。そんな様子だからストレスが溜まってしまうのに。
「戻ったほうがいいか?」
スコールがクラウドを見てそう尋ねる。それに対しクラウドは軽く首を振った。
「気にしなくていい。もう少し、静かなほうがいいだろ?」
そう言ってやれば、スコールは迷いつつもこくりと頷く。
 それきり、互いに黙ってしまった二人の間を、心地のいい静寂が流れていった。



 数時間後。
キャンプに戻ったスコールに、「スコール~!ごめんな~!」と全力で懐きにいったお騒がせトリオが実はまだ発動していなかったEXバーストを見事に発動させ、通常版エンドオブハートで吹っ飛ばされた。
「学習しなよ…」と一番年下の少年が呆れたように呟いたという。




それはもう引き返せない渦 1




「…ァ…ッ」
噛み締めた唇の奥で、引き攣れたような微かな声が洩れた。
 串刺しにされた右肩は痺れて疾うに腕全体が感覚など無くなっている。「急所は外した」という男の言葉通り、貫通した傷からの出血は早急に命を脅かすような勢いはなく、けれどこの場から逃れる力を奪うには十分だった。
「我慢などしても無駄だろう」
「ンンッ」
掛けられた言葉に、より一層強く唇を噛み締める。血が滲んで鋭い痛みが襲っても、男の思い通りになどなりたくなかった。
 くちゅ、と淫猥な音が聞こえる。男の長い指が後孔を犯す音だ。丹念に内壁を探る指の動きに、理性の糸が焼き切れそうになるのをスコールは必死に繋ぎ止めていた。
手荒な所業でこんな行為に及んだのだから、どうせならそのまま痛みで嬲ってくれた方が余程マシだった。なのに、男はスコールの肩をその長い刀で貫いて動きを封じた後は、撫でるように優しい手付きで快感だけを高めてくる。当然、その方が精神的に追い詰められると解っていてのことだろう。
「フン、いつまで持つか見るのも一興だが…。私は然程気が長い方ではないんでな」
言葉と共に、男の左手が首を押さえる。愉しげに眼を細めて、何の遠慮もなくその手に力が籠められた。
「…アァァッ」
苦しくなる呼吸に、噛み締めた唇が解け、本能的に口が開くのを見計らって、体内を探る指が生理的に耐え難い快感を齎す一点を刺激する。こうなってしまえば、もうスコールに抗う手段は残されていなかった。
「獣は獣らしく啼いていればいい」
もう止めることの出来ない嬌声を満足気に聞いて、銀髪の男・セフィロスがゆったりと笑う。
「ふ…ァ、な、ぜ…ッ」
 何故、どうして。
朦朧とする意識の中で渦巻くのはその言葉ばかり。今までだって何度か剣を交えたことはある。決定的な勝敗はついていなかったが、それはこの神々の闘争に召喚された者全員に言えること。こんな行為に及ばれるような個人的な因縁などなかったはずだ。
「何故、か。お前は、あの人形のお気に入り、だろう?」
「や…、あァァ…ッ」
抗えない快感に勃ちあがり、今にも吐精しそうに震えるスコールの昂ぶりの根元が指で戒められる。体内にどんどん蓄積される熱を吐き出せず、スコールは悶えた。
 あの人形。
その言葉がともすれば熱に浮かされて意味を成さなくなりそうな思考に引っ掛かる。この、神々の闘争自体には何の興味もなさそうな美しい男が、人形と呼び執着する相手。対してそのセフィロスをまさしく因縁の相手として追う男。そして、この不安定な世界でスコールに好きだと告げ、スコールもそれに応えた相手。
「クラ、ウ…ド…ッ」
思わず、といった態でスコールの口から零れた名に、セフィロスの翡翠色の眸が獲物を前にした肉食獣のように輝いた。
