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霜降ル月ノ或ル日ノ話。




 「よう」
まるで、散歩の途中で偶然ばったり出くわしたかのように。
無造作に、気負いもなく。その男は突然、炎の執務室に現れた。
「なっ、な、なななっ、なななな・・・っ」
常識の範疇を遥かに超えた突飛な登場方法に、挨拶された側は言うべき科白もまともな言葉にならず、口をぱくぱく開けてしまう。
さすがにびっくりした。というか、状況が把握できない。
そういえば、以前にもこんな風に現れたことがあった、などと思い出す余裕も当然、ない。
だがしかし。目の前の男は、自分の登場方法にかなりの難があったことなどお構いなく、平然と、デカイ態度でのたまった。
「頼むから、わかる言葉をしゃべってくれ」
ご丁寧にも、片手で自分の額を押さえ、片手でこちらに向かってひらひらと手を振るジェスチャーつき。
そのあまりの言い草に、部屋の主はTPOなどすっかり忘れて絶叫した。
「おまえの所為だろうがーーっっ!!」
壁も扉も分厚く防音効果バッチリの執務室でよかった。そうでなければ確実に大騒ぎになったに違いない。



 何もない空間に突然姿を現すなどという、マジシャン顔負けの離れ業をやってのけた男は、ある意味、本物の「魔術師」だった。なにせ、「魔導」という、通常この宇宙には存在し得ない力を有しているのだから。
 その魔術師は、応接用のソファで我が物顔で寛ぎ、優雅にコーヒーなんぞ飲んでいる。
「おまえ、自分がどーゆー立場で、ここがどこで、更に俺がどーゆー立場なのか、わかってるんだろうな・・・?」
執務机に肘をつき、呆れた溜息で部屋の主であるオスカーが問えば、不法侵入者はカップをテーブルに置いてすらすらと答えてみせた。
「オレは元侵略者で恩赦済みの前科1犯、ここは聖地で、アンタは炎の守護聖様、だろ」
「・・・その前科1犯が、よりによってこの聖地の警備を任されてる俺のところへ一体何の用だ、アリオス」
そう、アリオス。本人が言った通り、かつてはこの宇宙を侵略し、聖地を陥落させ、女王を幽閉した男。
姿を偽り、仲間と信じた者たちを裏切った男。そして転生を果たした今、一概に仲間とも言い切れない微妙な位置にいる男である。少なくとも、かつて女王試験に協力した者たちのように、時々この聖地を訪れて歓談するような、そんな間柄ではないことは確かだ。
 オスカーは、この男と親しくないわけではなかった。どちらかというと、いや、まず間違いなく、仲間内の誰よりも、オスカーはアリオスと親しかったと言っていい。ぶっちゃけた話、幾度か躰を重ねたこともある仲である。そこに恋愛感情が伴ったか、と問われれば、その答えは未だオスカーの中では出されていないのだが。
「目が醒めたらな、カレンダーが目に入った」
「・・・は?」
それが、オスカーの問いの答えとどう繋がるのか、唐突にアリオスは切り出した。
「オマエ、白き極光の惑星で寝た時のこと憶えてるか?」
「・・・・・・はぁぁ??」
更に強引な話題転換である。「寝た時のこと」などと言われて照れも焦りもしないあたり、さすがオスカーといった観もあるが、しかしこの脈絡不明な話の流れにはついていけないようだ。
「『万が一にも、次にお前が誕生日を迎える時に一緒にいたら、しょうがないから祝ってやる』って言っただろ、オマエ」
「・・・言った・・・か・・・?」
