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好きだ!好きだ好きだ好きだ、世界で一番愛してる!コレで満足か、バカ野郎!




 無言のままドワーフの城へと戻ったセシル達の間には、重苦しい空気がたちこめていた。
宿を取り、言葉少なに部屋へと引き揚げていく。ローザとリディアが互いを支えあうように寄り添って部屋へと入っていったのを見送って、セシルとエッジも部屋へと入った。装備を緩めることもなくベッドにドサリと腰を下ろしたセシルが項垂れて重い溜息を吐くのを見ながら、エッジも向かいのベッドに腰掛ける。
 最後のクリスタルも守れなかった。ゴルベーザの手に8つのクリスタルが揃ってしまった。これから一体何が起きるのか皆目見当もつかない。だがそれ以上に仲間たちを打ちのめしたのは、カインの裏切りだ。
エッジは自分の推測を確かめる為にセシルに声を掛けた。
「おいセシル」
「・・・なんだい」
「オレはこの中じゃ新参者だ。テメェらの間で何があったのかなんて知らねぇし、実際大して気にしてもなかったがな。こうなると話は別だ。ゴルベーザの野郎、『帰って来い』っつってたぜ。アイツが裏切るの、初めてじゃねぇんだな?」
断定的な問いかけに、セシルが力なく頷く。
「・・・ああ」
そこでエッジは初めて、彼らの間にあったイザコザを全て知ったのだった。バロン王の変節、セシルの解任と幻獣討伐の命令、カインがセシルを庇い出て共に任に就いたこと。ミストを焼き払いリディアの母を殺してしまったのが自分たちであること、共にバロンからの離脱を決意したこと、リディアの力の暴走により離れてしまったこと。そして次にファブールで会った時カインがゴルベーザの側近として現れたこと。
「それから・・・色々あって、ゴルベーザに深手を負わせることに成功したんだ。その時、カインの洗脳も解けた。解けたはずだったんだ」
話しながら、セシルはぎゅっと拳を握り締めた。
 ゾットの塔でセシル達の許に帰ってきてから、カインにおかしな素振りは見当たらなかった。自らを責めるが故にセシル達と少し距離を置いていると感じることはあったが、それでも以前のままの、強くて頼れる、皮肉げだけれど優しい幼馴染の姿だった。
 無意識の内にカインに突き飛ばされた脇腹を押さえてセシルは俯く。こんなに頼りない気持ちをまた味わうことになるなんて思いもしなかった。セシルとローザとカインと。幼馴染の3人だが、危なっかしいセシルとそれを心配するローザ、時には突っ走ってしまうローザとそれに振り回されるセシル、そんな2人を支え、引っ張り、フォローするのがカインだった。ずっと頼り続けてしまった報いが今の状態なのかもしれないと思うと、裏切ったカインより、操ったゴルベーザより、裏切らせた自分自身にやり場のない憤りを覚えずにいられない。
セシルが握り締めた拳に更に力を込めていると、向かいから場違いな程軽く声を掛けられる。
「おいおい、どこまで落ち込んでくつもりだよ。ただでさえ地底だってのに、突き抜けて地上出ちまうぜ?」
「エッジ・・・」
 飄々としたエッジの様子に少し心が軽くなった気がした。普段仲間のなかで騒々しさの全てを担っているエッジだが、決してそれだけではないことを、彼がセシルたちよりも年上の大人であることをセシルは理解している。仲間たちが精神的に脆くなった時、決して彼は一緒に崩れたりしないだろうという信頼があった。
「セシル、オマエはどうしてぇんだよ?」
「どうしたい・・・?」
鸚鵡返しに訊き返したセシルに、エッジは1つ頷くとベッドの上に寝転がる。
「オレは決まってるぜ?ゴルベーザの野郎をぶっ飛ばしたい。野郎の思う通りには絶対させねぇ。クリスタルを奪い返したい。それから・・・」
「それから?」
「それから、アイツを取り戻したい」
「エッジ・・・」
 まさか彼がそこまではっきり口にするとは思わなかったセシルは目を丸くしてエッジを凝視した。その視線に「んな見んな!今ちょっと自分でも恥ずかしいと思ってんだよ!」と顔を背けてしまう様子に、封印の洞窟を後にしてから初めて、セシルの顔に微笑が浮かぶ。
