トサッ、と軽い音と共に左肩にかかった重みに、スコールは目を瞬かせた。
「クラウド…?」
隣りで自分と同じように愛用の武器の手入れをしていたはずの相手の名を呼んで、顔を横に向ければ、視界が淡い金色に染まる。
寝てる…のか?
声に出さずに頭の中で浮かべた疑問は、耳に届く規則正しい穏やかな息遣いで肯定された。
まあ無理もないか。
スコールはそう思う。
うららかなな日差しが背凭れにした大木の葉の隙間から零れ、午睡を誘っている。
辺り一帯のイミテーションの掃討を終え、今日1日は休息日にするとライトが言い渡したのが昨夜の話だ。仲間たちは今朝から鍛錬したり、丁寧に武器の手入れをしたり、荷物の整理をしたり、遊んだりと、思い思いに過ごしていた。最近は戦闘続きだったから、戦いの緊張のない一時はとても貴重で睡魔も忍び寄ろうというもの。
スコールは静かに首を曲げて眠るクラウドの顔を覗き込んだ。。それからグローブを外した右手でそっと金色の髪に触れてみる。
…やっぱり、綺麗だ。
心の中でそう呟く。冬の月のような淡い金色の髪も白皙の肌も、通った鼻筋や薄い唇も、今は伏せられた睫も、奇跡的な造形と言っていいくらいクラウドはとても綺麗な顔をしていると思う。見慣れることなどない。つい見惚れてしまうことなど日常茶飯事だ。愛用の大剣を構えた時の凛々しい表情など、許されるならいつまでだって見つめていられるとスコールは本気で思っている。
視線を落とせば、厚い胸板と太い二の腕が目に入った。繊細な容貌を裏切る逞しい体躯だ。骨格の違いからかどうしても華奢に映る自身の体と比較して、心の底から羨ましい。少し憎たらしく感じる程だというのは秘密だ。
でも…すごく安心するんだ。
クラウドの腕の中が、今のスコールにとって最も心落ち着く場所なのは疑いようがない。
そこで今朝方まさしくクラウドに抱き締められた状態で目を醒ましたことを思い出し、更に芋蔓式にその状態になるに至った昨夜の激しい情交までも思い出して、スコールは目許を赤く染めた。
…腰、まだ少し痺れた感じが残ってるし。
頭の中で文句を言って、小さく溜息を吐く。今日が休息日ということは多少の疲れや怠さが残っても問題はないということで、それはつまり少々箍が外れても致し方ないということだ。クラウドだけを責めるつもりはないが、過ぎた快楽に気を失うまで放してもらえなかった昨夜の記憶に、なんだか居た堪れなくなる。
駄目だ、こんな真昼間から何思い出してるんだ俺。
長閑な昼下がりに似つかわしくない思考を振り切るべく、顔を洗ってこようとスコールが左肩に預けられたクラウドの頭をそっと外そうとすると、その手を掴まれた。
「何処へ行く?」
「…起きてたのか」
「途中で起きたんだ。そんなに熱の篭った眼で見つめられたら、な」
スコールの顔を覗き込むように見ながら言うクラウドの口許は笑っている。途端、カッと頬に熱が集まるのをスコールははっきりと自覚した。当然、間近でスコールを見つめているクラウドにもそれは明らかだ。
「…?どうした?」
「………ぃから」
赤い顔をクラウドの視線から背けて呟かれた答えは殆ど音になっていない。クラウドが「聞こえない」と言うように首を傾げるので、スコールは頬を更に赤く染めて自棄気味に口を開く。
「…アンタが、カッコいいから!」
もしこの場に第3者がいたら「惚気かっ」と呆れること必至だが、幸か不幸かここには2人の他は誰もいなかった。
「…ほんとに、お前は可愛いな」
「なっ…ん」
微妙なズレが生じた会話は、スコールの抗議が続く前にクラウドがスコールの口をキスで塞いで終わらせてしまう。
穏やかな木漏れ日の下で、2人の影がいつ離れたのかは、本人たちの他は誰も知らない。
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Darlin’ Darlin’
Geranium
扉をノックすると「入れ」と静かな声がする。素早い身のこなしで室内に入ると、フリオニールは部屋の主に向かい敬礼した。
最初はぎこちなかった敬礼も、だいぶ様になってきた、とフリオニールは思う。
国民の義務として兵役に就いてから早2年。最初は「服に着られている」雰囲気だった軍服もすっかり板についてきた。そして兵役の終わるその日を、日常へと帰るその日を指折り数えていた当初と違い、今は。
「これは、なんだ?」
部屋の主の厳しい声は予測済みだ。部屋の主である年若い中尉はフリオニールのいる小隊の指揮官で、そして。
「志願書です」
フリオニールの簡潔な答えに、相手の眉間に皺が寄った。士官学校時代に派手な喧嘩をやらかして付いたという傷の所為で普段から厳しい表情に見えるその秀麗な貌が、更に厳しくなる。
「何故こんなものを…」
「もうすぐ兵役義務は満了します。俺は、軍に残ることにしました」
「何馬鹿なこと言ってるんだ。最近の国境のきな臭い噂はアンタだって知ってるだろう。軍に残れば本当に戦場に出る可能性が高いんだぞ」
「それでも、おまえの傍にいたい」
相手の眼が驚きに見開かれた。
二等兵が中尉にこんな物言いをしたら普通は懲罰は免れない。けれど。
「だから軍に留まる。そう、決めたんだよ、スコール」
恋人にならば許される。
スコール・レオンハート中尉。士官学校首席卒業のエリート中のエリートで、任官後もその前評判を覆さない優秀さで軍上層部の期待も高い。このまま行けば史上最速の昇進スピードを記録するのではないかと噂されている。一見すると冷たいエリート然とした様子の、けれど本当は繊細で不器用な優しさを持つ、フリオニールの上官にして、大切な恋人だ。彼に恋をして、彼に想いを受け入れて貰って、彼に想い返されて、あれほど待ち遠しかった兵役義務の終わりが、故郷で待つ日常が、憂鬱なものへと変わった。
「フリオニール…」
もうすぐ兵役期間が終わる。フリオニールはここを去り、職業軍人であるスコールはここに残る。離れることを回避するには、スコールが軍を退役するかフリオニールが軍に志願するしかないのだ。しかし国境の緊迫感が高まる中、将来有望な幹部候補の退役を軍上層部が易々と容認することはないだろう。だったら道は1つしかない。
「…花を育てたいって言ってたじゃないか」
「基地でだって育てられるさ」
既に決断した表情で語るフリオニールの言葉に、スコールが俯いた。
「…駄目だ」
「スコール…」
やはり恋人の説得こそが最難関か、とフリオニールが考えていると、椅子から立ち上がったスコールが目の前に立つ。
「アンタのことを考えたら、そう言わなきゃならないって解ってるのに…、言えない」
その科白が耳に届いた瞬間、フリオニールは反射的に目の前の体を強く抱きしめていた。
「いいんだ。スコール、傍にいさせてくれれば」
「フリオニール・・・」
おずおずとスコールの手がフリオニールの背へ回される。その感触を愛おしく感じながらフリオニールは改めて決意した。
たとえ最前線へと送り出されることになったとしても、其処がスコールの傍ならばそれでいい。
ただその想いだけで心を満たして、フリオニールは恋人を抱き締める腕に力を込めた。
READY GO!!
「うっわ、ヤッベ…ッ」
調子に乗りすぎた、とジタンは舌を出した。余裕がある振りをしているのは自分自身への見栄だ。
その間にもジェクトを模したイミテーションの攻撃を躱し、クジャのイミテーションが放った魔法を紙一重のタイミングでやり過ごす。
複数のイミテーションを見つけて、面倒事は1度で片づけてしまえと考えたのはいいが、予想していたよりもイミテーションのレベルが高かったのが現状を招いた理由だ。他にエクスデスのイミテーションとゴルベーザのイミテーションの2体、計4体のイミテーションに熱烈に追い掛けられている今、反撃する余裕などジタンにはない。
「ジタン!横に跳べ!」
下方から聞き慣れたスコールの声がしたのと、目の前に巨大な光の刃が現れたのは同時だった。
「おおっと」
慌てて左方向へと跳べば、ジタンを追いかけていたイミテーション達が光の刃の直撃を受ける。
「あっぶねー!」
あと半瞬でもジタンの反応が遅かったら、イミテーション諸共直撃を受けるところだった。これは援護の礼を言う前に文句を言っていいだろう。勢いよく振り向いたジタンは、そこで「あれ」と声を上げた。
「なんだよ、そっちもお客さん連れてんの?」
「別に連れてきたかったわけじゃない」
憮然と答えたスコールの遥か後方に数体のイミテーションが見える。どうやらジタンの援護に来たというよりは、ジタンと同じく複数のイミテーションを相手に戦う内に偶然ジタンが追われている状況に遭遇した、ということらしい。
イミテーションの影にじっと目を凝らしていたジタンはやがて不服そうにスコールを見上げた。
「レディばっかじゃん。ずり~」
スコールが不本意ながら引き連れてきたのはティナにアルティミシアにシャントットのイミテーションと、見事に女性ばかりだった。…イミテーションに性別があるのかは疑問だが、とりあえず外見は女性だと言っていいだろう。
「…羨ましいか?」
「そりゃヤローに追いかけられるよりレディに追いかけられたいぜ」
「そうか、じゃあ譲ろう」
「ちょっと待てぇっ」
ジタンをその場に残してさっさとその場を離れようとするスコールの手を、ジタンは慌てて掴んだ。1人で7体のイミテーションを相手にしろとは非情もいいところだ。
「…冗談だ」
スコールが全く面白みの欠片も感じさせない表情で言うが、半分本気だったに違いないとジタンは踏んでいる。段々と打ち解けてきて気づいたが、スコールは面倒事を時々恐ろしいほどあっさりと放り出そうとするのだ。
「ジタン、ヤツらを纏めてこっちまで誘い込んで来い」
魔法偏重型の敵が多いから距離を開けられたままだと不利だとスコールは淡々と続けた。空中での動きも速いジタンが敵を誘い込み、スコールの技で一気に片付けてしまおうという算段だ。
「…なんかオレのが重労働じゃね?」
「この間、ライトの兜で皿回しした挙句皿を割ったのを黙っていてやった貸しはこれで帳消しにしてやる」
「………乗った」
損得計算に要した沈黙の後、短く頷いたジタンは腰を低く落とす。隣りでスコールもガンブレードを構えた。
「仕留め損ねるなよ~」
「誰に言ってる」
先程1人でイミテーションに追われていた時の焦りはもうない。今度は振りではなく本物の余裕を滲ませて、ジタンは大地を力強く蹴った。
「んじゃ~」
レディ・ゴー!
魔女っ子理論141~155
141
「ティーダのせいだろ」
「いーや、ジタンのが先だった」
互いにそう言って譲らないジタンとティーダが、全く以って仲のよろしいことで、とでも言いたくなるような見事なタイミングで同時にライトを見上げる。
「ライトもそう思うよなっ」
「……私には2人同時だったように見えたが」
冷静な返答に、2人は「うーん、そうかなあ」と言いつつも、「ま、いっか」と話を切り上げることにしたらしい。
この世界は様々な世界を写し取った断片の寄せ集まり。今まで歩いてきた限り、集落そのものを写し取っているところもあれば、洞窟や山、森林の一部を写し取った場所や建造物の内部を写し取った場所もあり、そこには特段一貫した法則性は見受けられない。ただ、どのエリアにも共通しているのは、デジョントラップ、と呼ばれるものが存在しているということだ。
2年前に、戦いを繰り広げた際には厄介だったデジョントラップだが、今回のように基本的には探索するだけの場合には大した支障はない。そこにデジョントラップがあることを認識して、注意して歩けばいいだけの話だからだ。それなのに。
何をそんなに盛り上がっていたのか、話しながら歩いていたジタンとティーダが物の見事にデジョントラップに仲良く足を突っ込んだのだ。反射的に何か掴まるものを求めて手を伸ばした結果、近くにいたライトが巻き添えになった。
掴まるにしても、せめて腕に掴まってくれれば持ちこたえられたのではないかとライトは思うのだが、2人が咄嗟に掴んだのはライトの腕でも足でもなく、身に纏っていたマントだった。後ろからマントを思い切り引っ張られたライトがそのまま2人と一緒にデジョントラップへと吸い込まれたのは不可抗力だったと言えるだろう。
「あー、でもさ、ちょうどよかったんじゃね?」
片方は小柄なジタンとはいえ、マントに2人もぶら下がられた重みを思い出して知らず眉間に1本皺を寄せたライトを見て、ジタンが話題を変える。
「最後はライトの番ってことだったんだし」
通常、デジョントラップに吸い込まれると、同じエリア内の別のデジョントラップから吐き出される。ライト達3人も同様に吸い込まれたと思ったらすぐさま外へと吐き出されたのだが、通常と違うことといえば、吐き出された先が自分たちの周りだけが僅かに仄明るいだけの暗闇だったということだ。
最後の楔を打つときが来た、ということなのだろう。
「このエリアって、ライト、知ってるとこなんスよね?」
「ああ」
今は暗闇に覆われて見えないが、先程まで歩いていたそこは、とある城の中の一部だった。
ティーダの質問にライトはゆっくりと頷いて答える。
「ここは、コーネリア城だ」
142
「それってさ、ライトの想い出深いとこなワケ?」
ジタンが訊くと、ライトは首を振る。
「想い出深いというより、私は今ここに世話になっている」
「城仕えの騎士ってこと?」
「…そうとも言えない」
自分の今の身分を尤も的確に表現するならば、それはコーネリアの食客、というのが正しいのだろうとライトは言った。
「ショッカク?」
耳慣れない単語にティーダが鸚鵡返しにすれば、ライトは暫く悩んだ後で、居候だと思っておけばいい、と説明する。
城仕えの騎士とは違い、王の命令を受ける立場でもなければ、給金を得ているわけでもない。勿論請われれば力を貸すが、ライトと後3人の仲間たちはあくまでも国王の客人として2年前からコーネリアに滞在していた。
「へぇ、城暮らしっての、オレには全然想像できないッスけど、なんか凄そう」
城というものに縁がなかったティーダはそう言い、その後に、でも、と続ける。
「故郷とか、帰んなくても大丈夫なんスか?」
「…わからない」
「え?」
ジタンも不思議そうにライトを見上げた。
「私が…いや、我々が何処で生まれどう育ち、どうやってコーネリアへと辿り着いたのか…誰も覚えていないのだ」
2年前、ライトは3人の仲間と共に、それぞれ輝きの消えたクリスタルを手にコーネリアへと辿り着いた。しかし4人全員の記憶は失われ、自分たちが何者であるのかも判らなかった。
「光の戦士…その伝説の戦士こそ自分たちだと告げられ、我等は戦った。時の鎖を断ち切る為に」
4人の戦士の活躍で、世界は2000年のループを打ち破り、正しい姿へと戻った。同時に、人々の中からは戦いの記憶は失われた。
しかし、不思議なことに人々の中に「光の戦士」というものの記憶だけは伝承として残っていて、だからこそライト達は戦いを終えて帰還した後、コーネリアの食客として迎え入れられたのだ。
「えぇと、じゃあ、2年前に此処でライトの記憶がなかったのは…」
「もともと記憶を失っていたからだ」
「じゃあ、今は…」
「2000年を経た戦いの記憶は我等4人だけが持っているが、コーネリアへと辿り着く前の記憶は今も甦ってはいない。私の名も…元の世界でも同じように呼ばれている」
ライト、ルース、リヒト、ルミエール、と4人の戦士たちは元の世界のいくつかの言語で「光」を指す言葉で呼ばれているのだとライトは付け足した。
以前本当の名前の話になった時に敢えてそれを言わなかったのは、ライトが本来の世界に還って記憶を取り戻したに違いないと仲間たちが思っているのが解っていたからだ。そこでわざわざ記憶を失ったままであることを告げて余計な気を遣わせる必要はないと判断したからだった。
「でもさ、仲間もいて、皆がライトのこと受け入れてるんだろ?だったらその、コーネリアってとこを故郷だと思うってのもアリだと思うぜ?」
ジタンがそういえば、そうッスよ、とティーダも頷く。
だがライトはふと暗闇を仰いで言った。
「だが…、偶に私は本当にここにいていいのだろうかと思うのだ」
「ライト…」
それは、どんな時にも揺らがずに仲間たちを導いてきたライトが初めて見せた揺らぎだった。
143
時の輪廻に関する記憶を失くしたはずの人々は、それでもライト達を光の戦士だと信じて疑わず好意的に受け入れてくれている。コーネリアに辿り着くまでの記憶を一切持たない彼らに、帰る場所が判らないのならずっとコーネリアに居ればいいと言ってくれた。彼らは口を揃えてこう言う。「あなた方が伝説の光の戦士であり、私たちは貴方達に救われた。何故だか知らないけれど、それは確かなのだと判るのだ」と。
そうして2年、ライトはコーネリアで過ごしてきた。何もせずにただ好意に甘えるのは性に合わないから、騎士の訓練などは率先して引き受けた。そうしている内に友人や知り合いも増え、恐らく自分はコーネリアでの生活に馴染んでいると言っていいのだろうとライトは思う。穏やかな日々に不満はない。若い騎士たちを鍛えその成長を見守る役目は遣り甲斐があるし、膨大な蔵書数を誇る城の図書室は一度足を踏み入れたら寝食を忘れるほど魅力的だ。
けれど、ふとした瞬間首を擡げる疑問を、ライトは打ち消すことができないでいる。
「私の使命は果たした。最早使命を持たない私は去るべきなのではないだろうか…」
記憶を失ったのはただ使命を果たす駒となる為だったのではないか。そして使命を果たして尚、記憶が失われたままなのは役目を果たした駒は歴史の狭間へと消え去るべきだからなのではないか。光の戦士という役割を全うした以上、自分が何者かも判らないような己個人の存在は要らないのではないだろうか。
「んなわけねーだろ!」
明らかな怒りを滲ませて語気を強めたのはジタンだ。
「ジタンの言うとおりッス」
続いて言ったティーダの様子も怒気を孕んでいる。
ライトは眼を瞬かせた。彼らは何故こんなにも怒っているのだろう。
「ライトは命懸けで使命を果たしたんだろ。そしたらその後は自由でいいじゃないか。役目果たしたらそれで終わりなのか?生きるってそんなことじゃないだろ。与えられた命を無駄にしないことだろ」
「使命の為だけに生きるって、じゃあ、今ライトのこと慕ってる人達はどうするんだよ?ライトが使命を果たしたからってだけで慕ってるわけじゃないッスよ。ライトの性格とか考え方とか態度とか、そーゆーのが好きなんだ。ライトはオレたちが、ただ同じ使命を持ってるからってだけでアンタを慕ってるって言うのかよ」
ジタンとティーダ2人揃って睨みつけられて、ライトは漸く思い至る。これは、もしかして。
「君たちは…私の為に怒っているのか?」
その問いに、2人の声がシンクロした。
「当たり前だろ!バカライト!」
144
バカ、だなんて初めて言われた。ライトは滅多に見せない驚きの表情を浮かべる。
「アンタがオレに言ったんじゃないか。オレの命に何1つ恥じるべきところはないって。オレはテラの民の器として造られた。それがオレの使命だ。だけどテラの民はもういない。オレの使命はもうない。だったらオレはいなくなるべきだってアンタは言うのかよ」
ジタンがライトを睨みつけて言った。
「オレの使命はシンを倒すこと。その為に現実に喚ばれて、その後ホントに消えたッスよ。でも、ライトだって、オレに戻って来いって祈ってくれたんじゃなかったんスか?祈ってくれた皆の想いを信じればいいんじゃなかったのか?アンタの想いを信じられないなら、やっぱりオレは消えるんスか」
ティーダは涙目でそう訊く。
ああ、自分はとんでもない間違いを犯そうとしていたのだ。
驚きに丸くしていた眼を1度伏せ、ライトはゆっくりと2人を見た。
「使命を担う自分」の他に記憶を持たないから、使命を果たすことだけが自分の在る意味のように感じていたけれど、それは自分だけでなく、他者の尊厳さえ貶める愚かな思考だったのだと悟る。同じように使命を果たしたはずの彼らはこんなにも魅力的で、彼らがいなくなるべき存在だなんて到底思えない。そして、「使命を担う自分」だけだと考えていた自身の存在もまた、それだけではないのだと彼らは言ってくれる。
「記憶が戻んなくても、それが全部じゃないだろ。オレ達と一緒にここで戦った記憶も、この2年間の記憶も、またこうやって一緒にいられる記憶も、ライトはちゃんと持ってる」
「ちゃんと、オレ達が好きな…たぶんそのコーネリアの人達も好きなライトのことも、認めて欲しいッス」
「…私は、あそこにいてもいいのか」
「いてくんなきゃこっちが困る」
「ライトだって、元の世界戻った後、オレのこと『どっか消えるって言ってたけどどうなっただろう』なんて考えたくないだろ?」
「・・・確かに」
大切な仲間だ、元の世界の仲間に囲まれて元気に過ごしていると思いたいに決まっている。
「アンタが仲間に対して想うことは、仲間がアンタに対して想うことなんだ」
「オレたちを仲間だと想ってくれるなら、そこんとこ忘れないで欲しいッス」
2人の言葉が、ライトの心に温かく宿る。2人を、そして待っていてくれる7人を、仲間だと想うのなら、彼らが慕ってくれる自分自身を認めなければならない。
本当の名も思い出せないけれど、彼らが呼んでくれることこそが重要なのだと言ったのは他ならぬライト自身だ。
仲間たちが、コーネリアの人々が、自分をライトと呼びそこに居てもいいのだと言ってくれるならば、それで充分なのだ。
「…ジタン、ティーダ。ありがとう」
言葉と共にクリスタルが現れ光を放つ。
滅多に見られないライトの笑顔は、それはそれは眩しかったとジタンとティーダは後で仲間たちにそう言った。
145
それは、光のネットのようだった。
ライト達3人が暗闇を打ち破ると、そこにはいつも通り仲間たちが彼らを待っていた。そこまでは変わらない。だが、そこからが今までと違っていた。
クリスタルから放たれた光が消えない。
やがて、どこからともなく9つの光が走ってきた。10人には感覚的に解る。これは、彼らが楔を打ったそれぞれの場所からの光だ。
徒に空間変異を繰り返すこの世界が、実際にはどういった形状をしているのか彼らにはさっぱり見当もつかないのだが、今現在の状況を察するならば、彼らが楔を打ったエリアがこの世界の外周に位置しているのだろう。そうしてそこから、他の楔の場所へと光の線が走って、大きなネットを被せるようにこの世界を覆っている。そう、まさに、この世界を繋ぎとめるネットだ。
「これで、この世界がバラバラになるの止められたのかな」
セシルが光を見上げて言う。
「…たぶんな」
クラウドが頷いた。
今までにない安定感のようなものを感じる。それは、この世界に調和と秩序の女神の力がしっかりと根付いた証なのだろう。
「ここがバラバラにならないってことは…」
バッツの言葉の続きを、ジタンが奪う。
「オレたちの世界に衝突もしないってことだ」
「オレらの世界は無事ってことッスね」
ティーダが笑い、フリオニールも笑みを浮かべた。
「守れたんだな、俺たちの力で」
「…任務完了、だな」
スコールが彼らしい言葉で表現すれば、ライトは胸に手を当て言う。
「コスモス…、貴女の願いは確かに果たした」
「よかったね」
オニオンが隣りのティナに微笑みかけ、ティナもそれに同意する。10本の楔を打った、それは今ここにいる10人の仲間1人1人が各々の心の中の壁を乗り越えたということなのだから。
「そうね。それにしても…本当に、きれい」
空を見上げてうっとりと呟くティナの言葉に、もう1度全員が空を見上げた。
眩い光が交差する空。
やがて光が消えるまで、彼らはずっとそれを眺めていた。
146
「あとはイミテーションの製造元をどうにかするだけか~」
焚火を囲んでの夕食が終わると、大きく伸びをしながらジタンが言った。世界の拡散は止めた。あとは、あの大量増殖したイミテーションの大元を破壊すれば、この世界は一定の秩序を保った状態になるだろう。
「製造元ってどこなんスかね~?」
ティーダものんびりとした口調で言うと、一緒に焚火を囲んでいたティナとオニオンもどこなんだろうね、と顔を見合わせる。
「見当はついている」
そんな答えが返ってきて、彼らが首を向ければ、少し離れた場所でガンブレードの手入れをしているスコールがチラと4人を一瞥した。
「そーなん?」
「…気づいてなかったのか?」
「全然」
寧ろ仲間にスコールやライト、セシルにクラウドといった、言わなくとも色々考えてくれるタイプがいるおかげで気づこうとしていなかった、という方が正しい気もするが、とりあえずジタンとティーダが代表して首を振る。
「考えればすぐ判る。イミテーションは2年前の戦いでカオス陣営が造り出して戦いに投入した戦力だ」
手は淀みなくガンブレードの部品を組み上げながら、スコールは説明してくれた。
「つまりイミテーションは、2年前、大いなる意思とやらが限定していた行動範囲の中で製造されたということになる」
「あ、そっか」
オニオンが納得した、と頷く。
「今まで通ったところにそれらしきものはなかったもんね」
ランダムな空間変異に運を任せて移動してきたから、当然見知ったエリアを何度も通る事もあった。だが、2年前に散々戦いを繰り広げた10のエリアにはそれらしきものは見当たらなかった。
「そうなれば、自ずと見当はつく」
スコールが組み上げたガンブレードを一振りして具合を確かめながら言った。
空間変異で辿り着くエリアはランダムで法則性は見当たらない、というのが基本だったが、1つだけ例外があった。
どんなに空間変異を繰り返しても、絶対に現れないエリアがあるのだ。
「…確かに、イミテーションの製造元としてはうってつけなカンジ?」
ジタンが肩を竦めて言う。ティーダもうんうんと頷いている。言われて見ればそれ以上の場所などないように思えた。
2年前、混沌の神が支配していた領域。
「混沌の果て…。恐らく、イミテーションの出所はそこだ」
147
年若い者達がイミテーションの製造場所について話していた頃、その場に居なかった5人の年長者は、テントの中にいた。
彼らも今後について話し合っている。ただし、イミテーションの製造場所のことではなく、それを破壊した後の話だ。
「コスモスの頼みは、あくまでこの世界の拡散を止めることだった。イミテーションの掃討については何も言われていない。つまり、僕たちはこの世界での使命を果たしたと言っていいんだと思う」
セシルの言葉に同意を示し、ライトが続ける。
「だが今のところクリスタルが我らをそれぞれの世界へと送り出そうとする気配はない。…2年前とは違う、と考えていいのだろうか」
「そうだといいよな」
バッツが真面目に言った。
「俺たちに還る場所の選択もできるといいんだが…」
フリオニールがそう話す横で、クラウドも口許に手を当てて考え込んでいる。
彼らはイミテーションを掃討し製造源を破壊することに関しては何も不安を抱いていなかった。恐らく混沌の果てに製造源があるだろうことは彼らも推測していたし、戦力的な不安は皆無と言っていい。
彼らが問題視していたのは、そして敢えて年長者だけで話し合っているのは、それがこの世界からの帰還について、もっと具体的に言うならば、スコールを彼の世界へ還さない方法についてだったからだ。
本人を交えて話しては、スコールを傷つけることになる可能性も皆無ではない。一応本人も納得したしおくびにも出さないが、元の世界への未練がないはずがないのだ。ここから還るその瞬間まで、出来るだけスコールの意識をそこから逸らしておいてやりたい。それが仲間たちの想いであり、しかしスコール1人を除いて話し合うわけにもいかないから、ここは年長者だけで、ということになったのだった。
「とりあえず、自分から還ろうとする、っていうのはどうだ?」
バッツがそう提案する。
2年前、この世界から還るときには、クリスタルの力によって言わば強制送還されたような状態だった。別れの挨拶も満足にできないまま彼らはそれぞれの世界へと還ったのだ。
だから今度は自ら還ろうという意志を見せてはどうだろう、とバッツは言うのだ。
「確かに、2年前に比べてクリスタルは俺達自身と結びつきが強くなっている…。俺達の意志が反映される可能性は充分あるか…」
クラウドの言葉にライトやセシルも頷いた。2年前にはコスモスの遺した力、という印象の強かったクリスタルだが、今回再びこの異世界へと彼らが来て、そして各々の心の蟠りを昇華してクリスタルの力を強めたことで、彼らの意思によるコントロールがある程度可能になった、という実感は全員が抱いていた。
「問題は…」
フリオニールが呟く。
「そうなると、自分から別れを言い出さなきゃならないってことか」
その科白に仲間たちが顔を見合わせた。
還りたくないわけではないが、別れるのも辛い。それを切り出すのは勇気が要るだろう。
「イミテーションを掃討し、製造源を破壊したら、速やかにこの世界を去る」
ライトが強い口調で言い切った。
「予めそう決めておこう。下手に躊躇って2年前のようにクリスタルの力で強制的に還ることになっては元も子もない。我々は、約束したのだから」
5人の脳裏に、眸を潤ませながら気丈に「スコールをここへは還さないで」と彼らに頼んだリノアの姿が浮かぶ。あの約束は絶対だ。反故にするわけにはいかない。
「そうだね」
セシルがそう言い、フリオニール、バッツ、クラウドもしっかりと頷いた。
仲間たちの別れの時はすぐそこまで来ているのだった。
148
「う、わ…」
オニオンの口から零れた驚嘆の声は、仲間全員の声でもあった。
その視界を埋めるのは、今までの比ではない大量のイミテーションの群れと、そして。
「カオスのイミテーションってアリかよ…」
「2年ぶりに見てもやっぱりデカイなあ」
「…あれだけは量産できなかった、ということか」
混沌の果ての玉座に座しているのは、混沌の神を模したイミテーションだった。イミテーション特有の金属のような質感で巨大な尾が揺れる様は異様というかシュールというか、見る者の意見が分かれそうな光景だ。
「イミテーションは所詮模造品。たとえカオスであろうと、2年前本物を倒した俺たちが恐れる相手じゃない」