手を口元に当てて、はたと考える。言われてみれば、そんなことを言ったような気もする。別に大して意味のある言葉ではなかった。所謂寝物語、情事後のピロートークに過ぎなかったのだから。たまたま、誕生日の話になっただけだ。話の前後も覚えていない。誕生日なんて祝ってもらった記憶などないとアリオスが言うから、軽い気持ちでオスカーは「祝ってやる」と言ったのだ。それから然程時間を空けず、アリオスはオスカーの前に皇帝として姿を現すこととなったので、当然、そんな話はうやむやに立ち消えた。
「言ったさ。で、約束を果たして貰おうかと思ってな」
アリオスにしても、そんな約束の範疇にも数えられないような会話を、後生大事に憶えていたわけではない。
はっきりいえば、綺麗さっぱり忘れていた。けれど、偶然目にしたカレンダーが忘れ去っていた自分の誕生日を示しているのに気づいたとき、ふ、と緋い髪の男と交わした会話を思い出したのだった。
 顔を見たい、声を聴きたい、とそう思った。
「約束を果たすって言ったってなあ・・・。『ハッピーバースデー』とでも言って欲しいのか?お前が?」
記念日とかそういったものには露程の興味も示さない男だったと思うから、オスカーは意外そうな顔を隠さず言った。
「随分と意外そうだな」
 当たり前である。
この男が、記憶の隅に追いやられていたような、そんな会話の為にわざわざあんな突飛な方法でやって来るなんて、思いもよらないではないか。
「まあ、オマエににこやかに『おめでとう』なんて言われたいわけじゃねぇから安心しな。別に大してめでたいことだとも思わねぇしな」
 誕生日も、遠く小さな約束も。きっかけにはなったが、結局は口実に過ぎない。
「じゃあ、何して欲しいって言うんだ」
「キス、しようぜ」
なんでもないことのように、さらりと言った。
「・・・」
 躰を重ねたことは何度もあったが、キスを交わしたことはなかった。そこに甘い感情があったわけではない。
けれど、何もなかったわけでもない。二人にとって、お互いは最も近くて遠い存在だった。共通する部分の多い二人はお互いが最大の理解者であり、そうでありながら辿ってきた道と選択は正反対だった。お互いに思うところは多分にあったが、それには触れずに築いた関係だったと言っていい。言外にそれを証明するかのように、抱き合いながらもキスはしなかった。
「・・・アリオス」
アイスブルーの視線が、問い掛ける。
今まで適当に誤魔化していた感情の答えを、求めていくつもりなのか、と。
「なあ、キスしようぜ、オスカー」
それがアリオスの返答だった。
アリオスの中でだって、答えなどまだ出ていない。これが恋愛感情なのかなんて、訊かれても今は答えようが無い。
けれど、放っておいたその答えを、探してみてもいいと思っている。
「なあ・・・」
執務机に片手をついて促せば、オスカーはふう、と溜息をつき。
「・・・いいだろう」
迷いを断ち切るように軽く首を振った後、口元に笑みさえ刻んでそう答えた。
 アリオスの手がオスカーの頬に添えられる。
唇が触れる寸前、オスカーが笑った。
「まあ、しょうがないからとりあえず言っといてやるよ。『誕生日おめでとう』」
アリオスもまた、口の端を持ち上げ見慣れた笑みを見せる。
「一応、『サンキュ』と答えておくぜ」
そうして、初めて交わした始まりのキスは。
思いの外、甘く、優しかった。


望まない者




 時間を見つけると、誰もいないところへ行くのが癖になっていた。
仲間たちはまた女性のもとへ行ったのだろうと思っていたし、実際自分もそうであるかのように振舞った。
 けれど、本当は。
できるだけ人の気配の感じない場所を探し、ただそこでじっと躰を休める。気候の穏やかな土地であれば、一晩そこで過ごしたことすらあった。



