終わりが見えている日々だから、まるで終わりなどないかのように時を刻もう。
たわいもない会話をしながら程よく冷えた白を味わって、手土産に持ってきたとっておきの赤を味わう。
一杯のグラスを賭けてのナインボールは俺の勝利に終わった。
次のグラスを賭けて挑んだポーカーは、さすがと言うべきかクィーンに愛されたオスカーに軍配が上がる。
アルコールが適度にまわり、いつもにも増して陽気になったところで軽いキスを繰り返した。
「ガキみたいだな」
ソファに腰掛けた俺に、自分の方こそ子供のようにしがみついたオスカーがそう笑う。
「何が?」
「あんたの体温」
アルコールがまわってくると、まるで普段と変わらないような確りした滑舌の割に、やけにセリフのセンテンスが短くなるのはこの男の酒癖だった。
確かに、アルコールがまわって火照った体はまるで子供の体温のように暖かい。
「やれやれ・・・。そう言うお前さんも、子供みたいな体温だが・・。そうか」
軽く背中を撫でると眼を閉じて気持ちよさそうにする様は、さながら猫だ。いや、猫というには大きすぎるから、豹くらいか、それともライオンか? ・・・まあ、猫科の肉食獣に変わりはないが。
言葉を止めたこちらを訝しんで、その猫科の動物は眼を開けてこちらを見た。
「なんだよ?」
「いや、お前さんも、出会った頃はまだこれくらいの体温だったな、と」
尤も、そんな時期はすぐに終わったが。オスカーが聖地へとやって来たのは、丁度少年から青年への過渡期の終わり頃だったんだろう。
「ふん、あんたは、出会った時から老けてたぜ」
身を起こして不貞腐れたように言う様子は、それこそ子供そのものだ。
他の連中には見せることのない、子供じみた甘えが滲む。
そういえば、初めのうちは何かって言うと、俺のことを親父呼ばわりしてたな、こいつは。
その癖、今は自分がゼフェルにオッサン呼ばわりされると一々怒るんだから呆れるぞ。
持参したとっておきの赤の、その最後の一口がオスカーの口許へと運ばれる。
なだらかなその喉の隆起をぼんやりと眺めた。
「明日は・・お前さん、どこか視察を頼まれていたっけな」
「・・・ああ。サクリアが乱れる星が頻発してるからな」
宇宙にガタがきている。もうどうしようもないほどに。
だから視察の依頼も、時を選ばない。そしてそれに文句を言うわけにもいかない。この宇宙の安定を維持することこそが、守護聖というものの存在意義なんだからな。
守護聖としてそれなりに長い年月を過ごしてきた俺はそれを充分理解していたし、今や首座の片腕となったオスカーもまた、それは承知している。だから、余計なことを言う気はない。
俺はゆっくりと立ち上がると、扉に向けて歩き出した。
どうやら、お前さんを甘やかしてやれるのも、ここまでみたいだな。
「・・帰るのか?」
「お前さん、明日は早いんだろう?あんまり夜更かしはいかんぞ、坊や」
お前さんが俺を親父呼ばわりする度に、よくこう言ってからかった。
「誰が坊やだ」
オスカーの返事は変わらない。今も昔も。・・・それでいい。
「それじゃ、またな」
軽い別れの挨拶をして。
「・・カティス」
僅かばかりの戸惑いの滲んだ声で呼び止められた。ふむ。お前さん、まだまだだな。
「なんだ?」
扉を開ける手を止めて、振り返って訊ねれば。
「いや・・・。なんでもない。またな、オヤジ」
前の瞬間の戸惑いはどこへ消えたのか、ニヤリと笑う青年がいた。
「お前さん、三十前の男を捕まえてオヤジはないだろう?」
「ふん、オヤジはオヤジだ」
何度繰り返されたかわからない応酬。
今度こそ、扉を開ける。
「・・まあ、いいさ」
振り返りもせずに軽く手を振って。
「それじゃあな、オスカー」
後ろ手に扉を閉めた。
まるで終わりなどないかのように時を刻もう。
明日の朝、守護聖としての任を果たした俺は聖地を出る。