フリオニールの言葉に全員が同意する。
「最後の一暴れ、行くッスよ~!」
ティーダの言葉が合図となって、イミテーションを掃討すべく彼らは動き出した。
まずは強力な全体魔法を使えるオニオンとバッツ、クラウド、スコールがイミテーションの数を減らし、そこを掻い潜って襲ってくる敵をライト、フリオニール、セシル、ジタン、ティーダの5人で確実に仕留めていく。戦闘力のないティナは後方から全体を見て敵の動きに注意する役目を負った。
混沌の果て、というエリアの狭さが10人には有利に働く。大量の軍勢で組織的な動きをするから手強くなっていたイミテーションだが、この手狭な空間では、その数自体が足枷となって烏合の衆にしかなっていない。
「みんな!カオスの玉座の後ろからイミテーションが出てきてるわ!」
無尽蔵に戦場に投入されるイミテーションだが、さすがに倒され減らされるスピードと造り出されるスピードでは減る方が早い。イミテーションで埋め尽くされて地面も見えなかった一帯も、ようやく彼らの記憶の中にあるこのエリアの姿に近づいてきた。そして、そこでようやく、玉座にいたカオスのイミテーションが動き出す。
「クラウド!スコール!君達はカオスのイミテーションを!」
「わかった」
「了解」
セシルの指示に2人は走る。イミテーションとはいえ、さすがに混沌の神の模倣は今までとは段違いの強さだ。それでも、彼ら2人にとって苦戦を強いられるほどではない。
「ジタン、ティーダ、オニオン。悪いけど、そこを通り抜けてイミテーションの出所、潰してきてくれるかい」
「任せとけって」
俊敏で機動力の高い3人に、クラウド、スコールがカオスのイミテーションと戦いを繰り広げる直ぐ傍を潜り抜けるよう頼んだセシルは、最後にライトとフリオニール、バッツを振り返った。
「僕らはここにいる残りを片付けよう」
「ああ」
戦闘は危なげなく進む。10人の中にあるのは、これで最後なのだという想いだ。2年前にも経験した想い。2年経ってこうして予想外に再会は叶ったが、たぶん3度目はないだろう。
だから、すべての戦闘が終了した時、彼らの表情は達成感や安堵と共に寂寥にも彩られていた。
149
「あー、やっぱ海は気持ちいいッス!クラウドとスコールは初めてだよな。ここがオレの住む世界!」
ティーダが大きく伸びをしながら言う。
「ティーダにピッタリなところだな」
クラウドが穏やかに感想を述べた。その言葉に、ティーダは嬉しそうに笑う。
眩しく照りつける太陽、光を反射する白い砂浜、透き通る青い海。
穏やかな波打ち際、ビサイドの浜辺に10人は立っていた。
話はほんの僅かばかり前に遡る。
イミテーションの掃討を完了した彼らは円陣を組むように混沌の果てに立った。
別れ難くズルズルと此処に居座っても仕方ない、イミテーションの掃討が完了したらすぐに帰還することにしよう。その決定に異を唱える者はいなかったから、彼らはそれぞれの手にクリスタルを握っている。
だが、別れの挨拶を口にするのは中々難しかった。暫くの沈黙の後、やはりここは自分が口火を切らねばならないだろうとライトが口を開き掛けたところで、自らのクリスタルを見つめていたティーダがバッと顔を上げた。
「見送り、来ないッスか」
「は?」
意味が判らず訊き返す仲間たちに、ティーダはいいことを思いついた、とでも言うように大きく頷いて見せる。
「うん、そうだ、見送りに来いよ!」
1人で納得しているティーダに、他の仲間たちがついていけないでいると、はいはいみんな手ぇ繋いで~、とティーダはどんどん話を進めてしまう。
「おいおい、ちょっと待てってティーダ!」
「いいじゃないッスか。これでみんなが見送りに来れたら、自分以外のヤツも連れてけるってことになるんだから」
クリスタルがその持ち主しか還らせてくれない、となれば何か別の手段を考えなくてはならないことになる。確かに全員が一斉にこの異世界から帰還してはむざむざとスコールを元の世界へと還してしまう危険性は拭えない。ティーダの言う事は理に適っていた。
「じゃ、やってみるぞ~」
言葉と共にティーダのクリスタルが輝き出し、そして今に至るのだ。
「とりあえず、自分のクリスタルの力で他人も連れて行けることが確認できたんだからよかったよね」
セシルがライトに言うと、ライトも安堵を隠さずに頷いて見せた。仲間たちの気掛かりは最早それだけだったのだから、その確認が出来たことは大きい。突飛にも思える提案をしてくれたティーダにライトは感謝していた。
そのライトの視線の先で、ティーダは背後を振り返り、そして仲間たちの方へと向き直ると泣きたいのか笑いたいのか曖昧な表情で口を開いた。
「ホントは、色んなトコ見て欲しいんだけど、そう言ってられないよな」
150
お別れ、ッスね。
ティーダの言葉を聞いたかのように、ティーダを除く9人のクリスタルが輝き出す。すると、ティーダがクラウドに自分のクリスタルをポン、と手渡した。
「ティーダ?」
「もうオレには必要ないと思うから、持っててよ。それはオレの世界を知ってる。上手くしたらまた来られるかもしんないし。逃げたくなったら逃げちゃえ」
そして、数歩後ずさって仲間たちの顔を見渡したティーダは、最後にこう言った。
「みんな元気でな!顔暗いッスよ!こんな時こそ笑顔の練習!」
その科白と、光が溢れるのはほぼ同時だった。
「…あいつ、強いなあ」
光が収まれば、そこは見知った異世界の秩序の聖域で、けれどもうそこには9人しかいない。それを見とめてバッツが呟いた。
「ねえ、僕も見送って欲しいんだけど」
そこへそう言ったのはオニオンだ。言葉は希望の形を取っていたが、その手に握られたクリスタルは既に輝き始めている。
「いいよね」
強気な科白を吐いているわりに、オニオンの眸は不安を隠せない。
「しぃっかりお見送りしてやるぜ~」
ジタンが笑いながら肩を竦め、他の仲間たちもそれぞれに微苦笑で頷く。オニオンのクリスタルの光が辺りを包むと、次の瞬間、彼らは見慣れない地に立っていた。
「懐かしいなあ」
そんなに長い間留守にしたわけではないのに、不思議な程懐かしく感じる景色を見回してオニオンは頷く。そして自分の背後に見える城を指差した。
「元々いたのはもっとちっちゃいウルって村なんだけど、今はあのサスーン城で色々勉強させて貰ってるんだ」
誇らしげにそう語り、そしてすぐに寂しさを隠せない様子でオニオンは続ける。
「いろんなこと学んで、それで、いつか僕は物語を書きたいんだ」
「すてきね」
ティナがすぐさま反応して言えば、少年ははにかんで見せた。
「みんなのお話だよ。神様に喚ばれた10人が一緒に旅して戦うお話だ。ここでもうお別れだけど、みんなのことを、形にして残したいんだ」
オニオンの言葉を切っ掛けに、「見送り」役の8人のクリスタルが輝き始める。少年は自分の持つクリスタルを暫く見つめると、スコールに近づき、はい、と渡した。
「…オニオン」
「僕のも渡しておくよ。もしもこれでいつかまた此処へ来られたら、僕の書いた物語、読んでね」
黙って頷いたスコールに、満足気に笑ったオニオンの前で、輝きが溢れ出す。
「みんな、大好きだよ!」
8人の耳に最後に届いたのは、そんな科白だった。
151
「ネギのヤツ、最後の最後だけエライ素直になりやがって~」
「いっつも生意気なことしか言わなかったくせになあ」
ジタンが少しだけ寂しそうに笑い、フリオニールも苦笑いしながら同意する。
「…あの」
遠慮がちに発せられた声に、全員が声の主を見遣ると、ティナがそっと手を挙げていた。
「わたしも、見送ってもらってもいいかな?」
「勿論、レディを送り届けるのは男の義務だぜ」
「…送り狼って表現があったな」
ジタンが胸に手を当て恭しく一礼する横で、スコールが言う。
「オレが送り狼なんかになるわけないだろ」
「珍しいね、スコールがそんな冗談言うなんて」
ジタンの抗議に被さるようにセシルが言うと、スコールは手に持ったものを軽く掲げて見せた。それはオニオンから託されたクリスタルだ。
「ナイトがいないから、代わりに、な」
「それじゃあ、いくね」
ティナが言葉とともに彼女のクリスタルが輝きだす。視界がほんの一瞬白く染まると、もう次の瞬間には今までとは違う景色が広がっていた。
「モブリズ、だっけ?」
「うん」
異世界にもここを模したエリアがあったので全員がなんとなく見覚えのある景色だ。同時に、やはりあの異世界の断片はあくまで断片なのだと実感する。それは本物が、切り取られた景色ではなく広がる風景の一部だからなのかもしれないし、そこで生活する人の気配が感じられるからなのかもしれない。
「ティナママ~!」
目敏く「ママ」の帰還に気付いた子供たちが手を振ってくる。走り寄ってこないのは「ママ」が「知らないお客さん」と話しているので邪魔してはいけないと思っているからだろう。
振り返って子供たちに手を振り返したティナは、仲間たちに向き直るとこう言った。
「ここで、あの子たちが育っていくのを見守るわ。あの子たちが、みんなみたいに強くて優しい人になれるように」
そして、自分のクリスタルをクラウドがティーダのクリスタルを抱える腕の隙間に差し込むように置く。
「わたしのも、預けるね」
「ティナ」
「これがこの先も役に立つのかわからないけど…。わたしが幸せを祈ってるってこと、思い出して欲しいから」
慈愛に満ちた「ママ」の表情でティナが言うと、7人のクリスタルの輝きが彼らを包んだ。
光が収まれば、そこはまた異世界。
「もうちょっと、時間欲しい気もするけどな」
「それで別れ難くなっては仕方ないだろう」
「妙に湿っぽく別れるよりいいさ」
バッツがぼやき、ライトが生真面目に諌め、フリオニールが宥める。
「なあ、オレのトコも見に来いよ」
尻尾を自在に揺らめかせて、ジタンがそう言った。
152
ジタンのクリスタルの光に導かれてやってきた先の景色は。
「う…」
振動に瞬時に反応するクラウドの三半規管の繊細さを心配すればいいのか笑っていいのか、以前スコールの世界で飛空挺ラグナロクに乗った時以来の下らなくも答えのない疑問に仲間たちは曖昧な表情で様子を見るしかない。寧ろこれでよく、あの星の体内のようなエリアで戦えていたものだと場違いな感心が仲間の心を占めていることを本人は知らないだろう。
「わりぃ、移動中みたいだ」
ジタンも苦笑いしながら頭を掻いた。
「ここは…?」
「ここがオレの家。劇団タンタラス自慢の移動劇場艇さ」
ま、盗賊団のアジトでもあるんだけどな。でも最近は劇団が本業だから。
そう付け足したジタンは芝居さながらに一礼してみせる。
見に来いと言った割にここでは世界の様子が判らないが、ここがジタンの家だというならばそれはそれで感慨深い。確かに劇場艇という特殊さからか、ただの空路移動の手段としての飛空挺に比べてだいぶ造りに違いがあるように見えた。
「オレはここで家族みたいな仲間と一緒に笑って、怒って、芝居して、あちこち回ってく。待っててくれるレディがいるから、還る場所は決まってる」
そうして、誰かに記憶を繋いでいく。
「お前らの記憶も、繋いでくよ。ネギは物語書くって言ってたから、オレは芝居にしようかな」
「なんかジタンが凄くカッコいい芝居になったりしてな」
バッツがそう茶化す。ジタンを除く6人のクリスタルが輝き出した。
「当たり前!・・・ってウソウソ、みんなカッコいい芝居だぜ?」
言いながらジタンはスコールに自分のクリスタルを差し出す。
「オレのも、な。たぶん、バッツの幸運のお守りより効果あるぜ?」
「…そうかもな」
悪戯っぽく片目を瞑って見せたジタンにスコールがほんの微かに口許を緩めて言えば、ひどいなあ、とバッツがぼやいた。
光の中で最後に見えたのは、ジタンが親指を立ててポーズを決め、グッドラック、と言う姿だった。
「…ちっちゃいけど男前なんだよなあ、あいつ」
なんか最後凄いカッコよかったぞ、というバッツの呟きに、「ちっちゃい」は言及しないでおいてやれ、とスコールが内心思っていると、フリオニールが口を開く。
「花を見に来ないか」
その誘い文句は、2年前、世界を花で満たして平和な世界を築きたいという夢を抱いていたフリオニールらしい言葉だ。
「いいね」
セシルがすぐに同意を示し、乗り物酔いから復活したクラウドも頷いて見せた。勿論、他の3人にも異論はない。
ほっとしたように顔を綻ばせたフリオニールが手を翳すと、彼のクリスタルが光り始める。
「…うわぁ」
光が収まった途端、彼らの眼に飛び込んできたのは、可憐な花々が咲き乱れる景色だ。
「大したものだ…」
ライトも感心したように言うと、フリオニールは照れくさそうに笑った。
「これ、フリオニールが植えたのかい?」
「俺だけじゃない。仲間や村の皆が手伝ってくれた」
植えられているのはどれも比較的素朴なものばかりだが、勿論、2年前フリオニールを支える象徴でもあったのばらもたくさん植えられている。
「ようやく、この辺りはここまでになったけど、この世界にはまだまだ戦いで滅茶苦茶になった姿のままのところも多い。俺は、これからそういうところを回って花を植えていこうと思ってる」
決意に満ちた表情で、フリオニールはそう語った。
153
フリオニールの決意を聞き届けた、とでも言うように、5人のクリスタルが光り出す。
フリオニールは既に3つのクリスタルを抱えるクラウドの両腕に、自分のクリスタルを乗せた。
「夢があるから戦える。たとえ吹き飛ばされても、踏み荒らされても、俺は何度だって花を植えるよ」
「お前ならできるさ」
フリオニールはしっかりと頷き数歩退くと、光の中に飲み込まれていく仲間たちを見送った。
「皆、元気で」
そんな言葉を耳に捉えて、光が収まればそこにはもう5人の姿しかない。ほんの1時間前にはここに10人いたのに、もう半分になってしまった。
「1人、また1人と姿を消していき…」
「…そこで何故ホラーにする」
バッツの言葉にスコールが突っ込む。するとバッツは笑って自らのクリスタルを天に翳した。
「ボコに会いに来るだろ?」
誘いでも希望でも命令でもない、それは既に来ることを前提とした確認だ。屈託がないというか謙虚さがないというか、コイツの場合はどちらもか、とスコールが思っている間に視界は草原へと変わる。そして。
「クエ~ッ!!」
「うわっ」
仲間たちの目の前で、バッツに見事なチョコボキックが決まった。
「イテテテ…。勢いつけすきだよ、ボコ」
「クェ~」
「でも、会いたかったぞ、ボコ~ッ」
「クェックェッ」
ヒシと抱きしめあう(相手はチョコボなので正確にはバッツが一方的に抱きついているだけだが、雰囲気から察するとこうなる)1人と1羽。
「…あれって会話が成り立ってるってことなんだろうね」
「…たぶんな」
見守る仲間たちも、あれが「幸運のお守り」の提供元か、と興味深い。お守りを持ち歩いていた経験のあるスコールなどは特に。
俺はあれと間違われていたのか、と寝惚けたバッツに散々「ボコ~」と懐かれた経験のあるクラウドは別の意味で感慨深いようだったが。
「こいつがおれの相棒のボコ。おれとずっと旅して、これからもあちこち旅する妻子持ちだ」
「クエッ」
挨拶するようにボコが鳴く。
「こいつと旅して、それで、おれもみんなのこと、話すよ。おれ、吟遊詩人もマスターしてるしな」
バッツは朗らかにそう言って、自らのクリスタルをスコールの腕の中へと押し込んだ。
「幸運のお守り、持ってけよ」
「アンタの相棒じゃなかったか?」
「そりゃあの世界ではな。でも、おれには本物のボコがいるから大丈夫」
そうして、光に包まれて消えていく仲間に向かって、バッツは言う。
「おまえたちと旅ができて、楽しかったよ」
光が収束すれば、そこは何も変わらない秩序の聖域で、けれど4人になった今、ここはこれほど広かっただろうかと彼らはなんとなく辺りを見回した。
「いつも賑やかに僕らを引っ張ってくれた皆がいないから、なんだか物凄く静かだよね」
穏やかに笑ってそう感想を述べたのはセシルで、彼はそのまま穏やかに続けた。
「じゃあ、そろそろ僕も見送ってもらってもいいかな」
154
百聞は一見に如かず。表現に差はあれど似たような慣用表現は各々の世界にも存在して、今まさにその言葉がクラウドとスコールの脳裏に浮かんでいる。いま1人、ライトの表情は特に変わらないので判別不能だ。
「おかえりなさい、セシル」
「だ~」
「ただいま、ローザ。セオドア、いい子にしてたかい?」
話は聞いていたが、ほんとに妻子持ちなんだな…。
美しい妻の胸に抱かれた、まだ音を発するだけで意味のある言葉を話すことまではできない幼い息子の顔を覗き込むセシルの姿に、話を聞いていただけでは感じなかった何とも言えない驚きというか感慨というか、そんなものを覚えて、彼らはついついその幸せな家族を凝視してしまう。
その視線を感じ取ったのか、セシルは顔を上げると柔らかく笑った。
「僕の、大切な家族だ。僕は家族と、そしてこの国の王としてこの国に暮らす人達を護って生きていく」
その柔和な笑顔とは対照的に、声は力強く決意に満ちている。アンバランスというか絶妙なバランスというか、ともかくこれがセシルの本質だと仲間たちは思う。
「この子がもう少し大きくなったら、皆の話を聴かせるよ。きっと眼を輝かせて喜ぶと思う」
そしてセシルもまた、自らのクリスタルをクラウドの腕の中へと置いた。
「護るものがある、護れるものがあるって、きっと大きな力になるよ」
「…ああ。俺もそう思う」
頷いて返したクラウドに、安堵したように微笑んでセシルは数歩下がる。眩い光の中へと消えていく3人の眼に、不思議そうにこちらを見つめる幼い赤ん坊の顔が映った。
「……」
戻ってきた異世界で、暫くは沈黙がその場を支配する。最後に残ったのが寡黙な3人なのだから仕方ない。やがてライトが徐に口を開いた。
「では、私も行くとしよう」
「勿論、俺達が見送りに行っても構わないな?」
クラウドが尋ねれば、ライトは口許を緩める。
「頼めるだろうか」
「…アンタ1人を例外にしてどうする」
無愛想に答えたのはスコールで、この謹厳実直な光の戦士に対する半ば喧嘩腰のような物言いは最後まで変わらなかったな、と横で見ているクラウドと、言われた当事者であるライトは僅かに苦笑いした。
「そうか。ならば頼もう」
ライトのクリスタルが光を放ち、あっという間に景色が変わる。そこは、クラウドとスコールにも見覚えがあった。2年前、最後の戦いを終えて彼らが別れた場所だ。少し離れた場所に優美なシルエットの城が見える。あれが、コーネリア城なのだろう。
「2年前、あの異世界へと喚ばれて私は9人の仲間を得た。そして再びあの世界へと喚ばれ、仲間は…私に自分が在る意味を教えてくれた」
ライトは2人を見つめて言う。
「もう逢うことが叶わなくとも、私はこの世界で、私に出来る事をしながら、皆の息災を願っている」
ティーダがブリッツボールで活躍し、ジタンが芝居で喝采を浴び、ティナが子供たちと笑い合い、バッツがボコと草原を渡り、セシルが家族に癒されながら立派に国を治め、オニオンが多くのことを学び、フリオニールが世界中に花を植える様子を思い描き、それを祈る。
「そして、既に還った者たちもみな、人よりも永い時を渡る君達を案じ、その道程に降り掛かる困難が1つでも少なくなることを祈っている」
タイムリミットを示すように2人のクリスタルが輝き始めた。ライトはスコールに歩み寄り、その腕の中に自らのクリスタルを置く。
クリスタルの光の中に消えていく2人に、ライトは最後にこう言った。
「忘れるな。光は君達と共にある」
155
戻ってきた異世界は、音もなく静かだった。
2人は、それぞれの腕の中に抱える5つのクリスタルを見つめる。すると、クリスタルが急に輝き出し、彼らの両腕から頭上高くへ浮かんだ。
「なんだ…?」
中空に円形に並ぶ10のクリスタル。どんどん輝きを増すそれらは、やがて円の中心に集まり、そして光が弾けた。
「…っ」
あまりの眩しさに2人は手を翳し目を庇う。辺りを真っ白に包んだ光が収まると、宙に浮いていた10のクリスタルの姿はどこにもなかった。
「あれは…」
クラウドが右手を差し出す。そこへゆっくりと落ちてきたのは。
「これは、クリスタル、か?」
スコールもそれを見て言う。
今まで彼らが手にしていた、形も色もバラバラな、片手で持つにはギリギリな大きさだったそれらの代わりに、片手で包み込めてしまう程の小さな、けれどダイヤモンドのような輝きと透明さを持つ完全な両錘形のクリスタルがそこにあった。
ちゃんと、こいつを連れていけそうだ。
クラウドは内心で、別れた仲間たちに語り掛ける。スコールを自分の世界へと連れて行って、もし今までの「見送り」のようにスコールだけが異世界に戻されてしまうような事態になったら、と密かに懸念していたのだが、どうやらその心配はなくなったようだ。クリスタルは1つになり、それはきっと、彼らに自分のクリスタルを託した仲間たちの意志の力も働いているのだろう。クリスタルはもう、スコールを彼本来の世界へと還す為の力ではなくなったのだ。
「行くぞ」
クラウドは短く言って、祈るように目を閉じた。呼応するように手の中のクリスタルが光り出す。
還るべき自らの世界を思い浮かべ、そして左手でスコールの手を掴んだ。ちゃんと約束通り彼を自分の世界へ連れて行く為に。
光が収まるとそこは、クラウドにとっては見慣れた世界。エッジの街並みが見える。
クリスタルはクラウドの手の中で淡い光を放って姿を消した。完全に消えたわけではないと感覚的に解る。恐らく必要があれば、クラウド、スコール、どちらの想いにも呼応して姿を現すだろう。
スコールは周囲の景色を不思議そうに見回している。初めて見るのだから当たり前だ。暫くして、ぽつりと呟く。
「ここが、アンタの生きる世界か…」
「違うな」
だがすぐさま否定の言葉を吐き出されてスコールが驚いてクラウドを見れば、クラウドは意外な程真剣な眼をしてスコールを見ていた。
「俺の世界じゃない。これからは、お前が生きる世界でもあるんだ」
これからスコールはこの世界で永い時を生きていく。
リノアが、ラグナが、エルオーネが、クレイマー夫妻や幼馴染たちが、そして異世界で出逢った9人の仲間たちが、スコールに生きて欲しいと願ってくれたから。
クラウドが、永い時間につきあってくれると約束してくれたから。
あの異世界で、2人とも過去を変えないという選択をしたから。
いつか元の世界へと戻れる日が来るかもしれないが、それはずっと先の話であることは間違いない。
「………そうだな」
軽く目を閉じた後、そう吐き出したスコールに軽く頷いて、クラウドは微かに首を傾けて促す。
「行こう。俺の仲間を紹介する」
「ああ」
そうして、2人はエッジの街へと歩き出した。
魔女っ子理論127~140
127
『じゃあ、行ってくるな。ダイジョーブだって!エルはエスタだって判ってんだしさ、な?』
『あの子…泣いてないといいんだけど・・・』
『ささっとエスタ行って、エルを助けて、エルをこんな目に合わせたヤツらはぶん殴って帰ってくるから!』
スコールの眼に映る2人はそんな会話を交わす。その話の内容から、これはエルオーネがエスタの女の子狩りによって誘拐された後、ラグナたちが救出に向かう時のことだと判る。それはつまり、ラグナとレインの、永遠の別れの時。
まるでちょっとした旅行にでも行くような気負いのなさで出掛けて行った男は、途中何故か映画出演などもしながらエスタを目指し、漸く潜入したそこでエルオーネを救う為革命派と協力し、エルオーネを救い出した後は力を貸してくれた人達への恩返しの為にエルオーネだけをウィンヒルへと送って自分はそこでクーデターに参加して気づいたら英雄になり、そしてレインの許へと帰ることはなかった。帰りたいと、帰ろうと、ずっと思っていたにも関わらず、だ。
『帰ってきたら…その、けけけけけ結婚式、ああ、あげ、挙げよう、な』
『もう、噛みすぎなんだから。帰ってきたら、結婚式をして、それからエルも正式に養女にしましょう。一気に妻子持ちよ』
『レイン・レウァールとエルオーネ・レウァールか!美人の奥さんと娘って、俺めちゃくちゃ幸せもんだな!』
『…だから、早く、無事で帰ってきて』
俯いたレインに、ラグナが恐る恐る手を伸ばす。そっとその体を抱き締めた時、時間が止まった。
「…なん、だ…?」
じっと目の前の光景を見つめていたスコールが思わず疑問を声に出したのと、スコールの耳に何者かが囁きかけたのは同時だった。
『このままラグナを行かせてもいいの?』
反射的に振り返るが、そこには訝しげにこちらを見るクラウドがいるだけだ。
「どうした?」
「声が…聞こえなかったか?」
スコールの問いに、クラウドは首を振る。
「いや、俺には聞こえなかった」
「そうか…」
そのスコールの耳に、再びは声は問い掛けた。
『今ならば、変えられる』
その声は、どこかで聞いたことがあるような、けれど全く知らない他人のような。
『さあ、スコール。今ならば、お前は選べるのです』
「何を言っている?」
『今ならば、過去を変えられる』
その言葉に、スコールが再び驚きに瞠られた。
128
「過去を…変えられる…?」
『エルオーネがお前をラグナの意識へと飛ばしたのは過去を変える為だった…。しかしそれは叶わなかった。当然です。意識を接続しても接続した相手の思考に影響は与えられない。何よりお前自身が、過去を変えるという目的を知らず、自分が接続した相手の行動が自分の人生にどんな影響を及ぼすものか知らなかったのだから』
「それが今なら可能だとでも言うのか。馬鹿馬鹿しい」
スコールは吐き捨てるように言い放つ。そんなことが、どうしたら可能になると言うのだ。ここは異世界の、更に隔離された異空間で、今見たものは幻影に過ぎないのだ。
『お前が見たもの、これは幻影ではなく、過去の景色。お前は今、過去の誰かの意識ではなく、過去の時間そのものにジャンクションしているのです』
「なんだと?」
『お前ならば、いえ、スコール、お前にだけ可能なのです。時を操る魔女の力…。完全な魔女の力を持つお前だからこそ』
「…魔女の、力…」
スコールの呟きに、クラウドの眉根が訝しげに寄せられた。クラウドにはスコールに何が見えていて何を聞いているのか解らないが、ここでスコールの口から「魔女の力」などと言う言葉が洩れてくるのはあまり楽観できる状況ではないだろう。
『お前が望めば、過去を変えられる。お前はそれだけの力を持っているのです。ラグナをこの時レインの許に留めておくことができる』
「どうやって…」
無意識にそう尋ねていた。
『レインはこの時自分がお前を身篭っていることを知らなかった…。子が宿っていることを知ればラグナを行かせたりはしなかったでしょう。ラグナも、自分の子を身篭っているレインを置いていったりはしない。お前がほんの少し力を使って時に影響を及ぼせば、簡単に過去は変わるのです』
ここでレインが自身が妊娠していることを知れば、そしてそれをラグナに告げて引き止めれば、スコールの人生は劇的に変わる。
きっと2人は明るく幸せな家庭を築くだろう。スコールはその中で愛されて守られて、この長閑な村ですくすくと育つのだ。ひとりぼっちだと泣くこともない。性格はたぶん今とは正反対。表情豊かな、よく笑いよく喋る、活発な少年になるのかもしれない。誰にも頼ってはいけないのだと頑なに決意する事もない。ガーデンに入ることもないだろう。戦いとは無縁の、穏やかな日々。ガーデン指揮官として他人の命を預かることも、伝説のSeeDとして祭り上げられることも、勿論魔女として畏怖されることも、人とは違う時間を生きなくてはならなくなることもない。
それは、欲しくて欲しくてどうしようもなかった、同時にどうしても得られなかったもの。
「スコール」
呆然とした様子のスコールの肩を、クラウドが強い力で掴んだ。
129
肩を掴まれ振り返ったスコールの顔は半ば青褪めているといってもよかった。その様子に表情を険しくさせながらクラウドは口を開く。
「教えろ。今お前には何が見えていて何を聞いている!?」
「ラグナとレインが見えて…。過去を…」
「過去?」
「過去を、変えられると…。俺の…魔女の、力で」
それはまた、随分大きく来られたものだ。
クラウドは内心で舌打ちした。スコールの眸が戸惑いに揺れている。当然だ、自分だって同じ立場になったらたぶん、平静でなんていられない。けれどとりあえず今、自分はスコールを支えてやらねばならないのだとクラウドは自らの気を引き締めた。
「スコール」
もう1度、今度は静かに名を呼んでスコールの意識を向けさせると、クラウドは真っ直ぐ視線をぶつけて問い掛ける。
「あんたは、俺達が要らないか?」
「え?」
スコールがどんな道を歩んでどんな傷を抱えどんな重荷を背負って生きねばならないか知っていて、その上でこんな言葉を投げかけるのは酷だと解っている。それでも、スコールが過去の積み重ねである今を肯定しなければ、恐らく楔は打てないのだと推測して、クラウドはそう言った。
「お前がここで過去を変えたとして、その先にどんな『今』があるのか、考えてみるといい」
「今…」
幸せに育つはずの自分。石の家に引き取られないということは、サイファーやキスティス、ゼルにアーヴァイン、セルフィと出逢うこともない。クレイマー夫妻も然りだ。SeeDにならなければ、リノアと出逢うこともない。何の力も持たない自分が、この異世界に召喚されることもない。今真剣な眼差しで自分を見つめるクラウドや、イミテーションの大群を相手に戦っているだろう他の仲間たちと出逢うこともなかった。大切な人達に出逢わない自分。そんな自分の姿を、想像することは難しい。
それだけではない。ここで過去を変えたとして、想像する世界の範囲をもっと広げてみる。ラグナがウィンヒルに残ったら、エスタに誘拐されたエルオーネを誰が助けるのだ?キロスとウォードに頼むのだろうか。ラグナのカリスマ性があったからこそ実現したエスタのクーデターは?石の家の子供たちは皆ガーデンに進むだろう。自分が平穏に暮らしても、彼らがアルティミシアと戦う未来は変わらない。リノアはどうなる?きっとずっと魔女のままだ。彼女を守る騎士は?
