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forgive




 愛することの証明が、自分のすべてを曝け出すことなのだとしたら。
自分は、かの愛しい人を、本当に愛してはいないのだろうか。
 けれど、彼を愛する自分も真実。彼には言えないもう1つの顔も真実。
「愛しているからといって、それが自分のすべてを相手に委ねることにはならない。」
これは、詭弁だろうか。

 怪盗と、探偵。
何故、自分たちは、こんな因果な関係なんだろう。
何故、普通の高校生ではないんだろう。
「もしも」を言えばキリがない。
けれど、自分が「月下の奇術師」とまで言われる怪盗で、彼が「西の名探偵」と呼ばれる探偵であるのは、紛れも無い現実。
 相反する存在。
 追う者と追われる者。
でも、こんなにも、愛しい。

 誕生日に欲しいものは?と訊かれて、何も要らないと答えた。
ただ、一緒にいて欲しいと望み。彼は望む通りに、一緒にいた。
 別に、普段と変わらない1日。
住む場所が遠く離れている所為で滅多に逢えないけれど、それ以外は特に変わらない時間。
 ただ、2人で同じ時間を過ごす。
「なあ…。ホンマに、なんも要らんの?」
誕生日が、他の日と変わることなく終わろうとするのを咎めて、平次はそう訊いた。
「いいよ。こうやって、平次と一緒にいられれば、それで。」
この日、何度と無く繰り返された問いに笑い、快斗はその度に同じ答えを返す。
「…ホンマに?」
その日繰り返された問いの答えに、初めて平次が念を押した。
「ホントだっ…て」
読んでいた雑誌から目を離し、そう答えようとして、一瞬、詰まる。
 彼は、じっと快斗を見ていた。
 それは、真実を見つける者の眼。
快斗が白い衣装に身を包み対峙するときに見せる眼にも似た、偽りのいらえを許さない眸。
「ホンマのこと、言ってはくれんの?」
静かに問う声に、そっと嘆息する。
 本当は、1つだけ、欲しいものがある。
決して手に入らないものだと、わかっているけれど。
「俺には、快斗が欲しいと思うもの、なんもあげられへんの?」
「そんなことないって。」
 自分が、今、何より欲しいものは、平次がくれなければ意味がない。
 けれど、彼にすべてを話す勇気はない。
「なんでも、ええから。快斗が欲しいもの、言うたって?」
そう言う彼の声があまりにも優しくて。
 儚い幻想でも、見たくなる。
 少しだけ自分を、甘やかしたくなる。
「じゃあ……。1つだけ、お願いがあるんだけど。」
「うん?」
 立ち上がり、向かいのソファに座った平次の足元に跪く。
「何も訊かないで、ただ一言だけ。『許す』って、言って欲しいんだ。」
「快斗??」
予想外の願い事に、驚いて名を呼べば、快斗の真剣な眼差しとぶつかる。
 真摯な、哀しい眼差し。どこか殉教者を思わせるような、眸。
快斗が自分に言えない秘密を抱えていることを、随分前から平次はわかっていたから。
 その一言で、快斗の心が少しでも癒されるのなら。
 躊躇うことなく、その言葉を口にしよう。
じっと、見つめる眼差しを、真っ直ぐに見つめ返す。


「俺は、おまえを、許す。」


 一瞬の、沈黙。
「……ありがとう。」
静かにそっと、彼の体を抱き締める。
 これが、甘い夢に過ぎないことは、よくわかっている。
 それでも。
 たとえ、偽りの許しであったとしても、今この瞬間、自分の心は深く癒された。
 いつか。
 いつか、白い怪盗の役目を果たす時まで。
 今の一言で、自分はその時まで、耐えていける。
 それまではどうか。
 こうやって、騙されていて。
 

 その時がきたら。
 きっと、すべてを曝け出し、きみに、本当の許しを乞うから。