「驚いた。この間まであんなに否定してたのに」
「んなこと言ってられる状況じゃねーだろーがよ。・・・正直言やぁ、洞窟入る前に自覚はしたさ。とりあえずそっから先のことはクリスタル持ち帰ってからの話だ、なんて思ってたらこのザマだよ」
 好きだと思った相手がいきなり裏切って敵の許へと行ってしまいました、なんて状況、誰が想像するというのか。
「取り戻したらどうするつもりだい?」
漸く装備を緩めながらセシルが問うと、エッジは酷く難しい顔をして唸った。
「実のところあんまり考えてねぇよ。わざわざ振られにいく趣味もねぇしなあ」
「振られる前提だなんて、君にしては随分弱気なんだな」
「バカ、オマエ、男に惚れたなんてオレの人生設計想定外だぜ?オレ様の華麗なる恋愛遍歴も全然役に立たねぇよ。しかも相手は見た目はともかく中身はエラク男らしいときた」
 確かに、エッジの華麗なる恋愛遍歴の真偽はともかく、カインはその美貌とは裏腹に惚れ惚れするほど男らしい人格の持ち主だ。エッジが「オマエのことが好きだ」と言ったところで「俺も」となる可能性は低いだろう。寧ろ、エッジが告白しても、いつもの軽口の延長としか受け取られないのではないか。
「前途多難だね」
「おう、涙が出るくらいにな。つーか、人に発破かけといてよく言うぜ」
「そんなつもりじゃなかったんだけど」
「嘘つきやがれ。・・・で?オマエはどうしたい?」
仰向けに寝転がっていたエッジがセシルの方へと向き直る。
そのエッジの視線を真正面から受け止めて、セシルは口を開いた。
「君と同じだよ。僕も、クリスタルを奪い返したい。カインを・・・大切な親友を取り戻したい」
セシルの声に力が戻っている。それを確認してエッジはニヤリと笑った。



 あー、やっぱオレ、本気で惚れてるんじゃねぇの?
微かな諦めと共にエッジはそう思った。
 クリスタルを奪い返し、カインを取り戻すと決意した時から、色々あった。そりゃあ色々あったとしみじみ思う。
飛空挺の改造を手伝わされたり、火山をドリルで掘り進めながら地上を目指すという中々にデンジャラスな真似をしたり(掘削した岩や土をどう避けるんだとか、それが当たったら飛空挺が壊れるんじゃないかとか、そんな振動与えたら下からマグマが吹き上げて一緒に噴火するんじゃないかとか、計画を聞いた段階で突っ込みたいことは多々あったのだが、他の連中が誰一人疑問を挟まないのでエッジも黙っていた)、寝ている人間をフライパンで叩き起こしてみたり(世の中には体を張った夫婦愛というものが存在するのだなと心底感心した)、海の中から見たこともないような船が浮かんできたり、それで月に行ってみたり。
月の民という宇宙人と知り合って、セシルがその月の民とのハーフだと判明したり、本当の敵はゴルベーザの更に後ろにいることも知ったし、勢い込んで青き星に戻ってくればハブイルの巨人が暴れていたり(はっきり確認したわけではないが、巨人の攻撃の被害は海を越え相当な範囲に及んでいるらしい)、巨人内部に乗り込んでギリギリの戦いを繰り広げもしたし、ゴルベーザもゼムスに操られていたことが判った上に正気に戻ったし、そのゴルベーザとセシルが兄弟だという衝撃の事実も明らかになったりした。そして。
そして、仲間たちの許にカインが戻ってきたのだった。
 今度こそ完全に自分自身を取り戻し、自分の犯した罪の重さに耐えるカインを、エッジははっきりと糾弾した。いくら惚れた相手であろうと、その罪を見過ごしたまま受け入れる程色惚けしてはいない。相手の反応次第では、100年の恋も冷めるかと思っていたのだが。
 「遠慮なく俺を斬るがいい」とは、言ってくれるぜ。
完敗だ、とエッジは思う。その容姿の美しさでうっかり好きになってしまった相手だったが、どうにも一過性の恋煩いで済みそうにない。我ながらなんて厄介な、と思うものの最早後戻りは出来ないし、しようとも思えなくなってしまった。
 だってどうしようもなくカインは魅力的なのだ。