「あれは私の人形。お前があれのものだと言うのなら、お前もまた私のものだろう?」
「ふ、ざけるなっ」
スコールには到底理解できない、理解したくもない勝手な言い分に、反射的に眸に強い光が点る。だがそれも、今はセフィロスを愉しませるだけだった。
「あれも、人形のわりに趣味はいいようだ。確かにお前は美しい」
「ふ…ぁ…ッ」
乱暴な仕草で体内を掻き回して指が抜かれる。代わりに後孔に宛がわれた質量に、無意識に震えが走った。
「…や、め…っ、ァァァァッ」
容赦なく潜り込んでくる熱に目の奥がチカチカと点滅する。焦らす事もなく追い詰めるように前立腺を刺激されて、何も考えられなくなる。
「…あれに存分に可愛がってもらったか?私に絡みつくようだな」
「ちが…ッ、ンンンッ」
自らを犯す楔にいやらしく絡みつく内壁の動きを揶揄され、ぎゅっと目を瞑った。その拍子に生理的な涙が頬を伝う。
 どうして、こんなことになっているのだろう。何故、こんな屈辱的な行為を受けねばならないのか。
そして何より、何故自分の体はこんな行為に抗えない悦楽を感じているのだ。
 個人的には何の感情もないはずの、ただ敵でしかない男にいいように犯されて快楽を貪る自分の体の反応こそが、何よりスコールのプライドを傷つける。
 対人関係が苦手で独りでいることを好んで生きてきたスコールは、同性とセックスをした経験なんて当然クラウドが初めてで、そのどこかプライドを刺激される行為も、相手がクラウドだから許容できたのだ。クラウドはスコールの体と、なによりその心を気遣い、細心の注意を払って抱いた。そう、あれは犯されたのではなく愛されたのだと感じられる行為だったのに。
ただ乱暴に犯される行為に快感を得る自分が酷く浅ましく思えて、こんな自分をあれ程大切に愛してくれたクラウドに申し訳なくて、自由になる左手を力いっぱい地面に叩き付けた。
「あれが恋しいか?」
たくし上げられたシャツから覗く胸の飾りを指で摘まれて体が跳ねる。するとそれは体内を穿つ刺激になり、更に追い詰められることになる。
「ヒ…ッ、ンン、く…ぅっ」
塞き止められたまま吐き出せない熱はどんどん体内に溜まって荒れ狂う一方で、何も考えられなくなりつつあった。それでも、次にセフィロスから放たれた言葉に目を見開く。
「近くに光の波動を感じるな」
それは、仲間の誰かがこの近くに来ているということ。もしかしたら、独りでふらりと仲間たちの許を離れたまま戻らない自分を探しにきたのかもしれない。真っ先にスコールを探そうとするのは、きっと。
「これは、クラウドか。いいところに来たな」
「やめ…ッ」
助けが来た安堵よりも、今の自分を彼に見られてしまう恐怖にスコールは慄いた。その様が、セフィロスをより満足させるとも知らずに。
「や、ァッ…ん、ひぁ…ァァッ」
 ずちゅ、と後孔をセフィロスの欲望が出入りする音が響く。根元を戒められたままのスコールの昂ぶりも指でなぞるように刺激され、身も世もなくスコールは喘いだ。
 駄目だ。来るな。来ないでくれ、クラウド…ッ!
心の叫びは声にならず、そしてスコールの願いは届くことなく。
自分を犯す男の肩越しに見慣れた金髪が目に入ったのと、限界まで塞き止められていた熱が解放され体内にセフィロスの熱が注がれたのはほぼ同時だった。
「み、るなぁぁぁぁぁっ」
最早無駄だと知りながらそれでも叫ばずにはいられなかった。
「…スコ、ール…?」
呆然と自分の名を呼ぶクラウドの姿が視界に入ったのを最後に、スコールの意識は暗闇へと吸い込まれていく。
 俺は、これからアンタにどう向き合えばいい?
