浅い眠りの中で見る夢はいつだって同じだった。
振り返ることなく去っていく背中。
この人の背はこんなにも穏やかだったのかといつも思う。
そしてただ黙ってその背を見送る自分。
夢の中でくらい、現実と違ってもいいのに。
夢から覚める度そう思う。なのに夢はどこまでも記憶に忠実で、自分は黙ったまま動こうとしないし、彼の人はちらとも振り返らない。
いや、違う。
現実には彼の人はこの後振り返るのだ。ただ自分の夢がそこまで続いていないだけのこと。
本当に、自分は醜い。
夢は充分都合がよかった。記憶のままではあるけれど、思い出したくないことは削除している。そんな夢を見続ける己の矮小さに溜息しか出ない。
実際は彼の人は、ゴルベーザ、否、セオドールは此方を振り返った。ただその眸に映っていたのは己ではなく、自分の親友であり彼の弟であるセシルだったというだけだ。
一体、自分はいつまでこの醜い嫉妬という闇の中で足掻き続けるのか。
醜い感情を制御できずに闇に呑み込まれた己を鍛え直す為にこうして一人でいるのに。
セシルは「さよなら」と告げ、それに彼は振り返り「ありがとう」と言った。
たったそれだけのことが、どうしてこうも嫉ましく羨ましいのだろう。
ゴルベーザの許にいた間、彼と自分には肉体関係も含め確かに主従以上の何かが存在したけれど、それを確かめたことなんて一度もなかった。自分にそんな余裕はなかったし、今から思えば彼もそうだったのだろう。お互い、闇に完全に飲み込まれそうな自我を辛うじて保つのに必死だった。
だからもう、自分でもよく解らないのだ。彼に別れを告げたかったのか、彼に自分を見て欲しかったのか。ただ決着をつけたかっただけなのか、もっと別の何かを望んでいたのか。
わかっているのは、自分は彼に何も言えず、彼は自分を見なかったという事実だけだ。
そうしてきっと、これからも夢を見る。
いつまでも自分は何も言えず。
いつまでも彼の人は振り返らない。
いつまで経っても彼がセシルの声に振り向き話す前に夢は途切れるのだ。
「さよなら」と言うことも出来なかった、視線を向けても貰えなかった哀れな自分を抱えて、もう会うこともできない人に囚われ続ける。
もしかしたら。
それこそが、自分の心の奥底の望みなのかもしれないけれど。