「まーた、ナンパ~?」
宿から出て行こうするオスカーに擦れ違ったオリヴィエが呆れた声をかける。
「こう殺伐とした日々が続くとな。美しいレディたちの笑顔で癒して貰わんとやっていけないだろう?」
口の端を吊り上げて、尤もらしく言ってみせれば、オリヴィエは手をひらひら振って溜息をついた。
「あーわかったわかった。ったく、アンタらしいってゆーか…。アンジェが心配するからちゃんと明日の朝食には帰ってきなさいよ」
「わかってるさ。この俺がお嬢ちゃんを悲しませるようなこと、するわけがないだろう?」
にやりと笑うとオスカーはそのまま外へ出て行く。だが、宿を出てオスカーが目指したのは街の中心部ではなく、外れに広がる森だった。
 遊歩道を外れて森の中に分け入ると、太い根を張った大木の元へ座り込む。
 いいようのない疲労が、オスカーの全身を包んでいた。
仲間たちには明かせない疲労。明かしたところで悪戯に彼らに罪悪感を持たせてしまうだけだとわかっている。
 皇帝と名乗る者がこの宇宙に攻め込み、聖地を陥落させてからずっと、この宇宙は貪欲に強さを求め続けていた。
 人々は皇帝の支配から脱したいと望み、その為の強さを求め。
 共に旅をしている仲間たちもまた、無意識のうちに強大な皇帝の力に対抗し得る強さを求めている。
そしてその望みはすべて、この世界で唯一、強さを与えることができるオスカーに向かってくるのだ。
 望まれるならば、自分はそれに応え続ける。
それはオスカーが守護聖になる以前から自らに課していた命題。
期待に応えること。それだけが自分の存在意義なのだと幼い頃から思っていた。自分自身にそれ以上の価値があると、期待したことなどなかった。
誰もが羨むほど、恵まれた環境に生を享けたから。生活環境も、外見も、能力も、人より劣るところを探すことの方が難しかった。けれど、オスカーの最大の不幸は、その事実を、オスカー自身が誰よりも理解していたことだったのかもしれない。
 自分は、優れているのではなく、恵まれているのだ、と。
だからこそ、期待には絶対に応えた。恵まれた環境に生まれたが故に、周囲が当たり前のように要求してくるすべてに自分も当然のように応えた。無論、自分にはそれが出来るという自信もあったが、努力は決して怠らなかった。その姿は絶対に人には見せなかったけれど。
 だから今も、自分は知られぬようにそっと、自らのサクリアで周囲を支える。
けれど、状況は厳しい。いつ終わるかもわからない連日の戦闘。オスカーはその最前線を担っている。それだけでも疲労は濃くなるというのに、戦いながらも無意識のうちに強さを望む仲間たちの望みを受け止め、そっとわからぬ程度にサクリアを送る。その繰り返し。
 至近距離で望みを受け止めるというのは、決して易いことではない。更に、サクリアの流れに敏感な他の守護聖たちにそれとわからぬよう送るのも、かなりの注意を要する。
当然、オスカーは他の仲間とは比べものにならないほど疲労し、それを少しでも癒す為、こうして誰もいない場所を探して休むのだ。戦闘中程ではないものの、仲間たちの近くにいればどうしても、強さを求める無意識の声を感じ取ってしまうから。