「…駄目、だ…」
スコールは呟く。大切な人達の、誰1人として幸せな未来を想像できない。自分が今まで苦しんで傷ついて、それでも護ろうとしたものが、何1つ護れない。
「…クラウド」
声に凛とした張りが戻ったことを感じ取ってクラウドはスコールの肩を掴んでいた手を外し距離を取った。
「なんだ?」
「…すまなかった」
「別に」
相手の常套句で気にするなと返してやれば、スコールは多少憮然とした様子でクラウドを一瞥するが、それ以上は何も言わず、彼にだけ見える景色を睨みつける。
「過去を変える必要はない」
『本当に?その重荷を、お前は背負い続けていくというのですか?』
スコールはゆっくりと息を吸い、そして言った。
「…それが、俺の運命なら」
その瞬間、スコールの胸の前にクリスタルが現れた。クリスタルの強い光が、暗闇へと突き刺さり、スコールにだけ見えるラグナとレインの姿を薄れさせていく。
大切な人達に出逢えたことをよかったと思っている。数々の出逢いをなかったことにしたくはない。たとえもう会うことが叶わなくても、仲間たちが、リノアが、危険に晒されることなく生きていける道を自分は選びたい。けれど、1つだけ心残りがある。
ラグナを傍に残してやれなくて、アンタを独りにさせて、ごめん。
心の中で、独りでラグナを待ち、自分を産んで死んでいった母へと謝罪した。貴女が命と引き換えに産んでくれた息子でありながら、貴女の幸せを選んでやれなくてすまないと。
消えていく過去の景色の中で、レインがこちらを見て笑って首を振った。幻だと解っている。それでも、最初で最後の、レインがスコールを見た瞬間だ。
「……」
その時スコールの頬に流れた1筋の滴を、クラウドは見ない振りすることにした。
130
まさかこんなに早く予想が現実になるとは。
セシルはイミテーションを斬り捨てながら、ざっと辺りを見回した。自分たちを囲むイミテーションの大群。1番層が薄い部分を狙ってクラウドとスコールが攻撃を仕掛けようとしたその時、2人の姿が忽然と消えた。
考えるまでもなく、2人は楔を打つために異空間へと隔離されたのだろう。ライトが危惧していた通りの展開になってしまったというわけだ。
「フリオニール!」
セシルは少し離れた場所で応戦しているフリオニールを呼ぶ。敵を払いながらもフリオニールが此方に意識を傾けたのを確認して、セシルは指示を出した。
「君のところから見て2時の方向が1番層が薄いんだ。弓でそこを集中的に頼む!ジタン!フリオニールの周囲をフォローしてあげてくれ。フリオニールの弓で押し出したら、ティーダとライトがそこを突き崩して外に!ジタンとフリオニールも続いて外へ出て、今度は相手を固めて欲しい」
「リョーカイ!」
指示を受けた者たちが頷くと、セシルは更に指示を飛ばす。
「ティナは僕の傍にいて、敵の動きを見ていてくれるかい?ライト達が敵を1つに固めたら教えて」
「わかったわ」
「オニオンとバッツは魔法の準備を!全体を攻撃できて威力が高ければいい。魔法の選択は任せるよ」
「任せとけっ」
セシル自身は、ジョブチェンジと魔法の詠唱の準備へと入るオニオンとバッツ、そして戦闘力のないティナを護るべく剣を振るう。
イミテーションの大群の真っ只中では、フリオニールが開けた風穴を広げるべくライトとティーダが突き進み、その後にフリオニールとジタンが続いて今度は外からイミテーションを囲い込み始めていた。
「セシル!」
ティナが呼ぶと、手近な敵を斬りながらセシルは魔法の準備をしている2人に合図する。
「オニオン!バッツ!」
それに頷いて、2人は息を合わせて魔法を放った。
「メテオ~ッ!」
「フレア~ッ!」
何しろ数が多いからこれで全滅というわけにはいかないが、数が激減すれば後はもう取るに足らない敵だ。決着はすぐに着いた。
「…なんとかなったかな」
セシルはほっと息を吐く。隊を指揮した経験は確かにあるし、軍事ということに限定しなければ国王である以上人を動かすことに慣れてもいるが、それが性に合っているかといわれたら絶対に違うと言い切れるセシルだ。後ろで控えているというのがどうにも居た堪れない。
「パラディンって、前へ出て『庇う』のが特性なんだけどなあ」
セシルがそんなことをぼやいていると、何もなかった空間から眩い光が溢れ出し、光の中に、消えた2人の姿が見えた。
131
「皆無事か?」
クラウドが尋ねると仲間たちが思い思いの様子で頷いて返す。自分たちが仲間内の最大戦力であるという自覚があるクラウドはそれに胸を撫で下ろした。
「そっちは……スコールか」
楔を打ったのはどちらだと訊こうとして、バッツは自分で答えを導き出す。訊くまでもなかった。いつものスコールらしくなく、どこか放心したような雰囲気を纏っているからだ。
「うーん、何があったのかすっげぇ聞きたい」
「今はそっとしておいてやれ。少し経てば落ち着いて話してくれるさ」
ウズウズしているバッツの肩をポンと叩いてクラウドが宥める。決して本気で今すぐ話を聞こうとは思っていないバッツも、それに軽く笑って同意を示すと、今度はクラウドに質問した。
「で?クラウドはどうなんだ?」
「どうって?」
「楔打つとこに居合わせるの、初めてだろ?もう残ってるのはライトとおまえの2人だけだし、次はクラウドかも知れないだろ。なんか参考になった?」
その問いにクラウドは暫く考え込んでいたが、やがて首を振る。
「無理だな」
「なんだよ、頼りないなあ」
「スコールに期待するしかないな。今までのパターンでいけば、今度はあいつが俺を助けてくれるだろう」
「『俺は自分だけの力で楔を打つ!』とか…言うわけないよな、クラウドが」
バッツがふざけて言えば、クラウドも僅かに笑いながら頷いて、それからふと表情を改めた。
「俺1人では、絶対に無理だ…。誘惑に勝てると思えない」
「誘惑?え、ほんとに一体どうやってスコールは楔打ったんだ?」
バッツが不思議そうに尋ねるが、クラウドはそれには何も答えず歩き出す。
過去を変える、それは今抱える苦しみを根本から排除してしまうということだ。それはとてつもなく甘美な誘惑だろう。寧ろスコールはよくその誘惑に打ち勝ったものだと感心した。たぶん、スコールには護りたいものがあって、自分1人の幸せよりもそちらに天秤が傾いたのだ。だから楔を打てた。
自分にも同じ事が出来るだろうか、と考えるが、心の蟠りとして何を突きつけられるのか判らないのだから、今から深刻に考えても仕方ない。
とりあえず、今はこの後質問攻めに遭うに違いないスコールのフォローでも考えておいたほうが余程建設的だとクラウドは頭を切り替えたのだった。
132
いいもん見つけた、と何かを体の後ろに隠しながら言ったのはバッツとジタンにティーダという賑やかなトリオで、その日の野営の準備を進めていた面々は何事かと顔を見合わせた。
「いいものって?」
オニオンが訊くと、彼らは隠し持っていたものを差し出す。
「ジャーン!酒!」
どこかの世界の集落を写し取った断片であるエリアでは豊富な食材が手に入るが、酒まで見つかったのは初めてだ。
「へぇ…。そんなものまで転がってるんだな…」
「今夜は酒盛りな!」
「お酒なんて…」
「ネギはまだ駄目か。ん?ジタンとティーダは?」
一緒に嬉々として酒瓶を運んできた2人がまだ10代であることを思い出してバッツが訊くと、2人は問題なし、と酒瓶を抱え込んだ。
「劇団育ちをなめんなよ?ガキの頃から鍛えられてるっての」
「優勝したらビール掛けがお約束ッス」
ホントは成人してないんだけどね、とティーダが言うと、成人、という言葉にフリオニールが首を傾げる。
「ティーダのところにはそういう制度があるのか?」
「え?フリオんとこにはないんスか?」
逆に驚いてティーダが訊き返した。
「特に制度はないな…。働き手になったら大人だと認められる」
僕のとこもそうだよ、とオニオンが言う。
「僕のところは国によって違うけど…だいたいは、働き手になったらか、貴族階級だと成人の儀式をしたら、かな」
「あー、おれのとこもそうだな」
セシルに続いてバッツがそう言い、ティナも頷いている。オレもオレも、とジタンも頷くから、どうやら自分は少数派らしいとティーダは目を丸くした。スピラはどうなのか聞いたことがないが、ザナルカンドでは成人は制度化されていたのだが。
「じゃあ、お酒と煙草はハタチから!ってのないんスね」
そこへ折よく薪と水を調達しに行っていたライト、クラウド、スコールの無口なトリオが帰ってきた。食材調達に行って食材と共に酒を持ち帰った3人が、さぞかし賑やかだったのだろうと想像できるのと対照的に、こちらのトリオはきっとそれはそれは静かに黙々と作業をこなしてきたのだろうと容易に想像がつく組み合わせだ。
「ライトんとこ…はやっぱりなさそうだなぁ」
「何がだ?」
「ティーダの世界は、成人って制度化されてるんだって」
「…確かに私の世界ではそのような制度は聞いたことがないな」
予想通りのライトの答えに、やっぱりな、と頷くとティーダが残る2人へと話題を振る。クラウドとスコールの世界はザナルカンドに近いのできっと、自分の仲間だろうと期待して。
「酒や煙草の規制は特になかった気がするが…選挙権は18からだったな」
クラウドに続き、スコールも、何故そんなことを訊くのか、と言わんばかりの様子だが答えてくれる。
「国によって成人年齢は違うが、バラムは15だ」
「え、じゃあスコール成人なんだ…」
片や2年間現実から存在が消えていた者、片やほぼ2年間コールドスリープに就いていた者、互いに年齢を重ねていない17歳同士、仲良く未成年組だろうというティーダの期待は残念ながら外れたらしい。
「だからSeeD試験受験資格は15歳からだ」
いくら精鋭だろうと、未成年者を傭兵として派遣したのでは世間からの非難は免れない。因ってバラムで成人として認められる15歳になってSeeD試験受験資格が与えられるのだと言う。
「よし、じゃあスコールも心置きなく飲もうぜ~」
バッツとジタンがガシッとスコールの両腕をキープした。「逃・が・さ・な・い♪」とその表情が語っている。ハッキリと顔を引き攣らせるスコールに、それを見る仲間たち全員が心の中で哀悼の意を表した後、いつも以上に賑やかな夕食の準備へと突入していった。
133
こじんまりとした集落を写し取ったエリアに移動した時、声を上げたのはフリオニール、バッツ、ジタン、ティーダの4名だった。
「ここは…」
「あー、ここだよ!」
「そうそ、ここだ」
「ここッスね」
4人見事に「ここ」の斉唱と相成ったわけだが、事情が分からない他の面々は首を傾げるばかりだ。
「ここがどうかしたの?」
「スコールのところからこの世界に戻ってきて、食材探しに行った時、『知らない場所に出た』って言っただろ?それがここだったんだ」
フリオニールの答えに彼らは思い出す。そういえば、4人が知らない場所に出てそこでイミテーションに襲われたと言って帰ってきた、それがこの異世界の異変をはっきりと認識する切っ掛けだった。
「食材死守して帰ってきたんだよね」
オニオンが呆れ半分に言うと、大事なことだろ、とバッツが胸を張る。
「あそこの1番小さい家に入ったら食いモン見つけて…」
「小さくて悪かったな」
「いや別に悪くはないけど…って、え?」
被さるように言われた科白にうっかり返し掛けて、ジタンが驚いたように声の主を見た。そこには、苦笑いしつつも憮然とした様子を隠さないクラウドがいる。
「クラウド?えーと、ここって…」
「ここは俺の故郷で、その『1番小さい家』が俺の家だな」
わざわざ「1番小さい」を強調して言うクラウドに、ジタンがハハハ、と笑って返した。
「なんていうか、前にクラウドの世界に行った時に見た街とはだいぶ雰囲気違うんだな」
「…あそこは都会だったからな。俺はニブルヘイム…この小さな村で育って、都会に憧れて出て行ったクチだ」
村を見回しながらクラウドは言い、視線を仲間たちに戻そうとした瞬間だった。
不穏な空気が一気にその場に漂い、その空気を裏切ることなくイミテーションの大群が湧き出てくる。クラウドは咄嗟に剣を出し、先手を取るべく手近な敵の群れを一掃した。すると、そこに空いたスペースを広げるべく、スコールが素早い動きでクラウドの隣りへと飛び込みガンブレードを振るう。ガンブレードという特殊な武器特有の、火薬による爆発音が響いたとき、突然視界が暗くなった。
「厄介な時に…っ」
思わず舌打ちが洩れる。
「今度はアンタの番らしいな」
溜息を吐きながらガンブレードを一振りして仕舞ったスコールが、そう口にした。
134
照明が落ちたような薄暗い視界の中、クラウドの眼に映る故郷の景色に変化はない。
クラウドにとってニブルヘイムは故郷であると同時に、ただの郷愁だけには収まらない複雑な想いを喚起させる土地だ。楔を打つ為の舞台がニブルヘイムになったのは、クラウドの中ではある程度予測済みの状況だった。
ここで一体何が突きつけられるのか。
否、何をつきつられるかは問題ではない。問題は、自分がそれを乗り越えられるか、なのだ。
ああ、そうじゃない。
クラウドは心の中で、否定の言葉を呟く。乗り越えられるか、でもなかった。乗り越えなくてはならないのだ。自分にそう言い聞かせておくことは、気休めでも心を強く保つ助けにはなるだろう。少なくとも、出来るだろうかと不安がるよりは、きっと。
「…大丈夫」
自分に言い聞かせる為の言葉は無意識に音になった。それを聞いたスコールが怪訝そうにこちらを見る。
「何がだ?」
「いや、…あいつらは大丈夫だろうか、とな」
自分に言い聞かせていた、というのもなんだか気恥ずかしく、クラウドはそう誤魔化した。スコールの方はその返答を特に不思議には思わなかったらしい、軽く頷いてみせる。
「多少梃子摺ってもアイツらなら切り抜けるだろう」
それに、そうだな、と返そうとして、クラウドは低い音を耳に捉えた。瞬時に音の方向へと視線を向ける。村の入り口の方向だ。クラウドの動きに、スコールもそちらへと眼を向けるが、視覚にも聴覚にも何も変化はない。クラウドだけに感じられる変化、それは即ち、楔を打つために心の強さを試される時が来たということなのだろう。
音は段々近づいている。低く唸るようなそれは車のエンジン音だと判った。普通の車よりも重く大きいこれはトラックだろうか。
その時、村の中でも大きな家から、少女が出てきた。それを視界に入れた途端、クラウドの心臓が大きく跳ね上がる。
「…あ…」
思わず声が洩れた。
知っている。その少女のことはよく知っている。憧れの幼馴染。共に旅した仲間であり、本来の自分を取り戻す助けになってくれた人であり、今も自分の帰りを待ってくれている人だ。
「ティファ…」
目の前の彼女の姿は現在よりもだいぶ幼い。16歳の姿だ。14歳でニブルヘイムを出たクラウドだが、この頃のティファの姿は知っている。この頃に実際会ったことがあるからだ。
ティファがこの頃ということは、まさか、このエンジン音の正体は。
クラウドがそう考えるのと、村の入り口に1台のトラックが現れたのは同時だった。
エンジンを止めたトラックから、複数の人間が降りてくる。クラウドは食い入るようにその姿を見つめた。
マスクを被り顔の見えない神羅一般兵。黒髪に大剣を背負った男、長い長い刀を持つ背の高い銀髪の男。
「そんな…」
声が震えた。
そこに見えるのは過去の自分。そして。
「ザックス…セフィロス…」
亡くした親友と、嘗て憧れた英雄の姿だった。
135
驚きに眼を見開いたクラウドの口から零れた3人の名前。最初の2人は知らないが、3人目の名前にスコールは眉を寄せた。セフィロス。2年前この異世界でスコールも何度か戦った相手。クラウドの宿敵の名がここで出てくるとは穏やかではない。とはいえ、スコールには何が見えているか判らないし、自分にできることなど殆どないことも理解している。ただじっと注意深くクラウドの様子を伺っているしかないだろう。
そのスコールの視線の先で、クラウドは違和感に僅かに眼を眇めた。おかしい。目の前に広がるのは確かに過去の景色だが、先程まで動いていたものが、何故か突然静止画のように止まってしまっている。
どういうことだ…?
口には出さずに戸惑っていると、隣りに音もなく何かが現れる気配がした。だが気配だけで実際に誰かの姿が見えるわけではない。
『このまま時を進めていいのですか?』
まるで耳元で囁くように謎の気配はそう訊いてきた。
「…どういう意味だ」
クラウドは冷静さを失わないよう努めながらそう返す。謎の声が届いていないスコールは多少訝しげだが、何か得体の知れない気配がクラウドの傍にいることだけは辛うじて感じ取れるので黙っている。
『そのままの意味ですよ。このまま時を進めれば何が起こるか、お前はよく知っているでしょう?』
声はいっそ愉しげにそう告げる。それに神経を逆撫でされるような不快感を覚えて、クラウドは意識的にゆっくりと呼吸した。
「知ってるさ。…だからと言って、今更ここで過去を思い出すことから逃げる程弱くはないつもりだ」
キッパリと告げるクラウドに、しかし声は漣のような笑い声を立てる。
『ただ過去を思い出す、そんなつまらない事を言っているのではありません。今、お前は大きなチャンスを目の前にしているのですよ』
「チャンス?」
『今お前が見ているものは、過去の幻影ではなく過去そのもの。そしてお前は今その過去に手を加えるチャンスを手にしているのです』
「そんなことが…」
『できるわけないと思いますか?そう、普通ならばできない。けれど、忘れたのですか?今お前と共にこの場にいるのが何者なのかを』
その言葉に、反射的にクラウドは振り返った。その先には、突然のクラウドの行動に驚いてこちらを凝視するスコールがいる。
『今この場で自身の持つ力がどのような影響を齎しているか、この子は解っていません。それでも今スコールが、時を操る完全な力を持つ魔女がこの場に共にいることで、お前は過去への干渉という大きなチャンスを手にしているのですよ』
136
過去への干渉。それはつまり「自分の望む未来へ繋がるように過去を変える」ということだ。スコールが楔を打つ場面に居合わせたときから、もし自分にもそんな可能性が提示されたら、と考えていた。それが現実となったということか。
『何を迷うことがあるのです』
声はクラウドに突きつける。クラウドが先日バッツに語った通り、まさしく誘惑ともいうべき、今とは違う未来の姿を。
『ここで過去を変えた先を考えてごらんなさい』
このニブルヘイムの任務の最中、セフィロスは自身の出生の秘密を知り、壊れた。暴走したセフィロスは村を焼き払い、クラウドやティファの親は死に、ザックスとクラウドも瀕死の重傷を負って宝条の実験体になった。その後も、セフィロスの狂気により引き起こされた多くの悲劇は、つい最近、この異世界へと再びやってくる直前にまで及ぶ。
では、任務の為ニブルヘイムへとやってきたセフィロスを、このままニブルヘイムの中へと立ち入らせなかったら?
理由は何でもいい。行方不明になっていたニブル魔晄炉の職員が違う場所で発見されたのでも、探していたジェネシスがニブルヘイムではなくどこが全く違う場所に現れたのでも、何かセフィロス程の実力者でなければ相手にできないほどのモンスターがミッドガルを襲っているのでも、とにかくセフィロスに踵を返させる事態が発生すればいいのだ。ニブルヘイムでの任務をザックスに任せ、セフィロスはこのまま此処を立ち去る。ザックスがここでの異変を調査し、魔晄炉に巣食うモンスターを掃討すれば、ニブルヘイムのような田舎にセフィロスが派遣されることはもうないだろう。それは、セフィロスが自身の出生を知らずに生きるということに繋がる。
もしセフィロスが自身の出生を知らないままでいたら。
きっとセフィロスは今もクラウドが憧れた英雄で、ニブルヘイムは焼き払われることもなく、クラウドの母もティファの父も健在なのだろう。自分はソルジャーになれない神羅一般兵のままだろうが、忌わしい人体実験の被験者になることも、魔晄漬けで廃人寸前になることもない。何より、自分を助けてザックスが命を落とすことも、ない。エアリスが殺されることも、ない。
メテオは発動せず、多くの人々が犠牲になることも、その後2年に渡り星痕症候群という奇病に苦しむこともない。
クラウドの足からガクッと力が抜け、地面へと膝をつく。クラウド、とスコールに呼び掛けられるがそれに答えることはできなかった。
『迷うことなんてないではありませんか。お前には解っているでしょう?』
ねっとりと包むような声に抗えず、クラウドは思わず瞼を閉ざす。
『ここで過去を変えれば、数々の悲劇が消えることを。お前だけではなく、多くの者の幸福へと繋がることを』
137
過去を変える、クラウドよりも前にそのチャンスを提示されたスコールは、それを自らの意思で退け現在を選んだ。それは、そのチャンスを掴むことによって自分の幸福は手に入れられても、自分の大切な人達の幸福や安寧には繋がらなかったからだ。自分が護りたいものが、傷ついても護ってきたものが、護れないからだった。自分自身と大切な人達、両者を天秤に掛けた時、大切な人達の方に天秤が傾いた、だからスコールは自身の運命を受け入れ、クリスタルが楔を打てるだけの心の強さを手に入れた。
しかし今、クラウドには同じようなプロセスを踏むことができない。同じように過去を変える、という誘惑でも、クラウドに示された未来はスコールとは正反対だからだ。クラウドに示された未来ならば、護りたくて護れなかったものが護れる。失いたくなくて失ったものを失わずに済む。
2年前の一連の戦いの中で、その後の星痕症候群の蔓延で、為す術もなく失われた命の数を思えば、今ここで過去を変えることこそ正しいことなのではないかとすら思えてくる。
記憶の奥にある、母の顔、ザックスの陽気な笑顔、エアリスの微笑。かつて憧れた、英雄の姿。
思い出の中にしかないそれらが、現実になるとしたら?
火に包まれる村、雨の中力をなくして投げ出されたザックスの腕、胸を刺し貫かれたエアリスの姿、狂気に満ちたセフィロスの顔、星痕に苦しみ死に逝く人々の苦悶の表情。
忘れたくても忘れることのできないそれらを、なかったことにできるとしたら?
「おい」
地面にガクリと膝を着いたまま身じろぎもしないクラウドの横に、スコールが片膝を着いた。
「何が起こっている…?」
真剣な眼でそう尋ねるスコールに、クラウドは辛うじて苦い笑みを見せる。
先日バッツに語った通り、スコールが頼みの綱だ。
楔を打つには、自らのクリスタルの力を強くするには、この状況を脱しなければならない。この誘惑に屈してはならない。クラウドはそれを忘れたわけではなかった。だがそれでも、自らの力で退けるには、眼前に提示されたそれは想像した以上に自分の心を惹きつけた。手を伸ばせば掴み取れる今とは違う幸福な未来に背を向けるなんて、自分にはできない。今こうして、ギリギリ踏みとどまっているだけで精一杯なのだ。きっと自分を信じて待っている異世界の仲間たちに知られたら、そのあまりの弱さに愛想を尽かされるだろうけれど。
スコールも当然、楔を打つためにはクラウドがこの、過去への干渉という誘惑に打ち勝つことが必要だと理解している。スコールならば、きっと冷静に、論理的に、自分の弱さを突きつけて諭してくれることだろう。
それに、過去への干渉がスコールの魔女の力によって可能になっているのなら、スコールがそれを自覚することで干渉自体が不可能になるかもしれない。
他力本願でも、今自分にはそれくらいしかこのあまりにも幸福な未来を諦める術は思いつかないのだ。
クラウドはぎこちなく苦い笑みを浮かべたまま、口を開く。
「お前と同じ、だ。過去を、変えられるんだそうだ…」
138
クラウドが語る言葉を、スコールはじっと聞いていた。自らがこの場に共にいることで、クラウドの過去への干渉が可能になっているという話には思うところのある様子だったが沈黙を保ったままだった。
自らの過去に起きたことと、ここで過去に干渉することで得られる未来図を力ない声で話した後、クラウドはスコールの言葉を待った。なんなら殴り飛ばしてくれたって構わない、そう思いながら。
「…俺がアンタを無理矢理思い留まらせても、楔は打てないと思う」
だがスコールから洩れたのはそんな言葉だった。ああやはり、と思う。楔を打つには心の強さが影響する。自分自身で現在を選び取らなくてはクリスタルは輝かないのだろう。
けれど自分にそれができるのか、と再びクラウドは自問する。母を、ザックスを、エアリスを、セフィロスを、命を落とした多くの人々を、諦めることなんてできるのか。自分の幸福だけなら諦めもつく。しかし現在を選ぶということは、彼らの幸福を奪い取るということにはならないのか。
「クラウド」
答えの出せない問い掛けを心の中で続けるクラウドに、スコールが声を掛ける。のろのろと顔を向けるクラウドに、スコールはこう言った。
「構わないんじゃないか」
「…なに?」
耳を疑う科白に驚いて眼を見開くクラウドに対して、スコールは至って静かに冷静な声音で続ける。
「多くの人の命が救われる未来。護れなかったものが護れる未来。迷うことなんてないんじゃないか」
「だが…」
「楔は全部で10本。もう8本は打てている。あの眩しいヤツも無事打てるとして9本。元々楔を打つことでこの世界に調和と秩序を齎し拡散を食い止めるのが目的だ。10本中9本打てばかなり効果はあるだろう」
第一、過去が変化した時点で現在のクラウドは消える。コスモスに召喚された戦士は9名になり9つの楔で世界を支えられるのかもしれない。
「アンタが自分と、周囲の人達と、自分の世界の幸福を選び取ったって、誰にも責められないさ」
そこでスコールが、珍しくも微かに笑う。
「過去を変えたら、俺もアンタのことを忘れるのかどうか判らないが…、どちらにせよ、アンタが欠けた分くらい俺が働いてやる」
その言葉は、クラウドに稲妻のような衝撃を齎した。
139
あまりに魅力的な誘惑を前にして、大切なことを失念していた。
クラウドは何かを振り払うように頭を振る。
「途中下車はできない、か」
かつて自分が言った言葉を思い出す。危うく、守らなければならない約束を反故にしてしまうところだった。
彼に生きて幸せになって欲しくて2度と逢えない道を選んだ彼の恋人。「よろしくお願いします」と頭を下げた彼の姉代わりの女性。「生きて欲しいんだ」と言った彼の父親。眠る彼の姿をその眼に焼きつけるように最後まで見つめていた彼の仲間たち。
自分は彼らに大切なものを託されたのだ。
眠ったままで構わなかったと言った姿。永過ぎる時に怯え両膝を抱えて蹲っていたスコール。
自分が彼に約束したのではないか、「簡単に独りにはしないから覚悟しろ」と。
本当に、俺は弱いな。
クラウドはそう思う。引き受けると約束したのに、簡単に独りにはしないと約束したのに、それを忘れて1度は乗り越えたはずのものにこうもまた心を揺さぶられるなんて。
勿論スコールだって約束を忘れているはずがないのに、ここでクラウドが過去を変えるということは、スコールが独りで永い時を歩いていかなくてはならなくなると解っているのに、それでもクラウドを止めようとしなかった彼は、一体どんな気持ちで笑って見せたのだろう。
保護者失格、だな。
先程までとは違う苦笑がクラウドの顔に浮かぶ。膝を着いたその姿勢のまま、クラウドは傍らでじっとこちらを見つめているスコールの頭をグイと抱え込んだ。
「なっ」
驚いて絶句するスコールの頭に、自分の頭を軽く合わせ、クラウドは呟く。
「すまなかった…。ありがとう、目が醒めた」
そうして体を離し、クラウドは立ち上がって過去の景色を見据えた。
ごめん、母さん。ごめん、ザックス。ごめん、エアリス。
心の中でそっと謝る。彼らだけではない。ティファ、仲間たち、世界中の人々にも。
それから、セフィロス…、あんたにも。
憧れた英雄。このニブルヘイムで変貌するまで、セフィロスは間違いなく自分の憧れだった。強くて、話の分かる、どこか常識外れな、不器用だけれど優しい気遣いの出来る英雄だった。
幸せな未来を選べなくて、ごめん。
それでも、守らなければならない約束がある。たくさんのものを護れずに、たくさんのものを失った自分でも、できることがある。失ってはならないものがある。
「俺は、今のままでいい」
『本当に?この先どれ程のものを自分が失うか解っていて、それでもいいと言うのですか?』
「…ああ。それでもまだ、守れるものがあるから」
言葉と共に、クラウドの前にクリスタルが現れ、真っ直ぐに光を放った。
140
光に白く塗り潰されるように過去の景色が消えていく。
それを見つめるクラウドの胸には様々な思いが去来した。痛みや哀しみが胸を満たしても、それでも自分の選択は間違っていないのだと、そう思う。
今の俺でも…、今の俺だから、できることがある。
あの悲惨な体験を経て、常人とは言えない肉体になった。人よりも永い時間を生きる運命を背負った。しかしだからこそ、眠りに就く他居場所のなかったスコールのことを、引き受けると言えたのだ。彼に生きて欲しいという彼の仲間たちの願いを叶える手助けになれた。生きることを諦めていたスコールが、生きて自分の道を歩く手伝いができる。
弱い自分でも、誰かの助けになれる。
その事実が、クラウドの心に確かな強さをくれる。
「…本当に、よかったのか?」
戸惑いがちにそう訊いてくるスコールに、クラウドは頷いて返した。
「なんだ、俺がいなくなった方がよかったか?」
からかい混じりに言えば、スコールは機嫌を損ねたようにふいと横を向いてしまう。約束が反故になることには一言も言及せず責めないでくれた相手に対して失礼だったか、とクラウドは謝罪の言葉を口にした。
「すまない、質のいい冗談じゃなかったな」
「アンタに冗談のスキルなんて期待してないから別にいい」
それはまた随分な評価だ、と思うが、残念ながら自分でもそう思うのでクラウドは苦笑いして頷く。そして表情を改めて口を開いた。
「未練がないなんて言えるほど俺は強くないが…。今手にしてる大切なものを失うのは嫌だ、そう感じるから、これでいいんだと思う」
「大切なもの…」
「過去があって、現在の俺がいる。今の俺だから、コスモスに喚ばれてここにいる。ここに喚ばれたから、出逢えた仲間がいる。今の俺じゃなかったら出逢えなかった大切な仲間だ」
勿論クラウドが今を選べたのはそれだけではなく、スコールや彼の世界の仲間との約束によるところも大きいのだが、それをスコールに伝えて彼の負い目にするのは本意ではない。
「…そうか」
納得したようにスコールが頷く。
「勿論、あんたのことも含めて、だぞ?」
再び冗談めいた口調でそうクラウドが言えば、スコールが珍しくもそれに合わせるように肩を竦めてこう言った。
「…興味ないね」
これは先達てスコールが楔を打った後に、すまなかったと言った彼の言葉を、別に、という彼の常套句で返した意趣返しなのだろう。
ここで意趣返しされるとは思わなかった、とクラウドが首を振った向こうで、仲間たちがお帰り、と手を振っていた。
魔女っ子理論113~126
113
2年という月日が長いか短いかと言えば、10代から20代前半の集団である10人には長いものだと言える。2年弱の間コールドスリープで眠りに就いていたスコールと、まるまる2年間の存在の空白があるティーダはほぼ変わりがないのだが、他の仲間たちは多かれ少なかれ変化が見られた。当然、外見でも内面でも、年若い者程その変化は顕著だ。
「ほんっと、悔しい…」
再会してから事ある毎にジタンの口から洩れる言葉がこれだ。それに対して得意げな様子なのがオニオン。
2年前、僅かながらジタンの方が勝っていた身長は、2年経って逆転し、僅かにオニオンの方が高い。
ジタンも伸びていないわけではないし、まだまだ成長期のはずだが、ジタンの世界の人々は全体的に小柄なのでこれ以上はあまり望めないかもしれない。
「まだまだ伸びるからねっ」
背が伸びたと言っても、まだまだ他の年長の仲間たちとは勝負にならない。2年前の時点で21歳と仲間内ではライトに次ぐ(ライトの記憶がなかった為正確な年齢は判らなかったが、誰もがライトが最年長だと信じて疑っていない)年長者だったクラウドが、遅くきた成長期とでも言うべきかこの2年で身長を伸ばしてしまったのは、少年にとって大きな誤算だったが、15歳のオニオンは言葉通りまだ成長期の真っ只中だと思っていいだろうし、年長の仲間たちと肩を並べられるくらい大きくなる可能性は充分ある。
「ナリばっかりデカくなっても中身がガキのまんまじゃ意味ねーんだぞ~」
「そういうの負け惜しみって言うんだよ。自分の方がガキなんじゃない?」
「その生意気な口調はほんっと変わってねー!」
ジタンとオニオンのこんな遣り取りもすっかり定番と化していて仲間たちの苦笑を誘う。
そんないつもと変わらぬ遣り取りをしながら、その日3度目の空間変異をやり過ごした。辿り着いたのは、見たことがあるようなないような洞窟。
洞窟というエリアは厄介で、他の地形のようにパッと見て判別できる特徴が中々ないことの方が多い。暫く歩いてみて漸く誰の世界の断片なのか判明する、ということもしばしばである。
今回も、そうして暫く歩を進めた後だった。
「…水の、洞窟だ…」
呟いたのは、オニオンだった。
114
その場に落ちる沈黙。苦笑いを浮かべている者2名、海より深い溜息を吐く者1名。残り7名は…たぶん、近くで待っていることだろう。
「フリオとバッツには近寄らないようにしてたのに…」
「ははは…、これでもお前のこと助けたんだぞ~?」
「まあ、ほら、今回は、お前の番だぞ?な?」
バッツとフリオニールが少年を宥める。
オニオンの世界の水の洞窟という場所を写し取った断片であるらしいエリアで、祭壇らしき場所まで来た時だった。毎度の事ながら突如として現れたイミテーションの相手をして混戦になった。洞窟の中と言っても開けた場所だったのでティナを安全圏へと下がらせ残りの全員が戦闘状態に入ったのだが、混戦の中、イミテーションの放った矢がオニオンの背へと真っ直ぐに向かったのだ。それに気づいたのが偶々近くで戦っていたフリオニールとバッツであり、バッツがオニオンの体を引っ張り、転げそうになったところをフリオニールがうまく受け止めた結果、そのまま異空間にいってきます、という状態に陥ったのだった。
「よかったじゃないか、ビリはスコールに決定だ!」
バッツがそう笑えば、ああきっと後でそれを本人にも言ってスコールの纏う空気が氷点下と化すんだろうなあ、と想像しつつもとりあえず目の前の少年を不機嫌オーラを宥める為にフリオニールも頷く。
「それはそうだけど…」
対するオニオンの歯切れは悪い。考えてみれば、このエリアに入った時からずっと、オニオンはどことなく暗い空気を漂わせていた。本人はいつも通りであろうとしているのだろうが、仲間たちには判ってしまうものだ。それは最早、勘に近いレベルの話だったが。
「心の蟠り…。何か、心当たりがあるんじゃないか?」
フリオニールの問い掛けに、オニオンは曖昧な表情をした。
心の蟠り。そして、この水の洞窟。もう逢えない、でも逢いたい人。
心当たりはある。けれど、思い出すのはつらい。忘れたいわけではないし、忘れたわけでもない。でも、敢えて思い描きもしないようにしていた。酷い、と自分を詰りながら。
思い詰めた顔をしたオニオンの視線の先で、髪の長い少女の姿が暗闇に浮かんだ。
「エリア…」
115
そんなに長い時間を共に過ごしたわけではなかった。寧ろ出逢いから別れまでの時間は本当にあっという間と言ってよかった。
兄弟のような孤児4人でウルの村周辺を駆け回る日々から、風のクリスタルに啓示を受けて広い世界へと出て行った旅は、時に厳しい戦いを強いられることもあったけれど概ね幼い少年たちの好奇心と冒険心を擽るものだった。それでも、旅の中には出逢いと別れがあるのは当たり前で、そしてその別れが、永遠の別れであることだってないわけではない。
自分よりも、少しだけ年上だった少女。水の巫女という役目を負った、エリアという名の少女。
彼女は水のクリスタルに光が戻ったことを見届け、自分たちに水のクリスタルの称号を授け、そして自分たちを庇って逝ってしまった。
エリアと出逢う前にデッシュとの別れは経験していたが、デッシュはきっと生きていると信じていられたし、実際彼は元気に生きていた。けれど、エリアは、オニオンの眼の前で、その命を止めてしまった。握った手が力を失って重みを増した、その瞬間の感覚を少年は今も克明に記憶している。初めて経験した、身近な人の死。
「ちゃんと…クリスタルの力は戻ったんだ。闇の氾濫だって止めた。エリアの想いはちゃんと果たしたんだよ」
オニオンはどこか必死に自分にだけ見えるエリアの幻に向かってそう言い募る。そこに声を掛けたのは、フリオニールだ。
「オニオン、たぶんそれは違う」
「え?」
振り返ったオニオンに、今度はバッツが助言する。
「託されたものを果たしたとか、そうやって自分の心を誤魔化してないか?フリオが怒ったみたいに、お前にも、ずっと表に出せてない何かがあるんじゃないか?」
「そんなの…」
オニオンには思い当たらない。フリオニールのように、大切な者を遺して託すだけ託して逝ってしまったことへの怒りを感じているわけではないし、バッツのように確かめたいことがあるわけでもない。エリアには水の巫女としての使命があり、彼女はそれを全うし、平和への祈りだけを自分たちに託して逝ってしまったのだ。怒りも疑問も感じない。
あるとすれば、言っても詮無い子供っぽい感傷、だろうか。
「もう、子供じゃないんだし…」
「関係ないだろ、ネギ。大人だろうと子供だろうと、楽しいもんは楽しいし、悲しいもんは悲しいんだ」
