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まるで私は小さな子どものようでした




 時々、無性に破壊衝動に駆られることがある。
世界を滅ぼさんとクリスタルを集めている過程だというのに、それすら待っていられないように、目に映るすべてのものを壊したくなるのだ。
 ゴルベーザはテーブルの上のグラスを手で薙ぎ払った。
ガラスが割れる音が少しだけ気分を和らげる。だがそれも一瞬のことだ。
 壊せ。消せ。殺せ。
頭の中に不快な声が響き、それに抗う術を持たない。いっそ、この身を滅ぼしてしまおうかと何度思ったことだろう。
漆黒の兜を取り、それも思い切り床に投げ捨てる。派手な音を立てて転がるそれを忌々しげに眺めてゴルベーザはテーブルに拳を力任せに叩きつけた。
「ゴルベーザ様、何か・・・?」
破壊音を聞きつけたのだろう、言葉とともに側近という立場を得た竜騎士が部屋に入ってくる。ゴルベーザは近づいて来る気配に、容赦なく魔力を浴びせた。
「・・・っ!」
壁に打ち付けられた躰から呻き声が洩れる。なんとか壁に背を預けて立ち上がった男の前まで行くと、その顔を覆う竜の兜を無造作に取り上げ、首を押さえてずるずると躰を持ち上げた。気管を押さえられ、自由に呼吸することも儘ならない哀れな人間が、苦悶に表情を歪めて主を見る。
「苦しいか、カイン」
「ゴル、ベー・・・ザ、さま・・・」
 洗脳され磨り硝子のように薄く曇った眸が何の衒いもなく真っ直ぐに見つめてくる。このまま絞め殺されても、カインは何も抵抗などしないだろう。そうであるように、ゴルベーザ自身が術をかけたのだから。
 壊せ。消せ。殺せ。
頭に響く声は一向に収まる様子を見せず、このまま本当にカインを絞め殺してしまおうかと腕に力を込め直した時。
 震える手がゴルベーザの髪を撫ぜた。
「・・!」
びくっと躰を震わせたゴルベーザの腕の力が少し緩む。急激に空気が肺に入り込んできたのだろう、カインがケホ、と咳き込みながら口を開いた。
「どこ、か・・・お苦しい、の、です、か??」
「何を・・・」
「とても・・・苦しげな顔をなさっています」
言いながら、カインの手は何度もゴルベーザの髪を撫ぜる。装備を解いていないから体温など伝わらないはずなのに、とても暖かに感じるその手が行き来する度、あの不快な声が小さくなっていく。
「カイン・・・」
呟きと共にゴルベーザの腕の力が完全に抜けて、カインの躰は重力に従って壁伝いに崩折れるように床に座り込んだ。そしてゴルベーザもまた力が抜けたように、否、カインに縋るように膝を着く。
「ゴルベーザ様?」
 カインは自分の胸元に縋るように顔を伏せる主の名を戸惑いがちに呼んだ。気の所為か、主の躰が小さく震えている気がする。
まだ力が入らない腕を上げ、再び主の髪に触れようとして己が鎧を纏ったままであることを思い出した。主の柔らかな茶の髪を絡めたりしてはならないと、カインは震える手で左右の篭手を順に外すと投げ捨て、そうして恐る恐る主の髪に触れる。本来ならば不敬に当たる行為だが、何故だかこうしなくてはならない気がしたのだ。
「カイン」
 ゴルベーザはもう一度低く自分の髪を撫ぜる男の名を呼んだ。途端にその動きが止まる。
「構わん。続けろ」
「は、い・・・」
ゆっくりと慎重にカインの手がゴルベーザの髪を梳く。篭手を外したおかげで今度ははっきりとその温もりが伝わってきた。
「人間とは不思議なものだな・・・」
「ゴルベーザ様?」
「魔物に比べれば遥かに非力な躰で、この私でさえ抗えぬ衝動を鎮めてみせるとは」
 この温もりに縋れば、あの不快な声を遠ざけられるのか。
ゴルベーザはゆっくりと身を起こすと、不思議そうにこちらを見つめるカインに治療の魔法を施した。
「立て、カイン」
「はい」
言われるままにカインが立ち上がると、ゴルベーザはその胸元に手を当て、一気にカインの鎧を粉々に砕く。驚きに息を呑むカインに、ゴルベーザは静かに告げた。
「鎧は後で新しい物をくれてやる。私はお前を抱くぞ」
「え?」
予想にもしなかったことを告げられてカインが反応できずにいると、ゴルベーザの冷たい指がカインの頬を包む。
「だが、一度だけお前に私を拒む権利をやろう。今すぐこの部屋を去っても怒りはせん。どうする?カイン」
よく知る誰かに似ている気がする主の紫水晶の双眸が自分を覗き込んだ。
 この人の手を、今ここで離してはいけないのだと漠然と思った。何故だかわからない。けれどここで手を離せば、きっと取り返しのつかないことになる気がした。
ここで手を離せば、先程確かに震えていた、迷子のような主を見失ってしまう。
自分の身一つでこの人を繋ぎ止めておけるなら、それくらい大したことではないのだ。
「いいえゴルベーザ様。・・・すべては貴方のお心の侭に」
その瞬間、確かに主の眸に安堵が浮かんだのをカインは見た。
 冷たい手が顔を固定し、ゴルベーザの端整な顔が近づく。
くちづけを受けながら、カインはこの人を放すまいと、その背中にぎゅっと腕をまわした。