こんなに潔く凛々しく強く、それでいて脆く傷だらけの心を持つ彼を放っておくなんてできないではないか。しかも容姿は文句なしの超一級品となれば性別なんてこの際瑣末な事象だ。というか瑣末だと思いたい。寧ろ瑣末だと思うことにする。
そんなことを考えながらエッジは魔導船の中を歩いていた。ローザとリディアを船から降ろした後、船内の下層へ消えたカインを探しているのだ。飛行クリスタルのあるフロア――便宜上仲間内ではブリッジと呼んでいる――では自身の出生に纏わる様々な事実が判明したセシルが思い悩んだ様子で佇んでいて、一人にしておいてやろうという配慮もあった。
 魔導船の中は相当な広さがある。
通常、最低でも一個小隊30人、多くの場合は二個小隊60人で搭乗する飛空挺(セシル達がたった5人で飛空挺を動かしたのは異例中の異例であり、飛空挺の最低限の機能しか使わなかったから出来た芸当である)の、優に3倍近くあるだろう大きさなのだから当然といえば当然だ。
船内下層は多くの部屋に分かれているが、設備や調度品が揃っている部屋はあまりなく、殆どがガランとした空き部屋だった。やけに広い部屋と妙に狭い部屋に二極化しているのは、短時間睡眠で充分な休養が摂れるスリープカプセルを上層に設置してある為、各部屋に寝具を設置する必要がない所為だろう。大人数が集まる部屋と、1人2人が作業したり寛いだりする部屋に分かれているのだ。魔導船はセシルの父・クルーヤが青き星に降り立つ為に作ったというが、この規模を見ると、いずれ月の民と青き星の民が行き来することを想定して建造したことが伺える。
 エッジは船尾を目指して歩いていた。探す相手の性格を考えると中央より端を選びそうだと思ったし、船首と船尾だったら、月に向かって航行している今ならば船尾、つまりは青き星を見ているのではないかと思ったからだ。
 果たして、カインは船内最後尾の空き部屋に立っていた。
気配を殺さず歩いてきたエッジの存在に気づいているだろうに、微動だにせず分厚い窓から暗い宇宙と、そこに浮かぶ青き星を見つめている。エッジは軽く息を吐くと殊更軽い調子で話し掛けた。
「こう見てっとよ、オレらほんとにあの丸い中で暮らしてんのかーって、ちょっと感動するな」
「・・・」
「地面に立ってると、自分の立ってるそこが実は丸いなんて全然実感湧かねぇのにな」
「・・・」
「うっわ、このバカデカい船ん中を探しにきた相手を無視って、酷くね?カインちゃん」
「・・・探してくれと頼んだ覚えはない」
ようやく声が返ってきたことに密かに安堵して、エッジはカインの隣りに並ぶ。ちら、とカインの表情を盗み見るが、相変わらず口許しか覗かない竜騎士の兜に邪魔されてそれは叶わなかった。それでも、キッと噛み締めるように引き結ばれた唇を見れば自ずと想像はつく。
「オマエ、ずっとここでこうしてるつもりかよ」
「あんたには関係ないだろう。・・・目に付くところにいなければ不安だというのなら従うが」
言いながらカインは口許を自嘲的につり上げた。
皮肉な口調は以前と変わらないようでいて、確実に以前とは違う。今のカインが皮肉っているのは、自分自身だ。それに眉を顰めて、エッジはカインの方へ向き直った。
「不安?テメェ何言ってやがる。誰が何を不安に思うってんだよ」
「・・・あんたが、いや、あんた達が、俺を、だ」
喉から声を引き絞るようにカインはそう答える。
 本当にカインの洗脳は解けたのか。ゴルベーザの洗脳が解けたからカインの洗脳も解けたのだと言っても、カインの洗脳にゼムスが関わっていないという保証はない。ゼムスに対峙する仲間の背後をカインが襲わないと誰が言い切れるのか。
自分の過ちを考えれば、仲間といえども信用されないのは当たり前だ。事実、先程エッジははっきりとその可能性を指摘してきたし、そうであれば確かに自分が目に届く所にいないのは気になるだろう。
だがカインの予想に反して、エッジは呆れた顔をして大仰に溜息を吐いて見せた。そして一言告げる。
「違ぇだろ」
「・・・?」
その言葉の意味するところが解らず僅かに首を傾げたカインに、エッジは冷静に指摘した。
「不安なのはオレ達じゃねぇ。オマエだろ、カイン」
カインが小さく息を呑む。