「感じる心に大人も子供もないんだぞ。ただ、大人になると誤魔化しが上手くなるだけだ」
素直な感情に従ってみろとオニオンから見れば確実に大人である2人の仲間は口を揃える。
自分の感情に素直に従う。それは、先を急ぐ冒険の旅だからとあの日置き去りにした感情に、出口を作ってやることだ。平和を取り戻した後も、口にしても仕方ないからと、そしてもう子供じゃないんだからと、心の奥にしまったままだった1番素直な想い。
暗闇に浮かぶ、長い髪の少女の幻影。じっと自分を見つめて微笑んでいる彼女を真っ直ぐに見る。
オニオンの鮮やかな翠の眸に、大粒の涙が浮かんだのはすぐだった。
「…な、んで…」
しゃくり上げながら、ほろほろと涙の粒を零しながら、少年は叫んだ。
「なんで、死んじゃったんだよ…っ!!」
116
エリアは自ら死を選んだわけではない。死にたかったわけでもない。不意打ちの攻撃から自分たちを庇い、結果としてそれが致命傷になったというだけだ。だからこんな風に言うのは間違っていると知っている。もっと言えば、不意打ちの攻撃に気付けなかった自分たちの未熟さを責めるべきなのだと解っている。
けれど、その人が逝ってしまった、という事実に対する感情は、そういった道理とは別次元で、それは一言でいえば、悲しい、ただそれだけに尽きた。
「もっと話したかったのに…」
止まらない涙をゴシゴシと拭うオニオンの背を、フリオニールがポンポンと落ち着かせるように叩く。バッツの手が、オニオンの頭を撫でる。優しい大人の手に促されて、少年の涙は益々止まらなくなる。
それでもようやくオニオンが落ち着いた頃、幻影の白い手がそっと少年の頬を拭った。
顔を上げれば、そこにはエリアが優しく微笑んでいる。
『もう、大丈夫?』
声は聞こえない。唇の動きだけでそう伝えてきた彼女に、オニオンは恥ずかしそうに笑いながらコクンと頷いて返した。
「…ごめんね、君のこと、ちゃんと悲しまないでいて」
ゆっくりと首を振る彼女に、オニオンは言う。
「もう、思い出すのがツライなんて思ったりしない。悲しいけど、悲しいなって気持ちを噛み締めて、ちゃんとエリアのこと思い出すよ」
思い出して、悲しくなって、どうしようもなくなったら素直に泣こう。それが、死者を悼むということなのだから。
オニオンがまだ潤む眸でそう言った時、頭上に現れたクリスタルが眩い輝きを放った。
117
「ネギ、どうしたッスか、その顔!」
暗闇が砕けるように晴れ、オニオン達の姿が見えると、まず最初にティーダが驚いて声を上げた。
他の面々も、一体何があったのかと少年を凝視している。赤くなった目許や鼻の頭など、明らかに大泣きしました、という顔なのだから当然だ。
「ちょっとね」
「ちょっとねって…」
ジタンが状況を知っているであろうフリオニールとバッツを見るが、2人も「ちょっとな」と肩を竦めてみせただけだった。
「無事に楔を打てたなら、それでいいだろう」
何があったのか聞き出したくてウズウズしているジタンとティーダを、クラウドが苦笑交じりに牽制する。
「えー、でもネギが泣くなんて何あったか知りたいじゃないッスか」
「そうそ、この小生意気なネギが泣くなんてさ~」
「小生意気ってなんだよっ」
すぐさま喰ってかかるオニオンにティナが近づいた。
「なんだか、すっきりした顔してる」
ティナの言葉に、オニオンは照れたように笑って頷く。
「…うん」
その背後ではジタンとティーダがわざとらしくひそひそ話を装いながらも聞こえるように喋っている。
「ほーんと、オニオンくんたらティナの前だけ態度違いすぎじゃゴザイマセン?」
「しかたないですわよ、オニオンくんはオ・ト・シ・ゴ・ロなんですもの」
無論、そんな会話を放っておけるオニオンではない。
「ちょっと、聞こえよがしに適当なこと言わないでよね!」
脱兎の如く、という表現がぴったりの早業でジタンとティーダが逃げるとオニオンもそれを追いかける、
それを微笑ましく見ている仲間たちの中で、また爆弾を落とそうとするものが1人。
「そういやさ、これで競そ…んぐっ」
競争はスコールがビリな、と言おうとしたバッツの口は有無を言わさずフリオニールの手で塞がれた。
「んんんー!んんーっ!」と全く意味のある言語として伝わってこないバッツの呻き声を無視し、フリオニールはバッツをそのまま無理矢理引き摺りながら歩き出す。
「さ、次へ移動しようか!」
なんだか乾いた笑いを発しながらバッツを引き摺っていくフリオニールの後を、仲間たちは一部首を傾げながら歩き出した。
118
10人の大所帯だから、移動は自然といくつかのグルーブに分かれることになる。だいたいバッツ・ジタン・ティーダあたりが先頭を行き、フリオニールとオニオン、スコールなどはかなりの頻度で先頭組に引っ張りこまれている。その後ろからティナやクラウド、セシルが続き、ライトが殿を務めることが多い。
この時もお騒がせトリオプラス巻き込まれ組が先頭を行き、ライトと、偶々クラウドが最後尾を固め、その間をティナとセシルが歩いていた。
「だけど、ちょっと怖くもあるし興味深くもあるね」
セシルがそう言うと、ティナが首を傾げてセシルを見る。
「何が?」
「楔を打つ為に、僕が乗り越えなきゃいけない心の蟠りはなんなんだろう、てね」
既に6人が楔を打ち、残るはライト、クラウド、スコール、そしてセシルの4人。順番を予測することはできないが、残り4人ともなれば「そろそろ自分の番か」と感じることも多くなる。
「全然思い当たったりはしないの?」
「いいや、逆かな。色々心当たりがあって1つに絞れないんだ」
穏やかな口調と言葉の内容が合致せず、ティナはきょとんとセシルを見上げた。
「1つに、絞れない…?」
「うん。皆の話を聞いてると、なんだかどれも心当たりがあって…。自分の中でどれが1番大きいのかさっぱり判らないよ」
苦笑するセシルの様子はやはり穏やかで、ティナがきっとセシルならすぐにでも心の壁を乗り越えることが出来るのだろうと思った時、空気が揺れて空間変異が起こった。
目の前に現れたのは、どこかの山、だろうか。ひんやりとした空気と静寂が辺りを包む、どこか厳かな雰囲気を湛えた景色だった。
「ここは…」
セシルが立ち止まる。なんとなく釣られてティナも足を止めた。
「試練の山だ…」
「あ…」
セシルの呟きと、思わず、と言った様子のティナの声はほぼ同時。ティナにどうしたと訊こうとして、セシルも異変に気づいた。
だいぶ先を行っていた先頭組は勿論、ほんの少し後ろを歩いていたライトとクラウドの姿も見えない。
「タイミングよく僕の順番が回ってきたってこと、だね」
懐かしそうに周りの景色を見ながら、セシルがほんの少しだけ表情を固くしてそう言った。
119
気づけば暗闇が2人を取り囲んでいた。この暗闇を晴らすには、セシルが自らの心の蟠りを解かさなくてはならない。
逝ってしまった人への伝えられなかった想い、過去と向き合い現在を見つめる覚悟、自らの存在の肯定。
仲間たちの話を聞くと、セシルにはそのどれもに心当たりがあった。
亡きバロン王か、それとも父クルーヤに対する想い。
敵に騙され犯してしまった、ミシディアやミストでの罪。
月の民と青き星の民との混血である自分の出生。
どれも可能性がありそうで、その反面、それが今更自らの心の蟠りとなるだろうかという疑問もある。どれも、2年前、青き星を護る戦いの中で否応なしに向き合い乗り越えてきたものだからだ。思うところはあるが、改めて蟠りと言えるほどのものかと問われると首を傾げざるを得ない。
けれど、何を突きつけられても向き合うつもりでセシルが暗闇を見つめていると、背後から声がした。
『セシル』
驚いて振り向いた。その様子に、隣りにいるティナが何事かとセシルが振り向いた方向を見るが、何か気配を感じるだけで何も見えなかった。今そこに、セシルが向き合うべき何かがあるのだ。そう覚りティナは1歩後ろに下がった。
セシルはティナの動きに気づくこともなく、ただ呆然と暗闇の中に現れた相手を凝視している。
自分の心の蟠りとは何なのだろうと思っていた。
心当たりはあり過ぎて、けれどそのどれも予測の決定打に欠けて、不謹慎だが少しだけ楽しみにしていた。それは心理ゲームをするような感覚だったかもしれない。
けれど、こうしてそれを突きつけられて理解する。きっと自分はまた知らず罪を犯したのだ。
知らぬ他人から見たら些細な、罪とは呼べないものかもしれない。しかし、自分が長い間ずっと知らぬ間に犯し、今もまた重ねられたそれは、人1人の人生を滅茶苦茶にしてしまった。
誰よりも誇り高く強い騎士であろうとし、またそうなれた筈の男の人生を、陰へと突き落としてしまった。
自分が知らず犯し続けてきた、甘え、という名の罪。
暗闇の中、闇に溶け込みそうでありながら一線を画す濃紺の鎧。背中に真っ直ぐ流れる1房の金色の髪。口許しか露にならない竜を模った兜。
セシルは呆然としたままその名を呼んだ。
「カイン…」
120
幼い頃からいつも自分を支えてくれた大切な幼馴染。いつだってセシルの最大の理解者だったカイン。
強く誇り高い親友の姿は、いつだって自分の憧れだった。何も持たない自分はいつだって彼に引っ張られ、支えられ、道を歩んできたのだ。
『…よく言う』
嘲笑うように幻影のカインは言った。
『お前はすべてを手中にしながら、何も持たないフリをしていただけだろう?俺がどれだけお前を嫉ましく思ったか知りもせず』
「そんなこと…」
『お前は最初からすべてを持っていたのに持っていないフリをして、差し出されたそれを今度は思わせぶりに拒むんだ』
「違う!」
『俺がどんなに望んでも手に入れられないものを、お前はあっさりと俺の眼の前で拒むフリをする。そうやって俺を嘲っていたか?』
「そんなこと思ったことない!」
半ば顔色を失せさせながらセシルは叫んだ。
『どうだかな…。セシル、お前はいつだって俺を都合のいいように扱ってきたんじゃないか?俺にだったら何したって許されるとでも思ったか?』
「そんなわけないだろう!?」
『だが、現に今だってお前は俺のことなど忘れていただろう。お前はいつだってそうだ。あの、ミストの大地震の時も、お前は瓦礫に埋もれた俺を捜そうとはしなかった』
「あれは…リディアがいたし…」
幼い少女を早く安全で温かな場所で休ませてやらなくてはならなかったのだ。苦しい二者択一だった。あの場で訓練を積み鍛えられた軍人であるカインより、セシルが知らず母親を奪ってしまった幼いリディアを優先したのは当然の判断だっただろう。しかし、仕方なかったのだと、そうセシルが断言できないのは。
『あの時から…俺はずっと闇の中を彷徨い続けている』
あの時、カインを捜し出していれば、彼はきっと今もバロンで誇り高き竜騎士団の隊長としてセシルの傍にいてくれただろう。それが、幼い頃から誇り高く威風堂々とした騎士として生きることを自らの道と決めて生きてきた彼の、本来あるべき姿だ。
「セシル…」
そっと、ティナの手がセシルの腕に触れた。その存在を今思い出したかのようにセシルがぼんやりと視線を向ければ、ティナの心配そうな眼とぶつかる。
「セシル、顔色が凄く悪いわ…」
セシルの見えているものの気配しか感じ取れないティナには、セシルが口にした言葉しか聞こえない。だから状況は全く解らなかったが、どんどん顔を青褪めさせていくセシルに、思わず声を掛けたのだった。
自分に何かができるとは思わないけれど、自分が楔を打つ手助けをしてくれたセシルに、今度は何か少しでも自分が役立てるなら、とティナは口を開く。
「あのね、セシルが嫌でなければ、わたしに話してみない?」
121
下から覗き込むように言うティナに、やがてセシルは1つ大きく息を吐いて自分を落ち着けると、ぎこちなく頷いた。
セシルとローザとカイン。幼馴染の3人。1番年上のカインはいつも2人の面倒を見てくれたこと。やがて成長とともにセシルとローザが想い合うようになったこと。実はカインもローザを想っていたこと。カインが黙って自らの想いを押し殺し、2人のフォローをし続けてくれたこと。そして青き星を護る戦いと、その中で起きたカインの洗脳と裏切りの顛末。
「戦いが終わって…、皆で喜び合って、気づいた時にはもうカインは姿を消していたよ…」
誰より誇り高い竜騎士は、自らを許さず本来彼が手にしていたはずのものを捨てて姿を消した。
「いつもいつも、本当に小さな子供の頃から、僕はカインに頼りっぱなしだった。そうだよ、いつも無意識に、カインだったら解ってくれる、許してくれるって思ってたんだ…」
今回の件にしても、今までの無意識の甘えの積み重ねが確実にカインの人生を闇へと突き落とす一端を担ったというのに、そんなことに思い至りもしなかった。2年前、カインの押し殺していた心を知った時、彼が人知れず旅立ってしまったことに気づいた時、あれほど自分の甘えを悔い責めたのに、また繰り返してしまった。
「ねぇ、でもセシル、今あなたの前にこうして、そのカインさんの幻が現れるのは、セシルがずっと心の奥でカインさんのことを気にしていたからでしょう?」
ティナが言葉を確かめるようにおずおずと言う。
「普段意識してなくても、心の奥で、1番大きな場所を占めてたから、だから今ここで試されているんだと思うの。皆、そうやって心の奥で意識しないようにしていたものを突きつけられて、それを乗り越えた…。だから、セシルが自分を責めることないと思う」
「ティナ…」
確かに、仲間たちの話を聞けば、皆普段意識せずにいた、けれどずっと心の奥底にあった蟠りを解消することで楔を打った。ならば、セシルに突きつけられたものが、無意識の甘えという罪であったことも納得はいく。しかし、状況に納得がいくことと、自分を責めずにいられるかということは全くの別問題だ。
表情の険しさが取れないセシルの様子に、ティナは暫く逡巡し、やがて意を決して口を開く。
「わたしは、カインさんを知らないから、こんなことわたしが言うの、差し出がましいのかもしれないけど…」
「…」
黙って続きを促すセシルに、ティナは強い確信を持って言った。
「セシルに聞いた通りの人なら、カインさんは、セシルのことを責めたりなんて絶対してないと思うの。誇り高くて強くて優しいその人は、他人を責めたりしない。自分を責め続けているから、セシルの前からいなくなってしまったんでしょう?」
122
ティナの言葉は、セシルの心に劇的な効果を齎した。
ああ、そうだった。カインはこんな風に他人を責めたりする人ではなかった。彼が責めるのはいつだって自身だった。カインは自分の身の上に起こったすべての出来事の責任を、他者ではなく自身に求める人だった。
セシルは目の前の幻影を見つめる。これは。
「お前が現れたのは、僕の願望だったんだ…」
お前の所為なのだと、いっそ糾弾してくれたらいいと思っていた。そうしたら、言い訳することだって、謝ることだって出来るのに。
謝って、縋って、どうか僕たちの傍に、バロンへと帰ってきてくれと頼むことが出来るのに、と。
「それも結局僕の甘えだな…」
セシルは苦笑いと共にそう呟いた。
「でも、カインが『お前の所為だ』なんて言って僕を責めてくれるような人だったらよかったのにって、思うよ。そうしたら、お前があんなに傷つくことはなかったのに」
言いながら、しかしセシルは解りすぎる程よく解っている。親友は、そんなことが出来ない人なのだ。他者を責めるには、彼はあまりに強く、誇り高く、そして何よりも優しい。
そんな彼を親友と呼べることを、自分がどれだけ誇らしく思ってきたか。
「不思議ね」
ティナにそう言われてセシルは眼を瞬かせる。
「何がだい?」
「セシル、いつも『君』って言うのに、カインさんには『お前』なのね」
「…ああ」
言われて気づいた、というようにセシルは頷いた。
「なんだろう…。カインは、特別だから」
そう、特別なのだ。孤児で国王が養父という境遇も相俟って、他人の顔色を窺う傾向の強かったセシルが意識せずに甘えてしまうほどに。きっと、セシルが無意識に行っていたそれを、カインは理解していたのだろう。そしてずっとその甘えを受け止め続けてくれたのだ。
セシルは幻影の親友の姿に微笑んだ。自分が何を乗り越えるべきなのか、何を覚悟するべきなのか、解った。
「そうだな、ずっとお前に頼りっぱなしだったから…。もうしゃんとしないと駄目だったね。帰ってきて欲しいって願っていてはいけなかった。お前の帰りを、待っていられる自分になるよ。お前がいつか自分を許した時に、帰ろうと思える国で在り続ける為に僕は僕に出来る事をしよう」
竜騎士の兜から覗く口許が、微かに引き上げられた。兜に隠れていても判る。あれは、カインが自分に対してよく見せていた、親しい者にしか見せない表情。
「お前はお前の気持ちに従って、納得のいくまでそうしていればいい。帰ってきて欲しいとは言わないから。でも、忘れないでくれ。お前が帰る場所はバロンだよ。バロンは僕と…ローザが守るから」
言葉を紡ぐセシルの胸の前にクリスタルが現れる。
「それから時々無事かなって心配するくらいは許してくれ。それと…帰ってきたら、僕はきっとまたお前に頼るから、覚悟しておけよ、カイン」
それは何も言わずに姿を消した罰だ、とセシルが冗談めいた口調で言った時、クリスタルが眩い光を放った。
123
クリスタルの光が暗闇を打ち払っていく。光が収まればそこには仲間たちが待っていた。
「楔を打ったようだな」
ライトがそう言って迎えてくれる。セシルが頷いて返すとライトは空に眼を遣った。
「残るは、3つか」
その言葉に、まだ楔を打っていないクラウドとスコールも頷く。ティーダとジタンが楔を打った場に居合わせたライトはまだ想像がつくが、2人はいつも待っている側だったので楔を打つその場の具体的な想像ができない。一体何が待ち受けているのだろうと、漠然とした不安はあった。
一方ライトは全く別の類の危惧を抱いている。
楔を打つ毎に動きに統制が取れていくイミテーションの大群は、楔を6つ打った段階でも手強い敵になっていた。たった10人、戦闘力のないティナを除けば9人で、下手すれば数百単位の敵に組織的な動きをされれば掃討に梃子摺って当然だ。今回セシルが7つ目の楔を打ちこんだことで、イミテーションはより統制され戦略的な動きをするようになるだろう。それだけではない。まだ楔を打っていない、つまりこれから異空間へと隔離されるはずのメンバーが、自分はともかく、クラウドとスコールだということも大きな問題だった。
今まで異空間に隔離される時は、必ず複数で隔離されている。ただの偶然なのかもしれないが、話を聞く限り心の蟠りを解く手助けをその時共に隔離された仲間がしているのは間違いない。しかも、不思議なことに隔離される組み合わせは今のところ固定だ。これをすべて偶然だと片づけるのは些か無理があるだろう。コスモスの意思なのか、それとも何か別の力が働いているのかは判らないが、異空間に隔離される時は必ず固定の組み合わせで複数人隔離されるという法則があるのだと考えておいたほうがいい。そう考えると、今まで一度も隔離経験のない2人が組み合わされるということになる。つまり、これから起こる楔を打つ3回の内の2回、仲間内の最大の戦力であるクラウドとスコールが同時に異空間へと隔離されてしまうということだ。
もし、2人が異空間へと隔離されている間にイミテーションの大群に襲われたりすれば、一段と動きが統制され強くなった敵の大群を相手に、こちらは最大戦力を欠いた7名で応じることになる。何事もなければそれでいいが、その時の為に対応を考えていたほうがいい。とはいえ、今の段階で取り得る対策など、ライトには1つしか浮かばない。
その対策を伝える為、ライトは仲間の輪に向かい歩いて行った。
124
「セシル」
ティーダやオニオンに楔を打った状況を訊かれていたらしいセシルにライトが声を掛けると、彼はすぐにそちらへと向き直って「なんだい?」と話を聞く態勢になった。
これは他の仲間たちにも言えることで、ライトが話し掛けると皆それを最優先にする。ライトが仲間を纏めるリーダーだと誰もが認めている上、彼が無駄話をしないタイプだと知っているからだ。皆で火を囲んで食事をしながらの雑談中ならばともかく、わざわざ仲間たちが会話を交わしている最中に話し掛けてくるのであれば、それは話しておかねばならないとライトが判断したからなのだと皆解っているのだ。
「今後イミテーションと戦闘になった場合の指揮を君に頼みたい」
「え?」
「敵は更に手強くなっていく。我らも連携し戦術を念頭に戦っていかなくてはならなくなるだろう」
今までははっきりとした指揮や戦術は存在せず、個々の力量に頼っていた部分が大きかった。しかし、今後クラウドとスコールを欠いた状態で戦闘に陥った時にはこちらも組織的に動く必要があるとライトは判断したのだ。
「それは解るけど、僕たちのリーダーはライトだよ。貴方が指示をした方がいいんじゃない?」
「いや、集団を指揮した経験がある君の方が適任だろう」
「でもそれを言ったらスコールの方が…」
確かにセシルは元々軍人で飛空挺団を率いていたが、飛空挺団は敵の射程距離よりも遠くから一斉攻撃が出来るセシルの世界では唯一の軍隊だった。因ってあまり戦略や戦術を必要としない集団だったのだ。戦術的な指揮という点では、バラムガーデン指揮官の地位にあったスコールの方が余程慣れている。実際、スコールが戦いながらバッツやジタンに指示を出す光景は2年前にもよく見られた。
だが、ライトは首を振って今後の戦闘に予測される事態、即ちクラウドとスコールを欠いた状況での戦闘になる可能性を説いた。
「君の指揮で統一しておいた方が何かと都合がいいと思うのだ。頼まれて貰えるだろうか」
「確かに一理あるね…。わかったよ。次の戦闘からは、僕は出来るだけ後ろで全体を把握するよう努める」
「頼む」
無論、2人を欠いた状態で敵と遭遇しないのが一番なのだが、そうも言っていられないだろう。
ライトの予測は然程時間を開けずに現実となった。
125
相変わらず移動を続ける日々。その日最初の空間変異で辿り着いたのは、長閑な様子の集落だった。
花畑が広がり、丘を吹き抜ける風が気持ちいい。この場所に見覚えがあったのは、スコール。
「…ウィンヒル」
「ここが…」
仲間たちは興味深げにその景色を見回した。
ここがスコールが生まれた土地。そしてスコールの世界の始祖の魔女ハインの血脈を護り続けてきた場所。
スコールもただ黙って景色を眺めている。2年前、この場所が自分の生まれ故郷だと知らないまま訪れたきりだった場所だ。自分の産みの親が誰だか知った後、せめて墓参りくらいはしようと思ったものの時間が出来ないままコールドスリープに入ってしまった為結局訪れることはできなかった。そして元の世界に還ることのできないスコールには、これから先、訪れる日が来るのかも判らない場所だった。
「なんかホントに長閑なところだね」
村の真ん中を走る道を歩きながらオニオンが言った。ハインを崇めて暮らした人々の集落というからもっと神秘的な雰囲気を想像していたのだ。
「そりゃ、1000年以上前の話なんだから、今は普通になってるさ」
ジタンがそう返す。スコールは無言のままだ。やがてその視線が道の向こうにある一軒の家に止まった。
あれは…。
スコールの思考がそこへ集中しかけたのと、周囲に突如として不穏な気配が溢れたのは同時。
「イミテーションだ!」
ティナを除く9人が瞬時に武器を構える。何処から現れるのは知らないが、完全に包囲されていた。まずはこの包囲網に穴を空けるべきだろう。ザッと見回して1番層の薄い部分を見つけ出し、切り込みを入れるべくスコールが踏み出せば、おそらく同じ目的だろうクラウドが隣りにきた。一瞬視線を交わしタイミングを合わせて目の前のイミテーションの一群を蹴散らそうとしたその時、急に強い浮遊感に包まれる。
「なんだ…?」
一瞬にして仲間の姿も、大量のイミテーションの影も形もすべて消えていた。
これは、あれか。
スコールがそう内心で呟いた時、それを音声にして確認される。
「お前が楔を打つ番、ということらしいな、スコール」
隣りにいたクラウドも強制的に隔離されたのだろう。
「……」
思わず舌打ちしたくなった。自分たち2人が抜けては、あの大量のイミテーションの相手は相当苦労するはずだ。仲間たちは歴戦の戦士でありよもや負けを喫することはないだろうが、苦戦はするかもしれない。自分1人が隔離されてクラウドが残っていてくれたら、戦力的にはだいぶ楽だっただろうに。
「…早く、戻らないと」
これから何を突きつけられるのか見当もつかないが、とにかく早くせねば、とスコールは辺りを覆う暗闇を睨んだ。
126
暫くは何の動きもなかった。何も聞こえないし、何も見えない。
自分ではどうしようもないとはいえ、今こうしている間も仲間たちはイミテーションの大群を相手にしているのだと思うと気が急く。
いっそのこと、強力な魔法でもぶつければこの暗闇は晴れないだろうか、とやや乱暴なことをスコールが考えていると、同じように暗闇を見つめていたクラウドが口を開いた。
「心の蟠り、か。あんたは心当たりあるのか?」
「…べつに」
常套句で返された答えにクラウドが苦笑する。
「それは、イエスかノーかどっちだ?」
「…アンタはどうなんだ」
質問に答えず質問で返してきたスコールに、クラウドはやれやれ、といった様子で肩を竦めて見せた。
「あるような、ないような、かな」
「…似たようなものだ」
素っ気無くそう言ったスコールに、クラウドも納得したように頷く。他の仲間たちにも言えることだが、平穏とは言い難い日々を生きてきたから、思うところがないはずがない。否、自分たちだけではない。仮に戦闘とは無縁の、一見平穏に生活を営んでいる一般市民が同じ状況に置かれれば、やはりその人なりの蟠りが具現化するのだろう。
「このまま待っていても埒が明かな…」
明かないな、とクラウドが言いかけた時だった。暗闇を見つめていたスコールの眼が驚いたように瞠られる。クラウドも視線をそちらへと向けるが、クラウドの眼にはただ暗闇が広がるだけだった。今までの例からも、幻影は楔を打つ者にしか見えないらしいから、スコールの眼には何がしか見えているのだろう。
スコールは眼前に映し出される光景を瞬きすら忘れて見つめていた。
ウィンヒルの1件の家。ドアの前で向き合う男女。
その2人を、スコールは知っている。かつてエルオーネの力で飛ばされた先で、スコールは男の意識の中から、女の姿を見ていた。
「ラグナとレイン…」
かつて見た時には思いもよらなかった、実の両親の姿がそこにあった。
魔女っ子理論99~112
99
クリスタルの光が暗闇の空間を打ち破ると、そこには仲間たちが彼らの帰りを待っていた。
3人が異空間にいる間、モーグリに助けられて森林火災を凌いだらしい。その辺りは過去の自分の経験と一緒なのだと、バッツは言った。
光が何もない空間に突き刺さり、また1つ楔が打ち込まれたことを感じる。
「ちぇっ、バッツに先越された~!」
ジタンが言葉だけは悔しそうに、しかし顔を笑ってそう言った。
「ま、当然の勝利ってやつだ!」
バッツも笑いながら胸を張る。
「…で、ティナは一体…?」
フリオニールが困惑した表情でセシルに尋ねると、セシルは諦めたように笑った。
「ほら、ティナの趣味って『モーグリをふかふかすること』だろう?」
「…ああ」
納得したようにフリオニールも頷く。
火災を凌がせてもらったモーグリの住処は、ティナから見ればふかふかパラダイスだったのだ。
モーグリを抱き締めて離さないティナは至極幸せそうなので、まあいいか、と仲間たちは思う。「クポー!クポポー!」とモーグリが助けを求めているような気がしなくもないが、彼らはそれを無視することにする。
結局、ティナがモーグリを解放したのはそれから優に30分は経過してからだった。
あちこち移動する日々を再開した10人だが、幾らも経たないうちにティーダがそれを口にした。
「気の所為…かもしれないけどさ、なんだかイミテーションが強くなってる気がしないッスか?」
イミテーションの襲撃を防ぎきって一息ついたところだった。
「あ、やっぱりそう思う?」
ジタンもその意見に賛同する。他の仲間たちも互いを見回しながら同じ事を感じていたことを確認した。
「1体ずつの強さも多少上がってはいるが、それより…」
スコールの言葉の後を、クラウドが引き継ぐ。
「イミテーションの動きが少しずつ統率されてきているな」
なまじ異常発生ともいうべき数の多さで襲ってくる相手故に1体ずつの強さの向上が大したことなくとも、統率された動きを取られると厄介だ。
「何か原因があるのだろうか…」
ライトが思案顔で腕を組んだ。
100
「原因があるとすれば…考えられることは1つだけだと思う」
セシルが仲間を見回して言う。
「楔、か」
短く答えたライトに、セシルは頷いて続けた。
「1つ目の楔…フリオニールの時の後にも、イミテーションの動きが少し変わったような気はしてたんだ。たぶん、皆も感じてたんじゃないかな?でもまだ本当に些細な変化だったから気のせいかと思っていた」
「今回バッツが2つ目の楔を打ったことで更に変化した…」
「それでもまだ『気のせいかも』って思える程度だけどな」
フリオニールとバッツの言葉を聞きつつ、ライトが厳しい表情になる。
「しかし、逆にこれから楔を打つ毎に気を引き締めていかねばなるまい。数で勝るイミテーションに統率された動きを取られれば、少人数の我々には不利になる」
歴戦の戦士である彼らとイミテーションの戦闘力に圧倒的な差があるからと言って油断してはいけない。スコールの世界で話を聞いた時、シドが言っていたではないか。絶対的な数の優位は時に圧倒的な能力差をも覆す、と。
その言葉に全員が頷き、彼らは再び歩き始めたが、ティナの表情が冴えない。目聡くそれに気づいたオニオンが声を掛けると、彼女は弱々しく微笑んだ。
「わたし、役に立てなくて…」
「その分僕が戦うって言ったじゃないか。ティナがいなきゃ楔は打てないんだから、そんなに落ち込むことなんかないよ」
「でも…」
このまま楔を打つ毎にイミテーションが強くなれば、仲間たちに掛かる負担は大きくなる。数が多い相手なら尚更、魔法による広範囲の攻撃が有効に違いないのに。
「気にするな」
立ち止まった2人を追い越しながら、スコールがそう言い置いていく。
「適材適所、というやつだ。俺達に任せておけばいい」
クラウドもそうティナに言う。
クラウドの言う「俺達」とは、ティナを除く9人ではなく、恐らくクラウド本人と、そしてスコールのことだ。
2年前と違い制限の外されたこの異世界では、彼らは彼ら本来の戦い方が出来るとコスモスは言った。そうして実際イミテーションとの戦闘をこなしてみて、仲間たちが最も驚いたのはクラウドとスコールのオールマイティーな戦闘力だった。2人は物理攻撃も魔法攻撃も、召喚さえ自在に扱う。数々のジョブをマスターしてきたオニオンとバッツもそれに準じる力を持ってはいるが、ジョブチェンジを必要とする彼らと違い、2人はいつどんな戦闘になっても対応できるのだ。2年前の戦いでも、彼らは接近戦を得意とする物理攻撃型に見えて実は器用に魔法攻撃も使ってはいたが、まさかここまでとは思っていなかった、というのが仲間たちの感想だった。
スコールについては、彼が魔女の力を有していることは皆承知しているから、まだ予測できなくもなかった(それでも本人曰く今までの戦闘で見せた程度のことは魔女の力を継承する以前から出来たのだという)が、クラウドの戦闘力は完全に予想外だった。彼らの世界の法則故にこういったオールマイティーな戦い方ができるらしいが、ともかく、とてつもなく頼りになる戦闘力であることは間違いない。
「俺達は皆必要があるからここに喚ばれた仲間だ。楔を打つ、それが至上命題で、後のことは出来るヤツがこなせばいいだけの話だ。出来ないからといって劣るわけでも、出来るからといって優れているわけでもない」
クラウドの言葉にオニオンも「そうだよ!」と力強く同意を示し、やがてティナはぎこちなく頷いた。
「ありがとう」
出来ないものは出来ないのだから、せめて割り切って考えて仲間たちに余計な気を遣わせないようにしなくては。ティナがそう決意していると、空間が変異するとき特有の不可思議な空気の歪みが彼らを襲う。
「ここは…モブリズだわ」
現れた景色は、ティナがよく知る場所だった。
101
モブリズはティナが今も住んでいる小さな村だ。彼女はそこで親を亡くした子供たちの面倒を見ながら「ティナママ」と呼ばれて暮らしている。それは大き過ぎる力を持って生まれてそれに振り回されたティナが見つけ出した幸せの形だ。
見知った景色の中を歩くティナの足取りは軽い。自然と、見知らぬ景色の中を慎重な足取りで、もしくは興味津々であちこち見まわしながら歩く仲間の先頭を行くことになり、そして次第に1人突出してしまっていた。
「ティナ、あまり皆と離れないほうがいい」
気づいたセシルがティナの傍まで来てそう声を掛けると、ごめんなさい、と言って振り返ったティナの表情が固まる。
「どうしたんだい?…!」
セシルもティナに問いかけようとして異変に気づいた。暗闇が、いつの間にか彼らを取り囲んでいたのだ。ほんの10歩程の距離しか離れていないはずの仲間たちの姿は全く見えず、声も聞こえない。
「これは…ティナが楔を打つ番、ということかな」
セシルが落ち着いた様子でそう判断する。フリオニールとバッツの例を聞く限り、そう判断して間違いないだろう。
「…一体、何があるのかな」
ティナが不安そうに言った。心の蟠りを消すことで楔を打つとは言っても、具体的にどうすればいいのかはそれぞれだ。
『ティナ』
暗闇から急に掛けられた声にティナは驚いて振り向いた。そこにいたのは本当のモブリズの村でティナの帰りを待っているはずの…。
「ディーン、カタリーナ」
モブリズの孤児達の最年長、ティナにとっては子供というより弟、妹のように思っているまだ若い夫婦の2人の姿がそこにあった。ティナの眼にははっきりとその場にいるように見えるのだが、すぐ隣りにいるセシルには朧げな気配を感じ取れるのみだ。
カタリーナの腕の中には、未だ幼い子供がすやすやと寝息を立てている。ティナの世界の地図を変えてしまったほど大きく深い傷痕を残した戦いの最後に、希望の象徴のように生まれた2人の子供だ。
ティナはいつものように、その幼い子を抱き締めようと手を伸ばす。
『ティナ、この子に、触れていい手なの?』
「え…?」
カタリーナはティナから子供を護るように確りと腕に抱き、そのカタリーナを護るようにディーンが肩を抱いてティナを見据えていた。
意味が解らない、と首を傾げるティナに、暗闇に浮かぶ若い夫婦はこう言った。
『無垢なこの子を抱き締めるには、ティナの手は赤く汚れてるんじゃないの?』
102
「ティナ?」
瞬時に蒼褪めたティナの顔色に、セシルが慌てて声を掛ける。セシルへと顔を向けた彼女は哀れなほど震えていた。
「どうしたんだい?しっかりするんだ。…なにがあった?」
両肩に手を置き、セシルがティナの顔を覗き込むと、わなわなと唇を震わせながらティナが懸命に言葉を紡ぐ。
「わたし…わたしの、手…」
「手?」
「あか、く…、汚れて、る…」
言いながら、ああその通りだ、とティナは思った。汚れのない無垢な命を抱き締めるには、自分の手は赤く汚れている。知られてしまったのだ、と絶望感に打ちのめされそうになる。
記憶のないまま、操られるままに自我もなく力を振るい、たくさんの人を傷つけた過去。事情を知った者は皆、ティナのことを責めたりはしなかった。ティナもまた、この力で護れるものがあるのなら、と戦い抜いた。けれど、だからと言って過去に自分が殺めた人達が戻ってくるわけではない。それは重々承知していて、忘れてはいけない罪だと自分を戒めてきたつもりだったけれど。
「子供たちに…モブリズの皆に、知られたくなかったの」
子供たちはトランスして異形の姿になって戦うティナを知っている。それでも「ティナママ」だと認めてくれた。しかし、ティナが過去に犯した罪については何も知らないのだ。知られたくなかった。知られてしまえば拒絶されるに違いないと思った。そう、この異空間に現れたディーンとカタリーナのように。
「知らず犯した罪を責められるのは…それで拒絶されるのは、とても怖いね」
セシルが穏やかな声でそう言う。その声があまりに穏やかで、つられるようにティナの震えも徐々に治まっていく。
「だけど、1番大事なのは自分の気持ち、じゃないかな」
「自分の、気持ち…?」
「君が慈しんでいる子供たちに、君の過去の罪を知られて拒絶されたら、君はもう子供たちを愛せないかい?」
「そんなことあるわけないわ!」
拒絶されて然るべき罪を犯したのは自分なのだ。たとえ以前のように子供たちと暮せなくなったとしても、子供たちを護るためならどんなことだってするだろう。
「だったら、それでいいじゃない」
セシルが微笑んで言った。
「責められても、嫌われても、愛せるのなら、護りたいと思うなら、それでいいんだよ、ティナ。その気持ちに従って行動すれば、きっと伝わるよ」
蔑みの眼で見られても、自分は子供たちを護る。その気持ちだけをしっかりと持ち続けることが大切なのだ。そう諭してくれるセシルは、同じような恐れを抱いたことがあるのかもしれない、とティナは思った。思えば2年前、ティナが抱えていた制御できない力に呑み込まれるのではないかという不安を不思議なほど的確に理解してくれたのもセシルだった。
「…ありがとう、セシル」
「いいや。僕にも覚えがあるんだ。それだけだよ」
ああやはりセシルも同じような経験があるのだ、とティナは思い、そして暗闇の中に見えるまだ若い家族へと向き直る。