沈んでいく意識の中で最後に思ったのはそんなこと。

 答えには、辿りつけそうになかった。




若く青い日々




 恋愛感情に性的欲求が含まれるのは当たり前で、寧ろそれがないならちょっと色濃い友情とか親愛ということで止めておけばいい。況して同性に対する愛情なんて言ったら相手に性的欲求を感じるかどうかが相手との関係どころか自分の人生の分かれ目で、詰まる所恋人、というポジションに収まるからには当然そういった行為に及びたいと思うのは自然の摂理なのだ。
そんな屁理屈じみたことをぐるぐる考えて、クラウドはこっそり溜息を吐く。
 俺も十代のガキだったら逆にマシだったかもな。
なまじそれなりに大人だと自覚がある分、勢いでがっつくような真似も出来ない。
シリアスチックなポーカーフェイスの下で、こんな非常に情けなくも切羽詰まった葛藤が渦巻いていることなど、しげしげとクラウドのバスターソードを眺めている恋人は全く気付いていないだろう。
 この世界に引き寄せられた断片の一つ、というよりコスモスが戦士たちの為に意図的に引き寄せたのだろう古びた館の2階奥の一室は、クラウドに割り当てられた部屋だ。さして広くもない部屋に調度品はベッドとライティングデスク、出入り口脇のドアの向こうは簡易だがシャワー設備がある。さながらビジネスホテルのような部屋だが、余計な装飾のないシンプルな造りをクラウドは気に入っていた。
今、その部屋にはデスク備え付けの椅子に座るクラウドと、ベッドに腰掛け一心不乱にバスターソードを見ているスコールがいる。寡黙な二人の、傍から見るとただ睨めっこでもしているかのようにしか見えない駆け引きと、大いなる勘違いその他の紆余曲折を経て一応クラウドの恋人、と呼べる関係になった相手だ。実は結構な武器マニアであるスコールを部屋に誘うのは簡単で、マテリア穴という不思議な構造を持つクラウドの剣をちらつかせば彼はあっさりと頷いた。…恋人を自室に誘うのに何故武器をちらつかせなければならないのかは甚だ疑問だったが、この際結果オーライということでいいだろう。問題はこの後なのだ。
「クラウド」
呼ばれて顔を上げれば、武器観察に満足したらしいスコールがこちらにバスターソードを差し出していた。
「満足したか?」
立ち上がって問いながら愛剣を受け取り、静かに壁に立て掛ける。大した広さもない部屋だから、椅子から立ち上がって壁に剣を立て掛け、ベッドに腰掛けるスコールの傍に寄るのに2歩あれば足りた。
「ああ、ありが…」
スコールの言葉が途中で途切れる。クラウドが何も言わずに抱き締めたからだ。途端にビクッとスコールの体に緊張が走ったことを知るのは、抱き締めた側であるクラウドには造作もないことだった。寧ろそれに気づかずにいられればこのまま行為に雪崩れ込むことも出来ようというものなのに。
 このまま雪崩れ込んだらまるで俺が悪者みたいだ。
クラウドは心の中で溜息と共に独りごちた。
 恋人というポジションを確保して、そうして知ったのは、スコールがとにかく他人との接触に慣れていない、ということだった。最初は何か嫌な思いでもさせたのかと思ったが、どうやらそういうことでもないらしい。本人の記憶も曖昧だからはっきりしたことは判らないが、かなり幼い頃から他人を寄せ付けずに生きてきたらしいスコールは、寧ろ接触恐怖症なのではないかと思うほどスキンシップに過剰な反応を示してしまうのだ。これはもう、慣れの問題以外の何物でもないのだから慣らしていくしかない。実際、初めて抱き締めた時に比べたら反応もだいぶ小さくなっているし、なんだかんだでキスまでは出来るようにはなっているのだが。
 俺はどちらかと言えば淡白な方だと思うんだが、な。
そんなクラウドの自己評価も間違いではないのだが、とはいえクラウドだってまだ21の若者なのだ。いくら大人の自覚だなんだといってもまだまだ若い。正直、好きな相手を前にずっとお預けを食らうのにも限界がある。それは誰にも責められる事ではないだろう。だいたい、その対象であるスコールにしたって、こちらは17と、クラウドよりも更に若く、あけっぴろげに言ってしまえば、そういう行為に最も興味があるお年頃、のはずなのだ。本来はもっと、暇さえあれば抱き合ってしまうような、そんな状態であってもおかしくはないはず。
そんなことを思っても現状が変わるわけではないのだが、忍耐を強いられている分、少しは自分を肯定したいクラウドだった。
 傷つけたいわけじゃ、ない。