 ひどく優しい手が、自分の髪に触れている。
その感触にオスカーは目を覚ました。どうやら、いつのまにか眠りに落ちていたらしい。
と、すぐ傍に跪いていた影が声を発した。
「お目覚めか?」
最近、聞き慣れた声だった。
「…アリオス」
何故ここに、という無言の問いに気づいたのだろう、アリオスは肩を竦めた。
「別に。偶然だぜ?歩いてたら森の中に緋いもんが見えたから、気になってな」
アンタの髪だったんだな、とアリオスは笑い、オスカーもそれに合わせて僅かに笑ってみせた。そういえば、この銀髪の男も宿にいないことの方が多いヤツだった、と。
 木に凭れていた背を起こす。残念だが、こうして見つかってしまった以上、ここに長居するわけにもいかない。
「意外と柔らかいんだな」
立ち上がろうとしたところで唐突に声をかけられ、その意味が掴めずにオスカーはアリオスを見返した。
「アンタの髪。硬そうだと思ってたんだが、結構柔らかいんだと思ってさ」
言いながら、アリオスは手を伸ばし、緋い髪に指を差し入れる。
その感触を思いの外心地よく感じることに驚き、次いでその理由に思い当たる。
 この男は、自分に何も望む必要がないのだと。
アリオスは、強い。オスカーが初めて完全に互角に戦えると思った男だ。共に戦闘の最前線を担っているが、アリオスからはただの一度も強さへの望みを感じたことはなかった。
望まずとも、この男は既に十分な強さを持っているのだ。だから、こうして傍にいても、オスカーの神経を波立たせることもない。
「眠りたいんじゃないのか?」
自分の考えの淵に沈んでいたオスカーは、その声に我に返る。と、どこか艶を滲ませた翡翠の双眸がじっとこちらを見ていた。
「疲れてんだろ、アンタ。ここじゃさすがに夜中は冷えて眠れないぜ?」
「俺が、疲れてる、だと?」
確かに、疲労は限界に近かったが、そんな素振りを見せたことはなかったはずだ。なのにアリオスは確信に満ちた口調で断定した。
「戦闘訓練を受けてるアンタは人一倍気配に敏感で眠りも浅い。それが疲れてるんじゃなきゃ、さっきオレが触れるまで目ぇ覚まさないわけないだろ」
言われてみればその通りだった。軍人であるヴィクトールはともかくとして、他の人間なら気づかなかっただろうが、同じように戦闘のプロであるアリオスには簡単にわかることだろう。
「眠らせてやろうか?」
一層深くなる艶。意味を計りかねて凝視すると、アリオスはククッと笑って立ち上がった。
「抱いてやるよ」
「なっ…」
予想だにしなかったセリフに言葉を失うオスカーに、アリオスは更に笑みを深くした。
「こんなトコで休んでるってのは、疲れてるのに誰かが近くにいると眠れないってことなんだろ。つまり、精神が疲れてる程躰の方が疲れてないからだ。だったら、躰の方を疲れさせて無理矢理眠っちまえばいい」
「……それが、なんでお前と寝ることにつながるんだ」
「手っ取り早いだろ。アンタが女のトコにでも行くってんなら別にそれでいいが、そんな目的の為だけに女抱くにはアンタはフェミニスト過ぎる」
必要なのは、オスカーが相手を気遣う余裕をなくすほどの行為。それには、抱く側よりも抱かれる側の方がいい。
 理屈としてはわからないこともないが、納得するには男としての矜持が許さない。
けれど、次に紡がれたアリオスの言葉が、オスカーにその手を取らせた。
「オレは、別にアンタに何も望んじゃいないぜ。アンタはただ快楽を追えばいい」
望まれることに疲れたオスカーを、まるで見抜いているかのような、その科白。
どうする?と差し出された手。
オスカーは一度目を閉じ、そしてゆっくりとその手を取った。