「わたしの手は赤く汚れてる。それでも、その汚れた手でも、あなたたちを護れるのなら、わたしはなんだってする」
ティナの毅然とした決意に満ちた言葉に、ディーンとカタリーナの視線が和らいだ。
「帰ったら、皆に話すわ。聞いて欲しいの」
ティナがそう言うと、暗闇の中に幻が消えていく。同時に、ティナの前に現れたクリスタルが燦然と輝きだした。
103
暗闇がガラスのように砕け、モブリズの景色が戻ってくる。すかさず駆け寄ってきたオニオンにティナは安心させるように笑った。
「…わたしにも、楔、打てた」
「当たり前だよ!ティナなら大丈夫に決まってるじゃないか!」
即答された言葉に、ありがとう、と頷く。元の世界へ帰ったらモブリズの子供たちに自らの過去を告白する、それは決意をしても怖い事に変わりはないけれど、こうやって「ティナなら大丈夫に決まってる」と信じてくれる仲間たちがいることが、きっと自分に勇気をくれるだろう。
「これで3つ目か~」
ティーダが両手を頭の後ろで組みながら呟いた。この世界の時間経過は判りづらく、自分たちの感覚的なものに頼るところが大きいのだが、その感覚で言えば、楔を打つべく移動を始めてかれこれ2週間強から3週間弱といったところ。その間に3つの楔を打ったから、単純にこのペースでいけるのならあと1ヵ月半程度掛かる計算になる。
「このまま上手くいけばいいがな」
「うん?なんか心配事あるッスか?」
クラウドの言葉にティーダが疑問を返すと、忘れてるのか、と呆れられる。
「1つは楔を打つ毎にイミテーションの動きに統率が出てきて駆逐するのに時間を掛かること」
「ああ、うん、それは解ってるけど…。1つ?ってことは他にもあんのか?」
「イミテーションがどこかで造り出され続けてる以上、その根本を絶たなくてはならないだろう」
「あ、そっか」
10の楔を打って異世界の拡散を止めたら後は放っておくというわけにもいかないだろう。イミテーションが無限に増え続けたところで、この世界に固有の住人はいないのだから問題ないといえばそうなのだが、増え続けたイミテーションがもしかしたらこの世界に悪影響を及ぼし、また彼らの本来の世界へと影響を与える事態に陥らないという保証もどこにもないのだ。
「じゃあ、あと7つの楔打って、そんでもってイミテーションの巣も壊して、まだしばらく掛かりそうってことだな!」
「なんだよ、ティーダ、嬉しそうじゃん」
ジタンがティーダにそういえば、ティーダは困ったように笑う。
「嬉しいっていうか…いや、やっぱりちょっとだけ嬉しいのかな」
元の世界に還りたいって思うけど、でも、もうちょっと皆と一緒にいたいとも思うんだ。
ティーダの言葉に全員の足が止まった。
104
当たり前の話だが、彼らはそれぞれ別々の世界の住人で、それぞれに還るべき場所がある。
2年前はクリスタルの力によって存在をどうにか繋いでいるような状況で、カオスを倒した後は有無を言わせず強制送還されたと言っても過言ではなかったから、別れが寂しいだとか考える余裕は殆どなかった。そして、異世界で苦楽を共にした仲間たちとは2度と逢えないと思っていた。
それがこうして再び出逢い、賑やかに旅をしている。それは奇跡のようであり、2年前と違ってゆとりがある分、別離の時を思うと言いようのない寂しさが彼らを襲うのだ。
「…たくさん、話そうぜ」
バッツがそう言った。
「前はさ、あんまり此処に来る前のこととか話さなかっただろ?どんな世界でどんなことをしてどんな友達がいて、ってさ」
2年前には元の世界に関する記憶の鮮明さに相当なバラつきがあった為、本来の世界に関する話題は誰もが避けていた節がある。記憶を鮮明に持っている者にしても、あまり語りたくない事情を持っている場合があったのも事実。
「今度はさ、話そうぜ。元の世界に還っても、ああ、あいつは今こんなことしてるんだろうなあ、とか細かく想像できるくらいにさ」
想うことで、繋がりは途切れないのだと信じているから。
「さんせー!」
ティーダも明るく頷いた。
「そうそ、いい加減ネギの本名とか教えろよな!」
ジタンがオニオンにヘッドロックを掛けながら言うと、オニオンは心底嫌そうな顔をする。
「嫌だよ、教えない」
「なんでそんな嫌がるんだよ」
「なんでだっていいじゃない。ね、ライトもそう思うでしょう?」
話を振られたライトもまた、2年前は記憶喪失の為便宜上「ライト」と呼ばれていたから、今では本当の名を教えてくれてもいいはずなのだが。
「ライトの名も教えてくれないの?」
ティナが寂しそうに尋ねた。なんだか距離をおかれているようで寂しいと思うのは当然だ。
「君たちが呼んでくれる名もまた、私の名だ。本当の名だとか、そんな風に区別して考えていないのだ。君たちが呼んでくれることに意味があるのであって、名前そのものには何の意味もない」
仲間たちが呼んでくれる限り、ライトの名はライトであるし、オニオンの名はオニオンなのだ、これからもずっと。
「まあ、今更違う名前で呼ぶのも違和感あるよね」
セシルが言えば、ジタンやティーダも「それはそうなんだよなぁ」と納得する。
「いいじゃないか。俺たちだけの呼び名があるんだと思えば」
それだって絆だ、とフリオニールがそう言うと、ティナも「そうね」と微笑んだ。バッツも頷いているし、一言も口を挟もうとしないクラウドとスコールは元より本人がそれでいいと言うのならいいと思っている口だろう。
「ライトとネギはライトとネギってことで!」
ジタンがそう纏めると、彼らは再び歩き出した。
105
幻想的な光が飛び交う景色。幻光虫と呼ばれるそれは、2年前散々戦った夢の終わりと呼ばれるエリアにも飛んでいたが、ここはもっとたくさんの数が飛び交っている。
「グアドサラム、ッスね…」
異界への入口と言われる場所なのだとティーダが説明した。
「オレたちが呼ばれたとこよりも幻想的だな」
ジタンの言葉に、ライトが頷く。
「オレのとこじゃ、ここに来れば死んだ人たちに逢えるって言われてたんだ」
「ホントに逢えるのか?」
「逢えた気になる、ってだけ。逢いにきた人の想いに反応して幻光虫が姿を映し出すんだ」
「ふぅん、で、やっぱこれはティーダの出番ってことなんじゃねーの?」
「…だよなあ」
幻想的な景色の中に立っているのはティーダとジタン、そしてライトの3人だけ。他の仲間たちがどうしているかは知らない。
そう、知らないのだ。
「楔打つためにどっか異空間に閉じ込められるってのは確かみたいだけど、閉じ込められ方はバラエティ豊富みたいッスね」
ティーダが多少顔を引き攣らせながら言った。
いつもの如く空間変異が起こったまでは特に変わりはなかった。けれど偶々先頭を歩いていたティーダが1歩踏み出せば、そこにあるはずの地面の感触はなく。
うわ、と短い声を上げて落ちそうになったティーダの右腕に、すかさずジタンのしっぽが巻きつき、けれど一緒に重力に任せて引っ張られそうになったジタンの左腕をライトが掴み。
しかし空間変異を抜けたライトの足場も頼りになるものではなく、あえなく3人は遥か下方へと落下…したと思ったら、いつまで経っても落下の衝撃はなく。
恐る恐る(ライトは至って平静にずっと目を開けていたらしいが)目を開ければ、そこにはゆらゆらと幻光虫が淡い光を発して飛び交っていた、というわけだ。
「今までの例から考えると、他の者達はこの異空間の外で待っていると考えていいだろう。あまり心配することはないな」
ライトがそう判断すると2人も頷いて同意を示す。仮にイミテーションに襲われても、主戦力とも言うべきクラウドとスコールは外にいるのだから大丈夫だろう。今は、この閉じられた空間から脱出すること、即ち、ティーダのクリスタルで楔を打つことだけに集中するべきだった。
「心の蟠り、かぁ」
浮かばないんだけどなあ、とティーダは首を捻った。
106
フリオニールとバッツは「自分に何かを託して逝った相手への気持ちの整理」だったと言っていた。ティナは「過去の罪と向き合う決意」だと。
しかしティーダには、特に思い当たるものがない。父への屈折した愛情は、図らずも2年前この異世界へと親子揃って召喚されたことで昇華された。一部の者達に非難された1000年続いたスピラの死の螺旋を止めたことも罪だなんて思ってはいない。
考え込むティーダの視界の隅で幻光虫が飛び交う。
幻光虫、異界を飛び交う不思議なエネルギー。人の想いを映し出す依り代。そして、ティーダを形作るもの。
「…オレ、ちゃんと生きてるんだよな」
飛び交う幻光虫を見ている内に零れ出た呟き。自分の声が耳に届いて初めて、ティーダは自分が無意識に抱えていた不安に気づいた。
本当は祈り子が見続けた夢である自分。2年前、消滅したはずの存在。こうして奇跡的に現実世界へと再び来られたけれど、それは本当にずっと続いていくものなのだろうか。普通の人として時間を過ごしていけるのだろうか。ユウナを、また泣かせたりせずに済むのだろうか。
1度考えてしまえば先の見えない不安に心が支配されそうだ。
「ティーダッ!」
「へっ!?どわっ」
思考の淵に意識を沈めていたティーダは声と同時に自らにタックルを仕掛けてきた体にまんまと倒される。
突然タックルを仕掛けたジタンは得意気に笑って見せた。
「なんなんスか、いきなり…」
「生きてなきゃタックルなんか出来ないだろ」
「え?」
立ち上がったジタンは、尻餅をついたままのティーダを見下ろして偉そうに腕を組んでみせる。
目を丸くしたティーダの前に、ライトの手が差し出された。
「君は確かに今我々の前に存在している。だからこそ、こうして君を助け起こすこともできるのだから」
それは、ティーダの呟きに対する2人の答えだ。
「だいたいさ、オレ達がクリスタルに祈って呼び戻したんだぜ?そう簡単に消えられて堪るかっての」
「祈り子、だったか?君を呼び戻したいと我々に頼んできた子供は、クリスタルの力を利用すれば大丈夫だと言っていた。それに」
「それに?」
「君が自身の存在を不安に思っては、君を彼女のところに戻したいと、次元を超えたこの異世界にまで我々の助力を願いにきた彼の気持ちを無碍にしてしまうのではないか?」
「それと、オマエに戻って来いって祈ったオレ達の気持ちもな」
信じろ、と彼らは言う。自分の存在を、ではない。自分に戻ってきて欲しい、生きて欲しいと祈った人達の気持ちを信じろと。
知らず、ティーダの顔に笑みが浮かぶ。
自分は確かに生きている。この先も生きていける。ただそう考えるのは難しいけれど、自分に戻って来いと呼び掛けてくれた仲間たちの気持ちを信じることなら容易い。
そうだ、こんなにも心の強い仲間たちが、ただ自分の帰還を願い、女神が遺した力の欠片であるクリスタルの力を使ってくれたのだ。これ程までに心強い支えがあるだろうか。
「そうだよな。みんなのクリスタルの力貰ったんだから、大丈夫ッスよね」
ティーダの手が差し出されたライトの手を掴む。
同時に、ティーダの頭上に現れたクリスタルが真っ直ぐな光を放った。
107
クリスタルの光が突き刺さったところから、パリンと音がして靄が晴れるように周りの景色が鮮明になっていく。
話に聞いていた今までの例と違って暗闇に閉ざされていなかったから判らなかったが、広がっていると思っていた景色はスクリーンに映されていたようなものだったらしい。
外では仲間たちが安堵の表情で3人を迎えた。先の3人の例と違い空間変異直後に姿が見えなくなった為、楔を打つ為に隔離されたのか、それとも何か新たな問題が起こったのか判断しかねていたのだと言う。
「ただいまっ」
「うわっ」
ティーダがまず1番近くにいたバッツに抱きついた。突然のことにバッツが驚いている内にティーダは次の標的、フリオニールに抱きつく。傍目には体当たりしているようにしか見えなかったが、本人はあくまで抱きついているつもりだ。
フリオニールも唖然としている間に、ティーダは今度はセシルにも抱きつき、更にオニオンの頭を抱え込んで撫で回して怒られ、ティナにはさすがに抱きつけないと思ったのか握手し、クラウドにも抱きつき、ここまでくれば当然次が予測できるスコールには、抱きつこうとしたところを避けられ、「じゃあ、はい!」と手を差し出して渋々握手させることに成功した。
「一体なんなんだ…」
楔を打つ場面に居合わせたライトとジタンにはティーダの心情が解っているので(というよりも、スキンシップでティーダが今ここに存在していることを伝えたのは2人のほうだ)突然の抱きつき攻撃を見ても驚きはしないが、状況が判らぬまま突然体当たりを食らわされた方にしてみれば頭の中にクエスチョンマークがいくつも並んで当然だった。
「なんつーか、その、皆大好きってことッスよ!」
「なんだよ、それ…」
オニオンが呆れたように言うが、ティーダの晴れやかな笑顔を見ていると、まあ好きだって言われてるんだからいいよね、という気分になるから不思議だ。
「なんだかよくわからないけど…ま、いっか」
いいのかそれで!?とスコールが無言のツッコミを入れていたことには気づかず、バッツがあっさりと受け入れてしまうと、ティーダが言う。
「じゃあ、次目指して出発!」
「今回みたいに空間変異してそのまま、ってこともあるって判ったから、心して行ったほうがいいね」
セシルの言葉に全員が頷いて、彼らは歩を進めだした。
108
たくさん話そう、そう決めた彼らだったから、移動の合間や食事の時間、就寝前の一時など、彼らは本当によく話した。尤も、元来無口な性質の者と饒舌な性質の者がいるから、均等に、というわけではなかったが、話題はほぼ均等と言ってよかった。彼らは各々本来の世界で幾多の危機や困難を乗り越えてきた者たちだから、話題には事欠かない。
それぞれの近況の話になったとき、仲間たちに衝撃が走ったのはセシルの身分についてだ。
「王様~!?」
「うーん、なんだか成り行きでそういうことになっちゃって、ね」
「王位は成り行きでつけるものじゃないだろう…」
珍しく声に出してツッコミを入れたのはスコールだ。成り行きで大国の大統領になった男を実の父に持つスコールだが、世襲の王位に成り行きで就くのは大統領以上の至難の技だ。
詳しく話を聞けば、セシルが王位に就いた経緯もなるほど、と思えるのだが、それにしても仲間に一国の王がいるというのも不思議だな、などとスコールが思っていると、何故か後ろからツンツン、と突かれる。何事かとスコールが振り返ればティーダが諦めた様子で首を振っていた。
「そーゆー感覚、通じないッス」
「は?」
「お前の疑問も尤もだしそれが普通の感覚だと思うが、あいつらにそれは通用しない」
いつの間にかクラウドも傍に来ていて悟ったように言う。
「……」
意味不明だ、と思ったことが伝わったのだろうか、2人は示し合わせたように同じタイミングで溜息を吐いた。
「あいつらには、王だの王女だのが知り合いにいるのは当たり前なんだ」
「ブンカの違いっつーことで納得しといた方がイイッスよ」
なんだかよく判らないが、2人がこうも疲れた表情で言うのだからそういうことにしておいた方がいいのだろうと、スコールは曖昧に頷く。王族と知り合うのが当たり前の世界?と頭の中は疑問符だらけだったが。
そんな話をしながら歩いていると、空気が歪むのを感じた。空間変異の前兆だ。
空間変異の感覚はいつも不思議で、瞬時に景色が切り替わったようにも見えるし、どこか異次元のトンネルを抜けたようにも感じる。
今回もそうして抜けた先に広がる景色に反応を示したのはジタンだった。
109
パッと見には石造りの長閑で小さな村に見えるその景色は、ブラン・バルというのだとジタンが言った。
他のエリアにも言えることだが、今まさに生活が営まれているように見える景色でも、住人の姿はない。
今までの例から、楔を打つには必ずどこか異空間へと隔離されるのは確かだが、そのタイミングはバラバラで予測しようがないので、どのエリアでも隅々まで見て回るようにしていた10人は、建物1つ1つの扉を開き中まで見て回っている。
「なんか、今にも人が出てきてもよさそうなのにな~」
ティーダが家の中を見回しながら呟く。ここがジタンの世界の断片である以上、ジタンが隅々まで見て回らなければ反応があるかどうか判らないのだが、折角だし、と仲間たちは複数班に分かれて探索している。主目的は食材探しだ。こういう集落を形成しているエリアは、普段よりも豪華な食材が手に入り易いので密かに気合が入っている者も数名。
「この食いモンとか、腐らないのかな」
ジタンはテーブルの上のレモンを取ってお手玉のように遊ぶ。かつて捜し求めた、そしてあまり馴染みのない「故郷」の景色に、ここで自分のクリスタルが反応するのではないかと思っていたのだが、何も変わらない。どうやら自分の出番はまだ後らしいな、と思っていると、同じようにテーブルの上の食材を腕に抱えたライト(なんだか妙にインパクトのある絵面だと、実は仲間たち全員が思っている)が2人を見て口を開いた。
「ここではないようだな」
「そーみたいッスね」
「では、行こう」
豪華…といっても高級という意味ではないが、野営の食料としては充分すぎる程の食材が手に入ったから、きっとフリオニールとバッツが張り切って腕を振るうべく気合を入れているだろう。ジタンも頭の中でレシピを考え始めている。メニューが多く作れるから、オニオンとスコールも腕を振るうかもしれない。
仲間たちの中で料理が出来る者と出来ない者はハッキリしていて、彼ら5人は出来る者だ。2年前、愛の食卓、と呼ばれたアイテム群を装備できた実力は確かだった。まさか装備品の選定基準に料理の才能が含まれるとは思えないが、コスモスの戦士たちを見る限り、結果として愛の食卓装備が出来る者イコール料理が出来る者、という法則が成り立っているのは事実である。
調理が当番制だったのは2年前のほんの僅かな時期のみで、全員の身体的及び精神的被害を食い止める為にも、調理は出来る者がする、出来ない者は片付けやテントの設営、水汲み等をこなす、ということにいつの間にか落ち着いた。
「何が食えるか楽しみだな」
ジタンがそう言いながら、外へ出ようと扉に手を掛ける。が、鍵など掛かっていなかったはずの扉は押しても引いても一向に開く気配を見せない。
「…え?」
その様子に、ライトとティーダも扉を開けようと試みるが、扉は軋みさえしない。
「えーと、これはあれッスかね…」
「もしかして…」
「どうやら、知らぬうちに閉じ込められたようだな」
前にティーダが言ったように、閉じ込められ方はバラエティ豊富、ということらしい。
110
心の蟠りを吐き出して心の整理をすることが心の強さ延いてはクリスタルの力になり、楔を打つことに繋がる。そして、このブラン・バルの景色を見た時から、ジタンの中ではもしかして、という思いがあった。
もし、ここで自分が楔を打つのだとしたら、自分の心の中にある蟠りというのは、きっと。
「…心当たりがある、という顔だな」
ライトがジタンを真っ直ぐに見据えて言う。こういう時のライトは誤魔化しを許してくれないと知っているからジタンは素直に頷いた。
「我らに話して助けになるのならば聞こう。君が話したくないと思うならば聞かない。方法はそれぞれだ。君が乗り越えねばならない壁であることに変わりない」
「ったく、相変わらずキビシイなあ」
苦笑いして俯く。話すことは、少しだけ怖い。話さないでずっと抱えているのも、やっぱり怖い。ジタンの逡巡を示すようにしっぽが揺れた。
たくさん、話そう。
ふと、そんな言葉が脳裏を過る。ああ、そうだ、たくさん話そう。近いうちに別れてしまう仲間たちだから、遠く離れても克明に思い描けるように互いのことをたくさん知ろう、知って貰おう。自分もその言葉に賛同したではないか。
オレたちのことを記憶している誰かがいる限り、その記憶と生命は永遠につながっていく…それが生きるってことだ!
それは2年前、確かに自分が口にした言葉。
「…そうだな」
知ってもらって、憶えてもらって、想ってもらう。だったら、怖いなんて言ってはいられない。
「ここはさ、オレの故郷の景色なんだ」
ライトとティーダがジタンを見つめている。
「オレはここで…造られた」
「造られた…?」
どんな命もいつかは老いて死に逝くもの。そんな当たり前の摂理を受け入れられなかった身勝手な星と身勝手な生命が、身勝手な欲望の為に造った言わば生きた器。道具。
「ジェノム、って言うんだけどさ」
普通の人のように、否、人だけではない、他の動物のように、生命の営みの中で自然に生まれ出でたものではないジェノム。役割を果たす為だけに造り出された存在。
2年前、助け出した他のジェノム達は、少しずつ自我を芽生えさせている。自分も、ジタン・トライバルという名のアイデンティティをきちっと持っている。ジェノムだって生きている確固とした命なのだ。
そうは思っているけれど、生まれたのではなく造られた、という事実が、心のどこかで引っ掛かっていた。
それは、コンプレックスという言葉が近いだろう。
「…オレ、いい言葉知ってるッスよ」
ティーダがニンマリと笑った。ジタンが訝しげに見遣れば、彼はジタンを見下ろして胸を張る。そのポーズは、ティーダが楔を打ったときにジタンがしたポーズを真似ているのだろう。
「それがどーした!」
「え?」
思わぬ言葉に、ジタンの眼がまん丸に見開かれた。
111
「人と出会って友達になんのに、一々そいつがどんな風に生まれたとか気にしないッスよ。そりゃ、なんか血が青いとか言われたらちょっとびっくりするけど、それだって1回見たらもう気になんないし」
それに、とティーダは続ける。
「生まれたヤツと造られたヤツにそんなに差があるんスか?ジタンが普通の人間に生まれてたら、しっぽはないかもしんないけど、他に違いなんかないだろ。ジェノムとして造られたんじゃなかったんだったら、フェミニストじゃなかった?人間に生まれてたら、例えばオレが崖から落ちそうになってても助けてくれない?」
「そんなわけないだろ!」
「じゃあいいじゃん。ジェノムだろうと人間だろうと、ジタンはジタンってことで」
ティーダに断言されると、なんだかそれでいいような気分になってくる。ムードメーカーの真価発揮だ。
「そのジェノムとやらであろうと、人であろうと、他の種族であろうと、私には変わらないように見えるが」
ライトも静かにそう言った。
「誰もが、種の存続という役割を担ってこの世に存在するのではないか?あらゆる生物が、種族保存の本能によって、次代の命を創りだすことになんら変わりはないだろう?」
それが本能という無意識の営みの中で生みだされたか、意識的に造りだされたか、の違いだ。
「確かに、他の星をそこに生きる生命を一掃して乗っ取り存続を図るというやり方は賛同できるものではないが、ジタン、種の存続という役割の為に与えられた君の生命に、恥じることなど何1つないと私は思う」
力強い言葉に、心の奥にずっと鎮座していた重石が取れたような気がした。
ただ役割の為に造りだされた、という事実になんとも言い難いコンプレックスを感じていたけれど、すべての生命はみな同じように役割を背負って生まれるのだ。そう、言ってみれば、この世界へと出てくる道が少し違っていただけのこと。普通は土が剥き出しの凸凹道だが、偶々自分は石造りの整備された道を通ってきた、という程度の。
「…ティーダ」
「なんスか?」
「オレも、さっきの言葉、ちゃんと覚えたぜ」
今の自分を形成するのは、今まで生きてきた時間、経験、記憶、周囲の人々が自分にくれた親愛の情、自分が彼らに持つ想いだ。それらが今の自分の形となり、そしてこれから先の自分を形作る。
きっとただの人として生まれていても、自分はタンタラスの一員で、ダガーやビビたちに出会い、旅をし、クジャが自分を目の仇にすることはなかったかもしれないけれど、たとえ兄弟と呼ぶべき間柄ではなくたってやっぱりクジャを助けただろうし、この異世界に喚ばれてバッツやティーダと馬鹿騒ぎをしてスコールに溜息を吐かれたりしただろう。勿論、もっと違う人生になったかもしれないが、ジタンはたくさんの大切な人達に出逢えた今を、とても有り難いものだと思っている。
だから。自分が他人のどんな思惑の上で、どんな風にこの世に生を享けたのだとしても。
「それがどうした!」
これからは、そう言って笑い飛ばしてやる。
ジタンが、彼らしい自信に満ちた表情でそう言った時。
輝くクリスタルが扉に向かって真っ直ぐ光を放った。
112
押しても引いてもビクともしなかった扉があっさりと開く。外では仲間たちが思い思いの様子で彼らが出てくるのを待っていた。
「やっぱり、閉じ込められてたんだな」
クラウドがそう声を掛け、ライトが頷く。
「楔打ってます!とか看板でも出てくりゃいいのにな」
食材を山のように抱えたバッツが言えば、それはさすがに無理だろうがと苦笑いしつつもフリオニールが同意を示した。
「分かれて探索してる最中だったから、誰も状況がわからなくてな。1件1件まわって、ここだけ開かなかったから多分ここだろうと踏んで待ってたんだ」
「でも、もしかしたら何か別の異常事態に陥ったのかもしれないし、あともう少し待って戻ってこないようならどうにかして踏み込もうって話してたんだよ」
セシルの言葉に、踏みこまれなくてよかったッスね~とティーダが笑う。可能かどうかはともかく、あの狭い空間に一気に踏み込まれたら衝突事故は意外と悲惨なレベルになりそうだ。
「これで5つ、半分だね」
「ネギ~、ヤバイんじゃないのかぁ?ビリになっちまうぞ~」
「煩いな!大丈夫だよ、ビリになんてならないから」
「だってあと残ってんの、ネギとスコールだけだぜ?」
「スコールがビリになればいいだけの話でしょ!」
「………」
競争に参加すると承諾した憶えはないだとか、自分の努力でどうこうなるものでないだろうだとか、人を無理矢理参加させるなら全員参加にすべきだろうだとか、色々と思うところはあれど、今の一番率直な気持ちを言うならば、勝手にビリにされるとムカツク、というのがスコールの心の声だが、一応は沈黙を保ったままだ。
「まあ、とにかく、無事でよかった」
無言でいても機嫌の悪いオーラというものは判る人には判るもので、フリオニールが多少引き攣った笑顔で話題を変える。
「今夜の食事は豪華になりそうだな」
「あー、なんか腹減ってきた…」
今日の移動は此処までにして、休むことにする。今日のメシ何ッスか?とフリオニールの持つ食材を覗き込みながら訊くティーダを先頭に、彼らは休息の準備へと取り掛かり始めた。
ジタンがふと、振り返ってシンと静まった街並みを見上げる。
「ジタン、何やってんだよ~?」
前方からバッツに呼ばれて、ジタンは大きく頷くと、自分も料理を手伝うべく、仲間たちのもとへと歩き出したのだった。
魔女っ子理論85~98
85
「世界を、止める…?」
ティナが鸚鵡返しに問えば、コスモスは深く頷いた。
「それは、ここへきて新たな空間が現れたことと関係しているのか?」
「新しく出現したのではありません」
「…?」
「元々この世界にあった空間なのです」
コスモスの説明によればこうだ。
この世界は元々様々な世界の断片の寄せ集まり。2年前の戦いの当時も、本当は10人が歩き回った空間の他にも様々なエリアが存在していたのだと言う。しかし、此処を実験場とした大いなる意思の力で制限が加えられていたのだ。限られた数の駒を動かすのに、あまりに広すぎるフィールドでは無駄が多い、ということらしい。既に過去の話とは言え駒扱いされるのは気分がよくないがそれは流すとして、つまり新たな空間が現れたと思ったのは、実際は新たな空間が出現したのではなく、制限が解除されて自分たちの行動範囲が広がったということなのだろう。10人が揃うまでは2年前と変わらなかったのは、コスモスが外部から働きかけてランダムな空間変異を起こり難くしていたことと、彼ら自身が新たな空間の存在など疑わず空間変異の際に目的地を定めて動いていたからなのだとコスモスは言った。
「それで、世界を止めて欲しいとは?」
「断片の寄せ集まりに過ぎないこの世界がそれでも一定の状態を保っていたのは、ここを実験場とした大いなる意思の力に依るもの。しかしあなたたちが時の鎖を断ち切って実験は終わりを告げ、大いなる意思はこの世界を放棄しました。制御する力を失ったこの世界は膨張し拡散しようとしているのです」
ただバラバラになるのであれば大した問題ではない。しかしこのままでは、吸引力を失った断片は次元の狭間を漂流し、次元の境界へと衝突してしまう。それによって引き起こされる事態は。
「衝突された次元…こことは違う世界、本来のあなたたちの世界に異変が起こってしまいます」
86
「異変?」
「天変地異といったものなのか、それとも次元の捻じれが生じてしまうのか…異変の種類は様々。何が起こるとは言えません。確かなのは、何かしら異変が起こってしまう、ということだけなのです」
「それを阻止するには、この世界がバラバラになることを止めるしかないというわけか」
「でも、バラバラになる世界を止めるなんてどうやるのさ?」
オニオンの問いは尤もで、自分たちの世界に異変が起こるというならそれを止めるべく動くのは吝かではないが、具体的にどう動けばいいのかが皆目見当もつかない。
「貴女には、どうにかできるんじゃないのか?」
コスモスに向かってフリオニールが尋ねる。だがコスモスは静かに首を振った。
「蘇ったとはいえ、私は1度死してその世界から退場した身。もうそこへと戻ることは叶いません。こうして外部から働きかけるのが精いっぱいなのです」
こうやってあなたたちに語り掛けられる時間も長くはありません、とコスモスは続ける。
「でも、コスモスにもできないこと、私たちにできるの…?」
不安げなティナに、コスモスは確りと頷いた。
「あなたたちには、クリスタルがあります」
「…あ」
ティーダが何か思いついた、というように声を発する。仲間たちの視線がティーダに集中した。
「クリスタルはコスモスの力の欠片なんだよな?だったら、これ、コスモスに還したら、コスモスどうにか出来るんじゃないっスか?」
そういえばそうだ、と仲間たちの顔にも納得の表情が広がる。しかしコスモスはこれにも首を振った。
「確かに、クリスタルは元は私の力の欠片。けれど、それはあなたたちの想いに反応して生まれたものでもあるのです。それはもう、私の一部には戻りません」
だからこそ再びあなたたちを喚んだの、と調和の女神は言った。
87
クリスタルはコスモスの力の欠片が召喚された戦士たち10人の想いに反応して具現化したもの。2年前、コスモスの死により消えかけた彼らを存えさせたのも、ただコスモスの遺した力のおかげなのではなく、云わばそれを大きく育てた彼ら自身の想いの強さがあってこそなのだと言う。
「イミテーションが出たのも、何か関係あんのか?」
「それは、文字通り主を失った駒。制御する者が消えた後も、徒に造り出され続けているのです」
イミテーションも湧いて出るわけではなく、どこかで造り出された存在だから、そのどこか、を見つけ出して止めればいい。言葉にすると簡単そうな話だが、何の手掛かりもないのだから骨の折れる仕事だ。
「それで、クリスタルの力でこの世界を止められるのは確かなのか?」
「絶対、とは言えません」
それもあなたたちに懸かっています、とコスモスは言った。
彼らの手許にある10のクリスタル。その力でこの世界の10箇所に楔を打って下さい、と女神は続ける。クリスタルに宿る女神の力、調和と秩序を司るその力が、無秩序に拡散しようとしているこの世界を一定の状態に保ち、他の次元への衝突を防ぐだろう、と。
しかしその10箇所が何処なのかは判らない。そして本当にクリスタルがそれだけの力を発揮できるのかも判らない。すべてはクリスタルを託された彼ら10人の心の強さに影響される。
「難しいお願いだと解っているけれど、この世界と、あなたたちの世界を救えるとしたらあなたたちしかいないの」
光のスクリーンが不自然に揺れる。あまり時間がないというのは本当のようだった。
「待って、コスモス」
ティナがコスモスに駆け寄るように仲間たちの前に出る。胸に手を当て、言いあぐねるように視線を彷徨わせた後、必死な様子でこう訴えた。
「わたし……わたし、もう戦えないの」
88
「どういうことなの?ティナ」
やはりと言うべきか、ティナの言葉に最も速く反応を示したのはオニオン。
「わたし、もう魔導は使えないの」
ティナの世界では魔導の根源となる力が失われ、魔法を扱える者はもういないのだという。魔力に優れ、その力で以て2年前の戦いを乗り切ったティナだが、魔法を使えなければ戦力にはなれない。
「ほんとは2年前にもその状態だったはずなんだけど、あの時は何故か魔法が使えて…。でも、今は何も感じないの。これじゃ、みんなの足手纏いになる…」
「そんなことないよ!」
オニオンがティナの傍で胸を張った。
「コスモスは、この世界を止める為に僕達を喚んだんだ。戦うためじゃないよ。イミテーションの相手ならティナの分も僕がするから大丈夫。言ったでしょ、僕が守る、って」
2年前の言葉を持ち出すオニオンに、ティナの表情も少し解れる。あの時はティナよりも小さく、見下ろしていたはずの少年はこの2年の間に成長し、今ではほんの少しだけ見上げなくては目線が合わない。
「ネギだけじゃないぜ」
レディを守るのは男の本分だろ、とジタンも胸を叩いた。
「ありがとう」
ティナが微笑んで頷くと、今度は素朴な疑問をバッツが口にする。
「でも、なんで2年前は魔法使えたんだろうな?」
隣りに立っていたフリオニールも「何故だろうな?」と首を傾げた。
「それも、大いなる意思の制御に依るもの」
実験にはコスモスとカオスの戦力を均等にすることが必要だったため、この世界独自のシステムを構築して「駒」の能力に制限を加えたのだ。彼らが本来の世界にいる時に出来たことが出来なかったり、逆に出来なかったことが出来たりしたのはその所為だったのだという。
「今のこの世界には制限がありません。あなたたちは、本来のあなたたちの戦い方が出来るはず」
そこまで言うと、コスモスの姿が急激に薄れる。
「コスモス!」
「…頼ってばかりでごめんなさい。どうか…お願いね」
消えかけた光のスクリーンから最後に聞こえたのは、コスモスのそんな言葉だった。
89
光が消え、クリスタルがそれぞれの手に収まると仲間たちは焚き火を囲んで次の行動を話し合う。
「手掛かりは何もなし…。ま、クリスタルを探せって言われたときとおんなじだと思えばいいよな!」
当てのない旅が得意、と言ってのける生粋の旅人であるバッツの言葉は前向きで明るい。
「1人1箇所ずつ楔を打ち込むか…。てことは…」
「……」
嫌な予感がする、とスコールが眉間に皺を寄せたが、それに気づかず、ジタンはバッツに向かって言い放つ。
「どっちが先に楔を打ち込むか競争だな!」
「おーし、今度もおれが勝つ!」
「何言ってんだよバッツ、クリスタル見つけたのはオレの方が先だろ!」
「いいや、おれの方が早かったね」
「……(少しは成長したらどうなんだ…。それとも変わらないことが美徳だとでも言うのか?)」
額に手を当てて溜息を吐いたスコールを尻目に、ティーダも手を挙げた。
「オレも競争参加するッス!」
「お、新たなライバル登場だ」
「全然変わんないよね、3人とも。ちょっとは大人になったら?」
「なんだよネギ、お前も参加するか~?」
「嫌だよ、そんな子供っぽい競争」
「とかなんとか言って、実はビリになんのが嫌なんだろ~?」
「なっ!馬鹿言わないでよ、負けるわけないだろ!」
「じゃ、ネギも参加な」
「いいよ、後で泣き見てもしらないからね!」
「お前たち、遊びじゃないんだから…」
「真剣だぜ、オレたちは。な?バッツ」
「そ。真剣に楽しむのが旅の基本だ」
「のばらも参加するッスよ!」
「ええ!?俺もか!?…というより、のばらって呼ぶな!」
頭を抱えそうな様子で溜息を連発しているスコールの横で、あっという間に競争参加者は5人に膨れ上がる。
「楽しそうでいいね」
セシルとティナは微笑ましくその様子を見ているし、クラウドと、意外なことにライトもこの騒ぎを止めようとは思っていないらしい。スコールも同じ境地でいられればよかったのだが、残念ながら、彼にはそういかない事情があった。事の発端がバッツとジタンである以上。
「勿論、スコールも参加するよな!」
ほら、来た。
「…いや、俺は…」
「絶対負けないからな~!」
こういう場合問答無用で巻き込まれるのだ。2年前に何度も経験したそれが、やっぱり繰り返されるのか、とスコールはもう1度最大級の溜息を吐いたのだった。
90
一通り騒ぎが落ち着いたところで、ライトは腕を組んで改めて思案する。これから自分たちはどう行動すべきだろう。
「1つだけ決まってるのは、目的地を定めて歩かない、ってことだよね」
そうセシルが言う。
制限が解除されたこの世界がどれ程の広さを持っているのかは判らないが、とにかく歩き回らなくては楔を打つ場所、というものも判らないだろう。その場所へ行けば自ずとクリスタルが反応するものなのかどうかも定かではないが、そこに辿り着けばどうにかなるのだと信じて往くしかない。
「問題は、分かれて動くか全員で動くか、だな」
クラウドの言葉にライトも頷いた。
2年前、クリスタルを求めてこの世界を歩いた際は、カオス側との総力戦に敗れ散り散りに飛ばされたところからのスタートだったから必然的に複数のグループに分かれての行動になったが、今回は選択権は自分たちにある。10箇所に楔を打ち込む、とすれば分かれて行動した方が効率的か。しかし。
「全員で行動しよう」
ライトはそう決断する。