「オマエのことを一番信用してないのはオレ達じゃねぇ。オマエが自分自身を信用してないんだ」
「・・・」
「だいたいオレはともかくだ。他の連中がオマエのこと信じてないように見えたか?寧ろ盲目的に信じてたじゃねーか。特にセシルとローザ!どっちかってーと、ちょっとは疑えとオレは言いたいね」
 軽く肩を竦めてエッジがそう言えば、カインが顔を俯き気味に背けた。元々兜で殆ど判らない表情が、全く見えなくなる。
「・・・解ってるさ」
ぽつりと言葉が零れてきた。
「お前たちが・・・セシルが、俺を信用してくれているのは解ってる。俺だって、自分がセシルやローザに刃を向けることなど有り得ないと信じていたし、今も、今までも、あんた達の力になりたいと思ってるさ。だが、俺は1度ならず2度もその信頼を裏切った。自分の気持ちが何の確証にもならないことを、俺は知ってるんだ・・・」
それは普段のカインからは想像もつかない頼りない声音だった。
 ヤベ、ちょっと嬉しいかも・・・。
エッジは速く打ち始めた鼓動に内心で必死に「落ち着け」と繰り返した。
 普段、あまり自分の心情を吐露することのないカインが、こうしてその心情を見せてくれる。惚れた相手に、中々見せない脆いところを見せられてテンションが上がらない男などいるだろうか。否、いない。
 抱き締めてぇ・・・。
自分より背の高い、厳つい鎧姿をそう思えることに自分でも半ば感心しつつ(どうも自分の恋愛感情をはっきり認めて開き直ってから症状が加速しているような気がしてならない)、今はそんな色恋沙汰をどうこうしている場合でもないと、エッジはカインの腕を掴んだ。
「カイン、オマエちょっとこっち見ろ・・・つーか、兜脱げ!顔見せろ!」
「エッジ・・・?」
少し驚いた様子のカインがそのまま動かないのに焦れたエッジは自ら手を伸ばしてカインの兜を取ろうとすると、さすがにカインが身じろいでエッジの手を払う。
「子供じゃあるまいし、兜ぐらい自分で脱ぐ・・・!」
言葉と共にカインが竜を模った兜を脱ぐと、淡い金髪が零れ落ちその顔が露になった。
 うーん、相変わらず半端じゃない美人だ・・・。
久しぶりに見る美貌に思考が一瞬逸れかけ、エッジは慌てて意識を引き戻して口を開く。
「オマエ、オレのことどう思う」
「え?」
予期しない質問を投げかけられてカインの目が少し見開かれた。
「オマエにとって、オレは信用できる人間か?」
真剣な眼で問われてカインは目の前の男をじっと見る。
 年下かと疑いたくなるほど子供っぽい様子を見せながら、いざという時は豪胆な面を見せる。騒がしく好きなように振舞っていながら、驚くほど周囲の人々の様子を把握している。感情的でいながら、決してその感情を引き摺らない。
エドワード・ジェラルダインという男を信用できるかと問われれば。
「・・・できる、な」
「だったらそれでいいじゃねぇか」
「・・・どういう意味だ?」
訝しげに尋ねるカインに、エッジは素早く腰に佩いた刀を抜くとその喉許にピタリと白刃を当てた。カインの体に緊張が走る。
「テメェが自分で言ったんじゃねーか、遠慮なく斬れってよ。いざって時は、オレが間違いなく斬ってやる。このオレの見事な刀捌きですっぱりキレーに斬ってやるから安心しな」
 それだけの覚悟がオレにはある。だからオマエはそのオレを信じていればいい。
口には出さないそのエッジの思いを、カインは正確に読み取ったらしい。数回不自然な瞬きを繰り返し、目蓋を僅かに痙攣させた後、眼を閉じる。
そして、微かな笑みの形に唇を引き上げて頷いた。
「・・・物好きな王子様だな」
口から出てきたのはそんな科白だったが。
 エッジには背負うものが多い。青き星の命運を賭けた戦いに赴くその覚悟だけでなく、恐らく彼はエプラーナの王としてその先のことも見据えている。死んでも構わないと刺し違えるのではなく、必ず勝利して生き残り民を導く者としての覚悟も持っている。そこに更に、そんな重荷まで背負おうとするなんて。
「うるせーな。・・・自分の為だよ」
 カインをゼムスなんて輩に渡したくない。
エッジの気持ちはそこに行き着く。
 なんだよ、カッコつけても、結局嫉妬なんじゃねーの?