クラウドが自分に忍耐を強いる唯一にして至上の理由はそれだ。元々スコールは違う世界で生きていた、出逢えたことが奇跡のような相手なのだ。しかも彼を手に入れた最も幸福と言えるこの時間すら、いつどこで途切れるかも判らない。もしかしたら明日突然、自分が、もしくは相手が、この世界から消えてしまう可能性だってないわけではないのだ。このまま、彼と一つに繋がる歓びを分かち合えないまま離れてしまったとしたら、それはきっとさぞかし後ろ髪を引かれる思いをするに違いないが、ここで無理に行為に及んで彼を傷つけたまま別れたら、その後悔は計り知れないものになるだろう。その確信が、クラウドに性急な行動を起こすことを止めさせている。
 抱き締めてキス出来るってことだけで満足すべきなんだろうな。
いつどうなるか判らない現状で得た大切な存在だからこそ、できないことに焦るよりも今できることに幸福を噛みしめるべきなのだということを、クラウドはちゃんと理解していた。出来れば先に進みたいというのが偽らざる本音ではあるが。
 抱き締めていた体を少し離して、代わりに片手をスコールの頬に添えた。またもピクッとスコールに緊張が走る。普段は冷静な光を宿している眸がどこか不安げな色を覗かせているが、彼は何も言わない。触れられることに慣れよう、とスコールも思ってくれているのが伝わって、クラウドの顔に知らず僅かな笑みが浮かんだ。
「…好きだ」
至近距離だからこそ伝わるような本当に小さな声で囁いて、そっとキスをする。まだ唇を合わせるだけの軽いキスしかできないけれど、それは十分幸せな感触だった。その幸せを堪能して、クラウドはそっと体を離そうとした…のだが。
「…スコール?」
しがみつくようにクラウドの腕を掴んだスコールの手が、離れない。いつもならば、そっと抱き締めて軽いキスを交わして、そうして離れるクラウドに、スコールの体から緊張が抜けるのを少し寂しい思いで見るのに。
「どうしたんだ?」
イレギュラーな展開に内心戸惑いつつもクラウドがそう問えば、スコールの方も戸惑った様子を見せつつぼそっと呟く。寧ろ呟きにもなっていない程の音量で、口が微かに動いたから辛うじて何か呟いたのだと判る程だ。
「…スコール?」
もう一度名前を呼んで促せば、眼を逸らした彼が今度はもう少しはっきりとした声を出した。
「構わない、と言ったんだ」
伏せた目元に朱が差しているのを半ば呆然と見つめながら、クラウドはそのセリフを頭の中で反芻する。
 構わないって何が?…何って…アレか?え?アレでいいのか!?えぇぇ!?
こういう時に感情が表に出ない性質なのは得なもので、傍目にはクールな様子を崩さずにいながら、頭の中は予想外の展開に思考停止寸前。心の中で「1・2・3」と数えて何とか自分を落ち着かせたクラウドは、自分の解釈に間違いがないか確かめるべく、逸らされた視線を追ってもう一度眼を合わせた。
「スコール?あんた何言ってるか解ってる…か?」
不躾といえば不躾な問いだが、ここで下手に勘違いして気拙い思いをするよりはマシだ。そう判断したからこその言葉だったが、言われた方はやはりカチンと来たらしい。
「俺を子供扱いしてないか?」
戸惑いがちだった視線に一瞬力が戻る。怒っているというより拗ねているような口調が歳相応な印象で、スコールにしては珍しいと苦笑しつつ、クラウドは「いや」と首を振った。
「そうじゃないが、互いに違うことを思ってたら拙いだろう」
しかも勘違いして事を進めた場合、どちらかといえば傷つくのはスコールの方だ。だがそこでスコールが口を開く。
「アンタが!」
自分でも予想外に強い口調だったのだろう、スコールは僅かに驚いたように口を閉じた後、意を決したように言葉を続けた。
「アンタが、俺を気遣ってくれてるのは理解してる。なんて言うか…その、我慢、してくれてるのも」
「解ってるなら話は早い。変な話だが、今更、だぞ?焦ることなんてないし、無理もして欲しくない」
「そうじゃない」
ぎゅ、と掴まれたままの腕に力を込められた。こんなに長くスコールから触れられているのも珍しいな、とぼんやり思いつつクラウドが視線で続きを促せば、耳まで仄かに赤く染めたスコールは視線をあちこちに彷徨わせながら早口で続ける。
「俺だって、アンタに触れたいと思ってるんだ」
「………」
 それはつまり、スコールにも人並みの性欲はあるということか。