フリオニール達の話からすると、イミテーションは数だけ多く1体1体の力は大したことないようだが、それがすべてかどうか現時点では判らない。ティナのように最早戦闘力を持たない者もいるし、不測の事態に備え互いにフォローできるよう纏まって行動すべきだろう。分かれて行動するのは暫く世界を歩いてみて危険はないと判断できてからでもいいはずだ。
「了解ッス」
ライトの決断に仲間たちは同意を示す。
「おっしゃ、じゃあ食事の準備しようぜ」
ジタンが意地でも放すまいと死守してきた食材を指差した。
「しっかり食べて、寝て、明日から動き出すってことでいいよな」
バッツの言葉に、全員頷いたのだった。
91
翌日から、ひたすら移動する日々が始まった。最初は、まだ完全には自在に体を動かす感覚を取り戻していないスコールを慮ってゆっくりと、まるで散歩のように。スコールが完全に復調してからは、主に一部の者たちがピクニックで走り回るが如く。
目的地を定めず動けば、お馴染みの空間変異は次々と2年前には全く知ることのなかった場所へと10人を連れて行った。そこは、全員が全く心当たりのない場所であることもあったが、大概の場合、誰かの世界の断片であることの方が多かった。
1度、クラウドの世界の断片であるらしい、ゴールドソーサーと呼ばれる屋内型遊戯施設に出た時などは、遊園地、というものを初めて見た連中が黙っているわけもなく、バッツやジタンは本来の目的などそっちのけで遊び出し、オニオンもティナの手を引っ張ってあちこち回り、いつもは手綱を握る側であるはずのフリオニールやセシルまで目を輝かせていた。元々遊園地を知っているはずのティーダも一緒になってはしゃぎまわっていたとか、さりげなくクラウドがスノーボードゲームから離れなかったとか、何故かライトが延々と観覧車に乗り続けていたとか、「俺は子供の引率係か」とスコールが眉間にそれはそれは深い皺を寄せる光景が展開された。
イミテーションと遭遇することも数回あったが、数だけは辟易するほど多いものの、特に危なげなく撃退することができるレベルのものばかりで、概ね彼らの道中は安泰と言っていい。後は早く1つ目の楔を打つ場所が判明することを願うばかりだ。何しろ、クリスタルの力を育てる、その力で楔を打つ、と言っても具体的に一体何をすればいいのかさっぱり判らないのだ。とにかく1つ目の楔を打たない限りは効果的な具体策も採りようがない。
そろそろ何かしら次の展開が起こって欲しいと思い始めていた頃だった。
その日3度目の空間変異。
彼らの目の前に現れたのは、どこかの洞窟らしき景色。ここは自分の知っている場所ではないな、と仲間たちが首を振る中、
「雪原の洞窟だ…」
呟いたのはフリオニールだった。
92
「ここはフリオニールの世界の断片なんだね」
「ああ…」
フリオニールは辺りを見回しながら頷いた。記憶の中にある景色とそっくりそのままというわけではないが、それはこの世界のどの空間にも言えることで、この世界に集まっているのは飽く迄も元の世界を写し取った断片に過ぎない、ということなのだろう。
「とりあえずここも歩き回ってみようぜ」
ジタンがさっさと歩き出す。仲間たちもそれぞれのペースで歩き出すが、洞窟という地形の都合上、縦に長い隊列になるのは致し方ない。敵に襲われた時のことを考えると、望ましくない隊列だが、そういう時に限って敵というのは現れるものなのだ。
「また、たくさん来ちゃったなあ」
のんびりと言いながらも油断なく剣を構えたセシルの後ろで、同じく剣を手にしたライトが指示を飛ばす。
「走れっ」
狭い洞窟内で一方からイミテーションの大群に襲われても、全員が応戦することはできない。精々3・4人がいいところで、後の者は敵とは反対方向に走って少しでも広いスペースを確保するしかないのだ。
「走るのはいいけど、のばら~、この先行き止まりだったりしないっすよね!?」
「だからのばらって呼ぶなよ…。記憶通りなら行き止まりじゃないはずだが…」
「だが?」
「大階段だったと思う…」
「うわぁっ」
フリオニールの言葉と、そのフリオニールを振り返りながら先頭を走っていたティーダがその大階段で足を踏み外したのはほぼ同時。
「平気か!?」
「よっと。こんくらい平気ッスよ」
それでもプロスポーツ選手の身体能力は伊達ではないのか、うまく着地を決めたティーダが勢いに任せて階段を降りていく。フリオニールは立ち止まって体を壁に寄せ、仲間たちの方を見た。その横をクラウドが駆け降りる。
「さあ、こっちだ!」
ティナとオニオンがフリオニールの横を通り過ぎ、続いてバッツとジタン。イミテーションの相手の為に残ったセシル、ライト、スコールの3人が心配だが、彼らの強さならばまず問題ないだろう。幅の狭く長い洞窟に密集するイミテーション相手ならば、特にスコールのブラスティングゾーンが凄まじく効果的に違いない。
そう考えてフリオニールも階段を駆け降りる。が、後数段で降りきる、というところで背後で突然大きな音が響いて驚いて振り返った。
「どっから出てきたんだよ、あんなもん」
ジタンが驚いたというよりは唖然とした様子で呟く。それもそのはずで、どう見たって先刻までは何もなかったはずの空間から、階段の幅ギリギリの丸い大岩が出現し、彼ら目掛けて転がり落ちてくるのだ。
だが、それ自体は階段を降り切ってしまっていれば容易に避けられるもので、誰も不安など抱いていなかったのに。
「フリオ!」
後数段を残して背後を、迫り来る大岩を振り返ったまま、何故かフリオニールが動かない。
「ヨーゼフ…」
フリオニールの口から洩れた呟きは誰にも聴こえなかった。
「何ボーッとしてんのっ!?」
大岩がフリオニールを押し潰す寸前、オニオンが彼の背に飛びつくように引き倒した。そのオニオンの腕を掴み、バッツが2人を階段脇の道へと自身も倒れこむように引っ張る。
「フリオ!ネギ!バッツ!!」
大岩が壁に激突する凄まじい音と、ティーダの叫びと、ティナの悲鳴が同時に響いた。
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「では、岩を砕いた時には既に彼らの姿はなくなっていたのだな?」
ライトが確認の為に聞いた話を反芻する。
「ああ。確かに3人は岩の向こう側に避けた。間一髪だったが間に合っていたのは確かだ」
クラウドが頷きながらそう返した。
イミテーションを片付けて先に行かせた仲間と合流すべくライト、セシル、スコールの3人が大階段を降りてきたとき、そこにいたのはクラウド、ティーダ、ティナ、ジタンの4人だった。そして何かあったのかと事情を尋ねて今に至る。
「岩で道が塞がれてたって声くらいは聞こえるし、何も言わずにヤツらがどっか行っちまうなんてありえないよな」
ジタンが両腕を組んで首を捻る横で、セシルやティナも困惑気味に頷いた。
「とりあえずは、ここで様子を見てみるしかないんじゃないのか?」
そう言ったのはスコールで、それに全員が同意して、彼らがいたはずの方向を見遣った。
一方で、その行方不明3人組はといえば。
「どうすればいいんだよ…?」
「おれに訊かれてもなあ…」
オニオンとバッツが小声で互いを突きあう。2人の前には、未だ呆然とした様子のフリオニール。
迫り来る大岩を前に何故か動かないフリオニールを咄嗟に2人の連携で助けたまではよかったのだ。岩が階段を縦線とするT字路の壁に突き当たり派手な轟音を立てるのも、その向こうから微かにティーダが自分たちの名を呼んだのも聞こえた。なのに、土埃が漸く治まって立ち上がり辺りを見回した彼らの目には、あるべき景色が映らなかった。
「なあネギ、異世界喚ばれて更に異世界飛ばされるって、アリ?」
「…ナシ、って言いたいけど、空間変異のレアバージョンみたいなものかもしれないよ」
「それにしたって、いつもと違いすぎないか?」
そうなのだ、彼らがいるのは、酷く暗い空間だった。何処に光源があるのか判らないが辛うじて互いの姿は見えている。しかし、見える範囲には何もなく、物音1つ聞こえない。
「とにかく、出来る事からやってみたほうがいいと思うんだ。…フリオに、しゃんとして貰わなきゃ」
オニオンの視線がフリオニールへと向けられる。バッツも同感、と頷いてフリオニールに近づいた。
「…フリオニール~?聞こえてるかー?おーい?のばら~?」
フリオニールの顔の前でひらひらと手を振りつつ声を掛け続けること数十秒。漸くフリオニールの視線がバッツに合う。
「バッツ……オニオンも、どうした?」
「それはこっちのセリフ!そっちこそどうしたって言うのさ?僕とバッツが助けに入らなかったらフリオは大岩に押し潰されてたんだよ?」
オニオンに言われて思い出したらしい、フリオニールがすまん、と俯く。
「まあ、無事だったからいいってことで!な?」
バッツが明るくフォローを入れ、それから少しだけ表情を改めた。
「でも、ほんとにいきなりどうしたんだ?さっきまでおまえ普通だっただろ?」
その問いに、バッツの後ろでオニオンもうんうんと頷いている。フリオニールは答えあぐねていたようだが、やがてこう言った。
「見たことある、シーンだったんだ」
94
フリオニールの世界で、彼が経験した戦い。その道中、雪原の洞窟で倒した敵の最後の足掻きで発動した大岩の仕掛け。それを食い止め、フリオニール達を逃がし、彼らに娘を頼むと言い残して死んだ仲間がいた。
「ヨーゼフっていう、頑固そうな男で、義理堅くて、娘のネリーのことを可愛がってて…」
フリオニールの言葉に力はない。当時のことを思い出せばそれも当然だ。
「まるっきり、あの時の光景と一緒で…。ヘンだな。岩が迫ってるのに、ヨーゼフの姿が見えた気がしたんだ」
そうしたら、迫ってくるはずの岩が止まって見えたのだとフリオニールは言った。
「自分にもっと力があればって、後悔してるの?」
「そのときのこと吹っ切れてないのか?」
オニオンとバッツが問う。仲間の死、というものに、彼らも思うところがあるのだろう。
「そうじゃない。そうじゃないんだ。ヨーゼフだけじゃなくて、旅の途中で俺達を先に行かせる為に死んだ奴らは他にもいて…。でも、あいつらに託された想いは果たした。それに、だからこそ俺は夢を持った」
「のばらの咲く世界?」
「ああ。あいつらがどんなに崇高な想いでその身を犠牲にしたんだとしても、ネリーのように哀しみを抱えていかなきゃいけない人がいる。そんなことが2度と起きないように、平和な世界を作りたい」
それは、フリオニールが仲間の犠牲という事実を受け止め乗り越えたからこそ持てた夢。
「でも…、あ、ゴメン、気を悪くしないで欲しいんだけど…」
オニオンが言い難そうに前置きする。
「構わないさ、言ってくれ」
「うん。…でも、ここでそうやって幻を見たっていうのはさ、フリオの中にまだ何か蟠りがあるってことなんじゃないかと思うんだ」
「その蟠りを消したら、それが本当に乗り越えた事になる、ってことか」
「推測だけど、ね」
オニオンが珍しく自信なさそうに言った。2年経っても生意気そうな言動は相変わらずだが、決して無神経ではないオニオンは、フリオニールの心の傷とも言うべき過去の出来事に言及することに躊躇いがあるのだろう。
「蟠り…」
フリオニールは考え込む。自身では乗り越えたと思っていた仲間の犠牲。
彼らに託された想いを受け止め、そしてその念願を果たして世界は平和になった。そして2度とあんなことが繰り返されないよう、生き残った人々が笑顔で日々を送れるよう、今もフリオニールは努力している。きっと、ヨーゼフも、それだけではない、あの旅の途中で散っていった、スコット王子やシドや、ミンウにリチャードたちも、今の世界を見て、そしてフリオニールの夢を知って、喜んでいるはずだ。
なのに、一体どんな蟠りがあるというのだろう。自身の心のことなのに、フリオニールには見当がつかない。
「言いたいこととか、ないのか?」
バッツがそう助言をくれる。
「言いたいこと…」
「…そういう時ってさ、大抵突然だったりするだろ?そんなことになるなんて考えてもなくて、だけど突然仲間がいなくなる」
そう言うバッツにも、同じような経験があるのかもしれない、とフリオニールは思った。バッツの眼に真剣で哀惜に満ちた色が浮かんでいたからだ。
彼らに言いたいこと。それはなんだろう。
皇帝を倒し、世界は平和になったこと?
彼らが愛した人達は皆、元気に暮らしていること?
そうじゃない。そんなことはきっと言わなくとも彼らには伝わっているはずだ。
そんなことではなくて、彼らに言えなくて、けれど1番言いたかったことは…。
「…ばかやろう」
無意識に、ポロリと言葉が出た。オニオンとバッツが訝しげにフリオニールを見る。
「格好つけて、後は頼むと勝手に言いたいことだけ言って、後に残された者がどんな想いをするのか解ってないわけじゃないだろうに、都合よく無視して。ふざけるなっ!」
段々とトーンの上がっていく声は、最後には怒鳴り声に近かった。普段そこまで声を荒げることをしないフリオニールには珍しいと言っていい。
「俺は、許さないからなっ!」
そうだ、こう言いたかった。勿論、彼らの犠牲で今の自分があるのは承知していて、感謝もしている。彼らの犠牲がなくては、皇帝を倒すことは為し得なかった。そう、自分を納得させていたけれど。
「自分の1番大切な人達を哀しませたお前たちを、英雄だなんて、思ってやらんからな!」
本当は、打倒皇帝の立役者と人々が賞賛してくれた自分などよりも、彼らの方が遥かに英雄と呼ぶに相応しいと思っているが、フリオニールは敢えてそう言った。
その時、フリオニールの前に出現したクリスタルが眩い光を放った。
95
「なんでクリスタルが…」
突然のクリスタルの出現に驚く3人。しかし、眩く輝いているのは紛れもなくフリオニールのクリスタルだ。
「クリスタルは、僕たちの心の強さに影響される…」
オニオンが呟く。
「それって僕たちの心の動きにクリスタルが反応するってことだよね」
「じゃあ、これはフリオの心に反応してるってことか?」
「わかんないけど…。でも、フリオが無意識にずっと溜め込んでた想いを吐き出す事で、なんて言うんだろ、心の中が整理できたらその分、クリスタルも綺麗になるんじゃないかな」
「自分の心ん中を掃除すると、クリスタルも磨かれるってことか」
バッツの表現にオニオンが頷いた。2人の会話を聞きながら、フリオニールはその眩い光を食い入るように見つめている。
ずっと、尊い犠牲を払ってくれた仲間たちに対して、責めるような事を考えてはいけないと、無意識に思っていたのかもしれない。彼らの行動で哀しむ人達がいる、そんな人がもう2度と生まれないようにと夢を抱いたことで、乗り越えたつもりでいたけれど、それだけじゃいけなかったのだ。ちゃんと怒ってやるべきだったのだ。いつの間にか犠牲を払ってくれた彼らを神聖視していたのかもしれない。でもそうではないのだ。だって彼らは大切な仲間だ。ちゃんと自分の想いを伝えるべきだったのだ。たとえ、彼らの姿が見えなくても。
「俺は、お前たちのしたことを、そう簡単に許してはやらんからな。…いつか、お前たちに再び逢えた暁には、まず説教してやるから覚悟しとけよ。それから…」
光の向こうに、懐かしい仲間たちの姿が見える。彼らは「覚悟しておく」というように苦笑いしていた。たとえそれが自分の眼に映る幻だとしても構わない。きっと伝わっていると、何故か信じられるのだ。
「それから、それでもやっぱり、お前たちを仲間と呼べることを、誇りに思うよ」
まるでその言葉が合図だったかのように、クリスタルから一条の光が伸びた。光は矢のように真っ直ぐに暗闇へと突き刺さる。
パリン、とガラスが割れるような音を彼らは確かに聞いた。バラバラと暗闇の世界が崩れていくのが判る。
「フリオニール!バッツ!オニオン!」
暗闇の壁が崩れたそこでは、この異世界の仲間たちが驚いた様子でこちらを見ていた。
96
クリスタルの光は真っ直ぐに、一見何もないただの空間に突き刺さり、やがて消える。
だが10人には漠然とその光こそが楔なのだと感じ取ることができた。
一体何が起こったのかと説明を求められ、起こった出来事と彼らの推測を仲間たちに話す3人。
「心の蟠りを解消することが楔を打つことに繋がる、か…」
「俺の場合はそうだった、というだけだから、全員が当て嵌まるのかは判らないぞ」
フリオニールの言葉に、全員が唸ってしまう。1つ目の楔が打てれば、具体的な行動指針も出来るかと思っていたのだが、どうもそうはいかないようだった。
「やっぱり、あちこち移動するしかないんスかね~?」
「それしかねぇよなぁ、やっぱり。…て、あれ?」
「どうした?ジタン」
何か疑問を感じたらしいジタンにクラウドが声を掛ける。と、ジタンはビシッとフリオニールを指差した。
「俺がどうかしたか?」
突然指差されて訳が判らないフリオニールが驚き気味に訊くと、ジタンが大きく頷く。
「てことは、フリオが1番乗りで勝ちってことだ」
「あ、ほんとだ」
「なんだよ、乗り気じゃない振りして勝ち掻っ攫うとかずるいっスよ」
「お前たちな…」
フリオニールが苦笑いしながら歩く後ろで、今度は俺が勝つ云々とまた賑やかな会話が始まる。
結局歩き回るしか打開策はないようだが、フリオニールの件でとりあえずは、楔を打つべき場所に出れば何かしら起こるのだろうという推測だけは立てられた。本当は競争も何も、ランダムに起こる空間変異で出た場所次第なのだから、全くの運でしか勝敗は決まらないのだが、そんなことはバッツたちも承知の上でじゃれているのだろう。
それからまた暫くは、無作為にあちこちを移動する日々が続いた。
その日、最初の空間変異でやってきたのは、広大な森だった。
「…ムーアの大森林だ」
そう言ったのはバッツで、一行は彼に案内されるまま、森の中心部までやってくる。
「エクスデスってさ、ここの木だったんだぜ」
バッツはそう言うと懐かしそうに辺りを見回した。
97
「…で、なんでまたこうなっちゃうわけ?」
オニオンがうんざりしたように言う。
「運が悪かった…から、か、な…」
フリオニールがははは、と乾いた笑いを浮かべる。
「今度はおれの番ってことなのかなあ」
バッツは他人事のように呟く。
何処に光源があるのか判らない薄ぼんやりとした空間には憶えがある。フリオニールが楔を打った時と同じだ。…暗闇に取り残された面子まで。
「僕、しばらくはフリオとバッツには近づかないことにするよ」
オニオンが恨めしそうに言った。
ムーアの大森林を写し取った世界で、バッツが彼の世界の思い出を語っていると、突然火の手が上がったのだ。導火線を辿るように10人目掛けて迫った炎を左右に分かれ避けた結果、気づいたらバッツとフリオニールとオニオンは何だか見覚えのある暗闇に居たというわけだ。
「しかし今回はどうすればいいか何となく見当はついてるんだし、な?」
フリオニールが宥めるように言うと、オニオンの視線がバッツへと移る。
「いや、て言われても、おれの蟠りなんて別にないぜ?」
「ないと思っててもきっとあるんだよ。ていうか、なくても作って、さっさとこっから出してよ」
「オニオン、お前無茶ことを言うな…」
フリオニールが苦笑いする横で、バッツは懸命に考えこんでいる。
「俺のときみたいに…誰かに何か言いたかったこととか、ないのか?」
「うーん…」
あるといえばあるし、ないといえばない。かつて過ごした戦いの日々の記憶を思い返しながらバッツは首を捻った。
フリオニールと同じように、バッツにも、自分たちに後を託して逝ってしまった者たちがいる。けれど、フリオニールと違いバッツは、とっくに彼らの行動に対する怒りは言葉にしたし、消化もした。それに、ガラフにゼザにケルガー、彼らは道半ばにして斃れたというよりは、人生の終盤に於いて彼ら自身が自らの最期の在り方を選択した結果だという印象を持っていた。
「言いたい事……聞きたいこと?」
そうだ、自分が言いたいのではなく、聞きたい相手ならいた。
「おやじ…」
「え?」
フリオニールとオニオンが聞き返す。
「おれ、おやじに会いたいんだ」
バッツはそう言った。
98
バッツの物心がついた頃には既に頻繁に旅に出ていた父親。母親が亡くなってからは、バッツも一緒に旅してまわった。旅の心得も、野宿に必要な知識も、剣の扱いも、すべて父であるドルガンから教わったものだ。たった2人で世界中を長年に渡り旅するのだ、普通の家庭の父と息子よりも、遥かに多くのことを話したと思う。けれど、父が何故旅して廻るのか、教えてもらうことはなかった。何故旅をしようと思ったのかと訊いたことなら何度かあるけれど、父は具体的なことは何も答えてくれなかった。
父であるドルガンが、ガラフ達の仲間であり暁の4戦士と呼ばれる内の1人だったのだと聞いた時の驚きと言ったらなかった。
「おやじ、どう思ってたんだろうって、訊きたかったんだ」
世界を旅して廻れ、と言い残して死んだドルガンは、息子であるバッツに後を託すつもりでいたのだろう。しかしだったら何故、もっと具体的に教えてくれなかったのだろう。知っていたら、絶対に何かが出来たなどと己惚れるつもりはないが、もっと犠牲を少なくできた可能性も否定できない。火・水・風・土の4つのクリスタルがある意味を理解していれば、エクスデスの封印が解かれずに済ませられたかもしれない。そうすれば、命を落とさずに済んだ人たちがいる。
「なんで、言ってくれなかったんだよ?頼んだぞって、言ってくれたら、おれ…」
バッツは言う。いつの間にか、何もなかったはずの空間に父親の姿が見えているのだ。それはバッツの思い込みによる幻のようでいて、そうではない。絶対に、バッツが1番会いたいと思った相手はここにいる。何故だどうしてだと訊かれても答えられないが、ここはそういう空間なのだ、と感じる。
けれど、ドルガンは黙ったままだ。ただすまなそうにバッツを見るだけで言葉を発しようとはしない。
やはり、答えてはくれないのか。
本来の世界とは違う世界にエクスデスを封印したことに責任を感じ、自ら故郷に戻る道を諦め封印を見守ることを自らの責務とした父が何故、はっきりと自分に託すことなく逝ってしまったのか。
それはバッツの中でずっと燻っていた疑問だったのに。父の想いを自分はちゃんと受け止めてやれたのだろうかと、気になっていた。
「少しだけ、想像できる気がするよ」
オニオンが言う。
「俺もだ」
フリオニールも頷く。
フリオニールもオニオンも、孤児で実の親の顔を知らないが、血縁がないことなど感じないくらい彼らを慈しんでくれた養い親がいる。彼らの表情や眼差しを思い返したら、きっとバッツの父親だって同じだろうと想像できた。
「子供にさ、重荷を背負わせたくないって、親だったら皆思うんじゃないかな」
オニオンは育ての親であるトパパやニーナの顔を思い浮かべる。「わしらのことは気にせずに、お前の進みたいと思う道を選びなさい」と、そう言ってくれた育て親。
「バッツの親父さんも、複雑だったんじゃないか?」
フリオニールもそう言った。世界を思えば息子に後を託し責務を負わせるしかない。しかし1人の親として、自らの子供として生まれ着いてしまったが故に本人には何の責任もないはずの重荷を背負わせて子供の人生の選択幅を狭めてしまうのはあまりにも心苦しい。
2つの想いに揺れた結果が「世界を旅して廻れ」だったのだろう。何事もなければそのまま自由に生きて欲しいと、そう願っていたのではないか。
「そう…なのかな。おれは、おやじの想いを、ちゃんと受け止められたか?」
バッツの言葉に、暗闇に浮かんで見える父が顔を綻ばせた。
当たり前だ、バッツ。息子が己の残してしまった荷物を引継ぎ、果たせなかった大義を果たしてくれた。親としてこんなに嬉しいことはない。
ドルガンの声が、バッツの胸に響く。
「そっか。だったら、いいんだ」
穏やかな声でバッツがそう言ったとき、胸の前に現れたクリスタルが眩い輝きを放った。
魔女っ子理論71~84
71
眠るスコールの体を、ライトが両腕に抱え上げる。10人揃って異世界へと戻る時が来たのだ。
「コールドスリープですから、筋力の衰えなどはないですが、2年近く眠ったままでしたからすぐには機敏に動くことはできません。少し慣らしてあげてください」
「承知した」
ライトが頷くと、シドは視線をスコールへと落とした。
「私はいつだって君にたくさんのものを背負わせてきました。…何も知らない君に、運命だと言ってね。許してほしいとは言いません。ただ、君の幸せを願っています。君はもう、伝説のSeeDでも魔女でもない。君が背負うべきものは、世界ではなく、君を愛する人たちの想いだけですよ」
「お行きなさい、運命の子。あなたの運命の外へと。そして、どうか幸せになってね、私の愛しい子。『まませんせい』と呼んで私の手を握った小さな男の子の幸せをずっと祈っています」
シドに寄り添ったイデアが優しい声で言う。クレイマー夫妻の次にスコールの前に立ったのはゼル。
「オマエに頼りっぱなしだったし、後は任せとけよ。この物知りゼル様でも知らねぇモンたくさん見てこいよな!んで、いつか…いつか、オレの墓の前で報告でもしてくれよ」
最後は涙声で不明瞭になったゼルを押しのけて、セルフィが立つ。
「はんちょに言うといて。ウチらのこと、全然思い出さんでもかまへんよって。ウチらのこと気に掛けんといてくれた方がええねん。はんちょに、幸せになってほしいんやから」
そのセルフィの肩を抱いて、アーヴァインも言う。
「君が僕らを思い浮かべなくたって、僕らはちゃんと君を憶えてるから大丈夫。…迷った時はいつだって君の声を思い出すんだ。『アーヴァイン・キニアス!』って、叱られたあの声を思い出すんだよ。これからもずっとね」
「あなたはずっと手の掛かる弟みたいで、手の掛かる教え子で…。一足早いけど、ガーデン卒業ね。…悩んたり迷ったりしたら、ずっと自分で抱えてないで、吐き出しなさいよ?それこそ、壁にでも話すとこからでもいいわ。言葉にしなさい。先生からの最後のアドバイスよ」
キスティスが、時折声を震わせながら、それでも気丈な様子でそう言うと、壁際に立っていたサイファーを「ちょっと、あなたも何か言うことないの?」と引っ張ってきた。そのサイファーは、眠るスコールの顔を不機嫌そうに見ると、すぐに背を向ける。
「…余計な荷物なんざ、もう持つなと、そのバカに言っとけ」
再び壁際に戻ってしまったサイファーに、キスティスが「…もう」と溜息を吐く。
「ラグナ君のことは心配しなくていい。彼は基本的にどんな環境でも生きていける男だ。腐れ縁の我々が野垂れ死にだけはしないよう見張っておくよ」
「………」
「『毒を食らわば皿までと言うからな』とウォードも言っている」
「おまえらな…」
キロスとウォードの言葉に情けない顔をしたラグナは、暫しの逡巡の後、眠るスコールの手を軽く握った。
「ずっとおまえに言いたかったことがあるんだ。…おまえは、オレの大事な大事な、自慢の息子だよ。生まれてきてくれて、ありがとう、スコール」
「私の後をずっとついてた小さなスコール。私の大切な弟。私がいなくても、本当にあなたはたくさんのことを1人で出来るようになったね。…でも、忘れないでね。スコールは1人ぼっちじゃないわ」
エルオーネも、1度軽くスコールの手に触れてそう言う。
最後に、リノアが彼らの前に歩み出た。彼女はライトの隣りに立っていたフリオニールに、黒いケースを渡す。その独特の形から、それがガンブレードだと判る。
「スコールに伝えて。約束、忘れないから。どんなに時間が経ったって、わたしは絶対に待ってるから、だから。いつか、スコールがスコールの時間を終える時が来たら、ちゃんと逢えるから。スコールは、スコールの時間を生きて、って。待ち合わせ場所、忘れないでねって」
「君達の想いは、必ず伝えよう」
ライトが力強く応えると、リノアも泣き笑いの表情で頷く。そして、1歩下がった。それが合図だった。
9人の前に現れたクリスタルが眩く輝き始める。眠るスコールの許にも、10個目のクリスタルが現れた。
眩い光の中、眩しそうに眼を細めながら、それでも最後の瞬間までスコールの姿を眼に焼き付けようとしている彼らの姿。それもまた、白く弾ける光の中で見えなくなる。
最後に聞こえたのは、甘く切ない彼女の声。
「また逢おうね。…さよなら、スコール」
72
光の収束と共に、彼らの視界に入ってきた景色は秩序の聖域だった。
とりあえずスコールの体を休ませる場所が必要だと、彼らは勝手知ったる手際の良さでテントの設営をする。
「相変わらず、テントとかどっからともなく手に入るのが不思議だよなあ」
「ホントだよなあ」
そんなことを言いつつ設営を終えると、スコールの体を横たえる。この間ずっと平然と彼を抱えていたライトの腕力は既に人間の域を超えている、と密かにジタンやオニオンが思っていたのは秘密だ。
作業が終われば手持無沙汰な9人は、なんとはなしにスコールを囲んで彼を見つめている。こんなに凝視されていては、さぞかしスコールが目覚めた時に驚くだろう。尤も、スコールにとっては目覚めること自体が本人の想定外なので、簡単に状況を把握できないかもしれない。
「スコール、なんて言うかな?」
「やっぱり、『どうして』とかじゃないか?」
「いきなり『俺に構うな』なんて言われたりしたらオレらどーするよ?」
「さすがにスコールもそこまでは言わないだろー」
そんな会話を交わしながら、スコールの目覚めを待つ。
やがて、スコールの瞼がヒクリ、と動いた。ほんの一瞬の、僅かな動きだったが彼を凝視していた9人がそれを見逃すはずもない。彼らの顔に歓喜と、そしてこれからスコールに伝えねばならないことを考えた時に感じる不安が入り混じった表情が浮かぶ。
そんな複雑な空気の中、ゆっくりと、スコールの瞼が持ち上がった。眼が光に中々慣れないのだろう、何度も何度も瞬きを繰り返し、ようやく視線を周囲の景色に合わせた次の瞬間、その眼が驚きにこれ以上ないと言う程丸く見開かれた。
「おはよう、スコール」
覗き込んだティナがにっこり笑う。
「な…、ん、で…」
約2年ぶりに動かす喉はうまく動かず掠れた声をようやく搾り出した。
「無理しないで、スコール。久しぶりに動くんだから」
セシルが柔らかい調子で言うと、そこで急速に脳が活動し始めたのだろう、スコールは飛び跳ねるように起き上がろうとして、思うとおりに体を操れず上半身のバランスを崩して倒れこみ、背後にいたフリオニールに支えられる。
「スコール!」
フリオニールがスコールの体をもう1度横たえようとするが、スコールは逆にそのフリオニールの腕を掴むとそれを支えに乗り出すようにして掠れた声で叫んだ。
「どうして俺はここにいる!?…リノアはっ!?他のヤツらは!?」
73
スコールの言葉と、そして射抜くような視線に、彼らは一瞬黙り込んだ。怯んだわけではない。ただ、あの物静かなスコールがここまで激昂したことで、彼が彼の大切な人たちをどれほど強い想いを以て護ろうとしていたのかを感じ取ったのだ。約2年ぶりに目覚めて、殆ど状況も把握出来てはいない状態で、それでも真っ先にリノアや他の仲間たちの状況を案じる言葉が出てくる。それはスコールが眠りに就くその瞬間まで、彼らのことを案じていたからだろう。
一瞬の間に、スコールは2年前異世界へと喚ばれた時のように抗えない力で無理矢理ここへと来た可能性に思い当たったのだろう。「アンタたちに訊いても、わからないか…」とまだ掠れ気味の声で言った。
「いいや、スコール。我々は君の世界へと赴き、君の仲間たちと出会い、そして彼らに君を託されてここにいる」
ライトが真っ直ぐにスコールを見据えて口を開く。
「…説明してくれ」
ある日クリスタルが輝いてこの異世界へと再び喚ばれたこと。そこにはクラウド、スコール、ティーダの3名の姿が欠けていたこと。こちらへ来れない事情があるなら手助けしようと決めたこと。クリスタルと、それぞれの世界で彼らの助けを求めていた者たちの力を借りて、まずティーダを、次いでクラウドを、最後にスコールを迎えに行ったこと。バラムガーデンからエスタへと行き、そこでスコールの抱えた事情をすべて聞いたこと。スコールの不在を誤魔化す措置は取られていること。
「だったら…さっさとこっちでの任務を終わらせて還らないと」
スコールはそう言う。「任務」という表現がスコールらしくて懐かしい、と仲間たちは思いつつ、彼に最も重要な事項を告げた。
「スコール。この世界で僕たちが為すべきことが終わっても、君を元の世界には還せないんだ」
「それが、君の世界の仲間たちとの約束であり、我々も含めた全員の総意だ」
「…どういうことだ?」
訝しげに仲間を見回すスコールに、仲間たちは、リノアやラグナたちがスコールに生きて欲しい、その一心で下した決断を伝える。
「何を馬鹿なことを…」
「馬鹿なことじゃないッスよ!スコールが自由に生きてけないって判ってるトコに、還すなんて絶対嫌だ」
「そんなこと、お前たちに関係ないだろう!?」
「ないわけないだろ!おまえが犠牲になるって判ってる世界に、黙って還らせるわけないじゃないか。おれたち仲間なんだぞ」
「俺の世界の事情を聞いたというなら、解るだろう。もし俺が消えていることが発覚したら、戦争だって起きかねないんだ。そうなれば真っ先にエスタと、バラムガーデンが…アイツらが攻撃対象になるんだ」
「だからって、スコールが全部背負って眠んなきゃいけないなんてオカシイよ」
「別に俺はそれで構わないんだ。放っておいてくれ」
「それは、あんたのエゴだ」
「…っ」
クラウドの冷静な指摘に、スコールが言葉に詰った。
「君が自分の時間や自由を捨ててでも彼女たちを護りたいと思ったように、彼女たちも危ない橋を渡ってでも君を自由にしたかったんだよ」
セシルが諭すように続ける。
「それに、俺達は彼女と約束した。お前をあの世界には還さない、と。約束は守る為にするものだろ」
フリオニールもスコールの上体を支えてやりながらキッパリとした口調で言った。
「しかし…」
まだ納得しない様子のスコールに、ティナが告げる。
「リノアさんが、あなたに、生きて欲しいって、言ってたよ」
その言葉に、スコールの眼が僅かに瞠られた。
74
「リノアが…?」
「リノアちゃんはオマエを自由にしたくて、オレたちをオマエの世界に呼んだんだ。オレたちなら、オマエをSeeDとか魔女とか関係ない処へ連れていけるんじゃないかって」
ジタンの言葉にスコールは黙る。恐らく心の中では目まぐるしいスピードで様々な想いが去来しているのだろう。
「スコールに伝えてって頼まれたメッセージ、全部ちゃんと伝えるから、聴いて?」
ティナが優しく言うと、スコールの視線が彼女を捉えた。沈黙は肯定だと受け取り、仲間たちは代わる代わる預かったメッセージを口にする。完璧にとはいかないが、できるだけ、一言一句に至るまで正確に伝わるように。
託されたメッセージの、言葉の隅々にまでスコールを案じる者達の想いが込められていると感じたから、その想いがちゃんと、スコールに伝わるように。
スコールは黙って聴いていた。シドの言葉、イデアの言葉、ゼルやキスティス、セルフィ、アーヴァインの言葉。サイファーの言葉を伝えたときは、僅かに驚いた様子を見せる。キロスとウォードの言葉、そして、ラグナとエルオーネ、リノアの言葉。
「おれ達の気持ちだっておんなじだ。スコールに、生きて欲しい」
すべての言葉を聴き終えても、スコールは黙ったままだった。自力で上体を起こしているものの、眠り続けた体はまだ辛いだろうにじっと俯いたまま反応を示さない。
仲間たちも、今この場でこれ以上スコールに掛けるべき言葉を持っていない。
痛いほどの沈黙の後、俯いたままのスコールがぽつっと言った。
「…1人にしてくれ」
彼らは、無言で顔を見合わせ、そしてライトが1つ静かに頷く。すぐに心の整理をしろというのは土台無理な話だ。10人が揃っても特に異変が起こった様子もない今ならば、スコールの心と体を落ち着かせる時間を取っても構わないだろう。
「僕たちは外にいるから」
セシルがスコールにそう声を掛けてテントを出て行く。他の仲間たちもそれに従った。
要望通り1人きりになったテントの中で、スコールは思う通りの機敏な動きをしてくれない自らの片足を抱え、膝に額を押し当てる。
「今更、だ…」
スコールの口から、途方に暮れたような呟きが洩れた。
75
仲間たちは言う。スコールがリノアを自由にしたかったように、リノアもスコールを自由にしたかったのだと。スコールが大切な人たちに平穏な生活を送って欲しかったように、大切な人たちもまたスコールに平穏な生活を送って欲しかったのだと。
スコールが眠りに就いた直後から、彼らは悩み、迷い、ずっと答えを出せずにいた。スコールを世界の畏怖から護る術が見つけられずに、どうすることもできずにいた。そんな彼らの希望の光が、異世界の仲間たちだったのだと。魔女もSeeDも知られていない世界でならば、スコールは自由に生きていけるはず。生きて欲しい、生きて幸せになってほしい、それだけを願ってスコールを託したのだと。
「そんなの…無理だ」
スコールの呟きは力ない。
本来の世界の仲間たちも、この異世界の仲間たちも、スコールがすべてを背負って犠牲になるなんて駄目だと言う。スコールが仲間を護りたいように、自分たちもスコールを護りたいのだと言う。けれど、スコールは知っている。自分の行動は、皆にそんな風に思って貰えるようなことじゃない。あれは、逃避、だ。
自分が魔女の力を継承したと知った時、確かに真っ先に考えたのは、これでリノアを自由にしてやれる、ということだった。けれどそれだけではない。完全な魔女の力。永遠にも感じる永い時を刻む命。それが自分の中に宿っていると確信して感じたのは、言い知れない恐怖だ。
俺はまた、1人ぼっちになるのか?