 連れて来られたのは、酒場の二階にある宿だった。本来の宿というよりも酒場で酔い潰れた客を収容する為に
作られた設備らしい。ここならば階下が騒がしくて声をあげても部屋の外には洩れる心配はない。
 部屋へ入ると性急な動作でベッドに抑えつけられた。
「意外に乱暴だな」
「少しくらい乱暴な方がいいだろ?」
アリオスは皮肉気に笑うとオスカーに顔を寄せた。至近距離で翡翠の視線と氷碧の視線が絡む。
「なんでお前と、とは思うが、とりあえず相手がアップでも耐えられる顔だってのは、救いかもな」
オスカーがそう言うとアリオスはクッと笑う。
「ヘンなこと言うヤツだな」
「そうか?…んっ」
続けようとした言葉はアリオスの唇に吸い取られた。啄むようなキスを繰り返し、次第に深いキスへと変わっていく。
やがてするりと忍び込んできたアリオスの舌が口腔を思うままに蹂躙すると、オスカーもそれに応える。お互いを奪い尽くすような濃厚なキスになった。
何度もキスを繰り返しながら、アリオスの手は器用にオスカーの肌を露わにしてゆく。
指先が胸の先端を掠めるとオスカーの躰がビクッと跳ねた。その反応に気を良くして、アリオスはオスカーの首筋に軽く歯をたてる。
「は…ぁっ」
「なかなか、感度良好、か?」
耳の後ろを舌で嬲って囁くと、潤み始めた眸がそれでもきつい視線を向けてくる。余計なことを言うな、と文句を言おうとした声は、かりっと引っ掻くように胸の突起を弄る指の所為で喘ぎに取って代わられた。
「ぁ…っんんっ」
唇を噛んで喘ぎを殺そうとするオスカーに、アリオスが苦笑する。
「声、殺すなよ。アンタは感じるままにしてていいんだ」
宥めるようなキスを送る。舌先で何度も唇を擽り、解かせてゆく。
そうしてオスカーが噛み締めていた唇を解いたそのタイミングを逃さずに、アリオスの手が既に勃ちあがっていたオスカー自身を包んだ。
「ひ、あぁっ!」
緩急をつけて扱いてやれば、オスカーは面白いように反応する。
「や、んぁっ、ア…リオスっ」
たまらない、といった態で自分の名前を呼ぶオスカーに、アリオスもまた欲が高まってくるのを感じていた。
「そのまま素直にしてな」
蜜を滴らせたオスカーの欲望を、巧みな指先で更に高めてやる。同時に舌先で胸を責めてやると、目元を紅潮させたオスカーが縋るような視線をアリオスに向ける。その視線に気づきながらもアリオスは指の動きを早めた。
「アリ、オス・・・っ、も…っ」
「感じるままでいいって言ったろ?ちゃんと、言ってみろよ。望むようにしてやる」
軽く胸に歯をたてて促せば、観念したようにオスカーが懇願した。
「も・・・っ、イか、せて・・・くれっ」
「了解」
「ぁああっ!」
一際強く扱いてやると、アリオスの手に白濁した精を放ち、オスカーは脱力する。
大きく胸で息をし、濃厚な艶を漂わせるオスカーを見遣りながら、アリオスは投げたされたオスカーの片足を自分の肩に担いだ。
「アリオス…?…ぁっ」
怪訝そうな問いかけはそのまま喘ぎとも悲鳴ともつかない声に変わる。
オスカーから放たれたもので濡れたアリオスの指が、オスカーの秘部に触れたのだ。
初めての感覚に困惑するオスカーの視線を受けて、アリオスが笑う。
「力抜いてな」
その声がひどく優しく感じられて、オスカーは素直に躰から力を抜いた。
滑りを伴った指が、つぷり、と穿たれる。違和感は拭いようもないが、痛みはない。
その間もアリオスは、オスカーを安心させるかのように頬や首筋、鎖骨の上に軽いキスを落としていく。
「は・・んっ、ぃつっ・・・くっ」
指が二本になり、中を解しながら蠢き始めると、さすがに痛みを覚えて躰が強張る。
けれど、痛みを口にするのは悪い気がしてオスカーが声を飲み込もうとすると、柔らかく唇を塞がれた。