刀を鞘に収めながらエッジは自身に苦笑した。詰まるところ、恋する男は一途だということだ。
「自分の為?・・・ああ、確かに味方に憂いは持ちたくないからな」
裏切るかも、と疑いを抱いたままでいるより、その時は斬り捨てる、と覚悟しておいた方が余程安定するだろうとカインは納得する。
そのカインの様子に「いや、あの、えーとな、そうじゃあなくてな」と要領の得ないことをぶつぶつと呟いたエッジは、はぁ、と大きく肩を落とした。
「カイン、あのな」
「??」
なんだか疲れた様子のエッジにカインが首を傾げる。その動きに淡い金糸がさらりと揺れた。
 う・・・コイツのこれ、癖か?
急激に激しく鳴り出した鼓動に眩暈を起こしそうになりながらエッジは考える。
言葉に出さずにほんの僅かに首を傾げて先を促すそれは、カインがよくやる仕草だ。兜を被っていればなんてことはない仕草だが、素顔を晒した状態でやられると、とてつもない破壊力を生み出す。特にエッジには。
「えぇとだな」
「だからなんだ?なんだか急に落ち着きがなくなったな」
訳がわからないといった様子で更に首を傾げるカインに、あっさりとエッジは白旗を揚げた。
 カインを取り戻して、そこからのことを具体的に考えていたわけではなかった。考えないわけでもなかったのだが、以前セシルに話したように、同性相手では勝手が違って考えても具体的なアプローチの仕方など思い浮かばなかったのだ。異性ならいざ知らず、同性に自分が好きになったのだから相手も、などと思えるほど御目出度い思考も持ち合わせていなかったエッジは、カインに対して積極的に動こうとは正直思っていなかった。ただ仲間として、本来親友であるはずのセシルに対して一歩引いてしまうカインの、親友とはまた違った位置に立てればいいと思っていたのだが。
「自分の為ってのは、そーゆー意味じゃねーよ」
自分で思ったよりも低い声が出た。
「王子様?」
どうかしたのか、と続けようとしたカインの言葉は、けれどそれより早く紡がれたエッジの科白に遮られた。
「好きなんだよ」
鳩が豆鉄砲を食ったような、というのはこういうことを指すのかと感心するほど、カインがポカンとエッジを見返す。
「・・・なんて言った?」
何かの聞き間違いかもしれないとカインがそう訊けば、何故か不機嫌そうなエッジがもう一度口を開いた。
「好きだっつったんだよ!」
やっぱり聞き間違いではなかった。
「・・・・・・誰が」
「オレが」
「誰を」
「オマエだよ、カイン」
エッジは、間違いないように、名前までしっかり呼んでやった。
 なんだか成り行きでしてしまった告白だが、言ってしまった以上引き下がるつもりはなかった。受け入れられるとは思っていないが、聞かなかったことにさせてやる気はない。
「言っとくが、冗談で済ますなよ」
先に釘も刺しておく。
 カインは暫く落ち着かなく視線を彷徨わせていたが(こういうカインは滅多に見られたものじゃない、と開き直って落ち着いたエッジはその様子をじっくり観察させて貰った)やがて躊躇いがちに口を開いた。
「俺を哀れんで勘違いしてるんじゃないか・・・?」
 そうきたか。
エッジはギリ、と奥歯を噛んだ。カインは「本気だったら冗談にしたりはしない」と言ったのはセシルだが、冗談にしなくても勘違いにされては意味がない。だいたい、そんな勘違いするほど簡単に絆される人物だと思われるのも腹が立つ。
 何故だか怒りのオーラらしきものを漂わせるエッジに、とりあえずそっとしておいた方がいいだろうかとカインが離れようとすると、いきなり腕を掴まれた。そのまま引き寄せられて、一瞬殴られるのかと目を瞑ったカインの唇に、エッジは噛み付くようなキスをする。
「・・・っ」
以前寝惚けてキスした時とは比べ物にならない、息さえ奪うような激しいキスを堪能し、エッジは体を離した。息を乱し、呆然とこちらを見るカインに言い放つ。
「好きだ!好きだ好きだ好きだ、世界で一番愛してる!コレで満足か、バカ野郎!」
殆ど怒鳴るような、喧嘩腰の告白を残してエッジがドカドカと凡そ忍者らしからぬ足音を立ててその場を後にするのを、カインは何の反応も出来ないまま見送った。
 暫くして、のろのろと手を上げ唇に触れる。
「・・・本気、か・・・?」
ガランとした室内に、途方に暮れたようなカインの呟きが響いた。