そう考えたときの、奈落へと落とされたような絶望感。無理だ、と瞬時に思った。
リノアを、仲間たちを、老いて生命を全うしていく彼らを、本来同じように時を刻むはずだった自分が見送って、そして1人取り残される。畏怖の視線に晒されて、1人きりで生きていく。
そんな結末の見えている道を、それでも歩んでいけるほど自分は強くない。
幼い頃の喪失感から、頑なに他人を拒絶して生きてきた自分に、もう1度人の温もりを教えてくれた大切な人たち。このまま生きていけば、あの喪失感をまた味わうことになる。
駄目だ。あんなの、もう耐えられないんだ。俺はそんなに強くないんだよ…!
あの喪失感をもう1度味わうくらいなら、醒めない眠りの中で何も感じずにいる方が遥かにマシだ。そうすれば、畏怖の視線に晒される事なく世界の平穏も保て、大切な人たちの安全も護れる。スコールにとって眠りに就くという選択は、これ以上ないほどの、ベストな選択だったのだ。
けれど、仲間たちは生きろという。自分が眠ることで、リノアたちはずっと迷っていたという。
エゴだと言われて言い返せなかった。解っていたからだ。自分の行動は、確かにリノアたちの身を護れたはずだが、彼らはそんなこと望んでいなかったのだと最初から知っていたからだ。
結局、俺は自分が傷つきたくないだけ、か。
スコールは投げ出していた片足も引き寄せて、両膝の間に顔を埋める。
強くなったと思っていた。仲間を得て、彼らを信じ、彼らに信じてもらう強さを得て。だから2年前のこの異世界でも、仲間を信じて独りで往く道を選べた。でもそれは、離れていても、確かに同じ時間に仲間が存在していたからだった。
皆が消えて…。想いだけ抱えて生きてくなんて真似、俺には無理だ。
元の世界に戻らなければ、畏怖の視線に晒されることはないだろう。1箇所に留まらなければ怪しまれることもない。でも、それだけだ。そうやって彷徨っている間に、リノアも、ラグナも、サイファーやキスティス達も、そしてこの異世界の仲間たちも、皆知らないうちに命を終えて、ただ1人残されるのだ。
もっと、強かったらよかった。仲間たちの想いに応えられるだけの、強さがあればよかったのに。
スコールがそう思って拳を握り締めた時、突然テントの入り口が開けられる。
「邪魔するぞ」
そう言って入ってきたのは、クラウドだった。
76
スコールが弾かれたように顔を上げれば、クラウドは遠慮なく傍まで来て座り込んだ。クラウドはどちらかというと思慮深く物静かで、こんな風に「1人にしてくれ」と言っているスコールの処に来るタイプではないと記憶しているから、その行動にスコールは驚く。
「お前に、言い忘れていたことがあった」
「言い忘れたこと…?」
まだ何かあるのかと警戒するスコールの様子に苦笑いしてクラウドは頷いた。
「スコールを元の世界には還さないと言ったが…」
「…」
「何処に連れて行くのかは言ってなかっただろう?」
そういえばそうだった、とスコールは思い出す。元の世界には還さない、それが元の世界とこの異世界双方の仲間たちの総意だと告げられはしたが、では自分はどこで生きろと言われているのだろう。まさかこの異世界を彷徨い歩けというわけでもないだろうし、スコールには行く当てなんてないのだ。
「あんたは俺の世界に連れて行く」
「…クラウドの?」
「ああ。あんたのところ程じゃないが、俺の世界も比較的技術の発達した世界だ。1番馴染み易いだろうと皆納得している」
そう言われて、スコールは2年前に異世界の仲間たちとの会話に苦労したことを思い出した。多くの記憶を失っていた自分だが、それでも知識として持っていたスコールにとって極々当たり前のものが仲間の多くには未知のものだったのだ。そんな中で、クラウドとティーダとは、そういう苦労を殆ど感じずに会話が出来た。その時にも、恐らく元の世界の文明レベルが近いんだろうな、と思った憶えがある。
「それと、最後までとは言えないが、俺はあんたの時間に付き合ってやれる」
「…え?」
意味を把握し兼ねたのだろう、キョトンと眼を見開いたスコールの表情が幼くて、クラウドは少し笑う。考えてみれば2年近くコールドスリープで眠っていた彼は、17歳のままなのだ。多少の幼さが残っていても当然だった。
「俺も、普通の枠からは食み出た事情があるということだ」
クラウドは、仲間たちにしたのと同じ説明をスコールにもする。スコールを自分の世界に連れて行き、永い時間を共有するうちに、いつかはもっと詳しい事情を話すこともあるかもしれないが、今のところは掻い摘んで話せば充分だろう。
「簡単にはあんたを独りになんてしないから、安心しろ」
そう言って、クラウドはポン、とスコールの頭に手を置いた。
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普段のスコールであれば、すぐさまクラウドの手を払い退けただろうに、彼は俯いたきりクラウドの手を退けようとしなかった。たぶん、様々な葛藤がスコールの中で渦巻いているのだろう。
柔らかい髪をくしゃっと撫でて、クラウドは手を離す。それでもスコールが顔を上げる様子がないから、まさかとは思うが泣いているのではあるまいな、と顔を覗き込んでみるが、さすがに泣いてはいなかった。
こいつがまさか泣いてるかも、なんて前は絶対に思わなかっただろうにな。
クラウドは心の中で呟いて苦笑する。エルオーネの力に依ってスコールの過去を垣間見たおかげで、スコールの印象が変わったことは否めない。本人に知れたらタダじゃ済まない気がするが。
そんなことを思っていると、俯いたままのスコールからポツリと声が洩れた。
「アンタは…」
「ん?」
「アンタは、なんとも思わなかったのか?」
何を?とクラウドは訊こうとして思い当たる。スコールが訊きたいのは「人より永く生きなければならないことが怖くないのか」ということだろう。
「そうだな…」
訊かれて考えてみる。どうだろう。怖いと思っていただろうか。
「…考えた事なかったな」
「…は?」
予想外の答えだったのだろう、思わず、と言った様子でスコールが顔を上げた。
「そんなところまで考えている余裕が俺にはなかった」
人より永い時間を生きる、それについて考えた事がないわけではない。けれど、クラウドにはそれ以前に越えなければならない壁があって、そちらの方に意識が集中しがちだったのだ。未来を考えるよりも過去に囚われていた。寧ろ人より永い時間は、過去の罪に対する罰なのだと意識するまでもなく捉えていた。
「許されたい、俺はそればかり考えていたからな」
苦笑いと共に吐き出された言葉に、スコールの眸が不思議そうに瞬いた。
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「俺を助けて死んだヤツがいる。俺がもう少し強ければ死なせずに済んだかもしれない人もいる。俺が弱かった所為で引き起こしてしまった災厄もある。ずっと俺は、それを許されたいと思っていた」
「許されたい…」
「戦う理由を探してたのも、理由もなく戦ったらまた、何か取り返しのつかないことになるんじゃないかと怖かったからだった」
クラウドの言葉にスコールは2年前を思い出す。物理攻撃魔法攻撃共にバランスの取れた羨ましく感じる程の戦闘力を有しながら、意味のない戦いをしたくないと、戦う理由を模索していたクラウド。互いに無口な性質であるし、クリスタルを手にする道程でも別行動だったのでそんなに言葉を交わした記憶はないのだが、それでも1度、何かの話の折に触れ、戦う理由を訊かれたことがあった。あの時、自分は何と答えたのだったか。
「あの時は、お前が羨ましかったな」
クラウドはそう言う。特に羨望に値するような回答をした憶えがないスコールは首を傾げるしかない。
「俺が…?」
「他の連中は皆それぞれの戦う理由を答えてくれたが、あんただけだ。『理由なんて必要ない』と言い切ったのは」
それは、スコールが傭兵だったからだ。戦うことが仕事な人間に戦う理由なんて必要なかった。それが生きる術なのだから。他の道など模索している余裕がないのだから迷うことなどない。今から思えば、当時記憶を失くしていても、もしくは記憶を失くしていたからこそ、「SeeDは何故と問う勿れ」と教え込まれた精神が息づいていたのかもしれない。
「別に…羨ましがることなんかじゃないだろう。俺は考えようとしてなかっただけだ」
立ち止まって考えて迷って悩んで、それでも先へと進んでいける程自分は強くないだけだ。スコールはそう思っている。悩んで迷っても歩みを止めなかったクラウドのことを、自分が羨ましく思うことはあっても、その逆など有り得ないはずだ。
「だが、あんたは確かに強かった。真っ先に敵に突っ込んで、仲間の為に戦況を切り開く。迷いなくそう出来る姿が羨ましいと思ったよ」
そうじゃない。自分はそれしか出来ないからそうしただけだ。それをクラウドが過大評価しているだけなのだとスコールは思う。なんだか居た堪れなくて、俯きがちに無理矢理話を戻す。
「そんなことはいいから…。それで、アンタは許されたのか?」
それに対してクラウドは、両腕を後ろについて、テントの頂点を見上げながら答えた。
「さあ…判らないな」
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判らない、そう言う割りに穏やかで晴れ晴れとした様子のクラウドをスコールは訝しむ。スコールには理解し難い態度だ。けれど、自分の記憶しているクラウドの姿よりも、今の方が間違いなく余裕があって安定していることははっきり判る。
「ずっと許されたい、でも許されることじゃない。そんな風に考えていたが…。そうじゃないんだと、解ったんだ」
「そうじゃ、ない…?」
「ああ。許すのも許さないのも、自分だった」
「自分?」
「たぶん最初から、あいつらは許すとも許さないとも思ってはいなかったんだ。…それを罪だとか償いだとか考えていたのは俺の勝手で、あいつらにとっては、許すとかそんな話じゃなかった」
許されたい、そればかりを考えて生きてきたけれど、クラウドを許すのは、許せるのは、クラウド自身でしかなかった。クラウドが許されたいと思い続ける限り、許されることはない。本当はいつだって、周りの人々はクラウドのことを気に掛け、受け入れてくれていたのに、そこから眼を背けて勝手に罪を背負って勝手に償おうとしていた。
「だから周りの時間から取り残されて生きるのも、償いなんだと思い込んでいたんだ。深く考えなかった。…まあ俺の場合、仲間に長寿の種族がいることもあるかもしれないが」
もう1つ、同じように罪だの償いだの言って30年近く棺桶で眠り続けるという芸当をやってのけた仲間もいた所為もあるかもしれない、とクラウドは思うが、そこまでは口にしないでおく。
「今までは、それが償いだと思ってたから、全部仕方ないことなんだと思っていた。改めて考えたら、俺だって、怖いよ」
クラウドが視線をスコールへと戻してそう言った。穏やかな口調で、しかし眸は真剣そのもので。スコールも思わずまじまじと見つめ返してしまう。
「だが、俺は1人じゃないともう知ってる」
「……」
「俺の世界では、命はすべて、ライフストリームへと還って星を巡っていく。俺も、いつになるかは判らないが、いつかはそこへ還る日が来る。どんなに先の話でも、必ずその日は来て、その時には、きっとまた仲間に逢える。そう思えるから生きていける。あんただってそうだ。彼女は言ってた。『絶対に逢える』と。『だから待ち合わせ場所を忘れるな』と。どんなに長い道だって、進んでいった先に必ずゴールはあると思えば、進んでいける。眼に見えなくても、声が聴こえなくても、託された想いを忘れなければ、それは、1人ぼっちじゃない」
あれほどまでにスコールのことを想い、幸せになって欲しいと願っていた人達の想いは、きっとこの先いつだって彼を支えてくれるに違いない。スコールが本当に「1人ぼっち」になる時が来るとしたら、それは彼が託された温かい想いを忘れてしまった時だ。
「それに、俺がこの先の永い時間を生きていけると思うのは…」
そこで言葉を区切り、クラウドは珍しくからかうような表情を見せる。
「スコールに、俺の時間を付き合ってもらうと決めてるからな」
問答無用だ、覚悟しておけ。
クラウドがそう付け加えれば、スコールは眼を丸く見開いた後そっぽを向いた。暫くして、可愛げのない答えが返ってくる。
「……覚悟するのは、アンタの方だ」
80
焚き火を囲んでいたセシルが、クラウドが戻ってきたことに気づいて声を掛けた。
「スコールは?落ち着いたかい?」
「ああ。今はまた少し眠っている」
開けられた場所に腰を下ろし、クラウドが答えると、「また?」とオニオンが眼を丸くする。
「2年近く仮死状態でいたところを、いきなり動こうとしたからな。精神的にも色々あって急激に体力を消耗したんだろう」
クラウドの言葉に、納得したようにオニオンが頷いた。その横から、お疲れ様、とティナがマグカップを差し出してくれる。
「それで、彼は納得したのだな?」
ライトの確認に、マグカップに口をつけながらクラウドは頷いて返した。
「そうか。…よかった」
「完璧に、ではないかもしれないがな。とりあえず現段階では元の世界には還らない…還れないことを受け容れたってところだろう。これから先、また思い詰めることがあるかもしれないが……それはその時またフォローしていくさ」
「なんだか、不思議だね」
笑いながらセシルが口を開く。何がだ、と視線で問えば、セシルは更に笑みを深めて答えた。
「クラウドが、そんなに親身になって面倒見るなんて」
「言えてるかも」
オニオンとティナも笑う。口は挟まないが僅かに口角の上がったライトも同意を示しているのだろう。こういう時に更に茶々を入れそうな面子…バッツにジタン、ティーダはフリオニールも一緒に食材探しに行っているのが救いだろうか。
確かにクラウドは目に見えて判り易い親切さというものとは程遠いタイプだ。仲間を気遣いフォローもするが、それはもっとさりげなくて、先頭に立って行動するようなことはまずなかった。
「…身元引受人、だから、な」
クラウドはその一言で済ませる。
スコールが彼の世界の仲間たちにどれ程愛されているかを目の当たりにした上で、スコールのことは引き受けると約束した。その責任は重いと思っている。それに。
「1人でなんでもできるようになる」と泣いていた子供。「いつか仲間のいる居心地のいい世界から引き離される時が来る」と諦めていた少年。
あの脆さを、今もスコールは抱えたままなのだろうと思うから。
仲間を得て、強くなったかもしれない。2年前を思い返しても、確かにスコールは強かった。迷い悩み続けていた自分よりも、スコールの方が余程安定していたと思う。けれど、あの脆さを抱えたまま、仲間を得て、孤高の道を貫く強さを持ったスコールは、きっと今度は仲間の為だけに自分のすべてを簡単に捨ててしまう。迷わずコールドスリープという道を選んだのも、その表れなのだろう。大切な人がいなくなる喪失感をトラウマとして抱えているから、相手を失う前に自分が消えようとしてしまう。それは、クラウドが抱えていたものと、似ているようで全く違うベクトルのものだ。
それを知った今、クラウドの中にあるのは、庇護欲、と言うのが1番近いのかもしれない。スコール本人に知られたら、有無を言わさずガンブレードを振り翳されそうだと思うが仕方ない。エルオーネも、スコールのあの脆さを心配したからこそクラウドを過去に接続したのだろうし、たぶん、彼女の思惑通りだろう、護ってやりたい、とクラウドに思わせることに成功した。それを嵌められた、とは思わない。
きっと、永い時間を生きていくにはちょうどいい重さだ。
「保護者、みたいなものだろう?」
今じゃ6歳差だしな、と言葉を足せば、セシルが「そうだね、ちょっと歳の離れた兄弟みたいなものかもね」と笑った。
81
焚き火を囲んでの談笑を遮ったのは、食材探しに行っていた面々だった。
「大変ッス!!」
1番足が速いという理由で伝令代わりに全力疾走させられたのだろう、ティーダが両手を膝についてゼイゼイと荒い息を繰り返す。
「なにがあった?」
「ティーダ、ケガしてる!」
ライトの質問とオニオンの悲鳴に似た声が重なった。
「あ、大したケガじゃないから、手当てするだけで大丈夫ッスよ、ネギ」
それにのばらたちもケガしてるから、とティーダはまだ整いきらない息で言う。その言葉に、クラウドとセシルが腰を浮かせる。
「全員怪我したのかい?」
まさか4人で仲良く纏めて転んだわけでもないだろうと、セシルが尋ねれば、コクコクと頷いたティーダは漸く呼吸を落ち着かせて改めて口を開いた。
「イミテーションが出たんだ!」
「イミテーションッ!?」
オニオンとティナが思わず声を上げる。
「それに…あ、3人も帰ってきた」
ティーダが指差す方向を見れば、ティーダと同じように、所々に血を滲ませたフリオニール、バッツ、ジタンの3人の姿。ティーダの言うとおり大した怪我ではないようで安堵する。何しろ彼らは、血を滲ませていてもしっかり探した食材を手に帰ってきたのだから。
「それに、なんだ?」
ライトがティーダに言葉の続きを促す。そうそう、とティーダは視線をライトに戻した。
「今まで見たことない場所に出たっス」
その言葉に、セシルとクラウドが顔を見合わせる。彼らのところまで辿り着いたバッツがそのまま会話に加わった。
「食い物探してフラフラしてたら、いきなり全然知らないトコに出たからびっくりしてさ。そしたら今度はイミテーションが出てくるし、びっくりどころじゃないって」
バッツに半歩遅れて焚き火のところまで戻ってきたジタンとフリオニールもそれに同意を示す。
「順を追って説明してくれ」
ライトの要請に、フリオニールが頷いて腰を下ろした。
82
フリオニールが順を追って説明する。
今彼らがいるのは秩序の聖域と呼ばれるエリア。フリオニールたちはそこから特に目的地を決めずに歩き出した。
2年前の経験から、空間変異による移動先は自分たちの意思である程度コントロールが利くことが判っていたから、特に気負いもなく歩いていたのだという。実際1度目の空間変異では見知った次元城に出たのだ。次元城は実は雑草のように見えて食べられる類の草があちこちに生えていたり、何処から現れるのか突然塀の影から野兎が走り出してきたりするので、彼らは有り難く食料を調達していた。
やがて空間に歪みが生じ、再び変異の兆しが見えた時も、彼らは見知った場所に出ることを疑っていなかった。
「だが、歪みが収まって見えたのは、全く見たこともない景色だった」
それも、今まで見知っていた場所とは違い、家が建ち並んでいて集落のようだったが、少なくとも4人には見覚えのない場所だった。
「家の中も、生活がそのまま残されている様子だったが、人は誰もいなかったよ」
「おかげで結構豪華な食材が手に入ったぜ」
「…大丈夫なの?」
「んー、ジタンは盗賊だしな~」
「あ、バッツ、人をコソ泥みたいに言うなよな!オレよりお前の方がテーブルの上に手を伸ばしたの早かっただろ!」
「おれよりティーダの方が早かったって!」
「え、オレとバッツは一緒くらいッスよ。それより、1番最初にあそこの食べ物貰ってくって手を出したのは…」
「……」
「……」
「…い、いいじゃないか、人はいなかったんだし」
微妙な沈黙がその場を支配した後、気を取り直してセシルが「それで?」と話の続きを促す。
「あ、ああ、それでとりあえず、1度戻った方がいいだろうって話をしてたら、突然イミテーションが現れたんだ」
現れたイミテーションは大した強さではなかったが、如何せん、湧いて出たように数が多かった。そして、手にした食材を意地でも放すまいと頑張った結果、4人は体のあちこちに小さな傷を拵え血を滲ませて帰って来る事になったのだという。
「……お前達の食材への執着はよく解った…」
額を抑えながら、呆れた様子でクラウドが言った。
83
「問題は…かつて歩き尽くしたと言っていいこの世界で何故突然新たな空間が現れたのか、カオスの軍勢がいない今、何故イミテーションが存在するのか」
ライトが腕を組み思案する。ここへ来て発覚した異変は、確実に自分たちが再び此処へと喚ばれた理由に繋がるはず。
そこへ他にも問題があることを指摘する声。
「新たな空間が1つだけなのか…、そこが俺達全員に全く関係のない場所なのか、それも確かめた方がいいだろう」
「スコール!」
テントの中で眠っていたはずのスコールが、彼らの傍まで来ていた。
「体、大丈夫なの?」
ティナが心配そうに問うと、スコールは頷いて返す。ゆっくりと焚き火を囲むその輪の中に腰を下ろす様子からすると、まだ完全な復調とは言い難いようだが、体を動かす感覚はだいぶ戻ってきたのだろう。
「確かに、フリオ達が見たその場所が、僕らに心当たりのある場所かもしれないよね」
オニオンが呟き、セシルやクラウドも同意を示した。ただ問題は、名も知らぬその空間へ、もう1度自分たちの意思で以って辿り着けるのか、だ。
「ここに喚ばれたってことは、オレ達に何かして欲しい事があるってことだよな」
「だが、何をして欲しいのか…」
推測するにはあまりにも情報が少なすぎる。10人が揃えば次の展望が開けるのではないかと思っていたが、そう簡単ではないようだ。
「いや…俺達10人が全員この世界に来た事で確かに変化は起こった」
「最初にクラウドとスコール、ティーダの3人がいなくて僕たち7人だけがここに来たとき、3人を探して歩き回ったけど、あの時点ではそんな見知らぬ空間には行き当たらなかった」
「ねえ」
考え込む仲間たちを見回して、ティナが提案する。
「クリスタルに訊いてみたらどうかな?」
元々クリスタルが輝いたことで自分たちは再びこの世界へと喚ばれたのだ。きっとクリスタルが次の行動の指針を示してくれる。それは安易な考えのようでいて、1番真実に近いのではないか。
「…そうだな」
ライトがその提案を首肯した。他の仲間たちにも異論はなかった。
それぞれの手に、クリスタルが光る。
彼ら自らの手の内で輝くクリスタルを高く掲げた。
その輝きが新たな道を指し示してくれることを祈って。
84
輝く10のクリスタル。その輝きは1つに纏まり、天へと真っ直ぐに伸びる。それは、宙に浮かんだ光のスクリーンのようだ。
やがてその光のスクリーンが人影を映し出す。段々と鮮明になるそこに現れた人物は。
「…コスモス!」
驚嘆と共に名を紡がれた調和の女神は、10人の戦士たちを見て微笑んだ。
「どうして…」
2年前の戦いで、自ら「完全なる死」を迎えることで戦いの輪廻を断ち切る道を切り開いたはずのその人が、こうして彼らの前に姿を現した。それに驚かない者などいるわけがない。
「あなたたちが時の輪廻を断ち切り、カオスが果てのない悲しみの鎖から解き放たれ眠りに就いた…。そして私は現世に蘇りました…。大いなる意思の手に依って」
「大いなる意思…」
「この世界は大いなる意思の実験場でした…。戦いの輪廻も大いなる意思に依って仕組まれたもの。私もカオスもまた、実験の駒に過ぎません」
その言葉に、10人の驚きは深くなるばかりだ。2年前の戦いのすべてを自分たちは把握しているわけではない。寧ろ知らないことの方が多かった。辛うじて、コスモスとカオス、どちらかの仮初の死を合図に時を巻き戻し戦いを繰り返していたらしいことだけは知っていたが、それも記憶にあるわけではなく文字通り知っているだけだ。
「私は蘇り、調和と秩序を保ち未来を見守る為に新たな場所へと旅立ちました」
「じゃあ、コスモスは今この世界にいないってことか?」
「そう。今はこうしてクリスタルの力を通してあなたたちの前に姿を現しています」
「俺達を再び此処へ喚んだのは、その大いなる意思とやらか?」
クラウドが剣呑な様子で尋ねると、コスモスはいいえ、と首を振った。
「あなたたちを喚んだのは、私です」
彼女は10人の顔を1人1人見つめてから、口を開く。
「あなたたちに、この世界を止めて欲しいのです」
魔女っ子理論57~70
57
その光は、長いトンネルの向こうの出口のようにも見えたし、暗い海から見える灯台の灯のようにも見えた。そこにリノアが求める人たちがいるのかなんて判らなかったけれど、力の限界が近づきつつあった彼女には、その光を信じてみるしか道はなかった。
「とにかく届いて!って祈ったの」
そう言いながらリノアがしたジェスチャーはさながら釣り人のようだ。
「…なんで、釣り?」
バッツの言葉は皆の疑問だ。
「だって気分は釣りだったんだもん。遠いポイント目掛けて釣り糸をポーンて投げて、引っ掛かった!って思ったらもうひたすら巻くの。とにかくこの道を通ってきて!って糸で引っ張り上げるカンジ」
オレたち釣られたんスね…、とティーダが呟く。
「でも、なんだろ?網みたいなもの、感じたの」
「網?」
「ほら、釣りって、お魚釣り上げる時に、最後網で掬ったりするでしょ?あんな風に、引っ張るわたしの力を支えて向こうから押してくれる力があって、それでなんとか最後まで引っ張れたの」
9人には解る。恐らくそれは自分たちの持つクリスタルの力だ。
これであの白い羽根がリノアの力であり、彼女の願い通りに自分たちはこの世界へとやってきたことがはっきりした。
過去への接続を経由して、よくぞ現在の自分たちに辿り着いたものだと思うが、それは時間圧縮世界を通していたことがこの時ばかりは幸いしたのかもしれない。現在過去未来が混ざり合った世界からの接続だったが故に、現在にいるリノアが過去を経由して現在の9人にアクセスできたのだろう。勿論、そこにリノアの強い想いと、逆にスコールを含めた10人を必要としている現在の異世界の状況も作用したのだろうが。
「これで、全部聴いて貰ったことになるね」
リノアが部屋にいる全員を見回して言う。
聞き役だった9人も、話し手だった者たちも皆が頷いた。
それを確認して、リノアは息を整えて、自らが呼び寄せた9人を見つめる。
遠い世界に住む、自分たちと同じようにスコールを大事に思ってくれる人たちに、ここへ来て欲しかった。
ここへ来て、すべてを聴いて知って欲しかった。
スコールが抱えねばならなかった様々なものを。彼を取り巻く状況を。身動きの取れない自分たちの想いを。
そしてすべてを知って貰った上で、彼らにこう尋ねたかった。
「あなたたちは、どうしますか?」
58
その言葉はとても曖昧なようでいて、しかし実は限定された2択の質問だ。その場にいる誰もがその意味を正確に理解していた。
スコールを、目覚めさせるか、否か。あなたたちは、どうしますか。
そして、これは質問の形を取った確認でもあった。何故なら。
「訊かれるまでもなく、最初から答えは決まっている」
ライトの言葉は9人の仲間たち全員の想いだ。
「我々は、スコールを迎えにきた。彼が異世界に来られない事情があるのならその状況を打破する手伝いをする為に」
状況を打破する為に彼らができること。
スコールが醒めない眠りに就いているというのなら。彼を取り巻く世界の柵故に彼の周りの人々が身動きがとれずにいるというのなら。
「スコールには、目覚めてもらう」
たとえこの世界がスコールにとって茨の檻なのだとしても、やはり彼は1度目覚めるべきだとライトは言った。
「少なくとも、今、彼は必要とされていて、彼にしか為し得ないことがあるのだから」
ライトの言葉を黙って聞いていたリノアの顔に、安堵の笑顔が浮かぶ。
待っていた。ずっとずっと、待っていたのだ。
スコールは、目覚めるべきだと言ってくれる人が現れるのを。
目覚めて欲しい。そう思いながら、この世界の状況を理解しているが為にどうしても躊躇してしまう自分たちの代わりに、迷いなく「目覚めるべきだ」と言って貰いたかった。
話を聞いただけでは想像もできない、此処ではない世界に生きる人たち。彼らに助けを求めよう、彼らならばスコールを助けられるかもしれない。そう思いついた時からずっと期待していた。その反面、不安もあった。すべてを聴いて事情を理解した彼らが、自分たちと同じようにスコールのあの穏やかな眠りを妨げることに躊躇してしまったら、と。
けれど今、この見慣れない格好の人たちは、誰1人として迷うことなく選んでくれた。スコールは、目覚めるべきだ、と。
だから、わたしも、選ぶよ、スコール。
リノアは心の中で語りかける。
スコールがわたしを自由にする為に選んだみたいに、わたしも、スコールを自由にする為に選ぶよ。
「1つ、お願いがあるの」
リノアは9人の顔を1人1人じっと見つめて口を開く。
「なんだ?」
言葉の続きを促され、リノアは精一杯の笑顔を作って言った。
「スコールを連れて行って、そこであなたたちがやらなきゃいけないことを済ませて、皆それぞれ帰る時になったら、どんな手段を使っても、スコールを、此処には帰さないで」
後ろで「リノア…!」と仲間たちが彼女を呼んでも、リノアは9人を見つめたまま動かなかった。
ねぇ、スコール。昔、スコールがわたしを助け出してくれたみたいに、わたしも、スコールに生きて欲しいの。
スコールが大好きで、誰よりもあなたに幸せになって欲しいから、わたしは選ぶよ。
心臓がドクドクと脈打っている。ともすれば声まで震えそうになるのを必死で抑えてリノアは頼んだ。
「魔女なんて誰も知らない世界に、スコールを連れて行って」
たとえそれが、2度とスコールに逢えない道だとしても。
59
スコールに、永い時を独りで生きろ、というのはとても酷なことなのかもしれない。
それでも生きて欲しい、と思うのはきっと自分の我儘だとリノアは解っている。けれど、少なくとも魔女なんてものが知られていない、誰もスコールのことを知らない世界でならば、彼はたくさんの出逢いと別れを繰り返しながらでも、人々の中に雑じって生きていけるはずなのだ。
「わかった」
1分にも1時間にも感じる沈黙の後、そう答えたのは、クラウドだった。
「あいつは、俺が連れて行く」
「え、クラウド…」
2年前、異世界から還る時は皆クリスタルの力によって半ば強制的にそれぞれの世界に還された。それを考えれば、今度だっていざ異世界で為すべきことが終わって、スコールを本来の世界に還さないなんてことが簡単に出来るのか誰にも判らない。それを懸念したセシルがクラウドに何か言いたげにするが、クラウドは解っている、という風に頷いた。
「俺だって別に具体的な手段を思いついてるわけじゃない。だがスコールを此処に還せば、結局あいつはまた眠りに就くしかなくなるんじゃないか?」
顔も名前も知れ渡っているこの世界で、スコールが静かに生きていける場所なんてないのだ。それを解っているからリノアは「スコールを帰すな」と頼んでいるのだから。
「…そうだな。きっとクリスタルだって1回くらい俺達の望みをきいてくれるよな」
フリオニールも頷く。それを皮切りに次々と頷く仲間たち。彼らだって、大切な仲間をみすみす傷つくと判っている世界に還したくはないのだ。
「それに、クラウドの世界が1番スコールが溶け込み易いカンジがするよね」
オニオンの言葉に仲間たちも同意する。これほど技術の進んだ世界に生きていたスコールが馴染めそうな技術レベルを有しているのはクラウドの世界しかない。