「ありのままでいいって言ったはずだぜ?」
反論を許さず、アリオスは自らの唇でオスカーの唇を塞ぎ続ける。お互いの吐息すら貪るようなキスをしていると、オスカーの躰が大きく反り返った。穿たれた指がある一点を突いたからだった。
「ここか…」
「やめっ・・・あっ、んんっっ」
集中してそこを責めるとオスカーが激しく頭を振った。生理的な涙が零れる。普段の姿からはおよそ想像もつかないその扇情的な媚態にアリオスは知らず息を呑んだ。
「そろそろ、いいか…」
指を抜き、代わりに怒張した自身をあてがう。びくっとオスカーの躰が震えた。
「少し、我慢しろよ」
「・・・・っ!!」
一気に躰を進めると、声にもならない悲鳴があがった。慣らしたとはいえ、指とは比べものにならない質量が躰の中を埋め尽くす感覚に言い様のない恐れすら感じる。ひゅっと、喉の奥が鳴るような苦しげな呼吸が続いた。
「力、抜けるか?」
そっと、問い掛けるとオスカーが首を振った。初めて感じる異物感と痛みで自分では躰の強張りをどうしようもないのだ。
「ゆっくりでいい・・・。呼吸を整えるんだ」
まるで、子供をあやすかのような優しい響きに促され、ゆっくりとした呼吸を繰り返す。
そうして、呼吸が落ち着きを取り戻したと思った瞬間、アリオスの手が痛みに萎えかけたオスカー自身に愛撫を加えた。
「ぁんんっっ」
呼吸を整えることに集中して無防備だった所為で、今までよりも一際高い声を上げたオスカーは、自分の発した声の甘さに思わず手で口を塞いだ。それを見てアリオスが笑う。
愛撫の手はそのままに、もう片方の手で声を押し殺そうとするオスカーの手を外した。
「声殺すなって言ったろ?」
「そ、んなこと言われ、てもっ・・・ゃんっ」
潤みきった瞳がそれでも抗議の視線を投げかけてくる。それが酷く相手をそそっていることにオスカーは気づきようもない。
とにかく、すべてが初めての経験なのだから。
「聴きたいんだよ、オレが。アンタの声は色っぽくていい」
「な・・・っ、ひぁっ」
それこそ猛然と抗議しようとしたその言葉は結局悲鳴ともつかない喘ぎに取って代わられた。それまで愛撫の手を加えるだけで自身は動こうとしなかったアリオスが急に腰を使ったからである。
「バ、カっ急に動くな・・・っっ」
痛みこそ、さっきまでに比べれば随分緩和されてはいるが、逆に如実に自分の内部の動きを感じてしまって恥ずかしいことこの上ない。
「動かなかったら、気持ちよくねぇだろうが」
「ぁああっ」
感じる一点を抉るように衝かれて一瞬視界がスパークする。女性を相手にしたのでは経験しようもない強烈な快感にそれまでどうにか保っていた理性が奪われてゆく。
「ア、 リオ、ス・・・っ、アリオス・・・・っっ」
支えるものの何も無い、ひどく心許ない気持ちになって目の前の男の名前を繰り返し呼んだ。それだけが、確かなものに思えて。
「何度も言ったろ?ありのままでいいんだって」
口づけの合間に囁かれた声に促され、オスカーは自分を抑える努力を捨てた。
今まで頑なにシーツを握り締めていた手を解き、初めて、アリオスの躰に両腕を回す。
 今この瞬間は、望みの声は何も聴こえない。望まれたところで自分には応えようも無い。
それがとても心地よくて。
 何も考えずにただ躰の感覚だけを追う。自分の内部に収められたアリオスの欲望だけを感じる。
「オス、カー・・・」
オスカーを呼ぶアリオスの声にも快感が滲む。その声の艶に無意識にオスカーの内部の締め付けがきつくなった。
それはそのまま、二人に強烈な快感として跳ね返る。
「ぁぁあああっ!」
「・・・くっ」
聴いた者誰もが思わず反応してしまいそうな甘い声をあげて達し、次いでアリオスもまた、自分の中に欲望を吐き出すのを感じながらオスカーの意識は遠のいていった。