身も蓋もない表現ではあるが、それ以外表現できないのも事実。スコールも、17歳の健全な青少年だったということだ。スキンシップに慣れていないから、触れられればどうしても緊張してしまうが、欲求がないわけではない。スコールも、自分たちにはいつどんな事態が起きるかも判らないという危惧を感じているはずで、触れたい欲求と、触れられる緊張との間で、もしかしたら、クラウドよりもスコールの方がもどかしい思いを抱えていたのかもしれない。
 ああ、拙い。
クラウドは掴まれていない方の手で口許を押さえて天井を仰いだ。ここでもう一度「焦る必要はない」と諭した方がいいと頭では理解している。それが大人の態度だ。しかしクラウドも大人と言ったところで十分若い青年に過ぎないのだ。自分でそう在りたいと思う程には大人になりきれていなかった。
簡単に言ってしまえば、限界、なのである。そうして。
「クラウド?…ッ」
天を仰いでしまった恋人に、不思議そうに呼びかけたスコールへ返ってきたのは、これまでの優しい感触のキスとは似ても似つかない、噛み付くような荒々しいキスだった。
「…ふ…ッん…ッ」
薄く開いた唇から舌を差し入れ絡ませる。何度も何度も角度を変えて口づけた。我ながらがっつき過ぎだ、とクラウドは熱で霞んだような思考の隅でそう思うが、ブレーキをかける術は持ち合わせていない。スコールが慣れない様子ながらも応えてくれるから尚更だ。これでがっつかなかったら男じゃない、と自分を正当化してみる。
 正直なところ、夢中になっていてクラウドは自分がどんな手際の良さを発揮したのか曖昧にしか判らないのだが、二人の体がベッドに沈みこんだ時には彼らの服はベッドの下に落とされていた。途中でスコールの手が「お前も脱げ」と言う様に強くクラウドの服を引っ張ったので乱雑に脱ぎ捨てた記憶だけは確かだった。
「…以前から思っていたが、アンタ、ホントにいい体してるな」
上気した顔でクラウドを見上げながら呟いたスコールが、そっとクラウドの上腕や胸板に触れる。肌に触れる瞬間、少しだけ動きが止まるのは、まだ触れ合うことに慣れ切らない所為か。
「お前は華奢だな」
見下ろしたスコールの頬から首筋、鎖骨を撫でてクラウドが答える。
筋肉がついていないわけではないのだが、骨格自体が華奢なのだろう。二の腕の太さや胸板の厚さなど、クラウドとスコールでは歴然とした差があった。だが、戦士として、華奢だと言われればムッとするというもの。ほんの少し不機嫌そうに眼を眇めたスコールがぼそっと呟く。
「女装装備できる癖に」
「……………それは言うな」
「んんっ」
余計な事を言う暇を与えてはならないと悟ったクラウドが、唇を塞いだ。
 後はただ荒い息遣いと押し殺せない声が部屋に充満するだけ。
唇と手で丹念にスコールの体を愛撫する。初体験の時でもここまで夢中にはならなかったと後から思うほど、目の前の存在のことしか考えられなかった。慣れない行為に本能的な怯えが走るスコールが、それでも緊張にビクッと震える度にクラウドの腕や肩をぎゅっと掴んで受け入れようとするのに、クラウドの熱は更に煽られる。口下手な自分はきっと言葉に出して言う事はできないが、唯々、愛しいと思った。ようやく彼を抱ける喜びに我武者羅に進んでしまいそうになる自分をどうにか制御できたのは、その愛しさのおかげだ。ただでさえ受け入れる側に負担の大きい行為なのだ。逸る気持ちのまま進めたら徒にスコールを傷つけてしまう。慎重に、丁寧に、クラウドは恋人の体を慣らしていく。逆にスコールの方がもどかしさを覚えるほど。
「クラ…ウ、ド…ッ」
「…いい、か?」
言葉もなくガクガクと頷くスコールの後孔に、クラウドは怒張した自身を宛がう。一つに繋がる感覚に、深い悦楽の息が洩れた。
 そこから先は、思い返せば残念なことに、殆ど記憶に残っていない。ひたすら夢中で貪って、途切れ途切れに呼ばれる名前に熱は鎮まることを知らず、自分も何度も「スコール」と名を呼んだ。なんだかんだと、結局のところかなりがっついた、と思う。慣れない行為に疲れ果てたスコールが、気を失うように眠りに落ちてしまう程度には。
 若いんだな、俺も。
改めてそう感じて苦笑する。後始末を済ませ、汗を拭ってやったスコールの寝顔が穏やかなことを確認して、クラウドも目を閉じた。自分の腕の中で目覚めたスコールが、一体どんな顔をしてどんなセリフを口にするのか、それを楽しみにして。
 間違っても微笑んで「おはよう」なんて言わないんだろうな。
それはそれで見物だが、この年下の恋人にそんなスキルは端から期待していない。逆に自分がそうしてやったら、彼はどうするのだろうか、それも面白そうだ、と考えて、クラウドの意識も眠りの園へと落ちていったのだった。