「あんたの願いは、俺達が絶対に叶える」
クラウドがリノアに向かってそう告げると、リノアがこくん、と大きく頷いた。声を出すと泣き出してしまいそうだった。
「それに…」
クラウドが僅かに言い淀む。まだ何かあるのか?と全員がクラウドを注視すると、視線をふっと逸らしたクラウドが、もう1度リノアを真っ直ぐに見る。
「いつまで、とは言えないが、俺なら、普通よりも永く、一緒にいてやれるはずだ」
その科白に、全員が驚きを隠さずに彼を見つめた。
60
「どういうこと…?」
ティナがまじまじとクラウドを見つめて呟いた。
「俺も、普通の人間よりは永く生きることになるということだ。それがどれくらいの長さなのかは判らないがな」
たったそれだけの言葉では仲間たちが納得しないのはクラウドも承知していたのだろう。軽く溜息を吐くと、掻い摘んで説明する。
クラウドの世界で星を巡るライフストリーム。魔晄と呼ばれるそれをエネルギーとして使う技術によって世界的企業になった神羅カンパニー。その神羅の私設兵・ソルジャー。星の災厄と呼ばれるジェノバ。一般に魔晄を浴びて驚異的な力を得るとされるソルジャーが、実は同時にジェノバ細胞も植え付けられること。ソルジャーの眸の変色は魔晄を浴びた影響だが、ソルジャーの驚異的な身体能力はジェノバ細胞によって齎されたものであること。クラウドはソルジャーに憧れる一般兵であったこと。そして、7年前のニブルヘイムの事件。クラウドは人体実験の被験者としてジェノバ細胞を植え付けられ多量の魔晄エネルギーを浴びたこと。
「人体実験…」
初めて聞いたクラウドの過去に、仲間たちも絶句する。
「ジェノバ細胞によって、人体にどれだけの影響があるのか、正確なところは誰も判らないが、老化のスピードが極端に緩まるのはたぶん間違いない。実際、ジェノバ細胞を宿した為に30年くらい前から外見の変わっていない人に会ったこともあるしな」
そこまで言って、深刻な表情で自分を見つめる仲間たちの様子にクラウドは苦笑した。これが判っていたから、あまり話したくなかったのだ。これでは、人体実験後の5年に渡り自分が廃人と化していたことや、救い出してくれた親友の記憶を自分のものと思い込んで過ごしたこと、ライフストリームの中に落ちて再び廃人と化したことなど、とてもではないが話せやしない。まあ、そこまで話す必要もないだろうと、クラウドは話をそこで切り上げて、視線を仲間からリノアへと移した。
「そんなわけだ。俺だけじゃない。俺の世界の仲間には、何百年と生きる種族もいる。スコールを、そう簡単に独りにはしな、い、さ」
語尾が不自然に途切れたのは、目の前のリノアが、とうとう堪え切れずに大粒の涙を零したからだ。
「よかっ…た、スコール、独りぼっちになら、なくって、い、いんだ、ね…」
ひっく、と子供のようにしゃくり上げるリノアに、傍まで近づいてきたエルオーネの腕が伸びる。
スコールを独りにしてしまうことへの不安。遣り切れなさ。それでも生きて欲しいと思う心。
それはリノアだけでなく皆が持っているものだったから、その葛藤を経て、動くことを選んだリノアを、エルオーネはありったけの労わりと親愛で以って抱き締めた。この2年近い間止まっていたものを動かしてくれたのは、異世界から来たという9人だが、それは動こうと決めたリノアがいたからだ。
「うわー、クラウドが女の子泣かした~」
「なっ」
「レディ泣かせるなんていただけないぜ、クラウド」
「お前らな…」
その正面では、バッツとジタンに茶化されてクラウドが頭を抱えている。まさか、泣き出されるとは思わなかった。けれど、彼女がどれ程の想いで自分たちにスコールを託そうとしているのか、充分すぎる程伝わった。それはクラウドだけにではなく、今こうしてクラウドを茶化しているバッツとジタンにも、それを笑って見ている仲間たちにも。
クラウドは、ふと内心で思った。
スコール、お前はこんなにも、愛されてるんだな。
61
5分もするとリノアは息を落ち着け、「ごめんね」と笑った。
それを合図のように、「よーし」と言ったのはラグナだ。
「んじゃ、スコールを起こすとすっか~」
「…ラグナ君」
ラグナが固まった肩を解しながら明るい調子で言うのを、キロスが呼び止める。だがラグナはそれには反応せず、リノアに「だいじょぶか?」と声を掛けて頷かれている。
「記念館の連中に指示出さないとな~」
「ラグナ君!」
「わーってるよ!」
強い調子で呼び止めたキロスに、ラグナも強い調子で返した。
「お前の言いたいことは解ってるよ。…スコールは今のままの状態にするべきだって、オレの立場なら言わなきゃいけないってんだろ」
その科白に、全員の表情が曇る。
スコールの存在は、彼と直接関わりのない世界の大多数の人々にとって脅威でしかない。スコールが魔女記念館という専用施設で、常時監視された状態で眠りに就くことで世界は安寧を得ているのだ。ならば、その施設を管理し、また国際社会での発言力も大きい大国エスタの大統領であるラグナは、当然その安寧の維持を求められる。彼らが今から起こそうとしている行動は、魔女の脅威をこの世界そのものから取り除くことになるのだが、スコールは異世界へと行ってこの世界には帰ってきません、と言ったところでとてもではないが信用されるわけもない。スコールを目覚めさせれば国際社会で大きな問題となり、管理責任者であるラグナが責められるのは必至だ。エスタが魔女を隠したと認識され、戦争だって起こりかねない。
大統領という立場にある以上、ラグナはそう易々とスコールを目覚めさせることに同意などしてはならないはずなのだ。
「…責められるのは覚悟してるさ。会見で土下座でもなんでもする。辞任もする。元々大統領なんてガラじゃねぇし。街歩いたら罵倒されて石投げられたって、殴りかかられたって、文句なんて言わないからさ」
ラグナはキロスに向かって言い募った。
「オレはスコールに生きて欲しいんだよ。今までアイツにばっか色んなもん背負わせちまったけど、もう、解放してやってもいいじゃねーか。アイツに何か投げつけられるんなら、全部オレが盾になってやりたいんだよ」
そしてラグナは、彼らしくもなく、俯いてポツリと零した。
「今まで何にもしてやれなかったけど、1回くらい、父親らしいことさせてくれよ…」
62
ラグナの洩らした言葉に、9人に衝撃が走る。
「父、親…?」
呆然と呟いたのはフリオニール。
この、陽気で明るく若々しいフレンドリーな大統領が、あの、静かで落ち着いていて年上に見られがちで警戒心が強いスコールの、父親だというのか。
「に、似てねぇ…」
思わず口に出したのはジタン。
外見も性格も、何1つとして親子関係を連想させるものがない。
「スコールはレイン…お母さん似だから」
横からにっこり笑って小声で教えてくれたのはエルオーネだ。
ガルバディアの兵士だったラグナは任務中に崖から転落、ウィンヒルの近くに流れ着きレインという女性に保護され、両親と死別しレインに引き取られていたエルオーネと3人で家族のように暮らしていたのだという。ラグナとレインは結婚の約束までしたが、その後エスタによるエルオーネ誘拐事件が発生。エルオーネを助け出すべくラグナはウィンヒルを後にした。エルオーネは救出後ウィンヒルへと帰したが、ラグナ自身はエルオーネ救出の際に世話になった人々に恩返しをすべくクーデターに協力。一段落ついたらウィンヒルに帰ろう帰ろうと思っている内に、気づけば国民の英雄となり大統領に祀り上げられてしまったのだ。自分に息子が生まれたことも、レインが産後の衰弱が激しく亡くなったことも、エルオーネ共々生後間もない息子が石の家に引き取られたことも知らないままに。
「スコールはそれ知ってたのか?」
「知ってるわ。どうにか過去を変えたくて…。ラグナおじさんにレインのところに帰って欲しくてスコールをラグナおじさんに接続したんだもの」
結果として過去を変えることは不可能だったが、おかげでスコールはラグナの抱えていた事情や想いを知った。接続していた時は、まさか接続相手が自分の父親だとは考えもしなかっただろうが、様々な事象を繋ぎ合せて考えれば、すぐに自分の生物学上の父親がラグナであることには思い当たる。
ラグナの事情も想いも接続によって経験してきたから理解できる。だからラグナを責めても憎んでも怨んでもいない。けれど自分は17年間親なんていないと思って生きてきたし、ラグナにしても自分の息子の存在を知らずに生きてきたのだろう。今更親子だと言われても、どうしていいのか判らない。
それがスコールがこっそりエルオーネに語ってくれた気持ちだった。戦後のゴタゴタもあり、結局2人は親子の名乗りを上げていない。スコールはラグナが父親だと知っているし、ラグナはスコールが息子だと知っている。そして互いが互いに事実を知っていることを知っている、という微妙な関係のまま、スコールが眠りに就いてしまったのだ。
「だからラグナおじさん、明るくしてるけど、スコールに全部背負わせなきゃならなかったことを凄く気にしてるんだと思う…」
心配そうにラグナとキロスを振り返ったエルオーネが、小声でそう呟いた。
63
「何か誤解しているようだが」
エルオーネの視線の先で、キロスが口を開く。
「別に私は、スコール君を目覚めさせることに反対などしていない」
その言葉に弾かれたようにラグナが顔を上げた。
「寧ろ、ラグナ君が自分の立場を弁えた意見に思い至っていたことに、感動しているよ。君もようやく歳相応の分別が身に着いたのかと…」
「…いやキロス、おまえそれはひど…」
「……」
「ウォードも、今初めてラグナ君が大統領に見えた、と言ってるじゃないか」
「ウォードもひど…」
本当は、ラグナがそこに触れずにスコールを目覚めさせようとするなら、苦言を呈するつもりではあったのだ、キロスは。ラグナは実際にそのことに思い至らない程見た目通りのお調子者ではないが、敢えて気づかない振りをして押し切ってしまおうとする可能性は高い。とはいえ、苦言を呈するだけで止めるつもりは最初からなかった。キロスとウォードはラグナの親友であり、親友の手助けとしてエスタ大統領補佐官として働いているに過ぎない。いつだって優先順位はエスタという国の安泰よりもラグナ個人の幸せの方が高いのだ。
「やっぱおまえたちはオレの大親友だぜ~!」
ラグナがキロスとウォードに抱きついてバシバシと叩く。つい先刻までのシリアスな様子はどこへ行った、と見ている者の大半が内心でツッコミを入れたのは言うまでもない。
「しかしラグナ君、今すぐにスコール君を目覚めさせるというのは待ちたまえ」
「なんでだよ?」
「君の悲壮な覚悟は結構だが、争いの芽を未然に刈り取る努力はするべきだろう」
「んなこと言ったって…」
事前に説明したところで理解が得られる類の話ではないのに、どうすればいいと言うのか。
「何も、理解を得る必要はない」
キロスはあっさりと言った。
「要は、世界を欺けばいい。スコール君は眠りに就いていると、世界中が信じていれば現状は維持できる。永久に、というのは無理かも知れないけれどね。まあ、何十年と経って魔女への畏怖や興味が薄れた後なら、魔女の抹殺に成功した、なんて話をでっちあげてもどうにかなるだろうね」
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「そりゃまあ確かにそうできりゃ万々歳だけどよ、どうやりゃいいんだよ?」
「……」
「少しは考えろ、とウォードも言ってるだろう」
「だーっ、オレがそーゆーのニガテなの知ってんだろ〜?」
心底呆れたように溜息を吐いて、しかしそれもそうだと思ったらしいキロスが説明する。
「昔の応用だよ、ラグナ君」
「応用〜?なんかしたっけか、オレたち」
再び大きな溜息を吐いたキロスが「19年前」と言った。
「アデルを封印するときに使った手を、よもや忘れたとは言わないだろうね?ラグナ君」
「あー、いや、随分古い話だからちょっと、思い出すのに時間がかかっただけだって!アレだろアレ!…エルのホロゴースト?」
「ホ・ロ・グ・ラ・ム。どこの怪しい影の上位モンスターかね」
いや寧ろアンタらのそのボケとツッコミはどこから引っ張ってきたネタだ、と周りで見ていた全員が更にツッコミを入れたところで「おお、そうだった!」とラグナが手をポンと打つ。
「スコール君の立体ホログラムを作り、それを投影するんだよ。至近距離で見ればすぐに見破られるシロモノだが、魔女記念館は許可なく立ち入ることはできないから問題ない。アデルを誘き寄せる時に使ったから、あそこには元から投影設備も整っているしね。スコール君の様子はコールドスリープケースの正面からの定点観測映像が常時ネット配信されているが、配信回線の切り替えは造作もなくできるはずだ。エルオーネの時は本人がいない状態で2D映像を元にホログラムを作ったからかなり稚拙だったが、スコール君の場合は、ケース内を360度周回カメラで監視しているのでかなり精巧に出来るだろうし、ホログラム作成にも大した時間を要さないだろう」
キロスが部屋にいる全員に向かってそう説明した。
「記念館のスタッフから情報が洩れる可能性は?」
キスティスがそう尋ねるが、キロスは「安心しなさい」と微笑む。
「記念館のスタッフは、19年前のクーデターの際に我々と一緒に動いた、このエスタ国内で最も信頼できると言っていいメンバーばかりなんだよ」
大切な息子が眠りに就いている場所を任せるのは、せめて気心の知れた信頼できるスタッフにしたいというラグナの想いからだった。
「よーし、じゃ、名づけて『そろそろ起きて顔洗いなさい』大作戦開始といこうか!」
ラグナが高らかに宣言する。
最早、その微妙なネーミングにツッコミを入れる者はいなかった。
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至急準備に取り掛かるが、徹夜作業でも1晩はかかるだろう。もう時間も遅いし君達は今晩はゆっくり休むといい。
キロスはそう言って彼らに部屋を用意してくれた。大統領公邸にこんなに民間人(しかも一部は異世界からきたという得体の知れなさだ)を気軽に泊めていいのかと、クラウドなどは思ったが、ここの主であるラグナの「遠慮なく泊まってけよ〜」の一言であっさり泊まることになった。仲間たちもその辺に関しては見事な程に屈託がない。
「前に、『お姫様のベッドで寝ちゃお』って泊まったことあったなあ」
「ああ、僕は『王様のベッドで寝ちゃお』だったかな」
「お前たち凄いな…。王女は知り合いだが、さすがにそれはないなあ」
常識人だと思っていたオニオン、セシルとフリオニールの会話に頭を抱えるクラウドの横では、ライトにバッツ、ジタンとティナと話していたはずのティーダがげっそりとした様子で似合わぬ溜息を吐いている。
「クラウド〜皆おかしいっス…。フツー王様とか王女様なんて知り合いにならないよな…。城ってそんな簡単に泊まれるもんなんスか…?」
「俺に訊くな…。俺の世界に城なんてない」
「オレも…」
つまり仲間たちは一国の最高権力者の住居に泊まる、ということに何の疑問も抱いていないのだった。
ユフィはあれでもウータイの統治者の娘だが…こいつらの話している規模と違う気がする…。
リュックはアルベド族の族長の娘だけど…たぶんレベル違うっスよね…。
クラウドとティーダはそれぞれ内心でそんなことを考えながら、割り当てられた部屋へと入る。華美ではないながらも高級感溢れる室内に眩暈がしそうだ。
ちなみに部屋割りはライトとセシル、フリオニールとティーダ、バッツとジタン、クラウドとオニオンになった。女性であるティナは当然1人部屋を割り当てられている。
「うわ、ねぇクラウド、これは何?」
「…たぶん通信パネルだろう」
「へぇ…」
興味津々といった様子でオニオンが部屋を見回していると、来客を知らせるブザーがなり、ドアのロックを解除すればそこからジタンが顔を出した。
「夜遅いけど、腹減っただろうから何か軽いもの食べながら、話さないかってリノアちゃんからのお誘いだ。オレたちの知ってるスコールのこと聴きたいんだってさ」
その言葉にオニオンが反応する。
「お腹空いたなって思ってたんだ」
そう言ってジタンについて部屋を出て行こうとしてクラウドを振り返った。
「クラウドは?」
「後から行く」
「わかった。そう言っておくね」
ジタンとオニオンが廊下へと消えると、クラウドはベッドへと腰を下ろし、一息つく。然程腹は減っていないが、喉が乾いたな、と部屋を見回したとき、急激な睡魔が襲ってきた。
「…な、んだ…?」
あまりに突然なそれは到底自然な睡眠欲とは思えなかったが、強力なそれに抗うことができず、クラウドの上体はベッドへと倒れこんだのだった。
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…波の音が聴こえる。
クラウドの意識はそれで覚醒した。
俺はさっきまでスコールの世界で…エスタ大統領公邸の部屋にいたはず…。夢、か…?
『おねえちゃん……。エルおねえちゃん……』
なんだ…?
酷く近い距離から聞こえてきた子供の声に驚く。そして気づいた。
なんでこんな視線の位置が低いんだ?
『まませんせい!おねえちゃん、いないよ!おねえちゃん、どこ!?』
また至近距離で聞こえる声。
「まませんせい」「エルおねえちゃん」その表現には聞き覚えがある、と気づいた。
(おねえちゃん……どこいったの?ぼくのこときらいになったの?)
これは…。
今度は声ではなく、子供の思考が直接流れ込んできてクラウドは悟る。
幼い頃のスコール…。
自分は今、幼少期のスコールの中にいて、そこから世界を見ているらしい。
あんた、こんなに泣き虫だったのか…。
成長したスコールの姿から想像もできない様子に少しだけ笑う。だが、自分だって子供の頃はひ弱で情けない子供だった。
そう思っていると、ザッと、クラウドの思考にノイズが走る。ラジオのチャンネルを合わせているようなノイズの後、見える世界は今度は雨が降っていた。
『……おねえちゃん』
また声がする。幼いままの声と低いままの視線に、先程の景色から大して時間は経っていないのだと判る。
『ぼく……ひとりぼっちだよ。でも……がんばってるんだよ。おねえちゃんいなくても、だいじょうぶだよ』
そう、自分に言い聞かせてたのか、スコール。
クラウドは雨の中必死に言い募る子供の声を聴きながら、そう語り掛けた。
『なんでもひとりでできるようになるよ』
その言葉に、ああ、とクラウドは納得する。
他人に干渉するのもされるのも極端に嫌っていたスコール。仲間を信頼しているのに、中々近づこうとしなかった彼の原点が見えた。なんでも1人でできるようになる。こんな幼い子供が寂しさの裏返しからそんな決意をして、そうしてその言葉を実現すべくスコールは生きてきたのだろう。人と馴れ合わない、頼らない、期待しない。自分のことはすべて自分1人の力でこなす。そうなるべく努力して、そうできるようになったのだ。根本にある寂しさを抱えたままで。
あんたは本当に、がんばったんだな。
クラウドがそう思った時、またノイズが走った。
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暫くノイズが走った後、場面は今までとは全く違う空間になった。少し離れた場所からバンドの演奏が聞こえる。視線の位置も高い。そして、その視線の先には、先程知り合ったリノアがいる。
2年前、か…?
聞いた話から考えると、タイミングとしてはそこしかないだろう、とクラウドは判断した。
『スコール、ガーデンの指揮をとることになったよね。きっと、とっても大変なんだよね』
リノアの言葉で、これはスコールがバラムガーデン指揮官に任命された直後の出来事なのだと判る。
(……プレッシャーかける気か)
スコールの思考が伝わって、クラウドは苦笑いした。
俺も大概人のことは言えないが、あんたも人の言葉を穿ちすぎだろう。
『辛いこととかグチ言っちゃいたいときとか、いろんなことが起こると思うの。でも、スコールは全部1人で抱えて、ムスッ〜て黙りこんじゃって悩むにちがいないって話してたの』
…言えてる。
クラウドがこっそりリノアの言葉に同意していると、スコールの思考が伝わってくる。
(みんなで俺のことを?)
自分の知らないところで他人の話題になる、それが不愉快なのか気になるのか、スコールの心が漣のように揺れたのを感じた。
『みんなスコールのマネが上手なんだよ。わたしもできるんだから。眉毛の間にシワ寄せて、こうやって……』
上手い。
クラウドは再びこっそりリノアに賛辞を送る。
『俺は帰るぞ』
不機嫌そうなスコールの声が近くで響いて、そういえばこの時まだこの2人は恋人同士ではないんだな、と気づいた。
『ちがう!ごめん!みんなで話してたのは……ええと。スコールが考えてること、1人で答えを出せそうにないこと……。なんでもいいの!そう、なんでもいいの。なんでもいいから、もっとわたしたちに話してってこと。わたしたちで役に立てることがあったら頼ってね、相談してねってこと。そうしてくれたら、わたしたちだって今まで以上にがんばるのにって、キスティスたちと話したの』
リノアの言葉は、どうもこの時にはまだ彼らと距離を置いていたらしいスコールをそれでも心底心配しての言葉だとクラウドには解る。それはたぶん、あの異世界でバッツやジタンたちが事ある毎にスコールに絡んでは邪険に扱われていた光景に近い。
1人でなんでもできることと、仲間を頼らないことは、決して同じじゃないぞ。
無駄だとは思いつつもスコールにそう語りかけてみる。クラウドだって、そういう境地に辿り着けたのは最近の話なので人にとやかく言える立場にはないと解ってはいるのだが。
だが、伝わってきたスコールの思考に、掛ける言葉を失う。
(他人に頼ると……、いつかつらい思いをするんだ。いつまでも一緒にいられるわけじゃないんだ。自分を信じてくれる仲間がいて、信頼できる大人がいて……。それはとっても居心地のいい世界だけど、それに慣れると大変なんだ。ある日居心地のいい世界から引き離されて誰もいなくなって……)
そうだな、それは生きてればきっとどこかで経験することだが、あんたはそれをあまりにも幼い時に経験させられたんだな。
クラウドは雨の中泣いていた子供の彼を思い出す。
(知ってるか?それはとってもさびしくて……。それはとってもつらくて……。いつかそういう時が来ちゃうんだ。立ち直るの、大変なんだぞ。だったら……。だったら最初から1人がいい。仲間なんて……いなくていい。ちがうか?)
違うと、はっきり言えるよスコール。でもお前はそうやって必死に自分に言い聞かせて、そうやって自分を守ってたんだ。自分の弱さを自覚してるから、2度もその喪失感に耐えられないと知っていたから。
クラウドがそう思った時、意識をすっと引き上げられるのを感じた。そのまま暗転。
次に視界が開けたとき、そこはスコールの意識ではなく、現実世界で。
窓から光が射し込み、隣りのベッドを見ればオニオンがぐっすり眠っていた。
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昨日倒れこんだ姿勢のまま、シーツに潜らずに寝てしまったことに気づいて苦笑する。
折角の高そうなベッドなのに、勿体ないことをした。
不自然に固まった体を解していると、隣りのベッドのオニオンが目を覚ます。
「あ、おはよう」
「ああ。おはよう」
「昨日、クラウドいつまで経っても来ないから1度様子見に来たんだ。そしたらぐっすり眠ってて、ちゃんとベッドに入って寝た方がいいよって起こそうとしたんだけど、まるっきり反応なくて…」
「いや、気にしなくていい。済まなかったな」
オニオンに謝辞を言って身支度を整える。2人揃って部屋を出ると同じように部屋を出てきたバッツとジタンに出会った。連れだって食堂に行けば、仲間たちが揃っている。部屋を見回すと、隅でコーヒーを淹れているエルオーネの姿が目に入った。
「…おはよう。よく眠れた?」
クラウドが近づくと、エルオーネがにっこり笑ってそう声を掛けてくる。それに対して軽く頷いて返すと、彼女は声を落とした。
「突然、ごめんなさい。びっくりしたでしょ?」
「やっぱり、あれはあんたの力なんだな」
「スコールのこと、知っておいて欲しかったの。あの子、口下手だし、1人で頑張ろうとしちゃうし、実際1人で大抵のことこなせちゃうし。大人への頼り方とか解らなくて無理すると思うから」
エルオーネの心配も尤もだと、覗き見た過去の様子を思い返して頷く。
信頼できる仲間たちと戦いの日々を駆け抜け、だいぶ改善はされたのだろうが、幼い頃から呪文の様に自らに言い聞かせてきた言葉の呪縛はそう簡単には抜けないだろう。
「まあ、あいつの気持ちも解らないでもない。気に掛けておくよ」
「あら、クラウドさんも結構1人で抱えちゃうタイプなの?」
「いや…。俺は1人じゃないと、つい最近そう思えるようになった」
穏やかな様子でそう言ったクラウドに、エルオーネも安心したように笑う。だが次の瞬間、笑みを消して、真剣な顔になる。
「スコールのこと、よろしくお願いします」
エルオーネがそう言ってクラウドに頭を下げた時、食堂に入ってきたキロスが全員に向かって声を掛けた。
「準備が整ったよ」
「んじゃ、スコール起こしに行くッス!」
頬張っていたスクランブルエッグを飲み込んで、ティーダが元気よく立ち上がる。
その言葉に、全員がしっかりと頷いたのだった。
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キロスは車を用意し、9人とエルオーネを再び魔女記念館へと運んでくれた。他の連中は皆、今朝早く既にそちらへと移動したのだという。
「誘ってくれてもいいのに」
昨晩のお喋りでだいぶ打ち解けたらしいオニオンがそう呟くと、エルオーネが優しい笑みで答える。
「ごめんなさいね。…でも、みんな、お別れの時間が欲しいんだと思うわ」
その言葉にオニオンが配慮が足らなかったとシュンとしてしまう。そうだ、9人にとって待ち侘びたスコールとの再会は、この世界で彼を愛する者達にとっての永遠の別れに他ならないのだ。声も聴けないし触れられもしないけれど姿を見ることは出来ていた今までとは違う。もう2度と逢えない本当の別れ。異世界で為すべきことが終わっても、スコールは此処へは帰って来ない。仮にそれぞれの世界を行き来できたとしても、少なくともこの世界の仲間たちが生きているうちには、帰ってくることはないだろう。スコールが消えた後の彼らの平穏な生活を守る為には、魔女の記憶が風化するまではスコールは此処へと戻ってきてはいけないのだ。
切ない沈黙を乗せたまま彼らが魔女記念館に到着すると、中ではスタッフが忙しそうに動き回っていた。中の1人が入ってきた自分たちに気づき、キロスに向かって状況を報告する。
「配信回線のダミー映像回線への切り替え、コールドスリープケースの回収、ホログラム投影開始、配信通常回線への再切り替え、すべて滞りなく完了したよ。今は向こうでコールドスリープの解除に入っている」
「解った。急な徹夜仕事を頼んで済まなかったな」
「いいさいいさ。こっちも、これで何の罪もない子の監視をしなくてよくなるんだ。気分が晴れ晴れしてるよ」
スタッフは笑いながら手を振り、仕事へと戻っていく。それを見送って、彼らは指し示された奥の部屋へと入った。
「…スコール」
その呟きは誰のものだったか。
視線の先に、スコールが静かに横たわっている。周りを複雑そうな機械に囲まれ、何本ものチューブが彼の体に繋がっていた。壁際には彼の仲間たちがその様子をたった一瞬たりとも見逃さないとでも言うようにじっと凝視している。スコールの傍に立っているのはリノアと、ラグナだ。9人と一緒に入ってきたエルオーネがラグナの隣りへと立つ。
9人は部屋の中に入ったところで立ち止まった。これ以上は、近づいてはいけない。示し合わせたわけでもなく、9人全員がそう感じている。ここから先は、スコールと、スコールの幸せを願って永遠の別れを選択した彼らの、神聖な空間だった。
70
室内は痛いほどの静寂に包まれていた。聞こえるのは、スコールの体に繋がれた機械が発する音だけだ。
息さえ潜めて、室内にいる全員が微動だにせず眠るスコールを見つめている。
永遠にも思える静寂が、突然ピコン、という新たな機械音で破られた。立ち働いていたスタッフの1人がモニターとスコールの様子を確認する。
「32.4度。鼓動、自発呼吸確認」
言葉と共に、スタッフ数人がスコールの体からいくつかのチューブを取り外した。それでもスコールを見つめている彼らは誰1人として身動ぎもしない。暫くすると再びスタッフがスコールとモニターを確認する。
「36.0度。脳波、脈拍、血圧異常なし。コールドスリープ解除を確認しました」
スタッフが周囲の機器を手早く片づけていく。彼らが一礼して出ていくと、何故かその場の緊張が更に高まったのを誰もが感じた。
その緊張感の中、動いたのは…リノアだ。
彼女は恐る恐る、という表現がまさにぴったりの慎重な動作でそっとスコールに手を伸ばす。スコールの体に触れるまでの、そのリノアの指先を、全員が固唾を飲んで見守った。
「…あったかい」
羽のように軽く、スコールの腕に触れたリノアの声が静まり返った部屋に響く。
「あったかいよ、スコール…」
それは、その様子を見つめる者たちに向けての言葉だったのか、それともスコールに向けての言葉だったのか判らないが、リノアの科白に、全員が詰めていた息を知らず吐き出した。
静かに上下する胸の動きが、スコールが今ここで確かに生きていることを教えてくれる。彼らは再び無言になり、暫くじっと、その様子を見つめていた。確かに同じ時間を、同じ場所で刻んでいるスコールの姿を、その眼に焼きつけるように。
やがて、リノアが9人の方へと振り向いた。
「スコールの目が醒める前に、連れて行ってください」
予想外の依頼に9人は驚きを隠さずに彼女を見返すが、リノアだけでなく、この世界の住人たちもまた、リノアと同じように決意を秘めた眼で9人を見ていた。恐らく、9人がここへと来る前に、既に彼らの中で決まっていたのだろう。
「いいのか?」
その質問に答えたのは、比較的9人に近い位置に立っていたキスティスだった。
「スコール研究家を自認する私の予想では、目覚めてからじゃ、スコールは此処から出て行くことを中々承諾しないわね」
この場にいる全員がスコールをこの世界へと帰らせる気のないことを伏せたとしても、スコールは此処を離れることをそう簡単には承諾しないだろう。世界中の畏怖を引き受けることで世界の安定を支えてきたスコールは、自身の立場の重さをよく理解している。それ故に、もしも自分の不在が世界に洩れた時に彼の大切な人たちに向かうだろう敵意を考えずにはいられないはずだ。
「わたしたちも、ね。話したいこといっぱいあるけど、話したら離れたくなくなっちゃうかもしれないし」
だから、行って。
リノアの言葉は紛れもない本心なのだろう。本当は、離れたくなんてない。
「…解った」
彼らの心中を察した9人は、ただしっかりと頷いた。