 この旅が始まって以来、初めて訪れた安らかな眠りの中へと。


Love of the Same Race




 「アンタってさぁ…」
綺麗に色の塗られたオリヴィエの爪が引っ掻くようにオスカーの緋い髪を掬い上げる。
 話し掛ける口調だが応えはない。代わりに聞こえる規則正しい呼吸。
裸のまま、シーツに包まって眠るオスカーと、その脇に腰掛けてその様を眺めているオリヴィエ。
一見して情事の後だとわかる気だるい空気が二人を取り巻いている。 
 「アンタって…」
もう一度、同じ科白をオリヴィエは繰り返した。オスカーの眠りを妨げないよう、細心の注意を払いながら。
 オリヴィエは、情事の後のこの時間が気に入っている。眠りが浅く、人の気配に敏感なオスカーが唯一寝顔を見せる時間だからだ。鋭い氷碧の双眸が隠れただけで、随分印象が柔らかく感じるその寝顔を見ることができるのは自分だけの特権だと思っているし、実際その通りだろう。
 けれど、恋人ではない。
強いて言うなら、悪友95%、情人5%といったところだろうか。二人でいても情事に縺れ込むことはあまりなかった。
情事に至るのは大抵、どちらかが、精神的に弱っている時だった。
互いに本音を人前に曝すことのない二人だからこそ、何も言わずに互いを甘えさせることができたのかもしれない。
 そして今夜は、オスカーの方が弱っていた。
原因など、知らない。それを訊くのはルール違反だ。ただ、オスカーが愛されたがっていたから、愛した。
それは決して恋愛感情の甘さではないけれど、確かに愛と呼べる優しさを持っている。
 「アンタって、自分が思ってる程強くないんだよ…?」
さらさらと緋い髪を掬い上げ、次いで、オリヴィエの指は意外に長い深紅の睫をくすぐった。
「…確かに、強いことは強い、けどね…」
ぼんやりと呟きながら、指先は再びオスカーの髪を梳き始める。
「でも、それはアンタの思ってるような強さじゃないって、気づいてないでしょ」
 面と向かってなんて、絶対に言わない。言ったところでこの男は一笑に付すだろう。
だいたい、そんなことを言うような間柄でもないし、それ以前に、そんなことを誰かに言うなんて、自分のキャラクターじゃない。
だが、こうやって、独り言のように眠る相手に話し掛けるくらいなら、自分の許容範囲だろう。
「アンタは、自分が傷つかないと思ってるようだけどね…」
優しい指先は緋い髪を擽る動きを止めない。
「アンタは傷つかないんじゃない…。傷が、視えてないだけさ」
 いっそのこと、痛みも感じないくらい鈍感なら、それはそれで幸せだっただろうに。
「痛みを、感じるくせに、傷が視えないから放ってるだけ」
 鉄壁の精神。並大抵の事では傷つかない心。そんなものを持っているかのように振舞う男の姿に、オリヴィエは何度呆れた溜息を零したことだろう。
「いつか、無視できない程大きな傷を負うといいさ。その方がきっとアンタには幸せだよ、鈍感男」
 指先が、離れる。代わりに、パサッと静かに乾いた音をたてて、オリヴィエは眠る男の隣りに横になった。
 小さな欠伸をして目を閉じる。
「ま、その時までは、こうやっててあげてもいいけどね」


眠りの使者




 カタン、と小さな音がして、カティスは窓を見た。
「やれやれ…」
窓の外に立つ人物を認めると、鍵を開けてやる。
「散々飲んで、それでも平気で2階のベランダまで上がって来れるお前さんの運動神経には感心するがな」
カティスの言葉に窓から入ってきたオスカーは軽く肩を竦めると、クッションの程よく効いたソファにだらりと横になった。
「おいおい、いきなりその態度はないだろ」
「何かくれ」
態度を改める様子もなく、横になったままオスカーはそう要求する。
「ったく。態度のデカいヤツだな」
苦笑しつつ、カティスは部屋の一部を占領するワインラックへと足を向けた。
 酒好きのカティスとオスカーが共に飲むのはよく見られる光景だ。
自身がワイン造りの名手であり、聖地一のワインコレクターでもあるカティスの邸をオスカーが訪れることも珍しくはない。
だが、こんな風に他所で散々飲んだ後に不法侵入してくるとなると話は別だ。滅多にあることではない。
…けれど、これが初めてというわけでもない。

 炎のサクリアを大量に送った日。

 炎のサクリアは他の8つのサクリアと微妙に性質を異にする。強さを司り、軍事延いては破壊・浄化・創造を象徴する炎のサクリアは、送ることよりも引き上げることの方が圧倒的に多い。そうやって、大規模な戦争が起こることを防ぐのだ。
だが、稀に炎のサクリアを送らなくてはならない場合もある。それも、大量に。
それが、惑星をリセットする時だ。それはウィルスの蔓延であったり、星自体の疲弊であったり、理由は様々だが、惑星上の全ての文明・生態系を一掃し、星の状態をリセットする時、破壊と浄化の力をもつ炎のサクリアが大量に注がれる。時には、惑星上に存在する生命すらもリセットの対象として。
 自らの力が、全てを無に還す力であっても、オスカーがそれを否定したことはない。
ただ淡々と、自らの責務として炎のサクリアを惑星に注ぐ。けれど、そうやって惑星をリセットした日は、いつもこうやって、聖地を抜け出して飲み歩き、最後にカティスの所へやってくるのだ。

 だから、カティスは眠らずに待っている。

 必ず、オスカーが自分の所へ来るとわかっているからこそ、どんなに遅くなっても眠らずに、彼が来るのを待っている。
カーテンを開けて、部屋の明りが見えるように。
きっと、カティスの私室に明りが灯っていないと、オスカーはここまで来ようとはしないだろうから。
そして、とっておきのワインを用意しておくのだ。
「遅い」
 1本のワインを片手に戻ると、オスカーは相変わらずソファに寝そべったまま文句を言った。
「悪い。そう、急ぐな」
大して気にした風でもなく、カティスはグラスにワインを注ぐ。
 途端に広がる甘く芳醇な香り。
深紅の液体の入ったグラスを渡してやると、オスカーは目を閉じて香りを楽しみ、次いでゆっくりと口に含んだ。
 あまりアルコールの強くない、甘口のワイン。
まろやかな口当たりは散々強い酒を飲んできた躰に、ひどく優しく感じられる。
「ん、美味い…」
目を閉じたまま満足そうに呟くと、オスカーは空になったグラスを差し出した。
「もっとくれ」
「はいはい」
苦笑しいしい、カティスはワインを注ぐ。そして、グラスを渡そうとして、止まる。

 傍若無人な不法侵入者は、既にあえかな寝息をたてていた。

「…ったく。困ったヤツだな」
手にしたグラスとオスカーを見比べて、カティスはグラスの中身を飲み干すと、床に座りこんだ。そっと、緋い髪を梳いてやる。
「…出来過ぎってのも、問題だぞ」

 強さを司る守護聖であるが故に、弱さを見せられないオスカー。
彼は炎の守護聖として申し分なく優秀だ。
誰もが彼に常に強く在ることを期待する。そしてその期待を裏切らないだけの強さが確かにオスカーにはある。
けれど、守護聖である前に人である以上、弱さも存在するのに。
自分にどんな苦痛を強いても、彼は期待に応え続ける。それがカティスには哀しく映って仕方がない。そして、何よりも愛しくて仕方がない。
だから、オスカーがこうやって少しだけ弱さを垣間見せる時を大切にしている。精一杯、甘やかしてやる。
「いつまでこうして、おまえを甘やかしてられるんだろうな…」
 いつか必ず別れなくてはならない時がくる。それは明日かもしれないし、ずっと先のことかもしれない。
 自分がいなくなったら、彼はどこで眠るのだろう。誰が、眠らせてやれるのだろう。
 独りで、眠れない夜を過ごすのだろうか。

 だからせめて。
ちら、とカティスはテーブルに置いたワインボトルを見て小さく笑った。
 ヒュプノス。
主星からは遠い惑星の神話に登場する眠りの神の名前だ。
眠りを誘うワインに相応しかろうと名づけた。
 ワイン造りの名手であるカティスが、ただ彼の為だけに作ったワイン。
カティスはそっとオスカーにくちづけ、目を閉じて呟いた。

「飲みきれないくらい、造って置いていってやるさ」


 いつか、自分がいなくなっても。
 誰も、彼の傍にいなかったとしても。
 哀しいほど強く在り続ける彼に、優しい眠りが訪れるように。